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関連審決 審判1997-10227
関連ワード 物の発明 /  方法の発明 /  製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  文言解釈 /  技術的意義 /  構成要件 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  拡張 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 203号 審決取消請求事件
原告 株式会社東芝代表者代表取締役 【A】
訴訟代理人弁理士 大胡典夫
同 外川英明
同 堀口浩
被告 特許庁長官【B】
指定代理人 【C】
同 【D】
同 【E】
同 【F】
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/03/13
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成9年審判第10227号事件について平成11年5月10日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、昭和63年7月11日にした特許出願(特願昭63-171011号)に基づく特許法42条の2第1項(平成5年法律第26号による改正前のもの)の規定による優先権を主張して、平成元年2月10日、発明の名称を「折り曲げ部を有するフレキシブル配線基板の製造方法」とする発明について、特許出願(特願平1-29601号)をし、これに基づき平成7年12月25日に出願公告(特公平7-122713)がされた。これに対し、特許異議の申立てがあり、原告は、平成8年12月16日付け手続補正書により、発明の名称を「フレキシブル配線基板及び電子部品」とし、特許請求の範囲を後記2のとおりとする補正を行ったが、平成9年2月17日拒絶査定を受けたため、同年6月26日に拒絶査定不服の審判を請求した。
特許庁は、同請求を平成9年審判第10227号事件として審理した結果、
平成11年5月10日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同年6月7日に原告に送達した。
2 特許請求の範囲 前記特許出願の願書に添付された明細書(平成8年12月26日付け手続補正書で補正されたもの。以下「本願明細書」という。)の特許請求の範囲には、次の記載がある。
「(1) 平板状のフレキシブル絶縁基板上に複数の導体パターンが形成され、前記フレキシブル絶縁基板にこれら導体パターンと交叉する方向の切り欠き部が複数列形成されてなる折り曲げ部を有するフレキシブル配線基板において、少なくとも前記切り欠き部から露出する前記導体パターンの一表面に前記フレキシブル基板よりも曲げ強さが低い保護用樹脂が隣接する前記切り欠き部間で不連続の形状に形成されてなることを特徴とするフレキシブル配線基板。(以下、「本願第1発明」という。) (2) 平板状のフレキシブル絶縁基板上に複数の導体パターンが形成され、前記フレキシブル絶縁基板にこれら導体パターンと交叉する方向の切り欠き部が複数列形成されてなる折り曲げ部を有するフレキシブル配線基板において、前記フレキシブル絶縁基板上の所定の領域にICチップを搭載してなるとともに、少なくとも前記切り欠き部から露出する前記導体パターンの一表面に前記フレキシブル基板よりも曲げ強さが低い保護用樹脂が隣接する前記切り欠き部間で不連続の形状に形成されてなることを特徴とするフレキシブル配線基板。(以下、「本願第2発明」という。) (3) 互いに離間して設けられた一方の電極端子群と他方の電極端子群を電気的に接続してなる接続手段を具備する電子部品において、前記接続手段として請求項1又は2記載のフレキシブル配線基板を用いたことを特徴とする電子部品(以下、「本願第3発明」という。)」 3 審決の理由 別紙審決書の理由の写しのとおり、本願第1ないし第3発明は、本願出願前に頒布された実願昭57-86391号(実開昭58-188684号)の願書に添付された明細書及び図面のマイクロフィルム(以下「引用例1」という。)記載の発明(以下「引用発明1」という。)及び特開昭61-6832号公報(以下「引用例2」という。)記載の発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項に該当し、特許を受けることができないとした。
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、1(手続の経緯等)、2(原査定の拒絶理由)、3(引用例)は認める。4-1(対比・判断)のうち、7頁11行目ないし8頁11行目(本願第1発明と引用発明1との一致点及び相違点の認定)は認め、その余は争う。4-2(対比・判断)のうち、10頁9行目ないし11頁12行目(本願第2発明と引用発明1との一致点及び相違点の認定)は認め、その余は争う。4-3(対比・判断)のうち、13頁12行目ないし14頁18行目(本願第3発明と引用発明1との一致点及び相違点の認定)は認め、その余は争う。5(むすび)は、
争う。
審決は、本願第1ないし第3発明(以下「本願各発明」という。)の目的と引用発明1、2の目的との相違を看過したため相違点についての判断を誤り、本願各発明は引用発明1、2から当業者が容易に発明できたものであるとの誤った判断をしたものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 特許請求の範囲の解釈について (1) 本願各発明のフレキシブル配線基板は、その特許請求の範囲に、それが「平板状の部品であって、折り曲げ部分を構成する切り欠き部から露出する導体パターンの一表面にフレキシブル絶縁基板よりも曲げ強さが低い保護用樹脂が塗布されてなるもの」であるとの趣旨が明確に記載されているから、折り曲げ部で折り曲げられる前の状態のものであると解釈すべきは、当然である。
請求項1には、「平板状のフレキシブル絶縁基板」との記載があり、これによれば、フレキシブル配線基板のフレキシブル絶縁基板は「平板状」であることが明らかである。「平板」の語の通常の意味は、「@平らな板、A変化に乏しく、
単調なこと、」(甲第7号証(新村出編広辞苑第三版)・2152頁)や「@ひらたい板。A種まきの時、地をならすのに用いる農具。B抑揚変化に乏しく面白みのないこと」(甲第8号証(小学館発行、編集日本大辞典刊行会、日本国語大辞典、
第17巻)、608頁)であり、また「状」の意味は「@すがた。ありさま。A事のなりゆき。ようす。B事情を具して上中する書。陳述書。手紙」(甲第7号証、1170頁)であることから、「平板状のフレキシブル絶縁基板」の意味は、文言解釈によれば、「平らな板のありさま」のもので、「折り曲げ部」で折り曲げられる前の平板状の部品としての状態を指すものであることが明らかである。
(2) 被告は、「折り曲げ部を有するフレキシブル配線基板」という記載の「折り曲げ部」は、その文言からみて折り曲げられた部分を指すと主張する。
しかしながら、特許請求の範囲には「折り曲げられた折り曲げ部」などとは全く記載されていない。「折り曲げ部」は、あくまでも平板上の部品に、その記載どおりの「導体パターンと交叉する方向の切り欠き部が複数列形成されてなる」ものであって、「折り曲げ」の予定された部分のことである。このように、「折り曲げ」の予定された部分のことを「折り曲げ予定部」としないで「折り曲げ部」と表現するのは、極めて自然なことである。このことは、例えば、「やまおり」又は「たにおり」のような文言により折り曲げ位置を表現する場合にも、決して「やまおり予定部」又は「たにおり予定部」のような表現は用いないこと、折り曲げた後の状態を表現するには、「折り曲げ部」とするよりはむしろ「角部」等の文言を用いる方が自然であることにより、明らかである。「折り曲げ部」は、あくまで、
「平板状」との文言との関係で解釈されるべきであり、単に折り曲げ位置を指すにすぎないと解するべきである。
(3) 被告は、発明の詳細な説明全体をみれば、そこでは、「折り曲げ予定部」と「折り曲げ部」との意味を使い分けているとして、「折り曲げ部」は折り曲げられた部分を指すとし、平板状なのはあくまでもフレキシブル絶縁基板だけであり、
フレキシブル配線基板までもが平板状であるとは記載されていないと主張する。
しかしながら、発明の詳細な説明では「折り曲げ部」と「折り曲げ予定部」の語とが混在しており、その意味を特別に区別し明確に使い分けていないことが明らかである。
(4) 被告は、特許請求の範囲の「平板状」の語は、当初明細書等に記載されておらず補正によって加えられたものであるから、出願当時の技術常識に照らしてフレキシブル絶縁基板がその上に導体パターンを形成することが可能な平面的形状を有していることを指す程度の意味合いで用いられているにすぎず、フレキシブル配線基板までもが平板状であることを意味しないのは明らかであると主張する。
しかし、補正は、本願の審理において被告の異議もなく認められ、既に確定している。そうである以上、本願各発明の特許請求の範囲の解釈につき、現段階において当初明細書の記載及びその審査経過が考慮される余地はない。被告の主張に法的根拠はない。
2 本願各発明の目的と引用発明1,2の目的との相違について (1) 一般的に、フレキシブル配線基板は、平板状の部品として製造され、これを折り曲げて、電子装置に完成品の一部として実装されることによって所定の機能を発揮するものであり、製造から実装に至る過程において、次のような技術的課題がある。本願各発明もこれらの技術的課題の解決を目的としている。
@-1(折り曲げ実装前及び実装時の信頼性(部品としての性質)の向上) 本願各発明のように基板上に折り曲げのための切り欠き部を設けたものにおいては、部品としてのフレキシブル配線基板上の切り欠き部において配線が露出していると、部品の製造工程において、平板状に保持した部分に生じる応力や、
当該テープ状の部品をリールに巻き替える際に生じる応力によって、配線が短絡あるいは断線するおそれがある。また、部品の折り曲げ時においても、同様のおそれがある。したがって、これらの点についての信頼性を高める必要がある。
@-2(折り曲げ実装時の折り曲げ容易性(部品としての性質)の向上) A-1(折り曲げ実装後の装置の小型薄型化(完成品の一部としての性質)の向上) A-2(折り曲げ実装後の信頼性(完成品の一部としての性質)の向上) (2) 1で述べたとおり、本願各発明におけるフレキシブル配線基板は、平板状の部品としての物の発明であり、折り曲げ部で折り曲げられる前の状態の物である。したがって、本願各発明においては、基板を折り曲げる前に、あらかじめ切り欠き部に保護用樹脂を形成することを前提としている。
従来技術のように、切り欠き部を形成して折り曲げを容易にしたという技術背景のもとでは、折り曲げ前に樹脂を塗布して切り欠き効果を減らしてしまうということは考えられないことであり、折り曲げ後に樹脂を塗布して、いったん折り曲げたものの状態を固定するという発想にとどまっていた。本願各発明は、折り曲げ前にあらかじめ保護用樹脂を形成することによって、上記(1)の技術的課題をすべて解決したものである。すなわち、本願各発明の構成を採ることにより、「切り欠き部での配線の短絡または断線を防ぎ、高密度、信頼性の折り曲げ部を有するフレキシブル配線基板を得ることができる。また、樹脂の塗布後に折り曲げるので作業性も良い。」(甲第2号証4頁右欄41行〜44行)との効果が得られる。本願各発明は、特に折り曲げ前及び折り曲げ時の信頼性という目的を実現して総合的に折り曲げを容易にすることにより、引用発明1、2からは予測できない効果を達成したものである。
(3) 引用発明1は、フレキシブル配線基板の「折り曲げ部」に切り欠き部を形成し、ここで折り曲げることにより弾性反発力を弱め、弾性による接続部の劣化を防止するとともに、小型化、薄型化を達成しようとするものである。したがって、
引用発明1は、本願各発明とは、上記(1)A-1折り曲げ実装後の小型化・薄型化、
@-2の折り曲げ実装時の折り曲げ容易化の点で目的を共通にする。しかし、引用例1には、(1)A-2の折り曲げ実装後の信頼性及び@-1の折り曲げ実装前及び実装時の信頼性を向上することについては、これを示唆する記載はない。
引用発明2は、リード群が形成された可撓性フィルムに、開孔部を設け、
ここで折り曲げた後に、リード群が露出した開孔部領域に樹脂を塗布したものである。したがって、引用発明2は、本願発明とは、上記(1)A-1折り曲げ実装後の小型化・薄型化、A-2折り曲げ実装後の信頼性及び@-2の実装時の折り曲げ容易化の点で目的を共通にする。しかし、引用例2には、(1)@-1の折り曲げ実装前及び実装時の信頼性を向上することについては、これを示唆する記載はない。
3 審決の相違点に対する判断について (1) 相違点(1)について 審決は、引用発明2の保護用樹脂を引用発明1に適用して本願各発明に想到することは、当業者であれば容易になし得るものであると認められると判断した。しかし、本願各発明は、折り曲げ前に、フレキシブル基板よりも曲げ強さが低い保護用樹脂を塗布することによって、その目的を達成することができるものである。すなわち、本願発明においては、フレキシブル配線基板が「折り曲げ部」で折り曲げられる前の平板状の部品の状態であるからこそ、フレキシブル基板よりも曲げ強さが低い保護用樹脂が塗布されているのであり、この平板状の部品としての状態であることと、所定の曲げ強さの保護用樹脂との組み合わせは、互いに極めて密接な関係を持つものである。したがって、「・・・保護用樹脂が・・・形成されてなる」(相違点(1))と「フレキシブル基板よりも曲げ強さが低い保護用樹脂」(相違点(2))とを分離して判断することは適切ではない。
これに対し、引用例1にも同2にも、折り曲げ前及び折り曲げ時の信頼性を向上させることについては、これを述べた記載はなく、それを示唆する記載もない。引用発明2は、同じく保護用樹脂を塗布するものであるとはいえ、そこでは、
塗布が行われるのは、折り曲げ後のことであるにすぎない。したがって、引用発明1及び同2を組み合わせたとしても、本願各発明の構成は、当業者といえども容易に考えられるものではない。
(2) 相違点(2)について 審決は、相違点(2)について、数多くある保護用樹脂の中から必要に応じて任意のものを選択することは、当業者が適宜決定できる設計的な事項にすぎないとする。
しかしながら、引用例1、2には折り曲げ前及び折り曲げ時の信頼性を向上させるという目的は記載されておらず、本願各発明に至るための起因ないし契機となりうる目的が全く示唆されていないから、当業者といえども、上記構成を単に設計的事項として導き出すことはできない。
かえって、引用発明2の保護用樹脂は、折り曲げ実装後に塗布され、基板が機械的に曲がらないようにするための「曲げ強さが高い保護用樹脂」であることが、強く示唆されている。ある技術課題が、一方を選べば達成され、他方を選べば全く達成されないという関係にあるとき、その技術課題との関連で両者のいずれを選択するかを設計的事項とすることはできないことは明らかである。本件においても、本願各発明のように基板よりも曲げ強さが低い樹脂を保護用樹脂として用いることにより、初めて、上記(1)の@-1の信頼性向上を達成することができる。曲げ強さの高い樹脂を保護用樹脂として選定した場合は折り曲げ部での折り曲げ自体を妨げ、切り欠き部を形成する意味がなくなり、そもそも装置の小型化、薄型化すら達成されなくなる。したがって、曲げ強さの低いものあるいは高いもののいずれかを選択することが設計的事項にすぎないということはできない。
(3) 相違点(3)について 本願各発明は、保護用樹脂を塗布した後に折り曲げを予定するため、切り欠き部間で連続して保護用樹脂を塗布してしまうと、切り欠き部間での保護用樹脂の張力が働き配線が切断するおそれが生じ、折り曲げが困難になるという不都合を避けるため、2つの切り欠き部が例え極めて近接していたとしても、あえて不連続としたものである。したがって、「スリット穴が非常に接近して、塗布された塗料が混じり合う状況にでもならない限り」、通常は、切り欠き部間で不連続なものになるとの審決の判断は不当である。
被告の反論の要点
審決の認定判断は、正当であり、審決を取り消すべき理由はない。
1 原告の主張は、本願各発明が、フレキシブル配線基板を折り曲げる前にあらかじめ保護用樹脂を塗布するものであることを前提としたものである。しかし、そもそも本願各発明は、「保護用樹脂が隣接する前記切り欠き部間で不連続の形状に形成されてなること」を構成要件としており、「フレキシブル配線基板を折り曲げる前に予め保護用樹脂を塗布すること」を構成要件とはしていない。原告の主張は、本願各発明の構成要件に基づかないものであり、失当である。
(1) 本願第1、第2発明の構成要件には、「折り曲げ部を有するフレキシブル配線基板」が記載されており、この「折り曲げ部」が折り曲げられた部分を指すことは、その文言からみて明らかである。このことは、発明の詳細な説明において、
「折り曲げ部」と「折り曲げ予定部」とが明確に使い分けられていることからも裏付けられる。
(2) 本願第1、第2発明の構成要件には、フレキシブル絶縁基板が平板状であること、導体パターンがこの平板状の絶縁基板上に形成されていること及びフレキシブル配線基板が折り曲げ部を有することは記載されているが、折り曲げ部が折り曲げられる前の状態であることは記載されていない。つまり、平板状なのは、あくまでもフレキシブル絶縁基板だけであり、フレキシブル配線基板までもが平板状であるとは記載されていない。そして、「折り曲げ部」が折り曲げられた後のものを意味することは上記のとおりである。
(3) 原告がその主張の根拠とする「平板状のフレキシブル絶縁基板」という語は、当初明細書には記載されておらず、手続補正書により明細書に付加されたもので、当初明細書に記載されていた方法の発明物の発明にまで拡張したものである。したがって、「平板状のフレキシブル絶縁基板」は出願時の技術常識で理解される範囲内でのみ解釈されるべきである。そして、フレキシブル配線基板は、その技術常識に則って検討すると、一般的に、平面的なフレキシブル絶縁基板上に導体パターンを形成したものであることから、「平板状」の語は、フレキシブル絶縁基板がその上に導体パターンを形成することが可能な平面的形状を有していることを指す程度の意味合いで用いられており、フレキシブル配線基板までもが平板状であることを意味しないのは明らかである。
2 一般に特許請求の範囲製造方法によって特定された物であっても、対象とされる物が特許を受けられるものである場合には、特許の対象は、あくまで製造方法によって特定された物であって、特許の対象を当該製造方法によって製造された物に限定して解釈する必然はなく、これと製造方法は異なるが物として同一である物も含まれると解することができる(東京地方裁判所平成11年9月30日判決 平9(ワ)第8955号)。
上記のとおり、特許請求の範囲には、最終的に折り曲げられ、保護用樹脂が塗布されたフレキシブル配線基板が記載されているので、仮にフレキシブル配線基板が製造の途中で原告の主張するような平板状の部品であったとしても、その製造途中の状態は特許の対象ではなく、特許の対象は、あくまでも最終的に製造されたフレキシブル配線基板であることは明らかである。そうである以上、保護用樹脂の形成時期がフレキシブル配線基板の折り曲げの前か後かという製造の手順は、折り曲げられたフレキシブル配線基板の発明として見る限り問題ではないから、物の発明としての技術的意義を有しておらず、したがってまた、これと所定の曲げ強さの保護用樹脂との組み合わせにも、技術的意義はない。
3 本願第3発明について 本願第3発明は、請求項1、2を引用した物(電子部品)の発明である。したがって、本願第3発明においても、保護用樹脂の塗布の時期には、電子部品の発明としての技術的意義はない。フレキシブル配線基板が実装される前の平板状の部品のときに保護用樹脂を塗布することを根拠とする原告の主張は理由がない。
当裁判所の判断
1 本願第3発明について (1) 本願各発明に係る特許請求の範囲(請求項1ないし3)中の「フレキシブル配線基板」および「折り曲げ部」の解釈について、原告は、「フレキシブル配線基板」は平板状のものであり、「折り曲げ部」は折り曲げる前の折り曲げ予定部であるから、保護用樹脂を塗布する時期は折り曲げ前であり、この点に技術的意義があると主張する。これに対し、被告は、「フレキシブル配線基板」は、折り曲げられた状態のものであり、「折り曲げ部」は折り曲げられた後の折り曲げ部であるから、折り曲げの時期と保護用樹脂の塗布の時期の先後関係には、技術的意義はない旨主張する。
(2) 本願第3発明(請求項3)が、「互いに離間して設けられた一方の電極端子群と他方の電極端子群を電気的に接続してなる接続手段を具備する電子部品において、前記接続手段として請求項1又は2記載のフレキシブル配線基板を用いたことを特徴とする電子部品」というものであることは、当事者間に争いがない。
上記のとおり、「フレキシブル配線基板」の語が、「折り曲げ前」の平板状の状態にあるものを意味するのか、それとも「折り曲げ後」の状態にあるものを意味するのかについては、当事者間に争いがある。
しかしながら、仮に、請求項1又は2の「フレキシブル配線基板」の語を、原告の主張するように「折り曲げ前」の「平板状」の状態にあるものを意味すると解釈すべきであるとしても、上記の請求項3の記載文言によれば、同項記載の電子部品における「接続手段として用いられた請求項1又は2のフレキシブル配線基板」は、その性質(フレキシブル)を利用して、「互いに離間して設けられた一方の電極端子群と他方の電極端子群を電気的に接続」するように「折り曲げられた」状態にあるものを指すと解釈するのが相当である。このように解釈した本願第3発明の構成は、発明の詳細な説明の記載中の「この後、第1図cに示すように、
図の右方のリード2を異方性導電フィルム8を用いて、液晶セル9の電極端子と接続する。次に、第1図dに示すように、ICチップ側を上方に持上げフレキシブル配線基板を切り欠き部1b、1cを形成した部分で逆コ字状に折り曲げる。そして、更に液晶セル9の上方に配置されたチップ部材、ICチップ等を搭載したコントロール回路を形成した回路基板10の電極端子と、他方のリード2を半田11により接続する。以上のようにして、液晶表示装置が完成される。」(甲第2号証3頁右欄13行目〜22行目)との記載及び図面(第1図d)に対応するものと認められ、上記解釈は、発明の詳細な説明によっても裏付けられている。
(3) 上記によれば、本願第3発明は、折り曲げ後のフレキシブル配線基板を用いた電子部品である「物の発明」である。物の発明は、方法の発明と異なって製造の過程といった経時的要素を含まない発明であるから、その構成として考慮されるのは、「折り曲げ後のフレキシブル配線基板」及び「折り曲げ後のフレキシブル配線基板に塗布されている保護用樹脂」であり、折り曲げ前の基板の形態及び保護用樹脂の塗布時期は考慮されないものというべきである。
そこで、このことを前提に、本件第3発明につき、引用例との相違点に関する審決の判断について検討する。
@ 当事者間に争いのない事実及び甲第4号証によれば、引用例1には、互いに離間して設けられた一方の電極端子群と他方の電極端子群を電気的に接続してなる接続手段を具備する電子部品において、前記接続手段として(ア)平板上のフレキシブルプリント基板9上に複数の導体パターンが形成され、前記フレキシブルプリント基板9にこれら導体パターンと交叉する方向のスリット穴部A・Bが複数列形成されてなる折り曲げ部を有するフレキシブルプリント基板9、又は、(イ)平板上のフレキシブルプリント基板9上に複数の導体パターンが形成され、前記フレキシブルプリント基板9にこれら導体パターンと交叉する方向のスリット穴部A・Bが複数列形成されてなる折り曲げ部を有するフレキシブルプリント基板9において、前記フレキシブルプリント基板9上の所定の領域に集積回路8,8’を塔載してなるもの、を用いたことを特徴とする電子表示装置である引用発明1(第4図参照)が開示されていることが認められる。
また、甲第5号証によれば、引用例2には、「本発明は少なくとも一定幅の可撓性フィルム上に複数の第1および第2の開孔部を設け、かつ前記可撓性フィルム上に導体配線すなわちリード群を形成せしめ、複数の第1の開孔部においては、前記リード群が突出され、これに半導体素子の電極が接続され、一方第2の開孔部においては、前記リード群が延在して開孔部を横断せしめ、前記第2の開孔部で前記可撓性フィルムを折曲げた構成である」(2頁右上欄1行目ないし9行目)、「第3図の構成は、開孔部4の折曲げたリード群6’の領域に樹脂10を塗布したものであって、リード群6’を電気的および機械的に保護せんとするものである。」(2頁右下欄10行から13行)と記載された引用発明2が開示されていることが認められる。
上記認定によれば、引用発明1の「フレキシブルプリント基板9とスリット穴部A・B」及び引用発明2の「可撓性フィルムと開孔部4」は、いずれも同じ折り曲げ後のものであり、本願第3発明の「折り曲げ後のフレキシブル配線基板と切り欠き部」に対応するものであるということができるから、引用発明1の「スリット穴部が形成された(折り曲げ後の)フレキシブルプリント基板9」に引用発明2の「保護用樹脂10」を適用することを妨げる格別の要因は見あたらない。
A 相違点(1)について 原告は、本願第3発明における「フレキシブル配線基板」は「実装前及び実装時の信頼性の向上」を目的とする「平板状のフレキシブル絶縁基板に保護用樹脂を塗布した(折り曲げ前の)フレキシブル配線基板」であることを前提として、引用発明1、2のいずれにも、その目的の教示がないから、引用発明2の保護用樹脂を引用発明1のものに適用することは容易ではないと主張する。しかしながら、前記のとおり、本願第3発明のフレキシブル配線基板はすでに折り曲げられた後のフレキシブル配線基板をいうと解すべきであり、また本願第3発明は物の発明であるため保護用樹脂の塗布時期(製造手順)は考慮されないので、本願第3発明のフレキシブル配線基板が折り曲げ前のものであることを前提とする原告の主張はその前提を欠き、採用することができない。
B 相違点(2)について 「折り曲げ前のフレキシブル配線基板」に「フレキシブル基板よりも曲げ強さが高い」樹脂を塗布すると、折り曲げ部で折り曲げること自体が妨げられるとともに、折り曲げを容易にするという切り欠き部を形成した意味もなくなることは明らかであるから、「フレキシブル基板よりも曲げ強さが低い」との条件は、原告の主張する「折り曲げ前のフレキシブル配線基板に保護用樹脂を塗布する」という製造手順の必然の結果として生ずるものである、ということができる。換言すれば、「折り曲げ前のフレキシブル配線基板に保護用樹脂を塗布する」という製造手順を採用するときには、同時に、塗布すべき樹脂としては「フレキシブル基板よりも曲げ強さが低い」との条件を具備するものを採用しなければならないということである。
しかし、このことは、それだけでは、「折り曲げ前のフレキシブル配線基板に保護用樹脂を塗布する」という製造手順ではなく、「折り曲げ後のフレキシブル配線基板に保護用樹脂を塗布する」という製造手順を採用した場合には、「フレキシブル基板よりも曲げ強さが低い」との条件を具備した樹脂は、塗布すべき樹脂から排除されなければならない、ということに結びつくものではない。これはいうまでもないことである。そして、「折り曲げ後のフレキシブル配線基板に保護用樹脂を塗布する」という目的との関係で、塗布すべき樹脂が「フレキシブル基板よりも曲げ強さが高い」ものであることに特段の技術的意義があることをうかがわせる証拠はない。そうである以上、そのとき塗布すべき樹脂は、「フレキシブル基板よりも曲げ強さが低い」ものである必要はないものの、そうであってはならないものでもないこと、すなわち「短絡または断線を防ぐ」ものであるならば、上記のいずれでもよいことは明らかというべきである。この意味において、樹脂の選択は適宜決定できる設計的事項であるということができる。
C 相違点(3)について 「折り曲げ前のフレキシブル配線基板」の隣接する切り欠き部間に連続して保護用樹脂を塗布すると、折り曲げの際、切り欠き部間の保護用樹脂に張力が働くため配線が切断するおそれがあるから、「保護用樹脂が隣接する前記切り欠き部間で不連続の形状に形成されてなる」との構成は、「折り曲げ前のフレキシブル配線基板に保護用樹脂を塗布する」という製造手順の必然の結果として生ずるものであるということができる。
しかし、このことは、それだけでは、「折り曲げ前のフレキシブル配線基板に保護用樹脂を塗布する」という製造手順ではなく、「折り曲げ後のフレキシブル配線基板に保護用樹脂を塗布する」という手順を採用した場合には、「保護用樹脂が隣接する前記切り欠き部間で不連続の形状に形成されてなる」との構成が排除される、ということに結び付くものではない。そして、折り曲げ実装後に切り欠き部に保護用樹脂を塗布するに当たり、隣接する切り欠き部に保護用樹脂を連続して形成することに特段の技術的意義があることをうかがわせる証拠はない(なお、
甲第6号証(5頁左上欄1行目ないし5行目・第15図)によれば、本願出願の前に公開された特許公報(特開昭60-216573)に、フレキシブル配線基板において、信頼性向上のため、折り曲げ実装後に、隣接する切り欠き部ごとに接着剤(保護用樹脂)を不連続に塗布する構成が記載されていることが認められる。)。
そうだとすると、保護用樹脂の塗布の時期とフレキシブル配線基板の折り曲げの時期の先後関係と、「保護用樹脂が隣接する前記切り欠き部間で不連続の形状に形成されてなる」との構成との間に必然的なつながりはなく、「断線」を防ぐものであるならば、「保護用樹脂が隣接する前記切り欠き部間で不連続の形状に形成されてなる」との構成と「保護用樹脂が隣接する前記切り欠き部間で連続した形状に形成されてなる」との構成のいずれでもよいことは、明らかというべきである。この意味において、保護用樹脂を隣接する切り欠き部間で不連続の形状に形成する構成とするか、連続した形状に形成する構成とするかは、適宜決定できる設計的事項であるということができる。
D 以上のとおりであるから、本願第3発明は、引用発明1、2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審決の判断部分に誤りはない。
なお、審決は、本願第1、第2発明の進歩性についても審理、判断している。しかしながら、本願出願に対する拒絶査定は、本願第3発明が引用例1、2に基づいて容易に発明をすることができたものであることのみを理由としてされたことは当事者間に争いがない。そうすると、この拒絶査定に対する不服の審判において、拒絶理由に記載されていない本願第1、第2発明の進歩性の有無を審理、判断の対象とする場合には、審判手続中において、改めて特許出願人に対し拒絶理由について通知をし、意見書を提出する機会を与えなければなければならないにもかかわらず(平成5年法律第26号、平成6年法律第116号による改正前の特許法159条2項50条)、審判手続において上記手続がとられた形跡はない。したがって、審決が本願第1、第2発明の進歩性についても審理、判断したことには、手続上の瑕疵があるといわざるを得ない。しかしながら、本願第3発明の進歩性を否定した審決の判断が支持されるべきことは、前記説示のとおりであるから、上記手続上の瑕疵は審決の結論に影響を及ぼさないものというべきである。
以上によれば、本願各発明の特許出願に対する拒絶査定を支持した審決は結
論において正当であって、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他、審決の認定判断にはこれを取り消すべき瑕疵が見当たらない。よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 山田知司
裁判官 阿部正幸