関連審決 | 不服2001-14469 |
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関連ワード | 発明者 / 自然法則 / 反復(反復可能性) / 物の発明 / 方法の発明 / 容易に実施 / 先願主義 / 試行錯誤 / 技術常識 / 先行技術 / 発明の詳細な説明 / 優先権 / 出願経過 / 実施 / 構成要件 / 同意 / 混同 / 拒絶査定 / 拒絶理由通知 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10344号
審決取消請求事件
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原告X 訴訟代理人弁護士 宮寺利幸,弁理士 千葉剛宏 被告 特許庁長官小川洋 指定代理人 長井真一,渡部利行,立川功,井出英一郎 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/08/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
「特許庁が不服2001-14469号事件について平成16年9月13日にした審決を取り消す。」との判決。 |
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事案の概要
本件は,拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消しを求める事案である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,平成11年11月25日,発明の名称を「積雪量予測装置および方法」とする特許出願をした。 (2) 原告は,平成13年7月5日付けの拒絶査定を受けたので,同年8月16日,拒絶査定に対する審判を請求した(不服2001-14469号事件として係属)。 (3) 特許庁は,平成16年9月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年10月6日,その謄本を原告らに送達した。 2 発明の要旨【請求項1】 樹木に伝わる音を該樹木の高さ方向に沿って測定する樹木音測定手段と,前記樹木音測定手段で測定された音の前記樹木の高さ方向における変化に基づいて積雪量を予測する積雪量予測手段と,を有することを特徴とする積雪量予測装置。 【請求項2】請求項1記載の積雪量予測装置において,前記樹木の高さ方向における前記音の変化は,前記樹木の高さ方向における前記音の音圧の変化であることを特徴とする積雪量予測装置。 【請求項3】請求項2記載の積雪量予測装置において,前記積雪量予測手段は,前記樹木の高さ方向における前記音圧の正側ピークが発生する位置を予想最深積雪として予測することを特徴とする積雪量予測装置。 【請求項4】樹木に伝わる音を該樹木の高さ方向に沿って測定するステップと,前記樹木の高さ方向における前記音の変化に基づいて積雪量を予測するステップと,を有することを特徴とする積雪量予測方法。 【請求項5】請求項4記載の積雪量予測方法において,前記樹木の高さ方向における前記音の変化は,前記樹木の高さ方向における前記音の音圧の変化であり,前記積雪量を予測するステップにおいては,前記樹木の高さ方向における前記音圧の正側ピークが発生する位置が予想最深積雪として予測されることを特徴とする積雪量予測方法。 3 審決の理由の要旨 審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,本件出願は,明細書及び図面の記載が特許法36条4項に規定する要件を満たしていない,というものである。 (1) 拒絶の理由の概要は,「本願発明の構成と効果との相互関係,特に樹木に伝わる音と積雪量との関係が不明瞭であり,この出願の発明の詳細な説明は,当業者が請求項1〜5に係る発明を実施することができる程度に明確かつ充分に記載されていない。樹木に伝わる音と積雪量との関係が原理的に不明であり,また,この発明によって良好な結果が得られたというデータ等も明細書には十分に開示されていない。したがって,明細書及び図面の記載が特許法36条4項に規定する要件を満たしていない。」というものである。 (2) 上記の点につき,以下,検討する。 (2-1) 本願明細書には,次の各記載がある。 「【0075】 『積雪量予測装置』 次に,この発明の一実施の形態に係る積雪量予測装置について説明する。 【0076】 図12は,この発明の一実施の形態に係る積雪量予測装置150の構成を示している。 【0077】 積雪量予測装置150は,複数(例えば,8個)の振動センサ12(m)(m=1-8)と,樹木音観測装置152と,データ処理装置154を備えている。 【0078】 図13は,振動センサ12(m)が樹木τの幹(枝でもよい)に取り付けられた状態を示している。なお,この振動センサ12(m)の構成は,図1に示す気象予測装置10を構成するものと同じである。」 「【0085】 信号出力部46からの電圧Vは,信号入力部50においてサンプリングされ,かつ,A/D変換された後に,樹木音Aの音圧の大きさに対応する音圧レベルVdとして予測判定処理部162に供給される。なお,予測判定処理部162には,この音圧レベルVdに対応する(この音圧レベルVdを取得した)振動センサ12(m)を識別する情報が供給されているものとする。 【0086】 予測判定処理部162は,信号入力部50からの各振動センサ12(m)に対応する音圧レベルVdに基づいて,樹木τの高さY方向における音圧レベルVdの変化を検出する。そして,この音圧レベルVdの変化に基づいて,その年の予測積雪量Lを求める。 【0087】 図14は,高さYに対する音圧レベルVdの特性の一例を示している。この図14に示すように,音圧レベルVdには,特定の高さY位置(図14に示す例ではy6)に正側のピークPが存在する。そして,このピークPに対応する高さYが,その年の最深積雪と一致することが,この出願の発明者により実験的に確認されている。従って,音圧レベルVdのピークPを検出し,このピークPに対応する高さYを特定することによって,その年の予測積雪量(すなわち,予想最深積雪)Lを得ることができる。 【0088】 ただし,樹木τが予想最深積雪Lの倍以上の高さである場合には,音圧レベルVdに複数のピークPが存在することがあるが,この場合には,これら各ピークPに対応する高さYのうち,最も値が小さいもの(位置が低いもの)を予想最深積雪Lとして採用することができる。 【0089】 なお,正確な予想最深積雪Lを得るためには,観測期間を,例えば,降雪が始まる時期の3ヶ月前-6ヶ月前の間とすることが好ましい。」 (2-2) 上記記載においては樹木の種類や大きさを説明しておらず,すべての樹木に振動センサで検知できる樹木音が存在するか不明であるばかりでなく,検知できたとしても音圧にピーク位置が存在するか不明である。 さらに,仮に,ある樹木Aで樹木音が検知できたとしても,積雪が多い地域,積雪が少ない地域,積雪がない地域に存在している各樹木Aの間で音圧分布に変化が生じる根拠が不明である。まして,実際の積雪の数ヶ月前に音圧分布に変化が生じる根拠が不明である。 本願明細書のFIG.14は出願人が自ら描いた模式的な図であって,上記疑問を解消する実験データと認めることはできない。 そして,高さYに対する音圧レベルVdに,特定の高さY位置(図14に示す例ではy6)に正側のピークPが存在するか否かの根拠が不明であるが,仮に,ピークが存在するとしても,高さYがその年の最深積雪と一致するという根拠が不明である。 すなわち,降雪が始まる時期の3ヶ月前-6ヶ月前の間での観測値が,不確定要素を多く含む未来の最深積雪Lと一致することの根拠はなく,仮に,音圧レベルのピークの高さ位置を表示できたとしても,単に,ピークの高さ位置を表示したにとどまり,未来の最深積雪値を予測したことにはならない。 また,「正確な予想最深積雪Lを得るためには,観測期間を,例えば,降雪が始まる時期の3ヶ月前-6ヶ月前の間とすることが好ましい。」とする根拠が不明である。 上記【0087】には,「そして,このピークPに対応する高さYが,その年の最深積雪と一致することが,この出願の発明者により実験的に確認されている。」と記載されているが,その実験結果は本願明細書に記載されていないばかりでなく,第三者によって確認されてもいない。 (2-3) この点に関し,請求人は,審判請求書において,次の主張をしている。 「また,積雪量予測手段(β)は,段落[0084]に記載してしている「予測判定処理部(積雪量予測手段)162」が該当することが明らかであり,この予測判定処理部162のハード構成は,同段落に,データ処理装置16の予測判定処理部52とほぼ同じであると記載されている。 そして,この予測判定処理部52は,段落[0031]及び段落[0032]に,「データ処理装置16は,実際には,汎用コンピュータ(パーソナルコンピュータを含む。)等によって構成されており,予測判定処理部52は,実質的に,CPU(Central Processing Unit)(周辺装置を含む。)によって構成されている。」と記載され,当業者であれば,汎用コンピュータを利用して作成できかつ使用できることに疑いがない。 特許法36条4項は,次に,「明確かつ十分」に記載することを要件としているが,この要件は,特別な知識を付加しなくても追試してその発明を再現することができることと解されている。 この出願の発明の場合,当業者であれば,振動センサ12により樹木に伝わる音を該樹木の高さ方向に沿って測定し,データ処理装置154において,振動センサ12により測定された音の樹木の高さ方向に基づいて積雪量を予測することを,追試して発明を再現することが可能である。」 しかしながら,データ処理装置16に入力される信号は,音圧レベルであり,予測積雪量ではなく,予測判定処理部でどのような演算を実行するか,測定した音圧レベルからどのようにして未来の最深積雪値を予測するか,についての記載はないから,それらの演算や予測を当業者は容易に実施することができない。 (2-4) 請求人は,また,審判請求書において, 「なお,樹木に伝わる音と積雪量との関係については,平成13年1月29日付けで提出の意見書の3頁9行-4頁26行に「この出願に係る発明についての構成と効果との相互関係,特に樹木に伝わる積雪量との関係に関する補足説明」として詳細に述べている。」と主張しており,該意見書をみると,次の主張をしている。 「(5)この出願に係る発明についての構成と効果との相互関係,特に樹木に伝わる音と積雪量との関係に関する補足説明 この出願に係る発明の動機づけは,拒絶理由通知書の「先行技術文献調査結果の記録」に記載された文献に開示されています。すなわち,この動機づけの前提は,この出願の発明者の長年の研究結果による「カマキリが樹木に産みつける卵のうの高さが,その年の最大積雪深に深い関係がある。」ということです。しかし,カマキリの卵のうの高さを利用する積雪深の予測技術は,予測したい地域に,肝心のカマキリが生息していることが前提となり,生息していない場合には使用することができないという難点があります。 「カマキリが生息していない場所・地域で積雪深を予測することが可能とならないか。」ということがこの発明の動機です。 そして「カマキリは,何を基準に,卵のうを産みつける高さを決めているのか。」という課題に直面し,この課題を解決することができれば,最大積雪深を,カマキリの生息していない地域でも予測することが可能となり,しかもカマキリの卵のうを探索するよりもより科学的かつ容易に積雪深の予測ができるのではないかという考えに到達しました。 そして,この課題について,何度も何度もカマキリの卵のうを見ながら考えているとき,偶然のひらめきにより,樹木から音が発生しているような予感がし,樹木に耳を押しつけてみました。 そうしましたところ,驚くほどさまざまな音が聞こえてきました。そこで,次に,聞く位置を木の高さ方向に変えてみましたところ,その音の最大点が,カマキリの卵のうの位置付近に一致することをつきとめました。この後,耳で観測することが不便であることから,実際に,明細書に記載しています振動センサ12を製作し,明細書の詳細な説明に記載した積雪量予測装置150により,何度も,何カ所も測定して,この考え方が正しいことを実証し,出願に至りました。 この発明によれば,カマキリが生息していなくとも,木さえ生えていれば,積雪量予測装置150で測定することだけで,当業者であれば誰でも簡易に積雪深を予測することが可能になるものと確信致します。」 しかしながら,「カマキリが樹木に産みつける卵のうの高さが,その年の最大積雪深に深い関係がある。」が公に実証されていると認めることはできず,しかも,公に実証されていると認めるに足りる記載は本願明細書にない。 そして,カマキリが樹木に産みつける卵のうの位置(高さ)を,樹木音の音圧レベルのピーク位置によって決めていることは本願明細書に記載されておらず,そのようなことが公に実証されていると認めるに足りる記載も本願明細書にはない。 さらに,カマキリの卵のうの高さは,「カマキリが生息していない場所・地域で積雪深を予測すること」の根拠とはならないことは明らかである。(カマキリが生息してないのであるから根拠となりようもない。) (2-5) 請求人は,また,同意見書において次の主張をしている。 「次に,残余の構成要件である積雪量予測手段(β)は,この実施の形態では,段落[0084]に記載していますように,「予測判定処理部(積雪量予測手段)162」が該当することが明らかです。 そして,この予測判定処理部162により,請求項1中,「樹木音測定手段で測定された音の前記樹木の高さ方向における変化に基づいて積雪量を予測する」ことが,図14および図15を参照して段落[0086],[0087],[0091]-「0093」に説明されております。たとえば,段落[0086]には「樹木τの高さY方向における音圧レベルVdの変化を検出する。そして,この音圧レベルVdの変化に基づいて,その年の予測積雪量Lを求める。」と明確に記載しています。」 しかしながら,(2-2)で説示のとおり, 高さYに対する音圧レベルVdに,特定の高さY位置(図14に示す例ではy6)に正側のピークPが存在するか否か根拠が不明であるが,仮に,存在するとしても,高さYがその年の最深積雪と一致するという根拠が不明である。 仮に,音圧レベルのピークの高さ位置を表示できたとしても,単に,測定時点でのピークの高さ位置を表示したにとどまり,未来の最深積雪値を予測できたことにはならない。 (3) 以上の検討によれば,本願明細書の記載と図面では,本願発明の構成と効果との相互関係,特に,樹木に伝わるという音の存在や音のピークの存在,その音のピークと積雪量との関係が不明瞭であるとともに,原理的に不明であり,また,この発明によって良好な結果が得られたというデータ等も明細書等に開示されていないから,当業者が容易に実施することができる程度に説明されているとは認められず,本件出願は,明細書及び図面の記載が特許法36条4項に規定する要件を満たしていない。 |
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当事者の主張の要点
1 原告主張の審決取消事由 審決は,特許法36条4項に規定する要件についての判断を誤っており(取消事由1),また,違法な審判手続に基づきされたものである(取消事由2)から,取り消されるべきである。 (1) 取消事由1(特許法36条4項に規定する要件についての判断の誤り) 審決は,「本願明細書の記載と図面では,本願発明の構成と効果との相互関係,特に,樹木に伝わるという音の存在や音のピークの存在,その音のピークと積雪量との関係が不明瞭であるとともに,原理的に不明であり,また,この発明によって良好な結果が得られたというデータ等も明細書等に開示されていないから,当業者が容易に実施することができる程度に説明されているとは認められず,本件出願は,明細書及び図面の記載が特許法36条4項に規定する要件を満たしていない。」と認定判断した。 ア 本願発明の構成と効果との相互関係が不明瞭であることについて (ア) 本願発明の「樹木音測定手段」は,振動センサ12が該当し,各種の振動センサやマイクロホンを採用することができるから,当業者であれば,容易に作製し,かつ,使用することができる。また,「積雪量予測手段」は,予測判定処理部(積雪量予測手段)162が該当し,この予測判定処理部162のハード構成は,データ処理装置16の予測判定処埋部52とほぼ同じであって,実質的に,CPU(周辺装置を含む。)によって構成されているから,当業者であれば,汎用コンピュータを利用して作製し,かつ,使用することができる。 したがって,振動センサ12により,樹木に伝わる音を該樹木の高さ方向に沿って測定し,測定した「音レベル」から「音圧レベル」のピーク位置を捕捉することは,当業者であれば容易であり,これにより,ピーク位置に基づく積雪量の予測を反復して,本願発明を再現することができるものである。 (イ) 樹木内に音が伝わっていることは周知であり,いかなる種類,大きさの樹木においても,樹木音は存在するから,本願明細書に,樹木の種類,大きさが説明されていなくても,何ら不明な点はない。そして,樹木音の音圧レベルにはピーク値があり,このことは,「樹木の音響調査説明図」(甲5),「鶴岡市・羽黒町調査結果一覧表」(甲6),「尾花沢市調査結果一覧表」(甲7)及び「樹木の音響探査票」(甲8)からも明らかである。 したがって,審決が「上記記載においては樹木の種類や大きさを説明しておらず,すべての樹木に振動センサで検知できる樹木音が存在するか不明であるばかりでなく,検知できたとしても音圧にピーク位置が存在するか不明である。」としたことは,誤りである。 (ウ) 本願発明は,カマキリの卵のうの高さと最深積雪との相関関係に端を発したものであって,原告は,樹木音を感知していたカマキリにならって,カマキリが卵のうを産み付けた樹木の高さ位置が音圧レベルのピーク位置付近に一致することをつきとめ,その位置が最深積雪の位置になると確信したのである。 本願発明は,音圧レベルVdのピークの高さ位置を表示するにとどまらず,まさに最深積雪値を予測することができるものであるが,カマキリは,通常,積雪の3か月以上前に産卵するので,その時点でカマキリの卵のうの高さ位置が決定され,この高さ位置が樹木の高さ方向の音圧レベルのピーク位置に対応するから,3か月以上前の音圧ピーク位置に基づき最深積雪値が予測される。 したがって,審決が「さらに,仮に,ある樹木Aで樹木音が検知できたとしても,積雪が多い地域,積雪が少ない地域,積雪がない地域に存在している各樹木Aの間で音圧分布に変化が生じる根拠が不明である。まして,実際の積雪の数ヶ月前に音圧分布に変化が生じる根拠が不明である。」,「また,『正確な予想最深積雪Lを得るためには,観測期間を,例えば,降雪が始まる時期の3ヶ月前-6ヶ月前の間とすることが好ましい。』とする根拠が不明である」としたのは,誤りである。 (エ) 「平成14年度 冬を占う」(甲11),「平成14年度 冬を占う 予想と結果」(甲12),「冬を占う 平成15年度予想版」(甲13),「冬を占う 予想と結果」(甲14),「冬を占う 平成16年度予想版」(甲15)は,「原告の監修のもとに財団法人新潟県建設技術センターが発行する冊子であるが,これによれば,最深積雪予想と結果とがほぼ符合していることが分かるし,本願図面の図14では実証データを示している。そして,同センターは,平成14年度から,原告の指導のもとに気象予測調査を実施し,積雪予測のほか,3か月,6か月先といった気象の長期予測に取り組んでいるが,このことは,本願発明の効果が第三者によって,認められている証左である。 したがって,「上記【0087】には,「そして,このピークPに対応する高さYが,その年の最深積雪と一致することが,この出願の発明者により実験的に確認されている。」と記載されているが,その実験結果は本願明細書に記載されていないばかりでなく,第三者によって確認されてもいない。」としたのは,誤りである。 (オ) 本願発明では,測定した樹木の音圧レベルがピーク値を示した部位が最深積雪値に対応する。そして,本願明細書には,本件装置の「予測判定処理部162は,信号入力部50からの各振動センサ12(m)に対応する音圧レベルVdに基づいて,樹木τの高さY方向における音圧レベルVdの変化を検出する。そして,この音圧レベルVdの変化に基づいて,その年の予測積雪量Lを求める。」(【0086】),「図14は,高さYに対する音圧レベルVdの特性の一例を示している。この図14に示すように,音圧レベルVdには,特定の高さY位置(図14に示す例ではy6)に正側のピークPが存在する。そして,このピークPに対応する高さYが,その年の最深積雪と一致することが,この出願の発明者により実験的に確認されている。従って,(予測判定処理部162により)音圧レベルVdのピークPを検出し,このピークPに対応する高さYを特定することによって,その年の予測積雪量(すなわち,予想最深積雪)Lを得ることができる。」(【0087】),「また,予測判定処理部162は,振動センサ12(m)の設置間隔を既知値として記憶している。」(【0091】)と記載されているから,それらの演算は容易であり,当業者は,本願発明に基づき,容易に積雪量の予測をすることができる。 したがって,審決が「しかしながら,データ処理装置16に入力される信号は,音圧レベルであり,予測積雪量ではなく,予測判定処理部でどのような演算を実行するか,測定した音圧レベルからどのようにして未来の最深積雪値を予測するか,について記載がないから,それらの演算や予測を当業者は容易に実施することができない。」としたのは,誤りである。 (カ) 音圧レベルにはピーク値が存在し,測定時点でのピーク値の高さ位置を「その年の局地的な予想最深積雪」(【0097】)の値とすること自体が,原告の永年の研究成果の集大成なのであって,予測できたか否かは,評価の問題である。 したがって,審決が「仮に,音圧レベルのピークの高さ位置を表示できたとしても,単に,測定時点でのピークの高さ位置を表示したにとどまり,未来の最深積雪値を予測できたことにはならない。」としたのは,予測することと予測した内容が結果と対比して正しかったか否かを評価することとを混同するものであり,誤りである。 (キ) 本願を優先権主張の基礎とする米国特許出願は,拒絶理由通知を受けることなく登録されたが,このことは,米国特許庁審査官の厳正な審査の結果,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されており,その明細書及び図面に当業者が本願発明の意義を理解するために必要な事項も記載されていると判断されたことにほかならない。ハーモナイゼーションの観点,発明の迅速な保護,迅速な特許付与の観点に照らして,特に,2極(米国及び欧州)で認められた特許については十分に尊重されるべきであるから,本願発明は,特許法36条4項の要件を具備するものと判断されるのが当然である。 (ク) 以上のとおりであるから,審決の認定判断は,誤りである。 イ 本願発明が原理的に不明であることについて 特許法は,原理を明らかにすることを求めていないから,発明の原理が不明であるとしても,このこと自体は,発明の認定の障害にはならない。本願発明は,原理が不明であるとしても,本願明細書には,樹木音のピーク位置と最深積雪とが一致するという相関関係を明確に記載しているから,この相関関係を利用して積雪量を予測することは,当業者が容易に実施することができる。 したがって,審決が,「高さYに対する音圧レベルVdに,特定の高さY位置(図14に示す例ではy6)に正側のピークPが存在するか否か根拠が不明であるが,仮に,存在するとしても,高さYがその年の最深積雪と一致するという根拠が不明である。」などとした上,「原理的に不明であり,・・・当業者が容易に実施することができる程度に説明されているとは認められず,本件出願は,明細書及び図面の記載が特許法36条4項に規定する要件を満たしていない。」と認定判断したことは,誤りである。 ウ 本願発明によって良好な結果が得られたというデータ等が明細書等に開示されていないことについて 発見に基づく物及び方法の発明は,発明の時点では,その自然法則が実証されていない場合があり,自然法則の中味,換言すれば,原理が不明であっても,反覆可能性があれば(特に,100%の反覆可能性ではなく,数%の反覆可能性であっても),結果的に自然法則を利用したことになり,発明として充分に成立するものである。本願発明は,十分に反覆可能性があるが,そのことは,本願明細書及び甲11ないし15等から明らかであるし,本願図面の図14では実証データを示している。本願発明は,年に1回しかデータを収集することができないから,データの開示がないことを理由に,容易に実施できる程度のものと認められないとするのは,先願主義を採用しつつ,先端的な発明についての特許を与えるとの特許制度の根幹を否定するものである。 したがって,審決が,「この発明によって良好な結果が得られたというデータ等も明細書等に開示されていないから,当業者が容易に実施することができる程度に説明されているとは認められず,本件出願は,明細書及び図面の記載が特許法36条4項に規定する要件を満たしていない。」と認定判断したことは,誤りである。 (2) 取消事由2(審判手続の法令違背) 本願発明において,樹木音と最深積雪量との相関関係についての疑念があるのであれば,面接を実施して疑念を解消することが,先端的な発明についての特許を与えるとの特許制度に適うものである。 しかるに,特許庁は,審査手続及び審判手続において,原告が面接の実施を要請したにもかかわらず,面接を実施することなく,審決をしたのであって,審判手続には,瑕疵がある。 2 被告の反論 審決において,特許法36条4項に規定する要件についての判断の誤りはなく,また,審判手続に瑕疵はない。 (1) 取消事由1(特許法36条4項に規定する要件についての判断の誤り)に対して ア 本願発明の構成と効果との相互関係が不明瞭であることについて (ア) 振動センサ12により,樹木に伝わる音を該樹木の高さ方向に沿って測定したとしても,積雪量を予測するためには,積雪量と因果関係のある「樹木音」を検出し,かつ,その音の変化を検知する必要があるところ,局地的な積雪量は,地形,環境,天候,気候等の影響を受けるものであるから,本願明細書の記載に基づく自明の「振動センサ」と「汎用コンピュータ」を使用するだけで,積雪のあるすべての局地について「正確な予測結果を求めることができる」とは考えられない。 (イ) 樹木内に音が伝わっているとしても,いかなる種類の樹木がどういう周波数でどの程度の音圧レベルを発するのか,ピーク位置を検出するのにどの程度の高さ間隔で測定する必要があるのか,樹木音を測定することにより,どの地域,どの程度の範囲にわたる積雪量を予測することになるのかなどの知見が出願当時の技術常識として存在していたとは認められないから,当業者が,本願明細書の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,樹木音のピーク位置を捕捉することはできないし,過度の試行錯誤をしても,「局地的な積雪量の予測値を求めることができるとともに,正確な予測結果を得ることができる」とは限らない。甲5ないし8は,第三者による客観的な信頼性を有する調査ではなく,調査の手法や対象とした樹木のデータ等の説明を欠いていて,本願発明との関係が不明であるから,これをもって,樹木音のピーク位置を捕捉することができるということはできない。 (ウ) カマキリが卵のうを産み付ける高さをどのように決めているかについての一般的な知見はなく,カマキリが積雪の3か月ないし6か月前に樹木音のピーク位置を感じて卵のうを産み付けているという知見もない。 (エ) 甲11ないし14は,本願よりもかなり後に公表されたものである上,最深積雪の予測がどのような手法でされたのか明らかでないから,本願発明との関係が明らかでない。また,財団法人新潟県建設技術センターは,原告の指導のもとに気象予測調査を実施しているのであるから,甲11ないし14があるとしても,原告以外の第三者が,原告の指導を受けずに,本願明細書の記載及び出願当時の技術常識のみに基づいて,最深積雪と一致する樹木音のピーク位置を捕捉することができたということにはならない。 (オ) 測定した樹木の音圧レベルがピーク位置を示した部位が最深積雪値に対応するというためには,地形的,環境的に生育する場所が異なり,種類や大きさも異なる様々な樹木すべてについて,3か月ないし6か月先の最深積雪と自然的因果関係のある音が存在していて,これを測定することが可能であり,かつ,当該音が,高さ方向にピーク値を有していて,これを測定することが可能でなければならない。 しかし,いかなる時期,日,天候,時間帯の下で,いかなる樹木を対象にいかなる高さ間隔とし,いかなる感度のセンサでいかなる周波数の音を測定し,いかなる基準でピーク値と判定すればよいのかについての具体的な指針はないから,当業者が局地的に正確な予測結果を得ることはできない。 (カ) 音圧レベルに,最深積雪と自然的因果関係のあるピーク値が存在するということはできないし,また,予測できたか否かが評価の問題であるというのであれば,「このピークPに対応する高さYが,その年の最深積雪と一致することが,この出願の発明者により実験的に確認されている。」(【0087】との記載と明らかに矛盾する。 (キ) 本願を優先権主張の基礎とする米国特許出願が登録されたからといって,本願発明が特許法36条4項の要件を具備するということにはならない。 (ク) 以上のとおりであって,審決の認定判断に誤りはない。 イ 本願発明が原理的に不明であることについて 本願発明の原理は不明であり,出願当時の技術常識に照らしても,本願明細書は,積雪量予測に係る方法の発明と物の発明の双方について,当業者が容易に実施することができる程度に記載されていない。 ウ 本願発明によって良好な結果が得られたというデータ等が明細書等に開示されていないことについて 本願発明の原理は明らかでないから,客観的な実証データなどによる裏付けが必要であり,たとえ,実証データの収集に時間を要するとしても,その裏付けが不要になるわけではない。 (2) 取消事由2(審判手続の法令違背)に対して 面接を実施するか否かは,合議体の裁量にまかされているから,原告主張の取消事由2は,審決取消事由とはなり得ない。また,本願の出願経過からみて,面接を実施しなかったことは,違法でない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(特許法36条4項に規定する要件についての判断の誤り)について (1) 本願発明の目的等について ア 本願明細書(甲1)には,本願発明の目的等について,次の記載がある。 「【0001】【発明の属する技術分野】この発明は,樹木音に基づいて積雪量を予測するための積雪量予測装置および方法に関する。 【0002】【従来の技術】従来,積雪量の予測は,長期的気象予測に基づいて,およその予測値を求めるようにして行われていた。 【0003】【発明が解決しようとする課題】しかしながら,積雪量を局地的かつ正確に予測することが可能な手法は確立されていなかった。 【0004】この発明は,局地的な積雪量の予測を行うことが可能であるとともに,正確な予測結果を得ることが可能な積雪量予測装置および方法を提供することを目的とする。 【0005】【課題を解決するための手段】この発明に係る積雪量予測装置は,樹木に伝わる音を該樹木の高さ方向に沿って測定する樹木音測定手段と,前記樹木音測定手段で測定された音の前記樹木の高さ方向における変化に基づいて積雪量を予測する積雪量予測手段とを有している(請求項1記載の発明)。 【0006】この場合,前記樹木の高さ方向における前記音の変化は,前記樹木の高さ方向における前記音の音圧の変化である(請求項2記載の発明)。 【0007】そして,前記積雪量予測手段は,前記樹木の高さ方向における前記音圧の正側ピークが発生する位置を予想最深積雪として予測する(請求項3記載の発明)。 【0008】このため,構成を簡素化することができ,しかも,局地的な積雪量の予測値を求めることができるとともに,正確な予測結果を得ることができる。 【0009】この発明に係る積雪量予測方法は,樹木に伝わる音を該樹木の高さ方向に沿って測定するステップと,前記樹木の高さ方向における前記音の変化に基づいて積雪量を予測するステップとを有している(請求項4記載の発明)。 【0010】この場合,前記樹木の高さ方向における前記音の変化は,前記樹木の高さ方向における前記音の音圧の変化であり,前記積雪量を予測するステップにおいては,前記樹木の高さ方向における前記音圧の正側ピークが発生する位置が予想最深積雪として予測される(請求項5記載の発明)。 【0011】このため,局地的な積雪量の予測値を求めることができるとともに,正確な予測結果を得ることができる。」 イ 以上の記載によれば,従来,積雪量の予測は,長期的気象予測に基づいて,およその予測値を求めるようにして行われており,積雪量を局地的かつ正確に予測することが可能な手法は確立されていなかったところ,本願発明は,上記第2の2記載の構成を採用し,これにより,局地的な積雪量の予測を行うことができるとともに,正確な予測結果を得ることができる,というものであると認められる。 (2) 本願発明の実施の態様について ア 本願明細書には,本願発明の実施の態様について,次の記載がある。 (ア) 実施の態様の説明 「【0079】振動センサ12(m)は,所定の間隔(例えば,数cm〜数10cmであり,図13に示す例では,70cm)毎に樹木τの幹に取り付けられている。・・・樹木τに取り付けるべき振動センサ12(m)の数を,樹木τの高さと,振動センサ12(m)の所望の設置間隔に応じて決めるようにしてもよい。」 「【0085】信号出力部46からの電圧Vは,信号入力部50においてサンプリングされ,・・・樹木音Aの音圧の大きさに対応する音圧レベルVdとして予測判定処理部162に供給される。・・・ 【0086】予測判定処理部162は,信号入力部50からの各振動センサ12(m)に対応する音圧レベルVdに基づいて,樹木τの高さY方向における音圧レベルVdの変化を検出する。そして,この音圧レベルVdの変化に基づいて,その年の予測積雪量Lを求める。 【0087】・・・音圧レベルVdには,特定の高さY位置(・・・)に正側のピークPが存在する。・・・従って,音圧レベルVdのピークPを検出し,このピークPに対応する高さYを特定することによって,その年の予測積雪量(すなわち,予想最深積雪)Lを得ることができる。」 「【0094】・・・図12に示す積雪量予測装置150を複数個用いて,所定の範囲における予想最深積雪Lの分布を求める積雪量予測システムを構成するようにしてもよい。・・・」 「【0095】・・・振動センサ12(m)を手動で樹木τに当てながら音圧レベルVdを測定し,さらに,振動センサ12(m)を所定距離ずつ移動させて,樹木τの高さY方向における音圧レベルVdの変化を検出することによって,ピーク位置,すなわち,予想最深積雪Lを求めるようにしてもよい。」 「【0096】・・・音圧レベルVd(実際は,電圧Vの大きさ)をレベルメータ44で確認しながらピーク位置を検出するようにした場合には,・・・積雪量予測装置150を携帯可能な大きさに構成することができる。・・・」 「【0081】樹木音観測装置152は,セレクタ160と,信号増幅部40と,雑音除去部42と,レベルメータ44と,信号出力部46を有している。なお,信号増幅部40,雑音除去部42,レベルメータ44および信号出力部46の構成は,図1に示す気象予測装置10の樹木音観測装置14を構成するものと同じである。」 (イ) 図1に示す気象予測装置10の説明 「【0022】なお,樹木音測定手段としては,圧電素子32を備えた振動センサ12の他に,各種の振動センサや,誘導子マイクロホン,可変容量マイクロホン等の各種マイクロホン等を採用することができる。」 「【0025】・・・樹木音Aがロッド24を介して圧電素子32に伝わると,圧電素子32からは,この樹木音Aに応じた電圧Vが出力される。・・・ 【0026】図1に示すように,樹木音観測装置14は,信号増幅部40と,雑音除去部42と,レベルメータ44と,信号出力部46を有している。 【0027】信号増幅部40は,圧電素子32から電圧Vが供給されると,この電圧Vを,例えば,104倍に増幅して,雑音除去部42に対して出力する。 【0028】雑音除去部42は,信号増幅部40からの電圧Vから雑音を除去した後,これを信号出力部46に供給する。なお,樹木音Aは,主に,1kHz以下の周波数帯に含まれているため,雑音除去部42は,この周波数帯の成分を通過させるローパスフィルタ(LPF),バンドパスフィルタ(BPF)等(・・・)によって構成される。 【0029】また,雑音除去部42によって雑音が除去された電圧Vは,レベルメータ44にも供給される。そして,レベルメータ44には,この電圧Vの値が表示される。・・・レベルメータ44で得られた樹木音Aの大きさに基づいて,樹木τにおける振動センサ12を取り付けるべき高さ位置(樹木音Aの音圧が相対的に高い位置)を決定するようにしてもよい。」 (ウ) 樹木音測定手段で測定された音の樹木の高さ方向における変化と積雪量との関係 「【0087】・・・図14に示すように,音圧レベルVdには,特定の高さY位置(・・・)に正側のピークPが存在する。そして,このピークPに対応する高さYが,その年の最深積雪と一致することが,この出願の発明者により実験的に確認されている。・・・ 【0088】ただし,樹木τが予想最深積雪Lの倍以上の高さである場合には,音圧レベルVdに複数のピークPが存在することがあるが,この場合には,これら各ピークPに対応する高さYのうち,最も値が小さいもの(位置が低いもの)を予想最深積雪Lとして採用することができる。 【0089】なお,正確な予想最深積雪Lを得るためには,観測期間を,例えば,降雪が始まる時期の3ヶ月前〜6ヶ月前の間とすることが好ましい。」 (エ) なお,本願明細書には,振動センサ12を取り付ける樹木として,どのような種類のものが好ましいとか,どのような高さのものが好ましいとかといったことについて,具体的な説明はない。 イ これらの本願明細書の記載のもとで,当業者が本願発明を実施しようとするならば,次のような態様を想定することができる。 @ 降雪が始まる時期の3か月ないし6か月前に, A-1 任意の種類,高さの樹木τの幹に,樹木音測定手段である振動センサ12(圧電素子32を備えた振動センサ12の他に,各種の振動センサや誘導子マイクロホン,可変容量マイクロホン等の各種マイクロホン等を採用することができる。)を,樹木τの高さと,振動センサ12の所望の設置間隔に応じて,数cmないし数10cmの所定の間隔(例えば70cm)毎に取り付け,あるいは, A-2 振動センサ12を手動で樹木τに当てながら所定距離ずつ移動させて, B 樹木音測定手段から出力される,樹木音Aに応じた電圧Vを,例えば,104倍に増幅する信号増幅部40,1kHz以下の周波数帯の成分を通過させる雑音除去部42を通して C-1 予測判定処理部162において,樹木τの高さY方向における音圧レベルVdのピークPを検出し,あるいは, C-2 レベルメータ44に表示される,電圧Vの値を確認しながら,ピーク位置を検出して, D 音圧のピークとなる高さ位置を求める。 (3) 本願発明の実施可能性について ア 振動センサ12(m)を樹木τに取り付ければ,何らかの振動(可聴範囲内の振動であれば,これを音と言い換えることができる。)を検出するであろうことは,推測に難くない。そして,樹木の高さ方向における音圧レベルが変化し,本願図面の図14に示されるように,特定の高さY位置に正側のピークPが存在するのであれば,本願明細書の記載から想定される上記(2)の本願発明の実施の態様に基づき,そのピークとなる位置を特定することに,格別の困難はない。 しかしながら,本願発明が主眼とするところは,単に樹木音の音圧レベルを検出するとか,音圧レベルがピークとなる樹木の高さ位置を求めるということにとどまるものではなく,上記(1)のとおり,局地的な積雪量の予測を行うとともに,正確な予測結果を得るというものである。 イ そうすると,当業者が本願発明を実施することができるというためには,音圧レベルがピークとなる高さ位置が存在していて,本願明細書の記載から想定される上記(2)の実施の態様に基づき,その高さ位置を求めることができるとともに,求めた高さ位置がその年の最深積雪と一致すると認識することができる根拠があることが必要であるといわなければならない。すなわち,音圧レベルがピークとなる高さ位置が存在しないのであれば,そもそも本願発明は成り立たないし,求めた高さ位置がその年の最深積雪と一致すると認識することができる根拠がないのであれば,その高さ位置が,積雪量との関係において,どのような意義があるのかが明らかでなく,これをその年の最深積雪に対応するものとして理解してよいのか否かが判然としないからである。 ウ そこで,まず,音圧レベルがピークとなる高さ位置が存在していて,本願明細書の記載から想定される上記(2)の実施の態様に基づき,その高さ位置を求めることができるかどうかについて,検討する。 本願明細書には,測定される樹木音がどのようなものであるのかといったことについての具体的な説明はないから,本願明細書の記載からは,樹木音の音圧レベルが具体的にどのような挙動を示すものであるのか判然としない。しかし,観測される樹木音は,自然現象や周囲の騒音,雑音によるものであり,その音圧レベルは,様々な要因によって変化する可能性があると推測され(なお,甲5ないし8によれば,相当数の場所において,高さによって観測される音圧レベルが変化し,そのピークとなる高さ位置が存在することが認められる。),本願明細書の記載から想定される上記(2)の実施の態様に基づき,音圧レベルがピークとなる高さ位置を求めることは,一応可能であると認められないでもない。 エ 次に,求めた高さ位置がその年の最深積雪と一致すると認識することができる根拠があるかどうかについて,検討する。 本願明細書の記載から想定される上記(2)の実施の態様に従えば,降雪が始まる時期の3か月ないし6か月前の任意の時期に,任意の種類,高さの樹木の幹に振動センサ12を取り付け,音圧のピークとなる高さ位置を求めることになるが,観測時期や樹木の種類,高さに関係なく,求めた高さ位置がほぼ一定であって,その高さ位置が,結果としてその年の最深積雪に対応するのであれば,求めた音圧のピークとなる高さ位置がその年の最深積雪と一致すると認識することができるということもうなずけないでもない。 しかし,本願明細書には,「ピークPに対応する高さYが,その年の最深積雪と一致することが,この出願の発明者により実験的に確認されている。」(段落【0087】)との記載があるものの,その観測時期や樹木の種類,高さなどの具体的な条件が明らかでないから,上記の記載があるとしても,観測時期や樹木の種類・高さに関係なく,求めた高さ位置が一定であるということはできない。そして,求めた高さ位置が,結果としてその年の最深積雪に対応するということができるような技術常識や根拠もない。しかも,仮に観測時期や樹木の種類・高さによって,求めた高さ位置が相当程度に変動することがあるとすれば,本願明細書には,そのような場合に,どの高さ位置を採用すべきかについての説明はないから,ある時期,ある樹木において求められた高さ位置がその年の最深積雪と一致すると認識することは,一層困難であるといわざるを得ない。なお,本願明細書には,「ただし,樹木τが予想最深積雪Lの倍以上の高さである場合には,音圧レベルVdに複数のピークPが存在することがあるが,この場合には,これら各ピークPに対応する高さYのうち,最も値が小さいもの(位置が低いもの)を予想最深積雪Lとして採用することができる。」(段落【0088】)との記載があるが,この記載は,樹木τが予想最深積雪Lの倍以上の高さである場合のことを述べているだけであるし,そもそも,この場合に,高さYのうち,最も値が小さいものを予想最深積雪Lとして採用する根拠は,何ら示されていない。また,本願明細書の段落【0028】には,1kHz以下の周波数帯の成分を通過させる雑音除去部42で雑音を除去するとの記載もあるが,ここでいう「雑音」がどのようなものを意味するかが必ずしも明らかでないし,単に1kHz以下の周波数帯の成分を通過させることによって,求めた高さ位置が一定になるのかは明らかでなく,さらに,求めた高さ位置がその年の最深積雪と一致すると認識することができる根拠は,何ら示されていない。 そうであれば,降雪が始まる時期の3か月ないし6か月前において,音圧のピークとなる高さ位置が,観測時期や樹木の種類・高さに関係なく,一定になるかどうかは明らかでない上,そもそも,本願明細書の記載から想定される上記(2)の実施の態様に基づき求めた音圧のピークとなる高さ位置が,結果としてその年の最深積雪に対応するといえるのかについて,本願明細書の記載をもっては,その原理はもとより,根拠さえも明らかでない(もっとも,その原理はともかくとしても,例えば,観測時期や樹木の種類・高さ,求めたピーク位置とその年の最深積雪との関係を理解することができる程度の具体的なデータがあれば,これを参考に,当業者が本願発明を実施することができる余地がないとはいえないが,本願明細書には,参考になるような記載はない。)。 オ したがって,当業者が,本願明細書の記載に基づき,降雪が始まる時期の3か月ないし6か月前に,振動センサ12(m)を樹木τの幹に取り付けて音圧のピークとなる高さ位置を求めたとしても,求めた高さ位置がその年の最深積雪と一致すると認識することはできないから,本願明細書は,当業者が本願発明を容易に実施し得る程度に記載されているということはできない。 (4) 以上のとおりであって,審決が,「本願明細書の記載と図面では,・・・当業者が容易に実施することができる程度に説明されているとは認められず,本件出願は,明細書及び図面の記載が特許法36条4項に規定する要件を満たしていない。」と認定判断したことに誤りはない。なお,審決が,「樹木に伝わるという音の存在や音のピークの存在・・・が不明瞭である」と認定判断したことも,上記(3)に判示したところによれば,結論に影響を及ぼすような誤りであるとはいえない。 (5) そこで,原告の主張について,判断する。 ア 本願発明の構成と効果との相互関係が不明瞭であることについて (ア) 原告は,振動センサ12により,樹木に伝わる音を該樹木の高さ方向に沿って測定し,測定した「音レベル」から「音圧レベル」のピーク位置を捕捉することは,当業者であれば容易であり,これにより,ピーク位置に基づく積雪量の予測を反復して,本願発明を再現することができると主張する。 しかし,本願発明が主眼とするところは,局地的な積雪量の予測を行うとともに,正確な予測結果を得るということであるところ,原告が主張するように,振動センサ12により,樹木に伝わる音を該樹木の高さ方向に沿って測定し,測定した「音レベル」から「音圧レベル」のピーク位置を捕捉することができたとしても,捕捉した高さ位置がその年の最深積雪と一致すると認識することはできないから,当業者が本願発明を実施することができるということにはならない。 (イ) 原告は,いかなる種類・大きさの樹木においても,樹木音は存在しており,甲5ないし8からも明らかなように,樹木音の音圧レベルにはピーク値があると主張する。 確かに,振動センサ12(m)を樹木τに取り付ければ,何らかの振動(可聴範囲内の振動であれば,これを音と言い換えることができる。)を検出するであろうことは,推測に難くないし,また,樹木音の音圧レベルが変化し,本願図面の図14に示されるように,特定の高さY位置に正側のピークPが存在するということも,想像することができる。したがって,審決が,「上記記載においては樹木の種類や大きさを説明しておらず,すべての樹木に振動センサで検知できる樹木音が存在するか不明であるばかりでなく,検知できたとしても音圧にピーク位置が存在するか不明である。」,「樹木に伝わるという音の存在や音のピークの存在・・・が不明瞭である」と認定したことには誤りの余地があるといわなければならないが,上記(3)に判示したところによれば,審決のこの判断は,結論に影響を及ぼすようなものではない。 (ウ) 原告は,本願発明は,カマキリの卵のうの高さと最深積雪との相関関係に端を発したものであって,カマキリは,通常,積雪の3か月以上前に産卵するので,その時点でカマキリの卵のうの高さ位置が決定され,この高さ位置が樹木の高さ方向の音圧レベルのピーク位置に対応するから,3か月以上前の音圧ピーク位置に基づき最深積雪量が予測されると主張する。 しかしながら,カマキリの卵のうの高さと最深積雪との間に相関関係があるか否かにかかわらず,上記(3)オのとおり,当業者が,本願明細書の記載に基づき,降雪が始まる時期の3か月ないし6か月前に,振動センサ12(m)を樹木τの幹に取り付けて音圧のピークとなる高さ位置を求めたとしても,求めた高さ位置がその年の最深積雪と一致すると認識することはできないから,当業者が本願発明を実施することはできない。 (エ) 原告は,甲11ないし15によれば,最深積雪予想と結果とがほぼ符合していることが分かるし,本願図面の図14では実証データを示しており,また,財団法人新潟県建設技術センターが原告の指導を受けて気象予測調査を実施していることは,本願発明の効果が第三者によって,認められている証左であると主張する。 しかし,甲14を例にとっても,新潟市中心部の予想が35cmであるのに対し,結果が27cmであり,また,村上市海岸部の予想が34cmであるのに対し,結果が23cmであるから,「予想と結果とがほぼ符合している」ということができるか否かは必ずしも明確ではないし,甲11ないし15における最深積雪の予想が具体的にどのような手法によってされたものであるかが証拠上認めることができないから,甲11ないし15をもって,音圧レベルがピークとなる高さ位置とその年の最深積雪との関係を理解することはできない。そして,本願図面の図14は,音圧レベルがピークとなる高さ位置が存在することを示すにとどまり,この高さ位置がその年の最深積雪と一致すると認識することができる根拠を示すものではない。 また,財団法人新潟県建設技術センターが原告の指導を受けて気象予測調査を実施しているとしても,当業者において,音圧のピークとなる高さ位置がその年の最深積雪と一致すると認識することができないことに変わりはない。 (オ) 原告は,本願発明では,測定した樹木の音圧レベルがピーク値を示した部位が最深積雪値に対応し,予測判定処理部162における演算は容易であって,当業者は,本願発明に基づき,容易に積雪量の予測を実施することができると主張する。 しかし,予測判定処理部162における演算が容易であるとしても,本願明細書の記載によっては,測定した樹木の音圧レベルがピーク値を示した部位がその年の最深積雪と一致すると認識することはできないのであるから,当業者が積雪量の予測をするということはできない。 (カ) 原告は,音圧レベルにはピークが存在し,測定時点でのピークの高さ位置を「その年の局地的な予想最深積雪」(【0097】)の値とすること自体が,原告の永年の研究成果の集大成なのであって,予測できたか否かは,評価の問題であると主張する。 しかし,本願発明は,積雪量を予測するものであるから,結果と対比して正確なものでないにしても,音圧レベルのピークの高さ位置がその年の最深積雪と一致すると認識することができる根拠があることは必要であるといわなければならないが,上記(3)のとおり,本願明細書の記載をもっては,その原理はもとより,根拠さえも明らかでない上,本願明細書には,音圧のピークとなる高さ位置とその年の最深積雪との関係を理解することができる程度の具体的なデータなどの記載もないのである。 (キ) 原告は,本願を優先権主張の基礎とする米国特許出願が何らの拒絶理由通知を受けることなく登録されたことをもって,本願発明が特許法36条4項の要件を具備するものと判断されるのが当然であると主張する。 しかし,本願を優先権主張の基礎とする米国特許出願が登録されたことをもって,本願が特許法36条4項の要件を満たしていることの証左とすることができないのは明らかである。 イ 本願発明が原理的に不明であることについて 原告は,本願発明は,原理が不明であるとしても,本願明細書には,樹木音のピーク位置と最深積雪とが一致するという相関関係を明確に記載しているから,この相関関係を利用して積雪量を予測することは,当業者が容易に実施することができると主張する。 しかしながら,本願明細書に,樹木音のピーク位置と最深積雪とが一致するという相関関係を記載しているとしても,上記(3)のとおり,本願明細書の記載をもっては,その原理はもとより,根拠さえも明らかでない上,本願明細書には,音圧のピークとなる高さ位置とその年の最深積雪との関係を理解することができる程度の具体的なデータなどの記載もないから,当業者が積雪量を予測することはできないものといわざるを得ない。 ウ 本願発明によって良好な結果が得られたというデータ等が明細書等に開示されていないことについて 原告は,本願発明は,十分に反覆可能性があり,そのことは,本願明細書及び甲11ないし15等から明らかであるし,本願図面の図14では実証データを示していると主張する。 しかし,ア(エ)のとおり,甲11ないし14をもって,音圧レベルがピークとなる高さ位置とその年の最深積雪との関係を理解することはできないし,本願図面の図14は,音圧レベルがピークとなる高さ位置が存在することを示すにとどまり,この高さ位置がその年の最深積雪と一致すると認識することができる根拠を示すものではない。 エ なお,甲9,10によれば,原告は,平成9年6月,「カマキリの卵ノウ高さと最大積雪深との相関に関する実証的研究」と題する学位論文により,長岡技術科学大学長から工学博士の学位を授与されたことが認められるなど,原告の研究は,貴重な研究であったにとどまらず,学術的にみても優れたものであるということができる。しかし,優れた学術的成果が直ちに特許に結びつくかは,別問題であり,特許法上の法技術的な制約も関係することは否定できない。上記のとおり,本願明細書は,当業者が本願発明を実施し得る程度に明確に記載されているということはできないのであり,そうである以上,特許に結びつかないとしても,やむを得ないといわなければならない。 (6) したがって,取消事由1は,理由がない。 2 取消事由2(審判手続の法令違背)について 特許法には面接に関する規定がなく,面接の機会を与えるか否かは特許庁の裁量的判断に委ねられているものである。本件において,特許庁は,審査手続及び審判手続において,原告との面接を実施することなく,審決をしたことが認められるが,面接の機会を与えなかった措置が違法であるとか,あるいは裁量の範囲を逸脱したことをうかがわせるような事情を認めるべき証拠はないから,審判手続に瑕疵があったということはできない。 したがって,取消事由2は,理由がない。 |
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結論
以上のとおりであって,原告の主張する審決取消事由は理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塚原朋一 |
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裁判官 | 野輝久 |
裁判官 | 塩月秀平 |