関連審決 | 審判1994-16814 |
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関連ワード | 製造方法 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 発明の詳細な説明 / 発明の概要 / 加工 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / 拡張 / 変更 / 要旨変更 / |
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事件 |
平成
10年
(行ケ)
352号
審決取消請求事件
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原告 ハナコメディカル株式会社代表者代表取締役 【A】 訴訟代理人弁理士 中島幹雄 被告 テルモ株式会社代表者代表取締役 【B】 訴訟代理人弁護士 土肥原光圀 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2001/02/13 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 特許庁が平成6年審判第16814号事件について平成10年9月16日にした審決を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は、発明の名称を「カテーテル用ガイドワイヤ」とする特許第1664871号の特許(以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。 本件発明は、昭和58年6月27日に特許出願され、昭和62年12月29日付け及び平成元年11月24日付け各手続補正を経て、平成2年5月29日出願公告され(出願公告すべき旨の決定謄本の送達は平成2年3月13日)、平成4年5月19日に特許権の設定登録がなされたものである。 原告は、平成6年10月7日に本件特許を無効にすることについて審判を請求した。特許庁は、これを平成6年審判第16814号事件として審理し、平成8年11月7日に「特許第1664871号発明の特許を無効とする。」との審決をした。被告は、同審決の取消しを求める訴えを東京高等裁判所に提起し(同裁判所平成8年(行ケ)第320号事件)、一方、同年12月17日に本件発明の明細書(平成元年11月24日付け補正後の明細書)の訂正を求める審判を請求した。特許庁は、平成9年6月24日、上記訂正を認める審決をし、同審決の謄本は、同年7月30日に被告に送達され、同審決は確定した(以下「本件訂正」という。)。 このため、東京高等裁判所は、平成10年3月19日、上記無効審決を取り消す判決をし、同判決は確定した。 そこで、特許庁は、上記無効審判請求事件について更に審理をした結果、平成10年9月16日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年10月13日にその謄本を原告に送達した。 2 本件発明の願書に添付した明細書(以下「当初明細書」という。)記載の特許請求の範囲 (請求項1) 本体側内芯部と先端側内芯部とを一体化し、両内芯部の全長を被覆部によって被覆し、比較的剛性の高い本体部と比較的柔軟な先端部とからなるカテーテル用ガイドワイヤにおいて、両内芯部のうちの少なくとも先端側内芯部を超弾性金属体によって形成するとともに、被覆部を長手方向に同一外径の合成樹脂体によって形成し、一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を、 先端部に備えることを特徴とするカテーテル用ガイドワイヤ。 (請求項2) 前記本体側内芯部も、超弾性金属体によって形成し、座屈強度が比較的大なる弾性ひずみ特性を、本体部に備える特許請求の範囲第1項に記載のカテーテル用ガイドワイヤ。 3 昭和62年12月29日付け手続補正書による補正に係る特許請求の範囲(下線部が、補正に係る部分である。) (請求項1) 本体側内芯部と先端側内芯部とからなる内芯を有する カテーテル用ガイドワイヤにおいて、該内芯の 少なくとも先端側内芯部を超弾性金属体によって形成したことを特徴とするカテーテル用ガイドワイヤ。 (請求項2) 前記カテーテル用ガイドワイヤは、本体側内芯部と先端側内芯部とからなる内芯と、該内芯の全体を被覆する被覆部とからなるものである特許請求の範囲第1項に記載のカテーテル用ガイドワイヤ。 (請求項3) 前記超弾性金属体は、一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元が可能な弾性ひずみ特性を有するものである特許請求の範囲第1項または第2項に記載のカテーテル用ガイドワイヤ。 4 平成元年11月24日付け手続補正書による補正に係る特許請求の範囲(下線部が、補正に係る部分である。) (請求項1) 本体側内芯部と先端側内芯部とによって内芯を形成するとともに、該内芯の略全体を被覆部によって被覆してなる カテーテル用ガイドワイヤにおいて、本体側内芯部と先端側内芯部の少なくともいずれかを 超弾性金属体によって形成するとともに、被覆部の外径を長手方向に同一とする ことを特徴とするカテーテル用ガイドワイヤ。 (請求項2) 先端側内芯部の少なくとも一部の断面積を本体側内芯部の断面積に比して小とし、本体側内芯部と先端側内芯部との間の断面積を本体側内芯部から先端側内芯部に向けて連続的に縮小する特許請求の範囲第1項に記載のカテーテル用ガイドワイヤ。 (請求項3) 被覆部が中空管からなる特許請求の範囲第1項又は第2項に記載のカテーテル用ガイドワイヤ。 (請求項4) 被覆部がコーティング薄膜からなる特許請求の範囲第1項又は第2項に記載のカテーテル用ガイドワイヤ。 5 本件訂正後の本件発明の特許請求の範囲の請求項1(別紙図面参照) 「本体側内芯部と先端側内芯部とによって内芯を形成するとともに、該内芯の略全体を被覆部によって被覆してなるカテーテル用ガイドワイヤにおいて、本体側内芯部と先端側内芯部のうちの少なくとも先端側内芯部を超弾性金属体によって形成するとともに、被覆部の外径を長手方向に同一とすることを特徴とするカテーテル用ガイドワイヤ。」 6 審決の理由 別紙審決書の理由の写しのとおり、@昭和62年12月29日付け手続補正書及び平成元年11月24日付け手続補正書による補正は明細書の要旨を変更するものとはいえない、A本件発明は引用例(審判手続における甲第2ないし第11号証)に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない、B本件明細書の記載に不備な点は認められず、同明細書は、特許法36条4、5項に規定する要件を満たしている、として、これを前提に、本件発明の特許を無効とすることはできないとした。 |
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原告主張の審決取消事由の要点
審決は、補正による明細書の要旨変更を看過した結果、進歩性の判断を誤ったものであり、違法であるから、取り消されるべきである。 1 「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を、 先端部に備える」という構成を削除した補正による要旨変更の看過 (1) 当初明細書の記載によれば、当初明細書記載の発明の要件である超弾性金属体は、「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性」を有するものに限定されることが明らかである。 しかるに、当初明細書の特許請求の範囲に記載されていた「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を、先端部に備える」構成は、昭和62年12月29日付け手続補正書により特許請求の範囲第1項から削除され、平成元年11月24日付け手続補正書により、特許請求の範囲第3項から削除された。 上記補正の結果、本件発明の要件である超弾性金属体には、「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性」を有しないものも含まれることになった。しかしながら、「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性」を有しない超弾性金属体によって先端側内芯部を形成したカテーテル用ガイドワイヤは、当初明細書に直接的には記載されておらず、当初明細書に記載されているところから一義的に導き出すこともできない。また、このような、「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性」を有しない超弾性金属体、すなわち、「ひずみが増加するに従って荷重の大きさが変化する」合金は、本件のように「先端部が蛇行血管等を傷付けることなく形状順応血管等の所定部位に挿入できるように十分な柔軟性及び変形に対する復元性を備え、かつ血管等の所定部位に留置するのに必要な適度な反撥弾性を備える」という目的に応じて「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性」を有するものと同じように採用し得るかどうかは、一義的に分かるものではなく、したがって「ひずみが増加するに従って荷重の大きさが変化する」合金をガイドワイヤーに適用することを、記載されていなくとも、記載されているのと同視できるほどに自明な事項とすることはできない。 したがって、上記補正は明細書の要旨を変更するもの(平成5年法律第26号による改正前の特許法40条参照)である。 (2) 当初明細書記載の発明の要件である超弾性金属体が「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性」を有するものに限定され、応力の増加に伴って変位が増加するものは含まれないことは、当初明細書8頁16行目ないし9頁10行目の記載及び第6図によって明らかである。すなわち、当初明細書には「超弾性金属は、(1)回復可能な弾性ひずみが大きく、数%〜十数%にも達し、(2)ひずみが増加しても荷重の大きさが変わらないという特性を有している。」(8頁19行目ないし9頁1行目)と記載され、第6図には超弾性金属体が平坦な「応力-ひずみ線」(実線)を示すことが図示されている。 そもそも、超弾性を有する金属には形状記憶合金と加工硬化合金との二つがあり、「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性」は、上記二つのうちの形状記憶合金の応力誘起マルテンサイト変態によってもたらされる特性である。これに対して、加工硬化合金の方は、大きな弾性は有するものの、応力の増加に伴って変位が増加する特性を示す。本件補正は、本件発明の要件である先端側内芯部を形成すべき超弾性金属体には、当初から記載されている形状記憶合金のみならず、当初は記載されていなかった加工硬化合金も含まれる、との結論を導くものであって、明らかに不当である。 (3) したがって、本件発明の特許出願は手続補正書が提出された平成元年11月24日又は昭和62年12月29日であるとみなされる。本件発明の出願日が当初の昭和58年6月27日であるとした審決の判断は誤りであり、これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。 2 その他の要旨変更の看過 (1) 1で述べたもののほかに、昭和62年12月29日付け手続補正書又は平成元年11月24日付け手続補正書により、当初明細書の特許請求の範囲第1項では構成要件となっていた、@本体側内芯部と先端側内芯部とが一体化されているとの要件、A両内芯部の全長が被覆部によって被覆されているとの要件、B比較的剛性の高い本体部と比較的柔軟な先端部とからなるとの要件、C被覆部が合成樹脂で形成されるとの要件が削除された。これは、当初明細書の特許請求の範囲を拡張するものであり、この拡張は当初明細書に記載した事項の範囲内における拡張ではない。したがって、上記の各補正は明細書の要旨を変更するもの(平成5年法律第26号による改正前の特許法40条参照)である。 (2) したがって、本件発明の特許出願は手続補正書が提出された平成元年11月24日又は昭和62年12月29日であるとみなされる。本件発明の出願日が当初の昭和58年6月27日であるとした審決の判断は誤りであり、これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。 |
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被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。 1 原告の主張1について (1) 本件発明における超弾性は、特許出願当時、広く用いられていた学術用語であり、その意義は明確である。すなわち、超弾性とは、マルテンサイト変態に伴って発現する擬弾性を意味するものである。通常金属材料においては弾性変形によるひずみ(弾性ひずみ)は、たかだか1パーセントであるが、形状記憶合金においては、外部応力により、マルテンサイト変態に伴って、通常の弾性ひずみを超えた大きなひずみ領域(数パーセントから十数パーセントに及ぶこともある)の変形を生じ、外部応力を除去すると逆変態に伴って、この変形がほとんどあるいは完全に消失する。これを超弾性といい、この特性を有する合金が超弾性合金であり、これにより作られた物が超弾性金属体である。このような超弾性を示す合金の引張試験による応力-ひずみ曲線の形状は、一様ではなく、弾性ひずみ特性は、合金の種類と製造方法により大きく異なる。 (2) 原告は、当初明細書記載の発明の要件である超弾性金属体は、「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性」を有するものに限定されると主張する。しかしながら、当初明細書には、内芯を構成する超弾性金属体について、その特性を限定し、特殊のものに限るとするような何らの記載もない。 当初明細書の特許請求の範囲中の、「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を有する」との記載は、文脈上、ガイドワイヤの先端部の特性として記載されているものであって、超弾性金属体そのものの特性として記載されているものではない。このような、「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性」は、超弾性金属体が有する特性の一つにすぎない。前記のとおり、超弾性合金の弾性ひずみ特性は、合金の種類と製造方法によってかなり異なる。 かえって、当初明細書には、内芯を形成する合金について、Ti-Ni合金、Cu-Zn合金、Cu-Zn-X合金、Ni-Al合金等の各種の超弾性合金が広く記載されており、これらの中から適宜目的に沿うものを選択できる趣旨が十分に読みとれる。また、当初明細書の第6図は、模式的な説明図により、対比のため一般的弾性金属と超弾性金属の一例を示したものにすぎない。同図に関する説明から、直ちに、「超弾性金属」は、先端部の内芯について応力-ひずみ曲線に平坦部を有するものに限るとすることはできない。 したがって、本件発明の要件である先端側内芯部を形成する金属体は、 「超弾性金属体」であればよいのであって、「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性」を有するものには限定されない。 (3) このように、当初明細書に先端側内芯部の形成材料として、「超弾性金属体」が記載されている以上、本件補正によって「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性」の記載を削除しても、当初明細書の要旨が変更されることにはならない。 2 原告の主張2について 原告の主張する@ないしCの補正は、いずれも当初明細書又は図面に記載した事項の範囲内のものであるから、明細書の要旨を変更するものではない。 |
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当裁判所の判断
1 本件発明の概要 甲第2号証の2(当初明細書)によれば、本件発明の概要は次のとおりであると認められる(別紙図面参照)。 (1) 技術的課題(目的) 本件発明は、カテーテルを案内することを可能とするカテーテル用ガイドワイヤに関するものである(当初明細書2頁2行目、3行目)。 ガイドワイヤは、本体側内芯部と先端側内芯部を一体化して内芯を形成し、内芯の全長を合成樹脂コーティングで包まれたスプリングによって被覆して構成されるが、この内芯はステンレス線,ピアノ線等の弾性金属体によって形成されている(同2頁6行ないし12行)。そして、ガイドワイヤの先端部は、血管内壁の損傷を防止しながら、曲がりくねった血管内を円滑に進行できるように、可能な限り柔軟性及び復元性に優れたものである必要があるが、ステンレス線,ピアノ線等は柔軟性及び復元性に限界がある(同3頁12行目〜19行目)。 本件発明は、先端部の柔軟性及び復元性を高くして、血管内への挿入性に優れ、安全性が高いカテーテル用ガイドワイヤを提供することを目的とするものである(同4頁18行目〜5頁1行目)。 (2) 構成 本件発明は、上記の目的を達成するために、その特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(同1頁5行目〜14行目)。 (3) 作用効果 本件発明によれば、ガイドワイヤの先端部が一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を備えているので、先端部の柔軟性,復元性が高く、血管内への挿入性に優れ、安全性が高いカテーテル用ガイドワイヤを得ることが可能である(同13頁15行目〜20行目)。 2 原告の主張1(「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を、先端部に備える」という構成を削除した補正による要旨変更の看過)について (1) 前記当事者間に争いのない事実によれば、本件発明については、当初明細書の特許請求の範囲に記載されていた「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を、先端部に備える」という構成が、第2の2ないし4記載の経緯で、昭和62年12月29日付け手続補正書により特許請求の範囲第1項から削除され、また、平成元年11月24日付け手続補正書により特許請求の範囲第3項から削除されたものであることが、明らかである。 (2) 被告は、「超弾性金属体」とは、マルテンサイト変態に伴って発現する擬弾性を有する合金によって作られた物をいい、その弾性ひずみ特性は合金の種類と製造方法により大きく異なるのであって、「一定応力の下で比較的大きく変位し、 かつ復元可能な弾性ひずみ特性」を有するものに限られないから、この特性に関する記載を削除しても、「超弾性金属体」が当初から記載されていた以上、明細書の要旨を変更したことにならない旨主張する。 証拠(甲第7、第9、第11、第13、第14号証、乙第2ないし第4号証の各1ないし3)によれば、ある種の金属(Ni-Ti合金等)において応力誘起マルテンサイト変態及びその逆変態に伴い、応力をかけることによって生じた変形ひずみが、応力を除荷しただけで元の形状に回復する現象を「超弾性」又は「(変態)擬弾性」ということ、超弾性を有する合金の弾性ひずみ特性は一様ではなく、一定応力のもとでひずみが増加する弾性ひずみ特性を有するものだけではなく、ひずみが増加するに伴い応力も増加するものもあること(甲第9号証69頁第3図、第14号証の図2、図3、乙第3号証の2の図3参照)、その性質は合金の種類や製造方法によって異なり一様でないことが認められる。他方、「超弾性金属体」の語が「超弾性」を有する「金属体」以外の意味に一般に用いられことを認めさせる証拠は、本件全証拠を検討しても見いだせない。したがって、「超弾性金属体」という語で示され得るもの一般についての論としては、その特性が「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性」を有するものに限られないとの被告の主張は、その限りにおいては正しい。 (3) しかしながら、本件で問題とされるべきは、「超弾性金属体」の語一般の用法ではない。それが、明細書においてどのようなものとして用いられているのかという、極めて具体的な問題である。 被告は、「超弾性」が学術用語であることを強調し、その意味は明確であると主張するが、学術用語としての意味は明確であっても、出願人が明細書において、その意味と全く同一の意味で使用する保障はない。出願人によりどのような意味のものとして使用されているかは、明細書の具体的な記載を離れては決められない。 そこで、明細書の具体的記載を見てみると、まず、前記のとおり、当初明細書の特許請求の範囲には、本件発明に係るカテーテル用ガイドワイヤの特性として「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を、先端部に備える」との記載がある。また、甲第2号証の2によれば、当初明細書の発明の詳細な説明には、「第6図は、超弾性金属の応力-ひずみ特性を実線によって示し、一般的弾性金属の応力-ひずみ特性を破線によって示す線図である。すなわち、超弾性金属は、(1)回復可能な弾性ひずみが大きく、数%〜十数%にも達し、(2)ひずみが増加しても荷重の大きさが変わらないという特性を有している。したがって、上記ガイドワイヤ10は、その本体側内芯部11Aを超弾性金属体によって形成していることから、本体部10Aに座屈強度が比較的大なる弾性ひずみ特性を備えることとなる。また、上記ガイドワイヤ10はその先端側内芯部11Bを超弾性金属体によって形成していることから、先端部10Bに一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を備えることとなる。」(当初明細書8頁第16行目〜9頁10行目)との記載があること、上記以外に「超弾性金属体」の特性についての記載はないことが認められる。さらに、甲第2号証の2によれば、本件発明に係るカテーテル用ガイドワイヤの特性とされている上記「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を先端部に備える」との性質を得る手段としては、それを形成する素材として上記超弾性金属体を用いること以外のものは、当初明細書に全く記載されていないことが明らかである。これらの記載によれば、当初明細書でいう「超弾性金属体」とは、 「(1)回復可能な弾性ひずみが大きく、数%〜十数%にも達し、(2)ひずみが増加しても荷重の大きさが変わらないという特性を有している」、すなわち「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を備える」ものであり、これ以外のものは、当初明細書に記載されていないというべきである。換言すれば、当初明細書においては、このように特定された超弾性金属体で先端側内芯部を形成することによって初めて、「先端部が蛇行血管等を傷付けることなく形状順応血管等の所定部位に挿入できるように十分な柔軟性及び変形に対する復元性を備え、かつ血管等の所定部位に留置するのに必要な適度な反撥弾性を備えるカテーテル用ガイドワイヤが得られる」という目的を達成することができるとされているものと認められる。 そして、甲第2号証の2によれば、これ以外の「ひずみが増加するに従って荷重の大きさが変化する」超弾性金属体については、当初明細書中に、それを示唆する記載すらないから、このような「ひずみが増加するに従って荷重の大きさが変化する」超弾性金属体を同様にカテーテル用ガイドワイヤに使用した場合、前記目的が達成されるかどうかは、当初明細書の記載から一義的にわかるものではなく、仮に達成されるとしてもこのような特性を有する超弾性金属体をカテーテル用ガイドワイヤに使用することは、自明の事項として一義的に導き出せるものではないものというべきである。したがって、「ひずみが増加するに従って荷重の大きさが変化する」超弾性金属体が、当初明細書に含まれていた、と認めることはできない。 (4) 被告は、当初明細書の上記特性の記載は、文脈上ガイドワイヤーの先端部の特性として記載されているのであって、超弾性金属体そのものの特性として記載されているのではない旨主張する。しかし、当初明細書には、超弾性金属体としては、「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を有する」ものしか記載されていないと解すべきことは前記のとおりであり、この特性とは別の特性を有する超弾性金属体が記載されていると解することはできないから、 被告の主張は失当である。 また、被告は、当初明細書には、各種の超弾性合金が広く記載されており、これらの中から適宜目的に添うものを選択できる趣旨が十分に読みとれると主張する。しかし、前記のとおり超弾性合金の応力-ひずみ曲線は、合金の種類と製造方法によって全く異なるものとなり、またその線図も多様であるから、当初明細書は、そこに示されている各種の合金の中から、第6図の応力-ひずみ線図に相当する特性である「(1)回復可能な弾性ひずみが大きく、数%から十数%にも達し、(2)ひずみが増加しても荷重の大きさが変わらないという特性を有している」のもののみを選択する趣旨であることは明らかである。被告の主張は失当である。 (5) 前記のとおり、被告は、昭和62年12月29日付け手続補正書により、 「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を、先端部に備える」構成を、特許請求の範囲第1項から削除したものである。この補正によって、第1項の構成要件は、当初明細書に記載されていなかった、「ひずみが増加するに従って荷重の大きさが変化する」超弾性金属体を含むものとして拡張されたものということができる。したがって、上記補正は、当初明細書の要旨を変更するものと認められる。 なお、審決は、当初明細書に記載された「超弾性金属体」の語の意義について、上記認定と同じく、「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性」を有するものに限定されていると解しながら、上記補正によっても、「超弾性金属体」の意義は変わらず、当初明細書の要旨を変更したことにはならないとする。しかし、この判断が誤りであることは、次の点から明らかである。 すなわち、被告は、昭和62年12月29日付け手続補正書において、特許請求の範囲第1項から超弾性金属体の特性に関する構成を削除するとともに、第3項として、「前記超弾性金属体は、一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元が可能な弾性ひずみ特性を有するものである特許請求の範囲第1項または第2項に記載のカテーテル用ガイドワイヤ。」を加えたものであり、上記補正後の特許請求の範囲第1項及び第3項の記載を総合すれば、「超弾性金属体」の意義は、同補正により、「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性」を有するものに限られない広い意味に拡張されたことが明らかであって、この拡張された「超弾性金属体」の意義は、平成元年11月24日付け手続補正書により、特許請求の範囲第3項から「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を有するものである」との構成を削除したことによって変わるものではないというべきであるからである。 (6) 以上によれば、昭和62年12月29日の上記補正は、当初明細書の要旨を変更するものと認められる。そうすると、結局、本件発明の特許出願は最初の手続補正書が提出された昭和62年12月29日であるとみなされるから(平成5年法律第26号による改正前の特許法40条)、本件発明の出願日を当初の昭和58年6月27日であるとした審決の判断は誤りであり、これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。 3 以上によれば、その余について判断するまでもなく、本件審決は、違法であることが明らかであって、取消しを免れない。よって、本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、 主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 山田知司 |
裁判官 | 阿部正幸 |