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関連審決 審判1997-11235
関連ワード 製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  技術常識 /  優先権 /  参酌 /  数値限定 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  具体的態様 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 119号 審決取消請求事件
原告 インターナショナル・ビジネス・マシーンズ・コーポレイション
訴訟代理人弁護士 齊藤文彦
同 弁理士 坂口博
同 市位嘉宏
訴訟復代理人弁理士 渡部弘道
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 森田ひとみ
同 谷口浩行
同 茂木静代
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/09/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が平成9年審判第11235号事件について平成11年11月29日にした審決を取り消す。
前提となる事実(争いのない事実)
1 特許庁における手続の経緯 原告は、平成5年4月12日(優先権主張日・1992年(平成4年)4月28日、優先権主張国・米国)、発明の名称を「耐摩耗性・耐スクラッチ性の導電性重合体組成物」(後記補正後の発明の名称「耐摩耗性・耐スクラッチ性の導電性重合体組成物およびその製造方法」)とする発明(本願発明)につき特許出願(平成5年特許願第84503号)をしたところ、平成9年3月31日に拒絶査定を受けたので、同年7月7日に拒絶査定不服の審判を請求した。
特許庁は、同請求を平成9年審判第11235号事件として審理した結果、平成11年11月29日、出訴期間として90日を付加して、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年12月15日に原告に送達された。
2 本願発明の要旨(本件特許出願の願書に添付された明細書(平成9年8月6日提出の手続補正書(甲第2号証の2)による補正後のもの。)記載の特許請求の範囲請求項1及び請求項8に係る発明)【請求項1】(以下「本願第1発明」という。) 架橋可能な耐摩耗性・耐スクラッチ性材料と、延長されたπ共役結合系を有する導電性重合体材料と、溶剤とを混合し、溶剤を除去し、前記耐摩耗性・耐スクラッチ性材料を架橋させることを特徴とする、耐摩耗性・耐スクラッチ性の導電性重合体組成物の製造方法
【請求項8】(以下「本願第2発明」という。) 表面上に、置換および非置換ポリパラフェニレンビニレン、置換および非置換ポリアニリン、置換および非置換ポリアジン、置換および非置換ポリチオフェン、置換および非置換ポリ-p-フェニレンスルフィド、置換および非置換ポリフラン、
置換および非置換ポリピロール、置換および非置換ポリセレノフェン、可溶性前駆物質から生成したポリアセチレン、およびこれらの混合物からなる群から選択された、導電性重合体の第1の層を配設する工程と、前記導電性重合体の第1の層の上に、架橋された、シリコーン、ポリシロキサン、アクリレート、メタクリレート、
エポキシ、エポキシメタクリレート、エポキシアクリレート、及びスチレンからなる群から選択された材料の第2の層を配設する工程とを含み、前記第2の層は、前記第1の層の厚みの約5%から約30%の厚みとすることを特徴とする、耐摩耗性/耐スクラッチ性の導電性コーティングを形成する方法。
3 審決の理由 別紙1の審決書の理由写し(以下「審決書」という。)のとおり、本願第1発明は、特表平3-505892号公報(平成3年12月19日公表、甲第3号証。以下「引用文献3」という。)に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであり、本願第2発明は、特開昭62-188395号公報(昭和62年8月17日公開、甲第5号証。以下「引用文献6」という。)、及び特開昭59-198607号公報(昭和59年11月10日公開、甲第7号証。以下「引用文献7」という。)にそれぞれ記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、いずれも、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断した。
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、引用文献3、6、7の各記載事項の認定、本願第1発明と引用文献3に記載された発明との相違点(イ)の認定、本願第2発明と引用文献6に記載された発明との一致点の認定及び相違点(ロ)ないし(ニ)の認定は認める。
審決は、本願第1発明について、引用文献3に記載された発明との一致点の認定を誤り(取消事由1)、発明の効果を看過し(取消事由2)、進歩性の判断を誤った(取消事由3)。また、本願第2発明について、引用文献6に記載された発明との相違点(ロ)ないし(ニ)の判断を誤り(取消事由4)、発明の効果を看過し(取消事由5)、進歩性についての判断を誤った(取消事由6)。
したがって、審決は、違法として取り消されるべきものである。 (本願第1発明について) 1 取消事由1(一致点の認定の誤り) (1) 審決は、本願第1発明と引用文献3に記載された発明は、「架橋可能な耐摩耗性・耐スクラッチ性材料と、延長されたπ共役結合系を有する導電性重合体材料と、溶剤とを混合し、溶剤を除去する耐摩耗性・耐スクラッチ性の導電性重合体組成物の製造方法。」で一致すると認定するが、誤りである。
引用文献3は、「耐摩耗性・耐スクラッチ性の導電性重合体組成物の製造方法」を、全く開示も示唆もするものではない。 (2) 引用文献3に記載された発明は、熱安定性で、導電性のポリアニリンを得ることを目的とするものであり、熱可塑性で、溶液処理可能な又は熱硬化性のポリマーと、ポリアニリンとの複合材料とすることで、「これまでの導電性ポリアニリンに使用可能な温度よりも一層高い温度で使用することができる」(甲第3号証8頁右上欄8行ないし10行)ことが開示されているにすぎない。
(3) 審決は、「引用文献3には、上記組成物の用途として「CRTスクリーンのための帯電防止仕上剤」が例示されており、一方、本願明細書には、「本発明の他の具体的態様では、光透過性の複合材料を視覚表示装置、たとえばCRT上の耐摩耗性/耐スクラッチ性の帯電層または帯電防止層として使用する。」との記載が認められる。そうすると、本願請求項1に係る発明と上記引用文献3に記載されたものとは、ともに、製造される組成物がCRTスクリーン用帯電防止剤として用いられるものであり、このような帯電防止剤被膜に耐摩耗性及び耐スクラッチ性が求められるのは、使用態様からして自明のことというべきである。」(審決書9頁13行ないし10頁7行)と述べている。
しかし、帯電防止剤被膜に耐摩耗性及び耐スクラッチ性が求められるのは、使用態様からして自明であるとする認定は、何の根拠もなく、認められるものではない。
そもそも、引用文献3に記載されている導電性ポリアニリンの用途として記載されているのは、「CRTスクリーンのための帯電防止仕上剤」(甲第3号証9頁右下欄19行、20行)であって、「帯電防止剤被膜」ではない。「帯電防止仕上剤」とは、「荷電をリークさせ、静電気の帯電を防止する」(1996年、日刊工業新聞社発行「マグローヒル科学技術用語大辞典」1050頁「帯電防止剤」の項、甲第4号証の1、及び同辞典942頁「静電防止剤」の項、甲第4号証の2)、「表面特性を付与するために用いる物質」(同辞典677頁「仕上げ剤」の項、甲第4号証の3)であって、必ずしも被膜を形成するものである必要はない。
ここで要求される特性は、電気的なものでしかなく、耐摩耗性・耐スクラッチ性は求められたとしても、付加的なものである。したがって、「CRTスクリーンのための帯電防止(仕上)剤」だからといって、耐摩耗性・耐スクラッチ性を具備しているとは、一義的にはいえない。
また、仮に、引用文献3に記載された組成物をCRTスクリーン用帯電防止剤として用い、スクリーン上に帯電防止剤被膜が形成されたとしても、かかる被膜が耐摩耗性・耐スクラッチ性を備えている必然性はない。
(4) 被告は、CRTスクリーンのための帯電防止剤塗布層に耐摩耗性及び傷つき防止性が求められることは当業界で周知である旨主張し、その証拠として、乙第4ないし第7号証を挙げる。
しかし、乙第4号証で、帯電防止剤として例示されている「三菱油化ECX」は、CRTスクリーンのための帯電防止剤塗布層として使用されるとの記載はない。また、炭素系導電性フィラー複合プラスチックに求められる特性として、「導電性という機能と、プラスチック材料に求められる一般物性・・・を兼備すること」(乙第4号証157頁右欄5行ないし8行)が挙げられているが、これは、絶縁性プラスチック中に導電性フィラーを添加して練り込んで形成するにあたり、
「プラスチック本来が持っている特性をできるだけ保持」(乙第4号証157頁左欄1行、2行)することを意味しているにすぎない。
乙第5号証には、CRT表面上の帯電を防止するのに有効な帯電防止塗料が記載されている。しかし、「高硬度の被膜を与える」ことは、付加的な特性として特記されているのであって、帯電防止塗料の当然具備すべき物性であるとはされていない。また、乙第5号証に記載された帯電防止塗料は、珪素化合物及びジルコニウム化合物を含むもので、本願発明の導電性ポリマー組成物とはその構成を全く異にするものであり、かかる証拠によって、本願発明の特許性を論じることはできない。
乙第6号証には、ブラウン管に帯電防止性を与える硬化性樹脂組成物が記載されている。しかし、「耐摩耗性」は、「帯電防止性」の付加的な特性として、特記されているにすぎない。かかる記載によれば、「耐摩耗性」は、「帯電防止性を有するブラウン管」(乙第6号証第2頁右上欄下から1行)の当然具備すべき物性であるとはいえない。
乙第7号証には、ブラウン管パネル面上の帯電を防止するのに有効な帯電防止樹脂材料が記載されている。しかし、乙第7号証も、耐摩耗性・耐スクラッチ性が、
CRTスクリーン用などの帯電防止被膜に当然具備すべき物性であることを示すものではない。
(5) さらに、静電気放電層として使用される導電性重合体組成物であっても、必ずしも耐摩耗性・耐スクラッチ性を具備するものでないことは甲第13号証(特許3037910号公報)からも明らかである。
(6) 以上のとおり、引用文献3は、「耐摩耗性・耐スクラッチ性の導電性重合体組成物の製造方法」を開示も示唆もするものではなく、かかる点を看過してなされた審決の一致点の認定は、誤りである。
2 取消事由2(予想外の効果の看過) (1) 本願第1発明は、その構成によって、混合物の形でも耐摩耗性・耐スクラッチ性と導電性を保持することのみならず、「ハードコートが、水が複合材料の基質中に拡散するのを防止」(本願明細書(甲第2号証の1)の段落【0046】)し、「水洗してもドーパントが除去されることがなくなる」(同)ので、
「水にさらしてもその導電性を失わない」(同)効果が得られ、さらに、「ハードコートは架橋した基質であるため、一般に溶解度が限られており、従って複合材料は有機溶剤に容易に溶解しない」(段落【0047】)、つまり、「導電性重合体を溶かして基板から除去」(段落【0005】)してしまう有機溶剤に対しても、
溶剤安定性をもたらす効果をも奏するのである。要約すると、「溶剤、水およびアルカリ溶液に対する安定性がかなり強化されている」(同)という効果を奏するのである。
(2) ところが、熱安定性で導電性のポリアニリンを得ることを目的とする発明を開示する引用文献3には、かかる効果は全く示されていない。引用文献3には、熱可塑性で、溶液処理可能な又は熱硬化性のポリマーと、ポリアニリンとの複合材料とすることで、「これまでの導電性ポリアニリンに使用可能な温度よりも一層高い温度で使用することができる」(甲第3号証8頁右上欄8行ないし10行)ことが記載されているにすぎず、熱安定性だからといって、溶剤、水およびアルカリ溶液に対する安定性も具備するとはいえないことは明らかである。
また、導電性重合体材料と、耐摩耗性・耐スクラッチ性材料とを含むからといって、これらを混合したときに、これらの特性を両方とも発現するとは限らない。ましてや、導電性及び耐摩耗性・耐スクラッチ性以外の、溶剤、水およびアルカリ溶液に対する安定性をも具備することは、全くの予想外の効果というべきである。
導電性重合体材料の多くが、水にさらすと、重合体を導電性にしているドーパントが水によって除去されるため、導電性を失うことはよく知られている。ドーパントがドープされている様は、例えば、本願明細書の段落【0030】の化学式2で示されているように、ポリアニリンのイミン部の窒素原子にプロトン酸などが付加して塩を生成し、導電性が付与されるのである。かかる構造は、塩であるから、水に接すると容易に溶解することが理解される。しかし、このような構造に、耐摩耗性・耐スクラッチ性材料を混合し、架橋したからといって、ドーパントが脱離しないものとなることは容易に想像し得るであろうか。また、導電性重合体は、有機溶剤に溶解することは知られているが、耐摩耗性・耐スクラッチ材料を混合して、架橋したからといって、有機溶剤に容易に溶解しないものとなることは容易に想像し得るであろうか。いずれの場合も、架橋の網目構造をかいくぐってドーパントや、
導電性重合体が溶出してしまうことも十分想像し得るのである。
(3) 審決は、以上の本願第1発明の予想を越える効果を看過し、何の根拠もなく、「本願請求項1に係る発明は、この点により特に予測をこえる作用効果を奏し得たものでもない」(審決書10頁15行ないし17行)と判断しているが、これは誤りであって、到底認められない。
3 取消事由3(進歩性の判断の誤り) (1) 審決は、本願第1発明は、「引用文献3に記載された組成物をCRTスクリーン用帯電防止剤として用いる際に、スクリーン上に形成される被膜に上記自明の要求物性である耐摩耗性及び耐スクラッチ性を付与すべく、該組成物中に包含されるシリコーン等の熱硬化性ポリマーを架橋させて本来の硬化性を発現させることは、当業者が容易に想到し得たものというほかはない。」(審決書10頁7行ないし14行)と判断するが、誤りである。
(2) 審決の上記判断は、取消事由1の(3)の「本願請求項1に係る発明と上記引用文献3に記載されたものとは、ともに、製造される組成物がCRTスクリーン用帯電防止剤として用いられるものであり、このような帯電防止剤被膜に耐摩耗性及び耐スクラッチ性が求められるのは、使用態様からして自明のことというべきである。」との認定に基づくものであるが、この認定が誤りであることは上記のとおりである。
帯電防止剤に耐摩耗性及び耐スクラッチ性が求められることは自明でない以上、
「耐摩耗性・耐スクラッチ性の導電性重合体組成物」を目的とせず、かつ、導電性ポリアニリンと混合された熱硬化性ポリマーを架橋することを何ら示さない引用文献3に基づいて、「耐摩耗性及び耐スクラッチ性を付与すべく」、「組成物中に包含されるシリコーン等の熱硬化性ポリマーを架橋させ」ることを当業者が容易に想到し得たものというべきではない。
(本願第2発明について) 4 取消事由4(相違点についての判断の誤り) 本願第2発明と引用文献6に記載された発明とは、審決が認定するとおり、「表面上に、置換及び非置換ポリパラフェニレンビニレン・・置換及び非置換ポリピロール・・からなる群から選択された導電性重合体の第1の層を配設する工程と前記第1の層の上にシリコーン・・アクリレート・・からなる群から選択された材料の第2の層を配設する工程を含む耐摩耗性の導電性コーティングを形成する」点で一致し、引用文献6には、本願第2発明の構成要件である、(ロ)第2の層の材料が「架橋」されている点、(ハ)「第2の層は第1の層の厚みの約5%から約30%の厚みとする」点、及び(ニ)耐スクラッチ性の導電性コーティングを形成する点、について記載されていない点で相違しているものである(審決書12頁6行ないし13頁2行)ところ、審決は、これらの相違点(ロ)ないし(ニ)についての判断を誤ったものである。
(1) 相違点(ロ)について ア 審決は、「引用文献6には表面硬化処理層の形成に多価アルコールのアクリル酸エステルのオリゴマーを用いることが記載されているが、このようなものには分子中に2以上の官能基が存在し、紫外線等の照射による硬化に際しては自己架橋反応が生ずるものと解されるので、(ロ)の点は実質的な相違点とはいえない。」(審決書13頁4行ないし11行)と判断するが、誤りである。
イ 引用文献6は、「絶縁フィルム上に、ポリビニルアルコールからなる層を介して、ポリピロール製の導電層が設けられ、その上にさらに表面硬化処理層が設けられてなる導電性フィルム」(請求項1)を開示するものであることは、審決が認定するとおりである。しかし、その表面硬化処理層については、「例えば、溶媒で希釈されたオリゴマー(多価アルコールのアクリル酸エステルなど)に感光剤(ベンゾインエチルエーテルなど)を添加した感光性溶液を作成し、これを導電層3上に塗布して乾燥した後、紫外線等を照射してこれを硬化させることによって表面硬化処理層4を形成することができる。」(甲第5号証3頁左上欄9行ないし15行)と記載されているにすぎず、この表面硬化処理層が架橋されたものであることは、全く示されていない。
引用文献6のこの部分の記載は、通常のアクリル樹脂の製造方法である、アクリル酸エステルのオリゴマーを原料として、紫外線照射によって、感光剤を活性化し、それが重合開始剤となって、原料のオリゴマーをラジカル重合し、ポリマー(重合体)を形成することを意味するものであって(浅見高著「プラスチック材料講座[12]アクリル樹脂」、1970年、日刊工業新聞社発行、甲第6号証21頁下から3行ないし22頁8行参照)、何の根拠もなく、「分子中に2以上の官能基が存在し、紫外線照射による硬化に際して自己架橋反応が生ずるものと解される」旨の審決の認定は、これを認めることができない。
また、引用文献6の実施例1及び2を参照しても、硬化させた表面硬化処理層を形成することが記載されているのみで、これらが架橋されたものであることを示す記載は見られない。
このように、引用文献6には表面硬化処理層が架橋されていることを何ら示していないことを看過して、相違点(ロ)の「第2の層の材料が「架橋」されている点」は、「実質的な相違点ではない」とした審決の判断は誤りである。
ウ 被告は、多価アルコールのアクリル酸エステルが紫外線等の光照射による硬化に際して自己架橋反応を生じることは本願発明の出願前当業者間で周知である旨主張し、その証拠として乙第8号証を挙げる。
しかし、乙第8号証によれば、光橋かけ反応を生じるのは、「N,N’-メチレンビスアクリルアミドのような多官能性モノマーと、結合剤高分子としてアルコール可溶性ナイロン、及び重合開始剤とからなる光重合組成物」(22頁下から1行ないし23頁2行)であって、この結合剤高分子が架橋構造を形成している。一方、引用文献6は、表面硬化処理層として、「オリゴマー(多価アルコールのアクリル酸エステルなど)に感光剤(ベンゾインエチルエーテルなど)を添加した感光性溶液」(甲第5号証3頁左上欄9行ないし12行)、又は、「ベンゾインエチルエーテルを含むアクリル酸エステルのオリゴマーを塗布し、紫外線を照射して最適条件下で硬化させて表面硬化処理層4を形成」(同頁右下欄3行ないし6行)することが記載されているにすぎず、ここに結合剤高分子を含むことは記載されていない。
したがって、引用文献6には、紫外線照射によって、光重合することは記載されていても、光橋かけ反応が生じることが記載されているとはいえず、引用文献6に記載の多価アルコールアクリル酸エステルのオリゴマーが紫外線などの照射による硬化に際しては自己架橋反応が生ずるとした審決の認定は誤りである。
(2) 相違点(ハ)について ア 審決は、引用文献7に、透明導電層の上に被覆された保護膜は、「一般に電気絶縁性であるが、その膜厚が数十μm以下、好ましくは20μm以下であれば、その下地である導電層の機能を損なわないことがわかった。即ち、保護層にも帯電防止効果が及ぶのである。・・このことは保護層の厚さを適当な薄さに調整することにより透明導電膜本体の機能を損なわないで、膜強度の向上と透明性の改善を達成できることを意味する。」と記載されていることを根拠とし、「この知見をもって、上記引用文献6に記載されたものにおいて導電層と表面硬化処理層の全体を導電性にすべく表面硬化処理層の厚みを適当な薄さに調整することは当業者が容易になし得たものというべきであり、それを本願請求項8に係る発明のように、第1の層(導電性層)の厚みとの関係において数値限定することは、適宜行うべきことにすぎない。」(審決書13頁12行ないし14頁13行)と判断するが、誤りである。
イ 引用文献7に記載された発明は、「基体表面上に設けられた透明導電層と、該透明導電層の上に被覆された透明保護層とからなる透明導電膜」(請求項1)に関するものであるが、ここで透明導電膜は、「酸化スズ、酸化スズ-酸化アンチモン又は酸化インジウム-酸化スズ」(甲第7号証1頁右欄9行ないし11行)といった酸化物半導体導電膜に属するものであって、本願第2発明の導電性重合体組成物とは、全く構成を異にするものである。また、引用文献6に記載された発明とも、この点で構成を異にしており、引用文献6に記載された発明と引用文献7に記載された発明とを組み合わせる必然性は全くない。
ウ 仮に両者を組み合わせたとしても、引用文献7に記載された発明において、その透明保護膜は、「その膜厚が数十μm以下、好ましくは20μm以下」であることが示されており、実施例を参照しても、3μmないし5μmの膜厚が示されているにすぎず、これらの膜厚の数字から、本願第2発明の特徴である相違点(ハ)の「第2の層は第1の層の厚みの約5%から約30%の厚みとする」ことは全く示唆されない。なぜなら、この透明保護膜が保護する透明導電膜は、上記のように酸化スズなどの酸化物半導体導電膜であって、このような透明導電膜の膜厚は、引用文献7中には記載がないが、通常、せいぜい数μm程度の膜厚である(日本学術振興会薄膜第131委員会編「薄膜ハンドブック」(1983年、オーム社発行)、甲第8号証499頁図1・95参照)。よって、引用文献7に記載された発明の透明保護膜は、透明導電膜のそれに対し、100%以上の厚みを示しているのである。
エ さらに、引用文献6及び7にそれぞれ記載された発明をいかに組み合わせようとも、本願第2発明の特徴である、第2の層が第1の層の厚みの約5%から約30%の厚みであると十分に薄く、十分な導電性が得られ、上層への接点が下層の導電層と電気的に接続されること、さらに、第2の層が架橋されていることで、
第2の層が、導電層である第1の層の厚みの約5%から約30%の厚みであっても、十分耐摩耗性・耐スクラッチ性を発揮し、かつ、溶剤、水及びアルカリ溶液に対する安定性を有する導電性複合材料をなし得ることを全く開示も示唆もしないのである。したがって、「本願請求項8に係る発明のように、第1の層(導電性層)の厚みとの関係において数値限定することは、適宜行うべきことにすぎない。」とした審決の判断は誤りであり、到底認めることはできない。
(3) 相違点(ニ)について ア 相違点(ニ)について、審決は「引用文献6に記載されたものにおいては、上記(ロ)の点について述べたとおり、本願請求項8に係る発明と同様に第2の層(表面硬化処理層)の架橋が行われると解される以上、同層の物性についても同様に、耐スクラッチ性を有するものというほかはない。また、引用文献6に記載されたものにおいて導電層と表面硬化処理層の全体を導電性にすることは、フィルムの用途を考慮して適宜行うべき事項にすぎず、本願請求項8に係る発明における(ニ)の構成に格別の技術的困難性は見いだせない。」(審決書14頁15行ないし15頁5行)と判断するが、誤りである。
上記(1)のとおり、引用文献6に記載された表面硬化処理層は架橋されているとは認められないから、かかる誤った前提に基づいてなされた相違点(ニ)についての判断も誤りであることは明らかである。
5 取消事由5(効果の看過)について (1) 審決は、「引用文献6に記載されたものは架橋された表面硬化処理層を有し、耐湿性を有するものであるから、導電層に対する水等の悪影響を排除し得る点で本願請求項8に係る発明と同様の作用効果を奏するものと認められ・・・本願請求項8に係る発明が特に予測をこえる作用効果を奏し得たものとは認められない。」(審決書15頁6行ないし13行)と判断するが、誤りである。
(2) 本願第2発明は、「耐スクラッチ性および耐摩耗性であり、導電性を有する複合重合体材料を提供する」ことを目的としてなされたものであり、請求項8に記載されるように、「表面上に・・・導電性重合体の第1の層を配設する工程と、前記導電性重合体の第1の層の上に、架橋された・・・アクリレート、メタクリレート・・・からなる群から選択された材料の第2の層を配設する工程とを含み、前記第2の層は、前記第1の層の厚みの約5%から約30%の厚みとすることを特徴とする、耐摩耗性/耐スクラッチ性の導電性コーティングを形成する方法」という構成によって達成されるものである。
かかる構成においては、第2の層が「架橋」されている点を特徴とし、それによって、第2の層が第1の層の厚みの約5%から約30%の厚みと十分薄くすることができ、それによって十分な導電性が得られ、上層への接点が下層の導電層と電気的に接続されること、さらに、第2の層が架橋されていることで、第2の層が、第1の層の厚みの約5%から約30%の厚みであっても、十分耐摩耗性・耐スクラッチ性を発揮し、かつ、溶剤、水及びアルカリ溶液に対する安定性を有する導電性複合材料をなし得る、優れた効果を奏するものである。
(3) 一方、引用文献6に記載された発明では、ポリピロール製の導電層の上に、例えば、アクリル酸エステルなどを硬化させて得た表面硬化処理層が形成された導電性フィルムが開示され、かかる構成によって、透明性を有し、耐摩耗性、耐湿性に優れ、かつ導電率の経時変化の少ない導電性フィルムとすることができるという効果が示されている。
しかし、引用文献6には、表面硬化処理層が架橋されることは全く示されておらず、その導電性フィルムが耐湿性を有するものであったとしても、溶剤に対する安定性については何も示されていないし、耐摩耗性を有するものであったとしても、
耐スクラッチ性をも有するものであることも何も示されていない。また、上記のとおり、引用文献6及び7にそれぞれ記載された発明をいかに組み合わせようとも、
本願第2発明の特徴である、第2の層が第1の層の厚みの約5%から約30%の厚みであると十分薄く、十分な導電性が得られ、上層への接点が下層の導電層と電気的に接続されること、さらに、第2の層が架橋されていることで、第2の層が、導電層である第1の層の厚みの約5%から約30%の厚みであっても、十分耐摩耗性・耐スクラッチ性を発揮し、かつ、溶剤、水及びアルカリ溶液に対する安定性を有する導電性複合材料をなし得ることは、全く開示も示唆もされないのであって、
本願第2発明が「特に予測をこえる作用効果を奏し得たものとは認められない」とする判断は、到底認められるものではない。
6 取消事由6(進歩性の判断の誤り) (1) 審決は、本願第2発明は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が引用文献6及び7に記載された発明に基いて容易に発明をすることができたものである。」(審決書15頁14行ないし17行)と判断するが、
誤りである。
(2) 審決は、本願第2発明と、引用文献6に記載された発明との相違点について、引用文献に記載された発明を、本願発明に係る明細書から得た知識を前提にして事後的に分析することで、その相違点を微小なものと判断し、また、引用すべきでない引用文献を引用した上、当業者が容易に想到し得る範囲を誤って判断して、相違点を過小評価し、本願発明が引用した引用文献6及び7に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと誤って判断したものである。
引用文献6に記載された発明は、本願第2発明とは、前記相違点(ロ)ないし(ニ)の点で構成を異にするものであり、したがって、本願第2発明の効果を想到させるものではない。
さらに、引用文献7に記載された発明は、酸化物半導体導電層を有するものであって、導電性重合体組成物を開示する本願第2発明とも、引用文献6に記載された発明とも、本質的に異なるものであって、引用すべきものでもなければ、引用文献6と組み合わせるべきものでもない。
仮に、引用文献7を引用したとしても、相違点(ハ)の点をはじめ、本願第2発明とは全く構成を異にし、本願第2発明の効果を想到させるものではない。
(3) よって、本願第2発明は、引用文献6に基づいて、引用文献7と組み合わせたとしても、当業者が容易に発明をすることができたものではなく、本願第2発明が特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとの審決の判断は誤りである。
被告の反論の要点
審決の認定、判断に誤りはなく、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(本願第1発明について) 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)に対して (1) 引用文献3には、引用文献3記載の組成物の用途として「CRTスクリーンのための帯電防止仕上剤」が記載されているところ、CRTスクリーン用の帯電防止仕上剤の塗布層に耐摩耗性及び傷つき防止性が求められることは自明であり、本願発明の出願前に当業者間で周知である。このことは、例えば、乙第4号証(最新高分子材料・技術総覧編集委員会編、「最新高分子材料・技術総覧」テック出版株式会社発行)、乙第5号証(特開平1-261465号公報)、乙第6号証(特開昭59-12550号公報)及び乙第7号証(特公昭55-1946号公報)から明らかである。したがって、引用文献3記載の組成物も当該製品に望まれるそのような性質を持つものと解されるから、本願第1発明と引用文献3の発明とはこの点において何ら差異はなく、審決の認定に誤りはない。
2 取消事由2(予想外の効果の看過)に対して (1) 原告は、本願第1発明は、「ハードコートが、水が複合材料の基質中に拡散するのを防止し」、「水洗してもドーパントが除去されることがなくな」り、
その結果、「水にさらしてもその導電性を失わない」こと、及び「ハードコートは架橋した基質であるため、一般に溶解度が限られており、したがって、複合材料は有機溶剤に容易に溶解」せず、「溶剤、水およびアルカリ溶液に対する安定性がかなり強化され」るという効果を奏するのであり、引用文献3にはこのような効果が全く示されていない旨主張する。
(2) しかしながら、本願第1発明の導電性重合体は、ドーパントを有するものに限定されていない。ドーパントを含有しない導電性重合体には、水によるドーパントへの悪影響に伴う導電性の失活という弊害は起こるはずもないから、導電性重合体がドーパントを含有するものであることを前提とした本願第1発明の効果に関する上記原告の主張は、発明の構成に基づかないものである。
(3) 熱硬化性樹脂は、その架橋硬化により不溶不融性の三次元網目構造物となるのが特徴であるから、引用文献3に記載のものにおいても、ポリアニリンを熱硬化性ポリマーとの均質混合物としてこれを硬化させれば、自ずと熱硬化性ポリマーの不溶不融性が発揮されて、「溶剤、水およびアルカリ溶液に対する安定性」が強化することは、当業者が容易に予測し得るものというほかはない。
3 取消事由3(進歩性の判断の誤り)に対して (1) 上記のとおり、CRTスクリーン用帯電防止被膜に耐摩耗性及び耐スクラッチ性が求められるのは自明のことであり、硬化性樹脂組成物を硬化させてCRT面上に硬い被膜を形成することが乙第4ないし第7号証に見るように周知である以上、引用文献3に開示されたポリアニリンと熱硬化性ポリマーとの組成物を、このような用途に供する際に、力学的、化学的、熱的に強い樹脂製品とするために、
熱硬化性ポリマーの有する架橋硬化性を意識的に発現させて耐摩耗性及び耐スクラッチ性を被膜に付与しようとすることは、当業者が容易に想到し得た範囲を超えるものではない。
(本願第2発明について) 4 取消事由4(相違点についての判断の誤り)に対して (1) 相違点(ロ)について 多価アルコールのアクリル酸エステルが紫外線等の光照射による硬化に際して自己架橋反応を生ずるものであることは本願発明の出願前に当業者間で周知である。
例えば、乙第8号証には、感光性高分子の光橋かけ(photocrosslinking)反応を分類した5類型の一つとして、「ポリマー中に含まれる官能基に、増感剤が介在して反応する」ものが記載されており、側鎖に二重結合をもつポリマーが例示されている(4頁表1.1の「5)」、5頁1行)。このポリマーが多価アルコールの(メタ)アクリル酸エステルから誘導されたものであることはその構造式から明らかであり、同号証には、さらに、多価アルコールのアクリル酸エステルを印刷用凸版に応用した例(22頁10行ないし23頁本文末行)及び多官能アクリル系モノマーの具体例(235頁表7.4)も示されている。
したがって、審決の判断には誤りはない。
(2) 相違点(ハ)について 原告は、引用文献6と引用文献7にそれぞれ記載された発明を組み合わせる必然性はなく、また、組み合わせてみても、本願第2発明の 「第2の層は第1の層の厚みの約5%から約30%の厚みとする」点は容易に想到し得たものではない旨主張する。
しかしながら、審決では引用文献7を、「基体表面上に設けられた透明導電層と、該導電層の上に被覆された透明保護層とからなる透明導電膜」において「保護層の厚さを適当な薄さに調整することにより透明導電膜本体の機能を損なわないで、膜強度の向上と透明性の改善を達成できる」との知見が開示されているものとして引用しているのであり、導電層の材質を問題としているわけではない。そして、引用文献7において導電層の厚さと保護層の厚さとの比が原告主張のとおりであったとしても、そのことは引用文献7に開示された上記知見を引用文献6に記載された発明に適用する際に何らの影響も与えるものではなく、引用文献6に記載された発明においては、それ自体の導電性と強度等を勘案しつつ最適厚さを実験的に設定すればよいのである。
よって、原告の主張は失当である。
(3) 相違点(ニ)について 上記(1)のとおり、引用文献6に記載された表面硬化層は架橋されているものと解されるので、当然それに伴い耐スクラッチ性を帯びているものというべきである。
5 取消事由5(効果の看過)に対して (1) 原告は、本願第2発明は、特定の厚みの架橋された導電性コーティングを有することにより、耐磨耗性・耐スクラッチ性を発揮し、かつ溶剤、水及びアルカリ溶液に対する安定性を有する導電性複合材料となし得るのに対し、引用文献6には表面硬化処理層が架橋されていることは全く記載されておらず、本願第2発明のような効果を奏することも示されていない旨主張する。
しかしながら、引用文献6には、表面硬化処理層を形成したり耐摩耗性、耐湿性(即ち、水に対する安定性)のフィルムを得ることが明示されており、上記のとおり、この硬化処理層は架橋されたものと解される以上、その作用効果において、本願第2発明における導電性コーティングと差異が生ずるものと解すべき理由はない。
6 取消事由6(進歩性の判断の誤り)に対して 原告の主張は、いずれも、取消事由4及び5における主張の繰り返しにすぎず、
上記のとおり、審決には原告が主張するような誤りはない。
理 由
本願第2発明に関する取消事由の成否について
まず、本願第2発明に関する原告の取消事由4ないし6の主張の成否について判断する。
1 取消事由4(相違点についての判断の誤り)について (1) 本願第2発明と引用文献6に記載された発明とは、審決が認定するとおり、「表面上に、置換及び非置換ポリパラフェニレンビニレン・・置換及び非置換ポリピロール・・からなる群から選択された導電性重合体の第1の層を配設する工程と前記第1の層の上にシリコーン・・アクリレート・・からなる群から選択された材料の第2の層を配設する工程を含む耐摩耗性の導電性コーティングを形成する」点で一致し、引用文献6には、本願第2発明の構成要件である、(ロ)第2の層の材料が「架橋」されている点、(ハ)「第2の層は第1の層の厚みの約5%から約30%の厚みとする」点、及び(ニ)耐スクラッチ性の導電性コーティングを形成する点、について記載されていない点で相違しているものである(審決書12頁6行ないし13頁2行)ことについては、原告において争っていない。
原告は、審決は、上記の相違点(ロ)ないし(ニ)についての判断を誤ったものである旨主張するので、以下、検討する。
(2) 相違点(ロ)について ア 原告は、「引用文献6には表面硬化処理層の形成に多価アルコールのアクリル酸エステルのオリゴマーを用いることが記載されているが、このようなものには分子中に2以上の官能基が存在し、紫外線等の照射による硬化に際しては自己架橋反応が生ずるものと解されるので、(ロ)の点は実質的な相違点とはいえない。」との審決の認定は、誤りであると主張する。
イ 甲第5号証によれば、引用文献6には、「基材1とポリビニルアルコール層(以下、PVA層と略称する)2とポリピロール導電層(以下、導電層と略称する)3と、表面硬化処理層4とが順次積層」された導電性フィルムに関する発明が開示され(2頁右上欄3行ないし7行)、この発明の導電性フィルムの表面硬化処理層4について、「表面硬化処理層4は、導電層3およびPVA層2を保護するものである。この表面硬化処理層4をなす材料およびその成形方法、硬化方法などは、特には制限されず、導電層3の導電性を阻害しないものであればよい。」(2頁左下欄14行ないし18行)、「この表面硬化処理層4を形成するのに好適な材料としては、多価アルコールのアクリル酸エステルなどの硬化物・・・などを挙げることができる。」(2頁左下欄末行ないし右下欄3行)、「表面硬化処理層4の形成は種々の方法で行える。例えば、溶媒で希釈されたオリゴマー(多価アルコールのアクリル酸エステルなど)に感光剤(ベンゾインエチルエーテルなど)を添加した感光性溶液を作成し、これを導電層3上に塗布して乾燥した後、紫外線等を照射してこれを硬化させることによって表面硬化処理層4を形成することができる。」(3頁左上欄8行ないし15行)と記載されていることが認められる。
さらに、その実施例1には、「ベンゾインエチルエーテルを含むアクリル酸エステルのオリゴマーを塗布し、紫外線を照射して最適条件下で硬化させて表面硬化処理層4を形成し、導電性フィルムを得た。」(3頁右下欄3行ないし6行)こと、
得られた導電性フィルムは、「高温・高湿度の環境下でも安定した性能を発揮し得る」ものであり(3頁右下欄13行ないし15行)、「テーパー磨耗試験・・・の結果、導電層3の剥離はなく、その表面抵抗の変化もなく・・・摩耗に対して強い」(3頁右下欄16行ないし20行)ものであることが判明したことが記載されている。
上記各記載によれば、引用文献6には、導電層の上に保護のための表面硬化処理層を備えた導電性フィルムであって、表面硬化処理層4として、多価アルコールのアクリル酸エステル(すなわち、アクリレート)を硬化することにより形成した層を有するものは、高温・高湿度の環境下でも安定した性能を発揮し、摩耗に強い等の優れた特性を備えることが明確に記載されているものと認められる。
ウ 乙第3号証によれば、高分子学会、高分子辞典編集委員会編集「新版 高分子辞典」(1991年8月10日、株式会社朝倉書店発行)の「硬化」の項には、「広義には、樹脂にある種の化学反応(硬化反応)を施し、硬度と強度の向上・・・のような物性の変化をもたらすことをいう。・・・一般に硬化とは、熱硬化性樹脂の架橋を意味し、熱硬化性プラスチックを得ることを目的として行われる硬化反応をいう。」と記載され、さらに、同号証の「架橋」の項には、「いわゆる不溶不融の三次元網目構造をもつ高分子(架橋高分子)の形成をもたらす反応を架橋反応[crosslinking reaction]という。すなわち、・・・高分子鎖間の結合形成(架橋)によって架橋構造[crosslinked structure]が形成され、あらゆる溶剤に不溶で、かつ不融化[infusible]した架橋高分子になる。線状高分子に架橋を施すと、熱可塑性が消失して、強度、耐熱性などが向上する。・・・架橋高分子を高度に架橋した熱硬化性樹脂に限定する際には、架橋と同義で硬化[curing, cure]、
あるいは架橋反応と同義で硬化反応[curing reaction]が用いられる。架橋反応の例としては、・・・アクリル樹脂・・・などの各種熱硬化性樹脂の硬化過程における各種架橋反応、・・・光架橋[light cure]・・・電子線架橋[electron beam cure]などがある。」と記載されていることが認められる。
また、乙第8号証(永松元太郎、乾英夫著「感光性高分子」、1977年11月1日、株式会社講談社発行)によれば、多価アルコールのアクリル酸エステルは、
「光重合性モノマーの代表」(233頁下から6ないし7行)であり、その具体例としてエチレングリコールジアクリレートをはじめ、多数のモノマー及びオリゴマーが知られていることが認められる(235頁「表7.4 多官能性アクリル系モノマーおよびオリゴマー」)。
上記各記載によれば、高分子の硬化とは、一般的には架橋構造を形成することを意味し、架橋構造は光架橋等により形成できること(なお、紫外線照射による硬化も光架橋による架橋構造の形成である。)、及び、架橋する代表的な高分子材料として多価アルコールのアクリル酸エステル(すなわち、アクリレート)があることは、いずれも本願発明の優先権主張日当時において当業者間の技術常識に属していたことが認められる。
エ そうすると、上記イの引用文献6の記載に接した当業者は、上記ウの技術常識を踏まえて、引用文献6に記載された多価アルコールのアクリル酸エステル等からなる表面硬化処理層は、周知の手法(紫外線照射等)により「硬化」、すなわち「架橋」されたものであると当然に理解するものと認められる。
オ 原告は、甲第6号証(浅見高著「プラスチック材料講座[12]アクリル樹脂」、1970年、日刊工業新聞社発行)の記載内容(メタクリル酸メチルの工業的な重合法として、紫外線を照射する方法が知られていること)及び引用文献6の実施例1でもアクリル酸エステルに紫外線を照射して表面硬化処理層4を形成していることが記載されていることを理由に、引用文献6の表面硬化処理層は、単なる重合体が形成されたものであって、審決が認定するように、紫外線照射により分子中に2以上の官能基を有するアクリル酸エステルを「自己架橋」したものではない旨主張する。
しかしながら、引用文献6の実施例1において、甲第6号証の記載のように、紫外線照射によりアクリル酸エステル(なお、引用文献6には、使用したアクリル酸エステルのアルコール成分については記載されていないが、前記の記載内容に照らすと、多価アルコールのアクリル酸エステルが使用されたものと解される。)が重合するとしても、上記ウの技術常識に照らせば、生成した重合体は、重合と同時に、あるいはその後引き続いて架橋し、3次元網目構造を形成して「硬化」することは、明らかである。そして、引用文献6には、その実施例1について、上記イのとおり、アクリル酸エステルのオリゴマーを塗布し、紫外線を照射して最適条件下で「硬化」させて「表面硬化処理層4」を形成し、導電性フィルムを得たこと、得られた導電性フィルムは、高温・高湿度の環境下でも安定した性能を発揮し得るものであり、磨耗に対して強いものであることが記載されているのであるから、この記載内容に照らせば、引用文献の実施例1に記載のものが、アクリル酸エステルの反応を、架橋反応が生ずる前にあえて重合のみにとどめ、架橋による3次元網目構造が形成される前に反応を停止させたものであるとは到底解することができない。
カ したがって、引用文献6には、第2の層(表面硬化処理層4)の材料について、「架橋」されているという直接の文言の記載はないものの、引用文献6の記載内容から当業者であれば、「架橋」されたものであると当然に理解し得るところであり、(ロ)の点は本願第2発明との間で「実質的な相違点とはいえない」とした審決の判断に誤りはない。
原告の上記の主張は、採用することができない。
(3) 相違点(ハ)について ア 原告は、引用文献6に記載された「表面硬化処理層の厚みを適当な薄さに調整することは当業者が容易になし得たものというべきであり、それを本願請求項8に係る発明のように、第1の層(導電性層)の厚みとの関係において数値限定することは、適宜行うべきことにすぎない。」との審決の判断は誤りであると主張する。
イ 甲第7号証によれば、引用文献7には、基体表面に形成された透明導電膜と、該導電層の上に被覆された透明保護層とからなる透明導電膜に関する発明が開示され(特許請求の範囲請求項1)、この発明の透明保護層は、「ポリエステル、・・・アクリル・・・シリコーン」(2頁右上欄17行ないし19行)等の樹脂からなり、「一般に電気絶縁性であるが、その膜厚が数十μm以下、好ましくは20μm以下であれば、その下地である導電層の機能を損なわないことがわかった。即ち、保護層にも帯電防止効果が及ぶのである。・・・このことは保護層の厚さを適当な薄さに調整することにより透明導電膜本体の機能を損なわないで、膜強度の向上と透明性の改善を達成できることを意味する。」(2頁左下欄6行ないし17行)と記載されていることが認められる。
また、その実施例1ないし3には、導電層の上に、ポリエステル又はシリコーン(いずれも絶縁性である)からなる3μmないし5μm(いずれも、塗布時の厚さ)の保護膜を設けたところ、保護膜の表面抵抗は2.4x105Ω/□ないし5.2x105Ω/□と、導電性を示したことが記載されている。
上記各記載によれば、引用文献7には、導電層の上に設けた保護層は、絶縁性の樹脂からなるものであっても、層の厚さの絶対値を「数十μm以下」の「適当な薄さ」とすれば、導電性を示すことが明確に開示されているものといえる。
そうすると、引用文献7の開示に従って、引用文献6記載の表面硬化処理層(保護層)の厚みを、「数十μm以下」の「適当な薄さ」とすることは、当業者であれば、容易に想到し得るものというほかない。
ウ 一方、本願第2発明では、保護層(第2の層)の厚みの範囲について、
導電性重合体層(第1の層)の厚みの「約5%から約30%」と、導電性重合体層の厚みとの相対値で規定されており、保護膜の厚みの絶対値が、引用文献7が示す「数十μm以下」の「適当な薄さ」に該当するか否かは、直ちには明らかでない。
そこで、本願明細書における記載を参酌すると、甲第2号証の1によれば、同明細書には、「本発明の目的は、耐スクラッチ性および耐摩耗性であり、導電性を有する複合重合体材料を提供することにある。」(段落【0006】)、「本発明の他の具体的態様は、導電層、好ましくは基板表面上の導電性重合体と、この導電層の上に配設したハードコート層の複合構造である。・・・好ましい耐摩耗性/耐スクラッチ性材料の厚みは、導電性重合体の厚みの約5〜30%であり、電気接点が導電性重合体と電気的に接続できる程に薄い。」(段落【0018】)、「本発明の積層構造の複合材料では、まず導電性の重合体皮膜を基板の表面に配設する。そしてハードコート皮膜を、この導電性重合体皮膜の上に付着させる。」(段落【0047】)、「上面のハードコート層の厚みは・・・たとえば、2μmの導電層に対して・・・0.2μmとする。」(段落【0054】)、「〈例2〉・・・被膜(注・導電体層)の厚みは2μm・・・シリコーンのハードコートの厚みは0.2μmであった。」(段落【0065】)との記載があることが認められる。
しかしながら、本願明細書中には、保護層(第2の層、ハードコート層)の厚みの基準となる導電性重合体層(第1の層)の厚みについて、上記のとおりその一例(2μm)が記載されているのみで、その範囲について何ら記載はなく、保護層自体の厚みについても、一例(0.2μm)が示されているのみで、保護層が取り得る厚みの絶対値の上下限について、何らの記載も存在しないことが認められる。
また、本願発明に係る明細書中には、保護層の厚みと導電性重合体層の厚みの相対値が「約5%から約30%」であるときには、保護層の厚みが引用文献7に教示される範囲に該当しない場合(例えば、数十μmを越える場合)であっても、絶縁性の素材からなる保護層が導電性を示すことを示す記載(例えば、理論的な説明、
あるいは実験による証明)もないことが認められる。
以上によれば、本願明細書中には、単に、保護層の厚みは「電気接点が導電性重合体と電気的に接続できる程に薄い」ことと、その具体例として「0.2μm」のものが例示されだけであるから、本願第2発明に規定される導電性重合体層の「約5%から約30%」との保護層の厚みが、引用文献7に記載された「数十μm以下」の「適当な薄さ」と実質的に異なるものであると認めることはできず、単に、
引用文献7の発明と異なる基準でその厚みを限定するにすぎないものというほかない。
したがって、引用文献7に記載された「知見をもって、引用文献6に記載されたものにおいて導電層と表面硬化処理層の全体を導電性にすべく表面硬化処理層の厚みを適当な薄さに調整することは当業者が容易になし得たものというべきであり、
それを本願請求項8に係る発明のように、第1の層(導電性層)の厚みとの関係において数値限定することは、適宜行うべきことにすぎない。」とした審決の判断に誤りはないものと認められる。
エ 原告は、引用文献7記載の透明導電膜は、「酸化スズ、酸化スズ-酸化アンチモン又は酸化インジウム-酸化スズ」(甲第7号証1頁右欄9行ないし11行)といった酸化物半導体導電膜に属するものであって、引用文献6記載の発明と構成を異にし、これらを組み合わせる必然性は全くない旨主張する。
しかしながら、引用文献7には、上記イのとおり、導電層の上に設けられた透明保護層は、その厚みが数十μm以下の場合には、絶縁性の素材からなるものであっても導電性を示すことが明確に記載されている。そして、この適当な薄さの絶縁性素材が示す導電性が、特定素材の導電層の上でのみ発現するとすべき理由は何ら存在しないから、引用文献6の導電層の材質と引用文献7の導電層の材質が異なるとしても、このことは、引用文献6及び引用文献7にそれぞれ記載された発明を組み合わせることについて、阻害する要因であると解することはできない。
また、原告は、引用文献6に記載された発明と引用文献7に記載された発明を仮に組み合わせたとしても、引用文献7に記載された発明では、その保護膜は、厚みが数十μm以下であり、実施例でも、3μmないし5μmであるのに対し、その導電膜の厚みはせいぜい数μm程度であるから、導電層と保護膜の膜厚の比は100%以上であり、これらの数字から、本願第2発明の特徴である「第2の層は第1の層の厚みの約5%から約30%の厚みとする」ことを想到することは容易ではない旨主張する。
しかしながら、本願第2発明においては、上記のとおり、保護層(第2の層)の厚みは導電性重合体層(第1の層)の約5%から約30%と相対値をもって規定されていて、絶対値は限定されていないが、その技術的意味は、導電性を損なわないように保護層の厚みを適当な厚さ(薄さ)に限定するところにあり、引用文献7に記載された「数十μm以下」の「適当な薄さ」と実質的には異ならない数値範囲を、これとは異なる基準に従って規定するものにすぎず、このことは当業者が適宜なし得るものであることは前判示のとおりである。
原告の上記の各主張は、いずれも採用することができない。
(4) 相違点(ニ)について ア 原告は、「引用文献6に記載されたものにおいては、上記(ロ)の点について述べたとおり、本願請求項8に係る発明と同様に第2の層(表面硬化処理層)の架橋が行われると解される以上、同層の物性についても同様に、耐スクラッチ性を有するものというほかはない。」とした審決の判断は、引用文献6記載の表面硬化処理層が架橋されたものであるとの誤った前提に基づいてなされたものであり、
認められない旨主張する。
イ しかしながら、引用文献6記載の表面硬化処理層が「架橋」されたものであることは前記(2)に判示のとおりであって、原告の上記主張は、その前提を欠くものとして失当である。
(5) 小括 以上のとおり、原告が取消事由4として主張する相違点(ロ)ないし(ニ)についての審決の判断には誤りはなく、原告の主張はいずれも採用することができない。
2 取消事由5(効果の看過)について 原告は、本願第2発明の保護層(第2の層)が「架橋」されている点を特徴とし、それによって、引用文献6の発明では達成されない種々の優れた効果を奏する旨主張する。
しかしながら、原告の主張は、引用文献6に記載された導電性フィルムの保護層が架橋されていないことを前提にするものであるところ、この前提が誤りであることは、前判示のとおりである。
したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
3 取消事由6(進歩性の判断の誤り)について 原告は、本願第2発明は、当業者が引用文献6及び7にそれぞれ記載された発明に基いて容易に発明をすることができたものではない旨主張し、その理由として、
@ 引用文献6に記載された発明は、本願第2発明とは、前記相違点(ロ)ないし(ニ)の点で構成を異にするものであって、本願第2発明の効果を想到させるものではないこと、
A 引用文献7に記載された発明は、酸化物半導体導電層を有するものであって、導電性重合体組成物を開示する本願第2発明とも、引用文献6に記載された発明とも、本質的に異なるものであって、引用すべきものでもなければ、引用文献6と組み合わせるべきものでもないこと、
B 引用文献7を引用したとしても、相違点(ハ)の点をはじめ、本願第2発明とは、全く構成を異にし、本願第2発明の効果を想到させるものではないこと、
を主張している。
しかしながら、原告がその理由として挙げる上記@ないしBの主張は、いずれも採用することができないことは、前記1ないし3の説示に照らし明らかであるというべきであって、原告の上記主張も採用することができない。
総括
以上のとおり、本願第2発明に関する原告の取消事由の主張は、いずれも採用することができず、本願第2発明は、引用文献6及び7にそれぞれ記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした審決の判断に誤りはないものと認められる。
したがって、原告のその余の主張(本願第1発明に関する取消事由1ないし3)について判断するまでもなく、本願第2発明を含む本願発明の出願に対する拒絶査定の不服審判請求を成り立たないとした審決の判断は相当である。
結論
以上の次第で、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 塩月秀平
裁判官 橋本英史