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関連審決 異議1998-75758
関連ワード 発明者 /  製造方法 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  同一の発明 /  技術常識 /  優先権 /  国内優先権 /  参酌 /  実施 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 /  取消決定 /  異議申立 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 403号 特許取消決定取消請求事件
原告 三菱レイヨン株式会社
原告 三菱化学株式会社
原告ら訴訟代理人弁護士 宇井正一、弁理士 吉田維夫
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 高梨操、鐘尾みや子、森田ひとみ、茂木静代
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/07/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成10年異議第75758号事件について平成11年10月18日にした決定の主文第1項部分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
原告らの求めた裁判
主文第1項同旨の判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 原告らは、昭和62年10月26日(国内優先権主張昭和61年11月5日)、
名称を「トナー用樹脂及びその製造法」とする発明(本件発明)について特許出願(特願昭62-270000号) をしたところ、平成10年3月20日に特許第2760499号として特許登録された(本件特許)。
これに対し、本件特許の全6の請求項について特許異議の申立てがあり、平成10年異議第75758号事件として係属したところ、平成11年10月18日、本件特許の請求項4〜6については、「特許を維持する。」(主文第2項)としながらも、「特許第2760499号の特許請求の範囲第1項ないし第3項に記載された発明についての特許を取り消す。」(主文第1項)との決定があり、その謄本は平成11年11月13日原告らに送達された。
2 本件発明の要旨(特許請求の範囲の記載) 1.スチレン及び/又はその誘導体、(メタ)アクリル酸エステルを主要な構成単位とし、残存モノマーが200ppm以下であることを特徴とするトナー用樹脂。
2.残存モノマーが110ppm以下であることを特徴とする請求項第1項記載のトナー用樹脂。
3.残存モノマーが90ppm以下であることを特徴とする請求項第1項記載のトナー用樹脂。
4.スチレン及び/又はその誘導体、(メタ)アクリル酸エステルを主要な構成成分とする単量体混合物を重合した後、得られる樹脂のガラス転移温度以上の温度で加熱し、重合終了時の水量に対して5〜50重量%の水を水蒸気として溜去することにより、樹脂中の残存モノマーを200ppm以下とすることを特徴とするトナー用樹脂の製造法。
5.残存モノマーが110ppm以下であることを特徴とする請求項第4項記載のトナー用樹脂の製造法。
6.残存モノマーが90ppm以下であることを特徴とする請求項第4項記載のトナー用樹脂の製造法。
(以下においては、上記1ないし3の発明を「本件第1〜3発明」と表記) 3 決定の理由の要点 (1) 本件第1ないし第3発明についての判断-その1 異議手続において通知した取消理由において引用した、特願昭61-31929号の願書に最初に添付された明細書(先願明細書。特開昭62-191859号公報参照;以下、同公報の記載箇所にて指摘する。)には、
「不揮発分が99.0重量%以上のスチレン系共重合体を主成分として含有してなる電子写真用トナー。」(特許請求の範囲)に関して、
「定着性、オフセット性、ブロッキング性等のバランスに優れた電子写真用トナーに関する。」(第1頁左下欄第11〜12行)、
実施例1 スチレン80部とメタアクリル酸ブチル20部をキシレン溶媒存在下で開始剤として、アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)3部を用い還流下溶液重合させ、数平均分子量4,500、重量平均分子量17,000の低分子ポリマー(A)のキシレン溶液を得た。次にスチレン60部とメタアクリル酸ブチル40部とを120℃で熱塊状重合させ、次いでキシレンを添加し、開始剤としてAIBN0.1部を2時間毎5回に分けて分割添加しながら80℃で重合を行い完結させ数平均分子量23,000、重量平均分子量280,000の高分子ポリマー(B)のキシレン溶液を得た。この両者の溶液を固形分重量比で1:1で混合し、
190℃で第1表の真空度で1時間脱溶剤を行い実験番号1〜5の樹脂を得た。・・・・・上記の樹脂をバインダーとして用いて、下記のようにしてトナーを製造した。・・・・・このトナーを複写機を用い評価した。評価結果を表1に示す。なお測定方法は以下のとおりである。・・・・・6)不揮発分……サンプル約10gを70mmφ×30mmのシャーレに精秤し、105℃にて3時間加熱した後、直ちにデシケーターに入れ、1時間放冷後秤量する。」(第3頁右上欄第15行〜第4頁左上欄第20行)と記載されている。
実験番号5には、溶剤種類 キシレン/脱溶剤条件 190℃、1時間、3mmHg/不揮発分 99.7%/最低定着温度 140℃/オフセット開始温度 240℃50000枚 良好であったことが示されている。(第4頁表中、実験番号5参照) 同じく、取消理由において引用した、平成10年11月10日付け、三井化学株式会社 機能性材料研究開発センター化成品研究所工業樹脂グループ Hほか2名作成の実験報告書には、先願明細書に記載された実施例の記載に沿ってスチレン-メタクリル酸ブチル共重合体樹脂を合成し、先願明細書の実験番号5に記載された条件(190℃、3mmHg、1時間)で脱溶剤したこと、及び、その残存モノマーをガスクロマログラフ法により分析した結果、樹脂中の残存モノマーは、スチレン及びブチルメタクリレート合わせて、78ppmであったことが示されている。
Hほか2名作成の実験報告書に基づけば、先願明細書に記載された実験番号5の樹脂は、残存モノマーが90ppm以下であるトナー用樹脂であるから、先願明細書に記載されたトナー用樹脂は、本件第1〜3発明の構成をすべて満たしている。
したがって、先願明細書には、本件第1〜3発明と同一の発明が記載されている。
なお、原告らは、Hほか2名作成の実験報告書に記載された追試実験は、先願明細書に記載されていない合成用溶剤の使用量を独自に設定して実験していること、
得られた樹脂の不揮発分量が示されていないことなどにより、適正な追試実験でないと主張するが、溶剤の使用量は、スチレンとメタクリル酸ブチルとの溶液重合における通常の使用量の範囲を外れるものではないし、該実験報告書の作成者の一人は、先願に係る発明の発明者の一人であることからして、先願発明の完成時の実験条件を知悉していたもの解されるから、先願発明の実態から離れて、独自に設定したものとは認められない。また、得られた樹脂中の不揮発分量の記載がないとはいえ、ガスクロマトグラフで測定した残留モノマー量が示されており、78ppmであったとしているのであるから、原告らの主張は理由がない。
さらに、先願明細書の実施例について、権利者(原告)の一人である三菱レイヨン(株)商品開発研究所RCC第3G副主任研究員Iが行った追試(平成11年8月27日付け上申書に添付の実験報告書A)の結果では、トナー用樹脂(C)、同(D)、同(E)の残存モノマー量はそれぞれ、258ppm、591ppm、980ppm、であったとしているが、最も残存量の低い樹脂(C)でも、脱溶剤の条件は、190℃、10mmHgで1時間の条件で行っている。それに対して、先願明細書の実験番号5における脱溶剤条件は、190℃、3mmHg、1時間であるから、真空度においてより厳しい条件であることは明らかである。
したがって、上記実験報告書Aは、先願明細書の実験条件を適正に追試したものとはいえない。原告らは、上記実験報告書Aに示した、各トナー用樹脂の不揮発分樹脂が、樹脂(C)99.92%、樹脂(D)99.69%、樹脂(E)99.57%であるにもかかわらず、上記のとおりの残存モノマー量であったのに対して、
先願明細書における実験番号5の樹脂は、不揮発分が99.7%と記載されているから、200ppm以下になることはあり得ない、と主張するので検討する。
先願明細書に記載された不揮発分の測定方法は、サンプル約10gを、105℃にて3時間加熱した後、デシケーター中で1時間放冷後秤量したものであって、樹脂中のモノマー成分を測定するために用いるガスクロマトグラフによる方法とは、
測定原理も測定条件も全く相違し、両者の間に明確な相関があるものとは認められないから、その主張も採用できない。
以上のとおり、本件第1〜3発明は、先願明細書に記載された発明と同一である。そして、本件第1〜3発明の発明者と、先願の発明者とが同一でなく、しかも、本件特許の出願時において本件特許の出願人と、先願の出願人とが同一でもないから、本件第1〜3発明に係る特許は、特許法第29条の2第1項の規定に違反して特許されたものである。
(2) 本件第1ないし第3発明についての判断-その2 異議手続において通知した取消理由において引用した特開昭60-243664号公報(刊行物1)には、静電荷像現像用トナーの製造方法に関して、「懸濁重合法にとって単量体の残留は当然のことながら好ましくなく、単量体残留率が高いと分散剤除去時の凝集化、トナーになってからの臭い、帯電性不安定、軟化温度のばらつきの原因となるので、0.5%以下に単量体残留率を下げることが重要である。」(第3頁右上欄第2〜7行)、「実施例1 カーボンブラックMOGULL(キャボット製 pH5.0)を110℃48時間オーブン乾燥したもの(含水率0.05重量%)10部をスチレン75部、アクリル酸2-エチルヘキシル25部の割合でフラスコに入れ混合後、130℃で1.5時間加熱し、転化率25%のプレポリマーを得た。このプレポリマー100部に2,2′-アゾビスイソブチロニトリル5部、2,2′-アゾビス-(2,4-ジメチルバレロニトリル)1部、電荷調整剤(保土谷化学工業(株)製スピロンブラックTRH)2部を添加、1時間混合分散させた。このものを水350部、第三リン酸カルシウム20部、ドデシルベンゼンスルフオン酸ソーダ0.1部からなる分散液中に添加、特殊機化工業(株)製TKホモミキサーで8000rpmで激しく分散、平均粒径12μmの油滴粒子を含む懸濁液を得た。これを撹拌機付オートクレーブに移し60℃3時間、
さらに昇温し90℃1時間反応させた後冷却し、系外に取り出し過剰の塩酸を添加し、第三リン酸カルシウムを溶解した。ロ過水洗、乾燥後平均粒径12μmの球状のトナーを得た。このトナーはほぼ球状で色ムラもなく、残留単量体濃度はガスクロマトグラフィーで50ppmであった。」(第3頁左下欄第3行〜右下欄第7行)ことが記載されている。
この実施例1で得られたものは、トナー用樹脂ではなく、モノマー成分を重合させる際に既に着色剤であるカーボンブラック、電荷調整剤をも共存させるものであるから、トナーそのものではあるが、原料モノマーの仕込量が100部に対して、
着色剤が10部であるから、トナー中の残留モノマー量が50ppmであれば、着色剤の量を差引いた樹脂量を基準に計算しても、200ppm以下の残留単量体濃度(約56ppm)となっていることは明らかである。
よって、刊行物1には、少なくとも、本件第1〜3発明が記載されている。
なお、原告らは、刊行物1の実施例1、2について、原告三菱レイヨン(株)商品開発研究所のIが行った追試結果(平成11年8月27日付け上申書に添付の実験報告書B)を提出して、それぞれで得られた樹脂中のモノマー残留量が、579ppm、及び1080ppmであったと述べるとともに、刊行物1の実施例1におけるモノマー残留量50ppmが誤記である旨、主張する。しかしながら、実験報告書Bでは、刊行物1に開示の方法では、モノマー残存量50ppmのトナーを生成することができない結果が得られているとしても、技術常識上、その生成が不可能であると結論付けることはできないから、50ppmが誤記であるとすることはできない。
したがって、本件第1〜3発明は、刊行物1に記載された発明であるから、該発明に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものである。
(3) 特許請求の範囲第4〜6項に係る発明について (本訴訟の審理外の判断。本判決での摘示を省略) (4) 決定のむすび 以上のとおりであるから、本件第1〜3発明の特許は、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認める。
また、特許請求の範囲第4〜6項に係る発明については、取り消すべき理由を発見しない。
原告ら主張の決定取消事由
1 取消事由1(Hほか2名作成の実験報告書についての判断の誤り) (1) 溶剤量及び不揮発分量について 決定は、先願明細書の実験番号5の樹脂は残存モノマーが90ppm以下のトナー用樹脂であるから、先願明細書に記載されたトナー用樹脂は本件第1〜3発明の構成をすべて満たしており、よって先願明細書には本件第1〜3発明と同一の発明が記載されている、旨認定している。
しかしながら、先願明細書には、トナー用バインダー樹脂の残存モノマーが200ppm以下であるべきことについては何らの記載もないのであり、実施例1の実験番号5の樹脂がいかなる残存モノマー量を有していたかについては具体的な記載はおろか、それを示唆する記載さえ一切存在しない。
一方、Hほか2名作成の実験報告書においては、先願明細書の実施例1の実験番号5を追試したところ、この樹脂の残存モノマー量は78ppmであったことが示されてはいるが、上記実験報告書に示された追試実験は先願明細書に記載されていない合成用溶剤の使用量を独自に設定して実験しており、また、得られた樹脂の不揮発分量が示されていないので、正確な追試実験とはいえない。すなわち、上記実験報告書に示された追試実験は、先願明細書に記載されていない合成用溶剤の使用量を独自に設定して実験していることや、得られた樹脂の不揮発分量が示されていないことから、正確な追試実験ではない。
してみると、この樹脂が先願明細書の実験番号5の樹脂と同一であったかどうかは不明であり、この実験報告書に示された残存モノマー量78ppmが先願明細書に記載された実験番号5の樹脂の残存モノマー量であるとした決定の認定は、誤りである。
(2) 甲第9号証について 原告は改めてHほか2名作成の実験報告書の実験の追試を行い、脱溶剤処理における加熱条件を調整することによって、上記報告書の実験における樹脂と同等の分子量を有し、かつ、不揮発分がほぼ99.7%である樹脂を得ることができたので、その内容をまとめて実験報告書(原告三菱レイヨン(株)商品開発研究所RCC第3G(豊橋駐在)副主任研究員Iによる平成12年5月26日付け実験報告書)(甲第9号証)として提出する。
この実験では、脱溶剤処理をHほか2名作成の実験報告書と同じ190℃、1時間、真空度3mmHgの条件で行ったものであるが、用いた容器に対する加熱の方法(上記実験報告書には記載されていない)を調整して、得られる樹脂の不揮発分の量を調整したものである。この実験報告書から明らかなように、上記の新たな追試実験で得られた樹脂は、Hほか2名作成の実験報告書における樹脂と同等の分子量を有し、かつ、不揮発分は99.72%であって、先願明細書の実施例の樹脂と同等のものであったが、その残存モノマーの量は737ppmであり、Hほか2名作成の実験報告書における残存モノマー量78ppmとは大幅に異なるものであった。
この事実からみて、Hほか2名作成の実験報告書で得られた樹脂は先願明細書の実施例に記載された樹脂とは明らかに異なっていたのであり、よって先願明細書の実施例に記載された樹脂の残存モノマー量が78ppmであったとする根拠はなく、したがって先願明細書には残存モノマー量が200ppm以下であるトナー用バインダー樹脂が記載されているとすることはできない。
(3) 甲第12号証及び甲第13号証について 先願明細書に係る出願は出願公告後に特許異議申立てにより拒絶査定され、その後に拒絶査定不服審判で審理され特許第2141220号として登録されたものであるが、上記特許異議申立てに関する手続の過程において異議申立人大日本インキ化学工業(株)による異議申立てに対して提出された平成9年3月21日付け特許異議答弁書(甲第12号証)において、この先願(この出願の発明者の一人は前記実験報告書作成者の一人であるH)の出願人(三井東圧化学(株)すなわち現三井化学(株))は、先願明細書に記載されているような電子写真用トナー用のスチレン系共重合体に関して、高分子技術分野においてはいかに脱溶剤条件をシビアにしても微量の溶剤は残存し、溶剤を完全に(すなわち100%)除去することは不可能であるということは技術常識であるとし、したがって溶剤を完全に除去するとは「未反応モノマーが溜出しなくなるまで」溶剤除去の処理をすることと解釈するのが相当であるとした上で、「未反応モノマーが流出しなくなるまで脱溶剤しても、
重合体には何%かのモノマーが残存するのが通常である」と述べている。
すなわち、先願の出願当時においては、トナー用スチレン共重合体においては、
何%かのすなわち数万ppmのモノマーが残存することが通常であったのであり、
よって先願明細書の実施例で得られた樹脂もまたそれに相当するレベルの量で残存モノマーを含んでいると解するのが相当であって、これらの樹脂が200ppm以下という極端に低い残存モノマーレベルにあるなどということは到底理解し得ない。
さらに、先願の出願人(三井東圧化学(株)(現三井化学(株)))と同一人による特許出願(特願平6-175136号)に係る特開平8-41123号公報(甲第13号証)の【0007】には、従来(すなわち平成6年当時より前)においては、溶液重合や塊状重合により得られるトナー用樹脂の残存モノマーを低減させることはできなかったということを述べているのである。そして、甲第13号証の【0017】の記載によれば、同号証に記載の方法によって、溶液重合や塊状重合により得られるトナー用樹脂の残存モノマー量を300ppm以下に低減させることが初めて可能になったとされている。すなわち、先願の出願人は、自らが行った後の出願において、先願の出願がなされた当時においては溶液重合や塊状重合により得られるトナー用樹脂の残存モノマーを300ppmという極端に少ないレベルにまで低減させることはできなかったと述べている。
よって、先願明細書の実施例で得られた樹脂(すなわち溶液重合で得られた低分子ポリマーと塊状重合で得られた高分子ポリマーの混合物)中の残存モノマーもまたそのように極端に低レベルであるはずはないと解するのが相当である。上記の事実からも、先願明細書にはもともと200ppm以下という極端に少ない残存モノマー量を有する樹脂は記載されていないのであり、Hほか2名作成の実験報告書のみをもって先願明細書の実施例にはそのように残存モノマー量が極端に少ない樹脂が記載されているとすることはできない。
2 取消事由2(刊行物1の記載内容の解釈の誤り) (1) 決定は、刊行物1には本件第1〜3発明が記載されていると認定したが、誤りである。
刊行物1には単量体残留率が5000ppm以下になるまで懸濁重合を行うということが記載されているだけで、それ以上に単量体レベルを低減させるための特別の処理を行ってはいないので、本件第1〜3発明におけるように200ppm以下という低レベルにまで残存モノマーを低減させることはできない。
なぜなら、本件第1〜3発明のトナー用樹脂においては、本件特許公報第2頁右欄第22〜30行に記載されているような処理を行って残存モノマー量を低減することにより200ppm以下という極めて低レベルの残存モノマー量を達成しているのであって、懸濁重合のみでそのような極く低レベルの残存モノマー量を達成することは実際には不可能なことだからである。したがって、刊行物1の実施例1には、得られたトナーの残留単量体濃度は50ppmであった旨の記載がなされているが、この記載は明らかに500ppm若しくはこれと同等レベルの他の数値の誤記であり、当業者であれば当然にそのように理解するはずである。
すなわち、残留単量体濃度は、刊行物1の実施例2では830ppm、実施例3では2000ppmであり、また実施例4では750ppmであって、いずれも50ppmとは桁違いのかけ離れたレベルであること、特に実施例2ではカーボンブラックの種類、モノマーの種類及びプレポリマーの添加率が異なっているだけで残留単量体量が830ppmと18.5倍も異なること、実施例3ではモノマーの種類を変更しただけで残留単量体量が2000ppmと40倍も異なること、また、
実施例4では電荷調製剤を変更しただけで残留単量体量が750ppmと15倍も異なることは、化学常識上あり得ない。
(2) 刊行物1の特許請求の範囲には、「重合性単量体に脱水処理したカーボンブラックを添加し、これを加熱重合させ転化率40%以下のプレポリマーを得、得られたプレポリマーをラジカル重合開始剤を含む懸濁水溶液中に添加し、当該水溶液を激しく攪拌してトナーサイズの油滴分散粒子を含む懸濁液を得、次いで、該懸濁液を残留重合性単量体が0.5%になるまで懸濁重合させ、得られた重合物について酸洗浄及び水洗を行ってトナーを得ることを特長とする静電荷像現像用トナーの製造方法」が記載されている。
この方法では、上記懸濁液を残留重合性単量体が0.5%以下になるまで懸濁重合させるのであるから、この懸濁液中の残留重合性単量体が0.5%以下になるまで懸濁液を懸濁重合するのであると理解される。このことは、刊行物1の第2頁左上欄第8〜11行の記載及び第3頁右上欄第2〜8行の記載によって裏付けられており、特に、第3頁右上欄第2〜8行の記載によれば、懸濁重合法にとって単量体の残留は好ましくなく、これは単量体残留率が高いと(懸濁液からの)分散剤除去時の凝集化の原因となるからであるとしているのであり、したがって、ここでいう単量体の残留は懸濁液中における残留であることは明らかである。
してみると、刊行物1の実施例1に記載されている残留単量体量も重合が行われた懸濁液中に残留する単量体の量を意味しているのであって、得られたトナー中に残留する単量体の量を意味しているのではないと解すべきである。
以上のとおりであり、刊行物1の実施例1には残留モノマー量が50ppmである静電荷像現像用トナーが記載されているから本件第1〜3発明は刊行物1に記載された発明であるとした決定の認定は、当業者の理解に反しており誤りである。
決定取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1(実験報告書評価の判断の誤り)に対して (1) 溶剤量について 先願明細書の実施例1の実験番号5の樹脂は、残存モノマー(単量体)量がどうであったかについては記載がないこと、先願明細書の実施例1には、重合時に用いた合成用溶剤の量の明記がないことは認める。しかし、乙第1号証(高分子学会高分子辞典編集委員会編「高分子辞典」第732頁「溶液重合」の項)によれば、ラジカル重合における生成重合体の数平均重合度の逆数は単量体濃度、溶媒濃度と、
特定の式によって表される関係にあり、単量体濃度、溶媒の種類、溶媒濃度が決まれば得られるポリマの重合度は一定のものが得られることが周知である。
したがって、先願明細書に使用する開始剤、モノマの仕込み量、溶媒の種類が特定され、目的とする重合体の重合度が定まっているならば、おのずと使用すべき溶媒量は決定されるのであるから、溶媒量の記載がないことをもって、先願明細書の実施例が追試困難ということはできない。
先願明細書の実施例1には、溶液重合の溶剤としてのキシレンの使用量を除けば、使用単量体の種類、その量、開始剤の種類とその量、重合によって得たポリマーの溶液である、低分子ポリマー(A)のキシレン溶液及び高分子ポリマー(B)のキシレン溶液における、それぞれのポリマーの分子量は明記されている。そして、溶液重合において、溶剤(キシレン)について、特にその使用量の記載がないことは、溶剤の使用量による特別の影響がないことの証であり、トナーのバインダー樹脂の製造において従来使用されている溶剤量の範囲内のものを意味していると解することができるものであるから、重合時に用いた合成用溶剤の量の明記がない点をもって、実施例1の追試が実際上困難というほどのものではない。
したがって、先願明細書に合成用溶剤(キシレン)量の記載のないことをとらえて、その追試実験であるHほか2名作成の実験報告書の実験条件が根拠のないものであるとの原告らの主張は理由がない。
(2) 不揮発分量について 先願明細書では、低分子ポリマー(A)のキシレン溶液及び高分子ポリマー(B)のキシレン溶液を「固形分重量比」で1:1で混合し、190℃で第1表の真空度で1時間脱溶剤を行い実験番号1〜5の樹脂を得たと記載している。
この脱溶剤の操作は、文字どおり、溶剤としてのキシレンを蒸発(除去)して溶液から(固体状)ポリマーを取り出すことに他ならない。先願明細書の実験番号1〜5の脱溶剤条件(190℃、1時間、真空度40〜3mmHg)の結果をグラフ化した下記表2(「先願明細書の脱溶剤条件と不揮発分量の関係」)によれば、不揮発分量は、190℃、1時間、真空度10〜3mmHgの条件でほぼ一定の量(99.7重量%)になると解釈できるものである。Hほか2名作成の実験報告書の実験では、190℃、1時間、真空度10〜3mmHgでの脱溶剤処理がなされているから、不揮発分の量は、99.7重量%となると推定される。
そして、下記表3(「真空度と不揮発分量と残存単量体量との関係」)で示すように、不揮発分の量と残留単量体の量の間には、何の相関関係も見いだせないから、Hほか2名作成の実験報告書の実験における脱溶剤(190℃、1時間、真空度10〜3mmHg)処理後に測定された、残留単量体の量である「78ppm」は、信用することができる。
(3) 甲第9号証について 甲第9号証(実験報告書)では、「実験の目的」の項に「三井化学株式会社の実験報告書(Hほか2名作成の実験報告書)の記載に従い、樹脂(D)を追試合成してその残存モノマー量及び不揮発成分を測定する」としながら、トナー用樹脂(C)の調整において、「2Lフラスコに(1)で得られた低分子ポリマー(A)と(2)で得られた高分子ポリマー(B)を固形分でそれぞれ200g仕込み、溶剤を取り除きながら190℃まで昇温する。次いで、冷却管上部に真空ポンプからラインをひき、190℃、3mmHgで1時間真空脱溶剤を行い、トナー用樹脂(C)を得た。」と記載され、この実験条件は、昇温温度190℃、真空脱溶剤条件190℃、3mmHg1時間の点では、Hほか2名作成の実験報告書の実験条件と一致しているが、脱溶剤処理される混合物(低分子ポリマー(A)と高分子ポリマー(B))の量は、固形分重量で400gであり、Hほか2名作成の実験報告書の実験条件(ポリマー(A)及び(B)各50g合計量100g)の4倍量に相当するものであるから、処理量において、また、その容器の大きさにおいて条件が一致していない。
原告らは「用いられる加熱の条件によっては、フラスコ内に過度に冷却される部分ができ、真空度、時間を合わせても、不揮発分を調整することが困難な場合がある。」と準備書面で主張していながら、その加熱条件の調整とは何かを甲第9号証において明らかにしていないのであるから、甲第9号証の残存モノマーの値は信頼できるものではない。
(4) 甲第12号証及び甲第13号証について 甲第12号証は、先願の特許異議申立事件に関する三井東圧化学(株)の答弁書であり、本件とは無関係の、特開昭56-94362号を証拠とする特許異議申立事件における特許権者(三井化学(株))の見解を述べたものであるから、考慮するに値しない。
甲第12号証には、「先願明細書に記載されているような電子写真用トナー用のスチレン系共重合体に関して、高分子技術分野においてはいかに脱溶剤条件をシビアにしても微量の溶剤は残存し、溶剤を完全に(すなわち100%)除去することは不可能であるということは技術常識であるとし、したがって溶剤を完全に除去するとは『未反応モノマーが溜出しなくなるまで』溶剤除去の処理をすることと解釈するのが相当であるとした上で、『未反応モノマーが流出しなくなるまで脱溶剤しても、重合体には何%かのモノマーが残存するのが通常である』」というようなことは全く述べられていない。
甲第13号証の段落【0007】には、原告らの主張するように「溶液重合や塊状重合により得られるトナー用樹脂の残存モノマーを低減させることはできなかったということを述べているのである」と解すことができる記載は存在しない。
2 取消事由2(刊行物1の記載内容の解釈の誤り)に対して (1) 刊行物1の実施例1には残留モノマー量が50ppmである静電荷像現像用トナーが明記されており、その記載を技術常識上、誤記とするだけの根拠がないのであるから、記載のとおりに解釈した決定の判断に誤りはない。
(2) 原告らは、刊行物1の実施例1における残留単量体量50ppmの記載は、
誤記とみるべきであると主張するが、他の実施例(実施例4)との対比からみても、また、技術常識からみても、該記載が明らかに誤記とし得る根拠は十分に示されているとはいえない。
実施例4は、実施例1と同じ種類のカーボンブラックを存在させ、電荷調整剤の種類の量が違うだけであるから、実施例4の方の残留単量体量の記載が正しくて実施例1の残留単量体量の記載が誤記とするなら、その逆に、実施例4の残留単量体量の記載は誤りで実施例1の残留単量体量の記載が正しいとも解釈できることになる。また、実施例2及び3は、カーボンブラックの種類も、単量体の種類も、単量体の熱重合時の転化率も異なるから、それの残留単量体の量を参酌して、実施例1の残留単量体量50ppmの値を誤記と一方的に解釈すべきではない。
懸濁重合後に重合体を取り出し、「乾燥」する処理における乾燥条件について具体的に記載はないものの、該「乾燥」の条件によっては、残存単量体量を低減することも可能であることからすると、実施例1の残留単量体量50ppmの値を誤記と解釈するのは妥当ではない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(実験報告書の判断の誤り)について判断する。
(1) 甲第3号証によれば、先願明細書には、トナー用バインダー樹脂の残存モノマーが200ppm以下であるべきことについては記載がないこと、実施例1の実験番号5の樹脂がいかなる残存モノマー量を有していたかについての具体的な記載もなく、それを示唆する記載もないことが認められる。
一方、甲第4号証によれば、Hほか2名作成の実験報告書においては、先願明細書の実施例1の実験番号5を追試した結果の樹脂の残存モノマー量が78ppmのものを得たことが記載されていることが認められる。しかしながら、先願明細書の実施例1には、重合時に用いた合成用溶剤の量が記載されていないので、この実施例1を正確に追試するのは実際上困難であるものと認められる。また、分子量の値は残存モノマー量とは関係なく求めることができるのは自明のことであるから、同報告書記載の実験によって得られた樹脂が先願明細書に記載されたものと同等の分子量を持っていたとしても、そのことのみをもって、当該実験によって得られた樹脂の組成が、先願明細書の実験番号5によって得られた樹脂のそれと同一であったということはできない。さらに、甲第3号証によれば、先願明細書には、実験番号5によって得られた樹脂は99.7重量%の不揮発分を含んでいたことが記載されているものと認められるが、Hほか2名作成の実験報告書の追試により得られた実験番号5の樹脂がいかなる不揮発分量を有していたかについての記載が、同報告書にはない(甲第4号証)。
したがって、Hほか2名作成の実験報告書に記載の樹脂が先願明細書の実験番号5の樹脂と同一であったものと認めるのは困難であり、この報告書に示された残存モノマー量78ppmが先願明細書に記載された実験番号5の樹脂の残存モノマー量であるとした決定の認定は、誤りである。
(2) 甲第9号証によれば、原告三菱レイヨン(株)商品開発研究所RCC第3G(豊橋駐在)副主任研究員Iによる平成12年5月26日付け実験報告書における実験(脱溶剤処理をHほか2名作成の実験報告書におけるのと同じ190℃、1時間、真空度3mmHgの条件で行ったもの)で得られた樹脂は、Hほか2名作成の実験報告書における樹脂と同等の分子量を有し、かつ、不揮発分は99.72%であって、先願明細書の実施例の樹脂と同等のものであったが、その残存モノマーの量は737ppmであり、Hほか2名作成の実験報告書における残存モノマー量78ppmとは大幅に異なるものであったことが認められる。
この事実からも、先願明細書に残存モノマー量が200ppm以下であるトナー用バインダー樹脂が記載されていると認めるのは困難である。
(3) さらに、甲第13号証によれば、先願の出願人(三井東圧化学(株)(現三井化学(株))と同一人による特許出願(特願平6-175136号)に係る特開平8-41123号公報(甲第13号証)の【0007】に、
「従来より、トナー用樹脂の製造方法としては、懸濁重合、溶液重合、塊状重合、乳化重合等が用いられている。これらの製造方法ではそれぞれに残存モノマーを減少させるべく対策がとられているが、充分ではないのが実状である。例えば、
特開昭63-70765(本件発明に係る特開平1-70765の誤記であると認める。)には、残存モノマーが200ppm以下であるトナー用樹脂を使用すること及びその製造方法が開示されている。しかしながらその方法とは懸濁重合をした後、樹脂のガラス転移点以上で加熱し、重合終了時の水量に対して5〜50重量%の水を除去することにより樹脂中の残存モノマーを200ppm以下とする技術が開示されているのみであり、溶液重合や塊状重合等において有効な方法については記載がない。特に、懸濁重合では、無機や有機の分散安定剤及び無機の分散安定助剤を使用するのが一般的であり、トナー用としては電気的に影響を及ぼすこれらの副材料の使用を避けて樹脂を製造できる溶液重合や塊状重合で残存モノマーを低減することのできる方法の確立が望まれている。」 と記載されていることが認められる。
この記載は、従来(上記特許出願の平成6年当時より前)においては、溶液重合や塊状重合により得られるトナー用樹脂の残存モノマーを低減させることはできなかったとの趣旨を述べるものである。そして、上記特開平8-41123号公報の【0017】には、同号証に記載の方法によって、溶液重合や塊状重合により得られるトナー用樹脂の残存モノマー量を300ppm以下に低減させることが初めて可能になったとの趣旨の記載があること(甲第13号証)からすると、先願の出願人は、自らが行った後の出願において、先願の出願がなされた当時においては溶液重合や塊状重合により得られるトナー用樹脂の残存モノマーを300ppmという極端に少ないレベルにまで低減させることはできなかったと認識していたことになる。
これらからみると、先願明細書の実施例で得られた樹脂(すなわち溶液重合で得られた低分子ポリマーと塊状重合で得られた高分子ポリマーの混合物)中の残存モノマーもまたそのように極端に低レベルであるはずはないと解するのが、当業者の認識であったというべきであり、先願明細書にはもともと200ppm以下という極端に少ない残存モノマー量を有する樹脂は記載されていなかったものと認めるべきである。
(4) 以下においては、上記説示に関して被告が本訴の準備書面でした主張の主要なものについて判断を加える。
(4)-1 被告は、Hほか2名作成の実験報告書記載の実験で使用された溶剤量は、通常の使用量の範囲のものであり、得られたポリマーの分子量が先願明細書のものとほぼ一致するから、先願明細書の使用量に合致する適正なものと主張する。
しかしながら、同実験で使用された溶剤量が、被告主張のように通常の使用量の範囲のものであると認めるべき証拠はない。Hほか2名作成の実験報告書では、溶液重合を先願明細書に記載のない滴下方式で実施しているものと認められるのであり(甲第4号証)、滴下速度と使用溶剤量の組合せによって分子量の調整が行えることは技術常識に属するものと認められることからすると、分子量が一致することをもって、先願明細書の溶剤量とHほか2名作成の実験報告書の溶剤使用量が合致するものということはできない。
(4)-2 被告は、高分子学会高分子辞典編集委員会編「高分子辞典」第732頁「溶液重合」の項(乙第1号証)によれば、ラジカル重合における生成重合体の数平均重合度の逆数は単量体濃度、溶媒濃度と、特定の式によって表される関係にあり、単量体濃度、溶媒の種類、溶媒濃度が決まれば得られるポリマーの重合度は一定のものが得られることが周知であるとし、したがって、先願明細書に使用する開始剤、モノマーの仕込み量、溶媒の種類が特定され、目的とする重合体の重合度が定まっているならば、おのずと使用すべき溶媒量は決定されるのであるから、溶媒量の記載がないことをもって、先願明細書の実施例が追試困難ということはできないと主張する。
しかしながら、そこに記載の式は、複数の条件を限定することで誘導されたものであり、瞬間的にのみ扱われるべきものであることは明白である(高分子学会編集「重合と解重合反応-高分子実験学講座10-」の「1.3.3ラジカル重合機構に及ぼす溶媒の影響-連鎖移動」の項第20〜21頁。甲第10号証)。したがって、被告指摘の「高分子辞典」の上記関係式から一義的に溶剤量を求めることはできず、被告の上記主張は理由がない。
(4)-3 被告は、共重合体の共重合組成が仕込み単量体の組成比を反映すると仮定すれば、数平均分子量と使用する単量体の分子量から数平均重合度を想定することが可能であると主張する。
しかしながら、ラジカル重合における共重合反応において仕込み単量体組成と生成共重合体組成とが一致しないことは当業者には周知の事実であるものと認めるべきであるから、被告のこの主張は前提において理由がない。
(4)-4 被告は、乙第6号証(H作成の平成12年11月10日付け「平成10年11月10日の実験報告書についての事情説明」)には、溶液重合法で、単量体の種類・濃度、重合温度、開始剤の種類・濃度、溶剤の種類が明記されており、生成させる重合体の分子量が決まっているから、使用する溶剤量は推算でき、溶剤量の記載がないことが追試実験の弊害とはならないこと、そして使用した溶剤量は妥当なものであると述べられていると主張する。
しかしながら、乙第6号証によれば、そこには、単に分子量から溶剤量を一義的に推算できることが記載されているにすぎないことが認められる。数平均分子量や重量平均分子量が合致するからといって、収率すなわち重合率については明らかでなく、未反応モノマー量が異なる可能性は存するのであり、この未反応モノマーの量の差は、重合により得られたポリマーの差として認識されるものであって、同一の脱溶剤条件であっても、脱溶剤後の未反応モノマー量を大きく左右するものということができるので、被告の上記主張は理由がない。
(4)-5 被告は、先願明細書の実験番号1〜5の結果をグラフ化した表2からみて真空度と不揮発分量とは相関関係があり、表3からみて不揮発分の量と残存単量体量とは相関関係がないとした上、Hほか2名作成の実験報告書では、190℃、
1時間、真空度10〜3mmHgでの脱溶剤処理がなされているから不揮発分量は、99.7重量%となると推定することが可能であり、Hほか2名作成の実験報告書の78ppmは信用することができると主張している。
しかしながら、先願明細書における脱溶剤処理においては、温度、時間、真空度のみが開示され、その他の条件については何ら明らかにされていない(甲第3号証)。加熱の条件によっては、フラスコ内に過度に冷却される部分ができ、真空度、時間を合わせても、不揮発分を調整することが困難な場合があるものと解されるのであって、被告主張のように、脱溶剤処理における温度、時間、真空度の条件が同じであるからといって、不揮発分量が測定されていないHほか2名作成の実験報告書のポリマーの不揮発分量が、99.7重量%であると即断することはできない。
(5) 以上によれば、「Hほか2名作成の実験報告書に基づけば、先願明細書に記載された実験番号5の樹脂は、残存モノマーが90ppm以下であるトナー用樹脂である」とした決定の認定は誤りであり、これを前提にして「先願明細書に記載されたトナー用樹脂は、本件第1〜3発明の構成をすべて満たしている。したがって、先願明細書には、本件第1〜3発明と同一の発明が記載されている。」とした決定の判断も誤りである。
2 取消事由2(刊行物1の記載内容の解釈の誤り)について判断する。
(1) 甲第7号証によれば、刊行物1の第3頁左下欄第3行〜右下欄第7行には、
決定の認定のとおり、ガスクロマトグラフィーで50ppmの残留単量体濃度の結果を得た実施例1の記載があることが認められるが、原告らはこの記載が、他の実施例に比較して不合理な数値であると主張するので、判断する。
甲第7号証によれば、刊行物1には、単量体残留率が5000ppm以下になるまで懸濁重合を行うということが記載されているだけで、刊行物1記載の発明においては、それ以上に単量体レベルを低減させるための特別の処理を行っているものではないことが認められる。
そして、以下に説示するように、そのような懸濁重合の条件下において、本件第1〜3発明におけるように、200ppm以下という低レベルにまで残存モノマーを低減させることについての開示は刊行物にはないといわなければならない。
すなわち、刊行物1に記載の実施例についてみるに、実施例1と対比して、残留単量体濃度は、実施例2では830ppm、実施例3では2000ppmであり、
また実施例4では750ppmであって、いずれも50ppmとは桁違いの数値となっていることが認められる。そして、甲第7号証によれば、実施例2ではカーボンブラックの種類、モノマーの種類及びプレポリマーの添加率が異なっているだけで、残留単量体量が830ppmと実施例1における数値の50ppmの18.5倍にもなっていること、実施例3ではモノマーの種類を変更しただけで残留単量体量が2000ppmとなっており、これも実施例1における50ppmの40倍にもなること、また、実施例4では電荷調製剤を変更しただけで残留単量体量が750ppmとなっており、50ppmの15倍になっていることが認められる。そして、このような、実施例1とその余の実施例の間の数値の大きな違いについて、特段の合理的な記載が刊行物1にはないことが認められる。
したがって、得られたトナーの残留単量体濃度は50ppmであったとの刊行物1の実施例1の記載は、500ppm若しくはこれと同等レベルの他の数値の明らかな誤記であると推認するのが相当であり、当業者であれば当然にそのように理解するものと認めるべきである。
(2) なお、甲第7号証によれば、刊行物1の特許請求の範囲には、「重合性単量体に脱水処理したカーボンブラックを添加し、これを加熱重合させ転化率40%以下のプレポリマーを得、得られたプレポリマーをラジカル重合開始剤を含む懸濁水溶液中に添加し、当該水溶液を激しく攪拌してトナーサイズの油滴分散粒子を含む懸濁液を得、次いで、該懸濁液を残留重合性単量体が0.5%以下になるまで懸濁重合させ、得られた重合物について酸洗浄及び水洗を行ってトナーを得ることを特徴とする静電荷像現像用トナーの製造方法」と記載されていることが認められる。
この方法は、上記懸濁液中の残留重合性単量体が0.5%以下になるまで懸濁液を懸濁重合するものであると理解される。甲第7号証によれば、刊行物1において、懸濁重合法にとって単量体の残留は好ましくないこと、これは、単量体残留率が高いと、(懸濁液からの)分散剤除去時の凝集化の原因となるからであるとされていることが認められ(第3頁右上欄第2〜8行)、ここでいう単量体の残留は懸濁液中における残留であることは明らかである。
したがって、刊行物1の実施例1に記載されている残留単量体量も、重合が行われた懸濁液中に残留する単量体の量を意味しているのであって、得られたトナー中に残留する単量体の量を意味しているものではないと解される。
(3) したがって、刊行物1の実施例1には、残留モノマー量が50ppmである静電荷像現像用トナーが記載されているとした決定の認定は誤りであり、この認定を前提にして、本件第1〜3発明は刊行物1に記載された発明であるとした決定の判断も誤りである。
結論
以上のとおり、原告ら主張の決定取消事由は理由があり、本訴請求は認容されるべきである。
(平成13年7月10日口頭弁論終結)
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 塩月秀平
裁判官 橋本英史