関連審決 | 異議1998-71503 |
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関連ワード | 容易に実施 / 29条の2(拡大された先願の地位) / 先願発明との同一性 / 発明の詳細な説明 / 択一的 / 参酌 / 文言解釈 / 実施 / 加工 / 構成要件 / 設定登録 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 減縮 / 拡張 / 変更 / 釈明 / 訂正明細書 / 取消決定 / |
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事件 |
平成
12年
(行ケ)
128号
特許取消決定取消請求事件
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原告 セイコーエプソン株式会社代表者代表取締役 【A】 訴訟代理人弁護士 神谷巌 同 弁理士 佐藤一雄 同 小野寺 捷洋 同 紺野昭男 同 堅田健史 被告 特許庁長官【B】 指定代理人 【C】 同 【D】 同 【E】 同 【F】 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2001/02/14 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
特許庁が平成10年異議第71503号事件について平成12年3月6日にした決定を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、昭和62年3月4日、名称を「インク容器」とする発明(以下「本件発明」という。)につき特許出願をし(特願昭62-49631号)、平成9年6月6日に特許第2658034号として設定登録を受けた。 【G】、【H】及び【I】は、平成10年3月30日、本件特許につき特許異議の申立てをし、平成10年異議第71503号事件として特許庁に係属したところ、原告は、平成11年1月5日、明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明を訂正する旨の訂正請求をし、この訂正請求に係る訂正請求書は、同年4月19日付け手続補正書をもって補正された(以下、この補正を「本件補正」といい、本件補正後の上記訂正請求を「本件訂正請求」、その訂正を「本件訂正」という。)。 特許庁は、上記特許異議の申立てについて審理した上、平成12年3月6日に「特許第2658034号の特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は同月27日原告に送達された。 2 特許請求の範囲の記載 (1) 設定登録時の明細書(以下「登録時明細書」という。)の特許請求の範囲の記載 液体インクを格納するインク容器において、該インク容器を構成する材料中の脂肪酸もしくは脂肪酸誘導体類の総量が、100ppm以下であることを特徴とするインク容器。 (2) 本件訂正に係る明細書(以下「訂正明細書」という。)の特許請求の範囲の記載 液体インクを格納するインク容器において、該インク容器を構成する材料中の脂肪酸および脂肪酸誘導体の総量が、100ppm以下であることを特徴とするインク容器。 3 本件決定の理由 本件決定は、別添決定謄本写し記載のとおり、(1)本件訂正の適否につき、@本件補正は特許法120条の4第3項において準用する同法131条2項の規定に適合するが、A本件訂正は、実質上特許請求の範囲を変更するものであり、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則6条1項の規定によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法126条2項の規定に適合しないから認められないとし、(2)特許異議の申立てにつき、本件発明の要旨を登録時明細書の特許請求の範囲の記載のとおりと認定した上、@本件発明は、特願昭61-43731号の明細書及び図面(特開昭62-201251号公報、甲第5号証、以下「先願明細書」という。)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であるから、特許法29条の2の規定に違反してされたものであり、 また、A登録時明細書の発明の詳細な説明は、当業者が容易に実施できる程度に記載されているものとは認められないから、同法36条3項(注、平成2年政令第258号附則2条1項によりなおその効力を有するものとされる平成2年法律第30号附則4条による改正前の特許法36条3項の趣旨と解される。)の規定に違反して特許がされたものであり、Bしたがって、本件発明の特許は、拒絶査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるから、特許法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条1項及び2項の規定により、本件特許は取り消されるべきであるとした。 |
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原告主張の本件決定取消事由
本件決定の理由中、本件補正の適否の認定判断(決定謄本2頁6行目〜11行目)及び先願明細書の記載事項の認定(同3頁7行目〜4頁2行目)は認める。 本件決定は、本件訂正が実質上特許請求の範囲を変更するものとして認められないとの誤った判断をした(取消事由1)結果、本件発明の要旨の認定を誤り、 また、本件発明と先願発明との同一性の判断を誤る(取消事由2)とともに、登録時明細書の記載不備についての判断を誤った(取消事由3)ものであるから、違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(特許請求の範囲の変更についての判断の誤り) 本件訂正は、登録時明細書の特許請求の範囲の「脂肪酸もしくは脂肪酸誘導体類の総量が、100ppm以下である」との記載を、「脂肪酸および 脂肪酸誘導体の総量が、100ppm以下である」(各下線部が訂正部分)と訂正するものであるところ、本件決定は、登録時明細書の上記記載は、「『脂肪酸の総量が、100ppm以下である』、もしくは『脂肪酸誘導体類の総量が、100ppm以下である』という択一的な記載であることは明白である」(決定謄本2頁22行目〜24行目)として、「脂肪酸と脂肪酸誘導体の総量(総和)が100ppm以下である」(同2頁27行目)ことを意味する訂正明細書の特許請求の範囲の上記記載への訂正は、実質上特許請求の範囲を変更するものであると判断するが、誤りである。 すなわち、登録時明細書(甲第2号証)は、「これら樹脂や合成ゴム材料中に含まれる脂肪酸やその誘導体は、重合時に添加された樹脂原料と均一に混合するが、フィルム等のシートや成形品に加工されると一般に表面に出やすい。従って、 加工されたポリエチレン等のシートにインクをそのまま充てんすると、シート表面にういた脂肪酸やその誘導体がインク中にはがり出したり(注、「はがれ出たり」の誤記と認める。)、該脂肪酸等が表面層付近にある場合、温度上昇に伴いインク中へ溶出し、それが温度低下するに従い固体脂肪酸やその誘導体としてインク中で不溶物となり、インクの流動性を妨げる。」(4欄17行目〜26行目)、「インク容器を構成する材料中の脂肪酸誘導体類の添量が100ppm以下のため」(6欄31行目〜32行目)との記載にあるように、脂肪酸と脂肪酸誘導体を同様の有害物として「脂肪酸やその誘導体」ないし単に「脂肪酸誘導体類」と記載して説明しており、登録時明細書の特許請求の範囲に「脂肪酸もしくは脂肪酸誘導体類の総量が、100ppm以下」とあるのが、脂肪酸及び脂肪酸誘導体類の総量で100ppm以下の趣旨であることは明らかというべきである。したがって、本件訂正は、特許請求の範囲の減縮に当たるから許されるべきものであり、この訂正を認めても第三者が不測の損害を受けることはなく、また、本件発明の目的、効果に何らの変更もない。 以上のとおり、本件訂正は、実質上特許請求の範囲を変更するものではない。 2 取消事由2(本件発明と先願発明の同一性の判断の誤り) 本件決定は、先願明細書に「滑剤としての脂肪酸」を添加しないとの記載があることに注目し、「先願明細書記載の発明は脂肪酸および脂肪酸誘導体類の総量が0ppmであるから、脂肪酸もしくは脂肪酸誘導体類の総量が100ppm以下である本件発明と先願明細書に記載された発明とには実質的に差異がない」(決定謄本4頁13行目〜15行目)とするが、誤りである。 インクジェットプリンター等に使用されるインクタンクを構成する樹脂には、滑剤の他に可塑剤、帯電防止剤、熱安定剤等が添加されており、それらの添加剤の大部分は脂肪酸を含むものである。すなわち、熱安定剤としては、脂肪族カルボン酸塩である金属せつけん系安定剤を主成分とするものが、可塑剤としては、アジピン酸ジ2エチルヘキシルのように脂肪酸を含むものが、滑剤としては、ステアリン酸アミドのような脂肪酸を含むものが、帯電防止剤としては、脂肪酸アミン塩類等の脂肪酸を含むものが、それぞれ多用されている(甲第6号証)。したがって、滑剤を添加しないからといって、脂肪酸が含まれていないとは即断できない。 先願明細書(甲第5号証)の記載から見ても、比較例2、3は滑剤を添加しなかったもの(14欄第2表参照)であるが、その濁度はそれぞれ0.20、0.18であり(15欄第3表参照)、滑剤を添加しなかった実施例1〜3の濁度0.10よりも高いことが示されている。したがって、濁度の数値を上げる原因物質が滑剤のみでないことが明らかであり、先願明細書は、脂肪酸全体の量を問題としているのではなく、単に滑剤としての脂肪酸の量について記載しているにすぎない。 3 取消事由3(明細書の記載不備についての判断の誤り) 本件決定は、「『脂肪酸誘導体類』がいかなる物質を包含するのかが不明であり、発明の詳細な説明が当業者に容易に実施できる程度に記載されているものとは認められない」(決定謄本4頁17行目〜19行目)とする。しかし、この認定判断は、本件訂正請求が認められないという誤った理解に基づいて、「類」の削除が許されないとの見解に立ったものであるところ、本件訂正請求が認められるべきことは上記のとおりであるから、この点の判断は誤りである。 |
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被告の反論
審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。 1 取消事由1(特許請求の範囲の変更についての判断の誤り)について 登録時明細書の特許請求の範囲の「脂肪酸もしくは脂肪酸誘導体類の総量が、100ppm以下である」との記載は、それ自体極めて明りょうであり、明細書中の他の項の記載等を参酌しなければ理解し得ないものではない。そして、上記記載を「脂肪酸および脂肪酸誘導体の総量が、100ppm以下である」と訂正するのは、主として特許請求の範囲中の択一的記載である「もしくは」を同時的記載である「および」に変更するものであるから、特許請求の範囲の減縮に相当するものではない。 なお、登録時明細書の発明の詳細な説明には、脂肪酸と脂肪酸誘導体がともにインク中に溶出して不溶物を形成する物質として記載されていることは確かであるが、「脂肪酸」及び「脂肪酸誘導体」の両者を含む場合においても、その総量が100ppm以下であれば本件発明の効果を奏することは示されていない。 2 取消事由2(本件発明と先願発明の同一性の判断の誤り)について 原告は、甲第6号証に基づいて、インクジェットプリンター等に使用されるインクタンクを構成する樹脂には滑剤の他に可塑剤、帯電防止剤、熱安定剤等が添加されている旨主張するが、同号証は、プラスチック添加剤について一般論として記載したものであって、インクジェットプリンター等に使用されるインクタンクを構成する樹脂について論じたものではない上、同号証のプラスチックの可塑剤、帯電防止剤、熱安定剤等の添加剤には、脂肪酸やその誘導体を含まないものも多数記載されており、滑剤以外のプラスチックの添加剤として必ず脂肪酸やその誘導体が用いられるというものでもない。 登録時明細書(甲第2号証)に、「これらの樹脂や合成ゴムは、それ自身を構成する化学物質以外に、安定剤やUV吸収剤、酸化防止剤など多くの添加助剤が、目的に応じて適量添加されている」(3欄19行目〜22行目)と記載されているように、添加助剤は目的に応じて添加されるものであり、必要と認識しない添加助剤、有害な添加助剤は添加されないと考えるのが通常である。そして、登録時明細書(甲第2号証)の実施例及び比較例でも、脂肪酸系の安定剤、スリップ剤の使用について記載がある以外、他の添加剤については具体的な記載はないが、これは、他の添加剤としても脂肪酸や脂肪酸誘導体類は添加していないことを意味すると解される。 また、先願明細書(甲第5号証)記載の発明の課題は、本件発明と同様、インクの長期間滞留などによっても、不純物等をインク中に溶出しない特性を有する記録液用器具を提供することであり、具体的には、プラスチックフィルムの成形の際に、脂肪酸アミド、ステアリン酸等の滑剤を添加しないで得られるプラスチックフィルムが代表的なものとして挙げられることが記載されているほか、実施例には、滑剤として脂肪酸アミドを添加せず、不純物等がインク中に溶出しやすい条件の下でも濁度が低い、すなわちインク中の不純物のほとんどないプラスチックフィルム製の記録液用器具が記載されている。そうすると、先願明細書(甲第5号証)には、脂肪酸アミド、ステアリン酸が不純物等をインク中に生成させる原因であることが示されているのであるから、その他の添加剤が添加されるとしても、脂肪酸アミド、ステアリン酸等を用いないようにすることは当然考慮されていると解され、その実施例が示すデータに照らしても、その他の添加剤としてもインク中に溶出して不純物等を生成させる化合物をほとんど含まないものであることは明らかである。 3 取消事由3(明細書の記載不備についての判断の誤り)について 訂正請求の適否についての本件決定の判断に誤りがないことは前記のとおりであり、訂正請求が認められないことから、登録時明細書について、本件発明は特許法第36条第3項の規定に違反して特許がされたものと判断したものであって、 その認定判断に誤りはない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(特許請求の範囲の変更についての判断の誤り)について (1) 本件訂正請求が、登録時明細書の特許請求の範囲の「脂肪酸もしくは脂肪酸誘導体類の総量が、100ppm以下である」との記載を、「脂肪酸および脂肪酸誘導体の総量が、100ppm以下である」に訂正することを求めるものであることは当事者間に争いがなく、これによれば、本件訂正は、@「脂肪酸誘導体類」を「脂肪酸誘導体」に訂正することと、Aこれと脂肪酸の量の関係を「もしくは」から「および」に訂正することを含むものと理解することができる。そして、このうち上記@の点については、「脂肪酸誘導体類」の用語が「脂肪酸誘導体」と異なる特別な意味を有するものと誤読されかねないことからその意義を明確にするものであって、明りょうでない記載の釈明に該当すると解され、本件決定もこの訂正部分が特許請求の範囲の変更をもたらすものと判断するものではない。 (2) そこで、次に、上記Aの点が「実質上特許請求の範囲を変更するもの」となるかどうかについて検討するに、脂肪酸と脂肪酸誘導体の量の関係は、論理上、 下記の四つの場合に区分することができる。 (A) 脂肪酸と脂肪酸誘導体のいずれもが100ppmを超える場合 (B) 脂肪酸と脂肪酸誘導体のいずれか一方が100ppm以下であり、他方は100ppmを超える場合 (C1) 脂肪酸と脂肪酸誘導体のいずれもが100ppm以下であるが、両者の合計量は100ppmを超える場合 (C2) 脂肪酸と脂肪酸誘導体のいずれもが100ppm以下であり、両者の合計量も100ppm以下である場合 (3) 上記の区分を本件発明に当てはめてみると、登録時明細書の特許請求の範囲の記載は「脂肪酸もしくは脂肪酸誘導体類の総量が、100ppm以下である」とされているのであるから、その文言解釈として、上記の各場合のうち、(B)、(C1)及び(C2)がこの構成要件に該当するというべきであり、他方、本件訂正後の特許請求の範囲の記載は「脂肪酸および脂肪酸誘導体の総量が、100ppm以下である」とされているから、この構成要件に該当するのが上記(C2)だけであることは明らかである。 そうすると、本件訂正のうち、上記(1)のAに係る部分は、登録時明細書に係る本件発明に包含される上記(B)、(C1)及び (C2)のうち、(B)及び(C1)を削除し、 (C2)の場合に限定するものということができるから、特許法126条1項1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」に該当することは明らかというべきである。そして、上記(C2)は、登録時明細書に係る本件発明に当初から包含されていたものであるから、本件訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものということはできない。 (4) 被告は、本件訂正請求は、択一的記載である「もしくは」を同時的記載である「および」に訂正しようとするものであるから、特許請求の範囲の減縮に相当するものではなく、実質上特許請求の範囲を変更するものである旨主張するが、本件訂正により、特許請求の範囲はむしろ減縮されること、特許請求の範囲が変更されるものでないことは前示のとおりであって、被告の主張は採用することができない。 (5) よって、本件訂正請求が、実質上特許請求の範囲を変更するものであるとして、これを認めなかった本件決定の判断は誤りであり、したがって、本件発明の要旨を登録時明細書の特許請求の範囲に記載されたものであるとした本件決定の認定(決定謄本3頁1行目〜5行目)も誤りというべきである。そうすると、特許庁は、本件訂正により減縮された特許請求の範囲の記載に基づく本件発明の要旨を前提として本件特許異議の申立てについて判断すべきところ、この判断がいまだ示されていないことになるから、本件決定は、その余の点について判断するまでもなく、瑕疵があるものとして取消しを免れない。 2 よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 長沢幸男 |
裁判官 | 宮坂昌利 |