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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成12ネ1016特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成13ネ1773特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成13ネ240特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成12ネ2647損害賠償請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 新規性 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  特許の有効性 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  分割出願 /  権利の濫用(権利濫用) /  出願経過 /  参酌 /  技術的意義 /  実施 /  発明の範囲 /  拒絶査定 /  変更 /  要旨変更 /  異議申立 / 
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事件 平成 13年 (ネ) 242号 不当利得金返還請求控訴事件
控訴人(第1審原告) アース製薬株式会社
訴訟代理人弁護士 吉原省三
同 小松勉
補佐人弁理士 朝日奈 宗太
被控訴人(第1審被告) 大日本除蟲菊株式会社
訴訟代理人弁護士 赤尾直人
補佐人弁理士 萼経夫
同 加藤勉
裁判所 大阪高等裁判所
判決言渡日 2001/08/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,金1億3100万円及びこれに対する平成11年12月10日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
基礎となる事実,控訴人の請求,争点,争点に関する当事者の主張は,次のとおり付加訂正し,当審における当事者の主張を追加するほか,原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」(3頁2行目から10頁6行目まで)及び「第三 争点に関する当事者の主張」(10頁7行目から35頁4行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する(略称については原判決と同様とする。)。
1 原判決の付加訂正 (1) 9頁4行目の「した事案である。」の次に行を改めて次のとおり加える。
「原審は,控訴人の請求を棄却したため,原告である控訴人において控訴を提起した。」 (2) 19頁3行目及び4行目の各「別件薬液ボトル」をいずれも「別件ボトル」と,20頁4行目の「行われたとき」を「行われた時」と,同10行目,同末行及び21頁2行目の各「本件薬液ボトル」をいずれも「被告ボトル」とそれぞれ改める。
(3) 21頁8行目の「輝散状況」を「揮散状況」と改める。
(4) 31頁7行目の「設定されたとしても、」の次に「薬液の揮散状況は,」を加える。
2 当審で追加された当事者の主張の要旨[争点5(一)(新規性の欠缺による明白な無効事由)について] (1) 被控訴人 ア 本件補正が要旨変更に当たるかについて 要旨変更の存否は,補正前後における各発明の本質又は実体を裏付ける基本的技術思想において同一であるか否かによって判断されなければならない。
分割出願当初明細書では,発明の詳細な説明において,適切な温度範囲として,「該加熱温度は,殺虫剤の種類等に応じて適宜に決定され,特に限定されないが,通常約70〜150℃,好ましくは135〜145℃の範囲の発熱体表面温度とされ,これは吸液芯表面温度約60〜135℃,好ましくは約120〜130℃に相当する。」と記載している。ただし,分割出願当初明細書においては,BHT等の化合物を配合することによって,(ア) 吸液芯の目づまり防止,(イ) 殺虫剤の蒸散性の向上という作用効果を得ることに関する基本的技術思想を掲載するも,BHT等を添加していない場合についても,発熱体表面及び吸液芯表面を上記の温度範囲に設定することによって,前記(ア)及び(イ)の作用効果を発揮するという基本的技術思想は全く掲載していない。
しかるに,平成3年6月11日付手続補正書による全文補正明細書では,BHT等の配合の有無にかかわらず,発熱体の表面温度も70〜150℃と設定することによって,上記(ア)(イ)の作用効果が得られる旨の構成が記載されている。かくして,発熱体表面及び吸液芯表面を上記温度範囲に設定することによって,上記(ア)(イ)の作用効果を得るという基本的技術思想について,分割出願当初明細書では,BHT等の配合を基本的大前提としているのに対し,本件補正においては,BHT等の配合を必要としない場合をも基本的技術思想として包摂するに至っていることは間違いない。
吸液芯の目づまりは,薬剤の熱分解,重合物の貯留に由来しているが,上記の「熱分解」とは,酸化に伴う分解反応であり,かつ前記重合物の形成は分解物の重合反応に由来している。そして,前記(イ)の蒸散性に関する作用効果は,前記(ア)の目づまり防止の作用効果に由来しており,両者は表裏の関係にある。
BHT等の配合により前記(ア)(イ)の作用効果を発揮し得るのは,結局,BHT等が吸液芯中における殺虫剤の酸化分解反応及び重合反応に対する抑制機能を有しているからに他ならない。
また,BHT等を配合する場合とそうでない場合とで,発熱体表面及び吸液芯表面における妥当な温度範囲が同一であるという保障は全く存在しない。
分割出願当初明細書の第2表の比較例(乙9,11頁)は,単に吸液芯の「上側面部を温度135℃に加熱」(15欄14行)した場合に関するデータにすぎず,一般的にBHT等を添加しない場合において,本件発明の各表面における温度範囲内において,前記(ア)(イ)のごとき作用効果が得られることを裏付けているわけではない。したがって,手続補正によって,上記比較例による構成を含んだ本件発明を,本件発明の範囲内に包摂させることは,即要旨変更に他ならない。
イ 無効理由の明白性について 分割当初出願明細書から手続補正明細書に至る過程で明示上の要旨変更が生じたことは,要旨変更の意義を知る者にとっては,記載の変遷を一見するだけで明らかに分かることであり,また,分割出願当初明細書において,BHTを添加する場合とそうでない場合とにおいて,段落【0019】記載の温度範囲内において,前記(ア)(イ)の作用効果が同程度であり,分割出願発明の存在意義を否定するという矛盾が内包されていることから,本件における要旨変更の存在は明白そのものである。控訴人主張の本件特許出願過程において補正明細書が要旨変更に当たらないか否かが争われなかったことは,単に特許異議申立人が,要旨変更を問題点として意識しなかったことを示しているにすぎず,要旨変更が明白であることとは全く無関係である。
(2) 控訴人 ア 本件補正が要旨変更に当たるかについて 本件発明の目的,構成及び効果は,すべて分割出願当初明細書に記載されている。分割出願当初明細書の第2表の比較例(乙9,11頁)には,添加剤を添加しなくても「約70〜150℃・・の発熱体表面温度・・これは吸液芯表面温度約60〜135℃」(乙9,5頁8欄)という温度条件のみで200時間の殺虫効果を持続することが開示されている。つまり,比較例として,BHT等の化合物を配合しない場合にも,実際に上記温度範囲で比較した比較例が明記されている。のみならず,上記限定された温度範囲は,BHT等を加えていない場合でも,殺虫剤の蒸散性を安定持続させ得る温度として,控訴人の実験によって特定されたものであり,控訴人の「発明」の一部をなしていることは明らかである。
本件のように,当該発明の目的,構成及び効果が明示されており,当業者にとって,本件発明を実施することは極めて容易である以上,それによる効果が独立して記載されていなくても,その構成自体で,その技術思想を看取できることは明らかである。
イ 無効理由の明白性について 本件発明の審査経過をみると,被控訴人からの異議申立において要旨変更を理由とする分割出願の不適法が主張されたが,異議決定(甲23)は,この異議理由を採用せず,進歩性なしとして本発明を拒絶している。これと理由を同じくする拒絶査定に対し,控訴人は,審判を請求し,分割出願当初明細書を基準として補正を行った旨説明した。その結果,本件発明は審決(甲19)において,本願を拒絶すべき理由を発見しないとして特許された。このように,本件において,出願過程で分割出願要旨変更となるかどうかが争われていながら,本件補正が俎上に載らなかったこと自体が,明白性を欠いていることを示している。さらに出願経過における控訴人の意見書(甲24)において,原明細書(乙9)の内容を指摘したところ,特許庁は,それを踏まえて,本件発明に関する拒絶査定取消しの審決(甲19)をしているのだから,これを無視することは,特許庁の一次的判断権を無視することになる。「明らかに」というためには,容易に無効原因があると判断することができ,かつ,その判断が客観的にみて相当であって,誰がみても無効原因があると判断し得る場合でなければならない。
しかし,本件における要旨変更についての判断は,微妙かつ困難を伴うものであり,無効理由のあることが明白とはいえない。
当裁判所の判断
当裁判所も,本件特許には無効理由があることが明白であり,これに基づく控訴人の本件請求は権利濫用であって許されないものと判断する。その理由は,次のとおり原判決を訂正等し,当審で追加された当事者の主張等に対する判断を付加するほか,原判決「事実及び理由」欄の「第四 争点に対する当裁判所の判断」(35頁6行目から70頁8行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の訂正等 (1) 41頁6行目の「調整した」を「調製した」と改める。
(2) 43頁3行目の「殺虫剤輝散量」を「殺虫剤揮散量」と,同4行目の「輝散量」を「揮散量」と,48頁10行目の「殺虫剤総輝散量及び有効輝散率」を「殺虫剤総揮散量及び有効揮散率」と,53頁8行目から9行目にかけての「殺虫剤輝散量」を「殺虫剤揮散量」と,同9行目の「輝散量」を「揮散量」と,63頁5行目の「輝散量」を「揮散量」と,それぞれ改める。
(3) 44頁2行目の「該加熱開始」を「加熱開始」と改める。
(4) 46頁7行目の「実施例2、9及び10」を「実施例2,10及び19」と改める。
(5) 60頁4行目の[と「吸液芯表面温度約六〇〜一三五℃」]を[が「吸液芯表面温度約六〇〜一三五℃・・・に相当する。」]と改める。
(6) 62頁8行目及び63頁5行目の各「一」をいずれも「一時間当たり一r」と改める。
(7) 63頁10行目の「記載されていたとはいえない。」の次に「このことは,逆に,本件補正前の実施例,比較例には,二〇〇時間経過後に揮散量が一時間当たり一r以下となるような実験例の記載がなく(該当例は,本件補正により,後記第3表の比較例として初めて追加されるに至っている。),また,本件補正前の実施例,比較例の温度範囲を外れると揮散量が一時間当たり一r以下となってしまうことを示唆する記載も見当たらないことに着目すると,より一層明確になる。」を加え,同行目の「そのような認識は,」を「当業者による本件発明の技術的内容に関する認識は,」と改める。
(8) 66頁10行目から末行にかけての「認められるから,本件補正は,」を「認められる。そうすると,本件補正は,」と改め,それに続けて「分割出願当初明細書において薬液の揮散量との関連で何らの技術的意義が認められていなかった温度範囲に,新たな技術的意義を生じさせ,温度範囲の技術的事項を実質的に変更したものであり,しかも,そのことは補正前の明細書の記載からみて当業者に自明の事項とも認められないから,」を加える。
2 当審で追加された当事者の主張等に対する判断 (1) 控訴人は,本件補正が要旨変更に当たらない理由として,分割出願当初明細書に記載された,発熱体表面温度約70〜150℃,吸液芯表面温度約60〜135℃という限定された温度範囲は,BHT等を加えていない場合でも,殺虫剤の蒸散性を安定持続させ得る温度として,控訴人の実験によって特定されたものである旨主張する。しかし,引用に係る原判決「事実及び理由」の「第四 争点に対する当裁判所の判断」一2(三)(5)(49頁10行目から11行目まで)のとおり,分割出願当初明細書【0019】における上記温度範囲の説明の前の部分で「該加熱温度は,殺虫剤の種類等に応じて適宜に決定され,特に限定されないが,」と記載されていることを参酌すると,使用する殺虫剤の種類(BHT等配合の有無による区別を包含する。)によっては,上記温度範囲内でも本件発明の効果が生じない可能性があることも否定していないようにも読み取れ,そもそも上記記載部分は,温度範囲の限定により殺虫剤の蒸散性の向上という本件発明の効果が奏されることを念頭に置いた記載と解することはできないというべきである。
(2) また,控訴人は,本件発明の審査経過において,本件補正が俎上に載らなかったこと自体が,本件補正が要旨変更であることが明白であるとはいえないことを示している旨主張する。しかし,証拠(甲18〜24)によると,本件発明に関する審査,審判手続の中では,本件発明の分割出願の適法性と進歩性が主として争点とされていて,本件補正が要旨変更である旨の主張は特段なされておらず,そのためもあって,これに関する特許庁の判断が示されなかったとも考えられるのであるから,上記審査,審判手続の経緯をもって本件補正が要旨変更であることが明白でないことの証左とすることはできない。
そして,引用に係る原判決「事実及び理由」の「第四 争点に対する当裁判所の判断」一2(四)(1)(54頁5行目から56頁2行目まで)のとおり,分割出願当初明細書に記載された発明と本件発明とは,一見して技術的事項が異なっており,本件補正は明らかに要旨変更に当たる。しかも,引用に係る原判決「事実及び理由」の「第四 争点に対する当裁判所の判断」一3の「本件特許の有効性について」(67頁5行目から69頁10行目まで)のとおり,本件発明は,殺虫液にBHT等の化合物を配合する場合について,先行技術である原出願明細書(乙8)記載の発明と同一であることも明らかであるから,本件特許に,本件補正当時の特許法123条1項1号,29条1項3号に基づく無効理由が存することは明白であるというべきである。
(3) なお,被控訴人は,乙37において,BHT等を添加した場合とそうでない場合とで,効率的な揮散率を得るための適切な温度範囲が一致しないことを計算式によって立証しようとしているが,その計算過程は様々な仮定を前提として成立するものであって,実験等の検証を経ていない単なる仮説にすぎないものといわざるを得ず,これを直ちに採用することはできない。
結論
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく,控訴人の本件請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(平成13年6月5日口頭弁論終結)
裁判長裁判官 竹原俊一
裁判官 小野洋一
裁判官 西井和徒