関連審決 | 異議1997-71215 |
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関連ワード | 改良発明 / 新規性 / 進歩性(29条2項) / 同一の発明 / 要約書 / 遡及 / パリ条約 / 優先権 / 国内優先権 / 分割出願 / 優先日 / 優先期間 / 設定登録 / 拒絶査定 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 変更 / 不服申立 / 異議申立 / |
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事件 |
平成
12年
(行ウ)
230号
異議申立却下決定に対する取消請求事件
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原告 中外製薬株式会社 訴訟代理人弁護士 鈴木修 同 岡本義則 補佐人弁理士 栗田忠彦 同 富田博行 被告 特許庁長官及川耕造 指定代理人 松本真 同 白井ときわ 同 小林進 同 宮島義直 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2001/09/06 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は,原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の請求
特許庁長官が,平成7年特許願第5185号(特許第2535141号)につき,平成10年12月8日付けでした手続補正書に係る手続の却下処分を取り消す。 |
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事案の概要
本件は,原告が特許の分割出願につき,分割出願手続の後に,特許法(以下,単に「法」という。)41条1項の規定による優先権主張の欄を願書に追加する旨の手続補正書を提出したところ,被告が手続却下の処分をしたことから,原告が,この処分は,@本来認められるべき補正を却下したものであり,かつ,A法律的な根拠を示さないでしたものであって,違法であると主張し,その取消しを求めている事案である。 1 当事者間に争いのない事実 (1) 原告の特許出願の経過 原告は,昭和60年9月26日,昭和60年特許願第213277号の特許出願をした(以下,この出願を「第1出願」という。)。 原告は,昭和61年9月25日,第1出願に基づく平成5年法律第26号による改正前の特許法42条の2第4項の規定による優先権の主張を伴う出願であることを願書に記載して,昭和61年特許願第226468号(特開昭62-149630号)の特許出願をした(以下,この出願を「原出願」という。)。 原告は,平成7年1月17日,原出願の分割出願として,平成7年特許願第5185号(特許第2535141号)の特許出願をした(以下「本件分割出願」という。)。原告は,本件分割出願の際に,願書に原出願の分割出願であることは記載したが,第1出願に基づく法41条1項の規定による優先権(以下「国内優先権」という。)の主張を伴う出願であることを記載せず,また同条4項に規定する主張書面を提出しなかった。 (2) 特許査定,異議申立て及び補正手続 本件分割出願については,平成8年4月22日に特許査定がされ,同年6月27日に設定登録がされた。 これに対しては異議申立てがされ(平成9年異議第71215号特許異議申立事件),原告は,平成9年8月29日付け取消理由通知書を受け取った。この取消理由通知書では,刊行物1として第1出願の後に公開された欧州特許公開第0185347号明細書(以下「刊行物1」という。)が引用されていた。 そこで,原告は,平成9年11月18日,本件分割出願につき「先の出願に基づく優先権主張」の欄を追加する内容の手続補正書(以下「本件手続補正書」という。)を被告あてに提出した。 (3) 被告による却下処分等 被告は,原告に対し,平成10年5月8日付け却下理由通知書(以下「本件通知書」という。)を送付した。本件通知書には,却下の理由として「登録後の差し出し。(注)本願は『平成8年6月27日』付で登録済である。」と記載されていた。 そこで,原告は,平成10年6月18日付けで弁明書を提出し,却下処分の法律上の根拠を明示するよう求めるとともに,前記補正が認められるべきである旨を主張した。 これに対して,被告は,原告に対し,平成10年12月8日付けで本件手続補正書について手続却下の処分(以下「本件処分」という。)をした。本件処分の理由として「手続却下の処分」と題する書面には「この出願について平成9年11月18日付け提出の手続補正書に係る手続は,平成10年5月8日付け却下理由通知書に記載した理由によって却下する。」と記載されていた。 (4) 行政不服審査法による異議申立て 原告は,平成11年2月15日,本件処分を不服として行政不服審査法による異議の申立てをした。これに対して,被告は,平成12年6月19日付けで原告の異議申立てを棄却する旨の決定をした。 2 本件の争点 (1) 国内優先権の主張をしなかったという手続の不備について補正の手続を採ることは許されるか。仮に許されるとして,その終期はいつか。 (2) 本件処分につき,理由不備の違法があるかどうか。 3 争点に関する当事者の主張 (1) 争点(1) (補正の可否,時的限界)について (原告の主張) ア 要式行為との関係 特許法上,国内優先権の主張は特許出願と同時に行うべき要式行為とされている(法41条4項)。しかし,要式行為一般について補正を認めないという規定は特許法には存在しないから,要式行為であることから直ちに補正が認められないということにはならない。もっとも,補正を無制限に認めると第三者の利益を害することになるので,補正の可否については,第三者との間の利害の適正な調整を図りつつ,実質的な見地から検討する必要がある。 イ 時的限界 特許法17条1項は,「手続をした者は,事件が特許庁に係属している場合に限り,その補正をすることができる。」と規定している。本件において,原告は,特許異議申立てに基づく取消理由通知書に対する応答として,本件手続補正書を提出しているものであり,特許査定の確定後であっても,特許異議申立事件が係属している間は,なお事件は特許庁に係属していると解すべきである。 なお,後記(被告の主張ア)のとおり,被告は,法17条1項に規定する補正の時期的制限を主張して,本件処分が適法であることを基礎付ける根拠としているが,被告は本件処分において法17条1項を補正の却下理由としていなかったのであるから,これは法41条4項から法17条1項に処分の根拠法条を差し替えるものである。根拠法条の差し替えについて,判例は厳格に解し,処分の相当性の判断要素を異にするため処分の同一性を損なうという理由から,差し替えを認めていない。 本件においても,法41条第4項を根拠とする場合と法17条1項を根拠とする場合とでは,争点は全く異なるし,攻撃防御の方法も異なる。すなわち,処分の相当性の判断要素を異にするものであり,処分の同一性を損なうものと評価できる。よって,行政処分の根拠法条を法41条4項から法17条1項に変える理由の差し替えは認められない。 ウ 国内優先権主張の未記載の意味 分割出願は,その趣旨から考えて,原出願が有する出願日及び優先日の利益を享有することを前提として行われるものである。出願人が分割に当たって原出願の優先日を主張しないことは通常考えられない。本件分割出願に係る特許公報には,原出願の分割出願であることが明示されており,原出願の公報には第1出願を優先権の基礎とする国内優先権を主張することが明示されている。しかも,本件分割出願の特許請求の範囲に記載されている「徐放化基剤としてフマル酸を含有させた徐放性製剤」は第1出願の明細書に記載されている。 これに加えて,刊行物1は,本件分割出願人である原告自身の欧州特許出願に係る公開公報であるから,原告がその存在を十分に承知した上で国内優先権の利益を受けるべく本件分割出願をしたことは,明白である。したがって,本件分割出願の願書に国内優先権主張の記載がないのは,単なる記載漏れであることが明白である。 エ 特許庁の審査の前提となる条件 本件分割出願については,出願後に拒絶理由通知が発せられることなく,そのまま平成8年4月22日付けで特許査定がされている。審査の過程においては,担当審査官から出願日及び優先日について何らの指摘もなく,拒絶理由通知も発せられることなく特許されたものであり,この点に照らせば,担当審査官は本件分割出願が原出願の優先日の利益を享有することを認めた上で審査したものと認められる。なぜなら,原出願の優先日を認めなかったとすれば,代表的な文献である欧州公開特許公報を検索することにより,刊行物1の存在を容易に知ることができたはずであり,その結果拒絶査定がされていたはずだからである。 オ 出願人と第三者との利益状況 特許出願人と第三者の利益の状況を考える際には,@分割出願でも変更出願でもない出願(以下「単発の出願」という。)において優先権の主張をしなかった場合(事例1)と,A分割出願・変更出願において優先権の主張をしなかったが,分割又は変更前の出願においては適法に優先権の主張がされている場合(事例2)とを,区別する必要がある。 事例1では,出願人が出願と同時に優先権の主張をしなければ,特許庁及び第三者は優先権の基礎となる先の出願を特定することができない。そのため,後になって,出願人が,出願時に特定することのできない先の出願に基づいて優先権の主張を行うと,第三者に不測の不利益を及ぼす可能性がある。 しかし,事例2では,特に分割出願の場合においては,分割出願の願書に原出願の出願番号が明示されている。よって,特許庁や第三者は原出願の願書や公報に記載された国内優先権の主張から,優先権の基礎となる先の出願の出願日や出願番号等を特定することができる。すなわち,分割出願の場合には,単発の出願の場合と異なり,分割出願の際に優先権の主張がされていなくても,後になってされた優先権主張の基礎となる先の出願は出願時に特定されているので,第三者に不測の不利益をもたらすことはない。 このような事例1と事例2の利益状況の違いは立法にも反映されている。すなわち,平成11年法律第41号による特許法の改正において,事例2の場合,つまり分割出願・変更出願の際には,優先権を主張する旨の書類を提出していなくても原出願の際に優先権主張の書類が提出されていれば,分割出願・変更出願についても優先権を認めることとされた(法44条4項,46条5項)。本件は,上記改正前の処分に係る事案であるが,同改正により,「分割出願の際に再度優先権の主張をさせることによる利益」は「行政手続の簡素化の要請」に劣後するという立法府の判断が示されているといえるから,分割出願の際に再度優先権の主張をすることを怠ったことは,同改正前においても軽微な手続的な不備にすぎなかったものと評価することができる。これに対して,第三者の利益は,出願人の行政手続における軽微な手続的不備に乗じて,本来ならば得られないはずの利益を得るものである。このような出願人と第三者の利益を比較衡量すれば,前者を保護すべきであるという帰結こそが常識にかなうものというべきである。 カ まとめ 以上によれば,被告による本件処分は,法41条4項の解釈適用を誤ったものであって,違法である。また,仮に,理由の差し替えを認めて法17条1項についての主張をすることが許されるとしても,同項の解釈適用を誤ったものであり,違法であることに変わりはない。 (被告の主張) ア 手続の補正の時期的制限 補正とは,特許庁への手続が不備であったり,明細書,図面や要約書に不備・誤記・不明瞭な記載があった場合にそれらの補充や訂正を行うことをいうが,その手続の補正については,法17条1項本文が,「手続をした者は,事件が特許庁に係属している場合に限り,その補正をすることができる。」と規定し,手続の補正をすることのできる時期を限定するとともに,願書に添付した明細書,図面,要約書等の補正の時期と範囲について,同条2項ないし4項で出願手続の進行段階に従った一定の制限をしている。 そして,法17条1項本文にいう「事件が特許庁に係属している場合」との文言は,昭和45年法律第91号による特許法改正において,「事件が審査,審判又は再審に係属している場合」という従前の規定が,審査請求制度の導入に伴って,改正されたものであるが,これは従前の規定のままでは,出願審査の請求があるまで「審査」に係属するものではなく,出願審査の請求前に補正することができなくなることから,このような不都合を避けるために改正されたものであり,法17条1項本文の規定の趣旨は,上記改正の前後を問わず同じである。 したがって,法17条1項の「事件が特許庁に係属している場合」とは,特定の事件について特許庁がそれを処理するために必要な行為をしなければならない状態が現に存在していることをいうものと解すべきであり,上記の「事件」とは,特許出願事件,特許異議事件,出願系(査定系)及び権利系(当事者系)各審判事件並びに出願系(査定系)及び権利系(当事者系)各再審事件をそれぞれいうことになる。そして,事件の係属中に補正ができるのは,あくまでも「手続をした者」(法17条1項)である。これを特許異議申立てについてみれば,補正ができるのは異議申立て手続をした特許異議申立人であって,特許査定を受けた者ではない。特許申請をした者が手続をした事件は既に査定によって終了しているからである。 これを本件についてみると,本件分割出願については,既に平成8年4月22日に特許査定を受けたものであり,原告は,その後の同9年11月18日に至って本件補正手続書に係る手続をしたものである。 したがって,本件補正手続書に係る手続は,本件分割出願事件が特許庁に係属しなくなった後にされたものであり,不適法な手続であって,これにより既にされた分割出願手続を補正することができないことは明らかである。 なお,本件訴訟は,本件処分の取消しを求める行政訴訟であるところ,行政訴訟としての処分取消訴訟の訴訟物は,当該処分の違法一般であり,一般に取消訴訟においては,別異に解すべき特別の理由のない限り,行政庁は当該処分の効力を維持するための一切の法律上及び事実上の根拠を主張することが許されるものと解すべきである。したがって,被告としては,本件訴訟において,本件処分が適法であることを基礎付けるあらゆる事実上及び法律上の根拠を主張することができるのであって,手続の補正の時期の要件についても,当然に主張することができる。 イ 補正をすることができる事項 補正とは,前記アにおいて述べたとおり,特許庁への手続が不備であったり,明細書,図面や要約書に不備・誤記・不明瞭な記載があった場合にそれらの補充や訂正を行うことをいうが,これによって手続の瑕疵をその手続の当初に遡及して治癒する効果を有するものであるから,補正の対象となる「手続の不備」については,これを安易に拡大すべきではなく,特に法によって厳格な要式行為とされている手続については,そもそも補正という手続をとること自体が許されないものというべきである。 国内優先権の制度は,パリ条約による優先権が果たしている機能を,国内の出願制度に組み込むために導入されたものであり,国内優先権の主張の効果については,基本的にはパリ条約による優先権の主張の効果と同等の効果を生じさせることとしたものである。 そして,このような国内優先権の基本的効果は,特許出願又は実用新案登録出願を先の出願としてその出願の日から1年以内にした後の出願であって,その先の出願に基づく国内優先権の主張を伴うものについては,その先の出願の発明と同一の発明又は考案につき先後願・新規性・進歩性等を判断する場合や,特定の規定の適用について,その先の出願である特許出願又は実用新案登録出願の出願時に出願されたものとみなすというものである。 したがって,国内優先権は,優先権主張の基礎とされた先の出願の願書に添付した明細書と図面に記載されている発明について,特許要件の判断について先の出願の時にされたものとみなされるという特別の利益であり,他方で,国内優先権の主張がされているか否かは,当該出願の特許要件の判断の基準日がいつになるか,優先期間中に行われた行為に基づく第三者の権利及び第三者の使用の権能の発生の有無等第三者に及ぼす影響が大きいから,国内優先権の主張については法に定められた形式により厳格にされる必要がある。 この点について,法41条4項は「第1項の規定による優先権を主張しようとする者は,その旨及び先の出願の表示を記載した書面を特許出願と同時に特許庁長官に提出しなければならない。」と規定する(ただし,特許法施行規則27条の4第1項は,優先権を主張する者は「当該特許出願の願書にその旨及び必要な事項を記載して」この主張の「書面の提出を省略することができる」旨を規定している。)。そして,法44条2項は,特許出願の分割について「(分割出願の場合は,)新たな特許出願は,もとの特許出願の時にしたものとみなす。ただし,…(中略)…第41条第4項…(中略)…の規定の適用については,この限りでない。」と規定している。 このように,平成11年法律第41号による改正前の特許法の下においては,国内優先権の主張手続は,特許の分割出願の場合でも,法に定められた方式により厳格にされなければならないものと規定されていたのであり,実際にされた願書又は主張書面における優先権の主張の記載に明白な誤記があるような場合は別として,この手続を何ら履践しないまま,後に至ってその手続をしていないこと自体を補正することは,許されないというべきである。 これを本件についてみると,原告は,本件分割出願をするに際し,第1出願に基づく国内優先権を主張する旨及び必要な事項を願書に記載せず,また,その主張書面も提出しなかったのであり,法に定められた国内優先権の主張の方式を何ら履践しなかったものである。したがって,本件補正手続書に係る手続は,そもそも補正をできる場合には当たらない。 ウ 原告の主張に対する反論 (ア) 原告は「要式行為」であることから直ちに補正が認められないということにはならないと主張する。 しかし,本件補正手続書に係る手続は,国内優先権の主張をしなかったにもかかわらず,後に至ってこれを主張しようとするのであるから,実質的には国内優先権の主張を伴わない出願である本件分割出願を国内優先権の主張を伴った分割出願にすることであり,まさに新たな手続を行うことにほかならず,法17条1項の補正の範囲を逸脱するものであることは明らかである。 (イ) また,原告は,出願人が分割に当たり原出願の優先日を主張しないことは通常考えられないから,本件分割出願に優先権主張の記載がないのは,単なる記載漏れであることは明白であると主張する。 しかし,国内優先権を主張するか否かはそもそも出願人の任意に任せられているのであり,平成11年法律第41号による改正前の特許法の下においては,分割出願の場合であっても,国内優先権の主張には厳格な方式が定められているのであるから,その主張をしなかったことをもって,記載漏れとして扱うべきであるということにはならない。 (ウ) さらに,原告は,「原出願の際に優先権の書類を提出していれば,分割出願の際に優先権主張の記載をしなかったことは,平成11年法律第41号による改正後の特許法によれば全く問題のない行為であるから,本件分割出願に際して国内優先権の主張等をしなかったことは,同改正前においても,軽微な手続的な不備にすぎなかったものと評価できる」旨を主張する。 しかし,同改正は,優先権主張の欠落を軽微な瑕疵としてみてされたものではなく,分割手続の簡素化を図るために行われたものであって,むしろ手続の整備によって,手続を履践したものと取り扱うことにより,法改正後は重大な欠落を防止しようとするものと評価できる。このような趣旨から,平成11年法律第41号による特許法の改正前にされた分割出願については,改正後の法44条の規定は適用されないものであって(平成11年法律第41号附則2条2項参照),法はそのような出願については,従前どおりに扱う趣旨であるものと解される。 (2) 争点(2) (本件処分における理由付記)について (原告の主張) ア 行政手続法との関係 法195条の3は,「この法律又はこの法律に基づく命令の規定による処分については,行政手続法第二章及び第三章の規定は,適用しない。」と規定するが,その趣旨は,特許法においては,行政手続法の規定を適用しなくても,不利益処分に対する手続等が,規定上担保されていることにある。 すなわち,行政手続法の目的は,行政運営における公正の確保と透明性(行政上の意思決定について,その内容及び過程が国民にとって明らかであることをいう。)の向上を図り,もって国民の権利利益の保護に資することにある。 特許法の手続も行政手続であることに変わりはないのであるから,かかる目的は,特許法の手続においても同様に実現されなければならないことはいうまでもない。しかし,特許法には,不利益処分に対する手続等が規定上担保されているので,かかる目的は,行政手続法の規定を適用しなくても,特許法の規定を適用して貫徹することができる。それだからこそ,法195条の3において,特許法においては行政手続法の規定を適用しないものとされたのである。 そうであれば,不適法な手続を却下する場合の告知弁明の手続等について定めた法18条の2第2項の解釈に当たっても,行政手続法1条に規定する同法の目的を実現する方向での解釈が必要なのであり,特許法独自の解釈が許されるわけではない。 イ 理由付記の制度趣旨 行政手続法1条の趣旨・目的に加えて,行政処分に理由の付記が必要とされる趣旨を考慮すると,法18条の2の手続却下処分における理由付記の程度としては,相手方の弁明を可能にするだけの簡単な理由が記載されているだけでは不十分であり,行政庁の結論の内容と当該結論に至った過程が被処分者にとって明らかであることを要するものと解すべきである。 すなわち,理由付記の趣旨としては,@恣意抑制ないし慎重配慮機能,A不服申立便宜機能,B相手方に対する説得機能,C決定過程公開機能(行政手続の透明性の向上)の,4つが挙げられる。 手続却下の処分について,上記4つの趣旨を当てはめると, @ 恣意抑制ないし慎重配慮機能については,理由の付記があいまいなものでもよいとすると,行政処分が恣意的に行われる危険が増大する。また,行政庁が,どのような法的な根拠で手続却下の処分をするのかを十分慎重に検討せずに,安易に手続却下の処分を行う危険が増大する。 A 不服申立便宜機能については,理由の付記があいまいなものでもよいとすると,処分を受けた者は,いかなる法律がいかなる具体的な根拠で適用されたのかが分からないため,不服申立てが容れられる見込みがあるか,あるとしてどの点についていかに主張立証すればよいかを事前に判断することができなくなる。 B 相手方に対する説得機能については,十分な理由の付記がされなければ,処分を受けた者は納得せず,相手方に対する説得機能が害される。 C 決定過程公開機能については,十分な理由の付記がされなければ,行政処分のされた過程を理解できず,決定過程公開機能が害される。そして,行政運営の透明性の確保という行政手続法の趣旨も,没却されることになる。 ウ 本件処分の理由付記の程度 本件についてみると,本件処分にある「登録後の差し出し」という理由のみでは,行政庁が出した結論の内容及び当該結論に至った過程が,原告にとって「明らか」とは到底いえない。 また,前記の理由付記の趣旨に照らしても,本件処分の理由の記載が不十分であることは,明らかである。 第1に,弁明書の提出があったのにもかかわらず,「登録後の差し出し」という理由を引用して繰り返したので,原告は説得されず,紛争が拡大し,行政経済にも反する結果となっている(相手方に対する説得機能の阻害)。 第2に,弁明書を無視して答えずに,「登録後の差し出し」という回答を引用するのは,弁明書の主張に対し,いかなる法律がどのような根拠で適用されたのかを,慎重に検討することをおろそかにする結果となった。行政庁は,本件が複雑な法律的争点を含むことに気付かずに,安易に処理してしまった(恣意抑制ないし慎重配慮機能)。 第3に,弁明書を無視して答えずに,「登録後の差し出し」という回答を引用することにより,原告は,不服申立てが容れられる見込みがあるか,もしあるとして,どの点につきいかに主張立証していけばよいかを,事前に判断することを困難にされ,行政庁の真意をつかみかねて,広く薄く網羅的な主張をしなければならなかった(不服申立便宜機能の阻害)。 第4に,弁明書を無視して答えずに,単に「登録後の差し出し」という回答を引用したことにより,原告の弁明に対して行政庁がどのように考えて決定を下したのか国民に分からず,行政手続の透明性が害された(決定過程公開機能の阻害)。 以上によれば,本件処分の理由付記の内容及び程度は,法18条の2第2項が理由の付記を要求した趣旨を没却するものであり,不十分なものとして許されない。 (被告の主張) ア 付記すべき理由の内容及び程度 行政処分をするに際して付記すべき理由の内容及び程度については,最高裁判所の判例が積み重ねられてきたところであるが,具体的な処分において付記された理由について,その内容及び程度として足りないことを理由として違法となる場合の基準は,以下のとおりである。 @ 法が処分に理由を付記すべきものとしている場合において,その記載を欠くときは,処分自体の取消しを免れない。 A どの程度の記載をすべきかは,処分の性質と理由付記を明示した各法律の規定の趣旨・目的に照らして決定される。 B 要求される付記の内容及び程度は,特段の理由のない限り,いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して当該処分がされたのかを,処分の相手方において,その記載自体から了知し得るものでなければならず,単に抽象的に処分の根拠規定を示すだけでは,それによって当該規定の適用の原因となった具体的事実関係をも当然に知り得るような例外の場合を除いては,法律の要求する付記として十分ではない。 そして,原告がるる主張するところの,申請によって求められた許認可等を拒否する処分をする場合について行政手続法8条に規定する理由の提示についても,同法は付記すべき理由の内容及び程度について特段の規定をしておらず,最高裁判所の判例に示された基本的な方向を踏まえて個々に判断されるべきである。 イ 手続却下の処分に際して付記すべき理由の内容 特許法の規定による処分については,行政手続法第2章及び第3章の規定は適用しないものとされているから(法195条の3),手続却下の処分においていかなる内容及び程度の理由を記載すべきかは,法18条の2の規定独自の解釈問題として決せられることになる。 具体的には,法18条の2第2項の理由の通知は,相手方に弁明書を提出する機会を与えるための手続として定められているから,相手方の弁明を可能にするだけの理由が記載されていれば足りるものと解すべきであり,また,法18条の2は,その理由の通知に記載した理由と同じ理由で手続を却下する場合に,手続却下の処分の理由として理由の通知に記載された以上の理由を記載することまで要求しているとは解されないから,当該理由の通知に記載された内容が理由の記載として十分と認められる場合には,手続却下の処分の理由としての記載は,理由の通知書の記載を引用する内容で足りるものというべきである。 そもそも,手続却下の処分は,ある申請行為が法の定める一定の手続に沿ってされるべきものである場合に,その具体的な申請行為の手続が当該法が定める一定の手続のうち本質的要件を備えていない場合にされるものであり,そうである以上,手続却下の処分が,法の定めた手続に違反していることを根拠としてされたものであることは,当該申請行為の手続を行った申請者(手続却下の処分の名宛人)にとっては,自明の理である。 したがって,手続却下の処分に際して付記すべき理由の内容としては,それが当該手続が法の規定する手続に違反することを理由とする場合においては,もともとその理由の記載上,法の具体的条項を明示することまでが要求されるものではない。 ウ 本件処分における理由付記の程度 これを本件についてみると,本件通知書には,却下の理由として「登録後の差し出し。(注)本願は『平成8年6月27日』付で登録済である。」と記載されているところ,本件手続補正書の補正対象項目が「先の出願に基づく優先権主張」であることからすると,この記載が,その優先権主張が,本件分割出願に係る特許権が設定登録された後にされたために不適法であるという理由を示していることは,その記載自体からして明らかである。したがって,本件通知書における理由の記載の内容及び程度は,本件処分に記載すべき理由の内容・程度として十分であるから,これを引用する形で本件処分に付記された理由は,その内容・程度が十分なものというべきである。 |
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当裁判所の判断
1 争点(1) (補正の対象となる事項,補正の時期)について (1) 国内優先権主張の手続について 国内優先権の制度は,パリ条約による優先権が果たしている機能を,国内の出願制度に組み込むために導入されたものであって,これにより,基本的な発明の出願の後に,当該発明と後の改良発明とを包括的な発明としてまとめた内容で特許出願を行うことなどが可能となった。すなわち,先の特許出願の日から1年以内にした後の出願であって,先の出願に基づく国内優先権の主張を伴うものについては,その発明につき先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明の限度で,特許要件(先後願,新規性,進歩性)の判断の時点につき,先の出願時に出願されたものとして扱い,先の出願の日と優先権主張を伴う後の出願の日との間にされた他人の出願等を排除し,又はその間に公知となった情報によっては特許性を失わないという優先的な取扱いを認めるものである(法41条2項)。 このように,国内優先権は,優先権主張の基礎とされた先の出願の願書に添付した明細書と図面に記載されている発明の限度で,特許要件の判断について先の出願のときにされたものとみなすという特別の利益をもたらすものであり,他方で,国内優先権の主張がされているか否かは,先の出願と優先権主張を伴う後の出願との間にされた出願等に基づく第三者の権利の取得の可否等にかかわるものとして,第三者に及ぼす影響が大きいものである。 そこで,法41条4項は,特許出願について国内優先権の主張をしようとする者は,その旨及び先の出願の表示を記載した書面を特許出願と同時に特許庁長官に提出しなければならないとしている(ただし,国内優先権を主張しようとする者は,当該特許出願の願書にその旨及び必要な事項を記載して,この主張書面の提出を省略することもできる。特許法施行規則27条の4第1項)。 そして,法44条2項は,特許出願の分割について「前項(分割出願)の場合は,新たな特許出願は,もとの特許出願の時にしたものとみなす。ただし,…(中略)…第41条第4項…(中略)…の規定の適用については,この限りでない。」と規定しているから,分割出願について国内優先権の主張をしようとする場合には,改めて上記の法に定められた方式を履践することが要請されている。 補正とは,特許庁への手続が不備であったり,明細書,図面や要約書に不備,誤記,不明瞭な記載があった場合にそれらの補充や訂正を行うことをいうものであるところ,上記のような国内優先権の制度趣旨及びその手続に関する規定の内容に照らせば,国内優先権の主張は,特許出願の分割の場合であっても,法に定められた方式により厳格にされなければならず,具体的な手続としては,国内優先権の主張は,特許出願と同時(特許出願の分割の場合は分割による新たな特許出願と同時)にされる必要があるというべきであるから,特許出願の際に実際にされた国内優先権の主張の記載上についての明白な誤記を補正するような場合は別として,特許出願の際に優先権主張の手続をしていないこと自体を後になって補正することは,補正の限度を超えるものとして許されないと解するのが相当である。 (2) 原告による本件分割出願の手続について 原告は,平成7年1月17日,原出願の分割出願として,本件分割出願をしたところ,原出願の際には,願書に第1出願に基づく国内優先権を主張する旨を記載したものの,本件分割出願の際には,願書に原出願の分割出願であることは記載したが,国内優先権を主張する旨及び必要な事項を記載せず,また同条4項に規定する主張書面も提出しなかったものである(当事者間に争いがない。)。 そうすると,原告は,法に規定された国内優先権の主張のための手続を何ら履践しなかったものであるから,本件手続補正書により国内優先権の主張手続について補正をすることは許されないというべきである。 この点について,原告は,出願人が特許出願の分割に当たり,原出願において主張した優先権を主張しないことは通常考えられないから,本件分割出願に優先権主張の記載がないのは,単なる記載漏れであることが明らかであると主張する。しかし,国内優先権を主張するか否かは,そもそも出願人の自由な選択に任されているのであり,前記のとおり,法は分割出願の場合であっても国内優先権の主張につき厳格な手続を規定しているのであるから,原告が本件分割出願の際に優先権の主張をしなかったことをもって,単なる記載漏れとして扱うべきものと解することはできない。原告の主張するところは,実質的には国内優先権の主張を伴わない分割出願を国内優先権の主張を伴う分割出願に変更することを求めるものであり,補正の名の下に新たな手続を行うことを認めることを求めるものであるが,そのような補正が,現実に履践された手続についてその不備を訂正するという法17条1項の補正の範囲を逸脱するものとして許されないことは,明らかである。原告の上記主張は理由がない。 (3) 小括 以上によれば,法41条4項の解釈適用の誤りをいう原告の主張は理由がなく,その余の点につき判断するまでもなく,原告の本件補正手続書に係る手続は,不適法な手続であって,その補正をすることができないものというべきである。 2 争点(2) (本件処分における理由付記)について (1) 手続却下の処分に付記すべき理由の内容・程度 特許法の規定による処分については,行政手続法第2章及び第3章の規定は適用しないものとされている(法195条の3)。したがって,手続却下の処分においていかなる内容及び程度の理由を記載すべきかは,専ら特許法の解釈により決せられることになる。 特許法においては,不適法な手続の却下処分につき,法18条の2第2項が,補正をすることのできない不適法な手続を却下しようとするときは,手続をした者に対し,その理由を通知し,相当の期間を指定して,弁明書を提出する機会を与えなければならないと規定している。同項は,商標法条約上の「官庁は,出願又は第10条から前条までの規定による申請に関し,却下し又は拒絶しようとすることについて合理的な期間内に意見を述べる機会を出願人又は申請人に与えることなく,その全部又は一部を却下し拒絶することができない。」(同条約14条)との規定に対応し,特許法においても,不適法な手続であってその補正をすることができないものについて却下する場合には,事前に意見陳述の機会を付与することとしたものである。すなわち,法18条の2第2項所定の理由の通知は,相手方に弁明書を提出する機会を与えるための手続として定められているものであるから,理由の記載の程度は,相手方の弁明を可能にするだけの内容が記載されていれば足りるものと解するのが相当である。 このように特許法は,法18条の2第2項において,却下処分に先立つ理由の通知について規定するものであるが,却下処分自体に付するべき理由については,そもそも却下処分に理由を付する必要があるかどうかを含めて何ら規定を置いていない。このような特許法全体の構造に照らせば,補正することのできない不適法な手続を却下するに当たって,却下処分自体に理由を付することは,特許法上要請されていないものと解するのが相当である。けだし,手続却下の処分は,ある申請行為が法の定める一定の手続に沿ってされるべきものである場合に,具体的な申請行為の手続が当該法定手続のうち本質的要件を備えていない場合にされるものであるから,法18条の2第2項に基づく事前の理由の通知を受けた出願人又は申請者(手続却下の処分の名宛人)にとっては,手続却下の処分が申請行為が特定の法定手続に違反していることを根拠としてされたものであることを,却下処分の際に改めてその理由を示されるまでもなく,自明のこととして理解することができるからである。 この点について,原告は,行政手続法1条の趣旨・目的に加えて,行政処分に理由の付記が必要とされる趣旨を考慮すると,手続却下の処分には,行政庁の結論の内容と当該結論に至った過程が処分の名宛人に明らかであるような程度の理由を付さなければならないと主張する。しかし,原告が根拠として挙げる行政手続法1条は同法の趣旨目的をうたった規定であり,同条1項に「行政運営における公正の確保と透明性」の定義として「行政上の意思決定について,その内容及び過程が国民にとって明らかであること」との文言が用いられているからといって,行政庁が具体的な行政処分をする場合に,個別の法律上の根拠を要することなく,常に理由を付すべきことが当然に導かれるものではない。したがって,原告の主張は理由がない。 (2) 本件処分における理由付記の程度 上記のとおり,補正することのできない不適法な手続を却下するに当たって,却下処分自体に理由を付することは,特許法上要請されていないものというべきであるから,本件処分に十分な理由が付されていないとしてその違法をいう原告の主張は,既に理由がないというべきであるが,念のため,本件処分に付された理由の内容及び程度についても,一応検討しておく。 本件において,被告が本件処分の際に原告に交付した「手続却下の処分」と題する書面には,「この出願について平成9年11月18日付け提出の手続補正書に係る手続は,平成10年5月8日付け却下理由通知書に記載した理由によって却下する。」と記載されていたものであるところ,同通知書(本件通知書)には,却下の理由として「登録後の差し出し。(注)本願は『平成8年6月27日』付で登録済である。」と記載されていた。 本件手続補正書の「補正対象項目名」が「先の出願に基づく優先権主張」であること(甲6により認められる。)からすれば,本件通知書における上記の記載が,本件手続補正書による国内優先権の主張が本件分割出願に係る特許権が設定登録された後にされたものであるために不適法であるという理由を示していることは,その記載自体から明らかである。そして,上記のような具体的な理由が記載されていれば,それが法41条4項に違反していることを示していることは明らかであり,少なくとも本件処分の名宛人である原告がこれを了知することは十分に可能であったというべきである。したがって,本件通知書における上記の記載は,相手方である原告の弁明を可能にするだけの内容のものということができ,法18条の2第2項所定の理由として十分なものと認められる。そして,本件処分は本件通知書記載の理由と同一の理由によりされたのであるから,本件通知書の記載を引用する形式で本件処分に付記された理由により,本件処分につき被告が出した結論の内容及び当該結論に至った過程が,原告にとって明らかであったというべきである。 (3) 小括 以上によれば,本件処分に十分な理由が付されていないとしてその違法をいう原告の主張は,失当である。 3 結論 したがって,本件処分は適法であり,原告主張のような違法性を有するということはできないから,原告の本訴請求は理由がない。 よって,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 三村量一 |
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裁判官 | 村越啓悦 |
裁判官 | 和久田道雄 |