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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 発明者 /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  技術的意義 /  実施 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  請求の範囲 /  補助参加 / 
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事件 平成 11年 (ワ) 28963号 特許権侵害差止請求事件
原告 日亜化学工業株式会社
同訴訟代理人弁護士 品川澄雄
同 山上和則
同 吉利靖雄
同補佐人弁理士 青山葆
同 河宮治
同 石井久夫
同 北原康廣
被告 住友商事株式会社
同訴訟代理人弁護士 灘波修一
同 内藤順也
同 鳥養雅夫
同 岩波修
同 西山哲宏
同 村田哲哉
同補佐人弁理士 長谷川芳樹
同 近藤伊知良
被告補助参加人 クリー・インク
同訴訟代理人弁護士 升永英俊
同 大島崇志
同 大岩直子
同補佐人弁理士 谷義一
同 加藤信之
同 南条雅裕
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2001/05/15
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の請求
1 被告は,別紙「物件目録」記載の青色発光ダイオードチップ(青色半導体発光素子)を販売してはならない。
2 被告は,その所有に係る前項記載の青色発光ダイオードチップ(青色半導体発光素子)を廃棄せよ。
事案の概要
本件は,窒化ガリウム系化合物半導体発光素子の特許権を有する原告が被告に対し,被告補助参加人が製造し,被告が販売している別紙「物件目録」記載の青色発光ダイオードチップ(以下「被告製品」という。)は,原告の上記特許権に係る発明(請求項1,3)の各技術的範囲に属するものであり,その販売が原告の上記特許権の侵害に当たると主張して,上記特許権に基づき,被告製品の販売の差止め及び廃棄を求めている事案である。
1 争いのない事実 (1) 原告は,下記の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。
記 特許番号 第2918139号 発明の名称 窒化ガリウム系化合物半導体発光素子 出願日 平成5年6月17日 登録日 平成11年4月23日 (2) 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の特許公報(甲2)参照)の特許請求の範囲請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件発明1」という。なお,「半導体発光素子」とは,電流を流すことによって発光する半導体素子のことであり,発光ダイオードとも呼ばれる。「ドーパント」とは,半導体の性質を制御するために添加される,半導体結晶を構成する元素以外の元素からなる不純物のことであって,GaN,GaAsのようなV-X族化合物半導体に対しては,p型のドーパントとして,U族元素であるBe,Mg,Zn,Cdがあり,n型ドーパントとしては,Y族元素であるSe,TeやW族元素であるSiがある。)。
「n型Ga1-YAlYN(0請求の範囲請求項3の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件発明2」といい,本件発明1と併せて「本件発明」と総称する。なお,「コンタクト層」とは,電極と半導体との電気接続を行う半導体層のことである。)。
「前記p型Ga1-Z Al ZNの上に,さらにコンタクト層としてp型GaN層が積層されていることを特徴とする請求項1に記載の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。」 (4) 本件発明1の構成要件を分説すれば,次のA1及び2,B並びにC記載のとおりであり,本件発明2の構成要件を分説すれば,次のA1及び2,B,C並びにD記載のとおりである(以下,分説した各構成要件をその符号に従い「構成要件A1」などのように表記する。)。
A1 n型Ga1-YAlYN(0 ア 従来のMIS構造(半導体表面に絶縁膜を挟んで金属電極を対向させた構造)の発光素子に比して,格段に発光出力が向上する。
イ AlGaNからなるp型クラッド層の上にコンタクト層としてp型GaN層を形成することにより,正電極とp型コンタクト層とのオーミック接触(オーミックとはオームの法則に従うという意味で,その接触部分に整流性がないことを意味する。)が得られやすくなり,発光素子にかかる順方向電圧を下げ,発光効率を向上させることができる。
ウ SiC,MIS構造GaNしか利用されていなかった従来の青色発光素子にとって替わり,本件発明の発光素子が十分に実用可能となり,平面ディスプレイ,フルカラー発光ダイオード等が実現できる。
(6) 被告補助参加人は,被告製品(その構成は,別紙「物件目録」記載のとおりである。)を日本国外で製造して被告に販売し,被告は,これを日本国内で販売している。
(7) 被告製品は,構成要件A2,C及びDを充足する(被告製品の層60が構成要件A2の「p型GaAlN層」に,層70が構成要件Dの「p型GaN層」にそれぞれ該当する。)。
2 争点 被告製品が構成要件A1及びBを充足し,本件発明の技術的範囲に属するかどうか。
殊に,本件発明の技術的範囲がいわゆるダブルへテロ構造(活性層ないし発光層と呼ばれるバンドギャップの小さな層を,クラッド層と呼ばれるバンドギャップの大きなp型及びn型の層で両側から挟んだ接合構造)の半導体発光素子に限定され,構成要件A1の「n型GaAlN層」と構成要件A2の「p型GaAlN層」がいずれもクラッド層であることを要し,また,構成要件Bの「上記両層の間に」という構成がn型GaAlN層とp型GaAlN層の双方に発光層が直接に接触していることを要するものかどうか。
3 原告の主張 (1) 被告及び被告補助参加人(以下「被告ら」という。)は,本件発明がいわゆるダブルへテロ構造の半導体発光素子に限定され,構成要件A1の「n型GaAlN層」と構成要件A2の「p型GaAlN層」がいずれもクラッド層であること,構成要件Bの「上記両層の間に」という構成がn型GaAlN層とp型GaAlN層の双方に発光層が直接に接触していることを要すると主張する。
しかし,そもそも本件発明の本質は,従来のMIS構造の発光素子ではi型層にZnとSiとをドープしても発光色を変え得るのみであり,発光素子としては実用できないことから,発光層にp型ドーパントのZnとn型ドーパントのSiとを共にドープしn型とすることによって,発光層の電子キャリア濃度を調節して,発光素子の発光出力を向上させるという点にあり(本件明細書の段落【0011】の記載参照。構成要件A1及びA2の機能は,電子がn型Ga1-Y Al YN(0構成要件A1及びA2は,本件発明の外延を示すにすぎない。この点は,甲第7号証(本件発明の発明者である丁T作成の陳述書)の記載からも明らかである。),このような作用効果は,ダブルへテロ構造に限らず,いわゆるシングルへテロ構造(活性層ないし発光層と呼ばれるバンドギャップの小さな層と,クラッド層と呼ばれるバンドギャップの大きな一つの層が接合している構造)の発光素子においても奏し得るものである。本件明細書の「特許請求の範囲」欄には,本件発明をダブルへテロ構造に限定する旨の記載はなく,「発明の詳細な説明」欄を含めても,本件発明からシングルへテロ構造のものを除外するような記載は一切存在しない。本件明細書のn型GaAlN層を発光層としたダブルへテロ構造の発光素子についての記載は,単にベストモードを示したものにすぎず(本件明細書の段落【0010】の記載参照),ベストモードたるダブルへテロ構造が開示されていれば,その発光素子をダブルへテロ構造よりも発光出力において劣るシングルヘテロ構造にしたとしても,MIS構造の発光素子よりも発光出力が優れた発光素子が得られることは当然である。本件明細書の「発明の詳細な説明」欄のクラッド層についての記載も,あくまで電子及び正孔を発光層内に閉じ込める効果が最も高い,ベストモードのダブルへテロ構造を開示しているにすぎず,本件発明は,クラッド層の存在を必須とするものではない。
したがって,被告らの主張は失当である。
(2) 仮に,構成要件A1の「n型GaAlN層」及び構成要件A2の「p型GaAlN層」がクラッド層であることを要するとしても,そもそもクラッド層とは,レーザーダイオードにおいて光を増幅する機能を持つ活性層(発光層)の周囲に隣接若しくは近接して存在する屈折率が低くバンドギャップエネルギーが高い半導体層であり(甲第4号証「半導体用語大辞典」376頁参照),せき止め機能(電子と正孔をせき止める機能)及び窓機能(p型層やn型層が一種の窓として働き,発光層で発生した光の自己吸収が少なく,効率よく光を取り出せる機能)を有しているものを意味し(甲第9号証参照),必ずしも発光層に隣接することを要するものではない。本件明細書においても,実施態様としてクラッド層が発光層に直に接している例が記載されているにすぎず,n型GaAlN層が発光層に直に接していなければならないとは記載されていない。
(3) 被告製品は,層30が構成要件A1の「n型GaAlN層」に,層50が構成要件Bの「n型GaAlN層」にそれぞれ該当し,構成要件A1及びBを充足する。そして,ZnとSiがドープされてキャリア濃度が調整された発光層50に,n型AlGaN組成傾斜層30側から電子を,p型AlGaN層60側から正孔を供給し,その結果ドナーアクセプタのペア発光を生ぜしめて発光出力を向上させるものであり,本件発明の作用効果を奏している。
仮に構成要件A1の「n型GaAlN層」及び構成要件A2の「p型GaAlN層」がクラッド層であることを要するとしても,被告製品のp型AlGaN層60はクラッド層であり,n型AlGaN組成傾斜層30も,発光層50より屈折率が低く,バンドギャップエネルギーが高い層であり,発光層50に隣接してはいないもののそれに近接して存在しており,層30と層40との間の電位障壁によるせき止め機能(甲第6号証参照。なお,層40自身は,クラッド層として機能しない。)と共に,窓機能を有しているから,クラッド層に当たり,構成要件A1の「n型GaAlN層」に該当する。
したがって,被告製品は,構成要件A1及びBを充足し,本件発明の技術的範囲に属する。
4 被告らの主張 (1) 本件発明は,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載(段落【0001】,同【0006】,同【0010】,同【0013】ないし同【0015】及び同【0034】等)から明らかなように,ダブルへテロ構造の半導体発光素子に関するものであり,シングルへテロ構造の半導体発光素子を対象とするものではない(本件明細書には,シングルへテロ構造のものであっても従来技術によっては解決できなかった技術的課題を解決できる旨の記載はなく,その示唆もない。)。この点は,本件発明の発明者である丁Uが,本件発明の特許出願時においてそのような認識であったことからも明らかである(丁U作成の陳述書(丙5)参照)。そして,クラッド層とは,発光層(活性層)を被覆する層であって,発光層(活性層)の小さいバンドギャップと比べて,そのバンドギャップがより大きな層であり,発光層とヘテロ接合すること,すなわち,介在層なしに直接に接合することにより,発光層の境界において電位障壁を設けるように機能するものを意味し,ダブルへテロ構造の半導体発光素子における発光層(活性層)は,p型クラッド層とn型クラッド層によって直接接触した状態において挟まれているものである。
したがって,構成要件A1の「n型GaAlN層」と構成要件A2の「p型GaAlN層」は,いずれもクラッド層であることを要し(このことは,本件明細書の段落【0007】及び同【0009】の記載からも明らかである。),構成要件Bにいう「上記両層の間に」とは,構成要件A1の「n型GaAlN層」と構成要件A2の「p型GaAlN層」の双方に直接に接触する態様において発光層を具備すること,すなわち,n型GaAlN層と発光層との間,p型GaAlN層と発光層との間に,いずれも他の層が何ら介在しないことを要するというべきである。
(2) 被告製品において,Mgドープp型GaAlN層60は,クラッド層である。しかし,Siドープn型GaAlN組成傾斜層30は,発光層50と直接に接触する態様のものではなく,バッファ層を形成するものであって,発光層との関係においてクラッド層としての役割を果たしていない。また,発光層50と直接に接触するSiドープn型GaN層40は,クラッド層として発光層に電子及び正孔を閉じ込める働きをするものではない。そもそも,被告製品においては,発光層50の膜厚が約4000オングストロームであるため,p型AlGaN層60から注入された正孔が発光層50の内部で再結合し,発光層の片側においてクラッド層によって電子及び正孔をせき止める必要が全くない。被告製品においては,SiドープGaN層40がバッファ層から発光層までの転移層として機能し,これによって発光層の結晶構造が良くなり,その結果発光輝度が向上するものである。
以上のとおり,被告製品は,n型ドーパントのSiとp型ドーパントのZnとがドープされたn型GaN層50を発光層として具備することを特徴とするシングルへテロ構造の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子であり,構成要件A1及びBを充足せず,本件発明の技術的範囲に属しない。
当裁判所の判断
1(1) まず,本件発明の技術的範囲がダブルへテロ構造の半導体発光素子に限定され,構成要件A1の「n型GaAlN層」と構成要件A2の「p型GaAlN層」がいずれもクラッド層であることを要するものかどうかについて検討する。
(2) 確かに,本件明細書の「特許請求の範囲」には,本件発明がダブルへテロ構造の半導体発光素子に限定され,構成要件A1の「n型GaAlN層」と構成要件A2の「p型GaAlN層」がいずれもクラッド層であることを要する旨の明文の記載はない。
しかし,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,次の記載がある(甲第2号証によって認められる。)。
ア 「【産業上の利用分野】本発明は窒化ガリウム系化合物半導体を用いた発光素子に係り,特にp-n接合を有するダブルヘテロ構造の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子に関する。」(段落【0001】) イ 「【発明が解決しようとする課題】‥‥p型ドーパントであるZnをドープし,さらにn型ドーパントであるSiをドープして高抵抗なi型GaAlN層を発光層とするMIS構造の発光素子は輝度,発光出力共低く,発光素子として実用化するには未だ不十分であった。」(段落【0004】) ウ 「【課題を解決するための手段】我々は,GaAlNを従来のように高抵抗なi型の発光層とせず,低抵抗なn型とし,新たにこのn型GaAlN層を発光層としたp-n接合ダブルヘテロ構造の発光素子を実現することにより上記課題を解決するに至った。即ち,本発明の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子はn型Ga1-Y Al YN(0構成要件としている。そもそも,ダブルへテロ構造とは,活性層ないし発光層と呼ばれるバンドギャップの小さな層を,クラッド層と呼ばれるバンドギャップの大きなp型及びn型の層で両側から挟んだ接合構造であり,このような構造の発光素子においては,発光層とクラッド層との間にギャップ差に基づく電位障壁が生じ,それによって電子及び正孔がせき止められる。
そして,その結果,通常,電子及び正孔が活性層外に拡散できずに発光層内に閉じこめられ(n型クラッド層から発光層に供給された電子がp型クラッド層へ拡散しにくく,p型クラッド層から発光層に供給された正孔がn型クラッド層へ拡散しにくい。),発光層内の電子及び正孔の密度が上がり,わずかな電流でも高い輝度の発光が得られることになる(甲第3号証,丙第1,第3,第5号証及び弁論の全趣旨によって認められる。)。また,バンドギャップの大きさは,それぞれの物質によって決まっており,GaAlNにおいては,Alの混晶比が大きくなるほどバンドギャップも大きくなる(弁論の全趣旨によって認められる。)。そうすると,本件発明がn型ドーパントとp型ドーパントとがドープされたn型Ga1-X Al XN層,n型Ga1-Y Al YN層及びp型Ga 1-Z Al ZN層について,X 仮に,本件発明がシングルへテロ構造のものも含むとした場合には,本件発明がn型GaAlN層の存在や,上記のようなAlの混晶比の関係をその構成要件としている理由について,説明が困難である。
(4) 前記(2) 認定の本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載に上記(3) の点を併せ考えれば,本件発明は,ダブルへテロ構造の半導体発光素子に限定され,構成要件A1の「n型GaAlN層」及び構成要件A2の「p型GaAlN層」が,いずれもクラッド層であることを要するというべきである。
(5) 原告は,本件発明の本質について,従来のMIS構造の発光素子ではi層にZnとSiとをドープしても発光色を変え得るのみであり,発光素子としては実用できないことから,発光層にp型ドーパントのZnとn型ドーパントのSiとを共にドープしn型とすることによって,発光層の電子キャリア濃度を調節して,発光素子の発光出力を向上させるという点にあり,本件発明は,クラッド層を必須とするものではない旨を主張する。
しかし,本件明細書においては,前記(2) 認定のとおり,発光出力を向上させるという作用効果に関し,p型ドーパントとn型ドーパントをドープしたn型GaN層を発光層としたことのみならず,ダブルへテロ構造としたことと併せて渾然一体に記載されており,p型ドーパントとn型ドーパントをドープしたn型GaN層を発光層とするという構成を採用したことによる作用効果と,ダブルへテロ構造を採用したことによる作用効果とが,別々に評価されているものではない。したがって,p型ドーパントとn型ドーパントをドープしたn型GaN層を発光層としたことだけを本件発明の本質ととらえることはできず,また,本件明細書に,シングルへテロ構造の発光素子において,p型ドーパントとn型ドーパントをドープしたn型GaN層を発光層とすれば,本件発明の作用効果を奏し得ることが開示されているということもできない。
2 次に,構成要件Bの「上記両層の間に」という構成が,構成要件A1の「n型GaAlN層」と構成要件A2の「p型GaAlN層」の双方に発光層が直接に接触していることを要するものかどうかについて検討する。
前判示のとおり,本件発明は,ダブルへテロ構造の半導体発光素子に限定され,構成要件A1の「n型GaAlN層」と構成要件A2の「p型GaAlN層」がいずれもクラッド層であることを要するが,ここでクラッド層とは,ダブルへテロ構造の技術的意義に照らせば,発光層のバンドギャップよりもバンドギャップが大きく,そのギャップ差に基づく電位障壁によって電子及び正孔をせき止める機能を有する半導体層を意味するものというべきである。
被告らは,クラッド層について,発光層と介在層なしに直接に接合することにより,発光層との境界においてて電位障壁を設けるように機能するものを意味する旨を主張するが,一般にクラッド層が発光層と介在層なしに直接に接合し,電位障壁が発光層との境界においてのみ生じなければならないことを示す証拠はなく,かえって,甲第4,第6号証,丙第6,第7,第12,第13号証には,発光層と直接に接合していないものであってもクラッド層に該当し得ることが示されている。本件明細書においても,構成要件A1及びA2の各GaAlN層がいずれも発光層に直接接触していなければならない旨が記載されているものではない。
したがって,本件発明において,構成要件A1の「n型GaAlN層」と構成要件A2の「p型GaAlN層」は,いずれも発光層に直接接触している必要はなく,両層が発光層を両側から挟んで前記のようなせき止め機能を発揮するのであれば,発光層との間に他の層が介在しても,上記n型GaAlN層,p型GaAlN層及び発光層は,構成要件A1,A2及びB所定の各層に該当するというべきである。
3 前記1及び2を前提に,被告製品のSiドープn型GaAlN組成傾斜層30がクラッド層に当たり,構成要件A1の「n型GaAlN層」に該当するかどうか,すなわち,被告製品がダブルへテロ構造の半導体発光素子であるかどうかについて検討する(なお,被告製品のMgドープp型GaAlN層60がクラッド層であり,構成要件A2の「p型GaAlN層」に該当することに争いはない。また,原告は,n型GaN層40がクラッド層に当たると主張するものではない。)。
前記のように,クラッド層とは,発光層のバンドギャップよりもバンドギャップが大きく,そのギャップ差に基づく電位障壁によって電子及び正孔をせき止める機能を有する半導体層を意味するというべきである。したがって,被告製品のn型GaAlN組成傾斜層30がクラッド層であり,構成要件A1の「n型GaAlN層」に該当するかどうかは,n型GaN層40がクラッド層として機能しない以上(この点については争いがない。),層30が層40との間に生じた電位障壁によって正孔をせき止める機能を有しているかどうかによって判断されるべきものであるが,このような正孔をせき止める機能は,正孔の拡散長や層の厚さによって異なる(甲第3号証,丙第1,第5ないし第7,第12,第13号証及び弁論の全趣旨によって認められる。)。
甲第6号証(丁V教授作成の鑑定書)には,n型GaAlN層と発光層の間に介在する層(介在層)が発光層と同じバンドギャップの窒化ガリウム系化合物半導体層である場合には,介在層と発光層との間に電位障壁が生じるものでなく,介在層とn型GaAlN層との間の電位障壁によって正孔がせき止められるとして,被告製品のように,n型Ga1-Y Al YN(0技術的範囲に属すると考えられる旨の記載がある。しかし,甲第6号証は,n型GaAlN層と発光層の間に介在する層のバンドギャップと発光層のバンドギャップの大小のみを問題にしたものであり,発光層50,n型GaN層40及びn型GaAlN組成傾斜層30それぞれの厚さや,正孔の拡散長を何ら考慮していない。この点に照らせば,甲第6号証は,被告製品の層30が構成要件A1の「n型GaAlN層」に該当することを認めるに足りるものではない。
また,甲第5号証(丁W教授作成の鑑定書)には,正孔の拡散長を特定することは,現在のところ不可能である旨が記載されている。しかし,そうであるならば,層30が層40との間に生じた電位障壁によって正孔をせき止める機能を有しているかどうかを判断し得ないことになり,被告製品の層30が構成要件A1の「n型GaAlN層」に該当することを認めることもできないというべきである。
他方,丙第6号証(丁X教授作成の鑑定書),第7号証(丁Y教授作成の鑑定書)及び第13号証(丁X教授作成の鑑定書2)には,被告製品の層60から発光層50に注入された正孔の拡散長は,約1000オングストローム程度であると考えられ,それゆえに厚さ3600ないし4000オングストロームの発光層50内で,実質的に正孔のすべてが再結合するものであり,また,更にその下層に厚さ5000ないし7000オングストロームの層40があるので,正孔が層40を超えて層30に到達することはない,あるいは到達するとしても無視できるほどわずかな数である旨の記載がある。また,丙第7号証及び第12号証(丁Y教授作成の鑑定書2)には,被告製品の発光層50における正孔の拡散長が2000ないし3000オングストロームであったとしても,層30に到達する正孔の数はきわめてわずかである旨の記載がある。上記各丙号証の記載に照らせば,被告製品の層30は,層40との界面のバンドギャップによって正孔をせき止める機能を有するものではなく,かえって,被告製品は,シングルへテロ構造の半導体発光素子であると認められる余地が大きい(なお,甲第8号証は,被告製品の発光層50における正孔の拡散長が9000オングストロームであることを認めるに足りるものではない。)。
したがって,被告製品の層30が構成要件A1の「n型GaAlN層」に該当すると認めることはできない。
4 以上によれば,被告製品は,構成要件A1を充足せず,本件発明の技術的範囲に属するとはいえない。
よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
追加
物件目録青色発光ダイオードチップ1構成の説明図面に示す青色発光ダイオードチップは,n型炭化珪素(SiC)単結晶からなる基板10の上に,Siがドープされたn型GaAlN層20,n型GaN層40に近づくに従って,GaAlNのAl組成比が小さくなるように組成傾斜されたSiドープn型GaAlN層30,Siがドープされたn型GaN層40,p型ドーパントであるZn並びにn型ドーパントであるSiがドープされたn型GaNからなる発光層50,Mgがドープされたp型GaAlN層60,Mgがドープされたp型GaNからなるコンタクト層70とが順次積層されている。
基板10の裏面にはn電極90が形成されており,さらにコンタクト層70の表面にはp電極80が形成され,n電極90とp電極80との間に電流を流すことにより430nm付近の青色を発光する。
2図面符号の説明図面の示す構成部分は,以下のとおりである。
10‥‥SiC単結晶からなる基板20‥‥Siがドープされたn型GaAlN層30‥‥Siがドープされたn型GaAlN組成傾斜層40‥‥Siがドープされたn型GaN層50‥‥Zn及びSiがドープされたn型GaNからなる発光層60‥‥Mgがドープされたp型GaAlN層70‥‥Mgがドープされたp型GaNからなるコンタクト層80‥‥p電極90‥‥n電極図面(平面図)図面(断面図)
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 村越啓悦
裁判官 中吉徹郎