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事件 |
平成
12年
(ネ)
236号
特許権侵害差止等請求控訴事件
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控訴人 テルモ株式会社 代表者代表取締役 【A】 訴訟代理人弁護士 小坂 志磨夫 同 小池豊 同 櫻井彰人 被控訴人 ハナコメディカル株式会社 代表者代表取締役 【B】 訴訟代理人弁護士 堀越靖司 補佐人弁理士 中島幹雄 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2001/03/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
本件控訴を棄却する。 控訴費用は控訴人の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 控訴人 (1) 原判決を取り消す。 (2) 被控訴人は、原判決別紙物件目録一及び二各記載のカテーテル用ガイドワイヤを製造、販売し、又は販売のために展示してはならない。 (3) 被控訴人は、その占有する上記(2)記載の物件を廃棄せよ。 (4) 被控訴人は、控訴人に対し、金4億9596万4500円及び内金2億1690万円に対する平成8年11月6日から、内金2億7906万4500円に対する平成11年8月27日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (5) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。 (6) 仮執行の宣言 2 被控訴人 主文と同旨 |
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事案の概要
本件の事案の概要、争いのない事実及び争点に関する当事者双方の主張は、 次のとおり付加、訂正するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。 本件は、控訴人が、被控訴人によるカテーテル用ワイヤの製造、販売等が控訴人の有する特許権を侵害すると主張して、被控訴人に対し、その製品の製造、販売等の差止め及び廃棄並びに損害賠償を求めている事案である。 1 原判決の訂正 原判決18頁4行目〜20頁4行目を、次のように改める(ただし、これに伴う控訴の趣旨上記第1の1(4)の変更は未了である。)。 「(一) 控訴人は、特許法102条1項に則り、被控訴人による本件特許権の侵害によって控訴人が受けた損害の額として、被控訴人によるイの一ないし三号物件及びロの一ないし三号物件の販売数量に、控訴人製品の単位数量当たりの利益額を乗じた額を主張する。 (二) 被控訴人による、@イの一号物件及びロの一号物件(販売期間・平成5年7月から平成6年6月まで)、イの二号物件及びロの二号物件(販売期間・平成6年7月から平成7年12月まで)並びにイの三号物件及びロの三号物件(販売期間・平成7年6月から平成11年8月まで)の販売数量、A各販売期間に対応した控訴人製品の単位数量(1本)当たりの利益額(対応する期間に販売された各物件共通の額)、B上記@の販売数量に上記Aの単位数量(1本)当たりの利益額を乗じて得た損害額は、別表記載のとおりであり、損害額合計は3億6902万8330円である。」 2 控訴人の主張 (1) 構成要件dにおける「超弾性金属体」の意義について ア 原判決は、「『超弾性』という用語自体が学術上一義的なものであると断ずることはできない」(原判決25頁1行目〜2行目)ので、「構成要件dにおける『超弾性金属体』という用語の意義については、その用語自体において一義的に明確であるということはできないから、本件訂正明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載をも参酌して、これを解釈すべきである。」(同25頁3行目〜6行目)とした。 しかしながら、原判決は、「超弾性金属」が「超弾性」を示す特定の金属をいう旨を認定しており(同20頁7行目〜21頁6行目)、さらに、「ある種の合金においては、ある温度範囲で臨界応力を超える外力を加えると、見掛け上、 塑性変形(条件次第では一〇パーセント以上にも及ぶ。)を生じるものの、その変形が一般の金属材料のように転位のすべりによるものではなく、応力誘起マルテンサイト変態によって生じたものであるため、外力を除去すると、逆変態によって完全に元の形状に戻るという性質がみられる。このような性質を『超弾性』という」(同20頁11行目〜21頁5行目)と認定した。 このように、一般金属材料と超弾性金属材料とが変形の基本構成を異にすることが学術上明らかにされているのであり、一般金属と超弾性金属との相違は、応力誘起マルテンサイト変態による見掛け上の塑性変形を生ずるか否かにかかるものである。すなわち、金属分野において、変態とは一つの状態から別の状態への転位現象を指して用いられる用語であり、その一種に応力誘起マルテンサイト変態がある。ある種の合金の変形(ひずみ)は応力誘起されたマルテンサイトを形成したことに起因するものであって、その変形(ひずみ)の原因が一般金属のように転位のすべりによるものではないため、応力を除くと逆変態によって変形が元に戻るのであり、このような特殊な変態によって変形を生ずる金属が、学術上、超弾性合金と命名されているのである。 したがって、「超弾性」及び「超弾性金属」の意義は一義的に明確である。 ところが、原判決は、いったんは上記のように認定しながら、乙第3号証(図4・6)、甲第18号証(図2)、第17号証(第3図(b)、(c))及び第19号証(図3・146(a)〜(c))に示された「応力-ひずみ曲線」を根拠として、「ひずみが一定応力の下で比較的大きく変位することが、超弾性の特性の一つであるということができる」(同23頁10行目〜11行目)と認定し、次いで、 甲第18号証の図3及びこれについての記載に基づいて、「伸びが一定応力の下で大きく変位するのではなく、応力の大きさに伴ってなだらかに変位」(同24頁2行目〜3行目)し、「伸びないしひずみが一定応力の下で比較的大きく変位するという前記の特性を示さないものについても『超弾性』の概念に含まれる余地がある」(同24頁10行目〜25頁1行目)と認定した上、「超弾性」という用語自体が学術上一義的なものであると断ずることはできないとした。 しかしながら、超弾性合金は、各様の合金を含む包括概念であるところ、そのメカニズムの本質は、上記のとおり、特殊な変態に起因しているものであり、その機能として種々の現象が示されるものである。応力-ひずみ曲線において、降伏後の曲線が上記甲第18号証の図2のように水平を示すようなものは、超弾性合金中の理想的なものに関する引張試験に表れた現象を示すものにすぎず、それが超弾性金属の必要条件ではない。応力-ひずみ曲線において、上記甲第18号証の図3のような曲線を示すものについても、超弾性金属性を積極的に認める多数の文献が存在するのである。 原判決の「『超弾性』という用語自体が学術上一義的なものであると断ずることはできない」との認定は、学術上明確にされた本質的メカニズムと、これに基づく特徴的な多くの性質機能を混同したものといわざるを得ない。 イ 原判決が「構成要件dにおける『超弾性金属体』という用語の意義について・・・本件訂正明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載をも参酌して、これを解釈」(原判決25頁3行目〜6行目)したことは、上記のとおり、誤った前提に基づくものであるが、それはおくとしても、原判決が、本件訂正明細書の記載を検討して導き出したものであるとする「超弾性金属体」の意義に係る認定も誤りである。 すなわち、原判決は、本件訂正明細書の記載を引用した上で、「構成要件dにおける『超弾性金属体』とは、(1)回復可能な弾性ひずみが大きく・・・(2)ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位し、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという特性を持つ超弾性金属によって成形され、それをガイドワイヤの先端側内芯部として形成して使用したときに、ガイドワイヤの先端部に、ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位し、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという右の特性がそのまま現われるような物を意味するものと、解するのが相当である。なお、右のとおり『超弾性金属体』が素材を指すものではなく、成形された状態の物を意味すると解することは、・・・原告の主張とも、合致する」(同29頁10行目〜30頁9行目)と認定した。 しかしながら、原判決は、本件訂正明細書において、主に実施例についての記載(甲第15号証9頁右欄19行目〜26行目、同10頁左欄13行目〜25行目、同欄40行目〜47行目)を参酌し、発明の目的についての記載(同9頁左欄32行目〜36行目)を参酌しなかった誤りがある。 のみならず、超弾性金属又は超弾性金属体について、「ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位し、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという特性」は、本件訂正明細書の原判決の引用する部分から導けるものでもない。 すなわち、原判決の引用する中で唯一実施例に関らないガイドワイヤの作用効果に関する「先端側内芯部を超弾性金属体によって形成してあることにより、先端部に一定の応力のもとで比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性歪特性を備えることができる」(原判決25頁10行目〜26頁1行目)との記載において、先端部の特性に係る「一定の応力のもとで比較的大きく変位し」とは、ガイドワイヤ先端部の柔軟性を意味し、たとえば同じ力をかけても一般弾性金属体で形成した先端部よりその変位が大きいこと、端的にいえば曲がりやすく柔軟であるということであって、原判決が超弾性金属体の特性として挙げる「ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位すること」とは、対象と特性が全く異なるものである。また、「復元可能な弾性歪特性」とは、変形に対する復元性を備えることを意味する。 さらに、原判決の引用するうちの「第6図は、超弾性金属の応力-ひずみ特性を実線によって示し、一般的弾性金属の応力-ひずみ特性を破線によって示す線図である。すなわち、超弾性金属は、(1)回復可能な弾性ひずみが大きく、数%〜十数%にも達し、(2)ひずみが増加しても荷重の大きさが変わらないという特性を有している。したがって・・・上記ガイドワイヤ10はその先端側内芯部11Bを超弾性金属体によって形成していることから、先端部10Bに一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を備えることとなる。」(同26頁11行目〜27頁7行目)との記載は、実施例についての説明であり、一例として超弾性金属と一般弾性金属の応力-ひずみ線図とを対比し、それぞれの特性をアピールしたにすぎないものである。第6図の超弾性金属の線図は好適な例に関するものであり、多様な合金が包含されている本件発明の超弾性金属のすべてを示すものではない。したがって、第6図の曲線を示す超弾性金属体のみが本件発明に用いられるものではない。このことは、本件訂正明細書の「このガイドワイヤ20にあっては、 例えば本体側内芯部21Aと先端側内芯部21Bとに加える熱処理条件の変更等により、その先端側と本体側の機械的性質を相互に異ならしめ、比較的剛性の高い本体部と比較的柔軟な先端部を得ることが可能となる。」(甲第15号証10頁右欄22行目〜27行目)との記載によっても明らかである。 加えて、「ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという」特性は、引張試験から導かれる特性であるにもかかわらず、原判決が、蛇行血管に沿って挿入されるという使用態様上、先端部が引張力を受けて変形するようなことはあり得ず、専ら曲げ特性に着目した作用効果が求められるガイドワイヤの先端部(先端側内芯部と被覆部とから構成される。)の特性として、そのまま現れるべきものとしている点も誤りである。 さらに、本件訂正明細書において「金属体」は、内芯に用いる金属製の線条体を意味するものであり(甲第15号証8頁右下欄5行目〜6行目)、構成要件dの「内芯部を超弾性金属体によって形成し」とは、超弾性金属体、すなわち、 超弾性金属からかたち作られた線条体を材料(素材)として内芯が形成(制作)されるということである。したがって、原判決が「超弾性金属体」が素材を指すものではないとすることも理由がなく、原告がそのように主張しているものでもない。 したがって、「超弾性金属体」の意義につき明細書の記載を参酌する何らかの理由があるとしても、本件訂正明細書の記載から原判決のような認定をすることはできない。 (2) 被控訴人製品の構成要件dの充足性について ア 原判決は、「被告製品の先端側内芯部が前記一のような意義を有する『超弾性金属体』によって形成されているかどうかを判断するには、被告製品の先端側内芯部について引張試験を行い、応力とひずみの関係における特性(応力-ひずみ特性)を明らかにすることが有用であるが、前示のとおり、構成要件dにおける『超弾性金属体』が、それをガイドワイヤの先端側内芯部として形成して使用したときに、応力とひずみの関係において一定の特性を示す物を意味することからすれば、引張試験の温度条件については、ガイドワイヤの使用時の温度、すなわち、 体温に近い温度とすべきであり、また、先端側内芯部の素材ではなく先端側内芯部そのものを試料として、引張試験を実施すべきである。」(原判決31頁11行目〜32頁9行目)とした。 しかしながら、原判決のいう、上記「応力とひずみの関係」における「一定の特性」とは、「ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位し、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという特性が、ガイドワイヤの先端部にそのまま現れるような物」を指すものであるから、上記(1)のとおり、その点において既に誤りである。 また、「応力」とは荷重に応じて物体内部に生じる単位断面積当たりの抵抗力をいい、被控訴人製品の先端側内芯部を形成している超弾性金属体の応力を正確に把握するためには、金属体の外径を均一に整形した資料の使用が必要であることは当業者の技術常識であるから、応力-ひずみ特性を明らかにするために「先端側内芯部の素材ではなく先端側内芯部そのものを試料として、引張試験を実施すべきである」とすることは自己矛盾である。 イ 被控訴人製品のうち、イの一号物件及びロの一号物件の先端側内芯部及び本体側内芯部が超弾性金属体で形成されていることは、甲第14号証(【C】教授作成の鑑定書)が明確に示している。原判決は、甲第14号証が、先端側内芯部(テーパー状)を外径均一にした資料を用いて引張試験を行ったことを理由として、その鑑定結果を採用しなかったが、それが誤りであることは上記アのとおりである。 イの二号物件及びロの二号物件並びにイの三号物件及びロの三号物件の先端側内芯部が超弾性金属によって形成されていることは、甲第9号証及び甲第8号証(同教授作成の鑑定書)が示しているとおりである。原判決は、「ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位し、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという特性」が示されていないことを理由として、この鑑定結果を採用しなかったが、それが誤りであることは上記のとおりであり、甲第9号証及び甲第8号証にも、「応力-ひずみ曲線が水平な部分を有する図が・・・超弾性という特性をわかりやすく解説するためのもっとも典型的な例であって、応力-ひずみ曲線に水平な部分を有することが超弾性にとって必要条件ではない。」と記載されている。 3 被控訴人の主張 (1) 構成要件dにおける「超弾性金属体」の意義について 控訴人は、本件訂正明細書の「先端部に一定の応力のもとで比較的大きく変位し」との記載がガイドワイヤ先端部の柔軟性を意味し、一般弾性金属体で形成した先端部より曲がりやすく柔軟であるということであると主張するが、本件訂正明細書にはこの主張に沿うような記載は全く見当たらない。 また、控訴人は、本件訂正明細書の「第6図は、超弾性金属の応力-ひずみ特性を実線によって示し、一般的弾性金属の応力-ひずみ特性を破線によって示す線図である。すなわち、超弾性金属は、(1)回復可能な弾性ひずみが大きく、数%〜十数%にも達し、(2)ひずみが増加しても荷重の大きさが変わらないという特性を有している。」との記載が実施例についての説明であると主張するが、本件訂正明細書には、超弾性金属体がこれ以外の特性を有する点については記載はない。そして、上記第6図に示された特性を有する超弾性金属体で形成した先端側内芯部を有するガイドワイヤの先端部が、本件訂正明細書の発明の効果に関する項に記載された効果を奏する以上、それは本件発明の作用効果であって、実施例の作用効果ではない。 さらに、控訴人は、「ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという」特性は引張試験から導かれる特性であるから、それが、引張力を受けて変形するようなことはあり得ないガイドワイヤの先端部の特性として、そのまま現れるべきものとする原判決は誤りであると主張するが、ガイドワイヤのような線状の物体が曲がることにより状態が変化した場合には、曲がり部分の外側弧状では長さが伸び、内側弧状では長さが縮むというという変化(ひずみの増減)が生じ、かつ、これが一定応力の下で行われるから、「ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという」特性が導かれるものである。 (2) 被控訴人製品の構成要件dの充足性について 甲第14号証、第9号証及び第8号証の鑑定が採用できないことは原判決の説示(原判決32頁10行目〜37頁5行目)のとおりである なお、イの一号物件及びロの一号物件の先端側内芯の逆変態終了温度(Af点)は、それぞれ49.5℃、50.0℃であるところ、甲第14号証では、イの一号物件及びロの一号物件が、これより低い温度である20℃、40℃で擬弾性を発現するとされているので、それが控訴人のいう超弾性、すなわち、応力誘起マルテンサイト変態に起因する擬弾性であるとすることはできない。 |
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当裁判所の判断
1 構成要件dにおける「超弾性金属体」の意義について (1) 当裁判所も、構成要件dにおける「超弾性金属体」とは、@回復可能な弾性ひずみが大きく、Aひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位し、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという特性を持つ超弾性金属によって成形され、それをガイドワイヤの先端側内芯部として形成して使用したときに、ガイドワイヤの先端部に、ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位し、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという右の特性がそのまま現れるような物を意味するものと判断する(この場合に、「ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位する」という表現は、「ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという」こととほぼ同趣旨である。)。その理由は、次のとおり、控訴人の当審における主張に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」の「一 構成要件dにおける『超弾性金属体』の意義について」(原判決20頁6行目〜31頁9行目)のとおりである(ただし、原判決22頁1行目の「以下」の次に「、昭和五六年」を、同頁7行目の「以下」の次に「、昭和五八年四月」を加え、同頁9行目及び末行の「図3」を「第3図」に改め、同27頁7行目〜8行目の「『第6図』として」の前に「甲第二号証(本件特許権に係る特許公報)の五頁には、」を加える。)から、これを引用する。 (2) 控訴人の当審における主張に対する判断 ア 控訴人は、「超弾性金属」が「超弾性」を示す特定の金属をいうものであり、変形(ひずみ)が応力誘起マルテンサイト変態に起因して生ずるため、応力を除くと逆変態によって変形が元に戻るような合金が、学術上、超弾性合金と命名されているのであって、「超弾性」及び「超弾性金属」の意義は一義的に明確であると主張する。 しかしながら、前示(原判決21頁7行目〜23頁11行目)のとおり、乙第3号証(図4・6)、甲第18号証(図2)、第17号証(第3図(b)、 (c))及び第19号証(図3・146(a)〜(c))に示されているように、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないことが、文献上、一般に、超弾性の特性の一つであるとされていることが認められるところ(なお、甲第17号証の第3図(b)及び第19号証の図3・146(b)、(c)も、顕著とまではいえないが、全体としてひずみが増加しても応力の大きさが変わらない傾向を示しているものということができる。)、甲第18号証の図3の応力の大きさに伴ってなだらかに変位することを示した図及びこれについての前示(原判決24頁4行目〜9行目)記載は、上記のひずみが増加しても応力の大きさが変わらないとの特性を有していないものも「超弾性」の概念に含まれることを示しているものと認められる。さらに、 乙第10号証(【D】作成の意見書)に、ひずみが増加しても荷重の大きさが変わらない傾向を有しているもの(変態擬弾性)が応力誘起マルテンサイト変態とその逆変態に由来しているのに対し、そうでないものは、ひずみが除荷とともに回復する現象の原因と機構が異なることが示唆されていることを併せ考えると、学術上、 「超弾性」という用語が必ずしも一義的なものとして用いられていると断ずることができないことは明らかである。 なお、例えば、甲第18号証には「超弾性合金では降伏点をこえ、降伏領域の終点近くまで変形しても、・・・変形ひずみが除荷時に完全に元にもどってしまう。超弾性といわれる所以である。超弾性はこのような変形挙動から、擬弾性、ゴム弾性ともよばれる。」(16頁左欄1行目〜6行目)との記載があり、この記載においては、「超弾性」は、変形(ひずみ)が除荷によって元に戻る(消失する)という挙動に着目されて、「擬弾性」と同義とされているが、甲第19号証の「見掛けの塑性ひずみが除荷だけで消失する現象を広く擬弾性とよぶが、上のような応力誘起変態と逆変態に起因するものを変態擬弾性(transformation pseudoelasticity)[超弾性(superelasticity)とよぶ研究者もある]とよぶ。」(413頁2行目〜4行目)との記載においては、「超弾性」は、ひずみが除荷によって消失する「擬弾性」現象のうちのある種のものとされており、このことに照らしても、「超弾性」の用語が必ずしも一義的に用いられていないことは明らかである。 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。 イ 控訴人は、超弾性金属又は超弾性金属体について、「ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位し、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという特性」は、本件訂正明細書の原判決の引用する記載部分から導けるものではないと主張する。 そして、まず、本件訂正明細書の「第6図(注、甲第2号証の本件特許権に係る特許公報の5頁に掲載)は、超弾性金属の応力-ひずみ特性を実線によって示し、一般的弾性金属の応力-ひずみ特性を破線によって示す線図である。すなわち、超弾性金属は、(1)回復可能な弾性ひずみが大きく、数%〜十数%にも達し、(2)ひずみが増加しても荷重の大きさが変わらないという特性を有している。したがって、・・・上記ガイドワイヤ10はその先端側内芯部11Bを超弾性金属体によって形成していることから、先端部10Bに一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を備えることになる。」(甲第15号証10頁左欄13行目〜25行目、原判決26頁11行目〜27頁7行目)との記載につき、控訴人は、実施例についての説明であり、一例として超弾性金属と一般弾性金属の応力-ひずみ線図とを対比し、それぞれの特性をアピールしたにすぎず、第6図の超弾性金属の線図は好適な例に関するものであって、多様な合金が包含されている本件発明の超弾性金属のすべてを示すものではないから、第6図の曲線を示す超弾性金属体のみが本件発明に用いられるものではないと主張する。 しかしながら、上記記載が実施例に関する項にあり、また、上記記載のうちの「上記ガイドワイヤ10はその先端側内芯部11Bを超弾性金属体によって形成していることから、先端部10Bに一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を備えることになる」との記載部分が実施例についての説明であることは控訴人主張のとおりであるが、「第6図は、超弾性金属の応力-ひずみ特性を実線によって示し、一般的弾性金属の応力-ひずみ特性を破線によって示す線図である。すなわち、超弾性金属は、(1)回復可能な弾性ひずみが大きく、数%〜十数%にも達し、(2)ひずみが増加しても荷重の大きさが変わらないという特性を有している。」との記載部分については、その記載の内容に照らし、また、本件訂正明細書(甲第15号証)に、それが超弾性金属の特性の一例である旨の説明はないこと、「図面の簡単な説明」の項における「第6図は超弾性金属体および一般の弾性金属体の応力-ひずみ線図」(11頁左欄4行目〜5行目)との記載にも、同様に、第6図の超弾性金属体に係る曲線が超弾性金属体の応力-ひずみ曲線の一例である旨の説明はないことにかんがみて、本件発明における、すなわち、構成要件dにおける「超弾性金属体」に係る「超弾性金属」の特性を、実施例の項に織り込んで記載したものとみるのが自然である。もとより、そのような記載の仕方が、明細書の記載様式上格別異とされるものではない。 なお、控訴人は、上記主張の根拠として、本件訂正明細書の「このガイドワイヤ20にあっては、例えば本体側内芯部21Aと先端側内芯部21Bとに加える熱処理条件の変更等により、その先端側と本体側の機械的性質を相互に異ならしめ、 比較的剛性の高い本体部と比較的柔軟な先端部を得ることが可能となる。」(甲第15号証10頁右欄22行目〜27行目)との記載を引用するが、この記載によっても、熱処理条件の変更等により機械的性質の異なるものとされるものの一方が、 例えば、荷重の大きさに伴ってひずみがなだらかに増加する等、ひずみが増加しても荷重の大きさが変わらないという特性を有するものの範疇に属さないことが示されているということはできない。 次に、控訴人は、本件訂正明細書の「先端側内芯部を超弾性金属体によって形成してあることにより、先端部に一定の応力のもとで比較的大きく変位し、 かつ復元可能な弾性歪特性を備えることができる」(甲第15号証9頁右欄4行目〜7行目、原判決25頁10行目〜26頁1行目)との記載において、先端部の特性に係る「一定の応力のもとで比較的大きく変位し」とは、ガイドワイヤ先端部の柔軟性を意味し、同じ力をかけても一般弾性金属体で形成した先端部よりその変位が大きいこと、端的にいえば曲がりやすく柔軟であるということであって、原判決が超弾性金属体の特性として挙げる「ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位すること」とは、対象と特性がまったく異なるものであると主張する。 しかしながら、上記「先端部に一定の応力のもとで比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性歪特性を備えることができる」との記載部分が、文理上、 「先端部に[一定の応力のもとで比較的大きく変位する弾性歪み特性]と[復元可能な弾性歪特性]とを備えることができる」という趣旨であることは明白であり、 控訴人主張のように「先端部に一定の応力のもとで比較的大きく変位し、」の部分のみを独立して取り出したときは、その文言の続く箇所が不明となるし、また、その文言自体から、「先端部が」、「一般弾性金属体と比較して」曲がりやすく柔軟であるという意味を引き出すことは到底できないものというべきである。さらに、 本件訂正明細書(甲第15号証)に、超弾性金属が一般弾性金属体と比較して曲がりやすく柔軟である旨を直接的に記載した部分はないから、控訴人の主張によった場合には「先端側内芯部を超弾性金属体によって形成してあることにより」との記載と「先端部に一定の応力のもとで比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性歪特性を備えることができる」との記載の関連性が示されていないことになる。したがって、当該記載部分は、超弾性金属に関する上記「(1)回復可能な弾性ひずみが大きく、数%〜十数%にも達し、(2)ひずみが増加しても荷重の大きさが変わらないという特性を有している」(甲第15号証10頁左欄15行目〜18行目)との記載と関連するものであって、上記特性を有する超弾性金属から成形した超弾性金属体によって先端側内芯部を形成したことにより、ガイドワイヤの先端部に、超弾性金属の当該特性が現れたことを意味するものと解するほかはない。 控訴人は、また、「ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという」特性は、引張試験から導かれる特性であるにもかかわらず、使用態様上、先端部が引張力を受けて変形するようなことはあり得ないガイドワイヤの先端部の特性として、そのまま現れるべきものとしていることが誤りであると主張するが、上記特性がガイドワイヤの先端部における変形と無関係であることを示す的確な証拠はないのみならず、本件訂正明細書に、先端部の特性として「先端部に一定の応力のもとで比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性歪特性を備えることができる」との記載があり、これが、超弾性金属の「(1)回復可能な弾性ひずみが大きく、数%〜十数%にも達し、(2)ひずみが増加しても荷重の大きさが変わらないという特性」を先端部に現したものと解されることは上記のとおりである。 控訴人は、さらに、本件訂正明細書において「金属体」は、内芯に用いる金属製の線条体を意味するものであり、構成要件dの「内芯部を超弾性金属体によって形成し」とは、超弾性金属体、すなわち、超弾性金属からかたち作られた線条体を材料(素材)として内芯が形成(制作)されるということであるから、原判決が「超弾性金属体」が素材を指すものではないとすることは理由がないと主張する。 しかしながら、「超弾性金属体」が「超弾性金属」そのものではなく、 「超弾性金属」から成る「金属体」、すなわち、「超弾性金属」を成形して作られた成形物を意味することは明らかであるところ、上記のとおり、本件発明に用いられる超弾性金属が「(1)回復可能な弾性ひずみが大きく、数%〜十数%にも達し、(2)ひずみが増加しても荷重の大きさが変わらないという特性」を有しており、 「先端側内芯部を超弾性金属体によって形成してあることにより」、ガイドワイヤの先端部に上記超弾性金属の特性がそのまま現れた「一定の応力のもとで比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性歪特性」を備えることができると解されるのであるから、「超弾性金属体」は、上記「(1)回復可能な弾性ひずみが大きく、数%〜十数%にも達し、(2)ひずみが増加しても荷重の大きさが変わらないという特性」を備えた成形物であって、これをガイドワイヤの先端側内芯部を超弾性金属体によって形成し使用したゆえに、ガイドワイヤの先端部に上記超弾性金属の特性がそのまま現れたものと解するのが自然である。したがって、「超弾性金属体」はガイドワイヤの先端側内芯部に使用する超弾性金属から成る成形物であるというべきであって、先端側内芯部の素材を指すものということはできない。 以上のとおりであるから、控訴人の「ひずみが一定の応力の下で比較的大きく変位し、ひずみが増加しても応力の大きさが変わらないという特性」は、本件訂正明細書の原判決の引用する記載部分から導けるものではないとの主張も採用することができない。 2 被控訴人製品の構成要件dの充足性について (1) 当裁判所も、被控訴人製品の先端側内芯部が「超弾性金属体」によって構成されている事実を認めることはできないものと判断する。その理由は、次のとおり、控訴人の当審における主張に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」の「二 被告製品の構成要件dの充足性について」(原判決31頁10行目〜37頁10行目)のとおりであるから、これを引用する。 (2) 控訴人の当審における主張に対する判断 控訴人は、「応力」とは荷重に応じて物体内部に生じる単位断面積当たりの抵抗力をいい、超弾性金属体の応力を正確に把握するためには、金属体の外径を均一に整形した資料の使用が必要であることは当業者の技術常識であるから、応力-ひずみ特性を明らかにするために「先端側内芯部の素材ではなく先端側内芯部そのものを試料として、引張試験を実施すべきである」とすることは自己矛盾であると主張する。 しかしながら、本件において、構成要件dの「超弾性金属体」は、ガイドワイヤの先端側内芯部に使用する超弾性金属から成る成形物そのものであって、その素材ではないから、被控訴人製品に係る引張試験は、先端側内芯部そのものを試料とせざるを得ないことになる。 また、厳密には、金属体の応力を正確に把握するために金属体の外径を均一に整形した資料の使用が必要であるとしても、ガイドワイヤの先端部の特性を表す「一定の応力のもとで比較的大きく変位し」との表現は、「超弾性金属」の特性を表す「ひずみが増加しても荷重の大きさが変わらない」という表現と同趣旨であるから、その「応力」は「荷重」によって代替できる程度のもので足りると解される。そのような意味で、応力-ひずみ特性を明らかにするために「先端側内芯部の素材ではなく先端側内芯部そのものを試料として、引張試験を実施すべきである」とすることが自己矛盾とまでいうことはできず、控訴人の上記主張は採用することができない。 3 結論 以上によれば、控訴人の本件各請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。 よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法61条、67条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 石原直樹 |
裁判官 | 宮坂昌利 |