関連審決 | 異議2003-70976 |
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関連ワード | 製造方法 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 一致点の認定 / 技術常識 / 実質的に同一 / 援用権(援用) / 特許出願日 / 数値限定 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 構成要件 / 業として / 設定登録 / 請求の範囲 / 合理的な理由 / 取消決定 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10293号
特許取消決定取消請求事件
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原告 HOYA株式会社 原告 日本板硝子株式会社 原告ら訴訟代理人弁理士 中村静男 被告 特許庁長官小川洋 指定代理人 野田直人,大黒浩之,一色由美子,大橋信彦,井出英一郎,柳和子 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/08/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告らの請求を棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告らの求めた裁判
「特許庁が異議2003-70976号事件について平成16年1月26日にした決定中,請求項1ないし4に関する部分を取り消す。」との判決(第1回弁論準備手続調書)。 |
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事案の概要
本件は,後記本件発明の特許権者である原告らが,特許異議の申立てを受けた特許庁により本件請求項1ないし5に係る特許を取り消す旨の決定がされたのに対して,同決定中,請求項1ないし4に関する部分の取消しを求めた事案である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件特許 特許権者:HOYA株式会社(設定登録時の商号はホーヤ株式会社)及び日本板硝子株式会社(原告ら) 発明の名称:「ガラス板の製造方法及び製造装置」 特許出願日:平成9年4月16日(特願平9-114347号) 設定登録日:平成14年8月2日 特許番号:第3335291号 (2) 本件手続 特許異議事件番号:異議2003-70976号 訂正請求日:平成15年8月26日(本件訂正) 異議の決定日:平成16年1月26日 決定の結論:「訂正を認める。特許第3335291号の訂正後の請求項1ないし5に係る特許を取り消す。」 決定謄本送達日:平成16年2月12日(原告らに対し) 2 本件訂正後の特許請求の範囲の記載(以下,請求項番号に対応して,それぞれの発明を「訂正発明1」などという。)【請求項1】溶融ガラスを流下させ成形体で板状に成形し,成形された板状ガラスを引っ張りローラで挟持しつつ下方に引き抜くディスプレイガラス基板用のガラス板の製造方法において,成形体の下方にガラス板の両端を挟持する冷却ローラを設けるとともに,この冷却ローラの周速度を,引っ張りローラーの周速度よりも小さくして冷却ローラとガラス板端部の接触時間を長くすることによって前記ガラス板端部の冷却を高めるとともに,前記板状に成形されたガラスに,横方向と縦方向とに張力を加えた状態でガラス板を固化させることを特徴とするガラス板の製造方法。 【請求項2】請求項1記載のガラス板の製造方法において,冷却ローラの周速度を,引っ張りローラーの周速度の30〜90%としたことを特徴とするガラス板の製造方法。 【請求項3】請求項1記載のガラス板の製造方法において,冷却ローラの周速度を,引っ張りローラーの周速度の40〜80%としたことを特徴とするガラス板の製造方法。 【請求項4】請求項1〜3記載のガラス板の製造方法を用いてディスプレイ用ガラス基板を製造することを特徴とするディスプレイ用ガラス基板の製造方法。 【請求項5】溶融ガラスを板状に成形する成形体と,この成形体の下方向に配置され,成形された板状ガラスを挟持しつつ下方に引き抜く引っ張りローラと,を備えたガラス板の製造装置において,成形体の下方にガラス板の両端を挟持する冷却ローラを設けるとともに,この冷却ローラの周速度を,引っ張りローラーの周速度よりも小さくする手段を設けたことを特徴とするディスプレイ基板用のガラス基板を製造するガラス板の製造装置。 3 決定の理由の要点 (1) 決定は,本件訂正の請求につき,適法であるとして,これを認めた。 (2) 決定は,刊行物として,次のものを摘示し,その内容を認定した。 刊行物1:「ガラス製造技術講演会-最近の新しいガラスの製造方法と開発動向-1991」(平成3年2月13日のガラス製造技術講演会(主催:社団法人日本セラミックス協会ガラス部会)で配布された資料)7〜19頁(本訴甲12) 刊行物2:小川晋永他編「ガラス製造の現場技術 第3巻 ガラス製品と成形技術」社団法人日本硝子製品工業会(平成5年6月3日発行)309〜311頁(本訴甲13) 刊行物4:特公平2-60618号公報(本訴甲14) 刊行物5:成瀬省著「ガラス工学」共立出版株式会社(昭和52年12月25日初版16刷発行)162〜163頁(本訴甲15) 刊行物6:特公昭46-18037号公報(本訴甲16) 刊行物7:特公昭47-50205号公報(本訴甲17) 刊行物8:特開平8-231233号公報(本訴甲18) (3) 決定は,刊行物1に記載された発明を次のように認定した(以下「刊行物1発明」という。)。 「刊行物1には『溶融ガラスを管からオーバーフローさせ,管の根元で板ガラスに成形され,成形された板ガラスを第一ローラーで挟持しつつ下方へ引っ張る液晶ディスプレイパネル用TFT/TFD基板を用途とする板ガラスの製造方法において,管の根元で新たに成形された板ガラスの端は,引っ張り中の板幅の収縮を最小限にするために,エッジロールで支えられ,冷却される板ガラスの製造法』という発明が記載されているといえる。」 (4) 決定は,訂正発明1と刊行物1発明との一致点を次のとおり認定した。 「刊行物1発明の『管』,『管の根元で新たに成形された板ガラス』,『第一ローラー』,『液晶ディスプレイパネル用TFT/TFD基板を用途とする板ガラス』は,訂正発明1の『成形体』,『成形された板状ガラス』,『引っ張りローラ』,『ディスプレイガラス基板用のガラス板』にそれぞれ相当する。 また,刊行物1発明の『エッジロール』は『端』を『引っ張り中の板幅の収縮を最小限にするために,支え』ているのであるから,板ガラスの『片端』ではなく『両端』を挟持していることは明らかである。このことは,引っ張り中に板幅が収縮しないようにするには,刊行物4のようにロールが板ガラスの両端を挟持していると考えるのが普通であることからそういえる。 そして,上記したとおり,エッジロールが板ガラスの両端を挟持して板幅の収縮を最小限にし,かつ第一ローラーが縦方向に引っ張っているのであるから,刊行物1発明において,横方向,縦方向の張力を加えた状態で板ガラスを固化させていることも明らかである。 また,刊行物1の『The edges of…are held and cooled by edge rolls』(10頁11〜13行)の記載から,エッジロールが板ガラスの端を冷却していることも明らかであるから,『エッジロール』は,訂正発明1の『冷却ローラ』に相当する。 してみると,両者は『溶融ガラスを流下させ成形体で板状に成形し,成形された板状ガラスを引っ張りローラで挟持しつつ下方に引き抜くディスプレイガラス基板用のガラス板の製造方法において,成形体の下方にガラス板の両端を挟持する冷却ローラを設けるとともに,板状に成形されたガラスに,横方向と縦方向とに張力を加えた状態でガラス板を固化させるガラス板の製造方法』という点で一致」 (5) 決定は,訂正発明1と刊行物1発明との相違点を次のとおり認定した。 「相違点:訂正発明1では,『冷却ローラの周速度を,引っ張りローラーの周速度よりも小さくして冷却ローラとガラス板端部の接触時間を長くすることによってガラス板端部の冷却を高める』のに対して,刊行物1発明では,その点が不明である点」 (6) 決定は,上記相違点につき,次のとおり判断した。 (a)「一般に,引き抜きによるガラス板の製造において,ガラス板の両端部のガラスを冷却することにより,この部分のガラスを硬くし,表面張力による板幅の縮小を防止することは普通に知られていたことである(刊行物5参照)。 刊行物1には,引抜き法であるダウンドロー法の一種であるスロットダウンドロー法において,『ガラスは,縁が均一な冷たさをもつスロットに近づく』,『端が冷たいために,ガラスは板幅が収縮することなしに,薄く引かれる』と記載されており,ダウンドロー法において,端を冷たくすることが板幅を収縮させないために必要であることが記載されている。 このことは,刊行物2にも,『下引き法の技術的ポイントは,巾の維持ともいえる。耳部の冷却を主体に様々な工夫が行われている』とされていることからも明らかである。 してみると,ダウンドロー法において,ガラス板両端を冷却することが,板幅の維持するために必要であることが普通に知られていたといえる。」 (b)「そして,ガラス板を引抜く際に,ガラス板両端のロールの速度を減少させること(すなわちロールとガラス板両端との接触時間を長くすること)により冷却の有効速度を増加させることは知られているから(刊行物6),上記相違点の『冷却ローラの周速度を,引っ張りローラーの周速度よりも小さくして冷却ローラとガラス板端部の接触時間を長くすることによってガラス板端部の冷却を高める』ことは当業者が容易に想到し得ることであり,その効果も予測される範囲を出ないものといえる。」 (c)「また,刊行物1発明において,エッジロールの付近と第一ローラーの付近とのガラス板の厚みは,薄いガラス板を製造するのであるから,エッジロールの付近の方が厚いと解される。その際,厚いガラス板に接するロールの周速度が薄いガラス板に接するロールの周速度より小さいことは自明であり(刊行物7参照),かつエッジロールは挟持するという役目からいってスリップしないと解されるので,エッジロールの周速度を第一ローラの周速度よりも小さく設計することは当業者が容易に想到し得る設計事項であるといえる。」 (d)「以上のことから,訂正発明1は,刊行物1,2,4〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」 (7) 決定は,訂正発明2,3につき,次のとおり認定判断した。 「訂正発明2,3は,それぞれ請求項1を引用しさらに『冷却ローラの周速度を,引っ張りローラーの周速度の30〜90%とした』,『冷却ローラの周速度を,引っ張りローラーの周速度の40〜80%とした』と周速度の数値範囲を限定したものである。しかしながら,ガラス板を薄く製造するという点からみてガラス板の両端の冷却を行うことは上記で述べたように知られていたのであるから,冷却を適切に行うために,上記数値範囲を採用することは,当業者が実際の操業上,容易に採用し得るものであるといえる。 また,上記数値範囲自体,刊行物7の引っ張りロールと成形ロールの周速度の関係からみても,格別のものとはいえない。 してみると,訂正発明2,3は,上記と同じ理由で,刊行物1,2,4〜7に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものである。」 (8) 決定は,訂正発明4につき,次のとおり認定判断した。 「訂正発明4は,少なくとも請求項1を引用し,さらに『請求項1記載のガラス板の製造方法を用いてディスプレイ用ガラス基板を製造することを特徴とするディスプレイ用ガラス基板の製造方法』と限定したものであるが,ダウンドロー法で製造されたガラス板でディスプレイ用ガラス基板の製造を行うことは知られているから(刊行物8),訂正発明4は,上記と同じ理由で,刊行物1,2,4〜8に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものである。」 (9) 決定は,訂正発明5についても,刊行物1,2,4〜8に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであると認定判断した。 (10) 決定は,次のとおり結論付けた。 「訂正発明1〜5の特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものであって,特許法113条2号に該当し,取り消されるべきものである。」 |
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原告らの主張(決定取消事由)の要点
1 取消事由1(訂正発明1と刊行物1発明の一致点の認定の誤り) (1) 決定は,訂正発明1と刊行物1発明についての技術内容を正確に理解することなく,両者が「板状に成形されたガラスに,横方向と縦方向とに張力を加えた状態でガラス板を固化させる」という構成を有する点で一致するとの誤った認定をし,上記の点で両者が相違するにもかかわらず,両者の相違点が前記第2,3(5)の点だけであるとの誤った認定をしたものであって,違法である。 (2) 訂正発明1は,本件特許の出願当時に求められていたディスプレイ用基板の大型化,平坦化が,それ以後において更に加速することをも予測し,加速するディスプレイ用基板の大型化,平坦化に対応するために,幅方向の収縮をより小さくし,かつ反り(長さ方向及び幅方向)を大幅に改善できるディスプレイガラス基板用ガラス板の製造方法を提供することを目的とするものである。 訂正発明1の構成は,下記の構成要件からなる。 (I):溶融ガラスを流下させ成形体で板状に成形し,成形された板状ガラスを引っ張りローラーで挟持しつつ下方に引き抜くディスプレイガラス基板用のガラス板の製造方法において, (U):成形体の下方に板状のガラスの両端を挟持する冷却ローラを設けるとともに, (V):この冷却ローラの周速度を,引っ張りローラーの周速度よりも小さくして冷却ローラとガラス板端部の接触時間を長くすることによって前記ガラス板端部の冷却を高めるとともに, (W):前記板状に成形されたガラスに,横方向と縦方向とに張力を加えた状態でガラス板を固化させることを特徴とする。 上記構成要件(T)自体は,公知のものではあるが,上記構成要件(U)〜(W)との有機的結合により,ガラス板の反りを大幅に低減する効果を生み出すものであるから,訂正発明1における重要な前提要件となる。 訂正発明1は,上記構成要件(U)によって,成形体を離れた直後の高温の板状ガラスが引っ張りローラーで下方に引っ張られたときに起り得る幅方向の収縮が防止される。 しかし,構成要件(U)により冷却ローラを設けることだけでは,成形体を離れた直後の板状ガラスの幅の収縮はある程度防止できても,得られたディスプレイガラス基板用ガラス板の反り(長さ方向及び幅方向)の問題を解消できない。 そこで,訂正発明1においては,上記構成要件(V)を採用し,構成要件(V)において,冷却ローラの周速度を引っ張りローラーの周速度よりも小さくすることによって冷却ローラと引っ張りローラーの間に縦方向に強い引っ張りの力(冷却ローラと引っ張りローラーの協働作用)を実現させ,さらに冷却ローラとガラス板端部の接触時間を長くすることによりガラス板端部の冷却を高めることによって,板状ガラス両端部を2つの真っ直ぐな支柱として機能させて,横方向の動きが規制された状態で冷却ローラの直後の領域において板状ガラスの中央部と両端部の間に大きな温度差を設け,板状ガラスが下降する過程で板状ガラスの中央部を両端部よりも大きな温度低下に曝すことにより,板状ガラスの中央部において大きな体積収縮を生じさせて横方向に強い引っ張りの力(張力)を実現させる。そして,構成要件(V)によって実現された縦方向の強い引っ張りの力及び横方向の強い引っ張りの力によって,「板状に成形されたガラスに,横方向と縦方向とに張力を加えた状態でガラス板を固化させる」という構成要件(W)が実現されて,得られたガラス板の長さ方向及び幅方向の反りを大幅に低減できる。 すなわち,訂正発明1において,構成要件(W)は,構成要件(V)によって実現するものであって,構成要件(V)と構成要件(W)とは,互いに有機的に関連付けられたものであり,構成要件(V)が原因,構成要件(W)が結果であり,同時に,構成要件(W)が実現するよう,構成要件(V)において引っ張りローラーの周速度に対する冷却ローラの周速度の設定が行われる,という関係が成り立つものである。 (3) 刊行物1発明は,訂正発明1における構成要件(T)を満足する。 また,刊行物1発明は,エッジロール(冷却ローラ)が管の根元で成形された板ガラスの両端を挟持して冷却している点で訂正発明1における構成要件(U)を満足し,エッジロールが成形された直後の高温の板ガラスの両端を冷却することにより,板ガラスの幅方向の収縮を防止することができる。 しかし,決定も相違点として認定しているように,刊行物1発明は,訂正発明1における構成要件(V),すなわち「冷却ローラの周速度を,引っ張りローラーの周速度よりも小さくして冷却ローラとガラス板端部の接触時間を長くすることによって前記ガラス板端部の冷却を高める」という構成要件を採用しておらず,刊行物1は訂正発明1の上記作用,効果を開示していない。 したがって,刊行物1発明においては,エッジロール(冷却ローラ)直後の領域において板ガラスの中央部と両端部に大きな温度差を設けることができず,その結果,板ガラスが下降するにつれて中央部と両端部の温度差はほとんど消失しているので,体積収縮は生ぜず,ガラスの固化時に横方向に強い引っ張り力(張力)を実現することはできない。 すなわち,刊行物1発明は,上記構成要件(V)を欠くことにより,「横方向と縦方向とに張力を加えた状態でガラス板を固化させる」という訂正発明1における構成要件(W)も実現することができない。 (4) 構成要件(V)によって達成される構成要件(W)は,構成要件(V)を有しない刊行物1発明によって達成されるはずはない。 よって,決定が,刊行物1発明においても,訂正発明1と同様に,「横方向,縦方向の張力を加えた状態で板ガラスを固化させている」とした上で,訂正発明1と刊行物1発明との一致点として,「板状に成形されたガラスに,横方向と縦方向とに張力を加えた状態でガラス板を固化させる」という点(構成要件(W)に相当)で一致するとした認定は,誤りである。 また,決定は,訂正発明1と刊行物1発明の相違点として,前記のとおりに認定するが(構成要件(V)に相当),これ以外に,「板状に成形されたガラスに,横方向と縦方向とに張力を加えた状態でガラス板を固化させる」という点(構成要件(W)に相当)でも相違するのであるから,この認定も誤りである。 (5) なお,刊行物1は,「板ガラスの端は,引っ張り中の板幅の収縮を最小限にするために,エッジロールで支えられ,冷却される」と記載しているから,刊行物1発明において,ガラスは,エッジロールで両端が挟持される部分では板幅の収縮がおきる固化前の高温状態にあり,下方に移動してから固化することがわかる。したがって,刊行物1発明において,エッジロールで両端が挟持される部位とガラスが固化する部位とが上下方向に離れた位置関係にあることは明らかである。 決定は,「エッジロールが板ガラスの両端を挟持して板幅の収縮を最小限にし,かつ第一ローラーが縦方向に引っ張っているのであるから,刊行物1発明において,横方向,縦方向の張力を加えた状態で板ガラスを固化させていることも明らかである。」と認定している。 しかし,本件訂正発明1の上記作用,効果の存在を考慮せず,板状ガラスの上下方向に離れた部位の間に横方向の力を作用させるということは,技術常識に照らして決して自明ではない。また,エッジローラにより板ガラスの両端を挟持して,下方の離れた位置にある,板ガラスが固化する部位において横方向及び縦方向に張力を加えた状態を実現する上で必須の訂正発明1の作用,効果は,刊行物1及び他の刊行物にも開示されていない。 したがって,刊行物1における「板ガラスの両端をエッジロールで挟持する」との記載から,当業者が訂正発明1における構成要件(W)の存在を読み取ることができるとする認定は,合理的な根拠を欠くものであり,上記構成要件(W)を一致点とする決定の上記認定は,誤りである。 2 取消事由2(訂正発明1の容易想到性の判断の誤り) (1) 訂正発明1は,構成要件(V)を採用することにより構成要件(W)を実現したものであり,構成要件(V)と(W)とが有機的に結合することにより,長さ方向及び幅方向の反りを大幅に改善したディスプレイガラス基板用ガラス板が得られるという顕著な効果を達成したものである。 一方,刊行物1は,「フュージョン法の最大の長所は,平面精度が高くしかもまっさらな表面をつくり出すことができるということである。」と記載し,表1において,ガラス板の製品要求値として ひずみ<450μm/300mmを挙げるに止まり,その全文を通読しても,大型化しても長さ方向及び幅方向の反りを大幅に改善したディスプレイガラス基板用ガラス板を得るという技術課題を見い出すことができない。 さらに,刊行物1発明を出発点とし,訂正発明1に到達するには, (@)ディスプレイガラス基板用ガラス板が大型化すると,ガラス板の長さ方向だけでなく,幅方向にも反りを大幅に低減する必要性があることについて着目し, (A)長さ方向だけでなく,幅方向の反りをも改善するために,「縦方向だけでなく横方向に張力を加えた状態でガラス板を固化させる」ことの必要性を見出し, (B)さらに「横方向と縦方向とに張力を加えた状態でガラス板を固化させる」ことが冷却ローラの周速度の設定により可能になるのではないかということに着眼し, (C)その上で「冷却ローラの周速度を,引っ張りローラーの周速度よりも小さくして冷却ローラとガラス板端部の接触時間を長くすることによって前記ガラス板端部の冷却を高める」という技術手段により「横方向と縦方向とに張力を加えた状態でガラス板を固化させる」ことを実現する,という4段階のステップを経る必要があるが,刊行物2〜8には,これらの4段階のステップについての開示・示唆が全く存在しない。 このような状況を踏まえれば,刊行物1発明を出発点とし,訂正発明1に到達することは当業者にとって困難であることは明白である。 (2) 決定は,前記第2,3(6)(b)のとおり説示して,相違点(訂正発明1の構成要件(V))は,刊行物1発明を前提に刊行物6の記載を考慮すると,容易に想到し得ると判断したが,以下の理由により,誤りである。 (a) 刊行物6は,アップドロー法によるガラス板の製造方法を開示するものであり,板状ガラスの両端をロールで挟持して冷却し,引き上げられる板状ガラスに所定の面内温度分布を形成しようとしても,高温の上昇気流による外乱によって,板状ガラスの面内温度分布は乱されてしまい,反りのない平坦なガラス板を製造することはできない。アップドロー法は,ディスプレイガラス基板用のガラス板の製造方法としては不向きな方法である。 一方,刊行物1発明で採用されているダウンドロー法は,アップドロー法において発生する高温浴による高温の上昇気流もなく,上昇気流による外乱の影響を受けない。 ところで,ダウンドロー法による訂正発明1において,構成要件(V)を採用したのは,構成要件(W)を実現し,前記の訂正発明1の目的を達成するためであるが,刊行物1発明を前提技術として,これに刊行物6の記載を考慮して訂正発明1に想到することは,反りの改善に関して,ダウンドロー法とアップドロー法との間に互換性が存在しないのであるから,不可能である。 (b) 刊行物6は,溝付きロール(冷却ローラに相当)の回転速度を変化させることを開示しているが,「ロールの回転速度を変化させる」ことと,訂正発明1の「冷却ローラの周速度を,引っ張りローラーの周速度よりも小さくする」こととは技術的に明確に区別されるべきものである。訂正発明1における「ローラの周速度」という概念は,ローラの径によらず,単位時間あたりにローラの外周に接して移動する板状ガラスの長さに相当する量であって,板状ガラスの移動速度を仲介にして冷却ローラと引っ張りローラーの回転を相互に関係付けて制御する上で必要な量であるのに対し,刊行物6に記載の「ロールの回転速度」は,単位時間当りにロールが回転する速度を意味するだけである。 また,刊行物6は,冷却ローラに相当する溝付きロールの回転速度を,引っ張りローラーに相当する引抜きロールの回転速度との相対的関係において小さくすることまでは開示していない。 訂正発明1は,引っ張りローラーの周速度に支配されて移動する板状ガラスの両端を挟持する冷却ローラの周速度を引っ張りローラーの周速度との相対的な関係において,上記構成要件(W)が実現するように設定するという新規技術概念を導入することにより,反りの低減したガラス板を製造することができるのである。 (c) 刊行物6は,本件特許の出願日よりも約26年前の液晶ディスプレイガラス基板が存在しなかったころに発行された特許公報であり,液晶ディスプレイ基板用ガラス板と板厚,平坦性(反りの低減)の要求水準が全く異なる窓ガラスの製造方法に関するものである。刊行物6で得られたガラス板は,液晶ディスプレイ基板用ガラス板の厚みの4倍以上である。また,窓ガラスに求められる平坦性(反りの低減)の要求水準は,液晶ディスプレイ基板用ガラス板に比べてはるかにゆるやかであることは自明である。 (d) 刊行物6は,板厚が約4.8mmの窓ガラスの製造方法に関するものであり,窓ガラスはその厚みゆえに反りの問題が起こらないか,又は起こったとしても反り低減の要求水準の低いものであるため,同刊行物には,得られたガラス板の反りの問題は全く言及されておらず,溝付きローラの作用効果は,板状ガラスの端縁部の温度調節のみである。 (3) 決定は,前記第2,3(6)(c)のとおり説示して,相違点(訂正発明1の構成要件(V))は,刊行物7によっても容易に想到し得ると判断した。 しかし,刊行物7は,ガラス板の厚薄によって,エッジロールと第一ローラーの周速度が結果的に変化することを示唆するのみであり,訂正発明1において,構成要件(W)を実現し,ガラス板の幅方向及び長さ方向の反りを大幅に改善するために,構成要件(V)を意図的に採用することを示唆するものではない。 (4) 決定の容易想到性の判断は,結局,刊行物1発明と技術的関連性が乏しく,組み合わせることの必然性のない刊行物6,7等の記載を後知恵的に強引に組み合わせることによりなされたものであり,違法である。 3 取消事由3(訂正発明1の顕著な技術的効果の看過) 決定は,前記第2,3(6)(b)の末尾において,相違点につき,当業者が容易に想到し得ることであるとした上,「その効果も予測される範囲を出ないものといえる。」としたが,誤りである。 本件明細書に記載された実施例1(段落【0045】〜【0048】)と比較例1(段落【0049】)とを対比すると,実施例1で得られたガラス板は比較例1で得られたガラス板に比べ,全板幅は106%(520/490),有効幅は132%(330/250),反りは25%以下(0.05/0.2)であって,板幅が大きく,反りが小さいので,液晶ディスプレイガラス基板の大型化及び平坦化に対応できるものであることが明らかである。 また,刊行物1の表1に記載されたガラス板の反り(原文では“warp”となっており,「ひずみ」は誤訳であり,正しくは「反り」である。)に関する要求事項は<450μm/300mmである。反りに関する要求事項がガラス板のいずれの方向のものかが刊行物1には明記されていないが,刊行物1発明は,訂正発明1の構成要件(V)及び構成要件(W)を備えていないことから考え,長さ方向の反りと解することができ,長さ方向についてのみ,前記値を本件明細書における反りに換算すると,0.15%未満となり,比較例1における0.2%以上と同一レベルである。 決定は,訂正発明1の特許性の判断において,その顕著な技術的効果を看過したもので,瑕疵があるというべきである。 4 取消事由4(訂正発明2ないし4の容易想到性の判断の誤り) 決定は,訂正発明2ないし4は,訂正発明1におけると同じ理由で当業者が容易に発明することができたものであると判断した。 しかしながら,訂正発明2ないし4は,訂正発明1に従属するものであり,訂正発明1における全構成要件を内包しつつ,さらに他の構成要件を付加したものであるから,訂正発明1と同様に当業者が容易に想到できるものではないことは明らかである。決定における訂正発明2ないし4の容易想到性の判断には誤りがある。 |
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被告の主張の要点
1 取消事由1(訂正発明1と刊行物1発明の一致点の認定の誤り)に対して (1) 刊行物1の「移行ゾーン」が訂正発明1における「板状に成形されたガラスに,…ガラス板を固化させる」箇所に相当する。この「移行ゾーン」において,第一ローラーによって「縦方向に張力を加えた状態」にあることは技術的に自明であるので,「縦方向に張力を加えた状態」については,「第一ローラーが縦方向に引っ張っている」ことに言及するだけで十分である。 決定は,結果として,「冷却」によってもたらされる「横方向に張力を加えた状態」をも含めて,一致点に「板状に成形されたガラスに,横方向と縦方向とに張力を加えた状態でガラス板を固化させる」という構成を認定しており,決定に誤りはない。 原告らの主張する「冷却」の影響については,中央部の体積収縮の説明の点は,薄板において体積収縮がどういう意味を持つのか必ずしも十分に理解できない面はあるが,単純に,板幅の収縮が起こり,それに抗する「2つの真っ直ぐな支柱」ということならば,説明としては理解できるので,その点について述べると,刊行物1発明において,「エッジロール」は「冷却ロール」に相当しているから,板状ガラスの両端部は冷却され,その結果「移行ゾーン」に至っても,板状ガラスの温度分布が横方向に完全に均一になることはあり得ない。してみると,刊行物1発明においても,「支柱」が存在することは明らかである。 結局,刊行物1の「移行ゾーン」では,エッジロールによる「両端を挟持」と,エッジロールによる「冷却」の2つの影響により「横方向に張力を加えた状態」が存在しているといえる。 原告らは,訂正発明1では,「横方向の強い引っ張り力」であると説明している。しかしながら,訂正発明1に「強い」と特定されていない以上,「強い」かどうかは問題とはならない。 (2) 仮に,訂正発明1の「横方向に張力を加えた状態」が,「横方向の強い引っ張り力」を生む「2つの真っ直ぐな支柱」によってもたらされることを意味するとしても,このことは,板状ガラスの端部を強く冷却することによって,単に板幅が維持されているということにすぎない。 2 取消事由2(訂正発明1の容易想到性の判断の誤り)に対して (1) 「大型化」については,経時的に大型化しており当業者の当然な技術課題であり,さらに,「反り」についても刊行物1には記載されているから,原告らの主張する訂正発明の「技術課題」は記載されているとみるべきである。 (2) 決定では,刊行物6から,板幅を維持したガラス板を生成させるために「ガラス板を引抜く際に」という前提において,ガラス板の端部の「冷却」という観点からみて「ロールの速度を減少させる」という技術思想を着目したのである。 刊行物6の「ロールの回転速度」の減少が冷却のために行うことである以上,「減少」させた場合,周速度も減少し,その結果,単位時間当たりのロールの外周に接して移動する板状ガラスの長さが短くなり,換言すれば板状ガラスの単位長さ当たりロールにより熱を奪う時間が長くなるということにならなければおかしいのである。それだからこそ,「減少0」によって冷却されるのである。 してみると,刊行物6の「ロールの回転速度」と訂正発明1の「ローラの周速度」に本質的な差異はないといえる。 ところで,単に,「エッジロール」の周速度が「第一ローラー」の周速度より小さいということだけなら,実際の操業を考えると自明のことなのである(乙5の図面)。 訂正発明1と刊行物1発明との相違点は,「この冷却ローラの周速度を,引っ張りローラの周速度よりも小さくして冷却ローラとガラス板端部の冷却を高める」であるから,単に実際の操業として「冷却ローラ」の周速度を「引っ張りローラ」の周速度よりも小さくするだけでなく,それ以上に「小さく」して「冷却を高める」ことをも包含するともいえる。しかしながら,「『小さく』して『冷却を高める』」ということに刊行物6の技術思想が適用できるのである。 なお,反り,換言すれば平坦性の問題についていえば,引き抜き法によるガラス板の製造において,ガラス板の両端部のガラスを冷却することにより,平坦性を良好にすることは普通に知られていたことである。 (3) 刊行物7の周速の比を,板厚の厚い方の成形ロールの周速をエッジロールの周速と仮定し,引っ張りロールの周速と当てはめてみると,板厚の厚い方のエッジロールの周速は71〜83%となり,板厚だけを考慮するだけで,エッジロールの周速度を第一ローラーの周速度の71〜83%になるよう小さく設計することもあり得る。 なお,200ものプロセス変数を制御するフュージョン成形技術で液晶ディスプレイに用いるガラス板を成形する場合,エッジロールの周速度を制御していないということは,通常は考えられないことである。 3 取消事由3(訂正発明1の顕著な技術的効果の看過)に対して ガラス板端部の冷却による板幅の維持や平坦性については,訂正発明1による効果は,ガラス板端部の冷却による効果として予測される範囲を出ないものである。 4 取消事由4(訂正発明2ないし4の容易想到性の判断の誤り)に対して 訂正発明2ないし4は,訂正発明1を引用し,さらに構成要件を付加したものであるが,訂正発明1は容易に想到できるものであり,付加された構成要件も決定のいうとおり格別なものとは認められないので,訂正発明2ないし4は当業者が容易に想到できるものである。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(訂正発明1と刊行物1発明の一致点の認定の誤り)について (1)(a) 刊行物1(甲12)には,次の記載がある(甲12の日本語部分により引用する。なお,この記載があることは原告らも認め,当事者間に争いがない。)。 「(3)フュージョンドローイング機 管の根元で新たに成形された板ガラスの端は,引っ張り中の板幅の収縮を最小限にするために,エッジロールで支えられ,冷却される。まだやわらかい板ガラスは次に移行ゾーンを通り抜け,そこで急速に冷却される。このゾーンは板ガラス成形工程中で重要な部分の一つである。というのも,このゾーンで板の形状が固定されるからである。次に板ガラスは,第一ローラーにより下方へ引っ張られ,アニーラーへと進む。」(3頁10〜15行,英文の10頁10〜17行) 「フュージョン法の最大の長所は,平面精度が高くしかもまっさらな表面を作り出すことができるということである。…そういうわけで,フュージョンガラスは,TFT/TFD基板の用途に最も適しているのである。」(4頁5〜6行及び20〜21行,英文の11頁21〜22行及び12頁12〜14行) 「ガラスは,縁が均一な冷たさをもつスロットに近づく。」,「端が冷たいために,ガラスは板幅が収縮することなしに,薄く引かれる。」(「図1. スロットダウンドロー工程の概略図」に関する説明文,英文の15頁の「Fig.1. Schematic figure of slot downdraw process.」に関する説明文) (b) 上記を含む甲12の記載及び訂正発明1に関する甲4の記載に照らせば,「刊行物1発明の『管』,『管の根元で新たに成形された板ガラス』,『第一ローラー』,『液晶ディスプレイパネル用TFT/TFD基板を用途とする板ガラス』は,訂正発明1の『成形体』,『成形された板状ガラス』,『引っ張りローラ』,『ディスプレイガラス基板用のガラス板』にそれぞれ相当する。」とした決定の認定は,是認し得るものである。また,上記記載によれば,刊行物1における「エッジロール」が板ガラスの端を冷却していることは明らかであり,「『エッジロール』は,訂正発明1の『冷却ローラ』に相当する。」とした決定の認定も是認することができる。 なお,刊行物1には,「エッジロール」が具体的に図示されていないが,上記記載によれば,「エッジロール」は,「成形された板ガラスの端」を「引っ張り中の板幅の収縮を最小限にするために」,「支え」ていることが認められる。そうすると,決定が,上記認定に加え,「引っ張り中に板幅が収縮しないようにするには,刊行物4のようにロールが板ガラスの両端を挟持していると考えるのが普通である」との技術常識をもふまえて,「刊行物1発明の『エッジロール』は…板ガラスの『片端』ではなく『両端』を挟持していることは明らかである。」と認定したことは,是認し得るものである。 以上の認定によれば,刊行物1では,エッジロールが板ガラスの両端を挟持し,冷却して,引っ張り中の板幅の収縮が最小限にされているのであるから,板ガラスの横方向に張力を加えた状態で固化されているものと容易に推認し得る。そして,上記記載にあるように,板ガラスは,第一ローラーにより下方へ引っ張られるのであるから,同時に,板ガラスの縦方向にも張力を加えた状態であることも明らかである。そうすると,「エッジロールが板ガラスの両端を挟持して板幅の収縮を最小限にし,かつ第一ローラーが縦方向に引っ張っているのであるから,刊行物1発明において,横方向,縦方向の張力を加えた状態で板ガラスを固化させていることも明らかである。」とした決定の認定は,是認することができる。 よって,決定が,訂正発明1と刊行物1発明の対比として,「両者は『…板状に成形されたガラスに,横方向と縦方向とに張力を加えた状態でガラス板を固化させる…』という点で一致する」と認定したことに誤りがあるとはいえない。 したがって,この点で両者が相違するとして,決定の対比における認定の誤りをいう原告らの主張は,採用することができない。 なお,原告らは,前記第3,1(2)(3)に記載のように,「成形体の下方に板状のガラスの両端を挟持する冷却ローラを設ける」という訂正発明1の構成要件(U)を刊行物1発明も有することを認めるとともに,「構成要件(U)によって,成形体を離れた直後の高温の板状ガラスが引っ張りローラーで下方に引っ張られたときに起り得る幅方向の収縮が防止される。」ということまでは認めている。 (2) 原告らは,訂正発明1においては,構成要件(V)によって実現された縦方向の強い引っ張りの力及び横方向の強い引っ張りの力によって,「板状に成形されたガラスに,横方向と縦方向とに張力を加えた状態でガラス板を固化させる」という構成要件(W)が実現されて,得られたガラス板の長さ方向及び幅方向の反りを大幅に低減できること,構成要件(V)と構成要件(W)とは,互いに有機的に関連付けられたもので,構成要件(V)が原因,構成要件(W)が結果であること,しかし,刊行物1発明は,上記構成要件(V)を欠くことにより,「横方向と縦方向とに張力を加えた状態でガラス板を固化させる」という訂正発明1における構成要件(W)も実現することができないこと,よって,構成要件(W)の点を相違点とせず,一致点とした決定の認定は誤りであることなど,前記第3,1(2)ないし(4)のように主張する。 (a) 検討するに,「板状に成形されたガラスに,横方向と縦方向とに張力を加えた状態でガラス板を固化させる」という訂正発明1の構成要件(W)は,刊行物1発明も有するものであることは,(1)に判示したとおりである。 決定は,構成要件(V)の点は,訂正発明1と刊行物1発明との相違点であると認定したものではあるが,後にも判示するとおり,この相違点は,当業者が容易に想到し得るものであるから,原告ら主張のように構成要件(V)が原因,構成要件(W)が結果であるとの立論に従うとしても,構成要件(V)という相違点に容易に想到し得る以上,その結果である構成要件(W)の点は,当然に導かれるものといえる。 原告らの上記主張は,採用の限りではない。 (b) 上記の点に関連して,補足説明をしておく。 (b-1) 液体が自由落下する場合に重力加速度の作用を受けることは,改めて説明するまでもない技術常識である。自由落下する液体は,重力加速度が働いて落下速度が次第に増加するとともに,液体の連続条件から落下中の任意の断面を単位時間当たりに通過する液体の体積は一定となる。そのため,自由落下する液体は,落下につれて細く絞られるような現象が生じる。 この現象は,液体ガラスのダウンドロー法による板状成形においても,当然に起こるものである。成形ガラスの板幅の収縮現象は,ガラスの冷却,凝固による体積収縮作用も考えられるが,重力加速度も一因であることは否定し得ない。そこで,訂正発明1や刊行物1発明では,オーバーフローした直後の板ガラス端部を冷却ローラ又はエッジロールによって挟持して,幅方向に収縮しようとする板ガラスを一定幅に保つようにしているものと理解し得る。この場合でも,重力加速度が作用して,成形ガラスは落下につれて落下速度は増加し,板幅が一定に保たれれば,板厚が減少して,落下中の任意の断面を単位時間当たりに通過する体積量が一定になっているものと推察される。 このように,訂正発明1及び刊行物1発明のような成形方法をとる場合には,成形ガラスの表面速度は下方に行くにつれて増加するのであり,(ガラスの表面とスリップしない以上)ローラの周速度も下方ほど大となることは当然の事象である。 刊行物1にはローラの周速度が明記されていないが,上方に位置するエッジロール(訂正発明1の冷却ローラに相当)の周速度を,下方に位置する第一ローラー(訂正発明1の引っ張りローラーに相当)の周速度よりも小さくすることは,刊行物1発明の成形方法においては,上記の事象に従うと当然に得られる条件であり,明記はなくとも,刊行物1発明でも,エッジロールの周速度を第一ローラーの周速度よりも小さくするとの構成を有しているものと理解することも可能である(このことは,刊行物7(甲17)の記載事項からも裏付けられる。)。そして,このような構成を有する結果,エッジロール(冷却ローラ)とガラス板端部の接触時間が長くなり,ガラス板端部の冷却を高めることになる。 そこで,訂正発明1の特許請求の範囲の記載をみると,周速度については,「冷却ローラの周速度を,引っ張りローラーの周速度よりも小さくして」とされている以上に限定はなく,上記のような当然の事象の結果導かれた構成をも含むものとなっているというほかない。したがって,訂正発明1に関しては,構成要件(V)でさえも,刊行物1発明と対比して実質的に同一であるともいい得るものである(もっとも,訂正発明2ないし4では,冷却ローラと引っ張りローラーの周速度の比率として一定の限定がされているので,直ちに刊行物1発明と実質的に同一とは断じ得ない。)。そうすると,原告らの前記主張は,その前提において失当であるということになる。 以上の点をさておいて,構成要件(V)の点を訂正発明1と刊行物1発明の相違点と認め,訂正発明2ないし4で上記限定がされていることを考慮したとしても,前記第2,3(6)に記載した相違点についての決定の判断は是認し得るものであり(この点は取消事由2,3に関するので,当該部分でも判示する。),この判断は,訂正発明2ないし4にも当てはまるものである。 そして,原告らの立論に従って,構成要件(V)が原因,構成要件(W)が結果であるとしても,構成要件(V)という相違点に容易に想到し得る以上,その結果である構成要件(W)の点は,当然に導かれるものといえる。 (b-2) 原告らは,構成要件(V)によって,縦方向の強い引っ張りの力及び横方向の強い引っ張りの力が実現されたと主張し,前認定の刊行物1発明における張力とは異なるかのようにいう。 しかし,訂正発明1の特許請求の範囲においては,単に「張力を加えた状態」とされているのみで,張力(引っ張りの力)の強度については,特段の限定はないのであるから,原告らの主張は,特許請求の範囲に基づかないものとして失当である。 (b-3) 原告らは,原告HOYA株式会社のマネージャーの宣誓供述書と題する書面(甲6,19)により,上記主張を裏付けるべく説明している。 そこで,検討するに,そもそも,刊行物1発明においても,通常,成形時にはエッジロールの周速度が第一ローラーよりも小さくなるものであることは,前記のとおりであるから,原告らの主張は,その前提を欠くものである。 その点をおくとしても,原告らは,訂正発明1と刊行物1発明との成形時の板状ガラスの冷却状態の違いについて主張し,甲6,19でこれを詳細に説明するのであるが,これを直ちに採用することはできない。 すなわち,原告らの冷却状態の違いなどに関する主張は,冷却ローラの周速度のみに着目してなされているところ,冷却ローラ又はエッジロールによる冷却作用は,それらの周速度(周速度が小さくなれば,冷却ローラ又はエッジロールと成形ガラスとの接触時間が長くなり,冷却時間も長くなって冷却作用も向上する。)にのみ左右されるものではなく,冷却ローラ又はエッジロールの温度や内部を流れる冷却媒体の流量にも左右されるものであることは,技術常識に照らしても明らかである。したがって,原告らの主張は,これらの条件の差異などについて必要な検討がされていないものであって,失当である。 しかも,刊行物1発明におけるエッジロールも訂正発明1と同様に下方の第一ローラーよりも周速度が小さいことは前記のとおりであるから,原告らが主張するように,冷却ローラの周速度を引っ張りローラーの周速度よりも小さくしたことを根拠に,刊行物1発明に比較して訂正発明1の方がガラス板両端部が強く冷却されるということはできない。 (c) 原告らの前記第3,1(2)ないし(4)の主張は,採用し得ない。 (3) 原告らは,刊行物1発明においては,エッジロールで両端が挟持される部位とガラスが固化する部位とが上下方向に離れた位置関係にあるなどとして,前記第3,1(5)のようにも主張する。 しかし,前認定のとおり,刊行物1発明においても,訂正発明1と同様,冷却ローラに相当するエッジロール部分で冷却固化が生じているものと認め得るのであるから,原告らの主張は,採用することができない(なお,原告らは,前記第3,1(2)(3)の主張では,訂正発明1の構成要件(U)を刊行物1発明も有することを認めるとともに,「構成要件(U)によって,成形体を離れた直後の高温の板状ガラスが引っ張りローラーで下方に引っ張られたときに起り得る幅方向の収縮が防止される。」としているのであり,この主張と原告らの上記第3,1(5)の主張との一貫性については,疑問の余地がある。)。 (4) 以上のとおり,原告ら主張の取消事由1は,理由がないというべきである。 2 取消事由2(訂正発明1の容易想到性の判断の誤り)について (1) 原告らは,前記第3,2(1)のとおり主張する。 しかし,刊行物1発明が用途として挙げている「TFT/TFD基板」の主な用途がディスプレイガラス基板であることは常識であるとともに,「ひずみ<450μm/300mm」が示す範囲は,その下限値がないことからみても,当然に訂正発明1で規定する反りの範囲を包含するものである。さらに,訂正発明1と用途を一にする「TFT/TFD基板」が縦・横両方向のひずみに関して上記上限値を要求するものであることにも疑いはない。また,刊行物1発明で規定するガラス板の製品要求値が,長さ方向のみについてのものというべき合理的理由は見当たらない。したがって,刊行物1発明を出発点とし,訂正発明1に到達することは困難であるとする原告らの主張は,採用することができない。 (2) 原告らは,刊行物6(甲16)について,第3,2(2)のとおり主張する。 (a) 決定は,前記第2,3(6)(b)のとおり,「ガラス板を引抜く際に,ガラス板両端のロールの速度を減少させること(すなわちロールとガラス板両端との接触時間を長くすること)により冷却の有効速度を増加させることは知られているから(刊行物6),上記相違点の『冷却ローラの周速度を,引っ張りローラーの周速度よりも小さくして冷却ローラとガラス板端部の接触時間を長くすることによってガラス板端部の冷却を高める』ことは当業者が容易に想到し得ることであり,その効果も予測される範囲を出ないものといえる。」と判断した。 上記説示に照らせば,決定は,「ガラス板を引抜く際」という局面において,上記の刊行物6に開示された技術思想を適用したものと解される。 確かに,刊行物6(甲16)には「アップドロー法」が記載され,刊行物1では「ダウンドロー法」が記載されており(甲12),両者の製造方法は異なるが,両者は,ガラス板の製造という同じ技術分野に属する上,「ドロー」つまり「ガラス板を引抜く」という点で共通するものといえる。決定は,その共通する局面において,ガラス板両端のロールの速度を減少させることにより冷却の有効速度を増加させる」という技術思想を援用したのであって,刊行物1発明への適用に阻害要因があるとはいえない。 (b) 確かに,刊行物6に記載されているのは,「ロールの回転速度」であり,訂正発明1の「ローラの周速度」とは異なる概念である。そして,冷却という効果からすれば,ロールとガラス板両端との接触時間の長短が影響を与えるのであるから,訂正発明1のようにローラの「周速度」で規定する方がより適切あろう。 しかし,ロールの「回転速度」という観点からみても,回転速度を減少させれば,単位時間当たりのガラス板の移動距離が短くなり,すなわち,ガラスの単位長さ当たりのロールとの接触時間は長くなって,冷却効果が上がるのであるから,決定が刊行物6から上記の技術思想を抽出したことに誤りがあるとはいえない。 また,確かに,刊行物6は,溝付きロールの回転速度と引抜きロールの回転速度との相対関係について記載するものではない。 しかし,決定は,上記説示の限度で刊行物6の技術思想を適用したものであり,相対関係における速度の大小についてまで刊行物6に根拠を求めたものでないことは明らかである。したがって,この点に関する原告らの非難は当たらない(なお,取消事由1について判示したとおり,刊行物1発明において,エッジロールの周速度を第一ローラーの周速度よりも小さくすることは,刊行物6に根拠を求めるまでもなく,容易に得られるものである。)。 (c) 原告らは,上記のほか,第3,2(2)(c)(d)のようにも主張するが,決定が刊行物6を適用した趣旨及び範囲は,既に判示したとおりであり,決定に原告らが主張する違法があるとはいえない。 (3) 原告らは,刊行物7(甲17)について,第3,2(3)のとおり主張する。 決定は,前記第2,3(6)(c)のとおり,「また,刊行物1発明において,エッジロールの付近と第一ローラーの付近とのガラス板の厚みは,薄いガラス板を製造するのであるから,エッジロールの付近の方が厚いと解される。その際,厚いガラス板に接するロールの周速度が薄いガラス板に接するロールの周速度より小さいことは自明であり(刊行物7参照),かつエッジロールは挟持するという役目からいってスリップしないと解されるので,エッジロールの周速度を第一ローラの周速度よりも小さく設計することは当業者が容易に想到し得る設計事項であるといえる。」と判断した。 検討するに,決定は,上記「自明」とする事項を裏付けるものとして刊行物7を示したにすぎず(決定は,第2,3(6)(d)のとおり,刊行物7を訂正発明1の容易想到性の根拠とは位置付けていない。),決定が「自明」として摘示する事項は,既に判示したように,刊行物7を援用するまでもなく,技術常識に属する事柄である。そして,上記各事項を踏まえてなされた「エッジロールの周速度を第一ローラの周速度よりも小さく設計することは当業者が容易に想到し得る設計事項である」という決定の判断は,相当として是認し得るものである。 よって,原告らの主張は,採用の限りではない。 (4) 以上のとおり,訂正発明1の容易想到性についての決定の判断は,是認し得るものであって,原告ら主張の取消事由2は,理由がない。 3 取消事由3(訂正発明1の顕著な技術的効果の看過)について 刊行物1発明の要求事項は「0.15%未満」であり,本件明細書の比較例1は「0.2%以上」であることは,原告らも認めるところである。したがって,両者に重なり合う部分は全くなく,両者を同一レベルであるとする原告らの主張は採用し得ない(形式的には,刊行物1発明の上記「0.15%未満」に訂正発明1の実施例1の「0.05%」が含まれる。)。なお,原告らは,刊行物1に記載されたひずみに関する要求事項が長さ方向の反りであると主張するが,長さ方向のみについてのものと解すべき合理的な理由は見当たらない。 そして,前記1及び2において判示したところに照らせば,訂正発明1は,刊行物1,2,4〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得るものであって,決定が「その効果も予想される範囲を出ない」と判断したことも是認し得るものである。 原告ら主張の取消事由3も理由がない。 4 取消事由4(訂正発明2ないし4の容易想到性の判断の誤り)について (1) 原告ら主張の取消事由4は,専ら,訂正発明1が容易に想到できるものでないことを理由として,これに従属する訂正発明2ないし4についても容易に想到し得ないと主張するものである。 しかし,既に判示したように,訂正発明1は,容易に想到し得るものであるから,原告らの上記主張は,前提を欠くものである。 したがって,原告ら主張の取消事由4も理由がない。 (2) 付言するに,訂正発明2ないし4は,訂正発明における冷却ローラの周速度と引っ張りローラーの周速度との比率につき数値限定をしたものである。前判示のとおり,重力加速度の作用にかんがみれば,刊行物1発明におけるエッジロールは,第一ローラーよりも周速度が一定程度小さくなって当然であるということは,前記のとおりであるから,その比率よりも訂正発明2ないし4における上記比率の方が小さくなるように構成するのであれば,それ自体に技術的意義を有する可能性があろう。 ところで,ガラス板をドローする場合の2つのローラー(ロール)の周速度の比率で,重力加速度の作用の影響に起因するものがどの程度であるかは,2つのローラー(ロール)の距離により異なることはいうまでもない。しかし,訂正発明2ないし4においては,2つのローラー(ロール)の距離について何らの特定もないままに,比率のみが記載されているのであるから,重力加速度の作用の影響に起因する比率以上に小さい比率とされたものであるとは認めることができない。 このように考えると,訂正発明2ないし4の周速度の比率に関する数値限定の点にも格別のものを見いだすことはできないのであって,決定が「当業者が実際の操業上,容易に採用し得るものである」とした判断は,刊行物1,6,7に照らし,是認し得るものというべきである。 5 結論 以上のとおり,原告ら主張の決定取消事由は理由がないので,原告らの請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塚原朋一 |
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裁判官 | 田中昌利 |
裁判官 | 佐藤達文 |