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審判番号(事件番号) データベース 権利
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事件 平成 12年 (ネ) 125号 特許権侵害差止等請求控訴事件
控訴人 エア・ウォーター株式会社 (旧商号) 大同ほくさん株式会社
訴訟代理人弁護士 小坂 志磨夫
同 小池豊
同 櫻井彰人
補佐人弁理士 西藤征彦
被控訴人 日本エア・リキード株式会社
訴訟代理人弁護士 勝田裕子
同 高橋勲
同 鼎博之
同 神山達彦
補佐人弁理士 鈴江武彦
同 橋本良郎
同 中村誠
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/04/25
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の当審で追加した予備的請求を棄却する。
3 当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 (主位的請求) (1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は、別紙物件目録(一)記載の窒素ガス製造装置を製造、販売、貸与、使用してはならない。
(3) 被控訴人は、前項の装置を廃棄せよ。
(4) 訴訟費用は、第1、2審を通じ、被控訴人の負担とする。
(当審で追加した予備的請求) (1) 被控訴人は、別紙物件目録(二)記載の窒素ガス製造装置を製造、販売、貸与、使用してはならない。
(2) 被控訴人は、前項の装置を廃棄せよ。
(3) 当審における訴訟費用は、被控訴人の負担とする。
2 被控訴人 主文と同旨
事案の概要
本件は、高純度窒素ガス製造装置に係る本件特許権を有する控訴人が、窒素ガス製造装置の製造、販売等をしている被控訴人に対し、@主位的請求として、被控訴人が製造、販売をしている窒素ガス製造装置は別紙物件目録(一)記載の窒素ガス製造装置(以下「(一)装置」という。)であり、その製造、販売等の行為が本件特許権を侵害するとして、これら行為の差止め等を請求し、A当審で追加した予備的請求として、仮に、被控訴人が製造、販売をしている窒素ガス製造装置が別紙物件目録(二)記載の窒素ガス製造装置(以下「(二)装置」という。)であるとしても、その製造、販売等の行為が本件特許権を侵害するとして、これら行為の差止め等を請求する事案である。
1 争いのない事実等 (1) 控訴人及び被控訴人は、いずれも、酸素、窒素の製造、販売等を目的とする株式会社である。
(2) 控訴人は、以下の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
特許番号 第1566562号 発明の名称 高純度窒素ガス製造装置 出願日 昭和59年7月13日 公告日 昭和61年10月15日 登録日 平成2年6月25日 (3) 本件特許出願の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)は、上記公告の後に補正(以下「本件補正」という。)がされたところ、本件補正に係る明細書(以下「補正明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、別紙公報の該当欄のとおりである。
(4) 補正明細書の特許請求の範囲の記載を分説すると、以下のとおりである。
(以下、分説された各構成要件を「構成要件T@」等という。) T@ 外部より取り入れた空気を圧縮する空気圧縮手段と、
A この空気圧縮手段によって圧縮された圧縮空気中の炭酸ガスと水分とを除去する除去手段と、
B この除去手段を経た圧縮空気を超低温に冷却する熱交換手段と、
C この熱交換手段により超低温に冷却された圧縮空気の一部を液化して底部に溜め窒素のみを気体として上部側から取り出す精留塔を備えた窒素ガス製造装置であって、
U 精留塔の上部に設けられた凝縮器内蔵型の分縮器と、
V 精留塔の底部の貯溜液体空気を上記凝縮器冷却用の寒冷として上記分縮器中に導く液体空気導入パイプと、
W 上記分縮器中で生じた気化液体空気を外部に放出する放出パイプと、
X 精留塔内で生成した窒素ガスの一部を上記凝縮器内に案内する第1の還流液パイプと、
Y 上記凝縮器内で生じた液化窒素を還流液として精留塔内に戻す第2の還流液パイプと、
Z 装置外から液体窒素の供給を受けこれを貯蔵する液体窒素貯蔵手段と、
[ この液体窒素貯蔵手段内の液体窒素を冷熱発生用膨脹器からの発生冷熱に代え圧縮空気液化用の寒冷として連続的に上記精留塔内に導く導入路と、
\ 上記分縮器内の液体空気の液面の変動にもとづき上記精留塔に対する上記液体窒素貯蔵手段からの液体窒素の供給量を制御し上記液体空気の液面を設定液面位に保つ液面制御手段と、
] 上記精留塔から気体として取り出される窒素および上記精留塔内において寒冷源としての作用を終え気化した上記液体窒素を上記熱交換手段を経由させその内部を通る圧縮空気と熱交換させることにより温度上昇させ製品窒素ガスとする窒素ガス取出路 を備えたことを特徴とする高純度窒素ガス製造装置 (5) 被控訴人は、窒素ガス製造装置の製造、販売をしている(ただし、被控訴人が製造、販売をしている窒素ガス製造装置につき、控訴人は、主位的に(一)装置であるとし、予備的に(二)装置であると主張するのに対し、被控訴人は、(二)装置であると主張する。)。
2 争点 (1) 被控訴人が(一)装置の製造、販売をしているか (2) (一)装置が本件発明の技術的範囲に属するか (3) 仮に、被控訴人の製造、販売をしている窒素ガス製造装置が(一)装置ではなく、(二)装置であるとした場合、(二)装置が本件発明の技術的範囲に属するか
争点に関する当事者の主張
1 控訴人の主張 (1) 被控訴人は、(一)装置の製造、販売をしている。
ア 被控訴人は、競争入札において、(一)装置と同一の構造を有する窒素ガス製造装置の仕様書(以下「本件仕様書」という。)を提出しており、このことは、被控訴人が本件仕様書どおりの装置を既に製造、販売していたからにほかならない。本件仕様書に記載された装置は、(一)装置と同一の型番を有しているところ、同一会社が製造する装置において同一の型番を有し、同一製造目的の下、同一の機能を有する機器を配設する装置では、同一の制御方法を採用するのが常識である。
イ 被控訴人、その親会社であるエア・リキード社のアメリカ合衆国及び中国の子会社は、商品名を変更して(一)装置を製造、販売しており、このことからも、被控訴人が(一)装置を製造、販売していたことが推認される。
(2) (一)装置は、以下のとおり、本件発明の構成要件をすべて充足するから、
本件発明の技術的範囲に属する。
構成要件T@〜B、V〜[を充足することについては、当事者間に争いがない。
イ 熱交換器13により超低温に冷却された圧縮空気の一部を液化して底部に溜め、窒素のみを上部側から気体として取り出す精留塔15を備えた窒素ガス製造装置であるから、構成要件TCを充足する。
ウ 精留塔15の上部に設けられた凝縮器21aを内蔵した第1の分縮器21を有するから、構成要件Uを充足する。
エ 液面計25でバルブ26を、液面計44でバルブ19aを制御するものであるから、構成要件\を充足する。
オ 精留塔15から気体として取り出される窒素及び精留塔15内において寒冷源としての作用を終え気化した液体窒素を、熱交換器13を経由させ、その内部を通る圧縮空気と熱交換させることにより温度上昇させ、製品窒素ガスとする窒素ガス取出路である、取出パイプ27、第1の窒素取出パイプ27a、液化窒素戻りパイプ27b、第2の窒素取出パイプ27c、パイプ27f及びメインパイプ28を有するから、構成要件]を充足する。
(3) 被控訴人の製造、販売する(二)装置は、以下のとおり、本件発明の構成要件をすべて充足するから、本件発明の技術的範囲に属する。
ア 外部より取り入れた空気を圧縮する手段として、空気圧縮機9を有するから、構成要件T@を充足する。
空気圧縮機9によって圧縮された圧縮空気中の炭酸ガスと水分とを除去する手段として、ドレン分離器10、吸着塔12を有するから、構成要件TAを充足する。
上記除去手段を経た圧縮空気を超低温に冷却する熱交換手段として、空気熱交換器13を有するから、構成要件TBを充足する。
この熱交換手段により超低温に冷却された圧縮空気の一部を液化して底部に溜め、窒素のみを上部側から気体として取り出す精留塔15を備えた窒素ガス製造装置であるから、構成要件TCを充足する。
イ 第1の分縮器21は、精留塔15とは別個独立に設置されているが、構成要件Uの「精留塔の上部に設けられた」とは、分縮器が精留塔内の上部に一体として配置されていると限定して解釈する理由はない。
本件発明において、精留塔は、その底部に投入された圧縮空気を、それが上昇する過程で精留棚を下降する液体窒素と接触させて、窒素のみを精留塔内の上部に気体として溜める働きをし、また、分縮器は、精留塔内上部に溜まった窒素ガスを第1の還流液パイプにより分縮器内の凝縮器に導き、液化した後、第2の還流液パイプを通って液体窒素としての自重により精留塔に戻す働きをすることから、本件発明では、分縮器を精留塔の上方に設けるとの構成を採用したものである。
第1の分縮器21は、精留塔15の上方に設けられていて、精留塔内の上部に溜まった窒素ガスが同分縮器に導入され、液化された後、第2の還流液パイプ21cを通って自重により精留塔に戻されるのであるから、「精留塔の上部に設けられた」との要件を充足する。
したがって、控訴人主張装置は、精留塔15の上部に設けられた凝縮器21aを内蔵した第1の分縮器21を有するから、構成要件Uを充足する。
ウ 精留塔15の底部の液体空気18を凝縮器21a冷却用の寒冷として第1の分縮器21中に導くパイプ19を有するから、構成要件Vを充足する。
エ 第1の分縮器21中で生じた気化液体空気を外部に放出する放出パイプ29を有するから、構成要件Wを充足する。
オ 精留塔15内で生成した窒素ガスの一部を凝縮器21a内に案内する第1の還流液パイプ21bを有するから、構成要件Xを充足する。
カ 凝縮器21a内で生じた液化窒素を還流液として精留塔15内に戻す第2の還流液パイプ21cを有するから、構成要件Yを充足する。
キ 装置外から液体窒素の供給を受けこれを貯蔵する液体窒素貯蔵手段として、液体窒素貯蔵タンク23を有するから、構成要件Zを充足する。
ク 液体窒素貯蔵タンク23内の液体窒素を、圧縮空気液化用の寒冷として連続的に精留塔15内に導く導入路パイプ24aを有するから、構成要件[を充足する。
ケ 第1の分縮器21内の液体空気の液面の変動に基づき、精留塔の底部の貯留液体空気18からの液体空気の供給量を制御し、上記液体空気の液面を設定液面位に保つ第1の液面制御計25と、その結果生じた上記精留塔底部の貯留液体空気18の液面変動に基づき、上記液体窒素貯蔵タンク23からの液体窒素の供給量を制御し、
上記精留塔底部の貯留液体空気18の液面を設定液面位に保つ第2の液面制御計44を有するものと認められるから、構成要件\を充足する。
第1の分縮器21の液面が変動すると液面制御計25の信号によりバルブ19aが調節されて分縮器21への液体空気の供給量が変動し、これにより精留塔底部の貯留液体空気18の液面が変化し、その結果、液面制御計44の信号によりバルブ26が調節されて、液体窒素貯蔵タンク23からの液体窒素の供給量が制御されており、また、安定的な操業を行っている場合には、両液面は一定に保たれている。したがって、上記のような構成を有する装置は、分縮器内の液面と精留塔底部の液面の変動とが密接に関連し、両液面が一定に保たれることにより、液体窒素貯蔵タンク23からの液体窒素の供給量を制御するものであるから、分縮器内の液面の変動に基づき、液体窒素貯蔵手段からの液体窒素の供給量を制御するものということができ、
また、各液面の変動が相互に密接に関連して液体窒素貯蔵タンク23からの液体窒素の供給量を制御しているのであるから、制御系は1系列である。
本件明細書の図面には、精留塔底部の液体空気の液面を制御する液面制御計が明示されていないが、液体空気18がパイプ19を通って分縮器21内に常時導かれ、パイプ19を通る液体空気18の量がバルブ19aにより常時制御されていることが記載されているのであるから、当業者は、当然のこととして、精留塔底部にバルブ19aを制御するための液面制御計が存在することを理解し、これを前提として装置全体の液面制御のシステムを把握する。このことは、発明の詳細な説明にも、裏付けられており、この種の製造装置において、精留塔底部の液面を監視する液面制御計が存在することは、技術常識である。窒素ガス製造装置では、分縮器21内の液体空気の貯留量と精留塔15底部の液体空気の貯留量の和を一定に保つよう運転されるのが当業者の技術常識であり、一方の液面位が一定に制御されている場合、他の液面位も一定に制御されなければ、定常的で安定した運転はできない。本件発明においては、分縮器内の液体空気の液面のみで液体窒素貯蔵手段からの液体窒素供給量を制御することはできないのである。
コ 精留塔15の上部に溜まった窒素ガスは、取出パイプ27を通って、第1の還流液パイプ21bと第1の窒素取出パイプ27aに分岐する。そして、第1の窒素取出パイプ27aに分岐した窒素ガスは、液化窒素戻りパイプ27b、第2の窒素取出パイプ27c及びパイプ27fを通り、熱交換器13内で圧縮空気と熱交換され、メインパイプ28から製品窒素ガスとして取り出される。
したがって、精留塔15から気体として取り出される窒素及び精留塔15内において寒冷源としての作用を終え気化した液体窒素を、熱交換器13を経由させ、
その内部を通る圧縮空気と熱交換させることにより温度上昇させ、製品窒素ガスとする窒素ガス取出路である、取出パイプ27、第1の窒素取出パイプ27a、液化窒素戻りパイプ27b、第2の窒素取出パイプ27c、パイプ27f及びメインパイプ28を有するから、構成要件]を充足する。
2 被控訴人の主張 (1) 被控訴人が(一)装置を製造、販売している事実はない。
被控訴人が製造、販売している窒素ガス製造装置は、(二)装置である。
被控訴人は、競争入札の落札に失敗した結果、本件仕様書どおりの装置を製造することはなかった。過去に製造、販売したことのない新たな製品であっても、その仕様書を競争入札において提出することはあり得る。被控訴人の製造、販売する窒素製造装置は、ユーザーの要望に応じて個別に設計、製造されるのであって、同一型式であるからといって必ず同一の仕様がされるものではない。現に、TCN-α型装置においても、三つのタイプが存在する。
控訴人提出の証拠からは、エアーリキード社の子会社がアメリカ合衆国及び中国において製造、販売している装置の制御方法が不明である。
(2) したがって、(一)装置が本件発明の技術的範囲に属するか否かを論ずるまでもなく、控訴人の主位的請求は失当である。
(3) 被控訴人の製造、販売する(二)装置は、本件発明の技術的範囲に属さない。
構成要件TC及び構成要件]について 本件発明において、精留塔から気体として取り出される窒素は、「熱交換手段を経由させその内部を通る圧縮空気と熱交換させることにより温度上昇させ製品窒素ガスとする」(構成要件])ものであるが、(二)装置では、精留塔から第1の還流液パイプ7aを通って気体として取り出される窒素は、凝縮器7により熱交換されて液体窒素となり、第2の還流液パイプ7bを通って精留塔に戻されるのであり、「熱交換器を経由させその内部を通る圧縮空気と熱交換させることにより温度上昇させ製品窒素ガス」として取り出されるものではない。
したがって、(二)装置は、本件発明の「窒素のみを気体として上部側から取り出す精留塔」(構成要件TC)を備えておらず、また、本件発明の「精留塔から気体として取り出される窒素を熱交換器を経由させその内部を通る圧縮空気と熱交換させることにより温度上昇させ製品窒素ガスとする」との構成(構成要件])も備えていない。
構成要件Uについて 本件発明の「精留塔の上部」とは、精留塔の一部分である精留塔の上の部分を示すものであるところ、(二)装置の凝縮器21a内蔵型の分縮器21は、精留塔の上方に精留塔とは別個独立に設けられている。
したがって、(二)装置は、構成要件Uを充足しない。
構成要件\について 本件発明の液面制御手段は、「分縮器内の液体空気の液面の変動にもとづき精留塔に対する液体窒素貯蔵手段からの液体窒素の供給量を制御し液体空気の液面を設定液面位に保つ」ものである(1系列制御)。
これに対し、(二)装置では、第1の液面制御計25は、分縮器21内の液体空気の液面の変動に基づき、液体空気導入パイプ19に設けられたバルブ19aを調節して精留塔底部の液体空気から分縮器21に対する液体空気の供給量を制御し、分縮器21内の液体空気の液面を設定液面位に保つものであり、第2の液面制御計44は、精留塔底部の液体空気の液面の変動に基づき、導入路パイプ24aに設けられたバルブ26を調節して液体窒素貯蔵タンク23から精留塔に対する液体窒素の供給量を制御し、精留塔底部の液体空気の液面を設定液面位に保つものである(2系列制御)。
このように、(二)装置では、第1の液面制御計25と第2の液面制御計44とがそれぞれ独立して制御を分担しており、第1の液面制御計25は、液体窒素貯蔵タンク23から精留塔に対する液体窒素の供給量を制御していない。
したがって、(二)装置は、構成要件\を充足しない。
当裁判所の判断
1 主位的請求について (1) 控訴人は、主位的請求の前提として、被控訴人が(一)装置を製造、販売していると主張するので、検討するに、証拠(甲10、乙8)によれば、以下の事実が認められる。
ア 被控訴人は、商号を「テイサン株式会社」と称していた昭和60年7月8日ころ、大同特殊鋼株式会社から淀川製鋼株式会社向け窒素ガス製造装置の引き合いを受け、「空気分離装置(TCN-α型)見積仕様書」と題する本件仕様書を作成した。
イ 本件仕様書に記載された高純度窒素ガス製造装置は、原料空気を塔頂の純窒素ガスと塔底の液体空気に分離する窒素精留塔と、この精留塔の頂部に設置された窒素凝縮器と、装置外から供給を受けた液体窒素を貯蔵する液体窒素貯蔵手段と、この窒素貯蔵手段内の液体窒素を窒素精留塔内に導くパイプを備えたものであり、窒素凝縮器に設けられた液面制御計により液体窒素貯蔵手段の液体窒素を精留塔に導くパイプに設けられたバルブを制御する構成となっている。
ウ 本件仕様書に記載された高純度窒素ガス製造装置の型番は、「TCN-α型」である。
(2) しかしながら、被控訴人知的財産グループ長の宮下和彦作成の「甲第10号証に関する報告書」(乙8)中には、被控訴人は、本件仕様書に記載された装置について受注が成立せず、実際にこれを製造したことはないとの記載があり、この記載に照らすと、上記(1)の認定事実から直ちに、被控訴人が(一)装置を製造、販売した事実を認めることはできない。また、他に、上記引き合いをした大同特殊鋼株式会社が本件仕様書に基づき高純度窒素ガス装置を被控訴人に発注したこと、他の業者が本件仕様書に記載されたのと同様の構造を有する高純度窒素ガス装置を被控訴人に発注したことなど、被控訴人が(一)装置を製造、販売した事実を証する証拠も、その蓋然性を証するに足りる証拠もない。
(3) 控訴人は、被控訴人の親会社であるエア・リキード社のアメリカ合衆国及び中国における子会社は、商品名を変更して(一)装置を製造、販売していると主張するが、被控訴人提出の証拠(甲16〜18、20)によっても、被控訴人と何らかの関係を有すると思われる会社が、アメリカ合衆国及び中国において窒素ガス製造装置に係る営業活動をした事実はうかがわれるものの、上記営業活動における被控訴人の関与の度合いも、その装置の構造も明らかではなく、到底、被控訴人が(一)装置を製造、販売したことを推認させるものではない。
(4) したがって、被控訴人が(一)装置を製造、販売した事実ないしその蓋然性は認められないから、控訴人の主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
2 予備的請求について (1) 控訴人は、当審で追加した予備的請求に関し、被控訴人の製造、販売する(二)装置について、液面制御計25が、第1の分縮器21内の液体空気の液面の変動に基づき、パイプ19に設けられたバルブ19aを調節して精留塔底部の貯留液体空気18から分縮器21に対する液体空気の供給量を制御し、液面制御計44が、精留塔底部の液体空気の液面の変動に基づき、導入路パイプ24aに設けられたバルブ26を調節して液体窒素貯蔵タンク23から精留塔に対する液体窒素の供給量を制御するという(二)装置の構成が構成要件\を充足すると主張するので、この点について判断する。
(2) 公告時の本件明細書(甲2、以下「公告明細書」という。)及び補正明細書(甲3)の記載を検討すると、以下のとおりである。
ア 本件発明の構成要件\は、本件補正によって加えられたものであるが、
公告明細書(甲2)では、特許請求の範囲において、「上記精留塔に対する上記液体窒素貯蔵手段からの液体窒素の供給量を制御することにより上記分縮器内の液体空気の液面を一定に制御する制御手段」(1欄22行目〜25行目)とのみ記載され、液体窒素貯蔵手段から精留塔に対する液体窒素供給量の制御をどのような手段により行うかについての記載はなかった。
イ 補正明細書(甲3)の発明の詳細な説明には、「25は液面計であり、分縮器21内の液体空気の液面が一定レベルを保つようその液面に応じてバルブ26を制御し液体窒素貯槽23からの液体窒素の供給量を制御する。」(23頁11行目〜12行目)、「この装置では、製品窒素ガスの需要量に変動が生じても液面計25のような制御手段がバルブ26の開度等を制御し、精留塔15に対する液体窒素の供給量を制御することにより分縮器21内の液体空気の液面を一定に制御するため、需要量の変動に迅速に対応でき、かつこのときにも先に述べた理由により純度ばらつきを生じない。」(25頁13行目〜17行目)と記載され、これらは、公告明細書(甲2)にも記載されていたが(5欄21行目〜25行目、7欄35行目〜42行目)、補正明細書(甲3)の「上記液面計25による制御は、液面計が取付けられた部分に供給される液体窒素の供給量をその部分の液面で制御する(直接液面制御)のではない。すなわち精留塔15に対する液体窒素の供給量を精留塔15内の液面ではなく分縮器21内の液面で制御する(間接液面制御)ため、精留塔内の還流液の総量を常時一定量に制御でき(精留塔内の液面で制御する場合には、精留塔の底部に新たに液面計を設けてこれでバルブ26を制御するとともに、現行の液面計25でバルブ19aを制御することとなり、制御系が2系列になるため、精留塔内の還流液《分縮器からの還流液+供給液体窒素》の総量は常時一定にならない。)、それによって、製品窒素ガスの純度を需要変動に関係なく一定に保持できるようになる。」(25頁29行目〜36行目)との記載は、公告明細書(甲2)にはなかった。
ウ 補正明細書(甲3)の「特に、この発明の装置は、精留塔の上部に凝縮器内蔵型の分縮器を設け、この凝縮器へ精留塔の窒素ガスの一部を常時導入して液化還流液化し、還流液が常時精留塔内へ戻るようにすると同時に、」(27頁14行目〜16行目)との記載は、公告明細書(甲2)にもあったが(9欄21行目〜10欄1行目)、補正明細書(甲3)の「液面制御手段によって、分縮器内の液体空気の液面の変動にもとづき精留塔に対する液体窒素の供給量を制御し液体空気の液面を設定液面位に保つという間接液面制御を行うため、負荷変動に対して極めて迅速に対応でき、その際、製品窒素ガスの純度ばらつきを生じないのである。」(27頁16行目〜19行目)との部分は、公告明細書において、「制御手段によって上記精留塔に対する液体窒素貯蔵手段からの液体窒素の供給量を制御して分縮器の液面を一定に制御するため、負荷変動に対して極めて迅速に対応でき、その際、製品窒素ガスの純度ばらつきを生じないのである。」(10欄1行目〜6行目)と記載されていた。
(3) 以上の補正明細書及び公告明細書の記載に照らすと、本件補正に際し、
「上記分縮器内の液体空気の液面の変動にもとづき、上記精留塔に対する上記液体窒素貯蔵手段からの液体窒素の供給量を制御し」との構成要件\が付加されたことにより、「分縮器内の液体空気の液面によって精留塔底部から分縮器に対する液体空気供給量を制御するとともに、精留塔底部の液体空気の液面によって液体窒素貯蔵手段からの液体窒素の供給量を制御する」という、2系列の制御方式は、控訴人により意識的に本件発明の技術的範囲から除外されたというべきである。
なお、控訴人は、補正明細書の「制御系が2系列になる」との記載について、液体窒素が精留塔15に供給された部分の液面で液体窒素貯留手段23からの液体窒素の供給量を制御すると、精留塔15の底部の液面にも液面制御計を設け、当該液面制御計で液体窒素貯留手段23からの供給量を制御することが必要になるから、制御系が2系列になるということを述べたものであると主張する。しかしながら、上記「制御系が2系列になる」との記載は、本件補正の内容、特に、本件明細書に「上記液面計25による制御は、液面計が取付けられた部分に供給される液体窒素の供給量をその部分の液面で制御する(直接液面制御)のではない。すなわち精留塔15に対する液体窒素の供給量を精留塔15内の液面ではなく分縮器21内の液面で制御する(間接液面制御)ため、精留塔内の還流液の総量を常時一定量に制御でき」との部分が加えられたことに照らすと、控訴人主張のように解することはできない。
したがって、「液面計25が分縮器21内の液体空気の液面の変動に基づき、バルブ19aを調節して分縮器21に対する精留塔15からの液体空気の供給量を制御し、精留塔15の底部に設けられた液面制御計が精留塔15内の液体空気の液面の変動に基づき、
バルブ26を調節して精留塔15に対する液体窒素貯槽23からの液体窒素の供給量を制御すること」は、上記のとおり、「2系列の制御系」として本件発明の技術的範囲から意識的に除外されたものと解すべきである。
そうすると、(二)装置において、液面制御計25が第1の分縮器21内の液体空気の液面の変動に基づき、パイプ19に設けられたバルブ19aを調節して右分縮器21に対する精留塔底部からの液体空気の供給量を制御し、液面制御計44が精留塔底部の液体空気の液面の変動に基づき、導入路パイプ24aに設けられたバルブ26を調節して精留塔に対する液体窒素貯蔵タンク23からの液体窒素の供給量を制御する構成は、上記「2系列の制御系」というべきであるから、本件発明の構成要件\の「上記分縮器内の液体空気の液面の変動にもとづき、上記精留塔に対する上記液体窒素貯蔵手段からの液体窒素の供給量を制御し」に当たらない。
(4) 控訴人は、上記のような構成を有する(二)装置は、分縮器内の液面と精留塔底部の液面の変動とが密接に関連し、両液面が一定に保たれることにより、液体窒素貯蔵タンク23からの液体窒素の供給量を制御するものであるから、分縮器内の液面の変動に基づき、液体窒素貯蔵手段からの液体窒素の供給量を制御するものということができると主張し、また、各液面の変動が相互に密接に関連して液体窒素貯留槽23からの液体窒素の供給量を制御しているのであるから、制御系は1系列であるとも主張する。
確かに、補正明細書の特許請求の範囲の記載における構成要件\は、「上記分縮器内の液体空気の液面の変動に『もとづき』上記精留塔に対する上記液体窒素貯蔵手段からの液体窒素の供給量を制御し・・・」と記載され、「上記分縮器内の液体空気の液面の変動『のみにより』上記精留塔に対する上記液体窒素貯蔵手段からの液体窒素の供給量を制御し・・・」と記載されているわけではないから、
(二)装置の上記構成が本件発明の構成要件\に当たるかどうかは、特許請求の範囲の記載から一義的に明確であるということはできない。
しかしながら、本件明細書の特許請求の範囲の記載が一義的に明確でないからといって、直ちに「2系列の制御系」が構成要件\を充たすことにはならないのは当然である上、特許請求の範囲の記載を解釈するに当たっては、その出願経過参酌し、出願人が、出願経過中において、補正等により特許請求の範囲を意識的に限定した場合には、特許発明技術的範囲は、そのように限定されたものと解すべきである。本件においては、上記のとおり、控訴人は、本件補正により、本件発明における液体窒素供給量の制御から意識的に2系列の制御系を除外し、これを1系列の制御系のもののみに限定したというべきであるから、控訴人の上記主張は、
採用することができない。
(5) さらに、控訴人は、本件明細書の図面について、液体空気18がパイプ19を通って分縮器21内に常時導かれ、パイプ19を通る液体空気の量がバルブ19aにより常時制御されていることが記載されていることから、当業者は、当然のこととして、
精留塔底部にバルブ19aを制御するための液面制御計が存在することを理解し、これを前提として装置全体の液面制御のシステムを把握し、この種の製造装置において、精留塔底部の液面を監視する液面制御計が存在することは技術常識であり、一方の液面位が一定に制御されている場合、他の液面位も一定に制御されなければ、
定常的で安定した運転はできないと主張し、この主張に沿う証拠を提出する(甲12、21)。しかしながら、仮に、このような技術常識が存在するとしても、控訴人が出願経過において本件補正により本件発明を1系列制御のもののみに限定した以上は、本件発明が上記技術常識に反するというべきことはあっても、上記技術常識を根拠として2系列制御のものが本件発明の技術的範囲に属すると主張することは、禁反言の法理に照らし許されないものというべきである。
(6) したがって、控訴人の予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
3 以上のとおりであるから、控訴人の主位的請求を棄却した原判決は相当であって、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴人が当審で追加した予備的請求も理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法67条1項61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 石原直樹
裁判官 長沢幸男