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関連審決 審判1998-1003
関連ワード アクセス /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  慣用技術 /  技術常識 /  先行技術 /  要約書 /  翻訳文 /  優先権 /  共有 /  援用権(援用) /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  特許協力条約 /  国際出願 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 60号 審決取消請求事件
原告 シーメンスアクチエンゲゼルシャフト
訴訟代理人弁護士 加藤義明
同 清水三郎
同 鹿野直子
同 弁理士 矢野敏雄
同 アインゼル・フェリックス=ラインハルト
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 関川正志
同 小川謙
同 小林信雄
同 宮川久成
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/06/13
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成10年審判第1003号事件について平成11年9月28日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、名称を「パーソナルコンピュータおよびファクシミリ送受信装置を利用したデータ処理およびデータ伝送装置」とする発明につき、1991年(平成3年)2月28日ドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、1992年(平成4年)2月13日に国際出願をし(PCT/DE92/00099、特願平4-504120号)、平成5年8月30日に特許庁長官に対し所定の翻訳文を提出したが、平成9年10月21日に拒絶査定を受けたので、平成10年1月19日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成10年審判第1003号事件として審理した上、平成11年9月28日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年10月20日原告に送達された。
2 本件明細書翻訳文(以下、単に「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨 パーソナルコンピュータ(PC)が設けられており、
該パーソナルコンピュータはファクシミリ通信をインターフェース装置を介して送信および受信するためにファクシミリ装置(F)と接続されており、
該ファクシミリ装置はパーソナルコンピュータ(PC)に選択的にアクセスするための機能ユニット(SC、DR、FS/DS、AE)を有しているデータ処理およびデータ伝送装置において、
パーソナルコンピュータ(PC)が投入接続された際には基本的にバックグラウンドプログラムが実行され、
該バックグラウンドプログラムは、ファクシミリ装置(F)との接続を形成し、パーソナルコンピュータ(PC)のワークメモリ(AS)にファイルされており、パーソナルコンピュータ(PC)をファクシミリ装置(F)の機能ユニット(SC、DR、FS/DS、AE)に選択的にアクセスするために組まれており、
パーソナルコンピュータ(PC)の操作ユニットには選択的アクセスを制御するコマンドが入力可能であり、
該コマンドはPCインタープリタを用いてファクシミリ装置(F)に対する制御コマンドに変換可能であることを特徴とするデータ処理およびデータ伝送装置。
3 審決の理由 審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開昭61-292467号公報(本訴甲第4号証、以下「引用例」という。)記載の発明及び周知慣用事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
原告主張の審決取消事由
審決の理由中、本願発明の要旨の認定(審決書2頁9行目〜3頁15行目)は認める。
審決は、本願発明と引用例記載の発明との一致点の認定を誤る(取消事由1)とともに、相違点を看過し(取消事由2)、また、相違点についての認定判断を誤った(取消事由3)結果、本願発明は引用例記載の発明及び周知慣用事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り) (1) 審決は、本願発明の目的は「パーソナルコンピュータとファクシミリ装置の個々の機能ユニットをパーソナルコンピュータにより制御および使用できるようにこれら二つの機器を相互に接続することにある」(審決書9頁10行目〜14行目)と認定し、発明の目的における引用例記載の発明との同一性をいうが、本願発明の目的に関する上記認定は誤りである。上記認定は、願書添付の要約書の記載に基づくものと解されるが、要約書は、先行技術のサーチ等の便宜のために供されるものにすぎず、その記載を本願発明の目的の認定の根拠とすることは許されない(特許協力条約3条(3))。
(2) 次に、審決は、本願発明と引用例記載の発明の一致点として、「該処理プログラムは、ファクシミリ装置(F)との接続を形成し、パーソナルコンピュータ(PC)のワークメモリにファイルされており」(審決書12頁6行目〜8行目)と認定するが、引用例には、ファクシミリ装置との接続を形成する処理プログラムがパーソナルコンピュータのワークメモリにファイルされているとの記載はなく、
上記認定は誤りである。引用例記載の発明においては、ファクシミリ装置との接続を形成するプログラムはハードディスクにファイルされており、選択的にワークメモリに呼び出して使用するものである。
2 取消事由2(相違点の看過) 審決は、本願発明と引用例記載の発明との相違点として、本願発明の「パーソナルコンピュータ(PC)が投入接続された際には基本的にバックグラウンドプログラムが実行され、該バックグラウンドプログラムは、ファクシミリ装置(F)との接続を形成する」(審決書13頁2行目〜6行目)構成のみを認定するにとどまるが、本願発明のパーソナルコンピュータとファクシミリ装置との接続を形成する処理プログラムに関する以下の構成については、引用例に開示がないから、審決はこれらの相違点を看過したというべきである。
ア 当該プログラムがワークメモリにファイルされていること イ 当該プログラムはファクシミリ装置の機能ユニット(SC、DR、FS/DS、AE)に選択的にアクセスするためにバックグラウンドプログラムに組まれていること ウ 当該プログラムはコンピュータが投入接続された際に実行されること 3 取消事由3(相違点についての認定判断の誤り) (1) 審決は、「優先順位の高いプログラムをフォアグラウンドプログラムとし、優先順位の低いプログラムをバックグラウンドプログラムとし、例えば、フォアグラウンドプログラム実行中に該フォアグラウンドプログラムを一時中断し不定期に実行要求されるプログラムをバックグラウンドプログラムとして実行することは、通信及び情報処理の分野に於いては周知慣用されている」(審決書16頁19行目〜17頁6行目、上記認定に係る技術を以下「本件周知技術」という。)との認定、及び引用例記載の発明は「コンピュータが投入接続された際には、該コンピュータの主記憶にロードされている処理プログラムを実行しファクシミリ装置8との接続を形成するものである」(同18頁5行目〜8行目)との認定に基づいて、
「この処理プログラムをフォアグラウンドとバックグラウンドのいずれかで実行するかは、前述したように、プログラムの優先度に応じて任意に設定し得るところであるので、バックグラウンドで処理することも、当業者が適宜なし得る設計事項にすぎないものと認める。また、本願発明の奏する効果においても、引用例に記載された発明及び周知慣用事項から、当業者であれば格別の困難なしに予測できる程度のものである」(同18頁9行目〜18行目)と判断するが、上記の認定判断は誤りである。
(2) 第一に、本願発明は、その要旨において「コンピュータが投入接続された際には基本的にバックグラウンドプログラムが実行され」ると規定しているとおり、コンピュータが投入接続されているときは常にバックグラウンドプログラムが実行されるものであり、しかも、当該コンピュータはフォアグラウンドプログラムによる作業スペースだけのためにも使用することができるのであるから、バックグラウンドプログラムもフォアグラウンドプログラムと同時に実行することのできる技術、すなわち、フォアグラウンドプログラムとバックグラウンドプログラムのマルチタスキングが前提となっている。このことは、本件明細書(甲第2号証添付)において、「本発明では、パーソナルコンピュータをファクシミリ伝送、PC伝送タスクおよび複写処理のための作業スペースとして使用することができ、かつパーソナルコンピュータ作業スペースだけのためにも使用することができるという利点が得られる」(4頁12行目〜16行目)、「この過程をいつでも実行するために、PCが投入接続されている際には基本的に常に、PCのワークメモリASにファイルされたバックグラウンドプログラムが実行される」(5頁17行目〜20行目)と記載されていることから明らかである。
ところが、本件特許出願に係る優先権主張日当時、パーソナルコンピュータにおいて、フォアグラウンドプログラムにより複数のウインドウ・アプリケーションを同時に並列的に実行するマルチタスク動作は行われていたものの、フォアグラウンドプログラムにより実行されるタスクとバックグラウンドプログラムで実行されるプログラムが同時に実行されるものではなく、このような技術は当時行われていなかった。
審決が本件周知技術の認定根拠として掲げる平成6年9月1日株式会社アスキー発行の「マイクロソフト コンピュータ用語辞典 第二版」295頁(甲第5号証)、特開昭61―166629号公報(甲第6号証)及び特開昭62―293310号公報(甲第8号証)並びに被告が本訴において周知例として追加提出した昭和47年8月16日株式会社講談社発行の「マグローヒル コンピュータ百科事典」62頁〜63頁、242頁、354頁、356頁〜359頁(乙第1号証)、
昭和61年1月20日丸善株式会社発行の「情報・通信マイクロコンピュータ辞典」222頁、312頁、344頁(乙第2号証)及び平成3年1月20日株式会社講談社発行の「MS-Windowsとは何か ウインドウがパソコンを変える」36頁〜42頁、71頁〜72頁、97頁〜98頁、101頁〜102頁、108頁(乙第3号証)(以上を一括して、以下「周知例群」という。)は、いずれも、
フォアグラウンドプログラムとバックグラウンドプログラムのマルチタスキングを示すものとはいえない。すなわち、まず、甲第5号証は、本件特許出願に係る優先権主張日である平成3年2月28日の後に発行されたものであるし、その余の周知例群には、フォアグラウンドプログラムとバックグラウンドプログラムを選択して、その都度、他方のプログラムを起動するという技術は記載されていても、パーソナルコンピュータにおいてフォアグラウンドプログラムとバックグラウンドプログラムとがマルチタスクで同時に実行されることについては、記載も示唆もない。
そうすると、周知例群に示される技術を引用例に適用しても、当業者において本願発明を容易に想到し得たものとはいえない。
(3) 第二に、引用例には、コンピュータが投入接続された際に、ファクシミリ装置との接続を形成する処理プログラムが実行されることは記載されていないから、当該記載があるものと認めた審決の認定は誤りである。
すなわち、審決の上記認定は、引用例記載の発明において、「コンピュータの立ち上げと同時にファクシミリ装置8も立ち上げないと・・・通常のファクシミリ受信動作ができない」(審決書17頁末行〜18頁4行目)ことを論拠とするものであるが、引用例(甲第4号証)には、「20は従来のファクシミリ装置の操作パネルであって、通常のファクシミリ通信を行うためのもの」(3頁左下欄18行目〜20行目)との記載があり、この記載は、引用例記載の発明におけるファクシミリ装置は、パーソナルコンピュータが投入接続されていなくても通常はファクシミリ通信が可能であることを意味する。仮に、審決のいうようにコンピュータとファクシミリ装置との接続が形成されていない限り通常のファクシミリ受信動作ができないとすると、コンピュータは常時電源に接続されて起動していなければならないことになり、不合理かつ技術常識に反した認定といわざるを得ない。むしろ、
引用例記載の発明のファクシミリ装置は、これをパーソナルコンピュータで制御したい場合にのみ、パーソナルコンピュータとの接続を形成するものにすぎないというべきである。なお、コンピュータが投入接続された際に、ファクシミリ装置との接続を形成する処理プログラムが実行されることは、引用例ばかりでなく、周知例群にも記載されていない。
(4) 第三に、審決の認定する本件周知技術を審決の認定に係る引用例記載の発明に適用したとしても、本願発明を容易に想到し得たものとはいえない。すなわち、本件周知技術が、単にバックグラウンドプログラムに優先順位の低いタスクを割り当て、フォアグラウンドプログラムに優先順位の高いタスクを割り当てるという趣旨であれば、これを引用例記載の発明に適用した場合、引用例記載の発明で優先順位の高いタスクはファクシミリ装置の機能群へのアクセスの制御を含めたファクシミリ装置の制御及び管理であると解されるから、コンピュータが投入接続された際、ファクシミリ装置との接続を形成するプログラムは、本願発明とは異なり、
フォアグラウンドプログラムを使用することになるはずである。したがって、上記プログラムをバックグラウンドで処理することが設計事項であるとした審決の判断は誤りというべきである。
(5) 第四に、審決が、本願発明の奏する効果は当業者の容易に予測し得る程度のものであるとした判断は誤りである。すなわち、本願発明においては、パーソナルコンピュータが投入接続された際、基本的にパーソナルコンピュータのバックグラウンドプログラムが実行され、パーソナルコンピュータとファクシミリ装置との接続が活性化され、そのまま保持することができるので、ユーザはパーソナルコンピュータで別の作業をすることができ、ファクシミリ装置がパーソナルコンピュータから離れた位置に設置されていても、ファクシミリ情報の到来やファクシミリ装置の機能障害の発生等を直ちに知ることができ、しかも、これらの効果を得るためのパーソナルコンピュータの操作が極めて簡単でユーザフレンドリーに実施することができるという効果が得られる。このような効果は、引用例記載の発明ないしこれに審決の認定に係る本件周知技術を組み合わせたものから、当業者が容易に予測し得るものではない。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について (1) 審決の認定する本願発明の目的は、本件明細書に記載された本願発明の課題と解決手段に関する記載を参考にして要約したのであり、表現上の相違はあるものの実質的な認定内容に相違はなく、審決の認定には誤りはない。
(2) 次に、原告は、ファクシミリ装置との接続を形成する処理プログラムがパーソナルコンピュータのワークメモリにファイルされている点を一致点と認定したことの誤りを主張するが、引用例記載の発明の当該処理プログラムは、コンピュータをファクシミリ装置の各機能ユニットに選択的にアクセスするために組まれているものであり、また、ワークメモリにロードされていなければプログラムを実行することはできないから、引用例記載の発明の上記処理プログラムがコンピュータのワークメモリにロードされていることは明らかである。
2 取消事由2(相違点の看過)について 原告の主張するアの点が本願発明と引用例記載の発明との一致点であることは上記1(2)のとおりであり、これを相違点ということはできない。
原告の主張するイ及びウの点は、審決の認定する相違点に含まれている事項であり、かつ、その容易想到性の判断も示されているのであるから、審決には原告主張の相違点を看過した誤りはない。
3 取消事由3(相違点についての認定判断の誤り)について (1) マルチタスキングについて 原告は、本願発明は、フォアグラウンドプログラムとバックグラウンドプログラムを同時に実行するマルチタスキングが前提となっているところ、パーソナルコンピュータにおいて当該マルチタスキングは、本件特許出願に係る優先権主張日当時には行われていなかった旨主張する。
しかし、本件明細書には原告の主張するようなマルチタスキングの技術を示す記載はなく、本願発明の要旨にも規定されていない。原告の主張は、本件明細書の記載に基づかないものといわざるを得ない。
また、原告の主張するマルチタスキングは、本件特許出願に係る優先権主張日当時広く採用されていた。このことは、乙第3号証に、「実際にパソコン・ショップの店頭にMS-Windowsが並び始めたのは、1985年11月18日と言われている」(39頁6行目〜8行目)、「このMS-Windows第1.0版は・・・MS-DOSに備わっていないマルチタスク用のメモリ管理機構を持っているということだった」(41頁16行目〜42頁4行目)、「タスク・リストが何故必要かというと、MS-Windowsが、マルチタスクという動作をしているからである。マルチタスクというのは、同時にいくつかのタスクが走るということである。MS-Windows環境では、何本かのプログラムが、同時に走ることができる。・・・タスク・リストには、その同時に走っているプログラムのリストが表示されている。・・・これがないと、なにが同時に走っているのか分からないことがある」(97頁12行目〜98頁6行目)、「プリント・マネージャは・・・バック・グラウンドで行われ・・・威力を発揮するのは、主としてネットワーク環境で、ネットワーク・プリンタを共有する場合である。プリンタ・スプーラという呼び方をする場合もある」(101頁11行目〜102頁1行目)と記載されているとおりである。
なお、原告は、前掲「マイクロソフト コンピュータ用語辞典 第2版」(甲第5号証)の発行日が本願発明の優先権主張日の後であることを指摘するが、
審決がこれを引用したのは、甲第6〜第8号証に記載されている「フォアグラウンド」及び「バックグラウンド」の用語で表現される技術事項をより明確にするためにすぎない。
(2) コンピュータの投入接続とファクシミリ装置の接続形成との関係について 原告は、引用例には、コンピュータが投入接続された際に、ファクシミリ装置との接続を形成する処理プログラムが実行されることは記載されていない旨主張するが、引用例(甲第4号証)には、「ファクシミリ装置にはコンピュータの指令を解読してその指令を実行する制御手段を備え、コンピュータ制御によってファクシミリ装置の有する機能を動作せしめるものである。即ち、コンピュータは・・・C通常のファクシミリ通信(ファクシミリ装置間)を制御する。以上のごとく・・・ファクシミリ通信を利用してコンピュータ間およびコンピュータ、ファクシミリ装置間の通信を行う」(2頁右下欄12行目〜3頁右上欄1行目)、「本発明によればファクシミリ装置の機能各部をコンピュータ等の外部装置で制御することができ、情報システムの情報管理、ファクシミリ管理を容易に行うことができる効果がある」(4頁左下欄16行目〜右下欄1行目)と記載されているから、引用例記載の発明においては、コンピュータ等の外部装置がファクシミリ機能各部を制御するのみならず、通常の不定期に送受信されるファクシミリ通信をも制御するものであり、そうすると、引用例記載の発明の制御プログラムは、コンピュータが投入接続された際、コンピュータの主記憶にロードされ、最初にコンピュータとファクシミリ装置との接続を形成するものでなければならない。このように最初にファクシミリとの接続を形成するプログラムを立ち上げておかなければ、以後の通常の散発的かつ不定期に送受信されるファクシミリ通信を制御することができないからである。
仮に、原告の主張するように、引用例記載の発明のファクシミリ装置が、
パーソナルコンピュータが投入接続されていない場合にもファクシミリ通信が可能なものであるとすると、このファクシミリ装置はコンピュータの制御を受けずに単独でファクシミリ通信を行う従来のものと変わらないことになり、「本発明はコンピュータ等の外部装置で制御されるファクシミリ装置に関する」(1頁右下欄末行〜2頁左上欄1行目)との引用例記載の発明の前提となる記載と矛盾することになる。
(3) 設計事項であるとの判断の誤りについて 原告は、本件周知技術を引用例記載の発明に適用した場合、引用例記載の発明においてファクシミリ装置との接続を形成するプログラムはフォアグラウンドプログラムを使用することになるはずである旨主張するが、常時実行される通常のプログラムの優先順位を高く設定しこれをフォアグラウンドプログラムとし、常時は実行されない散発的で不定期なプログラムの優先順位を低く設定しこれをバックグラウンドプログラムとし、両者のプログラムを並列的に実行することが周知慣用技術とされていることは上記のとおりであるから、引用例に記載された発明においても、ファクシミリ通信に関する散発的で不定期なプログラムをバックグラウンドで実行し、通常実行されるプログラムをフォアグラウンドで実行するようにすることは、当業者が適宜採用し得る設計事項であるとした審決の判断に誤りはない。
(4) 本願発明の奏する効果の予測性判断の誤りについて 原告の主張する本願発明の効果は、本件明細書には記載されておらず、明細書の記載に基づかない主張として失当である。本願発明の奏する効果は、本件周知技術自体によってもたらされる当然の効果以上の格別のものではなく、原告の主張は理由がない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について (1) 原告は、本願発明と引用例記載の発明との一致点の認定中、まず、発明の目的における一致点の認定の誤りを主張するが、それ自体、直ちに審決の結論に影響するようなものとはいえない上、本願発明の目的の認定としても誤りとはいえない。すなわち、本件明細書(甲第2号証添付)には、「本発明の課題は、簡単に構成することができ多機能通信装置として多様に使用することができるデータ処理およびデータ伝送装置を提供することである」(3頁21行目〜23行目)とした上、「この課題は・・・ファクシミリ装置との接続を形成し・・・パーソナルコンピュータをファクシミリ装置の機能ユニットに選択的にアクセスする・・・ように構成して解決される」(3頁25行目〜4頁11行目)と記載されており、審決の認定に係る「目的はパーソナルコンピュータとファクシミリ装置の個々の機能ユニットをパーソナルコンピュータにより制御および使用できるようにこれら二つの機器を相互に接続することにある」(審決書9頁10行目〜14行目)ことと基本的に異なるものとはいえない。
(2) 次に、原告は、審決が「該処理プログラムは、ファクシミリ装置(F)との接続を形成し、パーソナルコンピュータ(PC)のワークメモリにファイルされて」(審決書12頁6行目〜8行目)いる点を本願発明と引用例記載の発明との一致点であるとした認定の誤りを主張する。
しかし、原告自身、引用例記載の発明のファクシミリ装置との接続を形成する処理プログラムが呼び出される先がワークメモリであること自体は自認しており、しかもそれ自体は技術常識であるということができるから、審決の上記一致点の認定に誤りはないというべきである。なお、原告の上記主張は、引用例記載の発明においては、パーソナルコンピュータの投入接続によって常に当該処理プログラムはワークメモリ内で活性化しているものではない点をいう趣旨とも解されるが、
その点は後記3(2)で判断する。
(3) 以上のとおり、審決の一致点の認定に誤りはない。
2 取消事由2(相違点の看過)について 原告は、本願発明のパーソナルコンピュータとファクシミリ装置との接続を形成する処理プログラムの構成中、(ア)当該プログラムがワークメモリにファイルされていること、(イ)当該プログラムがファクシミリ装置の機能ユニットに選択的にアクセスするためにバックグラウンドプログラムに組まれていること、
(ウ)当該プログラムはコンピュータが投入接続された際に実行されること、以上の三点については引用例に記載がなく、審決はこれらの相違点を看過している旨主張する。
しかし、上記(ア)の点を一致点とした審決の認定に誤りがないことは上記1(2)のとおりであり、これを相違点と認めることはできない。
また、上記(イ)及び(ウ)の点については、審決は、これを相違点として認定の上、それぞれ判断(上記(イ)の点につき審決書18頁9行目〜14行目、
上記(ウ)の点につき同17頁11行目〜18頁8行目参照)を示していることは明らかである。
したがって、審決には、原告主張の相違点を看過した誤りはない。
3 取消事由3(相違点についての認定判断の誤り)について (1) マルチタスキングについて 原告は、本願発明は、フォアグラウンドプログラムとバックグラウンドプログラムを同時に実行するマルチタスキングが前提となっている旨主張する。しかし、本願発明は、その要旨において「パーソナルコンピュータ(PC)が投入接続された際には基本的にバックグラウンドプログラムが実行され、該バックグラウンドプログラムは、ファクシミリ装置(F)との接続を形成し、パーソナルコンピュータ(PC)のワークメモリ(AS)にファイルされており、パーソナルコンピュータ(PC)をファクシミリ装置(F)の機能ユニット(SC、DR、FS/DS、AE)に選択的にアクセスするために組まれており」と規定していることから、本願発明のパーソナルコンピュータは、ファクシミリ装置との接続を形成し、
その機能ユニットに選択的にアクセスするためのバックグラウンドプログラムを備えるものとされていることは認められるものの、原告の主張するような「マルチタスキング」ないし「フォアグラウンドプログラムとバックグラウンドプログラムを同時に実行」することを規定する記載はなく、原告の主張は、本願発明の要旨に基づかないものといわざるを得ない。
そして、特開昭61-166629号公報(甲第6号証)には「この制御部3には高い優先順位のフォアグラウンド(FG)4と、低い優先順位のバックグラウンド(BG)5とから成るマルチプログラムが格納され」(2頁左上欄9行目〜12行目)との記載が、特開昭62-293310号公報(甲第8号証)には「ユーザプログラムをフォアグラウンドユーザプログラムとバックグラウンドユーザプログラムとに分離して格納し」(1頁左下欄12行目〜14行目)との記載があるほか、前掲の「マグローヒル コンピュータ百科事典」(乙第1号証)、「情報・通信マイクロコンピュータ辞典」(乙第2号証)及び「MS-Windowsとは何か ウインドウがパソコンを変える」(乙第3号証)においても、プログラムの優先度に応じてフォアグラウンドプログラムとバックグラウンドプログラムを用いる技術が記載されており、これらの発行時期及び刊行物としての性格に照らしても、この技術が、本件特許出願に係る優先権主張日当時、既に周知慣用事項であったことは明らかというべきである。しかも、上記乙第3号証には、被告主張のように、「実際にパソコン・ショップの店頭にMS-Windowsが並び始めたのは、1985年11月18日と言われている」(39頁6行目〜8行目)、「このMS-Windows第1.0版は・・・MS-DOSに備わっていないマルチタスク用のメモリ管理機構を特っているということだった」(41頁16行目〜42頁4行目)、「マルチタスクというのは、同時にいくつかのタスクが走るということである。MS-Windows環境では、何本かのプログラムが、同時に走ることができる」(97頁13行目〜14行目)との記載もあることに照らすと、仮に、原告の主張するような意味でのマルチタスキングが本願発明の前提技術になっているとしても、そのようなマルチタスキング自体、周知慣用事項にすぎなかったというべきである。
なお、審決が本件周知技術の認定の根拠として、本件特許出願に係る優先権主張日の後に発行された刊行物である前記「マイクロソフト コンピュータ用語辞典 第二版」(甲第5号証)を援用している点は適切でないというべきであるが、上記の認定を何ら左右するものではない。
したがって、本件周知技術の認定に関する審決の認定に誤りはない。
(2) コンピュータの投入接続とファクシミリ装置の接続形成との関係について 次に、原告は、引用例には、コンピュータが投入接続された際にファクシミリ装置との接続を形成する処理プログラムが実行されることは記載されていない旨主張するので、この点について判断する。
引用例(甲第4号証)の〔産業上の利用分野〕欄には「本発明はコンピュータ等の外部装置で制御されるファクシミリ装置に関する」(1頁右下欄末行〜2頁左上欄1行目)との記載が、〔発明が解決しようとする問題点〕欄には「本発明は・・・直接コンピュータとファクシミリ装置とを接続し、ファクシミリ装置の備える機能を制御、管理する手段を提供しようとするものである」(2頁左下欄10行目〜13行目)との記載が、〔作用〕欄には「コンピュータは・・・C通常のファクシミリ通信(ファクシミリ装置間)を制御する」(2頁右下欄16行目〜3頁左上欄17行目)との記載が、〔発明の効果〕欄には「本発明によれば・・・情報システムの情報管理、ファクシミリ管理を容易に行うことができる効果がある」(4頁左下欄16行目〜右下欄1行目)との記載があり、以上の記載によれば、引用例記載の発明は、コンピュータ等で制御、管理するファクシミリ装置に関するものであって、通常のファクシミリ装置間のファクシミリ通信をもコンピュータで制御し、その管理を行うものであると認められる。そうすると、相手先ファクシミリ装置から不定期に送信される情報を管理するためには、コンピュータが投入接続された際、ファクシミリ装置との接続を形成する処理プログラムを実行するという構成は、引用例記載の発明において当然の前提として開示されているということができる。
この点について、原告は、引用例記載の発明において、コンピュータとファクシミリ装置との接続が形成されていなくとも通常のファクシミリ通信は可能である旨主張する。しかし、引用例記載の発明が、コンピュータで制御されるファクシミリ装置の実現を目的とし、コンピュータによる情報システムの情報管理、ファクシミリ管理を容易に行うとの効果を奏するものであることは上記のとおりであるから、引用例記載のファクシミリ装置において、コンピュータとの接続を前提としないファクシミリ通信が可能であるとしても、その接続が形成されたファクシミリ装置の技術が開示されていることに変わりはない。
したがって、この点の審決の認定に誤りはない。
(3) 設計事項であるとの判断の誤りについて 原告は、本件周知事項を引用例記載の発明に適用した場合、コンピュータが投入接続された際に、ファクシミリ装置との接続を形成する処理プログラムは、
本願発明とは異なり、フォアグラウンドプログラムを使用することになるはずであって、バックグラウンドプログラムを使用するようにすることが設計事項であるとはいえない旨主張する。
しかし、本件周知技術は、プログラムの優先度に従って、フォアグラウンドプログラムとバックグラウンドプログラムを使い分けるというものであるから、
ファクシミリ装置との接続を形成する処理プログラムとして、このいずれを選択するかということは、ファクシミリ通信に関するジョブと他のジョブとの間の優先順位に従って適宜決定し得ることであって、ファクシミリ装置との接続を形成する処理プログラムをバックグラウンドプログラムで処理することが当業者の適宜行い得る設計事項であるとした審決の判断に誤りはない。
(4) 本願発明の奏する効果の予測性判断の誤りについて 原告は、本願発明は当業者の予測し得ない効果を奏する旨主張するが、原告の主張する効果のうち、バックグラウンドプログラムの実行中であってもユーザがパーソナルコンピュータで別の作業をすることができるとの点は、上記のとおり周知慣用技術である本件周知技術自体から当然に予測することのできる自明の効果であって、これを格別のものということはできない。そして、ファクシミリ装置がパーソナルコンピュータから離れた位置に設置されていても、ファクシミリ情報の到来やファクシミリ装置の機能障害の発生等を直ちに知ることができるとの点、パーソナルコンピュータの操作が極めて簡単でユーザフレンドリーに実施することができるとの点については、本件明細書にこれを裏付ける記載がなく、本願発明がファクシミリ情報の到来や機能障害の発生を直ちに知らせるための構成を備えているとも、パーソナルコンピュータの操作が簡単でユーザフレンドリーになるとも認めることができない。
したがって、本願発明の奏する効果が当業者の予測し得ないものであるとする原告の主張は理由がない。
4 以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理申立てのため付加期間の指定につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条96条2項を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 宮坂昌利