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関連審決 審判1994-20915
審判1996-8336
関連ワード 技術的思想 /  有用性 /  製造方法 /  新規性 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  当業者に自明な事項 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 /  特許管理人 / 
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事件 平成 10年 (行ケ) 134号 審決取消請求事件
原告 日本カーバイド工業株式会社
訴訟代理人弁護士 牧野利秋
同弁理士 社本一夫
同 小田島 平吉
同 江角洋治
同 小田嶋 平吾
被告 ミネソタマイニング アンド マニュファク チャリング コンパニー 特許管理人弁理士 浅村晧
同 浅村肇
訴訟代理人弁護士 片山英二
同 北原潤一
同弁理士 小林純子
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/10/23
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成6年審判第20915号・平成8年審判第8336号事件について平成10年3月31日にした審決中,平成6年審判第20915号に関する部分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「改良されたセル状再帰反射性シーテイング(判決注・「シーティング」の誤記と認める。以下同じ。)の製造方法」とする特許第1481371号の特許(1976年(昭和51年)2月17日米国においてした特許出願に基づく優先権を主張して昭和52年2月16日に特許出願し,平成1年2月10日に登録されたもの。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
原告は,平成6年12月15日,本件特許を無効とすることについて審判を請求し,特許庁は,これを平成6年審判第20915号事件として審理した。被告は,上記審理の過程で,平成8年8月12日,本件特許の願書に添付した明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)の請求をし,さらに,平成9年4月11日付けで本件訂正についての手続補正書を提出した。特許庁は,上記事件を審理した結果,平成10年3月31日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年4月13日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(第1項) (1) 本件訂正前 「1 (a) 一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し,そして (b) 結合剤物質を加熱成形して互に交差している狭い網目状の結合部組織を形成して被覆シート及び前記基体の少なくとも一方に接触させることにより,再帰反射性要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させることからなる再帰反射シーティングの製造方法において,加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後,この結合部組織に施される放射線によってこれをその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより,前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させることを特徴とする前記シーティングの製造法。」 (2) 本件訂正後 「1(a) 結合剤物質の層と結合剤物質の層の一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し,そして (b) 前記結合剤物質を加熱成形処理に供し,互に交差している狭い網目状の結合部組織を被覆シートに接触させて形成させることにより再帰反射性要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させることからなる再帰反射シーティングの製造方法において, 加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後,この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより,前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させることを特徴とする前記シーティングの製造法。」(別紙図面(1)参照) 3 審決の理由の要旨 原告主張の取消事由に係る審決の理由の要旨は,次のとおりである。
(1) 請求人(原告)の引用した刊行物 @ 米国特許第3,190,178号明細書(本訴の甲第5号証の1,審決の甲第1号証の1)又は特公昭40-7870号公報(本訴の甲第5号証の2,審決の甲第1号証の2。以下,両者を合わせて「引用刊行物」という。それぞれを示すには,「引用刊行物1」,「引用刊行物2」という。) A 昭和36年7月15日共立出版株式会社発行「化学大辞典6」(本訴の甲第6号証,審決の甲第2号証)の863頁 B 昭和46年5月30日日刊工業新聞社発行「接着ハンドブック」(日本接着協会編)(本訴の甲第7号証の1,2,審決の甲第3号証)283頁ないし291頁(甲第7号証の1),215頁ないし216頁及び262頁ないし272頁(甲第7号証の2) C 米国特許第3,770,490号明細書(本訴の甲第12号証,審決の甲第8号証) D ジョン・ウイリー・アンド・サンズ・インコーポレーテッドの一部門,インターサイエンス・パブリッシャー 1966年発行「エンサイクロペディア・オブ・ポリマー・サイエンス・アンド・テクノロジー」第4巻(昭和41年9月30日国立国会図書館受け入れ。本訴の甲第14号証の1,審決の甲第10号証の1)の528頁ないし533頁,又は,1971年発行同誌第14巻(昭和47年6月27日国立国会図書館受け入れ。本訴の甲第14号証の2,審決の甲第10号証の2)の41頁 E 昭和37年6月5日共立出版株式会社発行「化学大辞典1」(本訴の甲第15号証の1,審決の甲第11号証の1)の190頁及び224頁 F 特開昭48-81979号公報(本訴の甲第15号証の2,審決の甲第11号証の2) G 特開昭51-558号公報(本訴の甲第15号証の3,審決の甲第11号証の3) H REINHOLD PUBLISHING CORPORATION 1956年発行「THE CONDENSED CHEMICAL DICTIONARY」第5版(本訴の甲第16号証,審決の甲第12号証)1087頁 I 昭和44年12月5日日刊工業新聞社発行「プラスチック加工技術便覧(新版)」(本訴の甲第17号証,審決の甲第13号証)の73頁ないし76頁 J 昭和44年6月20日株式会社朝倉書店発行「改訂新版プラスチックハンドブック」123頁〜129頁及び378頁〜385頁(本訴の甲第18号証,審決の甲第14号証。以下A〜Jの刊行物をそれぞれ本訴の証拠番号を付して「甲第6号証刊行物」,「甲第7号証の1刊行物」・・・「甲第18号証刊行物」ということがある。) (2) 新規性(特許法29条1項3号該当性) 本件訂正に係る請求項1の発明(以下「訂正発明」という。)と引用刊行物に記載された技術(以下「引用発明」という。)とを対比すると,「結合剤物質の層と結合剤物質の層の一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し,結合剤物質を加熱成形処理に供し,互に交差している狭い網目状の結合部組織を被覆シートに接触させて形成させることにより再帰反射要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させることからなる再帰反射シーティングの製造方法において」との点において一致するものの,「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後,この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより,前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」との構成において相違している。したがって,訂正発明は,引用発明と同一ではなく,特許法29条1項3号に該当しない。
(3) 進歩性(特許法29条2項該当性) 引用発明は,空気に露出されたレンズ構造体の水分汚染等(透明カバーフイルムとビーズレンズ反射装置の表面との間における水と湿気との蓄積)についての従来の未解決問題を解決することを目的とするものであり,一方,訂正発明は,引用発明を認識しつつ,同発明の問題点を解決するためになされたものであり,具体的には,現存する工業的なシーティングでの結合は,主として2種類の崩壊「反射性シーティングを交通信号素材のような基体に適用するのに使用される熱及び圧力に起因する崩壊」「極度の温度変化,雪,氷及び他の形態の降下物又は湿気を包含する戸外の風化及び日光に起因する崩壊」があることに着目してその崩壊を防止するため,「基体シートと被覆フイルムのとの間の耐久力のある結合を得ること」を発明の目的とするものであるから,両者は,発明の課題が相違する。また,訂正発明の課題が公知又は周知であるとも認められない。
したがって,引用刊行物の「熱硬化性の成分が結合剤の層15内に使用されてもよいが,全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有して,密閉封緘中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならない。」との記載は,「結合部組織」の耐久力のある結合を目的として使用されているものとは一義的には認められず,むしろ,結合剤の層は,熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有して,密閉封緘部を形成(訂正発明の「加熱成形による結合部組織の形成」に相当する。)中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならないことに注目していると解される。このことは,訂正発明のように,その後,積極的に放射線によってその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより,シートに対する結合部組織の結合強度を増大させるという点が示されていないことからも認められるところである。
また,引用刊行物には,熱硬化性の成分がどの程度使用されるか記載されていないから,訂正発明のように「放射線によって硬化」し得るものかどうかも明らかでない。
そうすると,甲第6号証,第7号証及び第16号証の各刊行物にそれぞれ熱硬化性の意味についての記載があり,甲第12号証刊行物に「アクリルシロップを基体上に塗布し,これを放射線等に照射することにより硬化する」との記載があり,甲第14号証の1,2,第15号証の1の各刊行物に「キュアリング」,「後キュア」の意味についての記載があり,甲第15号証の2刊行物に「熱硬化性成分を含浸したウエブを所望面となした後,後加熱すること」との記載があり,甲第15号証の3刊行物に「紫外線硬化性の皮膜形成組成物を塗布後成形して,その後,紫外線を照射して塗膜を硬化する」との記載があり,甲第17号証刊行物に「熱硬化性樹脂材料と熱可塑性樹脂材料の硬化の過程」との記載があり,甲第18号証刊行物に「熱硬化性樹脂を最初に成形しておき,後にこれを硬化させること」との記載があったとしても,引用発明の結合部組織を強固にし,耐久力のある結合を得るという動機付けに乏しい以上,当業者が,容易に,引用発明に上記各記載の技術を適用し,上記相違点に係る訂正発明の構成に想到し得たとはいえない。その他,訂正発明は,上記相違点に係る構成により,本件訂正に係る明細書(以下「訂正明細書」という。)に記載されているとおりの特有の効果を奏するものであり,この点についても,訂正発明に進歩性がある。
(4) まとめ 訂正発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではなく,同様に,引用発明と甲第6号証刊行物に記載された技術,引用発明と甲第7号証の1,2刊行物に記載された技術,引用発明と甲第12号証刊行物に記載された技術,引用発明と甲第14号証の1,2刊行物に記載された技術,引用発明と甲第15号証の1〜3刊行物に記載された技術,引用発明と甲第16号証刊行物に記載された技術,引用発明と甲第17号証刊行物に記載された技術,引用発明と甲第18号証刊行物に記載された技術にそれぞれ基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。よって,本件訂正請求を認める。
そして,本件特許(訂正発明)を請求人(原告)の提出した証拠及び主張により無効とすることはできない。その理由は,上記と同様である。
原告主張の審決取消事由の要点
上記審決の理由の要旨に対応する審決の理由のうち,請求人(原告)の引用した刊行物,訂正発明と引用発明と一致点の部分を認め,その余を争う。
1 取消事由1(訂正発明の新規性の欠如) 審決は,引用刊行物には,訂正発明にいう「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後,この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより,前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」との技術が開示されていないと認定し,その結果,訂正発明は,引用発明と同一ではなく,特許法29条1項3号に該当しない,との結論に至った。しかし,引用刊行物には上記技術が開示されているから,審決の上記認定判断は誤りである。(別紙図面(2)参照)。
(1) 訂正発明にいう「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質」とは,熱硬化性成分を含有した物質いわゆる熱硬化性重合体を意味するものであり,「結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後,この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすること」とは,周知の熱硬化性樹脂材料を成形材料に採用したうえ,これを加熱し塑性変形させて(可塑化),所望の形状にし(賦形),これを加熱して硬化させ(硬化),製品を得る常套の手段を示すだけものであり,訂正発明の上記構成に,それを超える格別の技術的意義を認めることはできない。
また,訂正発明の「前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」ことは,その前の構成を実施することによって,自動的かつ必然的にもたらされる結果にすぎない。なぜならば,訂正明細書において,上記特性を達成するための特別の条件は何ら説明されていないからである。
(2) 引用刊行物の「熱硬化性の成分が結合剤の層15内に使用されてもよい」(甲第5号証の2の4頁右欄末行ないし5頁左欄1行)という記載は,結合剤を構成する重合体の分子間に三次元の架橋結合を生じ,硬化して不溶不融のものとするのに,少なくとも必要な(又はそれに十分な)量の熱硬化性の成分を結合剤中に添加することを教示していることが明らかである。
引用刊行物の「熱硬化性の成分」が,それが添加(使用)される結合剤の層15に「熱硬化性」を賦与する成分を意味することは明白である。なぜならば,引用刊行物の「熱硬化性の成分が結合剤の層15内に使用されてもよい」(甲第5号証の2,4頁右欄末行〜5頁左欄1行)という記載に接した当業者は,これに基づいて,結合剤の層15中に「熱硬化性の成分」を使用した場合,熱硬化性樹脂材料の成形過程に従って加熱を続けると,結合剤の層は,その本来の作用により,時間の経過とともに硬化反応が進み,硬化(cure)され,金型から取り出し得る硬い状態になる(第3段階),という非可逆的状態を不可避的に生ずる当然の成り行きを示していると理解することになるからである。
引用刊行物には,「熱硬化性の成分(thermosetting constituents)が結合剤の層15内に使用されてもよい」(甲第5号証の2,4頁右欄末行〜5頁左欄1行)との記載に加えて,「しばしば本文においてクッション層と呼ばれる結合剤の層16の根本的目的は,結合剤の層15と組合って,カバーフィルムへの密閉封緘を行われるべき制限された線模様区域内のガラスビーズを包囲するのに適当な量の材料を提供することである。結合剤あるいはクッション層16の材料は結合剤の層15内のものと同じ材料から構成されてもよい。」(5頁左欄10行〜16行)との記載もあり,これらによれば,引用発明においては,結合剤の層15のみならず,クッション層16にも熱硬化性成分が使用されてよいことになる。そして,結合剤の層15及びクッション層16中に熱硬化性の成分を配合すれば,その「熱硬化性の成分」という用語が示すとおり,結合剤の層15及びクッション層16は,熱硬化性となり,放射線(熱を含む。)によって硬化し得るものとなるのである。
被告は,引用発明に係る再帰反射シートは、最終製品となった後であっても、容易に切断することができ、切断端縁を新たに封緘できるものでなければならない,などと主張するけれども,引用刊行物には、そのような記載は全くない。被告の上記主張は、引用刊行物の開示とは遊離した、被告の恣意的な主張である。
(3) 引用刊行物には,上記「熱硬化性の成分が結合剤の層15内に使用されてもよい」(甲第5号証の2,4頁右欄末行〜5頁左欄1行)に続いて,「が,全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有して,密閉封緘中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならない。」(5頁左欄1行〜3行)との記載がある。しかし,この記載は,結合剤の層15及びクッション層16中に熱硬化性の成分が使用されても,密閉封緘中,すなわち加熱成形中は,結合剤の層15及びクッション層16は熱により流動状態に変換されねばならないことを述べたものであって,加熱成形後のことを述べたものではない。
また,引用刊行物の「この最後の製品が太陽熱に露出される用途で使用されるべきである場合,約66゜C(150゜F)以下の温度で流動すべきではない。」(甲第5号証の2の5頁左欄5〜6行)との記載は,結合剤の層15(クッション層16も同様)に熱硬化性の成分を添加しない態様のものについて述べたにすぎないものである。
例えば,引用刊行物にいう「結合剤の層15」及び「クッション層16」のような高分子化合物の系に対して「熱硬化性の成分」を添加することは,当然に,その高分子化合物の系を加熱成形した後に,放射線照射や加熱によって硬化することを示しているのであり,このことは,甲第19号証の2(A・B作成の鑑定書),甲第20号証の2(C作成の鑑定書),甲第22号証(A・B作成の意見書),甲第24号証(C作成の意見書)からも明らかである。
(4) 引用刊行物には、結合剤層を形成する結合剤物質として、熱硬化性樹脂(すなわち、熱硬化性成分を含有する樹脂)を使用することが積極的に開示されているものの,熱硬化性樹脂を結合剤(接合剤)の層に使用するのが不都合であることを示すものは,全く記載されていない。
さらに,再帰反射シートの製造において、結合剤層を熱硬化型合成樹脂により形成することの利点は、甲第9号証(実願昭48-82096号明細書(実開昭50-28669号公報)のマイクロフフィルムの例えば9頁下から4行〜10頁10行)にも開示されている。
(5) 結合剤物質に「熱硬化性の成分」を添加する目的は,結合剤物質を加熱成形した後,それを硬化して不溶不融のものとすることにあるから,熱硬化性成分が添加された結合剤物質を加熱成形した後,必要により,さらに加熱し,硬化して,不溶不融にすることは,結合剤物質に熱硬化性成分を添加することの当然に予定した操作及び結果に他ならない。したがって,訂正発明にいう「この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にする」との構成は,当業者にとって,引用刊行物に開示されている結合剤物質に「熱硬化性の成分」を配合して加熱成形して結合部組織を形成することからの自明の操作(工程),あるいは,そこから必然的に生じる結果といい得るものである。
なお,審決は,「本件特許発明において「その場」とは,「結合剤物 質形状が加熱成形により形成された形状のままで」を意味すると解される」(審決書48頁4行〜7行)という。原告としては,審決の上記「その場」に関する解釈は,誤りであると考えるけれども,ここでは特に論及しないことにする。
2 取消事由2(訂正発明の進歩性の欠如) 審決は,当業者が,引用発明に基づいて,あるいは,引用発明と,甲第14号証の1,2及び第15号証の1又は第17号証又は第18号証の各刊行物に記載された技術とに基づいて,容易に本件発明に想到することはできなかったと判断したが,これらの判断は,いずれも誤りである。
(1) 訂正発明は,当業者が,引用発明に基づいて,容易に発明をすることができたものである。
仮に,引用発明の結合剤の層15及びクッション層16が熱可塑性のものに限られ,したがって,訂正発明と引用発明との間に同一性が認められないとしても,訂正発明は,引用発明を出発点としつつ,上記各層に,本件特許の優先権主張日(以下「本件優先権主張日」という。)前から当業者に周知の熱硬化性樹脂を用い,この熱硬化性樹脂に,加熱による可塑化,賦形,硬化という,これまた当業者に周知の加工手段を施すことにしただけの発明であるにすぎない。
一方,引用発明に,訂正発明と同様の再帰反射性シーティングの製造方法において,結合剤の層15及びクッション層16中に熱硬化性の成分を添加して,狭い網目状の結合部組織を加熱成形して,カバーフィルムとの密閉封緘を行う方法が開示されていることは,前述したとおりである。
このように,引用刊行物に,結合剤の層15,16に熱硬化性成分を使用してもよいことが明らかに開示されている以上,当業者がこの開示に基づき,熱硬化性成分をその本来の性質に基づき結合剤物質として使用してみようと試みることは当然である。特に,引用刊行物には,「最後の製品の結合剤の層15および16は,この最後の製品が太陽熱に露出される用途で使用されるべきである場合,約66゚C(150゚F)以下の温度で流動すべきではない。」(甲第5号証の2,5頁左欄3行〜6行)として,最終製品における結合剤の層が一定温度以上の熱により再流動化することは避けるべきことが特に注意書きされているのであるから,当業者としては,最終製品が太陽熱に露出される用途で使用されるべき場合,熱硬化性重合体の本来の性質,すなわち,熱を加えることにより又は化学的手段によって硬化させたときに,実質的に非溶融又は不溶の生成物に変化することができるという性質を利用すれば,上記注意書きに沿った結合剤の層が得られることに想到することは,当然というべきである。
そして,甲第17号証刊行物には,プラスチックの成形における成形材料としての「熱硬化性樹脂材料と熱可塑性樹脂材料とでは加熱加圧下における材料の挙動が若干異なるが,いずれの系統の材料であってもその成形過程を段階的に考えてみると共通してつぎのように区分することができる。」,「第1段階 可塑化」,「第2段階 賦形又は金型充てん」,「第3段階 硬化」の過程をとるものと記載されており(73頁末行〜74頁18行参照),成形材料としての熱可塑性樹脂材料と熱硬化性樹脂材料との技術分野の共通性という技術常識からすれば,当業者が,引用発明に基づき,熱可塑性材料に代えて熱硬化性材料を用いることに思い至ることには,何らの困難性もないというべきである。
(2) 本件発明は,当業者が,引用発明と,甲第14号証の1,2刊行物,甲第15号証の1刊行物に記載された技術に基づいて,容易に発明をすることができたものである。
引用発明に,訂正発明と同様の再帰反射性シーティングの製造方法において,結合剤の層15及びクッション層16中に熱硬化性の成分を添加して,狭い網目状の結合部組織を加熱成形して,カバーフィルムとの密閉封緘を行う方法が開示されていることは,前述したとおりである。
引用発明において,結合剤の層15及びクッション層16に「熱硬化性の成分」を添加することの目的は,これらの層を加熱成形して,狭い線模様の密閉封緘区域18を形成し,これを被覆シートに接合させ,上記密閉封緘区域18を硬化(cure)させて,非溶融又は不溶の生成物に変化させるためであることは明白である。なぜなら,熱硬化性(thermosetting)とは,熱又は化学的手段によって硬化(cure)したときに,実質的に非溶融又は不溶の生成物に変化することであるからである。硬化(cure)は,熱,照射(放射線照射)及び/又はキュアリング剤によってもたらされる現象であり,後硬化(post cure)は,硬化反応を完結することに利用される技術である。しかも,甲第14号証の1には,「キュアリング(curing)は、加熱、照射及び/又はキュアリング剤(又は硬化剤)によってもたらされる。キュアリング剤(又は硬化剤)は反応性のキュアリング剤(加硫剤及び鎖延長剤を含む)か、又は触媒のどちらかであってもよい。キュアリングは加圧下でも、非加圧下でも完結することができる。」(1528頁27行〜30行),「“Post cure”(後キュア)は冷間でも起こり、時にはキュアリング反応(硬化反応)の完結に利用される。」(1533頁11行〜12行)との記載が,甲第14号証の2には,「熱硬化性重合体は、熱を加えることにより又は化学的手段(1)によって、キュア(cure)した時に、実質的に非溶融又は不溶の生成物に変化することができるものである。」(41頁)との記載が,甲第15号証の1には,「あとこうか、後硬化(after-hardening)」の項目において,「熱硬化性樹脂を成形加工したのち、硬化を完結させるために加熱処理する操作」(190頁)との記載があることからして,熱硬化性樹脂の成形製品について,上記のような後硬化(post cure)という操作が行われることは,本件優先権主張日前に当業者に知られていたことである。
そうである以上,硬化(cure)を行うために,結合剤の層15及びクッション層16を加熱成形した後,更にこれに加熱又は照射をして,後硬化(post cure)することは,当業者にとってむしろ自明の処理にすぎない。
引用発明の結合剤の層の加熱成形によって形成される密閉封緘模様(細い網状の結合部組織)を,その後の加熱により,その場で硬化させて不溶,不融の状態とすれば,当然に,その結果として被覆シートに対する結合部組織の結合強度の増大という効果が付随して生じる。
以上によれば,引用発明の熱硬化性成分が添加された結合剤の層15及びクッション層16の加熱成形によって形成される密閉封緘模様(網状組織)を,加熱成形後,更に加熱して実質的に非溶融又は不溶の生成物にし,本件発明の「この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより,前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」との構成を具備させることは,当業者に自明の操作であり,何ら進歩性ある発明というに値しない。
(3) 訂正発明は,当業者が,引用発明と,甲第17号証刊行物に記載された技術に基づいて,容易に発明をすることができたものである。
引用発明において,結合剤物質の層に「熱硬化性成分」を添加,配合する目的は,引用刊行物及び甲第17号証刊行物に示されているとおり,結合剤物質(成形された樹脂材料)の層を熱硬化性にするためである。
引用発明の「熱硬化性成分」を添加した結合剤物質の層を,加熱成形後,更に加熱硬化(cure)することは,熱硬化性樹脂材料の成形過程の常套手段である。すなわち,甲第17号証刊行物には,「(3) 第3段階 硬化(curing or setting) 所望の形を与えられた材料がそのままの状態で固まる。すなわちセット(set)される段階である。熱硬化性樹脂材料では加熱による化学反応(縮合重合または付加重合)によって硬化(キュア)が進んで形状がセットされる。これに対して熱可塑性樹脂材料では冷却による物理的な固化によってセットされる。」(74頁11行〜14行)と記載されている。
したがって,この点からも,本件発明には,何らの進歩性もないことが明らかである。
(4) 本件発明は,当業者が,引用発明と,甲第18号証刊行物に記載された技術に基づいて,容易に発明をすることができたものである。
甲第18号証刊行物には,「1.熱硬化性プラスチック」の「1.1 緒論」の項に,「最近には不飽和ポリエステルやエポキシ樹脂やポリエステルまたはポリエステル・アクリレートも熱硬化性樹脂として数えられるにいたった。はじめは相当高い,1000〜10000の分子量をもつが,粘い油状ないし固体のものを製造しておき,それをあとで成形して成形物とするものである。第2段の硬化で複雑な橋架け化三次元構造の巨大分子となる点で,ホルマリン系樹脂と同じである。」(123頁12行〜16行),「ポリアクリル酸エステルは・・・しばしば重合体を網状化して耐溶剤性,あるいは硬度,強靭性を改良する必要がある。このため,あらかじめ共重合によって重合体の一部に(2〜30%)架橋官能基を導入し,縮合系樹脂,あるいは酸または塩基性触媒を加えて120〜150゜Cでキュアすれば,容易に網状化する。」(385頁2行〜5行)などと記載されており,これらの記載によれば,既に,本件優先権主張日前に,アクリル系樹脂(ポリマー)について,これを熱で硬化する方法が知られていたことが明らかである。
引用発明において,例えばクッション結合剤被覆として用いられているメチルメタクリレート重合体やエチルアクリレート重合体(甲第5号証の2の6頁右欄7行〜14行参照)の代りに,甲第18号証刊行物に開示されているアクリル系樹脂を用い,これを成形後,硬化させることは,当業者が容易に想到し得たことである。
加えて,結合剤として熱硬化性樹脂を使用した場合に、熱のみならず、例えば電子線やX線、γ線のような放射線を照射することにより、熱硬化性樹脂を硬化させ、品質を向上させる技術も本件優先権主張日前に既に周知であった。
したがって,再帰反射シートの製品において、結合剤層を形成する結合剤物質として、熱硬化性樹脂を使用することが引用刊行物によって公知である以上、熱硬化性樹脂を熱又はその他の電子線等の放射線を使用して硬化させ、その品質を改善することは,当業者が容易に推考できたことである。
(5) 被告は,訂正発明の構成を採用することによって奏される作用効果に意外性・顕著性があるから,訂正発明には進歩性がある旨主張するが,失当である。
訂正発明は,その特許請求の範囲第1項の記載から明らかなように、@基体シートを形成する高分子素材、すなわち結合部組織を形成する高分子素材、及びA被覆シートを形成する高分子素材、をどのように選択するかについて何ら特定されておらず、しかも、B放射線についても、電子線、紫外線、核放射線、極超短波放射線及び熱というような極めて広範囲の放射線が用いられることが記載されているだけであるから,訂正発明において,被覆シートと結合部組織(基体シート)との結合強度の増大が達成されるとか、それは意外なものであるなどとは到底いえるものではない(甲第25号証参照)。
被告の反論の要点
審決の認定判断は,すべて正当であり,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(訂正発明の新規性の欠如)について (1) 引用発明は,空気に露出されたレンズ構造体の水分汚染等(透明カバーフィルムとビーズレンズ反射装置の表面との間における水と湿気との蓄積)についての従来の未解決問題を解決することを目的とするものである。これに対して,訂正発明は,引用発明を認識しつつ,この公知の発明の問題点を解決するためになされたものであり,具体的には,現存する工業的なシーティングでの結合には主として2種類の崩壊すなわち「反射性シーティングを交通信号素材のような基体に適用するのに使用される熱及び圧力に起因する崩壊」及び「極度の温度変化,雪,氷及び他の形態の降下物又は湿気を包含する戸外の風化及び日光に起因する崩壊」があることに着目して,その崩壊を防止するため,「基体シートと被覆フィルムとの間の耐久力のある結合を得ることを発明の目的とするものである。
原告は,訂正発明には,周知の熱硬化性樹脂材料を成形材料として,これを加熱し塑性変形させて(可塑化),所望の形状にし(賦形),更に加熱して硬化させ(硬化),製品を得る常套の手段を示す以外に特段の技術的意義がない旨主張する。
しかし,訂正発明は,結合部組織をその場で硬化させることによって,シートに対する結合部組織の結合強度を増大させることを初めて見出したのであり,このような技術的思想は引用発明には開示されていない。
(2) 引用刊行物は,密閉封緘を形成する結合剤の層が全体として熱可塑性又は熱粘着性であることを開示するものであり,このような層が熱硬化性であることを開示も示唆もしていない。また,上記密閉封緘は加熱成形後も熱可塑性であることを当然の前提としており,成形後の放射線(熱)による硬化を全く予定していない。したがって,引用刊行物は,「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化し得る結合剤物質を加熱成形して結合部組織を形成する」という技術思想を開示するものではない。
熱硬化性の成分が結合剤の層に使用されたからといって,それによって,必然的に,結合剤の層が全体として熱硬化性になり,更に加熱を続けた場合にその層が非可逆的な硬化状態になる,などということはない。引用刊行物には,熱硬化性の成分が結合剤の層に使用された場合であっても,「全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有しなければならない」(甲第5号証の2の5頁左欄1行〜3行参照)旨記載されている。この記載を当業者が素直に読めば,結合剤の層は依然として熱可塑性を維持すべきことが教示されていると理解するはずである。
また,引用刊行物において上記記載に続いて記載されている「最後の製品の結合剤の層15および16は,この最後の製品が太陽熱に露出される用途で使用されるべきである場合,約66°C(150°F)以下の温度で流動すべきではない。」との条件は,製品が熱可塑性であるから,すなわち,いつでも熱により粘性の流動状態に変換するからこそ示されなければならなかったものである。
さらに,引用刊行物には,「この板の興味のある特色は,この板を同じ寸法形状の剛固な記号台に付着する場合に,・・・真空-加熱技法を使用して,その切断端縁(文字あるいはその他の記号を形成するように切断された端縁)に沿って容易に封緘されることである。」(甲第5号証の2の7頁右欄21行〜26行)との記載がある。板(シ-ティングの訳語)を,使用者の希望する記号の形に切断してそれと同じ寸法形状の記号台に付着する場合に,その切断縁が加熱により容易に封緘されるには,シ-ティングに存在する結合層が熱可塑性でなければならず,結合層が熱硬化性であることはできない。したがって,上記記載は,製品がいつでも熱で粘性の流動性に変換されなければいけないこと,すなわち,結合層が熱硬化性ではないということを積極的に示すものである。
要するに,上記記載及び同刊行物のその他の記載からすれば,引用発明に係る再帰反射シートは、最終製品となった後であっても、容易に切断することができ、切断端縁を新たに封緘できるものでなければならないのであり,同シートの結合剤の層が,全体として熱硬化性であり、しかも、これが硬化して不溶性で不融性の状態になってしまった場合には、同シートの最終製品について、切断端縁を容易に封緘することは不可能となるのである。上記記載は、結合剤の層として熱硬化性樹脂を採用した場合の不都合を述べるものにほかならない。
(3) 熱可塑性組成物に限られた量の熱硬化性あるいは硬化し得る物質を組み合わせることによってその組成物の融点を変更し,あるいは,流動特性を変化させることが可能であるということは,引用発明の出願当時において公知の技術であったこと(乙第1号証の添付資料3),また,引用刊行物には,熱硬化性の成分の使用にもかかわらず,「結合剤の層は全体として熱可塑性の相を示さねばならないこと」が明記されていることに照らせば,熱硬化性の成分の使用を許容する旨の引用刊行物の記載は,結合部の層全体の熱可塑性という特性を変えることなく,その融点ないし流動特性をコントロールする目的での使用を許容したものという趣旨に解するのが,より合理的である。
(4) 前記のとおり,引用刊行物には,「全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有して、密閉封緘中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならない。」(甲第5号証の2の5頁1行〜3行)と記載されており,結合剤の層は,全体として熱硬化性になってはならないこと、すなわち、結合剤の層として熱硬化性樹脂を用いてはならことが明確に記載されている。しかも,結合剤として熱硬化性樹脂を使用し、かつ、これを硬化させた場合(単に「使用した場合」ではない)には、熱硬化性樹脂自体の内部強度特性は,増大するものの、これと隣接する物質、例えば,被覆シートとの結合強度はかえって低下するというのが本件優先権主張日までの一般的な理解であり、このことは、本件優先権主張日当時、再帰反射シーティングの技術分野において、結合剤の層として熱硬化性樹脂を使用することを妨げる事情であったということができる。
(5) 引用刊行物を含め本件において原告が引用する刊行物のいずれも,「加熱成形した結合部組織を成形後にその場で硬化させることにより,シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」という技術的思想を何ら開示も示唆もしていない。
「結合部組織をその場で硬化させること」によって「シートに対する結合部組織の結合強度を増大させること」は,訂正発明が初めて見いだした知見であり,原告が引用する刊行物のいずれも,前者と後者との間に原因・結果の結びつきが存在することについて開示も示唆もしていない。このような結び付きが存在することが本件優先権主張日当時において当業者に自明な事項であったことを示す資料もない。
熱硬化性物質が隣接する物質との結合強度を増大することは,本願明細書に記載されているとおり,当時の知見以上の改良であり,先行技術によっては開示も予想もされていなかったのである。
2 取消事由2(訂正発明の進歩性の欠如)について (1) 仮に,引用刊行物に,熱硬化性の結合剤物質を加熱成形して結合部組織を形成することが開示されていると認められたとしても,加熱成形後に施される放射線(熱)によって同結合部組織をその場で硬化させるという工程は,当業者にとって容易に想到し得る操作である,とすることはできない。
すなわち,前述のとおり,引用刊行物の「この最後の製品が太陽熱に露出される用途で使用されるべきである場合,約66゜C(150゜F)以下の温度で流動すべきではない。」(甲第5号証の2左欄4行〜6行)との記載は,いったん加熱成形された密閉封緘にその後に放射線(熱)が施されることは同発明にとって好ましいものではないとの技術的認識を示している。したがって,引用刊行物の上記記載に接した当業者が,いったん加熱成形された密閉封緘にその後に放射線(熱)が施されることに積極的な技術的意義を見いだすということは,あり得なかったのである。
(2) また,引用刊行物を含めて,原告が引用する刊行物は,いずれも,訂正発明の「加熱成形した結合部組織を成形後にその場で硬化させることにより,シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」という構成ないし技術的思想を開示も示唆もしていない。
訂正明細書にも記載されているとおり,訂正発明において,改良された成果である「シートに対する結合部組織の結合強度を増大させること」が,なぜ,「加熱成形可能でかつ放射線により硬化しうる結合剤物質を加熱成形して結合部組織を形成させた後に同結合部組織をその場で硬化させること」によって達成されるのか,その理由が,本件優先権主張当時においてさえ十分に解明されていなかったのである。このように,「結合部組織を硬化させること」と「シートに対する結合部組織の結合強度の増大が達成されること」との間に原因・結果の結びつきがあることは,訂正発明によって初めて見いだされた知見であるから,「加熱成形により結合部組織を形成させた後に同結合部組織をその場で硬化させること」に容易に想到することが可能であったかどうかのいかんにかかわらず,「結合部組織を硬化させることによってシートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」という構成自体に容易に想到し得たとすることはできないことが明らかである。
さらに,前述したとおり、引用発明の結合剤の層の使用目的,及び,その層が使用された再帰反射シートの最終製品が切断自在であり,かつ,切断端縁が容易に封緘可能であるべきであるとの要請、並びに、熱硬化性樹脂を硬化させると内部強度特性は増大するが隣接する物質との結合強度は低下するとの知見の存在に照らせば、仮に,引用刊行物に結合剤の層として熱硬化性樹脂を使用することが開示され、しかも、熱硬化性樹脂を硬化させることが一般的な技術であったとしても、当業者は、当該樹脂を加熱成形の目的に沿って利用するにとどまったはずであり、訂正発明のように、加熱成形後に放射線(熱)を施してこれを硬化させることを選択する余地はなかったか、あるいは,少なくとも,そのような選択は容易ではなかったというべきである。
(3) さらに,原告は,引用発明とその余の引用刊行物に記載された技術を組み合わせる動機付けを立証しなければならないのに,これをしていない。
原告は,訂正発明の進歩性の判断に必要不可欠な,公知文献の記載における訂正発明に対する動機付け,すなわち,引用発明に従来技術を組み合わせて訂正発明とする動機付けがあるかについて何らの主張立証をもしていない。
上記動機付けがあるといい得るためには,関連する技術分野において訂正発明と同様の課題を解決する類似の手段がなければならない。ところが,原告が提出するいずれの文献にも,訂正発明の課題を解決する類似の手段の記載がないのである。
(4) 進歩性判断の場面においては、たとい発明の構成自体は容易想到であったとしても、それにより奏される作用効果に意外性・顕著性があれば、それだけで,その発明の進歩性は肯定されることが多いものと思われる。訂正発明は、「本件明細書に開示された結合剤物質の加熱成形によって結合部組織を形成した後、この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にする」ことによって、「シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」ことが極めて意外な結果であることは、動かし難い事実である。したがって、この点だけに照らしても、本件発明の進歩性は,肯定されるべきである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(訂正発明の新規性の欠如)について (1) 訂正発明と引用発明とを対比したとき,「結合剤物質の層と結合剤物質の層の一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し,結合剤物質を加熱成形処理に供し,互に交差している狭い網目状の結合部組織を被覆シートに接触させて形成させることにより再帰反射要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させることからなる再帰反射シーティングの製造方法において」との点において一致していることは,当事者間に争いがない。
なお,甲第5号証の2によれば,引用刊行物2には,「本発明は,表面が乾燥していると湿潤しているとを問わず,全天候状態の下における光の逆行(再帰)反射装置として有効な高光輝度逆行(再帰)反射ビード板(判決注・「ビーズ板」の誤記と認める。)に関するものである。さらにまた本発明は上記逆行反射ビーズ板を製作するための新規な方法に関するものである。」(1頁左欄20行〜25行),「光の逆行反射(リフレックス-リフレックション)は,たとえ入射光線が直角以外の角度で表面に入射したとしても,その光線をその源泉に向けて逆行させる表面の能力であるとして現在では一般に認識されている。」(1頁右欄1行〜4行),「第1図において,この板はその面上に一連の互いに交わる格子線10を含んで示されているが上記格子線はこの板の面を複数のポケット区域11に分割するのに役立っている。」(3頁右欄22行〜25行),「第2図において,この板の構造は透明カバーフィルム12と,透明な小粒のガラスビーズ13の層と,この層の下方に横置した反射装置14と,結合剤の層15と,さらに他の結合剤の層16と,この層の下方に横置した担持フィルム17とを含んでいる。さらにまた,この板の構造の1つの重要な部分は密閉封緘18の狭い線区域にある。この板構造のその他の部分内のビーズのための層15からの結合材料と層16からの混り合った材料とは実際に強制的に透明カバーフィルム12と緻密な密閉封緘接触をさせられる。この板全体にわたる密閉封緘模様内の小ガラスビーズは,この板のその他の区域のガラスビーズが半ば埋込まれる結合材料により,特徴的に埋没されて覆われる。」(4頁左欄16行〜28行),「本発明の板を製作する際の重要な段階はその透明カバーフィルムと,逆行反射構造体とを互いに成層して,加圧形成された密閉封緘の狭い面積の互いに交差した網目を形成する段階である。第3図で判るように,突出した狭い線部分(この図面に横断面で示されている)を有するダイス要素19が密閉封緘の形成中にガラスビーズ層の下に横置するこの成層体の変形自在な層に押し当てられる。・・・上記ダイス要素は充分に加熱されかつカバーフィルム12に向けて結合材料を熱流動させかつ粘性移動させるのに充分な長さの時間の間上記成層体の背面に押し当てられる。」(5頁左欄40行〜右欄7行)との記載があること,また,第1図ないし第3図には,上記記載に沿った図面が示されていることが認められ(別紙図面(2)参照),引用刊行物のこれらの記載によれば,同刊行物に,「結合剤物質の層と結合剤物質の層の一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し,結合剤物質を加熱成形処理に供し,互に交差している狭い網目状の結合部組織を被覆シートに接触させて形成させることにより再帰反射性要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させることからなる再帰反射シーティングの製造方法」の技術が開示されていることは,証拠上も明らかである。
(2) 引用刊行物に結合剤物質として熱硬化性樹脂を使用する技術の開示があるか (ア) 訂正発明の「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質」について 甲第3号証によれば,訂正明細書発明の詳細な説明の欄には,「本明細書では「硬化(curing)」は硬化した物質の比較的不溶解性及び不融解性を生じる架橋又は連鎖伸長反応のような構成成分の化学反応を表現するのに使用する」(3頁下から3行〜末行),「一般に硬化は,代表的には結合剤物質中の1種類又はそれ以上の成分を活性化し,その後に化学反応が続く,電子線,紫外,核又は極超短波のような放射線をシーティングに施すことによって開始させる。このような硬化結合部を利用することによって非常に改良された結果が得られる。」(4頁1行〜5行),「米国特許第3,190,178号明細書(判決注・引用刊行物1)では,結合を形成させる結合剤物質に熱硬化性成分を含有させることができることを示唆しているけれども,この特許では物質の正しい選択及び加熱成形の後のその場での硬化によって,結合部と,結合部を加熱成形させるシートとの間の接着を改良することができることに気づいていない。」(4頁18行〜22行),「電子線放射線は非常に顔料の多いコーティングさえ透過する能力,適用エネルギーの遠さ及び有効利用,並びに制御の容易さのために特に好ましい。放射線の他の有用な形態は紫外線,核放射線,極超短波放射線,及び熱を包含するが,熱は長時間を要するという欠点がある。放射線で硬化を受ける結合剤物質は当業界では周知である。」(6頁17行〜21行)との記載があることが認められる。
訂正発明にいう「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質」とは,加熱成形が可能であり,かつ,放射線によって硬化する性質を有する物質,すなわち,放射線硬化性物質を含む組成物の成形材料であることは,用いられている用語の意義自体から明らかである。そして,ここにおいて,上記のとおり,訂正明細書発明の詳細な説明の欄で,「放射線の他の有用な形態は紫外線,核放射線,極超短波放射線,及び熱を包含する」としていることからすれば,放射線として熱を排除しておらず,したがって,熱によって硬化する場合を包含するものであること,すなわち,熱硬化性物質を含む組成物の成形材料も,訂正発明の「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質」に含まれることが明らかである。
(イ) 甲第5号証の2によれば,引用刊行物2の特許請求の範囲の欄には,「1 互いに緊密に接近した相互関係にある複数のガラスビーズの連続せる単層と,これらのガラスビーズの下に横置して関連された反射装置と,上記ビーズ層の上方に横置してその大部分に取付けられていない透明カバーフィルムと,上記カバーフィルムに取付けられていないビーズを部分的に埋込んだ結合剤の層とからなる逆行反射板において,2センチメートルより大きい側方寸法を有しないで別個に包囲されかつ密閉封緘された複数のポケットに上記ビーズの連続層を分離する部分を備え,上記ポケット内に位置決めされた上記連続層のビーズが上記カバーフィルムに取付けられていないビーズであり,また上記ポケットとポケットとの間の上記連続層のビーズが上記ビーズの連続層を複数のポケットに分離する上紀部分により埋没されて光学的に無効にされ,上記部分が上記上方横置透明カバーフィルムと,上記結合剤の層から移動された材料との間の圧力形成熱封緘連結の互いに交さした格子模様からなることを特徴とする逆行反射板。」(8頁左欄7行〜右欄5行)との記載が,発明の詳細な説明の項には,「本発明は,表面が乾燥していると湿潤しているとを問わず,全天候状態の下における光の逆行(再帰)反射装置として有効な高光輝度逆行(再帰)反射ビーズ板に関するものである。さらにまた,本発明は上記逆行反射ビーズ板を製作するための新規な方法に関するものである。」(1頁右欄21行〜25行),「米国特許第2326634号の明細書記載の通りに,逆行反射全区域内の構造体のビーズは有機樹脂材料であるを適当とする結合剤の層15内に部分的に埋込まれている。熱硬化性の成分が結合剤の層15内に使用されてもよいが,全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有して,密閉封緘中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならない。」(4頁右欄下から4行〜5頁左欄3行)との記載が,それぞれあることが認められる。
上記各記載によれば,引用発明においては,特許請求の範囲において,ビーズを部分的に埋込んだ結合剤の層の材質について何らの限定もしておらず,発明の詳細な説明においても,ビーズを部分的に埋め込む結合剤の層につき,有機樹脂材料であることが適当であるとしているものの,それ以上に格別の限定をしておらず,むしろ,「熱硬化性の成分が結合剤の層15内に使用されてもよい」と記載しているのであり,これらの記載からすると,引用発明の結合剤の層として,熱硬化性樹脂を使用することを排除していないことは,明らかなことというべきである。
(ウ) この点について,被告は,熱硬化性の成分が結合剤の層に使用されたからといって,それによって必然的に,結合剤の層が全体として熱硬化性になり,さらに加熱を続けた場合にその層が非可逆的な硬化状態になる,などという根拠はどこにもない,引用刊行物には,熱硬化性の成分が結合剤の層に使用された場合であっても,「全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有しなければならない」と記載されている,この記載を当業者が素直に読めば,結合剤の層は依然として熱可塑性を維持すべきことが教示されていると理解するはずである旨主張する。
しかしながら,「熱硬化性の成分が結合剤の層15内に使用されてもよいが,全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有して,密閉封緘中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならない。」という記載を,全体として,結合剤の層が,その本来的な物性として「熱可塑性あるいは熱粘着性」を有するものに限られることを意味するとする理解は,日本語の理解として不自然なものというべきである。
まず,「相」という語は,一般に,同一のものが異なった形(あるいは「姿」,「有様」,「外見」)を示し得るとき,異なった形(あるいは「姿」,「有様」,「外見」)のそれぞれを示すために用いられるものであるから,「全体としてこの層は熱硬化性の相を有して,」という表現は,「全体としてこの層は熱硬化性の相を有」すること,あるいは,「全体としてこの層は本来的な物性として熱硬化性を有」することを排除するものではない。
次に,「全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有して,」は,それだけで存在するのではなく,これに続く「密閉封緘中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならない」,と一体として述べられているものであり,両者は,前者が後者の原因,あるいは,後者が前者の理由ないし目的となる関係になっている。すなわち,「全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有」するものとされているのは,「密閉封緘中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならない」ためであるとされている。すなわち,ここには,「全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有」することの技術的意味は,「密閉封緘中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならない」ことであることが,開示されているのである。
なお,上記記載に対応する引用刊行物1の記載は,「While thermosetting constituents mav be employed in the binder layer 15,the layer as a whole must exhibit a thermoplastic or thermoadhesive phase so that it can be converted by heat into a viscous flowable or movable condition during hermetic sealing.」(甲第5号証の1の6欄21行〜25行)というものであり,これも上記理解によく合致するものである。
結局,上記記載は,結合剤の層は,密閉封緘中に,「熱可塑性あるいは熱粘着性の相」を有していなければならないといっているだけで,密閉封緘後に,熱硬化することを排除しているものではないと理解するのが合理的である。
そして,引用刊行物の全体を考察しても,上記のとおりに理解することを妨げる記載を見いだすことはできない。
また,被告は,引用刊行物には,「この板の興味のある特色は,この板を同じ寸法形状の剛固な記号台に付着する場合に,・・・真空-加熱技法を使用して,その切断端縁(文字あるいはその他の記号を形成するように切断された端縁)に沿って容易に封緘されることである。」(7頁右欄21行〜26行)との記載があり,この記載によれば,板(シ-ティングの訳語)を,使用者の希望する記号の形に切断してそれと同じ寸法形状の記号台に付着する場合に,その切断縁が加熱により容易に封緘されるには,シ-ティングに存在する結合層が熱可塑性でなければならず,結合層が熱硬化性であることはできないのである,したがって,製品がいつでも熱で粘性の流動性に変換されなければいけないこと,すなわち,結合層が熱硬化性ではないということを積極的に示している旨主張する。
しかしながら,(1)に掲げた引用刊行物の記載に照らせば,被告の指摘する上記効果は,引用発明の眼目とするところとは関係のない効果にすぎず,結合剤の層として熱可塑性樹脂を選択した場合に奏する効果を記載しているものであって,引用発明そのものに係る効果を記載したものでないと理解することができる。
したがって,被告の指摘する上記効果の記載をもって,直ちに,結合剤の層が全体として熱可塑性(あるいは熱粘着性)でなければならないことを示しているとすることはできない。被告の主張は,採用できない。
また,被告は,引用刊行物において上記記載に続いて記載されている「最後の製品の結合剤の層15および16は,この最後の製品が太陽熱に露出される用途で使用されるべきである場合,約66°C(150°F)以下の温度で流動すべきではない。」(5頁左欄3行〜6行)との条件は,製品が熱可塑性であるから,すなわち,いつでも熱により粘性の流動状態に変換するからこそ示されなければならなかったものである旨主張する。
しかしながら,最終製品の結合剤の層に熱可塑性樹脂を使用した場合には,これが太陽熱に露出される用途で使用されるのであれば,太陽熱によって粘性の流動状態に変換するおそれがあるから,これを避けるために,「約66°C(150°F)以下の温度で流動すべきではない」としているにすぎない,と考えることが可能であって,この記載から,引用発明が,結合剤の層に熱硬化性樹脂を使用した場合を除外しているとみるのが相当でないことは,明らかである。
(エ) さらに,本件優先権主張日当時の技術水準を前提に,当業者が,引用発明に係る結合剤の層として熱硬化性樹脂を使用することを排除していると理解するかどうかについて検討する。
甲第17号証によれば,昭和44年12月5日日刊工業新聞社発行 「プラスチック加工技術便覧(新版)」には,「熱硬化性樹脂材料成形過程の基本的考え方」と題して,次の記載があり,図2.1,2.2には,上記記載に沿った熱可塑性プラスチックと熱硬化性プラスチックの横軸を時間,縦軸を粘度とするグラフが示されていることが認められる。
「2・1・2 熱硬化性樹脂材料成形過程の基本的考え方 一般にプラスチックの成形は,成形材料を加熱加圧して塑性変形(plastic deformation)させて所望の形状の製品を得ることである。熱硬化性樹脂材料と熱可塑性樹脂材料とでは加熱加圧下における材料の挙動が若干異なるが,いずれの系統の材料であってもその成形過程を段階的に考えてみると共通してつぎのように区分することができる。
(1) 第1段階 可塑化(plastication) 材料が加熱によって溶融軟化(可塑化)して粘度が低下し流動可能な状態となる段階である。このとき,熱硬化性材料では図2・1のようにその粘度は時間とともに変化するが,熱可塑性樹脂材料では図2・2のように一度粘度が低下した後はそのままの状態が保たれている。
(2) 第2段階 賦形または金型充てん(forming or filling) 流動可能な状態となった材料が,圧力を加えられて金型キャビティのすみずみまで完全に充てんされて,所望の形状が与えられる(賦形)段階である。
(3) 第3段階 硬化(curing or setting) 所望の形を与えられた材料がそのままの状態で固まる。すなわちセット(set)される段階である。熱硬化性樹脂材料では加熱による化学反応(縮合重合または付加重合)によって硬化(キュア)が進んで形状がセットされる。これに対して熱可塑性樹脂材料では冷却による物理的な固化によってセットされる。
これらの成形過程を実際の成形方法にあてはめてみると,まず圧縮成形法を例にとれば,金型に成形材料を装入してこれを加熱加圧すると,材料は溶融して粘度が下がり金型キャビティを充てんする。さらに加熱をつづければ時間の経過とともに硬化反応が進み,いわゆるキュア(cure)され金型から取出しうるかたい状態となる。」(73頁下から1行〜74頁18行) また,甲第6号証によれば,同号証刊行物(昭和36年7月15日共立出版株式会社発行「化学大辞典6」863頁)には,「熱硬化性」の項において,「プラスチックの性質の一つ。加熱により温度が上がると液化して流動性を示し,あるいは軟化して塑性を示すと同時に,化学反応により分子間に三次元の架橋結合を生じ,硬化して不溶不融となり,再び加熱しても軟化せず,もとにもどらない非可逆的性質をいう。」(863頁)との記載があることが認められる。
さらに,甲第16号証(REINHOLD PUBLISHING CORPORATION 1956年発行「THE CONDENSED CHEMICAL DICTIONARY」第5版1087頁)によれば,同号証刊行物の「thermosetting」(「熱硬化性」)の項に,「加熱すると,固化又はセットして,再び溶融することができない合成樹脂に対して適用される用語。熱硬化性という性質は,通常,ポリマー分子の三次元状のネットワークを形成する,その構成成分の交さ結合反応と関連している。フェノール-ホルムアルデヒド及び尿素-ホルムアルデヒド樹脂はこのタイプのものである。熱硬化性樹脂から作られている製品は,それが一旦充分にキュア(硬化)されると,再び成形することはできない。」(1087頁)との記載があることが認められる。
上記各刊行物の上記認定の各記載によれば,熱可塑性樹脂は,加熱を続けると,その粘度が低下し,加熱温度と見合った粘度が保持され,加熱をやめて冷却すると固化するという性質を有するのに対し,熱硬化性樹脂は,加熱すると,当初は熱可塑性の性質を示し,粘度が低下するものの,同時に,同樹脂に多く含まれる官能基同士が反応(化学反応,重合反応)して三次元化が起こり,粘度が上昇していき,時間の経過とともに,三次元網目構造をもった不溶,不融の成型物樹脂となる性質を有することが認められる。
そうすると,熱硬化性樹脂の場合,熱可塑性樹脂の場合と異なり,粘度の低下している時間が限られるために,その限られた時間内に成形する必要があるという欠点はあるものの,この点を克服しさえすれば,加熱成形して結合剤の層となすことを妨げるものではないこと,また,熱可塑性樹脂も熱硬化性樹脂も,いずれも,「熱可塑性あるいは熱粘着性の相」を有しているものであることが認められる。
そして,上記各刊行物の刊行物としての種類,性質及び刊行の時期を併せ考えれば,上記認定の事項は,当業者に周知となっていたものと認められ,このことを前提にすると,本件優先権主張日当時,引用刊行物に接した当業者は,引用発明に係る結合剤の層として熱硬化性樹脂を使用し得ると把握したものと理解するのが合理的である。
(オ) 被告は,結合剤として熱硬化性樹脂を使用し、かつ、これを硬化させた場合(単に「使用した場合」ではない)には、熱硬化性樹脂自体の内部強度特性は,増大するものの、これと隣接する物質、例えば,被覆シートとの結合強度はかえって低下するというのが本件優先権主張日までの一般的な理解であり、このことは、本件優先権主張日当時、再帰反射シーティングの技術分野において、結合剤の層として熱硬化性樹脂を使用することを妨げる事情であったということができる旨主張する。
しかしながら,本件優先権主張当時に,硬化がその対象あるいは方法(例えば,熱によるか,電子線によるか)のいかんにかかわらず,結合強度を低下させるという一般的理解が存在したことは,本件全証拠によっても認めることができない。仮に,被告主張のような一般的理解が存在していたとしても,例えば,被覆シートとの結合強度の低下は甘受しつつ,あるいは,これに対して何らかの対処を工夫しつつ,熱硬化性樹脂であることの利点を生かすことを選択するなどのことは,いくらでもあり得ることであり,上記一般的理解の存在をもって,結合剤の層として熱硬化性樹脂を使用することを妨げる事情とすることはできない。現に,甲第9号証によれば,実願昭48-82096号明細書(実開昭50-28669号公報)のマイクロフィルム)には,「本考案においては,透明な表面カバーと再帰反射シート本体とを接着すると共に,ガラスビーズの層を複数個の小区劃に分割し,分割されたそれぞれの区劃を包囲し封緘する線状層が,硬化型接着剤より成り,しかもスクリーンプリント等の方法により塗布された層として形成されているので,結合剤層を熱硬化型合成樹脂により形成でき,表面カバーも熱硬化型合成樹脂により形成されていることと相俟って,耐熱性の高い再帰反射シートを得ることができる。」(9頁17行〜10頁6行)との記載があることが認められ,上記記載によれば,本件優先権主張日前に,再帰反射シートの製造において、結合剤層を熱硬化型合成樹脂により形成する技術が開示されていたことを認めることができる。
被告の上記主張は,採用できない。
(3) 引用発明に結合剤物質として熱硬化性樹脂を「その場で硬化させ」る技術の開示があるか (ア) 訂正発明に係る特許請求の範囲に,「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質」を「加熱成形して前記の結合部組織を形成した後,この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にする」との記載があることは,当事者間に争いがない。
一般的な用語法に従えば,「その場」との語が,「ある物事のあった所,その場面,その席上,即座」(広辞苑参照)などといった意味を有するものであることは,当裁判所に顕著である。そうすると,「その場」の語の一般的用法に従う限り,訂正発明にいう「その場で硬化させて」とは,結合剤物質を加熱成形して結合部組織を形成した後,その場所で,即座に,これを硬化させることを意味しているものと認められることとなる。そして,訂正発明に係る特許請求の範囲には,このように認めることの妨げとなるべき記載は存在しないことが,明らかである。
(イ) しかし,発明の詳細な説明の項には,これと異なる意味のものとして定義し,使用していることもあり得るので,この点についてみる。
甲第3号証によれば,訂正明細書発明の詳細な説明には,「要約していえば,本発明の再帰反射性シーティングは,最初加熱成形されて被覆フィルム及び基体シートの間で密閉接触するが,結合部用の物質を適当に選択することによって,又加熱成形操作後その場でその物質を硬化することによって,結合部とそれが加熱成形されるシートとの間に非常に強大な接着力が得られる網目状組織の結合部を取り入れたことを特徴とするものである。」(3頁11行〜15行),「「加熱成形(thermoforming)」では結合剤物質を流動させて基体と良好な接触をさせる,すなわち基体を「ぬらし(wet)」,且つ次に熱及び圧力の除去された後も形成された形状を保持するように物質に熱及び通常は圧力を施すことを意味する。自立形態にある間に,結合剤物質をその場で硬化させる」(3頁23行〜27行),「本発明の再帰反射性シーティングを完成するためには,次に打ち出したシーティングを,あらかじめ決定した水準の放射線に暴露する。この放射線暴露により,結合剤物質は硬化して比較的不融解性及び不溶解性状態になる。放射線の迅速作用形態,すなわち5分以下,好ましくは5秒以下ですむ放射線の適用は製品の処理時間を最小にするため,ならびに経済のためにも非常に好ましいが,結合強度は完成時の強度に達しない。」(6頁12行〜17行)などの記載があることが認められる。
訂正明細書発明の詳細な説明の上記各記載,特に,「加熱成形操作後その場でその物質を硬化する」,「自立形態にある間に,結合剤物質をその場で硬化させる」,「放射線の迅速作用形態,すなわち5分以下,好ましくは5秒以下ですむ放射線の適用」との各記載による限り,むしろ,「その場で硬化させて」は,発明の詳細な説明においても,前記認定の意味で用いられているものと認めることができる。そして,甲第6号証によれば,発明の詳細な説明中の上記記載以外のものの中に,「その場で硬化させて」を上記認定と異なる意味のものとして定義し,使用しているものが存在しないことが明らかである。
(ウ) 原告は,結合剤物質に「熱硬化性の成分」を添加する目的は,結合剤物質を加熱成形した後,それを硬化して不溶不融のものとすることにあるから,熱硬化性成分が添加された結合剤物質を加熱成形した後,必要により,さらに加熱し,硬化して,不溶不融にすることは,結合剤物質に熱硬化性成分を添加することの当然に予定した操作及び結果にほかならないとし,したがって,訂正発明にいう「この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にする」との構成は,当業者にとって,引用刊行物に開示されている結合剤物質に「熱硬化性の成分」を配合して加熱成形して結合部組織を形成することからの自明の操作(工程),あるいは,そこから必然的に生じる結果といい得る旨主張する。
しかしながら,前述したとおり,引用発明は,結合剤の層が密閉封緘後に熱硬化することを排除しているものではないと理解することができるものの,引用刊行物には,それ以上に,密閉封緘後に熱硬化させるとか,熱硬化させるとしてどのような手法によって行うとかについての開示がないことは,上記引用刊行物の記載状況自体から明らかである。
前記(2)(エ)認定のとおり,熱硬化性樹脂は,加熱すると,当初は熱可塑性の性質を示し,粘度が低下するものの,同時に,同樹脂に多く含まれる官能基同士が反応(化学反応,重合反応)して三次元化が起こり,粘度が上昇していき,時間の経過とともに,三次元網目構造をもった不溶,不融の成型物樹脂となる性質を有するものである。しかしながら,このような熱硬化性物質の性質の具体的な発現形態は,対象となる熱硬化性物質の種類や反応条件によって異なり得ることは当然であり,それに応じて熱硬化性物質に関する処理工程には,種々の選択肢があり得ることは,当裁判所に顕著である。
引用発明について,結合剤の層が密閉封緘後に熱硬化することを排除しているものではないと理解することができ,引用刊行物に,「熱硬化性の成分が結合剤の層15内に使用されてもよい」との文言があるからといって,そのことから,直ちに,訂正発明に係る「放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて」という具体的な操作工程までも必然的なものとして導き出すことはできないことは,明らかというべきである。
(エ) そうすると,引用刊行物には,熱硬化性樹脂を使用する結合剤物質において,これを「その場で硬化させ」るという構成がないから,その余の点について検討するまでもなく,訂正発明と引用発明とは同一でないことが明らかである。
原告の取消事由1についての主張は,理由がない。
2 取消事由2(訂正発明の進歩性の欠如)について (1) 引用発明が,訂正発明の結合部組織を「その場で硬化させ」るとの構成を具備していないことは,前述したとおりである。また,訂正発明にいう「その場で硬化させて」との語が,結合剤物質を加熱成形して結合部組織を形成した後,前述の意味で,その場所で,即座に,これを硬化させることを意味するものであることも,前述したとおりである。
(2) 甲第15号証の3によれば,特開昭51-558号公報の特許請求の範囲の項には,「被加工物の表面もしくは支持体の表面または紫外線透過性材料よりなり,表面に多数の凹部凸部を有するベルトもしくは円筒形ロールの表面に紫外線硬化性の皮膜形成組成物を塗布し,被加工物の表面もしくは支持体の表面と該ベルトもしくは円筒形ロールの表面との間に塗膜を圧着しつつ,ベルトの表面もしくは円筒形ロールの内部より紫外線を照射して塗膜を硬化した後,ベルトもしくは円筒形ロールの表面より被加工皮膜面もしくは支持体上の皮膜面を剥離し,またはさらに支持体と皮膜を剥離することを特徴とするエンボス形成方法。」との記載が,発明の詳細な説明の項には,「本発明はこれらの欠点を解決するために研究し発明したものであって,被加工物の表面もしくはエンボスフィルム製造用支持体の表面または紫外線透過性材料よりなり,表面にエンボス模様原型である多数の凹部または凸部を有するベルトもしくは円筒形ロールの表面に,紫外線硬化性の皮膜形成組成物を塗布し,被加工物の表面もしくは支持体の表面と前記ベルトもしくは円筒形ロールの表面との間に塗膜を圧着しつつ,ベルトの表面もしくは円筒形ロールの内部からベルトもしくは円筒形ロール壁を透して紫外線を照射して塗膜を硬化した後,ベルトもしくは円筒形ロールの表面より被加工皮膜面もしくは支持体上の皮膜面を剥離し,または,さらに支持体と皮膜を剥離する方法である。」,「本発明によれば加熱または冷却することがないので,被加工物の材質を損ずることがなく,設備は簡単であり,加工速度も上げられ,硬化後原型と剥離されるので原型の細部模様を写すことができる。」との記載が,それぞれあることが認められる。
また,甲第12号証によれば,米国特許第3,770,490号(1971年(昭和46年)1月5日登録)の特許請求の範囲の第1項には,「A.イソプロピルアルコール及びパーオキサイド触媒の存在下に一官能性アクリルモノマーの混合物を熱にさらすことにより重合し,B.重合したアクリル物質に一官能性アクリルモノマーを加え,C.その混合物をフイルムに成形し,そしてD.該混合物をイオン化放射線又は活性光線にさらすことにより硬化させる,ことより成る硬化したアクリルフイルムを形成する方法。」との記載が,発明の詳細な説明の項には,「アクリルシロップは,イソプロピルアルコールの存在下に一官能性アクリルモノマーを重合し,次いでモノマーをそのポリマーに加えることにより製造することができること,及びイオン化放射線又は活性光線により硬化された場合のシロップは,揮発物質損失が少なく硬化するのに低い放射線量を必要とし,そして硬化した生成物は増加した柔軟性を有することが見いだされた。」(訳文1頁7行〜12行),「製造されたアクリルシロップは,次いで,フイルムに硬化し又は基体上に塗膜し,これをイオン化放射線又は活性光線に照射することによってその場で硬化する。」(同3頁12行〜14行),実施例1には,「次の方法でアクリルシロップを製造した。・・・このシロップは重合体63%及び一官能性アクリルモノマー37%を含有していた。このシロップ75部に,アクリル酸5部及びトリメチロールプロパントリアクリレートモノマー20部を添加し,この組成物を,錫を含まないスチールに被覆(コート)し,全部で1メガラドの電子線照射にさらした。得られた材料の接着性を,クロス・ハッチ接着テストによってテストし,被膜にXの印を付け,接着テープを被膜に圧着し,然る後剥ぎ取った。如何なる被膜もテープによって剥ぎ取ることはできず,優れた接着が行われたことを示した。」(6頁18行〜7頁8行)との記載が,それぞれあることが認められる。
上記認定の各記載及び上記刊行物が公開された時期等を考えれば,本件優先権主張日当時,放射線を照射して,アクリル系の熱硬化性樹脂を硬化させ,接着性能を向上させる技術が周知となっていたことは,明らかというべきである。他方,本件優先権主張日当時,再帰反射シートに係る従来技術における結合部組織の接着性の不十分さが知られていたことは,弁論の全趣旨で明らかである(このような不都合は,従来技術による製品を使用する過程で,むしろ,自動的に知られるに至る性質のものと考えられる。後記(3)の(ア)で認定する訂正明細書の記載参照)。)。
そうだとすれば,本件優先権主張日当時,当業者において,引用発明における,熱硬化性樹脂からなる結合部組織の性質を改善するために,放射線を照射して,結合部組織を「その場で硬化させ」てみようと考えることは,格別,困難なことではなかったというべきである。
(3) そこで,次に,訂正発明に係る特許請求の範囲中の「前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」との文言について,構成と効果の面から検討する。
(ア) 甲第3号証によれば,訂正明細書発明の詳細な説明の欄には,次の記載があることが認められる。
「本発明は米国特許第3,190,178号明細書(判決注・引用刊行物1)において教示されたようなフィルムで被覆された露出レンズ再帰反射性シーティングについての改良に関するものである。」(2頁2行〜4行) 「このようなシーティングの必須条件は被覆フィルムと基体シートとの間の耐久力のある結合を得ることである。現存する工業的なシーティングでの結合は主として2種類の崩壊,(1)反射性シーティングを交通信号素材のような基体に適用するのに使用される熱及び圧力に起因する崩壊,及び(2)極度の温度変化,雨,雪,氷及び他の形態の降下物又は湿気を包含する戸外の風化及び日光に起因する崩壊,を受けやすかった。結合が破壊すれば湿気は微小球の露出面を覆うことができ,その結果微小球はその裏側の鏡面反射層上に光線を集中できなくなり,再帰反射が非常に低下される。結合部の耐久性を改良する方法が発見されれば,フィルムで被覆された露出レンズ再帰反射性シーティングの有用性は著るしく拡大されるに違いない。」(2頁17行〜28行) 「要約していえば,本発明の再帰反射性シーティングは,最初加熱成形されて被覆フィルム及び基体シートの間で密閉接触するが,結合部用の物質を適当に選択することによって,又加熱成形操作後その場でその物質を硬化することによって,結合部とそれが加熱成形されるシートとの間に非常に強大な接着力が得られる網目状組織の結合部を取り入れたことを特徴とするものである。」(3頁11行〜15行) 「このような硬化結合部を利用することによって非常に改良された結果が得られる。本発明のシーティングは,現行の工業製品よりもはるかに大きな熱及び圧力許容度を要する看板のような基体に積層させることができ,積層操作をより都合よく,旦つ迅速に行い,しかも浪費を最小にすることができる。その上実験試験場での戸外風化試験では,本発明のシーティングは劣化に対して現行のフィルム被覆露出レンズ製品よりも高い抵抗を示した。本発明は又低分子量の硬化性成分が存在するために,最初の加熱成形をより容易に行い得る。従って,製造中における作業許容度が大となり,且つ加熱成形に頼らずとも耐久力のある密閉状態が得られる。改良された成果が得られた理由は十分には解明されていない。硬化した,すなわち架橋した物質が改良された内部強度特性を示すことができることは知られている。しかし,本発明の結合は被覆フィルムに対する接着が改良されたことに注目すると,それ以上の改良であるといえる。セル状再帰反射性シーティング製品でこのように改良された接着を行うことができることは先行技術では予言も教示もされていない。米国特許第3,190,178号明細書では,結合を形成させる結合剤物質に熱硬化性成分を含有させることができることを示唆しているけれども,この特許では物質の正しい選択及び加熱成形の後のその場での硬化によって,結合部と,結合部を加熱成形させるシートとの間の接着を改良することができることに気づいていない。」(4頁4行〜22行) 「アクリルを基剤とする成分は特に有用な結合剤物質である(本明細書で使用する「アクリルを基剤とする成分」とはアクリル酸又はメタクリル酸,あるいはアクリル酸又はメタクリル酸から得られる成分を意味する)。代表的な有用なアクリル基剤単量体はポリエチレングリコールジアクリレート,1,6-ヘキサンジオールジアクリレート,ヒドロキシメチルジアセトンアクリルアミド及び2-シアノエチルアクリレートであり,そして代表的なアクリル基剤重合性物質はアクリレート又はメタクリレート重合体又は共重合体である。他の有用な代表的結合剤物質はジアリルグリコールカーボネート及び飽和又は不飽和ポリエステル又はポリウレタン樹脂である。」(7頁11行〜19行) 「特に有用な透明な被覆フィルムは戸外の風化条件下で透明性及び他の特性を非常に良く維持するポリメチルメタクリレートから成る。ポリカーボネートフィルムも又有用であり,旦つ特に戸外耐久性が重要でない場合には,ポリエチレンテレフタレート,セルロースアセテート及びセルロースアセテートブチレートのようなフィルムを使用することができる。」(7頁下から5行〜末行) 「結合剤物質の中には,すべてのタイプの物質に対して改良された結合を提供しないものがあるということは,本発明で見いだされた意外な事実である。例えば実施例で使用したアクリル系結合剤物質は,それらを保持しているポリエチレンテレフタレート担体シートに対して結合を形成しない。」(8頁4行〜7行) 甲第3号証によれば,訂正明細書には,訂正発明の実施例においては,アクリル酸エチル及びメタクリル酸メチルを主体とする12種類の放射線硬化性組成物(実施例1〜4,6〜13),並びに,飽和ポリエステル樹脂及びジアリルグリコールカーボネートを主体とする1の放射線硬化性組成物(実施例5)を用意して,電子線,紫外線を照射して硬化させる実験をし,その結果,結合部がしっかりと接着され,被覆フィルムと基体シートとの間の結合が強められるという結果を得ることができたこと,65℃で16時間加熱して熱硬化させた実施例11でも,結合強度が,上記処理をしなかった場合の4倍以上となったことが記載されていること,が認められる。
(イ) 訂正明細書の上記認定の各記載によれば,従来技術においては,再帰反射性シーティングにおいて,結合部とシートとの間に十分耐久力のある結合がなかったので,製品について種々の問題点があったのに対し,訂正発明においては,「物質の正しい選択」によって,少なくとも,アクリル酸エチル及びメタクリル酸メチルを主体とする放射線硬化性組成物について,「加熱成形の後のその場での硬化」によって,結合部とシートとの間の接着を改良することができることを発見し,一方,アクリル系結合剤物質とポリエチレンテレフタレート担体シートとの組合せでは結合しないという結果となったことが認められる。
上記のとおり,訂正発明において得られたとされる結合部とシートとの間の意外な結合の強さという効果は,訂正明細書の記載によっても,ある種の熱硬化性樹脂を選択し,これに対する加熱成形の後のその場での硬化によって得られるものであって,その他の「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質」によっては得ることのできないものなのであるから,これをもって,「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合材物質」について一般的に奏せられる効果であるとすることはできない。
要するに,訂正明細書によれば,訂正発明は,結合剤物質の正しい選択及び加熱成形の後のその場での硬化によって(現実には,放射線の選択も関与するであろう。),顕著な効果を奏するものであって,このような「正しい選択」をしたことを前提とする方法には,その効果の顕著性を根拠に進歩性を認める余地があり得るとしても,訂正発明に係る特許請求の範囲の記載からすると,上記の「正しい選択」の結果を構成要件としていないのであるから,進歩性を認めることはできないという以外にないのである。
(ウ) 以上検討したところによれば,訂正発明の「前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」という発明の効果を記載した構成部分は,その直前の「この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより,」という構成から導き出される,本件出願当時に周知の技術から容易に予想し得る範囲内の効果を,特許請求の範囲中に記載したものにすぎないと理解せざるを得ないものというべきである。
(4) 被告は,訂正発明において,改良された成果である「シートに対する結合部組織の結合強度を増大させること」が,なぜ,「加熱成形可能でかつ放射線により硬化しうる結合剤物質を加熱成形して結合部組織を形成させた後に同結合部組織をその場で硬化させること」によって達成されるのか,その理由が,訂正発明の特許出願時においてさえ十分に解明されていなかったのである,このように,「結合部組織を硬化させること」と「シートに対する結合部組織の結合強度の増大が達成されること」との間に原因・結果の結びつきがあることは,訂正発明によって初めて見いだされた知見であるから,「加熱成形により結合部組織を形成させた後に同結合部組織をその場で硬化させること」が容易に想到することが可能であったかどうかを議論するまでもなく,訂正発明の「結合部組織を硬化させることによってシートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」という構成に容易に想到し得たとすることはできない旨主張する。
しかしながら,「加熱成形可能でかつ放射線により硬化しうる結合剤物質」の中には,放射線の照射による硬化によって接着性がよくなるものがあることは,本件優先権主張当時,周知であったと認められることは,既に述べたとおりである。また,被告の主張が,訂正発明によって得られる結合強度の増大は,このような周知事項から予測される範囲を超えていることを前提とするものであったとしても,上述したとおり,被告の主張する結合強度の増大は,「加熱成形可能でかつ放射線により硬化しうる結合剤物質」を「加熱成形して結合部組織を形成させた後に同結合部組織をその場で硬化させ」たとしても,常に得られる訳ではなく,結合剤物質の「正しい選択」があって初めて被得られる効果であるものにすぎないのに,「加熱成形可能でかつ放射線により硬化しうる結合剤物質」が一般的に顕著な効果を奏するとするものであることになり,前提において既に誤っているものというほかないことになるのである。
その余の被告の主張についても,前述したところに照らし採用できない。
(5) 以上検討したところによれば,原告主張の取消事由2(進歩性の欠如)は,理由があることが明らかである。
3 結論 そうすると,審決の取消しを求める原告の請求は,理由があることが明らかである。そこで,これを認容することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 宍戸充