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関連審決 異議1999-72222
関連ワード 製造方法 /  新規性 /  29条1項3号 /  引用発明の認定 /  技術的範囲 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  国内優先権 /  実質的に同一 /  参酌 /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  設定登録 /  発明の範囲 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 122号 特許取消決定取消請求事件
原告 出光石油化学株式会社
訴訟代理人弁理士 木下實三
同 中山寛二
同 石崎剛
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 山口由木
同 大橋良三
同 高梨操
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/09/18
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年異議第72222号事件について平成12年2月22日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「易裂性フィルム及びその製造方法」とする特許第2833970号の特許(平成5年8月16日に特許出願(国内優先権主張日は同年4月27日),平成10年10月2日に特許権設定登録,以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。本件発明のうち,後記請求項1に係るものを「本件発明1」といい,後記請求項2に係るものを「本件発明2」という。)の特許権者である。
東洋紡績株式会社から,本件特許について特許異議の申立てがあり,その申立ては,平成11年異議第72222号事件として審理された。特許庁は,平成12年2月22日に,「特許第2833970号の特許を取り消す。」との決定をし,同年3月21日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲 (請求項1) 「ナイロン6(Ny6)を55〜85重量部及びメタキシリレンアジパミド(MXD6)を15〜45重量部(但し,Ny6+MXD6=100重量部)含有する原反が,フィルムの移動方向(MD方向)及びフイルムの幅方向(TD方向)共に2.8倍以上の延伸倍率で延伸された易裂性フィルム。前記原反内部において,前記MXD6成分は,平均の長さ/直径が5〜10000の円筒状及び/又は紡錘状の粒子として分散すると共に,各粒子は,小角光散乱測定により前記原反にレーザ光線を入射したとき,原反の移動方向と垂直に鋭いストリーク状の散乱が生じる程度に移動方向に配向している。」 (請求項2) 「ナイロン6(Ny6)を55〜85重量部及びメタキシリレンアジパミド(MXD6)を15〜45重量部(但し,Ny6+MXD6=100重量部)含有する原料を押出し機で押し出して原反を作製した後,この原反を延伸装置でMD方向及びTD方向共に2.8倍以上の延伸倍率で延伸することを特徴とする易裂性フィルムの製造方法。前記原反内部において,前記MXD6成分は,平均の長さ/直径が5〜10000の円筒状及び/又は紡錘状の粒子として分散すると共に,各粒子は,小角光散乱測定により前記原反にレーザ光線を入射したとき,原反の移動方向と垂直に鋭いストリーク状の散乱が生じる程度に移動方向に配向している。」 3 決定の理由の要点 別紙決定書の理由の写し記載のとおり,本件発明1も同2も,特公昭51-29193号公報(甲第4号証。以下「引用刊行物」という。)記載の発明(以下「引用発明」という。)と実質的に同一であり,これらに係る特許(本件特許)は,特許法29条1項3号の規定に違反してなされたものであるから,同法113条2号に該当し取り消されるべきである,と認定判断した。
原告主張の決定取消事由の要点
決定の理由中,「1.本件発明」,「2.引用刊行物記載の発明」(ただし,決定書3頁2行から4行の「2つのロール」は,「2つ以上のロール」が正しい。)は認める。「3.本件請求項1に係る発明と引用刊行物記載の発明との対比」のうち,3頁17行から33行は認め,同頁34行から5頁6行は争う。4.(5頁7行〜11行)及び5.(5頁12行〜18行)は争う。
決定は,本件発明を誤認し(取消事由1),また,引用発明をも誤認し(取消事由2),これらの誤った認定に基づいて本件発明と引用発明との相違点についての判断をした結果,両者が実質的に同一であるとの誤った判断をしたものであって,この誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明1の認定の誤り) 決定は,本件発明1について,「原反内部において,MXD6成分が,平均の長さ/直径が5〜10000の円筒状及び/又は紡錘状の粒子として分散すると共に,各粒子は,小角光散乱測定により原反にレーザ光線を入射したとき,原反の移動方向と垂直に鋭いストリーク状の散乱が生じる程度に配向していること(判決注・以下,このことを「海島構造」という。)は,Ny6およびMXD6の含有割合を,Ny6を55〜85重量部およびMXD6を15〜45重量部(但し,Ny6+MXD6=100重量部)とすることによって,一義的に定まるものである」(決定書4頁16行〜22行)との誤った判断をし,これを前提に,本件発明1も同2も,引用発明と実質的に同一であると判断した。
しかし,上記判断は,前提において既に誤ったものである。本件発明1は,「海島構造」を,「Ny6及びMXD6の含有割合」によって一義的に定まるものとしているわけではなく,これをも,本件発明の構成に欠くことができない,上記割合とは別の事項として特定したものである。
決定は,発明の詳細な説明の記載内容(甲第2号証中の,段落番号【0007】,【0009】)と,同記載以外に「海島構造」とこれらに関連する要素との関係を説明する記載がないとの事実を基に,「海島構造」がNy6およびMXD6の含有割合によって一義的に定まるとしている。しかし,特許法70条1項は,「特許発明技術的範囲は,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定しており,特許請求の範囲の記載が意味するところが明らかであるにもかかわらず,発明の詳細な説明の記載を基に発明を解釈することは許されない。
特許請求の範囲及び発明の詳細な説明に記載されたNy6及びMXD6の含有割合は,「海島構造」が発生するための必要条件を提示しているに過ぎない。Ny6及びMXD6の含有割合が同じでも,製造条件の違いにより,「海島構造」が発現したり,消失したりする。このことは,原告が,特許異議意見書(甲第5号証)において,海島構造が発現する場合としない場合について具体的に例示して説明し,審査段階における意見書(甲第6号証)においても,同様の内容を例示して説明しているところである。それにもかかわらず,決定は,これらの具体的反証に対し技術的な根拠,証拠も示さないままに,発明の詳細な説明の記載のみから,「海島構造」がNy6およびMXD6の含有割合により一義的に定まるものである,と判断したものであり,明らかに誤っている。
2 取消事由2(引用発明の認定の誤り) 決定は,引用刊行物(甲第4号証)の実施例1に記載されたフィルム(引用発明)が,Ny6およびMXD6の含有割合を本件特許の特許請求の範囲の請求項1に記載された範囲内とし,混練時の樹脂温度を300℃以下である260℃として溶融押出されているので,本件発明1と引用発明との間には差異がない,との判断をした。
決定の上記判断は,原告が提出した特許異議意見書(甲第5号証)中の,「Ny6とMXD6の配合量が本件請求項1に係る発明の範囲内であっても,押出機内で溶融混練する際,温度条件によっては,MXD6の海島構造が出現する場合と,出現しない場合とがあり」(6頁9行〜11行),「混練時の樹脂温度が300℃未満の場合には,Ny6とMXD6との化学反応が生じないため・・・海島構造が出現」(6頁12行〜15行)するが,「混練時の樹脂温度が300℃以上の場合には,Ny6とMXD6との化学反応が進行するため,・・・MXD6の海島構造が消失」する(6頁19行〜21行)との記載を基に,なされたものである。
しかしながら,上記特許異議意見書における原告の主張は,取消理由通知書(甲第8号証)に記載された取消理由における,「海島構造」がNy6及びMXD6の含有割合により一義的に定まる,という判断に対する反論としてなされたものであり,その内容は,Ny6及びMXD6の含有割合だけでなく,製造方法・装置・条件により「海島構造」が出現する場合と出現しない場合が生じることを,出願人が認識する範囲内で実験例をふまえて明らかにするものであって,混練時の樹脂温度が300℃未満であればどのような製造方法・装置・条件を使っても海島構造が出現することまで述べたものではない。
本件発明1と引用発明との間には,原料組成,供給形態,押出機および押出形状の点で製造方法に相違があり,さらに,引用発明では,押出機の型式,延伸法について不明な部分があるため,引用発明の混練時の樹脂温度が300℃未満であったとしても,それだけをもって,両者間に差異がない,すなわち引用発明にも「海島構造」が発現している,と認定することはできない。
また,本件発明1は,請求項1に記載された構成を有する結果,優れた易裂性と直線カット性を有するとともに,十分な衝撃強度をも兼ね備えたものである。本件発明1の実施例の易裂性フィルムと引用発明のフィルムの衝撃強度を比較すると,後者に「海島構造」が発現していたと考えることはできない。本件発明1の実施例の易裂性フィルムは,延伸倍率が低いにもかかわらず,引用発明のフィルムよりも,1000kg・cm/cm以上高い衝撃強度を有し,両者の間には,衝撃強度の点で明確な差異が認められる。
以上のように,引用発明のフィルムは,本件発明1の易裂性フィルムとの対比において,原料の比率,溶融温度が類似していたとしても,その他の製造方法・装置が異なり(詳細な製造条件は不明である。),さらに衝撃強度に大きな差のあるものであり,このような引用発明のフィルムにつき,本件発明1の易裂性フィルムとの間に差異がない,すなわち「海島構造」が発現していた,と判断することはできないのである。
被告の反論の要点
決定の認定判断は,正当であり,決定を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(本件発明1の認定の誤り)について (1) 「海島構造」が,本件発明1の構成に欠くことのできない事項であることは,本件特許明細書(甲第2号証参照。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載から,明らかである。決定もこれを当然のこととしていることは,決定書に記載のとおりである。
(2) 原告は,本件明細書の段落番号【0007】と【0009】の記載は,単に「Ny6とMXD6とが,請求項1の含有割合」であることが,「海島構造をとる」ための必要条件であるということを述べているにすぎないと主張する。
しかし,本件明細書中の,「海島構造」に関する記載(段落番号【0006】【0007】【0009】【0022】【0023】【0024】の箇所)には,「Ny6とMXD6とが,請求項1の含有割合の場合に海島構造をとる。」ことが示されているだけであり,本件明細書中には,「Ny6とMXD6とが,請求項1の含有割合」をとる場合であっても「海島構造」にならないことがあることを示す記載も,そのことを示唆する記載も見当たらない。
原告は,「Ny6とMXD6の含有割合のみからは海島構造が一義的に定まらない」ことを具体的に示す証拠として,甲第5号証(特許異議意見書)及び甲第6号証(審査段階での意見書)を提出し,2軸混練時の樹脂温度が300℃以上のとき「Ny6とMXD6とが,請求項1の含有割合」であっても「海島構造」とならないので,「Ny6とMXD6とが請求項1の含有割合」であれば「海島構造」が一義的に決まる,ということはできない,と主張する。
しかし,通常Ny6とMXD6を混合した樹脂の成形加工時の樹脂温度は300℃未満で行われており(乙第1〜3号証),引用刊行物(甲第4号証)記載の実施例1の樹脂温度も260℃であるから,このような技術常識を勘案すると,本件明細書の上記段落番号【0007】,【0009】の記載は,通常の成形加工条件,樹脂温度,本件明細書記載の延伸条件の下では,「Ny6とMXD6とが,請求項1の含有割合」とされることによって「海島構造」が出現することを意味していると解される。決定において,海島構造はNy6とMXD6の含有割合から一義的に定まると判断したのは,この意味においてであり,この判断に誤りはない。
甲第5号証(特許異議意見書),第6号証(審査段階での意見書)は,2軸混練時の樹脂温度(286℃と300℃)と,MXD6の融点が記載されているだけであるから,原告の主張を裏付けるものとはなり得ない。
2 取消事由2(引用発明の認定の誤り)について 原告は,製造方法・装置・条件の違いにより,「海島構造」が出現する場合としない場合があるのであるから,決定が「引用刊行物の実施例1に記載されたフィルムが,本件特許請求の範囲の請求項1に規定したNy6およびMXD6の含有割合の範囲内であり,300℃以下の260℃で溶融押出しているから両者に差異がない。」と判断した点は誤りである,と主張している。
しかしながら,決定における「前者において,・・・配向していることは,Ny6およびMXD6の含有割合を,Ny6を55〜85重量部およびMXD6を15〜45重量部(但しNy6+MXD6=100重量部)とすることによって,一義的に定まるものである」(決定書4頁16行〜22行)とは,「前者において」と記載していることからも分かるとおり,当然に,本件発明1の延伸条件や,押出機で押し出す等の製造方法において,という意味であって,原告の主張するようにあらゆる製造方法・装置・条件において,という意味ではない。決定は,引用発明は,Ny6およびMXD6の含有割合,延伸条件等が本件発明1と一致し,300℃以下の260℃で溶融押出していることから,一義的に「海島構造」が出現しているといえると判断したものである。これに対して,原告は具体的な反証を何ら示しておらず,結局,原告の主張は単に机上の議論にすぎないものである。
したがって,決定が,引用発明は,本件発明1と差異がない,と判断した点に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1の認定の誤り)について (1) 原告は、本件発明1において,「Ny6およびMXD6の含有割合」と「海島構造」という2つの構成要件が,それぞれ本件発明1の構成に欠くことのできない別個の事項として特定されていることは,特許請求の範囲の記載自体から明らかであるから,特許請求の範囲を,その記載のみに基づいて解釈すべきであるのに,決定が,特許請求の範囲の解釈に当たり,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して,特許請求の範囲を解釈し,「海島構造」が「Ny6およびMXD6の含有割合」によって一義的に定まるとしたのは誤りである旨主張する。
しかしながら,決定書の理由の「1.本件発明」の記載によれば,決定は,「Ny6およびMXD6の含有割合」のみならず,「海島構造」も本件発明の構成に欠くことのできない事項であるとの認定を前提としたうえで,「Ny6およびMXD6の含有割合」によって「海島構造」が一義的に定まると認定判断したものであることが明らかである。また,本件発明1に係る特許請求の範囲においては,「Ny6およびMXD6の含有割合」と「海島構造」の2つの構成要件が,発明の構成に欠くことのできない事項として特定されていることは特許請求の範囲の記載自体から明らかであるものの,両者の構成要件相互の関係については,原告主張のように,両者がそれぞれ別個の事項とされているのか,決定のいうように,「Ny6およびMXD6の含有割合」によって「海島構造」が一義的に定まるものとされているのかは,特許請求の範囲の記載自体から明らかであるとはいえない。
したがって,決定が,この点の解釈に当たり,本件明細書中の発明の詳細な説明の記載を参酌したこと自体には,何らの誤りもない。
(2) 原告は,本件明細書の発明の詳細な説明中の,【0007】と【0009】の記載は,単に請求項1記載のNy6とMXD6の含有割合が,「海島構造をとる」ための必要条件であるということを述べているにすぎず,上記含有割合によって,「海島構造」が一義的に定まる旨を述べたものではない旨主張する。
甲第2号証によれば,本件明細書には,「海島構造」に関し,次のとおりの記載があることが認められる。
ア「本発明に係る易裂性フィルムは,ナイロン6(Ny6)を55〜85重量部及びメタキシリレンアジパミド(MXD6)を15〜45重量部(但し,Ny6+MXD6=100 重量部)含有する原反が,フィルムの移動方向(MD方向)及びフィルムの幅方向(TD方向)共に 2.8倍以上の延伸倍率で延伸されたものである。」(段落番号【0006】) イ「Ny6成分の含有割合が上記の場合,前記原反内部において,MXD6成分は,平均の長さ/直径(長さ方向と直交する方向の幅)が5〜10000 の円筒状及び/又は紡錘状の粒子として分散すると共に,各粒子は,小角光散乱測定により前記原反にレーザ光線を入射したとき,原反のMD方向と垂直に鋭いストリーク状の散乱が生じる程度にMD方向に配向している。」(段落番号【0007】) ウ「MXD6が15重量部より少ない場合には,粒子の平均の長さ/直径が5より小さくなり,小角光散乱測定により前記原反にレーザ光線を入射したとき,原反のMD方向と垂直に発現する鋭いストリーク状の散乱が極めて弱くなり,易裂性と直線カット性が大幅に低下する。また,前記MXD6が45重量部より多い場合には,上記長さ/直径が10000 を越えたり,MXD6が分散粒子状ではなく,連続状となったりし,小角光散乱測定により前記原反にレーザ光線を入射したとき,原反のMD方向と垂直に鋭いストリーク状の散乱は生じるが,易裂性と直線カット性が低下するばかりではなく,衝撃強度が大幅に低下する。」(段落番号【0009】) エ「比較例1〜3 上記実施例1において,原料組成比を表1に示すように変えて,実施例1と同様の製造工程により比較例1〜3に係るフィルムを得た。・・・比較例1に係る原反フィルムの場合,MXD6成分が粒子状で分散しているのではなく,連続相となっていたため,MXD6成分のL/Dの測定ができなかった。
また,比較例3に係る原反フィルムの場合,MXD6成分が含まれていないため,MXD6成分(粒子)のL/Dの測定ができなかった。表1より,比較例1に係るフィルムは,原反フィルム中のNy6とMXD6の組成比が本発明に係る範囲外であって,原反フィルム内部において,MXD6成分が連続相となっているため各粒子が小角光散乱測定時に鋭いストリーク状の散乱が生じる程度にMD方向に配向していても,直線カット性が若干不安定であった。
また,比較例2に係るフィルムは,原反フィルム中のNy6とMXD6の組成比が本発明に係る範囲外であって,原反フィルム内部においてMXD6成分の平均L/Dが本発明に係る範囲外の粒子であり,また各粒子は微弱なストリーク状散乱が生じる程度のMD方向への弱い配向であるため,易裂性が若干劣ると共に,直線カット性も不良であった。」(段落番号【0022】〜【0024】) また,甲第2号証によれば,Ny6とMXD6とが請求項1記載の含有割合をとる場合であっても「海島構造」にならないことがあることについては,本件明細書中にこれを示す記載も示唆する記載も全く見当たらないことが明らかである。
上記認定した本件明細書の記載状況によれば,本件明細書中には,「Ny6とMXD6との含有割合が,請求項1で規定するものである場合には,請求項1で規定する延伸により,一義的に海島構造をとる。」ことが記載されているということができる。
原告は,「Ny6とMXD6の含有割合のみからは海島構造が一義的に定まらない」ことを具体的に示す証拠として,甲第5号証(特許異議意見書)及び甲第6号証(審査段階での意見書)を提出する。しかしながら,上記のような記載内容の明細書により出願した者が,新規性に関する議論においてこのような主張をすることは,著しく信義に反することであり,本来許されることではないというべきである。のみならず,甲第5,第6号証には,2軸混練時の樹脂温度(286℃と300℃)と,MXD6の融点が記載されているだけで,他の製造条件についてはもとより,Ny6とMXD6の混合割合についてすら記載されていないから,同号証の記載は,原告の上記主張を裏付けるに足りるものとはいえない。
また,仮に,上記甲第5,6号証記載の具体例が「Ny6とMXD6とが,請求項1の含有割合」に配合されたものであり,したがって,これらの証拠が,300℃以上の温度条件においては海島構造が出現しないこと,すなわち「海島構造」はNy6とMXD6の含有割合から一義的に定まるものでないことを証明するものであるとしても,これらの証拠は,そこで前提にしている成形加工条件,延伸条件の下では,混練時の樹脂温度を300℃未満にすれば,「Ny6とMXD6とが,請求項1の含有割合」であるときに「海島構造」が出現している(一義的である)ことをも証明するものであるということができる。
証拠(甲第4号証,乙第1ないし第3号証)によれば,通常Ny6とMXD6を混合した樹脂の成形加工時の樹脂温度は300℃未満で行われていること,引用刊行物の実施例1の樹脂温度も260℃であることが認められ,このような技術常識を勘案すると,本件明細書の上記段落番号【0007】,【0009】の記載は,通常の成形加工条件,樹脂温度,本件明細書記載の延伸条件の下ではNy6とMXD6とを,請求項1記載の含有割合とすることによって,必然的に「海島構造」が出現することを意味していると解するのが合理的である。決定が,海島構造はNy6とMXD6の含有割合から一義的に定まるとしたのも,上記の意味においてであると理解することができる。
原告の主張は採用することができない。
2 取消事由2(引用発明の認定の誤り)について 原告は,製造方法・装置・製造条件の違いにより「海島構造」が出現する場合としない場合があるのであるから,決定が,引用刊行物の実施例1に記載されたフィルム(引用発明)が,本件特許請求の範囲の請求項1に規定したNy6およびMXD6の含有割合の範囲内であり,300℃以下の260℃で溶融押出していることを理由に,両者に差異がない,と判断したのは,誤りである旨主張する。
しかしながら,決定の上記判断は,原告が特許異議意見書(甲第5号証)において,Ny6とMXD6の配合量が請求項1記載の範囲内であっても,温度条件によっては,海島構造が出現する場合と出現しない場合があり,混練時の樹脂温度が300℃未満の場合には海島構造が出現するが,300℃以上の場合には海島構造が出現しない旨主張したのに対し,このような温度条件は,そもそも本件明細書に記載がないとしたうえで,仮に,原告の主張する温度条件が必要であるとしても,引用発明はこの温度条件を満たしており,この点において本件発明1と差異がないとしたものにすぎず,上記温度条件を除く,あらゆる製造方法・装置,条件において,海島構造がNy6とMXD6の含有割合から一義的に定まると判断したものではないことは決定の理由の記載から明らかである。そして,混練時の樹脂温度の条件や製造方法・装置のいかんによって,海島構造が出現する場合と,出現しない場合とがあることについては,本件明細書には全く記載がなく,本件明細書のこのような記載状況の下では,本件発明1につき,引用発明の場合を含む通常の成形加工条件,樹脂温度,本件明細書記載の延伸条件の下では,海島構造はNy6とMXD6の含有割合から一義的に定まると解すべきことは前記のとおりである。
原告の主張は採用することができない。
3 以上によれば,原告主張の決定取消事由は,いずれも理由がなく,その他,決定の認定判断にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,本訴請求は,理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担に
つき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 宍戸充
裁判官 阿部正幸