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事件 平成 9年 (ワ) 5741号 特許権侵害差止等請求事件
原告 株式会社ウエスタン・アームス代表者代表取締役 【A】
原告訴訟代理人弁護士 宗万秀和
同 荒木和男
同 近藤良紹
同 早野貴文
同 川合 晋太郎
同 川合順子
同 田伏岳人
同 高橋隆二
同 山枡幸文
同 小泉妙子
原告訴訟復代理人弁護士 鬼頭 栄美子
原告補佐人弁理士 神原貞昭
被告 有限会社マルゼン代表者代表取締役 【B】
被告 有限会社丸前商店代表者代表取締役 【B】
被告ら訴訟代理人弁護士 安原正之
同 佐藤治隆
被告ら補佐人弁理士 安原正義
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2001/02/08
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告らは,原告に対し,連帯して,5096万3043円及びうち3230万3610円に対する平成9年4月29日から,うち1865万9433円に対する平成11年12月14日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告有限会社マルゼンは,原告に対し,170万4955円及びうち54万3053円に対する平成9年4月29日から,うち116万1902円に対する平成12年9月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告らの連帯負担とする。
5 この判決は,第1,2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
原告の請求
被告らは,原告に対し,連帯して2億3950万円及びうち5695万円に対する平成9年4月29日から,うち1億1107万9500円に対する平成11年9月1日から,うち7147万0500円に対する平成12年9月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,自動弾丸供給機構付玩具銃の特許権を有する原告が,被告らに対し,被告らの製造,販売する玩具銃が原告の特許発明技術的範囲に属し,その製造,販売が原告の特許権を侵害すると主張して,特許法65条1項に基づく補償金請求として9485万0500円,不法行為による損害賠償請求(弁護士費用を含む。)として1億4464万9500円並びに補償金請求額の一部及び損害賠償請求額の一部の合計5695万円に対する平成9年4月29日(訴状送達の日の翌日)から,損害賠償請求額の残額1億1107万9500円に対する平成11年9月1日(不法行為の後の日)から,補償金請求額の残額7147万0500円に対する平成12年9月1日(補償金請求を拡張した後の日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求めている事案である。
1 当事者間に争いのない事実 (1) 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。
特許番号 第2561429号 発明の名称 自動弾丸供給機構付玩具銃 出願年月日 平成5年10月8日 出願番号 特願平5-252881号 公開年月日 平成7年4月18日 公開番号 特開平7-103694号 登録年月日 平成8年9月19日 (2) 本件特許権に係る明細書(平成9年11月12日付け訂正請求書による訂正後のもの。以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の特許公報(甲2。以下「本件公報」という。)を参照)の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。)。
「グリップ部内に配される弾倉部と,上記グリップ部内にガス導出通路部が連結されて配される蓄圧室と,銃身部の後端部に設けられ,上記弾倉部における一端の近傍に配される装弾室と,該装弾室に供給された弾丸を発射させるべく操作されるトリガに連動して上記ガス導出通路部を開閉制御する開閉弁部と,上記銃身部に対して設けられ,該銃身部に沿って移動し得るものとされたスライダ部と,該スライダ部における上記銃身部の後方となる部分内に設けられ,上記スライダ部と一体的に移動する部材である受圧部と,上記装弾室と上記受圧部との間に配され,上記スライダ部の移動方向に沿う方向に移動可能とされた可動部材と,該可動部材内において移動可能に設けられ,上記ガス導出通路部から上記可動部材内を通じて上記装弾室に至る第1のガス通路及び上記ガス導出通路部から上記可動部材内を通じて上記受圧部に至る第2のガス通路の夫々を開閉制御し,上記開閉弁部により上記ガス導出通路部が開状態とされている期間において,上記第1のガス通路を開状態として,上記蓄圧室からのガスを上記装弾室に供給する第1の状態から,上記第2のガス通路を開状態として,上記蓄圧室からのガスを上記受圧部に作用させて上記スライダ部を後退させ,それに伴う上記可動部材の後退を生じさせて,上記弾倉部の一端から上記装弾室への弾丸の供給のための準備を行う第2の状態に移行するガス通路制御部と,を備えて構成される自動弾丸供給機構付玩具銃。」 (3) 本件特許発明構成要件を分説すると,次のとおりである(以下,それぞれを「構成要件A」などという。)。
A グリップ部内に配される弾倉部と, B 上記グリップ部内にガス導出通路部が連結されて配される蓄圧室と, C 銃身部の後端部に設けられ,上記弾倉部における一端の近傍に配される装弾室と, D 該装弾室に供給された弾丸を発射させるべく操作されるトリガに連動して上記ガス導出通路部を開閉制御する開閉弁部と, E 上記銃身部に対して設けられ,該銃身部に沿って移動し得るものとされたスライダ部と, F 該スライダ部における上記銃身部の後方となる部分内に設けられ,上記スライダ部と一体的に移動する部材である受圧部と, G 上記装弾室と上記受圧部との間に配され,上記スライダ部の移動方向に沿う方向に移動可能とされた可動部材と, H@ 該可動部材内において移動可能に設けられ, A ガス導出通路部から可動部材内を通じて装弾室に至る第1のガス通路及びガス導出通路部から可動部材内を通じて受圧部に至る第2のガス通路のそれぞれを開閉制御し, B 開閉弁部によりガス導出通路部が開状態とされている期間において,前記第1のガス通路を開状態として,蓄圧室からのガスを装弾室に供給する第1の状態から,前記第2のガス通路を開状態として,蓄圧室からのガスを受圧部に作用させてスライダ部を後退させ,それに伴う可動部材の後退を生じさせて,弾倉部の一端から装弾室への弾丸の供給のための準備を行う第2の状態に移行する C ガス通路制御部と I を備えて構成される自動弾丸供給機構付玩具銃 (4) 被告有限会社マルゼン(以下「被告マルゼン」という。)は,平成7年12月ころから別紙物件目録一記載の玩具銃(商品名「マルゼン イングラムM11」。以下「被告製品1」という。)を,同8年4月ころから別紙物件目録二記載の玩具銃(商品名「マルゼン UZIピストル」。以下「被告製品2」という。)を製造し,それぞれ被告有限会社丸前商店(以下「被告丸前商店」という。)に一括して売り渡していた。
被告丸前商店は,被告製品1及び被告製品2(以下,両者を併せて「被告各製品」という。)を取引者に販売していた。
(5) 被告各製品は,いずれも,本件特許発明構成要件AないしC,E,Gを充足する。
2 本件における争点 (1) 被告各製品が本件特許発明構成要件Dを充足するかどうか。
(2) 被告各製品が本件特許発明構成要件F及びHを充足するかどうか。
(3) 原告が請求することのできる補償金の額はいくらか。
(4) 原告が請求することのできる損害賠償の額はいくらか。
3 争点に関する当事者の主張 (1) 争点 (1)(構成要件Dの充足性)について (原告の主張) ア 構成要件Dにいう「装弾室に供給された」という文言は,発射される弾丸の状態(位置)を表した修飾語にほかならず,弾丸の供給とトリガの操作との時間的先後関係を表現したものではない。
また,トリガの操作によって弾丸が発射される時点では,弾丸は既に装弾室に供給・装填された状態にあるのであるから,「供給された」という表現になっていることは国語上の表現としても誤りではない。
イ そもそも,本件特許発明構成要件Dは,トリガに連動してガス導出通路部(吸排気口38。別紙物件目録添付図面の符号。以下同様)を開閉制御する開閉弁部(バルブ40)のことを指しており,弾丸が供給されるタイミングとは関係がない。
ウ 被告各製品において,装弾室52に供給された弾丸31は,トリガー11が操作されることによって発射されるのであり,また,開閉弁部(バルブ40)は,装弾室52に供給された弾丸31を発射させるべく操作されるトリガー11に連動してガス導出通路部(吸排気口38)を開閉制御するから,被告各製品は構成要件Dを充足する。
(被告らの主張) ア 本件明細書の「発明の詳細な説明」欄における特許発明の作用,効果の記載から判断するに,本件特許発明構成要件Dにおける「該装弾室に供給された弾丸」とは,前回のトリガ操作等の結果,装弾室に既に供給されている弾丸を意味する。そして,「該装弾室に供給された弾丸を発射させるべく操作されるトリガに連動して」とは,既に装弾室に供給されている弾丸を発射させるべく行われる次回のトリガ操作を意味する。本件特許発明では,「トリガが操作されると,蓄圧室からのガスが,直ちに装弾室に供給されてその装弾室に供給された弾丸の発射に利用され」るものであり(本件公報7欄6行ないし8行),直ちにとは他の作用を起こす前に蓄圧室のガスが装弾室に供給されることを意味する。
イ 被告各製品は,トリガー11を引くことでボルト2が前進し,ノズルブロック22の先端で弾丸31を装弾室52に供給するものであって,トリガー11の1回の操作により,まず弾丸31を装弾室52に供給し,次いでガスの供給を行うものである。被告各製品では,トリガー11を引くまでは,ボルト2は後方に待機しており,その間装弾室52には,弾丸31は存在せず,前回のトリガー操作等により弾丸があらかじめ装弾室に供給されるものではない。
被告各製品は,トリガー操作等により直ちにガスが装弾室に供給されるものではなく,本件特許発明構成要件Dを欠いている。
(2) 争点 (2)(構成要件F及びHの充足性)について (原告の主張) ア 被告各製品においては,受圧部すなわちシリンダーブロック内底面53とガス通路制御部すなわち栓25とから被告らのいう「ガス圧動作部」が構成されており,右ガス圧動作部は,スライダ部(ボルト2)内に配されていて,ガス圧を利用して装弾室52に弾丸31を供給するための準備を行うものである。すなわち,スライダ部(ボルト2)がガス圧により後退せしめられて最後退位置に置かれ,その後トリガー11の操作によりスライダ部が前進に転じ,それに伴って前進する可動部材(ノズルブロック22)により,弾丸31が装弾室52に供給されるようになっている。
イ 被告各製品の動作について (ア)被告製品1の作動状況は,次のとおりである。
@ ボルトハンドル3を手で後方に引き,ボルト2を後退させ,弾丸31を装弾室52に供給する準備をする。
A トリガー11を手で引くと,ボルト2が前進し,それに伴ってノズルブロック22が前方へ移動し,弾丸31が装弾室52に装填される(別紙「原告説明図」図A)。
B ボルト2が前進し,最前進位置に達した後,ハンマー6が前方に回転し,バルブ40を前方に押圧し,第1気室42内の圧縮ガスが吸排気口38から流入し,ノズルブロック22内の第2気室36及びバレル側通気孔35を通じて装弾室52へ供給される(同図B)。
C 吸排気ロ38からノズルブロック22内の第2気室36及びバレル側通気孔35を通じて装弾室52へ供給された圧縮ガスによって,弾丸31が銃口方向に押し出され,加速される(同図C)。
D 弾丸31がインナーバレル20の先端から発射されたことに伴うバレル側通気孔35のガス圧の低下によって,後方からのガス圧の力が栓スプリング30の力を上回ることになり,栓25が前方に移動し,バレル側通気孔35の開口部をふさぐ。これにより吸排気口38からバレル側通気孔35を通じて装弾室52へ至るガスの供給が遮断されることとなり,圧縮ガスは,吸排気口38からノズルブロック22内の第2気室36及びシリンダーブロック側通路37を通じて受圧部53へ供給されて,圧縮ガスが受圧部53に作用し,ボルト2及びシリンダーブロック23が後退を開始する(同図D)。
E ボルト2の後退により,シリンダーブロック23がハンマー6に接触し,ハンマー6が後方に回転して,ハンマー6によるバルブ40の押圧が解かれ,バルブ40が後方へ移動して,第1気室42から吸排気ロ38への圧縮ガスの流入がバルブ40により遮断される(同図E)。
F 第1気室42から吸排気ロ38への圧縮ガスの流入が止まった後もボルト2及びシリンダーブロック23は慣性により後退し続け,ノズルブロック22がシリンダーブロック23から外れ,その隙間から圧縮ガスが排出される。これに伴って,栓25は,後方からのガス圧がなくなり,栓スプリング30の作用により後方に押し下げられ,バレル側通気孔35の開口部が開放される(同図F)。
G シリンダーブロック23内部のガスが排出された後,スプリング56の付勢により,ノズルブロック22がシリンダーブロック23内部に収納され,次の弾丸を装弾室52へ装填する準備がされる(同図G)。
H なお,被告製品1では,連発式と単発式の切換えが可能になっており,連発式に設定した場合,トリガー11を引いている間,上記AないしGの作動が繰り返される。
(イ)被告製品2の作動状況は,基本的に被告製品1の@ないしGと同一であるが,被告製品2は連発式の機構となっており,トリガー11を引いている間,上記AないしGの作動が繰り返される。
ウ 被告各製品の部材と構成要件Hの対比 (ア)被告各製品は,上記ア記載の動作を行うところ,原告説明図Cの赤色矢印は,吸排気口38からノズルブロック22内の第2気室36及びバレル側通気孔35を通じて装弾室52に供給されるガスの道筋を表したものであって,構成要件HAの第1のガス通路に相当する。
原告説明図Dの青色矢印は,吸排気口38からノズルブロック22内の第2気室36及びシリンダーブロック側通路37を通じて受圧部53に供給されるガスの道筋を表したものであって,構成要件HAの第2のガス通路に相当する。
(イ)被告各製品の栓25は,ノズルブロック22内に移動可能に設けられ,前記のとおりガスの流れを制御しているから,前記各通路を「開閉制御」している。
(ウ)また,被告各製品の栓25は,本件特許発明にいう第1のガス通路を開状態にして蓄圧室からのガスを装弾室に供給する第1の状態から,第2のガス通路を開状態にして蓄圧室からのガスを受圧部に作用させてスライダ部を後退させ,それに伴う可動部材の後退を生じさせて,次弾供給の準備を行う第2の状態に移行させる機能を有している。
すなわち,栓25がガス圧を弾丸発射のために作用させる状態にあるときは,シリンダーブロック内底面53(受圧部)には,いまだ次弾供給の準備をするのに必要十分なガス圧が作用していない。次弾供給の準備を行うのに必要十分なシリンダーブロック内底面53(受圧部)へのガス圧は,栓25が前方に移動し,装弾室52へのガスの流入を遮断した構成要件HBの第2の状態において初めて得られるのである。
(エ)以上によれば,被告各製品の栓25は,ノズルブロック22内に移動可能に設けられ,第1のガス通路と第2のガス通路をそれぞれ開閉制御して,第1の状態から第2の状態に移行するものであるから,構成要件Hのガス通路制御部に該当する。
(被告らの主張) ア 本件明細書の「発明の詳細な説明」欄における「発明が解決しようとする課題」「作用」「発明の効果」の各記載からみると,本件特許発明は,受圧部とガス通路制御部とからなり,スライダ部内にガス圧を利用して装弾室に弾丸を供給するための準備を行うガス圧動作部を要するものであることが明らかである(本件公報5欄16行ないし27行,6欄14行ないし32行参照)。本件特許発明では,構成要件Fの受圧部及び構成要件Hのガス通路制御部により,ガス圧動作部が構成される。
被告各製品は,前回のトリガ操作等により弾丸があらかじめ装弾室52に供給されるものではなく,弾丸31の装弾室52への供給にボルトリターンスプリング5の付勢力を使用するが,ガス圧を利用するものではない。
すなわち,被告各製品は,本件特許発明のようなガス圧動作部を構成することはなく,ガス圧動作部により,「スライダ部内にガス圧を利用して装弾室に弾丸を供給するための準備を行う」こともない。
イ 本件特許発明構成要件Hは,第1のガス通路を開状態として蓄圧室からのガスを装弾室に供給し弾丸を発射する第1の状態から,弾丸の発射後に第2のガス通路を開状態として,蓄圧室からのガスを受圧部に作用させてスライダ部を後退させ,それに伴う可動部材の後退を生じさせて弾倉部の一端から装弾室への弾丸(次弾)の供給のための準備を行う第2の状態に移行するガス通路制御部を備えていることが要件となっていると解される。
このことは,本件特許発明の作用・効果として,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄に以下のような記載がされていることからも明らかである。
「第1のガス通路を開状態にして,蓄圧室からのガスを,ガス導出通路及び第1のガス通路を通じて装弾室に供給し,装弾室に供給された弾丸の発射に利用する動作状態から,第2のガス通路を開状態にして,蓄圧室からのガスを,ガス導出通路部及び第2のガス通路を通じて受圧部に作用させ,それによりスライダ部を後退させる動作状態に移行する。それにより装弾室に供給された弾丸が発射された後,ガス導出通路部が開状態にされている期間に後退を開始したスライダ部は,ガス導出通路部が開状態にされた直後において,受圧部とともに慣性により最後退位置まで後退し,…(中略)…最後退位置に到達したスライダ部は前進に転じ,そのスライダ部の前進に伴って前進する可動部材により,弾倉部の一端に配された弾丸が装弾室に供給される。…(中略)…トリガが操作されると,蓄圧室からのガスが,直ちに装弾室に供給されて装弾室に供給された弾丸の発射に利用され,その後スライダ部の後退及びその後退に伴う可動部材の後退に利用される状態が確実に得られる。その結果,弾丸の発射がトリガに対する動作に迅速に応答して行われ,しかも,装弾室から発射される弾丸が,スライダ部の移動による影響を受けて,その弾道に狂いが生じることになる事態が回避される。」(本件公報6欄39行ないし7欄13行) ウ 被告各製品の動作は別紙「被告ら説明書」に記載したとおりであるところ,これによると,被告各製品は前記イにおいて説明した本件特許発明構成要件Hを充足しない。すなわち,被告各製品の玩具銃は,吸排気口38が開状態の期間において,第1気室42からのガスを,吸排気口38から第2気室36内に流入させ,流入したガスは前後2方向に分かれ,前方に向うガスはバレル側通気孔35から装弾部52に供給され弾丸31をインナーバレル20内に前進させると同時に,後方シリンダーブロック側通路37に向うガスは,シリンダーブロック23を後退させ始める構成をとっている点で,本件特許発明と構成を異にしている。
エ 本件特許発明では,第1のガス通路を開状態とし,ガスを装弾室に供給し弾丸を発射した後に,第2のガス通路を開状態とし,スライダ部の後退,可動部材の後退を生じさせる第2の状態へ移行する構成であるのに対し,被告各製品ではわずかではあるが弾丸の発射より前にシリンダーブロック23に一体に固定されているボルトハンドル3が後退する現象が起きている(乙4,10の1,4)。
乙4号証は原告提出の検甲2号証「高速度撮影による作動の検証・マルゼン イングラム M11」のピデオテーブ画像ビデオ信号より抽出したスチル画像を被告らが実物大に近く均一に拡大コピーし,物差しを付して,弾丸発射とブローバックタイミングの解析をしたものであるが,同号証の画3(ボルトハンドル3のブローバックし始めるスタート位置)と画4(弾丸31が装弾室から前進し始め,ボルトハンドル3も後退し始めた位置),画5(弾丸31が銃口まで前進した瞬間のボルトハンドル3の後退位置)とを比較すると,ブローバックし始めるスタート位置の画3ではボルトハンドル3の前端は銃身の前端(突起した照星の左端で測定)から実寸で34ミリメートル後ろの位置Aにあったのが,ガス圧によって弾丸31が前進し始めた画4ではボルトハンドル3が後退し銃身前端から35.5ミリメートルの位置Bとなり(後退量1.5ミリメートル),さらに弾丸31が銃口まで前進した画5ではボルトハンドル3の前端は36.5ミリメートルの位置Cまで後退し,Aより2.5ミリメートルも後退していることが分かる。このボルトハンドル3は,ボルト2の一部であり,ボルト2はシリンダーブロック23に一体に固定されているので,ボルトハンドル3の後退の動きは,シリンダーブロック23の後退の動きと一致する。
右のように,微動であってもスライダ部が後退するということは,第2のガス通路に蓄圧室からのガスが進入して受圧部に作用して生じる動きであり,これがスライダ部の大きな後退につながる。スライダ部のわずかな後退とその後の後退とでスライダ後退に質の差はない。
また,スライダ後退の初動時には摩擦抵抗が大であり,微動するにもガス圧は相当量必要であり,この後退に伴う反動,発射される弾丸の弾道への影響は無視できない。
オ 「特許請求の範囲」をはじめとする本件明細書の他の部分を見ても,第1のガス通路が開状態の間に第2のガス通路が開状態となり,スライダの後退が始まっていてもよいことを示唆する記載は,一切存在しない。
(原告の再反論) 被告らは,被告各製品では,弾丸31の発射と同時にシリンダーブロック23が後退する旨主張し,そのことはビデオ画像の解析の結果(乙4)からも確認できるという。しかし,乙4号証はビデオテーブから得られた画像プリントを拡大コピーしたもので,拡大により画像がいっそう不鮮明なものになっており,これに微細な目盛りを当てて微動を測定しようと試みても測定誤差の方が大きく,精度は全く期待できない。
仮に,被告らが主張するようにシリンダーブロックが後方に微動するとしても,この微動は本件特許発明構成要件Hにいう「スライダ部の後退」には該当しない。本件特許発明における「スライダ部の後退」とは,可動部材の後退を生じさせて次弾供給の準備を行うための後退でなければならないからである。可動部材の後退を生じさせることのないスライダ部の動作は本件特許発明の「スライダ部の後退」に該当しないばかりか,本件特許発明とは無関係な動きにすぎない。本件明細書の「特許請求の範囲」においては,弾丸の発射とスライダ部の後退開始時期との関係については何ら触れられておらず,ガス通路制御部が第1の状態にある時にスライダ部が微動してはならない旨の記載はない。また,本件特許発明の作用効果は,装弾室から発射される弾丸がスライダ部の移動による影響を受けて,弾道に狂いが生ずることを回避することにあるところ,弾丸がインナーバレル内を移動中にスライダ部の微動があったところで,上記の作用効果を害するものではない。
そもそも,本件特許発明と被告各製品との対比の上で,スライダ部の後退がいつ開始するかは問題でなく,ガス通路制御部が第1の状態から第2の状態に移行する現象が存在するか否かが問題なのであるから,被告らの主張は前提を欠き,失当である。
(3) 争点 (3)(補償金の額)について (原告の主張) ア 補償金の額 原告は,被告らに対し,それぞれ平成7年11月9日到達の書面により,本件特許発明の内容及びそれが出願公開された旨を示して,警告を行った。
被告らは,右警告が到達した日である平成7年11月9日から本件特許権の設定登録の日の前日である同8年9月18日までの間に,次のとおり,被告各製品を共同して製造,販売した。
(ア) 被告マルゼン 被告製品1 2万0893個 被告製品2 1万0800個 合計 3万1693個 (イ) 被告丸前商店 被告製品1 1万9840個 被告製品2 9412個 合計 2万9252個 原告が本件特許と関連する特許発明(特許番号第56142号)につき有限会社タナカとの間で締結した特許権実施許諾契約(その内容は,大要@ 実施許諾対価として実施品1種類当たり1000万円,A 個々の実施に対し実施品1個当たり900円を支払うというもの)における実施料の額を参考にして,原告が被告らから受けるべき実施料相当額を計算すると,次のとおりとなる。
(ア) 被告マルゼン 被告製品1 2万0893個×900円+1000万円 =2880万3700円 被告製品2 1万0800個×900円+1000万円 =1972万円 合計 4852万3700円 (イ) 被告丸前商店 被告製品1 1万9840個×900円+1000万円 =2785万6000円 被告製品2 9412個×900円+1000万円 =1847万0800円 合計 4632万6800円 なお,上記計算式に基づき,個別の実施料900円及び一括前払金1000万円を割り付けた額で実施料を計算すると,売上げの約19.1%ないし41.1%になるから,本件特許権の実施料率は少なくとも19.1%を下らない。
そして,原告は訴状において補償金2338万円の支払を求める意思表示をし,平成12年8月30日の本件弁論準備手続期日において右補償金の請求額を9485万0500円に拡張したから,当初の金額につき訴状送達の日の翌日である平成9年4月29日から,残額である7147万0500円につき請求の後である平成12年9月1日からそれぞれ年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
イ 被告らの責任 被告らは,共同して被告各製品を製造,販売しているから,連帯して,被告マルゼンの製造販売に係る補償金4852万3700円と,被告丸前商店の販売に係る補償金4632万6800円との合計9485万0500円について,原告に対し,支払義務を負うものと解すべきである。
(被告らの主張) ア 原告の補償金請求は,特許法65条1項の解釈適用を誤り,有限会社タナカとの間の実施許諾契約を基に高額の補償金を請求するものであって失当である。
すなわち,たまたま1つの実施契約で特別に高率,高額な契約がされたとしても,契約の成立には個別の事情があり,契約当事者はこの個別事情に照らし,契約の条件を定めるものである。有限会社タナカは原告に対し契約対象物を販売しているということであり,このような特殊な関係に基づいてされた契約を基に被告らに対し補償金を請求することは,適切な権利行使とはいえない。
さらに,原告と有限会社タナカとの実施許諾契約は本件特許とは異なる別の特許発明についてのものであるが,特許権はそれぞれ別個に成立しており,その権利の有効性,実用化の適否等に差があるのは当然であって,実施料率を同一とすることは許されない。もっとも,業界一般に通用する標準的な実施料率を定めているのであれば,一つの基準として採用することはあり得るが,特別に高率,高額の実施料を定めている場合,これを基準として補償金の額を定めることは妥当でない。
イ 被告らは別法人であるが,代表者は共通で,同一の営業場所に本店を置き,被告マルゼンが製造した製品にメーカーとしての通常の利益を計上し,その全部を被告丸前商店に販売し(例外的に,被告マルゼンが直接海外に輸出したものもあるが,その販売数,売上金額はわずかである。),被告丸前商店は,これにわずかなマージンを加算して,卸売業者に販売している。
特許法102条3項は,特許権者は侵害行為がなければ少なくとも実施料相当額を得ることができたはずであるという経験則を前提としたものであり,侵害者に制裁的に実施料相当額の支払義務を認めたものではない。侵害品の製造者と販売者がたまたま別の者であっても,製造者が同時に販売者でもある場合(侵害者が単数の場合)の損害賠償額を超える額を特許権者が損害賠償として請求することができないのは当然である。すなわち,共同不法行為の場合でも,特許権者が実施料相当額の損害賠償として求めることのできる金額の総額は,1個の製品については1回の流通分として評価できる額を限度とするものである。
したがって,前記のような被告らの営業の実態に照らせば,原告の請求は,実施料相当額の損害賠償を同一の製品について二重に支払うことを求めるものであり,失当である。
(4) 争点 (4)(損害賠償の額)について (原告の主張) ア 被告らは,本件特許権の設定登録の日である平成8年9月19日から同9年1月末日までの間に,被告各製品を共同して製造,販売し,少なくとも,次のとおりの売上げを得た。
被告製品1 販売数 8570個以上 売上金額 7500万円以上 被告製品2 販売数 5770個以上 売上金額 3690万円以上 さらに,被告らは,平成9年2月1日から同11年12月13日(被告各製品の金型を廃棄した日)までの間に,被告各製品を共同して製造・販売し,少なくとも,次のとおりの売上げを得た。
被告製品1 販売数 4万8000個以上 売上金額 4億3630万円以上 被告製品2 販売数 2万4000個以上 売上金額 1億7220万円以上 イ 被告らが得た利益は,上記ア記載の売上げの合計額である7億2040万円の30%を下らない。そして,被告らの上記利益の額は,特許法102条2項により原告が受けた損害の額と推定される。
そして,被告らは,共同して被告各製品を製造,販売しているから,共同不法行為者として,原告に対し,連帯して,上記利益の合計額を賠償する義務を負う。
したがって,原告は,被告らに対し,2億1612万円の損害賠償請求権を有するところ,本訴ではその一部として1億2464万9500円及びうち3357万円に対する平成9年4月29日(訴状送達の日の翌日)から,うち9107万9500円に対する同11年9月1日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。
ウ 原告は,被告らが損害賠償請求に応じないために,原告訴訟代理人に本件訴訟の提起,追行を委任し,その費用及び報酬として2000万円を支払うことを約した。これは,被告らの不法行為相当因果関係のある原告に生じた損害である。
(被告らの主張) ア 被告らによる平成8年9月19日から同9年1月末日までの間の被告各製品の販売数,売上金額は次のとおりである。
(ア) 被告マルゼン 被告製品1 販売数 2400個 売上金額 1586万4000円 被告製品2 販売数 3000個 売上金額 1570万1560円 (イ) 被告丸前商店 被告製品1 販売数 2313個 売上金額 1629万6198円 被告製品2 販売数 3401個 売上金額 1911万8215円 イ 被告らによる平成9年2月1日から同11年12月13日までの間の被告各製品の販売数,売上金額は次のとおりである。
(ア) 被告マルゼン 被告製品1 販売数 9400個 売上金額 6313万6200円 被告製品2 販売数 6432個 売上金額 2548万5300円 (イ) 被告丸前商店 被告製品1 販売数 9292個 売上金額 6700万3800円 被告製品2 販売数 7123個 売上金額 3215万0875円 ウ そして,上記の各期間を通じ,利益が計上されたのは,前記ア(ア)の被告マルゼンのみであり,その利益率も2.4%と低率である(それ以外は損失を計上している。)。被告らは,原告が主張するような利益を挙げていないから,原告の被告らに対する損害賠償の請求は理由がない(なお,利益率は,当該商品の販売に直接必要とされる費用である直接固定費のみならず,間接固定費をも控除した金額で計算するべきである。)。
当裁判所の判断
1 争点 (1)(構成要件Dの充足性)について 構成要件Dは,「開閉弁部」の構成を中心として,これに関連する構成を規定するものである。すなわち,本件特許発明において,「開閉弁部」はガス導出通路部を開閉制御するためのものであり,その制御は,トリガに連動して行われる。
このトリガは弾丸を発射させるべく操作され,このときの操作に連動して開閉制御が行われる構成となっていることを規定している。構成要件Dにおける「装弾室に供給された弾丸」は,何らかの手段により弾丸が装弾室に供給されることを意味するだけであって,その手段は限定されていない。そして,トリガは,弾丸発射のために操作されるものであり,トリガに連動する「開閉弁部」は,弾丸発射のために必要とされる構成であるが,弾丸供給動作には無関係である。
構成要件Dがこのような内容を規定するものであることからすれば,トリガは弾丸を発射させるべく操作されるものであるが,このトリガの同じ動作が,同時に他の機能をも有することは妨げられないと解されるから,トリガの動きが「弾丸を装弾室に供給」するための動作に連動していたとしても,同構成要件の充足性は否定されないというべきである。
つまり,弾丸を発射させるべく操作されるトリガが,まず第1段階として,弾丸を装弾室に供給する動作に連動し,さらに第2段階として,このように供給される弾丸を発射させるべくガス導出通路部を開閉弁部によって開閉制御する動作に連動するものであっても,構成要件Dに該当するものである。
被告各製品におけるトリガー11は,まず第1段階として,弾丸を装弾室に供給する動作に連動し,さらに第2段階として,ガス導出通路部を開閉弁部によって開閉制御する動作に連動しているものであるが,前に説示したとおりトリガがこのような動作をするものであっても構成要件Dの充足性は否定されないから,被告各製品は構成要件Dを充足するものと認められる。
この点に関して,被告らは,構成要件Dにいう「該装弾室に供給された弾丸」とは,前回のトリガ操作等の結果,既に装弾室に供給されている弾丸を意味する旨主張するが,構成要件Dは,「装弾室に供給された弾丸」について,その供給方法,供給の時期について何らの限定も付していないのであるから,弾丸の供給がトリガ操作に時間的に先行することを要する旨の被告らの主張は理由がない。
さらに,被告らは「弾丸を発射されるべく操作されるトリガに連動して」という要件に関し,「連動」という表現から,構成要件Dは,トリガが操作されると,蓄圧室からのガスが直ちに装弾室に供給され,装弾室に供給された弾丸の発射に利用されるという関係にあることを要する旨主張する。しかし,「連動」するということが,必然的にトリガの操作により引き起こされる他の動作に先立ってガスの供給がされなければなければならないことを意味するものではなく,被告各製品におけるように「トリガ操作」により「ガスの供給」が開始される途上に「弾丸の供給」がされている場合であっても,「連動」ということを妨げない。この点に関する被告らの主張も,採用できない。
2 争点 (2)(構成要件F及びHの充足性)について (1) 被告らは「ガス圧作動部」という本件明細書の「特許請求の範囲」に記載のない要件に基づき,本件特許発明技術的範囲に属するか否かの対比の主張をするが,「特許請求の範囲」に記載のない要件に基づく主張は,本来無意味である。
しかし,被告らの主張を善解すると,「ガス圧作動部」とは,構成要件Fの「受圧部」及び構成要件HBの「ガス通路制御部」を指すものと理解できるから,右の要件の充足性をいうものとして,その主張の当否を判断する。
弾丸供給の準備に関して,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄に記載された実施例と被告各製品を比較すると,スライダの移動の動力について,後退がガス圧により,前進がスプリング力によって行われる点において一致する(ただし,被告各製品は,最初の操作では手動によりスライダを後退させる。)。他方,スライダの移動の時期に関しては,実施例が前回の弾丸発射後に後退・前進が連続して行われて,弾丸供給が完了するのに対し,被告各製品では,前回の弾丸発射後にはスライダが後退してそのままの位置に止まっており,次にトリガの操作でスライダが前進して弾丸発射に先立って弾丸が供給されるという相違点がある。
被告各製品において,シリンダーブロック内底面53及び栓25が,スライダ部(ボルト2)内に配されていて,ガス圧を利用して装弾室52に弾丸31を供給するための準備を行うものである。したがって,シリンダーブロック内底面53が構成要件Fの「受圧部」に,栓25が構成要件Hの「ガス通路制御部」に該当する(この両部材が,被告らのいう「ガス圧動作部」に該当する)ものであるから,「ガス圧動作部」に関する被告らの主張は,理由がない。
確かに,被告各製品は,最初の操作では,手動によりスライダの後退という弾丸供給の準備を行うものであって,ガス圧を利用していない。しかし,一度トリガを操作すれば,一連の弾丸発射動作の後,自動的にスライダが後退する。このスライダの後退動作は,弾丸供給の準備にほかならず,その動作は上記のとおりガス圧によって行われるから,構成要件HBにいう「ガスを受圧部に作用させてスライダ部を後退させ」の要件に合致する。その後,本件特許発明実施例のように,直ちにスライダが前進に切り替わるか,被告各製品のようにトリガ操作を経て前進に切り替わるかは,「特許請求の範囲」に記載されていない以上,構成要件の充足性の判断には影響しないというべきである。
(2) 構成要件H@,Aについて 被告各製品の構成をみるに,栓25はノズルブロック22内に移動可能に設けられている。
そして,上記栓25は,吸排気口38からノズルブロック22内の第2気室36及びバレル側通気孔35を通じて装弾室52に至る第1のガス通路(以下「第1ガス通路」という。)及び右吸排気口38からノズルブロック22内の第2気室36及びシリンダーブロック側通路37を通じてシリンダーブロック内底面53(受圧部)に至る第2のガス通路(以下「第2ガス通路」という。)のそれぞれを開閉制御するものである。
第1ガス通路に関しては,被告らの主張(別紙「被告ら説明書」参照)によれば,弾丸31の発射により,バレル側通気孔35の圧縮ガスが銃口から排出されることに伴い,バレル側通気孔35内は第2気室36に比べて相対的に減圧し,そのため,栓25は栓スプリング30の付勢に抗し銃口側に吸引されて移動し,栓25の中央径大部bで第2気室36とバレル側通気孔35を遮断し,ガスはすべてシリンダーブロック側通路37に流入することとなるとされている(別紙「被告ら説明書」C)ことから,栓25が第1ガス通路を開閉制御することが明らかである。
また,第2ガス通路に関しても,被告らの主張によれば,吸排気口38が閉状態のときには栓25の後端の円錐状部分dがシリンダーブロック側通路37の開口部に栓スプリング30の後方への付勢により接触しているが,第1気室42内の圧縮ガスが吸排気孔38を経て第2気室36に流入すると,栓25の中央径大部bと円柱状部分cの下面にガス圧がかかり,栓25を上方に持ち上げ円錐状部分dとシリンダーブロック側通路37の開口部との接触が解除され,吸排気孔38から流入した圧縮ガスは,バレル側通気孔35及びシリンダーブロック側通路37の双方に同時に流入するとされている(別紙「被告ら説明書」@,A)ものであり,これによれば,吸排気口38が閉状態のときには第2ガス通路が閉制御されるところ,吸排気口38が開状態となり圧縮ガスが流入すると第2ガス通路が開制御されるものであるから,栓25は,第2ガス通路を開閉制御するものと認められる。
以上によれば,被告各製品は,本件特許発明構成要件H@Aを充足する。
(3) 構成要件HB,Cの充足性 本件明細書の「特許請求の範囲」の記載によれば,構成要件HBの第1の状態とは「第1のガス通路を開状態として,蓄圧室からのガスを装弾室に供給する」状態であり,第2の状態とは「第2のガス通路を開状態として,蓄圧室からのガスを受圧部に作用させてスライダ部を後退させ,それに伴う可動部材の後退を生じさせて,弾倉部の一端から装弾室への弾丸の供給のための準備を行う」状態であるから,第1の状態においては第1のガス通路が開状態にあり,第2の状態においては第2のガス通路が開状態にあることは明らかである。しかし,第1の状態において第2のガス通路が開か閉か,第2の状態において第1のガス通路が開か閉かは,「特許請求の範囲」の記載からは明らかでない。
第1の状態は,トリガが操作されてガス導出通路部が開状態とされ,第1のガス通路が開の状態にある時から,装弾室から移動した弾丸が銃身内を通過銃口から発射された後,第1ガス通路が閉状態にされるまでを意味するものであるところ,第1の状態においては,「装弾室から発射される弾丸が,スライダ部の移動による影響を受けて,その弾道に狂いが生じることになる事態が回避される」(本件公報7欄11行ないし13行)という本件特許発明の作用から考えると,少なくとも第1の状態の初期段階においては第2のガス通路が閉状態とされていることを要し,これにより第1状態の初期において受圧部にガス圧が作用することがなく,スライダ部の後退が遅延され,弾丸がスライダ部の移動による影響を受けることを回避されることになるものと解される。
他方,第2の状態における第1ガス通路の状態については,閉状態であることを要すると考えられる。なぜなら,仮に第1ガス通路がわずかでも開状態にあるとすれば,装弾室へのガス漏れが生じる結果,「スライダ部を後退させ,それに伴う可動部材の後退を生じさせ」るほどのガス圧を受圧部に作用させることは不可能となるからである(本件公報13欄21行目ないし33行目参照)。したがって,第2の状態は,弾丸が発射された後に,第1ガス通路が閉状態とされ,かつ第2ガス通路が開状態とされている状態をいうことになる。
このように,第2の状態においては,第1ガス通路が閉,第2ガス通路が開となっていることを要するのであるから,第1の状態の初期において閉状態であった第2のガス通路は,第2の状態となる以前に閉から開に制御されるのであるが,「特許請求の範囲」には第2ガス通路が開状態となる時期についての規定はなく,本件明細書における「発明の詳細な説明」欄の記載を斟酌しても,第2ガス通路は必ずしも第1ガス通路が閉状態となるのと同時に開状態となる必要はない,すなわち第1ガス通路が開状態である第1の状態においてまず第2ガス通路が開制御され,次いで第1ガス通路が閉制御されることにより第2の状態に移行するという構成でも差し支えないものと解される(なお,本件明細書の実施例においても,双方のガス通路の制御の前後関係は不明であり,第1ガス通路が閉制御される前に第2ガス通路が開制御されているものと解することも可能である。)。
そうすると,被告各製品においては,第1の状態において,第1ガス通路は常に開状態であり,第2ガス通路についても,前記のとおり,被告らの主張するところでは,吸排気口38が閉状態のときには栓25の後端の円錐状部分dがシリンダーブロック側通路37の開口部に栓スプリング30の後方への付勢により接触しているが,第1気室42内の圧縮ガスが吸排気孔38を経て第2気室36に流入すると,栓25の中央径大部bと円柱状部分cの下面にガス圧がかかり,栓25を上方に持ち上げ円錐状部分dとシリンダーブロック側通路37の開口部との接触が解除され,吸排気孔38から流入した圧縮ガスは,バレル側通気孔35及びシリンダーブロック側通路37の双方に同時に流入する(別紙「被告ら説明書」@,A)ものであり,これによれば,吸排気口38が閉状態のときには第2ガス通路が閉制御されるところ,吸排気口38が開状態となり圧縮ガスが流入すると第2ガス通路が開制御されるものであって,第1の状態の初期において第2ガス通路は閉状態である。そして,第2の状態においては,第1ガス通路が閉状態で,第2ガス通路が開状態になっている。したがって,被告各製品は構成要件HB,Cを充足する。
被告らは,本件特許発明は,第1ガス通路を開状態とし,ガスを装弾室に供給し弾丸を発射した後に,第2ガス通路を開状態とし,スライダ部の後退,可動部材の後退を生じさせる第2の状態へ移行する構成であるところ,被告各製品は,吸排気口38が開状態の期間において,第1気室42からのガスを,吸排気口38から第2気室36内に流入させ,流入したガスは前後2方向に分かれ,前方に向うガスはパレル側通気孔35から装弾部52に供給され弾丸31をインナーバレル20内に前進させると同時に,後方シリンダーブロック側通路37に向うガスは,シリンダーブロック23を後退させ始める構成をとっているから,本件特許発明構成要件HBを充足しない旨主張する(この主張は,被告各製品では,ガス通路制御部が第1の状態であるときに第2ガス通路が開状態になるので,第1の状態であるときに第2ガス通路が開状態になることを想定していない本件特許発明技術的範囲には属しないという趣旨であると理解できる。)。しかしながら,前記のとおり,本件特許発明のガス通路制御部は,第1の状態にあるときに,第2ガス通路が途中から開状態になることを妨げないから,仮に被告各製品のガス流入の経路が被告らの主張するとおりであるとしても,本件特許発明構成要件HB,Cを満たさないことにはならない。
被告らは,また,被告製品1の作動状況を撮影したビデオ画像の解析結果(乙4)等を根拠に,被告各製品では弾丸31の発射と同時にシリンダーブロック23が後退する旨主張する。しかし,第2の状態においてシリンダーブロック23の後退が始まったとしても,それはノズルブロック22の後退を生じさせるものではないから,本件特許発明の目的,作用効果と何ら矛盾しない。本件特許発明構成要件HBにいう「スライダ部の後退」とは,本件明細書の「特許請求の範囲」等の記載に照らし,可動部材の後退を生じさせて次弾供給の準備を行うための後退を指すと解されるところ,可動部材の後退を生じさせることのない単なるスライダ部の動作は,右にいう「スライダ部の後退」に該当しないからである。被告らのこの主張も,理由がない。
3 小括(被告各製品と本件特許発明技術的範囲) 被告各製品が,本件特許発明構成要件のうちAないしC,E,Gを充足することは当事者間に争いのないところ,以上によれば,被告各製品は,構成要件D,F及びHをも充足するものと認められるから,被告各製品は,本件特許発明構成要件をすべて充足し,その技術的範囲に属するものと認められる。
したがって,被告らが被告各製品を製造,販売した行為は,本件特許権を侵害する行為というべきである。
4 争点 (3)(補償金の額)について (1) 本件訴訟の経過(計算鑑定の実施について。争点(4)にも共通) 本件においては,被告らが補償金及び損害賠償の額を争い,しかも,被告各製品の販売数,売上額,利益率についても,原告の主張と被告らから提出された書証の間に少なからぬ相違がみられたため,損害額の認定を迅速かつ適正に行うため,原告の申立てにより損害計算のための鑑定(特許法105条の2)を採用した。
すなわち,平成12年3月22日に公認会計士【C】を計算鑑定人に選任の上,被告各製品の販売数,売上額,利益率について鑑定を命じ,これを受けて,同鑑定人は,同年4月から6月にかけて前後6回にわたり被告ら会社を訪れて被告らの会計担当の従業員から任意に会計帳簿,伝票類の提示を受け,同従業員らからその内容の説明を受けるなどした上で,これを検討し,同年7月11日に計算鑑定報告書(以下「本件報告書」という。)を提出した。なお,この間,同鑑定人は,被告らから,個別の取引先ごとの売り上げを記録した帳簿等を含めた一切の関係書類の開示を受け,個々の取引の内容を含め,すべての事項について必要な説明を受けたものであるが,本件報告書の内容としては,被告各製品の販売数,売上額,利益率についての概括的な調査の手順と最終的な調査結果が記されるにとどまり,個々の取引における販売先の名称など被告らの製造販売事業における企業秘密にわたる事項については,被告らの利益に配慮して記載しないものとされている。
そこで,以下において,この計算鑑定の結果に基づき,被告らが支払うべき補償金の額について検討する。
(2) 被告各製品の販売数,売上金額について 原告が,被告らに対し,本件特許発明につき発明の内容及び出願公開された旨を示して警告を行い,この警告を記載した書面が被告らに到達した日である平成7年11月9日(甲31の1,2,甲32の1,2により認められる。)から本件特許権の設定登録の日の前日である同8年9月18日までの間の被告らによる被告各製品の販売数,売上金額は,次のとおりである(計算鑑定の結果により認められる。)。
ア 被告マルゼン 被告製品1 販売数 2万0893個 売上金額 1億4172万3130円 被告製品2 販売数 1万0800個 売上金額 5021万1600円 ただし,上記販売数及び売上金額には,被告丸前商店以外の取引先に輸出向けに販売した分(被告製品1については480個,388万2600円,被告製品2については240個,112万2000円)が含まれている。
イ 被告丸前商店 被告製品1 販売数 1万9840個 売上金額 1億4570万2362円 被告製品2 販売数 9412個 売上金額 4460万5540円 (3) 補償金の額の算定について 原告は,本件特許権が設定登録された後に本件特許発明実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の補償金の支払を被告らに請求できるところ(特許法65条1項前段),本件特許発明実施料の率が問題となる。
証拠(甲33)によれば,原告は本件特許発明につき,平成9年5月1日,有限会社タナカとの間で次の内容の特許権実施許諾契約(以下「ルガーP08実施許諾契約」という。)を締結したことが認められる。
@ 対象製品 「ルガーP08」 A 実施契約の対価として契約締結時に800万円を支払う。
B 実施品1個当たり800円の実施料を支払う。
そして,証拠(甲35の1,2,36の2)によれば,有限会社タナカは,平成9年9月から同11年4月にかけて,合計1万4000個の上記製品を販売したこと,その販売価格(卸売価格)は1個当たり1万1880円であることが認められる。
以上の事実によれば,原告は実施許諾の相手方である有限会社タナカに対し,上記契約に基づく実施料として,1920万円を請求できることになる(計算式 8,000,000円+800円×14,000個=19,200,000円)。
これを,上記の販売数で除すると,製品1個当たりの実施料は1371円となり,さらにこれを上記の販売価格(卸売価格)で除すると,実施料率は計算上11.5%となる。
原告は,本件特許発明と関連する特許発明(特許番号第2561421号)について有限会社タナカとの間で締結した特許権実施許諾契約(甲30)の例に基づいて計算すると,実施料率は売上げの19.1%ないし41.4%となる旨主張する。そして,証拠(甲30,34,35の1,2,甲36の1,3)によれば,原告と有限会社タナカとの間には2つの特許実施許諾契約が締結され,次のとおりの販売実績が存在することが認められる。
別件契約1(対象となる特許権 特許番号第2561421号) @ 対象製品 「ブローニングハイパワー」 A 実施契約の対価として契約締結時に1000万円を支払う。
B 実施品1個当たり900円の実施料を支払う。
C 販売数 6400個 D 実施料率 38.4% 別件契約2(対象となる特許権 特許番号第2871583号。本件特許発明から分割された特許発明) @ 対象製品 「グロック17」 A 実施契約の対価として契約締結時に1000万円を支払う。
B 実施品1個当たり800円の実施料を支払う。
C 販売数 9600個 D 実施料率 19.1% しかし,上記別件契約1,2の対象とされているのは関連するとはいえ本件特許権とは異なる特許権であるし,しかも,いずれも製品の販売数が1万個に満たないことから,実施料率の計算に際しては,事前に一括で支払われる金額の実施料に占める割合が高くなる(そのために実施料が高めに計算される)ことが明らかである。したがって,本件特許権に係る実施料率は,ルガーP08実施許諾契約に照らし販売価額の12%と認めるのが相当である(ルガーP08実施許諾契約は,契約期間を平成9年5月1日から5年間とするものであるから,契約締結時に支払われた800万円は,5年間の実施許諾についての頭金であるが,前記販売期間以降の販売数について正確に予測することが困難であること(もっとも,販売開始から年月を経るに従って販売数量が低減していることが認められ,前記販売期間以降の販売数はさほど多くないものと予測される。),また,同実施許諾契約においては,違約金条項や本件特許契約が無効とされた場合にも有限会社タナカが対価の支払義務を免れない旨の条項など特許権者に有利な条項が置かれているのに対して,被告らとの関係ではこのような条項が適用されないこと等の事情を勘案すれば,実施料相当額としては,前記の800万円の性質を考慮しても,販売価額の12%と認めるのが相当である。)。
そこで,前記(2) で認定した被告各製品の売上金額に実施料率12%を乗じて実施料相当額を算定すると,次のようになる。
ア 被告マルゼン 被告製品1 1700万6775円 被告製品2 602万5392円 合計 2303万2167円 上記のうち被告丸前商店以外に販売した分の実施料相当額は,被告製品1につき46万5912円,被告製品2につき13万4640円であり,その合計額は60万0552円である。
イ 被告丸前商店 被告製品1 1748万4283円 被告製品2 535万2664円 合計 2283万6947円 (4) 被告らの責任(連帯支払義務の有無)について ア 一般に,特許発明実施品(以下「特許製品」という。)が製造業者により製造され,又は輸入業者により国内に輸入された後,卸売業者,小売業者と転々と流通する場合においては,通常,特許権者はこれらの者のうち製造業者又は輸入業者との間で特許権の実施許諾契約を締結して実施料を取得し,それ以降の流通における販売者に対しては,消尽論の適用により特許権の効力が及ばないものと解される。
これに対して,特許権を侵害する製品(以下「侵害製品」という。)が製造業者により製造され,又は輸入業者により国内に輸入された後,卸売業者,小売業者と転々と流通する場合において,特許権者がこれらの者に対して特許法102条3項に基づく損害賠償額を請求するときには,特許権者は,これらの各人に対して,それぞれその者が侵害製品を自ら販売した価額(製造業者であれば卸売価格,小売業者であれば小売価格)に一定の実施料率を乗じた金額を損害賠償として請求することができるが,これらの者から実際に得る損害賠償の総額は同一の侵害製品については1回の流通分として評価できる額を限度とするものと解するのが相当である。すなわち,この場合には,特許権者が自由な意思により製造業者又は輸入業者との間で実施許諾対価を合意しているといった事情が存在せず,特許法102条3項実施料相当額は最小限度認め得る損害額として観念されるものであるから,消尽論はその前提を欠き,仮に特許権者が製造業者又は輸入業者から同項に基づく損害賠償額(卸売価格に実施料率を乗じた金額)の支払を受けたからといって,それ以降の流通に関与した者(侵害製品のそれ以降の流通により利益を得た者)に対して一切損害賠償を請求することができないと解することはできないのである。
例えば,同一の侵害製品が製造業者甲から販売業者乙に対して販売され,乙により消費者に販売されている場合においては,特許権者は甲に対して卸売価格に実施料率を乗じた金額を請求することもできるし,乙に対して小売価格に実施料率を乗じた金額を請求することもできるが,特許権者が最終的に得ることのできる損害賠償額の総額は小売価格に実施料率を乗じた金額を上限とするものであるから,甲乙は,甲の賠償額(卸売価格を基準とした賠償額)の限度では連帯して支払義務を負い,この額の範囲において甲乙のどちらかが賠償額を支払った場合には他方はその限度で支払を免れる(特許権者に対して弁済の抗弁又は請求異議事由として主張できる)ものと解すべきである。
また,これらの者が同一の侵害製品の販売について互いに意思を共同している場合には,共同不法行為として,各人は,他の者の侵害行為に基づく損害についても連帯して支払義務を負うものと解するのが相当である。したがって,前記の例において,甲乙の間に,同一の企業グループ内において製造部門と販売部門をそれぞれ分掌する関連会社であるなどの関係がある場合には,甲は,乙の賠償額(小売価格を基準とした賠償額)全額について乙と連帯して支払義務を負担するものというべきである。
そして,上述の点は,特許法102条3項に基づく損害賠償請求について述べたものであるところ,同法65条1項に基づく補償金請求についても,その性質を不法行為に基づく損害賠償請求ということはできないが,上述の連帯支払の関係は,同一に解することが可能である。
イ そうすると,被告らは,それぞれ被告各製品の製造と販売を分掌する同一グループに属する関連会社であり,被告マルゼンの製造する被告各製品は原則としてその全部が被告丸前商店に販売されるという関係にあるものであるから,被告丸前商店による被告各製品の販売については,被告マルゼンもその意思を共同するものと認めることができ,連帯して補償金の支払義務を負うものというべきである。
したがって,被告らは,原告に対し,被告丸前商店についての実施料相当額である2283万6947円(前記(3)イ)につき,これを補償金として連帯して支払うべき義務を負うことになる。
ウ ところで,補償金請求の対象期間における被告らによる被告各製品の販売数をみると,被告マルゼンが被告丸前商店以外の者に販売した数を差し引いても,なお被告製品1,2の双方とも被告マルゼンの販売数が被告丸前商店の販売数を上回っている。これは,補償金請求対象期間内に被告マルゼンが被告丸前商店に販売したが,被告丸前商店においてこれを販売するに至らなかった(在庫として保管していた)製品があるためと解される。このような製品については,後に被告丸前商店が販売した段階において損害賠償額の一部として考慮されるが,後記のとおり,損害賠償については特許法102条2項に基づいて損害額を算定していることから,被告丸前商店による販売を理由とする損害額は,被告丸前商店の利益のみに基づいて算定されており,被告マルゼンの利益は考慮されていない(被告マルゼンからの仕入額を変動経費として控除して,利益を算定している。)。したがって,前記の被告マルゼンと被告丸前商店との間の販売数の差については,補償金請求期間内における被告マルゼンの販売による利益を考慮する必要があり,被告マルゼン単独の補償金支払義務の対象となるものと解するのが相当である。
そうすると,右販売数量の差は,被告製品1につき570個,被告製品2につき1148個であり,被告マルゼンによる販売額は,それぞれ386万6310円,533万7052円であるから,補償金の額は,これに12%を乗じた46万3957円(被告製品1)及び64万0446円(被告製品2)となり,この合計額110万4403円については,被告マルゼンが単独で支払義務を負う。
さらに,被告マルゼンは,被告丸前商店以外の者に販売した被告各製品(被告製品1につき480個,被告製品2につき240個)についての実施料相当額である60万0552円についても,単独で補償金の支払義務を負う。
したがって,被告マルゼンは合計額170万4955円の補償金について単独で支払義務を負うことになる。
5 争点 (4)(損害の額)について (1) 特許法102条2項の「利益」の意義について 被告らの本件特許権の侵害行為は過失によるものと推定されるから(特許法103条),被告らは,上記侵害行為により原告が被った損害を賠償する責任を負うところ,原告は,特許法102条2項に基づき損害賠償を請求しているので,まず同項の解釈が問題となる。
特許法102条2項所定の「侵害の行為により利益を受けているとき」における「利益」とは,侵害者が侵害製品の製造,販売のみに要する専用の設備や従業員のを新たに設置し,あるいは雇い入れたといった例外的な事情がない限り,侵害製品の売上額から仕入れ,加工,梱包,保管,運送等の経費のうち侵害製品の製造,販売のみのために要した部分を控除した限界利益ともいうべきものを指すと解するのが相当である。
そして,上記限界利益の範囲は,財務会計上の観点のみから決せられるものではなく,不法行為法における損益相殺の観点に加えて,侵害者がその侵害行為によって得た利益の額をもって特許権者の逸失利益と推定することにより,特許権者による損害賠償請求に当たってその主張立証責任を軽減し,特許権者の保護を図るという特許法102条の規定の趣旨に照らして解釈するのが相当である。
(2) 本件における「限界利益」について 上記(1) の意味での「限界利益」は,売上額から販売に直接要する費用である変動費を控除した利益(本件報告書にいう「限界利益」)ではなく,右利益の額から,更に固定費の中でも対象となっている製品に直接関連する経費(直接固定費)を控除して算出したもの(本件報告書にいう「貢献利益」)を指すものと解すべきである。以下,計算鑑定の結果に基づき,被告らそれぞれについて具体的に検討する。
ア 被告マルゼンについて 計算鑑定の結果によれば,被告マルゼンによる被告各製品の販売に直接要する費用(変動費)としては,損益計算書の売上原価の内訳科目である仕入高,外注費,包装費の他被告各製品に貼付する合格シールに係る費用が認められる。 次に,上記の意味での直接固定費に含まれる費用として,金型の減価償却費が認められる。また,販売促進費,荷造運賃,消耗品費及び消耗工具費は,すべての製品に共通する費用ではあるが,売上高の割合で案分した限度で,直接固定費と認められる。
イ 被告丸前商店について 計算鑑定の結果によれば,被告丸前商店による被告各製品の販売に直接要する費用(変動費)としては,被告マルゼンからの仕入高を認めることができる。
次に,直接固定費に含まれる費用としては,広告宣伝費のうち被告各製品の広告宣伝に用いられたもの(情報誌への広告料。被告丸前商店が被告各製品を顧客に販売していることから,同被告についてのみ直接固定費に計上することには合理性があるというべきである。)が認められる。また,修理のためのアルバイト従業者の人件費と製品の運搬に伴う運賃も,売上高の割合で案分した限度で,直接固定費と認められる。
(3) 本件における利益の額について ア 前提となる被告らによる被告各製品の販売数,売上金額は,次のとおりである(計算鑑定の結果により認められる。)。
(ア) 平成8年9月19日から同9年1月31日まで a 被告丸前商店 被告製品1 販売数 2313個 売上金額 1629万6198円 被告製品2 販売数 3401個 売上金額 1911万8215円 b 被告マルゼン 被告製品1 販売数 2400個 売上金額 1586万4000円 被告製品2 販売数 3000個 売上金額 1570万1560円 (イ) 平成9年2月1日から同11年12月13日まで a 被告丸前商店 被告製品1 販売数 9292個 売上金額 6700万3800円 被告製品2 販売数 7123個 売上金額 3215万0875円 b 被告マルゼン 被告製品1 販売数 9400個 売上金額 6313万6200円 被告製品2 販売数 6432個 売上金額 2548万5300円 イ 次に,上記(2) で検討した変動費と直接固定費の額は,次のとおりである(計算鑑定の結果により認められる。)。
(ア) 平成8年9月19日から同9年1月31日まで a 被告丸前商店 被告製品1 変動費 1586万4000円 直接固定費 58万4583円 被告製品2 変動費 1790万0680円 直接固定費 63万4731円 b 被告マルゼン 被告製品1 変動費 831万2178円 直接固定費 286万8498円 被告製品2 変動費 994万9127円 直接固定費 139万9513円 (イ) 平成9年2月1日から同11年12月13日まで a 被告丸前商店 被告製品1 変動費 6313万6200円 直接固定費 137万8711円 被告製品2 変動費 2986万0020円 直接固定費 82万2806円 b 被告マルゼン 被告製品1 変動費 3206万3899円 直接固定費 2106万4942円 被告製品2 変動費 1417万9547円 直接固定費 911万0617円 ウ 上記アからイを控除して計算すると,次のようになる。
(ア) 平成8年9月19日から同9年1月31日まで a 被告丸前商店 被告製品1については15万2385円の損失,同2については58万2804円の利益であり,合計すると43万0419円の利益となる。
b 被告マルゼン 被告製品1については468万3324円,同2については435万2920円の利益であり,合計すると903万6244円の利益となる。
(イ) 平成9年2月1日から同11年12月13日まで a 被告丸前商店 被告製品1については248万8889円,同2については146万8049円の利益であり,合計すると395万6938円の利益となる。
b 被告マルゼン 被告製品1については1000万7359円,同2については219万5136円の利益であり,合計すると1220万2495円の利益となる。
エ まとめ 前記のとおり,被告らは,それぞれ被告各製品の製造と販売を分掌する同一グループに属する関連会社であり,被告マルゼンの製造する被告各製品は原則としてその全部が被告丸前商店に販売されるという関係にあるものであるから,被告らは,それぞれ共同被告による被告各製品の販売についても,意思を共同するものと認めることができ,互いに共同不法行為者として連帯して支払義務を負うものというべきである。
そうすると,損害賠償の対象となっている期間における各被告の特許法102条2項所定の「利益」は前記のとおりであるから,原告の損害の額はこれを合算した金額であり(同法102条2項による損害算定の場合には,流通にのみ関与している者については,直前の流通関与者からの仕入額を変動経費として控除して利益額を算定するので,各関与者の利益額を合算した額が原告の損害の合計額であり,このように解しても同一の侵害製品について1回の流通分として評価できる額を超えて損害額を算定することにはならない。),被告らは,この合計額について連帯して支払義務を負うものである。
したがって,被告らは,本件特許権の設定登録の日である平成8年9月19日から同9年1月31日までの損害として946万6663円,同年2月1日から同11年12月13日までの損害として1615万9433円並びにこれらの遅延損害金につき,連帯して支払義務を負担するものである。
(4) 弁護士費用について 原告が本訴の提起,追行を原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ,本件訴訟における訴額,原告の請求の内容,訴訟手続の経緯,訴訟追行の難易度,訴訟期間等の事情を総合勘案すれば,弁護士費用のうち250万円をもって,被告らの侵害行為と相当因果関係のある損害と認める。この損害についても,被告らは連帯して支払義務を負うものである。
6 結論 以上によれば,原告の本訴請求は,被告らに対し,連帯して,補償金請求として2283万6947円及びこれに対する平成9年4月29日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金並びに損害賠償請求として2812万6096円及びうち946万6663円に対する平成9年4月29日から,うち1865万9433円に対する平成11年12月14日(損害賠償を請求する期間末日の翌日)から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金,被告マルゼンに対し,補償金請求として170万4955円及びうち54万3053円に対する平成9年4月29日から,うち116万1902円(当初請求額2338万円を超える額)に対する平成12年9月1日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度において,理由がある。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 和久田道雄
裁判官 中吉徹郎