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関連審決 審判1998-35104
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事件 平成 11年 (行ケ) 440号 審決取消請求事件
原告 マツダ株式会社
訴訟代理人弁護士 松尾和子
同 吉田和彦
同 渡辺光
同 弁理士 大塚文昭
同 西島孝喜
同 北村周彦
被告 ダイハツ工業株式会社
訴訟代理人弁理士 吉田稔
同 田中達也
同 福元義和
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/09/10
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成10年審判第35104号事件について平成11年10月29日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、名称を「4輪駆動可能な駆動装置」とする特許第1515263号発明(昭和56年1月29日出願、平成元年8月24日設定登録、以下、この特許を「本件特許」といい、この発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
被告は、平成10年3月12日、原告を被請求人として、本件特許につき無効審判の請求をし、平成10年審判第35104号事件として特許庁に係属したところ、原告は、同年7月14日に願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載を訂正する旨の訂正請求をした(以下、この訂正後の明細書(甲第18号証)を「本件明細書」という。)。
特許庁は、同審判請求につき審理した上、平成11年10月29日に「訂正を認める。特許第1515263号発明の特許を無効とする。」との審決をし、その謄本は同年12月1日、原告に送達された。
2 本件発明の要旨 横置きエンジンを車体の前方に配置してなる4輪駆動可能な駆動装置であって、左右ディファレンシャル出力シャフトを回転自在に軸受けしたディファレンシャルギアケースにディファレンシャル駆動ギアを設け、該エンジンの側部に配置されたトランスミッションの車体横方向に延びる出力軸に設けられたトランスミッション出力ギアに上記ディファレンシャル駆動ギアを噛み合わせ、かつ、上記ディファレンシャルギアケースに上記左右ディファレンシャル出力シャフトのうちの車体前後方向の中心軸線側のシャフトを回転自在に受ける筒部を車体横方向に延びるように設け、上記筒部には上記ディファレンシャル駆動ギアに対しこの筒部の突出方向に所定距離離間させてこのディファレンシャル駆動ギアと同軸上にこのディファレンシャル駆動ギアより小径の後輪駆動用ギアを設けるとともに、上記筒部と平行に車体後方に配置された後輪駆動用ギア軸に後輪駆動用ギアと噛み合う後輪駆動用中間ギアを配置し、上記後輪駆動用ギア軸と後輪駆動用プロペラ軸とをベベルギア機構により連結して後輪駆動系を構成し、この後輪駆動系にクラッチ機構を設けたことを特徴とする4輸駆動可能な駆動装置。
3 審決の理由 審決は、別添審決書写し記載のとおり、訂正請求につき、訂正事項は明りょうでない記載の釈明を目的にし、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲拡張し、又は変更するものではないから、訂正を認めるとした上、本件発明は、実願昭53-156062号(実開昭55-73422号)のマイクロフィルム(審判及び本訴とも甲第4号証、以下「引用例1」という。)の図面第1図に示された発明(以下「引用例発明」という。)及び実願昭53-166696号(実開昭55-83119号)のマイクロフィルム(審判及び本訴とも甲第3号証、以下「引用例2」という。)に記載された発明並びに横置きエンジンを車体の前方に配置して成る前輪駆動可能な駆動装置において、トランスミッションを当該エンジンの側部に配置する周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、同法123条1項2号に該当するとした。
原告主張の審決取消事由
審決の理由中、訂正請求に係る訂正を認めるとした判断、本件発明の要旨の認定、引用例1の記載及び図面第1図の開示事項を摘記した部分(審決書10頁19行目〜14頁2行目)並びに引用例2の記載及び図面第2図の開示事項を摘記した部分(同9頁16行目〜10頁18行目)の各認定、本件発明と引用例発明との相違点Aの認定は認める。
審決は、本件発明と引用例発明との一致点の認定を誤り(取消事由1)、さらに審決の認定した相違点@、Aについての判断を誤った(取消事由2、3)結果、本件発明が引用例発明及び引用例2に記載された発明並びに上記周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り) (1) 本件発明と引用例発明との対比についての審決の認定中、引用例発明の「ドライブシャフト」、「ディファレンシャルケース」、「ディファレンシャルドライブギア」、「ギア」、「ギアクラッチ、シフトホーク、シフトレール」が、それぞれ本件発明の「ディファレンシャル出力シャフト」、「ディファレンシャルギヤケース」、「ディファレンシャル駆動ギア」、「トランスミッション出力ギア」、「クラツチ機構」に相当するものであることは認める。
しかしながら、審決が、引用例発明の「管状部」、「リアドライブベベルギア」(リヤドライブベベルギヤ22)が、それぞれ本件発明の「筒部」、「後輪駆動用ギア」に相当するとし、これを前提として、本件発明と引用例発明とが「横置きエンジンを車体の前方に配置してなる4輸駆動可能な駆動装置であって、左右ディファレンシャル出力シャフトを回転自在に軸受けしたデャファレンシャルギアケース(注、「ディファレンシャルギアケース」の誤記と認める。)にディファレンシャル駆動ギアを設け、トランスミッションの車体横方向に延びる出力軸に設けられたトランスミッション出力ギアに上記ディファレンシャル駆動ギアを噛み合わせ、かつ、上記ディファレンシャルギアケースに上記左右ディファレンシャル出力シャフトのうちの車体前後方向の中心軸線側のシャフトを回転自在に受ける筒部を車体横方向に延びるように設け、上記筒部には上記ディファレンシャル駆動ギアに対しこの筒部の突出方向に所定距離離間させてこのディファレンシャル駆動ギアと同軸上にこのディファレンシャル駆動ギアより小径の後輪駆動用ギアを設けるとともに、後輪駆動系にクラッチ機構を設けた4輪駆動可能な駆動装置」(審決書22頁1行目〜18行目)である点で一致するとした認定は、下記の各点において誤っている。
(2) 「筒部」について ア 本件発明の要旨は「筒部」につき、「ディファレンシャルギアケースに上記左右ディファレンシャル出力シャフトのうちの車体前後方向の中心軸線側のシャフトを回転自在に受ける筒部を車体横方向に延びるように設け」と規定する。
イ 上記規定のとおり、本件発明の筒部は、ディファレンシャルギアケースから車体横方向に延びるものであり、ディファレンシャルギアケースと常時一体となって回転するものである。
これに対し、引用例発明には、「管状部」として、管状部13と管状部13′とが設けられているところ、リヤドライブベベルギヤ22が設けられているのは管状部13′であるから、審決が、本件発明の「筒部」に相当するとした引用例発明の「管状部」は管状部13′のことであると解されるが、管状部13′は、
ディファレンシャルケース(本件発明の「ディファレンシャルギアケース」に相当する。)と一体に形成した管状部13とは別体であり、管状部13に直列に、かつ、間隔を置いて設けられ、後輪駆動時にのみ、クラッチによって管状部13に接続されて回転し、動力伝達を受けるにすぎない。
ウ また、上記本件発明の要旨の規定するとおり、本件発明の筒部は、ディファレンシャルギアケースから車体横方向に延びるものであり、ディファレンシャル出力シャフトを回転自在に受けるもの、すなわち、筒部が、筐壁のような部材に頼ることなく出力シャフトを回転自在に支持するものである。
これに対し、引用例発明の管状部13′は、上記のとおり、ディファレンシャルケースとは別個に形成されたものであり、左右両端においてローラベアリング17、18を介して筐壁に支承されているから、管状部13′に通されるディファレンシャル出力シャフトを支持するのは管状部13′ではなく、筐壁である。
エ したがって、審決が、引用例発明の「管状部」が本件発明の「筒部」に相当するとした上、本件発明と引用例発明とが「ディファレンシャルギアケースに上記左右ディファレンシャル出力シャフトのうちの車体前後方向の中心軸線側のシャフトを回転自在に受ける筒部を車体横方向に延びるように設け」た点で一致するとした認定は誤りである。
(3) 「後輪駆動用ギア」について ア 本件発明の要旨は「後輪駆動用ギア」に関し、「上記筒部には・・・ディファレンシャル駆動ギアと同軸上にこのディファレンシャル駆動ギアより小径の後輪駆動用ギアを設けるとともに、上記筒部と平行に車体後方に配置された後輪駆動用ギア軸に後輪駆動用ギアと噛み合う後輪駆動用中間ギアを配置し」と規定する。
イ 上記規定のとおり、本件発明において筒部に設けられた後輪駆動用ギアは、ディファレンシャル駆動ギアより小径に形成されている。
これに対し、審決が本件発明の「後輪駆動用ギア」に相当するとした引用例発明の「リアドライブベベルギア」は、ディファレンシャルドライブギア(本件発明の「ディファレンシャル駆動ギア」に相当する。)よりも小径であるとは解し得ない。
審決は、この点につき、「甲第4号証(注、引用例1)の第1図には、
後輪駆動用ギヤの径が、ディファレンシャル駆動ギヤの径より小径であるものが明らかに開示されている」(審決書27頁18行目〜28頁1行目)とした。しかしながら、このような認定は、技術的教示としては参考となり得ない願書添付の図面の記載を根拠として、技術常識に反する事項を認定したものであって誤りである。
すなわち、4輪駆動車(4WD車)であると後輪駆動車(FR車)であるとを問わず、一般に、前部エンジンの動力を後輪に伝えるためのプロペラシャフトを有する場合には、適切な推進力(軸トルク)と回転数を得るために後輪のディファレンシャルは減速機構とする必要がある。このことは、昭和55年11月20日株式会社山海堂発行の「自動車工学全書9巻 動力伝達装置」(甲第15号証の1〜3)に、終減速装置において、終減速比の範囲が乗用車系で2〜5、トラック系で3.5〜7.5であることが記載されていることによっても明らかである。そして、後輪のディファレンシャルを減速機構とするためには、プロペラシャフトの回転を増速しておかなければならない。また、車体下部に配置されているプロペラシャフトの回転に伴う振動は乗り心地を悪くし、走行性に悪影響を与える可能性があるが、特に、プロペラシャフトの回転に伴う振動とエンジンの振動とが共振したときには、それが著しくなるため、自動車の運転の常用域(時速60km付近)における共振を防止するためにも、プロペラシャフトの回転を高回転にしておく必要がある。
そして、前後輪の径が同じであり、したがって、前後輪の回転数が同じである通常の自動車を想定し、直進する場合、すなわち、左右のドライブシャフトの回転数が同じである場合を前提とすると、引用例発明において、ディファレンシャルケースとともに回転する管状部13からギヤクラッチ14を経て管状部13′に伝達される回転動力の回転数は、前輪の左右ドライブシャフト11、12の回転数と同じはずである。そうすると、管状部13′から回転動力が伝達されるリヤアウトプットシャフト24(プロペラシャフト)を、後輪のディファレンシャルが減速機構となるように回転数を増加させるには、管状部13′からリヤアウトプットシャフト24への回転の伝達を増速機構としなければならず、そのためには、リヤドリブンベベルギヤ23に対してリヤドライブベベルギヤ22の径を大きくする必要があること、例えば、後輪のディファレンシャルにおける終減速比を2〜5とするには、リヤドライブベベルギヤ22の径をリヤドリブンベベルギヤ23の径の2〜5倍程度としなければならないことは、技術常識上明らかである。
引用例1(甲第4号証)の図面第1図に示されたリヤドライブベベルギヤ22とリヤドリブンベベルギヤ23の径は、上記のような自動車設計上の技術常識に反するものであるから、当業者が、リヤドライブベベルギヤ22とリヤドリブンベベルギヤ23の径につき、同図に示されたとおりのものと認識することはあり得ず、同図の記載を根拠として、前輪のディファレンシャルドライブギヤ2より小径のリヤドライブベベルギヤ22が引用例1に開示されているとすることは誤りである。
ウ また、上記本件発明の要旨の規定するとおり、本件発明において、後輪駆動用ギアの回転軸(筒部)と後輪駆動用中間ギアの回転軸(後輪駆動用ギア軸)とは平行であるところ、出力側の歯車の回転軸と動力を受ける側の歯車の回転軸とが平行であれば、両軸の間で動力伝達のために用いられる歯車が平歯車であることは技術常識である。本件明細書の図面第1、第2図(甲第2号証)にも、後輪駆動用ギアが平歯車であることが開示されている。本件発明の筒部と後輪駆動用プロペラ軸(プロペラシャフト)は直交しているから、回転軸の方向を変えるため、いずれかの段階でべベルギアを用いる必要があるが、本件発明の要旨は「後輪駆動用ギア軸と後輪駆動用プロペラ軸とをベベルギア機構により連結し」と規定しているから、その他の箇所でべベルギアを用いる必要はない。
これに対し、引用例発明のリヤドライブベベルギヤ22はべベルギアであるから、この点で本件発明の後輪駆動用ギアと相違することは明らかである。
エ したがって、審決が、引用例発明の「リアドライブベベルギア」が本件発明の「後輪駆動用ギア」に相当するとした上、本件発明と引用例発明とが「上記筒部には・・・ディファレンシャル駆動ギアと同軸上にこのディファレンシャル駆動ギアより小径の後輪駆動用ギアを設け」た点で一致するとした認定は誤りである。
(4) 「後輪駆動系」について 本件発明の要旨は「後輪駆動系にクラッチ機構を設けた」と規定するところ、後輪駆動系とは、本件発明の要旨において、「上記筒部と平行に車体後方に配置された後輪駆動用ギア軸に後輪駆動用ギアと噛み合う後輪駆動用中間ギアを配置し、上記後輪駆動用ギア軸と後輪駆動用プロペラ軸とをベベルギア機構により連結して後輪駆動系を構成し」と規定する部分、すなわち、後輪駆動用ギア軸に設けられた後輪駆動用中間ギア以降を指すものであり、筒部を含まない。
このことは、本件発明の要旨として認定された本件明細書(甲第18号証)の特許請求の範囲の記載上、「横置きエンジンを車体の前方に配置してなる4輪駆動可能な駆動装置であって、」よりも後の部分が、「かつ、」及び「とともに」の各表現によって区分されて、@「左右ディファレンシャル出力シャフトを回転自在に軸受けしたディファレンシャルギアケースにディファレンシャル駆動ギアを設け、該エンジンの側部に配置されたトランスミッションの車体横方向に延びる出力軸に設けられたトランスミッション出力ギアに上記ディファレンシャル駆動ギアを噛み合わせ、」の部分、A「かつ、上記ディファレンシャルギアケースに上記左右ディファレンシャル出力シャフトのうちの車体前後方向の中心軸線側のシャフトを回転自在に受ける筒部を車体横方向に延びるように設け、上記筒部には上記ディファレンシャル駆動ギアに対しこの筒部の突出方向に所定距離離間させてこのディファレンシャル駆動ギアと同軸上にこのディファレンシャル駆動ギアより小径の後輪駆動用ギアを設けるとともに、」の部分及びB「上記筒部と平行に車体後方に配置された後輪駆動用ギア軸に後輪駆動用ギアと噛み合う後輪駆動用中間ギアを配置し、上記後輪駆動用ギア軸と後輪駆動用プロペラ軸とをベベルギア機構により連結して後輪駆動系を構成し、この後輪駆動系にクラッチ機構を設けた」の部分に分かれるとするのが、日本語の読み方として適切であり、かつ、内容的にもそのように分けられるところ、後輪駆動に直接関係するのは、これらのうち、Bの構成であることからも明らかである。本件明細書の発明の詳細な説明(6頁10行目〜14行目)及び図面第1図(甲第2号証)にも、後輪駆動用ギア軸と後輪駆動用中間ギアの間にクラッチを設けることが記載されている。
審決は、この点につき、「本件特許明細書(注、本件明細書)の詳細な説明には、後輪駆動系について定義付けされておらず、後輪駆動系については、一般的に使用されている後輪駆動系という技術用語として解釈せざるを得ないところ、
一般に後輪駆動系とは、後輪の駆動に寄与する系であり、本件特許発明(注、本件発明)では、少なくとも筒部以降、すなわち、筒部、後輪駆動用ギア、後輪駆動用ギア軸、後輪駆動用中間ギア、ベベルギア機構、及び後輪駆動用プロペラ軸をいうものと解される」(審決書26頁10行目〜末行)とする。確かに、筒部は、後輪の駆動に対して一定の役割を担うが、それにとどまらず、本件発明の要旨の規定するように、「左右ディファレンシャル出力シャフトのうちの車体前後方向の中心軸線側のシャフトを回転自在に受ける」ものであり、本件明細書(甲第18号証)に記載されているとおり、それによって、左右前輪駆動のシャフトの長さの差を減少させる(5頁18行目〜22行目)ものであって、前輪の駆動に対しても不可欠の要素である。また、仮に、筒部にクラッチを設けたとすれば、筒部はディファレンシャルギアケースと切り離された別の構成となるが、そのような筒部を、本件発明の要旨の「ディファレンシャルギアケースに・・・筒部を車体横方向に延びるように設け」という規定で表現することはできない。したがって、審決の上記判断は誤りである。
そうすると、ディファレンシャルケース(本件発明の「ディファレンシャルギアケース」に相当する。)にクラッチを設けている引用例発明は、後輪駆動系にクラッチ機構を設けたものということはできないから、本件発明と引用例発明とが「後輪駆動系にクラッチ機構を設けた」点で一致するとした審決の認定は誤りである。
2 取消事由2(相違点@についての判断の誤り) (1) 審決は、本件発明と引用例発明との相違点@として認定した「トランスミッションの配置を、本件特許発明(注、本件発明)では、『該エンジンの側部に配置された』としたのに対し、甲第4号証に記載の発明(注、引用例発明)では、それについて記載するところがない点」(審決書22頁末行〜23頁3行目)につき、「横置きエンジンを車体の前方に配置してなる前輪駆動可能な駆動装置において、トランスミッションを該エンジンの側部に配置することは、周知の技術・・・であり、また本件特許明細書及び図面の記載からみて、本件特許発明においてトランスミッションを該エンジンの側部に配置した点に格別な作用、効果を奏するものではないから、相違点@は当業者が容易に為し得る程度のものである」(同23頁15行目〜24頁5行目)と判断した。
しかしながら、横置きエンジンを車体の前方に配置してなる前輪駆動可能な駆動装置においてトランスミッションを当該エンジンの側部に配置することが周知技術であることは認めるが、以下のとおり、4輪駆動可能な駆動装置である引用例発明に、前輪駆動可能な駆動装置における上記周知技術を適用することは容易ではなく、また、本件発明は、トランスミッションをエンジンの側部に配置する構成を採用することにより、格別の作用効果を奏するものであるから、審決の上記判断は誤りである。
(2) すなわち、4輪駆動車(4WD車)において、前部エンジンの動力を後輪に伝えるためのプロペラシャフトは、車両の前後方向に、ほぼ中心軸線に沿って下側に取り付けられるが、このプロペラシャフトを駆動するためのエンジンの動力はプロペラシャフトにできる限り近い位置から取り出すことが望ましく、離れた位置からしか取り出せない場合には、できる限りコンパクトで、かつ、動力ロスの少ない方法でプロペラシャフトに伝達することが求められる。
そして、引用例(甲第4号証)の図面第1図によれば、引用例発明においては、エンジン下側にトランスミッションを、トランスミッションの後方にディファレンシャルギアを配置してあることが明らかであるところ、そのような構成であれば、各機構を車両の中心付近に寄せることにより、プロペラシャフトに伝える動力を、車両の下側で、かつ、中心軸線付近から取り出すことは容易である。これに対し、横置きエンジンを車体の前方に配置し、トランスミッションを当該エンジンの側部に配置する構成においては、トランスミッションよりもエンジンの方が横長であり、かつ、トランスミッションがエンジンと同じ高さであるため、出力軸は、
車両の中心軸線よりトランスミッション側で、かつ、プロペラシャフトよりも上側にあることになり、したがって、出力をプロペラシャフトに伝えるために、左右方向及び上下方向に伝達させるための機構が必要となる。すなわち、引用例発明にトランスミッションをエンジンの側部に配置する構成を適用する場合には、プロペラシャフトに伝える後輪駆動用動力の出力位置が変化することに伴って、必然的に他の部分の構成も変えなくてはならないが、前輪駆動車(FF車)であれば、後輪駆動用動力を取り出してプロペラシャフトに伝える必要がないので、そのような構成の変更も必要としない。
また、引用例発明は、管状部がエンジンより下方、かつ、後方にあることから、管状部に設けられたリヤドライブベベルギヤ22とエンジンとが比較的離れており、リヤドライブベベルギヤ22の径の大きさにさほどの制約はないが、引用例発明にトランスミッションをエンジンの側部に配置する構成を適用する場合には、管状部がエンジンと同一平面上で比較的近接して位置することになって、管状部に設けられたリヤドライブベベルギヤ22が大径であるとエンジンと干渉することになるから、リヤドライブベベルギヤの径に制約が存することになる。前輪駆動車(FF車)であれば、リヤドライブベベルギヤが存在しないから、このような問題は生じない。
したがって、前輪駆動可能な駆動装置において、トランスミッションを横置きエンジンの側部に配置することが周知技術であるからといって、当該周知技術を直ちに4輪駆動可能な駆動装置である引用例発明に適用できるものではない。
(3) これに加え、トランスミッションをエンジン側部に配置することにより、
下部に配置した引用例発明の構成と比べ、エンジンスペースの上下方向の厚さを抑え、ボンネットを低くすることができるので、運転者の視認性が良くなるなどの効果が認められるのであり、トランスミッションをエンジンの側部に配置することで、下部に配置したのとは異なる格別の作用効果を奏する。
3 取消事由3(相違点Aについての判断の誤り) (1) 審決は、相違点Aとして認定した「後輪を駆動させるために、本件特許発明(注、本件発明)では、『筒部と平行に車体後方に配置された後輪駆動用ギア軸に後輪駆動用ギアと噛み合う後輪駆動用中間ギアを配置し、上記後輪駆動用ギア軸と後輪駆動用プロペラ軸とをベベルギア機構により連結して』との手段を採用しているのに対し、甲第4号証に記載の発明(注、引用例発明)では、そのような手段を採用していない点」(審決書23頁4行目〜11行目)につき、「甲第3号証(注、引用例2)に記載された発明には、後輪を駆動させるために、エンジンからの出力の一部を、後輪駆動用ギア軸に設けた後輪駆動用中間ギアに入力して、ディファレンシャル出力シャフトに平行に配設された後輪駆動用ギア軸を回転させ、後輪駆動用ギア軸と後輪駆動用プロペラ軸とを連結しているベベルギア機構により出力して、後輪駆動用プロペラ軸に伝達している4輸駆動装置における後輪への動力伝達手段が記載されている。しかも、4輪駆動装置において、後輪駆動用中間ギア軸を介して動力伝達することは、周知の技術(例えば、甲第3、7及び8号証参照)である。また、本件特許発明、甲第4号証に記載の発明及びに甲第3号証に記載の発明は、横置きフロントエンジン車における4輪駆動可能な駆動装置という同じ技術分野に属している。したがって、甲第4号証に記載の発明に甲第3号証に記載の発明、及び上記周知技術を適用して本件特許発明のように構成することは、当業者であれば容易に想到することができたものである。そして、本件特許発明の効果も甲第4号証に記載の発明、甲第3号証に記載の発明、及び上記周知技術から当業者であれば予測することができる程度のものであって、格別のものとはいえない」(同24頁16行目〜25頁末行)と判断した。
しかしながら、以下のとおり、審決の上記判断は誤りである。
(2) 審決は、「4輪駆動装置において、後輪駆動用中間ギア軸を介して動力伝達すること」が周知技術である根拠として、引用例2(審判及び本訴とも甲第3号証)、実願昭54-69454号(実開昭55-170129号)のマイクロフィルム(審判甲第7号証、本訴甲第5号証、以下「周知例1」という。)及び昭和55年11月4日富士重工業株式会社発行の「newサンバー4WDエンジン サービスマニアル」(審判甲第8号証、本訴甲第6号証、以下「周知例2」という。)を挙げるが、周知例1は引用例2と、周知例2は本件明細書(甲18号証)に従来技術として引用している特開昭56-79024号公報と、それぞれ実質的に同一の技術を開示したものであるから、引用例2、周知例1、2によって「4輪駆動装置において、後輪駆動用中間ギア軸を介して動力伝達すること」が周知技術であるとすることはできない。
被告は、特公昭51-19889号公報(乙第2号証)及び実公昭52-21534号公報(乙第3号証)を引用して、「4輪駆動装置において、後輪駆動用中間ギア軸を介して動力伝達すること」が周知技術であると主張するが、特公昭51-19889号公報に記載されたものは牽引用特殊車輌である「導路車輌用の2連駆動装置」に関する発明であり、また、実公昭52-21534号公報に記載されたものはトラクタに関する発明であって、いずれも、本件発明の課題や作用効果とは関係がなく、中間軸を用いて本件発明の課題を解決するための技術思想の開示又は示唆は全くない。
また、被告は、引用例1(甲第4号証)の図面第3図に示された中間軸(ミドルドライブシャフト33)を介在させる構成を根拠として、引用例発明(第1図の発明)においても必要に応じて中間ギア軸を設けることができることを示唆していると主張するが、引用例発明が中間軸を設ける構成を一切排除しているものと解されることは下記のとおりであるのみならず、上記第3図に示された中間軸は、ディファレンシャル出力シャフトに垂直であるから、仮に引用例発明と第3図の構成とを組み合せたとしても、ディファレンシャル出力シャフトに垂直な中間軸を有するものしか示唆されていないというべきである。
さらに、被告は、特開昭57-77230号公報(乙第4号証)、特開昭56-146425号公報(乙第5号証)及び実開昭56-62225号公報(乙第6号証)の第2図を引用するが、これらは、本件特許出願前に頒布された刊行物ではないから、本件特許出願当時の周知性を示す根拠となり得ない。
(3) また、引用例1(甲第4号証)には、図面第1図に示された発明(引用例発明)につき、「本考案装置によればデイフアレンシヤルケース1の回転を・・・プロペラシヤフト側に伝達する第1および第2の傘歯車、クラツチ部など一連の部材を同一機筐内に収納できるように取りまとめ一体的に構成できるので、レイアウト上、強度上極めて有利であるなどの効果がある」(11頁2行目〜9行目)との記載があるところ、中間軸(後輪駆動用ギア軸)を設ける構成を採用した場合には、上記効果を得ることができなくなるから、引用例発明は中間軸を設ける構成を一切排除しているものと解され、したがって、引用例発明に引用例2記載の構成を組み合せることは容易ではない。
のみならず、引用例2記載の発明は、ディファレンシャル出力シャフトに平行に配設された後輪駆動用ギア軸から、ベベルギア機構により後輪駆動用プロペラ軸に動力を伝達するものであるが、後輪駆動用ギア軸に設けられた後輪駆動用中間ギアにはディファレンシャル駆動ギアから直接動力が入力されて、後輪駆動用ギア軸を回転させる構造となっており、このような引用例2に開示された構成を、ディファレンシャル駆動ギアからではなく、ディファレンシャル出力シャフト(ドライブシャフト)と同軸の管状部13′からベベルギア機構により後輪駆動用プロペラ軸に後輪用動力を伝達する引用例発明と組み合せたとしても、筒部と平行に(ディファレンシャル出力シャフトに平行に)配設された後輪駆動用ギア軸を有し、かつ、後輪駆動用ギア軸を回転させる動力を、ディファレンシャル駆動ギアから直接得るのではない本件発明の構成を想到することは不可能である。
(4) さらに、本件発明は、トランスミッションをエンジン側部に配置することでボンネットを低くして運転者の視認性を高め、駆動装置をコンパクトに構成し、
かつ、レイアウトに自由度を持たせることで車室内のスペースを広く確保し、左右前輪駆動シャフトの長さの差を少なくして走行性を向上させ、ベベルギアと中空部材を用いることによってベベルギアやクラッチの耐久性、操作性が低下することを可及的に防止するとの各効果を併存させる点に、従来技術にない格別な点が認められる。
被告の反論
審決の認定及び判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について (1) 「筒部」について 本件明細書(甲第18号証)には、本件発明において筒部を設け、かつ、
筒部にディファレンシャル駆動ギアより小径の後輪駆動用ギアを設けることの技術的意義につき、第1に「前記筒部及びこれに嵌合するデイフアレンシヤル出力シヤフトを横方向に、なるべくは車体前後方向の中心軸線を越えて適宜延長することにより左右前輪駆動シヤフトの長さの差を減少させる」(5頁18行目〜22行目)ことが、第2に「後輪駆動用ギア軸及びベベルギア機構をフロントデイフアレンシヤルに対して車体前後方向に関して重複して配置することができるため、これら装置全体をエンジンルーム内にコンパクトに収容」(同頁13行目〜17行目)することが記載されている。
上記第1の技術的意義に関し、本件発明の筒部の先端はローラベアリングを介して筐壁に対し回転可能に支持されており、この筒部内にディファレンシャル出力シャフトが回転可能に嵌合しているから、ディファレンシャル出力シャフトの先端が上記ローラベアリングを介して実質的に筐壁に支持されており、このことによって、左右前輪駆動シャフトの長さの差を減少させることができるものである。
これに対し、引用例発明においては、ディファレンシャルケースと一体に管状部13が形成され、この管状部13と直列に、間隔をおいて管状部13′が別個に設けられているが、管状部13′はローラベアリングを介して筐体に対し回転可能に支持されており、しかも、ディファレンシャル出力シャフトは管状部13、13′を貫通して延長され、その先端は上記ローラベアリングを介して実質的に筐壁に支持されているから、管状部13、13′は別体であるが、全体として、延長されたディファレンシャル出力シャフトを嵌合支持しており、このことによって、上記第1の技術的意義と同等の技術的意義を達成することができる。
また、引用例発明において、管状部13′にディファレンシャル駆動ギアよりも小径の後輪駆動用ギアを設けることにより、上記第2の技術的意義を達成し得ることも明らかである。
審決は、引用例発明における管状部13、13′を区別することなく、これらを全体として本件発明の筒部に相当するものとした上、本件発明と引用例発明とが「ディファレンシャルギアケースに上記左右ディファレンシャル出力シャフトのうちの車体前後方向の中心軸線側のシャフトを回転自在に受ける筒部を車体横方向に延びるように設け」た点で一致すると認定したものであり、この認定に誤りはない。
(2) 「後輪駆動用ギア」について ア 原告は、一般に、前部エンジンの動力を後輪に伝えるためのプロペラシャフトを有する場合には、適切な推進力(軸トルク)と回転数を得るために、プロペラシャフトの回転を増速して後輪のディファレンシャルを乗用車系で終減速比2〜5とする減速機構にする必要があるから、引用例発明において、リヤドライブベベルギヤ22の径をリヤドリブンベベルギヤ23の径の2〜5倍程度としなければならないことは技術常識であると主張する。
しかしながら、本件発明と同様、引用例発明もクラッチ機構を切った状態で前輪駆動車(FF車)として機能するものであるから、終減速比はトランスミッションの出力ギア3と、これに噛み合うディファレンシャルドライブギヤ2とで達成されているはずである。そして、この種の4輪駆動装置において、後輪駆動系は、リヤディファレンシャルの回転数がフロントディファレンシャルの回転数とほぼ同じとなるように構成すればよいのであって、プロペラシャフトの回転数を、例えばトランスミッションの出力ギアの回転数と同程度に増速する必要はない。ギア効率による多少の低下を考えなければ、フロントディファレンシャルを介して筒部に伝達される軸トルクとリヤディファレンシャルに伝達される軸トルクは同じである。したがって、後輪において「適切な推進力(軸トルク)と回転数を得るため」にプロペラシャフトの回転を増速しなければならないという原告の主張は誤りである。
引用例1(甲第4号証)において、引用例発明(図面第1図の発明)の構成は、図面上の各ギアの径から見て、プロペラシャフトヘの動力伝達が減速機構であるが、図面第2図の発明の構成は、図面上の各ギアの径から見て、プロペラシャフトヘの動力伝達が増速機構となっている。そして、図面第3図の発明の構成は、第2図の発明の構成に中間ギア軸を介装することにより、第2図の発明の構成に比較して減速したものであるが、引用例1には、この発明につき、「本実施例はリヤアウトプットシャフト24の他に中間軸であるミドルドライブシャフト33を設けることによってプロペラシャフトの回転数の増減速自由度を得る」(14頁7行目〜10行目)と記載されている。すなわち、プロペラシャフトをどれだけ増速するか、あるいは減速するかは、プロペラシャフトの強度等を考慮して適宜決定すればよい事項であり、プロペラシャフトの回転を増速するために、リヤドライブベベルギヤ22の径をリヤドリブンベベルギヤ23の径の2〜5倍程度としなければならないことはない。
仮に、プロペラシャフトヘの動力伝達を増速機構とする必要があるとしても、必ずしもリヤドライブベベルギヤ22を前輪のディファレンシャル駆動用ギヤ2より大径としなければならないわけではない。すなわち、平成2年8月トヨタ自動車株式会社発行の「TOYOTA STARLET 新型車解説書」(乙第1号証)5-2頁、
5-5頁、5-6頁等に示されているように、プロペラシャフトヘの動力伝達を増速によって行う場合であっても、リヤドリブンベベルギヤ23を小径とすることにより、リヤドライブベベルギヤ22の径をディファレンシャル駆動ギアの径より小さくすることもできるのである。
イ また、原告は、本件発明の後輪駆動用ギアが平歯車である点で、引用例発明のリヤドライブベベルギヤ22と相違する旨主張する。
しかしながら、審決は、本件発明と引用例発明とが、筒部の回転を最終的にプロペラ軸に伝達するようにして後輪駆動系を構成している点を一致点と認定するものであるところ、筒部の軸線方向とプロペラ軸の軸線方向とは互いに直交しているから、本件発明にせよ、引用例発明にせよ、筒部からプロペラ軸に至る後輪駆動系のどこかにべベルギア伝達機構が設けられるのは技術常識である。そして、
本件発明では、輪駆動用中間ギア及び後輪駆動用ギア軸を介してプロペラ軸に動力を伝達するため、後輪駆動用ギア軸にベベルギアを設けるのに対し、引用例発明では、筒部の回転を直接的にプロペラ軸に伝達するために、筒部にリヤドライブベベルギヤ22を設けるものであるが、その相違については、審決は、別途相違点Aとして認定している。そのことからすると、本件発明の後輪駆動用ギアが平歯車であり、引用例発明の後輪駆動用ギア(リヤドライブベベルギヤ22)がベベルギアであることは当然であり、これを殊更相違点として取り上げる必要はない。
(3) 「後輪駆動系」について ア 原告は、本件発明の要旨において、「後輪駆動系」が後輪駆動用中間ギア以降を指すものであって、筒部を含まないから、本件発明と引用例発明とが「後輪駆動系にクラッチ機構を設けた」点で一致するとした審決の認定が誤りである旨主張する。
しかしながら、審決の説示(審決書26頁10行目〜15行目)のとおり、技術用語としての「後輪駆動系」は、後輪の駆動に寄与する系を意味するものであり、後輪の駆動に寄与するとは、後輪を駆動するための回転動力が伝達されることをいうものである。
そして、本件発明において、後輪を駆動するための回転動力が伝達される系は、筒部、後輪駆動用ギア、後輪駆動用ギア軸、後輪駆動用中間ギア、べベルギア機構及び後輪駆動用プロペラ軸からなる系であることが明らかであり、「後輪駆動用ギア」と命名されたギアが設けられている筒部を本件発明においてのみ特に後輪駆動系から除外しなければならない理由はない。
また、筒部は、その内部に通挿された前輪を駆動するためのディファレンシャル出力シャフトを回転自在に受けるにすぎず(ただし、上記のとおり、実質的には筐壁が受けるものである。)、前輪を駆動するための回転動力を伝達する部材ではない。
そして、本件発明の要旨は、上記「後輪駆動系」のどこかにクラッチ機構を設けることを規定しているにすぎず、クラッチ機構を設けるための具体的な構成はなんら規定されていないのであるから、上記のとおり、本件発明の筒部と同じ役割を果たす引用例発明の管状部13、13′が全体として筒部と同等のものであることを前提として、本件発明と引用例発明とが「後輪駆動系にクラッチ機構を設けた」点で一致するとした審決の認定に誤りはない。
イ 仮に、本件発明においては、筒部が「後輪駆動系」に含まれないものとしても、引用例発明においては、管状部13、13′が後輪駆動系に属することが明らかである。
すなわち、引用例1、2等にみられるとおり、車体の前方にエンジンを配置して成る4輪駆動可能な駆動装置において、後輪駆動系のどこかに2輪駆動と4輪駆動とを切り換えるクラッチを設けることは技術常識であるところ、引用例発明の構成において、管状部13、13′間に設けられたクラッチは、前輪駆動状態と4輸駆動状態とを切り換えるためのものであるから、引用例発明において管状部13、13′が後輪駆動系に属することは明白である。
したがって、本件発明と引用例発明とが「後輪駆動系にクラッチ機構を設けた」点で一致するとした審決の認定には、いずれにせよ誤りがない。
2 取消事由2(相違点@についての判断の誤り)について (1) 原告は、前輪駆動可能な駆動装置におけるトランスミッションを当該エンジンの側部に配置する周知技術を引用例発明に適用することが容易ではないとする根拠として、引用例発明が、プロペラシャフトを駆動するためのエンジンの動力を車両の中心軸線付近から取り出す構成であるかのように主張した上、横置きエンジンを車体の前方に配置し、トランスミッションを当該エンジンの側部に配置する構成においては、トランスミッションよりもエンジンの方が横長であるから、出力軸は、車両の中心軸線よりトランスミッション側となり、引用例発明にトランスミッションをエンジンの側部に配置する構成を適用する場合には、プロペラシャフトに伝える後輪駆動用動力の出力位置が変化する旨主張する。
しかしながら、引用例1(甲第4号証)の図面第1図には、引用例発明において、エンジンの出力位置を示すトランスミッション出力ギア3が車体前後方向の中心軸線Cから横方向に離れている点が明瞭に開示されており、引用例発明は、
トランスミッションの出力軸が車両の中心軸線から離れている点では本件発明と一致するのである。
引用例1の図面第1図(引用例発明)のほか、引用例1の図面第3図、引用例2(甲第3号証)の図面第2図、周知例1(甲第5号証)、特公昭48-20365号公報(甲第8号証)にトランスミッションの出力軸が車両の中心軸線から離れている構成が示されているとおり、4WD車だからといって、トランスミッション出力ギアがすべて車体中心軸線付近にあると限られるものではないし、また、
2気筒エンジンのようにそれほど横長ではないエンジンにおいては、トランスミッションをエンジンの側部に配置する構成を採用したからといって、必ずしも、トランスミッション出力ギアの位置が車両の中心軸線よりトランスミッション側に大きく寄るものでもない。
そして、エンジンからの動力をどの位置から出力しようとも、この動力をギア等(たとえば中間ギア軸)を介してプロペラシャフトまで導くことは可能である。
相違点@に係る本件発明と引用例発明との間のトランスミッションの配置に関する相違点は、実質的には「トランスミッション出力ギアが車体前後方向の中心軸線に対して離れて配置されている場合において、トランスミッションが全体としてエンジンの下方に配置されているか、側部に配置されているか」ということにすぎないが、この点の相違は、当業者が適宜変更し得る事項にすぎないというべきである。
また、原告は、引用例発明にトランスミッションをエンジンの側部に配置する構成を適用する場合には、管状部がエンジンと同一平面上で比較的近接して位置することになるから、管状部に設けられたリヤドライブベベルギヤ22が大径であるとエンジンと干渉することになるとも主張するが、上記1の(2)のアのとおり、
引用例発明において、リヤドライブベベルギヤ22が大径である必要はなく、これが大径でなければならないことを前提とする上記主張は誤りである。
(2) 原告は、本件発明が、トランスミッションをエンジン側部に配置することにより、下部に配置した引用例発明の構成と比べ、エンジンスペースの上下方向の厚さを抑え、ボンネットを低くすることができるので、運転者の視認性が良くなるなどの効果が認められると主張する。
しかしながら、本件発明の要旨には、本件発明がボンネットを有する自動車における4輪駆動可能な駆動装置である旨の限定はないから、上記主張は誤りである。
上記(1)のとおり、「トランスミッションが全体としてエンジンの下方に配置されているか、側部に配置されているか」という点は、当業者が適宜変更し得る事項にすぎず、その効果も予測可能な範囲内のものであって、格別なものではない。
(3) したがって、審決の相違点@についての判断に誤りはない。
3 取消事由3(相違点Aについての判断の誤り)について (1) 「4輪駆動装置において、後輪駆動用中間ギア軸を介して動力伝達すること」が周知技術であることは、審決が引用する引用例2、周知例1、2によっても明らかであるが、審決が引用するほかに、特公昭51-19889号公報(乙第2号証)に、駆動力を前方のディファレンシャルに入力するに際し、1本の中間ギア軸を介してディファレンシャルを駆動する構成(図1)と、2本の中間ギア軸を介してディファレンシャルを駆動する構成(図9)とが併せ示されており、さらに、
実公昭52-21534号公報(乙第3号証)には、後輪デフ装置8を直接駆動する最終減速軸12の回転をプロペラシャフト9に伝達するに際し、複数の中間ギア軸20を介在させ、最終減速軸12とプロペラシャフトとの間に所定の変位量を得る構成が開示されている。これらの中間ギア軸を介して動力を伝達することの技術的意義は、本件発明の中間ギア軸の技術的意義と同じく、プロペラシャフトの位置調整、プロペラシャフトの増減速である。また、引用例1(甲第4号証)には、図面第1図(引用例発明)及び第2図の中間ギア軸を介在させない構成と、第3図のディファレンシャル出力シャフトに垂直な中間ギア軸(ミドルドライブシャフト33)を介在させる構成とが併せ示された上、第3図の構成につき「プロペラシャフトの回転数の増減速自由度を得るとゝもにプロペラシャフトを出来るだけ車体中心に近付けるようにした」(14頁9行目〜11行目)との記載があるところ、この記載は、引用例発明においても、必要に応じてディファレンシャル出力シャフトに垂直であれ、平行であれ、中間ギア軸を設けることができることを示唆しているものというべきである。加えて、いずれも本件特許出願後の公開に係るものではあるが、本件特許出願前の出願に係る特開昭57-77230号公報(乙第4号証)、
特開昭56-146425号公報(乙第5号証)及び実開昭56-62225号公報(乙第6号証)の図面第2図には、それぞれ四輪駆動車においてディファレンシャル出力軸に平行に中間ギア軸を配置する構成が示されているところ、当該構成は、これらの発明における特徴的部分とされているものではないから、本件特許出願当時、四輪駆動装置において、中間ギア軸を介してプロペラシャフトに動力を伝達することは既に技術水準であったものというべきである。
したがって、それが周知技術ではないとする原告の主張は誤りである。
(2) 原告は、引用例1(甲第4号証)の「本考案装置によればデイフアレンシヤルケース1の回転を・・・プロペラシヤフト側に伝達する第1および第2の傘歯車、クラツチ部など一連の部材を同一機筐内に収納できるように取りまとめ一体的に構成できるので、レイアウト上、強度上極めて有利であるなどの効果がある」(11頁2行目〜9行目)との記載を根拠に、中間軸を設ける構成を採用した場合には、上記効果を得ることができなくなるから、引用例発明は中間軸を設ける構成を一切排除していると主張するが、上記記載は、管状部13、13′にクラッチ部を設けた第1図の構成そのものについての客観的効果を述べているにすぎない。動力伝達系を収容すべき機筐の構造は、動力伝達系をどのように構成するかにより、
必要に応じて適宜選択し得る事項というべきであるから、引用例1の上記記載が、
引用例発明の構成に、中間ギア軸を介して動力を伝達する構成を付加することを妨げるものとはいえない。
(3) 原告は、本件発明につき従来技術にない格別な点が認められると主張するが、トランスミッションをエンジン側部に配置することの効果については、上記2の(2)のとおりであり、その余の効果も当然に予測されるものにすぎない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について (1) 本件発明の技術的意義 本件明細書(甲第18号証)には、従来技術に関し、「上記・・・4輪駆動の技術を横置きエンジンの側部にミツシヨンが配置された通常のフロントエンジン車に適用する場合、横置きフロントエンジン・フロントドライブ車の個有(注、
「固有」の誤記と認める。)の欠点として、一般にトランスミツシヨン出力ギアが車体前後方向の中心軸線から横方向に相当離れて配置され、前輪駆動用デイフアレンシヤル駆動ギアもトランスミツシヨン出力ギアに対応して車体前後方向の中心軸線から離れて配置されるため、これら構成部が大型化し、また左右の前輪駆動用ドライブシヤフトの長さの差が大きくなる。従つて、このドライブシヤフトの長さの差に起因して、加速時に長い方のドライブシヤフト側にハンドルを取られる傾向があり、またい(注、「また」の誤記と認める。)ドライブシヤフトは高速運転時に振動を生ずるという問題がある」(2頁14行目〜3頁2行目)との記載があり、
また、本件発明について、「本発明は、以上従来の諸技術課題に鑑み、4輪駆動可能な横置きフロントエンジン車の駆動装置において、後輪駆動用ギア軸及びべベルギア機構の車体後方への突出量を小さくして当該構成部を小型化し、かつ前輪駆動用ドライブシヤフトの左右の長さの差を減少させることにより、上述の問題を解決することを目的とする」(4頁11行目〜17行目)、「本発明によれば、後輪駆動用ギア軸及びべベルギア機構をフロントデイフアレンシヤルに対して車体前後方向に関して重複して配置することができるため、これら装置全体をエンジンルーム内にコンパト(注、「コンパクト」の誤記と認める。)に収容し、車室スペースを小さくせず、また、前記筒部及びこれに嵌合するデイフアレンシヤル出力シヤフトを横方向に、なるべくは車体前後方向の中心軸線を越えて適宜延長することにより左右前輪駆動シヤフトの長さの差を減少させることができる」(5頁13行目〜22行目)、「本発明は以上のように構成されるから、後輪駆動用ギア軸及びべベルギア機構をフロントデイフアレンシヤルに対して車体前後方向に関して重複して配置することができるため、これら装置全体をエンジンルーム内にコンパクトに収容し、車室スペースを小さくすることがない。また、従来の駆動装置に比較してデイフアレンシヤル出力シヤフト8の両端に連結される左右前輪駆動用シヤフト12,14の長さの差が小さく、それぞれが平均化されて短いため、加速時に長い方の前輪駆動シヤフト側にハンドルを取られる傾向が少なく、またドライブシヤフトが高速運転時に振動することも少ない効果を有する」(7頁24行目〜8頁7行目)との各記載がある。
これらの記載によれば、本件発明は、横置きエンジンを車体の前方に配置して成る4輪駆動可能な駆動装置において、トランスミッションの出力ギア及びこれに対応して前輪駆動用ディファレンシャル駆動ギアが車体前後方向の中心軸線から横方向に相当程度離れて配置されることにより、これらの構成部が大型化すること及び左右の前輪駆動用ドライブシャフトの長さの差が大きくなって、加速時に長い方の前輪駆動シヤフト側にハンドルを取られたり、高速運転時にドライブシャフトに振動が生じたりする欠点を改善することを技術課題とし、本件発明の要旨に規定された構成を採用した結果、@後輪駆動用ギア軸及びべベルギア機構をフロントディファレンシャルに対し、車体前後方向に関して重複して配置することにより、
これら装置全体をエンジンルーム内にコンパクトに収容できる、A筒部により、ディファレンシャル出力シャフトを横方向になるべく車体前後方向の中心軸線を越えて適宜延長することにより、左右前輪駆動シャフトの長さの差を減少させて、加速時にハンドルを取られたり、高速運転時に振動したりすることを少なくできるとの作用効果を奏するものであることが認められる。
(2) 「後輪駆動用ギア」について 本件発明の要旨の「筒部には・・・ディファレンシャル駆動ギアと同軸上に・・・後輪駆動用ギアを設けるとともに、上記筒部と平行に車体後方に配置された後輪駆動用ギア軸に後輪駆動用ギアと噛み合う後輪駆動用中間ギアを配置し、上記後輪駆動用ギア軸と後輪駆動用プロペラ軸とをベベルギア機構により連結して」との規定に照らし、本件発明は、筒部と後輪駆動用ギア軸との間で動力の伝達をするために、筒部に後輪駆動用ギアを、後輪駆動用ギア軸には上記後輪駆動用ギアと噛み合う後輪駆動用中間ギアをそれぞれ設けていること、さらに、これらのギアとは別に、上記後輪駆動用ギア軸に、後輪駆動用プロペラ軸と連結し、動力を伝達するためのベベルギア機構を設けていることが認められる。また、上記本件発明の要旨には、本件発明の筒部と後輪駆動用ギア軸とが平行に構成されることが規定されているから、筒部に設けられた後輪駆動用ギアと、後輪駆動用ギア軸に設けられた後輪駆動用中間ギアとがともに平歯車であることは、技術常識からみて明らかである。そして、本件発明においては、これらの構成が他の構成と相まって上記(1)の@の作用効果を奏するものであることが認められる。
他方、引用例1に、第1図の発明(引用例発明)につき、「ディファレンシャルケース1の左側部には該ディファレンシャルケースと一体に形成され左方に突出している管状部13が設けられており、該管状部にドライブシャフト12の右端部が挿通されている。該ドライブシャフトの左端部は管状部13と別個に形成され間隔をおいて直列に設けられている管状部13′に挿通されている。両管状部13,13′の間には該管状部を互に接続または、離脱させるギヤクラッチ14が介装されている」(審決書12頁4行目〜13行目)、「管状部13′の右端部にリテーナ21により押され嵌着されているリヤドライブベベルギヤ22に噛合しているリヤドリブンベベルギヤ23は、前記ドライブシャフト12と直交する前後方向に沿って後方に延長しているリヤアウトプットシャフト24の前端に一体に形成されている。・・・該リヤアウトプットシャフトは下端に取付けられたフランジ26および図示されていないユニバーサルジョイントを介して後方に向って延長しているプロペラシャフトに接続されている」(同13頁7行目〜18行目)との各記載があることは当事者間に争いがない。
これらの記載と引用例1(甲第4号証)の図面第1図とによれば、引用例発明においては、ディファレンシャルケースと一体に形成され左方(前後方向の中心軸線側)に突出している管状部13と、それとは別個に形成され、間隔をおいて直列に設けられている管状部13′との間に、両管状部の接続、切離しをするクラッチ機構が介装されていること、管状部13′にはリヤドライブベベルギヤ22が設けられ、リヤアウトプットシャフト24の前端に設けられたリヤドリブンベベルギヤ23がこれと噛み合っていること、なお、リヤアウトプットシャフト24はプロペラシャフトに連結されるものであるから、リヤドライブベベルギヤ22に、リヤアウトプットシャフト24の前端に設けられたリヤドリブンベベルギヤ23が噛み合っていることは、リヤドライブベベルギヤ22が、ベベルギア機構によりプロペラシャフトと連結されていることと実質的に差異がないことが認められる。
ところで、審決は、引用例発明のリヤドライブベベルギヤ22が、本件発明の後輪駆動用ギアに相当すると認定したが、この認定は、以下のとおり誤りというべきである。
すなわち、引用例発明のリヤドライブベベルギヤ22と本件発明の後輪駆動用ギアの作用についてみるに、両者は、回転動力を後輪駆動用に後方に伝達するための出力側のギアである点では共通しているが、他方、引用例発明のリヤドライブベベルギヤ22は、上記のとおり、実質的にプロペラシャフトと連結されているものであり、ベベルギア機構により、回転軸を車体左右方向とする回転動力を、回転軸を車体前後方向とする回転動力に変えてプロペラシャフトに伝達するものであるのに対し、本件発明の後輪駆動用ギアは、回転動力をプロペラシャフトの前段階である後輪駆動用ギア軸に伝達するものにすぎず、しかも、単なる平歯車であって、伝達される回転動力の回転軸の方向は車体左右方向のまま変わらないという差異が存在する。そして、回転動力を後輪駆動用に後方に伝達するための出力側のギアであって、プロペラシャフトと連結され、ベベルギア機構により、回転軸を車体左右方向とする回転動力を、回転軸を車体前後方向とする回転動力に変えてプロペラシャフトに伝達するという、引用例発明のリヤドライブベベルギヤ22に係る上記の作用を奏する構成要素を本件発明について求めれば、本件発明の要旨の「後輪駆動用ギア軸と後輪駆動用プロペラ軸とをベベルギア機構により連結して」との規定に係るベベルギア機構の出力側ギア(本件明細書の図面第1図(甲第2号証)における「後輪駆動用第1ベベルギア26」)がこれに当たることは明らかである。
すなわち、後輪駆動用の動力を伝達する構成において中心的な機能を果たす構成要素はプロペラシャフトであるというべきところ、このようなプロペラシャフトを基準として見た場合に、引用例発明のリヤドライブベベルギヤ22は本件発明の上記ベベルギア機構の出力側ギア(第1図の後輪駆動用第1ベベルギア26)に相当するものであると認めることができるから、引用例発明のリヤドライブベベルギヤ22が、本件発明の後輪駆動用ギアに相当するとした審決の認定は誤りであるといわざるを得ない。
なお、そうであれば、引用例発明のリヤドライブベベルギヤ22がディファレンシャルドライブギヤ2より小径であるとの理由で、本件発明の要旨の「ディファレンシャル駆動ギアより小径の後輪駆動用ギア」との規定に係る構成を引用例発明が備えるとすることは、実際にリヤドライブベベルギヤ22がディファレンシャルドライブギヤ2より小径であると否とにかかわらず、誤りであることが明らかである。
したがって、審決が、引用例発明の「リアドライブベベルギア」(リヤドライブベベルギヤ22)が本件発明の「後輪駆動用ギア」に相当すると認定したことは誤りであり、これを前提として本件発明と引用例発明とが「上記筒部には・・・ディファレンシャル駆動ギアと同軸上にこのディファレンシャル駆動ギアより小径の後輪駆動用ギアを設け」た点で一致するとした認定も誤りである。
(3) 「筒部」について 本件発明の要旨の「ディファレンシャルギアケースに上記左右ディファレンシャル出力シャフトのうちの車体前後方向の中心軸線側のシャフトを回転自在に受ける筒部を車体横方向に延びるように設け、上記筒部には・・・ディファレンシャル駆動ギアと同軸上に・・・後輪駆動用ギアを設ける」との規定に照らし、本件発明は、ディファレンシャルギアケースを車体前後方向の中心軸線側に延長した筒部を設け、その内部に中心軸線側のディファレンシャル出力シャフトを通挿し、これを回転自在に受けるとともに、筒部に上記後輪駆動用ギアを設けるものであることが認められる。そして、本件発明において、筒部に設けた後輪駆動用ギアの構成により、他の構成と相まって上記(1)の@の作用効果を奏するものであることは、上記(2)のとおりであり、また、中心軸線側に延長した筒部の内部にディファレンシャル出力シャフトを通挿し、これを回転自在に受けることとした構成により上記(1)のAの作用効果を奏するものであることが認められる。
他方、引用例発明において、ディファレンシャルケースと一体に形成され左方(前後方向の中心軸線側)に突出している管状部13と、それとは別個に形成され、間隔をおいて直列に設けられている管状部13′との間に、両管状部の接続、切離しをするクラッチ機構が介装されていること、管状部13′にはリヤドライブベベルギヤ22が設けられていることは、上記(2)のとおりである。
ところで、審決は、引用例発明の管状部が本件発明の筒部に相当すると認定し、被告は、管状部13、13′は別体であるが、全体として、延長されたディファレンシャル出力シャフトを嵌合支持し、また、管状部13′にディファレンシャル駆動ギアよりも小径の後輪駆動用ギア(リヤドライブベベルギヤ22)を設けており、このことによって、本件発明の技術的意義(上記(1)の@、Aの作用効果)と同等の技術的意義を達成することができるから、審決が、引用例発明における管状部13、13′を区別することなく、これらを全体として本件発明の筒部に相当すると認定したことに誤りはないと主張する。
しかしながら、引用例発明において管状部13′に設けられるリヤドライブベベルギヤ22が、本件発明の筒部に設けられる後輪駆動用ギアに相当するといえないことは、上記(2)のとおりである。また、引用例発明は、別体の管状部13、
13′の間にクラッチ機構が介装されるのに対し、後記のとおり、本件発明における筒部は後輪駆動系に含まれず、したがって、本件発明は、筒部にクラッチ機構が設けられることがないから、管状部13、13′を全体として考えたとしても、これが本件発明の筒部に相当するものといえないことは明らかである。
そして、上記のとおり、引用例発明において、管状部13、13′の間にはクラッチ機構が介装され、管状部13′にはリヤドライブベベルギヤ22が設けられるから、これらによって制約されるために、引用例発明は、管状部13、13′の長さを自由に設定変更し得るものではないと解され、そうであれば、筒部により、ディファレンシャル出力シャフトを横方向になるべく車体前後方向の中心軸線を越えて適宜延長することにより、左右前輪駆動シャフトの長さの差を減少させて、加速時にハンドルを取られたり、高速運転時に振動したりすることを少なくできるとの、上記(1)のAの作用効果を奏するものであるかどうか、にわかに断定することができないから、管状部13、13′が、本件発明の筒部と同等の技術的意義を有するということもできない。
したがって、審決が、引用例発明の「管状部」が本件発明の「筒部」に相当すると認定したことは誤りであり、これを前提として、本件発明と引用例発明とが「ディファレンシャルギアケースに上記左右ディファレンシャル出力シャフトのうちの車体前後方向の中心軸線側のシャフトを回転自在に受ける筒部を車体横方向に延びるように設け」た点で一致するとした認定も誤りである。
(4) 「後輪駆動系」について 審決は、本件発明の要旨の規定する「後輪駆動系」につき、「本件特許明細書(注、本件明細書)の詳細な説明には、後輪駆動系について定義付けされておらず、後輪駆動系については、一般的に使用されている後輪駆動系という技術用語として解釈せざるを得ないところ、一般に後輪駆動系とは、後輪の駆動に寄与する系であり、本件特許発明(注、本件発明)では、少なくとも筒部以降、すなわち、
筒部、後輪駆動用ギア、後輪駆動用ギア軸、後輪駆動用中間ギア、ベベルギア機構、及び後輪駆動用プロペラ軸をいうものと解される」(審決書26頁10行目〜末行)と判断した。
確かに、本件明細書(甲第18号証)に、「後輪駆動系」を定義したといえる特段の記載が見当たらないことは審決の上記説示のとおりであり、また、本件発明は、4輪駆動選択時に、エンジンからの駆動力を後輪に伝達して後輪を駆動するものであるから、そのような後輪の駆動に寄与する系、すなわち、後輪への駆動力の伝達経路を意味する「後輪の駆動系」を観念することができることもそのとおりであるが、そうであるからといって、本件発明の要旨が規定する「後輪駆動系」を、直ちに上記「後輪の駆動に寄与する系」の意味であると解することはできない。
すなわち、本件発明の要旨は、「後輪駆動系を構成し、この後輪駆動系にクラッチ機構を設けた」と規定するものであり、これ以外に「後輪駆動系」の用語は存在しない。そうすると、この規定にかんがみて、本件発明の要旨における「後輪駆動系」は、技術的に、クラッチ機構を設ける位置を規定するとの意義を有するにとどまることが明らかであり、そうとすれば、直ちに、後輪への駆動力の伝達経路を意味する上記「後輪の駆動に寄与する系」(審決のいう技術用語としての後輪駆動系)としてとらえるのではなく、本件発明の要旨として認定された本件明細書(甲第18号証)の特許請求の範囲の記載における文理ないし文脈に従って、その「後輪駆動系」の趣旨を明らかにすることが相当である。
そして、本件発明の要旨において、「後輪駆動系」との文言を含む「上記筒部と平行に車体後方に配置された後輪駆動用ギア軸に後輪駆動用ギアと噛み合う後輪駆動用中間ギアを配置し、上記後輪駆動用ギア軸と後輪駆動用プロペラ軸とをベベルギア機構により連結して後輪駆動系を構成し」との規定の直前の規定が「上記筒部には・・・後輪駆動用ギアを設けるとともに、」というものであることにかんがみれば、その「後輪駆動系」は、「上記筒部と平行に車体後方に配置された後輪駆動用ギア軸に後輪駆動用ギアと噛み合う後輪駆動用中間ギアを配置し、上記後輪駆動用ギア軸と後輪駆動用プロペラ軸とをベベルギア機構により連結して」との文言によって規定される後輪駆動用中間ギア、後輪駆動用ギア軸、ベベルギア機構及び後輪駆動用プロペラ軸を指し、筒部を含まないものと理解することが自然であり(なお、上記規定における「筒部」、「後輪駆動用ギア」との文言は、それぞれ「後輪駆動用ギア軸」、「後輪駆動用中間ギア」を説明ないし限定しているにすぎないことは明らかである。)、「後輪駆動系」をこのように解したとしても、そのことによって本件発明の要旨全体の構成と食い違いが生ずるものではなく、また、
本件明細書(甲第18号証)の実施例に関する「後輪駆動用ギア軸22にクラッチ機構23を介して装着された後輪駆動用中間ギア24」(6頁12行目〜14行目)との記載及び図面第1図(甲第2号証)の記載とも整合するものである。
したがって、本件発明の要旨の「後輪駆動系にクラッチ機構を設けた」との規定は、後輪駆動用中間ギア及び後輪駆動用ギア軸からベベルギア機構を介して後輪駆動用プロペラ軸までの間にクラッチ機構を設ける意味であると解するのが相当である。
なお、被告は、車体の前方にエンジンを配置して成る4輪駆動可能な駆動装置において、後輪駆動系のどこかに2輪、4輪駆動の切換え用クラッチを設けることは技術常識であるから、引用例発明においては、前輪駆動状態と4輸駆動状態とを切り換えるためのクラッチが設けられた管状部13、13′が後輪駆動系に属するものであり、本件発明と引用例発明とが「後輪駆動系にクラッチ機構を設けた」点で一致するとした審決の認定に誤りがないとも主張する。
しかしながら、引用例発明において、4輪駆動選択時に後輪へ駆動力を伝達する経路を意味する「後輪の駆動に寄与する系」を観念することができることは、本件発明の場合と同様であり、管状部13、13′がこのような意味における「後輪の駆動に寄与する系」に属することも認められるが、上記のとおり、本件発明の要旨の「後輪駆動系にクラッチ機構を設けた」との規定は、後輪駆動用中間ギア及び後輪駆動用ギア軸からベベルギア機構を介して後輪駆動用プロペラ軸までの間にクラッチ機構を設ける意味であると解されるのであり、そうとすれば、引用例発明においてクラッチを設けている位置が、本件発明におけるクラッチ機構を設ける上記位置と同じであるということはできない。
したがって、本件発明と引用例発明とが「後輪駆動系にクラッチ機構を設けた」点で一致するとした審決の認定は誤りであるといわざるを得ない。
(5) そうすると、審決のした本件発明と引用例発明との一致点の認定には、少なくとも上記(2)〜(4)の認定説示に係る誤りがあるものと認められ、この一致点の認定の誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。
2 以上によれば、原告の主張する取消事由1は理由があるから、その余の点につき判断するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。
よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 石原直樹
裁判官 宮坂昌利