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事件 平成 11年 (ネ) 2198号 特許権侵害に基づく販売差止等請求控訴事件

控訴人(一審被告) 日本イーライリリー株式会社 右訴訟代理人弁護士 村林隆一
同 松本司
同 岩坪哲
同 牛田利治
同 岩谷敏昭
同 澤由美
被控訴人(一審原告) ファルマシア アクチェボラーグ 右訴訟代理人弁護士 大場正成
同 嶋末和秀
裁判所 大阪高等裁判所
判決言渡日 2001/04/19
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 控訴人 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 控訴費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人 主文と同旨 (以下、控訴人を「被告」、被控訴人を「原告」という。また、略称については原判決のそれによる。)
事案の概要
一 本件は、注射液の調製方法及び注射装置についての特許権を有する原告が、
原判決別紙物件目録(一)記載の注射器(被告注射器)及びこれに装着する原判決別紙物件目録(二)記載のカートリッジ(被告カートリッジ)の製造販売等をする被告に対し、被告注射器及び被告カートリッジは、両者を組み合わせて製造販売等する場合には注射装置についての右特許権を侵害し、両者を個別に製造販売等する場合には同特許権を間接的に侵害するとして、また、これらの製造販売等はいずれの場合も、注射液の調製方法についての右特許権を間接的に侵害するとして、被告注射器及び被告カートリッジの製造販売等の差止めを請求している事案である。
原審は、注射装置についての特許権の侵害を認めなかったが、注射液の調整方法についての特許権の間接侵害を、均等論を適用した上認め、原告の請求を認容した。そこで、被告が控訴を提起した。
二 前提となる事実(当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨により認められる。) 1 当事者 (一) 原告は、医療品や医療用具等の研究開発、製造販売を業とするスウェーデン法人である。
(二) 被告は、医療品や医療用具等の研究開発、製造販売等を業とする日本法人であり、イーライ リリー ネダーランド ビーヴィの子会社である。
2 原告の有する特許権 (一) 原告は、次の特許権(本件特許権)を有する。
発明の名称 注射液の調製方法及び注射装置 登録番号 第二一〇八六一一号 登録年月日 平成八年一一月二一日 出願年月日 昭和六三年七月一日(特願昭六三ー一六二七四三号) 優先権主張日 昭和六二(一九八七)年七月二日 出願公告日 平成六年八月一七日(特公平六ー六一三六一号) 特許請求の範囲 原判決添付特許公報(本件公報)該当欄記載のとおり (二) 本件訴訟においては、本件特許権の特許請求の範囲の請求項1及び5が問題となるところ、これらの構成要件を分説すると次のとおりである。
(1) 本件特許権の請求項1(本件方法発明)について A@ 敏感な薬剤を収納し且つ 前端部が注射針により貫通可能な膜によりシールされ且つ 後端部の境界が前側可動壁部材により規制された 前側スペースと、
A 水性相を収納し且つ 前端部の境界が前側可動壁部材により規制され且つ 後端部の境界が後側可動壁部材により規制された 後側スペースと、
B 後側スペースと前側スペースとの間のアンプルの壁体に形成された連絡通路とを備え、
C 前記後側可動壁部材が前方に移動されそして それにより水性相及び前側可動壁部材を該前側可動壁部材が連絡通路と丁度対向する位置まで運び それにより後側可動壁部材が前方に連続して移動するときに 水性相が前側可動壁部材を通って前側スペース内に流入して薬剤を溶解し、懸濁しまたは乳化するように構成された D それ自体が既知である多室シリンダアンプルを使用して E その後の一回またはそれ以上の注射を行うために 一種またはそれ以上の敏感な薬剤の水溶液、水エマルジョンまたは水懸濁液を調製する方法において、
B アンプルが前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態で、
後側可動壁部材がネジ機構によりアンプル内を前進して、
水性相を振盪または空気の混入を防止しつつ静かに下側から上側に流通させるようにしたことを特徴とする C 薬剤の水溶液、水エマルジョンまたは水懸濁液を調製する方法。
(2) 本件特許権の請求項5(本件装置発明)について ア@ 注射液の成分が容器内に保持され、
該容器内において、注射液の成分が分離状態で保持されるとともに 外部からの作用により一緒に混合し且つ溶解させることが出来るように構成されるとともに、
A 前端部が貫通可能な膜によりシールされ、
B 貫通可能な膜と前側可動壁部材との間のスペース内に注射液の固形成分を収納し且つ C 前側可動壁部材と後側可動壁部材との間に注射液の液体成分を収納し、
D 後側可動壁部材が液体及び前側可動壁部材とともに移動するときに前記液体成分が前記前側可動壁部材を越えて流通して前記固形成分と混合するための連絡通路を形成したパイプ状容器として構成された E 劣化しやすい物質の注射液を調製する装置において、
イF 注射液の成分を一緒にして混合することが出来るように内部に前記容器を固定することが出来、
G 相互にねじ込み可能な二つの管状部材で構成され、
H 該管状部材は、相互にねじ込まれた時に、前記容器の貫通可能な膜を備えた前端部が注射針で貫通可能に露出され、
I 且つ容器の後端部において、前記後側可動壁部材が後端部に配置されたピストンによって液体及び前側可動壁部材とともに前方に移動して液体成分を前記連絡通路を介して固形成分の収納スペースに流入して振盪や空気の混入を生じることなく固形成分と混合して溶液を調製するように容器を包囲する J ホルダ手段を設けたことを特徴とする ウ 劣化しやすい物質の注射液を調製する装置。
3 被告の行為 被告は、下請メーカーに製造させた被告注射器を販売し、また、被告カートリッジを製造、販売している。
なお、被告カートリッジは被告注射器に装着して用いるように設計された専用のカートリッジ製剤であり、使用に当たっては必ず被告注射器に装着し(装着した装置を「被告装置」という。)、これとともに使用するものである。
4 被告装置は、本件装置発明の構成要件のうち、後記争いのある部分以外の構成要件を備えており、また、被告装置を用いた注射液の調製方法(被告方法)についても、本件方法発明の構成要件のうち、後記争いのある部分以外の構成要件を備えている。
争点
一 被告装置は、本件装置発明の技術的範囲に属するか。
1 被告装置は、本件装置発明の構成要件イF及びG「‥‥内部に前記容器を固定することが出来、相互にねじ込み可能な管状部材」との構成を備えているか。
2 被告装置は、本件装置発明の構成要件イH「該管状部材は、相互にねじ込まれた時に、前記容器の貫通可能な膜を備えた前端部が注射針で貫通可能に露出され」との構成を備えているか。
3 被告装置は、本件装置発明の構成要件イI及びJ「容器を包囲するホルダ手段」との構成を備えているか。
4 被告装置は、本件装置発明と均等か。
二 被告装置は本件方法発明の実施にのみ使用する物といえるか(間接侵害の成否)。
1 被告方法は、本件方法発明の構成要件A@の「(アンプルの)前端部が注射針により貫通可能な膜によりシールされ」を充足するか。
2 被告方法は、本件方法発明の構成要件AEの「敏感な薬剤の水溶液、水エマルジョン又は水懸濁液を調製する方法」を充足するか。
3 被告方法は、本件方法発明の構成要件Bの「アンプルが前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態で」を充足するか。
4 被告方法は、本件方法発明の構成要件Bの「(アンプルの)後側可動壁部材がネジ機構によりアンプル内を前進して」を充足するか(本件方法発明は、本件特許発明の請求項4ないし7に記載された装置発明の技術的範囲に属する装置を用いて行う方法に限定されるか)。
5 被告方法は、本件方法発明の注射液の調製時にゆっくりと薬剤を液相に溶解させてやることにより敏感な薬剤の変性を防止するという作用効果を有するか。
6 被告装置を用いて行う注射液の調製方法は、本件方法発明と均等の範囲にあるか。
7 被告装置は、本件方法発明(これと均等なものを含む)の実施にのみ使用する物か(間接侵害の成否)。
当事者の主張
一 争点一について 争点一に関する当事者双方の主張は、原判決一三頁八行目から四五頁二行目までに記載されたとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決一五頁一〇行目の「75を」を「75が」と改め、同二六頁末行の「36b」の次に「に」を加え、
同三五頁一行目及び同四行目の「34」をいずれも「36」と改める。)。
二 争点二について 1 争点二1(被告方法は、本件方法発明の構成要件A@の「(アンプルの)前端部が注射針により貫通可能な膜によりシールされ」を充足するか否か)について 【原告の主張】 請求項1は、注射液の調製後に注射針が膜を貫通する態様に限定されるものではなく、注射液の調製前ないし調製中に注射針が膜を貫通する実施態様(かかる態様については明細書中に具体的開示がある。)を含んでおり、被告方法と対比されるべきなのは、本件方法発明のうち、注射液の調製前に注射針が膜を貫通する実施態様である。
【被告の主張】 本件方法発明は、「前端部が注射針により貫通可能な膜によりシールされ」た多室シリンダアンプルを使用した注射液の調製方法であることを要件とするが、「シール(seal)」とは密封・密閉の意であり、本件方法発明は、アンプルの内部が前端の膜により密閉封止された多室シリンダアンプルによる注射液の調製方法である。それゆえ、本件方法発明は、後側可動壁部材の前進に伴って前室内に超過圧力が発生され、発泡および気泡の形成が阻止され、物質への影響が回避されるという作用効果を有するのである(本件公報第9欄24〜28行、第10欄23〜28行、33〜35行、第12欄14〜16行)。
これに対し、被告方法は、注射液の調製を行うに先立って注射針をアンプルの前端膜に貫通させ、室内が外気と導通するものであるから、「前端部がシール(密閉)」された調製方法ではないし、それゆえ、後側可動壁部材を前進させても前側スペース内は乙二二の4、5の場合と同様大気圧に保たれ、何ら圧力上昇(超過圧力)を発生させない(換言すれば、本件被告方法は「超過圧力によって発泡、
気泡の形成を阻止する」との本件方法発明の作用効果を奏しない。)。
よって、被告方法は「前端部が‥‥シールされ」との本件方法発明の構成要件を充足しない。
2 争点二2(被告方法は、本件方法発明の構成要件AEの「敏感な薬剤の水溶液、水エマルジョン又は水懸濁液を調製する方法」を充足するか否か)について 【原告の主張】 被告方法に用いられる薬剤であるヒト成長ホルモン製剤は、本件明細書でも、敏感な薬剤の典型例として記載されている。また、被告自身が販売している製品において、溶液の調製にあたり、振盪を避けるよう指示し(甲一五、一六)、被告方法に用いられる製剤に溶解液が直接当たらないようにして発泡を防ぐという特殊な措置(甲一六の製品)がとられていたり、あるいは、連絡通路付二室シリンダアンプルと「ネジ機構」の組み合わせ(被告装置)が採用されていること、さらに、甲二二の著者らが、溶解液を薬物の表面に(上から下に)落下させる方法(溶解液が薬物の表面に直接強くあたる方法)やバイアルの壁を伝って急速に注入する方法という、本件方法発明の「ネジ機構により」「静かに下側から上側に」とは異なる方法より、実験的に被告方法に用いられる製剤(HUM)と溶解液との活発な混合を行うと、現実にオパール色が発生し(訳文2頁8行、原文1794頁左欄のTable 1の「HUM」の欄)、微粒子状物が生成した(訳文2頁21〜22行)とされていることから明らかである。
【被告の主張】 本件方法発明は、「敏感な薬剤‥‥を調整する方法」であることを要件とするが、右敏感な薬剤とは、「単に振盪しただけで認容できない変性(凝集・生化学的変化)を生じ、ネジ機構によりゆっくり溶解することによって、溶液が調製されるときに容易に変性するという作用が可成り減少される物質」を指すものと解釈される(本件公報第5欄12〜14行、第9欄18〜19行、21〜23行、第12欄39〜43行)。
しかし、被告方法に用いられる薬剤(ヒト成長ホルモン製剤、「ヒューマトロープ」)は、活発な混合を行っても何ら物質の変性を生じる物質ではない。すなわち、急速に溶解してもゆっくり溶解しても、生物活性に影響を及ぼす物質の変性には何らの差も生じず(乙四一ないし四三)、また、溶解後の濁度及びその後の変化においても何らの違いを生じない(乙四五、四七)。
したがって、被告方法に用いられる薬剤は、「ネジ機構によりゆっくり溶解することにより調製時に容易に生ずる変性が可成り減少される物質」すなわち本件方法発明に言う「敏感な薬剤」には該当しない。
3 争点二3(被告方法は、本件方法発明の構成要件Bの「アンプルが前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態で」を充足するか否か)について 【原告の主張】 (一) 被告装置の使用方法としては、アンプルを「水平に近い斜めに」して注射液を調製するというのは無理に作出した例外であり、「ほぼ垂直に」保持して用いる方が正当かつ通常であるから、被告方法は、本件方法発明の構成要件Bの「アンプルが前端部分を上にしてほぼ垂直に保持された状態で」を充足する。
(二) 被告装置の取扱説明書(乙一)に「カートリッジホルダーグリップ(原判決別紙物件目録(一)の操作ノブ34に相当する。)を回しているときに、針先を下に向けると薬液がこぼれますから注意して下さい」との注意書があることから明らかなとおり、注射液の調製中に被告装置の針先が下を向けば、液漏れという極めて重大な不都合を生ずる。
すなわち、被告装置は、連絡通路(バイパス78)を有する二槽式のアンプル70と、ピストンを押し込むためのネジ機構を採用しているが、これはネジ機構によるピストンの移動に応じた分量だけ水性の溶解液を第二槽から第一槽にゆっくり移動させる目的のものである。この際、水性の溶解液は、アンプル70の壁に設けられたバイパス78を通って下から上に移動するから、被告装置は、アンプル70が上向きになるよう、できるだけ垂直に近く保持されるのが目的に合致している。このような場合にあえてアンプルを水平に近い斜めに保持したのでは、ネジ機構を採用したことによる利点が減殺されてしまう。
被告カートリッジは、ソマトロピンの含量と溶解液の量を一定のものにすることにより注射液のソマトロピン濃度を規定しており、注射量の設定は予定された濃度の注射液が得られることを前提に行われるものである。したがって、溶解作業が完了するまでに薬液が漏れれば、注射量に狂いが生じ、副作用の発現頻度が増えたり、ソマトロピンの効果が十分に発揮されなくなったりすることも考えられる。また、薬液を漏らすようなことになれば、高価な薬剤を無駄にしてしまうことになる。
(三) 被告装置による薬剤の溶解作業は、医師などの医療従事者よりもむしろ患者やその家族が自ら行うことが予定されており、患者やその家族はこの種の器具の取り扱いに格別熟練した者ではないから、これらの者が水平に近い状態で溶解作業を行えば、溶解作業中又はその後の空気を取り除く作業中に誤って針先を下に向けてしまい、薬剤をこぼすなどして、注射液の正しい調製に失敗するおそれが大きい。また、調製作業が進み、溶解液の多くが第一槽71に流入した段階では、水平よりわずかばかり上向きにしている場合でも、ピストンが動いている限り、薬液がこぼれる現実的な危険性がある。
被告装置を用いて行う溶解作業の前に行われる注射針取り付け作業、溶解作業の後に行われる空気を抜く作業は、いずれもアンプル70を上向きにして垂直に近い状態に保持して行うのであって、ほぼ垂直に保持したまま溶解作業を行うことが苦痛を伴うものであるということはできず、むしろ、水平に近い斜めに倒して溶解作業を行う方が患者にとっては苦痛である。
(四) 被告は、臨床試験段階では、「ほぼ垂直に」保持するよう指示していたが(甲五、検甲三)、原告から特許侵害との警告を受けた後、取り扱い説明書(マニュアル)を変更した。変更後の使用方法は、前記のとおり、被告装置を水平に近い斜めに倒して溶解作業を行うというのものであるが、被告が本件方法発明の文言上の侵害を免れる意思で意図的に作出した不自然な使用方法である。
被告は、取り扱い説明書(マニュアル)の記載を変更した理由として、
@ 患者にとっては、「水平に近い斜めに」保持することが自然な動作であり、「ほぼ垂直に」保持することは苦痛であると主張し、また、A 凍結乾燥製剤が被告カートリッジ先端部に固着しているから、水平に近い斜めに保持した方が早く溶解させることができるという主張をする。
しかし、右@の主張に反し、前記臨床試験の結果に関する文献(甲八)によると、「ほぼ垂直に」保持して行う薬剤の溶解作業について、圧倒的多数の被験者が、「やさしい」又は(試験前に行っていた方法と)「同じくらい」と回答しており、「ほぼ垂直に」保持することが苦痛ではない旨報告されている。また、右Aの主張については、凍結乾燥製剤が被告カートリッジの先端に強固に固着していることはなく、凍結乾燥製剤が第一ゴムガスケット72の上にあったり、凍結乾燥製剤がたまたまカートリッジの先端部に位置していたものについても、手で持っただけで落下するようなものであり、被告が入手した被告カートリッジについても、凍結乾燥製剤は第一槽71内を移動しうる状態にあった。
【被告の主張】 (一) 本件方法発明は、「アンプルが前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態で」注射液を調製することを要件とするが、被告方法はアンプルの前端部を水平やや斜め上向きにして注射液の調製を行う方法であり、右要件を充足しない。
本件方法発明においては、「アンプルが前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態で」と一義的に記載されているから、本件方法発明の技術的範囲は垂直で保持された状態で行う方法に限られ、斜めに保持された状態で行われる方法には及ばない。この要件は、出願経過において原告が補正により付加したものであるから、出願人(原告)の意思は、「垂直に保持された状態で行う方法」につき保護を求めることにあったことは明らかである。
(二) 原告は、被告装置を「水平に近い斜めに」使用することは困難であるから、「ほぼ垂直に」保持して用いる方が正当かつ通常であると主張するが、取り扱い説明書には、針先を水平から概ね三〇度の角度になるように保持して薬剤の調製を行っている図が記載されており、「水平に近い斜め」とは異なる。また、患者が医療器具を用いて自宅療養を行う場合、器具の操作方法等は医師の指示に従って実行されることは、ごく常識的な経験則である。
逆に、原告が指摘する液漏れの可能性は、「水平からやや上向きで保持した場合」に限ったことではない。
被告装置は、移動部に設けられたアンプル挿入空間にアンプルを外側から嵌合して注射液の調製を行うものであるところ(原判決別紙物件目録(一)添付第一図)、患者によって保持される移動部30は、断面偏平状に構成されているため、
操作ノブによる溶解操作時には操作ノブ34側を上にして片方の手で移動部30を横もしくは斜め下から支持し、もう片方の手を斜め上から添えて親指によりノブ操作が可能であり、これが、被告装置における調製のためのノブ操作に最も適した自然な態様である(乙一の8頁図3)。そして、この場合、注射装置の先端は自然に「水平からやや上向き」となり、かつ、アンプルが外部に露出しているためアンプル内の液送りの状況も視認可能となり、液漏れの防止も容易に出来る(本件装置発明のような「万年筆型」では、溶解時にアンプルの状態を確認することができず、本件発明の作用効果〔慎重な溶解〕を奏することができない。)。逆に、右の保持姿勢で針先を下向きにすることは、移動部30を下から支持する方の手首を胛側に折り曲げなければならず、不自然と言える(現実に行ってみれば、容易に理解できる。)。
(三) 被告装置は、斯界の権威者である専門医の指導の下に、多くの患者が実際に斜めに保持された状態で用いている。被告装置によるヒト成長ホルモンの投与を指導する医師は、被告装置の使用説明書に従い、患者が被告装置を実際に使用する際には被告装置の説明書のとおり「斜めに保持して調製する」ように指導している。医師の間に、垂直に保持して調製することが一般的であるというような認識は全くなく、また斜めに保持して行うことにより不都合を生じるということも何ら報告されていない。かえって、調製作業において注射器を終始垂直に又は八〇度程度に保つことは、患者にとっては苦痛であり、多くの患者にとっては四五度程度又はそれ以下に注射器を傾ける方が楽に作業をなし得るから、患者は、自然な動作として後者を選択するのである。
(四) 原告は、被告が治験段階に使用していた文書をもとに主張しているが、肝心な点は現実に被告装置がどのように使用されているかということである。
治験段階の方法はあくまで試験研究段階のもので、発売後は推奨されていないし、
実地臨床の現場では、被告の推奨する斜めに保持して調製する方法が採用されているのであるから、原告の主張は意味がない。
溶解液を下から上にゆっくり移動させるのに、「ほぼ垂直に保持された状態で」調製を行わなければならないものではなく、二室シリンダアンプルの第二槽から第一槽に溶液を移動させれば溶解の目的を達し得る。特に、被告カートリッジは、アンプル内の固形剤は薬剤収納室の前端に固着しているので、液を固形剤に接触させて溶解作業を行うためにはアンプルを傾けなければならない必然性がある。
4 争点二4(被告方法は、本件方法発明の構成要件Bの「(アンプルの)後側可動壁部材がネジ機構によりアンプル内を前進して」を充足するか否か)について 【原告の主張】 (一) 被告装置を使用する被告方法は、本件方法発明の構成要件Bの「(アンプルの)後側可動壁部材がネジ機構によりアンプル内を前進して」を充足する。
(二) 本件特許発明の請求項1の文言中には、「ネジ機構」の実施態様を請求項4ないし7のいずれかの装置に用いられているものに限定する趣旨の記載はない。もとより、特許発明発明の詳細な説明に記載したものであることが必要であるが、これは、当業者が当該発明を実施することができる程度に記載してあればよいのであって、明細書中に具体的に例示されていなくても、周知技術公知技術等、当業者の技術常識参酌することにより当業者が実施することが可能な発明であれば、発明の詳細な説明に実質的に記載された発明ということができる。例えば、本件特許権の優先権主張日より前に公開された特公平五ー六七三〇八号公報には、アンプルが万年筆型のケーシングに囲繞された装置とアンプルが露出している装置が共に同じ上位概念の発明の実施態様として記載されているし、被告装置のようにプランジャー(ピストン)とこれを駆動するためのネジ機構を別軸に設ける態様は当業者には周知である。
したがって、被告装置のごとき実施例が本件特許権の明細書中に明示されていないとしても、具体的に明示された装置のネジ機構に関する部品を周知技術参酌して適宜置換することにより、当業者は容易にこれを実施し得たといい得るものであるから、被告装置のごとき実施態様をことさら排除していると解する理由はない。
(三) 「ネジ機構」なる用語を用いた本件方法発明は、いわゆる、抽象的クレーム・機能的クレームには該当しない。
抽象的クレーム・機能的クレームとは、発明の目的又は効果を達成するのに必要な構成を示さずに、発明を抽象的に記載した特許請求の範囲をいう。すなわち、ある装置を、それが「何であるか」ではなく「何をするものなのか」によって定義するものである。本件方法発明の「ネジ機構」は、「何であるか」という観点での定義を置いているのであるから、これを抽象的クレーム・機能的クレームということはできない。
(四) 原判決に被告が主張するような矛盾(被告の主張(四))はないというべきである。むしろ、原判決が、争点一1について、本件装置発明の「相互にねじ込み可能な二つの管状部材」の構成を、いわゆる万年筆型の構成のものに限定したことは誤りであり、構成要件イF、Gは万年筆型のものに限定されない。
【被告の主張】 (一) 本件特許発明は、請求項1ないし3に記載された薬剤の調製方法に係る発明と、請求項4ないし7に記載された薬剤を調製しかつ注射する装置に係る発明とからなっている。そして、本件方法発明(請求項1)については、「後側可動壁部材が、ネジ機構によりアンプル内を前進して」と記載されており、右「ネジ機構」の記載に対応する具体的構成として明細書及び図面で開示されているのは、請求項4ないし7の装置(相互にねじ込み可能な二つの管状部材で構成され、該管状部材が相互にねじこまれた時に後側可動壁部材が前進する態様の容器ホルダを備えた装置)である。また、本件公報の詳細な説明において、「本発明は本発明の方法を実施する装置を包含している」(本件公報5欄48ないし49行)と記載されているのみならず、実施例を説明する箇所においても、終始一貫して本件特許発明の装置を使用して本件方法発明を実施する趣旨が説明されている。
被告方法は、移動部30の操作ノブ軸をアンプル70の軸心とを別軸に構成した「別軸のネジ機構」によってゴムガスケットを押送するものであり、これは「万年筆型のネジ機構」ではない。
したがって、被告装置を用いる被告方法は、本件方法発明の技術的範囲に属さない。
(二) 原告が主張するように、公知又は周知のネジ機構をも含むと解釈すると、本件方法発明の具体的な構成が明細書で明らかにされておらず、その構成によりどのような作用を生じ、いかなる効果が得られるかが明示されていないにもかかわらず、公知又は周知のネジ機構に置き換えた注射(調製)方法も技術的範囲に包含することになり、本件方法発明の範囲は、発明者が発明、開示した限度を超える極めて広範囲なものとなってしまう。原告は、請求項4ないし7の装置発明を出願し、この装置発明を用いて行う注射(調製)方法を本件方法発明として出願したのであるから、それを超えて本件方法発明の保護範囲を拡張する解釈をすることは許されない。
(三) 本件方法発明にいう「ネジ機構」の具体的構成は特許請求の範囲では明らかにされておらず、「ネジ機構により」とは「ネジの機構を持つ手段により」というのと同程度に抽象的であるから、いわゆる抽象的クレーム・機能的クレームである。このような抽象的クレーム・機能的クレームの解釈については、元来そこに開示されていない技術思想を排除するためにも、図面及び明細書全体の記載を参照して、権利範囲を合理的に確定しなければならない。本件方法発明の「ネジ機構」について開示されているのは請求項4ないし7の装置のみであって、それ以外の「ネジ機構」は何ら開示、示唆されていないから、本件方法発明における「ネジ機構」は請求項4ないし7の装置であると理解すべきである。
(四) 原判決が、当業者が被告装置の販売時点において、本件明細書から本件装置発明の構成を被告装置に置き換えることが容易に想到できたということはできないとしたにもかかわらず、本件方法発明において、本件明細書および公知技術から被告装置を用いた本件被告方法を適宜実施することが可能であるとし、請求項4ないし7に記載された装置発明の技術的範囲に属する装置を用いて行う方法に限定されず、被告装置を使用する場合も含むと判断したことは矛盾している。
本件被告装置の別軸ネジ機構の構成は、公知資料の存在を前提としても、本件明細書の開示に基づき当業者が容易に想到できた多室シリンダを用いた注射液の調製手段とはいえない。
すなわち、本件被告方法の「別軸のネジ機構」は本件明細書の開示範囲に含まれない別発明であり、それゆえ、本件被告方法に用いられる装置が本件特許とは別特許として登録されたのである(乙一四)。
5 争点二5(被告方法は、本件方法発明の注射液の調製時にゆっくりと薬剤を液相に溶解させてやることにより敏感な薬剤の変性を防止するという作用効果を有するか)について 【被告の主張】 (一) 物質変性の減少の作用効果 原告は、本件方法発明の作用効果を「注射液の調整に際しての操作者の注意が著しく軽減され、その結果、患者でも簡単に自己施用できるようになったこと」と主張するが、本件明細書にそのような記載はない。
むしろ、本件明細書によると、本件方法発明の作用効果は、注射液の調製時において薬剤と水性相とを「非常に静かにかつ安全に混合する」ことにより、
「活発な混合」に起因される「調製時に容易に発生する生化学的変化(物質の変性)」を減少させることに他ならないのである。
しかし、被告方法は、従来周知の二室シリンダアンプルとの比較で「容易に変性する作用を可成り減少することができる」との本件方法発明の効果を奏しないので、本件方法発明の技術的範囲に属さない。
すなわち、乙四二(公証人d 作成の事実実験公正証書)のとおり、被告が安定性試験用に保管していた被告カートリッジ三五本(全て同一ロットで製造されたもの)のうち、公証人が適宜選択した二四本を使用し、被告方法を用いた場合(ゆっくりと前進させる方法による溶解)とそうでない場合(一気に前進させる方法による溶解)とにおける溶解後の変性の有無・程度を確認したところ、
調製時における物質の変性の程度には何らの有意差を生じなかった。
また、ラボ用濁度計を用いた(肉眼には頼らない。)乙四五の実験においても、同様の結論が得られた(乙四五の実験方法についての原告の指摘する後記疑問点は争う。)。
すなわち、被告方法は、本件方法発明の作用効果を奏していないのであるから、本件方法発明の技術的範囲に属しないというべきである。
(二) 発泡・気泡の阻止の作用効果 本件方法発明は、敏感性の非常に強いヒト成長ホルモンについて、「超過圧力により発泡、気泡の発生を阻止して薬剤の変性を防止する」という作用効果を奏するものである。本件明細書に記載された「超過圧力を発生しない」唯一の実施例は、「あまり敏感でない薬剤」に対する適用例であり、ヒト成長ホルモンはこれに当たらない。
被告装置においては、調製前に針でアンプルの前端膜が貫通されるため、超過圧力を発生しない。したがって、被告装置を使用する被告方法は右の作用効果を奏しない。
【原告の主張】 (一) 被告の主張(一)に対する反論 乙四二の実験では溶解直後の状態しか観察していない。急激な溶解に起因する蛋白製剤の劣化は、溶解直後には観察されない場合でも、時間の経過により観察されるようになるものであり、右実験結果は無意味である。
また、乙四五(乙四七)の実験については、@ 濁度計(2100N型)の仕様に従った測定を実施していないこと、A 溶液を注射器と注射針によって移し替えたためサンプルから沈殿が除かれた可能性があること、B 長時間静置した専用試験管をそのまま濁度計にセットしたため不溶性の凝集が全て沈殿してしまった可能性があることなどの疑問がある。
むしろ、原告の実施した実験によると、ネジ機構を用いない注射液の調製(ヒューマトロープC18の場合には急速な注射液の調製)の場合には、薬剤(ヒト成長ホルモン)の劣化を引き起こすことが示されている(甲一八の2)。
また、文献(甲二二)においても、「再溶解の方法によってゲル生成の度合いに違いがあった。さらに、すべての製剤において、rhGH(遺伝子組み換えヒト成長ホルモン)の分解物のほかに、繊維状の微粒子状物の存在がはっきりとみられた。我々は、医療専門家が製剤をもっと好適な方法で再溶解することを勧める。」と記載されている。
(二) 被告の主張(二)に対する反論 被告の主張する「超過圧力により発泡、気泡の発生を阻止して薬剤の変性を防止する」という作用効果は、請求項2、3における作用効果であって、請求項1における作用効果は、右の態様に限定されない。
したがって、被告方法において、超過圧力を発生しないことをもって、
本件方法発明の作用効果を奏しないとするのは誤りである。
6 争点二6(被告装置を用いて行う注射液の調製方法は、本件方法発明と均等の範囲にあるか)について 【原告の主張】 (一) 本件方法発明における本質的部分について (1) 本件特許発明は、注射液の液体成分と固型成分を混合するために容器(アンプル)の後側可動壁部材をネジ操作によりゆっくり動かすという技術思想に基づく発明である。本件特許発明により、敏感な薬剤(劣化しやすい物質)であるヒト成長ホルモンの注射液の調製が格段に簡単になり、患者自身又はその家族が容易にこれを行うことができるようになった。容器(多室シリンダアンプル)やネジ機構については公知技術が存在したが、注射液の液体成分と固型成分を混合するために容器(アンプル)の後側可動壁部材をネジ操作によりゆっくり動かすという本件特許発明着想を示唆するものはなかった。
被告装置を用いた注射液の調製方法は、敏感な薬剤(ソマトロピン〔ヒト成長ホルモン〕の凍結乾燥製剤)と水性相(溶解液)の混合に当たり後側可動壁部材(第二ゴムガスケット74)をネジ操作によりゆっくり動かすという本質的部分において、本件方法発明と異なるところはない。
(2) 一方、「ほぼ垂直に保持」の要件は、注射針貫通時及びそれ以後の液漏れを防止する目的によるものであり、前記の作用効果に必須ではなく、本件方法発明の本質的要素ではない。
本件方法発明は、注射液の調製後に注射針が膜を貫通する態様に限定されるものではなく、注射液の調製前ないし調製中に注射針が膜を貫通する実施態様(かかる態様については明細書中に具体的開示がある)を含んでおり、被告方法と対比されるべきなのは、本件方法発明のうち、注射液の調製前に注射針が膜を貫通する実施態様である。
(3) 被告は、「ほぼ垂直に保持」の要件が本件方法発明の本質的要素であり、その理由として、右の要件は、水性相を静かに上昇させて薬剤を溶解し、活発な混合を起こさないようにするためにあると主張する。
しかし、活発な混合を起こさないためには「ほぼ垂直に保持」せず、
斜めに保持してもその作用効果は達成される。
(二) 置換可能性 被告は、アンプルを「ほぼ垂直に保持」せず、水平に近い斜めに保持しても、溶解液を下から上にゆっくり移動させるのに支障はないと主張しており、これによれば、「ほぼ垂直」を「水平に近い斜め」に置き換えても同一の作用効果を奏するから、置換可能性が認められる。
(三) 置換容易性 ひとたび本件方法発明の教示がなされれば、これを回避する目的で装置を保持する向きを「ほぼ垂直」から「水平に近い斜め」に変更することは、極めて容易であるから、置換容易性が認められる。
なお、本件方法発明の「ネジ機構」が万年筆型のものに限定されないのは前記4の原告の主張のとおりである。
(四) 公知技術からの推考容易性 被告装置を水平に近い斜めに保持する方法は、本件特許発明の方法を待たない限り、公知技術から容易に推考できるものではない。
なお、被告は、被告方法のうち、本件方法発明と一致する部分については、本件方法発明は本件優先日当時の公知技術に基づき、当業者が容易に推考することができたと主張する。
しかし、被告が、「注射装置において、液送りのピストン(可動壁部材)の前進を二つの管状部材のネジ螺合によって行う構成」として引用する乙六ないし九、二五の1のうち、溶液調製が行われるものは、乙二五の1のみである。そして乙二五の1では、溶液調製に際して、可動壁部材の前進は行われない。そこでの溶液調製は、「ディスクを押し退ける」こと、すなわち、薬剤と水性相の仕切りを圧力で破壊することにより実現されるのであり、「ゆっくり静かな混合」とは相反するものであって、敏感な薬剤を収納する連絡通路付二室シリンダアンプルに用いる動機づけがないどころか、適用を阻害する要因がある。乙六ないし九は、いずれも投与可能な溶液がすでに備えられており、薬剤と水性相の混合に用いるという動機づけを欠く。
当審において引用された乙三九は、薬剤と水性相の仕切りを破壊するためにネジ機構を用いるものであり、敏感な薬剤に用いるには阻害要因があり、また、溶液調製に可動壁部材を動かすものでもなく、連絡通路付二室シリンダアンプルと組み合わせる動機づけもない。乙四〇は、薬剤と水性相を混合し、注射液を調製するものではない。
(五) 意識的除外 本件特許発明の出願経緯において、「水平に近い斜めに保持」する場合を意識的に除外したと解すべき事情は認められない。なぜなら、「ほぼ垂直に保持」するという点は、審査官が引用した公知例及び先願明細書に基づく拒絶を回避するために、意識的に挿入された要件ではなく、単にネジ機構の使用方法としての適正な用法を記載したにすぎないからである。
拒絶理由通知に対する応答の機会に付加された要件でありさえすれば「意識的除外」等の特段の事情になるのではなく、「特段の事情」になるのは(先行技術に基づく)拒絶を回避するために付加された要件であって、「ほぼ垂直に保持した状態」は拒絶を回避するために付加された要件ではないから、「意識的除外」等の特段の事情に当たらないというべきである。
【被告の主張】 (一) 本件方法発明における本質的部分について 本件方法発明において、「アンプルが前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態」とする点は本質的である。
アンプルが前端部を上にして垂直に保持された状態で、かつ、ネジ機構をゆっくりねじ込むことにより、振盪及び空気の混合を回避する態様で水性相が薬剤を通して下方から上向きに静かに流れるようにし、右方法を採用することにより、液体(水性相)は乾燥物質を通して静かに上昇して乾燥した物質(薬剤)を溶解し、活発な混合は起こらず、注射液の成分を非常に静かにかつ安全に混合することができ、その結果、敏感性が非常に高い物質の調整時の変性を、かなり減少することができるという効果を奏する。
すなわち、本件方法発明の核心は、水性相を静かに上昇させて薬剤を溶解し、活発な混合を起こさないようにすることである。そのためには、まずネジ機構により「ゆっくり」と混合させることが必要であるが、更に、垂直保持状態「アンプルが前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態」とすることにより、重力に反して水性相を「ゆっくり」と上昇させることが必要となるのである。逆にアンプルを下にすれば、ネジ機構により「ゆっくり」と混合させようとしても、水性相は重力に従い早く下降するため、「ゆっくり」と混合させることが困難になる。
一方、本件方法発明においては、注射液の調整に際し、アンプルの前端部をシールする「膜」が針によって開通されるステップは存在しないから、針先から液が漏れるということはあり得ず、液漏れを防止するためにアンプルを垂直に保持する必要はない。
したがって、アンプルの垂直保持は、本件方法発明において本質的部分をなすから、右状態と異なる方法を採用している被告の方法は、本件方法発明の技術的範囲均等の範囲にあるとはいえない。
(二) 本件方法発明における置換容易性について 本件装置発明から被告装置(別軸の「ネジ機構」)を当業者が容易に想到することはできない。したがって、被告方法も同様に容易に想到することはできず、置換容易性の要件を欠く。
(三) 公知技術からの推考容易性について 被告方法は、本件方法発明との対比において、「既知の多室シリンダアンプルを用いた」点および「ネジ機構により後側可動壁部材の前進」する点において一致するにすぎない。しかしながら、右の一致点は、本件優先日において周知の多室シリンダアンプル(乙二二の4、5)に、同じく周知のネジ機構による前進構成(乙六ないし九、二五の1、三九、四〇)を寄せ集めたものにすぎず、本件優先日において、当業者が極めて容易に推考できたものである。
本件特許を維持した特許庁審決は、本件方法発明が「アンプルの前端部を膜でシール」したもの(可動壁部材の前進に伴って圧力上昇を発生する。)であることを理由に、前記公知技術の結合容易性(たとえば乙二二の4、5と乙三九)を否定したものである。したがって、前端部が膜でシールされていない(後側可動壁部材の前進に伴って前側スペース内の圧力上昇を生じない)多室シリンダアンプルの場合、本件方法発明の進歩性はないことになる。
(四) 本件方法発明における、垂直保持以外の態様の意識的除外について 次のとおり、原告の出願経緯に照らすと、原告は、被告方法を本件方法発明の特許請求の範囲から意識的に除外したというべきである。
すなわち、原告の当初明細書は「‥‥方法において、振盪及び空気の混合を回避して水性相(11)を薬剤(10)を通して下方から上向きに静かに流すようにしたことを特徴とする前記方法」となっていた。
しかし、「引例1(乙二二の4。特開昭六二ー一四六八三号公報)により進歩性欠如、引例2(甲七。特開昭六四ー二五八七二号公報)に記載された発明と同一である。備考・注射液を調製する際、空気の混入を防ぐようにすることは、
常套手段である。」との拒絶理由通知が発せられた(乙三の13)。
これに対し、原告は、「‥‥方法において、アンプルが前端部 を上にしてほぼ 垂直 に保持 された 状態 で、後側可動壁部材 がネジ 機構 により アンプル 内を前進して 、水性相を振盪または空気の混入を防止しつつ静かに下側から上側に流通させるようにしたことを特徴とする薬剤の‥‥液を調製する方法。」(傍線部分が追加補正部分)との内容の手続補正を行った(乙三の17)。
すなわち、本件方法発明の出願当初の明細書では、特許請求の範囲には、二室シリンダアンプルを使用した注射液の調製方法において「振盪及び空気の混合を回避して水性相を薬剤を通して下から上に静かに流す方法」との要件しか存在せず、したがって、注射装置を保持する方法は、アンプルの前端部がほぼ垂直上向きであると、それ以外の向きであると、限定されておらず、ほぼ垂直上向き以外の保持方法も、技術的範囲に含まれるものであった。
しかし、本件方法発明における装置の保持方法は、右補正により、「アンプルが前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態」に限定され、それ以外の保持方法は技術的範囲から除外されたのである。
したがって、原告が、手続補正書において、注射液の調製における装置の保持方法を「アンプルが前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態」に限定し、それ以外の保持方法(被告方法における装置の保持方法)が特許発明技術的範囲に属しないことを承認し、あるいは、少なくとも外形的にそのように解される行動をとったことは明白であるから、特許成立後に至り、これに反する主張をなすことは、禁反言の法理に照らして許容されない。
7 争点二7(被告装置は、本件方法発明の実施にのみ使用する物かー間接侵害の成否)について 【原告の主張】 (一) 被告方法は、前述のとおり、本件方法発明を侵害するものであり、被告装置、そしてその構成部分である被告注射器及び被告カートリッジは、社会通念上、右被告方法以外には用途がなく、右被告方法にのみ使用するものであるから、
被告装置を業として製造販売する行為は本件方法発明を間接的に侵害するものである。
(二) 被告は、被告装置は「水平に近い状態に保持」して注射液を調製すると主張するが、前記3の原告の主張で述べたとおり、溶解作業が正しく行われるよう、確実に針先を上向きに保持させるためには、被告装置を「水平に近い状態」ではなく、「ほぼ垂直」すなわち垂直に近い状態に保持させることが、むしろ自然であり、そのような方法こそが医薬品の安全管理、薬効の発揮、そして経済的見地から見て合理的な方法であり、社会通念上実用的な方法である。これに対し、被告装置を水平に近い状態に保持することは、薬液が漏れる危険があり、安全性、有効性の面からも、経済的側面からも不都合で、構造それ自体の設計目的に合致しないルーズな態様での変則的用法であるというべきであって、社会通念上実用的な用途とはいえない。
特許法101条2号にいう「その発明の実施にのみ使用する物」とは、
特許方法とは独立した実用性ある他の用途をもたない物ということであって、同じ物で同じ目的で、若干ルーズな態様でも使えるということは、ここにいう他の用途には当たらない。
(三) 仮に、被告装置が本件方法発明の技術的範囲に文言上属する方法にのみ使用されないとしても、前記6のとおり、これと均等な範囲に属する方法にのみ使用される。特許方法の実施とは均等な方法の実施を含むから、均等な方法についての間接侵害が成立する。
【被告の主張】 (一) 被告装置の使用方法は、前記3の被告の主張のとおり、操作ノブ34を回転させるときに、針先を水平からやや上向きに保持するものであり、被告方法は、本件方法発明の構成を充足しない。したがって、被告方法の使用に用いる本件装置の製造販売等による間接侵害も成立しない。
(二) 原告は、「斜めに保持された状態で行う注射方法」は、ルーズな使用方法又は変則的な使用方法であり、「他の用途」には当たらないと主張する。しかし、斯界の権威者である医師の指導の下に、多くの患者が、実際に「斜めに保持された状態で」注射(調製)を行っており、何ら問題もなく実施されているのであるから、この方法がルーズないし変則的であるという原告の主張は失当である。
また、原告は、他の用途というためには独立した用途であることを要すると主張するが、そもそも特許法101条2号は、「その発明の実施にのみ使用する物を生産し、譲渡‥‥」することを侵害とみなす旨規定しており、「他の用途がある」という表現は、右条文を裏返して表現したものであるから、「その発明の実施にのみ使用する物」といえない場合には「他の用途がある」ということになる。
したがって、「当該他の用途が独立性があるかどうか」等の思考方法を採ることは妥当ではない。
間接侵害の規定は、「にのみ」を要件に特許権の効力の拡張を例外的に図ったものであるから、間接侵害の規定の解釈に当たっては、制限的解釈を行うべきであり、間接侵害に名を借りて特許発明の保護の範囲が拡大されてはならない。
したがって、被告装置は本件方法発明の実施にのみ使用する物ではないから、間接侵害は成立しない。
(三) 原告は、均等侵害についても間接侵害が成立すると主張するが、そのような解釈を採ることはできない。
特許法101条2項間接侵害は、特許発明の必須構成要件を充足しない物あるいは方法に対しても、「特許発明実施にのみ用いられるか否か」という評価概念を介在させることにより特許の禁止権を及ぼす制度である。すなわち、明細書の特許請求の範囲の記載が本来有すべき構成要件機能(第三者の予測可能性)を後退させて、禁止権の範囲を広げる制度である。
他方、均等論も、「非本質的部分性、置換可能性置換容易性」といった評価概念を介在させることにより、特許請求の範囲の記載による第三者の予測可能性を後退させて禁止権の範囲を広げる法理論である。
特許発明の保護範囲(禁止権の範囲)は、明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定められるのが大原則である(70条1項)。したがって、間接侵害及び均等論という二つの例外を同時に適用することによって、第三者の予測可能性を二重に否定するような解釈論は、右の原則から余りにかけ離れるものであり、かかる解釈を特許法は予定していないというべきである。
当裁判所の判断
一 本件装置発明について(争点一) 当裁判所も、本件装置発明に関する特許の侵害があるとはいえないと考える。
その理由は、次に訂正するほか、原判決七二頁二行目から八八頁一行目までに記載されたとおりであるから、これを引用する。
(原判決の訂正等) 1 原判決七五頁一行目の「固定する」の前に「容器を」を加える。
2 原判決七七頁末行の「F及び」を削る。
3 原判決八二頁末行の「持ち運び」の前に「かつ」を加える。
4 原判決八四頁末行から八七頁六行目までを削る。
5 原判決八七頁七行目の「(四)」を「(三)」と改め、同頁八行目の「ものであり」から次行の「ないから」までを「ものであるから」と改める。
二 本件方法発明について(争点二の結論) 当裁判所も、被告方法は、アンプルの前端部を水平やや斜め上向きにして注射液の調製を行う点で本件方法発明の構成要件Bのうち「アンプルが前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態で」を充足せず、本件方法発明を文言上侵害するものということはできないが、他の構成要件についてはこれを充足しており、右の相違点は、「ほぼ垂直に保持する」に代わって置換された方法として、本件方法発明の技術的範囲均等であり、結局、被告方法は本件方法発明を侵害するものであると考える。
そして、被告装置は、本件方法発明を均等論侵害する被告方法の実施のみに使用されるものと認められるから、被告装置の製造等は、本件方法発明を間接的に侵害すると考える。
以下の三ないし九において、これらの理由について述べる。
三 本件方法発明の構成要件A@の「(アンプルの)前端部が注射針により貫通可能な膜によりシールされ」の充足性(争点二1)について 被告は、本件方法発明は、アンプルの前端部がシールされているため、後側可動壁部材の前進に伴って前室内に超過圧力が発生し、発泡及び気泡の形成が阻止され、物質への影響が回避されるという作用効果を有するが、被告方法は右の作用効果を有しておらず、「‥‥シールされ」との構成要件を充足していないと主張する。
たしかに、乙一によると、被告方法は、注射液の調製前に針でアンプルの前端膜を貫通していることが認められる。
しかし、本件方法発明である請求項1によると、貫通の時期については特定されていない(請求項3では、注射針が膜を貫通する時期について「薬剤が水性相により溶解、乳化または懸濁した後にのみ」と限定されているが、そのことにより、上位概念である請求項1の貫通時期を特定するとはいえない。)。本件明細書の実施例にも「針によるアンプルの膜に貫通前に固形薬剤を溶解させることは好ましい一実施例である。」と記載されているにすぎず(本件公報9欄25・26行)、注射針がアンプルの前端部の膜を貫通する時点については、注射液の調製完了後に限定されているわけではなく、あまり敏感でない薬剤(とはいっても、敏感な薬剤であることに変わりない。)では、先に貫通させることによって、超過圧力を発生させない方法も明示されている(本件公報9欄29〜35行)。
したがって、被告方法は、前端部がシールされているアンプルを使用していることにより、本件方法発明の構成要件A@の「(アンプルの)前端部が注射針により貫通可能な膜によりシールされ」を充足する。
四 本件方法発明の構成要件AEの「敏感な薬剤の水溶液、水エマルジョン又は水懸濁液を調製する方法」の充足性(争点二2)について 被告は、被告方法に用いられる薬剤(ヒト成長ホルモン製剤)が敏感な薬剤ではないから、被告方法は本件方法発明の右要件を充足しないと主張する。
しかし、ヒト成長ホルモン製剤は、本件明細書では、敏感な薬剤の典型例として記載されており、甲二二によってもそのことが認められる。
また、被告自身が販売している製品の取扱説明書でも、激しい振盪を避けるよう指示しており(甲一五の2、一六の1、2)、また「溶解液が薬に直接あたらないので、液が泡立つのをふせぎます。」と記載されていること(甲一六)が認められる。
なお、被告は、被告の実施した実験の結果を提出するが、後記七記載のとおり、右実験結果だけで、ヒト成長ホルモン製剤が一般的に敏感な薬剤でないとはいえない。
五 本件方法発明の構成要件Bの「アンプルが前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態で」の充足性(争点二3)について 原告は、被告装置の使用方法として、アンプルを「水平に近い斜めに」して注射液を調製するというのは、無理に作出した例外であり、「ほぼ垂直に」保持して用いるのが正当かつ通常であり、被告方法は、本件方法発明の「アンプルが前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態で」を充足すると主張する。
そこで、被告装置を用いて行う注射液の調製方法を検討すると、乙一、一八、一九の1ないし4、二〇、二一の1ないし4及び検乙三によれば、被告装置の取扱説明書には「〈カートリッジの取り付けと薬剤の溶解〉」との標題の下に「針先を水平からやや上向きに保持し、カートリッジホルダーグリップを矢印の方向にゆっくり回して下さい。ゴムガスケットが押し込まれて、カートリッジ内で薬剤の溶解が行われます。」との説明があり、その横に針先を水平から概ね三〇度程度の角度となるように被告装置を保持して薬剤の調製を行っている図が記載されていること、被告装置の取扱いを説明したビデオテープにおいても同様に、針先を水平からやや上向きに保持して注射液を調製するように指示されていること、医師が被告装置を現実に使用する患者である児童及びその親(被告装置は、小人症の患者に対しヒト成長ホルモンを注射するのに用いられる。)に対して被告装置の使用方法を説明する際には、被告装置の取扱説明書あるいは患者説明用ビデオテープ、患者説明用パネルを使用して、その操作方法、溶解方法、注射方法を説明していること、
被告装置を斜めに保持したまま溶解作業を行うことにより、溶解した液がこぼれるとか、その他の不都合があったとの報告はないことが認められる。
右各事実に加え、被告装置は医薬品である薬剤を調製し、これを注射するための装置であり、患者あるいはその家族がこのような装置を使用する際には、医師及び医薬品メーカーの指示に忠実に従って作業を行うのが通常であること、検乙三を見ても、被告装置を用いて薬剤を調整するに当たり、被告が指示する方法を採ることが、直ちに不自然であるとか、苦痛であるとは認められず、これらを併せ考えれば、被告装置は、水平からやや上向きに保持して注射液を調製する方法に用いられるのが通常であると推認される。
以上によると、被告装置の使用方法は、「ほぼ垂直に保持された状態で」使用することを予定していないので、被告方法が、本件方法発明を文言上侵害するとはいえないと考える。
六 本件方法発明の構成要件Bの「(アンプルの)後側可動壁部材がネジ機構によりアンプル内を前進して」の充足性(争点二4)について 1 被告装置は、原判決別紙物件目録(一)、(二)記載のとおり、本体部20及び溶解プランジャー22と一体的に構成された溶解プランジャー22とは別軸である案内ネジ軸26に切り込まれた雄ねじ26aと、操作ノブ34の内側周面に切り込まれた雌ねじ34bが螺合し、これにより本体部20と移動部30が相対移動することにより溶解プランジャー22が前進し、被告カートリッジの第二ゴムガスケット74を押し込む構成であるところ、多室シリンダアンプルの後側可動壁部材の押し込みについて、複数部材の回転方向の相対移動をネジ機構の螺合によって直線方向の小さな動きに変換して、これによりピストンを静かにゆっくりと動かすためのものであることは明らかであるから、被告装置は「ネジ機構」を備えているということができる。
被告方法は、右のような被告装置を用いて行う注射液の調製方法であるから、本件方法発明の構成要件Bの「(アンプルの)後側可動壁部材がネジ機構によりアンプル内を前進して」を充足すると考える。
2 被告は、本件特許権の特許請求の範囲における請求項1に記載された「ネジ機構」は、請求項4ないし7に具体的に記載されているネジ機構に限定されるから、請求項4ないし7の要件を満たさない以上、被告装置は請求項1の「ネジ機構」の構成を備えているとはいえないと主張する。
しかし、特許出願において、多項制が採用されている現行特許法の下で、
ある請求項において上位概念により構成を記載した発明を出願し、他の請求項において当該上位概念を具体化した構成により記載した発明を出願することは何ら妨げられない。このような場合に、上位概念により構成を記載した発明について、当該上位概念が他の請求項において記載された具体的構成に限定されると解する根拠は見当たらない。上位概念により記載された構成が、発明の詳細な説明における記載を参酌しても、当業者が容易にその実施をすることができる程度の目的、構成及び効果が記載されているといい得ないような場合(特許法36条4項参照)はさておき、上位概念により記載されている構成であるからといって、直ちに限定的な解釈を採るべきでないことはいうまでもなく、当業者が公知技術周知技術参酌して、適宜実施できる程度に具体的に記載されていれば足りるものと解すべきである。
3 被告は、本件方法発明の構成要件である「ネジ機構により」との構成が機能的クレーム・抽象的クレームであり、本件特許発明の請求項4ないし7に記載されている装置の発明の技術的範囲に属する装置を用いて行う方法に限定して解釈すべきであると主張する。
しかし、本件方法発明において「ネジ機構」との記載が意味するものは、
多室シリンダアンプルの後側可動壁部材の押し込みについて、複数部材の回転方向の相対移動をネジ機構の螺合による動作によって直線方向の小さな動きに変換し、
これによりピストンを静かにゆっくりと動かすためのものであることは、明細書の記載より明らかである。そして、このような目的を達成するために、当業者が、明細書に開示されている装置の発明、実施例あるいは公知技術周知技術参酌して適宜実施することは可能であるということができるから、本件方法発明における「ネジ機構」との構成について、これを本件特許発明の請求項4ないし7に記載された装置の発明の技術的範囲に属するものに限定して解釈すべき理由はない。
4 被告は、本件被告装置の構成は、本件明細書の開示に基づき当業者が容易に想到できた注射液の調製手段とはいえず、本件被告方法の「別軸のネジ機構」は本件明細書の開示範囲に含まれない別発明であると主張する。
しかし、本件公報及び乙二二ないし二五によると、本件特許発明優先権主張日において、多室シリンダアンプルの構成、注射装置においてネジ機構を用いる構成は公知であり、ネジ機構により注射液を調製する方法についても周知技術であったということができるから、本件装置発明の構成要件中に記載されている「ネジ機構」の構成を請求項4ないし7の装置発明において具体的に記載されているネジ機構に限定して解釈する必要性はなく、右各請求項に記載されている装置はもちろんのこと、明細書の記載から当業者が公知技術周知技術参酌することにより適宜実施できる構成を使用するものもその技術的範囲に含まれるものと解するのが相当である。
そして、乙一〇、一一によると、「ネジ機構」をピストンとは別軸に設ける構成の注射装置は、本件特許発明優先権主張日には既に公知であったことが認められ、被告方法の採用する「ネジ機構」は、当業者が公知技術周知技術参酌して適宜実施できるものに含まれる。
なお、被告は、原判決が、右と同じ判断を示しながら、争点一4の判断において、当業者が、本件装置発明の構成を被告装置のような構成に置き換えることが容易に想到できたということはできないと判断したことが矛盾していると非難するが、本件方法発明における「ネジ機構」から当時の公知技術等を参酌して適宜実施する難易と、本件装置発明において開示された万年筆型の構成を被告装置の構成に置き換えることの想到性の難易とが必ずしも同じであるとは限らないというべきである(なお、当裁判所は、前記一記載のとおり、争点一4の判断において、当業者が、本件装置発明の構成を被告装置のような構成に置き換えることが容易に想到できたということはできないとの判断はしていない。)。
5 したがって、被告装置を用いて行う注射液の調製方法は、本件方法発明による構成要件Bのうち「後側可動壁部材がネジ機構によりアンプル内を前進して」との構成を充足する。
七 本件方法発明の作用効果の具備の有無(争点二5)について 1 物質変性の減少の作用効果について 被告は、被告方法が物質変性の減少の作用効果を奏していないから、本件方法発明の技術的範囲に属しないと主張し、実験結果(乙四一、四二、四三、四五)を提出する。
右の各実験は、被告カートリッジを使用するものであるが、被告方法を用いて注射液を調製した場合と、一気に前進させる方法を用いて注射液を調製した場合とを比較する実験、さらにこれを最大七日間放置して比較する実験、また、被告方法によって調製した注射液を振盪させ、その振盪時間の長短によって比較する実験からなるところ、いずれの場合においても、溶液中のソマトロピン単量体及び重合体(二量体、多量体)の濃度に有意差はなかったことが認められる。
しかし、原告が実施した実験によると、ヒト成長ホルモン(hGH)凍結乾燥カートリッジ製剤を原告実施品を使用して溶解した場合、七日後においても無色透明であったが、原告カートリッジの後部ゴム栓を棒で一気に押し込み、溶解液をバイパス経由させて急激に薬剤側に送り、溶解させた場合(送液時間約一秒)、溶解直後は無色透明であったが、一日後にはごく僅かに白濁し、七日後には白濁の度合いが増したことが認められ、また、被告カートリッジのプランジャーを一気に押し込み、溶解液をバイパス経由させて急激に薬剤側へ送り、溶解させた場合(送液時間約一秒)も、溶解直後は無色透明であったが、一日後にはごく僅かに白濁したことが認められる(甲一八の2)。
一方、被告の実施した実験方法において原告が指摘した問題点のうち、
「溶液を注射器と注射針によって移し替えたためサンプルから沈殿が除かれた可能性がある」「長時間静置した専用試験管をそのまま濁度計にセットしたため、不溶性の凝集が全て沈殿してしまった可能性がある」という点について、疑問が解消されているわけでない。
さらに、被告のヒト成長ホルモン製剤についての添付文書(甲一五の1、
一六の1)に「溶解液を加えた後、静かに前後に数回傾けて溶解すること(激しく振とうしないこと)」との、被告装置の取扱説明書(甲一五の2、一六の2)にも「薬を溶かすとき、激しくふると液が泡立ちますから、注意してください。」との各記載があり、他社の遺伝子組換え天然型ヒト成長ホルモン製剤の添付文書(甲一七の2)にも同様の記載があり、「BIOTECHNOLOGY AND BIOENGINEERING, VOL.54,NO.6,JUNE 20,1997」(甲一九)に「気液界面のあるところでの強い剪断は、rhD Naseには大きな影響を及ぼさなかったが、r-hGHには非共有原子価の凝集物を形成させた。r-hGH凝集は気液界面により誘発され、タンパク質濃度と気液界面面積に関して一次曲線を示した。剪断と剪断速度は新しい気液界面の継続的な発生のために相互作用を促進した。」との、九州大学付属病院薬剤部の研究員による「市販の凍結乾燥ヒト成長ホルモン製剤の品質評価」と題する報告文書(甲二二)に「次のような再溶解方法の違いによるゲル生成に及ぼす影響を調べた。溶解液をバイアルの壁を伝って急速に注入する方法、溶解液を薬物の表面にゆっくり注入する方法、溶解液を薬物の表面に急速に注入する方法。再溶解の方法によってゲル生成の度合いに違いがあった。さらに、すべての製剤において、r-hGHの分解物のほかに、繊維状の微粒子状物の存在がはっきりと見られた。市販のr-hGH注射剤は製品間に室の相違があった。ノルディトロピンは、再溶解直後に測定した時には微粒子状物が一番少なかったが、溶液状態で保存すると容易に変性した。我々は、医療専門家が製剤を最も好適な方法で再溶解することを勧める。」との各記載がある。
以上によると、たまたま、被告の行った実験において、溶液中のソマトロピン単量体及び重合体(二量体、多量体)の濃度に有意差が認められなかったとしても、被告の右実験結果をそのまま採用することはできず、被告方法が物質変性の減少についての作用効果を有していないと断定することは困難である。
そうすると、被告の右主張はその前提を欠き理由がない。
2 発泡・気泡の阻止の作用効果について 被告は、本件方法発明は超過圧力により発泡、気泡の発生を阻止して薬剤の変性を防止するという作用効果を奏するものであるが、被告装置においては、調製前に針でアンプルの前端膜が貫通されるから、被告方法は右の作用効果を奏しないと主張する。
しかし、前記三記載のとおり、本件方法発明である請求項1によると、針でアンプルの前端膜を貫通する時期については特定しておらず、超過圧力を発生させない方法も本件明細書に明示されているのであるから、超過圧力による作用効果は、本件方法発明の作用効果には含まれないというべきである。
被告の主張はその前提を欠き理由がない。
八 被告方法が本件方法発明と均等の範囲にあるか(争点二6)について 1 前記一で引用した原判決が説示するとおり、特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(「対象製品等」)と異なる部分が存する場合であっても、@ 右部分が特許発明の本質的部分ではなく、A 右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、B 右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(「当業者」)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、C 対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、D 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、右対象製品等は、特許請求の範囲に記載された製品と均等なものとして、特許発明技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁判所平成一〇年二月二四日判決・民集五二巻一号一一三頁参照)。
そして、右各要件のうち、@ないしBは、特許請求の範囲に記載された発明と実質的に同一であるというための要件であるのに対し、C及びDはこれを否定するための要件であるというべきであるから、これらの要件を基礎付ける事実の証明責任という意味においては、@ないしBについては均等を主張する者が、C及びDについてはこれを否定する者が証明責任を負担すると解するのが相当である。
そこで、被告方法が右各要件を充足するかを、以下検討する。
なお、被告方法が本件方法発明の構成要件と異なる部分は、前記5のアンプルの保持方法の点だけであり、残りの構成要件については、前述したとおり、全て充足することが認められる。
2 本質的部分について (一) 被告方法が特許発明の方法と均等であるというためには、本件方法発明の特許請求の範囲に記載された構成中の被告方法と異なる部分が特許発明の本質的部分でないことを要する。右にいう特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の作用効果を生じるための部分、換言すれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。特許法は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的としており(特許法1条)、特許を受けることができる発明は、自然法則を利用した技術的思想のうち高度なものであって(同法2条1項)、特許出願前に公知ではなく、かつ公知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができなかったものに限られる(同法29条)。そして、発明は何らかの技術的課題を解決することを目的とし、その発明の構成が有機的に結合することによって特有の作用効果を奏するところに特徴がある。これらのことからすれば、特許法が保護しようとする発明の実質的価値は、公知技術では達成し得なかった目的を達成し、公知技術では生じさせることができなかった特有の作用効果を生じさせる技術的思想を、具体的な構成をもって開示した点にあるといえる。このように考えると、明細書の特許請求の範囲に記載された構成のうち、当該特許発明特有の作用効果を生じさせる技術的思想の中核をなす特徴的部分が当該発明の本質的部分であると理解すべきであり、被告方法がそのような本質的部分において特許発明の構成と異なれば、もはや特許発明の実質的価値は及ばす、特許発明の構成と均等であるとはいえない。そして、右の特許発明における本質的部分を把握するに当たっては、単に特許請求の範囲に記載された一部を形式的に取り出すのではなく、当該特許発明の実質的価値を具現する構成が何であるのかを実質的に探求して判断すべきである(以上の点も、前記引用の原判決と同旨である。)。
(二) これを本件についてみると、前記六4のとおり、本件特許発明優先権主張日において、多室シリンダアンプルの構成、注射装置においてネジ機構を用いる構成は公知であり、ネジ機構により注射液を調製する方法についても周知技術であったということができるから、本件方法発明は、これらの構成を結合して、後側可動壁部材をネジ機構によりゆっくりと押すことにより敏感な薬剤を簡易に調製する方法を開示した点に特徴的部分があるというべきであり、このような構成を採用したことが本件特許発明の本質的部分であると解される。
(三) 他方、注射液を調製する際に「ほぼ垂直に保持された状態」とする点については、本件公報中に右構成を採用することの格別の技術的意味や作用効果を示唆する記載は見当たらないが、原告製造に係る本件装置発明の実施品(検甲二の1)添付の取扱説明書には、注射液を調製する際に、「注射針側を下に向けて本体(本件装置発明でいう管状部材のうちの一つに相当する。)を回しながら取り付けると中の液が出てしまいますので必ず注射針を上に向けたまま操作して下さい。」との注意書があり、被告装置の取扱説明書(乙一)にも同様に、「カートリッジホルダーグリップ(原判決別紙物件目録(一)の操作ノブ34に相当する。)を回しているときに、針先を下に向けると薬液がこぼれますから注意して下さい。」との注意書があることからすると、注射液を調製する際に針先から液が漏れないようにする点にその技術的意義があるものと考えられる。そして、注射液を調製する際に、針先から液が漏れないように針先を上に向けること自体は、公知技術に関する公報の記載(乙二二の4の第五図一〇頁右上欄末行及び乙二二の5の第九図11欄41行目。
ただし、後者については本件特許発明優先権主張日より後の文献であるが、同内容の公開公報が右優先権主張日前に公刊されていたと認められる。)においても格別技術的意義を有する事柄として記載されていないことからして、通常に行われている常套手段にすぎないと認められるから、注射液の調製方法として特段新規性
進歩性がある部分とは考えられず、これは、多室シリンダアンプルを使用した注射液の調製方法であっても異なるところはない。
なお、被告は、本件方法発明においては、注射液の調整に際し、アンプルの前端部をシールする「膜」が針によって開通されるステップは存在しないから、針先から液が漏れるということはあり得ないと主張するが、前記三のとおり、
注射液の調製に際し、アンプルの前端部の膜を貫通する時点については限定されていないと認められる。
(四) 被告は、本件方法発明の核心は、水性相を静かに上昇させて薬剤を溶解し、活発な混合を起こさないようにすることであるから、ネジ機構により「ゆっくり」と混合させるだけでなく、「アンプルの前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態(垂直保持状態)」とすることが必要となるから、アンプルの垂直保持は、本件方法発明において本質的部分をなすと主張する。
たしかに、本件方法発明の構成を採用することにより、ネジ機構によって、重力に反して水性相を「ゆっくり」と上昇させ、薬剤を溶解し、活発な混合は起さないことができるため、敏感な薬剤の調製の際に容易に生ずる薬剤の変性を減少させることができるという作用効果を奏すると考えられる。そのことから、アンプルの前端部を上にすることは重要であるといえても、アンプルの前端部を上にしている限り、「ほぼ垂直に保持」する必要はなく、水平からやや上向きに保持しても、前記の作用効果は達成される。
そうすると、アンプルの前端部を上向きに保持することが本件方法発明の本質的部分であるといえたとしても、アンプルをほぼ垂直に保持することまでは要求されず、ほぼ垂直に保持すること自体は、本質的部分とはいえず、被告方法と本件方法発明における構成は、本質的部分において異ならないといえる。
3 置換可能性について 本質部分を前記2のとおり考える以上、「ほぼ垂直に保持」を「水平からやや上向きに保持」することに置き換えても、その作用効果を奏することができる。
被告装置は、針先を水平に近い斜めの状態に保持して注射液を調製するものであるが、「ほぼ垂直に保持」するという本件方法発明の構成をこのように置き換えても、二室シリンダアンプルの後側可動壁部材をネジ機構を用いてゆっくり押すことにより、敏感な薬剤の簡易な調製を可能としたという本件方法発明の目的を達することは被告も認めるところであって、本件方法発明と同一の作用効果を奏するものということができるから、置換可能性があると認められる。
4 置換容易性について 本件方法発明の「ほぼ垂直に保持する」との構成を、被告方法のように、
水平に近い斜め状態に保持する構成に置き換えても、水平よりも針先を上に向けておれば、注射液がこぼれることがないことは明らかであり、また、二室シリンダアンプルにおいて、注射器を垂直に保持すれば、ネジ機構によるピストンの移動に関係なく前室に薬液が流入することがないが、これを斜め状態に保持した場合でも、
連絡通路の大きさが極端に大きい場合でなければ、ピストンの移動に関係なく急激に薬液が前室に流入することがないことは被告も認めるところであって、このことは被告装置の構造上明らかであるから、右部分の置換は、当業者が被告装置の製造時点において容易に想到することができたものであるということができる。
5 公知技術からの容易推考性について (一) 被告は、被告方法と本件方法発明とが一致する点については、本件優先日において周知の多室シリンダアンプル(乙二二の4、5)に、同じく周知のネジ機構による前進構成(乙六ないし九、二五の1、三九、四〇)を寄せ集めたものにすぎず、本件優先日において、当業者が極めて容易に推考できたものであると主張する。
しかし、これらの公知技術を組み合わせることを示唆するものが当時存したことを窺わせる証拠はなく、これらを組み合わせることが容易に推考できたと認めるに足りない。そして、被告方法については、本件特許発明の方法を得ない限り、公知技術から容易に推考できたと認めることはできない。
(二) 被告は、本件特許を維持した特許庁審決において、本件方法発明が「アンプルの前端部を膜でシール」したもの(可動壁部材の前進に伴って圧力上昇を発生する)であることを理由に、公知技術の結合容易性を否定したと主張するが、甲一三によると、むしろ、前側スペース内の圧力上昇による可動壁の圧力破壊を前提とした公知技術と、前側スペース内の圧力上昇を伴わず、連絡通路を介して調整をする公知技術の組み合わせ(本件方法発明)が、当業者といえども容易に想到し得ないと判断しているのであって、被告の主張は理由がないというべきである。
6 本件方法発明における、垂直保持以外の態様の意識的除外について (一) 本件全証拠によっても、被告方法が本件特許発明の出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情があると認めるに足りる証拠はない。
(二) なお、被告は、本件方法発明における「ほぼ垂直に保持された状態で」との要件が、拒絶理由通知に対する出願人の手続補正により付加されたものであることを主張している。
しかし、右の拒絶理由通知には、進歩性欠如(特開昭62-14863号公報を引用)と新規性欠如(特開昭64-25872号公報を引用)を理由として、備考に「注射液を調製する際、空気の混入を防ぐようにすることは、常套手段である。」との拒絶理由通知が発せられたが(乙三の13)、その際の請求項1は「‥‥の方法において、振盪および空気の混合を回避して水性相(11)を薬剤(10)を通して下方から上向きに静かに流すようにしたことを特徴とする前記方法」であった(乙三の12)。
拒絶理由通知に対する意見書(乙三の15)において、原告は、「本発明は‥‥水性相または液体成分を薬剤又は固形成分に混合するために操作される後側可動壁部材が、ねじ機構またはホルダ手段の相互に螺合する管状部材のねじ操作により前進させて、連絡通路を解放することを特徴とするものです。これに対して、特開昭62-14863号公報に記載の発明は‥‥ねじ機構により液相成分の固相成分側への流入量を精密に制御する技術思想は存在せず、また、注射器のピストンにより後側可動壁部材を押圧する構成となっているため、ねじ機構を用いることは実質上不可能と謂わざるをえません。‥‥また、特開昭64-25872号公報の発明は移動防止膜により分離された二室にそれぞれ収容された薬剤を移動防止膜の破断により混合して注射液を形成する構成となっており、移動防止膜の破断はプランジャにより一方の室に収容された薬剤を加圧することにより行われます。従いまして、本引用例の構成は、本願特許請求の範囲に記載されたバイパス通路及びねじ機構による流量調整機能の記載を欠くものです。」と記載している。そして、手続補正によって、請求項1を「‥‥の方法において、アンプルが前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態で、後側可動壁部材がネジ機構によりアンプル内を前進して、水性相を振盪または空気の混入を防止しつつ静かに下側から上側に流通させるようにしたことを特徴とする薬剤の水溶液、水エマルジョンまたは水懸濁液を調製する方法。」と補正されたことが認められる(乙三の16、17)。
これによると、右拒絶理由に対して、出願人が手続補正によって付加した重要な点は、ネジ機構により、アンプル内において後側可動壁部材を前進させることであり、下方から上向きに水性相を静かに流すという点は、出願当初の明細書に記載されており、アンプルの保持の態様については、上向きであることは当然必要とされていたことは認められるが、少なくとも「ほぼ垂直」であるとまでは限定されていなかった。
したがって、右手続補正により「ほぼ垂直」というアンプルの保持態様を付加したことにより、これに入らない被告方法は、文言上本件方法発明の構成を充足しないことになるが(前記五参照)、手続補正により付加された「ほぼ垂直に保持された状態で」との要件は、右の拒絶理由通知における特許拒絶理由を回避するために付加された要件ではないというべきである。
また、拒絶理由の備考として、注射液を調製する際に空気の混入を防ぐようにすることは常套手段であると記載されていた点については、これ自体は前述したように注射液を調製する際の常套手段を記載したにすぎないし、この点を回避するために「ほぼ垂直に保持された状態で」との要件を付加したとも考えられない。
7 まとめ 以上によると、被告方法は、本件明細書の請求項1に記載された方法と均等なものとして、本件方法発明の技術的範囲に属すると解すべきである。
九 被告装置の製造等による本件方法発明の間接侵害の成否(争点二7)について 1 乙一、一八、一九の1ないし4、二〇、二一の1ないし4、検乙三、弁論の全趣旨によれば、被告装置を用いて行う注射液の調製方法については、取扱説明書等によって詳細な指示がなされており、特に、注射液を調整する際、針先を下に向けることについては、薬液が漏れるためこれを禁止する注意がなされており、被告方法以外にはないことが認められる。
そうすると、被告方法は、前記五のとおり、「ほぼ垂直に保持された状態で」使用することを予定していないものの、前記八のとおり、本件方法発明と均等であり、その技術的範囲に属すると認められるのであるから、被告装置は、本件方法発明の技術的範囲内に属する方法の実施にのみ使用するものということができ、
したがって、被告装置の製造等は、本件方法発明を間接的に侵害するというべきである。
2 被告は、均等論間接侵害を併せて適用することは、特許請求の範囲による第三者の予測可能性を二重に否定することになり、許されないと主張する。
しかし、当該特許方法又は当該特許方法と均等の範囲にある方法の実施にのみ使用する物の製造、販売等は、直接特許権を侵害する場合と同じく特許権の効力を及ばしめるものとするのが特許法101条の趣旨に適合するものというべきであるから、当該特許方法と均等の範囲にある方法の実施にのみ使用される物を製造、販売する行為を間接侵害に含ましめないとする根拠はなく、被告の主張を採用することはできない。
一〇 結 論 以上によると、原告の請求は理由があるからこれを認容すべきところ、これと同旨の原判決は相当である。よって、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法67条61条を適用して、主文のとおり判決する。
(当審口頭弁論終結日 平成一二年一〇月三〇日)
裁判官 若林諒
裁判官 山田陽三
裁判長裁判官 鳥越健治