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関連審決 不服2003-23572
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  創作性(創作) /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  拡張 /  国際公開 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10226号 審決取消請求事件
原告 朝日医理科株式会社
訴訟代理人弁理士 角田芳末
同 伊藤仁恭
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 大元修二
同 内藤真徳
同 岡田孝博
同 宮下正之
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/07/20
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が不服2003-23572号事件について平成16年8月30日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成13年9月18日,発明の名称を「超音波歯ブラシ」とする発明につき特許出願(特願2001-283698号。後記補正後の請求項の数は2である。)をし,平成15年4月22日付け及び同年7月10日付け手続補正書により,願書に添付した明細書の補正(以下,これらの補正後の明細書を「本願明細書」という。)をした。原告は,上記特許出願につき平成15年11月4日に拒絶査定を受けたので,同年12月4日,これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は,これを不服2003-23572号事件として審理した結果,平成16年8月30日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年9月14日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(上記補正後のもの) 【請求項1】「柄の先端部内に設けた超音波振動子から発振される超音波振動を,植毛されたブラシを介して使用者の歯と歯茎及びその周囲の口腔組織へ向け伝播させる超音波歯ブラシにおいて,前記超音波振動子は,前記柄の軸線方向と略平行に配置され,その周囲に粘状硬化性の合成樹脂接着剤を充填して前記柄の先端部内に密着埋設されており,前記超音波振動子から発振される前記超音波振動の出力は,歯垢が除去され,かつ超音波が照射された部分の温度上昇が1℃以下となる出力10〜100mW/cm2であるとともに,前記超音波振動子から発振される前記超音波振動の周波数は1.3〜1.9MHzであり,前記ブラシは,前記柄の先端部と着脱可能に密着篏合した底表面を有するブラシヘッドに植毛されていることを特徴とする超音波歯ブラシ。」(以下,請求項1の発明を「本願発明」という。) 3 審決の理由 (1) 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特表平7-509151号公報(甲3。以下「刊行物1」という。)に記載された発明,すなわち「柄の先端部内部に配置された圧電変換器が励振されて生じた超音波震動を,毛の集まりを介して使用者の歯の表面と付近の歯茎及び口腔内部の顔組織に伝達させる超音波歯ブラシにおいて,前記圧電変換器は,前記柄の軸線方向と略平行に配置され,前記圧電変換器から生じた前記超音波震動により歯垢が除去され,前記毛の集まりは,ブラシ頭部の内面全体がブラシ頭部の側壁内部に発生された張力によって柄の外面にきつく密着させられ,かつ前記柄の先端部と着脱可能なブラシ頭部に固定されている超音波歯ブラシ」との発明(以下「引用発明1」という。)と,平成10年3月5日に頒布された国際公開第98/08460号パンフレット(甲4。以下「刊行物2」という。)に記載された2つの発明,すなわち「超音波発振器53から発振される超音波振動の周波数を10kHzから20MHzの範囲とした超音波歯ブラシ」 との発明(以下「引用発明2-1」という。)及び「超音波変換器56を柄の先端部分の内部にエポキシ接着剤により固定した超音波歯ブラシ」との発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,とするものである。
(2) 審決が,進歩性がないとの上記結論を導く過程において,本願発明と引用発明1との一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりである。
【一致点】 「柄の先端部内に設けた超音波振動子から発振される超音波振動を,植毛されたブラシを介して使用者の歯と歯茎及びその周囲の口腔組織へ向け伝播させる超音波歯ブラシにおいて,前記超音波振動子は,前記柄の軸線方向と略平行に配置され,前記ブラシは,前記柄の先端部と着脱可能に密着篏合した底表面を有するブラシヘッドに植毛されている超音波歯ブラシ」という点で一致する。
【相違点】 次の2つの点で相違する。
(相違点1)超音波振動子を柄の先端部内に設けるための構成に関して,本願発明では「その周囲に粘状硬化性の合成樹脂接着剤を充填して,前記柄の先端部内に密着埋設」しているのに対して,引用発明1ではこのような構成を有しているか否かが明らかでない点。 (相違点2)超音波振動子から発振される超音波振動の出力及び周波数として,本願発明では「前記超音波振動子から発振される前記超音波振動の出力は,歯垢が除去され,かつ超音波が照射された部分の温度上昇が1℃以下となる出力10〜100mW/cm2であるとともに,前記超音波振動子から発振される前記超音波振動の周波数は1.3〜1.9MHz」であるのに対して,引用発明1ではこのような構成を有しているか否かが明らかでない点。
原告主張の取消事由の要点
審決は,相違点2についての判断を誤った(取消事由1,2)結果,本願発明は出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとしたものであり,これらの誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。
1 取消事由1(超音波歯ブラシの出力値の限定について当業者が当然に配慮して採用するべきであるとした判断の誤り) (ア) 審決は,「本願明細書【0002】に記載されているように,超音波照射する機器において人体の安全性を確保する観点から,温度上昇を1℃以下とすべきことが米国食品医薬局(FDA)の食品安全基準に示されていることからみて,超音波歯ブラシにおいても当該基準を満たすようその超音波出力の上限値を決定することは,当業者が当然に配慮して採用すべき事項である」(審決書6頁10行〜15行)としているが,誤りである。
(イ) 米国食品医薬局(FDA)の食品安全基準(甲7)にいう「超音波照射する機器」とは,例えば,医療用の超音波診断装置,胆石,脳血栓の破壊,除去装置,超音波治療器など,広く一般に使用される超音波照射機器を示すものと考えられる。これらの超音波照射機器の使用用途は極めて広範囲であって,当然ながら,人体への照射範囲も皮膚や内臓部など極めて広く,また,これらの超音波照射機器の使用者の範囲は,超音波診断装置等の人体への照射部位から考えて,超音波についての高度な専門知識や免許などを有する医者等の専門家と考えられる。
当該食品安全基準が,具体的にどのような種類の超音波照射機器に適用されるものか明確でないところ,超音波を利用した医療機器にはさまざまな種類があるから,同安全基準を直ちに超音波歯ブラシに適用できるものではないし,また,医療用機器として医師等の専門家が用いる「超音波照射機器」についての安全基準を,一般のユーザが利用する超音波歯ブラシにまで拡張して不当に広く解釈することはできない。
(ウ) 本願発明の「超音波歯ブラシ」の使用範囲(超音波の人体への照射範囲)は,歯・歯茎・口腔組織に限定され,使用者の範囲は,子供から老人までの一般人であり,超音波の専門知識を有する専門家ではない。したがって,一般の「超音波照射する機器」の場合よりも,厳格にその使用条件(超音波の照射条件)を定める必要がある。
すなわち,歯ブラシのブラシ先端を歯に接触させると,その反対側の柄の先端部は頬の内側又は舌の粘膜に接触するため,どのようにすれば人体に悪影響を与えない程度の弱い超音波で,歯垢を除去したり虫歯菌や歯周病菌等のバクテリアを死滅させることが可能かという課題が生ずる(渡部ひろし編集「ビクトリア現代新百科第8巻」(学習研究社1973年9月10日初版発行。甲6参考資料)参照)。
(エ) 本願発明の発明者は,この課題を解決するために,超音波歯ブラシとして,人体に害を与えることなく,しかも歯茎や歯についた歯垢を除去できる出力(パワー)がどの程度か,繰り返し実験を行って確認した結果,「超音波が照射された部分の温度上昇が1℃以下となる出力10〜100mW/cm2」という出力値を得たのである。この出力範囲は,本願明細書に,「臨床実験の結果,超音波振動の出力が10mW/cm2より小さい場合には,生体に対して超音波が照射された部分に1℃以上の温度上昇が見られなかったものの,歯垢が充分に除去されず,これと逆に100mW/cm2より大きい場合には,超音波の照射部分に1℃以上の温度上昇が確認された」(甲2の1。段落【0006】)と記載されているように,極めて重要な意味を持つ。
上記実験は,超音波歯ブラシの出力をどの程度にするかを決定する上で,極めて重要な意味を持つものであり,引用発明1に示唆のないのはもちろんのこと,米食品医薬局(FDA)の食品安全基準からも想到することができないものである。
(オ) したがって,米食品医薬局(FDA)の食品安全基準にいう「超音波照射する機器」と,本願発明の「超音波歯ブラシ」との相違を正解しないまま,「超音波歯ブラシにおいても,当該基準を満たすようその超音波出力の上限値を決定することは,当業者が当然に配慮して採用すべき事項である」とし,「超音波振動の出力を10〜100mW/cm2‥‥‥とした点にも格別の臨界的意義を見出すことができない。」とした審決の認定判断は誤りである。
2 取消事由2(超音波振動の周波数を1.3〜1.9MHzとした点について格別の臨界的意義を見出すことができないとした判断の誤り) (ア) 審決は,「超音波振動の‥‥‥周波数を1.3〜1.9MHzとした点にも格別の臨界的意義を見出すことができない」として,引用発明2-1に基づいて,周波数を1.3〜1.9MHzとした点を容易想到としたが,誤りである。
(イ) 引用発明2-1は,「超音波発振器53から発振される超音波振動の周波数を10KHz〜20MHzの範囲とした超音波歯ブラシ」というものであって,その周波数範囲は10KHz〜20MHzと極めて広範囲にわたる。これに対し,本願発明の超音波歯ブラシの超音波振動の周波数の範囲は,1.3MHz〜1.9MHzの範囲である。つまり,本願発明が10の5乗のオーダー幅の範囲内において超音波振動の周波数の範囲を特定したものであるのに対し,引用発明2-1は,10の4乗のオーダーから10の7乗オーダーという極めて広範囲で超音波振動の周波数の範囲を特定しているのである。
この数値範囲の違いからすると,本願発明と引用発明2-1とが同じ超音波歯ブラシであるとは到底考えられない。すなわち,本願発明の超音波歯ブラシにおいては,医師等の専門家ではない子供から老人までの一般のユーザである超音波歯ブラシの使用者及びその照射部位を考慮して,10の5乗のオーダー幅という極めて狭い範囲で,超音波振動の周波数を特定している。これに対して,引用発明2-1に示された周波数の範囲は,その広さからして,超音波歯ブラシとしては不適当とも考えられるものであり,一般的に人体に使用される超音波照射機器の超音波振動の周波数を開示したものと想定される。
引用発明2-1において,超音波振動子から発振される超音波振動の周波数を10KHzから20MHzとすることと,本願発明において,超音波歯ブラシの超音波振動の周波数を1.3MHzから1.9MHzにすることとは,その概念を異にするものであり,両者を同一視することはできない。引用発明2-1と本願発明とでは,特定された超音波振動の周波数の範囲が著しく異なるから,引用発明2-1の超音波歯ブラシでは,本願発明の超音波歯ブラシが有する効果を奏することができないと想定される。
以上のとおり,本願発明は,超音波歯ブラシの照射範囲,使用者等の特殊な事情を考慮して,専門家以外の使用者が使用する超音波歯ブラシの超音波振動の周波数の範囲を1.3〜1.9MHzとし,10の5乗オーダー内という極めて限られた範囲で特定したことに特別な意味を持つのであるから,超音波歯ブラシの超音波振動の周波数を1.3〜1.9MHzの範囲に特定したこと自体,その臨界的意義を有するものである。
(ウ) また,本願明細書には,「超音波振動の周波数を1.3〜1.9MHzに設定した場合には,臨床実験によって,1回の歯磨きで歯に付着した歯垢のほとんど全て(約97%)が除去され,睡眠中の歯垢増殖力(夜間プラークの形成)が約1/4にまで激減することが確認されるとともに,歯茎ラインの下側に発生したバクテリアの生成を破壊することが確認された。」(段落【0023】),「更にまた,1ヶ月の使用によって,歯周病は,出血が約1/2以下までに減少すると共に約3/4の被験者の病状が改善され,歯槽膿漏については,約1/4以上の被験者の病状が改善され,3ヶ月の使用で約半数近くの被験者の病状が改善された。長期間(6ヶ月)の使用によって歯肉炎の発生に予防効果があり,口内炎(口唇潰瘍)の治療と予防に効果があることも確認された。」(段落【0024】)と記載されており,いうまでもなく,この時の出力は,10mW/cm2〜100mW/cm2に設定されている(段落【0020】)。
これらの記載によれば,本願発明に係る超音波歯ブラシを使用することにより,歯茎ラインの下側に発生したバクテリアの生成を破壊することが確認され,また,本願発明に係る歯ブラシを1ヶ月使用することにより,歯周病は,出血が1/2以下にまで減少するとともに,約3/4の被験者の病状が改善され,歯槽膿漏は,約1/4以上の被験者の症状が改善され,約3ヶ月の使用で約半数近くの被験者の症状が改善されたという特有の効果を有している。
このように,歯の根の部分に生ずる病気である歯周病および歯槽膿漏だけでなく,歯が口腔内に露出する部分や口腔内粘膜表面に発生する病気に対しても,本願発明の発明者は,長期にわたる臨床実験によって,超音波歯ブラシとしての極めて重要な効果を確認したのである。これに対して,刊行物1及び刊行物2には,歯根の部分で起こる歯の病気が改善されるという作用を発生させるための手段は,全く開示されていない。すなわち,本願発明の有する超音波歯ブラシとしての著しい効果は,開示されておらず,それを示唆する記載もない。
したがって,本願発明に係る超音波歯ブラシには,その超音波の周波数範囲に顕著な効果があり,臨界的意義を有していることは明らかである。
(エ) 特許庁審査基準(甲5)は,数値的に極めて類似し,作用効果において格別の差がない場合,数値範囲を限定的に特定することは,「当業者が格別の創意を要せずになし得る程度」のこととしているが,本願発明は,上記した格別な作用効果を奏することが明らかであるから,「当業者が格別の創意を要せずになし得る程度」のものではない。
引用発明2-1の10KHz〜20MHzという周波数範囲は,あまりに広範囲にわたり,引用発明2-1が,本願発明が有する格別な作用効果を確認していないことは明らかである。仮に,引用発明1と引用発明2-1を組み合わせることによって本願発明の構成に匹敵する超音波歯ブラシに当業者が容易に想到することができると仮定しても,上記した本願発明の作用効果についてまで,当業者が想い到ることはあり得ないことである。
(オ) 以上のとおり,本願発明において,超音波歯ブラシの超音波振動の周波数を1.3〜1.9MHzに特定した点は,極めて創意工夫に富んだものであり,審決の「引用発明1において,引用発明2-1を適用して,相違点2に係る構成とすることは,当業者にとって容易になし得ることと言わざるを得ない」との判断は誤りである。
(カ) 被告は,刊行物1の「超音波エネルギーは付近のくちびる,歯茎,及び口腔内部の顔組織にも有益な作用を及ぼす。」との記載(4頁左上欄12行〜13行)及び歯の根の部分で起こる病気であっても,口腔内に露出する歯茎等に作用することによって改善する可能性があるという日常経験に裏打ちされた知識等を挙げて,歯の根の部分で起こる病気が改善されるという効果は,刊行物1等から当業者が予測し得たものであると主張する。
しかし,歯治療の業界においては,歯周病になると普通のブラッシングだけでは治癒することはありえず,歯周病になった患者は歯科医で治療を受けなければならない。すなわち,歯医療業界においては,口腔内に露出した歯茎を磨くことと,歯茎ラインの下側(歯茎の奥)を磨くことは,治療として明確に区別されているものである。通常,歯周病の原因となる歯周病菌は,歯茎ラインの下側(歯茎の奥)で発生するものであり,本願発明に係る超音波歯ブラシは,この歯周病菌を原因とする歯周病を治療することを目的とする。これらの事実は,歯周病の発生メカニズムからも明らかなことである。したがって,本願発明の効果が,一般に行われる普通の歯ブラシ等によるブラッシングに基づき,日常ごく普通に得ている経験に重ね合わせて刊行物1等から当業者が予測しえたものとする被告の主張は,失当である。刊行物1等に開示されている歯ブラシは,歯周病の原因となる歯茎ラインの下側(歯茎の奥)の歯周病菌について言及するものではなく,口腔内に露出した部分を対象としているものであり,結局のところ普通の歯ブラシ等によるブラッシングについて開示しているにすぎない。
(キ) また,被告は,本願明細書の段落【0027】における「更に,超音波発振手段2から発振される超音波振動の周波数を,1.3〜1.9MHzに設定したが,これに限定するものでなく,人体治療に有効でかつ安全が確認されている周波数であれば,1.3MHzより低い周波数に設定したり,1.9MHzより高いの周波数に設定しても良い。」との記載を挙げて,周波数を1,3〜1.9MHzとした点に格別の効果ないし臨界的意義が存するとはいえないと主張する。
しかし,上記記載は,「人体治療に有効で且つ安全が確認されている周波数であれば」とあるように,人体治療に有効で且つ安全が確認されている条件の下で,適用できる可能性のある超音波の周波数の範囲を開示していることが明らかであり,その意味で,10KHz〜20MHzという広い周波数範囲の超音波を開示している引用発明2-1と同じように,単に適用できる可能性を示したものにすぎない。本願明細書の上記記載を理由に,周波数を1.3〜1.9MHzとした点に格別の効果ないし臨界的意義が存するということができないとする被告の主張は,失当である。
上記のとおり,人体への安全性を確保しつつ同時に歯周病菌を減少させる効果は,本願発明で限定した周波数範囲1.3〜1.9MHzに特有の効果であり,上記周波数の限定は特有の効果を有するというべきである。
被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(超音波歯ブラシの出力値の限定について当業者が当然に配慮して採用するべきであるとした判断の誤り)について (ア) 米国食品医薬局(FDA)の食品安全基準は,超音波診断装置を流通過程におく許可を得るための手続きを定めた基準と考えられるから,本願発明に係る超音波歯ブラシと,本願明細書の段落【0002】でいう米国食品医薬局(FDA)の食品安全基準で対象としている超音波診断装置とは,その利用者として想定している対象が異なる機器であるという点は一応理解できる。しかしながら,両者が異なることをもって,当該基準を「超音波歯ブラシ」に適用することは容易でないとする原告の主張は,次の理由から失当である。
すなわち,本願明細書の段落【0002】の記載によれば,同安全基準は,超音波が人体組織に与える影響を勘案し,その安全性を確保するための基準であるところ,同安全基準は平成9年(1997年)9月30日付けで作成されたものであるから,そのことは本願発明の出願前に超音波診断装置の製造者等の間で広く認識されていたというべきである。
本願発明に係る超音波歯ブラシと米国食品医薬局(FDA)の食品安全基準が対象としている超音波診断装置とは,その想定される使用者が異なるとしても,いずれも超音波を人体組織に伝搬させるという機能を有し,超音波が人体組織に与える影響を勘案すべき点で課題を共通にするものであるから,前者の設計に際して,後者の安全基準を転用ないし参考にして,その超音波出力を決定することは当業者が容易になしえたものというべきである。この点は,超音波歯ブラシに関する出願に係る本願明細書自身が,超音波診断装置に係る上記安全基準に言及していた事実からみても,明らかというべきである。
(イ) 超音波歯ブラシにおける安全性確保について,刊行物1には「本発明は,口腔衛生の日常の維持においてどのような慣れない人でも使用できる安全かつ効果的な超音波歯ブラシを提供するものであることがわかる。流体は超音波エネルギーを結合し,歯に接触する金属が解消され,レベルが比較的低いが,効果的なエネルギーが,歯と周囲の軟らかい組織の両方に著しい安全性を提供する。」(5頁左上欄1〜5行)と記載されており,超音波歯ブラシにおける超音波エネルギーの大きさと人体への安全性との関係が認識されていることが分かる。そして,超音波出力を10〜100mW/cm2と特定した点に関し,ある基準に適合するように実験を行い,適切な超音波出力を特定したという努力があったものと考えられるが,超音波による人体組織の温度上昇が超音波出力と関係することが当業者に認識されていなかったとか,実験方法が確立されていない状況の下で新規な実験方法を確立しつつ行われた等の特別の事情があれば別論,上記安全基準という既知の基準に適合し,歯ブラシに当然要請される歯垢除去能力を確保しつつ,適切な超音波出力を特定したということのみでは,特許されるに足る技術的思想創作ということはできず,当業者が通常行う行為の範疇にとどまるものであり,容易になし得たものというべきである。
2 取消事由2(超音波振動の周波数を1.3〜1.9MHzとした点について格別の臨界的意義を見出すことができないとした判断の誤り)について (ア) 原告は,本願発明と引用発明2-1が同じ超音波歯ブラシであるとは到底考えられない,本願発明の周波数範囲は,専門家でない一般のユーザの使用及びその照射部位を考慮して特定したものであって,引用発明2-1の周波数範囲は超音波歯ブラシとして不適当である,と主張する。
しかしながら,刊行物2には,「超音波振動を加えられた毛の束21は,超音波振動57を歯周ポケットの歯肉滲出液へと伝搬し,歯肉滲出液58に持続的な超音波を生じ,この超音波によって,ナイロン毛の束21の歯垢除去能力が補足,強化される。専門家が用いるような,金属先端部を有する硬質の歯石除去用の超音波歯石除去具の場合と異なり,本発明の超音波振動毛は軟質ナイロン製なので,やわらかい歯垢を,歯垢が石灰化して歯石となってしまう前に毎日除去する目的で非専門家が家庭で日常的に使用しても全く安全である。」(被告による訳。ちなみに,原告訳文においては2頁18行〜23行)と記載されている。
この記載からみて,引用発明2-1は,10KHz〜20MHzという広い周波数範囲の超音波を用いてはいるが,専門家でない一般のユーザの使用及びその照射部位を前提としたものであることが明らかであって,両者の周波数範囲の意義が異なるということはできない。
(イ) また,原告は,本願発明は,顕著な効果,つまり歯の根の部分で起こる病気(歯周病や歯槽膿漏)が改善されるという著しい効果を有し,臨界的意義を有する旨を主張する。
しかしながら,刊行物1には「超音波エネルギーは付近のくちびる,歯茎,及び口腔内部の顔組織にも有益な作用を及ぼす。」(4頁左上欄12行〜13行)と記載されており,超音波歯ブラシの超音波エネルギーが歯茎等の口腔内部組織に有益な作用を持つことが示唆されている。
そして,一般に,歯周病や歯槽膿漏は歯垢の累積により歯と歯茎との間に生じた歯周ポケットに細菌等が繁殖し,さらに歯周ポケットが拡大,深化していくことにより歯根に影響を及ぼすという経過をたどることに鑑みると,歯の根の部分で起こる病気であっても,口腔内に露出する歯茎等に作用することによって改善する可能性があるものと考えられ,また,この可能性は,歯茎等の口腔内組織表面に影響を及ぼす普通の歯ブラシ等によるブラッシングによっても,歯周病や歯槽膿漏が改善するという,我々が日常ごく普通に得ている経験からも裏付けられるものである。
してみると,原告主張の歯の根の部分で起こる病気が改善されるという効果は,刊行物1等から当業者が予測し得たものというべきである。
また,原告が上記において主張する効果が,本願発明の超音波振動の周波数を1.3〜1.9MHzとした点から生じ,他の周波数範囲では得ることのできない効果であることを具体的に裏付ける比較データ等の記載は本願明細書に見当たらないし,本願明細書の段落【0027】には,「更に,超音波発振手段2から発振される超音波振動の周波数を,1.3〜1.9MHzに設定したが,これに限定するものでなく,人体治療に有効でかつ安全が確認されている周波数であれば,1.3MHzより低い周波数に設定したり,1.9MHzより高いの周波数に設定しても良い。」と記載されていることからみて,周波数を1.3〜1.9MHzとした点に格別の効果ないし臨界的意義が存するということもできない。
したがって,本願発明の超音波振動の周波数範囲に顕著な効果があり臨界的意義を有するとの原告主張は,失当である。
当裁判所の判断
1 取消事由1(超音波歯ブラシの出力値の限定について当業者が当然に配慮して採用するべきであるとした判断の誤り)について (1) 原告は,米国食品医薬局(FDA)の食品安全基準(甲7)に規定されている「超音波照射する機器」は,広く一般に使用されている機器であって,使用範囲(超音波の人体への照射範囲)が人体各部と広く,超音波の専門知識を有する専門家が使用するものをいうから,同安全基準は,一般のユーザが使用する超音波歯ブラシに,直ちに適用できず,また,超音波歯ブラシでは,一般の「超音波照射する機器」の場合よりも,厳格にその使用条件(超音波の照射条件)を定める必要があるから,審決が,「本願明細書【0002】に記載されているように,超音波照射する機器において人体の安全性を確保する観点から,温度上昇を1℃以下とすべきことが米国食品医薬局(FDA)の食品安全基準に示されていることからみて,超音波歯ブラシにおいても当該基準を満たすようその超音波出力の上限値を決定することは,当業者が当然に配慮して採用すべき事項である」(審決書6頁10行〜15行)と判断したのは誤りである旨を主張する。
(2) そこで,検討するに,刊行物1(甲3)には,「本発明の別の目的は,未熟練の新米の手で日常的に取り扱っても歯の表面又は周囲の軟組織に害を与えない点まで,超音波エネルギーのレベルを低くする効果的な掃除器具を得ることである。」(3頁左下欄25行〜27行),「毛の集まり34の長さは,変換器28を歯までの効果的で,制御される最適な距離以内に位置させて,日常の使用で歯の表面と根,及び周囲の軟組織に害をひき起こすことなしに,生理学的に安全なレベルまで音響エネルギーを低下できるようにするために選択される。」(4頁左上欄14行〜17行),「本発明の超音波歯ブラシ20が第1図に示されている。この歯ブラシは,頑丈な材料で製作された柄22と,電池パック24と,電子駆動モジュール(electronics driving module)26と,圧電変換器28と,接続線30と,たわみ材料で製作され,複数の毛の集まり34を含む着脱可能なブラシ頭部32とを含む。この歯ブラシは典型的な歯みがき位置にある様子が示されており,毛の集まり34が口腔38の内部の歯36に接触している。電池パック24によって供給される低電圧DC電流が電子駆動モジュール26によって超音波周波数DC電流へ変換される。それは接続線30によって圧電変換器28に接続される。圧電結晶は,電子駆動モジュール24によって供給される周波数に同調して共振して,体積を膨張及び収縮し,電気エネルギーを音波エネルギーに変換する。使用者の口腔内の歯みがき剤その他の音波媒体を歯36に対して駆動する音波は,歯との結合部において歯みがき剤内部で軽いキャビテーションを生じさせ,その結果として歯の表面と,歯根部の周囲の歯茎に形成されているポケットとにおける軟かい歯垢をゆるめることになる。それからゆるんだ軟らかい歯垢は,使用者の通常の歯みがき動作によって歯ブラシ20の毛の集まり34によって除去される。後で気が付くように,超音波エネルギーは付近のくちびる,歯茎,及び口腔内部の顔組織にも有益な作用を及ぼす。」(3頁右下欄24行〜4頁左上欄13行),「本発明は,口腔衛生の日常の維持においてどのような慣れない人でも使用できる安全かつ効果的な超音波歯ブラシを提供するものであることがわかる。流体は超音波エネルギーを結合し,歯に接触する金属が解消され,レベルが比較的低いが,効果的なエネルギーが,歯と周囲の軟らかい組織の両方に著しい安全性を提供する。エネルギー要求量を減少することは,圧電変換器と歯の間の制御された距離,即ち毛の集まりの長さによって定められる制御された距離によって可能にされたものである。」(5頁左上欄1行〜7行)と記載されている。
上記において,「歯の表面又は周囲の軟組織に害を与えない点まで,超音波エネルギーのレベルを低くする」とされ,また,「使用者の口腔内の歯みがき剤その他の音波媒体を歯36に対して駆動する音波は,歯との結合部において歯みがき剤内部で軽いキャビテーションを生じさせ,その結果として歯の表面と,歯根部の周囲の歯茎に形成されているポケットとにおける軟かい歯垢をゆるめることになる」とされていることからすると,引用発明1において,超音波振動子から発振される超音波振動の出力は,歯垢が除去され,かつ,歯の表面又は周囲の軟組織に害を与えない範囲に設定されているものと解される。
刊行物1には,歯垢が除去され,かつ,歯の表面又は周囲の軟組織に害を与えない範囲の出力がどの程度のものかについて,具体的数値は記載されていない。しかし,少なくとも,超音波エネルギーのレベルによって,組織に損傷が生じるかどうかが決まることは,上記記載から容易に理解できることであるから,超音波エネルギーのレベルの最大値を組織に損傷が生じない範囲で設定することは当業者が容易に想到できることである。また,音波エネルギーにより,軽いキャビテーションが生じて,歯垢がゆるめられるのであるから,エネルギーレベルの最低値が,歯垢をゆるめ得るかどうかで定められるべきものであることも,当業者が容易に想到できることである。
他方,本願明細書には,「超音波エネルギーを人体の治療などに応用するのに当たって,米国医療用超音波協会では,生体に対して超音波を照射した部分の組織が,有害な生物学的影響の無い2℃以下であれば,安全であると報告されている。そして,日本の厚生労働省に当たる米国食品医薬局(FDA)の食品安全基準では,超音波照射による温度上昇(組織での熱上昇)を1℃以下に設定している。」(段落【0002】)と記載されており(甲2の1),この記載及び米国食品医薬局(FDA)の食品安全基準(甲7)からすれば,超音波エネルギーを人体に照射すると,人体組織の温度が上昇することから,照射の際には,人体組織への影響を無くすため,組織の温度上昇を一定以下とするという安全基準が,本願出願前に既に確立されていたものと認められる。
既に述べたとおり,超音波歯ブラシにおいて,超音波エネルギーのレベルの最大値を組織に損傷が生じない範囲で設定することは当業者が容易に想到できることであるから,人体組織の損傷を防ぐための確立された安全基準が,超音波エネルギーの照射による組織の温度上昇を一定以下にするというものであれば,組織温度の上昇を指標として,具体的なエネルギーレベルの最大値を決定することは,当業者ならば当然に行うことである。仮に,上記安全基準が,超音波歯ブラシについてのものでないとしても,超音波歯ブラシも,また,超音波を照射する機器のひとつであるから,当該安全基準に倣うことは,当業者において容易に想到し得ることというべきである。
そうすると,引用発明1において,超音波が照射された部分の温度上昇が1℃以下となるように,超音波エネルギーの最大出力を調整することは,当業者ならば容易に想到できることであり,そのための具体的な最大出力の範囲は,実験により,当業者が容易に決定できるものというべきである。
また,上述のとおり,エネルギーのレベルの最低値が,歯垢をゆるめ得るかどうかで定められるべきことも,当業者が容易に想到できることであるから,その具体的な最小出力の範囲も,実験により,当業者が容易に決定できるものというべきである。
(3) 原告は,人体に害を与えることなく,歯茎や歯についた歯垢を除去できる出力(パワー)がどの程度か,繰り返し実験を行って確認した結果,「超音波が照射された部分の温度上昇が1℃以下となる出力10〜100mW/cm2」という出力値を得たのであって,この出力範囲は極めて重要な意味を持つ旨主張する。
しかし,上述のとおり,超音波歯ブラシにおいて,超音波が照射された部分の温度上昇が1℃以下という最大出力条件も,歯垢をゆるめ得るという最小出力条件も,いずれも,容易に決定できるものであるし,そのための実験についても,具体的な出力の数値を変化させつつ,温度上昇,歯垢のゆるみ状態を観測することにより,容易に行い得るのであるから,出力の数値範囲の限定は,当業者が容易に決定できたものというべきである。
本願明細書にも,「この際,一日に2回,1回3分間ずつ30日に亘って使用する米国食品医薬局(FDA)の臨床実験を行った結果,超音波振動の出力が10mW/cm2より小さい場合には,生体に対して超音波が照射された部分に1℃以上の温度上昇が見られなかったものの,歯垢の除去率が不充分であることが確認された。これと逆に100mW/cm2より大きい場合には,超音波の照射部分に1℃以上の温度上昇が確認された。」(段落【0019】)と記載されており(甲2の1),この記載からすると,出力10〜100mW/cm2の決定に当たっては,臨床実験を米国食品医薬局(FDA)の定める基準に則って行ったもので,出力範囲の決定に格別の創意工夫を必要としたということはできない。
(4) 以上のとおりであるから,超音波歯ブラシにおいて,米国食品医薬局(FDA)の食品安全基準を満たすようその超音波出力の上限値を決定することは,当業者が当然に配慮して採用すべき事項であり,「超音波振動の出力を10〜100mW/cm2‥‥‥とした点にも格別の臨界的意義を見出すことができない。」とした審決の判断に誤りはなく,原告の主張する取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(超音波振動の周波数を1.3〜1.9MHzとした点について格別の臨界的意義を見出すことができないとした判断の誤り)について (1) 原告は,審決は「超音波振動の‥‥‥周波数を1.3〜1.9MHzとした点にも格別の臨界的意義を見出すことができない」として,引用発明2-1に基づいて,周波数を1.3〜1.9MHzとした点を容易想到と判断したが,本願発明と引用発明2-1とは,超音波振動の周波数の範囲が著しく異なり,また,引用発明2-1の超音波歯ブラシでは,本願発明の超音波歯ブラシが有する効果を奏し得ないから,審決の判断は誤りである旨を主張する。
(2) そこで,検討するに,引用発明2-1は,「超音波発振器53から発振される超音波振動の周波数を10KHz〜20MHzの範囲とした超音波歯ブラシ」というものであり,その周波数範囲は,本願発明の周波数範囲1.3〜1.9MHzに比して,広範なものである。
しかし,刊行物1には,前記のとおり,「使用者の口腔内の歯みがき剤その他の音波媒体を歯36に対して駆動する音波は,歯との結合部において歯みがき剤内部で軽いキャビテーションを生じさせ,その結果として歯の表面と,歯根部の周囲の歯茎に形成されているポケットとにおける軟かい歯垢をゆるめることになる。」(4頁左上欄6行〜10行)と記載されており,この記載から,歯垢がゆるめられるのは,照射される音波により生成されるキャビテーションの作用によることが理解され,また,刊行物1に,この照射される音波として,「超低音範囲から音波を経て超音波の範囲まで,あらゆる種類の音響エネルギー応用に本発明を採用できる。」(甲3の5頁左上欄14行〜16行)と記載されていることからすると,キャビテーションが生成されるのであれば,歯垢をゆるめるために,広範囲の周波数の音響エネルギーが利用できることが理解される。
また,刊行物2には,「発明の高められた具体例はコンダクター51及び52で電池に接続される超音波発電機53を加えることで,図8に説明され,20MHzおよび10KHzの範囲の超音波周波数電気パルスが発生されて,これが発電機53から隣接歯間の歯垢の除去装置1のチップ18部分内に位置された超音波変換器56にコンダクター54および55を介して送信される。変換器56はハンドル17内に圧入またはエポキシ接着によって固定される。変換器によって発生された超音波振動57は,剛毛房21への剛毛のホールダー19によって連結される。超音波で高められた剛毛房21は歯周ポケットの液体に超音波振動57を送信し,液体58内に定在超音波を作り出し,ナイロン剛毛房21の除去能力を増大および増強する。硬い歯石を除去する金属チップのプロ用超音波に対抗して,超音波で高められた剛毛は柔軟なナイロンで作られており,従って,石灰化して歯石になる機会を得る前に柔軟な歯垢を毎日除去するために素人の手によって家庭で日常的に使用されて完全に安全である。」(甲4の原告訳文2頁12行〜末行)と記載されており,この記載から,10KHz〜20MHzの周波数範囲の採用によって,家庭においても日常的に使用でき,素人でも安全に,歯垢を除去できる超音波歯ブラシが得られることは容易に理解できることである。
そもそも,刊行物1に,音響エネルギーとしては,超低音範囲から音波を経て超音波の範囲までの,広範囲の周波数範囲のものが利用できることが記載されているのであるから,いずれの周波数を用いるかは,当業者が適宜決定できることといわねばならないし,刊行物2に,10KHz〜20MHzの周波数範囲の採用によって,家庭においても日常的に使用でき,素人でも安全に,歯垢を除去できる超音波歯ブラシが得られることが示されているのであるから,引用発明1において,引用発明2-1が採用する10KHz〜20MHzの周波数範囲内において,実際に使用する周波数を,1.3〜1.9MHzの範囲に選択決定することは,当業者ならば適宜行い得ることというべきである。
たしかに,本願発明における1.3〜1.9MHzという周波数範囲は,引用発明2-1が採用する10KHz〜20MHzの周波数範囲よりも狭い範囲のものである。しかし,本願明細書には,「更に,超音波発振手段2から発振される超音波振動の周波数を,1.3〜1.9MHzに設定したが,これに限定するものでなく,人体治療に有効でかつ安全が確認されている周波数であれば,1.3MHzより低い周波数に設定したり,1.9MHzより高いの周波数に設定しても良い。」(段落【0027】)と記載されており(甲2の1),この記載からすると,本願発明において,1.3〜1.9MHzの周波数範囲を選択した理由は,この範囲の周波数が,人体治療に有効でかつ安全が確認されていることにあるのは明らかである。しかも,使用される周波数は,上記の周波数範囲に限定するものではないことも明記されている。
従来から人体治療に安全に使用されている周波数を選択するのであれば,そのような選択は当業者が容易に行い得ることといえるから,本願発明において,周波数範囲を1.3〜1.9MHzという狭い範囲に限定しているからといって,この限定に格別の創意を要したということはできない。
(3) 原告は,本願明細書の上記記載は,「人体治療に有効で且つ安全が確認されている周波数であれば」とあるように,人体治療に有効で且つ安全が確認されている条件の下で,適用できる可能性のある超音波の周波数の範囲を開示していることが明らかであり,その意味で,10KHz〜20MHzという広い周波数範囲の超音波を開示している引用発明2-1と同じように,単に適用できる可能性を示したものにすぎない旨を主張する。
しかし,仮に,本願明細書の上記記載が適用できる可能性を示したものであるとしても,上述したとおり,人体治療に有効で且つ安全が確認されている周波数を選択することに何の困難性もないから,1.3〜1.9MHzという周波数範囲の設定は,当業者が適宜決定できるものであって,格別の技術的意義を認めることはできない。
(4) 原告は,本願発明の超音波歯ブラシにおいては,医師等の専門家ではない子供から老人までの一般のユーザである超音波歯ブラシの使用者及びその照射部位を考慮して,10の5乗のオーダー幅という極めて狭い範囲で,超音波振動の周波数を特定しているのに対し,引用発明2-1に示された周波数の範囲は,その広さからして,超音波歯ブラシとしては不適当とも考えられ,一般的に人体に使用される超音波照射機器の超音波振動の周波数を開示したものと想定される旨を主張する。
しかし,本願発明において,1.3〜1.9MHzの周波数範囲は,人体治療に有効でかつ安全が確認されている周波数として選択されたものであることは,本願明細書に記載されたとおりであり,使用者及びその照射部位について,格別の考慮があったと認めることはできない。また,上述のとおり,刊行物2から,10KHz〜20MHzの周波数範囲の採用によって,家庭においても日常的に使用でき,素人でも安全に,歯垢を除去できる超音波歯ブラシが得られることは容易に理解できるところ,引用発明2-1に示された周波数が,超音波歯ブラシとして不適当なものであるとする根拠は何ら示されていない。
(5) 原告は,本願発明においては,1.3〜1.9MHzという周波数範囲の設定により,歯茎ラインの下側(歯茎の奥),歯根の部分で起こる歯の病気(歯周病)が改善されるという作用が生じるところ,刊行物1及び刊行物2の歯ブラシは,口腔内に露出した部分を対象とした,普通の歯ブラシ等によるブラッシングについて開示しているにすぎないから,本願発明は,超音波歯ブラシとして,引用発明1,2-1に見られない顕著な医療効果が奏される旨を主張する。
たしかに,本願明細書には,「更に,超音波振動の周波数を1.3〜1.9MHzに設定した場合には,臨床実験によって,1回の歯磨きで歯に付着した歯垢のほとんど全て(約97%)が除去され,睡眠中の歯垢増殖力(夜間プラークの形成)が約1/4にまで激減することが確認されると共に,歯茎ラインの下側に発生したバクテリアの生成を破壊することが確認された。更にまた,1ヶ月の使用によって,歯周病は,出血が約1/2以下にまで減少すると共に約3/4の被験者の病状が改善され,歯槽膿漏については,約1/4以上の被験者の病状が改善され,3ヶ月の使用で約半数近くの被験者の病状が改善された。長期間(6ヶ月)の使用によって歯肉炎の発生に予防効果があり,口内炎(口唇潰瘍)の治療と予防に効果があることも確認された。その結果,治療効果を向上できる。」(段落【0023】〜【0024】)と記載されており(甲2の1),この記載からすれば,本願発明に係る超音波歯ブラシの使用により,歯周病,歯槽膿漏についての病状が改善されること,長期間の使用によって歯肉炎の発生予防,口内炎(口唇潰瘍)の治療と予防に効果を生じることが認められる。
他方,刊行物1(甲3)には,「以下の説明においては,特記しないかぎり,「超音波」という用語は超低音周波数,音波周波数又は超音波周波数を指すものである。本発明の超音波歯ブラシ20が第1図に示されている。この歯ブラシは,頑丈な材料で製作された柄22と,電池パック24と,電子駆動モジュール(electronics driving module)26と,圧電変換器28と,接続線30と,たわみ材料で製作され,複数の毛の集まり34を含む着脱可能なブラシ頭部32とを含む。この歯ブラシは典型的な歯みがき位置にある様子が示されており,毛の集まり34が口腔38の内部の歯36に接触している。電池パック24によって供給される低電圧DC電流が電子駆動モジュール26によって超音波周波数DC電流へ変換される。それは接続線30によって圧電変換器28に接続される。圧電結晶は,電子駆動モジュール24によって供給される周波数に同調して共振して,体積を膨張及び収縮し,電気エネルギーを音波エネルギーに変換する。使用者の口腔内の歯みがき剤その他の音波媒体を歯36に対して駆動する音波は,歯との結合部において歯みがき剤内部で軽いキャビテーションを生じさせ,その結果として歯の表面と,歯根部の周囲の歯茎に形成されているポケットとにおける軟かい歯垢をゆるめることになる。それからゆるんだ軟らかい歯垢は,使用者の通常の歯みがき動作によって歯ブラシ20の毛の集まり34によって除去される。後で気が付くように,超音波エネルギーは付近のくちびる,歯茎,及び口腔内部の顔組織にも有益な作用を及ぼす。」(3頁右下欄22行〜4頁左上欄13行),「第1図から容易にわかるように,圧電結晶28は共振して,体積を膨張及び収縮させて電子エネルギーを音波エネルギーに変換する。このエネルギーは毛に結合され,かつブラシ頭部32の全体に結合される。歯を清潔にするためにブラシを毎日使用する時は,ブラシが口腔の内面をこするにつれて,ブラシ頭部32の後部を通じて,超音波振動は口腔内部の組織,特に使用者のくちびると顔面組織とにも超音波エネルギーは伝えられる。それらの超音波振動は,潰瘍の発生頻度を減少させ,及び程度を低下させることによって,慢性再発性アフタ口内炎,アフタ口内炎として一般に知られている,に対する治療効果があることが判明している。このように,本発明は,掃除器具として使用すると口腔内で治療作用も発揮する。」(4頁右下欄18〜27行)と記載されており,この記載からすれば,超音波振動に限らず,音波の利用によっても,歯垢が除去でき,口内炎に対する治療効果が得られることが理解できるものの,刊行物1には,本願発明のように,歯茎ラインの下側(歯茎の奥),歯根の部分で起こる歯の病気(歯周病)が改善されるという作用が生じることが記載されているわけではない。
しかし,本願明細書に,上記周波数範囲以外の周波数を用いた場合における臨床実験が示されているわけではないから(甲2の1,2),歯茎ラインの下側(歯茎の奥),歯根の部分で起こる歯の病気(歯周病)が改善されるという作用が,1.3〜1.9MHzという周波数範囲の設定により奏されるかどうかは明らかでない。
しかも,上記のような,歯茎ラインの下側(歯茎の奥),歯根の部分で起こる歯の病気(歯周病)の改善,治療,予防効果は,歯垢の除去,歯肉のブラッシングによって大なり小なり得られるものであることは,歯ブラシの技術分野の当業者,口腔内の病気治療に詳しい歯科医でなくとも,一般生活者の常識に属することである。超音波の照射により,歯垢を除去できることは,刊行物1及び刊行物2から容易に理解されるから,従来の超音波歯ブラシによっても,歯茎ラインの下側(歯茎の奥),歯根の部分で起こる歯の病気(歯周病)が改善されるという作用が奏されることは十分予測されることである。
(6) 原告は,引用発明2-1と本願発明とでは,特定された超音波振動の周波数の範囲が著しく異なるから,引用発明2-1の超音波歯ブラシでは,本願発明の超音波歯ブラシが有する効果を奏することができないと想定される旨を主張する。
しかし,引用発明2-1の超音波歯ブラシでは,本願発明の効果を生じないとする根拠は何ら示されていない。
そうすると,本願発明の上記効果が,その特定の周波数範囲を採用したことにより初めて奏されるものであるとは認めることができず,本願発明において,歯茎ラインの下側(歯茎の奥),歯根の部分で起こる歯の病気(歯周病)が改善されるという作用効果が,当業者の予測できない格別顕著なものであるということはできない。
(7) 以上のとおりであるから,審決が,「超音波振動の‥‥‥周波数を1.3〜1.9MHzとした点に格別の臨界的意義を見出すことができない」として,引用発明2-1に基づいて,周波数を1.3〜1.9MHzとすることは容易になし得ることであると判断したことに誤りはなく,原告の主張する取消事由2もまた理由がない。
3 結論 以上によれば,原告主張の取消事由1,2には理由がなく,その他,審決に,これを取り消すべき誤りは見当たらない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 三村量一
裁判官 古閑裕二