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事件 平成 12年 (行ケ) 3号 審決取消請求事件
原告 カルソニックカンセイ株式会社(旧商号) カルソニック株式会社 代表者代表取締役 【A】
訴訟代理人弁理士 三好秀和
同 岩崎幸邦
同 中村友之
被告 サンデン株式会社代表者代表取締役 【B】
訴訟代理人弁理士 園田敏雄
同 坂上好博
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/01/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成7年審判第20944号事件について平成11年11月24日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は、名称を「容量可変型斜板式圧縮機」とする特許第1711111号発明(昭和59年2月21日出願、平成2年12月20日出願公告、平成4年11月11日設定登録、以下、この特許を「本件特許」といい、この発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
原告は、平成7年9月26日に被告を被請求人として、本件特許につき無効審判の請求(以下「本件審判請求」といい、本件審判請求に係る審判を「本件審判」という。)をし、平成7年審判第20944号事件として係属したところ、被告は、平成8年1月22日、明細書の記載の訂正を請求した。
特許庁は、本件審判請求につき審理し、平成8年8月30日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をしたが、当庁平成8年(行ケ)第227号審決取消請求事件の判決(平成10年9月8日判決言渡)により、
同審決は取り消された。
被告は、平成10年9月18日、本件特許に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の記載を訂正する旨の審判請求をし、特許庁は、同請求を平成10年審判第39065号事件として審理した上、平成11年3月23日、上記訂正を認める旨の審決(以下「訂正審決」といい、訂正審決に係る訂正を「本件訂正」という。)をし、その謄本は同年4月24日に被告に送達された。
特許庁は、本件審判請求につき更に審理した上、平成11年11月24日、
「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同年12月15日、原告に送達された。
2 本件訂正後の本件明細書記載の特許請求の範囲 クランク室に配置された斜板と、シャフト軸と平行に配置された複数のシリンダーに摺動可能にそれぞれ配置された複数の中空円筒状のピストンと、該ピストンを前記斜板に連結するための連結機構と、前記斜板の傾斜角が予め定められた範囲で変化可能に前記斜板を前記シャフト軸に支持するためのヒンジ機構と、前記クランク室圧力を調整するための調整手段とを有し、前記斜板の両面に球面を有する一対のスライディングシューをその球面を外側にして該斜板の円周に沿って摺動可能な状態に当接して前記連結機構を構成し、上記シリンダー内で摺動可能に前記ピストンに設けたピストンロッドの先端部を2又にし、当該2又の先端部の一方を前記シャフト軸の軸線方向において前記斜板と前記ヒンジ機構との間に配置し、上記ヒンジ機構のヒンジ部と略同じ半径方向位置において上記2又で前記一対のスライディングシューを挟持して、前記ピストンを前記斜板に連結し、前記シャフト軸の回転によって上記ヒンジ機構を介して前記斜板を回転させ、前記ピストンを前記シリンダー内で往復運動させ、前記調整手段によって前記クランク室圧力を調整することによって前記斜板の傾斜角を変化させて、前記ピストンのストローク量を変化させるようにしたことを特徴とする容量可変型斜板式圧縮機。
3 本件審決の理由 本件審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件発明の要旨を、本件訂正後の本件明細書記載の特許請求の範囲のとおり認定した上、本件発明が、いずれも本件特許出願前に外国において頒布された刊行物である米国特許第4425837号明細書(審判甲第1号証、本訴甲第6号証、以下「引用例1」という。)、米国特許第4073603号明細書(審判甲第2号証、本訴甲第7号証、以下「引用例2」という。)及びオーストラリア特許公開明細書第15629号(審判甲第3号証、本訴甲第8号証、以下「引用例3」という。)にそれぞれ記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定に該当するものであるから、同法123条(注、同条1項2号の趣旨であると解される。)の規定により無効とされるべきである旨の請求人(原告)の主張に対し、本件発明が引用例1〜3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとすることはできず、請求人の主張及び証拠によっては、本件発明の特許を無効とすることができないとした。
原告主張の本件審決取消事由
本件審決の理由中、本件発明の要旨の認定、引用例1〜3の記載事項の認定(審決書5頁13行目〜9頁14行目)、本件発明と引用例1記載の発明との一致点及び相違点1)〜4)の各認定並びに相違点1)〜3)についての判断は認める。
本件審決は、原告が本件審判において本件特許の無効事由として主張した本件訂正の違法についての判断を遺脱し(取消事由1)、また、相違点4)についての判断を誤って、本件発明が引用例1〜3にそれぞれ記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとすることはできないと判断した(取消事由2)結果、原告の主張及び証拠によっては、本件発明の特許を無効とすることができないとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(判断遺脱) 原告は、訂正審決確定後に本件審判において、平成11年8月24日付け弁駁書(甲第12号証)により、本件訂正後の本件発明が、引用例1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許出願の際、独立して特許を受けることができるものではなかったから、本件訂正は特許法126条1項4号の規定に違反してされたものであり、同法123条1項8号により無効とされるべき旨主張した。
ところが、本件審決は、原告の上記主張に対する判断を経ないで「本件審判の請求は、成り立たない」としたものであるから、判断遺脱の違法があり、この瑕疵が本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
2 取消事由(相違点4)についての判断の誤り) (1) 本件審決は、本件発明と引用例1記載の発明との相違点4)として認定した「前者(注、本件発明)がヒンジ機構のヒンジ部と略同じ半径方向位置において2又で一対のスライディングシューを挟持したのに対して、後者(注、引用例1記載の発明)は該構成を有していない点」(審決書11頁15行目〜18行目)につき、引用例2の第1図に「ロッド60とリンク102とが半径方向略等しい位置に記載されている」(同14頁11行目〜13行目)としながら、「相違点4)の本件発明に係る構成は、甲第1号証及び甲第2号証に記載されたものから容易に想到し得たものとすることができない。また、他の証拠及び周知技術から容易に推考し得るものでもない」(同15頁19行目〜16頁3行目)と判断した。
しかしながら、本件発明の相違点4)に係る「上記ヒンジ機構のヒンジ部と略同じ半径方向位置において上記2又で前記一対のスライディングシューを挟持」するとの構成(以下「特定構成」という。)は、以下のとおり、引用例1記載の発明との対比において、何らの技術的意義をも有するものではなく、単なる設計事項であるから、当業者において、引用例1記載の発明に特定構成を採用することは容易に想到し得たものである。
(2) 特定構成に係る要件は、本件訂正により本件明細書の特許請求の範囲に付加されたものであるところ、本件審決は特定構成の有する技術的意義につき特段の判断をしていないが、訂正審決(甲第5号証)は、その点につき、「シリンダー内で摺動可能に前記ピストンに設けたピストンロッドの先端部を2又にし、当該2又の先端部の一方を前記シャフト軸の軸線方向において前記斜板と前記ヒンジ機構との間に配置し、上記ヒンジ機構のヒンジ部と略同じ半径方向位置において上記2又で前記一対のスライディングシューを挟持するようにしたから、ピストンの上死点(最大負荷位置)近傍において該ピストンの中心線と、ピストンロッド先端によるスライディングシューの挟持位置と、前記ヒンジ機構のヒンジ部とが、シャフト軸の軸線方向において略直線的に整列する。したがって、最大負荷位置におけるピストンに対するこじりが低減され、ピストンは最大負荷位置近傍においてもシリンダー内を極めて円滑に摺動することができるという効果を生じたものである。これらの作用効果は甲第1号証(注、引用例1)記載の発明、あるいは他の上記証拠方法に記載された発明のいずれのものも奏し得ない作用効果である」(13頁17行目〜14頁15行目)旨判断した。
しかしながら、「ピストンロッド先端によるスライディングシューの挟持位置」はピストンをシリンダー内で摺動させるための外力の作用点と作用方向に関わる位置であり、また、「ピストンの中心線」はその外力の作用する方向を示すものであるから、「ピストンの中心線」と、「ピストンロッド先端によるスライディングシューの挟持位置」とがシャフト軸の軸線方向において略直線的に整列することは、ピストンがシリンダー内を円滑に摺動するための条件となるが、「ヒンジ機構のヒンジ部」は、斜板に回転力を伝達する機能を有するものであって、ピストンがシリンダー内で円滑に摺動することとは全く関係がない。したがって、訂正審決の上記判断は誤りである。
(3) 被告は、本件発明において、ヒンジ機構のヒンジ部の位置を負荷の作用点とほぼ同じ半径方向位置とすることにより、斜板の局部的な振動、歪みが低減されると主張するが、斜板単体(耳部を取り除いた斜板)の局部的な歪みに対しては、
斜板に対して作用する力の作用点と斜板を支持する支点との距離のみが関係し、ヒンジ機構のヒンジ部の位置自体は斜板単体の局部的な歪みの低減に何ら寄与するものではない。
被告の反論
審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(判断遺脱)について 平成11年8月24日付け弁駁書(甲第12号証)において原告がした本件訂正の違法の主張は、本件訂正後の本件発明が、引用例1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたことを理由とするものであって、
同一の引用例に基づき本件発明が特許法29条2項に違反して特許された旨の、本件審判請求に係る請求書に記載された無効事由と実質的に同じ主張である。
したがって、本件審決がそれぞれの無効事由について別々に判断を示すとしても、同じ内容を繰り返すことなることは明白であり、これを繰り返すことに格別の意味はない。しかも、本件審決は、相違点4)についての判断をするに当たって、
上記弁駁書における原告(請求人)の主張の内容を勘案して、それに対する判断を示している(審決書14頁4行目〜16頁3行目)。
そうすると、上記弁駁書に、新たな無効事由の主張が形式的にあったとしても、実質的に本件審決が当該主張に対する判断を遺脱したということはできない。
2 取消事由2(相違点4)についての判断の誤り)について (1) 原告は、特定構成が、引用例1記載の発明との対比において、何らの技術的意義をも有するものではなく、単なる設計事項であると主張するが、本件発明は、特定構成を採用することにより、次のような作用効果を奏するものであるから、原告の上記主張は誤りである。
すなわち、本件発明においては、特定構成により、「複数のシリンダー」の各ピストンの中心線が斜板の回転に伴って、順次、ヒンジ機構のヒンジ部とシャフト軸の軸線方向において略直線的に整列することになる。
そこで、「複数のシリンダー」との構成につき、3本のシリンダーを等間隔に配置したものを想定すると、ヒンジ部が第1のシリンダーのピストンP1と整列するときに、ピストンP1は圧縮工程の終了段階(上死点近傍)にあり、第2のシリンダーのピストンP2(ピストンP1の次にヒンジ部と整列するピストン)は圧縮工程の初期段階にあり、第3のシリンダーのピストンP3(ピストンP2の次にヒンジ部と整列する(ピストンP1の前にヒンジ部と整列した)ピストン)は吸入工程の終了段階にあることになるが、このとき、圧縮側ピストンの反力による負荷のうち、ピストンP1の負荷が大きいのに対して、ピストンP2の負荷は小さいから、両ピストンの負荷の合力Fの大きさはピストンP1の負荷の大きさにほぼ等しく、その作用点はピストンP1よりもピストンP2側に(したがって、ヒンジ部のヒンジピン11の位置よりもシャフト軸側に)ややずれた位置にあることになる。そうすると、負荷の合力Fによるヒンジピン11を中心としたモーメントM1は、斜板の傾斜を増大させる方向に作用し、他方、助勢スプリング12のバネ力及びクランク室の圧力の合力がいずれもシャフト軸の軸線上で作用することにより、
助勢スプリング12のバネ力によるモーメントM2及びクランク室の圧力の合力によるモーメントM3が斜板の傾斜を減少させる方向に作用するから、斜板の傾斜の角度は、モーメントM1とモーメントM 2及びM 3とがバランスする位置で保持されることになる。
そして、モーメントM1のモーメントアームは合力Fの作用点とヒンジピン11の位置との間の短い距離であるから、モーメントM1は比較的小さく、他方、モーメントM2及びM 3のモーメントアームはシャフト軸とヒンジピン11との距離であるから、モーメントM2及びM 3がモーメントM 1と釣り合うために、助勢スプリング12のバネ力及びクランク室の圧力の合力は比較的小さくて足りることになる。すなわち、特定構成により比較的小さなモーメントM1の下で斜板の傾斜角度が適切に制御され、かつ、モーメントM1に対するカウンターバランス力が比較的小さい分だけ、斜板と球状軸受9の球状摺動面やヒンジ部のピンにかかる力などが小さいから、斜板の傾斜角度の調整動作が軽く、かつ、円滑に行われる効果を奏するものである。
また、高速回転するヒンジ機構のヒンジ部の位置がピストンの位置を周方向に通過する瞬間にピストンにかかる負荷の方向が反転し、圧縮工程の負荷から吸入工程の負荷に転換するから、ヒンジ機構の位置が各ピストンを通過するたびに、
このような負荷の転換が繰り返され、特定位置にピストンの負荷が作用する斜板が激しく振動し、歪みが生ずることになり、かつ、ヒンジ部の位置が半径方向内方にあるほど、すなわち、負荷の作用点とヒンジ部との半径方向間隔が大きいほど、この振動、歪みは大きくなるが、本件発明では、ヒンジ機構のヒンジ部の位置を負荷の作用点とほぼ同じ半径方向位置とすることにより、この局部的な振動、歪みを低減して、ピストンの往復動の円滑性、斜板の回転、傾動の円滑性を向上させている。
さらに、本件発明のヒンジ部は斜板に回転トルクを伝達するものであるが、ヒンジ部の半径方向位置がピストンロッド先端の2又による斜板挟持位置とほぼ同じ位置にあることにより、ヒンジ部と回転軸心との間の半径方向長さが大きくなって、ヒンジ部にかかる駆動力が比較的小さくなる結果、ヒンジ機構の摩耗、損傷が比較的小さくなって耐久性が向上するとの作用効果を奏するものである。
(2) 原告は、引用例1記載の発明に特定構成を採用することは当業者において容易に想到し得たものであると主張する。
しかしながら、引用例1記載の発明は、本件発明と異なり、複数のピストンの圧縮反力の合力によるヒンジ部を中心とするモーメントの方向がクランクケース室圧の合力(駆動軸線上で作用する。)によるヒンジ部を中心とするモーメントと同じ方向となって、両モーメントがバランスし合う関係にないから、両モーメントのバランスで斜板を適正な角度に位置させることはできないものである。
のみならず、引用例1記載の発明において、アーム64及びピン66から成るヒンジ機構は、斜板44に回転トルクを伝達するものではなく、斜板の傾動の支点として機能するにすぎないから、ヒンジ部にかかる駆動力を小さくするため、
その半径方向位置をピストンの軸線の位置に近付けるように変更する必要はない。
したがって、引用例1記載の発明に特定構成を採用するという発想は生じ得ないものであって、これが当業者において容易に想到し得たものであるとする原告の主張は誤りである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(判断遺脱)について (1) 訂正審決(甲第5号証)は、本件訂正後の本件発明が特許法126条4項の規定(注、「平成6年法律第116号附則6条1項の『この法律の施行前にした特許出願に係る特許の願書に添付した明細書又は図面についての訂正及び訂正に係る特許の無効については、なお従前の例による』との規定によって本件訂正審判請求に適用される同法による改正前の特許法126条3項の規定」の趣旨であると解される。)に適合する旨判断するに当たって、本件訂正後の本件発明と引用例1記載の発明との相違点として、引用例1記載の発明が、本件訂正後の本件発明の「『複数の中空円筒状のピストン』を有する点」(相違点(a))及び「上記ヒンジ機構のヒンジ部と略同じ半径方向位置において上記2又で前記一対のスライディングシューを挟持した点」(相違点(b))をいずれも備えていないことを認定した上、当該相違点(a)及び同(b)が本件特許出願前に当業者が容易に推考し得たものではない旨判断した(12頁11行目〜15頁2行目)。これに対し、本件審決に係る審決書の記載(3頁1行目〜2行目)によって、原告が本件審判請求につき特許庁に提出したことが明らかである平成11年8月24日付け弁駁書(甲第12号証)には、訂正審決の上記相違点(a)及び同(b)についての判断に対応して、相違点(a)及び同(b)に係る本件訂正後の本件発明の構成が、引用例2記載の発明から当業者が容易に推考することができ、したがって、本件訂正後の本件発明が、引用例1、2記載の発明に基づいて本件特許出願前に当業者が容易に推考し得たものであって、本件訂正は特許法126条4項の規定(注、前示のとおり「平成6年法律第116号による改正前の特許法126条3項の規定」の趣旨であると解される。)に適合せず、同項に違反してされたものであるから、本件特許は同法123条1項7号の規定(注、「平成6年法律第116号附則6条1項の『この法律の施行前にした特許出願に係る特許の願書に添付した明細書又は図面についての訂正・・・については、なお従前の例による』との規定によって上記訂正審判請求に適用される同法による改正前の特許法126条3項の規定に違反して訂正がされた場合についても定めたものとみなされる特許法123条1項8号」の趣旨であると解される。)によって無効とされるべきである旨が記載されている。
そうすると、原告が、本件審判において、本件特許の無効事由として、本件訂正の違法をも主張したことが認められるところ、本件審決がこの無効事由の主張に対する判断を欠いていることは明らかであるから、本件審決には結論に影響を及ぼすべき判断遺脱の違法があるものといわざるを得ない。
(2) もっとも、本件審決は、本件発明が引用例1〜3記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定に該当するものであるから、同法123条1項2号の規定により無効とされるべきである旨の主張に対する判断において、本件発明と引用例1記載の発明との相違点4)として、「前者(注、本件発明)がヒンジ機構のヒンジ部と略同じ半径方向位置において2又で一対のスライディングシューを挟持したのに対して、後者(注、引用例1記載の発明)は該構成を有していない点」(審決書11頁15行目〜18行目)を認定し、これについて「相違点4)の本件発明に係る構成は、甲第1号証及び甲第2号証(注、引用例1〜2)に記載されたものから容易に想到し得たものとすることができない。また、他の証拠及び周知技術から容易に推考し得るものでもない」(同15頁19行目〜16頁3行目)との判断を加えているところ、訂正審決の認定した上記相違点(b)と本件審決が認定した相違点4)の内容が同一であることは明らかである(なお、本件審決の説示(審決書4頁14行目〜5頁4行目、14頁4行目〜10行目)に照らせば、審決は、上記弁駁書の記載を、本件訂正後の本件発明が特許法29条2項の規定に該当するもので、同法123条1項2号の規定により無効であるとする事由を補充するものと誤解したことがうかがわれる。)。
しかるところ、被告は、本件審決がそれぞれの無効事由について別々に判断を示すとしても、同じ内容を繰り返すことなることは明白であり、これを繰り返すことに格別の意味はないから、上記弁駁書に、新たな無効事由の主張が形式的にあったとしても、実質的に本件審決が当該主張に対する判断を遺脱したということはできない旨主張する。
しかしながら、特許法123条1項各号が特許無効の審判を請求することができる事由を列挙するに当たって、特許が同法29条の規定に違反してされたとき(同法123条1項2号)と、特許の願書に添付した明細書又は図面の訂正が同法126条4項の規定(平成6年法律第116号による改正前の特許法126条3項の規定を含む。以下同じ。)に違反してされたとき(同法123条1項8号、上記改正前の同項7号)とを、特許無効の事由として別々に掲げているのであるから、特許無効の審判の無効事由としてこの両者が主張された場合に、各主張に対する判断を経ずにした審判請求不成立の審決には、結論に影響を及ぼすべき判断遺脱の違法があるというべきである。このことは、明細書又は図面の訂正が同法126条4項の規定に違反してされたとする無効事由に係る具体的な原因事実が、訂正後の発明が同法29条2項の場合に該当するがゆえに特許出願の際独立して特許を受けることができなかったというものであり、かつ、その同法29条2項の場合に該当するとの主張の内容が、特許が同法29条の規定に違反してされたとする無効事由に係る具体的な原因事実として主張された内容と同一であったとしても変わりがなく、この場合に、後者の無効事由が存在しない旨判断したからといって、当然に前者の無効事由が存在しない旨の判断をしたことになるものと解することはできない。なぜなら、特許無効の審判の審決が確定し、登録されたときには、同一の事実及び同一の証拠に基づく再度の審判請求をすることができないとの効果を生ずるものであり(同法167条)、また、特許無効の審判請求が成り立たないとした審決の取消訴訟においては、審判請求人である原告は、当該審判の手続において審理判断されなかった無効原因については、審決を違法とする事由として主張することができない(最高裁判所昭和51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁)ことにかんがみれば、特許無効の審判の審決がその判断の対象とした無効事由は、
審決自体において明示され、一義的に明確であることを要するものというべきだからである。
したがって、被告の上記主張は採用することができない。
2 取消事由2(相違点4)についての判断の誤り)について 本件事案にかんがみ、更に取消事由2について検討する。
(1) 本件訂正後の本件明細書(甲第4号証添付)には、「斜板10上に等角度間隔で配置されたピストンによって圧縮工程中に、ガス圧縮の反作用が斜板10に加わっている。そして、この反作用の合力は上述したヒンジ機構のヒンジ部で受け止められることになる。各ピストンに作用する反力によるヒンジ部回りのモーメントは、・・・斜板10を第1図の平面内において、右方向へ回転させるモーメントM1がヒンジ部に作用することになる。ここで、スプリング12によってヒンジ部に生じるモーメントM2(この場合は図中左方向へ作用する。)、またクランク室1aと吸入室27間の圧力差によってヒンジ部に生じるモーメントをM3とすれば、・・・吸入室27の圧力とクランク室1aの圧力がほぼ等しくなっているため、M1と反対向きのモ-メントはM 2のみである。したがって予じめM 1>M 2となるようにスプリング12の弾性力を定めておけば、ヒンジ部を中心とする右回りモーメントによって斜板10の傾斜角が大きくなる。」(6頁12行目〜25行目)、「圧縮機の動作によってシリンダボア室2aからクランク室1aへ漏れたブローバイガスによってクランク室1a内の圧力は上昇する。したがって、モーメントM3はヒンジ部を中心として、左方向に作用し、ある時点でM 1 なお、本件訂正後の本件明細書には、上記のとおり、スプリング12によってヒンジ部に生ずるモーメントM2が左方向へ作用する旨記載されており、被告も同旨の主張をするが、当該スプリングは、特許請求の範囲に記載されているものではないから、本件発明の作用効果を検討するに当たって、当該スプリングによるモーメントを考慮することはできない。
これに対し、引用例1(甲第6号証)には、そこに記載された発明の斜板の傾斜の制御につき、「斜板の角度は、・・・サーボ機構又は被制御クランクケース圧力によって制御できるであろう」(同号証訳文5頁5行目〜7行目)との記載があり、この記載によれば、引用例1記載の発明につき被制御クランクケース圧力による制御、すなわち、圧縮側ピストンの圧縮反力による負荷の合力によって生ずるヒンジ機構(案内ピン66)を中心とするモーメントと、ブローバイガスによりクランクケースの圧力が上昇することに伴って生ずるヒンジ機構(案内ピン66)を中心とするモーメントとの強弱関係によって斜板の傾斜を制御する態様も記載されていることは明らかである。そうすると、これらの両モーメントの強弱関係によって斜板の傾斜を制御すること自体が、本件発明の特定構成に基づく作用効果であるということはできない。
なお、被告は、引用例1記載の発明について、複数のピストンの圧縮反力の合力によるヒンジ部を中心とするモーメントの方向が、クランクケース室圧の合力によるヒンジ部を中心とするモーメントと同じ方向、すなわち、引用例1の図面1において右回りとなる斜板の傾斜を減少させる方向となって、両モーメントがバランスし合う関係にないと主張するが、引用例1(甲第6号証)には、これを根拠付ける記載は見当たらないのみならず(図面1によっても、複数のピストンの圧縮反力の合力が案内ピン66の上部に作用すると断定することはできない。)、前示のとおり、そこに記載された発明につき被制御クランクケース圧力によって制御する態様が記載されているのであるから、上記主張は採用することができない。
(2) 被告は、本件発明の「複数のシリンダー」との構成につき、3本のシリンダーを等間隔に配置したものを想定して、圧縮側ピストンの反力による負荷の合力Fの作用点がピストンP1(ヒンジピン11)の位置からシャフト軸側にややずれた位置(短い距離の位置)にあるとし、これを前提として、負荷の合力FによるモーメントM1が比較的小さいから、クランク室の圧力の合力は比較的小さくて足り(本件発明においてスプリング12によるモーメントを考慮することができないことは前示のとおりである。)、特定構成により比較的小さなモーメントM1の下で斜板の傾斜角度が適切に制御され、かつ、斜板の傾斜角度の調整動作が軽く、円滑に行われる効果を奏する旨主張する。
しかしながら、本件発明の「複数のシリンダー」との構成において、シリンダーの数が3本よりもさらに多いものを想定すれば、圧縮側ピストンの反力による負荷の合力Fの作用点がシャフト軸側に移動することは技術常識であり、そうすると、シリンダーの数につき「複数のシリンダー」とのみ規定する本件発明において、負荷の合力Fの作用点がピストンP1(ヒンジピン11)の位置から短い距離にあるとは必ずしもいえないから、当該距離が短いことを前提とする上記主張は採用することができない。
(3) また、被告は、ヒンジ機構の位置が各ピストンを通過する際の負荷の転換によって生ずる斜板の振動や歪みが、当該負荷の作用点とヒンジ部との半径方向間隔が大きいほど大きくなるとした上で、本件発明がヒンジ部の位置を負荷の作用点とほぼ同じ半径方向位置とすることにより、この局部的な振動、歪みを低減して、
ピストンの往復動の円滑性、斜板の回転、傾動の円滑性を向上させている旨主張するが、本件訂正後の本件明細書(甲第4号証添付)に、そのような作用効果を奏する旨の記載はないのみならず、当該負荷の転換によって生ずる斜板の振動や歪みの大きさが、当該負荷の作用点と耳部が斜板を連結支持する点との間隔が大きいほど大きくなるとしても、上記本件訂正後の本件明細書の特許請求の範囲には、当該耳部についても、これが斜板を連結支持する位置についても記載がないから、ヒンジ部の位置自体が斜板に生ずる当該振動や歪みの低減と直接関係するものということはできない。
(4) さらに、被告は、ヒンジ部の半径方向位置がピストンロッド先端の2又による斜板挟持位置とほぼ同じ位置にあることにより、ヒンジ部と回転軸心との間の半径方向長さが大きくなって、斜板に回転トルクを伝達するヒンジ機構のヒンジ部にかかる駆動力が比較的小さくなる結果、ヒンジ機構の摩耗、損傷が比較的小さくなるとの作用効果を奏する旨主張するが、本件訂正後の本件明細書(甲第4号証添付)に、ヒンジ部の半径方向位置をピストンロッド先端の2又による斜板挟持位置とほぼ同じ位置とする構成(特定構成)によってそのような作用効果を奏する旨の記載はなく、被告の上記主張は明細書の記載に基づかないものといわざるを得ない。
なお、被告は、引用例1記載の発明につき、ヒンジ機構が斜板44に回転トルクを伝達するものではないから、ヒンジ部にかかる駆動力を小さくするため、
その半径方向位置をピストンの軸線の位置に近付けるように変更する必要はないとも主張するが、上記のとおり、ヒンジ部にかかる駆動力を小さくすることに伴う作用効果の有無の点で、本件発明と引用例1記載の発明とが異なるものと主張することはできない。
(5) 以上によれば、本件発明の相違点4)に係る特定構成は、引用例1記載の発明との対比において、特段の技術的意義を有するものではなく、単なる設計事項であるといわざるを得ない。そうすると、当業者において、引用例1記載の発明に特定構成を採用することは容易に想到し得たものであるというべきであるから、本件審決が「相違点4)の本件発明に係る構成は、甲第1号証及び甲第2号証(注、引用例1、2)に記載されたものから容易に想到し得たものとすることができない。また、他の証拠及び周知技術から容易に推考し得るものでもない。」(審決書15頁19行目〜20頁3行目)とした判断は誤りである。
3 以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由があり、審決は違法として取消しを免れない。
よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 石原直樹
裁判官 宮坂昌利