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関連審決 審判1995-21469
関連ワード 技術的思想 /  新規性 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明の詳細な説明 /  警告 /  実施 /  加工 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 51号 審決取消請求事件
原告 日本電子工業株式会社代表者代表取締役 【A】
訴訟代理人弁理士 吉田稔
同 田中達也
同 福元義和
被告 特許庁長官【B】
指定代理人 【C】
同 【D】
同 【E】
同 【F】
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成7年審判第21469号事件について平成10年12月28日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、平成4年8月27日、発明の名称を「車両のアンチロックブレーキ装置の制御システム」とする発明について特許出願をしたものの、平成7年9月5日に拒絶査定を受けたので、同年10月4日、これに対する不服の審判の請求をした。特許庁は、これを平成7年審判第21469号事件として審理した結果、平成10年12月28日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、平成11年1月25日、その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(別紙図面(1)参照) (請求項1) 「路面摩擦力もしくは路面摩擦係数などの応力検知センサ、コントローラー、
アクチュエータから構成された制御ユニットを各車輪毎に夫々設置し、各車輪の路面摩擦力もしくは路面摩擦係数などの応力を独立して検知し、夫々の検知信号に対応して各車輪が夫々各別に制動されるようにしたことを特徴とする車両のアンチロックブレーキ装置の制御システム。」 (請求項2) 「上記各制御ユニットの制御油圧源として、フットブレーキのマスターシリンダから油圧が供給されていることを特徴とする請求項1に記載の車両のアンチロックブレーキ装置の制御システム。」 (請求項3) 「上記各制御ユニットの制御油圧源を各車輪もしくは複数車輪毎に夫々独立して装備し、各制御油圧源は高圧制御油圧発生手段、保持貯蔵手段及びリバースシステムを具備することにより、上記各車輪もしくは複数車輪毎の制御が独立して行なわれるようにしたことを特徴とする請求項1に記載の車両のアンチロックブレーキ装置の制御システム。」 (請求項4) 「上記制御油圧源は、補助手段としてフットブレーキのマスターシリンダから油圧が供給されることを特徴とする請求項3に記載の車両のアンチロックブレーキ装置の制御システム。」 (請求項5) 「上記制御ユニットは、緊急ブレーキの作動もしくはその信号を受けて作動開始し、各制御ユニットのそれぞれの作動はコントロール装置で管理制御されることを特徴とする請求項1乃至4の何れかに記載の車両のアンチロックブレーキ装置の制御システム。」 3 審決の理由 審決の理由は、別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに、原査定が拒絶理由で示したとおり、本願発明は、平成6年12月14日法律第116号による改正前の特許法36条4項(以下、単に「特許法36条4項」という。)に規定する要件を満たしていない、とするものである。
なお、原査定の拒絶の理由は、次のとおりである。
@ 発明の詳細な説明の第2段において、「大型車両にあっては全長が長いためブレーキ圧の配管路が著しく長くな」る点が問題点として挙げられているが、本願発明もマスタシリンダからブレーキまで長い配管を必要としている。結局、課題は解決されたのかどうか不明瞭である(審決書3頁6行〜11行参照。拒絶理由(1))。
A 発明の詳細な説明の第15段によれば、各車輪のアンチロック制御は、各車輪に設けられた路面摩擦力検出センサにのみ基づいているものと解される。路面摩擦力が低くてもスリップしていなければアンチロック制御をする必要はないが、
本願では車輪速やスリップ率は検知していない。本願のような構成の下で、いかにして車輪のロックを判断し、アンチロック制御を行っているのか不明瞭であり、発明を正確に理解できない(審決書3頁12行〜4頁4行参照。拒絶理由(2))。
B 同段には、「アクチュエーターの駆動源としては、油圧ポンプを採用している」旨の記載があるが、アクチュエータの他の構成が不明瞭であるため、アクチュエータの作用が理解できない(審決書4頁5行〜9行参照。拒絶理由(3))。
C 発明の詳細な説明の第21段における「高圧制御油圧手段」とはポンプのことか、また「保持貯蔵手段及びリバースシステム」とはどのような作用を持つのか不明瞭であり、発明を正確に理解できない(審決書4頁10行〜14行参照。拒絶理由(4))。
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、T(経緯)及びU(原査定の拒絶の理由)は認める。V(判断)は争う(ただし、一部認めるところがある。)。W(結論)は争う。
1 取消事由1(拒絶理由(2)に係る特許法36条4項違背の判断の誤り) (1) 審決は、「アンチロックブレーキ装置は、走行中の制動による車輸のスリップを回避するための装置であり、車輪のスリップ等を検知し、ブレーキの液圧を調整してアンチロック制御を行っているが、本願の請求項1に記載の発明は、・・・車輪速やスリップ率は検知していない。」(審決書6頁12行〜7頁7行)、「本願明細書では、1車輸の応力検知センサの検知信号から、スリップ率等の車輪のスリップに関係する値を如何にして計算し、如何にして車輪のロックを判断し、如何にしてアンチロック制御を行っているのかが記載されていない。したがって、本願のような構成のもとで、如何にしてアンチロック制御を行っているのか本願明細書をみても不明瞭であり、当業者が容易に発明実施できる程度に明細書が記載されているとは認められない。」(7頁8行〜8頁1行)との理解の下に、
平成5年3月3日付け手続補正書によって補正された明細書(以下「本願明細書」という。)の発明の詳細な説明における実施例をみても、請求項1に係る発明(以下「本願発明1」という。)のような構成の下で、いかにして車輪のロックを判断し、アンチロック制御を行っているのか不明瞭であり、発明を正確に理解することができないと判断した。しかし、審決の上記判断は、前提において既に基本的な誤りを犯すものである。
そもそも、本願発明1は、路面摩擦係数あるいは路面摩擦力そのものを用いてアンチロック制御を行うものであり、したがって、そこでは、車輪速やスリップ率を検知することもなく、スリップ率等の車輪のスリップに関係する値を計算することもないのである。
本願発明1は、「他の車輪の検出値を考慮することもなく」、各輪ごとにアンチロック制御を適用すれば、各輪ごとに夫々最大の制動力が得られ、最適のアンチロック制御を実現できることを見出した点にその意義があるのであり、したがって、本来、アンチロック制御の具体的手法は、周知の手法のうちのいずれを採用してもよいものであるから、アンチロック制御の具体的手法が記載されていないのである。そして、上記周知の手法として、審決の考えている、車輪速やスリップ率を検知して行うもの以外にも、路面摩擦係数あるいは路面摩擦力を用いたものが存在することは、明らかなのである。
結局、審決は、市販の自動車に一般的に搭載されているアンチロックブレーキ装置に採用されているアンチロック制御のみを考慮の対象として考えていたところに誤りがあり、上記判断は、前提において既に誤っている。
(2) 被告は、アンチロック制御の内容、すなわち、制御ユニットにおける応力検知センサからの路面摩擦力もしくは路面摩擦係数などの応力の検知信号をどのように処理し、どのような制御フローに基づいて、制御ユニットにおけるコントローラー、アクチュエータあるいは油圧源等をどのように作動させるのかについて、本願明細書及び本願の願書に添付された図面(以下「本願図面」という。)には全く開示されておらず、当業者が容易に実施できる程度にアンチロック制御する手段がこれらに記載されているとはいえない旨主張する。
しかしながら、甲第5号証(特開昭50-79688号公報)、甲第6号証(特開昭62-77270号公報)、甲第7号証(特開平3-220056号公報)の各記載によれば、スリップ率と路面摩擦係数との間には所定の関係が存在し、この関係は乾燥路面であるとか濡れた路面であるとかの路面状況に応じて変化はするけれども、常に路面摩擦係数がピーク値付近になるようにブレーキ圧を制御することにより、路面状況に係わらず常に最大の制動力を維持できるということを理解することができ、したがって、路面摩擦係数あるいは路面摩擦力を検出することによって、路面状況に係わらず最適なアンチロック制御を行い得るのである。
そして、本願明細書及び本願図面(以下、両者を併せて「本願明細書等」ということがある。)に、甲第5号証ないし甲第8号証に記載されたような周知のアンチロック制御の具体的手法を記載しなければならない特別な事情は何ら存在しない。アンチロック制御の方法としては、三系統制御方式、二系統制御方式、前後輪各同時制御方式などが存在しており、複数のセンサからの信号をどのようにして統合するかは、各制御方式に応じて適宜決定されることであり、甲第5号証ないし甲第8号証に開示されているアンチロック制御の具体的手法を本願発明にそのまま採用できることは自明である。
上述のとおり、もともと、本願発明の本質的かつ特徴的な技術的思想は、
「各車輪を夫々各別に制動する」という点にあるのであるから、「路面摩擦力もしくは路面摩擦係数を用いた具体的な車輪の制動方法」は本発明の特徴部分ではなく、周知の具体的方法のうちのいずれを採用するかは少しも重要なことではないのである。
(3) アンチロック制御の基本原理は、車輪速センサを用いたアンチロック制御の場合も、路面摩擦係数あるいは路面摩擦力を用いたアンチロック制御の場合も、
基本的に同じであり、いずれも、センサからの信号をコントローラ(コンピュータ)で処理するためのプログラムが相違するだけであって、コントローラによって制御されるアクチュエータの動作は全く同じである。
甲第9号証(株式会社中日社昭和62年10月2日発行「カーエレクトロニクスサブシステム」199頁左欄30行〜同右欄14行)には、車輪速センサを用いてアンチロック制御を行うタイプのアンチロックブレーキ装置が記載されており、その基本構成として、アクチュエータとコンピュータ(本願発明のコントローラに相当する。)と車輪速度センサとが挙げられている。そして、アンチロック制御においては、運転手によりブレーキペダルが踏み込まれた後、コンピュータにより、ブレーキ圧の「減圧」、「保持」、「増圧」という一連の制御が繰り返されて、車輪をロックさせることなく車両を停止させるのである。アンチロック制御におけるアクチュエータが、一般に、三位置ソレノイドバルブと、リザーバと、ポンプとを備え、コントローラ(コンピュータ)からの指令を受けてホイルシリンダの「減圧」、「保持」、「増圧」を制御するものであることは周知の事実である。
したがって、本願明細書の「各アクチュエーターAは各車輪毎の応力の検出状況に応じて各コントローラCからの駆動指令を受けてブレーキ液圧を夫々各別に調整し、」(第16段4行〜6行)との記載から、本願発明におけるアクチュエータが上記周知のアクチュエータであることは自明であり、殊更にアクチュエータの構成を明細書および図面中に記載する必要はないのである。さらには、アクチュエータと、コントローラ、マスタシリンダ及びホイルシリンダとの関連動作などについても、上記周知のアクチュエータの場合と同様であり、これらを明細書および図面中で詳述する必要はないのである。
2 取消事由2(拒絶理由(1)、(3)、(4)に係る特許法36条4項違背の判断の誤り) (1) 審決は、拒絶理由(1)がいまだ解消されていないと判断したが、この判断は誤っている。
本願発明は、本願明細書の記載から明らかなとおり、「各車輪のホイルシリンダとアクチュエーターとを結ぶ配管」の長短を問題にしているものである。アクチュエータを車輪近傍に配設したことによる効果として、アクチュエータと車輪のホイルシリンダとを結ぶ配管を短くでき、その結果として、コントローラからの駆動指令との時間差のない精度の高いブレーキ制御を行わせることができるという効果を奏するものである。
すなわち、アンチロック制御の作動状態になると、コントローラからの駆動指令に応じて、マスタシリンダからではなくポンプからアクチュエータに油圧が供給され、これによりアクチュエータから車輪のホイルシリンダにブレーキ圧が供給されるので、アクチュエータと車輪のホイルシリンダとを結ぶ配管が短ければ、
ブレーキ圧の流動損失や時間遅れが減少し、コントローラからの駆動指令との時間差のない精度の高いブレーキ制御を行わせることができるのである。
また、アンチロック制御の動作においては、アンチロック制御の開始時点ではマスターシリンダからの圧油が既にアクチュエータを介してホイルシリンダに供給されていることから、アクチュエータとホイルシリンダとの間の配管長さのみが制御の応答時間に影響を及ぼし、マスターシリンダとアクチュエータとの間の配管長さは制御の応答時間に影響を及ぼすことはない。
(2) 審決は、拒絶理由(3)がいまだ解消されていないと判断したが、この判断も誤っている。
本願明細書の記載(6頁8行〜6頁11行)によれば、アクチュエータAが車輪のホイルシリンダにブレーキ圧を供給するという作用を有することは明らかである。このように、アンチロックブレーキ装置において、アンチロック制御の作動時に、油圧ポンプを駆動源とするアクチェータによって車輪のホイルシリンダにブレーキ圧を供給すること、および車輪のホイルシリンダがブレーキ圧を機械的な力に変換して車輪の制動力を発生させることは、当業者にとって常識的な技術事項である。
したがって、審決が、アクチュエータの他の構成が不明瞭であるため、アクチュエータの作用が理解できない、とするのは失当である。
(3) 審決は、拒絶理由(4)がいまだ解消されていないと判断したが、この判断も誤っている。
本願明細書には、「上記した実施例では、各制御ユニットUの各アクチュエーターAにはフットブレーキのマスターシリンダMPから油送管30を介して油圧が供給される構成となっており、油送管30の配管が面倒であるが、図4に示すように各制御ユニットUに高圧制御油圧手段と保持貯蔵手段及びリバースシステムとを具備した制御油圧源Sを夫々附設することにより、油送配管が不要となり、独自の制御油圧源を具備するアンチロックブレーキ装置を各車輪毎もしくは複数車輪毎に独立して具備することができる。」(第21段1行〜7行)と記載されており、本願図面の図4の制御油圧源Sが図1のマスターシリンダMPの代わりにアクチュエータAに圧油を供給するものであることは明白である。そして、このようにアクチュエータに圧油を供給する制御油圧源の最も基本的な構成は、ブレーキ油を貯留するタンクと、タンクのブレーキ油を電磁弁を介してアクチュエーターに供給するポンプと、アクチュエーターからのブレーキ油を電磁弁を介してタンクに戻す戻し油路とからなるものであって、当業者であれば、制御油圧源Sを構成する高圧制御油圧手段がポンプおよび電磁弁に相当し、保持貯蔵手段がタンクに相当し、リバースシステムが戻し油路に相当するということが、容易に理解できるのである。
(4) 被告は、原告が準備書面において述べている技術事項は、本願明細書に記載されていない旨主張するけれども、これらの技術的事項は、すべて周知の技術的事項であって、当業者であれば、本願明細書の記載から容易に理解できる範囲の事項である。そうである以上、本願明細書において、制御ユニットのアクチュエータや制御油圧源の構造、配置や機能が当業者が容易に実施できる程度に開示されていることは、明らかというべきである。
被告の反論の要点
審決の認定判断は、いずれも正当であり、審決には、これを取り消すべき理由がない。
1 取消事由1(拒絶理由(2)に係る特許法36条4項違背の判断の誤り)について (1) まず、特許法36条4項において、当業者が容易に発明実施をすることができる程度に発明の詳細な説明に発明の目的、構成及び効果を記載しなければならないとされていることの意味を、本願発明の場合でいえば、アンチロックブレーキ装置の制御システムという物に係る各発明が、容易に実施できるように、その構成、機能等が具体的に記載されていることが必要であり、また、コントローラー及び制御を構成事項とする以上、その具体的制御の内容が記載されていることが必要である、ということである。
(2) 甲第5号証ないし甲第8号証は、各種の具体的手法を用いてアンチロック制御しているものの、本願発明のアンチロック制御のように、各車輪毎に設けられたコントローラーにより各車輪を夫々独立に制御する場合のアンチロック制御について開示するものではない。まして、そのような各車輪毎に設置された制御ユニットからの路面摩擦力もしくは路面摩擦係数などの応力の検知信号に対応して各制御ユニットのコントローラーが各車輪を夫々独立にアンチロック制御する具体的手法が周知であることを示すものではない。したがって、本願発明におけるような、他の車輪の検出値を考慮することもなく、1車輪の路面摩擦力もしくは路面摩擦係数などの応力のみから各車輪を夫々各別に制動する具体的制御については、原告の提出した証拠からは周知なものとはいえない。
また、本願明細書は、アンチロック制御の内容、すなわち、制御ユニットにおける応力検知センサからの路面摩擦力もしくは路面摩擦係数などの応力の検知信号をどのように処理し、どのような制御フローに基づいて、制御ユニットにおけるコントローラー、アクチュエータあるいは油圧源等をどのように作動させるのかについて、全く開示されておらず、本願明細書及び図面には、当業者が容易に実施できる程度にアンチロック制御する手段が記載されているとはいえない。
(3) 原告は、あたかも、各車輪をそれぞれ各別にアンチロック制御すること自体は周知であるかのような主張をしている。
しかしながら、各車輪をそれぞれ各別にアンチロック制御することが本願発明の主要な特徴点であることから、その制御内容が本願明細書に記載されていなければならず、後になって提出された、しかも本願発明のような各車輪毎に設けられた制御ユニットにより各車輪をそれぞれ各別にアンチロック制御するものでもない甲第5ないし8号証に記載のいずれかの技術をそのまま採用すればよいというのでは、本願明細書の記載に基づいて、当業者が容易に実施できるということにはならないのである。
2 取消事由2(拒絶理由(1)、(3)、(4)に係る特許法36条4項違背の判断の誤り)について (1) 本願明細書の第15段には、アクチュエータの構成、機能については、油圧ポンプにより駆動され、各コントローラーからの駆動指令を受け、各車輪のホイルシリンダにブレーキ圧を供給すること、及び制御ユニットでは応力検知センサ、
コントローラー、アクチュエータが必ずしも一体に組み込まれる構成でなくとも、
各構成部品がそれぞれ最適機能を発揮できる車輪又は車軸近傍に各別に配置され夫々を有機的に連結してユニット化され、車輪の応力検知信号に対応して動作すればよい旨記載されているのみである。一方、同明細書には、アクチュエータがどのような構成を備えたものであって、コントローラーとどのように有機的に連結され、
また、マスターシリンダ又は制御油圧源とはどのように連結されて、コントローラーのどのような指令により、どのような作動をして、ホイルシリンダにどのように調整した圧油を供給し、またその時にマスターシリンダ又は制御油圧源との関連動作はどうなっているのかについて何ら開示していない。
また、アクチュエータとしては、各技術分野において多数の種類の構成、
機能を有するものが存在するけれども、本願発明の場合のように、応力検知センサ、コントローラーとともにユニット化されて各車輪毎に配置されるとともにマスターシリンダ又は制御油圧源に連結されたアクチュエータがどのようなものか、その具体的構成及び機能について本願明細書には記載されていない。
原告は、当業者であれば、高圧制御油圧手段がポンプ及び電磁弁に相当し、保持貯蔵手段がタンクに相当し、リバースシステムが戻し油路に相当するとともに、厳密には電磁弁が高圧制御油圧手段とコントローラーとの双方に属することが理解できる旨主張をするけれども、そのようなことは、本願明細書には何ら記載されていない事項である。
(2) 本願発明のアクチュエータの構成、ひいては本願発明の主要な構成要素であるアクチュエータ等から構成される制御ユニットの構成は、本願明細書に記載されていなくとも自明なものである、ということはできず、したがって、これを容易に実施することができるということもできない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(拒絶理由(2)に係る特許法36条4項違背の判断の誤り)について (1) 審決は、「アンチロックブレーキ装置は、走行中の制動による車輸のスリップを回避するための装置であり、車輪のスリップ等を検知し、ブレーキの液圧を調整してアンチロック制御を行っているが、本願の請求項1に記載の発明は、・・・車輪速やスリップ率は検知していない。」(審決書6頁12行〜7頁7行)、「本願明細書では、1車輸の応力検知センサの検知信号から、スリップ率等の車輪のスリップに関係する値を如何にして計算し、如何にして車輪のロックを判断し、如何にしてアンチロック制御を行っているのかが記載されていない。したがって、本願のような構成のもとで、如何にしてアンチロック制御を行っているのか本願明細書をみても不明瞭であり、当業者が容易に発明実施できる程度に明細書が記載されているとは認められない。」(7頁8行〜8頁1行)との理解の下に、
本願明細書の発明の詳細な説明における実施例をみても、本願発明1のような構成の下で、いかにして車輪のロックを判断し、アンチロック制御を行っているのか不明瞭であり、発明を正確に理解できない(6頁7行〜11行)、としている。
本願発明に係るアンチロックブレーキ装置の制御システムが、「路面摩擦力もしくは路面摩擦係数などの応力検知センサ、コントローラー、アクチュエータから構成された制御ユニットを各車輪毎に夫々設置し、各車輪の路面摩擦力もしくは路面摩擦係数などの応力を独立して検知し、夫々の検知信号に対応して各車輪が夫々各別に制動される」というものであることは、特許請求の範囲の記載から明らかである。そして、上記記載によれば、本願発明においては、車輪の路面摩擦力もしくは路面摩擦係数などの応力を検知し、検知信号に対応して車輪が制動されるという構成によってアンチロック制御を行っているのであり、審決の前提としている、スリップ率を計算することにより車輪のスリップ等を検知し、ブレーキの液圧を調整するという方式のアンチロック制御ではないことが明らかである。
なお、本願発明のアンチロック制御において、審決のいう「車輪のロック」の判断が要件となっていないことも、特許請求の範囲の記載から明らかである。
そして、このことは、本願明細書の発明の詳細な説明の記載(例えば甲第2号証の第14段〜第16段参照)からも明らかであり、また、後記(2)(ロ)の認定に照らせば、従来技術においても、本願発明のような路面摩擦力もしくは路面摩擦係数などの応力を検知してなすアンチロック制御の方式の場合には、スリップ率を計算することにより車輪のスリップ等を検知する必要はない。
審決は、本願発明のような路面摩擦力もしくは路面摩擦係数などの応力を検知してなすアンチロック制御の方式においても、スリップ率を計算することにより車輪のスリップ等を検知する必要がある、との誤った認識に立って後の判断をしているものであり、判断の前提において既に誤っているといわざるを得ない。
(2) 被告は、アンチロックブレーキ装置の制御システムという物に係る各発明が、容易に実施できるように、その構成、機能等が具体的に記載されていることが必要であり、また、コントローラー及び制御を構成事項とする以上、その具体的制御の内容が記載されていることが必要である旨主張するが、同主張は失当である。
その理由は、次のとおりである。
(イ) 甲第2号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「従来のアンチロックブレーキ装置は、単1のコントローラーで四輪を三系統もしくは二系統のブレーキ圧制御で同時に行なう方式であるため、各車輪のホイルシリンダとアクチュエーターとを結ぶ経路に長い配管を必要とし、とくにトレラーや大型バスなどの大型車両にあっては全長が長いためブレーキ圧の配管路が著しく長くなり、そのためアクチュエーターが駆動指令を受けてから各車輪のホイルシリンダにブレーキ圧が供給されるまで時間を要すると共にブレーキ圧の流動損失が生じ易く、精密なブレーキ制御が得られ難く、安全性の高いアンチロックブレーキ装置であるとは言えなかった。」(第2段15行〜22行)、「従来の上記のような問題点に鑑み本発明は、前後・左右車輪が夫々独立してアンチロックブレーキが作動するようにして、精度の高いブレーキ制御が得られる車両のアンチロックブレーキ装置の制御システムを提供することを目的としている。」(第3段)との記載があることが認められる。上記各記載によれば、本願発明1が目的とするところは、前後・左右車輪に設置されたアンチロックブレーキがそれぞれ独立して作動するようにしたところにあるのであって、個々のアンチロックブレーキの制御の内容に何か特徴があるわけではないことが明らかである。
したがって、本願明細書にいう、路面摩擦力もしくは路面摩擦係数などの応力検知センサ、コントローラー、アクチュエータから構成されるアンチロックブレーキがいかなるものかを当業者が理解することができれば、発明を容易に実施することを可能にするものとして、必要にして十分であるということになる。
(ロ) 甲第9号証によれば、株式会社中日社昭和62年10月2日発行「カーエレクトロニクスサブシステム」には、「アンチロック装置は、1969年にフォード車に量産車としては最初の後二輪制御方式のものが採用されて以来、一部の米国、日本の高級乗用車を主体に装備された」(194頁左欄2行〜5行)、「アンチロック装置の作動は制動性能と操舵安定性を確保するために、車輪に加わるブレーキ力を調整してタイヤ特性を有効に活用することである。」(同頁左欄20行〜右欄1行)、「四輪アンチロック装置は・・・ブレーキ油圧制御により急制動中のコーナリングフォースが十分大きく、かつ摩擦係数も十分大きい値にスリップ率をコントロールしようとするものである。」(196頁左欄3行〜7行)、「アンチロック装置は一般に次の3つの部分から構成されている(図5)。@ アクチュエータ コンピュータからの指令を受けて、各ホイールシリンダヘの油圧をゆるめたりかけたりして車輪の回転状態を制御する。A コンピュータ 車輪速度センサ信号をデジタル演算処理し、アクチュエータに制御指令を出す制御回路とシステム故障時には警告灯・・・を点灯させる回路から構成されている。B 車輪速度センサ 前輪に各1個、後輪に各1個、計4個(後輪には駆動系に1個の場合もある)設置され各車輪の回転速度を常時検出し、コンピュータに伝達する。」(199頁左欄31行〜右欄12行)との記載があることが認められる。
甲第5号証によれば、特開昭50-79688号公報には、「自動車等のスキッドを防止するアンチスキッド装置において、ブレーキ作動時に路面とタイヤ間、ブレーキシューとライニング間の摩擦力に基因して発生する歪を検出する検出部を有し、この歪に応答して得る信号を制御要因として導入してアンチスキッド制御することを特徴とするアンチスキッド装置。」(特許請求の範囲)、「そこで本発明は、ブレーキ作動時における路面と車輪間に生ずる摩擦力に起因して発生する歪の変化を等価的にμの変化として把握できることに着目してなしたもので、制動時に発生する歪を検出して、これをアンチスキッド装置の入力要因として利用していることを特徴としており、このような歪が、ブレーキ特性、荷重、路面、タイヤー等の諸条件にも応答するために、これら諸条件を加味した最大効率のアンチスキッド制御が可能となる。」(2頁左下欄16行〜右下欄5行)、「ここで、この歪電圧を制御要因としたアンチスキッド装置は種々考えられるが、一実施例について説明する。上記・・・歪電圧を微分回路Dにて微分して微分出力を得、これをコンバレータCに導入して基準電圧E1と比較し、歪電圧が基準電圧E1より小さくなると減圧信号が得られる。この減圧信号によって油圧制御部・・・はブレーキ圧力を減少するよう働く。なお、歪電圧が基準電圧E1より大きくなると減圧信号が得られず、油圧制御部はブレーキ圧力を増加するよう働く。」(3頁左上欄18行〜右上欄9行)との記載があることが認められる。
甲第6号証によれば、特開昭62-77270号公報には、「車輪と車体との間に設けられ、車輪と地面との間の坑力を検出するセンサーと、車輪を制動するブレーキ手段と、スリップ率が増大するにつれて坑力が増大する範囲で、かつ坑力の最大値付近で制動力を発生させるように、ブレーキ手段を制御する手段とを含むことを特徴とする自動車用アンチスキッド制御装置」(特許請求の範囲)、
「本発明の目的は、地面と車輪との摩擦係数が最大値付近である範囲で、制動を行うことができるようにした自動車用アンチスキッド制御装置を提供することである。」(1頁右下欄10行〜13行)、「スリップ率が増大したときには、スリップ率が減少するようにホイルシリンダ2の油圧が低減され、車輪1のロックが避けられる。」(3頁右上欄4行〜7行)との記載があることが認められる。
(ハ) 以上によれば、アンチロックブレーキ装置は、1969年(昭和44年)には実用化されていた技術であり、審決のいうスリップ率を計算することによるアンチロック制御とともに、路面摩擦力をセンサーにより検知し、制御部(コントローラー)、作動部(アクチュエータ)によって車輪に加わるブレーキ力を調整して自動車等の制動性能と操舵安定性を確保しようとするアンチロックブレーキも、本願出願前に、既に周知の技術となっていたものというべきである。
(ニ) 結局、本願発明1に係る特許請求の範囲のうち、「路面摩擦力もしくは路面摩擦係数などの応力検知センサ、コントローラー、アクチュエータから構成された制御ユニット」を車輪その他の場所に設置し、「車輪の路面摩擦力もしくは路面摩擦係数などの応力を独立して検知し、夫々の検知信号に対応して各車輪が夫々各別に制動される」ようにするという車両のアンチロックブレーキ装置の制御システムは、本願出願時に周知の技術事項であったものであり、本願発明1は、このような周知の技術を利用し、上記制御ユニットを「各車輪毎に夫々設置し」たというところにのみ特徴があるものである、というべきである。
(ホ) そうすると、本願発明において、アンチロックブレーキ装置の制御システムの構成、機能等が具体的に記載されることも、また、コントローラー等の具体的制御の内容が記載されることも直ちに必要不可欠の記載事項であるとまではいえないものというべきである。これらの事項を必要不可欠のものとする被告の主張は、失当というほかない。
被告は、種々主張するが、前述してきたところに照らせば、採用できないことが明らかというべきである。
2 取消事由2(拒絶理由(1)、(3)、(4)に係る特許法36条4項違背の判断の誤り)について (1) 前述したとおり、本願発明1は、周知の技術となっている車両のアンチロックブレーキ装置の制御システムを利用し、前記制御ユニットを「各車輪毎に夫々設置し」たというところにのみ特徴があるものと認められるものである。そうすると、本願発明のアンチロックブレーキ装置の課題の解決、具体的構成、作用が不明瞭であるとする原査定の拒絶の理由(1)、(3)、(4)について、本願発明の特許性を検討する前提として本願明細書に上記拒絶理由(1)、(3)、(4)にいうような明瞭性が必要なのかどうか疑問なしとしない。結局、審決は、取消事由1で論じたとおり、判断の大前提である本願発明のアンチロックブレーキ装置の理解において既に誤っているのであるから、正しい前提の下で、原査定の拒絶の理由(1)、(3)、(4)についても再度検討し直すのが相当である。
(2) なお、上記のとおり、本願発明は制御ユニットを「各車輪毎に夫々設置し」たというところに特徴があることからすれば、制御ユニットを車輪に設置するという点について、本願明細書には、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に記載されているかどうかが問題となり得る。
(イ) 甲第9号証(株式会社中日社昭和62年10月2日発行「カーエレクトロニクスサブシステム」)には、「アンチロック装置は、1969年にフォード車に量産車としては最初の後二輪制御方式のものが採用されて以来、一部の米国、
日本の高級乗用車を主体に装備された・・・最近、電子制御技術および精密な油圧機器の加工技術の発達により、複雑でかつ繊細なブレーキ制御が可能となり、1978年にベンツに四輪制御方式のABS(Anti Blocker System)が搭載された。四輪制御アンチロック装置は、種々の路面条件で確実な制動性能を発揮するとともに、操舵性の確保により、制動時の障害物回避性能がより高いレベルで得られるようになったことによって、日米欧の主要市場で急速に普及するようになった」(194頁左欄2行〜16行)との記載があることが認められる。
上記認定の諸事実によれば、1969年(昭和44年)には後二輪制御方式のアンチロックブレーキ装置が、1978年(昭和53年)には四輪制御方式のアンチロックブレーキ装置が、それぞれ自動車に搭載されて実用化しており、そのころから我が国の自動車市場において急速に普及するようになっていたことが認められる。
(ロ) また、甲第6号証(特開昭62-77270号公報)には、「地面と車輪との摩擦係数が最大値付近である範囲で、制動を行なうことができるようにした自動車用アンチスキッド制御装置を提供する」(1頁右欄10行〜13行)ことを当該発明の目的とし、その一つの実施態様として、実施例の欄に、「第1図は、
本発明の一実施例の系統図である。・・・車輪1を制動するブレーキシューなどは、シリンダ2によって駆動される。シリンダ2には油圧制御装置3からの圧油が供給される。運転席に設けられたブレーキペダル4によって、マスタシリンダ5が駆動され、このマスタシリンダ5は油圧制御装置3に接続される。車輪1に関連して、車輪速度検出器6が設けられる。さらにまた車輪1の車軸7に関連して抗力センサ8が設けられる。車輪速度検出器6と、抗力センサ8からの出力は、マイクロコンピュータなどによって実現される処理回路9に与えられる。この処理回路9には、対地速度検出器10からの出力が与えられる。」(2頁左上欄末行〜右上欄15行)との記載があり、第1図には、四つの車輪1aないしdのそれぞれに、オイルシリンダ2aないしd、油圧制御装置3aないしd、車輪速度検出器6aないしd、抗力センサー8aないしdを設置してなるアンチロックブレーキ装置が示されていること(別紙図面(2)参照)が認められる。
上記認定の記載によれば、甲第6号証には、アンチロックブレーキ装置を自動車の四輪のそれぞれに搭載してアンチロック制御を行う装置に関する技術が示されており、しかも、この技術が、実施例の記載中において、新規技術として取り扱われていないことに、前記(イ)認定の事実を併せ考えれば、昭和62年には、
上記技術は、周知となっていた可能性がある。
(ハ) そして、仮に上記技術が昭和62年の時点で周知であったとすれば、
本願発明の制御ユニットを車輪その他の場所に設置するという構成について、本願明細書に、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に記載されているものといい得ることになり、後は、本願発明の新規性進歩性等について検討すればよいことになる。
したがって、上記の点をも考慮に入れて、前述したとおり、原査定の拒絶理由(1)、(3)及び(4)を再度検討し直し、本願発明の特許性を検討するのが相当である。
3 そうすると、審決の取消しを求める原告の請求は、理由があることが明らかである。そこで、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 宍戸充
裁判官 阿部正幸