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関連審決 審判1998-11409
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  周知技術 /  技術常識 /  発明の概要 /  実施 /  加工 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 28号 審決取消請求事件
原告 蛇の目ミシン工業株式会社
訴訟代理人弁理士 岩堀邦男
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 森林克郎
同 小林信雄
同 大橋良三
同 村本佳史
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/04/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成10年審判第11409号事件について平成10年12月2日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,昭和63年7月22日,発明の名称を「電子ミシン」とする発明について特許出願をしたが,平成10年7月1日に拒絶査定を受けたので,平成10年7月24日,拒絶査定不服の審判の請求をした。特許庁は,これを平成10年審判第11409号事件として審理した結果,平成10年12月2日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,平成11年1月6日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(請求項1) 「縫目形成データに基づき加工布上に模様縫目を形成するようにした電子ミシンにおいて, 前記ミシン機枠(1)の前面側に配置され,表示データに基づいて選択可能な複数の模様を切り替えて形象表示する選択模様表示部(8b)を備えた液晶の表示手段(8)と, 該表示手段の上に配置され,操作位置に対応して操作位置情報を出力する透明タツチパネル(7)と, 複数の相異なる模様について予め模様の縫目形成データを記憶する縫い模様情報記憶手段(37)と, 模様の表示データであって,予め複数の模様を集約した模様群としての模様の表示データを記憶する表示用データ記憶手段(38)と, 前記集約した模様群毎に対応して設けられて,選択操作により所望の模様群を選択指定するための複数の模様群選択手段(25,26,27,28)と, 該模様群選択手段の操作により選択された模様群に対応して前記表示用データ記憶手段(38)から選択された模様群の模様を前記選択模様表示部(8b)に表示すると共に,前記透明タッチパネル(7)の読み取りシステムを選択された模様群に対応して設定して,操作位置に対応して出力される操作位置情報により所望の模様を選択する制御手段(9,15,16)と を備えたことを特徴とする電子ミシン。」(別紙図面(1)参照) 3 審決の理由 別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに,本願に係る特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,特開昭62-72389号公報(以下「引用刊行物」という。別紙図面(2)第1図〜第3図,第5図参照)に記載された技術(以下「引用発明」という。)に,本願発明の出願当時に周知となっていた「選択可能な複数のスイッチを集約したスイッチ群を複数群準備し,このスイッチ群を切り替えて,選択されたスイッチ群のスイッチの形象を表示するようにしたスイッチの表示,選択手段であって,表示データの保存手段が,予め複数のスイッチの形象を集約したスイッチ群としてのスイッチの表示データを記憶する表示用データ記憶手段であり,表示手段が,液晶の表示手段の上(表面)に配置された透明なタッチパネルを備えた構成であり,スイッチ群選択手段の操作により表示される表示データが,前記表示用データ記憶手段から選択されたスイッチ群のスイッチであり,スイッチ群選択手段の操作によりその選択されたスイッチ群に対応して設定される対象物が,透明タッチパネルの読み取りシステムである構成を備えている」という技術(審決書10頁8行〜11頁8行参照。以下「周知技術A」という。)を適用することによって,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に該当し,特許を受けることができないものである,としている。
原告主張の審決取消事由の要点
審決中,T(手続の経緯・本願発明の要旨),U(引用例)は認める。V(対比,判断),W(相違点の検討)及びX(むすび)は争う(ただしV,Wの一部に認めるところがある。)。
審決は,本願発明と引用発明との一致点を誤認し(取消事由1),相違点についての判断を誤り(取消事由2),本願発明の顕著な作用効果を看過し(取消事由3),その結果,本願発明の進歩性を否定したものであり,違法であるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(本願発明と引用発明との一致点の誤認) (1) 審決は,引用刊行物の「電子制御式ジグザグミシンにおいて,約200〜300種類もの多数の縫目模様(文字,マーク,図形等)をグループ化しグループ毎に選択的にミシンの前面に表示可能にする」との記載(以下,審決と同様「記載A」という。)によって示される構成が,本願発明の「前記ミシン機枠の前面側に配置され,表示データに基づいて選択可能な複数の模様を切り替えて形象表示する選択模様表示部を備えた表示手段」との構成に相当すると認定した(審決書6頁9行〜12行)。審決は,上記認定において,本願発明の「表示データ」と,引用発明における多数の縫目模様(文字,マーク,図形等)が表示されているものとが同一であると認定しているものと思われる。しかし,この認定は誤りである。
本願発明にいう「表示データ」は,磁気テープ,電子メモリに記憶されるような数値データ,数値情報を意味するものであり,このことは,本願の願書に添付された明細書及び図面(以下,両者をまとめて「本願明細書等」という。)の記載からもミシン業界の技術常識からも明らかである。
一方,引用発明の上記「約200〜300種類もの多数の縫目模様(文字,マーク,図形等)」は,表示をするための資料であるとしても,紙の上に単に描かれた図形等であり,本願発明のような「表示データ」とは全く異なるものである(別紙図面(2)参照)。
したがって,本願発明の「表示データ」と引用発明の「約200〜300種類もの多数の縫目模様(文字,マーク,図形等)」を同一視した審決の認定は,誤っていることが明らかである。
被告は,実願昭53-80492号(実開昭55-225号)の明細書のマイクロフィルム(乙第2号証)にいう「各種縫い目の名称」,「各種縫い目の略図」も「データ」であると主張する。
しかしながら,同号証には,「選択された模様を縫う為の最適の基線の位置,送り量,振り幅等の各データが前記決定板のデータ提示部21内に示されるので操作者はそのデータの如く各データと連がる案内線23で結ばれている操作部を操作するとミシンの各調節部は最適な条件にセットされることになる」(5頁17行〜6頁2行)と記載されており,基線の位置,送り量,振り幅等の数値がデータであることを明示している。「各種縫い目の名称」,「各種縫い目の略図」は,データ項目名であって,これをデータとはいわない。被告の上記主張は,失当である。
(2) 審決は,引用刊行物における上記記載A及び「タブレット11のモード選択キーについて簡単に説明する・・・「次」キーは表示シート12を左方へ移動させて右隣りの表示区画18B・19を選択するものであり,「前」キーは表示シート12を右方へ移動させて左隣りの表示区画18A・18Bを選択するものであり」との記載(以下,審決と同様「記載C」という。)によって示される構成が,本願発明の「模様の表示データであって,予め複数の模様を集約した模様群としての模様の表示データと,前記集約した模様群毎に対応して設けられて,選択操作により所望の模様群を選択指定するための複数の模様群選択手段」との構成に相当すると認定した(審決書6頁19行〜7頁4行参照)。審決は,上記記載において,本願発明の「模様群選択手段」が,単なる「切換え手段」で,引用発明における,表示シートを移動させて表示区画を選択する表示区画選択手段と同一であると認定しているものと思われる。しかし,この認定は誤りである。
本願発明の特許請求の範囲には,「集約した模様群毎に対応して設けられて,選択操作により所望の模様群を選択指定するための複数の模様群選択手段(25,26,27,28)と,該模様群選択手段の操作により選択された模様群に対応して前記表示用データ記憶手段(38)から選択された模様群の模様を前記選択模様表示部(8b)に表示する」と記載されているから,本願発明の「模様群選択手段」は,模様群選択手段が集約された模様群毎に対応して設けられており,模様群の模様表示は表示データに基づいて表示されるものである。
一方,引用発明の記載Aと記載Cにおいては,表示シートと,この表示シートを移動させて表示画面を選択する表示画面選択手段が記載されているにすぎず,モード選択キーの「次」キーと「前」キーによって表示シートを左右に移動させるのみであり,移動させて表示位置に出現したときに,表示と選択可能な模様の状態が一致するものであって,移動して出現するまではどの模様群を選択したのかは操作者は全く知ることができないから,模様群操作手段が集約された模様群毎に対応して設けられているとはいえない。また,前述のとおり,引用発明は,「表示データに基づいて選択可能な複数の模様」との構成を有していない。
したがって,本願発明の「模様群選択手段」は,引用発明における,表示シートを移動させて表示区画を選択する表示区画選択手段と同一視することはできない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り) 本願出願前に,ミシン以外の技術分野,例えば,銀行の自動取引装置,産業用ロボット,電卓,電子機器等において周知技術Aが周知となっていたとの審決の認定は,争わない。
審決は,引用発明に周知技術Aを適用し,かつ,適用に際し,スイッチとして,ミシンの縫目模様を表示し,選択するための模様を採用して,本願発明のようにすることは,当業者が容易に考えつく程度のことである,と判断したが,この判断は誤っている。
(1) 審決が周知技術Aの認定の前提とした文献(特開昭61-82223号公報,特開昭60-44282号公報,特開昭59-14040号公報,特開昭61-237126号公報,特開昭62-154508号公報)には,当該技術をミシンという技術分野に適用できるということは記載も示唆もされていないし,ましてやミシンの機枠というような限られた狭い場所に配置するという技術思想はなく,ミシンの模様選択装置に適用できるというようなことは示唆されていない。
(2) 本願発明は,ミシンの限られた表示部分に多くの刺しゅう模様を配置することの可能な技術を前提として,模様選択において誤選択を回避するとともに操作を容易にすることを技術課題としており,この技術課題を解決するために,模様群選択手段が集約された模様群ごとに対応して設けられ,模様群の模様表示は表示データに基づいて表示されるという構成を採用し,後記の格別の作用効果を奏するものとしているのである。
ところが,引用発明では,モード選択キーの「前」キー,「次」キーを適宜押してみて,その結果の表示区画の模様群の表示を確認したうえで,やっと所望の模様群を選択することができるというものにすぎず,本願発明のような技術課題は,引用発明から予想することができなかったのである。
そうである以上,周知技術Aが本願出願前に周知となっていたとしても,これを引用発明に適用して本願発明とすることについては,そのための動機付けが欠けていることになるのである。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過) 引用発明は,選択する縫目模様数を増大させることはできても,模様選択が簡単でしかも迅速にできるわけでもなく,誤選択の回避などは到底期待できないものである。これに対して,本願発明は,特許請求の範囲に記載された構成を備えることによって,模様群選択手段の選択操作により選択された模様群に対応する表示データを,表示用データ記憶手段から読み出し,液晶表示手段に選択した模様群を表示することにより,液晶表示手段の画面の切り換え,すなわち,選択対象とする模様群の切り替えを,選択手段を操作するだけで,数多くの模様の中からどの模様群でも瞬時に切り替えを行うことができ,しかも,模様の選択を過誤なく行うことができるのである。本願発明のこのような作用効果は,引用発明から到底予測し得ないものである。
被告の反論の要点
1 取消事由1(本願発明と引用発明との一致点の誤認)について (1) 審決は,本願発明と引用発明を対比したときに,「表示データ」の語句について,そのうちの「データ」が広義のデータの意味でも用いられることに着目し,本願発明で使用される「表示データ」より広い概念のものとしてとらえれば,これが両者に含まれるという意味で,本願発明と引用発明は共通部分を有する,としたものである。他方,本願発明は,「表示データ」の「データ」が記憶されるものであるという点では,引用発明と相違するので,これを相違点として認定したうえで,この相違点について想到容易かどうかの判断を行っているのである。審決の認定に遺漏はない。
原告は,本願発明にいう「表示データ」は数値データ,数値情報を意味すると主張する。
「データ」という用語は,必ず数値データ,数値情報と解釈しなければならないというものではない。ミシンの技術分野においても,「データ」を「2進数の数値データ」以外の意味でも用いることがあることは,実願昭53-80492号(実開昭55-225号)のマイクロフィルム(乙第2号証)の記載からも明らかである。すなわち,同号証においては,「各種縫い方に関する最適のデータ即ち各種縫い目の名称欄,各種縫い目の略図欄,各種縫い目を行なう際の針の基線位置の欄,同送り量の欄,同針の振り幅欄等」(3頁19行〜4頁2行)との記載があり,データは「各種縫い目の名称欄」,「各種縫い目の略図欄」等と並列され,同種のものとして取り扱われていることからすれば,「各種縫い目の名称」,「各種縫い目の略図」なども「データ」とみることができるのである。
(2) 引用刊行物の記載Aをみれば,模様群ごと(グループごと)に対応して表示手段が設けられて,選択的に模様群を表示することを可能とする技術(模様群選択手段)が記載されていることが理解できる。また,記載Cをみれば,「選択操作により所望の模様群を選択指定するための複数の模様群選択手段」が記載されていることは明らかである。したがって,記載Aと記載Cは,本願発明の「模様の表示データであって,予め複数の模様を集約した模様群としての模様の表示データと,前記集約した模様群毎に対応して設けられて,選択操作により所望の模様群を選択指定するための複数の模様群選択手段」という構成に相当するものである。
なお,表示シートの所望の表示区画を直接指定することができるという技術,隣の表示区画に切り換えることを順次繰り返して選択する技術は,いずれも,本願出願前に周知の技術であったのであり,このことは,特開昭60-147783号公報(乙第3号証),実願昭55-189462号(実開昭57-110574号)のマイクロフィルム(乙第4号証),実公昭42-11934号公報(乙第5号証),実公昭35-20935号公報(乙第6号証)からも明らかである。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告も認める周知技術Aは,応用分野としては,ミシン以外の技術分野に属するものの,スイッチを表示し,選択する手段としての観点では,本願発明や引用発明と共通しているところから,周知技術Aを引用発明に適用し本願発明とすることに格別の困難性はない。
(2) 引用刊行物には,従来技術の問題点として,「全体の縫目模様の中から所望の縫目模様を即座に選択することが不可能で,所望の縫目模様を選択入力するのに時間がかかり実用性に欠けるという問題がある。」(甲第13号証2頁左下欄6行〜9行)という記載があるから,引用発明の技術課題は,模様選択の迅速性と容易性にあるということができる。したがって,本願発明と引用発明とは,迅速性,容易性,誤選択回避といった操作性の向上という共通の技術課題を有するものである。
したがって,引用発明に,本願発明に向かうべき起因ないし契機(動機付け)となり得るものはない,とする原告の主張は,誤りである。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について 原告は,本願発明と引用発明の効果が相違していると主張しているものの,両者の構成が相違する以上,効果に相違があるのは当然であり,原告は,さらに,引用発明に周知技術Aを適用した際の効果の予測性についても検討しなければならないのに,これをしていない。
審決が本願発明と引用発明の相違点として認定した事項,例えば,表示データの保存手段が,本願発明では「表示用データ記憶手段」であるのに対して引用発明においては「プリントすること」である,という構成の相違については,「表示用データ記憶手段」は,周知技術Aに記載されているとおり周知の事柄であり,その効果も,周知技術Aに元来含まれる効果である。したがって,原告が上記相違点について本願発明の特有の効果と主張するものは,当業者が予測し得た効果にすぎないものである。
その他の,原告が本願発明特有の効果であると主張するものについても,いずれも,引用発明又は周知技術Aが有する効果であり,本願発明の効果は,これらの総和の効果にすぎず,当業者が容易に予測し得る範囲内のものである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本願発明と引用発明との一致点の誤認)について (1) 原告は,本願発明にいう「表示データ」は,磁気テープ,電子メモリに記憶されるような数値データ,数値情報を意味するものであるのに対し,引用発明の「約200〜300種類もの多数の縫目模様(文字,マーク,図形等)」は,表示するための資料であるとしても,紙の上に単に描かれた図形等であり,本願発明のような「表示データ」とは全く異なるものであるから,両者を同一視した審決の認定は誤っている旨主張する。
(イ) 審決が,「電子制御式ジグザグミシンにおいて,約200〜300種類もの多数の縫目模様(文字,マーク,図形等)をグループ化しグループ毎に選択的にミシンの前面に表示可能にする」(記載A)は,「ミシン機枠の前面側に配置され,表示データに基づいて選択可能な複数の模様を切り替えて形象表示する選択模様表示部を備えた表示手段」なる本願発明の構成に相当すると認定していることからすると(審決書6頁9行〜12行参照),原告主張のとおり,本願発明にいう「表示データ」と,引用発明の「約200〜300種類もの多数の縫目模様(文字,マーク,図形等)」とを同視しているようにも読める。
しかしながら,審決は,他方で,両者の相違点について,本願発明においては,「模様群選択手段の操作により表示される表示データが,前記表示用データ記憶手段から選択された模様群の模様であ」るのに対して,引用発明においては,「模様群選択手段の操作により表示される表示データが,前記表示シートにプリントされた複数の区画のうち選択された区画の模様群であ」ると認定しているのであり(同10頁1行〜3行),審決が行ったこれらの認定を総合すると,審決は,一致点の認定においては,「表示データ」の語を,本願発明にいう「表示データ」の意味とは別に,これをより高度に抽象化して表現する用語,換言すれば,本願発明にいう「表示データ」を包含しつつ,他のものも包含する用語として使用し,これを前提に,本願発明の「表示データ」と引用刊行物の記載Aの「約200〜300種類もの多数の縫目模様(文字,マーク,図形等)」とは一致するものと認定し,他方で,相違点の認定においては,前者が「前記表示用データ記憶手段から選択された模様群の模様」であるのに対して,後者では「前記表示シートにプリントされた複数の区画のうち選択された区画の模様群」であると認定し,結局,「表示データ」の用語を,一致点の認定の場合と相違点の認定の場合とで使い分けているものであることが,明らかである。
したがって,紛らわしく不適切ではあるものの,審決をよく読めば,結局,審決は,本願発明と引用発明における表示の対象が相違していることを認めているのであり,審決が両者を同一視したとする原告の主張は理由がない。
(ロ) 原告と被告は,本願発明にいう「表示データ」が磁気テープ,電子メモリに記憶されるような数値データ,数値情報に限られるか否かで争っている。
本願発明の特許請求の範囲には,前記(第2,2)のとおり,「表示データ」に関して,「表示データに基づいて選択可能な複数の模様を切り替えて形象表示する選択模様表示部(8b)を備えた液晶の表示手段(8)」,「模様の表示データであって,予め複数の模様を集約した模様群としての模様の表示データを記憶する表示用データ記憶手段(38)」,「該模様群選択手段の操作により選択された模様群に対応して前記表示用データ記憶手段(38)から選択された模様群の模様を前記選択模様表示部(8b)に表示する」と記載されている。上記記載によれば,「表示データ」に基づいて「液晶の表示手段」という,周知の,光学的性質が電気的に変化することを利用して,数字,文字,画像などを表示する電子装置に表示されるというのであるから,そのデータが電子的なものであることは明らかであり,また,「表示データ」が表示用データ記憶手段(38)に記憶されるものである以上,「記憶」され得る形態のものであることも明らかであるから,結局,本願発明にいう「表示データ」とは,例えば,磁気テープ,電子メモリなどに記憶されるような電子的なデータを意味するものというべきである。審決においても,本願発明の「表示データ」が「前記表示用データ記憶手段から選択された模様群の模様」であるとし,相違点についての判断でも,これが電子メモリに記憶されるようなデータ,情報であることを前提に,周知技術Aと対比しているのである。
本願発明にいう「表示データ」が磁気テープ,電子メモリに記憶されるようなデータ,情報に限られないとする被告の主張は,失当というほかない。
(2) 原告は,本願発明の「模様群選択手段」は,模様群選択手段が集約された模様群毎に対応して設けられており,模様群の模様表示は表示データに基づいて表示されるのであるから,これと引用発明における,表示シートを移動させて表示区画を選択する表示区画選択手段とを同一視することはできない旨主張する。
本願発明の特許請求の範囲には,「前記集約した模様群毎に対応して設けられて,選択操作により所望の模様群を選択指定するための複数の模様群選択手段(25,26,27,28)」と記載されていることからすれば,「複数の模様群選択手段(25,26,27,28)」は,「予め複数の模様を集約した模様群」の一つ一つに対応して設けられていることが明らかである(別紙図面(1)参照)。
一方,引用刊行物に,「電子制御式ジグザグミシンにおいて,約200〜300種類もの多数の縫目模様(文字,マーク,図形等)をグループ化しグループ毎に選択的にミシンの前面に表示可能にする」(記載A),「タブレット11のモード選択キーについて簡単に説明する・・・「次」キーは表示シート12を左方へ移動させて右隣りの表示区画18B・19を選択するものであり,「前」キーは表示シート12を右方へ移動させて左隣りの表示区画18A・18Bを選択するものであり」(記載C)の記載があることは,当事者間に争いがない。上記記載によれば,引用発明においては,タブレットのモード選択キーの「次」キー及び「前」キーを操作することによって,表示シートを左右に順に移動させて,所望の表示区画を選択するというものである(別紙図面(2)参照)。したがって,本願発明の上記構成と相違することは明らかである。
そうすると,これを相違点としなかった審決の認定は,誤っているというべきである。ただし,後記のとおり,この相違点の看過は,審決の結論に影響を及ぼすものではない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について (1) 審決書(甲第1号証)の記載及び弁論の全趣旨に,前記1の認定を併せ考えれば,本願発明と引用発明とは,次の点で相違し,その余は一致するものと認められる(別紙図面(1)及び(2)参照)。
@ 模様に関する情報の保存手段が,本願発明では,電子的に表示用データ記憶手段に記憶させるというものであるのに対し,引用発明では,表示シートに複数区画に区分された縫目模様をプリントするというものである。
A 表示手段が,本願発明では「液晶」で,この液晶の上(表面)に透明なタッチパネルを備えた構成であるのに対し,引用発明では,ローラーを介して移動することの可能なもの(表示シート)で,表示シートの下(裏面)にタブレットが配置されているものである。
B 選択模様表示部に表示されるのが,本願発明では,表示用データ記憶手段から選択された模様群の模様の表示データであるのに対して,引用発明では,表示シートにプリントされた複数の区画のうち選択された区画の模様群である。
C 模様群選択手段の操作によりその選択された模様群に対応して出力する機構が,本願発明では,透明タッチパネルの読み取りシステムであるのに対し,引用発明では,タブレットの模様選択ルーチンである。
D 模様群選択手段が,本願発明では,模様群選択手段が集約された模様群ごとに対応して設けられているのに対し,引用発明では,タブレットのモード選択キーの「次」キー及び「前」キーを操作することによって,表示シートを左右に順に移動させて,所望の表示区画を選択するものである。
(2) まず,上記相違点@ないしCについて検討する。
(イ) 弁論の全趣旨によれば,本願発明と引用発明とが,いずれも電子ミシンに関するもので,選択模様表示部に表示されている,選択された模様群から,操作位置に対応して出力される操作位置情報により所望の模様を選択する技術であるという点で一致していることは,明らかである。
(ロ) 銀行の自動取引装置,産業用ロボット,電卓,電子機器等において,「選択可能な複数のスイッチを集約したスイッチ群を複数群準備し,このスイッチ群を切り替えて,選択されたスイッチ群のスイッチの形象を表示するようにしたスイッチの表示,選択手段であって,表示データの保存手段が,予め複数のスイッチの形象を集約したスイッチ群としてのスイッチの表示データを記憶する表示用データ記憶手段であり,表示手段が,液晶の表示手段の上(表面)に配置された透明なタッチパネルを備えた構成であり,スイッチ群選択手段の操作により表示される表示データが,前記表示用データ記憶手段から選択されたスイッチ群のスイッチであり,スイッチ群選択手段の操作によりその選択されたスイッチ群に対応して設定される対象物が,透明タッチパネルの読み取りシステムである構成を備えている」という技術(周知技術A)が周知の事項であることは,当事者間に争いがない(審決書10頁8行〜11頁8行参照)。
(ハ) 引用発明に周知技術Aを適用すれば,相違点@ないしCに係る本願発明の構成となることは明らかであり,この点については,原告も格別争っていない。
そこで,問題となるのは,引用発明に周知技術Aを適用するという動機付けがあるかどうかである。
審決が周知技術Aを認定するための根拠とした甲第16号証(特開昭61-82223号公報),甲第22号証(特開昭61-237126号公報),甲第23号証(特開昭60-44282号公報),甲第24号証(特開昭59-14040号公報),甲第20号証(特開昭62-154508号公報)について検討する。
甲第16号証(特開昭61-82223号公報(発明の名称「入力装置」))には,〔発明の技術的背景〕の欄に,「従来のタッチパネルと液晶表示部とからなる入力装置にあっては,液晶表示部として表面ガラスと裏面ガラスとの間に液晶が封入されており,この液晶表示部の上面に透明電極の印刷された表面フィルムと裏面ガラスとからなるタッチパネルが設けられている。これにより,表面フィルムと裏面ガラスの透明電極による接触抵抗が表面フィルムの押下げにより低下したことを検知することにより,押下げ位置を検知するようになっている。」(1頁左欄末行〜右欄8行)との記載があり,〔発明の概要〕の欄に,「この発明は・・・操作入力の指示を表示する表示部の表面に,その表示より広い範囲を許容範囲とするタッチパネルを配設するようにしたものである。」(2頁左上欄3行〜6行)との記載があり,実施例の欄に,当該発明を銀行の自動取引装置に適用した場合の一実施例の記載があることが認められる(例えば2頁左上欄10行〜右上欄3行)。
上記記載によれば,従来技術として掲げられているタッチパネルと液晶表示部からなる入力装置は,その技術の性質上,銀行の自動取引装置に限らず,広く入力装置一般に関する技術であることは,明らかというべきである。
また,甲第22号証(特開昭61-237126号公報(発明の名称「キーボード」))には,産業上の利用分野の欄に,「本発明は,マイクロコンピュータ,その他の電子機器におけるデータ入力用のキーボードに関するものである。」(1頁右欄16行〜末行),従来の技術の欄に,「従来におけるマイクロコンピュータ等に用いられるキーボードとしては,文字ボタン,数字ボタン,制御ボタン,その他必要な全ボタンを表面上に多数並べて配置し,所要のボタンを選択圧下することにより一連のデータを入力する押しボタンスイツチ式のものが一般的である。」(2頁左上欄2行〜7行),当該発明の作用の欄に,「本発明キーボードは,従来のキーボードと同様に,例えばマイクロコンピュータのデータ入力ボードに接続される。上位機器たるマイクロコンピュータから所定のキーパターン選択信号が与えられると,キーパターン選択手段はキーパターン記憶手段から指定されたキーパターン情報を読み出し,該読み出したキーパターンをパターン表示制御手段により液晶表示器の画面にパターン表示する。」(2頁左下欄11行〜右下欄1行)との記載があることが認められる。
上記記載によれば,上記キーボードは,マイクロコンピュータ,その他の電子機器におけるデータ入力用のものであり,広範に利用することの可能な技術であることは,明らかというべきである。
その他甲第23号証(特開昭60-44282号公報。発明の名称「産業用ロボットの制御装置」),甲第24号証(特開昭59-14040号公報。発明の名称「表示兼用タツチパネル」),甲第20号証(特開昭62-154508号公報。発明の名称「キーボード」)も,いずれも,電子機器におけるデータ入出力用のタッチパネル,キーボードないし液晶に関する技術で,その性質上,広範に利用することの可能なものであることは,明らかである。
したがって,周知技術Aは,銀行の自動取引装置,産業用ロボット,電卓,電子機器等に応用されている技術であるものの,応用可能な範囲は,上記分野に限定されるものではなく,広範な技術分野に応用可能な技術であることが明らかである。
そうすると,周知技術Aを電子ミシンに適用することを妨げる何か特殊な事情が認められない限り,前者を後者に適用してみようという発想を得ることは,当業者にとって,容易なことであるというべきである。ところが,上記特別の事情は,本件全証拠を検討しても見いだすことができないのである。
(ニ) 原告は,審決が周知技術Aの認定の前提とした文献には,当該技術をミシンという技術分野に適用できるということは記載も示唆もされていないし,ましてやミシンの機枠というような限られた狭い場所に配置するという技術思想はなく,ミシンの模様選択装置に適用できるというようなことは示唆されていない旨主張する。
甲第29号証(1979年(昭和54年)発行「電子技術」7月号108頁〜113頁)によれば,ミシンは,当初,単に縫う機械として作られ,その後,模様カムによるジグザクミシンが登場し,自動化も進み,やがて,電子技術が取り入れられ,昭和54年までには,マイコンで制御するものが登場するに至ったことが認められ,上記事実によれば,遅くとも本願発明の出願時には,ミシンは,機械技術,電気技術,電子技術の総合された機器で,その中には,機械,電気,電子に係る多種多様な技術が含まれているものとなっていたということができる。
原告の主張は,引用発明や本願発明の技術を,ミシンという独自の技術分野,更にはミシンの機枠という特殊な技術分野のものとしてのみ理解し,それが機械,電気,電子に係る他の分野の技術との間に何らの関連性も持たないものとしようとするに等しく,失当というほかないことは,上記認定に照らし明らかというべきである。
なお,上記甲第29号証(108頁〜113頁)によれば,同号証は,原告従業員の手になる「マイコン応用/実用システム設計シリーズM-家庭用ミシン-」との表題の論文であり,これが,「電子技術」という電子技術一般を対象とする雑誌に掲載されているものであることが認められ,このことも,ミシンが,電気,電子に係る分野の技術との間に何らの関連性も持たないとはいえないことを示す一例となるものというべきである。
(3) 相違点Dについて検討する。
引用発明が,タブレットのモード選択キーの「次」キー及び「前」キーを操作することによって,表示シートを左右に順に移動させて,所望の表示区画を選択するという構成であるのに対して,本願発明は,模様群選択手段が集約された模様群毎に対応して設けられている構成であり,両者が相違していることは,前述したとおりである。
検索の方式として,区画ごとに連続して記録された多数の表示を区画ごとに切り換えることを順次繰り返して所望の表示を選択するという方式自体,及び,あらかじめ用意された多数の表示の中から所望の表示を直接指定するという方式自体は,当業者のみならず一般通常人でも常識として知っている事項であり,電子ミシンにおける模様の選択に関して,これらの二つの検索の方式のうちのいずれを選択することにするかは,単なる設計事項の範囲に属する事項にすぎないものというべきである。
したがって,本願発明に係る相違点Dの構成も,引用発明に対する単純な設計変更をすることによって達成し得るものであるから,当業者が容易に推考し得たものというべきである。
(4) 原告は,本願発明は,ミシンの限られた表示部分に多くの刺しゅう模様を配置することを可能にする技術を前提として,模様選択において誤選択をなくし,しかも操作を容易にすること,すなわち,誤選択を回避するとともに操作を容易にすることを技術課題としており,この技術課題は,引用発明では予想し得なかったものであるから,引用発明に周知技術Aを適用して本願発明とすることについては,そのための動機付けがない旨主張する。
しかしながら,電子ミシンにおける模様選択において使用者の誤選択をできるだけ減少させたいという問題,模様選択の操作を容易にしたいという問題は,電子ミシンの技術に内在する当然の技術課題であり,当業者であれば誰でもこのような問題意識を有していることは,自明である。
原告の上記主張は,失当というほかない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について 原告主張の本願発明の効果は,引用発明に周知技術Aを適用し,検索の方式について,あらかじめ用意された多数の表示の中から所望の表示を直接指定するという方式を採用して本願発明の構成としたならば,得られることの自明な効果である。
取消事由3についての原告の主張も採用できない。
4 結論 以上のとおりであるから,原告主張の審決取消事由は,いずれも理由がなく,その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 宍戸充