関連審決 | 異議2003-71232 |
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関連ワード | 製造方法 / 進歩性(29条2項) / 同一技術分野(同一の技術分野) / 容易に発明 / 周知技術 / 出願公開 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 置き換え / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 加工 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / 補助参加 / 取消決定 / 異議申立 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10347号
特許取消決定取消請求事件
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原告 日本特殊陶業株式会社 訴訟代理人弁理士 小林武 被告 特許庁長官小川洋 指定代理人 北川清伸,大元修二,岡田孝博,井出英一郎 被告補助参加人 株式会社デンソー 訴訟代理人弁理士 碓氷裕彦,加藤大登,伊藤高順 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/08/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
特許庁が異議2003-71232号事件について,平成16年9月30日にした決定を取り消す。 |
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事案の概要
本件は,特許を取り消した決定の取消しを求める事件である。 1 手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「スパークプラグ及びその製造方法」とする特許第3344960号(請求項の数12。平成11年2月25日出願,平成14年8月30日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。 (2) 本件特許について,被告補助参加人から特許異議の申立てがされ(異議2003-71232号事件として係属),これに対し,原告は,平成16年9月7日,明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。 (3) 特許庁は,平成16年9月30日,「訂正を認める。特許第3344960号の請求項1ないし12に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年10月20日,その謄本を原告に送達した。 2 発明の要旨(本件訂正後のもの)【請求項1】中心電極と,その中心電極の外側に設けられた絶縁体と,前記絶縁体の外側に設けられるとともに,自身の開口縁を内側に加締めて形成された加締め部により前記絶縁体に固定された主体金具と,前記中心電極との間に火花放電ギャップを形成するように,これと対向する形で配置された接地電極とを備え,さらに,前記加締めに先立って形成されたクロメート被膜であって,含有されるクロム成分の95重量%以上が三価クロムであり,かつその膜厚が0.2〜0.5μmのクロメート被膜によって,前記主体金具の表面が前記加締め部とともに被覆されていることを特徴とするスパークプラグ。 【請求項2】前記クロメート被膜は,六価クロム成分を含有しない請求項1記載のスパークプラグ。 【請求項3】前記主体金具の外周面に形成される取付ねじ部の基端部にはめ込まれるべきリング状のガスケットを備え,そのガスケットの表面の少なくとも一部が,前記クロメート被膜によって被覆されている請求項1又は2に記載のスパークプラグ。 【請求項4】前記クロメート被膜中のナトリウム成分の含有量が2〜7重量%である請求項1ないし3のいずれか1項に記載のスパークプラグ。 【請求項5】前記主体金具は,前記クロメート被膜の下地金属層として亜鉛メッキ被膜が形成されている請求項1ないし4のいずれか1項に記載のスパークプラグ。 【請求項6】JISH8502に規定されたメッキの耐食性試験方法における「5.中性塩水噴霧試験方法」を行ったときに,亜鉛メッキ被膜の腐食に由来する白錆が全表面の20%以上現われるまでの耐久時間が,40時間以上である請求項5記載のスパークプラグ。 【請求項7】大気中にて200℃で30分加熱した後,JISH8502に規定されたメッキの耐食性試験方法における「5.中性塩水噴霧試験方法」を行ったときに,亜鉛メッキ被膜の腐食に由来する白錆が全表面の20%以上現われるまでの耐久時間が,40時間以上である請求項5又は6に記載のスパークプラグ。 【請求項8】JISH8502に規定されたメッキの耐食性試験方法における「7.キャス試験方法」を行ったときに,亜鉛メッキ被膜の腐食に由来する白錆が全表面の20%以上現われるまでの耐久時間が,20時間以上である請求項5ないし7のいずれか1項に記載のスパークプラグ。 【請求項9】中心電極と,その中心電極の外側に設けられた絶縁体と,前記絶縁体の外側に設けられた主体金具と,前記中心電極との間に火花放電ギャップを形成するように,これと対向する形で配置された接地電極とを備えたスパークプラグの製造方法であって, 三価クロム塩と,三価クロムに対するキレート剤からなる錯化剤とを配合したクロメート処理浴中に浸漬することにより,前記主体金具の表面に,含有されるクロム成分の95重量%以上が三価クロムであり,かつその膜厚が0.2〜0.5μmのクロメート被膜を形成することを特徴とするスパークプラグの製造方法。 【請求項10】前記クロメート処理浴は,20〜80℃に浴温調整された状態で使用される請求項9記載のスパークプラグの製造方法。 【請求項11】前記主体金具の前記クロメート処理浴への浸漬時間を20〜80秒とする請求項9又は10に記載のスパークプラグの製造方法。 【請求項12】前記クロメート処理浴中には,得られるクロメート被膜中のナトリウム成分の含有量が2〜7重量%となるように,所定量のナトリウム塩が配合される請求項9ないし11のいずれか1項に記載のスパークプラグの製造方法。 3 決定の理由の要旨 決定の理由は,以下のとおりであるが,要するに,本件訂正を認めるとした上,請求項1ないし12に係る発明の特許は,拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるから,特許法113条2号(平成15年法律第47号により削除される前のもの)に該当し,取り消されるべきものである,というものである。 (1) 訂正の適否についての判断 本件訂正は,特許法120条の4第2項及び第3項(平成15年法律第47号により削除される前のもの)において準用する同法126条2項から4項の規定に適合するので,当該訂正を認める。 (2) 特許異議の申立てについての判断 ア 引用刊行物に記載された発明 平成16年6月28日付けで通知した取消しの理由で引用した刊行物1(実願昭62-187218号(実開平1-92092号)のマイクロフィルム:特許異議申立人株式会社デンソー提出の異議甲1(本訴甲4))は,「スパークプラグ」に関するものであって,図1と共に,以下の事項が記載されている。 (1-イ)「その主体金具の表面は防錆処理として通常の亜鉛めっきクロメート仕上,又はニッケルめっき処理が施されている。」(明細書2頁1〜3行) (1-ロ)「第1図はこの考案の一実施例を示したスパークプラグであり,(1)はアルミナ等からなる絶縁体,(2)は絶縁体(1)の軸孔内に保持された中心電極,(3)は端子電極である。(4)は取付ねじ部(5)の径が例えば14mm,ピッチ1.25mmの主体金具であり,素材を切削或は塑性加工により所定形状に製作され,その下端面には外側電極(6)が接合されて前記中心電極(2)との間に火花ギャップを形成したスパークプラグである。」(明細書3頁16行〜4頁4行) (1-ハ)「この考案の主体金具(4)はその表面(7)に3〜8μの厚みのニッケルめっきを施した後,その外被に更に厚さ0.1〜2μの有色電解クロメート処理(通常XCr2O 2・YCrO 3・ZH 2Oの形で表現される。)が施されたものから構成されている。なお被膜はニッケルめっき厚み3〜8μに対して有色電解クロメートの厚さは0.1〜2μが好ましく,この範囲内でニッケルめっきのピンホールを掩蔽して耐食性の優れたものとすることができ,またプラグの螺着においてめっき層の剥離を生じることがない。」(明細書4頁5〜15行) (1-ニ)「次にこの考案のスパークプラグ耐食性試験について示す。この考案のスパークプラグとして主体金具のニッケルめっき厚さ5μ,有色電解クロメート厚さ0.5μのものと比較品として亜鉛めっきを有色クロメート処理及びニッケルめっき品について,20%塩水噴霧試験及び燃焼生成としてドレン水のような硝酸根を有するpH2の酸化雰囲気中で90℃×48hr放置の試験を行った結果を第1表に示す。」(明細書4頁16行〜5頁4行) そして,これら(1-イ)〜(1-ニ)の記載事項及び図面の記載を総合すると,上記刊行物1には次の2つの発明が記載されているものと認められる。 「中心電極(2)と,その中心電極(2)の外側に設けられた絶縁体(1)と,前記絶縁体(1)の外側に設けられた主体金具(4)と,前記中心電極(2)との間に火花ギャップを形成するように,前記中心電極(2)と対向する形で前記主体金具(4)の下端面に接合された外側電極(6)とを備え,有色電解クロメート処理(通常XCr2O 2・YCrO 3・ZH 2Oの形で表現される。)が施され,その膜厚が0.1〜2μmの有色電解クロメートによって,前記主体金具(4)の表面が被覆されているスパークプラグ。」(以下「引用発明1-1」という。) 「中心電極(2)と,その中心電極(2)の外側に設けられた絶縁体(1)と,前記絶縁体(1)の外側に設けられた主体金具(4)と,前記中心電極(2)との間に火花ギャップを形成するように,前記中心電極(2)と対向する形で前記主体金具(4)の下端面に接合された外側電極(6)とを備えたスパークプラグの製造方法であって, 有色電解クロメート処理(通常XCr2O 2・YCrO 3・ZH 2Oの形で表現される。)が施され,その膜厚が0.1〜2μmの有色電解クロメートによって,前記主体金具(4)の表面が被覆されるスパークプラグの製造方法。」(以下「引用発明1-2」という。) 同様に引用した刊行物3(特公平6-84547号公報:特許異議申立人株式会社デンソー提出の異議甲3(本訴甲5))は,「亜鉛,亜鉛合金又はカドミウム表面を処理するための三価クロム錯化合物の酸性被覆水溶液の調整方法」に関するものであって,以下の事項が記載されている。 (3-イ)「本発明は,亜鉛,亜鉛合金,又はカドミウムの表面を処理するための三価クロム錯化合物の酸性被覆水溶液に関し,一般に不動態化浴と称せられるクロメート処理用の酸性被覆水溶液の調製方法に関するものである。」(2頁3欄27〜30行) (3-ロ)「125g/lの硝酸ナトリウム,50g/lフツ化ナトリウム,2.0のpHを与える硝酸を混合した後,加熱又は触媒と共に処理するのが好適である。」(3頁5欄41〜45行) 同様に引用した刊行物4(特開平6-316789号公報:特許異議申立人株式会社デンソー提出の異議甲4(本訴甲6))は,「複合クロムめっき及びめっき方法」に関するものであって,以下の事項が記載されている。 (4-イ)「【請求項4】3価クロム塩に錯化剤,電導度改善剤を混合した浴に耐摩耗性の硬質粒子又は硬質粒子及び自己潤滑粒子を加えて懸濁させ,浴をPH1〜3とした後,陽極に不溶性電極を用い陰極を被めっき材として通電してめっき皮膜を生成することを特徴とした複合クロムめっき方法。」(2頁1欄10〜15行) (4-ロ)「【請求項6】電導度改善剤をNaCl,KClなどのアルカリ金属塩化物,硫酸塩及びVIIb族の水素化合物から構成させたことを特徴とする請求項4記載の複合クロムめっき方法。」(2頁1欄20〜23行) 同様に引用した刊行物5(特開平8-337897号公報:特許異議申立人株式会社デンソー提出の異議甲5(本訴甲7))は,「三価クロム溶液からの酸化クロムの付着」に関するものであって,以下の事項が記載されている。 (5-イ)「【請求項1】三価クロム化合物,弱いキレート化剤,随意の導電性増進性カチオン,随意の減極剤,及び随意の界面活性剤の混合物を含む,金属基材上に酸化クロムコーティングを電着させるための添加緩衝剤の存在しない水溶性物質組成物。」(2頁1欄2〜6行) (5-ロ)「【0029】組成物は,また,ギ酸アニオン,典型的にはアルカリ金属ホルメート,例えばギ酸カリウムのようなホルメート塩のような弱いキレート化剤も含む。その他の用いることができるキレート化剤は,その用語を本明細書中で用いる場合,下記のいずれかを含む:グリコール酸,ギ酸アンモニウム,酢酸,硫酸アンモニウム第一鉄,プロピオン酸,ポリカルボン酸,特に低分子ジカルボン酸,くえん酸のようなヒドロキシカルボン酸,等,低分子アルキルアルコールエステル,すなわち炭素原子1〜約4を有するものを含む前記の酸の種々のエステル及び塩,それらの種々の異性体並びにそれらのアルカリ及びアンモニア及びアミン塩,特に低分子アルキルアミン塩。これらの化合物の種々の混合物,特に二成分,三成分,或は四成分混合物もまた採用してよい。」(5頁7欄30〜43行) 同様に引用した刊行物6(特公昭56-15791号公報:特許異議申立人株式会社デンソー提出の異議甲6(本訴甲8))は,「クロメート皮膜形成用組成物」に関するものであって,以下の事項が記載されている。 (6-イ)「本発明のクロメート処理液による処理温度は,限定的ではないが,室温から50℃の範囲が好適である。処理時間も限定的なものではないが,通常5〜90秒を必要とする。適用方法としては,被処理物表面を処理液中に浸漬する方法が望ましい。」(2頁3欄7〜11行) (6-ロ)「亜鉛又は亜鉛合金を表面とする物体たとえば亜鉛メッキ鋼板に本発明のクロメート処理液を適用した際に該表面に形成されるクロメート皮膜は3価クロム化合物であって,6価クロム化合物を含んでいない。しかも,該クロメート皮膜を施された亜鉛又は亜鉛合金表面は優れた耐食性及び優れた塗料密着性を有している。」(2頁3欄12〜18行) 同様に引用した刊行物7(ドイツ(統合後)出願公開特許19638176号明細書(1998):特許異議申立人株式会社デンソー提出の異議甲8の2(本訴甲9))には,特許異議申立人株式会社デンソー提出の異議甲8(本訴甲9の訳文)を参照すれば,「6価クロムを含有しないクロメート層並びにその製造方法」に関して,Fig.1〜5と共に,次の事項が記載されていると認められる。 (7-イ)「ここで自動車工業(のみならず),亜鉛を他の被覆に置換し,又は少なくとも実用可能の別法が求められている。」(異議甲8の2(本訴甲9)の6頁55〜56行:異議甲8(本訴甲9の訳文)の12頁1〜2行) (7-ロ)「クロメート層の防食が唯一その障壁作用に基づくものであれば,対応する層厚の3価クロメート処理によって6価黄色クロメート処理によるものと類似の防食値を達成することが可能でなければならないであろう。」(異議甲8の2(本訴甲9)の7頁40〜42行:異議甲8(本訴甲9の訳文)の13頁26〜28行) (7-ハ)「6価のクロメート処理の厚さを有する専ら3価クロム化合物を基材とするクロメート層を製造した。」(異議甲8の2(本訴甲9)の7頁50〜51行:異議甲8(本訴甲9の訳文)の14頁4〜5行) (7-ニ)「4万倍の拡大による光沢亜鉛めっき及び3価不動態化鋼板の破壊縁部(図3)は,前記層がほぼ正確に図2の黄色クロメート処理と同じ厚さを有することを示している。」(異議甲8の2(本訴甲9)7頁55〜56行:異議甲8(本訴甲9の訳文)の14頁9〜11行) (7-ホ)「4万倍の拡大による光沢亜鉛めっき及びクロメート処理した鋼板の破壊縁部である。クロメート処理の層厚=300nm。」(異議甲8の2(本訴甲9)の7頁57〜58行:異議甲8(本訴甲9の訳文)の14頁12〜13行) (7-ヘ)「200℃で8時間までの熱処理は,クロメート処理の防食及び外観への負の効果はなかったが,それに対し3価青色クロメート処理も6価黄色クロメート処理もここで著しい損傷を受けた。」(異議甲8の2(本訴甲9)の8頁の4〜6行:異議甲8(本訴甲9の訳文)の14頁28行〜15頁1〜3行) (7-ト)「しかしドラム法によるクロメート処理でも黄色クロメート処理のためにDIN50961を満たし,かつ上回ることができるようにするため,本来の不動態化液への添加物として,露出した亜鉛を保護し,それによって腐食過程の初回侵襲を遅延させるべき様々な有機及び無機化合物をテストした。」(異議甲8の2(本訴甲9)の8頁22〜25行:異議甲8(本訴甲9の訳文)の15頁19〜22行) (7-チ)「DIN50021SS」(異議甲8の2(本訴甲9)の9頁Tabelle1:異議甲8(本訴甲9の訳文)の17頁表1) イ 対比,判断 (ア) 本件発明1に対して 本件発明1と引用発明1-1とを対比すると,その構造・機能からみて,後者の「外側電極(6)」が前者の「接地電極」に相当し,前者の「その膜厚が0.2〜0.5μmのクロメート被膜」と後者の「その膜厚が0.1〜2μmの有色電解クロメート」とは,「クロメート被膜」である点で共通するといえるから,両者は,本件発明1の用語を用いて表現すると, 「中心電極と,その中心電極の外側に設けられた絶縁体と,前記絶縁体の外側に設けられた主体金具と,前記中心電極との間に火花放電ギャップを形成するように,これと対向する形で配置された接地電極とを備え,クロメート被膜によって,前記主体金具の表面が被覆されているスパークプラグ。」の点で一致し,以下の点で相違する。 相違点a:「主体金具」について,前者では「自身の開口縁を内側に加締めて形成された加締め部により前記絶縁体に固定された主体金具であって,その表面が前記加締め部とともに,加締めに先立って形成されたクロメート被膜により被覆されている」のに対して,後者ではそのような構成を有するか否か不明である点。 相違点b:「クロメート被膜」について,前者では「含有されるクロム成分の95重量%以上が三価クロムであり,その膜厚が0.2〜0.5μmのクロメート被膜」であるのに対して,後者では「含有されるクロム成分における三価クロムの重量%が不明であり,その膜厚が0.1〜2μmの有色電解クロメート」である点。 先ず,相違点aについて検討する。 スパークプラグにおいて,「自身の開口縁を内側に加締めて形成された加締め部により前記絶縁体に固定された主体金具であって,その表面が前記加締め部とともに,加締めに先立って形成されたクロメート被膜により被覆される」ように構成することは,本件出願前周知の技術である(例えば,特公昭59-953号公報(本訴甲10)の1頁1欄34行〜2欄1行の記載「本発明はスパークプラグの製造工程において,メッキ又は(及び)有色クロメート等の表面処理が施されたハウジングをプレスの金型でプレスしてかしめ,該ハウジング内に嵌め込み絶縁体を固定する」あるいは特公平4-65158号公報(本訴甲11)の2頁4欄21〜27行の記載「クロメート被膜10が上記3μmより厚いと主体金具4内で絶縁体3を挿入し,主体金具4の上端部12を内方に加締めて薄肉部13を座屈させ,絶縁体3を固定する際に上端部12,薄肉部13におけるクロメート被膜10の剥離が生じ,品質を損なうこととなり錆を生じ易くなる。」参照)。そして,引用発明1-1に前記周知技術を適用することは,当業者が容易に想到し得た程度のことといえる。 次に相違点bを検討すると, 上記記載事項(7-イ)からみて,上記刊行物7に記載の「6価クロムを含有しないクロメート層並びにその製造方法」は,本件発明1の「スパークプラグ及びその製造方法」及び引用発明1-1の「スパークプラグ」と,自動車工業,すなわち自動車用製品の技術分野として,同一の技術分野に属するものであり,その構成・機能からみて,上記刊行物7に記載の「クロメート層」あるいは「クロメート処理の層」は,本件発明1の「クロメート被膜」及び引用発明1-1の「有色電解クロメート」に相当するといえる。 また,上記記載事項(7-ハ)及び(7-ホ)からみて,上記刊行物7には「含有されるクロム成分の全てが三価クロムであり,厚みが0.3μmのクロメート層」が記載されていると認められ,本件発明1の「95重量%以上が三価クロムであり」は「全てが三価クロムであり」を含むとともに,特許権者も認めているように,95重量%〜100重量%の範囲,すなわち,95重量%以上とすることは当業者が適宜選択し得る設計的事項にすぎない。そして,上記刊行物7に記載の「厚みが0.3μmのクロメート層」には,本件発明1の「その膜厚が0.2〜0.5μmのクロメート被膜」が含まれていることも明らかである。 してみると,引用発明1-1の「含有されるクロム成分における三価クロムの重量%が不明であり,その膜厚が0.1〜2μmの有色電解クロメート」を上記刊行物7記載の「含有されるクロム成分の全てが三価クロムであり,厚みが0.3μmのクロメート層」,すなわち,「含有されるクロム成分の全てが三価クロムであり,厚みが0.2〜0.5μmのものが含まれるクロメート層」に置換し,相違点bにおける本件発明1の構成とすることは,当業者ならば容易になし得る程度のことであり,該置換により奏する効果も,引用発明1-1及び上記刊行物7記載の発明が奏する効果から当業者ならば予測し得る範囲内のものであって,格別のものとはいえない。 したがって,本件発明は,引用発明1-1,上記刊行物7に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 なお,特許権者が主張しているように,仮にクロメート被膜の膜厚の上限値を0.5μmとしたことに技術的意味があるとしても,このような上限値を実験的に求めることは,特公平4-65158号公報(本訴甲11)にも記載されているように,本件特許出願前周知であり,通常の技術的行為であるといえる。そして,「厚みが0.3μmのクロメート層」が上記刊行物7により本件特許出願前公知であり,本件発明1の構成要件「膜厚が0.2〜0.5μmのクロメート被膜」が上記公知の「厚みが0.3μmのクロメート層」を含む以上,特許権者の主張を採用することができない。 (イ) 本件発明2に対して 本件発明2は,本件発明1の構成要件を全て具備するとともに,その構成要件の一部である「クロメート被膜であって,含有されるクロム成分の95重量%以上が三価クロムであり」が「クロメート被膜は,六価クロム成分を含有しない」と限定されたものである。 しかし,前述したように「含有されるクロム成分の全てが三価クロムである」ことが上記刊行物7に記載されており,上記限定した点と全く同一の構成が上記刊行物7に記載されているといえる。 したがって,本件発明2も,引用発明1-1,上記刊行物7に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (ウ) 本件発明3に対して 本件発明3は,本件発明1の構成要件を全て具備するとともに,さらに,「前記主体金具の外周面に形成される取付ねじ部の基端部にはめ込まれるべきリング状のガスケットを備え,そのガスケットの表面の少なくとも一部が,前記クロメート被膜によって被覆されている」と限定されたものである。 しかし,上記記載事項(7-イ)からみて,上記刊行物7には自動車用部品の一つであるスパークプラグのガスケットのクロメート処理の代替案が求められていることを示唆しており,該ガスケットに上記刊行物7に記載のクロメート被膜を適用することになんら困難性はない。 したがって,本件発明3も,引用発明1-1,上記刊行物7に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (エ) 本件発明4に対して 本件発明4は,本件発明1の構成要件を全て具備するとともに,さらに,「前記クロメート被膜中のナトリウム成分の含有量が2〜7重量%である」と限定されたものである。 しかし,上記記載事項(3-ロ)及び(4-ロ)からみて,「ナトリウム成分をクロメート被膜中に含有させる」ことは,刊行物3及び刊行物4に記載されている事項であり,ナトリウム成分の含有量を2〜7重量%とすることは単なる設計的事項にすぎず,その効果も当業者が予測できる範囲内のものである。 したがって,本件発明4も,引用発明1-1,上記刊行物3,4,7に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (オ) 本件発明5に対して 本件発明5は,本件発明1の構成要件を全て具備するとともに,「前記主体金具は,前記クロメート被膜の下地金属層として亜鉛メッキ被膜が形成されている」と限定されたものである。 しかし,上記記載事項(1-イ)からみて,スパークプラグにおいて「主体金具にクロメート被膜の下地金属層として亜鉛メッキ被膜が形成する」ように構成することは,本件出願前周知の技術であって,引用発明1-1に前記周知技術を適用するようなことは,当業者が容易に想到し得た程度のことといえる。 したがって,本件発明5も,引用発明1-1,上記刊行物7に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (カ) 本件発明6に対して 本件発明6は,本件発明1の構成要件を全て具備するとともに,「JISH8502に規定されたメッキの耐食性試験方法における「5.中性塩水噴霧試験方法」を行ったときに,亜鉛メッキ被膜の腐食に由来する白錆が全表面の20%以上現われるまでの耐久時間が,40時間以上である」と限定されたものである。 しかし,上記記載事項(7-ト)あるいは(7-チ)からみて,上記刊行物7にはクロメート被膜の評価に関してドイツ工業規格を採用することが記載されており,ドイツ工業規格に代えて日本工業規格であるJISを採用し,それに規定された試験方法で試験するようなことは,当業者ならば容易になし得た程度の事項であり,前記限定する数値も単なる設計的事項にすぎない。 したがって,本件発明6も,引用発明1-1,上記刊行物7に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (キ) 本件発明7に対して 本件発明7は,本件発明1の構成要件を全て具備するとともに,「大気中にて200℃で30分加熱した後,JISH8502に規定されたメッキの耐食性試験方法における「5.中性塩水噴霧試験方法」を行ったときに,亜鉛メッキ被膜の腐食に由来する白錆が全表面の20%以上現われるまでの耐久時間が,40時間以上である」と限定されたものである。 しかし,上記記載事項(7-ト)あるいは(7-チ)からみて,上記刊行物7にはクロメート被膜の評価に関してドイツ工業規格を採用することが記載されており,ドイツ工業規格に代えて日本工業規格であるJISを採用し,それに規定された試験方法で試験するようなことは,当業者ならば容易になし得た程度の事項であり,前記限定する数値も単なる設計的事項にすぎない。 したがって,本件発明7も,引用発明1-1,上記刊行物7に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (ク) 本件発明8に対して 本件発明8は,本件発明1の構成要件を全て具備するとともに,「大気中にて200℃で30分加熱した後,JISH8502に規定されたメッキの耐食性試験方法における「5.中性塩水噴霧試験方法」を行ったときに,亜鉛メッキ被膜の腐食に由来する白錆が全表面の20%以上現われるまでの耐久時間が,40時間以上である」と限定されたものである。 しかし,上記記載事項(7-ト)あるいは(7-チ)からみて,上記刊行物7にはクロメート被膜の評価に関してドイツ工業規格を採用することが記載されており,ドイツ工業規格に代えて日本工業規格であるJISを採用し,それに規定された試験方法で試験するようなことは,当業者ならば容易になし得た程度の事項であり,前記限定する数値も単なる設計的事項にすぎない。 したがって,本件発明8も,引用発明1-1,刊行物7に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (ケ) 本件発明9に対して 本件発明9と引用発明1-2とを対比すると,その構造・機能からみて,引用発明1の「外側電極(6)」が本件発明1の「接地電極」に相当し,前者の「その膜厚が0.2〜0.5μmのクロメート被膜」と後者の「その膜厚が0.1〜2μmの有色電解クロメート」とは,「クロメート被膜」である点で共通するといえるから,両者は,本件発明9の用語を用いて表現すると,「中心電極と,その中心電極の外側に設けられた絶縁体と,前記絶縁体の外側に設けられた主体金具と,前記中心電極との間に火花放電ギャップを形成するように,これと対向する形で配置された接地電極とを備えたスパークプラグの製造方法であって,前記主体金具の表面に,クロメート被膜を形成するスパークプラグの製造方法。」の点で一致し,以下の点で相違する。 相違点c:前者では,「三価クロム塩と,三価クロムに対するキレート剤からなる錯化剤とを配合したクロメート処理浴中に浸漬することにより,前記主体金具の表面に,含有されるクロム成分の95重量%以上が三価クロムであり,かつその膜厚が0.2〜0.5μmのクロメート被膜を形成する」のに対して,後者では「有色電解クロメート処理(通常XCr2O 2・YCrO 3・ZH 2Oの形で表現される。)が施され,その膜厚が0.1〜2μmの有色電解クロメートによって,前記主体金具(4)の表面が被覆される」点。 そこで,相違点cについて検討すると, 先ず,上記記載事項(4-イ)からみて,上記刊行物4には「3価クロム塩に錯化剤を配合する」ことが記載されており,また,上記記載事項(5-イ)及び(5-ロ)からみて,上記刊行物5には「三価クロムのクロメート処理浴にキレート剤(例えば,くえん酸)を配合する」ことが記載されているといえる。 また,上記記載事項(7-イ)からみて,上記刊行物7に記載の「6価クロムを含有しないクロメート層並びにその製造方法」は,本件発明1の「スパークプラグ及びその製造方法」及び引用発明1-2の「スパークプラグ製造方法」と,自動車工業,すなわち自動車用製品の技術分野として,同一の技術分野に属するものであり,その構成・機能からみて,上記刊行物7に記載の「クロメート層」あるいは「クロメート処理の層」は,本件発明9の「クロメート被膜」及び引用発明1-2の「有色電解クロメート」に相当するといえる。 また,上記記載事項(7-ハ)及び(7-ホ)からみて,上記刊行物7には「含有されるクロム成分の全てが三価クロムであり,厚みが0.3μmのクロメート層」が記載されていると認められ,本件発明9の「95重量%以上が三価クロムであり」は「全てが三価クロムであり」を含むとともに,特許権者も認めているように,95重量%〜100重量%の範囲,すなわち,95重量%以上とすることは当業者が適宜選択し得る設計的事項にすぎない。また,上記刊行物7に記載の「厚みが0.3μmのクロメート層」には,本件発明9の「その膜厚が0.2〜0.5μmのクロメート被膜」が含まれていることも明らかである。 してみると,引用発明1-2に上記刊行物4,5及び7に記載された事項を適用して相違点cにおける本件発明9の構成とすることは,当業者ならば容易になし得る程度のことであり,該適用により奏する効果も,引用発明1-2並びに上記刊行物4,5及び7記載の発明が奏する効果から当業者ならば予測し得る範囲内のものであり,格別のものとはいえない。 したがって,本件発明9は,引用発明1-2並びに上記刊行物4,5及び7に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 なお,本件発明9において,さらに,前記相違点aに対応する製造方法としての構成が限定されたとしても,前述したように相違点aが本件特許出願前周知である以上,該限定された発明も,引用発明1-2,上記刊行物4,5及び7に記載された発明並びに周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるといえる。 (コ) 本件発明10に対して 本件発明10は,本件発明9の構成要件を全て具備するとともに,「前記クロメート処理浴は,20〜80℃に浴温調整された状態で使用される」と限定されたものである。 しかし,上記記載事項(6-イ)からみて,上記刊行物6には「クロメート処理浴は,室温から50℃に浴温調整された状態で使用される」ことが記載されており,「室温から50℃」は本件発明10の「20〜80℃」に含まれる。 してみると,引用発明1-2に,上記刊行物4,5及び7に記載された事項に加え,上記刊行物6に記載された事項を適用することは,当業者ならば容易になし得る程度のことであり,該適用により格別の効果を奏するともいえない。 したがって,本件発明10は,引用発明1-2,上記刊行物4,5,6及び7に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (サ) 本件発明11に対して 本件発明11は,本件発明9の構成要件を全て具備するとともに,「前記主体金具の前記クロメート処理浴への浸漬時間を20〜80秒とする」と限定されたものである。 しかし,上記記載事項(6-イ)からみて,上記刊行物6には「クロメート処理浴への浸漬時間を5〜90秒とする」ことが記載されており,「20〜80秒」は「5〜90秒」に含まれる。 してみると,引用発明1-2に,上記刊行物4,5及び7に記載された事項に加え,上記刊行物6に記載された事項を適用することは,当業者ならば容易になし得る程度のことであり,該適用により格別の効果を奏するともいえない。 したがって,本件発明11は,引用発明1-2,上記刊行物4,5,6及び7に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (シ) 本件発明12に対して 本件発明12は,本件発明9の構成要件を全て具備するとともに,「前記クロメート処理浴中には,得られるクロメート被膜中のナトリウム成分の含有量が2〜7重量%となるように,所定量のナトリウム塩が配合される」と限定されたものである。 しかし,上記記載事項(3-ロ)及び(4-ロ)からみて,「ナトリウム成分をクロメート被膜中に含有させる」ことは,上記刊行物3及び刊行物4に記載されている事項であり,ナトリウム成分の含有量を2〜7重量%とすることは単なる設計的事項にすぎず,当業者が予測できる範囲内の効果しか奏しないものである。 したがって,本件発明12も,引用発明1-2,上記刊行物3,4及び7に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (ス) むすび 以上のとおりであるから,本件発明1ないし12は,上記刊行物1,3ないし7に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。 したがって,本件発明1ないし12に係る特許は,拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるから,特許法113条2号に該当し,取り消されるべきものである。 |
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当事者の主張の要点
1 原告主張の決定取消事由 (1) 取消事由1(相違点bの判断の誤り) 審決は,本件発明1と引用発明1-1との相違点bについて,「引用発明1-1の「含有されるクロム成分における三価クロムの重量%が不明であり,その膜厚が0.1〜2μmの有色電解クロメート」を上記刊行物7記載の「含有されるクロム成分の全てが三価クロムであり,厚みが0.3μmのクロメート層」,すなわち,「含有されるクロム成分の全てが三価クロムであり,厚みが0.2〜0.5μmのものが含まれるクロメート層」に置換し,相違点bにおける本件発明1の構成とすることは,当業者ならば容易になし得る程度のことであり,該置換により奏する効果も,引用発明1-1及び上記刊行物7記載の発明が奏する効果から当業者ならば予測し得る範囲内のものであって,格別のものとはいえない。」と判断した。 ア 「鉄と鋼」第77年(1991)第1号に掲載されたG及びH著「クロメート処理亜鉛めっき鋼板の性能と皮膜構造に及ぼすりん酸及びコロイダルシリカの添加効果」と題する論文(甲12)によれば,六価クロムが自己修復作用を有するのに対し,三価クロム含有率の高いクロメート被膜では,部品に被覆した後に,その部品を加工すると,その耐食性能が著しく劣化するという性質が知られていたので,三価クロム含有率の高いクロメート被膜は,被覆の後に加工を必要とするものには適さないと考えられていた。そして,刊行物7(甲9)の8頁14ないし21行)にも,三価クロムの場合,被膜に傷が付くと,修復できないことが記載されている。 スパークプラグは,大きな熱負荷が加わる場所に使用され,強い酸性雰囲気中で使用される場合があるために,高い防食性能が求められ,そのために膜厚を厚くしなければならないとされていたが,厚い膜厚では,加締め加工による損傷は避けられないと認識されていたので,スパークプラグに三価クロメート被膜を施した場合には,六価クロメートを施した場合と異なり,加締め加工による損傷を修復することができないと認識されていた。 したがって,加締めに先立ってクロメート被膜が形成されるスパークプラグにおいて,本件発明1のように,三価クロムのみの被膜を適用することには阻害要因がある。 イ 刊行物7(甲9)に記載された「含有されるクロム成分の全てが3価クロムであり,厚みが0.3μmのクロメート層」は,同じ厚さの有色クロメートとの性能を比較するための試料として製造されたものであって,刊行物7には,スパークプラグの本体に用いることを示唆する記載はなく,自動車部品に用いることを示唆する記載もない。そして,刊行物1(甲4)には,その発明の詳細な説明に0.1〜2μmのクロメート被膜が好ましい旨の記載はあるが,これを実証する記載は,実施例に記載された0.5μmのものしかなく,また,この厚みは,六価クロメート膜に関するものであって,三価クロムのみからなるクロメート膜の膜厚を示唆するものではない。 したがって,刊行物7や刊行物1には,厚み0.3μmの三価クロムのみからなるクロメート層を引用発明1-1の有色電解クロメートに置換することを示唆する記載がない。 ウ また,本件発明1は,六価クロム成分の少ないクロメート被膜の製造方法について,実験を繰り返すことによって,量産性を考慮した被膜の形成条件を見いだし,種々の膜厚のクロメート被膜の性能試験を繰り返すことによって,スパークプラグに適用したときに通常予想されない性能を示す厚みの範囲を見いだし,これを特定したものであり,本件発明1は,同じ厚さの六価クロムを含むクロメート被膜を形成した場合におけるスパークプラグよりもはるかに高い防食性を示すから,その効果は,当業者が予測し得るものではない。 エ 以上によれば,刊行物1に記載された技術を刊行物7に記載された技術に置換して,相違点bにおける本件発明1の構成とすることは容易になし得るものでなく,また,その効果は当業者が予想し得るものではないから,決定の判断は誤りであり,かつ,この誤りは,本件発明1及びこれに従属する本件発明2ないし8についての決定の結論に影響を及ぼすものである。 (2) 取消事由2(本件発明8の認定の誤り) 決定は,本件発明8について,「本件発明1の構成要件を全て具備するとともに,「大気中にて200℃で30分加熱した後,JISH8502に規定されたメッキの耐食性試験方法における「5.中性塩水噴霧試験方法」を行ったときに,亜鉛メッキ被膜の腐食に由来する白錆が全表面の20%以上現われるまでの耐久時間が,40時間以上である」と限定されたものである。」と認定した。 しかし,本件発明8は,請求項8に記載されたように,「JISH8502に規定されたメッキの耐食性試験方法における「7.キャス試験方法」を行ったときに,亜鉛メッキ被膜の腐食に由来する白錆が全表面の20%以上現われるまでの耐久時間が,20時間以上である請求項5ないし7のいずれか1項に記載のスパークプラグ。」であるから,決定の認定は誤りであり,かつ,この誤りは,決定の結論に影響を及ぼすものである。 (3) 取消事由3(相違点cの判断の誤り) 決定は,「引用発明1-2に上記刊行物4,5及び7に記載された事項を適用して相違点cにおける本件発明9の構成とすることは,当業者ならば容易になし得る程度のことであり,該適用により奏する効果も,引用発明1-2並びに上記刊行物4,5及び7記載の発明が奏する効果から当業者ならば予測し得る範囲内のものであり,格別のものとはいえない。」と判断した。 スパークプラグの主体金具は,絶縁体に組み付けるために,加締め等の加工を行う必要があるところ,主体金具へのクロメート被膜の形成は,クロメート処理浴中への浸漬によって行うので,絶縁体へのクロメートの付着を防ぐため,絶縁体に組み付ける前に行う必要がある。したがって,スパークプラグの製造は,主体金具にクロメート被膜を形成した後に,主体金具に絶縁体への組付けのための加工を行うことが必須の工程となっている。 ところで,クロメート被膜を形成した後に,加工を行うことが必要なものにあっては,上記(1)アのとおり,三価クロメートの被膜を適用することに阻害要因があり,また,刊行物7や刊行物1には,上記(1)イのとおり,厚み0.3μmの三価クロムのみからなるクロメート層を引用発明1-1の有色電解クロメートに置換することを示唆する記載がない。 したがって,引用発明1-2に刊行物4,5及び7に記載された事項を適用して相違点cにおける本件発明9の構成とすることが容易になし得るということはできないから,決定の判断は誤りであり,かつ,この誤りは,本件発明9及びこれに従属する本件発明10ないし12についての決定の結論に影響を及ぼすものである。 2 被告及び被告補助参加人の反論 (1) 取消事由1(相違点bの判断の誤り)に対して ア 甲12には,「膜厚のやや厚いクロム酸りん酸系は加工により損傷を受けやすいことも考えられる。」(119頁右欄35,36行)との記載があるが,仮にここにいう「クロム酸りん酸系」が「含有されるクロム成分の95重量%以上が三価クロムであるクロメート被膜」であることを意味するとしても,このことは,膜厚のやや厚いクロム酸りん酸系の被膜が損傷を受ける可能性があることを示唆するにとどまり,膜厚が通常のもの,つまり,膜厚がやや厚くないものまでが損傷を受ける可能性があることを示唆するものではない。また,「膜厚のやや厚い」が,具体的にどのような膜厚を意味するのかは明らかでないから,刊行物7に記載された「厚みが0.3μmのクロメート層」の膜厚が,「膜厚のやや厚い」に相当することを示唆するものでもない。そして,刊行物7に記載された被膜の傷は,ドラム法における被覆において,上下に乱雑に入れた部品の層がまだ部分的にゲル状であるときに生じる引掻傷のことであり,加締め加工のような被覆後の加工によって生じる傷とは異なる原因により生じる傷である。したがって,当業者が,刊行物7に記載された「含有されるクロム成分の全てが三価クロムであり,厚みが0.3μmのクロメート層」では,被覆の後に加工を必要とするものには適さないと考えるというには,無理がある。 なお,原告の指摘する甲12の記載は,膜厚の大きさに関係なく,「三価クロムの含有率が高いクロメート被膜では,被覆後に加工をすると,加工により被膜が損傷し,耐食性が落ちる」ことを示しているのではなく,むしろ,「三価クロムの含有率が高いクロメート被膜は,膜厚が厚すぎなければ損傷が少なく,耐食性が落ちない」ことを示しているといえるものであり,また,刊行物7(甲9)の8頁22ないし28行の記載は,「三価クロムの場合でも適当な添加物を用いることにより,圧延加工されても被膜が保護され,耐食性が保持されるとともに,良好な耐熱性を有する」ことを示唆しているのであって,これらの記載に接すれば,当業者であれば,「三価クロムのみの被膜をスパークプラグに適用する際に,適当な添加物を用い,膜厚を適当な厚さにすれば,加締めても耐食性が落ちない」ことを十分予測することができるものである。 したがって,加締めに先立ってクロメート被膜により被覆されるスパークプラグにあって,三価クロムのみの被膜を適用することに阻害要因はない。 イ 刊行物7に記載された「含有されるクロム成分の全てが3価クロムであり,厚みが0.3μmのクロメート層」は,亜鉛不動態化における6価クロム置換に関する仮説の検査のために製造された試料として記載されているが,試料として製造されたものが検査の結果何ら良好な結果が得られなかったというならともかく,刊行物7には,良好な結果が得られたことが記載されているから,試料として記載されたものであるという理由だけで,スパークプラグのクロメート被膜に用いることができないということはない。また,刊行物7には,自動車工業,すなわち自動車用製品の技術分野として,同一の技術分野に属することが記載されているから,「含有されるクロム成分の全てが3価クロムであり,厚みが0.3μmのクロメート層」を自動車用製品の一つであるスパークプラグに用いることが当業者にとって困難であるということはない。 ウ 本件発明の防食性の効果は,クロメート被膜の膜厚が0.2ないし0.5μmであることによる効果であると考えられるが,刊行物7の「含有されるクロム成分の全てが三価クロムであり,厚みが0.3μmのクロメート層」も,上記の範囲に入っているから,当然に同じ防食性を有しているはずであり,それをスパークプラグに適用した際の効果も,当業者が予想し得る範囲内のものである。そして,実験により膜厚の最適範囲を見いだすことも,当業者が適宜行うことにすぎない。 エ 以上のとおり,原告の取消事由1は,理由がない。 (2) 取消事由2(本件発明8の認定の誤り)に対して 決定の説示は,誤記であり,決定は,本件発明8について,正しく認定し,これに対して,判断しているから,結論に影響はない。 したがって,原告の取消事由2は,理由がない。 (3) 取消事由3(相違点cの判断の誤り)に対して (1)で主張したように,加締めに先立ってクロメート被膜により被覆されるスパークプラグにあって,三価クロムのみの被膜を適用することに阻害要因はなく,また,「含有されるクロム成分の全てが3価クロムであり,厚みが0.3μmのクロメート層」を自動車用製品の一つであるスパークプラグに用いることが当業者にとって困難であるということはない。 したがって,原告の取消事由3は,理由がない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点bの判断の誤り)について (1) 刊行物1(甲4)について ア 刊行物1には,次の記載がある。 「燃焼生成時に酸性度の強い水分を発生し易いガスエンジン用スパークプラグにおいて,そのプラグの主体金具の表面がニッケルめっき後電解クロメート処理を行い且つその色調が有色クロメートであることを特徴とするスパークプラグ。」(実用新案登録請求の範囲) 「(従来の技術) ガソリンエンジンに使用されるスパークプラグの主体金具はS10C〜S20C等の機械構造用低炭素鋼が主に使用されており,その主体金具の表面は防錆処理として通常亜鉛メッキクロメート仕上・・・が施されている。 ・・・従来の亜鉛めっきクロメート処理は耐塩水性に効果が認められるが,pH2の酸化雰囲気中では容易に赤錆を生じる。」(1頁18行ないし2頁14行) 「この考案の主体金具(4)はその表面(7)に3〜8μの厚みのニッケルめっきを施した後,その外被に更に厚さ0.1〜2μの有色電解クロメート処理(通常XCr2O 2・YCrO 3・ZH 2Oの形で表現される。)が施されたものから構成されている。なお被膜はニッケルめっき厚み3〜8μに対して有色電解クロメートの厚さは0.1〜2μが好ましく,この範囲内でニッケルめっきのピンホールを掩蔽して耐食性の優れたものとすることができ,またプラグの螺着においてめっき層の剥離を生じることがない。」(4頁5ないし15行) イ 以上の記載によれば,刊行物1に記載された考案に係るガソリンエンジン用スパークプラグは,ニッケルめっきを施した後に厚さ0.1〜2μの有色電解クロメート処理(XCr2O 2・YCrO 3・ZH 2O)を施したものであり,上記有色電解クロメート被膜の厚さは,耐食性とプラグ螺着の際のめっき層の剥離防止の観点から選ばれたものであること,従来技術に係るガソリンエンジン用スパークプラグは,亜鉛めっきクロメート処理を施したものであることが認められる。 (2) 刊行物7(甲9)について ア 刊行物7には,次の記載がある。 「金属表面,特に亜鉛,カドミウム又はアルミニウム又は前記金属相互の合金及び/又は他の金属,特に鉄との合金の金属表面のための6価クロムを含有しないクロメート層であって, 該クロメート層がDIN50021SSによる塩水噴霧試験でDIN50961第10章による初回侵食まで少なくとも100時間の防食を有し;且つ該クロメート層が本質的に6価クロムを含有せずに得られることを特徴とするクロメート層。」(特許請求の範囲1項) 「従来の技術に従って,高い防食>100時間を有する厚いクロメート層を・・・完全に毒性の6価クロム化合物による処理によってのみ製造することができる。それに応じて,防食に対する前記要件を有するクロメート層は,さらに特に完全に層の中に不動化されない前記の完全に毒性かつ発癌性の6価クロム化合物を含有する。・・・ 従って本発明の課題は,6価クロムを含有しない,亜鉛,カドミウム又はアルミニウム上に高いクロム割合を有する厚いクロメート層を提供することである。」(3頁14ないし24行) 「 例3 電解光沢亜鉛めっき(15μm)鋼部品は,事前に苛性ソーダでpH値2.0に調節した,50g/l CrCl3・6H 2O(3価クロム塩)3g/l Co(NO3)2100g/l NaNO 331.2g/l マロン酸からなるクロメート処理水溶液中に浸漬した。浸漬時間は60秒であった。洗浄及び乾燥後・・・防食が生じた。 ・・・ 亜鉛上の新規の緑色がかったクロメート処理層は,・・・40,60,80及び100℃で製造した。・・・表には,・・・DIN50961第10章による初回浸襲までのDIN50021SSによる塩水噴霧槽中で対応する防食(時間)を記載した。 J/℃ d/nm 防食/時間 40 100 50-6060 260 220-27080 400 350-450100 800 800-1200 それぞれ使用した錯体配位子・・・マロン酸塩は,部分的にさらに著しく高い層厚と防食値とを達成することができる。・・・ 新規の緑色がかった6価クロムを含有しないクロメート層は,それにより,それぞれの製造温度に応じて,厚さ100及び1000nmの間,固有色で淡緑色及び赤緑色に暈色する。クロメート処理液は,3価クロメートからなり,さらに伝導塩及び鉱酸からなる。クロメート処理液の使用は,通常,40℃以上の温度で行われる。損傷を受けない緑色がかった6価クロムを含有しないクロメート処理の防食は,腐食生成物の最初の発生までDIN50021SSによる塩水噴霧槽中でそれぞれの製造温度に応じて100〜1200時間に達する。」(5頁59行ないし6頁31行) 「クロメート処理した亜鉛層は,簡単に製造され,価格上比較的有利であり,複数の色を使用可能であり,かつ被覆部品の直径も形状も大きく変化しない。 このような長所にもかかわらず,ここで自動車工業(のみならず),亜鉛を他の被覆に置換し,又は少なくとも実用可能の別法が求められている。・・・ 別法を求めるための本質的な視点は,防食及び耐熱性のほかに毒物学的観点における層系の評価である。 6価クロムは・・・多量の濃度で急性の毒性があり,さらにクロメート,特に亜鉛クロメート粉塵は発癌性である。クロメートは経皮的に,たとえば亜鉛めっき及びクロメート処理した金属部品の接触によって吸収され得る。」(6頁53行ないし63行) 「図2(「図1」とあるのは,「図2」の誤記と認める。)は,4万倍に拡大した光沢亜鉛めっき及び3価青色クロメート処理鋼板の破壊縁部である。青色クロメート処理の層厚=60nm。 図3(「図2」とあるのは,「図3」の誤記と認める。)は,4万倍に拡大した光沢亜鉛めっき及び6価黄色クロメート処理鋼板の破壊縁部である。黄色クロメート処理の層厚=300nm。」(7頁33ないし36行) 「 亜鉛不動態化における6価クロム置換に関する仮説 1.クロメート層の防食が唯一その障壁作用に基づくものであれば,対応する層厚の3価クロメート処理によって6価黄色クロメート処理によるものと類似の防食値を達成することが可能でなければならないであろう。 2.クロメート層中の6価クロムの存在は,防食作用によるものと考えられる。 これが当たっているならば,3価クロメート処理によって達成可能の防食に関しては常に欠点であろう。 厚い3価クロメート処理層の生成 上記両仮説の検査のために,6価のクロメート処理の厚さを有する専ら3価クロム化合物を基材とするクロメート層を製造した。・・・ 図4(「図3」とあるのは,「図4」の誤記と認める。)は,4万倍の拡大による光沢亜鉛めっき及びクロメート処理した鋼板の破壊縁部である。クロメート処理の層厚=300nm。」(7頁38ないし58行) 「 比較におけるクロメート処理の防食 請負電気めっきでまだ継続中の第3の実証実験中に,本質的にドラム部品が,しかしまたいくつかの部品がラック法で被覆された。・・・ 図5(「図4」とあるのは,「図5」の誤記と認める。)は,クロメート処理との比較による青色-及び黄色クロメート処理の防食である。 クロメート処理浴の従来の6週間の経過期間内で,顕著な変化は,クロメート処理部品の防食にも外観にも現れていない。200℃で8時間までの熱処理は,クロメート処理の防食及び外観への負の効果はなかったが,それに対し3価青色クロメート処理も6価黄色クロメート処理もここで著しい損傷を受けた。 結果の評価 つまり前記データに従って,亜鉛表面上の転換層の防食が本質的に6価クロムなしでも完全に満たされ得るその障壁作用の結果であるという第一の出発仮説が特にラック部品の被覆で証明された。この場合,塩水噴霧槽中の値は黄色クロメート処理の値と充分に等しく良好であった。 多少異なるように見えるのはドラム法における被覆の場合である。この場合は,互いに上下にかつ乱雑に入れた部品の負荷のもとでの摩擦によって,特に空のとき,つまり層がまだ部分的にゲル状である場合に,層に引掻傷が生じる。この場合,第1実験で面腐食は正常であったが,初回侵襲はすでに24時間後に始まった。」(7頁65行ないし8頁17行) 表2(従来の技術による亜鉛のためのクロメート処理法)には,「種類」の「青(3価)」,「黄」,「オリーブ」,「黒」のそれぞれについて,「クロメート層中の6価クロム[5]mg/m2」,「層厚[nm]」,「初回侵襲までの塩水噴霧試験中の防食**[h]」(**密封処理,蝋剤処理等のような付加的な助剤なしで損傷を受けないクロメート層。)の各項目の数値が記載されている。「青(3価)」は順に「0」,「25-80」,「20-40」であり,「黄」は順に「80-220」,「250-500」,「200-300」であることが示されている。 図2,図3,図4には,それぞれ,亜鉛めっきされた鋼板上の,60nmの3価青色クロメート層,300nmの6価黄色クロメート層,300nmの3価クロメート層の,電子顕微鏡写真が示されている。図5には,これら3種のクロメート層のそれぞれをラック法(Gestell)及びドラム法(Trommel)で作った合計6種類の試料について,DIN50021による塩水噴霧試験での侵食までの時間を示す棒グラフが示されている。60nmの3価青色クロメート層は劣り,300nmの3価クロメート層は300nmの6価黄色クロメート層よりもラック法のものは優れることが示されている。 イ 以上の記載によれば,自動車工業などで用いられる従来技術の6価クロメート層には,毒性の問題があったこと,6価クロムを含有しない3価クロメート層の従来技術は,表2に見られるように,層厚が25ないし80nmで,初回侵襲までの塩水噴霧試験中の防食が20ないし40時間と,層厚が薄く,防食性能が不十分であったこと,刊行物7に記載された発明により,6価クロムを含有しない3価クロメート層で,層厚が100ないし800nm(0.1ないし0.8μm)という厚いものが実現できたこと,特に亜鉛めっき上にラック法で製造された層厚300nm(0.3μm)の3価クロメート層は,図5に見られるように,比較実験によると,同じ厚さの6価黄色クロメート層よりも,例えば,200℃で8時間の熱処理後の防食性能の点で優れていることが認められる。 (3) 刊行物1の記載事項に刊行物7の記載事項を組み合わせることについて ア 6価クロムが有毒であり,これを含む6価クロメート層が有毒であることは,自動車工業のみならず広く知られた事項であり,そのために代替技術が望まれることは当然である。このことは,6価クロメート層が用いられてきたスパークプラグの技術分野においても同様であって,6価クロメート層を使わない代替技術を研究したり,適当な代替技術が現れたらそれを用いて検討したりすることには,十分な動機付けがある。 そして,上記(2)の事実によれば,刊行物7に記載された発明は,まさにそのような6価クロメート層の代替技術に関するものである。 イ ところで,刊行物1に記載されたスパークプラグにおけるクロメート層の厚さは,ニッケルめっき上の有色電解クロメートが0.1ないし2μmであるところ,亜鉛めっきクロメートについては明示がないものの,上記0.1ないし2μmという厚さが,耐食性とプラグ螺着の際のめっき層の剥離防止の観点から選ばれていることからすれば,亜鉛めっきクロメートについても,同程度の厚さが採用されるものと考えられる。そして,刊行物7において,3価クロメートが6価クロメートよりも防食性能が優れることが具体的に示されている層厚300nm(0.3μm)は,上記0.1〜2μmの範囲に含まれるから,この300nm(0.3μm)という厚みは,当業者が6価クロメート層を3価クロメート層で置換しようとする場合において,まず試みるものであると考えられる。 そうであれば,刊行物1に記載されたスパークプラグの技術に刊行物7に記載された技術を適用し,スパークプラグの主体金具の表面に亜鉛めっき及び厚さ0.3μmの3価クロメート層を設けることは,当業者が直ちに試みる程度のものであって,これにより,相違点bに係る本件発明1の構成とすることは,容易になし得るものであると認められる。 (4) 原告の主張について ア 原告は,@甲12によれば,六価クロムが自己修復作用を有するのに対し,三価クロム含有率の高いクロメート被膜では,部品に被覆した後に,その部品を加工すると,その耐食性能が著しく劣化するという性質が知られていたので,被覆の後に加工を必要とするものには適さないと考えられており,刊行物7にも,三価クロムの場合,被膜に傷が付くと,修復できないことが記載されている,Aスパークプラグは,高い防食性能が求められ,そのために膜厚を厚くしなければならないとされていたが,厚い膜厚では,加締め加工による損傷は避けられないと認識されていたので,スパークプラグに三価クロメート被膜を施した場合には,加締め加工による損傷を修復することができないと認識されていたから,加締めに先立ってクロメート被膜が形成されるスパークプラグにおいて,本件発明1のように,三価クロムのみの被膜を適用することには阻害要因があると主張する。 (ア) G及びH著「クロメート処理亜鉛めっき鋼板の性能と被膜構造に及ぼすりん酸及びコロイダルシリカの添加効果」と題する論文(甲12)について a 甲12には,次の記載がある。 「塗布型クロメート処理鋼板は,処理浴中への添加物の種類や濃度により,耐食性をはじめとする処理皮膜の性能が大きく変化するため,従来より浴組成の検討が盛んに行われてきた。・・・家電製品を主用途とする電気亜鉛めっきのクロメート処理鋼板においては,主目的である一次防錆に加えて,さまざまな付加性能が要求されるようになってきた。・・・本研究では,塗布型クロメート処理の浴中添加物としてコロイダルシリカとりん酸に着目し,これらが処理皮膜の耐食性,外観,塗料密着性,対指紋性に及ぼす効果を調べるとともに・・・機構について検討した。 また・・・皮膜の設計指針を得た。」(115頁左欄3行ないし116頁左欄12行) 処理液として,SiO2を用いた「Silica coated」とクロム源に6価クロムであるCrO3を用いた三種類のクロメート材,すなわちクロム酸単独系の「Pure chromate」,クロム酸りん酸系の「Chromate-phosphate」,クロム酸シリカ系の「Chromate-silica」について,「亜鉛付着量20g/m2,板厚0.8cmの電機亜鉛めっき鋼板をアルカリ脱脂後,Table1に示す四種類の処理液を塗布し,炉温100℃で3〜5min乾燥させた。」として,その外観,耐食性,塗料密着性,対指紋性の試験結果(116頁左欄13行ないし118頁左欄4行) 「クロメートの黄色外観は皮膜中の6価クロムによるものであることから,供試材をXPSで表面分析し,クロムの酸化状態を調べた。Fig.5(「Fig.6」とあるのは,「Fig.5」の誤記と認める。)に示すように,クロム酸単独系では約65%が6価クロムとして存在するのに対し,クロム酸りん酸系では主として3価クロムから皮膜が構成されており,これが白色外観の原因であることが分かる。」(118頁左欄19ないし25行) 「クロメート皮膜の耐食性は,皮膜欠陥部への6価クロムの流出による自己修復作用と,アモルファスな皮膜そのものの物理的バリア効果とによるといわれる。特に後者については,ほとんど6価クロムを含まないクロメート皮膜でも耐食性を発現し,付着量が42mg/m2のとき,塩水噴霧試験で白錆発生まで1.2日かかることが報告されている。・・・クロム酸りん酸系がクロム酸単独系に比べて,平板材では優れ,エリクセン加工材では劣った耐食性を示した・・・。・・・膜厚のやや厚いクロム酸りん酸系は加工により損傷を受けやすいことも考えられる。」(119頁右欄15行ないし36行) b 甲12のFig.5において,クロム酸りん酸系の「Chromate-phosphate」のXPSスペクトル(b)は,Cr(III)の位置にピークがあるものの,Cr(VI)の位置に明瞭な肩部を有しているから,このクロメート被膜は,主成分が3価クロムであるとしても,相当量の6価クロムを含むと考えられる。そうすると,甲12には,結局,含有されるクロム成分の全てが三価クロムであるクロメート層については,開示がないものである。クロメート層の組成が異なれば,その耐食性能や機械的性質が異なるから,前記のような甲12の記載からは,含有されるクロム成分の全てが三価クロムであるクロメート層の耐食性能や機械的性質,とくに加締め加工をした場合の損傷の程度やその耐食性能への影響を判断することはできないといわなければならない。 また,前記甲12の記載及び上記1(2)アの刊行物7の記載によれば,クロメート層の防食性能は,一般に,自己修復作用のほか,物理的バリア効果ないし障壁作用の結果であり,ほとんど六価クロムを含まないクロメート被膜でも耐食性を発現することが知られていることが認められるから,傷がない場合には,三価クロメート被膜にも十分な防食性能を期待することができるし,また,三価クロメート層の機械的性質,特に傷がつきやすいか否かについては,前記のとおり,甲12の記載からは判断することができないものである。 そうであれば,六価クロムが自己修復作用を有することを前提とする原告の上記主張は,阻害要因の根拠になるということはできない。 (イ) 刊行物7(甲9)において,三価クロムの場合,被膜に傷が付くと,修復できないことが記載されているというのは,原告の主張(平成16年12月21日付け準備書面(1)10頁25行ないし11頁7行)に照らすと,ドラム法による被覆の場合における傷をいうものと考えられる。しかし,上記1(2)アの刊行物7の記載によれば,この傷は,互いに上下にかつ乱雑に入れた部品の層がまだ部分的にゲル状である場合に生じる引掻傷のことを指しているのであって,加締め加工のような被覆後の加工によって生じる傷とは異なる原因によって生じるものであるから,これをもって,阻害要因の根拠とすることはできない。 (ウ) さらに,スパークプラグが高い防食性能が求められていたとしても,厚い膜厚のスパークプラグが加締め加工による損傷を避けられないと認識されていたことをうかがわせるような証拠はなく,また,スパークプラグに三価クロメート被膜を施した場合に,加締め加工による損傷を修復することができないというような技術常識があったことを認めるに足りる証拠もない。 (エ) 以上のとおりであって,原告の上記主張を考慮しても,加締めに先立ってクロメート被膜が形成されるスパークプラグにおいて,三価クロムのみの被膜を適用することに阻害要因があるということはできない。 イ 原告は,刊行物7に記載の「厚みが0.3μmのクロメート層」は,試料として製造されたものであって,スパークプラグの本体に用いることを示唆する記載はなく,自動車部品に用いることを示唆する記載もないし,刊行物1(甲4)の0.1〜2μmのクロメート被膜が好ましい旨の記載は,六価クロメート膜に関するものであるから,刊行物7や刊行物1には,厚み0.3μmの三価クロムのみからなるクロメート層を引用発明1-1の有色電解クロメートに置換することを示唆する記載がないと主張する。 しかし,刊行物7や刊行物1には,厚み0.3μmの三価クロムのみからなるクロメート層を引用発明1-1の有色電解クロメートに置換することを示唆する記載がないとしても,上記(3)のとおり,刊行物7に係る発明は,6価クロメート層が用いられてきたスパークプラグの技術分野において,その代替技術に関するものであるから,これを用いることには十分な動機付けがあり,そうである以上,刊行物7の0.3μmという厚さは,刊行物1に記載されたスパークプラグのニッケルめっき上の厚さ0.1〜2μmの有色電解クロメート被膜を亜鉛めっき3価クロメート層で置換する場合に,まず試みるものである。 ウ さらに,原告は,本件発明1は,同じ厚さの六価クロムを含むクロメート被膜を形成した場合におけるスパークプラグよりもはるかに高い防食性を示すものであるから,その効果は,当業者が予測し得るものではないと主張する。 しかし,上記1(2)アの刊行物7の記載によれば,刊行物7に記載の発明により,6価クロムを含有しない3価クロメート層で,層厚が100ないし800nm(0.1ないし0.8μm)という厚いものが実現できたこと,特に亜鉛めっき上にラック法で製造された層厚300nm(0.3μm)の3価クロメート層は,図5に見られるように,比較実験によると,同じ厚さの6価黄色クロメート層よりも,例えば,200℃で8時間の熱処理後の防食性能の点で優れていることが認められるから,本件発明の効果は,当業者が予測し得る程度のものであって,格別のものではないというべきである。 (5) したがって,決定の判断に誤りはないから,取消事由1は,理由がない。 2 取消事由2(本件発明8の認定の誤り)について 決定は,上記第2の3(2)イの「対比・判断」において,本件発明8について,原告が主張するとおりに認定し,これについて判断しているが,誤って本件発明7の説示部分をそのままコピーして貼り付けたものと理解される。この判断を本件発明8の要旨に置き換えて理解することができ,その説示は是認することができる。 そうであれば,上記の誤りは,決定の結論に影響を及ぼすものではないから,取消事由2は,理由がない。 3 取消事由3(相違点cの判断の誤り)について 原告が取消事由3として主張するのは,取消事由1において主張するところと同一であるところ,上記1のとおり,取消事由1は理由がないから,取消事由3もまた理由がない。 |
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結論
以上のとおりであって,原告の主張する決定取消事由は理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。 |
裁判官 | 田中昌利 |
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裁判官 | 野輝久 |
裁判長裁判官 | 塩月秀平 |