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関連審決 審判1998-35322
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の判断 /  技術常識 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  審理範囲 /  請求の範囲 /  変更 /  独立特許要件 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 206号 審決取消請求事件
原告 ダイワ精工株式会社
訴訟代理人弁護士 竹田稔
同 勝田裕子
同 弁理士 根本恵司
同 鈴江武彦
同 峰隆司
被告 株式会社シマノ
訴訟代理人弁護士 村林隆一
同 松本司
同 岩坪哲
同 井上裕史
同 弁理士 小林茂雄
同 小野由己男
同 關健一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/07/16
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成10年審判第35322号事件について平成12年5月8日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は、名称を「中通し釣竿」とする特許第2689406号発明(平成5年3月26日出願、平成9年8月29日登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。被告は、平成10年7月16日、本件特許の無効審判の請求をし、
平成10年審判第35322号事件として特許庁に係属したところ、原告は、平成11年6月24日、本件特許出願の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載等の訂正(平成11年法律第41号附則2条13項により、無効審判における明細書の訂正については、なお従前の例によるとされる。以下「本件訂正」という。)を請求した。
(2) 特許庁は、上記事件につき審理した結果、平成12年5月8日、「特許第2689406号発明の明細書の請求項1ないし2に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同月31日、原告に送達された。
2 本件明細書の特許請求の範囲の記載 (1) 登録時のもの 【請求項1】釣糸を外部から竿管内部に導入する釣糸導入部を有し、太径竿管に収納された状態の少なくとも穂先竿が前方に落下しないように抜け止め規制すると共に、概ね軸長方向に貫通して釣糸の挿通可能な釣糸案内孔を有する抜け止め規制手段を具備することを特徴とする中通し釣竿。
【請求項2】前記抜け止め規制手段によって前方に落下しないように抜け止め規制された状態において少なくとも穂先竿の後端が前記釣糸導入部の近くに位置している請求項1記載の中通し釣竿。
(2) 本件訂正に係るもの(訂正部分に下線を付す。以下、【請求項1】に係る発明を「訂正発明」という。) 【請求項1】釣糸を外部から竿管内部に導入する釣糸導入部をリール装着位置より 穂先側 に有し、太径竿管に収納された状態の少なくとも穂先竿を 前方に落下しないように保持係止すると共に概ね軸長方向に貫通して釣糸の挿通可能な釣糸案内孔を有する係止栓を具備することを特徴とする中通し釣竿。
【請求項2】前記係止栓によって前方に落下しないように保持係止 された状態において少なくとも穂先竿の後端が前記釣糸導入部の近くに位置している請求項1記載の中通し釣竿。
3 審決の理由 審決の理由は、別添審決謄本記載のとおり、訂正発明は、実願昭61-31420号(実開昭62-142271号)のマイクロフィルム(甲第6号証、以下「引用例1」という。)及び実願平2-55889号(実開平4-16560号)のマイクロフィルム(甲第7号証、以下「引用例2」という。)記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項により特許出願の際独立して特許を受けること(以下「独立特許要件」という。)ができないから、本件訂正は特許法120条の4第3項において準用する同法126条4項の規定に適合しないので、本件訂正は認められず、本件発明の要旨を登録時の本件明細書の特許請求の範囲記載のとおり認定した上、本件発明は引用例1及び2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項により特許を受けることができないから、本件発明の特許は、同法123条1項2号に該当するものとして、無効とされるべきであるというものである。
原告主張の審決取消事由
審決3頁25行目〜30行目の甲第6号証の記載事項の認定、同5頁8行目〜15行目の甲第7号証の記載事項の認定は、争わない。
審決は、訂正発明と引用例1記載の発明(以下「引用例発明1」という。)との一致点の認定を誤り(取消事由1)、相違点の判断を誤った(取消事由2)結果、訂正発明が引用例発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとして独立特許要件を欠くとの誤った判断をし、本件発明の要旨の認定を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り) (1) 審決は、訂正発明の「係止栓」と引用例発明1の「筒栓」を共に「太径竿管に収納された状態の少なくとも穂先竿を受け止める栓」であると認定したが(審決謄本5頁20行目〜25行目)、誤りである。
すなわち、訂正発明の「係止栓」は、穂先竿を「保持係止」するもの、すなわち、穂先竿を係止栓に係わり合って止め、かつ、その状態を保ち続け、そこから離れようとする進みを止めるものであり、「保持係止」機能は、「穂先竿が前方に落下しないように」する機能であって方向性を有するものである。これに対し、
審決の認定した「受け止める」機能は、「自分の方へ来るものを受け、その進みを止める」機能であって、竿の扱いが逆方向であるばかりでなく、目的、構成及び作用のすべてにおいて保持係止の機能とは相違している。訂正発明の「係止栓」が引用例発明1の「筒栓」と一致するとした審決の認定は、「係止栓」が穂先竿を受け止める栓であるとした前提において誤りである。
(2) 被告は、本件訂正に係る本件明細書(以下「訂正明細書」という。)は特許法36条6項1号に反するなどと主張するが、本訴の審理範囲を超える事項についての主張であって許されない。なお、訂正明細書の記載には、被告の主張するような違法はない。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り) 審決は、「引用刊行物1(注、引用例1)の発明(注、引用例発明1)の『筒栓6』と引用刊行物2(注、引用例2)の発明(注、引用例発明2)の『底栓3'』とは、ともに収納した竿を受け止めるものであって同じ機能をも有しており、
しかも、引用刊行物1の発明に引用刊行物2の発明を適用することを阻害する要因があるとはいえないから、引用刊行物1の発明に引用刊行物2の発明を適用して、
引用刊行物1の発明においても、引用刊行物2の発明の効果を得ようとすることは当業者なら容易に想到できることである。」(審決謄本5頁37行目〜6頁5行目)と判断するが、以下の2点において誤りである。
(1) 引用例発明1の「筒栓」と引用例発明2の「底栓」が同じ機能を有しているとした点 取消事由1で主張したように、引用例発明1の筒栓の受け止める機能は、
訂正発明の係止栓の保持係止機能とは異なるから、訂正発明の構成と異なる上記受け止める機能が共通するからといって、引用例発明1及び2を組み合わせ、しかも、引用例1及び2に一切記載されていない、糸通し操作のために穂先竿先端を低くしたときに穂先竿が前方へ落下しないように保持係止する構成に想到することの容易性を判断することは、およそ進歩性判断の手法として不当であるばかりでなく、当業者にとって容易であるとはいえない。
被告は、訂正発明の構成は本件明細書(甲第2号証)に係る【図7】(以下、単に「【図7】」などという。)及び【図9】を組み合わせたものであるとして、訂正発明の構成は、引用例2(甲第7号証)の第1図又は第8図と引用例1(甲第6号証)の第1図とを組み合わせることによって当業者に自明であると主張する。しかしながら、上記【図7】は本件発明の第2実施例、【図9】はその第4実施例であるから、訂正発明の構成がこれらを組み合わせたものであるとする被告の主張は誤りである。
また、被告は、底栓に設けた保持部によって穂先竿が前方に落下しないように保持係止する構成が引用例2に記載されていると主張する。被告の「底栓」に係る主張は、引用例発明2の「底栓」について、訂正発明との対比においては竿を「保持係止」する機能を有すると主張し、他方、引用例発明1との対比においては竿を「受け止める」機能を有すると主張するものであって、一貫していない。また、審決のいう「収納した竿を受け止める」という構成は、訂正発明の「保持係止」とは異なるから、引用例1及び2が「受け止める」構成において共通するとしても、それが訂正発明を容易に想到し得ることの根拠とはなり得ない。
(2) 引用例発明1に引用例発明2を適用する際の阻害要因の看過 審決は、上記のとおり、「引用刊行物1の発明に引用刊行物2の発明を適用することを阻害する要因があるとはいえない」と判断したが、誤りである。
すなわち、釣竿の最後端のいわゆる竿尻に配される「底栓」は、後端部の破損を防止する緩衝機能及び異物侵入防止の密栓機能を有する。底栓の形状寸法は、上記の緩衝機能を奏するために、元竿よりも大径であり、筒栓よりも大きくて厚い寸法に形成されている。また、上記の密栓機能を奏するために、底栓の糸通し孔の径は、単に糸を通せる程度の細径でしかない。これに対し、「筒栓」は、底栓の上記機能を有しておらず、頻繁に繰り返す釣糸の放出と巻き取り通路となるよう、比較的大径の糸通し孔を備えており、かつ、竿内に配置されるので、それを収容する竿よりも小径に形成されている。
以上のように、「底栓」と「筒栓」とは、全く別の形状、構造及び機能を有するものであるから、引用例発明1に引用例発明2の「底栓3'」を適用することは、技術常識上あり得ない。このことは、引用例発明1のリールから巻き戻された釣糸を元竿内に導入すると、釣糸と底栓の釣糸通し孔の方向が一致せず、釣糸を前記釣糸通し孔に挿入することができないことからも明白である。
なお、引用例1には、竿4を元竿2から分離して筒栓6を竿4の尻栓として内部に竿8,8'を収納することの記載があるが、これは、筒栓を尻栓の代替品として一時的に使用してもよいことをいうのみであって、本来底栓として作製されたものを元竿後端部以外の場所で使用し得ることを示唆するものではない。
しかも、引用例1及び2には、釣竿の竿先側を低くしても糸通し操作を可能にするという訂正発明の課題については全く示唆されていないから、その点も、
引用例発明1に引用例発明2を適用する阻害要因となる。審決は、引用例発明1に引用例発明2を適用することは、当業者にとって容易に想到し得ることであると判断したが、全く技術課題が示されていない証拠を集めて、当該技術課題を解決する構成を容易に想到し得るということはできない。
被告は、中通し釣竿において糸通しを容易にすることは、当業者において周知の課題であると主張するが、そのような課題が周知事項であるとはいえない。
被告の反論
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について (1) 訂正発明の「係止栓」が【図9】に示されたものであり、竿管内に収納されている穂先竿4、穂持竿41は、係止栓9の存在によって、竿先を上向きにしても太径竿管の後端から抜け落ちないのであって、係止栓9は穂先竿等を受け止めている。
原告は、引用例発明1の「筒栓」は竿を保持係止する機能を具備していないと主張するが、審決は、保持係止機能と受け止める機能の技術的意義が同じであるとは認定しておらず、保持係止機能が同時に受け止める機能をも有するという、
ごく常識的な認定をしているにすぎない。
(2) 訂正発明は、【図7】の中竿2及び栓体12に代えて【図9】の中竿2及び係止栓9を採用し、竿を並継ぎしたものであるが、そのような構成の具体的開示は、訂正明細書に存在しないものであり、そのため訂正明細書は特許法36条6項1号に反し、又は登録時の本件明細書又は図面に記載した事項の範囲外のものとして、特許法126条2項に反し許されない。そして、【図7】の中竿2の基端部には栓体12が嵌着されており、その説明として、中竿2の後端には糸誘導孔10と穂先竿4の後端支承面11を有する栓体12が着脱できるように構成されており、
この場合、栓体12の存在によって穂先竿の後方への移動も規制される旨記載されている。これが【図9】の保持係止栓9に代わった場合にも、穂先竿4の後端が保持係止栓によって支承され、後方への移動が規制されることは明らかである。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について (1) 原告は、引用例発明1の「筒栓」と引用例発明2の「底栓」が同じ機能を有するとした審決の判断が誤りであると主張するが、失当である。
原告は、底栓の機能をるる述べるが、底栓の最も重要な機能は、収納した細径竿管の落下を防止する機能、すなわち、「受け止める」機能である。
訂正発明の構成が【図7】及び【図9】を組み合わせたものであることは当業者にとって自明であるから、引用例2の第1図又は同第8図と引用例1の第1図とを組み合わせることによって訂正発明の構成を得ることは自明である。
また、審決は、引用例発明1と引用例発明2の組合せが容易であることの根拠として、引用例発明1の「筒栓」と引用例発明2の「底栓」の機能的共通性に言及したものであって、両者が「前方に落下しないように保持係止する機能」において共通すると判断しているわけではない。
(2) 引用例発明1に引用例発明2を適用する際の阻害要因の看過について 原告は、「底栓」と「筒栓」とは全く別の形状、構造及び機能を有するものであるから、引用例発明1に引用例発明2の「底栓」を適用することは技術常識上あり得ないと主張する。しかしながら、訂正発明においても、釣糸案内孔は、
「概ね軸長方向に貫通して釣糸を挿通可能」な孔であるとされ、釣糸の挿通を容易にするための具体的構成は何ら記載されていないのであるから、引用例発明1と引用例発明2との組合せが困難であるということはできない。しかも、審決は、一般的な底栓を引用例発明1へ適用する可能性から訂正発明が想到容易であると判断したものではない。引用例発明2の底栓は、その外径寸法等において【図9】の保持係止栓9と何ら変わるものではなく、この点で、訂正発明の「係止栓」にほかならず、また、引用例発明2の底栓の糸通し孔で釣糸の挿通が困難であるとする根拠はない。
さらに、原告は、審決のこの判断が全く技術課題の示されていない証拠を集めて、当該技術課題を解決する構成を容易に想到し得るということはできないと主張する。しかしながら、中通し釣竿において糸通しを容易にするという課題は、
当業者にとって周知のものであり、引用例に特段の記載がなくとも、当業者に認識されている。しかも、引用例発明2においては、底栓の保持部が竿稈を保持係止すれば、竿先側を下方に向けても穂先竿が落下し飛び出すおそれがなくなることは自明である。
当裁判所の判断
1 取消事由(一致点の認定の誤り)について (1) 訂正明細書(甲第4号証)には、「【0006】【実施例】本発明の実施例を図面について説明すると・・・トップガイド3を釣糸案内孔8の内周面で係止できるように係止栓が形成できる・・・穂先竿4の後端支承面11を有する栓体12・・・【0007】・・・中竿の先端に係止栓9を、基端に栓体12を夫々嵌着するものであり、釣糸を挿通させる際には、中竿2の先部を下方に向けた状態にしても係止栓9の存在によって前方への抜け止め規制がなされ・・・栓体12の存在によって後方への移動も規制される。」(2頁25行目〜3頁18行目)との記載がある。
他方、本件明細書(甲第2号証)に係る【図5】(3頁)には、中竿先端部の縦断正面図が示されているところ、係止栓9は、中竿から突出した部分において肉厚であり、それが中竿内部では徐々に肉薄となるようテーパ状に形成されており、そのテーパ部にトップガイド3が当接する状態が図示されているから、段落【0006】の「トップガイド3を釣糸案内孔8の内周面で係止できる」とは、トップガイド3が前記テーパ部に当接することにより、中竿より外側に出られないようにすることを意味すると解される。
また、【図6】(同頁)には、中竿基端部の縦断正面図が示されているところ、栓体12にも、中竿内部で徐々に肉薄となるようなテーパ部に穂先竿4が当接する状態が図示されているから、段落【0007】の「栓体12の存在によって後方への移動も規制される。」とは、穂先竿が上記テーパ部に当接することにより、中竿より外側に出られないようにすることを意味すると解される。したがって、係止栓9及び栓体12は、いずれの方向に出ることを阻止するかという点を除き、中竿内部の穂先竿が中竿外部に出ることを阻止する機能を有する点において一致するものである。
(2) 以上の記載によれば、訂正発明の「係止栓9」が「保持係止」機能を有することは明らかであり、他方、段落【0006】の「穂先竿4の後端支承面11を有する栓体12」の記載によれば、「栓体12」が「受け止める」機能を有することも明らかであって、これら両機能がいずれの方向に出ることを阻止するかという点を除いて一致することは、前示のとおりである。そして、「保持係止」及び「受け止める」という用語自体に、上記方向性が含まれていると解することはできないから、訂正明細書においても、「保持係止」は「受け止める」ことと同一の機能を意味するものとして用いられているというべきである。
原告は、「保持係止」機能が「穂先竿が前方に落下しないように」する機能であり方向性を有すると主張するが、審決は、「栓が、訂正明細書の発明(注、
訂正発明)では、・・・穂先竿を前方に落下しないように保持係止するものであるのに対し、引用刊行物1の発明(注、引用例発明1)では、・・・穂先竿を前方に落下しないように保持係止するものではない点で構成が相違する。」(審決謄本5頁26行目〜30行目)として、「穂先竿が前方に落下しないように」という「保持係止」の方向性を、訂正発明と引用例発明1の相違点として認定しているのであるから、審決が「保持係止」機能につき方向性を有しないものとして一致点の認定をしていることは明らかである。
(3) したがって、訂正発明の「係止栓」と引用例発明1の「筒栓」を共に「太径竿管に収納された状態の少なくとも穂先竿を受け止める栓」であると認定した審決の誤りをいう原告の主張は、採用することができない。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について 原告は、引用例発明1の「筒栓6」及び引用例発明2の「底栓3'」の竿を「受け止める」機能は、訂正発明の「係止栓」の「保持係止」機能とは異なるとした上、引用例発明1及び2を組み合わせ、しかも、引用例1及び2に一切記載されていない、糸通し操作のために穂先竿先端を低くしたときに穂先竿が前方へ落下しないように保持係止する構成に想到することの容易性を判断することは、およそ進歩性判断の手法として不当であるばかりでなく、当業者にとって容易であるとはいえないと主張するので、この点について判断する。
(1) 引用例発明1及び2の組合せにより訂正発明をすることが容易であるというためには、その組合せが容易であることを要するが、組合せが容易であるかどうかは、引用例発明自体に基づいて判断すべきであって、その判断において訂正発明の構成を考慮すべきではないから、仮に、原告主張のように、「穂先竿を上に向けた状態で収納した竿を受け止める機能を持つ」という引用例発明1及び2に共通する機能が訂正発明の構成と関係がないとしても、両引用例発明の組合せの容易性を判断するに当たって、前記「受け止める機能」の共通性を考慮すべきことは当然のことである。
(2) 審決は、「引用刊行物1の発明と引用刊行物2の発明とは中通し振出し竿に関するものであり、また、引用刊行物1の発明の『筒栓6』と引用刊行物2の発明の『底栓3'』とは、ともに収納した竿を受け止めるものであって同じ機能をも有しており、しかも、引用刊行物1の発明に引用刊行物2の発明を適用することを阻害する要因があるとはいえないから、引用刊行物1の発明に引用刊行物2の発明を適用して、引用刊行物1の発明においても、引用刊行物2の発明の効果を得ようとすることは当業者なら容易に想到できることである」(審決謄本5頁36行目〜6頁5行目)と判断したものである。
引用例1(甲第6号証)に「釣糸Aを外部から竿管内部に導入する小孔3をリール1装着位置より穂先側に有し、竿4に収納された状態の竿8・8'…を収納位置に受け止めると共に概ね軸長方向に貫通して釣糸Aの挿通可能な糸通孔5を有する筒栓6を具備している中通し釣竿・・・が記載されている」(審決謄本3頁25行目〜29行目)との審決認定に係る事実は、当事者間に争いがなく、また、引用例2(甲第7号証)に「道糸6を外部から竿管内部に導入する通し孔8を有し、
元ざお2に収納された状態のさお桿4A〜4Gを底栓3'に設けた保持部12の円形部分14A〜14G(16)に螺合して係脱自在に構成すると共に、底栓3'に概ね軸長方向に貫通して釣糸の挿通可能な通し孔8を有し、前記さお桿4A〜4Gを底栓3'の円形部分14A〜14G(16)に螺合した状態においてさお桿4A〜4Gの後端が前記通し孔8の近くに位置している中通し釣竿・・・が記載されている」(審決謄本5頁8行目〜14行目)との審決認定に係る事実も、当事者間に争いがない。
(3) ところで、「受け止める」とは、上記1のとおり、「保持係止」と同様、
穂先竿等が大径竿より外側に出ないようにする機能である。引用例発明2は、「さお桿4A〜4Gを底栓3'に設けた保持部12の円形部分14A〜14G(16)に螺合して係脱自在に構成する」ものであり、引用例2(甲第7号証)の第1図〜第3a図、第5a図及び第8図によれば、さお桿4A〜4Gは、底栓3'により、これら図面の左方、すなわち、
後方には出られないものであるから、この意味において既に、底栓3'は「受け止める」機能を有するというべきである。加えて、「さお桿4A〜4Gと保持部12の円形部分14A〜14G(16)が螺合」することにより、「太径竿管に収納された状態の穂先竿等を底栓に設けた保持部によって前方に落下しないように保持係止する」ことも明らかである。したがって、引用例発明2の「底栓3'」は、穂先竿等が元竿の前方にも後方にも出られないようにする機能を有するものということができる。
一方、引用例発明1の「筒栓6」は、竿4に収納された状態の「竿8・8'…」を「受け止める」ものであり、審決が「引用刊行物1の発明では、太径竿管に収納された状態の少なくとも穂先竿を前方に落下しないように保持係止するものではない」ことを相違点として挙げたように、その受け止め方が、後方に受け止めるのであって、前方に受け止めるのでないことも明らかである。また、引用例発明1の「竿4」が訂正明細書における中竿(訂正発明の大径竿管)と同一であることも明らかである。
そうすると、引用例発明1の「筒栓6」と引用例発明2の「底栓3'」とは、いずれも、内部に収納した穂先竿等を「受け止める」ものであるから、「引用刊行物1の発明の『筒栓6』と引用刊行物2の発明の『底栓3'』とは、ともに収納した竿を受け止めるものであって同じ機能をも有しており」との審決の判断に誤りはなく、これに反する原告主張は失当である。
(4) 次に、引用例発明1の「筒栓6」と引用例発明2の「底栓3'」とは、これら栓の設けられる竿が、前者では中竿であるのに対し、後者では元竿であり、さらに、受け止め方が、前者では後方のみであるのに対し、後者では前後方両方である点で相違するものである。
そこで検討するに、引用例2(甲第7号証)には「底栓に拘束されるさお桿と元ざおに遊挿されるさお桿とが振出しざおの長さを変更して任意に選択され、
後部に底栓を装着した状態で接続されて一本の竿に振出されるようにした」(8頁15行目〜18行目)と記載されているように、後方のみならず前方にも受け止める構成は、すべての「さお桿4A〜4G」を元竿内に収納した状態で、竿の長さを任意に変更するための構成であると認められる。ところで、引用例発明1も、「竿4の内部には先端に向け順次振出し合わせに継合される竿8・8'…が収納され」(3頁18行目〜19行目)との記載があるとおり、竿4の内部には複数の竿が収納されており、魚釣り時において竿の長さを選択し得ることが有利であることから、引用例発明1においても、引用例発明2と同様に、竿の長さを選択し得るように、「筒栓6」に後方のみならず前方への保持係止機能を持たせることは、当業者が容易に想到し得ることである。その際、保持係止機能に関係するのは保持係止部の構造のみであって、引用例発明1の「筒栓6」と引用例発明2の「底栓3'」における、栓が設けられる竿の種類及び栓に設けられる孔の大きさの相違とは無関係であるから、引用例発明1に引用例発明2を適用する際の阻害要因はないというべきである。したがって、「引用刊行物1の発明に引用刊行物2の発明を適用することを阻害する要因があるとはいえないから、引用刊行物1の発明に引用刊行物2の発明を適用して、引用刊行物1の発明においても、引用刊行物2の発明の効果を得ようとすることは当業者なら容易に想到できることである。 」(審決謄本6頁1行目〜5行目)との審決の判断に誤りはない。
(5) 原告は、引用例発明2において、リールから巻き戻された釣糸を元竿内に導入すると、釣糸と底栓の釣糸通し孔の方向は一致せず、釣糸を前記釣糸通し孔に挿入することはできないなど、引用例発明1に引用例発明2の底栓3'を適用することは技術常識上あり得ないと主張するので、この点について判断する。
審決は、栓の保持係止形態を相違点として挙げたのであるから、「引用刊行物1の発明に引用刊行物2の発明を適用」するとは、栓の保持係止形態についての適用であり、栓の大きさや栓に設けられた「釣糸案内孔」まで含めて適用するものではない。また、【図7】のように、釣糸導入部を有する元竿と係止栓を設けた大径竿管を継ぎ合わせたまま糸通しを行うのであれば、引用例発明2の底栓3'を引用例発明1に適用すると糸通しが困難となるとしても、訂正明細書(甲第4号証)に「【0007】・・・穂先竿4を収納して糸通しする場合には、元竿1と中竿2との継合を外し」(3頁8行目〜10行目)と記載されているように、訂正発明は、元竿と中竿を分離して糸通しを行う場合を含むのであるから、釣糸の挿入方向を釣糸通し孔の方向に合わせる必要はない。したがって、この点の原告の主張は、
訂正発明の要旨に基づかないものであって、採用することができない。
(6) さらに、原告は、引用例1及び引用例2に訂正発明の課題が示唆されていないことを阻害要因に挙げるが、上記のように、引用例発明1及び引用例発明2の組合せの容易性は、訂正発明の構成及び課題とは関係なく、組み合わされる両発明自体に基づいて判断されるべきであるから、原告の主張は、その前提を欠く。加えて、中通し釣竿に糸を通す際、竿を下方に向ける方が通しやすいところ、引用例発明2は、穂先竿等が前方に落下しないように保持係止しているのであるから、底栓3'の保持係止機能によって訂正発明の上記課題を解決しているといえるのであるが、底栓3'と同様の保持係止機能を引用例発明1に適用すれば、当然にこの課題を解決することも明らかというべきである。
3 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 石原直樹
裁判官 長沢幸男