関連審決 | 審判1999-3902 |
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関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 一致点の認定 / 相違点の認定 / 周知技術 / 発明の詳細な説明 / 着想 / 参酌 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
12年
(行ケ)
196号
審決取消請求事件
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原告 株式会社デンソー 訴訟代理人弁理士 伊藤洋二 同 三浦高広 同 水野史博 被告 特許庁長官及川耕造 指定代理人 高瀬浩一 同 吉村和彦 同 山口由木 同 宮川久成 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2001/09/19 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年審判第3902号事件について平成12年4月18日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、平成4年12月9日、名称を「磁気検出装置」とする発明につき特許出願をした(特願平4-329670号)が、平成11年2月9日に拒絶査定を受けたので、同年3月11日、これに対する不服の審判の請求をした。 特許庁は、同請求を平成11年審判第3902号事件として審理した上、平成12年4月18日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年5月15日原告に送達された。 2 平成8年10月4日付け、平成10年3月6日付け及び平成11年4月7日付け各手続補正書により補正された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨 磁性材料を有する被検出対象に向けてバイアス磁界を発生するバイアス磁石と、 前記被検出対象の運動に応じた前記バイアス磁界により抵抗変化を生じる磁気抵抗素子とを備え、 前記磁気抵抗素子の抵抗値変化により前記バイアス磁界の状態変化を検出するようにした磁気検出装置において、 前記バイアス磁石を中空形状とし、この中空部を貫通するように、前記磁気抵抗素子を保持する素子保持部材を配置し、 かつ、前記バイアス磁石の表面と被検出対象との間において当該バイアス磁石の表面に対し、前記磁気抵抗素子を、近接位置に配置するとともに、前記被検出対象の運動方向と前記バイアス磁石から前記被検出対象に放射されるバイアス磁界の方向とから決定される平面に対して平行な面に形成配置し、前記バイアス磁石から前記被検出対象に放射されるバイアス磁界であって、前記被検出対象の運動方向に対するバイアス磁界の磁気ベクトルの向きを検出するようにしたことを特徴とする磁気検出装置。 3 審決の理由 審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開平3-195970号公報(甲第3号証、以下「引用例1」という。)及び特開昭54-138457号公報(甲第4号証、以下「引用例2」という。)記載の各発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。 |
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原告主張の審決取消事由
審決の理由中、本願発明の要旨の認定(審決謄本1頁理由欄2行目〜2頁3行目)及び本願発明と引用例1記載の発明との相違点の認定(同4頁26行目〜28行目。ただし、相違点は他にも存在する。)は認める。 審決は、本願発明と引用例1記載の発明との一致点の認定を誤る(取消事由1)とともに、相違点についての判断を誤り(取消事由2)、また、本願発明の顕著な効果を看過した(取消事由3)結果、本願発明が、引用例1、2記載の各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(一致点の認定誤り) (1) 審決は、本願発明と引用例1記載の発明との一致点として、「バイアス磁石の表面に対し、前記磁気抵抗素子を、近接位置に配置する」(審決謄本4頁18行目〜19行目)点を認定したのは、以下のとおり誤りである。 (2) 本願発明の磁気検出装置は、磁気抵抗素子をバイアス磁石の磁石面に垂直な方向に配置し、被検出対象の運動方向に対するバイアス磁石の磁気ベクトルの向きを検出することによってバイアス磁界の状態変化を検出するものであるが、このような構造を持つ従来の磁気検出装置においては、磁気抵抗素子の感度が低下するという課題があったことから、この感度低下を極力抑えるために、磁気抵抗素子をバイアス磁界の表面に対し近接位置に配置したものである。したがって、本願発明の要旨に規定する「近接位置」は、このような本願発明の課題からみて、「磁気抵抗素子の感度低下を極力抑えることができる位置」と解釈されるべきである。 他方、引用例1記載の発明は、上記の課題に係る従来技術として本件明細書に記載されているものであって、磁気抵抗素子を形成した絶縁基板を基板ホルダに保持し、基板ホルダをバイアス磁石の表面上に配置するという構造上、磁気抵抗素子とバイアス磁石との距離を短くするにはおのずと限界があり、磁気抵抗素子の感度が低下せざるを得ないから、その磁気抵抗素子は、「磁気抵抗素子の感度低下を極力抑えることができる位置」、すなわち「近接位置」に配置されていない。 したがって、「バイアス磁石の表面に対し、磁気抵抗素子を近接位置に配置する」点は、本願発明と引用例1記載の発明との一致点とはいえない。 (3) この点について、被告は、「磁気抵抗素子の感度低下を極力抑える」との課題は本件明細書の特許請求の範囲の請求項2の「中空構造による磁気ベクトルの乱れがない領域において」という構成が備わって初めて達成されるものであって、 同請求項1に係る本願発明にはそのような課題はない旨主張するが、上記請求項2に規定する「中空構造による磁気ベクトルの乱れがない領域において」との構成は、バイアス磁界の状態変化を検出する上で前提となる事項であるから、「バイアス磁界の状態変化を検出するようにした磁気検出装置において」と規定する本願発明に元来内在する構成というべきであり、被告の主張は理由がない。 2 取消事由2(相違点についての判断の誤り) (1) 審決は、本願発明と引用例1記載の発明との相違点として、「本願発明では、前記バイアス磁石を中空形状とし、この中空部を貫通するように、前記磁気抵抗素子を保持する素子保持部材を配置しているのに対し、引用例1に記載のものはそのようになっていない点」(審決謄本4頁26行目〜28行目)を認定した上、 当該相違点について、@「バイアス磁石を中空形状とすることは引用例2に『中空の永久磁石5』として記載されており、バイアス磁石を中空形状とすることは、引用例1に記載されたバイアス磁石として引用例2に記載された『中空のバイアス磁石』を適用することにより当業者が容易に想到しうる程度のことにすぎない」(同4頁30行目〜34行目)、A「そして、引用例1に記載のものは素子保持部材として、永久磁石の外周端に設けたリング状保護部材を用い、永久磁石の中空部を貫通するようにしたものではないが、素子保持部材をバイアス磁石の中空部を貫通するように設けるか、バイアス磁石の外周端に設けるかは当業者が適宜選択しうる設計的事項にすぎない」(同4頁35行目〜39行目)と判断する。 (2) しかし、第一に、審決が、引用例2記載の中空のバイアス磁石を引用例1記載の発明に適用することは容易であるとした上記@の判断は誤りである。 本願発明は、磁気抵抗素子の感度低下を極力抑えるために、磁気抵抗素子をバイアス磁界の表面に対し近接位置に配置すべく、中空形状としたバイアス磁石の中空部を貫通するように素子保持部を配置したものである。したがって、「バイアス磁石を中空形状とする」ことと「素子保持部材をバイアス磁石の中空部を貫通するように配置する」こととは、課題を解決する上で一体不可分の関係にある。すなわち、本願発明では、磁気抵抗素子の感度低下を極力抑えるという課題があればこそ、素子保持部材をバイアス磁石に貫通させるという着想が生まれ、そのためにバイアス磁石を中空形状としているのであって、このような課題が存在しない引用例2において、「素子保持部材をバイアス磁石の中空部を貫通するように配置する」ことと切り離し、「中空のバイアス磁石」だけを取り上げて、引用例1記載の発明に適用する動機付けは生じない。 引用例2記載の発明は、円筒状の永久磁石がつくる磁束0点(円筒内側を通る磁束と円筒外側を通る磁束との接合点)に配置した磁気抵抗素子に印加される磁束強度が、磁性体の通過に伴う磁束0点の移動により、零から変化することを検出するものであり、バイアス磁石を中空形状とすることは、その動作原理から必要となる磁束0点をつくるためのものであって、上記のような動機付けに欠くものというべきである。 (3) 次に、審決が、素子保持部材をバイアス磁石の中空部を貫通するように設けることが設計的事項であるとした上記Aの判断も誤りである。 すなわち、引用例1記載の発明は、磁気抵抗素子を形成した絶縁基板を基板ホルダに保持する構造であるため、バイアス磁石の表面に対し磁気抵抗素子を近接位置に配置することができず、また、引用例2記載の発明では、磁束0点に磁気抵抗素子を配置する構造であるため、磁束0点以外の位置に磁気抵抗素子を配置することができないため、いずれにも、磁気抵抗素子をバイアス磁界の表面に近づけて磁気抵抗素子の感度低下を極力抑えるという本願発明の課題が存在しない。このような課題が存在しない以上、バイアス磁石の中空部を貫通するように、磁気抵抗素子を保持する素子保持部材を配置することは、当業者において容易に想到することはできず、設計的事項であるとはいえない。 (4) なお、被告は、後記乙第1〜第5号証に基づいて、磁気センサの素子保持部材を中空の磁石に貫通するように設けることは本願発明の特許出願前から周知であると主張する。しかし、本願発明が、被検出対象の運動方向に対するバイアス磁界の磁気ベクトルの向きを検出するものであり、磁気ベクトルの振れ角が感度に影響することに基づき、磁気抵抗素子をバイアス磁石の表面に近づけることにより振れ角を大きくして感度を向上させるものであるのに対し、乙第1〜第5号証は、いずれも、中空磁石の軸方向における磁束強度の変化を検出するものであって、磁気ベクトルの振れ角が感度に影響するものではないので、磁気抵抗素子をバイアス磁石の表面に近づけることにより感度低下を抑えるという課題は存在しない。このことは、引用例2についても同様である。したがって、引用例2及び乙第1〜第5号証は、審決の上記判断の根拠となるものではない。 3 取消事由3(顕著な効果の看過) 審決は、「本願発明の効果は、引用例1及び引用例2から当業者であれば予測できる程度のものである」(審決謄本5頁1行目〜2行目)と判断するが、誤りである。すなわち、引用例1、2からは、磁気抵抗素子をバイアス磁石の表面に近づけることによって磁気抵抗素子の感度低下を極力抑えるという効果を予測することはできない。 |
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被告の反論
審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。 1 取消事由1(一致点の認定誤り)について (1) 原告は、本願発明が「磁気抵抗素子の感度低下を極力抑える」との課題を解決するために磁気抵抗素子を近接位置に配置したものであるとの立論を前提に、 一致点の認定の誤りを主張するが、その前提において誤りというべきである。 (2) すなわち、本件明細書(甲第2号証)の「図16に示すように、中空状の磁石3の0〔mm〕付近の磁気ベクトルが、ギヤ5との磁気回路に関係なく貫通孔4(中空部)方向に引き寄せられ、ギヤ5の回転に対する正確な感度が得られない領域がある。この磁束の乱れる領域は、磁石3の表面磁界強度と、中空の形状に関係してくると考えられ、実際には図14、15で示すように、磁気抵抗素子7、8と磁石3との距離が0〜1〔mm〕の範囲で発生する。よって、この磁気回路の最適設計として、上記磁束の乱れる領域の発生しない範囲にて、磁気低抗素子7、8と磁石3との距離を最も近くなるように、その距離を1mmにすれば、最大感度が得られる」(段落【0021】、【0022】)及び「磁気抵抗素子7、8とバイアス磁石3との距離を、中空構造による磁気ベクトルの乱れがない領域において最も近い距離である1mmとすることにより、最大感度が得られる」(段落【0025】)との記載からすれば、磁気抵抗素子と中空状の磁石との距離を近づけると、 1mmのところで最大感度となるものの、それ以上近づけると感度はむしろ低下するものと考えられる。そうすると、「磁気抵抗素子の感度低下を極力抑える」との課題は、本件明細書の特許請求の範囲の請求項2に規定する「磁気抵抗素子とバイアス磁石の最適距離は、中空構造による磁気ベクトルの乱れがない領域において最も近い距離である」との構成が備わって初めて達成されるものであって、同請求項1に係る本願発明の課題とはいえない。 (3) また、引用例1(甲第3号証)の第2図の図示によれば、引用例1記載の発明は、基板ホルダ110に接着された絶縁基板2と、内プレート103に固定された磁石130とが接するような位置に配置されていることは明らかであるから、 引用例1の磁気抵抗素子もバイアス磁石に対し「近接位置」に配置されているものということができる。なお、引用例1記載の発明の上記構造は、磁気抵抗素子と中空磁石との間に若干の距離を有する構造であるが、本願発明にいう「近接位置」も、磁気抵抗素子と中空磁石との間に若干の距離を有する構成を含むことは明らかである。 そうすると、磁気抵抗素子をバイアス磁石の表面に対し近接位置に配置したことを一致点と認定した審決の認定に誤りはないというべきである。 2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は、引用例2記載のバイアス磁石の中空形状は磁束0点をつくるためのものにすぎないところ、磁気抵抗素子の感度低下を極力抑えるという課題が存在しないところで、中空のバイアス磁石だけを取り上げて、引用例1記載の発明に適用する動機付けは生じない旨主張する。 しかし、審決は、引用例2記載の発明における中空の永久磁石を、単なるバイアス磁石として使用する点に着目して引用したのであって、磁束0点をつくる点に着目したものではない。そして、引用例2記載の発明の中空の永久磁石もバイアス磁石であるという限りでは、本願発明の「中空形状のバイアス磁石」と変わりはないから、引用例1記載の発明のバイアス磁石として引用例2記載の発明の中空の永久磁石を適用することは容易に想到し得る程度のことである。なお、引用例2記載の発明のバイアス磁石が磁束0点をつくるためのものであるとしても、上記の組合せを阻害する要因となるものではない。 (2) 次に、原告は、引用例1、2記載の各発明において、磁気抵抗素子をバイアス磁界の表面に近づけて磁気抵抗素子の感度低下を極力抑えるという本願発明の課題が存在しない以上、バイアス磁石の中空部を貫通するように、磁気抵抗素子を保持する素子保持部材を配置することが設計的事項であるとはいえない旨主張する。しかし、特開昭59-35106号公報(乙第1号証)、特開昭63-135816号公報(乙第2号証)、特開平1-132183号公報(乙第3号証)、特開平1-175141号公報(乙第4号証)及び特開昭63-95322号公報(乙第5号証)によれば、磁気センサの素子保持部材を中空の磁石に貫通するように設けることは本願発明の特許出願前において周知であるから、このような周知技術に照らしても、素子保持部材をバイアス磁石に貫通するようにするか、それとも引用例2記載の発明のように素子保持部材をバイアス磁石の外周端とするかは、当業者が適宜選択し得る設計的事項にすぎないことは明らかである。 (3) なお、原告の取消事由2に係る主張は、いずれも、本願発明が「磁気抵抗素子の感度低下を極力抑える」との課題に基づくことを前提とするところ、この前提において誤りであることは取消事由1に関して述べたとおりであり、この点においても原告の主張は失当である。 3 取消事由3(顕著な効果の看過)について 原告は、引用例1、2からは、磁気抵抗素子をバイアス磁石の表面に近づけることによって磁気抵抗素子の感度低下を極力抑えるという効果を予測することはできない旨主張するが、「出力波形の波形割れも生じない」(本件明細書〔甲第2号証〕段落【0038】)との効果は、引用例1(甲第3号証)に記載されている効果であるし、良好な素子特性を得ることができる(本件明細書〔甲第2号証〕段落【0038】)との効果は、中空部のサイズを小さくする構成によるところ、本願発明はそのサイズを規定するものではないから、本願発明の効果とはいえない。 結局、原告の主張する効果は、引用例1から予測し得る程度のものか、又は本願発明の効果とはいえないものにすぎない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定誤り)について (1) 原告は、本願発明は、磁気抵抗素子の感度低下を極力抑えるという課題に基づいて磁気抵抗素子をバイアス磁界の表面に対し近接位置に配置したものであるから、本願発明の要旨に規定する「近接位置」は、「磁気抵抗素子の感度低下を極力抑えることができる位置」と解釈されるべきであって、当該構成において、引用例1記載の発明と相違する旨主張する。 (2) 確かに、本件明細書(甲第2、第6号証の2、第9号証の2)の発明の詳細な説明中の【従来の技術】欄には、「特開平3-195970号公報(注、引用例1)においては、センサ素子の配置を磁石面に対し垂直とし、しかもセンサ素子内の磁気抵抗素子を45度配置とすることにより波形割れの対策ができる構造とした」(段落【0003】)との記載が、【発明が解決しようとする課題】欄には、 「ところが、この磁気回路の構造をとったために、磁気抵抗素子(センサ)の感度が低くなることが挙げられる。そこで、この発明の目的は、磁気抵抗素子の感度低下を極力抑えたうえで出力波形の波形割れも生じない磁気検出装置を提供することにある」(段落【0004】、【0005】)等の記載があり、本願発明が「磁気抵抗素子の感度低下を極力抑える」ことをその課題の一つとしていること自体は明らかである。 (3) しかし、そもそも、検出装置一般において、検出感度の向上ないし検出感度の低下の抑制は、普遍的な技術課題であるというべきであって、「極力抑える」との用語も、本願発明の要旨の規定するところではなく、あくまで課題を記述するにとどまるものである。したがって、本願発明の要旨に規定する「近接位置」は、 これが磁気検出装置として当然に必要な検出感度を保つに足りる程度に近接した位置を意味するということはいえても、具体的な位置(例えば、本件明細書の図14及び図15に記載された1mmの点のような磁束が乱れる直前の位置など)を特定することなく単に「近接位置」と記載しているにすぎない文言に照らしても、それ以上の特別な意味を有するとまでは解することはできない。 他方で、引用例1(甲第3号証)にも、「本発明は・・・MRE(注、磁気抵抗素子)と被検出対称(注、「被検出対象」の誤記と認める。)との間の距離に関わらず、良好に被検出対称(注、前同)の運動を検出できる磁気検出装置を提供することを目的とする」(3頁右下欄5行目〜8行目)、「従来パターンでは従来変化分が(ΔRl-ΔRs)であるのに対し、本実施例によるパターンではΔRlとなり、全抵抗に対する抵抗変化分は大きくなり、検出感度を向上させることができる」(6頁右上欄16行目〜末行)、「略45度傾けた場合が、第3図(b)からわかるように磁界角度変化に対して抵抗変化が最も急峻となるため、感度よく検出できることになる」(6頁左下欄16行目〜19行目)との記載があるように、上記認定の本願発明と同様の課題が示されている上、その第2図には、磁気抵抗素子がバイアス磁石3に近接している状態が図示されているところである。 (4) そうすると、本願発明が「磁気抵抗素子の感度低下を極力抑える」ことをその課題の一つとしているからといって、本願発明の要旨に規定する「近接位置」との要件それ自体が、引用例1記載の発明における磁気抵抗素子の位置と異なる特定の位置を規定するものということはできない。 なお、本件明細書の上記(2)の記載及び本願発明の要旨からすると、本願発明は、「バイアス磁石を中空形状とし、この中空部を貫通するように、前記磁気抵抗素子を保持する素子保持部材を配置し」た構成を採ることによって、引用例1記載の発明よりもバイアス磁石と磁気抵抗素子とをより近接位置に配置することができるようにしたものであることが認められるが、本願発明の要旨は、上記構成と「バイアス磁石の表面と被検出対象との間において当該バイアス磁石の表面に対し、前記磁気抵抗素子を、近接位置に配置する」構成とを別個の要件として規定しているのであるから、本願発明と引用例1記載の発明との具体的な構成上の相違点として、前者の構成のみを挙げた審決の認定が誤りであるとはいえない。 (5) したがって、本願発明と引用例1記載の発明との一致点として、「バイアス磁石の表面に対し、磁気抵抗素子を近接位置に配置する」点を認定した審決の認定に誤りはないというべきである。 2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は、当事者間に争いのない本願発明と引用例1記載の発明との相違点である「本願発明では、前記バイアス磁石を中空形状とし、この中空部を貫通するように、前記磁気抵抗素子を保持する素子保持部材を配置しているのに対し、引用例1に記載のものはそのようになっていない点」について、@「バイアス磁石を中空形状とする」ことと「素子保持部材をバイアス磁石の中空部を貫通するように配置する」こととは、課題を解決する上で一体不可分の関係にあるから、磁束0点をつくるためにバイアス磁石を中空形状としている引用例2記載の発明から「中空のバイアス磁石」だけを取り上げて、引用例1記載の発明に適用する動機付けは生じない、A引用例1、2記載の各発明には、磁気抵抗素子をバイアス磁界の表面に近づけて磁気抵抗素子の感度低下を極力抑えるという本願発明の課題が存在しないから、バイアス磁石の中空部を貫通するように、磁気抵抗素子を保持する素子保持部材を配置することが設計的事項であるとはいえない旨主張する。 (2) しかし、まず、磁気抵抗素子をバイアス磁界の表面に近づけて磁気抵抗素子の感度低下を極力抑えるという課題が引用例1に開示されているかどうかを見るに、引用例1(甲第3号証)には、「この様な構成の磁気検出装置の感度や精度は、バイアス磁石の発生するバイアス磁界の強度および角度に大きく依存している」(2頁左下欄6行目〜8行目)、「エアギャップ(注、被検出対象とMRE(磁気抵抗素子)との離隔)が大な時はこの変化する磁界角度は小さい・・・。しかしながら、エアギャップが小となると、第10図(b)に示すように変化する磁界角度が大きくなる」(3頁右上欄8行目〜17行目)、「通常MREにバイアスするための磁石を有し被検出対象の運動を検出する磁気検出装置では前述した磁界角度の変化は、ギアのピッチ、エアギャップ長にもよる」(5頁左下欄1行目〜4行目)、「本実施例によるパターンでは・・・全抵抗に対する抵抗変化分は大きくなり、検出感度を向上させることができる」(6頁右上欄18行目〜末行)との記載があり、これに第4図(a)(b)及び第3図(b)の図示を総合すれば、引用例1には、エアギャップを小さくして「磁界角度」(磁界の振れ)を大きくする配置を採用することにより、磁気抵抗素子の抵抗変化を大きくし、検出感度を向上させることが開示されていると認められる。 そして、ここでいう「磁界角度」(バイアス磁石の中心軸とバイアス磁界とのなす角度)の変化は、バイアス磁石が磁性材料を有する被検出対象に引かれて向きを変える磁気ベクトルの変化によって生ずるのであるから、「磁界角度」を大きくするためには、被検出対象とバイアス磁石との距離、すなわち被検出対象から磁気抵抗素子との距離及び磁気抵抗素子とバイアス磁石との距離の和を短くすれば足りることが明らかである。そうすると、「磁界角度」を大きくする配置としては、引用例1に直接記載されているようなエアギャップ(被検出対象と磁気抵抗素子との離隔)を小さくする方法だけでなく、バイアス磁石と磁気抵抗素子との距離を短くする方法も当然に想定されているというべきである。しかも、検出装置一般において、検出感度の向上ないし検出感度の低下の抑制は、普遍的な技術課題であり、引用例1記載の発明においてもこれが妥当することは前示のとおりである。 そうすると、引用例1には、磁界角度を大きくする配置を採用するという観点から、被検出対象とバイアス磁石との距離を短かくすること、すなわち、磁気抵抗素子をバイアス磁界の表面に近づけることによって、磁気抵抗素子の感度低下を極力抑えるという本願発明の課題が開示されているというべきである。 (3) そこで、次に、上記の課題に基づいて、バイアス磁石を中空形状とし、この中空部を貫通するように、磁気抵抗素子を保持する素子保持部材を配置することが当業者の容易に想到し得たことであるかどうかについて判断する。 ア 引用例2(甲第4号証)には、「第7図に本発明の一実施例における構成を示す。・・・5は前述した内側が中空の永久磁石・・・である。・・・ハウジング10a内の開口端側に永久磁石5が内蔵され、この永久磁石5の外側端には非磁性体製のリング状保護部材15が設けてある。また、磁気抵抗素子11は永久磁石5の中心線上の磁束零の付近であるリング状保護部材15の中心に配設され、これら磁気抵抗素子11、永久磁石5およびリング状保護部材15は、このリング状保護部材15およびハウジング10a内に充填した接着剤13によりハウジング10aに固着保持される」(3頁左上欄末行〜右上欄19行目)との記載及び第7図によれば、引用例2には、バイアス磁石の表面に対し磁気抵抗素子を近接位置に配置する手段として、「バイアス磁石を中空形状とし、バイアス磁石の端面に、磁気抵抗素子を保持する素子保持部材を配置する」構成が開示されていることが認められる。 イ 特開昭59-35106号公報(乙第1号証)には、「第2図・・・に示す回転検出器10は、磁性体からなる棒状の磁極片11と・・・円筒状のケース12と、円柱状の中心に上記磁極片11が貫挿されて、上記ケース12の略中央に挿入され、かつその中心部と外周部とが互いに異極となるように半径方向に着磁された磁石13と・・・から概略構成されている」(2頁右上欄2行目〜13行目)、「第6図・・・に示す回転検出器40は・・・磁極片11の後端に、前記磁気検出素子41を取付けるとともに、上記磁極片11の先端にも同一特性の磁気検出素子42を取付けてなるものである」(3頁右下欄11行目〜19行目)との記載及び第2、第6図の図示によれば、乙第1号証には、磁気検出素子42を取り付けた磁極片11を円柱状磁石13に貫挿して支持することが記載されている。すなわち、バイアス磁石の表面に対し磁気抵抗素子を前方に配置する手段として、本願発明の「バイアス磁石を中空形状とし、この中空部を貫通するように、磁気抵抗素子を保持する素子保持部材を配置する」に相当する構成が開示されている。 ウ 特開昭63-135816号公報(乙第2号証)には、「本発明は次の構成を有する。即ち永久磁石とホール発電機を有する磁界発信器において、永久磁石としてリング磁石を設け、さらにホール発電機をリング磁石の開口に配置するようにし・・・たのである。有利な実施例は次の構成を有する。即ち磁界発信器の電気部品を支持するプリント配線板に、リング磁石の開口の中を挿入される付加部材を設け、さらにホール発電機をプリント配線板の、リング磁石の中へ導入される前記付加部材の端面に設けるようにし、さらにリング磁石をプリント配線板の前記付加部材の上に固定したのである」(2頁右下欄2行目〜19行目)、「第5図は組み込み可能な磁界発信器の実施例を示す。図示されているようにホール発電機3は、プリント配線板5に形成される付加部材の端面に設けられている。この場合この付加部材は、リング磁石1の円筒の開口6の中へ挿入される。・・・リング磁石1とプリント配線板5との結合は、ホール発電機3をリング磁石1の磁界の存在しない“室”2の中に位置固定してから、例えば適切な接着剤8を用いて行われる」(3頁左下欄16行目〜左下欄10行目)との記載があり、これによれば、乙第2号証には、永久磁石としてリング磁石を設け、リング磁石の開口の中に挿入される付加部材を設け、磁気抵抗素子に相当するホール発電機を付加部材の端面に設け、 さらに付加部材をリング磁石に固定する構成が記載されている。すなわち、バイアス磁石の表面に対し磁気抵抗素子を近接位置に配置する手段として、本願発明の「バイアス磁石を中空形状とし、この中空部を貫通するように、磁気抵抗素子を保持する素子保持部材を配置する」に相当する構成が開示されている。 エ 特開平1-132183号公報(乙第3号証)及び特開平1-175141号公報(乙第4号証)には、バイアス磁石として中空状磁石を使用することが記載されている。 (4) 上記(3)の認定によれば、バイアス磁石として中実形状及び中空形状のいずれも適用が可能であり、バイアス磁石を中空形状とし、この中空部を貫通するように、磁気抵抗素子を保持する素子保持部材を配置することは、本願発明の特許出願以前から周知の事項というべきである。 そうすると、本願発明と引用例1記載の発明との相違点である「バイアス磁石を中空形状とし、この中空部を貫通するように、磁気抵抗素子を保持する素子保持部材を配置する」構成は、当業者が、引用例1に開示されている「磁気抵抗素子とバイアス磁石との距離を短かくすることにより検出感度を向上させること」を動機とし、その磁気抵抗素子の取付けに当たって、それ自体周知技術にすぎない当該構成を設計的事項として参酌することにより、容易に想到し得たものというべきである。 なお、原告は、「バイアス磁石を中空形状とする」ことと「素子保持部材をバイアス磁石の中空部を貫通するように配置する」こととは、課題を解決する上で一体不可分の関係にある旨主張するが、バイアス磁石として中実形状及び中空形状のいずれも適用が可能であり、かつ、中空形状としたバイアス磁石の中空部を貫通するように磁気抵抗素子を保持する素子保持部材を配置することが周知の事項である以上、これを一体とした構成も当業者が適宜選択し得る設計的事項というべきである。 (5) また、原告は、本願発明が、被検出対象の運動方向に対するバイアス磁界の磁気ベクトルの向きを検出するものであり、磁気ベクトルの振れ角が感度に影響することに基づき、磁気抵抗素子をバイアス磁石の表面に近づけることにより振れ角を大きくして感度を向上させるものであるのに対し、引用例2及び乙第1〜第5号証は、いずれも、中空磁石の軸方向における磁束強度の変化を検出するものであって、磁気ベクトルの振れ角が感度に影響するものではないので、磁気抵抗素子をバイアス磁石の表面に近づけることにより感度低下を抑えるという課題は存在しない旨主張する。 確かに、本願発明が、その要旨に規定するとおり、「被検出対象の運動方向に対するバイアス磁界の磁気ベクトルの向きを検出するようにした」磁気検出装置であるのに対し、引用例2及び乙第1〜第5号証は、このような磁気ベクトルの向き(磁界角度ないし磁界の振れ)を検出するものではない。しかし、引用例1記載の発明が、被検出対象の運動方向に対するバイアス磁界の磁気ベクトルの向きを検出するものであり、したがって、磁気抵抗素子をバイアス磁石の表面に近づけることにより振れ角を大きくして感度を向上させ得る点で本願発明と軌を一にするものであること、引用例1に示されるこの課題に基づいて、上記相違点に係る構成を適用する動機付けが得られることは前示のとおりである。そして、引用例2及び乙第1〜第5号証を引用する趣旨は、この課題を実現するための磁気抵抗素子のバイアス磁石への取付手段という意味にとどまるのであるから、引用例2及び乙第1〜第5号証が磁気ベクトルの向きを検出するものではないことは、これを引用例1記載の発明に適用する阻害要因となるものではない。 (6) よって、原告の取消事由2の主張は理由がない。 3 取消事由3(顕著な効果の看過)について 原告は、引用例1、2からは、磁気抵抗素子をバイアス磁石の表面に近づけることによって磁気抵抗素子の感度低下を極力抑えるという効果を予測することはできない旨主張するが、引用例1(甲第3号証)には、磁気抵抗素子と被検出対象との距離を小さくすると磁界の振れが大きくなり、磁界の振れが大きくなると抵抗変化が大きくなり、検出感度が向上することが開示されていることは前示のとおりであるから、原告の主張する上記の効果は、引用例1から当業者が容易に予測することのできる程度のものにすぎないというべきである。 4 以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 長沢幸男 |
裁判官 | 宮坂昌利 |