運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 審判1998-7698
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  技術常識 /  優先権 /  技術的意義 /  置き換え /  置換 /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 11年 (行ケ) 338号 審決取消請求事件
原告 アールシーエーライセンシング コーポ レイション (旧商号) アールシーエー トムソン ライセンシン グ コーポレイション
訴訟代理人弁理士 伊東忠彦
同 湯原忠男
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 内藤二郎
同 小林信雄
同 内山進
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/04/09
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成10年審判第7698号事件について平成11年5月28日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、1985年(昭和60年)8月14日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和61年8月12日、名称を「ビデオ表示装置」とする発明につき特許出願をした(特願昭61-190391号)が、平成10年2月17日に拒絶査定を受けたので、同年5月18日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成10年審判第7698号事件として審理した上、平成11年5月28日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年6月18日、原告に送達された。
2 平成7年5月29日付け、平成8年9月5日付け、平成9年8月25日付け及び平成10年6月17日付け各手続補正書により補正された明細書の特許請求の範囲(1)記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨 複数の値から選択可能な水平及び垂直偏向振幅を制御する水平及び垂直偏向振幅制御手段を含み、複数の異なるコンピュータ源の一つからビデオを表示可能なビデオ表示装置であって、
各々が独自のビデオ規格を識別する複数の異なる状態のうちの一つを推定可能な符号化されたワードを表す2値信号の信号源と、
受信信号の実際の状態を復号化するために前記符号化されたワードの2値信号を受信して前記規格を個別に識別する特定の復号化された2値信号をその出力部に生成する入力部を有し、前記表示装置内に配置されるデコーダと、
前記特定の復号化された2値信号に応答し、前記水平偏向振幅制御手段に接続され、水平偏向振幅を個別に識別された規格に要求される値に変更する第1の切換え回路と、
前記特定の復号化された2値信号に応答し、前記垂直偏向振幅制御手段に接続され、垂直偏向振幅を個別に識別された規格に要求される値に変更する第2の切換え回路と を具備して成るビデオ表示装置。
3 審決の理由 審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、実願昭56-125035号(実開昭58-31586号公報)のマイクロフィルム(以下「引用例」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許をすることができないとした。
原告主張の審決取消事由
審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例の記載事項の認定のうち、そこに記載された発明(以下「引用例発明」という。)の構成及び開示事項、すなわち、@1本の信号ラインを用いてL・Hの信号で、2つの走査線数を切り換えること(以下「開示事項@」という。)、A切り換える種類を3種以上にすることができ、3種類以上の走査線数の映像信号の間で切換えを行わせる場合には、切換信号ラインを2本以上用いること(以下「開示事項A」という。)の各認定、本願発明と引用例発明との相違点の認定は認める。
審決は、本願発明と引用例発明との一致点の認定を誤り(取消事由1)、また、相違点についての判断を誤った(取消事由2)結果、本願発明が、引用例発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り) (1) 審決は、本願発明と引用例発明とが、「ビデオ装置に関し、相異なる複数のラスタ寸法を実現できるような機能を持ったビデオ表示装置を実現することで、
ラスタ高さとラスタ幅との異なる組み合わせを選択設定するのに利用でき、どのラスタ寸法を選んでも安定なラスタ・パタンを得ることができる」(審決書7頁1行目〜6行目)ことを目的、効果とする点で一致し(以下「目的効果における一致点」という。)、かつ、「『複数の値から選択可能な水平及び垂直偏向振幅を制御する水平及び垂直偏向振幅制御手段を含み、複数の異なるコンピュータ源の一つからビデオを表示可能なビデオ表示装置』であって、『各々が独自のビデオ規格を識別する複数の異なる状態のうちの一つ』の『信号の信号源』と、『前記特定』の『信号』に『応答』し、『前記水平偏向振幅制御手段に接続され、水平偏向振幅を個別に識別された規格に要求される値に変更する第1の切換え回路』と、『前記特定』の『信号』に応答し、『前記垂直偏向振幅制御手段に接続され、垂直偏向振幅を個別に識別された規格に要求される値に変更する第2の切換え回路』とを具備して成る『ビデオ表示装置』」(同7頁9行目〜8頁5行目)を構成に欠くことのできない事項とする発明である点で一致する(以下「構成における一致点」という。)と認定した。
しかしながら、次のとおり、目的効果における一致点の認定及び構成における一致点の認定のいずれも誤りである。
(2) 目的効果における一致点の認定の誤り 本願発明は、ラスタ高さ(垂直偏向振幅)とラスタ幅(水平偏向振幅)との特定の組合せにより決まるビデオ規格を、符号化したワード2値信号で表し、このワード2値信号をデコーダで復号した復号化信号により、ビデオ規格のうちの特定の一つを選択するものである。
これに対し、引用例発明は、モニタ装置4が、信号ライン3に出力された切換信号で垂直偏向振幅を直接切り換えているので、モニタ装置4内の切換態様が切換信号の態様に適合している場合に限って使用可能であり、したがって、モニタ装置4は特定のコンピュータ1としか接続できない専用モニタである。このことは、引用例の開示事項A(3種類以上の走査線数の映像信号の間で切換えを行わせる場合に、切換信号ラインを2本以上用いる)の場合においても同様である。引用例発明のモニタ装置4は、コンピュータ1と1対1の専用の関係にあり、ビデオ規格を表す符号化されたワード2値信号を受信し、それをデコーダで復号するものではないので、各種のビデオ規格を識別する能力を持たない。なお、引用例には、
「ラスタ高さとラスタ幅との異なる組み合わせを選択設定する」、「どのラスタ寸法を選んでも安定なラスタ・パタンを得ることができる。」との記載もない。
したがって、本願発明と引用例発明とが「ラスタ高さとラスタ幅との異なる組み合わせを選択設定するのに利用でき、どのラスタ寸法を選んでも安定なラスタ・パタンを得ることができる」ことを目的、効果とする点で一致するとした審決の認定は誤りである。
(3) 構成における一致点の認定の誤り 引用例発明において、走査線数の切換えは、コンピュータ1側でフィールド周波数を切り換えることにより行われ、モニタ装置4側で垂直偏向振幅を調整して表示を正常なものとする。その際、コンピュータ1は、モニタ装置4との間に映像信号を伝送する信号ライン2とは別に設けた信号ライン3を介して、モニタ装置4の端子23に切換信号を伝送し、この切換信号により、直接、モニタ装置4内のトランジスタ24を制御して垂直偏向振幅を調整している。
走査線数は、垂直偏向周波数だけでなく水平偏向周波数を変更することによっても切り換えることができるが、引用例発明においては、水平偏向周波数を変更することにより走査線数を切り換えることとしたときの水平偏向振幅の調整は、
信号ライン3とは別系統の信号ラインを増設して行う。引用例(甲第7号証)の「このようにして、映像信号のフィールド周波数に応じた画面垂直方向の調整の自動切換が行なわれる。また、ほぼ同様にして、画面水平方向調整の自動切換も行なわれる」(7頁10行目〜13行目)との記載は、このことを示唆するものである。なお、引用例の「これらのフィールド周波数を切換えることで実質的に走査線数を切換えるものとする。このコンピュータ1からは、上記60/525あるいは50/625の表示データ映像信号が出力されるとともに、これらの走査線数情報として、フィールド周波数の切換信号が別個に出力されている。」(4頁11行目〜17行目)との記載は、垂直偏向周波数(フィールド周波数)を切り換えることにより走査線数を切り換えることを示すにとどまり、水平偏向振幅の調整にまで言及するものではない。
このように、引用例発明においては、垂直偏向振幅の調整と水平偏向振幅の調整とは、それぞれ個別の調整用信号により行われ、かつ、水平偏向振幅の調整のために、垂直偏向振幅の調整とは別系統の信号ラインが増設されるものであって、一つの切換信号で水平偏向振幅と垂直偏向振幅を同時に調整するものではない。したがって、審決の構成における一致点の認定は誤りである。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り) (1) 審決は、その認定に係る本願発明と引用例発明との相違点、すなわち、
「切換回路を制御する手段が、引用例では『表示データとは別個の信号ラインを介して上記CRTモニタ装置に送り、上記CRTモニタ装置は、上記走査線数切換信号に応じて映像の走査線数を切り換え』るのに対して、本願発明は『一つを推定可能な符号化されたワードを表す2値』信号の信号源と、『受信信号の実際の状態を復号化するために前記符号化されたワードの2値信号を受信して前記規格を個別に識別する特定の符号化された2値信号をその出力部に生成する入力部を有し、前記表示装置内に配置されるデコーダ』と、『前記特定の復号化された2値信号』に応答して水平・垂直偏向振幅の制御をする点」(審決書8頁8行目〜9頁2行目)につき、引用例発明のアナログ論理信号処理に換えて、本願発明のような符号化処理を図ることは、当業者が必要に応じてし得たところである旨判断した。
しかしながら、この相違点についての判断は、次のとおり誤りである。
(2) まず、審決は、本願発明と引用例発明との相違点を、「水平・垂直偏向振幅を切り換える手段を、引用例発明はアナログ論理信号処理で行うのに対して、本願発明は符号化処理で行うため符号化と復号化のためのデコーダも必要とするというのものである」(審決書9頁7行目〜11行目)と要約した。
しかしながら、本願発明の「各々が独自のビデオ規格を識別する複数の異なる状態のうちの一つを推定可能な符号化されたワードを表す2値信号の信号源」という構成は、コンピュータが、独自のビデオ規格を表す符号化されたワード2値信号を設定することを可能とするという技術的意義を有し、また、「前記特定の復号化された2値信号に応答し、前記水平偏向振幅制御手段に接続され、水平偏向振幅を個別に識別された規格に要求される値に変更する第1の切換え回路と、前記特定の復号化された2値信号に応答し、前記垂直偏向振幅制御手段に接続され、垂直偏向振幅を個別に識別された規格に要求される値に変更する第2の切換え回路」という構成は、「特定の復号化された2値信号」によって第1の切換回路と第2の切換回路とを同時に制御し、所定のビデオ規格に対応するように偏向振幅のパラメータを制御するという技術的意義を有するものである。ところが、審決の上記相違点の要約は、これらの本願発明の技術的意義を無視するものであって、誤りというべきである。
また、引用例発明においては、2レベル(H/L)の論理信号を用いてデジタル的に垂直偏向振幅を切り換えるものである。したがって、「水平・垂直偏向振幅を切り換える手段を、引用例発明はアナログ論理信号処理で行う」とすることも誤りである。
(3) 次に、審決は、引用例において、開示事項@(1本の信号ラインを用いてL・Hの信号で、2つの走査線数を切り換えること)を前提として、開示事項A(切り換える種類を3種以上にすることができ、3種類以上の走査線数の映像信号の間で切換えを行わせる場合には、切換信号ラインを2本以上用いること)を検討すると、「各信号ラインにHとLの2つの論理レベルを任意に与えることにより、
その組み合わせはHH・HL・LH・LLという4通りの論理選択が行える」(審決書10頁6行目〜9行目)と判断した。
しかしながら、引用例(甲第7号証)の開示事項Aに関する「3種類以上の走査線数の映像信号間で切換えを行なわせる場合に、切換信号ラインを2本以上用いてもよい」(8頁15行目〜17行目)との記載は、切換信号ライン3と同じ切換信号ラインを2本以上用い、増設した2本目以降の切換信号ラインにも切換信号ライン3と同じく2レベル(H/L)の切換信号が伝送されるとの意味である。
すなわち、別添参考図は、切換信号ラインを2本用いたときの回路の一例を示すものであるが(以下、同参考図に表示された回路を「参考回路」という。)、所定の振幅Aではどの切換信号ラインにも切換信号Hは印加されず(すべてLとなる。)、振幅Bでは1本目の切換信号ラインにのみ切換信号Hが印加され、振幅Cでは2本目の切換信号ラインにのみ切換信号Hが印加されるということである。したがって、各切換信号ラインに印加される2レベル(H/L)の切換信号は独立した信号であって、「各信号ラインにHとLの2つの論理レベルを任意に与える」ものではないから、「その組み合わせはHH・HL・LH・LLという4通りの論理選択が行える」ものではない。
したがって、審決の上記判断も誤りである。
(4) 審決は、さらに、「@コンピュータ技術はデータ信号処理と制御信号処理の両方をデジタル処理すなわち符号化処理で行うこと」(審決書11頁3行目〜5行目、以下「技術事項@」という。)、「Aアナログ論理回路が行う信号処理をデジタル化即ち符号化処理を図ることは当業者が格別の発明力を要せずに置換し得ること」(同11頁6行目〜8行目、以下「技術事項A」という。)、「B符号化処理において、具体的な機器を制御する場合にはデコーダを設けて復号化を図らなければ機器を制御できない」(同11頁9行目〜11行目)こと(以下「技術事項B」という。)を、「技術常識」として合わせ考慮すると、「引用例発明の複数種類の走査線数による表示形態に切換可能なCRTコントローラが行う信号処理を、
表示データとは別個の信号ラインに介して伝送するアナログの論理信号からなる走査線数の切換信号で行うアナログ処理に換えて、『一つを推定可能な符号化されたワードを表す2値』信号の信号源と、『受信信号の実際の状態を復号化するために前記符号化されたワードの2値信号を受信して前記規格を個別に識別する特定の符号化された2値信号をその出力部に生成する入力部を有し、前記表示装置内に配置されるデコーダ』と、『前記特定の復号化された2値信号』に応答して水平・垂直偏向振幅の制御をするという符号化とデコードという復号化からなる符号化処理を図ることは、当業者が必要に応じてなし得た」(同11頁12行目〜12頁7行目)と判断した。
しかしながら、引用例発明は、2レベル(H/L)の切換信号が垂直偏向回路を直接制御して走査線数の切換えを行うものであり、デコーダを必要としない。また、引用例には、切換信号を符号化、復号化することに関しては記載も示唆もない。そうすると、引用例発明において、切換信号を符号化されたワード信号に換えた上、これを復号して切換えを行うことに関して動機付けがなく、引用例発明の処理を単純に符号化処理に置き換えることはできない。したがって、審決の上記判断も誤りである。
被告の反論
審決の認定及び判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について (1) 目的効果における一致点の認定の誤りについて 引用例(甲第7号証)には、モニタ装置が一般家庭用テレビジョン受像機であることが記載され、「フィールド周波数/走査線数」の例として「60/525」及び「50/625」が挙げられている(2頁1行目〜7行目等)ところ、
「60/525」及び「50/625」は、NTSC放送規格及びPAL放送規格に対応するものであるから、引用例に記載された「3種類以上の走査線数の映像信号」(8頁15行目)も放送規格による信号を意味している。
ところで、「60/525」と「50/625」との間の切換えにおいては、フィールド周波数を指定すると走査線数が一義的に決まるので、「60Hz」又は「50Hz」というフィールド周波数のみを指定するだけで、走査線数や水平偏向周波数を指定しなくても、実質的に走査線数を切り換えることができるが、「3種類以上の走査線数の映像信号」としてそれ以外の規格を含めた切換えをする場合、
例えば、「50/819」に切り換えるときは、フィールド周波数「50Hz」に加え、走査線数「819本」(又は水平偏向周波数「20.5kHz」)を指定しなければ規格を一義的に決めることはできない。引用例(甲第7号証)が切換信号を「走査線数の切換信号」(1頁9行目)と表現するとともに、「3種類以上の走査線数の映像信号間で切換えを行なわせる場合に、切換信号ラインを2本以上用いてもよい。」(8頁15行目〜17行目)と記載し、3種類以上の規格の判別を行う場合には2本以上の切換信号ラインを用いるとしたのはそのためである。
そうすると、引用例発明は、2本以上の信号ラインの切換信号により、垂直偏向周波数と水平偏向周波数との組合せからなる3種類以上の放送規格を識別しているから、本願発明と引用例発明とは「ラスタ高さとラスタ幅との異なる組み合わせを選択設定するのに利用でき、どのラスタ寸法を選んでも安定なラスタ・パタンを得ることができる」ことを目的、効果とする点で一致するということができる。
したがって、審決の目的効果における一致点の認定に誤りはない。
(2) 構成における一致点の認定の誤りについて 原告は、引用例発明において、垂直偏向振幅の調整と水平偏向振幅の調整とは、それぞれ個別の調整用信号により行われ、かつ、水平偏向振幅の調整のために、垂直偏向振幅の調整とは別系統の信号ラインが増設されるものであって、一つの切換信号で水平偏向振幅と垂直偏向振幅を同時に調整するものではないと主張する。
しかしながら、引用例発明は、上記(1)のとおり、2本以上の信号ライン上の切換信号により、垂直偏向周波数と水平偏向周波数との組合せからなる3種類以上の放送規格を切り換えるもので、垂直偏向周波数と水平偏向周波数とを同時に切り換える必要があり、したがって、これを同時に切り換えていることは明らかである。
引用例(甲第7号証)には、「このようにして、映像信号のフィールド周波数に応じた画面垂直方向の調整の自動切換が行なわれる。また、ほぼ同様にして、画面水平方向調整の自動切換も行なわれる」(7頁10行目〜13行目)との記載があるにもかかわらず、信号ラインは1本(信号ライン3)しか示されておらず、水平偏向振幅の調整の切換えを行うための別系統の信号ラインについての記載はない。そうすると、引用例発明が、1本の信号ライン3上の切換信号により、垂直偏向振幅の調整の切換えをも行うものであることは明らかであり、上記記載は、
信号ライン3上の同じ切換信号により、垂直偏向振幅の調整の切換えを行うと同時に、水平偏向振幅の調整も切り換えることを意味するものである。なお、水平偏向振幅の切換信号には、入力端子からの切換信号を分岐して用いればよい。
したがって、原告の上記主張は失当である。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は、審決のした本願発明と引用例発明との相違点の要約(審決書9頁7行目〜11行目)が、コンピュータによる符号化されたワード2値信号の設定及び特定の復号化された2値信号による所定のビデオ規格に対応するような垂直・水平偏向振幅のパラメータ制御という本願発明の技術的意義を無視するものであると主張するが、上記1の(1)のとおり、引用例に記載された「60/525」、「50/625」及び「3種類以上の走査線数の映像信号」は各種の放送規格を指示するものであるから、審決の要約が、上記原告主張の技術的意義を無視するものではない。
また、原告は、引用例発明が、2レベル(H/L)の論理信号によってデジタル的に垂直偏向振幅を切り換えるものであるから、審決の「引用例発明はアナログ論理信号処理で行う」との認定が誤りであるとも主張するが、審決は、デジタル符号ではないパルス信号による論理回路によって処理を行うという意味で、「アナログ論理信号処理」という用語を用いたのであり、引用例発明がパルス信号による論理回路によって処理を行うという点に誤りはない。
(2) 参考回路が、切換信号ラインを2本用いたときの回路の一例を示すものであることは認める。
原告は、審決が、引用例発明において、切換信号ラインを2本用いたときに、「各信号ラインにHとLの2つの論理レベルを任意に与えることにより、その組み合わせはHH・HL・LH・LLという4通りの論理選択が行える」とした判断が誤りであると主張する。
しかしながら、例えば、参考回路においては、2本の切換信号ラインのHH、HL、LH、LLの組合せのそれぞれに対応して、モニタ装置側の抵抗値(可変抵抗17の左端と+Bとの間に接続される抵抗による抵抗値)は、順次「抵抗18、抵抗20、抵抗20′の合成値」、「抵抗18、抵抗20の合成値」、「抵抗18、抵抗20′の合成値」、「抵抗18の値」が選択される。したがって、このHH、HL、LH、LLの2値信号は本願発明の「符号化されたワードの2値信号」と同じ機能を有するものということができ、参考回路の例においても審決の上記判断に誤りはない。
(3) 原告は、引用例発明において、2レベル(H/L)の切換信号が垂直偏向回路を直接制御して走査線数の切換えを行うものであり、切換信号を符号化、復号化することに関しては記載も示唆もないから、切換信号を符号化されたワード信号に換えた上、これを復号して切換えを行うことに関して動機付けがなく、引用例発明のアナログ論理信号処理を単純に符号化処理に置き換えることはできないとして、審決の「引用例発明の複数種類の走査線数による表示形態に切換可能なCRTコントローラが行う信号処理を、表示データとは別個の信号ラインに介して伝送するアナログの論理信号からなる走査線数の切換信号で行うアナログ処理に換えて、
『一つを推定可能な符号化されたワードを表す2値』信号の信号源と、『受信信号の実際の状態を復号化するために前記符号化されたワードの2値信号を受信して前記規格を個別に識別する特定の符号化された2値信号をその出力部に生成する入力部を有し、前記表示装置内に配置されるデコーダ』と、『前記特定の復号化された2値信号』に応答して水平・垂直偏向振幅の制御をするという符号化とデコードという復号化からなる符号化処理を図ることは、当業者が必要に応じてなし得た」(審決書11頁12行目〜12頁7行目)との判断が誤りであると主張する。
しかしながら、審決の上記判断は、
ア 引用例の開示事項@に基づいて、「各信号ラインにHとLの2つの論理レベルを任意に与えることにより、その組み合わせはHH・HL・LH・LLという4通りの論理選択が行える」(審決書10頁6行目〜9行目)ことは、「論理回路の技術常識」(同10頁9行目〜10行目)であり、この技術常識に基づけば、
引用例の開示事項Aは、二つの信号ライン上の信号の組合せで四つの状態のいずれかを選択する技術を示唆するものと認められること、
イ 他方、「引用例発明も本願発明と同様のコンピュータデータをモニタさせる技術に関するもの」(同10頁20行目〜11頁2行目)であるところ、技術事項@は技術常識であるから、コンピュータ内部の信号は、切換信号を含め、特別にデコードされない限り符号化信号のままであり、したがって、コンピュータから、符号化信号のまま切換信号を出力することは、技術的な困難性がないのみならず、当然考えられることなので、切換信号を符号化信号として出力させる動機付けはあること、
ウ 技術事項Bは技術常識であるから(なお、2値の符号化信号は、復号しなければどの論理状態が伝送されてきたのかを判別することができないことも技術常識である。)、切換信号を符号化信号とした場合には、モニタ装置にデコーダを設ける必要があること、
エ 引用例発明において、上記アの示唆に基づいて、二つの信号ライン上の信号の組合せ(HH、HL、LH、LL)で四つの状態、参考回路を例にとれば、
上記(2)のとおり、モニタ装置側の抵抗値が「抵抗18、抵抗20、抵抗20′の合成値」、「抵抗18、抵抗20の合成値」、「抵抗18、抵抗20′の合成値」、
「抵抗18の値」の各状態のいずれかを選択する構成を想定したときに、HH、HL、LH、LLの2値信号は本願発明の「符号化されたワードの2値信号」と同じ機能を有し、4種類の抵抗値の状態を選択するトランジスタ24(24′)、発光ダイオード25(25′)、トランジスタ19(19′)からなる回路は「デコーダ」と同じ機能を有すると認められること、
との過程を経て導かれたものであり、審決の説示のとおり、引用例の記載ないし示唆と、技術常識に基づくものである。
したがって、原告の上記主張は誤りである。
当裁判所の判断
1 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について 取消事由1(一致点の認定の誤り)はしばらくおき、まず取消事由2について検討する。
(1) 引用例に、「1本の信号ラインを用いてL・Hの信号で、2つの走査線数を切り換える点」(審決書9頁13行目〜15行目、開示事項@)及び「切り換える種類を3種以上にすることが出来ることと、3種類以上の走査線数の映像信号の間で切換を行わせる場合には、切換信号ラインを2本以上用いること」(同9頁16行目〜19行目、開示事項A)が開示されていることは当事者間に争いがない。
また、参考回路が切換信号ラインを2本用いたときの回路の一例を示すものであることについても当事者間に争いがない。
(2) 審決は、引用例の開示事項@を前提として、開示事項Aを検討すると、
「各信号ラインにHとLの2つの論理レベルを任意に与えることにより、その組み合わせはHH・HL・LH・LLという4通りの論理選択が行えることは論理回路の技術常識であり、このことから引用例第2実施例発明(注、開示事項Aに係る実施例)が3種類以上の走査線数の映像信号の間で切換を行わせる場合には、切換信号ラインを2本以上用いればよいという記載に誤りはない。したがって引用例第2実施例発明はコンピュータのCRTコントローラは2つの信号線で4つの走査線数のいずれかを選択する技術を開示している」(審決書10頁6行目〜16行目)と判断した。
一般に、2本の信号ラインに「HとLの2つの論理レベルを任意に与えることにより、その組み合わせはHH・HL・LH・LLという4通りの論理選択が行えること」は明らかであり、したがって、これを「論理回路の技術常識」とした審決の認定は、一般論としては誤りがない。
しかしながら、審決のこれに引き続く説示によれば、審決が、引用例発明について、3種類以上の走査線数の映像信号の間で切換えを行わせるべく、切換信号ラインを2本以上用いた場合においても、「各信号ラインにHとLの2つの論理レベルを任意に与えることにより、その組み合わせはHH・HL・LH・LLという4通りの論理選択が行える」ものとしていることは明白であり、また、本件において被告はその旨主張するところである。
しかしながら、引用例(甲第7号証)の開示事項@、具体的には、「入力端子23の上記切換信号が例えば ’L’(ローレベル)のとき、トランジスタ24がオフ状態で、LED25,26に電流が流れず、フォトトランジスタ15,16(注、「フォトトランジスタ15,19」の誤記と認められる。)が共にオフするため、抵抗16,20はそれぞれ抵抗14,18から分離された状態となる。また、上記切換信号が ’H’(ハイレベル)のときには、トランジスタ24がオンでLED25,26に電流が流れ、各フォトトランジスタ15,19が共にオンするため、抵抗16,20はそれぞれ抵抗14,18に対して並列接続された状態となって、垂直ホールド調整回路や垂直サイズ調整回路の抵抗値がそれぞれ変化する。」(6頁18行目〜7頁10行目)との記載及び第1、第2図の表示によれば、引用例発明において、切換信号ライン3に「HとLの2つの論理レベルを与える」こと、したがって、切換信号ラインを2本以上用いた場合には、「各信号ラインにHとLの2つの論理レベルを与える」ものであることは認められるが、引用例(甲第7号証)には、「2つの論理レベルを任意に与える」ことについては記載されていない。すなわち、引用例の開示事項@を前提として、開示事項Aを検討してみても、3種類目の走査線数に切り換える場合に、2本目の切換信号ラインを用いることまでは明らかであるものの、例えば、4種類目の走査線数に切り換える場合に、2本の切換信号ラインを用いるのか、3本目の切換信号ラインを用いるのかは、引用例の記載上、明らかであるということはできない。5種類目以上の走査線数に切り換える場合もこれと同様である。
かえって、引用例の上記記載及び第2図の表示によれば、引用例発明において、1本の切換信号ライン3によって、1種類目の走査線数と2種類目の走査線数とを切り換えるときは、切換信号ライン3を介して、1種類目の走査線数に係る抵抗18に対して、2種類目の走査線数に係る抵抗20を「分離」し、又はこれを「並列接続」することにより行われると認められる。そして、1種類目の走査線数と2種類目の走査線数との切換えに係るこのような技術手段を前提にして、3種類目の走査線数に切り換える場合を想定したときは、2種類目の走査線数に係る抵抗20は「分離」し、3種類目の走査線数に係る抵抗が、2本目の切換信号ラインを介して抵抗18に「並列接続」されることになるものと、さらに、4種類目の走査線数に切り換える場合は、2種類目の走査線数に係る抵抗20及び3種類目の走査線数に係る抵抗はいずれも「分離」し、4種類目の走査線数に係る抵抗が、3本目の切換信号ラインを介して抵抗18に「並列接続」されることになるものと解するのが自然である。すなわち、引用例発明において、HとLの2つの論理レベルは、
各信号ラインのいずれか1つがHであり、その他はすべてLであるものとして与えられ、4種類目の走査線数に切り換える場合には、審決の判断するように2本の切換信号ラインを用いるのではなく、3本目の切換信号ラインを用いるものと考えられる。
そうとすれば、審決が、引用例の開示事項@を前提として開示事項Aを検討した場合に、「各信号ラインにHとLの2つの論理レベルを任意に与えることにより、その組み合わせはHH・HL・LH・LLという4通りの論理選択が行える・・・したがって引用例第2実施例発明(注、開示事項Aに係る実施例)はコンピュータのCRTコントローラは2つの信号線で4つの走査線数のいずれかを選択する技術を開示している」(審決書10頁6行目〜16行目)と認定判断したことは誤りであるといわざるを得ない。
(3) 被告は、参考回路において、2本の切換信号ラインのHH、HL、LH、
LLの組合せのそれぞれに対応して、モニタ装置側の抵抗値が順次「抵抗18、抵抗20、抵抗20′の合成値」、「抵抗18、抵抗20の合成値」、「抵抗18、
抵抗20′の合成値」、「抵抗18の値」が選択されるから、HH、HL、LH、
LLの2値信号は本願発明の「符号化されたワードの2値信号」と同じ機能を有するものということができ、参考回路の例においても、審決の「各信号ラインにHとLの2つの論理レベルを任意に与えることにより、その組み合わせはHH・HL・LH・LLという4通りの論理選択が行える」とした判断に誤りはないと主張する。
確かに、参考回路において、HH、HL、LH、LLの2値信号に対応して、4種類の抵抗値の設定ができること自体は被告主張のとおりであると認められるが、その場合に、切換信号ラインのHHの2値信号に対応する抵抗値は、「抵抗18、抵抗20、抵抗20′の合成値」であるから、その値は、これら3種類の抵抗の既定の抵抗値により定まり、独立してその値を設定することができないという制約を受けることも明らかである。しかしながら、引用例発明は、異なる走査線数の映像信号ごとに垂直偏向振幅を制御しようとするものであるから、その目的からみて、異なる走査線数ごとに個別の抵抗値を独立して設定する必要があると認められ、したがって、被告が参考回路を用いて主張する上記の例は、被告主張を裏付けるに足りないものといわざるを得ない。そして、異なる走査線数ごとに個別の抵抗値を独立して設定する必要があるという点からも、引用例発明において、各信号ラインにHとLの二つの論理レベルを「任意に与える」のではなく、独立して与えるものと解される。
(4) 審決の「引用例発明の複数種類の走査線数による表示形態に切換可能なCRTコントローラが行う信号処理を、表示データとは別個の信号ラインに介して伝送するアナログの論理信号からなる走査線数の切換信号で行うアナログ処理に換えて、『一つを推定可能な符号化されたワードを表す2値』信号の信号源と、『受信信号の実際の状態を復号化するために前記符号化されたワードの2値信号を受信して前記規格を個別に識別する特定の符号化された2値信号をその出力部に生成する入力部を有し、前記表示装置内に配置されるデコーダ』と、『前記特定の復号化された2値信号』に応答して水平・垂直偏向振幅の制御をするという符号化とデコードという復号化からなる符号化処理を図ることは、当業者が必要に応じてなし得た」(審決書11頁12行目〜12頁7行目)との判断が、引用例発明についての、「各信号ラインにHとLの2つの論理レベルを任意に与えることにより、その組み合わせはHH・HL・LH・LLという4通りの論理選択が行える・・・したがって引用例第2実施例発明(注、開示事項Aに係る実施例)はコンピュータのCRTコントローラは2つの信号線で4つの走査線数のいずれかを選択する技術を開示している」(同10頁6行目〜16行目)との認定判断を前提としていることは、審決の説示上、明らかであり、また、本件において被告自身が主張するところでもある。
しかしながら、この前提となる引用例発明についての認定判断が誤りであることは、上記(2)のとおりであるから、引用例発明の「信号ラインに介して伝送するアナログの論理信号からなる走査線数の切換信号で行うアナログ処理」は4通りの論理選択を行うものではないのみならず、引用例には、切換信号を符号化し、さらに復号化することについての開示も示唆もないものというべきである。そうすると、被告主張の技術常識を考慮したとしても、引用例発明のアナログ論理信号処理に換えて、ビデオ規格を符号化してモニタ装置に伝送し、モニタ装置にデコーダを設けて復号化すること、すなわち符号化処理を図ることの動機付けを欠いているというべきであって、当業者においてこれを容易にすることができたものということはできない。
2 以上によれば、その余の取消事由について判断するまでもなく、審決には判決の結論に影響を及ぼすべき瑕疵があるというべきであり、違法として取消しを免れない。
よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 石原直樹
裁判官 宮坂昌利