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関連審決 審判1994-9675
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事件 平成 10年 (行ケ) 82号 審決取消請求事件
原告 テキサスインスツルーメンツ インコ ーポレーテッド 代表者 【A】
訴訟代理人弁護士 中村稔
同 熊倉禎男
同 辻居幸一
同 田中 伸一郎
同 吉田和彦
同 弁理士 大塚文昭
同 竹内英人
同 大石皓一
同 弟子丸 健
被告 富士通株式会社代表者代表取締役 【B】
訴訟代理人弁護士 古城春実
同 水谷直樹
同 弁理士 井桁貞一
同 林恒徳
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/03/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた判決
1 原告 特許庁が平成6年審判第9675号事件について平成9年11月19日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文第1、2項と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、名称を「半導体装置」とする特許第320275号発明(以下、この特許を「本件特許」といい、この発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
本件特許は、昭和35年2月6日(優先権主張・1959年(昭和34年)2月6日及び同月12日、アメリカ合衆国)の、特許法(大正10年法律第96号、以下「旧特許法」という。)に基づく出願に係る特願昭35-3745号出願から、昭和39年1月30日に分割出願された特願昭39-4689号出願(以下「本件原出願」という。)から、更に昭和46年12月21日に分割出願された特願昭46-103280号出願(以下「本件出願」といい、本件出願である分割出願を「本件分割出願」という。)につき、昭和61年11月27日に出願公告がされ、平成元年10月30日に設定登録されたものである。
被告は、平成6年6月4日、原告を被請求人として、本件特許につき無効審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成6年審判第9675号事件として審理した上、平成9年11月19日に「特許第320275号発明の特許を無効とする。」との審決をし、その謄本は同月25日、原告に送達された。
2 本件発明の要旨 複数の回路素子を含み主要な表面及び裏面を有する単一の半導体薄板と; 上記回路素子のうち上記薄板の外部に接続が必要とされる回路素子に対し電気的に接続された複数の引出線と; を有する電子回路用の半導体装置において、
(a)上記の複数の回路素子は、上記薄板の種々の区域に互に距離的に離間して形成されており、
(b)上記の複数の回路素子は、上記薄板の上記主要な表面に終る接合により画定されている薄い領域をそれぞれ少くともひとつ含み; (c)不活性絶縁物質とその上に被着された複数の回路接続用導電物質とが、上記薄い領域の形成されている上記主要な表面の上に形成されており; (d)上記互に距離的に離間した複数の回路素子中の選ばれた薄い領域が、上記不活性絶縁物質上の複数の上記回路接続用導電物質によって電気的に接続され、上記電子回路を達成する為に上記複数の回路素子の間に必要なる電気回路接続がなされており; (e)上記電子回路が、上記複数の回路素子及び上記不活性絶縁物質上の上記回路接続用導電物質によって本質的に平面状に配置されている; ことを特徴とする半導体装置。
3 審決の理由 審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件発明が、本件分割出願後の本件原出願の発明(以下「原発明」という。)と実質的に同一であるから、本件出願は、旧特許法9条1項の適用を受けることができず、現実の出願日である昭和46年12月21日の出願として、特許法(昭和34年法律第121号)の適用を受けるところ、本件特許は、同法39条1項の規定に違反してされたものであり、同法123条1項2号に該当して無効とすべきものであるとした。
原告主張の審決取消事由
審決の理由中、本件発明の要旨の認定、原発明の要旨の認定、本件発明と原発明との相違点B及びCの各認定並びに同各相違点についての判断は認める。
審決は、本件発明と原発明の同一性を判断するに当たって、両発明の一致点の認定を誤り(取消事由1)、両発明の相違点@についての判断、同Aについての判断、同Dについての判断及び同Eについての判断をいずれも誤り(取消事由2〜5)、更に出願分割につき定めた旧特許法9条の解釈を誤って、本件出願が同条の適用を受けることができないとの誤った判断をした(取消事由6)結果、本件特許が特許法の適用を受け、同法39条1項の規定に違反してされたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り) (1) 審決は、原発明につき「少くとも2つの領域間を電気導体により電気的に接続するものであるが、この場合全ての領域が互いに接続されているわけではなく、接続する必要のある領域すなわち選ばれた領域が互いに電気的に接続されることは自明である」(審決書10頁6行目〜10行目)と認定した上、本件発明と原発明とが「複数の回路素子を含み主要な表面及び裏面を有する単一の半導体薄板を有する半導体装置において、上記複数の回路素子は、上記半導体薄板の種々の区域に互に離間して形成されており、上記複数の回路素子は、上記半導体薄板の主要な表面に終る接合により画定されている領域をそれぞれ少くともひとつ含み、不活性絶縁物質とその上に被着された回路接続用導電物質とが、上記領域の形成されている上記主要な表面の上に形成されており、互に離間した複数の回路素子中の選ばれた上記領域が、上記不活性絶縁物質上の上記回路接続用導電物質によって電気的に接続されている半導体装置」(同11頁11行目〜12頁3行目)である点で一致すると認定した。
しかしながら、以下のとおり、原発明についての上記認定は誤りであり、
したがって、上記一致点の認定のうち、当該原発明についての認定を前提とする「複数の回路素子中の選ばれた上記領域が、上記不活性絶縁物質上の上記回路接続用導電物質によって電気的に接続されている半導体装置」との部分も誤りである。
(2) 本件原出願の昭和54年6月15日付け手続補正書(甲第14号証)による補正後の明細書(甲第13号証添付、ただし、図面は甲第11号証添付、以下「原出願明細書」という。)に記載された原発明の要旨は、
「 1主面を有する単一の半導体薄板より成る半導体装置に於いて、
該薄板に形成され、上記1主面で終るP-n接合に依り画成された少く共1つの領域を含む少く共1つの受動回路素子、
該受動回路素子との間に必要な絶縁を与えるように、該受動回路素子から離間されて上記薄板に形成され、上記1主面で終るP-n接合に依り画成された少く共1つの領域を含む少く共1つの能動回路素子、
上記1主面を実質的上全部被覆し接触部のみを露出するように上記領域の少く共2つに対応して設けられた孔を有するシリコンの酸化物より成る絶縁物質、
該絶縁物質に密接し上記少く共2つの領域間に延び上記孔を通して上記領域を電気的に接続する電気導体とを具備する事を特徴とする半導体装置。」(審決書7頁15行目〜8頁11行目)にある。
すなわち、本件発明の半導体装置が、その発明の要旨の規定のとおり、
「電子回路用の半導体装置」であるのに対し、原発明は、その構成要件に「電子回路」という語が全くないことから明らかなように「電子回路用の半導体装置」ではない。原発明は、「必要な絶縁を与えるように、互いに離間されて、半導体薄板に形成された少なくとも一つの受動回路素子と少なくとも一つの能動回路素子に含まれたそれぞれの少なくとも一つの領域の間を、絶縁物質に密接する電気導体によって、電気的に接続する」という特定の態様で電気的に接続した半導体装置であって、その構成要件は、電子回路の形成に有用な回路素子間の接続態様を規定しているが、その構成要件自体で電子回路が形成されるものではない。本件発明が電子回路の全体を対象とするものであるのに対し、原発明は、能動回路素子と受動回路素子の電気的接続態様を対象とするものであるから、本件発明と原発明とでは発明の対象が異なるものである。
(3) 本件発明においては、電子回路達成のために、まず接続される回路素子が選択され、その上で薄い領域も選択されることになるのに対し、原発明は、能動回路素子と受動回路素子の特定の電気的接続態様を対象とするものであって、回路素子を選択するということは全く前提とされていない。
また、原発明においては、「複数の回路素子」は「能動回路素子」と「受動回路素子」でなければならず、これらの回路素子間の薄い領域を接続するのに対し、本件発明においては、能動回路素子、受動回路素子の種類を問わず、電子回路達成のために必要な回路素子間の薄い領域間が選択され、接続されるのである。したがって、本件発明においては、能動回路素子間の選ばれた薄い領域間の接続も含まれることになるし、原発明においては、一つの電子回路達成のために薄い領域間が接続されるものではないので、異なる電子回路間の回路素子の薄い領域間が接続されていても差し支えないことになる。
(4) したがって、原発明についての「少くとも2つの領域間を電気導体により電気的に接続するものであるが、この場合全ての領域が互いに接続されているわけではなく、接続する必要のある領域すなわち選ばれた領域が互いに電気的に接続されることは自明である」との審決の認定は誤りであり、一致点の認定のうち、この認定を前提とした部分も誤りである。
2 取消事由2(相違点@についての判断の誤り) (1) 審決は、本件発明と原発明の相違点@として認定した「本件特許発明(注、本件発明)は、電子回路用の半導体装置に係るものであり、電子回路を達成するために複数の回路素子の間に必要な電気回路接続がなされているのに対して、
原出願の発明(注、原発明)は、受動回路素子と能動回路素子との電気的接続態様に係るものであり、電子回路を達成するために複数の回路素子の間に必要な電気回路接続がなされているか否か不明である点」(審決書12頁5行目〜12行目)につき、原発明において「少くとも1つの受動回路素子と少くとも1つの能動回路素子とは電気導体により電気的に接続されているのである。また、受動回路素子と能動回路素子とがともに所定の機能を有しているのであるから、それらを電気的に接続すれば所定の動作をすることは明らかである。そして、電子回路とは、二つ以上の回路素子を電気的に結合し、電子を利用して所定の動作をするものをいう・・・のであるから、原出願の発明もまた電子回路用の半導体装置に係るものである」(同14頁1行目〜11行目)とし、さらに、上記1の(1)の、原発明において「選ばれた領域が互いに電気的に接続される」との認定を引用した上、「二つ以上の回路素子を電気的に結合すれば電子回路が得られるのであるから、原出願の発明も電子回路を達成するために複数の回路素子の間に必要な電気回路接続がなされていることは明らかである」(同14頁14行目〜18行目)として、相違点@が実質的な相違点ではない旨判断した。
(2) しかしながら、原発明において、少なくとも一つの受動回路素子と少なくとも一つの能動回路素子とが電気導体によって電気的に接続されていること、受動回路素子と能動回路素子とがともに所定の機能を有していること、電子回路が、二つ以上の回路素子を電気的に結合し、電子を利用して所定の動作をするものをいうことは認めるが、だからといって、原発明が「電子回路を達成するために複数の回路素子の間に必要な電気回路接続がなされている」ということはできない。
すなわち、本件発明では、能動回路素子、受動回路素子の種類を問わず、
電子回路達成のために必要な回路素子間の薄い領域間が選択され、接続されるのに対し、原発明においては、「複数の回路素子」は能動回路素子と受動回路素子でなければならず、これらの回路素子間の薄い領域を接続しても、当然に電子回路が得られるものではないし、仮に電子回路が得られたとしても、多種多様な電子回路が得られるものではない。また、原発明においては、一つの電子回路達成のために薄い領域間が接続されるものではないので、異なる電子回路間の回路素子の薄い領域間が接続されても足りるものである。
審決は、原発明と本件発明がその対象を全く異にする点を看過して、相違点@についての判断を誤ったものである。
3 取消事由3(相違点Aについての判断の誤り) (1) 審決は、本件発明と原発明の相違点Aとして認定した「本件特許発明(注、本件発明)は、回路素子のうち半導体薄板の外部に接続が必要とされる回路素子に対し電気的に接続された複数の引出線を有しているのに対して、原出願の発明(注、原発明)は、そのような引出線を有しているか否か不明である点」(審決書12頁13行目〜17行目)につき、「原出願の発明の半導体装置もまた回路素子である受動回路素子及び能動回路素子を有しており、半導体装置においては通常外部と接続する必要のある回路素子に対しては外部と結ぶための手段すなわち引出線が設けられていなければならない」(同15頁2行目〜6行目)から、「特許請求の範囲に明記はないが、原出願の発明の半導体装置もまた外部と接続する必要のある複数の回路素子と外部を結ぶための複数の引出線を有していることは明らかである」(同15頁8行目〜11行目)とし、相違点Aに実質的な差異はないと判断した。
(2) しかしながら、原発明においては、受動回路素子と能動回路素子が外部と接続されるべきことは要件とされていないし、原発明を電子回路の一部において実施することを想定したとしても、原発明に係る能動回路素子及び受動回路素子以外の回路素子に引出線が設けられることもあり得る。また、原発明の要旨の「半導体装置」という語は、原発明が半導体を利用したものという程度の意味を示すにすぎず、原発明が複数の外部引出線を有することの根拠とはなり得ない。
原発明は、本件発明のように「電子回路用の半導体装置」ではないのであり、上記「引出線」を必須の構成要件としていないのはそのためである。
したがって、審決の相違点Aについての判断は誤りである。
4 取消事由4(相違点Dについての判断の誤り) (1) 審決は、本件発明と原発明の相違点Dとして認定した「回路接続用導電物質は、本件特許発明(注、本件発明)においては複数個存在するのに対して、原出願の発明(注、原発明)においては複数個存在するか否か不明である点」(審決書13頁7行目〜9行目)につき、「原出願の発明においては・・・領域は少くとも2個以上あるというのであるから、3個以上あることが排除されるわけではない。
そうすると、原出願の発明においては3個以上の領域間を接続する電気導体が存在する場合が含まれることとなる。そうである以上、原出願の発明においては、回路接続用導体は2個以上、すなわち、複数個存在する場合が含まれる」(同19頁7行目〜18行目)、「受動回路素子と能動回路素子の2個の回路素子間を2個の回路接続用導電物質で接続する電子回路は周知である」(同19頁19行目〜20頁1行目)とし、「本件特許発明において回路接続用導電物質を複数個と限定したことに格別の技術的意義はなく、単なる設計的事項にすぎない」(同20頁8行目〜10行目)から、相違点Dに実質的な差異はないとした。
(2) しかしながら、原発明においては、複数の電気導体を設ける必要がないのに対し、本件発明においては、後記のとおり、電子回路を平面状に配置するために、三つ以上の回路素子と複数の回路接続用導電物質を備えていることが必要不可欠であるから、回路接続用導電物質が複数個存在することが要件とされているのである。また、原発明の電気導体は、本件発明の回路接続用導電物質と同様、シリコン酸化物ないし不活性絶縁物質上に密接ないし被着して形成されるものであるが、
このような電気導体は、本件特許出願の優先権主張日前に、周知でないことはもとより、公知といえるものでもない。
したがって、審決の相違点Dについての判断は誤りである。
5 取消事由5(相違点Eについての判断の誤り) (1) 審決は、本件発明と原発明の相違点Eとして認定した「本件特許発明(注、本件発明)は、電子回路が複数の回路素子及び複数の回路接続用導電物質によって本質的に平面状に配置されているのに対して、原出願の発明(注、原発明)は、そのような要件を備えているか否か不明である点」(審決書13頁10行目〜14行目)についての判断を、以下のように誤ったものである。
(2) 審決は、相違点Eに係る本件発明の「(e)上記電子回路が、上記複数の回路素子及び上記不活性絶縁物質上の上記回路接続用導電物質によって本質的に平面状に配置されている」との構成要件(以下「要件e」という。)の意義について、「本件特許明細書における電子回路の平面状配置に関する記載である『本発明に依れば電子回路の能動及び受動成分或いは回路素子は半導体の薄板の一面或いはその近くに形成される。その結果、得られる回路は本質的に平面状に配置されることになる。』(注、甲第2号証2欄6行目〜10行目)・・・とは、回路素子は半導体の薄板の一主面に形成されるが、回路素子のメサ領域の部分は薄い領域であって、半導体薄板の一主面よりわずかに出ているが、半導体薄板の一主面の大きさとの関係を考慮すれば概ね半導体薄板の一主面に形成されているということができ、
厳密にいえば一主面の近くに形成されているといえる。その結果として、半導体薄板上に形成される回路は、回路素子のメサ領域の部分によりその平坦さを失わない程度のわずかな凹凸が出来るため必ずしも絶対的に平坦な面とはならないが、これらの凹凸によっても本質的な平坦性を失わないから、得られる回路は複数の回路素子によって本質的に平坦に配置されることを意味するものと解するのが相当である」(審決書21頁11行目〜22頁12行目)、「本件特許発明(注、本件発明)における『電子回路が、複数の回路素子及び不活性絶縁物質上の回路接続用導電物質によって本質的に平面状に配置されている』とは、電子回路が、半導体薄板の主要な面において、複数の回路素子及び主要な面上に形成された不活性絶縁物質上に被着された回路接続用導電物質によって本質的に平坦に配置されていると解するのが相当である」(同24頁3行目〜10行目)、「上記相違点は実質的な相違点ではない」(同28頁1行目〜2行目)と判断した。
しかしながら、本件発明の要件eは、文字どおり、電子回路の「平面状配置」、すなわち、二次元的な広がりをもって配置されていることを規定したものであって、平坦状配置を規定したものではない。
本件特許の公告公報(甲第2号証)に掲載された本件特許の明細書(以下単に「本件明細書」という。)には、本件発明の目的及び効果として、「高度の複雑さの回路の多様性を可能ならしめた」(1欄20行目〜21行目)ことが記載されているところ、この作用効果は、主として本件発明の要件eから導かれるものである。
すなわち、本件発明においては、複数の回路素子及び複数の回路接続用導電物質によって電子回路が二次元的広がりをもって(本質的に平面状に)配置されているから、半導体薄板の所望の位置に複数の回路素子を形成し、電気的接続が必要な回路素子間を回路接続用導電物質によって接続することにより、極めて融通性をもって、多種多様な電子回路を半導体薄板に形成することが可能になる。このことは、複数の回路素子が半導体薄板に線状あるいは列状に配置され、電気的接続が必要な回路素子間が回路接続用導電物質で接続されて電子回路が形成された場合と比較すれば明らかである。本件明細書(甲第2号証)の「得られる回路は本質的に平面状に配置されることになる。処理工程中に半導体材料薄板の成形を行ない、拡散により希望の各種回路素子を適当な関係で製造することが可能である」(2欄9行目〜12行目)との記載は、回路素子に着目して、平面状に配置することにより融通性をもって回路素子を半導体薄板に形成することができる趣旨を述べたものである。
また、本件明細書(甲第2号証)に本件発明の目的及び効果として記載されている「マスキング・エッチング及拡散の様な限定された両立性ある工程が一主面から成し得るので大量生産に適する」(2欄14行目〜16行目)ことは、主として本件発明の「(b)上記の複数の回路素子は、上記薄板の上記主要な表面に終る接合により画定されている薄い領域をそれぞれ少くともひとつ含み」との構成要件から導かれるものではあるが、本件明細書の「複数の回路素子は前述した様に半導体薄板の一主面上に平板状に配置され、マスキング、エッチング及び拡散の様な両立性ある工程が一主面から成し得るので半導体装置の大量生産に適している」(5欄24行目〜28行目、なお、「平板状」との記載は特許公報の印刷ミスで、
正しくは「平面状」である。)との記載は、要件eが充足されるように、複数の回路素子および複数の回路接続用導電物質を形成、配置して、電子回路を形成するときは、融通性に富んだ多種多様な電子回路を、両立性のある工程によって一主面から半導体薄板に形成することができ、融通性のある多種多様な集積回路を容易に大量生産することができるとの作用効果を奏することを述べたものである。
これに対し、審決のように、要件eを「平坦状配置」と解すると、要件eは、上記二つの目的及び効果と何ら関係しないことになるのみならず、本件発明のいずれの作用効果とも結び付かないことになる。発明の構成要件は、発明の目的を達成するための手段であるから、発明の目的達成に何らの寄与もせず、作用効果と関係のない構成要件が存在するという審決の判断は不合理である。
以上のように、審決の要件eについての判断は、本件発明の要旨の規定とも食い違い、また本件明細書の発明の詳細な説明の記載とも矛盾するものである。
なお、被告は、本件発明の要件eが、その余の要件についての実質的な重複記載にすぎず、他の要件から区別される別個の技術的事項ではないから、本件発明と原発明との対比に当たって独立に顧慮する必要がないものであると主張するが、原出願及び本件特許出願の優先権主張日以前には、本件明細書に実施例として記載されたマルチバイブレーター回路に示されたような本件発明の平面状配置の構成は全く知られていなかったものであり、当時の技術水準からすれば、当業者が原出願の発明の実施に際して、単一の半導体薄板に電子回路を平面状に配置することが自明であるとか当然であるなどというようなことはあり得ず、上記主張は誤りである。
(3) 審決は、原発明につき、「半導体薄板上に形成される回路は・・・必ずしも絶対的に平坦な面とはならないが、これらの凹凸によっても本質的な平坦性を失わないから、得られる電子回路は複数の回路素子によって本質的に平坦に配置されることは明らかである」(審決書25頁15行目〜26頁2行目)、「原出願の発明(注、原発明)の唯一の実施例について・・・半導体薄板上に形成される回路は不活性絶縁物質上の回路接続用導電物質によって平坦に配置されているといえる。
そして、原出願の明細書における原出願の発明の唯一の実施例は、本件特許明細書における本件特許発明の唯一の実施例と同一である以上、原出願の発明の電子回路は不活性絶縁物質上の回路接続用導電物質によって本質的に平坦に配置されていると解するのが相当である」(同26頁3行目〜27頁15行目)とした上、「原出願の発明の電子回路も、半導体薄板の主要な面において、複数の回路素子(能動回路素子及び受動回路素子)及び不活性絶縁物質上の回路接続用導電物質によって本質的に平面状すなわち平坦に配置されているものである」(同27頁16行目〜20行目)として、相違点Eが実質的な相違点ではないと判断した。
しかしながら、原出願明細書記載の特許請求の範囲にも、発明の詳細な説明にも、「電子回路」、「平面状配置」という文言はもとより、「平坦状配置」という文言すら記載されていないから、原発明に平面状配置の要件が欠如していることは明らかである。審決は、もっぱら原出願明細書の発明の詳細な説明におけるマルチバイブレーター回路又はメサ型トランジスタの説明と本件明細書の発明の詳細な説明における対応する記載とが共通することから、本件発明の要件eが原発明の要件でもあるとするものであるが、それが誤りであることは明白である。
原発明は能動回路素子と受動回路素子との接続のみを構成要件としているから、能動回路素子間の接続を必要とする回路を含むものではない。さらに、原発明は回路の部分的な構造を規定するにすぎないから、電子回路全体を単一の半導体薄板にどのように構成するかは全く規定されていない。
したがって、審決が、原発明につき「半導体薄板の主要な面において、複数の回路素子(能動回路素子及び受動回路素子)及び不活性絶縁物質上の回路接続用導電物質によって本質的に平面状・・・に配置されている」と判断したことは誤りである。
(4) 以上のように、審決の相違点Eについての判断には誤りがある。
6 取消事由6(旧特許法9条1項の解釈の誤り) (1) 旧特許法9条1項は「二以上ノ発明ヲ包含スル特許出願ヲ二以上ノ出願ト為シタルトキハ各出願ハ最初出願ノ時ニ於テ之ヲ為シタルモノト看做ス」と、また、同法8条は「同一発明ニ付テハ最先ノ出願者ニ限リ特許ス但シ同日ノ各別ノ出願者アルトキハ出願者ノ協議ニ依リ特許シ協議調ハサルトキハ共ニ特許セス」と規定していた。
ところで、審決は、「本件特許発明(注、本件発明)と原出願の発明(注、原発明)とは実質的に同一であって、本件特許出願は分割出願に係る旧特許法・・・第9条第1項の規定の適用を受けることができない」(審決書33頁8行目〜11行目)と判断したが、この判断は、分割出願に係る発明と分割後における原出願に係る発明(以下、単に「原出願に係る発明」という場合には、分割後における原出願に係る発明を指す。)とが同一でないことが旧特許法9条1項分割出願の要件であることを、その前提とするものである。
他方、審決の「原出願の発明(注、原発明)は、受動回路素子及び能動回路素子をそれぞれ少くとも1つ有しており、複数の回路素子には受動回路素子と能動回路素子をそれぞれ少くとも1つ有する場合が含まれるから、原出願の発明は複数の回路素子を有しているといえる」(同8頁17行目〜9頁2行目)、「原出願の発明においては回路素子の形成区域については格別限定されていないのであるから、半導体薄板のいずれの区域に離間して形成されていてもよく、原出願の発明においても複数の回路素子は、半導体薄板の種々の区域に互に離間して形成されているということができる」(同9頁3行目〜8行目)、「P-N接合は接合の一種であり・・・原出願の発明の『P-n接合』は本件特許発明の『接合』に相当する」(同9頁9行目〜13行目)、「原出願の明細書及び本件特許明細書において不活性絶縁物質としてシリコンの酸化物よりなる絶縁物質が唯一あげられていることからみて、原出願の発明における『シリコンの酸化物よりなる絶縁物質』は本件特許発明における『不活性絶縁物質』に相当する」(同9頁14行目〜19行目)、
「能動回路素子と受動回路素子とが物理的に離れて形成されることも本件特許発明の『複数の回路素子間の距離的離間』に含まれる」(同16頁8行目〜11行目)、「原出願の発明における電気導体は絶縁物質に密接し少くとも2つの領域間に延び、絶縁物質に設けられた孔を通して領域を電気的に接続するものであり、上記領域は少くとも2個以上あるというのであるから、3個以上あることが排除されるわけではない。そうすると、原出願の発明においては3個以上の領域間を接続する電気導体が存在する場合が含まれることとなる。そうである以上、原出願の発明においては、回路接続用導体は2個以上、すなわち、複数個存在する場合が含まれる」(同19頁8行目〜18頁目)等の説示に照らして、審決のいう本件発明と原発明との「実質的同一」とは、本件発明及び原発明の一方が他方に含まれるということであり、しかも、上記のとおり、本件発明の要件又は要件における文言に原発明の要件又は要件における文言が含まれるとする一方で、原発明の要件又は要件における文言に本件発明の要件又は要件における文言が含まれるともしていることに照らして、本件発明及び原発明の一方が他方に完全に包含されるということではなく、両発明の範囲が一部重複するということにすぎない。
(2) しかしながら、旧特許法9条1項の解釈として、原出願に係る発明と分割出願に係る発明とが同一でないことが分割出願の要件であると解することは誤りである。
すなわち、上記規定の「二以上ノ発明ヲ包含スル特許出願ヲ二以上ノ出願ト為」すとの規定によれば、分割出願の要件として、分割前の原出願の明細書に分割出願に係る発明が開示されていること及び発明が複数存在することが必要である。そして、発明が複数であることとは、発明が単一ではないことであり、問題となる二つの発明の範囲が全く重なり合う場合、いい換えれば、一方の発明の実施をすれば必ず他方の発明の実施となる場合に、両発明が単一であると解される。例えば、両発明が特許請求の範囲の記載上同一であるときや、特許請求の範囲の文言は微細に異なっていても、両発明の範囲が完全に重なり合うと認められるときには、
発明は単一である。
これに対し、両発明の範囲の一部が重なり合っているにすぎない場合又は両発明の一方が他方を包含する場合には、一方の発明の実施が必ず他方の発明の実施となるわけではない。このような場合に両発明が「同一」であるといういい方ができるとしても、両発明は単一ではなく、発明が複数ある場合に当たるものである。
したがって、原出願に係る発明と分割出願に係る発明とが単一でないことは旧特許法9条1項分割出願の要件であるが、両者が同一でないことが分割出願の要件であると解することはできない。
そして、分割出願がされたときに、原出願に係る発明と分割出願に係る発明とが同一である場合、そのことは分割出願を違法とするものではないが、「同一発明ニ付テ」出願がされた場合であるから、旧特許法8条の適用を受けることになるのである。
旧特許法9条及び8条の関係について、上記のように解すべきことは、@原出願の明細書に開示されていた分割出願に係る発明について出願日の遡及を認めることが特許制度及び分割出願制度の趣旨に合致すること、A旧特許法9条及び8条の文言に合致すること、B明細書の特許請求の範囲の記載は審査期間中変化し得る流動的なものであるから、分割出願時において原出願に係る発明と分割出願に係る発明との同一性を判断することは無意味であるし、その後常時両発明の同一性を判断することも不可能であること、C同一出願人が同一発明を先後願として出願した場合との比較において、分割出願に係る発明が原出願に係る発明と同一である場合に出願日の遡及の利益を与えないとすると均衡を失すること、D分割出願の適法性に関して発明の同一性が判断され、同一であるとされて分割出願に係る発明につき出願日の遡及が否定されれば、旧特許法8条により発明の同一性を理由として拒絶又は無効とされるとするのは理論的でなく、発明の同一性については旧特許法8条のみによって判断されるとすることが首尾一貫することに照らしても、正当であるというべきである。
(3) 特許法(昭和34年法律第121号)44条及び39条は、それぞれ旧特許法9条及び8条に対応する規定であるが、特許法44条39条との関係についても、上記(2)で主張した旧特許法9条8条との関係と同様に解すべきものである。
ところで、平成6年12月改訂前の特許庁の審査基準(以下、同改訂前の審査基準を「旧審査基準」と、同改定後の審査基準を「新審査基準」という。)は、分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことを、特許法44条分割出願の実体的要件の一つとした上で、その場合の発明の同一性に関する判断を同法39条における発明の同一性の審査基準に従って行うこととしていた。
しかしながら、新審査基準は、「@分割直前の原出願の明細書又は図面に二以上の発明が記載されていること」及び「A分割直前の原出願の明細書又は図面に記載された発明の全部を分割出願に係る発明としたものではないこと」を特許法44条分割出願の実体的要件とし、分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことをその要件としていない。その上で、新審査基準は、「分割出願に係る発明と分割後の原出願に係る発明とが同一である場合の取扱い」につき、「分割出願が適法であり、分割出願に係る発明と分割後の分割出願に係る発明とが同一である場合には、特許法第39条第2項の規定が適用される」とし、その理由を「分割出願に係る発明と分割後の原出願に係る発明とが同一である場合、両発明を特許することは一発明一特許の原則に反する。したがって上記のように取り扱う」と説明している。
そもそも、旧審査基準が分割出願の実体的要件の一つとしていた「分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないこと」は、特許法44条1項の「二以上の発明を包含する特許出願」との規定から導き得ないものであり、旧審査基準の取扱いは同条に適合していなかったものである。新審査基準は、「分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないこと」を分割出願の要件から除外し、実体的要件に関しては、上記@及びAの要件に適合する分割出願を適法である(出願日遡及の利益を受ける)とした上で、分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一であることによる問題は、同法39条によって処理されるとしたものであって、同法44条及び39条に基づく取扱いとして正当である。
なお、旧審査基準から新審査基準への移行は、特許法44条1項の改正に伴ってされたものではない。その間、同項自体に改正はないのであって、このことは、同項が、そもそも「分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないこと」を要件としていたものではないことを端的に示している。
そして、以上のことは、旧特許法9条及び8条の解釈としても当てはまるものである。
被告は、新審査基準が、昭和63年に導入された改善多項制に対応するものであり、旧特許法下を含む改善多項制導入前とは前提となる制度が異なるものであって、分割出願の要件の適用対象を平成6年1月1日以降の特許出願に限ることを明らかにしている旨主張する。
しかしながら、新審査基準が改善多項制の導入と無関係であることは、その導入の5年後に採用されたことに照らしても明らかであるのみならず、改善多項制の下での出願であれば、分割出願の適法性の要件として発明の同一性を判断しなくともよいが、旧特許法下の一発明一出願の原則の下では分割出願の適法性の要件として発明の同一性を判断しなければならないとする実質的根拠はない。また、特許法44条1項の改正がないのに、改善多項制下の分割出願を従前と別異に取り扱うことは立法者の意図にも反する。被告の主張は、分割出願制度が、後記(4)のパリ条約4条G(1)項及び4条G(2)項の規定に基づくことを看過するものである。新審査基準は、特許法のみならずパリ条約の趣旨にも沿うものであって、その実質からすれば、その適用時期を制限すべき合理的理由はない。
(4) 千九百年十二月十四日にブラッセルで、千九百十一年六月二日にワシントンで、千九百二十五年十一月六日にヘーグで、千九百三十四年六月二日にロンドンで、千九百五十八年十月三十一日にリスボンで及び千九百六十七年七月十四日にスットクホルムで改正された工業所有権の保護に関する千八百八十三年三月二十日のパリ条約(以下単に「パリ条約」という。)4条G(2)項の規定は、1958年10月31日のリスボンにおける改正によってパリ条約に追加された(昭和40年8月21日我が国において発効)ものであり、旧特許法33条に基づき、本件分割出願の適否の判断に直接適用されるべきものである。
そして、パリ条約4条G(1)項が、審査により特許出願が複合的であることが明らかになった場合に、出願人に出願を分割する権利を保障した規定であるのに対して、同条G(2)項は、特許出願が複合的であること以外の理由によっても、出願人が任意に出願を分割することを認め、その場合でも出願日遡及の利益を享受できることを定めたものである。
この場合に4条G(1)項の「特許出願が複合的であること」とは、主として発明が複数ある場合(単一性が欠如している場合)を意味している(その他、特許請求の範囲の記載要件に係る各国の法令上、同一の発明が複合的とされることも考えられる。)。これとの対比において、4条G(2)項は「特許出願が複合的であること」を出願の分割の要件としていない。すなわち、発明の単一性の欠如以外の理由によって出願を分割することを含むものである。なお、4条G(2)項2文の「各同盟国は、その分割を認める場合の条件を定めることができる。」との規定は、特に無審査国における事務手続の便宜を考慮して、各国が立法により分割出願をすることができる期間等の形式的・手続的要件を定めることができる旨を規定したものである。
上記のようなパリ条約4条G(2)項の解釈は、リスボン会議において同項制定に至るまでの経過に沿うものであり、また、国際的な原則としても確立しているものである。
被告は、4条G(1)項が「一個」の発明の範囲をどうとらえるかについては何も定めていないとか、一発明とはどの範囲のものをいうか(発明が別発明とならない範囲をどうとらえるか)は各国の特許制度の根幹に関わる事項であり、国によって考え方は異なり得るものであるなどと主張するが、発明が複数であるかどうか(発明の単一性の範囲)につき、各国に考え方の違いはない。違いのあるのは、一出願によって請求し得る発明の数ないし範囲についての考え方、及びどこまでが実質的に同一の発明とみるか(発明の同一性の範囲)についての考え方であり、そうであるからこそ、パリ条約は、分割出願の権利を付与することとしたのである。
したがって、上記のとおりパリ条約4条G(2)項が直接適用される本件分割出願について、分割出願に係る発明(本件発明)と原出願に係る発明(原発明)との実質的同一性の判断によって、分割出願の適否(出願日遡及の有無)を決することは、パリ条約の上記規定に違反するものである。
(5) なお、本件分割出願が適法であると判断され、出願日の遡及の効果が認められれば、本件出願については旧特許法が適用されることになる(特許法施行法20条1項)。
ところで、特許法39条1項が、「同一の発明について・・・二以上の特許出願があったとき」に、最先の出願人のみが特許を受けることができる旨規定しているのに対して、旧特許法8条は、「同一発明ニ付テハ」最先の出願人のみが特許を受けることができる旨規定していることに照らせば、特許法39条1項が二重の特許出願を排除するものであるのに対し、旧特許法8条は二重の特許権を排除するものであることが明らかであるから、同条の適用に当たり、拒絶査定が確定した出願は先願としての地位を有さない。特許法においては、39条5項の反対解釈によって、拒絶査定が確定した出願であっても先願としての地位を有するものと解する余地があるが、旧特許法には同項に相当する規定も存在していない。
本件において、本件特許の登録査定時よりも前に、本件原出願に対する拒絶査定が確定しているから、本件特許は旧特許法8条に反するものではない。
被告の反論
審決の認定及び判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について 原告は、審決が原発明についてした「少くとも2つの領域間を電気導体により電気的に接続するものであるが、この場合全ての領域が互いに接続されているわけではなく、接続する必要のある領域すなわち選ばれた領域が互いに電気的に接続されることは自明である」(審決書10頁6行目〜10行目)との認定が誤りであり、一致点の認定のうち、この認定を前提とした部分も誤りであると主張する。
しかしながら、半導体薄板に形成された回路素子中の選ばれた領域を電気的に接続しなければ、その半導体装置が用をなさないことは明らかである。したがって、原発明につき、回路素子中の選ばれた領域が電気的に接続されることが自明であるとした審決の認定に誤りはない。
2 取消事由2(相違点@についての判断の誤り)について 原告は、原発明において、能動回路素子と受動回路素子間の薄い領域を接続しても、当然に電子回路が得られるものではなく、電子回路を達成するために複数の回路素子の間に必要な電気回路接続がされているということはできない旨主張する。
しかしながら、それ自体として電子回路を構成せず、あるいは電子回路を達成するために役に立たない半導体装置に有用性はなく、そのようなものを対象とする「半導体装置」の発明は成り立たないというべきであり、発明が発明として成り立たないような特許請求の範囲の解釈は誤りである。原発明の「半導体装置」も、
受動回路素子中の一つの領域と能動回路素子中の一つの領域とを電気的に接続して成るものであるから、電子回路用の半導体装置であることは明白である。
3 取消事由3(相違点Aについての判断の誤り)について 原告は、原発明が、本件発明のように「電子回路用の半導体装置」ではないから、外部と接続する必要のある複数の回路素子と外部とを結ぶための複数の引出線を有している旨の審決の認定判断を誤りであると主張する。
しかしながら、原発明が「電子回路用の半導体装置」であることは上記2のとおりである。そして、電子回路用の半導体装置として作動するためには、半導体薄板中に形成された回路素子が薄板の外部と電気的に接続される必要があるから、
回路素子に対して電気的に接続された引出線が設けられるべきことは明らかである。
4 取消事由4(相違点Dについての判断の誤り)について 原告は、原発明においては複数の電気導体を設ける必要がないのに対し、本件発明においては、複数の回路接続用導電物質を備えていることが必要不可欠であるから、相違点Dに実質的な差異はないとした審決の判断が誤りであると主張する。
しかしながら、原発明において回路素子は複数個とされ、個数に上限はないから、電気導体を複数個設けることは原発明の半導体装置の通常の実施形態といってよい。すなわち、回路接続用導電物質を複数個設けることは、原出願の発明に当然に含まれており、適宜実施の域を出ないから、本件発明と原発明との間に相違点Dに係る実質的な差異はない。
5 取消事由5(相違点Eについての判断の誤り)について (1) 原告は、本件発明の要件eにつき、電子回路が複数の回路素子及び不活性絶縁物質上の回路接続用導電物質によって二次元的な広がりをもって配置されていることを規定したものであると主張するが、要件eの「本質的に平面状に配置されている」とは、実質的に高低ないし凹凸のない平坦状配置を意味すると解するのが正当である。
(2) すなわち、一般語の文理からすると、「面」は、凹面や円錐面なども含んで「表、おもて」を意味し、必ずしも二次元を意識した語ではない。これに対し、
「平」は「平ら」ないし「凹凸のないこと」を意味するから、要件eが「面」に特に「平」の字を付して「平面状」と記載したのは、実質的に高低ないし凹凸のない状態に着目したものと解される。また、平面状配置に「本質的に」の語を付したのは、多少の凹凸があっても、実質的に平坦であることを表現する趣旨である。「平面上配置」が二次元方向の配置を意味するものであれば、「本質的」という語を付する必要はない。本件明細書(甲第2号証)の「複数の回路素子は前述したように半導体薄板の一主面上に平板状に配置され」(5欄24行目〜25行目)との記載に照らしても、回路素子の二次元配置をいうのであれば「一主面上に」と記載するのみで足りるのに、ことさら「平」の字をつけて「平板状」と記載したのは「平坦性」を意識した表現というべきである。なお、原告主張のように、「平板状」が「平面状」の誤記であったとしても同様である。
さらに、本件明細書(甲第2号証)には、平面上配置につき「本発明に依れば電子回路の能動及び受動成分或いは回路素子は半導体の薄板の一面或いはその近くに形成される。その結果得られる回路は本質的に平面状に配置されることになる」(2欄6行目〜10行目)との説明があるが、「一面或いはその近く」の「近く」が、半導体薄板の面の限界を超えた側方の延長空間であるはずはないから、上記記載は、半導体薄板の表面及び表面に近い内部を意識した厚み方向(高さ)についての説明である。そして、「その結果」とは、「電子回路が薄板の一面或いはその近くに形成されることにより当然に」という意味であるから、電子回路の「平面状配置」は、実質的に高低差のない平坦な配置を意味していることになる。
(3) 原告は、本件発明の「高度の複雑さの回路の多様性を可能ならしめた」こと、融通性に富んだ多種多様な電子回路を一主面から半導体薄板に形成することができることという作用効果が、回路素子の二次元配置によって達成されると主張する。しかしながら、本件明細書(甲第2号証)の記載上、「回路の成分が半導体物質の本体の中に組合され且つその一部を形成している事」(2欄3行目〜5行目)、「電子回路の能動及び受動成分或いは回路素子は半導体の薄板の一面或いはその近くに形成される」(同欄6行目〜8行目)等の本件発明における特徴的な構成が挙げられた上、「その結果、得られる回路は本質的に平面状に配置されることになる」(同欄9行目〜10行目)とされているのであるから、平面状配置は、本件発明の上記特徴的な構成がもたらす結果の一つにすぎない。本件発明においては、平面状配置が複雑かつ多様な電子回路の形成を可能にしているのではなく、上記特徴的な構成が、回路の平面状配置をもたらすとともに、融通性のある多種多様な回路の形成を可能にしているのである。
なお、電子回路の配置(複数の回路素子や配線の配置)の手法において、
それらの単なる二次元配置は古くから当然のことであり、その上での半導体装置の一層の小型化と平坦化こそが当業者の共通に指向する方向であった。
(4) 上記のように、本件明細書上、「電子回路の能動及び受動成分或いは回路素子は半導体の薄板の一面或いはその近くに形成される」等の本件発明の特徴的な構成の「結果」として、「得られる回路は本質的に平面状に配置される」とされているのであるから、「回路が本質的に平面状に配置される」ことは、他の特定の構成のもたらす結果であって、それ自体が他の技術的事項から独立した本件発明の特徴でないことは明らかである。いい換えれば、本件発明の要件eは、その余の要件についての実質的な重複記載にすぎず、他の要件から区別される別個の技術的事項ではない。したがって、本件発明と原発明との対比に当たって、要件eは、本来、
独立に顧慮する必要がないものである。このことは、「平面状配置」を、「平坦な配置」と解しても、原告が主張するように「二次元的な広がりを持った配置」と解しても変わりがない。
なお、仮に、原告主張のとおり、「平面状配置」が二次元配置のことであり、融通性に富んだ多種多様な回路の形成可能性が当該「平面状配置」によって初めてもたらされるものとすれば、同様に、融通性に富んだ多種多様な回路の形成を可能にしたとされている原発明も「平面状配置」を必須の構成として含んでいることになるはずである。このことからも、本件発明を原発明にはない特徴を備えた別異の発明とみることはできない。
(5) したがって、相違点Eが実質的な相違点ではないとした審決の判断に誤りはない。
6 取消事由6(旧特許法9条1項の解釈の誤り)について (1) 原告は、原出願に係る発明と分割出願に係る発明とが単一でないことは旧特許法9条1項分割出願の要件であるが、同一でないことは分割出願の要件であると解することはできない旨主張する。
しかしながら、分割出願の審査に当たって、原出願に係る発明と分割出願に係る発明との同一性を判断し、両発明が同一であると認められる場合には、不適法な分割出願であるとして、分割出願につき出願日遡及の効果を否定するという取扱いは、旧特許法及び特許法の下で、長年にわたって定着し、裁判所によっても承認されてきたものであり、十分な合理性を有している。したがって、原告の上記主張は誤りである。
また、原告の主張は、二つの発明の範囲が全く重なり合う場合を両発明が「単一」であると称し、二つの発明の範囲の一部が重なり合っているにすぎない場合又は両発明の一方が他方を包含する場合を両発明が「同一」であると称し、かつ、発明が「単一」でないときには発明が複数あるとした上で、分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが「同一」であって、「単一」でない場合には、旧特許法9条1項分割出願の実体的要件を満たすというものであり、結局、発明の範囲が一致するかどうかによって、複数の発明(別発明)かどうかが決まるとするものであるが、このようなとらえ方は、旧特許法における一発明の概念の把握を誤ったものである。
すなわち、発明は「技術的思想」であるが、これを言語的に表現しようとする場合、その具体的表現形態や用いる概念の上下位のレベルが様々であり得るから、例えば、発明のある要素を上位概念で表現したときと、下位概念で表現したときとでは、それぞれの包含する範囲は完全に同じではないが、下位概念で規定したことに格別の技術的意義がなければ、それぞれの表現するものは1個の同じ発明(技術的思想)である。そして、発明(技術的思想)は、実際には、明細書の特許請求の範囲の記載と、発明の一般的説明及び実施態様ないし実施例とを手掛りとし、発明の目的及び作用効果も考慮して把握されるものであり、特許請求の範囲において異なる表現がされていても、発明の目的、構成、効果の説明及び実施例を通じて把握される技術的思想が同じであれば、作用効果に格段の差異があるような場合は別として、発明としては一つのものしか存在しない。
特許庁の審査基準は、発明の同一性の基準に関し、技術的思想が同一である場合を「発明が実質的に同一」としており、これは、上記のように、特許請求の範囲において異なる表現がされていても、把握される発明が一個、かつ、同一である場合に相当する。そして、審査基準は「実質的に同一」に当たる例として、@両発明の構成を表す表現に差異があってもその差異が同一内容を表す単なる表現上の差異にすぎない場合、A両発明の構成の差異が、発明の目的効果に格別の差異を生じさせず、当業者が普通に採用する程度の「単なる構成の変更」である場合、B両発明の構成の差異が自明又は無意味な条件の付加や限定の有無にしかない場合、C両発明の構成の差異が下位概念で記載された構成と、その上位概念で記載された構成の差異に相当し、しかも下位概念で記載された発明が出願時の技術水準で判断して上位概念発明として把握でき、下位概念で記載された点に発明がない場合等を挙げているところ、そのAないしCは、発明の構成要件に、概念の上下位の関係、付加要件の存否等の違いがあって、発明の範囲は完全には重ならないが、それでも発明(技術的思想)が同一であるとされるのである。
以上のように、技術的思想としての発明が複数(別個)であるかどうかの判断に当たって、発明の範囲が完全に重なるかどうかは決め手とならないのである。特許法の下において、発明の同一性に関し従来から定着してきた判断基準は、
発明の「同一」の外に発明の「単一」というような概念を必要としないし、もとより、発明の範囲が完全に重なり合うかどうかによって、発明の同一性を判断するというような考え方は採っていない。そして、旧特許法の規定は、特許請求の範囲に単項で記載された発明が多数の実施態様を含む包括的思想であることを前提とするものであり、その一発明の概念は、少なくとも特許法における一発明の概念より狭いものではない。
なお、本件発明と原発明とは、それぞれの特許請求の範囲が包含する範囲が大部分重複し、しかも唯一ともいえる実施態様が共通する関係にあり、さらに、
発明の目的及び効果の点でも異なるとはいい難いから、両者が技術的思想として区別すべき内容をもった別の発明であるとは到底認められない。
(2) 原告は、新審査基準における分割出願の取扱いを挙げて、その主張が正当であることの根拠であるとする。
しかしながら、新審査基準は、昭和63年に導入された改善多項制に対応するものであり、その分割出願の要件の適用対象を平成6年1月1日以降の特許出願に限ることを明らかにしているから、旧特許法の下における分割出願の要件の解釈について参考となるものではない。
すなわち、旧特許法の一発明一出願の原則(7条)の下では、特許請求の範囲に二以上の発明が記載された場合には出願が拒絶されることになるので、その不利益を救済するため、出願人において、一発明を除くその余の発明を原出願から除外し、新たな出願にすることを許容するとともに、新たな出願について出願日の遡及を認めることとしたのが分割出願の制度である。旧特許法下においては、分割出願制度は、一発明一出願の原則に違反する出願を救済し、出願人の利益を図ることを目的とする制度であり、「二以上ノ発明ヲ包含スル特許出願ヲ二以上ノ出願ト為サムトスル者ハ其ノ一発明ニ付テハ出願ヲ訂正シ同時ニ他ノ各発明ニ付新ナル出願ヲスヘシ」(同法施行規則44条1項)との規定によっても、分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことを要件とすることは明確であると理解されていた。
昭和34年に制定された特許法も、当初は、一発明一出願の原則を維持するとともに、旧特許法の分割出願の制度をそのまま引き継いだ。そして、昭和52年5月に公表された分割出願についての旧審査基準は、それまでに積み重ねられてきた解釈諭と実務の運用とをいわば集大成したものであるが、分割出願が一発明一出願の原則に違反する出願の救済を図る制度であるという旧特許法以来の考え方に従って、「分割出願に係る発明と分割後の原出願に係る発明とは同一でないこと」を分割出願が適法と認められるための実体的要件の一つとしたものである。
なお、旧審査基準は、当初は、特許法44条1項の「二以上の発明を包含する特許出願」における「包含された発明」を特許請求の範囲に記載された発明であるとした上で、出願公告決定謄本送達前は、発明の詳細な説明又は図面に記載されている発明も補正によって特許請求の範囲に記載することができるから、分割出願の対象とすることができるが、同謄本送達後は、補正が制限されるので、発明の詳細な説明又は図面に記載されているだけの発明を分割出願の対象とすることはできないとしていた。ところが、最高裁判所昭和55年12月18日判決及び同昭和56年3月13日判決(前者は旧法出願からの分割出願、後者は新法出願からの分割出願に関する。)によりこのような取扱いが否定されるに至ったため、旧審査基準は、昭和58年3月の改訂により、明細書の発明の詳細な説明及び図面に記載された発明を出願公告決定謄本送達後に分割出願として新たに出願することを認める扱いとしたが、分割出願に係る発明が原出願に係る発明と同一であるときには分割出願を不適法とする取扱いに変わりはなかった。旧特許法には、出願日から算定した期間によって特許権の存続期間を限定する規定がなかったため、出願公告決定謄本送達後に発明の詳細な説明又は図面に記載された発明を対象とする分割出願ができるものとすると、出願公告後の分割出願を繰り返すことにより、出願人は、特許権の存続期間の始期を分割出願の公告の時まで繰り下げ、したがってその終期も繰り下げることができるようになるとの不都合があったが、分割出願に係る発明が原出願に係る発明と同一であるときには分割出願を不適法とする(出願日の遡及を認めない)ことにより、この不都合にも一定の歯止めが掛けられてきた。
これに対し、改善多項制の下では、一発明につき複数の請求項を独立形式で記載することが可能となり、併合出願の要件も緩和されたから、複数請求項を記載した一出願中に含まれる発明が、従来のように原則として一個であるとは限らなくなった。このような複雑化した出願形態の下で、分割出願に係る発明と原出願に係る発明との同一性の有無を確認するためには、まず、双方の出願における発明の個数から確定することを要するが、それはいかにも煩さであるし、また、各出願における発明の個数を確定することに独立の意義や実益もない。他方、特許権の存続期間が出願日から算定した期間とされ、又はその期間によって限定される特許法の下では、原出願の明細書及び図面に記載された発明の全部を分割出願したことが明らかな場合を除き、分割出願は一応適法なものとして出願日遡及の効果を認めた上、分割出願の特許請求の範囲に記載された発明中に、原出願の特許請求の範囲に記載された発明と同一であると認められるものがあった場合、それを先後願に関する規定である同法39条に基づき、具体的には同条2項の同日出願として処理しても格別の弊害は生じない。
新審査基準による分割出願の要件の緩和は、このような考慮に基づいてされたものであると解され、旧特許法下を含む改善多項制導入前とは、前提となる制度が異なるものである。
(3) さらに、原告は、本件発明と原発明とが実質的に同一であることによって本件分割出願が不適法である(出願日の遡及を認めない)と判断することが、パリ条約4条G(2)項に違反するものであると主張する。
しかしながら、4条G(2)項の規定は、原告主張のとおり、1958年10月31日のリスボンにおける改正によってパリ条約に追加され、我が国においては昭和40年8月21日に発効したものである。他方、特許法施行法(昭和35年4月1日施行)20条1項が、特許法の施行の際(同日施行)現に係属している特許出願については、その特許出願についての査定又は審決が確定するまでは、なお従前の例によると定めることに基づいて、本件分割出願に係る要件に関しては、旧特許法及び関連する条約が適用されるが、上記規定によって「なお従前の例による」として、旧特許法とともに適用されるパリ条約は、リスボンにおける改正前のものであったから、本件分割出願の適否判断のパリ条約の規定に対する適合性を検討するに当たって、4条G(2)項の規定を考慮する必要はない。
仮に、本件分割出願4条G(2)項が適用されるとしても、本件発明と原発明とが実質的に同一であることによって本件分割出願が不適法であると判断することが、パリ条約4条G(2)項に違反するものではない。
すなわち、4条G(1)項は、審査により特許出願が複合的であることが明らかになった場合に、出願人がその出願を二以上の出願に分割することを認めたものであるところ、4条G(2)項は、特許出願が複合的とされる場合に、出願人が、審査の結果を待つことなく、自らの発意によって出願を分割することを認める趣旨の規定であって、出願が「複合的」であると否とを問わず、出願人に任意の分割を認める趣旨ではない。このことは、リスボン会議の経過からみても、4条G(2)項の文理からみても明らかなところである。
そして、4条G(1)項の「特許出願が複合的であること」とは、少なくとも我が国にとっては、一出願中に二以上の発明が含まれる場合を意味すると考えられるが、同項は、発明の個数を考える上で前提となる「一個」の発明の範囲をどうとらえるかについては何も定めていない。一発明とはどの範囲のものをいうか(発明が別発明とならない範囲をどうとらえるか)は、各国の特許制度の根幹に関わる事項であり、国によって考え方は異なり得るものであるが、旧特許法における考え方は上記(1)のとおりである。
仮に、4条G(2)項が、出願が「複合的」でない場合にも出願人に分割の権利を保障する趣旨のものであるとしても、4条G(2)項は、その第2文で、各同盟国に分割を許可する条件を決定する権利を認めているから、各国が国内法の規定に従って分割出願の適否を審査し、国内法に定める要件を満たしていないことを理由に分割出願を適法なものと認めなくても、そのことが条約違反となるものではない。
原告は、同第2文にいう「条件」が、分割出願の時期等の「形式的、手続的要件」のみを指すと主張するが、何ら根拠はない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について (1) 原出願明細書に記載された原発明の要旨が、
「 1主面を有する単一の半導体薄板より成る半導体装置に於いて、
該薄板に形成され、上記1主面で終るP-n接合に依り画成された少く共1つの領域を含む少く共1つの受動回路素子、
該受動回路素子との間に必要な絶縁を与えるように、該受動回路素子から離間されて上記薄板に形成され、上記1主面で終るP-n接合に依り画成された少く共1つの領域を含む少く共1つの能動回路素子、
上記1主面を実質的上全部被覆し接触部のみを露出するように上記領域の少く共2つに対応して設けられた孔を有するシリコンの酸化物より成る絶縁物質、
該絶縁物質に密接し上記少く共2つの領域間に延び上記孔を通して上記領域を電気的に接続する電気導体とを具備する事を特徴とする半導体装置。」(審決書7頁15行目〜8頁11行目)にあることは当事者間に争いがない。
(2) 原告は、審決が原発明についてした「少くとも2つの領域間を電気導体により電気的に接続するものであるが、この場合全ての領域が互いに接続されているわけではなく、接続する必要のある領域すなわち選ばれた領域が互いに電気的に接続されることは自明である」(審決書10頁6行目〜10行目)との認定が誤りであり、一致点の認定のうち、この認定を前提とした部分も誤りであると主張する。
しかしながら、原発明が、本件発明と同様「半導体装置」である以上、何らかの所定の用途を有するものというべき(なお、これが本件発明と同様、「電子回路用の半導体装置」であると認められることは後記2のとおりである。)ところ、この「半導体装置」につき当該所定の用途を達成するためには、各受動回路素子を構成する領域と各能動回路素子を構成する領域の全部ではなく、そのうちの接続する必要のある領域のみを選択して電気的に接続しなければならないことは技術常識というべきであるから、審決が、原出願の発明について上記のとおり認定したことに誤りはなく、したがって、審決がした一致点の認定にも原告主張の誤りはない。
2 取消事由2(相違点@についての判断の誤り)について (1) 原発明において、少なくとも一つの受動回路素子と少なくとも一つの能動回路素子とが電気導体によって電気的に接続されていること、受動回路素子と能動回路素子とがともに所定の機能を有していることは当事者間に争いがなく、また、
電子回路が、二つ以上の回路素子を電気的に結合し、電子を利用して所定の動作をするものをいうことも当事者間に争いがない。
そうすると、上記所定の機能を有する受動回路素子と能動回路素子の電気的接続によって所定の動作が行われるに至ることが明らかであるから、原発明の「半導体装置」が「電子回路用の半導体装置」であることも技術常識というべきである。そして、所定の用途、すなわち、電子回路を達成するために、接続する必要のある回路素子の領域を選択して電気的に接続されることは上記1のとおりであるから、原発明は「電子回路を達成するために複数の回路素子の間に必要な電気回路接続がなされている」ということができるものである。したがって、相違点@が実質的な相違点ではないとした審決の判断に誤りはない。
(2) 原告は、能動回路素子と受動回路素子間の薄い領域を接続しても、当然に電子回路が得られるものではないし、仮に電子回路が得られたとしても、多種多様な電子回路が得られるものではないと主張する。
しかしながら、原出願明細書には、「本発明により構成せられた半導体装置を実施せる1体化回路」(甲第13号証添付明細書1頁4行目〜5行目)である図面第1図(甲第11号証添付)及び「第1図と同じ関係で配置せられた1体化回路の配線図」(甲第13号証添付明細書1頁5行目〜6行目)である図面第2図(甲第11号証添付)が開示され、同各図面には、受動回路素子と能動回路素子の二つの領域を電気的に接続してマルチバイブレータ回路を構成した電子回路が示されている(なお、仮にトランジスタT1のエミッタとトランジスタT 2のエミッタ間の接続が原発明の実施とはいえないとしても、技術的には、トランジスタT1、T 2の各エミッタが接地に接続されることが必要なのであって、マルチバイブレータ回路として機能するために、トランジスタT1、T 2のエミッタ間が接続されることは必ずしも要しない。)から、能動回路素子と受動回路素子間の領域を接続することにより、電子回路が得られることは明らかである。
なお、原告の「当然に」電子回路が得られるものではないとの主張の趣旨が、能動回路素子と受動回路素子を接続するすべての場合が電子回路となるものではないということであるとすれば、そのこと自体はそのとおりではあるが、原発明においても、接続する必要のある回路素子の領域を選択して電気的に接続されるものであることは上記のとおりである。
また、多種多様な電子回路が得られることは本件発明の要旨の規定するところでもない。
3 取消事由3(相違点Aについての判断の誤り)について 原発明の半導体装置が「電子回路用の半導体装置」であることは上記2のとおりであるところ、電子回路用の半導体装置として作動するためには、その回路素子が外部と電気的に接続される必要があることはいうまでもなく、そのために回路素子に対し電気的に接続された引出線を設けることは当然かつ不可欠の事柄であり、このことは当業者にとって自明のことと認められる。したがって、審決が「特許請求の範囲に明記はないが、原出願の発明の半導体装置もまた外部と接続する必要のある複数の回路素子と外部を結ぶための複数の引出線を有していることは明らかである」(審決書15頁8行目〜11行目)とし、相違点Aに実質的な差異はないと判断したことに誤りはない。
引出線を設けることが原発明において必須ではないとする原告の主張は、要するに、原発明が「電子回路用の半導体装置」ではないことを根拠とするものであって採用することはできない。
4 取消事由4(相違点Dについての判断の誤り)について 審決の認定(審決書19頁7行目〜18行目)のとおり、原発明の構成上、
回路素子が3個以上ある場合が排除されているわけではなく、したがって、その領域間を接続する回路接続用導電物質(電気導体)が複数個存在する場合が、原発明に含まれることは極めて明白である。
他方、本件発明が回路接続用導電物質を複数個と限定したことにつき、原告は、後記5の電子回路の「平面状配置」が二次元的配置を意味することを前提として、平面状に配置するために、三つ以上の回路素子と複数の回路接続用導電物質を備えていることが必要不可欠であると主張するが、後記5のとおり、「平面状配置」が二次元的配置を意味するものとは解されないから、上記主張は前提を欠くものであって、結局、本件明細書には、回路接続用導電物質を複数個と限定した技術的意義が明らかにされていないことに帰着する。
そうすると、審決が「本件特許発明において回路接続用導電物質を複数個と限定したことに格別の技術的意義はなく、単なる設計的事項にすぎない」と判断したことに誤りはない。
5 取消事由5(相違点Eについての判断の誤り)について (1) 本件明細書(甲第2号証)には、次の各記載がある。
(a)「本発明に用いられる回路素子はN型もしくはP型いづれか一つの型に導電型を示す単一半導体物質の本体を使用して適当な導電型の拡散領域を形成しその拡散領域と半導体との間或は拡散領域自体間にP-N接合を形成することにより達成される。・・・回路の成分が半導体物質の本体の中に組合され且つその1部を形成している事は注意さるべき事である。本発明に依れば電子回路の能動及受動成分或いは回路素子は半導体の薄板の一面或いはその近くに形成される。その結果、
得られる回路は本質的に平面状に配置されることになる。」(1欄22行目〜2欄10行目) (b)「処理工程中に半導体材料薄板の全形を行ない、拡散により希望の各種回路素子を適当な関係で製造することが可能である。」(2欄10行目〜12行目、なお「全形を行ない」とあるのは「成形を行ない」の誤記と認められる。) (c)「本発明の好ましい実施例について詳述する。本発明の原理を実施している一体化回路の特別な説明は第1図に示されている・・・この第1、第2図に示されたマルチバイブレーター回路は必要とされる工程技術を説明するものとして示されている。まづ、適当な比抵抗の半導体薄板・・・が一面においてラツプ加工され磨かれる。・・・この薄板は、それから表面上に深さ約0.0178oのn型の層を生成するアンチモニー拡散工程を受ける。・・・磨かれていない表面は薄板に0.0635oの厚さを与えるようにラツプ加工される。」(3欄7行目〜32行目) (d)「本発明の実施例によれば酸化シリコンの如き絶縁不活性物質が電気接続が行なわれる点を除いて完全に薄板を被覆するか或いは・・・半導体回路薄板に蒸着される。」(4欄26行目〜31行目) (e)「金の様な導電物質はそれから必要なる電気回路接続を行なうために絶縁物質に被着される。」(4欄32行目〜33行目) (2) 上記(1)の各記載、とりわけ(a)の記載によれば、要件eの「電子回路が・・・本質的に平面状に配置されている」構成は、「本発明に用いられる回路素子はN型もしくはP型いづれか一つの型に導電型を示す単一半導体物質の本体を使用して適当な導電型の拡散領域を形成しその拡散領域と半導体との間或は拡散領域自体間にP-N接合を形成することにより達成される。・・・回路の成分が半導体物質の本体の中に組合され且つその1部を形成している・・・本発明に依れば電子回路の能動及受動成分或いは回路素子は半導体の薄板の一面或いはその近くに形成される」ことの結果として得られるとされているのであるから、これを本件発明の要旨の規定に即してみれば、要件eの「平面状配置」は、それに先立って記載されている各要件から構成された半導体装置の回路が、その結果として「本質的に平面状に配置され」ることになることを総括して表現したにすぎない記載であるといわざるを得ない。すなわち、そのような意味で、他の構成要件を重複記載したに等しく、特段の技術的意義を有しないものというほかはない。
そして、そのような性質の記載として要件eの「平面状配置」が意味するところを検討するに、上記(1)の各記載によれば、本件発明の半導体装置において、
複数の回路素子は、ラップ加工により表面が磨かれ拡散領域が形成された半導体薄板の拡散領域と本体との間、又は拡散領域自体の間のP-N接合によって形成されることから、それらが形成される面は凸凹が少ない平坦となり、結果として、本質的に平坦な配置となるものと考えられる。また、回路接続用導電物質の土台となる不活性絶縁物質が半導体薄板に蒸着により形成されることからその表面が平坦であることは明らかであるところ、回路接続用導電物質は、不活性絶縁物質上に被着されることから、これも平坦と解して差し支えない。そして、複数の回路素子が平坦に配置され、複数の回路素子間を接続する回路接続用導電物質も平坦であれば、それらによって構成される電子回路が平坦に配置されたことになるのは当然である。
そうすると、要件eの「平面状配置」は、このように電子回路が平坦に配置されることを意味するものと解することができる。したがって、審決が、「本件特許発明(注、本件発明)における『電子回路が、複数の回路素子及び不活性絶縁物質上の回路接続用導電物質によって本質的に平面状に配置されている』とは、電子回路が、半導体薄板の主要な面において、複数の回路素子及び主要な面上に形成された不活性絶縁物質上に被着された回路接続用導電物質によって本質的に平坦に配置されていると解するのが相当である」(審決書24頁3行目〜10行目)と判断したことに誤りはない。
(3) 原告は、本件発明の要件eが、電子回路が二次元的な広がりをもって配置されていることを規定したものであって、この構成要件により、本件明細書(甲第2号証)に「処理工程中に半導体材料薄板の成形を行ない、拡散により希望の各種回路素子を適当な関係で製造することが可能である」(2欄10行目〜12行目)と記載されているように、回路素子を平面状に配置することにより融通性をもって回路素子を半導体薄板に形成することができる作用効果を奏し、また、「複数の回路素子は前述した様に半導体薄板の一主面上に平板状に配置され、マスキング、エツチング及び拡散の様な両立性ある工程が一主面から成し得るので半導体装置の大量生産に適している」(5欄24行目〜28行目、なお、「平板状」とあるのは「平面状」の誤記と認められる。)と記載されているように、要件eが充足されるように、複数の回路素子および複数の回路接続用導電物質を配置して、電子回路を形成するときは、融通性に富んだ多種多様な電子回路を、両立性のある工程によって一主面から半導体薄板に形成することができ、融通性のある多種多様な集積回路を容易に大量生産することができるとの作用効果を奏する旨主張する。
しかしながら、上記のとおり、要件eの「平面状配置」には特段の技術的意義がないものと認められるのみならず、原告は、相違点E(本件発明が要件eを備えるのに対し、原発明がこれを備えるかどうか不明である点)が実質的な相違点ではないとした審決の判断を争うのであるから、要件eによって上記作用効果を奏するのであれば、原発明においては、そのような作用効果を奏することがないとしなければ首尾一貫しないところ、原出願明細書には、「本発明に依れば、本半導体装置に至るマスキング、蒸着、エツチング及び拡散の製造工程に両立性があり且つ一主面から成し得るところから大量生産に適し、更に回路素子間の電気接続が融通性に富み、従つて回路が多種多様に構成出来、しかも完成された半導体装置は・・・コンパクトになし得る」(甲第13号証添付明細書1頁13行目〜19行目)との、概ね原告の上記主張の作用効果に相応する作用効果の記載があることに照らしても、上記主張は採用することができない。
(4) 他方、審決が認定判断する(審決書24頁11行目〜27頁末行)とおり、原出願明細書の実施例に係る各記載(審決書24頁14行目〜25頁8行目及び26頁4行目〜17行目)によれば、原発明の半導体薄板上に形成される電子回路が、複数の回路素子及び不活性絶縁物質上の回路接続用導電物質によって平坦に配置されることが認められる。
原告は、原出願明細書記載の特許請求の範囲にも、発明の詳細な説明にも、「電子回路」、「平面状配置」、「平坦状配置」という文言の記載がないことから、上記認定判断が誤りであると主張する。
しかしながら、原発明が電子回路用の半導体装置と認められることは前示のとおりである。
また、本件発明の要件eが、これに先立って記載されている他の構成要件を重複記載したに等しいことは上記のとおりであり、当該他の構成要件において、
本件発明と原発明とに実質的な差異がないことは、前示のとおりであるから、結局、原発明の要旨は、本件発明の上記重複記載がないというだけで、発明の構成自体としては本件発明と異なるところはないというべきである。そうであれば、原発明においても、回路素子及び不活性絶縁物質上の回路接続用導電物質から成る電子回路が、本件発明と同様の意味で「平面状配置」すなわち平坦上配置となっていることは明らかである。
(5) したがって、相違点Eが実質的な相違点ではないとした審決の判断に誤りはない。
6 取消事由6(旧特許法9条1項の解釈の誤り)について (1) 旧特許法9条1項によれば、同法による分割出願は「二以上ノ発明ヲ包含スル特許出願」を「二以上ノ出願ト為」すこととされており、その「二以上ノ出願」が、それぞれ当該「二以上ノ発明」を対象とするものであることは明白であるから、同法による分割出願は、分割前の原出願に係る明細書に複数の発明が記載されていて、それを原出願に係る発明(原出願に係る明細書の特許請求の範囲に記載された発明)と分割出願に係る発明(分割出願に係る明細書の特許請求の範囲に記載された発明)とにすることが、前提であることは明らかである。したがって、同項の解釈として、複数の発明とは、発明が同一ではないことを意味するものであり、かつ、同項の文理に従い、また、後記理由によって、原出願に係る明細書の特許請求の範囲に記載された発明と分割出願に係る明細書の特許請求の範囲に記載された発明とが同一の発明でないことが、同項の分割出願の実体的要件の一つであるものと解すべきである(パリ条約4条G(1)項及びG(2)項との関係は後に検討する。)。
原告は、これに反し、発明が複数であることとは、発明が単一ではないことであり、問題となる二つの発明の範囲が全く重なり合う場合、いい換えれば、一方の発明の実施をすれば必ず他方の発明の実施となる場合に、両発明が単一であるとした上、両発明の範囲の一部が重なり合っているにすぎない場合又は両発明の一方が他方を包含する場合には、両発明が同一であっても、単一ではなく、発明が複数ある場合に当たる旨主張する。
しかしながら、特許請求の範囲に記載された発明の「単一」性を、「同一」性から截然と区別し、複数の発明であるかどうかを、発明の「単一」性の判断によって、すなわち、発明の範囲が全く重なり合うか否かという基準のみによって決することはできないものと解すべきである。
すなわち、特段の規定はないものの、旧特許法下においても発明は技術的思想をいうものであると解されるから、原出願に係る明細書の特許請求の範囲に記載された発明と、分割出願に係る明細書の特許請求の範囲に記載された発明とが複数の発明であるか否かの判断は、その発明に係る技術的思想が複数であるか否かを基準として行うべきものと解するのが相当である。そうであれば、技術的思想を特許請求の範囲の記載として言語的に表現した場合に、具体的な表現形態の差異や、
用いる概念が相対的に上位概念であるか下位概念であるかによって、特許請求の範囲が包含する範囲に差異が生じたとしても、同一の技術的思想を表現したものであると解される場合、例えば、発明の構成を表すのに相対的に上位概念を用いた場合と、下位概念を用いた場合とで、それぞれの発明が包含する範囲に差異が生じたとしても、これら発明の構成とその作用効果との具体的関係において、技術的意義の上で特段の差異が認められないような場合には、各発明に係る技術的思想が別個であるということはできないから、これらを複数の発明と解することはできない。
したがって、旧特許法9条1項の解釈として、複数の発明であるかどうかは、当業者において、分割出願に係る明細書の特許請求の範囲の記載と、原出願に係る明細書の特許請求の範囲の記載における差異、すなわち、それぞれの特許請求の範囲が包含する範囲の差異のほか、発明の詳細な説明における、発明の技術課題ないし目的、作用効果、実施例の記載及び願書に添付した図面の記載を総合し、特許請求の範囲の記載の差異を技術的思想の差異として把握することができるかどうかを考慮して決すべきものである。
そして、そのような意味において、同項の分割発明は、原出願に係る明細書の特許請求の範囲に記載された発明と、分割出願に係る明細書の特許請求の範囲に記載された発明とが同一の発明でないことを実体的要件とするものというべきである。
(2) 特許法44条及び39条は、それぞれ旧特許法9条及び8条に対応する規定であるところ、旧審査基準は、分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことを特許法44条分割出願の実体的要件の一つとした上で、その場合の発明の同一性に関する判断を同法39条における発明の同一性の審査基準に従って行うこととしていたが、新審査基準は、「@分割直前の原出願の明細書又は図面に二以上の発明が記載されていること」、「A分割直前の原出願の明細書又は図面に記載された発明の一部を分割出願に係る発明としていること」(要件Aは「A-1分割出願に係る発明が分割直前の原出願の明細書又は図面に記載された発明であること」及び「A-2分割直前の原出願の明細書又は図面に記載された発明の全部を分割出願に係る発明としたものでないこと」に分けられる。)並びに「B分割出願の明細書又は図面が、原出願の出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲内でないものを含まないこと」を特許法44条分割出願の実体的要件とし(公告決定謄本送達後の分割出願に固有の要件を除く。)、「原出願の明細書又は図面に発明が一つしか記載されていない場合に分割出願をしようとすれば、必ず原出願の明細書又は図面に記載された発明の全部を出願することになる。したがって、原出願の明細書又は図面に記載された発明の一部を分割出願としたものであれば、原出願の明細書又は図面には二以上の発明が記載されていたことになる」ので、要件Aが満たされれば要件@が満たされ、また要件Bが満たされれば要件A-1も満たされるから、結局、要件A-2と要件Bが満たされれば、実体的要件が満たされるとし、さらに、「分割出願に係る発明と分割後の原出願に係る発明とが同一である場合の取扱い」につき、「分割出願が適法であり、分割出願に係る発明と分割後の原出願に係る発明とが同一である場合には、特許法第39条第2項の規定が適用される」としたこと、新審査基準は、上記取扱いの適用対象を平成6年1月1日以降の特許出願に限ることとしていることは、当裁判所に顕著である。
上記のように、新審査基準が、分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことを特許法44条分割出願自体の実体的要件としないこととしたのは、被告主張のとおり、昭和62年法律第27号による特許法の一部改正によって導入された改善多項制に対応する同条の解釈の変更に基づくものと解すべきである。
すなわち、分割出願の制度は、明細書に記載されている二つ以上の発明のそれぞれを権利とする途を開く目的とともに、二つ以上の発明が同一出願に包含されているときに、そのことに起因して本来拒絶の理由を含まない発明が拒絶の対象となることを防ぐ目的をも併せ有するものであり、特に、旧特許法の下においては、同法の厳格な一発明一出願の原則(7条)の適用による出願人の不利益の救済を図る機能を有していたことは明らかである。そして、前示のとおり、分割出願においては、原出願に係る発明(原出願に係る明細書の特許請求の範囲に記載された発明)と分割出願に係る発明(分割出願に係る明細書の特許請求の範囲に記載された発明)とが同一の発明ではないことが前提となるのであるから、分割出願に係る発明が、原出願に係る発明と同一であることにより、二重特許を防ぐための規定(8条)によって、結局は拒絶されるに至る場合においても、いったんは出願日遡及の利益を付与するものとすることは、上記制度の趣旨及び機能からしても意味のないことであるとともに、出願手続に係る権利関係を複雑化する要因ともなりかねない。単項制の下においては、同一の発明でないかどうかを判断することも通常は容易であって迅速に行い得ることであるから、適法な分割出願として出願日遡及の利益を付与するための要件として、原出願に係る発明と同一でないことが必要であり、旧特許法9条1項の「二以上ノ発明ヲ包含スル特許出願」を「二以上ノ出願ト為」すこととの規定は、このような趣旨をも含むものであって、以上のことは、特許法44条1項の下においても改善多項制の採用に至るまでは同様であったものと解するのが相当である。
しかしながら、改善多項制の採用により、一発明につき複数の請求項を独立形式で記載することが可能となる(昭和62年法律第27号による改正に係る特許法36条5項)とともに、一個の出願とすることのできる二以上の発明の範囲が拡大された(同改正に係る同法37条)後は、原出願に係る発明と分割出願に係る発明とが同一の発明でないかどうかを判断することが必ずしも容易ないし迅速に行い得なくなったことは明らかである。
そうすると、上記のとおり、旧特許法9条1項及び特許法44条1項により適法な分割出願であるために分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことを要件とすべきことの根拠は、同一の発明でないかどうかを判断することが通常は容易であって迅速に行い得ることにあったと解される。ところが、改善多項制が採用されたことにより、分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことを適法な分割出願の要件とするとその審査に時間と労力とを要しかねないことになったのであるから、出願日遡及の利益を付与することによる権利関係の複雑化を避けるために、改善多項制の下においては、特許法44条1項分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことは不要とし、両発明が同一でないかどうかは同法39条において判断されるべき制度になったものと解することができる。すなわち、同法44条1項の「二以上の発明を包含する特許出願の一部」との要件の意義が、上記「@分割直前の原出願の明細書又は図面に二以上の発明が記載されていること」及び「A分割直前の原出願の明細書又は図面に記載された発明の一部を分割出願に係る発明としていること」をその内容とする(具体的には「A-2分割直前の原出願の明細書又は図面に記載された発明の全部を分割出願に係る発明としたものでないこと」及び「B分割出願の明細書又は図面が、原出願の出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲内でないものを含まないこと」を確認すれば足りる。)ように変容したものと解することが相当である。この場合、同項自体に改正があったわけではないが、全体としての法体系の一部が変わったことにより、それ自体としては改正のない条項の解釈に変化が生ずることもあり得ることである。したがって、新審査基準における分割出願の取扱いが、旧特許法9条1項についての上記解釈に消長を来すものとはいえない。
(3) 原告は、本件分割出願について、分割出願に係る発明(本件発明)と原出願に係る発明(原発明)との実質的同一性の判断によって、分割出願の適否(出願日遡及の有無)を決することは、パリ条約4条G(2)項の規定に違反する旨主張する。
パリ条約4条G(2)項の規定は、1958年10月31日のリスボンにおける改正によってパリ条約に追加され、昭和40年8月21日に我が国において発効した自己執行規定であり、旧特許法33条は「特許ニ関シ条約又ハ之ニ準スヘキモノニ別段ノ規定アルトキハ其ノ規定ニ従フ」と規定していたから、本件分割出願には、パリ条約の上記規定が適用されるものと解される。
被告は、4条G(2)項の規定は、リスボン改正条約の我が国における上記発効日が特許法施行法の施行日(昭和35年4月1日)より後であるから、本件分割出願の適否判断のパリ条約の規定に対する適合性を検討するに当たって考慮する必要はない旨主張するが、我が国における発効につき特段の留保がされなかった上記改正後のパリ条約が、その発効より後にされた本件分割出願に適用されないとする根拠はない。
ところで、4条G(1)項は「審査により特許出願が複合的であることが明らかになった場合には、特許出願人は、その特許出願を二以上の出願に分割することができる。」と規定するのに対し、4条G(2)項は「特許出願人は、また、自己の発意により、特許出願を分割することができる」旨を規定している。そして、4条G(1)項の「特許出願が複合的であること」とは一つの特許出願が複数の発明を包含することを意味するものと解されるところ、原告は、この場合の「複数の発明」が、その主張に係る「単一」性を欠如する場合、すなわち、「両発明の範囲が全く重なり合うとき」でない場合を指すものと主張する。
しかしながら、同項の「特許出願が複合的であること」の内容を成す「複数の発明」が、「両発明の範囲が全く重なり合うとき」以外のすべての場合を意味すると解すべき根拠はパリ条約自体には見当たらない。なお、ボーデンハウゼン著「注解パリ条約」(甲第26号証の1、2)には、4条G(1)、(2)項の解説(50頁〜52頁)中に「発明の単一性」との記述も見られるが、複数優先権の主張を許容すべきことを定めたパリ条約4条F項が「当該同盟国の法令上発明の単一性がある場合」であることを要件としていること(この場合に各優先権の基礎となる出願に係る発明の範囲が全く重なり合うことを必要とすると解するのは、同項の規定の趣旨に沿わず、同条H項とも整合しない。)、特許協力条約に基づく規則(昭和53年条約第13号)第13規則が、「一群の発明・・・の間に一又は二以上の同一又は対応する特別な技術的特徴を含む技術的な関係があるとき」(13.2項)に、国際出願に係る「発明の単一性」の要件が満たされるとしていることなどに見られるように、国際的に「発明の単一性」という用語が必ずしも原告主張のような意味で一義的に用いられているとはいえないことは明らかであるから、上記「注解パリ条約」の解説中の「発明の単一性」との記述から直ちに、この用語が原告主張の意味で用いられているということはできない。
上記のとおり、4条G(1)項の「特許出願が複合的であること」とは一つの特許出願が複数の発明を包含することを意味するものと解されるが、その場合に、
「複数の発明」の意義について、前示(1)と同様、技術的思想が別個とはいえず、同一の発明であるとされるようなものを包含するにすぎない場合には、複数の発明を包含する場合に当たらないとして、複数の出願とする必要もないし、複数の出願とすることを許さない十分な合理性があるものと認められる上、旧特許法8条のような二重特許の禁止の規定が存在する以上、出願人に対する不当な制約となるものでもない。したがって、4条G(1)項のにいう「特許出願が複合的であること」、すなわち、一つの特許出願が複数の発明を包含することが明らかになった場合に「その特許出願を二以上の出願に分割する」とのパリ条約の規定は、旧特許法8条のような立法を行い、前示(2)の旧特許法9条1項と同様に解することを排除していないものというべきである。
また、原告は、4条G(2)項が「特許出願が複合的であること」を要件としておらず、出願人が「特許出願が複合的であること」以外の理由により、分割出願をすることができる旨を定めたものであり、このような解釈は、同項の制定経過に沿うものであって、国際的な原則としても確立している旨主張する。
しかしながら、4条G(1)項が、審査により特許出願が複合的であることが明らかになった場合の規定であるのに対して、4条G(2)項は、特許出願が複合的であることが審査により明らかになるのを待たず、出願人において、「自己の発意により」分割出願をすることができる旨を規定したものであるところ、共に特許出願人が分割出願をするための要件を規定しているにもかかわらず、4条G(1)項の場合には特許出願が複合的であることを要し、4条G(2)項の場合にはこれを要しないとすることは両者の均衡を欠くものであり、出願人が「自己の発意により」分割出願をする場合であるからといって、4条G(1)項と異なり特許出願が複合的であることを要しないと解すべき合理的な理由も見いだせない。したがって、4条G(2)項は、
特許出願が複合的であることが審査により明らかになるのを待たず、出願人において、自ら特許出願が複合的であると判断して分割出願をすることができる旨を規定したものであって、明示の文言はないが、「特許出願が複合的であること」は、なおその要件とされているものと解するのが相当である。工業所有権保護国際同盟事務局作成のリスボン会議の議事録(甲第27号証の1、2)及びリスボン外交会議報告書(乙第4号証)中にこのように解することの妨げとなるような事項の記載は見当たらない。
なお、新審査基準が、分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことを特許法44条分割出願自体の実体的要件としないこととしたことは上記のとおりであるが、この扱いは、パリ条約4条G(1)項及びG(2)項の上記要件を更に緩和するものであって、このことが同各項に違反するものでないことはいうまでもない。
したがって、審決が、本件分割出願について、分割出願に係る発明(本件発明)と原出願に係る発明(原発明)との実質的同一性の判断によって、分割出願の適否(出願日遡及の有無)を決するとしたことは、パリ条約の上記規定に違反するものであるとの原告の主張は採用することができない。
(4) そして、取消事由1〜5につき前示1〜5において判断したところと、それ以外の点についての審決の判断を総合すると、本件発明と原発明とは、明細書の特許請求の範囲の記載の差異によって、その包含する範囲に差異が生ずる点があることは認められるものの、当業者において、明細書の発明の詳細な説明に記載された発明の目的、作用効果、実施例の記載等を総合し、当該特許請求の範囲の記載の差異を両発明の技術的思想の差異として把握することができるものとは到底いい得ないものであって、両発明は、特許請求の範囲の記載の差異にかかわらず、実質的に同一の発明であるものと解するのが相当である。
したがって、審決が、本件出願につき旧特許法9条1項の適用を受けることができないとして、その出願日の遡及を否定した上、現実の出願日である昭和46年12月21日の出願に係る本件特許は、特許法39条1項の規定に違反してされたものであるとしたことに誤りはない。
7 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理申立てのための付加期間の指定につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条96条2項を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 石原直樹
裁判官 長沢幸男