関連審決 | 審判1999-35156 |
---|
関連ワード | 自然法則 / 技術的思想 / 容易に発明 / 技術的手段 / 発明の詳細な説明 / 明細書の記載要件 / 分割出願 / 数値限定 / 技術的意義 / 実施 / 構成要件 / 審判制度 / 請求の範囲 / 釈明 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|
事件 |
平成
12年
(行ケ)
66号
審決取消請求事件
|
---|---|
原告 株式会社白寿生科学研究所 訴訟代理人弁理士 中島昇 同 小林将高 被告 株式会社ヘルス 訴訟代理人弁理士 旦武尚 同 高橋功一 同 旦範之 |
|
裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2001/07/16 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
---|---|
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年審判第35156号事件について平成11年12月20日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
|
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は、名称を「交流電位治療器」とする特許第2609574号発明(平成6年4月19日出願、平成9年2月13日登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。原告は、平成11年4月8日、本件特許の無効審判の請求をし、 平成11年審判第35156号事件として特許庁に係属した。特許庁は、上記事件につき審理した結果、同年12月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成12年1月26日、原告に送達された。 2 本件発明の要旨 交流高電圧を生体に印加して治療を実行する電位治療器において、交流昇圧トランスTの高圧2次コイルLの両端に並列の抵抗R1とダイオードD1と、この並列回路と直列に抵抗R2を含む正電圧ブリーダ回路を接続するとともに、このブリーダ回路により、生体印加交流の正電圧と負電圧との波高値比率を1対3に設定してなる交流電位治療器。 3 審決の理由 審決の理由は、別添審決書写し記載のとおり、請求人(原告)の主張、すなわち、(ア)本件特許出願の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明中には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されていないから、特許法(平成6年法律第116号による改正前のもの。以下、同じ。)36条4項の規定に違反し、 また、(イ)正電圧と負電圧の波高値比率を「1対3」に設定するという記載事項を含む本件明細書の特許請求の範囲は、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものでないから、同条5項2号の規定に違反しているとする主張はいずれも認められず、請求人(原告)の主張する理由によっては本件発明を無効にすることはできないというものである。 |
|
原告主張の審決取消事由
審決は、本件明細書の発明の詳細な説明において、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されていないことを看過し(取消事由1)、本件明細書の特許請求の範囲に発明の構成に欠くことができない事項のみを記載していないことを看過して(取消事由2)、本件明細書に記載不備はないとの誤った判断をし、また、本件明細書に記載のない事項を補充して審理判断した(取消事由3)ものであるから、違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(発明の詳細な説明の記載不備) (1) 科学的事実の誤認 審決は、「『健康な人体内における正負イオンの理想的存在比率は正25%対負75%である。』旨の記載事項・・・を技術的に誤ったものと認めるに足る証拠は存在しない。」(審決書6頁3行目〜15行目)と認定した上で、「したがって、本件発明に係る明細書の発明の詳細な説明中には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、発明の目的、構成及び効果が記載されているというべきであり」(同7頁14行目〜17行目)として本件明細書に記載不備はないと判断するが、「健康な人体内における正負イオンの理想的存在比率は正25%対負75%である」旨の本件明細書中の記載事項(以下「本件イオン比率」という。)は、科学的事実に反し誤りである。 発明の詳細な説明には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならず(特許法36条4項)、発明とは自然法則を利用した技術的思想であるから、発明の詳細な説明においては、発明の目的、構成及び効果が科学的事実に裏付けられた根拠ある知見に基づいて説明されなければならない。本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明が本件イオン比率をより所にして、生体印加交流の正電圧と負電圧との波高値比率を1対3に設定する構成(以下「本件波高値比率」という。)を採用し、これにより、従来技術における、治療効果の有効性と速効性に欠け、かつ、拒絶反応が出やすいという問題点を解決するという目的を達成した旨の記載がある。しかしながら、本件イオン比率における「正負イオンの理想的存在比率」という概念自体公知ではなく、その数値「正25%対負75%」が依拠する「活動電位及び静止電位の代表的な数値がそれぞれ+30mV、-90mVであること」も科学的事実に基づくものではない。また、本件明細書にも、上記事項に科学的根拠があることを示す記載はない。 上記のように、数値限定の根拠が明らかにされていない明細書は違法である旨を判示した裁判例として、東京高裁平成10年(行ケ)第172号同11年5月27日判決がある。 (2) 発明の効果の証明の欠如 審決は、「そして、正負電圧の波高値比率を1対3とすることに関し、被請求人の提出した乙第一号証に添付書類とされた、湖東総合病院作成『パワーヘルス使用成績』(注、審判乙第1号証の14、本訴甲第16号証)によれば、それによる治療効果の有効性が確認できるものである。」(審決書8頁8行目〜12行目)、「『1対3』という数値を特定した事項が記載されており、それによる効果も確認できる」(同9頁6行目〜8行目)と判断するが、誤りである。 発明の詳細な説明においては、発明の目的が達成され、発明の効果が得られたことが、客観性のある実験結果等により証明されている必要がある。本件発明は「波高値比率が1対3に合致していなかった従来技術の問題点を解決すること」を目的とするから、「従来技術との比較実験」や「波高値比率を1対3のみでなく1対4等変化させた比較実験」などを示す必要があるが、上記「パワーヘルス使用成績」は、本件発明の構成を備えた実験装置によるものでないばかりか、上記比較実験にも該当しないので、治療効果に有効性と速効性を持たせ、かつ、拒否反応の発生を防止するという本件発明の効果を証明するものではない。 (3) 発明の構成 発明の詳細な説明には、発明の構成として自然法則を利用した技術的思想を構成するのに不可欠である、技術的に意味のある事項を記載しなければならない。発明の詳細な説明に記載された本件波高値比率は、本件イオン比率に合致するよう定められた数値であるところ、本件イオン比率は科学的根拠を欠くから、本件波高値比率も、発明を構成する上で技術的に意味のある事項とはいえず、発明の詳細な説明に、発明の構成が記載されているとはいえない。 (4) 以上のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明は、科学的根拠を欠く事項に基づいて本件発明を説明し、発明の目的が達成されたことも証明していないから、当業者が容易にその実施することができる程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されているとはいえない。 2 取消事由2(特許請求の範囲の記載不備) 審決は「特許請求の範囲の請求項1(注、本件発明に係る特許請求の範囲)には、正電圧と負電圧との波高値比率が健康な人体内に存在する正負イオンの理想的存在比率(正25%対負75%)に等しい割合になるものとして、『1対3』という数値を特定した事項が記載されており、それによる効果も確認できるものであるから、上記『1対3』という記載事項を技術的に意味のない条件であるということはできない。したがって、上記『1対3』という記載事項を含む請求項1は、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものでないとの主張は認められない。」(審決書9頁3行目〜14行目)と判断するが、誤りである。 特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことができない事項として、自然法則を利用した技術的思想を構成するのに不可欠である、技術的に意味のある事項を記載しなければならない。本件明細書の特許請求の範囲に記載された本件波高値比率は、本件イオン比率に合致するよう定められた数値であるところ、本件イオン比率は科学的根拠を欠くから、技術的に意味のない事項である。したがって、本件明細書の特許請求の範囲には、技術的に意味のない事項が含まれており、発明の構成に欠くことのできない事項のみが記載されているとはいえない。 3 取消事由3(当初明細書に記載のない事項の補充) 審決には、願書に最初に添付した明細書(以下「当初明細書」という。)である本件明細書に記載のない事項を補充して記載不備の有無を審理判断した違法がある。 すなわち、明細書の記載要件は、当初明細書に記載した範囲内の事項に基づいてのみ審理判断すべきであり、補正による追加が許されない事項を審理の対象とすべきではない。審決は、「人間の生体の静止電位と活動電位」及び上記「パワーヘルス使用成績」を審理の対象に含めて記載不備はないと判断するが(審決書6頁3行目〜15行目、7頁末行〜8頁7行目、8頁8行目〜12行目及び9頁3行目〜10行目)、上記二つの事項は、当初明細書に記載のない事項であって、これを審理の対象とした審決は違法である。当初明細書に裏付けがない場合には、意見書、実験成績報告書等による反論及び釈明をすることができない旨を判示して明細書の記載不備を違法とした裁判例として、東京高裁平成8年(行ケ)第201号同10年10月30日判決がある。また、明細書及び図面に記載がない事項については当業者にとって自明なものであっても補正による追加をすることができない旨を判示した裁判例として、東京地裁平成10年(ワ)第8345号、第17998号同11年12月21日判決がある。 |
|
被告の反論
1 取消事由1(発明の詳細な説明の記載不備)について (1) 科学的事実の誤認 原告は、本件イオン比率は科学的根拠を欠くと主張するが、人間の生体では、細胞膜を介してイオンが移動することにより、細胞膜内外に電位差が発生し、 静止電位及び活動電位のピーク値の代表値は、通常、-90mV及び+30mVであるから、本件イオン比率は、生体の静止電位から活性電位のピーク値を生ぜしめる状態の正負イオンの存在比率であり、科学的根拠を有する。 (2) 発明の効果の証明の欠如 原告は、発明の詳細な説明において、発明の効果を客観的な実験結果等により証明する必要があると主張するが、特許法36条4項は、これを要求していない。本件明細書の発明の詳細な説明には、特許請求に範囲に記載した発明の目的、 構成及び効果が記載されており、記載不備はない。 (3) 発明の構成 原告は、本件波高値比率が発明を構成する技術的に意味のある事項ではないから、発明の詳細な説明に発明の構成が記載されていないと主張する。しかしながら、発明の詳細な説明には、本件発明の構成が記載されているところ、本件波高値比率は、細胞膜をイオンが透過する際に静止電位及び活動電位が発生する状態に対して、生体印加交流の正電圧と負電圧との波高値比率を1対3に設定するものであり、技術的に意味のあるものである。 2 取消事由2(特許請求の範囲の記載不備)について 原告は、本件波高値比率が発明を構成する技術的に意味のある事項ではないから、特許請求の範囲に発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載したものではないと主張する。しかしながら、特許請求の範囲には、本件発明の構成が記載されており、本件波高比率は、細胞膜をイオンが透過する際に静止電位及び活動電位が発生する状態に対して、生体印加交流の正電圧と負電圧との波高値比率を1対3に設定するものであり、技術的に意味のある事項である。 3 取消事由3(当初明細書に記載のない事項の補充)について 原告は、審決が当初明細書に記載のない事項を補充して記載不備の有無を審理判断したことは違法であると主張するが、この点に関する審理の範囲が当初明細書に記載した事項に限られるとすれば、審決は証拠の判断を一切示すことができないこととなり、審判制度の趣旨に反することは明らかである。 また、原告は、審決が、当初明細書に記載のない「人間の静止電位と活動電位」及び「パワーヘルス使用成績」を採用して記載不備はないとしたことは誤りであると主張する。しかしながら、「人間の静止電位と活動電位」に係る証拠は、発明の詳細な説明が本件波高値比率の意義をイオンとの関係により記載していることから、この関係の理解を深めるために補完するものとして提出したものであり、また、「パワーヘルス使用成績」に係る証拠は、発明の詳細な説明に「治療効果に有効性と速効性をもたせ、かつ拒否反応の発生を防止することができた」との記載があることから、この効果の理解を深めるために補完するものとして提出したものであって、いずれも、審判段階において提出が許される証拠である。 |
|
当裁判所の判断
1 取消事由1(発明の詳細な説明の記載不備)について (1) 発明の目的 本件明細書(甲第2号証)の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。 ア 「【0003】【発明が解決しようとする課題】前記した従来の技術は、高圧交流出力の正・負の電圧の波高値の比率が不特定かつ不明確であり、健康な生体内に存在する正負イオンの理想的比率(正25%対負75%)すなわち、高圧交流の正電圧と負電圧との波高値比率が1対3に合致していないため、治療効果の有効性と速効性に欠け、かつ拒絶反応が出やすいと言う問題点があった。」(1頁右欄7行目〜14行目) イ 「【0004】また、上記の問題点のほかに、トランスの高圧2次コイルの両端に接続した直列の抵抗のうちのダイオードと並列でない抵抗には、2次コイルに生じる負の半波が無用に流れるので、電力損失大で、いわゆるエネルギの無駄が多く、発熱の点でも不利であるという問題点があった。」(1頁右欄末行〜2頁左欄15行目) ウ 「【0005】この発明は、前記した各問題点を除去するために、電位治療器の高圧交流出力回路にダイオード、抵抗を組み合わせた正電圧ブリーダ回路を設け、かつこれらの回路要素のうち抵抗の抵抗値を適正に選択することにより、 正電圧と負電圧との波高値比率が1対3となるような高圧交流電圧を得ることと、 トランス2次コイルに生じる負に半波分の電力損失をなくすることとを目的とする。」(2頁左欄6行目〜13行目) これらの記載によれば、本件明細書には、本件発明の目的について、「高圧交流出力の正・負の電圧の波高値の比率が不特定かつ不明確であること」及び「ダイオードと並列でない抵抗に流れる無用な負の半波による電力損失」に対して、「正電圧と負電圧との波高値比率が1対3となるような高圧交流電圧を得ることと、トランス2次コイルに生じる負の半波分の電力損失をなくすること」にあることが明確に記載されているから、当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の目的が記載されているということができる。 (2) 発明の構成 本件明細書(甲第2号証)の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。 ア 「【0006】【課題を解決するための手段】上記したこの発明の目的は、交流高電圧を生体に印加して治療を実行する電位治療器を構成するに当り、交流昇圧トランスの高圧2次コイルの両端に並列の抵抗とダイオードと、この並列回路と直列に抵抗を含む正電圧ブリーダ回路を接続するとともに、このブリーダ回路により、生体印加交流の正電圧と負電圧との波高値比率を1対3としたことで達成できた。」(2頁左欄14行目〜22行目) イ 「【0009】【実施例】・・・この発明の基本構成は、図1に示すように、交流高電圧を生体に導電マットmで印加して治療を実行する電位治療器を構成するに当り、1次コイルL1に商用電源ACを接続した交流昇圧トランスTの20〜30KV程度の高圧2次コイルLの両端に並列のいわゆるハイメグ抵抗R1(50〜60MΩ)とダイオードD1と、この並列回路と直列にハイメグ抵抗R2(30〜40MΩ)と逆流防止ダイオードD2とを含む正電圧ブリーダ回路を接続する。そして、このブリーダ回路内の抵抗R1、R2の値を約2対1に設定することで、導電マットmによる生体印加交流の正電圧と負電圧との波高値比率を1対3に設定したものである。」(2頁左欄43行目〜右欄6行目) これらの記載において、図1(3頁)に示された電位治療器を構成する商用電源、交流高圧トランス、抵抗及びダイオードという各技術的手段は周知の回路要素であり、かつ、それらを接続するに際し格別の接続手段を要しないから、当業者が本件発明の実施に当たり図1のように回路を構成すること、同回路構成において抵抗R1、R2につきそれぞれ「50〜60MΩ」及び「30〜40MΩ」の範囲内でR1:R2を約2:1とすることを困難とする技術上の要因はなく、発明の構成は明確であり、当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成が記載されているということができる。 (3) 本件明細書(甲第2号証)の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。 ア 「【0012】【発明の効果】この発明は、以上のように構成したので、以下に記載の効果を奏する。・・・生体印加交流の正電圧と負電圧との波高値比率を1対3とすることができた。」(2頁右欄27行目〜35行目) イ 「【0013】したがって、高圧出力交流電圧の正・負の波高値の比率を1:3すなわち(正25%対負75%)に設定したことにより、健康な人体内における正負イオンの理想的存在比率に等しい割合で生体に交流電位を印加できるので、 治療効果に有効性と速効性を持たせ、かつ拒否反応の発生を防止することができた。」(2頁右欄36行目〜41行目) ウ 「【0014】また・・・抵抗R2に上記半波分は流れないので、2次コイルに生じる負の半波分の電力損失をなくすることができ、省エネ化の実現と無用な発熱を防止できる」(2頁右欄43行目〜48行目) このように、抵抗R1とR2の値を約2対1に設定することにより、波高値比率を1対3とすることができたこと、正電圧ブリーダ回路を接続することにより、 負の半波分の電力損失をなくすることができたことが明確に記載され、上記発明の目的及び構成に対応した発明の効果が記載されているから、本件発明の効果は明確であり、当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の効果が記載されているということができる。 (4) 以上のとおり、本件明細書においては、本件発明の実施に当たり、図1のように回路を構成すること、同回路構成において抵抗R1、R2につきそれぞれ「50〜60MΩ」及び「30〜40MΩ」の範囲内でR1:R2を約2:1とすることを困難とする技術上の要因はなく、当業者が容易に発明の実施をすることができる。また、発明の目的である「正電圧と負電圧との波高値比率が1対3となるような高圧交流電圧を得ること」と「トランス2次コイルに生じる負の半波分の電力損失をなくすること」は、当業者が容易に理解することができる。さらに、発明の効果である「生体印加交流の正電圧と負電圧との波高値比率を1対3とすること」、「治療効果に有効性と速効性を持たせ、かつ拒否反応の発生を防止することができる。」、「負の半波分の電力損失をなくすることができ」についても、当業者は容易に理解することができる。したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法36条4項の規定に違反するものではないというべきである。 (5) 原告は、本件イオン比率は科学的根拠を欠くものであると主張する。しかしながら、上記のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明において、発明の実施をすることができる程度に、その目的、構成及び効果が明らかにされている以上、発明の構成要件である数値について、その実験的裏付けないし理論的根拠まで明らかにすることは、特許法36条4項の要求するところではないというべきである(東京高裁昭和52年10月27日判決・無体集9巻2号634頁参照)。 本件において、本件波高値比率は、本件イオン比率に基づくものであるという点で、その意義は明らかであるから、この点において本件明細書に記載不備の違法はない。確かに、本件イオン比率における「正負イオンの理想的な存在比率」という概念自体が公知であることの確証がないばかりでなく、これが学会における定説であるかどうかも、証拠上明らかではないが、当業者の周知の技術的知見に反するようなものであれば格別、そのようなものであることを認めるに足りる証拠がない以上、これが学会の定説でないからといって本件明細書が記載不備となるものではない。 原告は、数値限定の科学的根拠が明らかにされていない本件明細書には記載不備の違法があると主張して、東京高裁平成10年(行ケ)第172号同11年5月27日判決を引用するが、上記判決は、考案における数値限定の根拠について明細書で何ら言及されていない事案に係るものであって、本件波高値比率を採用することにより本件イオン比率に等しい割合で生体に交流電位を印加できるために治療効果が良好であるなどの明細書の記載がある本件とは事案を異にし、原告の主張は採用することができない。 (6) また、原告は、「パワーヘルス使用成績」(甲第16号証)は、本件発明の「治療効果に有効性と速効性を持たせ、かつ拒否反応の発生を防止することができた」との効果を証明するものではないと主張する。しかしながら、上記のとおり、本件発明の効果は明確であり、本件明細書の発明の詳細な説明に、当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の効果が記載されているということができる以上、本件波高値比率について、その実験的裏付けまで明細書において明らかにすることは、特許法36条4項の要求するところではないから、「パワーヘルス使用成績」の信用性の有無は、本件明細書の記載の適否を左右するものではない。 (7) さらに、原告は、本件波高値比率が科学的根拠を欠く本件イオン比率をより所としたもので、発明を構成する技術的に意味のある事項ではないと主張するが、上記のとおり、本件明細書において、本件波高値比率の意義は明確に記載され、当業者が本件発明の実施をすることも容易であるということができるから、原告の主張は採用することができない。 2 取消事由2(特許請求の範囲の記載不備)について 原告は、本件波高値比率が科学的根拠を欠く本件イオン比率をより所としたもので、発明を構成する技術的に意味のある事項ではないから、本件明細書の特許請求の範囲は、発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものではないと主張する。しかしながら、上記のとおり、本件波高値比率の技術的意義は本件明細書において明確であり、技術的意義を有するから、本件波高値比率は、発明の構成に欠くことのできない事項であって、特許請求の範囲に記載すべきものである。 したがって、原告の主張は採用の限りではない。 3 取消事由3(当初明細書に記載のない事項の補充)について 原告は、審決が当初明細書に記載のない事項を補充して記載不備の有無を審理判断したことは違法であると主張する。しかしながら、上記のとおり、原告が審判において主張した本件特許の無効事由が特許法36条4項及び同条5項2号所定の明細書の記載要件を欠く記載不備である以上、被告が審判において本件イオン比率及び本件波高値比率について実験的裏付けないし理論的根拠まで明らかにすることを要求されるものではないから、これらの点について審理判断するまでもなく、 本件明細書に記載不備はないというべきである。そうすると、原告の上記主張は、 審決の結論に影響を及ぼすものではなく、採用することができないが、特許庁が記載不備の有無の判断につき慎重を期するために「パワーヘルス使用実績」等の実験的裏付け等について審理判断したからといって、審判手続及び審決が違法となるものではない。 原告は、当初明細書に記載のない事項について審判で審理したことが違法であると主張して、東京高裁平成8年(行ケ)第201号同10年10月30日判決及び東京地裁平成10年(ワ)第8345号、第17998号同11年12月21日判決を引用する。しかしながら、上記高裁判決は、当初明細書に裏付けとなる記載を全く欠く場合に実験成績報告書により補充し得ないことを判示するものであって、本件波高値比率等の裏付けとなる記載がある本件とは事案を異にする。また、 上記地裁判決は、分割出願の適否について判示するものであって、本件に適切ではない。 4 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
---|---|
裁判官 | 石原直樹 |
裁判官 | 長沢幸男 |