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関連審決 審判1994-19733 審判1998-39035
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成12ネ2645各損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成11ネ5303特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成14ネ3714特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成15ネ3034特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成11ネ459特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  有用性 /  製造方法 /  技術的範囲 /  特許の有効性 /  発明の詳細な説明 /  分割出願 /  実施料相当額 /  出願経過 /  参酌 /  文言解釈 /  技術的意義 /  意識的除外(意識的に除外) /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  侵害 /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  設定登録 /  拒絶理由通知 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 /  釈明 /  審決確定(審決が確定) / 
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事件 平成 12年 (ネ) 1771号 損害賠償請求控訴事件
控訴人 住友電気工業株式会社
訴訟代理人弁護士 久保田 穰
同 増井和夫
被控訴人 三菱マテリアル株式会社
訴訟代理人弁護士 近藤惠嗣
訴訟復代理人弁護士 柳 誠一郎
同 城山康文
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/08/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 (1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は、控訴人に対し、金2億8245万円及び内金1億9560万円に対する平成6年12月7日から、内金8685万円に対する平成8年7月16日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
(4) 仮執行宣言 2 被控訴人 主文と同旨
事案の概要
本件は、立方晶型窒化硼素(以下「CBN」という。)を含有する高硬度工具用焼結体及びその製造方法についての特許権者である控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人による焼結体製品の製造販売行為が控訴人の特許権の侵害に当たると主張して、不法行為による損害賠償及び不当利得の返還を求めている事案である。
1 争いのない事実等 以下の事実は、当事者間に争いがないか、引用の証拠によって認められる。
(1) 本件特許 控訴人は、名称を「高硬度工具用焼結体およびその製造方法」とする特許第1400032号発明の特許権者である(以下、その特許を「本件特許」、その特許権を「本件特許権」という。)。本件特許権(注、原判決の乙特許権)は、控訴人を特許権者とする昭和60年9月13日設定登録の特許第1281332号発明の特許権(注、原判決の甲特許権)に係る特許出願から分割された出願によるものであり、その原出願、分割出願及び無効審判等の経緯の概略は以下のとおりである。なお、原判決のいう甲特許権の侵害の成否は当審で争われていない。
ア 原出願関係 昭和51年12月21日 原出願(特願昭51-154570号)〔乙1〕 昭和55年12月18日 拒絶理由通知〔乙15〕 昭和56年 3月16日 控訴人の意見書の提出〔乙16〕 イ 分割出願関係 昭和56年 3月16日 分割出願(特願昭56-38159号)〔甲24〕 昭和57年 3月 2日 拒絶理由通知〔乙18〕 昭和57年 5月21日 控訴人の意見書の提出〔乙19〕 昭和57年10月22日 出願公告(特公昭57-49621号)〔甲2の1〕 昭和62年 9月28日 設定登録(特許第1400032号) ウ 無効審判及び訂正審判関係 平成 6年11月24日 被控訴人による無効審判請求(平成6年審判第19733号事件)〔乙2〕 平成 9年 5月16日 同無効審判請求事件について、請求に係る特許を無効とする旨の第1次審決〔乙26〕 平成 9年 7月 2日 上記審決取消請求訴訟提起(東京高裁平成9年(行ケ)第158号)〔甲42、46参照〕 平成10年 5月 7日 訂正審判請求(平成10年審判第39035号事件)〔甲42〕 平成10年12月 2日 上記訂正を認める旨の審決(そのころ確定) 平成11年 3月 3日 上記第1次審決を取り消す旨の判決言渡(そのころ確定)〔甲46〕 平成12年 6月 7日 上記無効審判請求事件について、請求不成立とする第2次審決〔甲48〕 (2) 本件特許発明 本件特許に係る明細書(上記訂正審決を経た後のもの。甲45。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の第1項は、「立方晶型窒化硼素を体積%で80〜40%含有し残部が周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物を第1の結合相とし、Ti2AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物を第2の結合相として、該第1、第2の結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし、前記周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物が結合相中の体積で50%以上99.9%以下であることを特徴とする高硬度工具用焼結体。」というものであり(以下、同記載の発明を「本件特許発明」という。)、その記載は、次のとおり分説することができる(以下、各構成要件を下記の符号に従って「構成要件A」などという。)。
A CBNを体積%で80〜40%含有し B 残部が B1 周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物若しくはこれらの混合物又は相互固溶体化合物(注、以下「周期律表化合物」ということがある。)を第1の結合相とし、
B2 窒化チタンアルミニウム又はアルミニウムと前記第4a族の金属間化合物から得られるアルミニウム化合物を第2の結合相として、
B3 該第1、第2の結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし、
B4 前記周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物若しくはこれらの混合物又は相互固溶体化合物が結合相中の体積で50%以上99.9%以下 であることを特徴とする C 高硬度工具用焼結体 (3) 本件特許方法発明 本件明細書の特許請求の範囲の第4項は、「立方晶型窒化硼素粉末と周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物の粉末、及びTi2AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物の粉末を混合し、これを粉末状でもしくは型押成型後、超高圧装置を用いて圧力20Kb以上、温度700℃以上の高圧、高温下で焼結せしめることを特徴とする立方晶型窒化硼素を体積%で80〜40%含有し、残部は周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物、または相互固溶体化合物が結合相中で体積で50%以上99.9%以下であり、更にTi2AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物からなり、これと前記周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物が焼結体組織中で連続した結合相をなす高硬度工具用焼結体の製造法。」というものである(以下、同記載の発明を「本件特許方法発明」という。)。
(4) 被控訴人製品 被控訴人は、昭和58年ころから、商品名を「ボラニット」、「MBC」とし、材種名を「MB10」、「MB20」、「MBX」、「MB111」、「MB825」、「MB820」、「MB710」及び「MB830」とするCBN焼結体製品(以下「被控訴人製品」という。)の製造販売をしている(なお、材種名「MB730」との製品は本件訴訟の対象とされていない。)。被控訴人製品は、
CBN焼結体と超硬合金とから成る二層構造体を支持体にろう付けした形で販売されている。
被控訴人製品の構成のうち、CBN焼結体の組成は、別紙「物件目録」記載のとおりである。
(5) 被控訴人製品と本件特許発明との対比 被控訴人製品は、本件特許発明構成要件A、B1及びCを充足する。
2 争点 (1) 被控訴人製品が、本件特許発明構成要件B(柱書)、B2及びB3を充足し、その技術的範囲に属するか。
(2) 被控訴人製品の製造方法が、本件特許方法発明の技術的範囲に属するか。
(3) 控訴人が被った損害及び損失の額 3 争点(1)(本件特許発明構成要件B(柱書)、B2及びB3の充足性)について 3-1 控訴人の主張 (1) 本件特許発明技術的意義 CBNは、ダイアモンドに次ぐ硬さを有する物質であり、その硬さを利用して金属や超硬合金のように硬い材料を切削加工する工具に用いられる。CBN自体は粉体なので、工具に用いる場合には、これを適当な結合材とともに高温高圧下で焼結し、固まり(焼結体)にしなければならない。結合材としては、従来はコバルト等の金属が使用されていたが、金属は耐熱性に欠けるので、使用により軟化し、耐摩耗性が低下したり、金属が溶着して工具が損傷したりする欠点があった。
本件特許発明は、このような従来のCBN工具の欠点を取り除き、耐熱性及び耐摩耗性に優れた工具用焼結体を作ったものであり、その構成上の特徴は、結合材の種類及び量並びにCBNとの結合態様にある。
結合材の第1成分は周期律表化合物であり、具体的にはチタンの炭化物や窒化物、タングステンの炭化物等である。ここでは、金属より耐熱性が良く、高強度の金属化合物で、しかも熱伝導率の良いものが使われる。結合材の第2成分は構成要件B2に規定するアルミニウム化合物であり、焼結時にCBNが六方晶型窒化硼素に逆変態することを防止し、また、CBN粒子と結合相との結合を強くして、
焼結体の耐摩耗性、靭性を増加させるという結合材の性質を改善するためのものである。
なお、構成要件B2に規定する「窒化チタンアルミニウム又はアルミニウムと前記第4a族の金属間化合物から得られるアルミニウム化合物」の「・・・から得られる」とは、焼結中に生成したという意味であって、出発原料として加えられた酸化アルミニウムがこれに当たらないとする被控訴人の主張及び原判決の判断(原判決53頁10行目〜61頁3行目)は争わない。
次に、結合態様の特徴とは、結合材が焼結体組織中で「連続した結合相」となっているということである。すなわち、本件特許発明の焼結体では、上記の各結合材成分が混じり合った状態でCBN粒子間に侵入して各粒子を取り巻き、全体として一つながりになっていて、CBN粒子同士が直接結合していない。ただし、
CBN粒子同士が多少直接に結合し、結合材が分離して存在している箇所があっても差し支えない。構成要件B3の「連続した結合相」とは、CBN粒子同士が結合している構造でないことを結合相の側から規定した表現にほからない。これと対比される状態は、CBN粒子同士が直接結合し、CBN粒子間で形成された空所に結合材が取り込まれ、全体として結合材の池のようなものが多く点在しているという様相である。従来のCBN焼結体の考え方は、CBN粒子同士をできるだけ直接結合させようとすることにあり、ただCBN粒子だけでは結合しないから、少量のコバルト等の金属を結合補助剤として用いるというものであった。これに対し、本件特許発明は、その常識を覆し、上記のような結合材を使用するときは、CBN粒子間の直接結合があまり多く生じないようにした方が良好な工具用焼結体が得られることを見いだしたものである。
(2) 構成要件B2の充足 被控訴人製品に含まれる3種のアルミニウム化合物は、いずれも窒化チタンアルミニウム又はアルミニウムとチタンの金属間化合物から「得られる」化合物である。この点は、原料としてアルミニウム粉末を使用して高温高圧処理をすると焼結体中にアルミニウム化合物が得られた旨の控訴人による実験結果報告書(甲9、33、44)や専門家の意見書(甲35)に示されたとおりである。
したがって、被控訴人製品においては、焼結工程中に生成するアルミニウム化合物(酸化アルミニウム、窒化アルミニウム及び硼化アルミニウム)が第2の結合相を形成しているから、構成要件B2を充足する。
(3) 構成要件B3及びB(柱書)の充足 構成要件B3にいう「結合相の連続」がCBN粒子同士が直接結合していない状態をいうことは上記のとおりであるところ、被控訴人製品がこれを充足することは、結合材は溶解するがCBNは溶解しない酸により被控訴人製品の焼結体を処理したところ、これが粉末化したという実験結果(甲13の鑑定書)や、CBN粒子は互いにつながっていないし、酸化アルミニウム粒子を介して結合しているともいえないという透過型電子顕微鏡写真、オージェ電子分光法等に基づく分析の結果(甲6の鑑定書及び甲20、34の分析結果報告書)から明らかである。
また、被控訴人製品にCBN及び第1、第2の結合相成分以外の成分が付加的に含まれているとしても、構成要件B(柱書)を充足するというべきである。
なお、被控訴人は、被控訴人製品には出発原料として酸化アルミニウムが添加されており、そのために本件特許発明構成要件B(柱書)及びB3の充足が阻害される旨主張し、原判決もその旨の認定判断をするが、この点の反論は次項に述べるとおりである。
(4) 出発原料としての酸化アルミニウムの添加について ア 被控訴人は、乙29、31の調査報告書等に添付の配合表及び配合台帳の写しに基づいて、被控訴人製品には出発原料としての酸化アルミニウムが5体積%添加されている旨主張するが、被控訴人製品中一部の製品に関するものしか提出されていない上、その記載自体から、いかなる性質の書面でいつ作成されたのかも分からず、製造記録とはいえないものである。しかも、被控訴人は、原審において提出した乙12(被控訴人の材料技術研究所硬質材料研究部室長植田文洋作成の平成7年8月25日付け調査報告書)に基づいて、原料中の酸化アルミニウムの添加量は10〜12体積%であると主張立証してきたところ、当審において裁判所から被控訴人製品の製造記録の提出を促されると、これを5体積%であるとして主張立証を変更するに至ったものであり、到底信用することができない。さらに、甲6の分析結果によれば、被控訴人製品の酸化アルミニウムの量は、MB820が8.00〜8.04体積%、MB710が7.31〜7.33体積%と有意に異なっており、出発原料としての酸化アルミニウムの添加量が同じであるとは考えられない。
甲44の実験結果報告書によれば、出発原料として酸化アルミニウムを全く使わない試料による焼結実験で、焼結体中に4.9重量%もの酸化アルミニウムが生成することが確認されており、これに照らせば、被控訴人製品中の原料由来の酸化アルミニウムの量は、被控訴人の変更後の主張より更に少ない2.4〜3.0重量%(2.6〜3.3体積%)程度であると推察される。
イ 原判決は、「被告製品中の酸化アルミニウムのうち少なくとも相当部分は、原料として添加されたものと推認できる」(原判決64頁9行目〜10行目)と認定するが、誤りというべきである。すなわち、原判決の上記認定の第1の根拠は、原料中の酸素の量はもともと少なく、しかも脱ガス処理をするから、生成される酸化アルミニウムの量も不純物とみなし得る程度の少ない量にとどまるとの点(同62頁8行目〜64頁1行目)にあるが、CBN焼結体の原料はすべて微粉末であって酸素を含んでおり、脱ガス処理によって完全に除き得るものではない。現に、上記甲44の実験でも、脱ガス処理をしているのに、焼結体中に4.9重量%もの酸化アルミニウムが生成しているとの結果が得られているが、これが全く無視されている。原判決の上記認定の第2の根拠は、「焼結により酸化アルミニウムが生成するとしても・・・微細な粒子として存在するものということができる」(同63頁末行〜64頁4行目)のに対し、「証拠(甲20、34、乙20)によれば、被告製品中の酸化アルミニウムは、ある程度の大きさを持った粒子として存在していると認められる」(同64頁7行目〜8行目)との点にあるが、原判決の挙げる証拠によっても、被控訴人製品の酸化アルミニウムの大きさはせいぜい1ミクロン程度であることが示されているにすぎず、原料由来の酸化アルミニウム粒子の大きさと差異はない。
ウ 以上のとおり、控訴人は、被控訴人製品の出発原料として添加された酸化アルミニウムの有無及び量については、被控訴人の主張及び原判決の認定を争うものであるが、被控訴人製品中に原料由来の酸化アルミニウムの存在が認められるとしても、本件特許発明との関係では単なる付加であって、その技術思想を利用しており、構成要件B3の充足を妨げるものではない。
原判決は、被控訴人製品における酸化アルミニウムの存在態様について、「酸化アルミニウムはある程度の大きさを持った粒子の形で存在し、その少なくとも一部はCBN粒子と接している状態にある」(原判決69頁4行目〜6行目)ことを理由に、「結合相の連続」が害される旨判断するが、「結合相の連続」とは、CBN粒子同士が互いに結合していないことを結合材の側から規定したものであることは前述したとおりであり、そうすると、CBN粒子と酸化アルミニウムが接しているか否かにかかわらず、CBN粒子同士が結合していない以上、結合相は連続しているというべきである。なお、本件特許発明が焼結体の熱伝導性の保持を一つの課題とするのに対し、酸化アルミニウムが高温での熱伝導性を低下させる特性を有するとしても、単にCBN粒子と酸化アルミニウムの一部が接しているにすぎない場合に、焼結体全体としての熱伝導性が害されるとは考えられない。このことは、甲37の実験結果報告書によって示されている。すなわち、この実験結果によれば、焼結体中での酸化アルミニウムの割合が15%以上にもなれば熱伝導性は低下するが、被控訴人製品のようにこれが7〜9体積%程度であれば、出発原料として酸化アルミニウムを添加するか否かによる熱伝導率の差はほとんどない。なお、被控訴人製品が原料由来の酸化アルミニウムを含有し、その効果が本件特許発明よりも多少劣るとしても、そのことを理由に侵害を否定することが正当な判断であるとはいえない。
エ 次に、原料由来の酸化アルミニウムの含有は、構成要件B(柱書)の充足を阻害するものでもない。
一般に、明細書中に当該発明の特徴は特許請求の範囲に記載された構成要素以外の付加を排除することにあることが記載されているか、又は、特許出願過程でその趣旨が示され、それゆえに特許が認められたような場合であれば、当該付加は侵害を免れる根拠となり得るとしても、本件特許発明はこのような場合に当たらない。すなわち、本件明細書(甲45)の発明の詳細な説明には「原料の処理とか焼結工程から必然的に混入してくるNi、Co、Feのようないわゆる不可避的成分は本発明の焼結体の特徴を失なわない範囲で含有することができる」(27頁右欄20行目〜23行目)、「本発明による焼結体ではCBNの合成に使用され、高温、
高圧下で六方晶型窒化硼素及びCBNに対して溶解性を有すると信じられる元素、
例えばLi等のアルカリ金属、Mg等のアルカリ土類金属、Pb、Sn、Sb、Al、Cd、Si等を添加物として含むものであっても良い」(同頁右欄25行目〜30行目)との記載があるが、これらは、特許請求の範囲に記載がなくとも、理由があれば、あるいは、存在しても邪魔にならないものであれば、第3の成分を含有する焼結体であっても、本件特許発明侵害を免れないことを意味している。酸化アルミニウムは、
焼結体の性質の改善になると説明されている「Ti2AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から(焼結処理を通じて)得られるAl化合物」であって、不必要に多量でない限り、その存在を排除するものでないことは明らかである。
なお、本件特許の当初の明細書には、出発原料として酸化アルミニウムを併用する実施例があったが、控訴人は前記訂正審判請求をもってこれを削除している。しかし、この実施例の削除は、原出願明細書にない実施例であったために分割要件違反とならないよう配慮してしたことであり、本件特許の有効性の問題とは関係ない。
3-2 被控訴人の主張 (1) 構成要件B2について 本件特許発明構成要件B2の「得られる化合物」とは、窒化チタンアルミニウム又はアルミニウムと第4a族の金属間化合物を原料として用い、焼結の結果として得られた化合物を意味し、出発原料として添加された酸化アルミニウムを含まない。このことは、本件特許に係る訂正の経過からも明らかである。
これに対し、被控訴人製品の酸化アルミニウム中、5体積%(5.1重量%)は出発原料として添加されたものであるから、構成要件B2に該当する酸化アルミニウムが焼結中に生じたとしても、わずかな量にすぎないというべきである。
なお、被控訴人製品における出発原料としての酸化アルミニウムの添加量について、原審においては12体積%(MB820)〜10体積%(MB710)と主張立証してきた(乙12の平成7年8月25日付け調査報告書)が、改めて検討した結果、誤りであったことが判明したので(乙28の平成12年8月30日付け報告書)、上記のとおりに訂正するものである。
(2) 構成要件B3について 本件特許発明構成要件B3は、第1の結合相の連続、すなわち、結合相のうち第1の結合相が焼結体組織中で連続し、第2の結合相はこの連続性を阻害せずにこの連続した結合相中に分散していることをいうと解すべきである。このことは、本件分割出願前には、特許請求の範囲第1項において結合相は周期律表化合物を「主体と」すると表現されていたこと(乙1)、分割後出願の拒絶理由通知に対する意見書(乙19)において、控訴人は、第2の結合相について「1μm以下の極めて微細なものであって結合相中に均一に分散しているためにTiN相との判別は写真では困難」と釈明していることからも明らかである。ところが、被控訴人製品においては、周期律表化合物による第1の結合相は連続していない。
仮に、控訴人の主張するように、第1の結合相と第2の結合相が全体として連続しているとの解釈を採ったとしても、被控訴人製品は、構成要件B3を充足するものではない。
すなわち、第1、第2の結合相の連続が阻害される場合とは、@CBN粒子同士が直接結合している場合のみならず、ACBN粒子が原料由来の酸化アルミニウム粒子を介して結合している場合(別紙参考図第3参照)、さらには、BCBN粒子と原料由来の酸化アルミニウムとが結合し、「第1、第2の結合相」がCBN粒子の表面をくまなく取り囲んでいない場合(同第2参照)をも含むというべきである。なぜなら、このような場合には、CBN粒子の表面の一部は原料由来の酸化アルミニウムに接し、第1、第2の結合相に接していないため、当該部分に熱がこもり、不均一な熱伝導によって焼結体の内部に温度差が生じてしまうことになり、熱応力によって磨耗や熱亀裂の問題が生じ、本件特許発明の効果を奏することはできなくなるからである。したがって、構成要件B3にいう第1、第2の結合相が連続した状態とは、別紙参考図第1のように、第1、第2の結合相がCBN粒子の表面をくまなく取り囲み、全体として一つながりとなっていることが必要である。これに対し、CBN粒子同士が直接結合している場合や、第1、第2の結合相以外の成分を介して結合している場合には、結合相は連続しているとはいえない。
原判決が「構成要件B3にいう結合相の『連続』が、結合相がCBN粒子間に侵入して各粒子を取り巻き、全体として一つながりになっていて、CBN粒子同士が直接結合していない状態を意味していることは、当事者間に明らかに争いがない」(65頁9行目〜66頁1行目)としているのは、上記の趣旨に解されるべきである。
そして、被控訴人製品は上記Aの場合(以下「スケルトン構造」ということがある。)に該当するものであり、このことは、被控訴人製品の焼結体について、CBNと酸化アルミニウム以外の成分を酸溶解しても、粉々になることなく全体の形状を維持したとの実験結果(乙8の実験報告書)によって裏付けられるものである。なお、控訴人による酸溶解実験(甲13の鑑定書)において、焼結体が粉体になったとされるのは、酸化アルミニウムを含めて溶解したためである。
以上のとおり、被控訴人製品は、結合相の連続がなく、構成要件B3を充足しない。
(3) 構成要件B(柱書)について 構成要件B(柱書)は、「残部が・・・であることを特徴とする」との文言で規定されており、特許請求の範囲の文言自体から、本件特許発明の焼結体は、
CBN、第1の結合相及び第2の結合相以外の成分を含むものではないと解釈すべきものである。このように解釈すべきことは、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願経過からも裏付けられる。
すなわち、本件明細書(甲45)において、CBN、第1の結合相及び第2の結合相以外の成分について述べられているのは、発明の詳細な説明中の「原料の処理とか焼結工程から必然的に混入してくるNi、Co、Feのようないわゆる不可避的成分は本発明の焼結体の特徴を失なわない範囲で含有することができる」(27頁右欄20行目〜23行目)との記載だけであり、しかも、酸化アルミニウムは高温下での熱伝導率が著しく低下するとの大きな欠点を有する旨の記載もある(26頁左欄44行目〜48行目参照)ことからすると、被控訴人製品は、原料由来の酸化アルミニウムを含むことにより、構成要件B(柱書)を充足しないというべきである。
また、本件特許の原出願に係る明細書の特許請求の範囲には、CBN以外の残部が周期律表化合物を「主体としたものからなり」と記載されていたところ、
特許庁の審査官から発明の構成が不明りょうであるとの内容の拒絶理由通知がされ、控訴人はこれに対応して、原出願に係る発明を周期律表化合物のみを結合相とする発明(後の特許第1281332号発明)として補正を行う一方、周期律表化合物以外の必須成分を第2の結合相成分として明確にするとともに、「残部が・・・であり」との限定的な記載をもって本件特許に係る分割出願をしたものであり、これらの成分以外の成分を含む焼結体は特許請求の範囲から除外したというべきである。さらに、控訴人は、前記訂正審判において、明細書の発明の詳細な説明における「Al2O3、MgO、AlN、Si 3N4等の化合物も結合相の副成分として本発明の焼結体の特徴を失わない範囲で含有しても良い」とあるのを「Al 2O3、AlN等の化合物も焼結時に生成する場合がある」と訂正するとともに、酸化アルミニウムを原料として添加する実施例を削除した(甲42)ものであり、酸化アルミニウムを出発原料として添加したものを意識的に除外している。
以上のとおり、被控訴人製品は、第1の結合相又は第2の結合相以外の成分である原料由来の酸化アルミニウムが5体積%も含まれているのであるから、構成要件B(柱書)を充足しない。
なお、被控訴人製品中の酸化アルミニウムは、熱伝導性を多少犠牲にして酸化アルミニウムを多く含ませることによって焼結体がスケルトン構造を形成し優れた靭性を持つようになるという特別な効果を有しており、有効成分として積極的に添加されているものである。
4 争点2(本件特許方法発明の構成要件の充足性)について 4-1 控訴人の主張 (1) 本件特許方法発明により製造される物は本件特許発明の対象物と同じであるので、これを「A」とすると、本件特許方法発明の構成要件は次のとおり分説できる。そして、本件特許発明につき述べたとおり、被控訴人製品は「A」に該当する。
@イ CBN粉末と ロ 周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、
硅化物若しくはこれらの混合物又は相互固溶体化合物の粉末、及び ハ 窒化チタンアルミニウム又はアルミニウムと前記第4a族の金属間化合物の粉末を混合し、
A これを粉末状で若しくは型押成型後 B 超高圧装置を用いて圧力20Kb以上、温度700℃以上の高圧、高温下で焼結せしめること C を特徴とする「A」の製造法 (2) 被控訴人製品の製造方法は、CBN粉末と第4a族遷移金属であるチタンの窒化物である粉末と窒化チタンアルミニウム及びアルミニウムとチタンの金属間化合物であるチタンアルミニウム(TiAl3)の粉末と若干量の酸化アルミニウムの粉末とを混合し、高圧高温下で焼結するというものであり、被控訴人製品の製造方法と本件特許方法発明との違いは、原料として酸化アルミニウム粉末を追加することだけである。しかし、その添加によっては特段の効果を生ぜず、むしろ加えない方がよいのであるから、被控訴人製品の製法がこれを侵害することは明らかである。
4-2 被控訴人の主張 被控訴人製品が本件特許発明の焼結体でない以上、被控訴人製品の製造方法が本件特許方法発明に該当することはない。
なお、被控訴人製品の製造方法と本件特許方法発明との相違点は、被控訴人製品の製造方法においては、酸化アルミニウムの粉末が原料として用いられている点であるが、これが本質的な相違点であることは本件特許発明について述べたとおりであって、被控訴人製品の製造方法は本件特許方法発明の技術的範囲に属さない。
5 争点5(控訴人の損害ないし損失の額)について 5-1 控訴人の主張 (1) 被控訴人製品の販売額 被控訴人製品の1か月当たりの販売額は、各年度(4月1日から翌年3月末日まで)につき、平均して少なくとも次の金額に達している。
昭和59年度 300万円 同 60年度 700万円 同 61年度 1100万円 同 62年度 1500万円 同 63年度 2100万円 平成 元年度 2900万円 同 2年度 3800万円 同 3年度 3900万円 同 4年度 4200万円 同 5年度 4100万円 同 6年度 4600万円 同 7年度 4200万円 同 8年度 4500万円 (2) 本件特許権の侵害による損害ないし損失の額 ア 控訴人は被控訴人に対し、平成3年11月16日から平成6年11月15日までの間(本件訴えを提起する前の3年間)につき、被控訴人製品の販売による被控訴人の利益額を、控訴人が被った損害として請求し得るところ、右期間の販売総額は15億1650万円であり、被控訴人の利益率は10%を下らないから、
上記期間の被控訴人製品の製造販売による控訴人の損害は1億5165万円である。
イ さらに、被控訴人は本訴提起後も本件特許権の侵害行為を継続しているところ、平成6年11月16日から平成8年7月15日までの間の被控訴人製品の販売額は8億6850万円であるから、前同様に計算すると、上記期間についての控訴人の損害は8685万円となる。
ウ 昭和59年11月16日から平成3年11月15日までの間の被控訴人製品の製造販売に対しては、控訴人は被控訴人に対し、不当利得の規定に従って、
実施料相当額を請求することができる。上記期間の販売総額は17億5800万円であり、その実施料率は2.5%とするのが相当であるから、上記期間の実施料相当額は4395万円である。
エ よって、控訴人は、被控訴人に対し、上記ア〜ウの合計額2億8245万円並びに内金であるア及びウの合計額1億9560万円に対しては平成6年12月7日(訴状送達の日の翌日)から、内金であるイの8685万円に対してはこれに係る請求を追加した後である平成8年7月16日から、各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
5-2 被控訴人の主張 被控訴人製品の1か月当たりの平均販売額は以下のとおりであるから、控訴人の主張はその限度で認め、その余は否認する。 昭和59年度 0円 同 60年度 138万円 同 61年度 166万円 同 62年度 247万円 同 63年度 382万円 平成 元年度 674万円 同 2年度 1638万円 同 3年度 1979万円 同 4年度 2195万円 同 5年度 2311万円 同 6年度 2538万円 同 7年度 2573万円 同 8年度 2869万円
当裁判所の判断
1 争点(1)(本件特許発明構成要件B(柱書)、B2及びB3の充足性)中、
まず、構成要件B(柱書)の充足性について判断する。
1-1 構成要件B(柱書)の意義について (1) 特許請求の範囲文言解釈 被控訴人は、「残部が・・・であることを特徴とする」との構成要件B(柱書)の文言自体から、本件特許発明の焼結体は、CBN、第1の結合相及び第2の結合相以外の成分を含むものではないと解釈すべき旨主張する。確かに、「残部」との用語が一般に「残りの部分」を意味することは明らかであるから、当該記載の文言解釈として、被控訴人の主張は基本的には首肯し得ると解されるものの、
他方、原料中に含まれる不純物、製造工程で生じ得る副生成物等、意識的に含有させたものではなく、不可避的に含まれることのある成分の存在まで排除することが規定されているとまでは断定することができず、結局、どのような成分のどの程度の添加が許容されているかどうかは、明細書の発明の詳細な説明の記載等も参酌して検討する必要があるというべきである。
以下、このような観点から、原料由来の酸化アルミニウムの添加が本件特許発明の許容するものかどうかについて、検討を加える。
(2) 発明の詳細な説明の記載に基づく解釈 ア 本件明細書(甲45)の発明の詳細な説明には、@「CBNを金属で結合した焼結体は切削工具として使用した場合、結合金属相の高温での軟化による耐摩耗性の低下や、被削材金属が溶着し易すい為に工具が損傷するといった欠点がある。本発明は、このような金属で結合した焼結体でなく、高強度で耐熱性に優れた硬質金属化合物を結合相とした切削工具等の工具用途に適した新らしいCBN焼結体に関するものである。CBNは工具材料として見た場合に、高硬度であると共に、熱伝導率が極めて高いという特徴を有している。・・・切削時の刃先温度は・・・工具材料の熱伝導度が高いほど低くなり、工具の摩耗に対して有利となる」(26頁左下欄6行目〜18行目)、A「目的とした複合焼結体を得る為の耐熱性化合物に要求される特性は・・・前記したCBNの有する熱伝導率が高いという特徴を維持する為に組合せる耐熱性化合物自体も熱伝導の高いものが要求される。このような耐熱性化合物としては周期律表・・・化合物(注、周期律表化合物)が考えられる」(26頁左下欄27行目〜34行目)、B「耐熱性や強度の点からみると酸化物の中でAl2O3 は優れた性質を有しており、常温近辺での熱伝導度も比較的に高いが、第1図に示すように高温下で熱伝導率が著しく低下する。これは切削工具等の高温での特性が問題になる用途では大きな欠点である。これに対して前記した化合物は第1図にその一例を示すように高温下ではむしろ熱伝導率は高くなるものが多い」(26頁左下欄37行目〜右下欄1行目)、C「本発明による焼結体の非常に注目すべき、また本発明を有用ならしめる特徴として前記耐熱性化合物が焼結体組織上で連続した相をなすことが挙げられる。即ち、本発明の焼結体では強靱な耐熱性化合物が・・・高硬度のCBN粒子間の隙間に侵入して連続した結合相の状態を呈し、このことにより焼結体に強靱性が付与せしめられたものである」(26頁右下欄18行目〜25行目)、D「本発明による焼結体ではCBNの第1の結合相として前記した耐熱性化合物を用いるものであるが、さらに第2の結合相としてTi2AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物を第1の結合相に含有させることを特徴とする。これら第1および第2の結合相は焼結体組織中で均一に混合して連続した結合相をなし、該耐熱性化合物が結合相中で50〜99.9体積%を占める。すなわち、結合相の主となる成分は、該耐熱性化合物である」(27頁右欄9行目〜16行目)、E「原料の処理とか焼結工程から必然的に混入してくるNi、Co、Feのようないわゆる不可避的成分は本発明の焼結体の特徴を失なわない範囲で含有することができる。また前記した耐熱性化合物以外Al2O3、AlN等の化合物も焼結時に生成する場合がある。また本発明による焼結体ではCBNの合成に使用され、高温、高圧下で六方晶型窒化硼素及びCBNに対して溶解性を有すると信じられる元素、例えばLi等のアルカリ金属、Mg等のアルカリ土類金属、Pb、Sn、Sb、Al、Cd、Si等を添加物として含むものであっても良い」(27頁右欄20行目〜30行目)、F「本発明の焼結体の原料として使用するCBNは六方晶型窒化硼素を原料として超高圧下で合成されたもので・・・加熱によって六方晶型窒化硼素へ逆変態を起す可能性もある。このような場合に前記した六方晶型窒化硼素に対して触媒作用を有する元素が混合粉末中に添加されていると、この逆変態を防止する効果があると考えられる。発明者等は、この考えに基いて特にAlについて効果を確認する実験を行なった。Alを添加する方法としては第4a族の窒化物を例にとると、このMN1±X なる化合物に・・・Alを所定量加え混合した後、
600℃以上に真空中又は不活性雰囲気中で加熱して・・・金属間化合物(例えばMがTiの場合TiAl3、TiAl等)を生成させ、この粉末をCBNと混合する結合材原料とした」(27頁右欄31行目〜39行目)、G「この方法では加えたAlが結合材中に均一に分散した状態となり、小量の添加で、その効果が発揮される。・・・このようにして作成したAlを添加した焼結体と、これ等を含まない焼結体を比較してみた。・・・Alを含有する方が耐摩耗性、靱性ともに優れていた。尚、このような効果が現れるのは焼結体中に0.1重量%以上のAlを含む場合であった。Alの含有量が焼結体中に重量で20%を越えると焼結体の硬度が低下し、耐摩耗性が悪くなる」(28頁左欄4行目〜19行目)との記載があることが認められる。
イ 本件明細書の上記の記載によれば、本件特許発明は、高硬度工具用焼結体としての耐摩耗性を保持するという課題を実現するため、熱伝導率の高いCBNを同じく熱伝導率の高い耐熱性化合物で結合させるという基本的な技術思想に基づき、当該耐熱性化合物として、高温下での熱伝導率が著しく低下する酸化アルミニウムを排斥し、高温下での熱伝導率の優れた周期律表化合物を採用したものであり、当該選択に係る耐熱性化合物である周期律表化合物は、CBN粒子を取り巻くような結合相を形成することをもってその本質的な特徴としたこと、その一方で、
CBNの逆変態を防止する触媒作用を期待するという全く別の観点に基づいて、アルミニウムと第4a族金属との金属間化合物の粉末を結合材の原料成分としてアルミニウム化合物を得るという特定の方法で加えたアルミニウム化合物を第2の結合相成分としたことが認められるところである。
そうすると、酸化アルミニウムは、高温での熱伝導率の著しい低下を理由として本件特許発明の耐熱性化合物としては意識的に除外されていることは明らかであり、しかも、高温での熱伝導率の著しい低下は、耐摩耗性を保持しようとする本件特許発明の課題に反する作用を及ぼすものとされているのであるから、耐熱性化合物として用いるか否かという目的の有無に関わりなく、その添加を排除する趣旨と解することができる。
もっとも、「原料の処理とか焼結工程から必然的に混入してくるNi、Co、Feのようないわゆる不可避的成分は本発明の焼結体の特徴を失なわない範囲で含有することができる。また前記した耐熱性化合物以外Al2O3、AlN等の化合物も焼結時に生成する場合がある」との上記Eの記載に照らせば、本件特許発明が一切の酸化アルミニウムを排除するものとまではいえないが、これが製造工程で不可避的に混入する不純物又は焼結工程で生成される酸化アルミニウムをいうにすぎないことは明らかである。したがって、焼結時に生成する酸化アルミニウムは別として、出発原料として添加される酸化アルミニウムに関しては、不可避的混入成分及びこれと同程度の量であれば、その存在は本件特許発明構成要件B(柱書)の充足を妨げないが、そのような程度を超えて相当量に及ぶ場合には、もはや同要件を充足しないものと解すべきである。
ウ 他方、上述した第2の結合相成分であるアルミニウム化合物としては、
酸化アルミニウムも想定されるところであるが、本件特許発明における第2の結合相成分であるアルミニウム化合物については、本件明細書の発明の詳細な説明で、
まず、アルミニウムと第4a族金属とを混合及び加熱してその金属間化合物(窒化チタンアルミニウム等)を得た上、これを結合材の原料成分として用いることによって第2の結合相成分であるアルミニウム化合物を得るという生成方法をもってこれを特定し、「この方法では加えたAlが結合材中に均一に分散した状態となり、小量の添加で、その効果が発揮される」(上記G)とされているものであって、これを踏まえて、「窒化チタンアルミニウム又はアルミニウムと前記第4a族の金属間化合物から得られるアルミニウム化合物」との構成要件B2を解釈すれば、当該アルミニウム化合物は、上記のような特定の原料から生成されるという方法をもって特定されたアルミニウム化合物に限られるというべきである。なお、前記訂正審判請求において、控訴人自身、構成要件B2が方法的表現であって、方法的に表現する以外に適切な表現がなく、それにより物が特定される場合である旨説明しているところである(甲42の訂正審判請求書の12頁21行目〜23行目)。そうすると、焼結工程に先立って添加される出発原料として酸化アルミニウムが用いられ、
これが焼結体中に残存した場合には、当該酸化アルミニウムは第2の結合相を成すものとはいえないというべきである。この解釈については、控訴人も、これと同趣旨の原判決の判断を受け入れて当審においては争わない旨を明らかにしている。
エ なお、控訴人は、本件特許発明において、酸化アルミニウムは焼結体の性質の改善になると説明されている「Ti2AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から(焼結処理を通じて)得られるAl化合物」であって、不必要に多量でない限りその存在を排除するものでない旨主張する。しかし、本件特許発明は、酸化アルミニウムという成分それ自体を有用としているものではなく、上記のような特定の原料からの生成方法をもって特定されたアルミニウム化合物の有用性をいうにすぎないことは前示のとおりである。この点は、構成要件B2の文言、上記の訂正審判請求時における控訴人の説明内容、明細書の上記Gの記載等から明らかであって、
控訴人の上記主張は前提を欠くというべきである。
オ 以上の認定判断を総合すると、構成要件B(柱書)と酸化アルミニウムの付加の関係については、以下のとおりにまとめることができる。すなわち、本件特許発明において、焼結過程で生成される酸化アルミニウムについては、不可避的生成物ないし第2の結合相成分としてその存在が許容されるが、焼結工程に先立って出発原料として添加された酸化アルミニウムの存在は、不可避的な混入成分及びその技術的誤差の範囲内の量でない限り、構成要件B(柱書)の充足を阻害する。
(3) 出願及び訂正の経過に基づく解釈 上記の解釈は、本件特許発明の特許出願及び訂正等の経緯からも基礎付けることができる。
ア すなわち、本件特許に係る明細書の特許請求の範囲の第1項の記載は、
設定登録時においては、「立方晶型窒化硼素を体積%で80〜20%含有し残部が周期率表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物を第1の結合相とし、Al、Siまたは、これらを含む合金、化合物を第2の結合相として、該第1、第2の結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし、前記4a、5a、6a族金属の化合物が結合相中の体積で50%以上99.9%以下であることを特徴とする高硬度工具用焼結体。」というものであったところ(甲2の2、乙26の4頁参照)、前記「第2 事案の概要」の1(1)ウのとおりの経過により、本件特許の一部(特許第1400032号発明の明細書の特許請求の範囲第1項、第5項ないし第7項に記載された発明についての特許)を無効とする旨の第1次審決がされたのであるが、同審決(乙26)の理由は、「『Al、Siまたは、これらを含む合金、化合物』として、具体的には、『Al2O3、AlN、Si 3 N 4等』の化合物をも意図するものと認められる」(29頁17行目〜末行)が、原出願の当初明細書の記載に照らして、「『Al、Siまたは、
これらを含む合金、化合物』、具体的には、『Al2O3、AlN、Si 3N4等』、『Al単体、Si単体』が結合相中に含有されるとか、ましてその含有が有用であるという趣旨の記載はどこにもない(なお、原料粉末に多量のAl2O3を含有させた例は、昭和54年5月15日付けの補正書による補正によって加えられた事項である)。したがって、上記・・・構成要件である『Al、Siまたは、これらを含む合金、化合物』・・・は、その全ての場合について、原出願の当初明細書に記載されているわけでなく、また、その記載から自明であるわけでもない」(31頁7行目〜32頁1行目)から、適法な分割要件を欠くというものであった。
これに対し、控訴人が平成10年5月7日に明細書の記載を訂正する旨の訂正審判を請求し、これを認める審決が確定したことは前示のとおりであるが、
当該訂正審判請求(甲42)は、@特許請求の範囲減縮を目的として、上記「Al、Siまたは、これらを含む合金、化合物を第2の結合相として」とあるのを、「Ti2AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物を第2の結合相として」と訂正し、A明りょうでない記載の釈明を目的として、発明の詳細な説明の記載のうち、「Al2O3, MgO, AlN, Si 3N4等の化合物も結合相の副成分として本発明の焼結体の特徴を失わない範囲で含有しても良い」とあるのを、「Al2O3, AlN等の化合物も焼結時に生成する場合がある」と訂正するとともに、B訂正前の明細書に記載された実施例のうち、酸化アルミニウム粉末を原料として20体積%含む実施例4及び焼結体の原料中体積で40%を占める結合材粉末中に酸化アルミニウムを20重量%含む実施例5Dを削除することを含むものであった。
イ 上記の無効審判に係る第1次審決及びこれに関連した訂正審判の経緯からすると、控訴人は、分割要件を満たさないことによってひいて本件特許が無効となることを回避するために、出発原料として酸化アルミニウムを用いることをも包含することとなる「Al、Siまたは、これらを含む合金、化合物を第2の結合相として」との文言を構成要件B2のとおり訂正するとともに、発明の詳細な説明においても、出発原料として酸化アルミニウムを用い得ることを示す記載及び実施例を削除したのであり、このような経緯からも、本件特許発明が出発原料由来の酸化アルミニウムを原則的に排除するとの上記解釈が基礎付けられるというべきである。
1-2 被控訴人製品中の酸化アルミニウムについて 被控訴人製品において、酸化アルミニウムが7〜9体積%含まれていることは当事者間に争いがないところ、被控訴人は、出発原料としての酸化アルミニウムを5体積%添加した旨主張し、これを控訴人が争うので以下判断する。
(1) 被控訴人は、出発原料としての酸化アルミニウムの添加量に関する上記主張を立証するため、乙28〜32を提出する。乙28〜32は、いずれも被控訴人のフロンティア材料技術研究所硬質材料室長山本和男作成の報告書ないし調査報告書であり、被控訴人の上記主張に沿う記載があるほか、これを裏付けるものとして、乙29、31の調査報告書には、それぞれMB820及びMB710の配合表及び配合台帳の写しが添付されている。
控訴人は、上記配合表等は被控訴人製品中一部の製品に関するものしか提出されていない上、その文書としての性質や作成日付も不明である旨主張するところ、確かに、上記配合表は、被控訴人製品であるMB820及びMB710の原料の配合割合等が1枚の表にまとめられた簡単なものであり、作成名義、社内決裁、
作成日付等の記載もないものであるが、その用紙には、平成2年12月1日の商号変更前の被控訴人の旧商号であることが明らかな「三菱金属株式会社」(乙33)を含む「三菱金属株式会社岐阜製作所」との文字が印刷されていること、当該配合表には特段の説明的な記載はないものの、MB820及びMB710の原料の配合割合を記載したものであること自体は一義的に明確な内容であること、この配合表とは別に、同じ用紙を用いて、製造ロットごとのロット番号、回収量等が記載された配合台帳の写しも併せて添付されていること、MB820及びMB710は、上記配合表に基づいて配合台帳記載のとおりに製造されており、その他の被控訴人製品についてもほぼ同様である旨が記載されている山本室長の報告内容も、添付の配合表及び配合台帳の記載に照らして特段疑いを差しはさむような不自然、不合理な点は見当たらないことからすると、乙28〜32を全体として考察した場合に、それ自体として証明力に欠けるようなものとはいえない。
(2) 次に、控訴人は、原料として酸化アルミニウムを全く使わなくとも焼結過程で酸化アルミニウムは生成されることが甲44の実験結果に示されているとして、原料由来の酸化アルミニウムの添加量に関する被控訴人の主張を争っている。
そこで、甲44(控訴人のダイヤ製品事業部工具技術部部長中井哲男作成の実験結果報告書)の実験結果を見るに、同実験は、出発原料として酸化アルミニウムを添加せず、CBN47.5重量%(53.3体積%)、アルミニウム10.5重量%(15.3体積%)、窒化チタン42.0重量%(31.4体積%)の配合組成とした試料1、CBN46.0重量%(52.9体積%)、アルミニウム5.6重量%(8.4体積%)、窒化チタン41.4重量%(31.7体積%)のほかに酸化アルミニウム7.0重量%(7.1体積%)を添加した試料2等につき、脱ガス処理の上焼結体を作製し、X線回析分析、ICP分析及びガス分析による組成分析をした結果、試料1の焼結体では4.9重量%の酸化アルミニウムの生成が確認され、試料2の焼結体からは出発原料として添加した酸化アルミニウムとは別に4.3重量%の酸化アルミニウムの生成が確認されたというものであり、結論的に、被控訴人製品MB820の酸化アルミニウム7.3重量%から、焼結過程での酸化アルミニウムの生成量4.3〜4.9重量%を差し引いた2.4〜3.0重量%が出発原料由来の酸化アルミニウムの量であると推定している。
しかしながら、被控訴人製品において、少なくとも窒化チタンアルミニウム及びチタンアルミニウムを原料として用いていることは当事者間に争いがないから、そもそも上記実験に係る試料の原料組成が被控訴人製品のものとは異なる上、
脱ガス処理によってどの程度の酸素を除去するかという条件設定のいかんが酸化アルミニウムの生成量に影響を及ぼすことは明らかであるところ、上記実験が被控訴人製品の製造工程における脱ガス処理と同1条件であることを示す証拠もない。そうすると、上記実験の結果をそのまま被控訴人製品に当てはめて、原料由来の酸化アルミニウムの量を確定させることはできない筋合であり、乙28〜32に示された出発原料としての酸化アルミニウムの添加量5体積%を覆すに足りないというべきである。そればかりでなく、甲44の実験は、むしろ、被控訴人製品において、
相当量の酸化アルミニウムが出発原料として添加されていることを示すものということもできるものであり、被控訴人製品中の原料由来の酸化アルミニウムの量が上記の推定どおり2.4〜3.0重量%であったとしても、構成要件B(柱書)の充足を阻害するに十分な量であることは後述するとおりである。
(3) なお、控訴人は、被控訴人が原審においては出発原料としての酸化アルミニウムの添加量を10〜12体積%と主張していたところ、当審において5体積%であるとしてその主張を変遷させており、信用することができない旨主張するが、
乙28の報告書によれば、原審段階での上記主張は被控訴人の社内における単純な伝達ミスに基づくものと推察されるところであり、上記のような主張の変遷が乙28〜32の信用性を直ちに左右するものとはいえない。
さらに、控訴人は、甲6の分析結果を根拠に、被控訴人製品の酸化アルミニウムの含有量は異なるのに、出発原料としての添加量が同じとは考えられない旨主張する。しかし、前記乙29、31の調査報告書添付のMB820とMB710の配合表の記載によれば、酸化アルミニウムの生成原料となり得る成分としては、TiAl310体積%、Al 2O35体積%が共通しているほか、MB820においてはMB710で用いられていないAlが5体積%が添加されており、このような原料組成の相違により、MB820中の酸化アルミニウムの量がMB710と比較して有意に上回ったとしても不自然ということはできない。したがって、甲6の分析結果は、乙28〜32と何ら矛盾するものとはいえず、控訴人の上記主張は採用することができない。
(4) 以上の認定判断によれば、被控訴人製品における出発原料由来の酸化アルミニウムの添加量は5体積%であると認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。
1-3 構成要件B(柱書)の充足について 出発原料由来の酸化アルミニウムの添加は、不可避的な混入成分及びその技術的誤差の範囲内の量でない限り、構成要件B(柱書)の充足を阻害すると解すべきこと、被控訴人製品において、出発原料中5体積%の酸化アルミニウムが添加されていることは上記のとおりである。しかも、証拠(甲7、8、乙3、8、20)によれば、被控訴人製品においては、上記のような多量の酸化アルミニウムを添加することにより、酸化アルミニウム成分がCBN粒子の間に入り込み、CBN粒子同士を連結したスケルトン構造を形成し、焼結体に優れた靱性を発揮させるようにしたことがうかがわれるところである。そうすると、被控訴人製品中の酸化アルミニウムは、これを不可避的な混入成分ということは到底できないといわざるを得ず、その量においても、不可避的な混入成分に係る技術的誤差の範囲内のものといえないことは明らかである。
また、原料由来の酸化アルミニウムの量が、仮に甲44の実験結果によって推定される2.4〜3.0重量%であったとしても、甲6の控訴人の依頼に係る鑑定書において、MB820及びMB710の焼結体の組成分析の結果、不純物と考えられるFe、Co、Niの合計が0.64重量%、その他不明の化合物が1.03重量%であったとされていることに照らすと、単独の化合物で2.4〜3.0重量%という量は、このような不純物の総量と比較してさえ、はるかに上回るものであるから、不可避的な混入成分に係る技術的誤差の範囲内の量といえるものではないことに変わりはない。
そうすると、被控訴人製品は、本件特許発明構成要件B(柱書)を充足せず、本件特許発明技術的範囲に属さないものというべきである。
2 本件特許方法発明の侵害について 控訴人の主張によれば、本件特許方法発明は本件特許発明の焼結体を製造する方法に係るものであるところ、被控訴人製品が本件特許発明の焼結体に当たらない以上、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人製品の製造方法が本件特許方法発明の技術的範囲に属するものとは認められない。
3 結論 以上のとおり、控訴人の被控訴人に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。
よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法67条1項本文、61条を適用して、主文のとおり判決する。
追加
(別紙)物件目録以下の組成のCBN焼結体と超硬合金の二層構造体CBN成分50〜62体積%チタン化合物(TiC,TiCN,TiN,TiB2)成分22〜27体積%アルミニウム化合物のうち、AlN及びAlB2成分5〜13体積%アルミニウム化合物のうち、Al2O3成分7〜9体積%(ただし、チタン化合物の量は常にアルミニウム化合物の合計量より多い。)タングステン炭化物(WC)を含む不可避不純物0〜2体積%(別紙)参考図
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 宮坂昌利