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関連審決 審判1998-18634
関連ワード 技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  発明の詳細な説明 /  パリ条約 /  優先権 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 359号 審決取消請求事件
原告 ドクトル・インジエニエール・ハー・ツエー・エフ・ポルシエ・アクチエンゲゼルシヤフト
訴訟代理人弁護士 加藤義明
同 鹿野直子
訴訟代理人弁理士 久野琢也
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 和田雄二
同 舟木進
同 大野覚美
同 茂木静代
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/05/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が平成10年審判第18634号事件について平成11年6月29日にした審決を取り消す。
前提となる事実(争いのない事実)
1 特許庁における手続の経緯 原告は、平成元年3月9日(パリ条約による優先権主張日・1988年(昭和63年)3月10日、優先権主張国・ドイツ連邦共和国)、発明の名称を「自動車の自動変速機のためのシフト装置」とする発明につき特許出願(特願平1-55245号)をしたところ、平成10年8月27日に拒絶査定を受けたので、同年11月27日に拒絶査定不服の審判を請求した。
特許庁は、同請求を平成10年審判第18634号事件として審理した結果、平成11年6月29日、出訴期間として90日を付加して、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年7月19日に原告に送達された。
2 本願発明の要旨(本件特許出願の願書に添付された明細書(平成9年2月13日付けの手続補正書による補正後のもの)の特許請求の範囲請求項1に係る発明。以下「本願発明」という。) 電子制御装置によって制御される、自動車の自動式の変速機(3)のためのシフト装置であって、シフトレバー(1)が設けられており、自動車長手方向に延在する第1のシフト路(2)内におけるシフトレバーの長手方向旋回によって、変速機のシフト位置(P,R,N,D,3,2,1)が予め選択可能であり、シフトレバーを用いて第2のシフト路(7)内においては付加的に、変速機の前進ギヤが手動で切換え可能であり、この場合第2のシフト路(7)においては、中立の中央位置からシフトレバー(1)を1回旋回させてプラス-センサ(9)に接触させることによって、1段だけシフトアップへの手動切換えが可能であり、かつ逆方向に1回旋回させてマイナス-センサ(11)に接触させることによって、1段だけシフトダウンへの手動切換えが可能であり、次いでシフトレバー(1)がその都度自動的に第2のシフト路の中立の中央位置に戻される形式のものにおいて、
イ)シフトレバー(1)が第1のシフト路(2)におけるシフト位置Dから横路(6)を介して、ただ1つの第2のシフト路(7)に切換え可能であり、
ロ)第2のシフト路(7)が、第1のシフト路(2)と同じ方向に延在するように配置されており、
ハ)シフトレバー(1)を第2のシフト路(7)において長手方向旋回させることによって、変速機(3)の前進ギヤが手動で切換え可能であることを特徴とする、自動車の自動変速機のためのシフト装置。
3 審決の理由 別紙1の審決書の理由写し(以下「審決書」という。)のとおり、本願発明は、
特開昭60-252853号公報(甲第4号証。以下「引用例1」という。)及び特開昭62-34214号公報(甲第5号証。以下「引用例2」という。)にそれぞれ記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断した。
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例1の記載事項の認定は認め、引用例1の記載事項から認定した引用例1記載の発明の構成のうち、イ)ないしハ)の構成が記載されているとした部分は争うが、その余は認める。本願発明と引用例1記載の発明との一致点の認定のうち、イ)ないしハ)の内容で一致しているとした部分は争うが、その余は認める。本願発明と引用例1記載の発明との相違点の認定のうち、本願発明における相違点の認定は認め、引用例1記載の発明における相違点の認定は争う。本願発明と引用例1記載の発明との相違点についての判断につき、引用例2の記載事項の認定中、引用例2記載の発明の「アップ・シフト・スイッチ」と本願発明の「プラス-センサ」とが、「ダウン・シフト・スイッチ」と本願発明の「マイナス-スイッチ」とが、それぞれ機能的に等価であるとの認定、及び引用例2記載の発明に、レバー・シフト・ゲート内において、ギア・チェンジ・レバーを「長手方向旋回して」切換可能な構成が示されていることは争い、その余の認定、及び引用例2記載の発明と引用例1記載の発明と技術分野が共通することは認める。
審決は、本願発明と引用例1記載の発明との一致点及び相違点の認定を誤り(取消事由1)、引用例2記載の発明の認定を誤り(取消事由2)、さらに、相違点についての判断を誤り(取消事由3)、そのために、本願発明の進歩性を誤って否定したものであり、違法であるから取り消すべきである。
1 取消事由1(引用例1記載の発明との一致点及び相違点の認定の誤り) 審決が、本願発明と引用例1記載の発明とを対比して、両者が「イ)シフトレバーが第1のシフト路におけるシフト位置Dから横路を介して、ただ1つの第1のシフト路とは別のシフト路に切換え可能であり、ロ)第1のシフト路とは別のシフト路が、第1のシフト路と同じ方向に延在するように配置されており、ハ)シフトレバーを第1のシフト路とは別のシフト路において長手方向旋回させることによって、変速機の前進ギヤが手動で切換え可能である、自動車の自動変速機のためのシフト装置」の点で一致していると認定したこと(審決書8頁5行ないし15行)、
及び両者の相違点として、「引用例1記載の発明では、「第1のシフト路と同じ方向に延在する第Uのシフト路においては、ドライブポジションDから横路を介して、シフトレバーを1回長手方向旋回させてシフトアップポジションに投入させることによって、1段だけシフトアップへの手動切換えが可能であり、かつ逆方向のシフトダウンポジションに1回移動させることによって、1段だけシフトダウンへの手動切換えが可能であり、次いで自動変速レバーがその都度自動的にドライブポジションDに戻される形式のもの」であり、第Uのシフト路の中立位置を起点としたシフトレバー操作が可能かどうか不明な点。」(審決書9頁7行ないし19行)と認定したことは、以下のとおり、いずれも誤りである。
(1) 第Uのシフト路の延在方向について 本願発明では、「第2のシフト路7が、第1のシフト路2と同じ方向に延在するように配置されており」(特許請求の範囲請求項1の構成ロ)との構成であるのに対し、引用例1記載の発明では、審決も認定したように、「この場合第Uのシフト路においては、ドライブポジションDから横路を介して、自動変速レバーを1回旋回させてシフトアップポジションに投入させることによって、1段だけシフトアップへの手動切換えが可能であり、かつ逆方向のシフトダウンポジションに1回旋回させることによって、1段だけシフトダウンへの手動切換えが可能であり、次いで自動変速レバーがその都度自動的にドライブポジションDに戻される形式のもの」(審決書6頁1行ないし10行)であるから、この第Uのシフト路は、シフトアップポジションとシフトダウンポジションを含むシフト路と、このシフト路に対してほぼ直角に延在してドライブポジションDに通じる横路の2つのシフト路から構成されているものということになる。したがって、本願発明における第2のシフト路と引用例1記載の発明の第Uのシフト路とは、その構成について全く異なるから、
審決がした上記の一致点の認定のうち、ロ)の部分は誤りである。
(2) 中立の位置について 本願発明は、「第2のシフト路(7)においては、中立の中央位置からシフトレバー(1)を1回旋回させてプラス-センサ(9)に接触させることによって、1段だけシフトアップへの手動切換えが可能であり、かつ逆方向に1回旋回させてマイナス-センサ(11)に接触させることによって、1段だけシフトダウンへの手動切換えが可能であり、次いでシフトレバー(1)がその都度自動的に第2のシフト路の中立の中央位置に戻される形式のもの」(特許請求の範囲請求項1)との構成を有するものであるから、「中立の中央位置」とは、単に制御のための信号を新たに発することがないということだけではなく、第2のシフト路において、シフトレバーがその都度自動的に戻されることで、自動変速から独立した手動切換えを行うための、シフトレバーを旋回させる際の出発点となる位置のことであって、シフトレバーから手を離しても、シフトレバーを保持して手動で切り換えた状態を維持する位置のことである。
これに対して、引用例1には、「シフトアップポジションSHIFT UP若しくはシフトダウンポジションSHIFT DOWNに投入されているときにレバーから手を離すと、レバーはばねの力により自動的にドライブポジションDに復帰するようになっている。」(甲第4号証5頁左下欄10行ないし15行)と記載されているから、引用例1記載の発明の自動変速レバーでは、これをシフトアップポジション又はシフトダウンポジションに投入して変速機の前進ギヤ段を手動で切り換える際に、その切り換えたギヤ段を維持するには、自動変速レバーをそのポジションに手で押さえ続ける必要がある。このように引用例1が開示する技術は、変速機のギヤ段を、ドライブポジションDにおいて自動選択されたギヤ段から1段だけ手動で一時的に切り換えるものにすぎず、自動変速レバーは、その都度ドライブポジションDからシフトアップポジション又はシフトダウンポジションへとほぼ直角に旋回させられ、ギヤ段の切換え後には、ばねの力によって自動的にドライブポジションDに復帰するようになっているものである。
このように、引用例1記載の自動変速システムでは、自動変速機の前進ギヤ段を手動で切り換えた状態に維持するための中立位置というものは存在せず、またこれを設ける必要もないのである。
したがって、審決がした上記相違点の認定のうち、引用例1記載の発明につき、
「第Uのシフト路の中立位置を起点としたシフトレバー操作が可能かどうか不明な点」(審決書9頁7行ないし19行)を認定したことは、中立位置が存在することを前提とするものであり、上記のとおり、引用例1記載の発明には中立位置が存在しないのであるから、この認定は誤りである。
2 取消事由2(引用例2記載の発明の認定についての誤り) (1) 本願発明のセンサに相当する構成がないことについて 審決は、引用例2の記載事項として、引用例2記載の発明の「アップ・シフト・スイッチ」と本願発明の「プラス-センサ」とが、「ダウン・シフト・スイッチ」と本願発明の「マイナス-スイッチ」とが、それぞれ機能的に等価であると認定しているが、以下のとおり誤りである。
本願発明の全文訂正明細書(甲第3号証)には、本願発明の効果として、「第1のシフト路におけるシフトレバーによって自動変速機の通常のシフト位置が予め選択可能であり、平行な第2のシフト路への切換え後に自動変速機の前進ギヤがいわばノックのような接触切換え(Tippschaltung)によって手動で切換え可能であると、
ドライバは、オートマチック運転でドライブすることも又はマニュアル運転でドライブすることも可能である。第2のシフト路におけるギヤの切換えのためには、シフトレバーを一方の方向に短い距離旋回させて1回ノック接触させるだけで、ギヤを1段切り換えることができる。その後でシフトレバーは自動的に中立的な中央位置に戻る。2回ノック接触させると、シフトアップ又はシフトダウンがギヤ段2つ分行われる。4段変速機の場合には、3回のノック接触によって最高で3段だけシフトアップ又はシフトダウンの方へ切換えが行われる。」(5頁14行ないし24行)と記載されているから、本願発明では、前進ギヤを手動で切り換えるためのシフトレバーによるノックのような接触切換えが、プラス(又はマイナス)-センサの応動によって達成されるものである。
この点について、被告は、本願発明に係る明細書の記載によれば、プラス-センサ(9)及びマイナス-センサ(11)が、シフトレバーの旋回運動を検出する機能を有するだけで、変速機を何段変速させるかは制御装置(5)からの指令によって行われるものであるから、これらのセンサは運転者の変速意志に基づき操作されるシフトレバーの特定位置を検出するためのセンサにすぎず、その後の変速作用は制御装置の機能とみるべきであると主張する。
しかし、被告の上記主張は、本願発明に係る明細書に記載された実施例に対しては妥当しても、本願発明そのものには適用し得ないものである。すなわち、本願発明の特許請求の範囲の請求項1には、「シフトレバー(1)を1回旋回させてプラス-センサ(9)に接触させることによって、1段だけシフトアップへの手動切換えが可能であり、かつ逆方向に1回旋回させてマイナス-センサ(11)に接触させることによって、1段だけシフトダウンへの手動切換えが可能であり」と記載されており、本願発明に係る明細書には、本願発明の効果として、上記のとおり記載されているだけであって、本願発明を実施例レベルに具体化する場合に付加される制御装置(5)については、全く言及されていないのであるから、本願発明のプラス-センサ(9)とマイナス-センサ(11)は、単に、シフトレバーの旋回運動を検出する機能を有するだけではなく、変速機の前進ギヤを実際にシフトさせるための機能をも併せ備えているものと解釈するべきである。
これに対し、引用例2に記載されたギア・チェンジ・レバー・ユニットのアップ・シフト・スイッチとダウン・シフト・スイッチは、アップ(又はダウン)・シフト・ソレノイド・バルブを開閉するためのスイッチであって、このアップ(又はダウン)・シフト・スイッチの閉路によりアップ(又はダウン)・シフト・ソレノイド・バルブが開かれると圧油がクラッチに流れて、トランスミッションがアップ(又はダウン)・シフトされるようになっている。したがって、トランスミッションを所望のアップ(又はダウン)・シフトさせるためには、シフトすべき段数に応じた所定時間だけアップ(又はダウン)・シフト・スイッチを閉路して、所定量の圧油をクラッチに供給しなければならないことになる。
このように、引用例2記載の発明のスイッチは、シフトアップ又はシフトダウンさせるためには、必ず一定時間閉路し続けなければならない構成となっており、本願発明のノックのような接触切換えを可能にするプラス(及びマイナス)-センサとは本質的に異なるものである。
(2) 変速レバーの旋回方向の誤りについて 引用例2記載の発明では、レバー・シフト・ゲート32における、ホールド位置を起点としたマニュアル・アップ・シフト位置又はマニュアル・ダウン・シフト位置へのギア・チェンジ・レバー16の揺動範囲に対応する領域は、左右方向に延在しているのであるから、引用例2のギア・チェンジ・レバーは左右方向に旋回することでマニュアル・アップ・シフト位置又はマニュアル・ダウン・シフト位置に切り換えられることになる。
したがって、審決が、引用例2には当該シフト・ゲートの中立の中央位置を起点としてマニュアル・アップ・シフト位置又はマニュアル・ダウン・シフト位置にギヤ・チェンジ・レバー(シフトレバー)を「長手方向旋回して」切換可能な構成が示されていると認定したこと(審決書12頁13行ないし17行)は、誤りである。
3 取消事由3(相違点についての判断の誤り) 上記のとおり、引用例1記載の発明では、その第Uのシフト路に「中立の位置」というものが存在しないのであり、一方、引用例2記載の発明では、そのアップ(又はダウン)・シフト・スイッチが本願発明の接触切換えを可能にするプラス(又はマイナス)-センサとは本質的に異なるものであり、かつ、ギア・チェンジ・レバーは「長手方向」ではなくて「左右方向」に旋回することでマニュアル・アップ・シフト位置又はマニュアル・ダウン・シフト位置に切り換えられるものであるという相違点がある。
さらに、上記のとおり、引用例1記載の発明では、変速機の前進ギヤ段が手動で強制的に1段切換え可能であり、かつ自動変速レバーは、手を離すとその都度自動的にドライブポジションDに戻されるから、引用例1の第Uのシフト路は、ドライブポジションDにおける自動変速に付随して強制的に前進ギヤを1段だけ一時的に変更するためのものであって、自動変速から完全に独立して変速機の前進ギヤ段を任意に変更させるためのものではない。一方、引用例2記載の発明では、そのレバー・シフト・ゲート32は、ドライブ位置D、ホールド位置HOLD、マニュアル・アップ・シフト位置UP、マニュアル・ダウン・シフト位置DOWNなどのレバー・シフト位置を設定するためにT字状開口に形成され、ギア・チェンジ・レバー16は、レバー・シフト・ゲート32の左右方向に延在する部分において、ホールド位置を起点としてマニュアル・アップ・シフト位置又はマニュアル・ダウン・シフト位置に左右方向に旋回してトランスミッションをアップ(又はダウン)・シフトさせることができるようになっているから、このレバー・シフト・ゲートの左右方向に延在する部分は、ドライブ位置Dにおける自動変速から完全に独立して、
ドライバーの意志により任意に変速するためのシフト路である。
このように、引用例1に記載された全体として略T字状に延在する第Uのシフト路と、引用例2に記載されたレバー・シフト・ゲートの左右方向に延在する部分とは、上記のとおり、その目的、構成、作用において本質的に相違している。
そうすると、引用例1記載の発明の構成を出発点として、これから本願発明に到達するには、@引用例1記載の発明における中立位置を必要としない略T字状に延在している第Uのシフト路を、第Tのシフト路と同じ方向に延在するただ1つのシフト路に変更し、A第Tのシフト路と第Uのシフト路との間に付加的に横路を設け、B第Uのシフト路に、自動変速レバーがその都度自動的に戻される中立の中央位置を設ける、という飛躍的な構成の変更が必要であるが、引用例1記載の発明とは、その目的、構成、作用において本質的に相違している引用例2が、この変更を示唆する道理はないのである。
被告の反論の要点
審決の認定、判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(引用例1記載の発明との一致点及び相違点の認定の誤り)に対して(1) 第Uのシフト路の延在方向について 審決は、引用例1記載の発明における「第Uのシフト路」を、第Tのシフト路におけるシフト位置Dから横路を介して切換え可能な第Tのシフト路と同じ方向に延在するように配置されたシフト路(原告の言葉を借りれば、シフトアップポジション及びシフトダウンポジションを含むシフト路)と認定している。
したがって、審決でいう「第Uのシフト路」とは、第Tのシフト路と同じ方向に延在するように配置され、横路を含まないものである。したがって、本願発明の第2のシフト路と引用例1記載の発明の第Uのシフト路とがその構成で全く異なるとの原告の主張は、審決が第Uのシフト路を横路を含むものと認定したという誤った認識に基づくものであり、失当である。
(2)中立の位置について 本願発明の「中立の中央位置」とは、シフトレバーがシフト位置Dや第2のシフト路の両端の位置にあるときのように制御のための信号を新たに発することがないという技術的意味での「中立」の状態で、その位置が中央であるという程度のことと解される。そうすると、引用例1における審決認定の「第Uのシフト路」の両端を除く中間の位置にシフトレバーがあるときに、これを中立の中央位置と解することができる。したがって、引用例1では、中立の位置が存在しないし、その必要もないとの原告主張は失当である。
もっとも、引用例1では、シフトレバーが第Uのシフト路の中立の中央位置に戻される形式のものではないので、審決は、これを認めた上で、引用例1記載の発明が、「第Uシフト路の中立位置を起点としたシフトレバー操作が可能かどうか不明な点」(審決書9頁9頁17〜19行)を相違点として認定しているから、この認定に原告主張の誤りはない。
審決は、本願発明の「第2のシフト路」と引用例1記載の発明の「第Uのシフト路」との相違点、特に、本願発明では、シフトレバーがその都度自動的に第2のシフト路の中立の中央位置に戻るようになっているのに対し、引用例1記載の発明では、シフトレバーがドライブポジションDに復帰するようになっている違いを認識した上で、本願発明と引用例1記載の発明の一致点を認定し(審決書8頁5行ないし13行)、相違点を認定した(審決書9頁7行ないし19行)のであるから、これらの認定には何ら誤りはない。
2 取消事由2(引用例2記載の発明の認定についての誤り)に対して (1) 本願発明のセンサに相当する構成がないとの主張に対して 本願発明の全文訂正明細書(甲第3号証)の特許請求の範囲請求項3には「シフトレバー(1)の旋回運動がセンサ(8,9,11)によって検出されて、制御装置(5)に与えられ、さらにこの制御装置において、シフトレバーの連続する旋回運動の数に相応して変速機(3)が1段、2段又は3段だけシフトアップもしくはシフトダウンの方へ切り換えられるように処理されるようになっている」(2頁5行ないし9行)と記載され、この記載によれば、本願発明の「プラス-センサ」及び「マイナス-センサ」は、シフトレバーのシフトアップ又はシフトダウンの旋回運動を検出する機能を有するのに留まり、変速機を何段変速させるかは制御装置5からの指令によって行われるものであるから、上記センサ(9,11)は運転者の変速意志に基づき操作されるシフトレバーの特定位置を検出するためのセンサであるにすぎず、その後の変速作用は制御装置の機能である。
一方、引用例2のアップ・シフト・スイッチ23及びダウン・シフト・スイッチ24も、ギア・チェンジ・レバー16がアップ・シフト位置又はダウン・シフト位置にあることを検出する機能にとどまるものであり、その後の変速作用は油圧制御回路の機能である。
したがって、本願発明の上記センサと引用例2の上記スイッチとは機能的に変わりがないのであって、審決が、これらが機能的に等価であると認定したことに誤りはない。
また、原告は、引用例2記載の発明は、トランスミッションを所望のアップ(又はダウン)・シフトさせるために、シフトすべき段数に応じた所定時間だけアップ(又はダウン)・シフト・スイッチを閉路して、所定量の圧油をクラッチに供給しなければならないものであると主張する。
しかし、引用例2記載の発明には、原告主張のようなスイッチの作動時間に応じて変速される段数が異なるような仕様の変速装置が記載も示唆もされていないから、原告の上記主張は何ら根拠のない単なる推測にすぎないものであり、失当である。
(2) 変速レバーの旋回方向の誤りについて 確かに、本願発明における「長手方向」の意味は、特許請求の範囲請求項1の記載全体から、「自動車の長手方向」を指すものと理解することができるが、一般に「長手方向」と記載しただけでは、特定の方向が規定されるものではなく、長手方向に何らかの意味を持たせるためには、例えば、「テーブルの長手方向」というように、長手方向という言葉に、方向を特定する基準となる言葉を結合させるか、前後の文脈から特定の方向を読む必要があることは明らかである。
そこで、審決が引用例2記載の発明におけるレバーの旋回方向について用いた「長手方向」という言葉の意味について検討すると、審決は、引用例2記載の発明の認定として、「マニュアル・アップ・シフト位置およびマニュアル・ダウン・シフト位置を設定可能にするレバー・シフト・ゲート(本願発明の「第2のシフト路」に機能的に等価。以下、括弧内の記載は同様の意味で用いる。)においては、
ホールド位置(中立の中央位置)から、ギヤ・チェンジ・レバー(シフトレバー)を旋回させてアップ・シフト・スイッチ(プラス-センサ)に接触させることによって、シフトアップへの手動切換が可能であり、かつ逆方向に旋回させてダウン・シフト・スイッチ(マイナス-スイッチ)に接触させることによって、シフトダウンへの手動切換が可能であり、次いでギヤ・チェンジ・レバー(シフトレバー)がその都度自動的にマニュアル・アップ・シフト位置およびマニュアル・ダウン・シフト位置を設定可能にするレバー・シフト・ゲート(第2のシフト路)のホールド位置(中立の中央位置)に戻される・・・ただ一つのマニュアル・アップ・シフト位置およびマニュアル・ダウン・シフト位置を設定可能にするレバー・シフト・ゲート(第2のシフト路)内において、当該シフト・ゲートの中立の中央位置を起点としてマニュアル・アップ・シフト位置又はマニュアル・ダウン・シフト位置にギヤ・チェンジ・レバー(シフトレバー)を長手方向旋回して切換可能」と認定しているのであり(審決書10頁16行ないし12頁17行)、これによれば、審決は、引用例2記載の発明のギヤ・チェンジ・レバーについて、ホールド位置からアップ(又はダウン)・シフト・スイッチに向けて旋回されること及びレバー・シフト・ゲートについて、ギヤ・チェンジ・レバーの旋回する方向に延在することを認定していることを理解することができる。つまり、審決は、ギヤ・チェンジ・レバーが旋回する方向を、レバー・シフト・ゲートの延在する方向、すなわちレバー・シフト・ゲートの長手方向と認定しているのであり、審決が引用例2記載の発明の認定において用いた「長手方向」なる言葉は、レバー・シフト・ゲートの延在する方向の意味で用いたにすぎない。
したがって、審決が用いた「長手方向」なる言葉は、自動車の長手方向を意味するものとして使用したものでないことは明らかであるから、引用例2に記載の発明の認定に原告主張の誤りはない。
なお、引用例2記載の発明に係る手動切換のための上記レバー・シフト・ゲートが自動車の長手方向にないとしても、後記のとおり、引用例1記載の発明には、自動車の長手方向に延在する第Uのシフト路が示されており、他方、引用例2記載の発明には、変速レバーが自動的に戻される中立の中央位置に係る技術思想が開示されている以上、これを引用例1記載の発明に適用し、引用例1記載の発明との相違点に係る本願発明の構成を採択することに格別な困難性がないことはいうまでもない。
3 取消事由3(相違点についての判断の誤り)に対して 上記のとおり、審決の引用例1記載の発明及び引用例2記載の発明の各認定、並びに本願発明と引用例1記載の発明との一致点及び相違点についての各認定には、
いずれも誤りは存在しない。そして、引用例1には、「ドライブポジションDに投入されると運転状態に応じた最適な前進ギヤ段に入るよう指令が出される。・・・シフトアップポジションSHIFT UPに投入されると現ギヤ段に対し強制的に1段ギヤ段を上げるよう指令が出される。シフトダウンポジションSHIFT DOWNに投入されると現ギヤ段に対して強制的に1段ギヤ段を下げるよう指令が出される。」(甲第4号証5頁右上欄末行ないし左下欄9行)と記載され、この記載と第8図(b)が図示するシフト路の配置から明らかなように、引用例1記載の発明は、運転状態に応じて自動変速可能なドライブポジションDとは別に、ドライバーの意志に基づいて強制的に変速段を1段だけ上下させることができる変速位置(シフトアップ又はシフトダウン)を設定し、自動変速に加えて手動変速を可能とする変速装置に係るものであり、この点で引用例2記載の発明と共通の技術分野に属するものであるから、引用例1記載の発明に引用例2記載の発明を適用することに何ら無理はない。
このように、本願発明が引用例1記載の発明及び引用例2記載の発明に基づいて、当業者がいかに容易に発明することができたものであるかを、別紙2の参考図(以下「参考図」という。)を用いて説明する。
引用例1記載の発明では、参考図の第1図(引用例1記載の第8図(b))において、運転者がドライブポジションDからシフトアップ又はシフトダウンしようとすれば、シフトレバーをDの位置からシフトアップの位置(以下「UP」という。)とシフトダウンの位置(以下「DN」という。)を結ぶシフト路内の位置(以下「O」という。)に移動し、そこからUP又はDNに移動することになる。運転者が当初からシフトの移動先(UP又はDN)を決定していても、装置の機能からみれば、D-Oの間は、その後の移動先が確定していないことになるので、D-Oは本願発明の横路の機能を具備することになる。そして、D、UP、DNの各位置がシフト路を介してそれぞれ離れて位置するのは、誤動作をなくすためであることはたやすく理解できるから、シフトレバーがこれらの位置以外にあるときには、新たな信号を発しないように構成されていると解することが自然かつ合理的である。そうすると、Oの位置が本願発明における「中立」の状態に相当する。
また、通常のシフトレバーがそうであるように、引用例1記載の発明のシフトレバーについても、D-O-UP及びD-O-DNのシフト操作のスピードがどのようなものでも対応することができるものであると理解されるから、運転者がこれをOの位置、すなわち、中立の中央位置に停止し、運転状況に応じて、いずれの方向にでも移動することが可能と解される。そうすると、運転者がシフトレバーをUP-O-DNと操作することも可能ということになる。なるほど、引用例1記載のシフトレバーは、手を離すとDに復帰するものではあるが、運転者がシフトレバーを手動により中立の中央位置であるOに保持することができると解されるのである。
そして、引用例2記載の発明では、参考図の第2図(引用例2記載の第4図)のとおり、シフトレバーを、装置の機構として中立の中央位置であるOに自動的に復帰させたり、保持させたりするものが記載されているから(引用例2記載の発明のHOLDの位置)、当業者であれば、参考図の第3図のとおり、この引用例2記載の発明の機構を引用例1記載の発明に採用して、同第4図のとおり、本願発明の構成にすることに格別な困難性があるとは認められない。
以上のとおり、本願発明が引用例1記載の発明及び引用例2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決の判断に誤りはない。
理 由1 取消事由1(引用例1記載の発明との一致点及び相違点の認定の誤り)について(1) 第Uのシフト路の延在方向について 原告は、本願発明では、第2のシフト路が、第1のシフト路と同じ方向に延在する構成であるのに対し、引用例1記載の発明では、審決も認定したように、「この場合第Uのシフト路においては、ドライブポジションDから横路を介して、自動変速レバーを1回旋回させてシフトアップポジションに投入させることによって、1段だけシフトアップへの手動切換えが可能であり、かつ逆方向のシフトダウンポジションに1回旋回させることによって、1段だけシフトダウンへの手動切換えが可能であり、次いで自動変速レバーがその都度自動的にドライブポジションDに戻される形式のもの」(審決書6頁1行ないし10行)であるから、この第Uのシフト路は、シフトアップポジションとシフトダウンポジションを含むシフト路と、このシフト路に対してほぼ直角に延在してドライブポジションDに通じる横路の2つのシフト路から構成されているものということになり、本願発明における第2のシフト路と引用例1記載の発明の第Uのシフト路とは、その構成について全く異なり、
審決が、第Uのシフト路が第1のシフト路と同じ方向に延在している点を一致点として認定したことは誤りである旨主張している。
しかし、審決が引用例1記載の発明の「第Uのシフト路」の構成として認定した内容についてみると、審決は、引用例1には「自動変速レバー102を用いてシフトアップポジション及びシフトダウンポジション投入用シフト路(以下、便宜上「第Uのシフト路」という。)内においては付加的に、変速機の前進ギヤが手動で切換え可能であり、この場合第Uのシフト路においては、ドライブポジションDから横路を介して、自動変速レバーを1回旋回させてシフトアップポジションに投入させることによって、1段だけシフトアップへの手動切換えが可能であり、かつ逆方向のシフトダウンポジションに1回旋回させることによって、1段だけシフトダウンへの手動切換えが可能であり、次いで自動変速レバーがその都度自動的にドライブポジションDに戻される形式のものにおいて、イ)自動変速レバーが第Tのシフト路におけるシフト位置Dから横路を介して、ただ1つの第Uのシフト路に切換え可能であり、ロ)第Uのシフト路が、第Tのシフト路と同じ方向に延在するように配置されており、ハ)自動変速レバーを第Uのシフト路において長手方向旋回させることによって、変速機の前進ギヤが手動で切換え可能である、自動車の自動変速機のためのシフト装置。」が記載されていると認定している(審決書5頁17行ないし6頁末行)のであるから、審決は、引用例1記載の発明において、「横路」をその構造に含んでいない「シフトアップポジション及びシフトダウンポジション投入用シフト路」(原告主張の「シフトアップポジションとシフトダウンポジションを含むシフト路」。引用例1記載の第8図では、「SHIFT DOWN(強制シフトダウン)の位置(参考図の第1図の「DN」の位置」)と「SHIFT UP(強制シフトアップ)の位置(参考図の第1図の「UP」の位置」)との間のシフト路部分」)を、本願発明の「第2のシフト路」との対比上、便宜的に「第Uのシフト路」と称呼していることが認められる。
審決は、引用例1記載の発明につき、「車両方向に延在するドライブ及びニュートラルポジション投入用シフト路(以下、便宜上「第Tのシフト路」という。)」(審決書5頁12行ないし15行)と認定し、「第Tのシフト路」は本願発明の第1のシフト路」に相当し(審決書7頁6行ないし9行)、第Tのシフト路が自動車長手方向に延在する(審決書7頁12行)とした上で、本願発明の「第2のシフト路」と引用例1記載の発明の「第Uのシフト路」のそれぞれの構成を対比して、両者は、「シフトレバーを用いて第1のシフト路とは別のシフト路内においては付加的に、変速機の前進ギヤが手動で切換え可能であり、この場合第1のシフト路とは別のシフト路においては、シフトレバーを1回旋回させることよって、1段だけシフトアップへの手動切換えが可能であり、かつ逆方向に1回旋回させることによって、1段だけシフトダウンへの手動切換えが可能であり、次いで自動変速レバーがその都度所定位置に自動的に戻される形式のものにおいて、イ)シフトレバーが第1のシフト路におけるシフト位置Dから横路を介して、ただ1つの第1のシフト路とは別のシフト路に切換え可能であり、ロ)第1のシフト路とは別のシフト路が、
第1のシフト路と同じ方向に延在するように配置されており、ハ)シフトレバーを第1のシフト路とは別のシフト路において長手方向旋回させることによって、変速機の前進ギヤが手動で切換え可能である、自動車の自動変速機のためのシフト装置。」の点で一致すると認定している(審決書7頁9行ないし8頁15行)。そして、両者の相違点として、「本願発明では、シフト装置が「第1のシフト路と同じ方向に延在する第2のシフト路(7)においては、中立の中央位置からシフトレバー(1)を1回長手方向旋回させてプラス-センサ(9)に接触させることによって、1段だけシフトアップへの手動切換えが可能であり、かつ逆方向に1回旋回させてマイナス-センサ(11)に接触させることによって、1段だけシフトダウンへの手動切換えが可能であり、次いでシフトレバー(1)がその都度自動的に第2のシフト路の中立の中央位置に戻される形式のもの」であるのに対し、引用例1記載の発明では、「第1のシフト路と同じ方向に延在する第Uのシフト路においては、ドライブポジションDから横路を介して、シフトレバーを1回長手方向旋回させてシフトアップポジションに投入させることによって、1段だけシフトアップへの手動切換えが可能であり、かつ逆方向のシフトダウンポジションに1回移動させることによって、1段だけシフトダウンへの手動切換えが可能であり、次いで自動変速レバーがその都度自動的にドライブポジションDに戻される形式のもの」であり、第Uシフト路の中立位置を起点としたシフトレバー操作が可能かどうか不明な点」で相違すると認定している(審決書8頁16行ないし9頁19行)のである。
このように、審決は、引用例1記載の発明の「第Uのシフト路」について、本願発明の「第2のシフト路」との間で、同じ構成、作用効果を有し、これに相当する構造の部分として認定したものではなく、本願発明の「第2のシフト路」と対比するに当たって、引用例1記載の発明において、自動車長手方向に延在する「第Tのシフト路」(本願発明の「第1のシフト路」に相当する)と同じ方向に延在する構造のシフト路部分(原告主張の「シフトアップポジションとシフトダウンポジションを含むシフト路」部分)に着目して、この部分を便宜上「第Uのシフト路」と称呼し、「第Uのシフト路」を、本願発明の「第2のシフト路」と対比して、その構成、作用効果において一致する点として、上記審決書7頁9行ないし8頁15行のとおり認定し、その中で第Uのシフト路が第1のシフト路と同じ方向に延在するように配置されている構造であることを認定し、他方、構成、作用効果を異にする点として、本願発明の「第2のシフト路」は、「中立の中央位置から」シフトレバーを操作することによりシフトアップ、ダウンへの手動切換えが可能であり、「次いでシフトレバーがその都度自動的に第2のシフト路の中立の中央位置に戻される形式のもの」であるのに対し、引用例1記載の発明の「第Uのシフト路」は、「ドライブポジションDから横路を介して、」シフトレバーを操作することによってシフトアップ、ダウンへの手動切換えが可能であり、「次いで自動変速レバーがその都度自動的にドライブポジションDに戻される形式のもの」であって「第Uシフト路の中立位置を起点としたシフトレバー操作が可能かどうか不明な点」が相違すると認定し、その上で、この相違点について判断していること(審決書10頁12行以下)が認められる。
以上のとおり、審決は、引用例1記載の発明の「第Uのシフト路」について、本願発明における「第2のシフト路」と対比して、第1のシフト路と同じ方向に延在するシフト路部分であるという構造において一致すると認定し、他方、シフトアップ、ダウンへの手動切換操作におけるシフトレバーの開始位置及び終了位置(手動切換操作の起点)をその構造の中に含む(中立の中央位置を起点とする)ものであることは一致点として認定しておらず、逆に、引用例1記載の発明の「第Uのシフト路」では、その構造の外に位置する「ドライブポジションD」が手動切換操作におけるシフトレバーの開始位置及び終了位置(手動切換操作の起点)として開示されており、「第Uシフト路の中立位置を起点としたシフトレバー操作が可能かどうか不明な点」が、構成、作用効果を異にする点であると認定し、その相違点について判断しているのである。
したがって、審決が、引用例1記載の発明の第Uのシフト路の構成について、本願発明の第2のシフト路と対比して、引用例1記載の発明では、手動切換操作をする際のシフトレバーの起点を(その構造外の)ドライブポジションDとすることが開示されていると認定していても、これは、本願発明の第2のシフト路と構成、作用効果を異にする点として認定しているのであるから、審決が引用例1記載の発明の「第Uのシフト路」について、ドライブポジションDをその構造中に含まない、
第1のシフト路と同じ方向に延在している構造の部分として把握し、この構造が本願発明の第2のシフト路の構造(延在方向)と一致すると認定したこと自体に誤りがあるということはできず、原告の上記主張は採用することができない。 (2) 中立の位置について 原告は、引用例1記載の自動変速システムでは、自動変速機の前進ギヤ段を手動で切り換えた状態に維持するための中立位置というものは存在せず、またこれを設ける必要もないから、本願発明と引用例1記載の発明の相違点として審決が「第Uのシフト路の中立位置を起点としたシフトレバー操作が可能かどうか不明な点」と認定したことは、中立位置が存在することを前提としたものであり、誤りであると主張している。
しかし、本願発明における第2のシフト路中の「中立位置」が、原告が主張するように、自動変速機の前進ギヤ段を手動で切り換えた状態に維持するという構成、
作用効果を有するものであるとしても、審決は、前判示(1)のとおり、引用例1記載の発明の「第Uのシフト路」について、本願発明における「第2のシフト路」と対比して、その構成、作用効果を異にする点として、本願発明の「第2のシフト路」は、「中立の中央位置から」シフトレバーを操作することによりシフトアップ、ダウンへの手動切換えが可能であり、「次いでシフトレバーがその都度自動的に第2のシフト路の中立の中央位置に戻される形式のもの」であるのに対し、引用例1記載の発明の「第Uのシフト路」は、「ドライブポジションDから横路を介して、」シフトレバーを操作することによってシフトアップ、ダウンへの手動切換えが可能であり、「次いで自動変速レバーがその都度自動的にドライブポジションDに戻される形式のもの」であると認定しているのであり、この認定を前提として「第Uシフト路の中立位置を起点としたシフトレバー操作が可能かどうか不明な点」が相違すると認定し、次いで、相違点について判断していることが認められるのである。
したがって、審決は、引用例1記載の発明の第Uのシフト路について、本願発明の第2のシフト路と同じ構成、作用効果を有する「中立位置」が存在することを一致点としては認定しておらず、逆に、引用例1記載の発明の「第Uのシフト路」では、その構造の外に位置する「ドライブポジションD」が手動切換操作におけるシフトレバーの開始位置及び終了位置(手動切換操作の起点)として開示されていることを相違点として認定していることは明らかであり、審決のこれらの認定に誤りはないものと認められる。
以上のとおり、審決は、原告が主張するように、自動変速機の前進ギヤ段を手動で切り換えた状態に維持するための中立位置が引用例1記載の発明の第Uのシフト路に存在すると認定したものではないから、原告の上記主張は、その前提を欠くものであり、失当である。
付言すると、引用例1(甲第4号証)には、「ドライブポジションDに投入されると運転状態に応じた最適な前進ギヤ段に入るよう指令が出される。シフトアップポジションSHIFT UPに投入されると現ギヤ段に対して強制的に1段ギヤ段を上げるよう指令が出される。シフトダウンポジションSHIFT DOWNに投入されると現ギヤ段に対して強制的に1段ギヤ段を下げるよう指令が出される。・・・なお、シフトアップポジションSHIFT UP若しくは シフトダウンポジションSHIFT DOWNに投入されているときにレバーから手を離すと、レバーはばねの力により自動的にドライブポジションDに復帰するようになっている。」(5頁右上欄末行ないし左下欄15行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、引用例1記載の発明では、
シフトレバーがドライブポジションDからシフトアップポジション又はシフトダウンポジションに投入される際及びドライブポジションDに復帰する際に、シフトレバーは、第Uのシフト路と横路とが接する第Uのシフト路の中央の位置(参考図の第1図の「O」の位置)を必ず通過するものであり、シフトレバーが少なくともこの中央位置付近にあるときには、シフトアップ及びシフトダウンを強制しない状態にあると認められ、このことを指して、「中立の状態にある」と認めることができるものである。そこで、審決は、引用例1記載の発明の第Uのシフト路について、
本願発明の第2のシフト路と対比し、その相違点として、上記の意味で「中立」の状態にある中央位置(上記「O」の位置)に着目して、「引用例1記載の発明では、第Uのシフト路の「中立位置」を起点としたシフトレバー操作が可能かどうか不明な点」が異なると認定したと理解することができる。
2 取消事由2(引用例2記載の技術内容の認定についての誤り)について (1) 本願発明のセンサに相当する構成がないことについて 原告は、本願発明のプラス-センサ(9)とマイナス-センサ(11)が、単に、シフトレバーの旋回運動を検出する機能を有するだけではなく、変速機の前進ギヤを実際にシフトさせるための機能をも併せ備えているものと解釈するべきであると主張し、被告が、これらのセンサはシフトレバーの特定位置を検出するためのセンサにすぎず、その後の変速作用は制御装置の機能とみるべきであるから、引用例2記載の発明におけるスイッチと本願発明におけるセンサは機能的に等価であるとの審決の認定に誤りがないと主張したのに対して、被告の主張は本願発明に係る明細書に記載された実施例に対しては妥当しても、本願発明そのものには適用し得ない旨主張している。
しかし、本願発明に係る全文訂正明細書(甲第3号証)によれば、本願発明の特許請求の範囲には、本願発明が「電子制御装置によって制御される、自動車の自動式の変速機(3)のためのシフト装置であ(る)」ことが明記されており、「発明の詳細な説明」欄の「産業上の利用分野」にも、「本発明は、電子制御装置によって制御される自動式の変速機のためのシフト装置」であることが明記されている(3頁23行ないし25行)ことが認められ、本願発明の「実施例」として、「第2のシフト路7内でシフトレバー1を自動車の走行方向で旋回させる際に、プラス-センサ9が応動し、このプラス-センサのシグナルによって制御装置は、変速機3において1段だけシフトアップが行われるようにする。」(6頁8行ないし10行)、「シフトレバーを走行方向とは逆に旋回させると、マイナス-センサ11がシグナルを制御装置5に与えて、変速機3においては1段だけシフトダウンが行われる。」(6頁13行ないし15行)と記載され、この記載と本願発明に係る当初明細書(甲第2号証)の第1図が図示するところによれば、本願発明に係る明細書では、本願発明の実施例としても、プラス-センサ及びマイナス-センサについて、シフトレバーの旋回に応じて信号(シグナル)を発し、該信号は制御装置に伝送され、該制御装置は変速機を1段だけ高速又は低速の方へ切り換える指令を変速機3に与える構成を記載しているのであり、本願発明のプラス-センサ(9)とマイナス-センサ(11)がシフトレバーの旋回運動を検出する機能を有するだけではなく、変速機の前進ギヤを実際にシフトさせるための機能をも併せ備えているものであることを示唆する記載は認められない。
したがって、本願発明のプラス-センサ(9)とマイナス-センサ(11)は、
シフトレバーの旋回による接触に応じた信号を発する機能を有するが、変速機の前進ギヤを実際にシフトさせるための機能は有しないものとして構成されていることは明らかであるというべきであり、一方、甲第5号証によれば、引用例2記載の発明におけるアップ・シフト・スイッチ及びダウン・シフト・スイッチも、ギヤ・チェンジ・レバーの揺動による接触に応じてシフト・アップ又はシフト・ダウンの指令を与えるものと認められるから、引用例2記載の発明におけるスイッチと本願発明におけるセンサは機能的に等価であるとの審決の認定には誤りがなく、原告の上記主張は失当である。
原告は、引用例2記載の発明のスイッチは、シフトアップ又はシフトダウンさせるためには、必ず一定時間閉路し続けなければならない構成となっており、本願発明のノックのような接触切換えを可能にするプラス(及びマイナス)-センサとは本質的に異なるものであるとも主張している。
しかし、本願発明と引用例1記載の発明との前記の相違点(第2のシフト路におけるレバー操作の起点の相違点)について判断するに当たって、引用例2記載の発明における本願発明の第2のシフト路に相当する構成(第1のシフト路から独立して、レバー操作を中立の中央位置を起点とするもの)に係る技術内容を、上記相違点に適用することの容易想到性を評価する場合に、原告が主張する引用例2記載の発明のスイッチの具体的な構成が、その適用を困難とするような本質的なものであるとみることができるかについてはそもそも疑問があり、むしろ、原告主張の引用例2記載の発明のスイッチの構成は、制御装置の構成に応じたものにすぎず、引用例2記載の発明における上記の本願発明の第2のシフト路に相当する構成に係る技術内容とは直接関係するものではないから、その適用を阻害するものではなく、本願発明のセンサと本質的に異なるものではないというべきである。
したがって、原告の上記主張も採用することができない。
(2) 変速レバーの旋回方向の誤りについて 原告は、審決が、引用例2にはギヤ・チェンジ・レバー(シフトレバー)を「長手方向旋回して」切換可能な構成が示されていると認定したこと(審決書12頁13行ないし17行)が誤りであると主張している。
しかしながら、審決が、引用例2にはギヤ・チェンジ・レバー(シフトレバー)を「長手方向旋回して」切換可能な構成が示されていると認定した趣旨は、本願発明の構成と同じく、レバーを「自動車長手方向」に旋回することを認定したものではなく、被告が指摘するとおり、審決が引用例2記載の発明について認定した部分(審決書10頁16行ないし12頁17行)をみれば、審決は、ギヤ・チェンジ・レバーが旋回する方向を、レバー・シフト・ゲートの延在する方向との趣旨で、レバー・シフト・ゲートの長手方向と認定していることは明らかであり、審決が引用例2記載の発明の認定において使用した「長手方向」という用語は、本願発明における自動車の「長手方向」とは異なり、「レバー・シフト・ゲートの延在する方向」、すなわち、自動車左右方向の意味で用いられていることが認められる。
したがって、審決が、「レバー・シフト・ゲートの延在する方向」(自動車左右方向)を意味するものとして、「長手方向」と表現したことの当否は別として、その用語が自動車の長手方向を意味するものとして使用されたものでないことは明らかであるから、審決がした引用例2記載の発明の認定に誤りはなく、原告の上記主張は採用することができない。
3 取消事由3(相違点についての判断の誤り)について 原告は、引用例1記載の発明では、その第Uのシフト路に中立の位置というものが存在しないのであり、引用例2記載の発明では、そのアップ(又はダウン)・シフト・スイッチが本願発明の接触切換えを可能にするプラス(又はマイナス)-センサとは本質的に異なるものであると主張しているが、前判示のとおり、原告の上記各主張は、いずれも採用することができない。
また、原告は、引用例2記載の発明のギア・チェンジ・レバーは長手方向ではなくて左右方向に旋回することでシフトを切り換えられるものであると主張している。
確かに、引用例2のギア・チェンジ・レバーは、自動車長手方向ではなく、自動車左右方向に旋回することでシフトを切り換えることができるものではあるが、この事実は、引用例2の技術内容(第1のシフト路のドライブポジションDから独立し、中立の中央位置にレバー操作の起点が位置するシフト路)を、引用例1記載の発明における第Tのシフト路と同じ方向に延在する構造を有する第Uのシフト路の構成に適用する上で、格別の妨げとなるものではないと認められるから、原告の上記主張も失当である。
さらに、原告は、引用例1に記載された全体として略T字状に延在する第Uのシフト路と、引用例2に記載されたレバー・シフト・ゲートの左右方向に延在する部分とは、その目的、構成、作用において本質的に相違しているから、引用例1と引用例2を組み合わせることができないと主張している。
しかし、審決が認定した第Uのシフト路は、原告が主張するように、略T字状に延在するものではないことは前判示のとおりであるところ、審決が認定するとおり、引用例1記載の発明では、本願発明の第1のシフト路に相当する第Tのシフト路が存在し、かつ、この第Tのシフト路と同じ方向に延在するシフト路の構造(第Uのシフト路)が、その他の本願発明の構成と一致する構成とともに開示されているのであり、引用例1記載の発明と本願発明との間の相異点である第Uのシフト路と本願発明の第2のシフト路との構成で異なる点(レバー操作の起点の位置)については、引用例2記載の発明において、ドライブポジション(シフト位置D)から独立し、シフト路の中立の中央位置にレバー操作の起点を有し、この点で、本願発明の第2のシフト路に相当する構成のものが開示されているのである。
そして、審決が認定するとおり、引用例1記載の自動変速システムと引用例2のギア・チェンジ・レバー・ユニットとは、ともに、自動車に搭載された自動変速機において、自動変速に加えてドライバーの意志による強制的な手動変速を可能とする変速装置に係るものとして、その技術分野を共通にするものであるから(審決書12頁18行ないし13頁1行参照。原告も、審決が認定した技術分野の共通性の認定については争っていない。)、これらの構成に係る技術的思想を組み合わせることは、当業者であれば容易に想到することができたというべきである。
したがって、本願発明が引用例1記載の発明及び引用例2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとした審決の判断に、原告主張の誤りはない。
4 結論 以上の次第で、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 古城春実
裁判官 橋本英史