運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 審判1998-9915
関連ワード 発明者 /  創作性(創作) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 12年 (行ケ) 79号 審決取消請求事件
原告 東洋紡績株式会社代表者代表取締役 【A】
訴訟代理人弁理士 鈴木崇生
同 尾崎雄三
同 梶崎弘一
被告 特許庁長官【B】
指定代理人 【C】
同 【D】
同 【E】
同 【F】
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/03/07
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成10年審判第9915号事件について平成11年12月7日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、平成2年12月5日、名称を「染色された交編編地とその製法」とする発明につき特許出願をした(特願平2-406307号)が、平成10年5月28日に拒絶査定を受けたので、同年6月24日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成10年審判第9915号事件として審理した上、平成11年12月7日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は平成12年2月9日原告に送達された。
2 本件出願に係る明細書の特許請求の範囲の請求項1記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨 ポリウレタン系弾性繊維とポリアミド系繊維とを少なくとも含有する交編編地を染色した、染色された交編編地であって、該編地中のポリウレタン系弾性繊維が、該繊維中に0.5〜4.5重量%の下記化合物群の1種または2種以上を含有してなることを特徴とする染色された交編編地。
酸化マグネシウム、酸化亜鉛、酸化アルミニウム、水酸化マグネシウム、水酸化亜鉛、水酸化アルミニウム、ハイドロタルサイト類化合物。
3 審決の理由 審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、特開昭59-133248号公報(本訴甲第3号証、以下「引用例1」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
原告主張の審決取消事由
審決の理由中、本願発明の要旨の認定(審決書2頁2行目〜17行目)は認める。
審決は、本願発明と引用例1記載の発明との一致点の認定を誤る(取消事由1)とともに、その相違点についての判断を誤り(取消事由2)、また、本件審判手続には、適法な拒絶理由通知を怠った手続上の瑕疵がある(取消事由3)から、
違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り) 審決は、「両者(注、本願発明と引用例1記載の発明)は、ポリウレタン系弾性繊維が、該繊維中に0.5〜4.5重量%の酸化マグネシウム、酸化アルミニウム、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム、ハイドロタルサイト類化合物群の1種を含有している点で一致している」と認定する(審決書8頁6行目〜10行目)。しかし、本願発明のポリウレタン系弾性繊維は染色後のものであるのに対し、引用例発明は染色前のものであって、これを同一視することはできず、上記の点を一致点とした審決の認定は誤りである。
一般に、交編編地を染色する際に、ポリウレタン系弾性繊維中の酸化マグネシウム等の金属化物は溶出する。そのため、染色された交編編地中のポリウレタン系弾性繊維中に所定量(0.5%)以上の酸化マグネシウム等の金属化物が残存するように、あらかじめ紡糸する前段階のポリウレタン溶液に酸化マグネシウム等を多量に含ませたとしても、紡糸する際に糸切れを生ずるなどのトラブルが生じて、
商品としての価値を有する製品とは到底なり得ない。このように、ポリウレタン系弾性繊維中の酸化マグネシウム等の含有量において、染色後のものと染色前のものを同一視することはできない。
ところが、引用例1(甲第3号証)には、単に繊維中に0.5〜10重量%の酸化マグネシウム等を含有させたことが記載されているにとどまるのに対し、本願発明のポリウレタン系弾性繊維は、染色された交編編地中のポリウレタン系弾性繊維中に0.5〜4.5重量%の酸化マグネシウム等を含むものである。
なお、引用例1(甲第3号証)には、「酸性水溶液に対して酸化亜鉛とほぼ同程度の溶解性を有するマグネシウムまたはアルミニウムの酸化物・・・が、ポリウレタン繊維に分散させた状態で、前記の酸性での染色処理をした後もなお糸中に保持され、その性能を損なうことがないという驚くべき事実を見出した」(2頁左上欄5行目〜11行目)との記載はあるが、この記載は、下記2で述べるとおり、
「染色処理」の実験事実の裏付けのない内容にとどまっているにすぎず、その製法も明らかにしていないものであるから、この記載をもって、染色処理後も塩素劣化防止剤として有効な量の酸化マグネシウム等がポリウレタン系弾性繊維中に残存しているとすることはできない。
したがって、本願発明と引用例発明との一致点についての審決の上記認定は誤りというべきである。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り) 審決は、「本願発明では、前記ポリウレタン系弾性繊維は、ポリウレタン系弾性繊維とポリアミド系繊維とを少なくとも含有する交編編地を染色した、染色された交編編地に採用されている点で、引用例(注、「引用例1」の誤記と認める。)のものと相違している」(審決書8頁11行目〜15行目)として、相違点を認定した上、「引用例1には・・・酸性での染色処理をした後もなお糸中に前記金属化物の大部分が保持され、塩素劣化に対する優れた耐性を損なわないことも示されている」(同9頁11行目〜16行目)との認定を根拠として、上記相違点に係る本願発明の構成を想到することは容易であると判断する。しかし、以下のとおり、この認定判断は誤りである。
引用例1は、酸性で染色処理をした結果を示しているものではない。すなわち、引用例1の実施例及び試験例の説明の項では、酸化マグネシウムを含むポリウレタン組成物に、染色液を用いることなく、酢酸と酢酸ナトリウム溶液で酸性(pH4)に調整した沸騰水中に所定時間浸漬処理をして、酸化マグネシウムの残存率を測定した結果を示しているにすぎず、このような処理条件を染色処理と同一視することはできない。酸性での染色処理といえるためには、編地を所定の色に着色すべく染料と染料助剤(あるいは均染剤)とを含み所定温度に加熱された染色液中に、編地を所定時間浸漬し、湯洗いをした後、特に水着については染料固着処理を施す工程が必要である。例えば、本件明細書(甲第2号証)の【0016】〜【0019】、【実施例】の項に記載されているように、染色処理の工程としては、3%の酸化マグネシウムを含むポリウレタン系弾性繊維を、6・6ナイロン繊維(ポリアミド系繊維)とともに編機を用いてハーフ編をし、これを染色助剤(NCアシッドW(日華化学製)等)を含む酸性染料(Solor Rhodamine B等)中に所定条件下で浸漬して、湯洗いの後、染料固着処理(洗濯などを繰り返し行っても色落ちしないようにする処理で、一般にタンニン酸などを用いた酸性条件下での浸漬処理)を行い、延伸脱水され、乾燥されるという各工程があるところ、
引用例1にはこのような染色処理は記載されていない。
ポリウレタン系繊維中に含まれる酸化マグネシウムはアルカリ性であり、酸性染料の雰囲気にさらされると溶出しやすく、しかも後続して行われる染料固着処理においても酸化マグネシウムは溶出しやすく、通常の酸性染色処理を実施すると酸化マグネシウムの残存量は極めて少なくなるものである。この点について、本件明細書の表1の比較例1、2は、当初ポリウレタン系繊維中に3%の酸化マグネシウムが含まれていたとしても、本願発明のような製法を採用しないと、染色処理後には酸化マグネシウムは0.3%ないし0.2%に激減してしまうことを示している。他方、仮に、紡糸する前段階のポリウレタン溶液に酸化マグネシウム等の金属化物を10%といった多量に含ませたとすれば、紡糸する際に糸切れを生ずるか、
たとえ紡糸できたとしても、ポリウレタン繊維中に混在する金属化物の個所を起点として切れやすくなるなどの現象が生じて、実用上の商品価値のある製品にすることができない。本願発明の発明者らは、このような困難性を克服して、染色開始時から終了時までの染色液をpH4.5以下にしないとする厳しい管理下において、
染色された編地中のポリウレタン系弾性繊維中に所定量の酸化マグネシウム等を含有させる技術を初めて見いだし、本願発明を完成したものであり、本願発明は引用例1記載の発明からは容易に想到することのできない創作性の高い独自の発明である。
審決は、引用例1の技術内容を誤認し、その誤った認定に基づいて、本願発明を引用例1に記載の技術から容易に想到することができたものであると誤った判断をしたものであるから、取り消されるべきである。
3 取消事由3(適法な拒絶理由通知の欠缺) 審決は、「ポリウレタン系弾性繊維とポリアミド系繊維とを少なくとも含有する交編編地を染色した、染色された交編編地からなる水着類は、例えば特開昭63-85146号公報にみられるように、本願出願前に周知といえる」(9頁6行目〜10行目)として、審査段階で拒絶理由中に掲げた三つの引用例のいずれとも異なる特開昭63-85146号公報(甲第6号証)を挙げて、これと引用例1(甲第3号証)とを組み合わせて、本願発明は特許法29条2項の規定により特許を受けることはできないとした。これは新たな拒絶理由に該当するから、特許法159条2項において準用する同法50条の規定に従い、出願人(原告)に意見書を提出する機会を与えるべきであったにもかかわらず、それを怠った手続上の瑕疵がある。
なお、審決は、上記のとおり、甲第6号証の刊行物を「周知」技術の認定根拠としているが、そうであっても、本願発明を想到容易であるとして進歩性否定の結論を導くために、審査の過程で示されなかった刊行物を用いることは、実質的に補正の機会を奪うものであるから、出願人に意見書提出の機会を与えるべきである。また、そもそも「周知」というためには、本願発明の分野において特許出願のかなり以前からごく普通に存在するものとして、少なくとも複数の刊行物により主張立証されるべきであり、甲第6号証の刊行物のみをもって周知といえるものではない。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について 引用例1(甲第3号証)には、酸性の染色処理の後でも塩素劣化防止剤として有効な量の酸化マグネシウム等を含むポリウレタン系弾性繊維が記載されていることは明白であり、このポリウレタン系弾性繊維の酸性処理後の酸化マグネシウムの残存率が83%、88%、62%、70%である(4頁右上欄の第3表)から、
前記ポリウレタン系弾性繊維に含有される酸化マグネシウムは、酸性処理後においても、大部分が繊維中に保持されているといえる。
原告は、ポリウレタン系弾性繊維に含まれる塩素防止劣化剤の含有量に関する引用例1の記載は、染色前のものにすぎない旨主張する。しかしながら、上記第3表の酸性条件である「酢酸および酢酸ナトリウムで酸性(pH4)に調整した沸騰水中に所定時間(1時間と3時間)浸漬する処理」は、通常の染色工程が、80〜90℃で30〜45分(甲第5号証、繊維社発行の「繊維/染色/仕上『加工技術』1981年4月号」15頁右欄ナイロン/スパンデックスの項参照)、95℃で50分(甲第6号証、特開昭63-85146号公報の3頁右下欄)、95℃で60分(乙第3号証、特開昭61-119754号公報の3頁左下欄〜右下欄)等の条件で行われることからすれば、この染色工程を酸性条件であるpH4で行ったと同じ状況(1時間の場合)ないしはそれよりも過酷な状況(3時間の場合)を実験的に作り出したものであることは明らかである。したがって、引用例1に記載された酸性処理は単なる酸性処理ではなく酸性での染色処理をシミュレーションしたものと解するのが自然である。
よって、審決が、本願発明と引用例1記載の発明において、「両者は、ポリウレタン系弾性繊維が、該繊維中に0.5〜4.5重量%の酸化マグネシウム、酸化アルミニウム、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム、ハイドロタルサイト類化合物の1種を含有している点で一致している」とした認定に誤りはない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について 上記1で述べたとおり、引用例1には、特に酸性処理に際しても耐塩素劣化効果が損なわれないポリウレタン組成物を提供することが記載され、酸性での染色処理をした後もなお糸中に酸化マグネシウムの大部分が保持され、塩素劣化に対する優れた耐性を損なわないことも示されている。したがって、審決が「引用例1には・・・酸性での染色処理をした後もなお糸中に前記金属化物の大部分が保持され、塩素劣化に対する優れた耐性を損なわないことも示されている」とした認定に誤りはなく、これに基づく相違点についての判断にも誤りはない。
3 取消事由3(適法な拒絶理由通知の欠缺)について 特許庁の審査段階における本願発明に対する拒絶理由通知(乙第7号証)は、審決の理由と同様、引用例1を引用した上、交編編地を作成する点について、
「刊行物1(注、引用例1)には、ポリウレタン弾性糸とポリアミドとから成る水着が、塩素水中に暴露されると、繊維の物理的性質の低下が起こることが記載されているから、上記ポリウレタン弾性繊維とポリアミドとから交編編地を作成することは当業者が容易に想到し得ることである」(2頁7行目〜10行目)として、その容易想到性に関する判断根拠を示したものである。他方、審決は、交編編地の水着自体が既に周知であることに言及するに当たり、当業者であれば、このような周知技術については当然熟知しているはずのものであるが、念のため、特開昭63-85146号公報をその例として示したものであり、しかも当該公報は原告の出願に係るものであって、新たな引用例として追加したものではない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について 原告は、「両者(本願発明と引用例1記載の発明)は、ポリウレタン系弾性繊維が、該繊維中に0.5〜4.5重量%の酸化マグネシウム・・・ハイドロタルサイト類化合物群の1種を含有している点で一致している」との審決の認定は誤りであるとし、その理由として、本願発明のポリウレタン系弾性繊維に含まれる塩素劣化防止剤(酸化マグネシウム等)の含有量は染色後の量であるのに対して、引用例1に記載のものは染色前の量であって、両者を同一視することはできない旨主張する。
しかし、審決は、上記一致点の認定に続けて、「本願発明では、前記ポリウレタン系弾性繊維は、ポリウレタン系弾性繊維とポリアミド系繊維とを少なくとも含有する交編編地を染色した、染色された交編編地に採用されている点で、引用例(注、「引用例1」の誤記と認める。)のものと相違している」(審決書8頁11行目〜15行目)との相違点を認定し、「染色された交編編地」におけるポリウレタン系弾性繊維中の酸化マグネシウム等の含有量について、引用例1記載の発明から本願発明の構成を得ることが容易に想到することができたかどうかを検討していること(同9頁11行目〜10頁8行目)は明らかである。そうすると、審決の認定に係る上記一致点は、染色の有無をとりあえず捨象した上での認定にとどまり、
0.5〜4.5重量%以上の酸化マグネシウム等を含有する繊維が「染色された交編編地」中で実現されているとの本願発明の構成については、相違点についての判断中で検討されていると解されるから、原告の上記主張は、審決の趣旨を正解しないものであって、一致点の認定の誤りをいう主張としては失当である。もっとも、
原告の上記主張の趣旨とするところは、取消事由2(相違点についての判断の誤り)に包括されると解されるから、次項においては、そのような観点も加味して検討することとする。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について (1) 本願発明と引用例発明との相違点につき、「本願発明では、前記ポリウレタン系弾性繊維は、ポリウレタン系弾性繊維とポリアミド系繊維とを少なくとも含有する交編編地を染色した、染色された交編編地に採用されている点で、引用例(注、「引用例1」の誤記と認める。)のものと相違している」(審決書8頁11行目〜15行目)ことは当事者間に争いがないところ、原告は、「引用例1には・・・酸性での染色処理をした後もなお糸中に前記金属化物の大部分が保持され、塩素劣化に対する優れた耐性を損なわないことも示されている」との審決の認定(同9頁11行目〜16行目)は誤りである旨主張する。
(2) しかし、引用例1(甲第3号証)は、「種々の塩素水環境における劣化を防止したポリウレタン弾性繊維用組成物に関する」(1頁左下欄13行目〜14行目)ものであるところ、「塩素が誘発する劣化に対する耐性の改善が従来から行われており、例えば塩素劣化防止剤として酸化亜鉛が知られている(特開昭57-29609号公報)。しかしながら酸化亜鉛は、酸性(pH 3〜4)での 染色処理 によって糸から溶出し、その糸中の残存量が激減してしまい、耐塩素安定化効果が失われるという欠点がある。」(1頁右下欄12行目〜19行目。下線は本判決による注記である。以下同じ。)と、酸性での染色処理による塩素劣化防止剤(酸化亜鉛)の溶出が問題であることを明らかにした上で、「本発明の目的は、上記従来技術の欠点を除去し、塩素が誘発する劣化に対して優れた耐性を有し、特に酸性処理に際してもこの耐性が損なわれないポリウレタン組成物を提供することにある。本発明者らは、この目的を達成するため、鋭意研究した結果、酸性水溶液に対して酸化亜鉛とほぼ同程度の溶解性を有するマグネシウムまたはアルミニウムの酸化物・・・が、ポリウレタン繊維に分散させた状態で、前記の酸性での 染色処理 をした後もなお糸中に保持され、その性能を損なうことがないという驚くべき事実を見出した。」(1頁右下欄末行〜2頁左上欄11行目)と記載している。
これらの引用例1の記載(特に下線部)に照らすと、引用例1は、単なる酸性処理ではなく、酸性での染色処理後のポリウレタン繊維中に塩素劣化防止剤が残存することの必要性を明確に開示するものということができる。
(3) また、引用例1(甲第3号証)は、「本発明のポリウレタン組成物から得られた弾性繊維は、塩素が誘発する劣化に対して、優れた耐性を有し、しかも酸性における処理後も、塩素劣化防止剤の大部分が繊維中に保持され、塩素劣化に対する優れた耐性が維持される」(2頁左下欄9行目〜13行目)と記載するとともに、試験例(4頁左上欄本文6行目〜左下欄5行目)として、塩素劣化防止剤(MgO)を含むポリウレタン原糸を酸性(pH4)に調整した沸騰水中に1時間又は3時間にわたって浸漬して測定したところ、塩素劣化防止剤は、62%〜88%残留したとの結果を記載している。
(4) 原告は、引用例1の上記試験例は染色処理をした結果を示しているものとはいえない旨主張する。しかし、引用例1が、酸性での染色処理後のポリウレタン繊維中に塩素劣化防止剤(酸化亜鉛)を残存させるという課題を明確に提示していることは前示のとおりであり、一般に採用されている染色処理における酸性溶液への浸漬条件(繊維社発行の「繊維/染色/仕上『加工技術』1981年4月号」(甲第5号証)15頁右欄ナイロン/スパンデックスの項の「80〜90℃で30〜45分」、特開昭63-85146号公報(甲第6号証)3頁右下欄の「95℃で50分」、特開昭61-119754号公報(乙第3号証)3頁左下欄〜右下欄の「95℃で60分」)に照らしても、上記試験例は、酸性での染色処理を想定したものと解するのが相当である。
なお、上記試験例には、原告の主張するようなすべての染色工程を経たとの記載はないが、上記試験例が、pH4.0の沸騰水中に1ないし3時間浸漬するという過酷な酸性条件での処理の結果を示すものであること、ポリウレタン弾性繊維(スパンデックス)の染色処理には、pH4.0より穏和な酸性条件あるいは弱アルカリ条件で行うものも知られていること(前掲甲第5号証15頁右欄〜16頁左欄のナイロン/スパンデックスの項及びナイロン/綿/スパンデックスの項参照)も考えると、上記試験例が実際の染色処理のシミュレーションとして不十分であるということはできない。
さらに、原告は、紡糸する前段階のポリウレタン溶液に多量の酸化マグネシウム等を含ませた場合、紡糸する際に糸切れを生ずるなどの現象が生じて実用上の商品価値のある製品にすることができないところ、本願発明は、このような困難性を克服して、染色開始時から終了時までの染色液をpH4.5以下にしないとの厳しい管理下において、染色された編地中のポリウレタン系弾性繊維中に所定量の酸化マグネシウム等を含有させる技術を初めて見いだした創作性の高い独自の発明である旨主張する。しかし、本願発明は、紡糸前の繊維中に含まれる塩素劣化防止剤の多寡や特定の製法を規定するものではないから、原告の上記主張は、本願発明の要旨に基づかないものであって、採用することはできない。
(5) 以上に検討したところを総合すれば、審決の「引用例1には・・・酸性での染色処理をした後もなお糸中に前記金属化物の大部分が保持され、塩素劣化に対する優れた耐性を損なわないことも示されている」との認定に誤りはないというべきである。そして、上記試験例における塩素劣化防止剤の残留量を塩素劣化防止剤の添加量(最大10%)及び残存率(62%〜82%)から推論すると、6.2%〜8.2%に達することは計算上明らかであり、これは本願発明における塩素劣化防止剤の最低含有量(0.5%)を大幅に上回るものとなる。また、仮に、上記試験例において、酸性での染色処理における塩素劣化防止剤の残存率が適切に記載されていないとしても、現に残存した塩素劣化防止剤の量を計測し、十分な劣化防止特性を達成するために必要な最低量を調べることに、当業者が格別の創意を要するこということはできない。そうすると、引用例1記載の発明を周知の「染色された交編編地」に適用することにより、本願発明を容易に想到することができたとの審決の判断にも誤りはないというべきである。
(6) 以上のとおり、本願発明と引用例1記載の発明との相違点についての審決の判断に誤りはなく、原告の取消事由2の主張は理由がない。
3 取消事由3(適法な拒絶理由通知の欠缺)について 原告は、審決が本願発明の容易想到性の判断過程で、拒絶理由に掲げられていない甲第6号証の刊行物を挙げている点をとらえ、手続上の瑕疵がある旨主張する。
しかし、審決の「ポリウレタン系弾性繊維とポリアミド系繊維とを少なくとも含有する交編編地を染色した、染色された交編編地からなる水着類は、例えば特開昭63-85146号公報(注、甲第6号証の刊行物)にみられるように、本願出願前に周知といえる」(審決書9頁6行目〜10行目)との認定において、甲第6号証の刊行物を挙げている趣旨が、染色された交編編地から成る水着類が周知であることを例示するためのいわゆる周知例としての位置付けにすぎないことは、その記載自体から明らかである。そして、「染色された交編編地からなる水着類」が、当業者であれば、特定の刊行物をもって示すまでもない周知の技術事項にすぎないことは、特開昭59-150142号公報(乙第2号証)、特開昭61-119754号公報(乙第3号証)及び特開平1-104864号公報(乙第4号証)に照らしても明らかである。しかも、本願発明自体、本件明細書中に「ポリウレタン繊維とポリアミド繊維から成る水着は、水泳プール中で活性塩素濃度が0.5〜3PPMを含む水に長期にさらされると、繊維の物理的性質の低下が起こることが知られている」(甲第2号証【0003】)と記載しているように、このような交編編地から成る水着が周知であることを前提としている。なお、原告は、周知というためには、特許出願のかなり以前からごく普通に存在するものとして、少なくとも複数の刊行物により主張立証されるべきである旨主張するが、独自の見解であって、採用することができない。
したがって、拒絶理由通知に記載のないこのようないわゆる周知例を審決で付け加えたとしても、特許法159条2項の「異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たるものではなく、同項において準用する同法50条の規定に何ら反するものとはいえない。
4 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 宮坂昌利