運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 審判1996-19001
関連ワード 物の発明 /  加工方法 /  29条1項3号 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  クレーム /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  設定登録 /  請求の範囲 /  減縮 /  拡張 /  変更 /  訂正明細書 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 10年 (行ケ) 354号 審決取消請求事件
原告 テルモ株式会社代表者代表取締役 【A】
訴訟代理人弁護士 吉原省三、小松勉、松本操、三輪拓也、弁理士 中澤直樹
被告 エクスパンダブルグラフツ パートナーシップ 代表者 【B】
訴訟代理人弁理士 小田島平吉、安田修、小田嶋平吾
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が平成8年審判第19001号について平成10年8月14日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 被告は、名称を「伸張性のある管腔内脈管移植片又はプロテーゼ」とする特許第1719657号発明(昭和60年11月7日米国においてした特許出願に基づく優先権を主張して昭和61年11月7日に特許出願(特願昭61-265419号)。平成4年2月5日出願公告(特公平4-6377号)、平成4年12月14日設定登録。本件発明)の特許権者であるが、原告は、平成8年11月8日、本件発明について無効審判請求をし、平成8年審判第19001号事件として審理され、平成9年9月25日訂正請求があり、平成10年8月14日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年10月14日原告に送達された。
2 本件発明の要旨(訂正後のもの) 第1端部及び第2端部と、該第1端部と該第2端部との間に配置されている壁表面とを有する管状部材を具備し、該壁表面は複数の交差する細長い部材によって形成されており、該細長い部材の少なくとも幾つかは該管状部材の第1端部と第2端部との中間で相互に交差していること、
該交差している細長い部材は複数の薄いバーであり、各バーは均一な薄い長方形の断面形状を有すること、
該管状部材は内腔を有する身体通路内への該管状部材の管腔内送り込みを可能とする第1の直径を有していること、
かつ該壁表面を形成する複数の交差する細長い部材は、肉薄の壁を有する管状体をエッチングすることによって該交差する細長い部材間に開口を設けることによって形成されたものであり、これにより複数の該交差する細長い部材は相互に一体的に形成されていること、および 該管状部材は該管状部材の内側から半径方向外方に伸び広げる力をかけられるとき第2の伸張した直径を有し、該第2の直径は可変であり且つ該管状部材に加えられた力の量に依存していることを特徴とする伸張性のある管腔内脈管移植片又はプロテーゼ。
3 審決の理由の要点 (1) 原告(無効審判請求人)の主張 原告の主張の概要は以下のとおりである。
(1)-1 本件発明は、審判甲第1〜第3号証の刊行物に記載された発明であるから、本件特許は、特許法29条1項3号の規定に違反してなされたものである。
(1)-2 本件発明は、審判甲第1〜第5号証の刊行物に記載された発明から当業者が容易に発明できたものであるから、本件特許は、特許法29条2項の規定に違反してなされたものである。
(1)-3 本件発明は、本件出願の先願に相当するものであって、審判甲第6号証に係る先願明細書に記載された発明と同一であるから、本件特許は、特許法29条の2の規定に違反してなされたものである。
また、原告は、訂正請求についても、新規事項を付加するものであり、また、訂正後の発明にも依然として上記無効理由があるととともに、訂正後の明細書には記載不備があるから、訂正後の発明は、特許出願の際独立して特許を受けることできないものであり、該訂正請求は特許法134条5項において準用する同法126条2項及び4項の規定に違反する旨主張している。
証拠方法 審判甲第1号証;米国特許第3657744号明細書 審判甲第2号証;「Radiology」Vol.156 No.1 P.73-77 審判甲第3号証;「American Journal of Roentgenology」Vol.145 P.821-825(1985.10) 審判甲第4号証;特開昭57-52527号公報 審判甲第5号証;特開昭60-100956号公報 審判甲第6号証;特願昭60-234388号(特開昭61-98254号公報) 参考資料1;「MATERIALS AND PROCESSES IN MANUFACTURING Sixth Edition」P.719 参考資料2;特開平8-332229号公報 参考資料3;特開平8-336597号公報 参考資料4;特開平9-285548号公報 参考資料5;本件出願に添付された優先権証明書及び米国明細書No796009 参考資料6;本件発明のモデル例を撮影した写真 参考資料7;特開平2-174859号公報 (2) 訂正請求について 訂正は、特許明細書の請求項1における 「第1端部及び第2端部と該第1端部と該第2端部との間に配置されている壁表面とを有する管状部材を具備し、該壁表面は複数の交差する細長い部材によって形成されており、該細長い部材の少なくとも幾つかは該管状部材の第1端部と第2端部との中間で相互に交差していることと、該交差している細長い部材は複数の薄いバーであり、各バーは均一な薄い長方形の断面形状を有することと、
該管状部材は内腔を有する身体通路内への該管状部材の管腔内送り込みを可能とする第1の直径を有していることと、
該管状部材は該管状部材の内側から半径方向外方に伸び広げる力をかけられるとき第2の伸張した直径を有し、該第2の直径は可変であり且つ該管状部材に加えられた力の量に依存していることを特徴とする伸張性のある管腔内脈管移植片又はプロテーゼ。」を「第1端部及第2端部と該第1端部と該第2端部との間に配置されている壁表面とを有する管状部材を具備し、該壁表面は複数の交差する細長い部材によって形成されており、該細長い部材の少なくとも幾つかは該管状部材の第1端部と第2端部との中間で相互に交差していることと、該交差している細長い部材は複数の薄いバーであり、各バーは均一な薄い長方形の断面形状を有することと、
該管状部材は内腔を有する身体通路内への該管状部材の管腔内送り込みを可能とする第1の直径を有していることと、
かつ該壁表面を形成する複数の交差する細長い部材は、肉薄の壁をエッチングすることによって該交差する細長い部材間に開口を設けることによって形成されたものであり、これにより複数の該交差する細長い部材は相互に一体的に形成されていることと、および 該管状部材は該管状部材の内側から半径方向外方に伸び広げる力をかけられるとき第2の伸張した直径を有し、該第2の直径は可変であり且つ該管状部材に加えられた力の量に依存していることを特徴とする伸張性のある管腔内脈管移植片又はプロテーゼ。」に訂正するとともに(訂正1)、特許明細書の請求項2の削除を求めるものである(訂正2)。
以下、これらの訂正について検討する。
(3) 訂正1は、特許明細書の請求項1に記載された、管状部材の壁表面を形成する複数の交差する細長い部材が、エッチングにより形成されているものであるという要件をさらに付加するものであり、これにより、特許明細書の請求項1における管腔内脈管移植片又はプロテーゼを構成する管状部材の構成がより限定されているから、この訂正は、特許請求の範囲減縮を目的とするものである。
また、この訂正は、特許明細書の発明の詳細な説明における「好ましくは、管状部材71は最初肉薄の(thin-walled)ステンレス鋼管であり、そして交差するバー78と79間の開口82は慣用のエッチングプロセス、例えば電気機械的又はレーザーエッチングにより形成され、その際得られる構造は複数の交差する細長い部材78,79を有する管状部材である。」との記載(公告公報10欄34〜41行)に基づくものであり、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内の訂正である。
この点に関して、原告が新規事項の付加に相当する旨主張する根拠は、管状部材が該エッチングにより形成されたことに基づく被請求人(被告)が主張する作用効果は、訂正前の明細書に記載がないというものであるが、該作用効果は、審判答弁書において述べているものであって、訂正後の明細書において該作用効果を記載として付加するものではないから、訂正を新規事項の付加に相当するものとすることはできない。
さらに、訂正1は特許請求の範囲を実質的に拡張又は変更するものでもない。
(4) 訂正2は、請求項の削除に係るものであるから、当然特許請求の範囲減縮を目的とするものであり、さらに、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であって、特許請求の範囲を実質的に拡張又は変更するものでもない。 (5) 一方、これらの訂正による訂正後の特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明が、特許出願の際独立して特許を受けられるものであるか否かについては、原告の訂正後の発明に対する主張に基づき、以下検討する。
(5)-1 (1)-1の主張について 審判甲第1号証の発明は、移植プロテーゼ部材の固定法に関するものであり、審判甲第1号証のクレームにおいては、
「1.生体に移植プロテーゼ装置を迅速、確実に固定する方法であって、
A 移植すべきプロテーゼ装置を、体液に適合し放射状に伸張する変形可能で無害な物質の少なくとも1以上の透かし管状スリーブに固定し、このスリーブは移植すべき部材に対応する径をなし、プロテーゼ部材に取り付けられるようになっていて、上記スリーブの周縁に対し角度を持って設けられた、縦方向に伸張するリボン状をなす複数の波状部を含み、複数の千鳥状をなして緊密にスペースをとった孔を形成して相互結合している、
B スリーブとプロテーゼ装置を予定の移植位置に導入し、
C 上記の位置の組織壁に対しスリーブを放射状に外方に向けて伸張し、スリーブのリボン状をなす部分とそれとを緊密に密着させ、それにより組織はスリーブがこれをカバーするようにスリーブを通し且つこの周りを成長することを含む方法。
2.クレーム1の方法であって、
A 移植すべきプロテーゼ装置は脈管移植片であり、
B 上記の透かしスリーブは上記の脈管移植片の各端部に部分的に挿入され、固定され、スリーブがそこから伸張する露出部分を残しており、
C 上記移植片はスリーブ伸張ツールを受けるために縦長に開口し、
D 上記プロテーゼ装置とスリーブは、上記スリーブの露出部分を切断された移植すべきホスト脈管に導入することによりホスト脈管に結合され、および E スリーブは放射状に外方に向けて伸張し脈管と移植片の壁と緊密に密着することにより、
更に特徴付けられる方法。」と記載され(クレーム1及び2)、また、要約においては、「生体に移植プロテーゼを迅速、確実に固定することを促進するための装置と方法である。この装置は変形可能な物質の管状スリーブを含み、これにプロテーゼ部材を固定し、管状スリーブは放射状に伸張して組織周囲と緊密に密着する。心臓弁、脈管移植片などのような固定装置やプロテーゼ部材は、手術前に集合体とする。この集合体は手術前に迅速に移植位置に導入配置され、伸張ツールの使用で変形可能なスリーブの拡張で適所に固定される。」と記載されている。
そして、この管状スリーブの使用に関して、図1に示されるように、分岐した人工的な大動脈ダクロン移植片10の端部と切断された大動脈11の端部は、突き合わせ関係で、伸張した固定スリーブ(管状スリーブ)により固定される旨(2欄14〜27行)、管状スリーブ16は、変形可能な金属薄板に、千鳥状の連続するスリットを平行に入れた後、スリットに対し直交方向に引きのばすことにより、スリットが拡張されそれが開口となりこの結果形成され、伸張により均一に分布した菱形状開口23が形成され、また、伸張された金属板は好ましくはスリーブ状にした後、形作るのが良い旨(2欄56〜3欄2行)、第5図に示されるように、スリーブのリボン状の部分は、スリーブの周縁から所定の角度をもって伸張し、その結果、スリーブ周縁には、多数の突出エッジが形成され、その突出エッジが組織の壁にはめ込まれる旨(3欄2行〜6行)、及びスリーブの伸張は、スリーブ内に配置した伸張ツールによる旨(2欄33〜51行)記載されている。
審判甲第2号証においては、拡張可能な管腔内移植体について記載され、該移植体は、経管的血管形成術後の狭窄病変部の弾性反跳を予防することができ、また、
この移植体は、管状ワイヤメッシュで、改造した血管形成用カテーテルに装着され、血管形成用バルーンを狭さくした血管中で膨張させると、ワイヤーメッシュがバルーンと共に拡大し、バルーンの収縮除去後も拡大したまま残る旨(73頁左欄及び右欄1行〜25行)、及びこの移植体はステンレスワイヤーの連続織物から成り、ワイヤーの交差部は銀で固定してあり、管に半径方向の破壊に対する比較的強い抵抗と、バルーンの最大膨張により得られた直径の維持能力を付与する旨(73頁物質及び方法の項1行〜6行)の記載がある。
審判甲第3号証においては、拡張可能な肝内門脈シャントステントについて記載され、該ステントは拡張可能なワイヤーメッシュ管から成る旨(821頁27行〜33行)、また、このステントはステンレスワイヤーを手で編んだもので、メッシュの交点は低融点銀はんだではんだ付けされている旨(822頁右欄、ステントの構造の項)記載され、さらに、このステントの使用法に関して、「ステントを、バルーン径10mmの血管形成カテーテルのたたんだバルーンの周りに収縮した状態で沿わせた。・・・・バルーンの膨張で、ステントをバルーンが到達する最大径に拡張した。移植体は、バルーンの収縮除去後も拡張したままとどまった。」(822頁左欄28行〜36行)と記載されている。
しかしながら、まず、審判甲第1号証についていえば、審判甲第1号証の管状スリーブは、移植プロテーゼを生体に固定するためのもので、血管にも適用され、また、管状スリーブの内側から伸び広げる力をかけてその直径を伸張させるものであって、該管状スリーブは、金属薄板に千鳥状の連続するスリットを平行に入れ、この金属板をスリットに対し直交方向に引き延ばすことで、前記スリットは拡張されて開口になり、この結果形成されるものであり、この管状スリーブの形成においてスリットを入れた金属板を管状にしその後伸張させる場合も含み得るが、この伸張前の管状スリーブはその管面に千鳥状のスリットが形成されているだけである。これに対して、訂正後の請求項1の発明の伸張前の管状部材は、その壁表面が複数の交差する細長い部材により形成され、該細長い部材間にはエッチングにより形成された開口が形成されているのであるから、この状態の管状部材は、管面に単にスリットが形成されているだけの上記審判甲第1号証の管状部材とは異なるものとするのが妥当である。
一方、審判甲第1号証の管状部材は、クレーム1、要約及び第1図の記載からみて、あらかじめ移植するプロテーゼに固定され、その後、脈管等の組織の所定位置に導入されるものであり、特にクレーム1における「このスリーブは移植すべき部材に対応する径をなし、プロテーゼ部材に取り付けられるようになっていて、上記スリーブの周縁に対し角度を持って設けられた、縦方向に伸張するリボン状をなす複数の波状部を含み、複数の千鳥状をなして緊密にスペースをとった孔を形成して相互結合している」なる記載からみると、上記プロテーゼに管状スリーブが固定された状態において、既に管状スリーブは、リボン状をなす複数の波状部を有し、複数の千鳥状をなして緊密にスペースをとった孔が形成されていることは明らかであって、これは、管状スリーブの当初の状態すなわち金属板に千鳥状のスリットを設けた状態から、既に伸張された状態になっていることを意味し、このことは、移植片を移植する様子を表す第1図の記載とも符合する。しかも、この伸張された状態においては、突出エッジが既に形成されていることは明らかであり、この状態で、
脈管等の端部に挿入されるとするのが妥当である。
これに対して、訂正後の請求項1の発明における管状部材は、伸張されて第2の直径になるが、同請求項1における「管状部材は身体通路内へ該管状部材の管腔内送り込みを可能とする第1の直径を有している」との記載からみると、管状部材が管腔内に送り込まれる際には、管状部材は伸張前の第1の直径を有しており、上記したように、この状態の管状部材は、エッチングによって該交差する細長い部材間に開口を設けることによって形成されているのであるから、その壁表面はほぼ平滑であり、突出エッジなどは形成されてはいないことは明らかである。
してみると、両者における管状スリーブと管状部材は、管腔内に送り込む際の形状もそれぞれ相違するものとせざるを得ない。
審判甲第2及び3号証の移植体あるいはステントは、ステンレスワイヤーの連続織物から成るメッシュ管であって、一方訂正後の請求項1の管状部材の壁表面は、
薄い長方形の断面形状を有する細長い部材であって、ワイヤーは通常このような断面形状は有していないから、まず、この点で訂正後の請求項1の発明と審判甲第2,3号証の発明とは相違する。また審判甲第2及び3号証の移植体あるいはステントは、そのワイヤ交差部は銀はんだではんだ付けされているとするのが相当であり、これに対して訂正後の請求項1の管状部材の壁表面においては、エッチングにより交差する細長い部材間に開口が形成されているのであるから、銀はんだ等は使われておらず、その壁表面には突出部分がなく、この点でも異なる。
したがって、訂正後の請求項1の発明における管腔内脈管移植体又はプロテーゼを構成する管状部材は、審判甲第1〜第3号証のいずれにも記載されておらず、訂正後の請求項1の発明はこれら審判甲各号証に記載された発明ではない。
(5)-2 (1)-2の主張について 審判甲第1〜第3号証の記載は上記したとおりであり、訂正後の請求項1の発明における管腔内脈管移植体又はプロテーゼを構成する管状部材は、審判甲第1〜第3号証のいずれにも記載されていない。
審判甲第4号証においては、形状記憶合金から成る円筒形等の形状を有する部材について記載され、該部材は、訂正後の請求項1の管状部材の壁表面と同様な開口を有し、該開口はエッチング等により形成され、さらに、該部材は、伸張可能なものではあるが、該部材は、パイプとパイプの接合及びシーリング手段における打ち込み要素として使用するものであり、審判甲第4号証においては、該部材を管腔内脈管移植片又はプロテーゼとして使用することを示唆する記載は全くなく、また、
該部材の伸張は、形状記憶合金が、加熱により記憶された形状に自立的に復帰することを利用するものであり、伸張された寸法は可変ではない。一方、訂正後の請求項1の管状部材は、管状部材の内側から伸び広げる力を与えることによって伸張するもので、この伸び広げる力の量に依存して管状部材の直径は可変であるから、この点でも相違するものである。
また、審判甲第5号証においては、形状記憶合金を使用したコイル状ステントについて記載があるが、このステントの生体挿入時の形態は単なるワイヤであり、挿入後コイル形状に変形するものであるから、訂正後の請求項1の発明における管状部材の伸張前又は後の形状とは全く相違し、しかも、審判甲第4号証と同様に形状記憶合金を使用するものであるから、変形後のコイルの直径も可変ではない点でも訂正後の請求項1の管状部材とは明確に異なる。
してみると、審判甲第1〜第5号証のいずれにおいても、訂正後請求項1の発明における管腔内脈管移植片又はプロテーゼを構成する管状部材は記載されていない。ただ、審判甲第4号証には、上記したように、訂正後の請求項1の管状部材の壁表面における開口と同様な開口を有する部材が記載されてはいるが、該部材は、
生体とは全く別異の用途であるパイプとパイプの接合及びシーリング手段における打ち込み要素として使用するものであり、また、この部材は伸張後の寸法が可変ではない点で、審判甲第1〜第3号証の管状スリーブ、移植体及びステントとは機能的にも異なるから、審判甲第4号証の部材を、審判甲第1〜第3号証の管状スリーブ、移植体及びステントに代えて用いることは当業者において容易には想到し得ず、さらに審判甲第5号証のステントは、生体挿入時、単なるワイヤー形状であって、生体の所定位置でコイルに変形するのであって、その形状は、審判甲第4号証の部材とは全く異なるものであり、それに加えて、審判甲第4号証においては、審判甲第4号証の部材が生体とは全く別異の用途に用いられるものであるから、これらの点からみれば、審判甲第4号証の部材を、審判甲第5号証のステントに代えて用いることも当業者が容易に想到できないとするほかない。
しかも、特に、訂正後の請求項1の管腔内脈管移植片又はプロテーゼを構成する管状部材の壁表面においては、エッチングにより交差する細長い部材間に開口が形成されているのであるから、その壁表面は突出部分がなく、管腔内脈管移植片又はプロテーゼを脈管内を移動させるとき、組織を傷つけることがないという効果を奏するものである。これに対して、審判甲第1号証の管状スリーブは、上記したように、プロテーゼに管状スリーブが固定された状態において、既に管状スリーブは、
伸張され、突出エッジが既に形成されていることは明らかであり、この状態で脈管内を移動させれば組織を傷つける恐れがあるばかりか、審判甲第1号証には、管状スリーブを脈管内で移動させること自体記載がないものである。また、審判甲第2,3号証の移植体及びステントもワイヤ交差部を銀はんだではんだ付けするものであり、やはり、このはんだによる突出部が形成され、脈管内を移動させるとき、
組織を傷つける恐れがあるものである。さらに、審判甲第4号証においては、上記したように生体内に適用すること自体記載がなく、また審判甲第5号証のステントは、形状記憶合金から成るものであって、訂正後の請求項1の管状部材のように、
伸張した場合の直径を制御できないものであり、脈管内への移植に際し、脈管径の大小に対応できないものである。
したがって、訂正後の請求項1の発明の効果は、審判甲第1〜第5号証には示唆されない顕著な効果を奏するとすべきである。
なお、参考資料2〜4は単に、脈管に対する固定手段を有する伸張可能なステントに関する記載があるだけで、該記載は、訂正後の請求項1の発明における上記した効果を否定するものではない。また、原告は、参考資料5及び7として、本件出願の優先権証明書に添付された米国特許出願明細書及び本件出願に係る公開公報を提示して、本件発明は、訂正後の請求項1の発明においては、管状部材の被覆上に固定手段を設けることを排除していない旨主張しているが、被覆は通常柔軟な部材からなり、この被覆上に固定手段が設けられていても、該固定手段は、審判甲第1〜第3号証のように金属の突出部ではないから、管状部材の脈管移動中組織を傷つけるものではなく、この参考資料5及び7も、訂正後の請求項1の発明における上記効果を否定するものではない。さらに、参考資料6は、訂正後の請求項1の管状部材が、伸張により突出エッジが形成されることを示そうとするものではあるが、
上記したように、訂正後の請求項1の管状部材は、伸張前においては、その壁表面に突出部分がなく、脈管内をその組織を傷つけることなく移動し得るものであり、
該効果は伸張後に奏されるものではないから、この審判甲第6号証も上記した訂正後の請求項1の発明における効果を否定するものではない。
以上のとおりであるから、訂正後の請求項1の発明は、参考資料2〜7を参酌しても審判甲第1〜第5号証に記載された発明から当業者が容易に発明できたものとすることはできない。
(5)-3 (1)-3の主張について 審判甲第6号証に係る先願明細書においては、カテーテルを介して血管等の身体管に挿入される補綴ステントに関し、該補綴ステントは伸張可能であることが記載されているが、該補綴ステントは高分子材料から成る網組フィラメントから成るものであって、訂正後の請求項1の管状部材のように、その壁表面が断面形状が薄い長方形を有す複数の細長い部材で構成されてはおらず、またエッチングにより上記複数の交差する細長い部材間に開口が形成されているものではないから、この審判甲第6号証の補綴ステントは、訂正後の請求項1の管腔内脈管移植片又はプロテーゼとは異なる。
したがって、訂正後の請求項1に記載された発明と審判甲第6号証に記載された発明とはこの点で同一発明とはいえない。
(5)-4 記載不備について 原告は、訂正後の請求項1の記載において、管状部材の壁表面の開口がエッチングによって形成される旨記載されているのに対し、発明の詳細な説明によれば、金網管を用いてもよいものとし、また、開口の形成方法として、薄いバーをはんだ付けや溶接などで固定してもよいとされており、このような記載は請求項1の訂正部分と矛盾し、本件発明の構成が特定できず、また当業者が容易に実施できない旨主張しているが、訂正後の請求項1においては、管状部材の壁表面が、薄いバーから成る複数の交差する細長い部材から成ること、及び該壁表面の開口はエッチングにより開口が形成されることが明示されており、この請求項1の記載によれば、発明の詳細な説明に記載された金網管は明らかに請求項1には含まれず、また、開口の形成方法として薄いバーをはんだ付けあるいは溶接で形成することも包含しないことは明確である。してみれば、上記原告が指摘する発明の詳細な説明の記載により、訂正後の請求項1に記載された発明の構成が特定できないとすることはできず、また同発明を容易に実施し得ないとすることもできない。
また、原告は、参考資料1の記載を挙げ、訂正後の明細書に記載されるレーザーエッチングを用いて開口を形成する場合には、管状部材は、熱硬化により伸張しにくくなるばかりか、無理に伸張すれば、破損してしまい、この点で、訂正後の請求項1の発明は実施不能である旨主張しているが、参考資料1の記載は、どのような対象について、どのような条件でレーザー処理したのか、また、どのような熱影響が生じるのか全く明らかではなく、この記載のみによって、訂正後の請求項1の発明が実施不能であるとすることはできない。
以上のとおりであるから、訂正請求についての原告の上記主張はいずれも採用できず、訂正後の特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明は特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるとするのが相当である。
(5)-5 したがって、訂正請求は、特許法134条2項、並びに同条5項において準用する126条2項及び3項の規定に適合するから(なお、訂正請求については平成5年法が適用される。)、当該訂正は認容できる。
(6) 本件発明を無効にすべきか否かについて 上記のとおり、訂正請求に係る訂正は認容できるものであるから、本件発明の要旨は、訂正された明細書及び図面の記載からみてその特許請求の範囲の請求項1に記載されたとおりの以下のものと認める。
「第1端部及第2端部と該第1端部と該第2端部との間に配置されている壁表面とを有する管状部材を具備し、該壁表面は複数の交差する細長い部材によって形成されており、該細長い部材の少なくとも幾つかは該管状部材の第1端部と第2端部との中間で相互に交差していることと、該交差している細長い部材は複数の薄いバーであり、各バーは均一な薄い長方形の断面形状を有することと、
該管状部材は内腔を有する身体通路内への該管状部材の管腔内送り込みを可能とする第1の直径を有していることと、
かつ該壁表面を形成する複数の交差する細長い部材は、肉薄の壁をエッチングすることによって該交差する細長い部材間に開口を設けることによって形成されたものであり、これにより複数の該交差する細長い部材は相互に一体的に形成されていることと、および 該管状部材は該管状部材の内側から半径方向外方に伸び広げる力をかけられるとき第2の伸張した直径を有し、該第2の直径は可変であり且つ該管状部材に加えられた力の量に依存していることを特徴とする伸張性のある管腔内脈管移植片又はプロテーゼ。」 これに対し、訂正は適法なものであり、また、訂正後の請求項1の発明及び明細書については、原告の無効に関する主張及び記載不備に関する主張は採用できないものであるから、当然、訂正が認容された本件特許について、原告の主張する無効理由によって無効にすることはできない。
(7) したがって、訂正請求に係る訂正は認容でき、また、原告の主張する無効理由によっては本件特許を無効にすることはできない。さらに、他に本件特許を無効にすべき理由を見いだせない。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(要旨認定の誤り) 審決は、訂正後の本件発明の要旨を、特許請求の範囲の請求項1に記載されたものから「有する管状体を」の語を除外して認定し、また、一部句読点を抜かすなどして認定しており、本件発明の要旨の認定に誤りがある。
2 取消事由2(進歩性判断の誤り) (1) 容易推考判断の誤り 審決は「審判甲第4号証の部材を、審判甲第1〜第3号証の管状スリーブ、移植体及びステントに代えて用いることは当業者において容易には想到し得ず」と認定するが、誤りである。
本件発明と審判甲第2、第3号証に開示されているものとの相違点は、壁面を、
本件発明では肉薄の壁を有する管状体をエッチングすることによって形成するのに対し、審判甲第2号証に開示されているものでは交点を銀はんだ付けしたステンレスワイヤーの連続織物によって、また、審判甲第3号証に開示されているものでは交点を銀はんだ付けしたステンレスワイヤーの手編みによって形成している点である。そして、審判甲第4号証に、エッチングにより円筒形部材の表面に開口を形成させる技術が記載されているのであるから、上記相違点は、該技術を適用することにより当業者であれば容易に推考し得るものである。特に、審判甲第4号証にはパイプ接合及びシーリング手段の打ち込みという使用例が記載されているものの、
「従って種々の目的に使用することができることが本発明の特徴である。」(4頁右上欄3〜4行)と記載されるように、一用途に限定されず、広く用途は開示されているのである。
さらに、審判甲第4号証の出願人であるレイケム・コーポレーションは「特開昭60-100956号公報」(審判甲第5号証)の出願人でもあって、審判甲第5号証にはステントが示されており(8頁左上欄15行〜左下欄8行)、また、審判甲第4号証に開示の円筒形部材の材質である形状記憶合金は広く医用器具に用いられ、ステントにも使用されていたのであるから、審判甲第4号証に開示されている技術は、移植片やステントの分野にも十分適用し得るものとして、当業者が審判甲第2、第3号証開示のものに適用するのは何ら困難なことではない。
(2) 効果の誤認 (2)-1 審決は「訂正後の請求項1の管腔内脈管移植片又はプロテーゼを構成する管状部材の壁表面においては、エッチングにより交差する細長い部材間に開口が形成されているのであるから、その壁表面は突出部分がなく、管腔内脈管移植片又はプロテーゼを脈管内を移動させるとき、組織を傷つけることがないという効果を奏するものである。」と認定し、本件発明の作用効果として、「脈管内を移動させるとき管表面に突出部分がないので組織を傷つけることがない」点を認定するが、
誤りである。
すなわち、審決は、上記作用効果はエッチングで管状体の表面に開口を形成させるという加工方法によるものとしているが、この加工方法利用の有無によって突出部分ができたりできなかったりするものではなく、さらにこのような作用効果は、
訂正明細書には記載されておらず、逆に、訂正明細書には「移植片又はプロテーゼ70が配置されているカテーテル83は最初慣用のテフロンさや89に包まれていてもよく、」と記載され(甲第2号証の3の訂正明細書15頁5〜6行及び第3図参照)、この作用効果を否定する使用例が開示されている。また、移植片を管腔内に送り込む場合、カテーテルに移植片を取り付け、その上に保護シースを被せて用いているのであり(審判甲第2、第3号証及び「パルマッツ-シャッツ バルーン-エクスパンダブル ステント」のパンフレット(甲第16号証)参照)、特に、
バルーンからの脱落を防ぐために必ず保護シースを被せるのであって、突起によって傷が生じるような移植片の使い方は一般的には行わず、上記作用効果は、特に必要とするほどでもない程度のものなのである。
したがって、審決は訂正明細書に記載のない作用効果を認定した点で誤っているのみならず、その作用効果の意義についても誤って理解したものである。
(2)-2 被告は、本件発明の作用効果は、特許請求の範囲に特定された「該壁表面を形成する複数の交差する細長い部材は、肉薄の壁を有する管状体をエッチングすることによって該交差する細長い部材間に開口を設けることによって形成されたものであり、これにより複数の該交差する細長い部材は相互に一体的に形成されている」という構成から、必然的に導かれる作用効果であって、当業者が認めることができるものであるとし、さらに、参考資料2(特開平8-332229号公報。
甲第10号証)及び参考資料3(特開平8-336597号公報。甲第11号証)の記載によれば、エッチングによると突出した部分が形成されないという効果のあることは明らかである、と主張する。
しかしながら、エッチングとは、例えば銅板に化学的に銅板材を溶かす液をつけて部分的に溝を付ける技術であって、エッチングでは細孔(pit)が発生し、処理の仕方で表面形状は変わり、凹凸が生じたりもし、エッチング処理をすれば、被処理体の表面が必ず滑らかになるとは技術的にはいうことができず、むしろ凹凸が生じるとするのが一般的な理解である。また、参考資料2には「ステンレス鋼チューブの化学的エッチングとは異なり、平らなシートでは、原料の壁厚と粒子構造は均一となる。さらに、平らなシートでは、エッチング面を制御することができるのに対し、チューブをエッチングするときには、内径に厚い部分、外径に薄い部分が形成される。ステンレス鋼材料の平らなシートから本発明のステントを化学的にエッチングする重要な利点は」(9欄43〜50行)と記載され、被告主張の効果は、管状体では必ずしも得られないものとしており、参考資料3については、被告主張の効果は、ステンレス鋼のような平板材料を化学的にエッチングした場合のものであり、しかもそこにも、被告主張の効果が、参考資料2と同様に、管状体では必ずしも得られないことが記載されている(12欄34〜37行目)。
(2)-3 被告は、本件明細書には保護シースを使用しない使用形態が説明されており、また、同公報の記載から、プロテーゼ又は移植片がさや89(保護シース)に包まれて使用することが使用者が特に望む場合の使用形態であることが分かる、
と主張する。
しかしながら、被告が保護シースを使用しない形態が記載されていると指摘する記載箇所は、身体内に挿入するための装置(カテーテル83)を説明するものであり、そこに記載される移植片又はプロテーゼの使用形態を説明したものではなく、
また、本件発明の出願当時においては保護シースを使用しない例など考えられないのである。
3 取消事由3(明細書記載不備の判断の誤り) 審決は「参考資料1の記載は、どのような対象について、どのような条件でレーザー処理したのか、また、どのような熱影響が生じるのか全く明らかではなく、この記載のみによって、訂正後の請求項1の発明が実施不能であるとすることはできない。」と判断するが、誤りである。
すなわち、レーザーエッチングの場合には、レーザーに当たった付近は熱変性を生じて熱硬化し、外力に対して脆くなってしまうのであり、そのことは「MATERIALS AND PROCESSES IN MANUFACTURING Sixth Edition、719頁」(参考資料1)にもレーザーエッチングの問題として記載されており、少なくともそこの記載からは、金属を対象とするレーザーエッチングでは有害な熱影響が生じることがその課題として把握し得るものである。また、本件発明にいうエッチング処理は、開口枠が細長いバーとなるように穿設するものであるから、普通に考えても、その強度確保は当業者として実施上克服しなければならない課題であって、仮にエッチング処理だけで強度確保が図れるのなら、少なくともその処理条件等を記載すべきものである。それにもかかわらず、訂正明細書には、管状部材の素材だけは記載されているものの、レーザーエッチングの処理条件は一切記載されていない。
してみると、訂正明細書に記載されている事項だけをもって、本件発明を製造し、それを脈管内で使用した場合、熱硬化によってバーが伸張しにくいだけでなく、無理矢理それをバルーン等によって伸張させたとすると、変形の大きいところからバーが折れて破損してしまうことが当然に予想されるものであって、訂正明細書には当業者が容易に実施し得る程度に記載がなされていないものである。
審決取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1に対して 原告は、審決は本件発明の要旨の認定を誤るものである、と主張する。
しかしながら、審決が、本件発明の要旨の認定として「壁表面を形成する複数の交差する細長い部材は、肉薄の壁をエッチングすることによって該交差する細長い部材間に開口を設けることによって形成されたものであり、」と記載したのは、
「壁表面を形成する複数の交差する細長い部材は、肉薄の壁を有する管状体をエッチングすることによって該交差する細長い部材間に開口を設けることによって形成されたものであり、」とすべきところを誤記したにすぎない。
2 取消事由2に対して (1) 容易推考判断の誤りの主張に対して 原告は、審決が審判甲第4号証に開示された技術を審判甲第2、第3号証に開示されたものに組み合わせることはできないと判断したのは誤りであると主張する。
しかしながら、審判甲第2ないし第4号証のいずれにも、本件発明の特徴的構成及びその優れた作用効果は何ら開示されていないから、本件発明は、これら審判甲号証記載の発明から容易に発明することができたものではない。すなわち、審判甲第2、第3号証に開示されたものは、ワイヤーの交差部を銀はんだで固定したものであって、はんだ付けの際に外側表面から鋭く突出する部分が形成される危険性がある。
これに対して、本件発明は、肉薄の壁を有する管状体をエッチングすることによって交差する細長い部材間に開口を設けるもので、エッチングによって、もとの管状体の一部が除去されるのみであり、もとの管状体に他の材料が付加されることはなく、もとの管状体に突出する部分が形成されることはない。このため、本件発明は、収縮した状態で例えば血管内を移動するときに血管の内壁を傷つける危険性がない。さらに、本件発明は、ワイヤが重なっているような部分が存在しないため、
審判甲第2、第3号証開示のものよりも、外側壁の厚さが均一であって血管内を容易に移動させることができる。また、審判甲第4号証に開示された増強された回復力を有する形状記憶金属製手段は、パイプとパイプとを把持接続させるのに使用されるものであって、本件発明における、例えば、血管を修復するステントとは全く異なった分野の技術に関する手段であるから、医療の手術に使用するステントを想到するのは不可能である。
(2) 効果の誤認に対して 原告は、審決は訂正明細書に記載のない作用効果を認定した点で誤っているのみならず、その作用効果の意義についても誤って理解したものである、と主張するが、失当である。
(2)-1 本件発明の作用効果は、特許請求の範囲に特定された構成全体、特に、
「該壁表面を形成する複数の交差する細長い部材は、肉薄の壁を有する管状体をエッチングすることによって該交差する細長い部材間に開口を設けることによって形成されたものであり、これにより複数の該交差する細長い部材は相互に一体的に形成されている」という構成から、必然的に導かれる作用効果であって、当業者が認めることができるものである。
すなわち、エッチングは、例えば、金属を酸によって部分的に腐食させ、所望の形状を得る技術として知られ、また、レーザーエッチング等もある。そして、エッチング処理によると、材料が部分的に徐々に除去されるから、肉薄の壁を有する管状体をエッチングすると、もとの管状体の一部が除去されるのみであり、もとの管状体に他の材料が付加されることはない。さらに、参考資料2(特開平8-332229号公報)には、「エッチング法は、ここで意図した小さな寸法の製品が製造されるときに他の方法の特徴となるバリなどのない開口をシート又はチューブに発生させる。」(9欄28〜30行)と、また、参考資料3(特開平8-336597号公報)には、「ステンレス鋼のような平板材料を化学的にエッチングして本発明のステントを形成するのは、多くの利点がある。たとえば、化学的エッチングは、多数のステントを同じ平板上で同時に化学的にエッチングすることができるので、経済的である。化学的エッチング法では、ギザギザが形成されず、片側のみを電解研磨することによって、ステントの内径の表面仕上げを改良することができる。」(12欄23〜30行)と説明されており、エッチングによると突出した部分が形成されないという効果は、これらの記載からも明らかである。
(2)-2 本件明細書には、保護シースを使用しない使用形態が説明されており(本件特許公報11欄5行〜12欄26行参照)、特に「所望により、それに移植片又はプロテーゼ70が配置されているカテーテル83は最初慣用のテフロンさや89に包まれていてもよく、さや89はプロテーゼ又は移植片70の伸張の前にプロテーゼ又は移植片70から引っ張り離される。」(同12欄21〜26行)と記載されていることから、プロテーゼ又は移植片をさや89(保護シース)に包んで使用することが、使用者が特に望む場合の使用形態であることが分かる。そして、
甲第16号証にステントの使用形態として、保護シールを被せて使用することがあったとしても、本件発明の作用効果を否定することにはならない。
3 取消事由3に対して 原告は、参考資料1の記載を根拠に本件発明が実施不能であると主張している。
しかしながら、そこには具体的な加工条件の記載がなく、参考資料1の記載のみをもって本件発明が実施不能であるとすることはできない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(要旨認定の誤り)について 甲第2号証の3によれば、訂正明細書の特許請求の範囲の項には、
「1.第1端部及び第2端部と、該第1端部と該第2端部との間に配置されている壁表面とを有する管状部材を具備し、該壁表面は複数の交差する細長い部材によって形成されており、該細長い部材の少なくとも幾つかは該管状部材の第1端部と第2端部との中間で相互に交差していること、
該交差している細長い部材は複数の薄いバーであり、各バーは均一な薄い長方形の断面形状を有すること、
該管状部材は内腔を有する身体通路内への該管状部材の管腔内送り込みを可能とする第1の直径を有していること、
かつ該壁表面を形成する複数の交差する細長い部材は、肉薄の壁を有する管状体をエッチングすることによって該交差する細長い部材間に開口を設けることによって形成されたものであり、これにより複数の該交差する細長い部材は相互に一体的に形成されていること、および 該管状部材は該管状部材の内側から半径方向外方に伸び広げる力をかけられるとき第2の伸張した直径を有し、該第2の直径は可変であり且つ該管状部材に加えられた力の量に依存していることを特徴とする伸張性のある管腔内脈管移植片又はプロテーゼ。」 との記載があることが認められる。
したがって、本件発明の要旨の一部としては「壁表面を形成する複数の交差する細長い部材は、肉薄の壁を有する管状体をエッチングすることによって該交差する細長い部材間に開口を設けることによって形成されたものであり、」と認定すべきであるところ、審決は、「壁表面を形成する複数の交差する細長い部材は、肉薄の壁をエッチングすることによって該交差する細長い部材間に開口を設けることによって形成されたものであり、」と認定しており、訂正明細書の特許請求の範囲の記載との間に、原告主張のような字句の相違(「有する管状体を」の語の欠落)がある。
しかしながら審決は、「本件発明の要旨は、訂正された明細書及び図面の記載からみてその特許請求の範囲の請求項1に記載されたとおりの以下のものと認める。」とした上で本件発明の要旨を摘示しているのであり、上記字句の相違は審決の単なる誤記であることが認められるのであって、審決が本件発明の要旨には「有する管状体を」の語が当然含まれているものとして、訂正の可否、原告の主張の当否等につき認定、判断をしていることも明らかであるから、この誤記があることのみをもって、審決の結論に影響があるものと認めることはできない。
取消事由1において原告が他に主張する点を含め、取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(進歩性判断の誤り)について (1) 容易推考判断の誤りについて 原告は、審判甲第4号証に開示された技術を審判甲第2、第3号証に開示されたものと組み合わせることにより本件発明に至ることは可能であると主張するので、
以下検討する。
(1)-1 原告も争っていない審決の理由の要点(5)-1の認定からすると、審判甲第2号証(甲第4号証)には「ステンレスワイヤーの連続織物から成り、ワイヤーの交差部が銀で固定してある、拡張可能な管状ワイヤメッシュから成る管腔内移植体」が記載されていること、審判甲第3号証(甲第5号証)には「ステンレスワイヤーを手で編んだもので、メッシュの交点が低融点銀はんだではんだ付けしてある、拡張可能なワイヤーメッシュ管から成る肝内門脈シャントステント」が記載されていることが認められる。甲第4、第5号証によれば、審判甲第2、第3号証には更に、「直径150μmのワイヤーを6および8mmの移植体に使用し、200μmのワイヤーを10mmの移植体の作成に使用する。」(審判甲第2号証73頁右欄27〜29行、訳文2頁18〜20行)及び「我々は、低倍率の顕微鏡下で0.015mmステンレスワイヤーを手で編んでステントを作成した。」(審判甲第3号証822頁右欄20〜21行、訳文4頁6〜7行)と記載されていることが認められ、審判甲第2号証にはワイヤーの断面形状としての円を示す直径が記載され、また、審判甲第3号証にはワイヤーの断面の大きさを示す「0.015mm」という1つの値が記載され、この値は、断面形状の大きさを表現するのに1つの値で済む直径を示唆するものといえる。したがって、これら審判甲号証記載の管腔内移植体及び肝内門脈シャントステントを構成するメッシュの開口部を囲むワイヤーの断面形状は、円あるいはそれに近いものと推認することができる。
(1)-2 一方、甲第6号証によれば、審判甲第4号証に次の記載のあることが認められる。
「1.発明の名称 増強された回復力を有する形状記憶金属製手段 2.特許請求の範囲 1.内部に多数の穿孔を有する回復可能な形状記憶金属板からなる手段であって、該穿孔の形および/またはパターンによって該形状記憶金属板の回復力が該金属板の平面内で実質的に1方向にかつ該形状記憶金属の固有回復力以上に増強されることを特徴とする回復可能な形状記憶金属板からなる手段。」(1頁左下欄2〜11行)「穿孔はミシンがけ、エッチング、スタンピングなどの方法で形成させることができる。実際の利用に際しては、第1図および第2図に示した板は平面形態で使用することができるし、また、一般的な円筒形態に形成することができる。」(4頁左上欄1〜6行) 甲第17号証によれば、「JIS工業用語大辞典 財団法人日本規格協会 1982年(昭和57年)12月6日発行」に次の記載のあることが認められる。
「エッチング etching 化学的又は電気化学的に品物の表面を溶解しながらあらす方法. エッチング etch,etching 金属又は非金属表面を化学的又は電気化学的に腐食する方法.・・・.」(114頁「エッチング etching」及び「エッチング etch,etching」の項) (1)-3 これらの記載からすると、審判甲第4号証にはエッチングにより形状記憶合金の平板に開口を設ける技術が記載され、またエッチングとは形状記憶合金に限らず金属一般をもその処理対象とするものであることが認められるから、審判甲第4号証には、実質的にエッチングにより金属の平板に開口を設け、開口を囲むバーを有する面状物を形成する技術が記載されており、さらに、該面状物において、
バーは扁平で、バーとバーとが交差する部分はバーと実質的に同じ厚みであるものと認めることができる。
(1)-4 そこで、(1)-2、3で認定した審判甲第4号証に記載の技術を審判甲第2、第3号証記載の発明に適用することができるかについて検討するに、審判甲第2、第3号証記載の発明は、ワイヤーという線条物を織成したり、手で編むことによって面状物を形成し、この形成すること自体が同時に開口を形成するものであるのに対し、(1)-2、3認定の技術は、板という面状物からその一部を取り除くことにより開口を形成し、開口を有する面状物を形成するものであって、審判甲第2、第3号証記載の発明とは、開口を有する面状物を形成する手段として異質の技術である。
しかも、さきに説示したように審判甲第2、第3号証記載の発明は開口を囲むバーであるワイヤーの断面が円あるいはそれに近いものであるし、さらに、バーとバーとが交差する部分は、織成された場合は面状物の面に対して垂直の方向にバーが重なることにより、また、編まれた場合はバーにより結び目あるいは係合部が形成されるため、バーに比較して厚みを生じさせるものであるのに対し、上記技術は、
扁平なバーが形成されるもので、また、バーとバーとが交差する部分とバーとの間にに厚み上の差を生じさせないものであるなど、審判甲第2、第3号証記載の発明とは、得られる面状物の構造に大きな差がある。
そうすると、原告が主張するように審判甲第5号証に形状記憶合金がコイル状ステントに使用されていることが示されているのを考慮しても、上記審判甲第4号証記載の技術を審判甲第2、第3号証記載の発明に適用することは、当業者にとっても思いつきにくいものと認めるべきであって、容易に想到することができるものとは認められない。すなわち、審判甲第4号証に開示された技術を審判甲第2、第3号証に開示されたものと組み合わせることにより本件発明に至ることは容易に想到することができなかったものというべきであり、この点において容易推考判断の誤りをいう取消事由1は既に理由がない。
(2) 効果の誤認について 審決は「本件訂正後の請求項1の管腔内脈管移植片又はプロテーゼを構成する管状部材の壁表面においては、エッチングにより交差する細長い部材間に開口が形成されているのであるから、その壁表面は突出部分がなく、管腔内脈管移植片又はプロテーゼを脈管内を移動させるとき、組織を傷つけることがないという効果を奏するものである。」と認定する。
(2)-1 乙第2号証によれば、「最新LSIプロセス技術;表紙、273〜300頁、奥付;1984年4月25日、株式会社工業調査会発行」に以下の記載のあることが認められる。
「9.1 概要 ・・・図2.9.1はエッチングプロセスの概略を示したものである。・・・エッチングプロセスには、化学薬品によるウェット方式と、ガスを利用したドライ方式とがあり、いずれも化学反応の応用が基本となっている。」(273頁3行〜274頁3行)「ウェットエッチング法は材料を化学薬品によって溶解させるものであり、ごく一般的な方法である。」(280頁3〜4行)「ドライエッチング法は、被加工材料の上にガスを供給し、反応を起こさせて蒸気圧の高い物質、あるいは揮発性の物質を生成させることによりエッチングを行なわせる方法である。」(283頁3〜4行) (2)-2 これらの記載によれば、ウエットエッチング法及びドライエッチング法は、化学薬品によって物質を溶解させたり、供給したガスと反応させて蒸気圧の高い物質や揮発性の物質を生成させることにより、上記物質を除去することであると認められる。そして、「JIS工業用語大辞典 財団法人日本規格協会」の前記記載内容からすると、一般に、エッチングとは被加工物からそれを構成する物質を化学的又は電気化学的に除去する加工法であることが認められ、さらに、甲第2号証の3によれば、本件発明の訂正明細書にはその発明の詳細な説明に「交差するバー78と79間の開口82は慣用のエッチングプロセス、例えば電気機械的又はレーザーエッチングにより形成され、」(13頁1〜3行)と記載されていることが認められるのであって、本件発明の訂正明細書において、化学的又は電気化学的なもののみならず、電気機械的又はレーザーエッチングによるものも例としている。したがって、本件発明においてエッチングとは、被加工物からそれを構成する物質を除去する加工法であると理解すべきである。
(2)-3 一方、本件発明は、「壁表面を形成する複数の交差する細長い部材は、
肉薄の壁を有する管状体をエッチングすることによって該交差する細長い部材間に開口を設けることによって形成されたものであり、」を要旨の一部とするものの、
エッチングの被対象物である肉薄の壁を有する管状体について、その壁表面の形状や材質、開口する際のエッチングの仕様などが規定されているわけではない。例えば、エッチングを施す前の管状体の表面に、そもそも、突出部分があるような場合、エッチング処理を施したからといって、物の発明に係る本件発明に突出部分がないことにはならないのである。
してみると、被加工物からそれを構成する物質を除去する加工法であるエッチングにより交差する細長い部材間に開口を設けているからといって、必ずしも、その壁表面に突出部分がないということはできない。
(2)-4 本件発明は壁表面に突出部分が存在するか否かをその要旨としていないものであるに対し、審判甲第2、第3号証記載の発明においては、さきに説示したように、ワイヤーであるバーとバーとが交差する部分はバーに比較して厚みを有するものであって、必然的に壁表面に突出部分が存在しているので、本件発明は審判甲第2、第3号証記載の発明からは想起することのできない効果を奏する場合のあることは当然予測されるが、本件発明は、壁表面に突出部分が存在していないことをその構成としているとはいえないから、突出部分が存在していないことを根拠とした効果を必然的に奏するものと認めることはできない。
しかしその点はさておいても、さきに説示したように、審判甲第4号証記載の技術を審判甲第2、第3号証記載の発明へ適用することは、当業者にとって思いつきにくいものといわざるを得ない以上、本件発明の構成自体容易に想到し得るものということはできないから、上記効果が突出部分の存しないことから必然的に認められないからといって、本件発明が、審判甲第4号証記載の技術を審判甲第2、第3号証記載の発明へ適用することにより容易に想到することができたものと認めることはできない。
(3) 以上のとおりであり、取消事由2も理由がない。
3 取消事由3(明細書記載不備の判断の誤り)について 原告は、参考資料1を引用し、金属を対象とするレーザーエッチングによって本件発明を実施する場合、有害な熱影響が生じるから、本件発明の使用において、熱硬化によってバーが伸張しにくいだけでなく、無理矢理それをバルーン等によって伸張させたとすると、変形の大きいところからバーが折れて破損してしまうことが当然に予想されるので、訂正明細書には当業者が容易に実施することができる程度には記載がなされていない、と主張するので検討する。
(1) 本件発明の訂正明細書には、審決が認定したように、本件発明の実施例として、金属を対象とするレーザーエッチングによって実施される例が記載されていることは、甲第2号証の3から明らかである。そして、甲第9号証によれば、参考資料1に「これは、多量の金属を除去するプロセスというものではない。穴の形状は不規則であり、そこには再溶融された層が形成され、材質に有害な熱影響ゾーンが形成されてしまう。」(719頁2〜4行、訳文1頁8〜10行)との記載のあることが認められ、また、ここに記載の事項が、レーザーエッチングに係るものであることは明らかである。
この記載によれば、金属にレーザーエッチングを施して穴を開けると材質に有害な熱影響ゾーンが形成されることがあるものと認められるところである。
(2) しかしながら、甲第9号証によれば、参考資料1には、いかなる金属に対してレーザー照射強度などいかなる条件でレーザーエッチングを施すと、どの程度にいかなる意味で有害な熱影響ゾーンが形成するのかといった具体的内容については記載されていないこと、一方、参考資料1の記載から、レーザーエッチングによって金属に開口を設けることができることは明らかに認められ、本件発明を、金属を対象とするレーザーエッチングによって実施する場合、レーザーエッチングを施す対象である管状体の材質や大きさ、設けられる開口の大きさ、開口を設けることによって形成される細長い部材の大きさ、更には、レーザー照射条件など、レーザーエッチングによる処理の態様は適宜に設定し得るものと認められる。
してみると、上記態様を適宜に設定することにより、上記熱影響ゾーンの形成を制御し、管腔内脈管移植片又はプロテーゼとしての使用に耐え得るように本件発明を実施することは当業者であれば格別困難なこととはいえず、上述したような具体的内容を明らかにしない参考資料1の記載をもって、本件発明を容易に実施し得ないとすることはできない。
(3) したがって、審決が、「参考資料1の記載は、どのような対象について、どのような条件でレーザー処理したのか、また、どのような熱影響が生じるのか全く明らかではなく、この記載のみによって、本件訂正後の請求項1の発明が実施不能であるとすることはできない。」と判断したのに誤りはない。
結論
以上のとおりであって原告主張の審決取消事由は理由がないので、本訴請求は棄却されるべきである。
(平成13年2月15日口頭弁論終結)
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 塩月秀平
裁判官 橋本英史