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関連審決 審判1998-35217
関連ワード 反復(反復可能性) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  慣用技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  交換 /  構成要件 /  設定登録 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  国際出願 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 375号 審決取消請求事件
原告 イーオーエスゲゼルシャフト ミッ ト ベシュレンクテルハフツング イレクトロ オプティカル システムズ 代表者 A
訴訟代理人弁理士 後藤洋介
同 池田憲保
同 山本格介
被告 ボード・オブ・リージェンツ・ザ・ユニバーシティー・オブ・テキサス・システム 代表者 B
訴訟代理人弁護士 大野聖二
同 社本一夫
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/03/06
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が平成10年審判第35217号事件について平成11年6月30日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文1、2項と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は、発明の名称を「選択的焼結によって部品を製造する方法」とする特許第2620353号の特許(1986年10月17日及び1987年10月5日にアメリカ合衆国においてした出願に基づく優先権を主張して1987年10月14日に国際出願、平成9年3月11日に設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
原告は、平成10年5月22日、本件特許を無効にすることについて審判を請求し、特許庁は、この請求を平成10年審判第35217号事件として審理した結果、平成11年6月30日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同年7月24日に原告に送達した。なお、出訴期間として90日が付加された。
2 特許請求の範囲1の項 粉末第1層を目標表面に分与し; 前記粉末第1層における部品の第1断面に対応する部分に、その部分の前記粉末を焼結させるべくレーザビームを選択的に指向させ; 前記レーザビームの選択的指向の後に前記粉末第1層上に粉末第2層を分与し; 前記粉末第2層における部品の第2断面に対応する部分に、その部分の前記粉末を焼結させるべく、また前記粉末第2層のその部分において焼結した粉末を前記第1層中の焼結した粉末に接合させるべくレーザビームを選択的に指向させ; 以後必要な回数だけ連続して、直前の粉末層についてのレーザビームの選択的指向の後に前記直前の粉末層上に次の粉末層を分与し、分与したその粉末層における部品の断面に対応する部分に、その部分のその粉末層の粉末を焼結させるべく、またその粉末層のその部分において焼結した粉末を前記直前の層中の焼結した粉末に接合させるべくレーザビームを選択的に指向させる工程を反復し、
そして、全工程を通じて目標区域の粉末を焼結温度より低い温度に加熱することにより、焼結したおよび非焼結の粉末の温度を制御し、
部品が製造された後、非焼結の粉末を取り除く、
各工程を含む、粉末から部品を1層ずつ積層的に製造する方法。
3 審決の理由 別紙審決書の理由の写しのとおり、@本件発明は、C「層状選択焼結による部品生成」(テキサス大学理学修士学位論文(1986年5月発行)1頁〜50頁)(審決の甲第1号証、本訴の甲第3号証。以下「引用例1」という。)、米国特許第4247508号明細書(審決の甲第2号証、本訴の甲第4号証。以下「引用例2」という。)、特開昭57-160975号公報(審決の甲第3号証、本訴の甲第5号証。以下「引用例3」という。)、特開昭58-57916号公報(審決の甲第4号証、本訴の甲第6号証)、特開昭61-52373号公報(審決の甲第5号証、本訴の甲第7号証)、「1987 SME Manufacturing Techno1ogy Review,Vo1ume2」(1987年5月発行、636頁〜641頁)(審決の甲第6号証、本訴の甲第8号証。以下「引用例6」という。)、溶接学会編「改訂3版 溶接便覧」(丸善株式会社昭和52年3月31日発行、1314頁〜1323頁)(審決の甲第7号証、本訴の甲第9号証。以下「引用例7」という。)記載の発明から当業者が容易に発明をすることができたものである(無効理由1)、A本件特許は、その特許明細書(以下「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明の欄に不備があり、また、その特許請求の範囲は、本件発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものではない(無効理由2)との原告主張をいずれも排斥し、
そのようにいうことはできない、と認定判断した。
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由1(本件発明)、2(当事者の主張)は認める。同3(当審の認定・判断)の1)(無効理由1について)の(1)(甲各号証について)は認める。同3の1)の(2)(対比・判断)は、20頁18行(「そうすると」から)〜21頁2行、21頁19行(「甲」から)〜22頁11行、23頁8行(「本件発明の」から)〜9行(「示すものではない。」まで)、同頁10行(「本」から)〜15行(「ものは、」まで)、同頁16行(「本件発明」から)〜24頁18行までを争い、その余は認める。同3の2)(無効理由2について)の(1)(請求人の具体的主張)は認める。同3の2)の(2)(請求人の主張の検討)の「前記aについて」は認める。同3の2)の(2)の「前記bについて」は、28頁14行〜29頁15行、31頁2行(「このヨーロッパ特許庁」から)〜4行(「認められない。」まで)、
同頁16行(「との課題」から)〜17行(「実施態様において」まで)、32頁1行(「また、」から)〜19行を争い、その余は認める。同5(むすび)は争う。
審決は、@無効理由1に関し、本件発明と引用例1、2、6記載の発明との相違点についての判断を誤ったものであり(取消事由1)、A無効理由2に関し、
本件発明の特許請求の範囲の記載は、本件発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものではないことを看過したものであって(取消事由2)、これらの誤りが、それぞれ審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(無効理由1に関する、相違点についての判断の誤り) 審決は、当業者が、本件発明の「そして、全工程を通じて目標区域の粉末を焼結温度より低い温度に加熱することにより、焼結したおよび非焼結の粉末の温度を制御し、」(以下「工程6」という。)との構成に想到することが容易とは認められないと判断したが、誤りである。
(1) 物体中に温度の不均一があると、その物体は、歪(ひずみ)を起こし、変形や割れを生じることはよく知られている事実である。このような温度の不均一による歪の発生を避けるためには、温度の不均一を解消すればよく、そのためには物体全体を加熱するか、あるいは、低温部分を加熱し高温部分を冷却すればよいことは、常識である。
物体を局部加熱する際、局部加熱により生じる温度の不均一による歪を避けるために、局部加熱前から物体を、局部加熱温度付近の温度に予備加熱(主たる局部加熱に対するものであるから「補助加熱」ということもできる。)することも常識である。
例えば、グラスに湯を注ぐ際に、あるいは、熱いグラスに冷水を注ぐ際に、湯あるいは冷水の当たる部分と当たらない部分との間に温度の不均一による歪が生じ、グラスが割れることは日常経験することで、このグラスの割れを避けるためには、湯を注ぐ前に、グラスをあらかじめ温める(予備加熱)か、反対に湯を冷まして注ぐかすればよいこと、あるいは、冷水を注ぐ前に、グラスを冷ますか反対に冷水を温めて注ぐかすればよいことは、一般常識に属する事項である。
溶接における予熱処理に関する引用例7の記載は、そのような常識の工業的利用の最も典型的な例を示しているものであって、予熱すなわち予備加熱が溶接技術に特有のものであるわけではない。
(2) 工程6は、「粉末から部品を1層ずつ積層的に製造する方法」において、
「レーザービームによってまだ走査されていない粒子の温度と、すでに走査された粒子の温度との間に差異があり、このため製造中の製品に望ましくない収縮が生じるという課題を解決するため」(審決20頁3行〜7行)である。
しかし、引用例1、2、6記載の発明である「粉末から部品を1層ずつ積層的に製造する方法」において、「まだ走査されていない粒子」は、レーザー照射を受けておらず加熱されていないから、レーザー照射を受けて加熱された「すでに走査された粒子」との間に温度の差異があることは当然である。したがって、製造中の製品に温度の不均一の部分が生じ、これにより製品に望ましくない歪が生じることも当然の結果である。
このような温度の不均一を回避するために、新たに分与される低温の粉末層を予備加熱することによって、「既に焼結された粉末と非焼結の粉末との温度差」を小さくすることは、当業者にとっては、技術常識にすぎない。本件発明と同様の粉末から部品を1層ずつ積層的に製造する方法に関する文献である、引用例6の637頁右欄7項で言及されている「レーヤーグレーズ法」も、温度差による熱膨張の差に基づく歪、すなわちひび割れを解消するために基板を予備加熱する技術である。
以上のとおり、引用例1、2、6記載の発明に工程6を付加することは、
引用例7に典型的に示される技術常識としての予備加熱を採用したにすぎず、格別な発明力を要するものではないのである。
(3) 審決は、相違点に係る本件発明の構成について、「粉末から部品を1層ずつ積層的に製造する方法において、レーザービームによってまだ走査されていない粒子の温度と、すでに走査された粒子の温度との間に差異があり、このため製造中の製品に望ましくない収縮が生じるという課題を解決するため」(20頁2行〜7行)と認定したうえで、引用例3の「補助加熱」について、レーザーのエネルギーの適正条件幅を広くするためであり、単層のみを対象としたもので、本件発明のように、粉末から部品を1層ずつ積層的に製造する際の積層されていく各粉末層を対象とし、上記課題を解決しようとするものではないと判断した。上記課題の認定は認めるが、これに基づく判断は誤りである。
ア 局部加熱による材料の加工を行う場合、材料を予熱(予備加熱)しておくことは、慣用技術である。予備加熱の目的は、材料とその加工の方法によっていろいろあるものの、共通するところは、@予備加熱により、加工時の熱変形を極力少なく押さえ、加工後における、周囲の加工されていない部分による冷却を少なくする、A 材料が予備加熱されていると、加工に要する熱量が少なくてすみ、加工の速度も上げられ、制御もしやすくする、ということである。
引用例3でいう「補助加熱はレーザーエネルギーの適正条件幅を広くする」という意味は、上記@、Aの両方の意味を包含したものと理解すべきである。
これらはいずれも慣用技術であることから、引用例3の「補助加熱」の意味内容は、当業者には、本件発明の目的とするところと同義であるものと理解できるのである。
(4) 審決は、引用例3について、「粉末材料をペースト化した単一の層を乾燥した試料を対象とするものであり、本件発明のように、粉末から部品を1層ずつ積層的に製造する際の積層されていく各粉末層を対象とし、上記課題を解決するものではない」(20頁13行〜18行)と認定した。
しかし、レーザー焼結は、それにつき、引用例3自体に、「レーザー光の浸入深さには限度があるため、本質的に膜状素子の焼結に適したものである」(4頁左下欄19行〜右下欄1行)とあるとおり、本来、薄い層を形成してその層を局部的に焼結する方法に適しているのであるから、本件発明に密接に関係する内容の技術である。したがって、レーザー焼結に関するものである引用例3の技術を、粉体から部品を1層ずつ積層的に製造する方法において、一つずつの層に適用出来ることは明らかである。
引用例3における補助加熱の技術を、仮にその記載された目的(レーザーエネルギーの適正条件幅を広くすること)のみを意図して、公知の積層法において分与される各粉末層に対して適用した場合にも、本件発明と同じ構成を有することになることは、明らかである。しかも、公知の積層法において分与される各粉末層に対して引用例3の「補助加熱」を適用することに困難性があるとする、何らの理由もないのである。
(5) 被告は、本件発明の工程6の技術的課題について、「レーザービームにより、走査された粉末の上に、新たに粉末を分与した際に、走査された粉末層の両端がカールすることにより生じるもの」であると主張するが、本件明細書の記載に基づかない主張である。
むしろ、被告は、本件出願の審査段階において、拒絶理由通知を受けて「粉末の温度制御」を請求項1に導入する補正を行った際、平成7年5月15日付けの意見書(以下「本件意見書」という。)を提出して、「粉末の温度制御の目的」は、@焼結の際の融合に伴う収縮、A焼結の際の体積熱(バルク熱)による製品の非焼結物中への成長、を防止することであると主張しており、被告の本訴における主張は、これと矛盾する。
(6) 審決は、「上記課題を解決するには、『レーザビームによってまだ走査されていない粒子の温度と既に走査された粒子の温度との差異』を加熱して小さくすればよいこと・・・は当業者において自明なことである。」(32頁1行〜10行)と認定している。この認定は、「技術常識」を根拠とするものであることは明らかである。そうだとすれば、「粉末から部品を1層ずつ積層的に製造する方法」に「技術常識」に従って「加熱」を適用することは、当業者には自明なことになるはずである。ところが、審決は、進歩性判断において、本件発明が、進歩性を有すると認定している。すなわち、本件発明の進歩性の判断と、出願明細書に開示された事項から自明の範囲であるか否かの判断において、審決は矛盾しているのである。
2 取消事由2(明細書の記載不備等) 審決は、本件発明の「特許請求の範囲の第1項には、発明の詳細な説明中に記載された発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載したものではないとすることはできない」(29頁12行〜15行)と認定したが、誤りである。
(1) 本件明細書に開示された発明は、「温度制御された空気の下降流を目標区域に通すこと」という解決手段により、一方では「未だ走査されていない粒子」との熱交換によってその温度を上昇させ、他方では「すでに走査された粒子」との熱交換によってその温度を低下させ、両者の温度を平均化させることで、「まだ走査されていない粒子の温度とすでに走査された粒子の温度との間にある差異」を解消するものである。このことは、「雰囲気気体を温度調整して下降流として目標区域に通すことにより、上記のような好ましくない温度素を解消し、製品の望ましくない収縮を避けることができることがわかった」(本件明細書9欄29行〜32行)の記載から明らかである。
この解決手段からは、単に「加熱する」との広義の技術手段によって同じ解決、すなわち、「まだ走査されていない粒子の温度」を上昇させ、「すでに走査された粒子の温度」を低下させ、「平均化させる」ことが達成されるか否かは不明である。
したがって、単に「加熱する」ことを技術手段としている本件発明の特許請求の範囲は、本件明細書に開示された発明ではない。
なお、本件明細書の発明の詳細な説明の欄には、特許請求の範囲に記載の文言と同一の記載があることは認めるが、これは、特許請求の範囲の記載の補正に基づいて挿入されたもので形式的な一致にすぎない。
被告の反論の要点
1 取消事由1(無効理由1に関する、相違点についての判断の誤り)について (1) 本件明細書で問題としている「レーザビームによってまだ走査されていない粒子の温度と、すでに走査された粒子の温度との間に差異があり、このため製造中の製品に望ましくない収縮が生じることが観察された」(9欄24行〜27行)とは、具体的には、レーザービームにより走査された粉末の上に、新たに粉末を分与した際に、走査された粉末層の両端がカールすることにより生じるものである。
すなわち、第1層がレーザービームにより走査された後、その上に粉末を第0層として分与するに際し、これをまんべんなくスムーズに行うには、粉末の温度を軟化点以下にして分与する必要がある。ところが、このような温度の低い粉末を分与すると、第1層中の既に走査された粉末層の両端がカールし、製造中の製品に歪みを生じる。これを防止しようとするのが、本件発明の温度制御の目的であり、そのため「温度調整は、粉末の軟化点以上であるが、十分な焼結の起る温度以下に加熱して行う」(9欄32行〜34行)のである。
以上のとおり、本件発明の工程6の技術的課題は、局部加熱をした際の加熱された部分と他の部分との歪の問題とは全く異なるのである。
(2) 前記(1)のとおり、本件発明の温度制御は、部品を1層ずつ積層的に製造する方法に特有の問題を解決するためのものである。したがって、溶接に関する技術である引用例7の予備加熱は、本件発明の温度制御とは関係がない。レーヤーグレーズ法も、異なる物質の熱膨張の差によるひび割れの問題を解決するものであるから、これまた、本件発明の温度制御とは関係がない。
(3) 引用例3記載の発明について ア 前記(1)のとおり、本件発明の温度制御は、粉末から部品を1層ずつ積層的に製造する方法(積層法)に特有の問題を解決するためのものであり、このような目的の温度制御は、引用例3記載の発明のような単層法の技術では全く問題とならない事柄である。このようなとき、引用例3の補助加熱を積層法に適用することを容易とすることはできない。
イ 引用例3記載の発明の補助加熱は、レーザー光の吸収率を高める効果を得る目的でなされるものであり、その内容も、単に、材料を室温よりも高くするものであって、原告が主張するような局部加熱による材料の加工を行う場合の予備加熱とは、目的も内容も全く異なる技術である。
(4) 本件意見書には、焼結の際の体積熱(バルク熱)による製品の非焼結物中への成長が起こることに関する記載があるが、このような記載があるからといって、本件発明がその対象範囲を温度制御された下降流を目標区域に指向した場合に意識的に限定しようとしたものではないことは明らかである。その証拠に、特許請求の範囲にはそのような限定を付していないし、本件明細書も、本件発明の技術的課題を、「レーザービームによってまだ走査されていない粒子の温度と、すでに走査された粒子の温度との間に差異があり、このため製造中の製品に望ましくない収縮が生じることが観察された」ことの解決にあるとしているからである。
2 取消事由2(明細書の記載不備)について 審決が正当に認定しているとおり、本件明細書には、本件発明が開示されているから、原告の主張は、失当である。本件明細書のように技術的課題と具体的実施態様が記載されていれば、当業者であれば、本件発明の内容を理解できるのである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(無効理由1に関する相違点についての判断の誤り)について (1) 甲第5号証(引用例3)によれば、引用例3には、審決書10頁10行ないし12頁4行認定のとおりの記載があることが認められる。
(2) 上記記載によれば、引用例3には、審決認定のとおり「レーザー光照射によって粉末材料層を焼結する際に、レーザーエネルギーの適性条件幅を広くするために焼結されるべき粉末材料層を補助加熱すること」(20頁9行〜12行)が記載されていることが認められる。したがって、引用例3に接した当業者は、レーザー光照射によって粉末材料層を焼結する際に、焼結されるべき粉末材料層を補助加熱すれば、「レーザーエネルギーの適性条件幅が広く」なり、有利な効果が得られることを知るものと認められる。
(3) 甲第3(引用例1)、第4(引用例2)、第8(引用例6)号証によれば、引用例1、2、6記載の発明は、レーザー光照射によって粉末材料層を焼結する技術であることが認められる。
そうである以上、レーザー光照射によって粉末材料層を焼結する際における前記有利な効果を得ることを意図して、引用例1、2、6記載の発明に引用例3記載の発明の補助加熱を適用することは、当業者が容易に想到することができたものというべきである。
(4) 被告は、本件明細書で問題としている工程6の技術的課題は、レーザービームにより走査された粉末の上に、新たに粉末を分与した際に、走査された粉末層の両端がカールすることにより生じるものであると主張する。
しかし、そうだとしても、当業者が、レーザー光照射によって粉末材料層を焼結する際における前記有利な効果を得る目的で、引用例1、2、6記載の発明に引用例3記載の発明の補助加熱を適用することの妨げとなるものではない。なぜなら、当業者は、被告主張に係る技術的課題を認識しなくても、他の目的で、引用例1、2、6記載の発明に引用例3記載の発明の補助加熱を適用することは可能だからである。
のみならず、甲第2号証(本件特許公報)によっても、本件明細書に、被告主張に係る技術的課題が記載されていると認めることはできない。かえって、甲第17号証(本件意見書)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件出願の審査段階において、拒絶理由通知を受けて「粉末の温度制御」を特許請求の範囲請求項1に導入する補正を行った際、審査官に対して本件意見書を提出し、「明細書中に詳細に記載したように、積層的に部品を製造するにあたっては、熱勾配により望ましくない収縮が生起し、又部品の過剰バルク熱に起因して焼結融合部分の非焼結部分への生長がおこる。このため、本願第1発明では、これらの現象を避けるため、構成要件Cとして分説した、目標表面で焼結した及び非焼結の粉末を温度制御するための加熱装置を備えなければならない。」(5頁4行〜8行)、「この結果前述した製品の望ましくない収縮、成長などを避けることができる。審査官殿ご指摘の問題点は、この補正により解消したものと信ずる。」(6頁2行〜4行)と述べたこと及びこれを前提として本件特許が査定されたことが認められる。上記のように、
被告でさえ、本件意見書を提出した段階では、工程6の技術的課題を、レーザービームにより走査された粉末の上に、新たに粉末を分与した際に、走査された粉末層の両端がカールすることにより生じるものであるとは述べておらず(単なる「熱勾配により望ましくない収縮」から、「カール」を読みとることはできない。)、これとは関係のない部品の過剰バルク熱をも問題としているのであるから、当業者が、本件明細書から上記技術的課題を認識することはなかったものと認められる。
(5) 前記(1)認定の引用例3の記載によれば、引用例3記載の発明は、粉末材料をペースト化した単一の層を乾燥した資料を対象とするものであることが認められる。しかし、本件全証拠によっても、@焼結されるべき粉末材料層を補助加熱すれば、「レーザーエネルギーの適性条件幅が広く」なることは、粉末材料をペースト化した単一の層を乾燥した資料に限られる特殊な事情であるとか、A同じレーザー光を用いても、粉末から部品を1層ずつ製造する際の積層されてゆく各粉末層には当てはまらないとか、という事実を認めることはできない。そうである以上、引用例3記載の発明が、粉末材料をペースト化した単一の層を乾燥した資料を対象とするものであることは、引用例1、2、6記載の発明に引用例3記載の発明の補助加熱を適用することの妨げとなるものではない。
(6) また、引用例3記載の発明の補助加熱が、全工程を通じて、レーザー光照射によって焼結しようとする粉末材料層の焼結温度よりも低い温度に加熱するものであることは自明である。なぜなら、焼結温度以上の温度に補助加熱をしたのでは、粉末材料層が補助加熱によって焼結されてしまい、レーザー光照射によって焼結する際に支障を来すため、当業者が、焼結温度以上の温度に補助加熱をすることはあり得ないからである。
(7) なお、甲第5号証によれば、引用例3において、実施例として記載されているのは、任意の温度(例えば350℃)に加熱した熱板上に試料を置くという方法で、下方から予備加熱するものであることが認められる。そして、この方法を、
そのまま粉末から部品を1層ずつ製造する際の積層されてゆく各粉末層に適用しようとしても、上方に積層される粉末を加熱することが困難であることは、自明である。しかし、前記(1)認定の引用例3の記載によれば、引用例3の補助加熱は、「電熱器、赤外線加熱器、高周波加熱、渦電流加熱、温水加熱、軽油・石油・重油・ガソリン・石炭・ガス等の燃焼による加熱等があり、これらを併用したものであっても良いし、これらに限定されるものではない」から、当業者が、引用例3記載の発明の補助加熱を、引用例1、2、6記載の発明の、粉末から部品を1層ずつ製造する方法に適用する際に、引用例3の開示に従い、例えば赤外線加熱器、高周波加熱等により上方から加熱する等、積層される粉末を加熱するのに適した方法を適宜採用することができたことは明らかである。
(8) したがって、引用例3記載の発明の補助加熱を、引用例1、2、6記載の発明に適用することが、当業者といえども困難であるとした審決の判断は、誤りというべきである。
2 以上のとおり、その余について判断するまでもなく、審決取消事由1に係る審決の認定判断は誤りであることが明らかであって、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことも明らかである。審決は、違法であって取消しを免れない。
よって、原告の本訴請求は、理由があるから認容することとし、訴訟費用の
負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条96条2項を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 山田知司
裁判官 阿部正幸