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関連審決 異議1998-75657
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  技術的意義 /  特許発明 /  実施 /  設定登録 /  訂正の許否 /  請求の範囲 /  変更 /  独立特許要件 /  訂正明細書 /  取消決定 /  異議申立 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 62号 特許取消決定取消請求事件
原告 三菱電機株式会社代表者代表取締役 【A】
訴訟代理人弁護士 尾崎英男
被告 特許庁長官【B】
指定代理人 【C】
同 【D】
同 【E】
同 【F】
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/03/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成10年異議第75657号事件について平成11年12月22日にした決定中、特許第2755096号の請求項1ないし3、5ないし6に係る特許を取り消すとした部分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、平成5年2月26日に特許出願され、平成10年3月6日に設定登録された、名称を「携帯電話機構造」とする特許第2755096号発明(以下、
この特許を「本件特許」といい、この発明を「本件特許発明」という。)の特許権者である。
本件特許につき異議申立てがされ、平成10年異議第75657号事件として特許庁に係属したところ、原告は、平成11年6月4日、明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の各記載を訂正する旨の訂正請求をし、さらに、同年11月9日、訂正請求書の補正をした(以下、この補正後の訂正請求書に係る訂正を「本件訂正」という。)。
特許庁は、同特許異議の申立てにつき審理した上、平成11年12月22日に「特許第2755096号の請求項1ないし3、5ないし6に係る特許を取り消す。同請求項4に係る特許を維持する。」との決定(以下「本件決定」といい、本件決定のうち「特許第2755096号の請求項1ないし3、5ないし6に係る特許を取り消す。」との部分を「本件取消部分」という。)をし、その謄本は、平成12年1月19日、原告に送達された。
2 特許請求の範囲 (1) 設定登録時の明細書の特許請求の範囲の記載 【請求項1】下記の(a)および(b)とを備えた携帯電話機構造。
(a) 着呼キー、再呼キー、応答保留キーのうち少なくとも1個とその他のキーを持つスイッチ手段と、スピーカと、マイクロホンとを備えた本体と、
(b) 本体に回動可能に保持され、閉じたとき前記着呼キー、再呼キー、応答保留キーのうち少なくとも1個は露出した状態で前記スイッチ手段を覆うカバー。
【請求項2】カバーに設けた切欠きにより閉じたとき特定のキーを露出させることを特徴とする請求項1項に記載の携帯電話機構造。
【請求項3】カバーに設けた孔により閉じたとき特定のキーを露出させることを特徴とする請求項1項に記載の携帯電話機構造。
【請求項4】孔を開閉するスライド板をカバーに設けたことを特徴とする請求項第3項に記載の携帯電話機構造。
【請求項5】着呼キー、再呼キー、応答保留キーの少なくとも1個とその他のキーを持っスイッチ手段と、スピーカと、マイクロホンとを備えた本体と、この本体に回動可能に保持され、閉じたとき前記スイッチ手段を覆うカバーとを備えた携帯電話機構造において、前記カバーに設けた孔に押しボタンを設け、カバーを閉じた状態でこの押しボタンを押すことにより前記着呼キー、再呼キー、応答保留キーの少なくとも1個が操作されることを特徴とする携帯電話機構造。
【請求項6】前記カバーを回動可能に保持する本体の部分をヒンジ構造としてマイクロホンの音孔を設け前記カバーを閉じた状態で前記音孔が露出するようにしたことを特徴とする請求項第1項または請求項第5項のいづれかに記載の携帯電話機構造。
(2) 本件訂正に係る明細書(以下「訂正明細書」という。)の特許請求の範囲の記載 着呼キー、再呼キー、応答保留キーとその他のキーを持つスイッチ手段と、スピーカと、マイクロホンとを備えた本体と、
本体に回動可能に保持され、閉じたとき前記その他のキーを覆うカバーとを備えた携帯電話機構造であって、
前記着呼キー、再呼キー、応答保留キーは前記カバーを閉じたとき前記カバーの領域外で該カバーと表示部の間に露出して配置されていることを特徴とする携帯電話機構造。
3 本件決定の理由 本件決定は、別添決定書写し記載のとおり、@訂正請求書の補正は、訂正請求書の要旨を変更するものではないから、特許法120条の4第3項において準用する同法131条2項(注、「平成10年法律第51号による改正前の同法131条2項」の趣旨と解される。)の規定に適合するとし、A訂正明細書の特許請求の範囲に記載された発明(以下「訂正発明」という。)は、特開平4-23547号公報(以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「刊行物発明」という。)並びに慣用及び周知の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明し得るものであって、本件訂正は、特許法120条の4第3項で準用する同法126条4項(注、「特許法120条の4第3項の規定により準用され、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律116号)附則6条1項の規定がなお従前の例によるとすることによって適用される同法による改正前の特許法126条3項」の趣旨と解される。)の規定に適合しないので、本件訂正は認められないとし、B本件特許発明の要旨を設定登録時の明細書の特許請求の範囲の記載のとおり認定した上、その請求項1〜3、5に係る各発明は刊行物発明及び慣用の技術事項に基づいて、請求項6に係る発明は刊行物発明及び実願昭59-91469号(実開昭61-7145号)のマイクロフィルムに記載された発明に基づいて、それぞれ当業者が容易に発明をすることができたものであるから、これらの発明に係る特許は、特許法29条2項の規定に反してされたものであり、同法113条2項に該当して取り消されるべきものであるが、請求項4に係る発明は取消理由を発見しないとした。
原告の主張する本件決定中の本件取消部分の取消事由
本件決定の理由中、訂正請求書の補正についての判断、訂正発明の要旨の認定、刊行物1の記載事項の認定、訂正発明と刊行物発明との一致点及び相違点の各認定は認める。また、設定登録時の明細書の特許請求の範囲の請求項1〜3、5、
6に係る各発明が当業者において容易に発明をすることができたものであることは争わない。
本件決定は、本件訂正の許否についての判断に際し、訂正発明と刊行物発明との相違点についての判断を誤った結果(取消事由1、2)、訂正発明が刊行物発明並びに慣用及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明し得るものであって、本件訂正は独立特許要件に適合しないので認められない旨誤って判断し、ひいて、本件特許発明の要旨の認定を誤って、その請求項1〜3、5、6に係る特許が特許法29条2項の規定に反してされたとの誤った結論に至ったものであるから、
本件決定中の本件取消部分は違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り1) (1) 本件決定は、訂正発明と刊行物発明との相違点として認定した、カバーを閉じたとき露出して配置されている特定キーが、訂正発明では、「着呼キー」、
「再呼キー」及び「応答保留キー」であるのに対し、刊行物発明では、着信時又は電話番号入力後通話可能状態にする「通話キー」及び通話状態を終了する「通話終了キー」である点(決定書9頁4行目〜8行目、以下「相違点1」という。)につき、「本件発明(注、訂正発明)において、特定のキーを、着呼キー、再呼キー、
応答保留キーとした理由は、これらのキーをカバーを閉じた状態でも即座に操作可能にすることにより、利便性を向上するためであることは、本件特許明細書の記載から明らかであるが、刊行物1に記載された発明(注、刊行物発明)において、着信時の即応性を問題にしていることから、特定のキーを通話キー、通話終了キーとした理由も上記理由と同じであることは、明らかである。また、着呼キー、再呼キー、応答保留キーは、電話機において慣用されているものであって・・・これら電話機において慣用されているキーを露出させることにより、即座にそれらのキーの操作が可能になり、利便性が向上するであろうことは、当業者に容易に予測されることを考慮すると、特定のキーを着呼キー、再呼キー、応答保留キーとすることは、当業者が容易になし得ることである」(同9頁17行目〜10頁16行目)と認定判断した。
上記認定判断のうち、訂正発明が、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーを特定キーとした理由が、カバーを閉じた状態でも即座に操作可能にすることにより、利便性を向上するためであること、刊行物発明が通話キー、通話終了キーを特定キーとした理由も同様であること、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーが電話機において慣用されているものであることは認める。しかしながら、特定キーを着呼キー、再呼キー及び応答保留キーとすることが当業者において容易になし得るとすることは、以下のとおり、誤りである。
(2) 訂正発明において、「着呼キー」は、通常の送信時や携帯電話機に着信して呼出音が鳴ったときに通話をするために押すキーであり、着呼キーを押すことは一般の固定電話機における受話器を上げる操作に相当する。「再呼キー」は、最後に電話をかけた相手先に再び電話をかけるためのキーで、通話相手の電話番号をメモリから呼び出して再び電話をかける機能を有する。「応答保留キー」は、応答保留状態とする機能を有するキーであるが、終話キーを兼ねており、通話状態から終話するときに応答保留キーを押し、また、着信時に直ちに通話状態とせず、応答保留状態とするときにも応答保留キーを押す。この状態から通話状態とするときには着呼キーを押し、通話しないで回線を断つ場合には再度応答保留キーを押す。
(3) 訂正発明は、カバー付き携帯電話機において、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーの3つを特定キーとしてカバー領域外に配置し、カバーを開くことなく押せるようにしたものであるが、このことによる利便性は本件特許出願前には知られていなかった。
すなわち、携帯電話機にカバーがある場合に初めてカバー外に露出させるキーの選択を考えることが必要になり、特定キーをカバー領域外に配置することによる利便性を意識することになるが、本件特許出願当時においては、カバー付き携帯電話機であって、カバーを開くことなく特定キーを押すことのできるものは商業化されておらず、そのような技術思想が刊行物1によって公知となっている程度にすぎなかったのであり、どのキーを特定キーとしてカバーの領域外に配置すれば利便性があるかなどということは、誰も考えようとしないことであった。
そして、携帯電話の実際の使用に当たっては、上記(2)で述べたような使用のされ方がされ、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーの3つのキーが組み合わされて使用されることが多く、したがって、訂正発明の特定キーの選択は、多くの場合に、カバーを開くことなく、特定キーの操作のみでカバー付き携帯電話機を扱うことのできる利便性を有するものである。
これに対し、刊行物発明は、本件決定の認定するとおり、着信時の即応性を問題にして通話キー、通話終了キーを特定キーとしたものであるが、刊行物発明にはそもそも再呼キーが存在せず、また、その通話終了キーも着信に対し応答保留状態とする機能を有していないから、訂正発明の応答保留キーとは異なるものである。したがって、刊行物1(甲第4号証)の問題意識は着信時の即応性にとどまっており、訂正発明の特定キーの構成による上記のような利便性を示唆するものではない。
また、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーが電話機において慣用されているといっても、本件特許出願当時においては、それは一般にカバーのない携帯電話機においてのことであり、カバー付き携帯電話機においてはこれらの三つのキーはカバーによって覆われていたのである。したがって、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーが電話機において慣用されていることが、カバー付き携帯電話機において、これら三つのキーを特定キーとすることを示唆するものではない。
被告は、刊行物1に送信時に使用されるファンクションキーについても保護カバーを開くことなく操作可能とする構成を適宜採用し得ることが示唆されており、送信時の即応性をよくすることも当業者が適宜考慮し得る程度のことであると主張するが、刊行物1において、送信時の即応性をよくするため露出させることが示唆されているのは短縮キーであって、再呼キーではない。本件特許出願当時、製品化され普及していた携帯電話機には、再呼キー及び短縮キーの双方、さらにはメモリに入力した電話番号を呼び出すためのコールボタンが送信のために設けられていたから、送信時の即応性という観点だけからはこれらのキーを全部露出させればよいということになるが、カバー付き携帯電話機はキーをカバーで覆うことが原則であり、露出させるキーの数や配置に制約もあるから、送信時の即応性を考慮しても、なお特定キーの選択を必要とするのである。
(4) したがって、本件決定が、相違点1につき、特定キーを着呼キー、再呼キー及び応答保留キーとすることが当業者において容易になし得るとした判断は誤りである。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り2) (1) 本件決定は、訂正発明と刊行物発明との相違点として認定した点、すなわち、カバーを閉じた状態でも特定キーの操作を可能とするため、特定キーがカバーを閉じたとき露出して表示部の近傍に配置されているという態様が、訂正発明では、カバーを閉じたとき、当該カバーの領域外で当該カバーと表示部の間に露出して配置されているというものであるのに対し、刊行物発明では、カバーを閉じたとき、当該カバーに設けた開口部に露出して配置されているというものである点(決定書9頁8行目〜16行目、以下「相違点2」という。)につき、「カバーを閉じた状態でもキー操作可能にするために、キーをカバーの領域外に設けることは、テレビジョン装置を遠隔操作するリモコン装置等で周知である・・・から、カバーを閉じた状態でも特定のキーの操作を可能とするために、特定のキーがカバーに設けた開口部に設けられているという態様に代え、『カバーを閉じたとき前記カバーの領域外で該カバーと表示部の間に露出して配置されている』という態様にすることは、当業者が容易になし得ることである。」(同10頁16行目〜11頁9行目)と認定判断した。
上記認定判断のうち、テレビジョン装置を遠隔操作するリモコン装置等において、カバーを閉じた状態でもキー操作可能にするために、キーをカバーの領域外に設けることが周知であることは認めるが、カバー付き携帯電話機において、カバーを閉じたときに、特定キーをカバーの領域外でカバーと表示部の間に露出して配置するという態様にすることが、当業者において容易になし得るとすることは、
以下のとおり、誤りである。
(2) 着呼キー、再呼キー及び応答保留キーを特定キーとした場合に、これらの三つのキーをカバーの領域外でカバーと表示部の間に配置することは、これらのキーの操作をしながら表示部を確認することが容易にできるので利便性が高いものである。
すなわち、再呼キーは、最後に電話をかけた相手先の電話番号に発信するキーであるから、最後に電話をかけた相手先を確認した後に発信するものであり、
したがって、表示部に表示された電話番号を見ながら操作を行うものである。また、応答保留キーは、着信時、直ちに応答できないため、応答保留とする場合に押すキーであるが、そのときには表示部に、例えば、「ホリュウ」などと表示される。使用者は、この表示によって応答保留状態であるか否か、すなわち、誤って2回押して終話してしまっていないかどうかを確認しながら、着呼キーを押して通話に入るのである。したがって、再呼キー、応答保留キー及び着呼キーを表示部の近くに配置することに利便性がある。
これに対し、刊行物発明の特定キーである通話キーと通話終了キーは、いずれも表示部を見ながら操作を行うキーではないから、刊行物発明において特定キーが表示部の近傍に配置されているとしても、それは、それらのキーを操作するときの表示部の見やすさを意図したものではなく、訂正発明の、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーをカバーの領域外でカバーと表示部の間に配置する構成を示唆するものではない。
また、本件決定は、テレビジョンのリモコン装置において、カバーを閉じた状態でもキー操作を可能にするためにキーをカバーの領域外に設けることが周知であるとするが、テレビジョンのリモコン装置には表示部がないから、これも、訂正発明の、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーをカバーの領域外でカバーと表示部の間に配置する構成を示唆するものではない。
(3) 被告は、訂正明細書の特許請求の範囲の記載が、表示部に再呼する相手の電話番号等が表示されること等、特定キーの操作と表示部の表示内容の関係について何ら限定をするものではなく、また、訂正明細書に、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーをカバーと表示部との間に配置することが、これらのキーの操作時に、
同時に表示部をも見ることができるようにするためであることについて全く記載はないと主張する。
しかしながら、平成元年10月にNTT中央移動通信株式会社が発行した「携帯電話 ご愛用の手引き 803型」(甲第15号証)及び平成3年9月に同社が発行した「mova ご愛用の手引き」(甲第16号証)に、「再呼ボタン」を押した場合にディスプレイに直前にかけた電話番号が表示されることが記載されており、それらが同社(現在の株式会社NTTドコモ)の当時の主力機種であった携帯電話機の取扱説明書であること、本件特許出願が平成5年2月であって、その間におけるこの分野の技術進歩が急速であったことを考慮すると、これらの機種に採用されていた操作仕様は本件特許出願当時の当業者の技術常識を形成するものであり、本件特許出願時において、携帯電話機の再呼キーを押せば表示部に直前にかけた電話番号が表示されることは技術常識であったといい得るものである。なお、被告は、携帯電話機は世界各国の多数の会社で製造、販売され、普及しているものであるから、NTT中央移動通信株式会社の発売していた携帯電話機の取扱説明書の記載のみによって、上記技術が技術常識であったといえるものではないとも主張するが、例えば、本件特許出願当時、世界で最も多くの携帯電話機を製造していた米国モトローラ社製の携帯電話機HP-501(わが国ではセルラーが販売)の取扱説明書(甲第23号証)には、短縮ダイヤルを操作する呼出キーによって(同機種には独立した再呼キーは存在しない。)、最後にかけた電話番号に再度かける場合の操作として、呼出キーを押した後に「00」のキーを押すと最後にかけた番号が表示される旨が記載されている。このように、最後にかけた番号に再び電話をかける操作をした場合には表示部にその電話番号が表示されることは当然のことである。
また、本件特許出願当時、一般に普及していた大部分の携帯電話機において「再呼キー」は電話機の最も下方に配置されていたから、当業者は、訂正発明の構成を見れば、当然、表示部に表示された電話番号を見ながら再呼キーを押す動作ができることを理解できるものである。
したがって、訂正明細書には、明記されてはいないものの、再呼キーをカバーと表示部の間に配置することの目的、効果が実質上記載されているということができる。
被告は、訂正明細書(甲第3号証添付)の「発呼して相手が話中の場合、
使用者が収納状態でくりかえし再呼操作を行うこともできる」(段落【0010】)との記載を引用して、再呼キーが表示部を見ることなく操作できるものであることが示されていると主張するが、当該記載は、相手が話し中で、繰り返し再呼動作を行う場合についてのもので、通常の場合で最初に再呼キーを押すときは、表示部に表示される相手先電話番号を容易に確認できるように、再呼キーを表示部に近接した位置に露出して配置することが、使用者にとって利便がある。
被告は、さらに、再呼キーが直前にかけた電話番号に再び電話をかけるためのキーであるから、表示部を見る必要がないとも主張するが、直前にかけた電話番号であっても、それをかけたのが必ずしも時間的に直前であるとは限らないから、実際に発信をするに当たって、番号の表示を確認することは必要であり、また、使用者の心理としては、再呼キーを押すときに表示部を見ることによって、安心感を得ることができるのである。
(4) 被告が、再呼キーが表示部の近傍に配置された携帯電話機が記載されているとして引用する原告発行の「三菱ビル設備機器」とのパンフレット(乙第3号証)及び意匠公報(乙第4、第5号証)に掲載されているのは、カバー付き携帯電話機ではない。また、カバーのない携帯電話機においても、ほとんどの場合再呼キーは表示部から離れた位置にあり、上記各刊行物に記載されたような配置はむしろ少ない。
(5) したがって、本件決定が、相違点2につき、カバー付き携帯電話機において、カバーを閉じたときに、特定キーをカバーの領域外でカバーと表示部の間に露出して配置するという態様にすることが、当業者において容易になし得るとした判断は誤りである。
(6) なお、本件特許発明以降のカバー付き携帯電話機の多くは、訂正発明の特定キーの配置構成を有しているが、これは、上記のような利便性が客観的に認められ、上記構成が各社のデザイン等における独自性とは関係なく普遍的に必要とされているからにほかならず、このことは、訂正発明の進歩性を根拠付けるものである。
被告の反論
本件決定の認定及び判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り1)について 刊行物1(甲第4号証)には、刊行物発明につき、着信時の即応性がよく、
通話中での誤操作を低減させるとともに、収納性、携帯性に優れた携帯用無線電話機を提供することを目的とする旨が記載されており(2欄13行目〜16行目)、
特に着信時の即応性をよくすることが問題にされているが、送信時の即応性をよくすることも当業者が適宜考慮し得る程度のことである。そして、本件決定において述べたとおり、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーは、電話機において慣用されているキーであるから、これらのキーを特定キーとして露出させることにより、送信時の即応性を含めた利便性を認識することが、当業者にとって、格別困難であるということはできない。
このことは、刊行物1(甲第4号証)に「ファンクションキーの一部、例えば送信時に相手先電話番号を暗記させた短縮キーを保護カバーに設けることにより、送信時においても、保護カバーを開くことなく送信可能である。」(7欄19行目〜8欄3行目)と記載され、送信を迅速に行うためのファンクションキーについても保護カバーを開くことなく操作可能とする構成を適宜採用し得ることが示唆されていることからも明らかである。
なお、原告は、カバー付き携帯電話機はキーをカバーで覆うことが原則であり、露出させるキーの数や配置にも制約があるから、送信時の即応性を考慮しても、なお、再呼キー、短縮キー、コールボタン等の送信のためのキーから特定キーを選択することを必要とする旨主張するが、これらのキーの機能によってどのキーを露出させればどのような利便性が得られるかは容易に分かることであり、即応性を考慮することに加え、露出させるキーの数や配置との関係でどのキーを露出させるかを選択することは、設計上適宜なし得ることである。訂正発明は、再呼キーを露出させることによる利便性に重きを置いて、それを選択したにすぎない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り2)について (1) 原告は、再呼キーが表示部に表示された電話番号を見ながら操作を行うものであり、応答保留キーは、これを押したときの表示部の「ホリュウ」などの表示を確認しながら、使用者が着呼キーを押して通話に入るものであるから、これらのキーを表示部の近くに配置することに利便性があると主張する。
しかしながら、前示訂正明細書の特許請求の範囲には、特定キーと表示部との関係につき、「着呼キー、再呼キー、応答保留キーは前記カバーを閉じたとき前記カバーの領域外で該カバーと表示部の間に露出して配置されている」と記載されているのみであって、表示部に再呼する相手の電話番号等が表示されることや、
応答保留キーを押したときに表示部に「ホリュウ」などと表示されること等、特定キーの操作と表示部の表示内容の関係について何ら限定をするものではない。また、訂正明細書(甲第3号証添付)の発明の詳細な説明に、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーをカバーと表示部との間に配置することが、これらのキーの操作時に、同時に表示部をも見ることができるようにするためであることについて全く記載はない。かえって、訂正明細書(甲第3号証添付)には、「発呼して相手が話中の場合、使用者が収納状態でくりかえし再呼操作を行うこともできる」(段落【0010】)旨、再呼キーが収納状態で、すなわち、表示部を見ることなく操作できるものであることが示されている。
したがって、原告の上記主張は、訂正明細書の特許請求の範囲に記載された訂正発明の構成に基づくものではなく、また、訂正明細書の記載にも基づかないものである。
この点につき、原告は、NTT中央移動通信株式会社が発行した「携帯電話 ご愛用の手引き 803型」(甲第15号証)及び平成3年9月に同社が発行した「mova ご愛用の手引き」(甲第16号証)の記載を引用して、本件特許出願時において、携帯電話機の再呼キーを押せば表示部に直前にかけた電話番号が表示されることは技術常識であったと主張するが、携帯電話機は、NTT中央移動通信株式会社(株式会社NTTドコモ)に限らず、世界各国の多数の会社で製造、
販売され、普及しているものであるから、同社の発売していた携帯電話機の取扱説明書の記載のみによって、再呼キーを押せば表示部に直前にかけた電話番号が表示されることが技術常識であったといえるものではない。
仮に、それが技術常識であったとしても、直前にかけた電話番号を再呼する再呼キーは、主に相手が話し中の時に再呼するためのものであり、電話番号は既に確認済みであるから、必ずしも表示手段を見ながら操作することを必要とするものでないことも技術常識である。
(2) また、平成4年2月に原告が発行した「三菱ビル設備機器」とのパンフレット(乙第3号証、同年5月15日日本デザイン保護協会公開)、同年9月30日発行の意匠公報(乙第4号証)、同年10月15日発行の意匠公報(乙第5号証の1、2)には、再呼キーに相当するリダイヤルキー、RCLキー又はRCL/CEキーが表示部の近傍に配置された携帯電話機が記載されている。したがって、本件特許出願当時、携帯電話機において、表示部の近傍に再呼キーを配置することが慣用されていたのであり、再呼キーを表示部に近接させて配置することも、当業者が設計上で適宜採用し得ることにすぎない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り1)について (1) 訂正発明が、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーを特定キーとした理由は、カバーを閉じた状態でも即座に操作可能にすることにより、利便性を向上するためであること、刊行物発明が通話キー及び通話終了キーを特定キーとした理由も同様であることは当事者間に争いがない。また、刊行物1に「『着信時の即応性が良く、通話中での誤操作を低減させるとともに、収納性、携帯性に優れた携帯用無線電話機を提供する』・・・ことを目的とし、『本体筐体と可動自在に装着され、
通話キーとダイヤルキー及びファンクションキーを備えた操作部をカバーする保護カバーに、少なくとも通話キーを操作するための操作手段を設けること』・・・を課題を解決する手段とし、『着信時に保護カバー4を開閉することなく即時に通話できるので即応性が良い』・・・ことを発明の効果とし」(決定書5頁3行目〜15行目)た携帯用無線電話機(刊行物発明)が記載されていることは当事者間に争いがなく、さらに、刊行物1(甲第4号証)には「実施例においては、通話キーと通話終了キーを保護カバーに設けた実施例を説明したが、・・・ファンクションキーの一部、例えば送信時に相手先電話番号を暗記させた短縮キーを保護カバーに設けることにより、送信時においても、保護カバーを開くことなく送信可能である」(7欄16行目〜8欄3行目)との記載がある。
そうすると、刊行物1には、刊行物発明につき、通話キー及び通話終了キーを特定キーとして着信時の即応性をよくし、利便性を向上することが記載されているが、「相手先電話番号を暗記させた短縮キー」を例として、送信時に使用するファンクションキーを特定キーとすることにより「送信時においても、保護カバーを開くことなく送信可能」であるとして、送信時における即応性をよくすることも示唆しているということができる。
他方、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーが電話機において慣用されているものであることは当事者間に争いがない。
そうであれば、刊行物発明に再呼キーが存在せず、あるいは刊行物発明の通話終了キーが訂正発明の応答保留キーと完全に同一ではないとしても、再呼キー及び応答保留キーが電話機において慣用されているものである以上、それらを刊行物発明のファンクションキーとした上、着信時の即応性のみならず、送信時の即応性を含めた利便性を向上させることを目的として、通話キー(着呼キーに相当するものと認められる。)とともに、特定キーとして選択することは、当業者にとって容易であるというべきである。
(2) 原告は、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーが電話機において慣用されているといっても、本件特許出願当時においては、一般にカバーのない携帯電話機においてのことであり、カバー付き携帯電話機においてはこれらの三つのキーはカバーによって覆われていた旨主張するが、仮に、そうであったとしても、それらの電話機において慣用されているものである以上、上記のとおり、再呼キー及び応答保留キーを刊行物発明のファンクションキーとし、さらに、刊行物1の示唆に従って、特定キーとして選択することが格別困難であるということはできない。
また、原告は、刊行物1に送信時の即応性をよくするため露出させることが示唆されているのは短縮キーであって、再呼キーではないところ、カバー付き携帯電話機はキーをカバーで覆うことが原則であり、露出させるキーの数や配置に制約もあるから、送信時の即応性を考慮しても、送信のための短縮キー、再呼キー、
コールボタンなどのうちから、特定キーを選択することを必要とする旨主張する。
しかしながら、送信のためのキーとして、短縮キー、再呼キー、コールボタンなどがあるとしても、そのうちから特定キーを選択するようなことは、露出させるキーの数や配置の制約などと、各キーの機能に照らした特定キーとすることによる(露出させることによる)作用効果等とを併せ考えて、設計上、適宜行い得る事項というべきであり、再呼キーを特定キーとすることに格別の困難が生ずるものではない。
(3) したがって、相違点1につき特定キーを着呼キー、再呼キー及び応答保留キーとすることは当業者において容易になし得るとした本件決定の判断に誤りはない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り2)について (1) 訂正発明と刊行物発明とが「特定のキーはカバーを閉じたとき露出して表示部の近傍に配置されている携帯電話機構造」(決定書9頁1行目〜3行目)である点で一致すること、相違点2に係る訂正発明の構成は、上記「特定のキーはカバーを閉じたとき露出して表示部の近傍に配置されている」態様が「『カバーを閉じたとき、前記カバーの領域外で該カバーと表示部の間に露出して配置されている』というものである」(同9頁12行目〜14行目)こと、テレビジョン装置を遠隔操作するリモコン装置等において、カバーを閉じた状態でもキー操作可能にするために、キーをカバーの領域外に設けることが周知であることは、いずれも当事者間に争いがない。
そうすると、刊行物発明に上記周知の技術事項を適用することにより、刊行物発明に係る「特定のキーはカバーを閉じたとき露出して・・・配置されている」態様であるカバーに設けた開口部に配置する形態を、訂正発明に係る「特定のキーはカバーを閉じたとき露出して・・・配置されている」態様である特定キーがカバーの領域外に配置されている形態とすることは、当業者であれば容易に行い得るものということができる。
(2) 次に、訂正発明の「特定のキーはカバーを閉じたとき・・・該カバーと表示部の間に・・・配置されている」との構成につき、原告は、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーを特定キーとした場合に、これらの三つのキーをカバーと表示部の間に配置することは利便性が高いと主張するが、その理由は、要するに、これらのキーを操作する際に、同時に表示部に表示される電話番号やメッセージ等の表示を見ることが容易にできるというものである(なお、前示訂正明細書の特許請求の範囲の記載が、表示部に再呼する相手の電話番号等が表示されること等、特定キーの操作と表示部の表示内容の関係について何ら限定をするものではなく、また、訂正明細書(甲第3号証添付)に、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーをカバーと表示部との間に配置することが、これらのキーの操作時に、同時に表示部をも見ることができるようにするためであるとの記載は見当たらないところ、原告は、本件特許出願当時において、特定キーの操作時に表示部にそれらの表示がされることは技術常識であったもので、上記着呼キー、再呼キー及び応答保留キーの配置に係る作用効果は訂正明細書に実質的に記載されているといえる旨主張するが、その主張の当否についての判断はしばらくおくこととし、仮に、その主張のとおりであるものとする。)。
しかしながら、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーを操作する際に、同時に表示部に表示される電話番号やメッセージ等の表示を容易に見ることができるためであれば、それらのキーが表示部の近傍にあれば足りるものであって、カバーと表示部との間に配置すること自体には特段の技術的意義は認められず、単なる設計的事項にすぎないものというべきである。
そして、刊行物発明においても特定キーは表示部の近傍に配置されていることは上記のとおりである。
もっとも、刊行物発明の特定キーは、通話キーと通話終了キーであるところ、原告は、それらのキーが表示部を見ながら操作をするものではないから、刊行物発明において特定キーが表示部の近傍に配置されていることは、それらのキーを操作するときの表示部の見やすさを意図したものではなく、訂正発明の着呼キー、
再呼キー及び応答保留キーをカバーの領域外でカバーと表示部の間に配置する構成を示唆するものではないと主張する。
しかしながら、刊行物発明の通話キーは訂正発明の着呼キーに相当するものと考えられるから、着呼キーについては上記主張は採用することができない。のみならず、平成4年2月に原告が発行した「三菱ビル設備機器」とのパンフレット(乙第3号証、同年5月15日日本デザイン保護協会公開)にはリダイヤルキーが表示部の近傍に配置された携帯電話機(コードレス電話機)が、同年9月30日発行の意匠公報(乙第4号証)にはRCL/CEキーが表示部の近傍に配置された携帯電話機が、同年10月15日発行の意匠公報(乙第5号証の1、2)にはRCLキーが表示部の近傍に配置された携帯電話機が、それぞれ記載されているところ、
弁論の全趣旨によれば、リダイヤルキー、RCLキー又はRCL/CEキーはいずれも再呼キーに当たるものと認められるから、本件特許出願当時、携帯電話機において、表示部の近傍に再呼キーを配置することも慣用の手段であったものと推認することができる。そして、原告の主張するように、本件特許出願当時において、表示部に再呼する相手の電話番号等が表示されることが技術常識であったものとすれば、表示部の近傍に再呼キーを配置する慣用手段において、再呼キーを操作する際に、同時に表示部に表示される電話番号等を容易に見ることができるとの作用効果を奏することは、当業者であれば容易に理解するものと認めることができる。また、応答保留キーの操作がされたときに、表示部にそれに対応した表示がされることも技術常識であれば、応答保留キーについてもそれは同様である。
なお、上記各刊行物に記載された携帯電話機はカバー付き携帯電話機ではないが、カバーの有無によって、携帯電話機の表示部の近傍に(カバー付き携帯電話機についてはカバーの領域外で表示部の近傍に)特定キーを配置することにより、そのキーを操作する際、同時に表示部に表示されるそのキー操作に対応した表示を容易に見ることができるとの作用効果に特段の相違が生ずるものでないことは明白である。また、原告は、カバーのない携帯電話機においても、ほとんどの場合再呼キーは表示部から離れた位置にあり、上記各刊行物に記載されたような配置はむしろ少ないとも主張するが、上記各刊行物が存在するにもかかわらず、表示部の近傍に再呼キーを配置することが慣用の手段であるといえない程度に、それが稀であることを認めるに足りる的確な証拠はない。
そして、すでに上記のような慣用の手段が存在し、それによって、キー操作の際、同時に表示部に表示されるそのキー操作に対応した表示を容易に見ることができるとの作用効果を奏することが、当業者に容易に理解されるのであれば、刊行物発明につき、表示部の近傍に配置されている特定キーを、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーとしたときに、それらのキーを操作する際、同時に表示部に表示される電話番号やメッセージ等の表示を容易に見ることができるとの作用効果を当然奏するに至ることも、当業者において容易に理解し得ることであると認められる。
また、その場合に、着呼キー、再呼キー及び応答保留キーをカバーと表示部との間に配置すること自体には、特段の技術的意義はなく、単なる設計的事項にすぎないことは上記のとおりであるから、それらのキーを表示部の近傍のうちのカバーと表示部との間に配置することも、当業者であれば容易に行い得るものということができる。
(3) 上記(1)及び(2)によれば、その余の点につき判断するまでもなく、訂正発明と刊行物発明との相違点2につき、「カバーを閉じた状態でも特定のキーの操作を可能とするために、特定のキーがカバーに設けた開口部に設けられているという態様に代え、『カバーを閉じたとき前記カバーの領域外で該カバーと表示部の間に露出して配置されている』という態様にすることは、当業者が容易になし得ることである。」(決定書11頁3行目〜9行目)とした本件決定の判断に誤りはない。
(4) なお、原告は、本件特許発明以降のカバー付き携帯電話機の多くが、訂正発明の特定キーの配置構成を有していると主張するが、仮に、その主張に係るような状況が存在するとしても、そのような状況は、消費者の嗜好、意匠的な流行等、
種々の市場的要因が複合的に作用した結果であることが通常であり、特許法29条2項に従って行うべき発明の進歩性の有無の判断に直接影響を及ぼすものということはできない。
3 以上のとおりであるから、原告主張の本件取消部分に係る決定取消事由は理由がなく、他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 石原直樹
裁判官 宮坂昌利