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関連審決 異議1997-71596
審判1997-11435
関連ワード 頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  出願公開 /  技術常識 /  先行技術 /  援用権(援用) /  技術的意義 /  置き換え /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  設定登録 /  目的の範囲 /  請求の範囲 /  変更 /  異議申立 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 400号 審決取消請求事件
原告 社団法人日本建設機械工業会代表者理事 【A】
訴訟代理人弁理士 浅村皓
同 浅村肇
同 小池恒明
同 金子憲司
同 岩井秀生
被告 勝山建設工業株式会社代表者代表取締役 【B】
訴訟代理人弁護士 石井将
同 弁理士 岡田和喜
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/03/07
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成9年審判第11435号事件について平成11年9月27日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 (本案前の答弁) 本件訴えを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(本案の答弁) 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は、名称を「道路の舗設方法とその装置」とする特許第2541874号発明(平成2年11月30日特許出願、平成8年7月25日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。
原告は、平成9年7月9日、本件特許につき無効審判の請求をした。
特許庁は、同請求につき平成9年審判第11435号事件として審理した上、平成11年9月27日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年11月10日原告に送達された。
2 本件発明の要旨 本件発明の要旨は、上記無効審判事件の係属中に別途申し立てられた本件特許に対する特許異議申立事件(平成9年異議第71596号)において、平成10年11月9日、被告の請求に係る訂正を認め、本件特許を維持する旨の決定がされ、これが確定したことから、当該訂正に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲に記載された以下のとおりの内容である。
(1) 舗設材を供与され、これを路面上に敷き均らし可能とした自走式の舗設装置であって、舗設材の給送手段を備え、当該舗設装置のフレーム上にエンジンと対向する車輪又はクローラ上に瀝青剤のタンクを搭載し、当該舗設装置の接地位置の後方において瀝青剤のような乳剤を路面上に供給しうる撒布手段を当該舗設装置に装備されるとともに、前記撒布手段には、操作パネル上での操作で瀝青剤のような乳剤の供給を制御可能な可変弁を設け、前記撒布手段の後方に接近させて舗設材を巾方向に移送させるスクリューコンベア手段を隣接して設け、当該スクリューコンベア手段の後方に接近させてスクリード手段を、その指向方向を変更調節可能に配設した道路の舗設装置。
(2) 請求項1に記載の舗設装置を用いて、平坦状のアスファルト層を形成する工法において、前方に配備されるトラックから舗設材を供給される舗設装置を微速前進させながら、前記舗設装置の接地位置の後方において、瀝青剤のような乳剤を路面上に均一状に撒布させ、その直後の路面上に、アスファルト合材などの舗設材を供給し、更に、その直後に敷き均らし、圧密施工するようにした道路の舗設方法。
(以下、請求項1に係る本件発明を「本件発明1」、請求項2に係る本件発明を「本件発明2」という。) 3 審決の理由 審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件発明1及び2は、@欧州特許出願公開第0292337号明細書(1988年)(審判甲第1号証・本訴甲第4号証、以下「引用例1」という。)、A実公昭46-35559号公報(審判甲第2号証・本訴甲第5号証、以下「引用例2」という。)、B昭和61年3月15日社団法人日本建設機械化協会発行の「日本建設機械要覧1986年版」(審判甲第3号証、本訴甲第6号証、以下「引用例3」という。)、C実開昭56-168505号公報(審判甲第4号証・本訴甲第7号証、以下「引用例4」という。)記載の各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた旨の原告(請求人)の主張を排斥し、その主張する理由及び証拠方法によっては本件特許を無効とすることはできないとした。
本案前の主張
1 被告の本案前の抗弁 本訴については行政事件訴訟法の適用があるから、本件訴えを提起することができるのは、同法9条に規定された「当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」でなければならないところ、原告は、民法の規定によって設立された公益法人であり、その定款3条(目的)及び4条(事業)に照らせば、一般民間の営利企業とは異なり、本件発明を自ら利用して舗装装置を製造・販売したり、本件発明に係る舗装工法や舗装装置を用いて道路舗装工事を実施する企業体ではない。したがって、原告は、被告から特許権侵害訴訟を提起される蓋然性が全くなく、本件訴えにつき訴えの利益を欠くから、本件訴えは不適法として却下されるべきである。
2 原告の反論 原告の定款4条には、原告の事業として「建設機械産業に係る取引の適正化及び促進に関すること」と規定されているから、原告がある特許発明に係る装置の取引を促進し、建設機械産業界に広く紹介・普及するために海外からこれを輸入することはその事業に該当するものであり、この実施行為が特許権を侵害するものとして特許法100条に基づく差止請求権を行使される関係にあるから、原告に訴えの利益があることは明白である。
原告主張の審決取消事由
審決の理由中、本件発明の要旨の認定(審決書2頁16行目〜4頁4行目)、引用例1〜4の記載事項の認定(同6頁7行目〜8頁17行目)は認める。
審決は、本件発明1、2のそれぞれの容易想到性についての判断を誤った(取消事由1、2)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明1の容易想到性についての判断の誤り) (1) 審決は、本件発明1と引用例1〜4記載の各発明とを対比して、相違点1として「本件発明1は、舗設装置のフレーム上にエンジンと対向する車輪又はクローラ上に瀝青剤のタンクを搭載しているのに対し、甲第1号証乃至甲第4号証(注、引用例1〜4)のいずれにも、上記構成が記載されておらず、その示唆もない点」(審決書9頁6行目〜10行目)、相違点2として「本件発明1は、撒布手段には、操作パネル上での操作で瀝青剤のような乳剤の供給を制御可能な可変弁を設けているのに対し、甲第1号証乃至甲第4号証のいずれにも、上記構成が記載されておらず、その示唆もない点」(同9頁12行目〜16行目)をそれぞれ摘示認定した上で、「本件発明1は、上記相違点に係る構成を有することにより、格別の作用効果が期待できるものである。したがって、本件発明1は、上記甲第1号証乃至甲第4号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。」(同9頁17行目〜10頁2行目)と判断するが、誤りである。
(2) 相違点1について 本件発明1の「舗設装置のフレーム上にエンジンと対向する車輪又はクローラ上に瀝青剤のタンクを搭載し」た構成が、引用例1〜4に直接的に記載されていないことは審決の認定のとおりであるが、以下のとおり、当該構成は、当業者が容易に想到することができたものである。
すなわち、まず、引用例1では、「熱機関」がエンジンであることは明らかであるから、その図3には、フレーム上においてエンジンと運転室をそれぞれクローラ上に位置するように対向配置した建設機械(乳剤散布装置)が開示されている。次に、引用例2の第4図には、フレーム30上において一方の側にLPGタンク38を、他方の側にアスファルト溶剤タンク438とポンプ410用の原動機450を対向配置した舗装装置が開示されている。また、引用例4の第1図には、レイアウトの関係で機体の側部にエンジンを搭載し、エンジンに対して乳剤タンクを縦方向及び横方向に整列状態から外れた位置に搭載した乳剤散布機が開示されている。一般の車両ではエンジンを車両の中心線上に搭載するのが普通であるのに対し、上記各引用例の記載に示されているように、建設機械の場合、多数の機器をフレーム上の限られたスペースに搭載するために、エンジンを車両の片側に搭載するレイアウトを採用することは慣用の手段とされている。なお、このようなレイアウトを採用することが慣用の手段であることについては、以上のほか、実願昭63-25237号(実開平1-136505号)のマイクロフィルム(甲第10号証、
以下「周知例1」という。)、実願昭61-194548号(実開昭63-100506号)のマイクロフィルム(甲第11号証、以下「周知例2」という。)、西独国特許第3116874号明細書(1987年)(甲第12号証、以下「周知例3」という。)にも示されているとおりである。
相違点1に係る本件発明1の構成は、このような慣用のレイアウトを採用して、引用例1の運転室41又は引用例2のLPGタンク38をそれぞれ瀝青剤(乳剤)タンクに置き換えたものにすぎず、また、引用例4のエンジンと乳剤タンクを横方向に整列するように対向配置するレイアウトに変更したものにすぎない。
したがって、相違点1に係る本件発明1の構成は、単なる置換又はレイアウトの変更に相当するものというべきである。
(3) 相違点2について 本件発明1の「撒布手段には、操作パネル上での操作で瀝青剤のような乳剤の供給を制御可能な可変弁を設け」るとの構成が、引用例1〜4に直接的に記載されていないことは審決の認定のとおりであるが、以下のとおり、当該構成は、当業者が容易に想到することができたものである。
すなわち、一般に、流量制御が必要な場合に、最も慣用的な手段は可変弁を採用することである(特開昭58-160407号公報(甲第13号証、以下「周知例4」という。)、米国特許第4817870号明細書(1989年)(甲第14号証、以下「周知例5」という。)参照)ところ、引用例1記載の可変速度の容積型ポンプ45が乳剤の供給量を制御することを目的としていることは明らかであるから、その手段として可変弁を採用して本件発明1の上記構成を得ることは、引用例1記載の発明に流量制御手段として周知慣用な可変弁を採用して行い得ることにすぎない。したがって、相違点2に係る本件発明1の構成は、引用例1に周知慣用な可変弁を適用して容易に得られるものである。
(4) 格別の効果について 被告は、相違点1、2に係る本件発明1の構成によって奏される効果について主張するが、その主張に係る効果は、設計レベルで期待できるありふれたものにすぎず、格別なものはないというべきである。
2 取消事由2(本件発明2の容易想到性についての判断の誤り) 本件発明2で限定した構成に特許性はなく、本件発明1と同じ理由により、
本件発明2は、引用例1ないし引用例4に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものである。
被告の反論
審決の認定判断は正当であって、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(本件発明1の容易想到性についての判断の誤り)について (1) 原告は、本件発明の構成要件を都合よく分説し、それぞれに対応する従来技術が存在するから、当業者であれば本件発明を直ちに行い得るものである旨主張するが、その主張には、本件発明を構成するに当たって複数の構成要件を有効に結合させたことが容易であることを裏付ける論拠を欠いている。
また、原告は、提出した証拠の中で、非特許文献である引用例3を除く特許文献について、その発行日の前後の順序を考慮することなく、引用例2(昭和46年12月7日公告)、引用例4(昭和56年12月12日公開)を公知例として、これよりも新しい周知例1(平成元年9月19日公開)、周知例2(昭和63年6月30日公開)、周知例3(1987年2月5日特許付与)、周知例4(昭和58年9月22日公開)、周知例5(1989年4月4日特許付与)を技術水準として引用するが、一般に進歩性を判断するに当たっては、技術水準を基礎として、
公知例を引用するものであるから、技術水準とする技術内容よりも公知とする技術内容の方がより新しく、より進歩したものであることが当業者の技術常識であるところ、原告の主張は、引用例よりも新しい技術内容を技術水準とするものであるから、失当である。
(2) 相違点1について 相違点1に係る本件発明1の構成である「舗設装置のフレーム上にエンジンと対向する車輪又はクローラ上に瀝青剤のタンクを搭載し」た構成とは、エンジンと瀝青剤のタンクが互いに向かい合うように配置されていることである。ところが、引用例1及び引用例2には、いずれもこの構成についての記載がなく、引用例4では、エンジンと乳剤タンクが前後方向に偏っており、道路舗設装置をかえって不安定とするものである。また、用途及び機能を全く異にする引用例1の運転室41、引用例2のLPGタンク38を瀝青剤タンクに置換することもできない。
また、原告が提出した周知例1では、乳剤タンク8とエンジン9Aが車体の進行方向左右に配置されているものの、前後方向に偏っており、周知例2ではエンジン2と乳剤収容器4が、また、周知例3においてもモーター3と添加剤容器11がそれぞれ前後方向に偏っており、いずれも対向する位置に配置されているものではない。
また、上記構成に係る格別の効果として、次の2点を挙げることができる。第一に、重量のあるエンジンと瀝青剤のタンクを対向して搭載しているため、
舗設材を投入した際にも舗設装置の動揺が少なく、また、舗設材の増減によるアンバランスを低減させ、さらに、エンジンの振動はフレームを経由してタンク内の瀝青剤に伝達され、その動揺現象によって振動が吸収されるため、これらの相乗効果により、品質の優れた舗装道路を形成することができる。第二に、エンジンと瀝青剤のタンクを対向して搭載することにより、路面の凹凸や傾斜等によって車輪やクローラが動揺する事態にあっても、舗設装置全体の不安定な動作を未然に防止することができ、操作の安全性の向上が図られることとなる。
(3) 相違点2について 相違点2に係る本件発明1の構成、すなわち「撒布手段には、操作パネル上での操作で瀝青剤のような乳剤の供給を制御可能な可変弁を設け」る構成では、
可変弁が乳剤の供給を制御する機能を果たすものであるが、引用例1には、単に乳剤の供給量を制御するという目的のみが記載されているだけで、その具体策は明示されていない。引用例3記載の発明は、アスファルト混合物の供給を制御するコントロール盤であって、乳剤の供給を制御する可変弁の制御手段とは、用途が異なるものである。そして、周知例4には、ポンプの回転数によって供給量を調整するもの、周知例2には、調整バルブ11が手動によって操作されるもの、周知例5には、可変速度ポンプを利用しているものがそれぞれ記載されているにすぎず、いずれも本件発明の「操作パネル上での操作で乳剤の供給を制御可能な可変弁を設け」た構成を開示ないし示唆するものではなく、これらを引用例1記載の発明にどのように組み合わせても、相違点2に係る本件発明1の構成を得ることはできない。
また、上記構成に係る格別の効果として、次の3点を挙げることができる。第一に、瀝青剤の撒布を操作パネル上での操作で調整される可変弁により制御するため、舗設装置の推進速度に応じて瀝青剤の撒布量が可変状に制御され、均質な撒布が可能となる。第二に、可変弁により瀝青剤の散布量を調整可能としたので、舗設装置上にタンクが搭載可能となり、舗設装置をコンパクト化することができる。第三に、可変弁を操作パネル上で制御して瀝青剤を供給するように構成したので、一人のオペレータによって瀝青剤を撒布することができることとなり、大幅なコストダウンを図ることができる。
2 取消事由2(本件発明2の容易想到性についての判断の誤り)について 本件発明2は、その目的を達成するために複数の技術的事項を構成要件として有効に結合させた創意工夫により、道路の舗設技術についての発明を完成させたものであり、その顕著な効果を勘案すれば、明らかに進歩性を具備するものである。
当裁判所の判断
1 本案前の抗弁について 被告は、原告はその公益法人としての性格上、被告から特許権侵害訴訟を提起される蓋然性が全くなく、本件訴えにつき訴えの利益を欠く旨主張する。
しかし、当事者間に争いのない特許庁における手続の経緯によれば、原告は、本件特許につき無効審判の請求をし、その請求が成り立たないとする審決がされたのであるから、当該審決の取消しを求める訴えの利益を有することは明らかである。被告の主張は、原告の審判請求適格に関わるものであって、本件訴えにつき原告が訴えの利益を欠くとする根拠となるものではなく、それ自体、失当である。
なお、付言するに、甲第15号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、民法34条以下の規定によって設立された公益法人であること、原告は、その定款上、
原告の目的につき、「本会は、建設機械産業の経営の高度化、通商に係る研究及びその成果の普及並びに取引の適正化及び促進等を行うことにより、建設機械産業の健全な発展を図り、もって我が国経済の発展と国民生活の向上に寄与することを目的とする。」(第3条)と定め、原告の事業につき、「本会は、前条の目的を達成するため、次の事業を行う。・・・ (3)建設機械産業に係る取引の適正化及び促進に関すること・・・ (6)その他前各号に付帯する事業」(第4条)と定めていることが認められる。そうすると、本件発明が建設機械に関するものであることが明らかである以上、原告の主張によれば無効とされるべき本件特許を放置することは、
建設機械産業に係る取引の適正化及び促進を阻害しかねないこととなるから、その無効審判の請求をすることは、「建設機械産業に係る取引の適正化及び促進に関すること」として、原告の目的の範囲内というべきであるし、また、上記目的の範囲内の事業を行うにつき、本件特許を実施することも考えられることなどにかんがみると、原告が審判請求適格を欠いていたとはいえない。
したがって、被告の本案前の抗弁は採用することができない。
2 取消事由1(本件発明1の容易想到性についての判断の誤り)について (1) 相違点1について まず、相違点1に係る本件発明1の構成、すなわち「舗設装置のフレーム上にエンジンと対向する車輪又はクローラ上に瀝青剤のタンクを搭載し」た構成の容易想到性について判断する。
引用例1(甲第4号証)には、その3図及び関連記載によれば、作業現場での進行方向の右側に運転室を、左側に機械化装置40(本件発明1の「エンジン」に相当することは明らかである。)を、これらの前方側に乳剤タンク25(同じく「瀝青剤のタンク」に相当することは明らかである。)をそれぞれ配置したアスファルト乳剤散布装置(同じく「舗設装置」に相当することは明らかである。)が記載されているところ、この種の車両において、エンジンとタンクの位置関係をどのようにするかということは、以下に述べるとおり、運転室の位置、関連する他の機器との接続の関係の便宜、車体全体の重量バランス等に基づいて適宜決定される設計事項にとどまると解されるから、引用例1記載の発明にこのような設計変更を行うことによって、相違点1に係る本件発明1の構成を得ることは、当業者にとって容易なことというべきである。
すなわち、引用例2(甲第5号証)記載の表面舗装装置では、その第4図によれば、フレーム30上の中央に車輪44を駆動するエンジン54を搭載し、その進行方向の一方の側にLPGタンクを、その反対側にアスファルト溶剤タンク438とポンプ410を駆動する原動機450を装着したレイアウトが開示され、引用例4(甲第7号証)記載の舗装用乳剤散布機では、機体1上に、その進行方向の左又は右側でかつ把持杆2に近い位置にエンジン3を、その反対位置に乳剤タンク5を設けたレイアウトが開示されている。また、周知例1(甲第10号証)記載のアスファルト乳剤の散布装置では、車体1上に作業時の進行方向の左側にアスファルト乳剤を入れるタンク8を、同じく右側で後方の隅にエンジン9Aを配置したレイアウトが開示され、周知例2(甲第11号証)記載のアスファルト乳剤の散布装置では、移動車1上において、人が引いて移動する作業方向の右側に乳剤収容器4を、同じく後方の左側に汎用エンジン2を搭載したレイアウトが開示され、周知例3(甲第12号証)記載の「瀝青を含んだ材料を使用する道路舗装の修復のための自動走行機械」では、その第2図によれば、骨組み1の上において、作業時の進行方向左側に添加剤容器11を、同じく右側にジェネレーター6(発電機ではあるが、本件発明1のエンジンに相当するものと認められる。)を搭載したレイアウトが開示されている。これらに照らすと、この種の車両において、エンジンとタンクの位置関係が適宜選択し得るものとされていることは明らかである。
なお、被告は、原告提出の「周知例」が「引用例」より後に頒布されたものである点を論難するが、本件発明の進歩性の判断は、その特許出願時を基準として判断されるべきものであって、上記引用例と周知例がいずれも本件発明の特許出願前に頒布された刊行物であることが明らかである以上、その前後関係のみから、
先行技術を開示する引用例ないし周知例としての適格性が損なわれるものではなく、被告の主張は理由がない。
そして、本件発明において、フレーム上に搭載されたエンジンとタンクを対向する位置としたことに、上記のような当業者が通常行う設計変更の域を超えて格別の技術的意義があるということもできない。この点について、被告は、当該構成を採用することによる格別の効果を主張するが、本件明細書(甲第3号証)の「発明の効果」欄(明細書13頁8行目〜9頁12行目)には、「この発明は、以上の実施例をもって詳しく説明した通りのものであるから、次に記載するような真に有益な効果を奏しうるものである。 (1)良質な舗装道路 舗設材を搬入するダンプトラックのタイヤにより瀝青剤層が剥脱されることがなく、高品質の舗装道路が完成しうる。 (2)既設道路の汚損防止 ダンプトラックのタイヤには、瀝青剤の付着がなく、既設道路面およびその標識ラインなどを汚損させることがないばかりでなく、通行車輌のスリップ事故などの発生を未然防止できる。 (3)工事区間の短縮化 ディストリビュータ車が不要のため、工事区間が短縮化され、交通渋滞を解消できる。 (4)作業コストの低減 ディストリビュータ車と、そのためのオペレータが不要となり、経費の大巾節減を図ることができる。 (5)瀝青剤の均質な撒布 スプレーバーが複列状で位置調節自在であり、瀝青剤の供給量が調節しうるため、瀝青剤を均質状に撒布可能となり、結果的に品質の優れた舗装道路が形成されうる。」との記載があるものの、これらの効果が「舗設装置のフレーム上にエンジンと対向する車輪又はクローラ上に瀝青剤のタンクを搭載し」た構成と直接の技術的関連性のないものであることは明らかである。被告が上記構成に係る格別の効果として主張する点は、いずれも本件明細書に記載がなく、「エンジンの振動はフレームを経由してタンク内の瀝青剤に伝達され、その動揺現象によって振動が吸収される」などの点が、上記の構成によって実現される効果であると認めるに足りる証拠はない。その他の主張は、結局、重量バランスの適正な配分をいうに帰すると解されるところ、そのような効果は、上記構成自体から当然に当業者の予測可能な範囲内の効果にとどまるというべきである。
以上のとおり、引用例1に周知技術を適用することにより、相違点1に係る本件発明1の構成を得ることに格別の困難性はないというべきである。
(2) 相違点2について 次に、相違点2に係る訂正発明1の構成、すなわち「撒布手段には、操作パネル上での操作で瀝青剤のような乳剤の供給を制御可能な可変弁を設け」る構成の容易想到性について判断する。
引用例1(甲第4号証)には、「図5に示した乳剤42で満たされているタンク25は、バーナー44などから供給された熱気が循環している加熱管43によって温度が保たれている。タンクの内部には2本の導管46および47がそれぞれ下部および上部から接続されており、導管46の上には可変速度の容積形ポンプ45が設置されている。導管46と47は相互につながっており、また3線ゲート弁48を介して傾斜管26a、26b、26cとも接続されている。」(訳文9頁11行目〜18行目)、「定量決定は、散布装置の進行速度に比例した速度の容積形ポンプ45によって行われる。」(同11頁4行目〜5行目)と記載され、これらの記載と図5の図示によれば、アスファルト乳剤を散布する舗設装置において、
その進行速度に応じて散布量を調整するためにタンク内の乳剤の供給を制御する装置が開示されているということができる。そして、流量調整に可変弁を用いることが従来周知慣用の技術であることは明らかであり、また、その操作を操作パネル上で行うことは適宜にし得る設計事項にすぎないから、引用例1記載の発明に周知慣用の手段を適用することによって、相違点2に係る訂正発明1の構成を得ることは、当業者であれは容易に想到することができるというべきである。
なお、被告は、相違点2に係る構成によって、格別の効果が奏される旨主張するが、当該主張中、可変弁により瀝青剤の散布量を調整可能としたことで舗設装置上にタンクが搭載可能となるとの点は、本件明細書にも記載がなく、上記構成によって奏される効果であると認めることはできず、その他の主張に係る効果は、
瀝青剤の供給量を調整すること又は可変弁を操作パネル上で制御すること自体によって当然に得られる予測可能な効果にとどまるというべきである。
(3) 以上によれば、審決が「本件発明1は、上記甲第1号証乃至甲第4号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。」(審決書9頁20行目〜10頁2行目)と判断したことは誤りというべきである。なお、被告は、原告の主張には、本件発明が複数の構成要件を有効に結合させたことについての容易性を裏付ける論拠が欠けている旨主張するが、引用例1記載の発明に前記周知技術を適用することを困難とするような事情は見当たらない。
3 取消事由2(本件発明2の容易想到性についての判断の誤り)について 審決は、本件発明2について、「本件訂正後の請求項2に係る発明(以下、
「本件発明2」という。)は、請求項1に係る発明を引用しているものであるから、上記(請求項1に係る発明について)でしたと同様の対比、判断により、本件発明2は、上記甲第1号証乃至甲第4号証(注、引用例1〜4)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない」(審決書10頁4行目〜10行目)と判断するが、本件発明1についての容易想到性の判断に前示のとおりの誤りがある以上、当該判断を援用するにすぎない本件発明2についての上記判断も誤りに帰するというべきである。
4 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由があり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は取消しを免れない。
よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 宮坂昌利