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事件 平成 11年 (ワ) 10306号 特許権確認等請求事件
原告 フドウ建研株式会社
上記原告訴訟代理人弁護士 上村正二
同 石川秀樹
同 石葉泰久
同 松村武
被告 株式会社リタ総合企画
上記被告訴訟代理人弁護士 永野周志
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2001/04/26
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の請求
1 原告と被告との間において,原告が,別紙目録記載の各特許を受ける権利につき,それぞれ共有持分2分の1を有することを確認する。
2 被告は,原告に対し,7500万円及びこれに対する平成10年12月29日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 2につき仮執行宣言
事案の概要
本件は,原告が,被告の有する別紙目録記載の各発明について,原告・被告の共同発明であるか,又は被告との間に特許を受ける権利を各2分の1の割合の共有とする合意があったとして,当該特許を受ける権利につき2分の1の持分の確認を求めるとともに,発明(上記各発明及び後記「ポカラA」)の実施料として被告が受領した金員につきその2分の1の支払を求めている事案である。
争いのない事実等(末尾に証拠を摘示した事実のほかは,当事者間に争いが
ない。) 1 原告は,総合建設業,コンクリート製品の製造,販売等を業とする株式会社であり,被告は土木建築工事の企画,設計,請負及びコンサルティング等を業とする株式会社である。
2 原告,被告,訴外不動建設株式会社(以下「不動建設」という。)は,3社共同開発で,次の発明をし,特許出願した(以下,この発明を「ポカラA」という。)。
出願番号 特願平9―159515 発明の名称 立体枠状ブロック及び同ブロックの型枠装置並びに同ブロックの使用方法 出願年月日 平成9年6月17日 出願公開年月日 平成11年1月12日 特許出願公開番号 特開平11―5205 なお,平成9年9月3日,不動建設は,ポカラAの特許を受ける権利共有持分3分の1を放棄したので,原告・被告は,同月4日,特許庁に対し,ポカラAについて,不動建設の特許を受ける権利共有持分を各々承継し,原告・被告の共有持分を各2分の1とする出願人名義変更届を提出した。
3 平成9年8月19日,原告と被告は,ポカラAの共同出願に関する覚書(以下「本件覚書」という。)を締結した。本件覚書は,以下のような事項を主な内容とするものであった(甲1)。
(1) ポカラAの特許を受ける権利を各共有持分2分の1とする(本件覚書1条)。
(2) ポカラAの原告・被告による実施及び第三者への実施許諾については,必要の都度,原告・被告が相互の利益になるように配慮することを前提として協議の上,決定する(同3条)。
(3) 原告・被告は,ポカラAの改良について特許又は実用新案登録の出願をしようとする場合には,あらかじめ一方当事者にその内容を通知し,この場合の取扱いについては原告・被告が協議の上,決定する(同7条)。
4 被告は,別紙目録記載の次の各発明を,単独で,特許出願した。
(1) 第1発明(別紙目録1の発明。以下,この発明を「ポカラ十字ブロック」という。) 出願番号 特願平9―192836 発明の名称 ブロック用接手及びこれを用いたブロック構造体 出願年月日 平成9年7月17日 出願公開年月日 平成11年2月9日 特許出願公開番号 特開平11―36314 (2) 第2発明(別紙目録2の発明。以下,この発明を「ポカラB」という。) 出願番号 特願平9―270202 発明の名称 コンクリートブロック体 出願年月日 平成9年10月2日 出願公開年月日 平成11年4月20日 特許出願公開番号 特開平11―105024 (3) 第3発明(別紙目録3の発明。以下,この発明を「ポカラD」という。) 出願番号 特願平9―270204 発明の名称 貯水槽構造物 出願年月日 平成9年10月2日 出願公開年月日 平成11年4月20日 特許出願公開番号 特開平11―107354 5 被告は,平成10年7月ころ,ポカラAに,別紙一覧表記載の発明(ポカラ十字ブロック,ポカラB及びポカラDを含む。)を加えた合計11の発明について,第三者である約30社の企業に対し,実施を許諾し,少なくとも1億円の実施料を受領した。
争点
1 ポカラ十字ブロック,ポカラB,ポカラD,(以下,特に断らないときは,この三者を総称する用語として「ポカラ十字ブロック等」という。)が,原告・被告の共同開発に係るものであり,原告が各特許を受ける権利につき共有持分2分の1を有するか。
2 ポカラ十字ブロック等の発明は,本件覚書の対象であるポカラAの「改良発明」であって,本件覚書7条により原告が各特許を受ける権利につき共有持分2分の1を有するか。
3 原告の金員請求の内容
争点についての当事者の主張
1 争点1(ポカラ十字ブロック等が原告・被告の共同発明に係るものであり,原告が各特許を受ける権利につき共有持分2分の1を有するか。)について (1) 原告の主張 ア 原告・被告の共同開発の経緯 (ア) 平成9年3月10日ころ,原告九州支店のa土木営業課長(以下「a」という。)は,被告会社において,被告代表者b(以下「b」という。)から,中空コンクリートブロックを用いた空気盛土工法の実現可能性について相談を受けるとともに協力要請を受けた。同月14日,a及び原告九州支店副支店長c(以下「c」という。)は,被告事務所を訪問し,bのいう中空コンクリートブロックを用いた空気盛土工法の説明を受けた。すなわち,従来の軽量盛土工法としてEPS工法(発泡スチロール軽量盛土工法),FCB工法(気泡コンクリート軽量盛土工法)が用いられていたが,中空コンクリートブロックは,空隙率を最大限に高めることによって,軽量化を図り,コストを削減するとともに,将来排出される産業廃棄物を最小限に止めることを可能とするものであった。また,従来技術としての中空コンクリートブロックは,四角形の柱・梁型状のものがあったが,これは強度が弱く,漁礁等の用途に用いられていたが,軽量盛土工法には用いられていなかった。また,多面体の外面のうち一方面の外面に連通した中空部分があるボックスカルバートというものがあったが,水平方向に連結するのみで,上下に積層することはできなかった。もっとも,この時,bから示された中空コンクリートブロックはポカラAのような中空部分を球型にしたものではなく,ポカラAの出願書類(甲2)中の図8のような四角形の柱・梁型状のものであった。cは,bの示した四角形の柱・梁型状の中空コンクリートブロックでは,その形状から補強鉄筋に頼らざるを得ず,強度面で問題があることから,実現可能性は低いと判断したが,中空コンクリートブロックを用いた空気盛土工法というbの構想自体には優れた点があったことから,被告の協力要請を受け入れ,その後継続して協議することを約束した。
(イ) bの提案した四角形の柱・梁型伏の立体枠状中空コンクリートブロックの問題点を解決するものとしてcが発案したものの1つが中空部分を球型にしたポカラAである。すなわち,中空部分を球型にすることによって空隙を最大限確保し,さらに鋭角的な断面変化をなくすことによって,応力の流れがスムーズになり,強度を増大させることを可能にしたものであった。
(ウ) その後,b,c,原告関連会社である株式会社フドウケーピーシー(以下「フドウケーピーシー」という。)の従業員d(以下「d」という。)らが集まって,原告・被告による共同開発に着手し,特許出願のための案作りを行うとともに,本工法を弁理士へ説明するための資料を作成した。この時,原告・被告による共同開発の範囲は,「六面体以上の多面体でその外面のうち,二面以上の外面に貫通した中空部分を有する立体枠状中空コンクリートブロックと,その中空コンクリートブロックを前後,又は左右方向に連通する横連通路が成形する空隙率を高めた構造物を構築する方法及び上下方向に連通する縦連通路が成形される空隙率を高めた構造物を構築する方法」(以下「ポカラ工法」という。)であって,中空部分の形状については,種々考えられ,中空部分が球型であることは,中空部の形状の1つで,最も理想的な形にすぎなかった。このように,原告・被告は球型ポカラ(後のポカラA)の開発のみについて合意したのでない。
平成9年4月23日,松尾特許事務所において,弁理士を交えて検討を行い,球型ポカラと共に,先に述べたbが提案した四角形の柱・梁型状の立体枠状中空コンクリートブロックも示されたが,球型ポカラが特許性が高いとの弁理士の指摘により,球型ポカラを基本特許として出願する案が採用された。したがって,中空部分を球型とするポカラAは,あくまでも,空隙率の高い立体枠状中空コンクリートブロックの1つにすぎない。そして,ポカラAの技術思想の中心は,風船方式により中空コンクリートブロックの中空部分を形成することではなく,ポカラAの出願時における明細書の特許請求の範囲請求項3及び請求項4に記載されたとおり,その空隙率の高い中空ブロックを前後,又は左右方向に連通する横連通路が成形する構造物を構築する方法及び上下方向に連通する縦連通路が成形される構造物を構築する方法にあった。上記請求項3及び請求項4の記載は,将来,他者によって,中空部分の形状を変更することによって,今回の考案と同様な発明考案がされることに備えて,原告・被告間で合意の上で,記載したものであった。
(エ) 原告と被告は,ポカラAをポカラ工法の基本特許として,これから派生する可能性のある発明をできる限り,特許として権利化することが望ましいと考え,c,bらのほかに松尾特許事務所の弁理士を交えて,検討を重ねた。ポカラ十字ブロック等は,かかる原告・被告間の検討の桔果,考え出され,共同で開発されたものである。
(オ) 原告と被告は,平成9年8月,中空コンクリートブロックを初めて使った半田25号線歩道拡幅工事(熊本県)の施工を間近に控え,ポカラAの試作を行ったが,予定されたとおりの寸法及び形状に中空部分を形成することが困難であった。このため,空隙率は落ちるものの安全性を求めて,bの反対を押し切って,cが独断でポカラBの型枠を発注し,同年9月26日,フドウケーピーシーの協力を得て,同社若松工場で試作品を完成させたものである(ちなみに,ポカラBの特許出願日は,同年10月2日である。)。
イ ポカラ十字ブロックの共同開発の事実について (ア) ポカラ十字ブロックは,中空コンクリートブロック同士の連結方法として,平成9年6月ころ,bとcが共同で開発したものである。そのことは,特許出願の願書の発明者欄に,bのほかにcの名が記載されていることからも明らかである。
(イ) ポカラ十字ブロックが解決しようとする主たる課題は,構造体施工を容易にすることにある。従来のブロック同士を積層又は配列する場合,その位置決め設定を施工業者が手作業で行うため,整然と積層,配列するのが困難であり,かつ,施工時間がかかる。また,ブロック同士の積層部分を隙間なく組み込み,構造体としての強度を確保するには高い熟練度を必要としていた。ポカラ十字ブロックは,このような高い熟練度を必要とせず,現場の作業員が誰でも施工できることを目的としたものであった。
(ウ) 平成9年6月23日,cは,モルタル等の充填材を,上から注入可能な充填孔並びにその充填孔に流路させて受け座の表面に開口する開放口及びブロックの中心を通って互いに90度の角度を持つ関係とした3本の軸線上に貫通孔を設置するものを発案した。
cが発案した充填孔,開放口及び貫通孔は,構造体の施工に当たり,熟練した技術を有しなくとも構造体の強度を確保するために,不可欠の発案である。実際の施工においては,クレーンで吊り上げたポカラ十字ブロックを降ろしながら,作業員が手で動かし,微妙な調節をしながら位置決めをし,段積,配列していくのであるが,ポカラ十字ブロックの重量が重いと,作業員がポカラ十字ブロックを動かすのが難しくなり,微妙な調節が困難になる。貫通孔の発案は,貫通孔を設けることによって,ポカラ十字ブロックを軽量化し,操作性を高め,施工性を向上させるというものであって,cが発案したものである。上記のとおり,貫通孔は,構造体の軽量化のためではなく,あくまで施工性を高めるためのものである。
(エ) この点,cが発案した充填孔及び開放口は,コンクリートブロックとポカラ十字ブロックを組み合わせ積層,配列し,構造体ができあがった後に充填孔にモルタル等の充填材を注入し,注入された充填材が開放口から部材同士の接着面に流れ出し,部材同士の接着面の隙間をなくすことによって,構造体としての強度を確保するものである。このようにすることで,段積みの際,接着面に多少の隙間があってもよいことになり,熟練した技術を必要としなくなり,施工時間も大幅に縮小することが可能になるのである。
また,貫通孔にワイヤを通して,地上設置式の貯水槽として利用する場合のように,底面及び外周の前面を覆う被覆材と構造物を一体拘束化する点についても,構造体としての安定化工法として前例がなく,今後普及拡大が期待できる分野である。
(オ) 充填孔,開放口及び貫通孔は,長年原告会社において,コンクリート施工に従事し,施工現場を熟知しているcであるからこそ発案できたのである。
現実の施工現場においてポカラ十字ブロックを使用する場合には,充填材を使用せずに構造体としての強度を確保することは事実上不可能であり,仮に可能であるとしてもそれには高度の熟練した技術と施工時間を要するのである。このような知識と経験のあるcだからこそ,上記の発明ができたのにほかならず,充填孔,開放口及び貫通孔の発案は,bでは不可能であることを示すものである。
ウ ポカラBの共同開発の事実について (ア) ポカラBは,平成9年7月9日,開発会議メンバー(c,d,b,被告従業員e(bの弟。以下「e」という。)で構成する。)とf弁理士を加えた会議において,発案されたものである。
ポカラBの技術的思想は,中空コンクリートブロックを分割中子を用いて形成した点にある。すなわち,ポカラBは,その公開特許公報(甲5)の特許請求の範囲請求項1の記載のように,「六面以上の外面を有する多面体からなるコンクリート製ブロック内部に前記外面のうち二面以上の外面に連通した中空部を有するコンクリートブロック体であって,前記中空部分はコンクリート硬化後に取り外し可能な複数の分割中子を用いて形成されたものであることを特徴とするコンクリートブロック体」をその要旨とするものであるが,「六面以上の外面を有する多面体からなるコンクリート製ブロック内部に前記外面のうち二面以上の外面に連通した中空部を有するコンクリートブロック体」とは,ポカラAの中空部分を有した立体枠状ブロックを上位概念で表現したものにすぎず,最終的に形成されるコンクリートブロックが中空部分を有する立体枠状ブロックであるとする点は,ポカラAとポカラBの各発明に共通するものである。
(イ) 前記開発会議の時,中空部分を筒型とする中空コンクリートブロックの形成方法として茶筒を抜くようにするとの案が出されたが,この時,いまだ,ポカラAの試作品ができていなかったことから,b及び被告従業員gが,中空部分を筒型とする中空コンクリートブロックではポカラAに比べ空隙率が落ちることを理由にこれに反対したため,それ以上中空部分の形成方法について話し合われることはなかった。しかしながら,cは,この時点において,風船方式によって中空部分を形成するという方法は製法上短期解決が困難であり,前記半田25号線歩道拡幅工事にポカラAの製造が間に合わないのではないかとの不安を有していたことから,中空部分を形成する方法として茶筒を抜くアイデアが実現可能であり,ポカラAより製造が容易であると考え,独断でポカラBの製造の開発を進めた。その後,cは,単独で中空部分の形成方法の具体案作りを行った。すなわち,cは,コンクリート硬化後,容易に中空部分に当たる部分(中子)を抜き取ることができるように複数の分割中子を用いることにした。そして,その分割中子はコンクリートブロックの中心を貫く円柱の主中子(公開特許公報(甲5)中の図2の12aに当たる。)と,4つの短い円柱である副中子(同図の12b,12c,12d,12eに当たる。)で構成することにした。そして主中子を軸として4つの副中子の軸方向が直交及び一致するように配置した。硬化後,各中子を抜き取りやすくするために,主中子を分解して取り外し可能な分割型枠案を採用し,また副中子は外面に向かって広がるようなわずかな勾配をつけることにした。その後,cは,右発案を基に日鐵建材工業株式会社(以下「日鐵建材」という。)に型枠の見積りを依頼し,平成9年8月30日に型枠の図面と見積りの概算が,同年9月9日に正式の見積書が,それぞれ日鐵建材から提示された。cは,右型枠図面と見積書をbに提示し,ポカラBの試作品を作ることを告げ,原告の費用で同月26日にポカラBの試作品を完成させた。
以上のように,ポカラBの中空部分の形成方法を発案したのはcである。同発明完成の時期は,平成9年8月15日前後である。すなわち,平成9年8月31日に日鐵建材から型枠作成の見積概算が出され,中空部分の形成方法が具体化したので,それより少なくとも2週間くらい前になる。
(ウ) 被告は,平成9年2月18日の時点で,bが中空部分が筒型のポカラを発案し,同月19日からコンピュータによる強度解析を行った旨主張する。しかしながら,同年3月10日ころ,bがaに対して提示した空気盛土工法は,四角形の柱・梁型状の中空コンクリートブロックを用いたものであった。この日,bは,cから,四角形の柱・梁型状のもののように中空部分に鋭角的な断面変化があると応力がスムーズに流れないので局部破壊の恐れがあること,したがって,補強鉄筋を必要とするがそれでは製造コストがかかってしまう旨の指摘を受けたのである。そして,中空部分に鋭角的な断面変化をなくすことによって,応力の流れがスムーズ(アーチ効果)になり,補強鉄筋を用いることなく強度を持たせ,製造コストを抑えることができることも,cの中空部分を球形にするアイデア(後のポカラA)の発案によって,bは初めて知ったのである。したがって,cに指摘されるまで,bには,そもそも無筋の中空コンクリートブロックという発想そのものがなく,よって無筋を前提とする中空部分の鋭角的断面変化をなくすとの発想を持ち得るはずもなかったのである。このことは,甲41の2枚目の3月上旬の欄,「力学的に優れているか(b)‥‥アーチ効果が期待できる‥)」の記載,ポカラAの出願書類(甲2)において,第二実施例として四角形の柱・梁型状の立体枠状ブロックAが記載されている(【0059】段落から【0064】段落,図8)ことからも明らかである。
(エ) ポカラBの構造力学計算について 被告は,bが平成9年2月19日以降,ポカラBの構造力学計算を行なった旨主張する。しかし,仮に,被告が同年3月10日以前に構造力学計算を行うことができたのであれば,原告に対し,そもそも補強鉄筋を必要とする四角形の柱・梁型状の立体枠状ブロックの提案など行わず,初めから中空部分を筒状とする中空ブロックを提示し得たはずである。
被告がポカラBの構造力学計算を行なった証拠として挙げる乙5の計算メモ2枚目には,中空コンクリートブロックの最も薄い部分(以下「最小寸法」という)を「15p程度」の記載があるが,平成9年2月18日当時,最小寸法を「15p程度」と記載することは不可能であった。なぜならば,最小寸法は,中空コンクリートブロックの一辺の長さ(以下「外形寸法」という。)が決まらなくては決定することができない。最小寸法15センチメートルは,平成9年8月初旬ころ,b,cの間で外形寸法を1.2メートルと決めた際(これは,トラックによる運搬可能な大きさとして,トラックの横幅が2.5メートルであることから,外形寸法2.4メートルのものと,その半分の1.2メートルのもの2種類を製造することを決めた。),運送時の破損を防止する趣旨で最小寸法を15センチメートルと決めたのである。
これ以前は,平成9年3月18日付けc作成のファクス(甲9)では外形寸法を1メートルとしていた。また同月31日までは,原告が行った構造力学計算でも外形寸法を1メートルとして計算していたのである。そして「外形寸法1.2メートル」,「最小寸法15センチメートル」がカタログに表記されたのは同年7月初旬であるから,それ以前の同年2月18日当時に外形寸法1.2メートルを前提とした最小寸法を「15p程度」とbのメモに記載できるはずがないし,それを前提に構造力学計算をできるはずもない。
また,乙5の5枚目以下の計算についても,論理が一貫しない。そもそも中空コンクリートブロックが必要とされる強度は,その使用目的によって異なるし(例えば構造体の上が道路として使用される場合は,20トントラックが通行しても耐えられる強度が必要であるし,他方,公園に樹木が植えられるだけであれば,高い強度は不要である。),構造物が中空コンクリートブロックを何段積みあげるものかによっても異なり,また,最上段の中空コンクリートブロックと最下段のコンクリートブロックでは,必要とされる強度が全く異なる。したがって,被告が平成9年2月19日から行ったとする計算は現実の設計条件が明らかにならないと行えないはずのものである。半田25号線歩道拡幅工事について,熊本市土木事務所でヒヤリングを実施し,ポカラ工法が採用される見込みが出てきたのは同年8月6日であった。それ以降具体的な設計を行い,設計変更を行った後,設計が決定して初めて具体的な設計条件が定まったのであって,個々の中空コンクリートブロックの必要な強度計算が可能になるのはこの時からであった。同年2月19日当時,被告は大分県日田土木事務所に対し,発泡スチロール軽量盛土工法に代わるものとして,ポカラ工法につながる空気盛土工法を提案していたのであるから,熊本市土木事務所施工予定の工事の設計条件は全く明らかになっていなかったものであり,そもそも被告の主張している構造力学計算などできるはずもないのである。したがって,同年3月10日以前に,bが中空部分を筒型にした中空コンクリートブロックを発案していたことはあり得ない。
ポカラBの構造力学計算に関しては,被告の主張するとおり,空隙率を同一にした場合,ポカラAよりもポカラBの方が強度的に優っているのは事実である。そもそも,ポカラ工法については,構造体としての空隙率を80パーセント以上にすることを目標にして原告と被告により開発活動が行われていた。ポカラBは,筒型の中空部分の形状から空瞭率に限界があり,空隙率を80パーセント以上にすることは不可能であった。ポカラAは,中空部分が球形であることから最大空隙率はポカラBよりも高く,空隙率を最大限にし,かつ,所望の強度(これは用途によって異なる。)を満たすことに優れた特性がある。被告の主張するとおり,ポカラAは,ポカラBよりも構造的に強度は弱く,かつ,高度の製造技術を要するものである。同年3月31日までに行った原告の構造力学計算において,ポカラAに関して外形寸法が1メートルの場合は,最小寸法10センチメートルでも20t/平方メートルの圧縮力に耐えられる(ポカラA1個で積層していない場合)ことが明らかになっていた以上,空隙率が低くなるものの,外形寸法を1.2メートル,最小寸法を15センチメートルとする限りにおいて強度的にポカラAに優るポカラBについて,あえて詳細な計算をするまでもないことであった(なお,実際にポカラBを使用して施工を行う場合,設計条件によって具体的な強度計算を行うことは当然である。)。そもそも,ポカラBの出願書類には,コンクリートブロックの一辺の長さについても,中空部分の円柱の直径の長さについても,全く記載されておらず,この点はポカラB発明の構成要素に含まれていない。これはコンクリートブロックの用途によって当然に必要とされる強度が異なるので,必要とする強度によって空隙率も異なり,中空部分の円柱の直径の寸法も異なるからである。したがって,発明が完成した時点において,個別具体的な構造力学計算をする必要もない。
エ ポカラDの共同開発の事実について ポカラDは,ポカラ工法の使用形態の1つとして,原告・被告により共同で開発されたものである。このことは,ポカラAの出願書類に実施例として,ポカラDの公開特許公報(甲6)の請求項1に記載された貯水槽構造物と実質的に同一のものが記載されていることからも,明らかである。
ポカラDは,平成9年4月23日から始まった開発会議の場で考案され,f弁理士を交えた検討会議で具体化された中空コンクリートブロックの使用方法の1つである。ポカラDも,同年7月19日行われた前記会議において,貯水システムが有望な市場であるとの情報の提供を受け,他社の貯水システムに対抗するため,特許出願をすることが決定された。
ポカラDの公開特許公報(甲6)において,貯水槽構造物に使用する中空コンクリートブロックはポカラAも含まれているし,ポカラAの特許出願書類にも,中空コンクリートブロックの利用方法の1つとして貯水槽構造物が挙げられている。そもそも中空コンクリートブロックを貯水施設に利用するとの考えは,平成9年5月13日,原告側で提案したものである(ポカラAの出願書類(甲2)の【0054】段落及び図7)。このように,中空コンクリートブロックを貯水槽構造物に利用するとの考えは,ポカラA発明の時点で既に発案されていたのであり,ポカラDはcとbの共同開発になるものである。
職務発明について 原告には,原告従業員による職務上の発明については,当該従業員は特許を受ける権利を原告に譲渡し,原告は発明奨励金を支給する旨の取締役会決議が存する(条項上,職務上の発明をした従業員が当該特許出願に係る権利の譲渡に同意した場合と記載されているが,実際は,従業員の同意を必要とせず,当然に原告に権利が移転するものとして運用されている。)。ポカラA,ポカラ十字ブロック,ポカラB及びポカラDの各発明は,プレキャストコンクリートメーカーである原告の業務範囲に属するもので,かつ,cが九州支店副支店長としての職務に属するものとしてした発明であるから,職務発明に該当し,各発明の特許を受ける権利は,cから原告に譲渡されている。
したがって,原告と被告が特許を受ける権利共有するポカラAはもちろん,cが被告と共同開発したポカラ十字ブロック等についても,原告は,それらの特許を受ける権利の2分の1を有している。
(2) 被告の主張 ア ポカラ十字ブロック,ポカラB及びポカラDについてはいずれも,被告が独自に開発を行ったもので,これは,c及びb等が共同してcの発案にかかる風船方式のアイデアに基づきポカラAを発明した過程とは,全く別個独立かつ無関係に行ったものである。
なお,「ポカラ」という名称は,中空コンクリートブロックにつき,内部が中空であることから,「空っぽ」の語を構成する文字の配列を入れ替えたもので,bによる造語である。
ポカラAとポカラBとが「ポカラ」という名称において共通であることは,ポカラAと,ポカラBを始めとする被告が開発した別紙一覧表記載の各発明との間に技術的共通性があることを意味するものではなく,後者が前者の改良発明や利用発明であることを何ら意味するものでもない。
イ 被告の事業化計画について 平成9年3月当時,形状が立方体等である中空のコンクリート製ブロックそれ自体も,また中空コンクリートブロックを組み合わせて人工地盤や貯水施設の構築等の土木工事に用いることも,いずれも既に公知であった。したがって,構造用中空コンクリートブロック組立工法自体は発明として新規性がないが,利便性,省力性,経済性に優れているために,事業的には極めて有望であった。このような同工法の経済性に着目したbは,平成9年3月当時,構造用中空コンクリートブロック組立工法を日本全国で広く事業展開することを計画していた。
ところが,我が国では同工法による土木工事の施工実績が少なく十分に浸透していなかったために,同工法の事業化が軌道に乗るまでには3年の年月を要すると見込まれた。また,全国的に営業網を構築し,併せて,受注した土木工事毎に各土木工事現場の自然条件に適合して中空コンクリートブロックの施工工事ができるように設計を行う体制を整える必要があった。当然,多くの営業スタッフや設計スタッフを擁しなければならず,事業が軌道に乗るまでの期間,これらのスタッフを維持するためには多額の人件費が必要となることは必至であった。また,被告は土木工事についての設計事務所であって,中空コンクリートブロックの製造設備を有していなかったため,中空コンクリートブロックを製造する型枠を用意し,コンクリート二次製品製造業者に当該型枠を用いて中空コンクリートブロックを製造させる体制を整えなければならなかった。ところが,例えば九州地域に限って製造体制を整えるとしても,少なくとも100体の中空コンクリートブロック製造用の型枠が必要であるが,型枠1体の製造費用が70万円であるので,型枠製造費用だけでも7000万円が必要であった。
bが被告による構造用中空コンクリートブロック組立工法の事業化を計画していた折り,原告が中空コンクリートブロックを製造できる旨の情報を入手したので,bは,平成9年3月10日ころ,bが事業化を計画していた構造用中空コンクリートブロック組立工法に用いる中空コンクリートブロックの試作品の製造ができるか否かを,原告会社九州支店のa土木営業課長に打診した。
bが原告九州支店に最初に打診したのは,中空コンクリートブロックの製造が可能であるか否かであって,中空コンクリートブロックの中空の形成技術の開発の依頼でも共同開発の提案でもない。ポカラAの共同開発が始まったのは,cが風船方式による中空コンクリートブロックの開発に強い熱意を持っていたからにすぎない。
ウ ポカラBについて (ア) ポカラBについては,b及びeの両名が,十字形に組み合わされた状態になった筒を用いることによって中空コンクリートブロックの中空を形成するアイデアを発案し,同じくb及びeの両名が分担して構造力学計算を行ってその最適解を求め,これによってポカラBの技術的構成を考案したものであって,遅くとも平成9年7月9日までには発明として完成されている。
c又は他の原告従業員がかかるアイデアを発案したこともなければ,そのアイデアについて構造力学計算を行ったこともなく,また構造力学計算によって当該アイデアの最適解を求めてポカラBの技術的構成を完成させたことは全くない。
bが四角形の柱・梁型状のポカラと「円筒ポカラ」(後のポカラB)との二つの立方体の中空コンクリートブロックを発案したのは,平成9年2月18日である。この時点でbは,@「角形ポカラ」については乙5「計算メモ」の3枚目の上段に図示されている「正方形」の型枠の中子により,また,A「円筒ポカラ」(後のポカラB)については乙5「計算メモ」の3枚目の下段に図示されている上下方向に延びる一本の円筒に直交する二本の円筒を水平方向に組み合わせた型枠の中子により,それぞれの中空が形成される立方体の中空コンクリートブロックを発案している。
一般に,他の条件が全て同一であるときには,中空コンクリートブロックの空隙率を大きくしてコンクリートブロックを軽量化すればするほどコンクリートブロックの強度が低下し,中空コンクリートブロックの軽量化・空隙率の増大と当該コンクリートブロックの強度とは両立困難な関係にある。かかる認識に立ち,bは,翌2月19日には,軽量化と所望の強度とを両立させる方法を実現するために検討すべき事項と前提条件とを整理した(乙5「計算メモ」)。「円筒ポカラ」(後のポカラB)については,bが同月19日から円筒で中空が形成された中空コンクリートブロックにつき強度が計算・測定されるべき部位合計64箇所を特定したうえで,中空を形成する円筒の口径を複数設定し,2月19日以降,コンピュータにより各口径毎に構造力学計算を行い,遅くとも同年7月9日までに発明として完成させている。
また,原告は,cがポカラBの技術的課題やその技術的構成あるいはポカラBの開発過程で発生した技術的諸問題についてどのように関与したのかについては,全く主張しておらず,かかる具体的主張を欠いた原告の主張は,cがbと共同してポカラBを発明したとは主張していないのに等しい。
(イ) bは,cの発案にかかる風船方式(後のポカラA)については,風船は空気中では球状となるが風船の周囲がコンクリートに囲まれた場合,理論どおりに球状の中空が形成され得るかという疑問を持っていた。また,中空コンクリートブロックの開口部の周縁部は鋭角的刃状となるが応力集中に耐えられるだろうかという疑問を持っていた。
bは,構造用中空コンクリートブロック組立工法の事業化を考え始めた時から,円筒型の筒を十字状に組み合わせたものを用いることで中空を形成する方法(後にポカラBとして完成される発明)を考えていた。cの発案にかかる風船方式はbのアイデアに比べ中空コンクリートブロックを大量生産するのに適しているかもしれないが,bは,cのアイデアに対する前記のとおりの疑問を払拭することができなかった。しかも,cのアイデアはbからの原告に対する打診に対する回答としての性格を持ったものであったから,bないし被告がそもそもcの提案を退けてbのアイデアを完成させるようにcを強制しうる立場にあるわけでもなかった。そこで,bは,cとb等によるポカラAについての検討作業とは別に,独自にポカラBの発明を行うことにした。
(ウ) bが原告九州支店に前記打診を行った時点でbが原告とポカラBを共同開発することを考えていたならばいざしらず,単に中空コンクリートブロックの製造の可能性を打診するだけの目的である場合に,発明の途上にあるポカラBのアイデアやその詳細等を安易に原告に開示すれば,後に原告がポカラBの技術的構成の全部又は一部が同一である発明について特許出願したりあるいはポカラBと技術思想や技術的課題を同じくする発明について特許出願したりした場合に,原告・被告間で紛争が生じることになる。このように,十分な信頼関係がある場合とか秘密保持契約等を締結した場合でない限り,発明途上にあるアイデア等を開示することは極めてリスクが高いものである。この点に照らせば,「bは平成9年3月10日ころにポカラBのアイデアをcらに開示していないから同年2月18日時点でポカラBの構造力学計算を行うはずがない」という原告の主張は,現実離れした空論である。
しかも,cが風船方式による中空コンクリートブロックの製造に強い熱意と関心を示し,その結果,ポカラAが共同開発されることになったのであるから,ポカラBを議論の俎上に乗せること自体がポカラAの開発の妨げとなるものである。
上記のとおり,bが平成9年3月当時にポカラBのアイデアやその詳細等をc等に開示しなかったことは,同年2月18日時点でbがポカラBの構造力学計算を行っていないことの根拠には到底なり得ない。
エ ポカラ十字ブロックについて (ア) ポカラ十字ブロックについては,ユニット化された中空コンクリートブロックをbが十字形の接ぎ手をもって最も効果的に組み合わせるアイデアを発案し,同じくbが構造力学計算を行ってその最適解を求め,これによってポカラ十字ブロックの技術的構成を考案したものであって,遅くとも平成9年6月25日までには発明として完成されている。c又は他の原告従業員がかかるアイデアを発案したこともなければ,そのアイデアについて構造力学計算を行ったこともなく,また構造力学計算によって当該アイデアの最適解(ポカラ十字ブロックの技術的構成)を求めたことは全くない。bがポカラ十字ブロックの発明者であることは,c作成の「FAX送信案内」(甲16)における「h教授の宿題に対して,b社長が解決策を考案しました。」との記述で明らかである。このように,ポカラ十字ブロックはbが発明したものであることから,平成9年7月17日に被告はポカラ十字ブロックについて特許出願を行ったのである。
cがポカラ十字ブロックの発明者に名を連ねているのは,cはポカラ十字ブロックの発明には何ら関与しておらず発明者でもなかったが,被告のために積極的にポカラAのアイデアを提供したので,cの努力に対する被告の配慮として発明者という名誉を与えることとしてポカラ十字ブロックの特許出願においてcを発明者に付け加えることとしたものである。
(イ) bがポカラ十字ブロックを発明した経緯は,次のとおりである。
平成9年4月,我が国における橋梁工学(特にコンクリート基礎についての)権威でありbの大学時代の先輩でもあるh九州共立大学教授から,ユニット化された中空コンクリートブロックを水平配列及び上下に積層配列することにより貯水施設や軟弱地盤の盛土材,魚礁等の各種土木構造物を構築する工法について,技術的有効性についての意見を述べられた(以下,当該土木構造物に用いられる中空コンクリートブロックがポカラAであるとポカラBであるとそれ以外の中空コンクリートブロックであるとを問わず,ユニット化された中空コンクリートブロックで土木構造物を構築する工法を「構造用中空コンクリートブロック組立工法」と総称する。)。
h教授は,構造用中空コンクリートブロック組立工法についての意見を述べた書面(甲41の2枚目の「ポカラ工法の経緯」との見出しがある書面の「4月上旬 h教授の質問状届く」との記載)の中において,熟練した作業員でなくても施工工事ができるように,施工現場での施工を簡単にするための工夫をする必要があると述べた。h教授のこの意見を受けてbが着想して発明したのがポカラ十字ブロックである。単にユニット化された中空コンクリートブロックを平面配列および積層配列するのではなく,上部4箇所と下部4箇所に受座を有する接手の各受座に平面配列及び積層配列されるべきコンクリートブロックの端面を預けると,受座がガイドとして機能しコンクリートブロックが整然と密着して配列され,その結果,高い熟練度を要することなく簡単かつ効率的に配列されて土木構造物が構築されるのである。
同年4月上旬にh教授が意見を述べた時から,bは,ポカラ十字ブロックの発明に着手し,同年6月初めころに,ポカラ十字ブロックを発明として完成させた。
(ウ) 被告が発明したポカラ十字ブロックをcに開示した経緯 被告は,前記のように構造用中空コンクリートブロック組立工法の事業化を計画していたところ,原告から構造用中空コンクリートブロック組立工法の事業化に必要な資金を得ることを期待して,上記事業化への参加を求めていたことから,構造用中空コンクリートブロック組立工法の事業化への原告の参加を促すため,被告は,ポカラ十字ブロック等の開発の状況やその内容等の情報を,cにその都度開示していた。
同年6月23日にcが被告事務所を訪れた時,bはcに対し,h教授の意見から構造用中空コンクリートブロック組立工法の施工現場における施工を簡単,迅速,効率化にするものとしてポカラ十字ブロックを発明したことを説明し,併せてポカラ十字ブロックについての発明の具体的内容を開示した。甲16「FAX送信案内」の1枚目はbの前記発明の開示内容を記載したものである。甲16「FAX送信案内」の1枚目に,「h教授の宿題に対して,b社長が解決策を考案しました」との記載は,bがポカラ十字ブロックを発明するに至った前記経緯についての説明を記載したものであり,同じくそこに示されている4つの図はbがcに開示したポカラ十字ブロックについての発明の具体的内容を図示したものである。
原告が平成9年7月時点でポカラ十字ブロック等の発明の存在とその内容を知っているのは,上記の理由からであって,原告と被告とがポカラ十字ブロック等の共同開発を合意していたからでもなければ,また共同開発を行っていたからでもない。
オ ポカラDについて ポカラBを用いて貯水槽構造物を構築する発明であるポカラDについても,ポカラBと同様に,b及びeの両名が発案して発明として完成させたものであって,遅くとも平成9年7月19日までには発明として完成されている。c又は他の原告従業員がポカラDを発明したことは全くない。
2 争点2(ポカラ十字ブロック等の発明は,本件覚書の対象であるポカラAの「改良発明」であって,本件覚書7条により原告が持分を有するものか。)について (1) 原告の主張 ア ポカラ十字ブロック等がポカラAの改良発明であること (ア) 明細書の記載内容を比較しても,ポカラAとポカラ十字ブロック,ポカラB及びポカラDは共通している。すなわち@いずれも発明の属する技術分野が,土木,建築分野で使用されるブロックやその型枠装置,使用方法であり,Aいずれも発明の目的は,多目的に,かつ,広い分野に利用することができるブロック及び・又は同ブロックを使用したブロック構造物を提供することにあり,B構成要件においても,立体枠状ブロック,立体枠状の型枠装置,立体枠状のブロックの使用方法というもので共通点を有している。
(イ) ポカラ十字ブロックは,実質的にポカラAの立体枠状ブロックと同一のブロックによりブロック構造体を構築する際に使用するためのブロック用接手の発明と,同ブロック接手を使用して構築するブロック構造体の発明であり,ポカラ十字ブロックは,ポカラAの立体枠状ブロックの使用法の改良発明である。
(ウ) ポカラBは,実質的にポカラAの立体枠状ブロックと同一のコンクリートブロック体を形成するための新たな分割中子(型枠装置)を開示したコンクリートブロック体の発明であり,ポカラBは,ポカラAの立体枠状ブロックを形成する型枠装置の改良発明である。
(エ) ポカラDは,実質的にポカラAの立体枠状ブロックの使用方法と同一もしくはその変用例を開示した発明であり,ポカラDは,ポカラAの立体枠状ブロックの使用方法改良発明である。
したがって,ポカラ十字ブロック,ポカラB,ポカラDは,ポカラAの改良発明であり,少なくとも,これらの発明の取扱いについては,原告・被告間で協議して決定すべきものであって,被告単独の権利とすべきものではない。
イ 本件覚書について 本件覚書は,ポカラ十字ブロック出願に際し,今後の原告・被告間に共同出願に関する基本契約を締結すべきであるとの原告の考えから締結されたものである。そして,本件覚書締結時には,続いて,ポカラB,ポカラDも出願が決定されており,今後も他に追加特許出願をすることが予想された。今後,関連する特許出願がなされるたびに合意書等を作成することは,手続的に煩雑であったことから,ポカラ工法の基本特許であるポカラAについて覚書に記載しておけば,その後の追加出願はいずれもポカラAの改良発明にすぎず,同覚書7条で処理できるとの考えから,同覚書にポカラAの出願番号のみを記載したものであった。
ウ 被告は,原告がポカラB及びDの権利を放棄したと主張するが,原告は,被告に対し,平成9年10月18日付け書面で,これらについて原告を申請人に加えるよう要請しているものであり,原告がポカラB及びDの権利を放棄していないことは明白である。
(2) 被告の主張 ア 本件覚書について (ア) 本件覚書が締結された平成9年8月19日の時点では,それに先立つ同年7月17日に,ポカラ十字ブロックについて特許出願が行われていた。また,ポカラBとポカラDとは既に発明として完成していた。しかも,原告は,ポカラ十字ブロックについて特許出願がされていることも,ポカラBとポカラDが既に発明として完成していることも熟知していた。しかし,原告は,ポカラ十字ブロック等について何らかの持分ないしは権利があることを,何ら主張しなかった。原告がかかる主張をせずに覚書の内容を合意したことこそ,ポカラ十字ブロック等について原告が共同開発をしなかったことの証左である。
また,仮に百歩譲って原告がポカラ十字ブロック等の発明に何らかの関与をしていたとしても,前記覚書の合意により原告はポカラ十字ブロック等についての権利を放棄したものである。
さらに,原告会社がポカラ十字ブロックの発明に何らかの関与をしていたとしても,発明者とされたcはポカラ十字ブロックの特許出願に際して特許を受ける権利を被告に譲渡しており,かつ原告は何ら異議を留めることなく当該譲渡を容認したものであるから,原告はポカラ十字ブロックについての権利を放棄したものである。
(イ) 「改良発明」なる概念は特許法上の概念ではなく,契約上の概念であって,共同開発契約や特許ライセンス契約等の経済活動における概念である。したがって,何が改良発明であるかは当事者の合意により定義されるものであって,ある発明と他の発明との技術的比較や技術的関連性という自然科学的見地のみによって,ある発明が他の発明の改良発明であると結論付けられるものではない。発明を構成する複数の構成要件の一つがより大きな作用効果を発揮する構成要件置換されたものであるからといって,当然に構成要件置換された発明が改良発明であるということはできないし,特許法72条所定の利用発明であるからといって当該利用発明が当然に改良発明であるわけでもない。同様に,ある発明と解決されるべき技術的課題を同じくする発明が,当然に改良発明であるわけでもない。契約当事者の合意により確定された内容や範囲,すなわち改良発明の定義を抜きして,ある発明が他の発明の改良発明であるかどうかを議論することは意味がないし,一方当事者が行った発明につき他方当事者が特許権や特許を受ける権利共有持分その他の給付を要求することはできない。
(ウ) 原告が,被告とポカラ十字ブロックを共同開発しようとしたこともなければ,cが原告の職務の遂行としてであると否とを問わずおよそbと共同してポカラ十字ブロック等の各発明を発明したこともなかったからこそ,原告はこれらの各発明が共同開発されたという認識も持ち得ず,むしろbがこれらの各発明を発明したと認識するしかなく(少なくとも,ポカラ十字ブロックの基本形態については,bが発明したものであることを,原告も自認している。),被告会社に対する要求の根拠を「共同出願に関する覚書」7条に定める「改良発明」に求めざるを得なかったのである。
かかる原告社内での意思決定(甲23)と,この意思決定に基づき本件覚書7条が理由であることを明記してなした原告の要求こそ,ポカラ十字ブロック等の各発明がbとcにより共同して発明されものではないこと,すなわち原告と被告により共同して発明されたものではないことの証左である。
3 争点3(原告の金員請求の内容)について (1) 原告の主張 被告は,約30社に対し,ポカラA,ポカラB,ポカラ十字ブロック,ポカラDの各発明につきその実施を許諾し,1億5000万円の実施料を受領した。
そこで原告は,被告に対し,平成10年12月28日到達の郵便で,この実施料の,上記各発明の特許を受ける権利共有持分2分の1に応じた7500万円の支払を求めたが,被告は応じない。よって,原告は,被告に対し,上記7500万円及びこれに対する,上記請求の翌日である平成10年12月29日から支払済みまで,商事法定利率年6分の割合による金員の支払を求める。
(2) 被告の主張 被告は,ポカラAに,別紙一覧表記載の発明(被告の発明したポカラ十字ブロック,ポカラB及びポカラDを含む。)を加えた,合計11の発明について,第三者に実施を許諾した。ポカラAは商品化することができない失敗作であったが,ポカラBが実用化に成功したため,30社に対して上記の11の発明について実施許諾することができた。しかし,実施許諾を受けようとする者が,ポカラB等の採用実績が乏しいことを理由に実施許諾を受けることに躊躇したこと,被告としても広くポカラ十字ブロック等を浸透させる必要があったことから,被告が当初予定していた実施料のディスカウントを行わざるを得なかった。そのため,被告が受領した実施料は約1億円にとどまった。
このうち,ポカラAは失敗作であって商品化できないので,被告から実施許諾を受けた各被許諾者は,ポカラAを実施していない。
原告は,ポカラA,ポカラ十字ブロック,ポカラB及びポカラDの4つの発明について,特許を受ける権利が原告と被告との共有であると主張しつつ,原告の承諾なくして被告が当該各発明の実施を許諾していると主張している。ところが,共有にかかる特許権は他の共有者の同意を得なければ実施を許諾することができない(特許法第73条2項)にとどまるから,たとえ原告が本件各発明について特許を受ける権利共有しているとしても,当然に,原告がその持分割合に従って被告が受領した実施料の支払を求める権利を行使し得るわけではなく,原告の請求は理由がない。
当裁判所の判断
1 本件における事実関係等 前記の当事者間に争いのない事実(第1記載)に,証拠(甲1,2,5,6,8ないし13,16,17,20ないし26,29ないし32,33ないし38,41ないし43,45ないし47,50,53並びに54の各1及び2,55,58ないし68,乙15ないし19,証人d及びc,被告代表者本人)及び弁論の全趣旨を綜合すれば,以下の事実が認められる。
(1) 原告は,全国的な規模で,総合建設業,コンクリート製品の製造,販売等を業とする株式会社であり,被告は,福岡において,土木建築工事の企画,設計,請負及びコンサルティング等を業とする株式会社である。
原告九州支店と被告は,平成9年2月ころ,ある調製池の建設計画の件で接触を持った。
(2)ア 平成9年3月10日ころ,原告九州支店土木営業課長aは,構造用中空コンクリートブロックの件で,被告代表者であるbと会い,また同支店副支店長のcは,同月14日ころ,aの紹介で,bと初めて顔を合わせた。構造用中空コンクリートブロックとは,コンクリートでできた正方形などのブロックを,中空としたもので(中空部分やその枠の部分の形状は様々である。),これを複数配列して構造物として使用するためのものである。
bは,このころ,構造用中空コンクリートブロックの利便性,省力性,経済性に着目し,従来技術である軽量盛土工法に代わって中空コンクリートブロックを軟弱地盤の盛土材等に使用するという,構造用中空コンクリートブロック組立工法を,日本全国で広く事業展開することを計画していた。
cとの最初の面談の日,bは,中空コンクリートブロックを水平に連結したり,上下に積層したりして複数配置することにより,人工台地や貯水槽に使用するアイデアを,cに語った。bの示した中空コンクリートブロックは,枠の形状が四角形の柱・梁型状のもの(ポカラBの公開特許公報(甲5)の図6にあるような形態)と中空の部分をボール型にしたものが話題となった。cは,このbのアイデアに強い関心を持ち,原告で事業化することを企図した。
イ 被告は,熊本市が発注する,市道半田25号線歩道拡幅工事の情報をつかんでおり,何とかこの工事に,構造用中空コンクリートブロックを使用する工法を採用させたいと強く願っていた。また,bからこの情報を得たcも,原告においてこの工事を受注し,上記工法で施工することを強く望んだ。
なお,「ポカラ」とは,「空っぽ」の語の文字順を入れ替えてbが作成した造語である。この名称が使われるようになったのは,平成9年8月か9月ころからであり,それ以前は,「アイレ・クーボ」とか「ティアラクビカ」(スペイン語で「空気の立方体」とか「立方形の土」の意。dが命名した。)などと呼ばれていた。ポカラ「A」とか,「B」などの名称が使われるようになったのは,さらに後になってからのことで,同年10月に,ポカラ研究会が開かれた席で,初めて使用された(証人d及びc)。
(3) 上記のcとbの初の面談の日である平成9年3月14日ころの時点で,bがいかなる意図で,何をcに相談したかについて検討する。
ア 被告の主張するところは,この時点において,中空部分を筒型にした中空コンクリートブロック(後のポカラB)を被告独自で既に開発しており,同年2月18日以降,構造力学計算をbが行っていたから(その証拠として乙5の計算メモを提出する。),3月14日ころの時点では,被告が原告に接触した目的は,原告が中空コンクリートブロックを製造できる旨の情報を入手したので,中空コンクリートブロックの製造が原告において可能であるか否かを打診することであって,中空コンクリートブロックの中空の形成技術の開発の依頼でも共同開発の提案でもない,というものである。
イ しかしながら,後に判示するように,被告がこの時点でポカラ計画の中心となる中空コンクリートブロックであるポカラBを,被告独自で既に開発していたとの証拠は,この乙5の計算メモのみであるところ,このメモにおいて,計算を行った日付を示すものは,表紙に手書きで「1997,2,18」と書かれた部分のみであるので,その作成日は明らかでないというほかない。他方,aが,3月10日ころbに会った際のメモである甲8には,枠の形状が四角形の柱・梁型状のブロックの記載しかないこと,cが3月14日ころbと会った際に話した結果を題材にブロックの構造等について検討した結果のメモである甲9にも,枠の形状が四角形の柱・梁型状のブロック及び中空部分を球型にしたもの(後のポカラA)の記載しかないこと,これらのメモに,bが中空コンクリートブロックの製造ができるかどうかを相談したことをうかがわせる,製造上の問題点や製造数量に関わる記載が一切ないこと,その後に作成されたメモ等の書証にも,bがブロックの製造ができるかどうかを相談したことをうかがわせる記載が一切存在しないことを考慮すると,前記の被告の主張(被告が中空部分を筒型にした中空コンクリートブロック(後のポカラB)を被告独自で既に開発しており,同年2月18日以降,構造力学計算をbが行った旨の主張及び被告が原告に打診したのは,中空コンクリートブロックの試作品の製造ができるか否かであって,共同開発の打診等ではない旨の主張)は,いずれも証拠上,これを認めることができない。なお,上記乙5の計算メモには,後記の分割中子(後記2(1)ア認定のとおり,中空コンクリートブロックの中空部分を筒型とし,主な筒の四周に,分割できる短い筒を取り付けたもの)のアイデアを図にしたものも記載されているが,上記のとおり,この部分の作成された日付も明らかでなく,平成9年2月から3月前半ころの時点で,bが分割中子のアイデアを既に持っていたことも,認められない。
ウ 後記認定のように,被告がポカラBのアイデアの原型を考え付いたのは,平成9年4月14日ころと認められるので,被告が同年3月14日ころの時点で,原告に打診したのは,まだ形や構造のはっきり定まらない中空コンクリートブロックの共同開発及び製造や事業化の可能性についての打診と考えるのが相当である。
(4) ポカラA誕生の経緯 ア 3月14日ころのbとの打合せで,bの提案した中空コンクリートブロック構造物のアイデアに興味を抱いたcは,これを基に自分でいろいろとブロックの構造等を検討し,立方体の外枠の中にゴム風船を入れて,球状の中空部を形成するブロックのアイデアを考え付いた。従来技術である枠の形状が四角形の柱・梁型状のブロックだと,中空部分に鋭角的な断面変化があるため,その部分に応力が集中して局部破壊を生ずるおそれが高く,それに対処するには鉄筋を入れる必要があって,製造コストが高くなる。これに対し,中空部分を丸い形状(球形に限らない。)にすると,外枠の側面中空部がアーチ状になるため,応力の流れがスムーズになって,応力の集中,さらには疲労破壊の発生のおそれを大幅に低減でき,無筋構造でも製造できてコスト的に有利になることが見込まれた。そのため,このアイデアが有望だと考えたcは,技術者として,このアイデアを深化させ,製品化しようと努力を傾け,原告・被告の双方で共同開発をするよう,bに提案し,これを推進した。これが後のポカラAとなった。球形の中空部を作るポカラの開発のほか,他に考えられるブロックの構造,構造用中空コンクリートブロックの用途等は,b,c,e,dの4人で主として話し合われた。この4人による検討は,「開発会議」と呼ばれた。
イ bは,原告・被告間の信頼関係がいまだ十分でない,平成9年5月20日ころ,cに全く相談することなく,原告九州支店と,一面識もない原告の東京本社のi土木部長の双方に宛てて,「アイレ・クーボ事業計画書」を送付した(甲66)。同事業計画書には,アイレ・クーボの事業規模は,年間100億円から200億円と記載してあり(甲13),bは,事業計画のために必要であるとして,原告に2000万円の融資を請うた。このため,原告の東京本社は,同事業が多額の資金を要することへの警戒心と,被告に対する強い不信感を抱き,九州支店がポカラ事業を推進することに批判的になった。このため,cは原告社内で孤立することになった(乙15)。
ウ 原告と被告は,ポカラAの共同開発を進め,平成9年6月17日に,発明の名称を「立体枠状ブロック及び同ブロックの型枠装置並びに同ブロックの使用方法」として,原告・被告両社を共同出願人として特許出願した。
しかしながら,このポカラAには,その中空部が風船により球状に形成されていることから,外枠の円形の開口部の周縁部の断面が鋭角的な刃状となり,その結果全く厚みのない部分ができ,外力を受けた場合,その面に形成されている開口部の周縁部分で破壊が起きやすいという欠点があった。また,中空部をゴム風船に空気を注入することにより形成するため,中空部が形成しにくいという製造技術上の欠点もあった。同年7月28日,原告は,関連会社のフドウケーピーシーにポカラAの型枠を発注し,試験体製作に取り掛かったが,8月25日にはその第1号が脱型に失敗し,問題点を露呈した。同年10月14日,ポカラAとBの実物により載荷試験が行われたが,ポカラBが80トンの荷重に耐えたのに対し,ポカラAは,20トンの荷重にしか耐えることができず(証人c),強度の点では失敗作であることが明らかとなった。
(5) ポカラB誕生の経緯 bとcは,いずれも,熊本市土木事務所が計画していた市道半田25号線歩道拡幅工事を原告が受注し,これをポカラ工法(ポカラの中空コンクリートブロックを使用した工法をいう。以下同じ。)で施工することに努力を傾けていたが,bとcの熊本市に対する積極的な営業活動の結果,平成9年8月6日か8日ころには,同工事にポカラ工法が採用される見込みが立った(証人c)。しかしながら,同年8月25日に,ポカラAの試験体の第1号が製造されたが,その脱型に失敗し(甲29),ポカラAの製造技術上の難点やその他の前述の欠点から,市道半田25号線歩道拡幅工事の施工に間に合わないおそれが生じるに至った。そこで,不安を感じたcとbは,既にアイデアだけは出ていた筒型ポカラ(後のポカラB)に,期待をつなぐことにした。筒型ポカラは,中空コンクリートブロックの中空部分を大きな筒で形成しようというアイデアである。まずcは,bに相談することなく,1人で,原告の関連会社であり,コンクリートの型枠等を製造する日鐵建材の従業員jに相談し,8月27日か28日ころ,同人と面談して,「真ん中に筒を置いて,同じ大きさの筒が四方向からぶつかってくる,そういうような型枠を作ることができれば,この筒型の製品は作れるはずである」旨を示唆し,図面を書いて与えるなどのことはしないまま,型枠の図面の作成を依頼した(証人c)。jからは,8月30日に型枠の図面と見積りの概算が出され(甲58),9月9日ころには正式の見積書が出されて(甲60),これに基づき,同月26日にはポカラBの試験体が完成した。
他方,bは,cに,このままでは間に合わないので,既にあるポカラAの型枠を使って,これの穴の部分に発泡スチロールを入れて,ポカラBの型枠を作るよう指示した。同年9月4日に図面ができ(乙18,19),同月10日ころ見積書がjから出され,この製造法によるポカラBの試験体も,同月26日から末日ころ,完成した(甲53,被告代表者)。
同年10月2日,被告は,ポカラBを単独で特許出願した。願書の発明者の欄には,bとeの氏名が併記された。
ポカラBは,空隙率はポカラAより低く,そのため軽量化という点ではこれより劣ったが,反面,ブロックの強度は高く,同年10月14日,ポカラAとBの実物により載荷試験が行われた際,ポカラAは20トンの荷重にしか耐えることができなかったのに対し,ポカラBは80トンの荷重に耐えた(証人c)。この強さから,ポカラBは様々な工事に使用できることが示され,後にポカラを利用した事業に多数の参加企業を集めるための大きな力となった。
後記2(1)認定のように,ポカラBのアイデアは,同年4月14日ころ,bから出されたものと認められるが,その後は,スポンサーの役割を期待されていた原告を代表する立場にあるcが,上記のようにポカラAの開発に熱意を持っていたせいもあり,ポカラBの開発はほとんど行われていなかったものと認められる。ポカラBの開発が本格的になったのは,同年8月25日,ポカラAの脱型に失敗し,原告・被告双方にこれに対する不安が強くなった時からであると認められる。 (6) 本件覚書の締結 平成9年7月17日,被告は,ポカラ十字ブロックを特許出願した。願書の発明者の欄には,bとeの氏名が併記された。被告が単独でこの発明の特許出願をしたことは,原告にも知らされた。
この出願を契機に,原告社内から,原告・被告間に特許の共同出願に関する基本契約を締結すべきであるとの声が出て,本件覚書を締結することになった。
本件覚書(甲1)は,その前文において,原告と被告は,下記発明を特許共同出願するに当たり,次のとおり覚書を締結する旨をうたい,記としてポカラAの発明の名称,特許出願日,特許出願番号を挙げている。同覚書1条では,ポカラAの特許権は原告・被告各2分の1の共有とする旨を規定し,以下の条項では,出願手続や第三者への実施許諾等について定めている。同7条では,被告及び原告は,本発明(ポカラA)の改良について特許または実用新案登録の出願をしようとする場合には,予め一方の当事者にその内容を通知し,この場合の取扱いについて被告及び原告が協議の上,決定する旨を規定している。
(7) 平成9年9月下旬には,ポカラBの試験体が完成したが,原告東京本社がポカラの事業計画に消極的であるため,被告は,スポンサーとなる企業を別途見付けざるを得なくなった。被告は,同年6月ころから,コンクリート二次製品製造業者に対して,構造用中空コンクリートブロック事業への参加を呼びかけていたが,10月ころには,福岡の大手コンクリート二次製品製造業者である株式会社九コンが参加し(乙15),その後も徐々に参加事業者が増えたため,これを「ポカラ研究会」として組織することができた。cは,原告東京本社の反対にもかかわらず,なおこれに関与していた。
平成9年10月24日には,コンクリート二次製品製造業者を集めて,福岡で「ポカラ及びポカラ工法説明会」が開かれ,cも出席した(乙15ないし17)。この席上,初めて「ポカラB」などの名称が用いられた(証人c)。
原告は結局ポカラ事業に参加せず,原告の東京本社は,九州支店に対し,半田25号線歩道拡幅工事も受注しないように指示した。被告は,原告のこのような態度に愛想を尽かし,平成10年2月12日ころ,原告との関係を解消する旨を通告した(甲34)。
平成10年7月6日に,福岡で,第1回のポカラ研究会定期総会が開かれ,ポカラを利用した事業が本格的に立ち上がった。被告は,ポカラAに,別紙一覧表記載の発明(ポカラ十字ブロック,ポカラB及びポカラDを含む。)を加えた合計11の発明について,同事業に参加した約30社の企業に対し,実施を許諾し,実施料を約1億円得ることができた。
2 争点1(ポカラ十字ブロック等が原告・被告の共同開発に係るものか。)について 上記認定の事実の経過を踏まえ,3つの発明が原告・被告の共同開発に係るものかにつき検討する。
(1) ポカラBについて ア ポカラBは,公開特許公報(甲5)の図2ないし4にあるように,中空コンクリートブロックの中空部分を筒状にし,中心にある大きな筒(主中子)の四周に短い筒(副中子)を取り付けて,六面体の各面に中空部分を設け,これを連通させたものである(公開特許公報における特許請求の範囲請求項1「六面以上の外面を有する多面体からなるコンクリート製ブロック内部に前記外面のうち二面以上の外面に連通した中空部を有するコンクリートブロック体であって,前記中空部はコンクリート硬化後に取り外し可能な複数の分割中子を用いて形成されたものであることを特徴とするコンクリートブロック体。」)。
イ bとcが同年10月18日ころの時点でポカラ工法の開発経過を振り返ったメモである甲29の4月14日の欄に,「*円柱型くりぬき製品提案(b社長私案→不動グループ)」とあることからすると,4月14日ころには,ポカラBのアイデアの原型ともいうべき部分がbから出され,cとbとの間で話し合われていたものと認められる。
このように,ポカラBのアイデアは,同年4月14日ころ,bから出されたものと認められるが,その後は,前記1(5)認定のように,ポカラBの開発はほとんど行われておらず,本格的に開発が進められたのは,同年8月25日,ポカラAの脱型に失敗し,これに対する不安が強くなった時からであると認められる。同年8月25日ころ以前の段階において,bやcがポカラBの開発に積極的に取り組んでいたことを示す証拠は存しない。原告は,甲18の「ポカラB製作方法(パイプ応用)」との記載を根拠に,同年7月9日の開発会議の席上でポカラBが発案されたと主張するが,同号証には日付けの記載がなく,作成時点が明らかでないので,同号証を根拠として右主張事実を認めることはできない。その他の証拠を総合しても,ポカラBについて,cがその発明に何らかの関与があったことは認められるものの,具体的な関与の態様は明らかでなく,被告と共同で発明したとまでは認められない。
ウ 平成9年8月25日ころ以降のポカラBの開発 前記1(5)認定のように,この時期,cはbに相談することなく,ポカラBの型枠を発注して,ポカラBの試験体を完成させている。原告が,ポカラBはcが単独で開発したものであると主張するのは,このことを指すものと解される。しかしながら,ポカラBの特許出願がされた平成9年10月2日までの期間において,本件全証拠によっても,cがポカラBの発明に寄与したような形跡は見られない。cの手になる図面等も一切なく,また,試験体を製造するに当たって,日鐵建材のjに図面を依頼する際にも,「真ん中に筒を置いて,同じ大きさの筒が四方向からぶつかってくる,そういうような型枠」というような趣旨を指示したのみで,分割中子のアイデアも全く伝えていない。分割中子自体は,このころ既に公知の技術であり(乙23),そうであればこそ,この程度の指示で,jにおいて図面の作成が可能だったものと考えられる。そうすると,cは,筒型のアイデア自体はb又はその弟のeから出ていることを認めている(証人c)し,上記のような指示をした以外に,ポカラBの発明に寄与したような特段の事実を認められないから ,cをポカラBの共同発明者であるとは認定できない。
仮に,bと全く別個に,cがjと打合せをして,ポカラBの図面を,またこれにより試験体を製造させたことが発明に当たると解するとしても,上記1(5)認定のように,これは被告の特許出願したポカラBとは全く無関係にされたものであるから,これをもってcがポカラBの共同発明者であるとはいえない。
上記アないしウに認定したところによれば,ポカラBについては,cに共同発明者としての関与が認められないので,その特許を受ける権利共有持分を有するとの原告の主張は,その前提を欠き,失当である。
(2) ポカラ十字ブロックについて 証拠(甲16,41,42,46,乙15)によれば,次の事実が認められる。
ア bは,aやcに会った当初から,中空コンクリートブロックを,多数,水平に並べ又は上下に積層して,連結して使用するアイデアを有していたが,その連結されたブロックの結合を強める接合用部材が必要であった。bは,大学の先輩であり,コンクリート工学を専門とする九州共立大学工学部のh教授に,遅くとも平成9年4月ころまでには,この接合用部材について相談していた。同年6月23日には,同大学から同教授の意見を記載したファクスが届き,その内容は「土方仕事で簡単に施工できるものとせよ」などというものであった。bは,これに対する解決策を検討し,ほぼ現在のポカラ十字ブロックに近いアイデアを得た。そこで,同日ころ,cが被告事務所を訪ねてきた際に,bはcにこのアイデアを示し,2人でその細部についてさらに検討した。cは,ポカラ工法のアイデアに魅力を感じて,bと共にこの事業化を推進していたが,原告の九州支店副支店長という立場から,前記1(4)イ認定のように,ポカラ事業に批判的な東京本社の理解を得る必要があり,このbのアイデアに2人で検討した結果を付け加え,bが解決策を考案した旨記載して,東京本社のi部長に宛ててファクスで送信した。
被告は,平成9年7月17日,ポカラ十字ブロックを単独で特許出願した。特許出願に当たり,願書の発明者の欄には,bの氏名とcの氏名が併記された。
イ 上記認定のとおり,ポカラ十字ブロックのアイデアの主要部分は,bによって開発されたものというべきであり,cの関与も認められるが,その関与の程度は,本件全証拠によっても明らかでないというべきである。この点につき,cの陳述書(甲46)には,同人が発案しb案に付加したものは,モルタル等の充填材を上から注入可能な充填孔並びにその充填孔に流路を連通させて受け座の表面に開口する放出孔及びブロックの中心を通って互いに90度の角度を持つ関係とした3本の軸線上に貫通孔の設置であるとの記載がある。しかしながら,cがこれらの問題点を検討し,解決策を考案したことをうかがわせる証拠は,同人の陳述書以外,一切存しない。そうすると,ポカラ十字ブロックの発明を完成するに当たり,cがこれに関与したことは認められるが,その関与の程度が,共同発明といえるだけの実質的な関与であったことまでは,証拠上認められない。このことからすると,ポカラ十字ブロックの特許出願の願書の発明者の欄にbとcの氏名が併記されているのは,被告が主張するように,ポカラ事業に積極的だったことによって原告社内で立場の悪くなったcに対する儀礼の趣旨にすぎないと認められる。
(3) ポカラDについて 証拠(甲8,10ないし12,46,乙15)によれば,以下の事実が認められる。
ア 前記1(2)ア認定のように,bは,aやcに会った当初から,中空コンクリートブロックを多数,水平に並べ,又は上下に積層して,連結して使用するアイデアを有しており,これを同人や開発会議のメンバーに開示していた。そのようななかで,このように連結したブロックの集合体の空洞部分を,貯水槽として使用するアイデアが生まれた。
平成9年10月2日,被告は,ポカラDを特許出願した。願書の発明者の欄には,bとeの氏名が併記された。特許請求の範囲請求項1は,「内部から外部に連通する中空部を有し上下方向に積層可能なコンクリートブロック体を地表面下に面方向,上下方向に複数配置して貯留空間を形成するとともに前記貯留空間の外周に止水部を形成し,さらに,前記地表面の水を前記貯留空間に導入するための導水部を備えたことを特徴とする貯水槽構造物」というものであり,中空部を有するコンクリートブロックを使用するという以上に制約がないので,ポカラAでもBでも用いうるものとなっている(ポカラDの公開特許公報(甲6)の「発明の詳細な説明」【0017】段落には,「この場合,中空部の形状を,曲面体の一部,多面体の一部,円筒体,角筒体のうちの少なくとも一部を含む形状とすることができる。ここで,曲面体とは連続した曲面によって囲まれた立体をいい,例えば,球状体,楕円体,卵形状体,ラグビーボール形状体などのほか不規則な連続曲面で囲まれた立体も含まれる。」との記載がある。また,上記公報の図面は,図2にポカラAのもの,図4にポカラBのものと,両方が記載されている。)。さらに,原告・被告の共同開発に係るポカラAの出願書類(甲2)中の「発明の詳細な説明」【0054】段落から【0058】段落まで及び図7には,貯水槽としての使用例が記載されている。
イ 上記認定のとおり,ポカラDのアイデアは早くからcや開発会議のメンバーに開示され,中空コンクリートブロックを連結して,そのブロックの集合体の空洞部分を,貯水槽として使用するアイデアが生まれた。したがって,ポカラDの発明が完成するに当たっては,cの何らかの関与があったものと認められる。しかしながら,本件全証拠によっても,cがどの程度の関与をしたかは明らかでなく,実質的な共同開発に当たるといえるだけの関与をしたとまでは証拠上認められない。甲19及び39には,いずれもその1枚目に「J ポカラ貯水システム」との記載があるが,これによっても,開発会議のメンバーがどの程度の検討をしたのかは明らかでないし,これら書証は作成日付けの記載がなく,これをもってcの関与を認めるに足りない。原告は,中空コンクリートブロック内部を洗浄するための液体又は気体を噴出する洗浄ノズルを備えることを請求項に加えたことをcの功績として主張するようであるが,これについてもcがこれを発明したりアイデアを具体化したことを示す証拠は存しない。
したがって,ポカラDは,cとbの共同発明とは認められない。
以上より,ポカラ十字ブロック,ポカラB及びポカラDの3つの発明は,いずれもcとbないし被告の共同発明とは認められないので,cとの共同発明であることを前提として,これら3つの発明につき,特許を受ける権利共有持分権2分の1の確認を求める原告の請求は,いずれもその前提を欠くものであり,理由がない。
3 争点2(ポカラ十字ブロック等の発明は,本件覚書の対象であるポカラAの「改良発明」であって,本件覚書7条により原告が各特許を受ける権利につき共有持分2分の1を有するか。)について 原告の,本件覚書に基づく主張は,争点1の共同開発の主張と選択的に主張するものと解されるので,次に,この主張の当否について判断する。
本件覚書(甲1)は,その前文において,原告と被告は,下記発明を特許共同出願するに当たり,次のとおり覚書を締結する旨をうたい,記としてポカラAの発明の名称,特許出願日,特許出願番号を挙げている。同覚書7条の規定は,「甲(被告)及び乙(原告)は,本発明(ポカラA)の改良について特許または実用新案登録の出願をしようとする場合には,予め一方の当事者にその内容を通知し,この場合の取扱いについて甲(被告)及び乙(原告)が協議の上,決定する。」というものである。そうすると上記覚書の規定は,ポカラAの改良発明というべきもの(「改良発明」という用語自体,必ずしも内容の定まったものではないが)について,特許出願ないし実用新案登録出願をしようとする当事者に,単に相手方への通知と,特許権等の取扱いについての相手方との協議に応じる義務を定めたものにすぎず,この規定から当然に,単独で出願した当事者に対し,相手方当事者が特許を受ける権利の2分の1を移転するよう求め得るものではない。
したがって,本件覚書にいう「改良発明」とはいかなるものを指すと当事者が意図したか,本件において,ポカラB,ポカラ十字ブロック,ポカラDが,ポカラAの「改良発明」に当たるかどうか,の各点につき検討するまでもなく,上記覚書の規定を根拠として,これら発明の特許を受ける権利につき2分の1の共有持分の確認を求めることはできないというべきである。原告のこの請求も理由がない。
4 また,被告の受領した実施料の2分の1の支払を求める請求については,前記のとおり原告が共有持分を有するポカラAは多くの欠点を有し商品化できない発明であり,実施許諾を受けた各被許諾者においてもこれを実施しているものではなく,その余の発明については原告がその共有持分を有するとは認められないから,理由がないというべきである。
5 以上によれば,被告に対して,特許を受ける権利共有持分の確認及び金員の支払を求める原告の各請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
追加
(別紙)目録特許を受ける権利1第1発明出願番号特願平9―192836発明の名称ブロック用接手及びこれを用いたブロック構造体出願年月日平成9年7月17日出願公開年月日平成11年2月9日特許出願公開番号特開平11―363142第2発明出願番号特願平9―270202発明の名称コンクリートブロック体出願年月日平成9年10月2日出願公開年月日平成11年4月20日特許出願公開番号特開平11―1050243第3発明出願番号特願平9―270204発明の名称貯水槽構造物出願年月日平成9年10月2日出願公開年月日平成11年4月20日特許出願公開番号特開平11―107354(別紙)一覧表1発明の名称ブロック用接手及びこれを用いたブロック構造体出願年月日平成9年7月17日出願番号特願平9―1928362発明の名称コンクリートブロック体出願年月日平成9年10月2日出願番号特願平9―2702023発明の名称水中構造物出願年月日平成9年10月2日出願番号特願平9―2702034発明の名称貯水槽構造物出願年月日平成9年10月2日出願番号特願平9―2702045発明の名称護岸構造物出願年月日平成9年10月2日出願番号特願平9―2702376発明の名称護岸構造物出願年月日平成9年10月2日出願番号特願平9―2702387発明の名称壁体構造物出願年月日平成9年10月2日出願番号特願平9―2702398発明の名称落差構造物出願年月日平成9年10月13日出願番号特願平9―2791819発明の名称砂防ダム構造物出願年月日平成9年10月13日出願番号特願平9―27918210発明の名称魚道構造物出願年月日平成9年10月13日出願番号特願平9―279183
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 村越啓悦
裁判官 中吉徹郎