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関連審決 審判1994-20915
審判1996-8336
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成19ネ10010特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成18行ケ10446審決取消請求事件 判例 特許
平成20ネ10027特許権差止請求権不存在確認請求控訴事件 判例 特許
平成17行ケ10399特許取消決定取消請求事件 判例 特許
平成18行ケ10096審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  有用性 /  製造方法 /  新規性 /  29条1項3号 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  公知技術 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  化学構造 /  優先権 /  出願経過 /  参酌 /  技術的意義 /  発明の要旨認定 /  容易に想到(容易想到性) /  禁反言 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  侵害 /  混同 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  誤記の訂正 /  請求の範囲 /  減縮 /  拡張 /  変更 /  釈明 /  訂正明細書 /  特許管理人 / 
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事件 平成 10年 (行ケ) 132号 審決取消請求事件
原告 紀和化学工業株式会社
訴訟代理人弁護士 山上和則
同弁理士 池内寛幸
同 佐藤公博
同 鎌田耕一
同 乕丘圭司
被告 ミネソタマイニング アンド マニュファク チャリング コンパニー 特許管理人弁理士 浅村晧
同 浅村肇
訴訟代理人弁護士 片山英二
同 北原潤一
同弁理士 小林純子
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/10/23
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成8年審判第8336号・平成6年審判第20915号事件について平成10年3月31日にした審決中,平成8年審判第8336号に関する部分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「改良されたセル状再帰反射性シーテイング(判決注・「シーティング」の誤記と認める。以下同じ。)の製造方法」とする特許第1481371号の発明(1976年(昭和51年)2月17日米国においてした特許出願に基づく優先権を主張して昭和52年2月16日に特許出願し,平成1年2月10日に登録されたもの。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
原告は,平成8年5月23日,本件特許を無効とすることについて審判を請求し,特許庁は,これを平成8年審判第8336号事件として審理した。被告は,上記審理の過程で,平成8年8月12日,本件特許の願書に添付した明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)の請求をし,さらに,平成9年4月11日付けで本件訂正に係る手続補正書を提出した。特許庁は,上記事件を審理した結果,平成10年3月31日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年4月13日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(第1項) (1) 本件訂正前 「1 (a) 一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し,そして(b) 結合剤物質を加熱成形して互に交差している狭い網目状の結合部組織を形成して被覆シート及び前記基体の少なくとも一方に接触させることにより,再帰反射性要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させることからなる再帰反射シーティングの製造方法において,加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後,この結合部組織に施される放射線によってこれをその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより,前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させることを特徴とする前記シーティングの製造法。」 (2) 本件訂正後「1(a) 結合剤物質の層と結合剤物質の層の一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し,そして (b) 前記結合剤物質を加熱成形処理に供し,互に交差している狭い網目状の結合部組織を被覆シートに接触させて形成させることにより再帰反射性要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させることからなる再帰反射シーティングの製造方法において, 加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後,この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより,前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させることを特徴とする前記シーティングの製造法。」(別紙図面(1)参照) 3 審決の理由の要旨 原告主張の取消事由に係る審決の理由の要旨は,次のとおりである。
(1) 請求人(原告)主張の無効事由 @ 本件訂正前の請求項1の発明は,特公昭40-7870号公報に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び特開昭48-77007号公報記載の技術に基づいて当業者が容易に発明し得たものであるから,特許法29条2項に該当する。
A 本件訂正前の明細書は,後記(3)(ウ)で審決が原告の主張として摘示するのと同様の記載不備があり,昭和60年法律第41号による改正前の特許法36条4項及び5項(以下,それぞれ「旧特許法36条4項」,「旧特許法36条5項」という。)に規定する要件を満たしていない。
(2) 請求人(原告)の引用した刊行物 @ 特公昭40-7870号公報(本訴の甲第6号証,審決の甲第1号証の2。以下「引用刊行物」という。) A 特開昭51-558号公報(本訴の甲第18号証,審決の甲第11号証の3) B 特開昭48-77007号公報(本訴の甲第15号証,審決のH8-8336の甲第2号証。以下「甲第15号証刊行物」ということがある。) (3) 訂正の適否に対する判断 (ア) 訂正事項は、いずれも,特許請求の範囲減縮,明りょうでない記載の釈明,あるいは誤記の訂正に該当するものであり,しかも,本件出願の願書に添付した当初の明細書に記載した事項の範囲内のものであり,実質上特許請求の範囲拡張し又は変更するものでもない。
(イ) 新規性及び進歩性についての判断 本件訂正に係る請求項1の発明(以下「訂正発明」という。)と引用発明とを対比すると,「結合剤物質の層と結合剤物質の層の一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し,結合剤物質を加熱成形処理に供し,互に交差している狭い網目状の結合部組織を被覆シートに接触させて形成させることにより再帰反射要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させることからなる再帰反射シーティングの製造方法において」との点において一致するものの,「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後,この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより,前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」との構成において相違している。
相違点について検討すると,引用発明は,空気に露出されたレンズ構造体の水分汚染等(透明カバーフイルムとビーズレンズ反射装置の表面との間における水と湿気との蓄積)についての従来の未解決問題を解決することを目的とするものであり,一方,訂正発明は,引用発明を認識しつつ,同発明の問題点を解決するためになされたものであり,具体的には,現存する工業的なシーティングでの結合は,主として2種類の崩壊,すなわち,「反射性シーティングを交通信号素材のような基体に適用するのに使用される熱及び圧力に起因する崩壊」及び「極度の温度変化,雪,氷及び他の形態の降下物又は湿気を包含する戸外の風化及び目先に起因する崩壊」があることに着目して,その崩壊を防止するため,「基体シートと被覆フイルムのとの間の耐久力のある結合を得ること」を発明の目的とするものであるから,両者は,発明の課題が相違する。また,訂正発明の課題が公知又は周知であるとも認められない。
したがって,引用刊行物の「熱硬化性の成分が結合剤の層15内に使用されてもよいが,全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有して,密閉封緘中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならない。」との記載は,「結合部組織」の耐久力のある結合を目的として使用されているものとは一義的には認められず,むしろ,結合剤の層は,熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有して,密閉封緘部を形成(訂正発明の「加熱成形による結合部組織の形成」に相当する。)中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならないことに注目していると解される。このことは,訂正発明のように,その後,積極的に放射線によってその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより,シートに対する結合部組織の結合強度を増大させるという点が示されていないことからも認められるところである。
また,引用刊行物には,熱硬化性の成分がどの程度使用されるか記載されていないから,訂正発明のように「放射線によって硬化」し得るものかどうかも明らかでない。
そうすると,甲第15号証刊行物に,「単板に樹脂を含浸せしめ,これをプレキュアさせ,次に同種の樹脂基板に塗布してこの上に上記のプレキュアした単板を貼り合わせてこれを加熱加圧し,単板に基板を堅固に貼着したのち,電子線でアフターキュアして仕上げること」との記載があったとしても,引用発明の結合部組織を強固にし,耐久力のある結合を得るという動機付けに乏しい以上,当業者が,容易に,引用発明に上記各記載の技術を適用し,上記相違点に係る訂正発明の構成に想到し得たとはいえない。その他,訂正発明は,上記相違点に係る構成により,訂正明細書に記載されているとおりの特有の効果を奏するものであり,この点についても,訂正発明に進歩性がある。
(ウ) 記載不備についての判断 @ 請求人(原告)は,訂正発明に係る特許請求の範囲に記載された「放射線」の定義があいまいである旨主張する。
しかし,熱は放射線の一種であり,放射エネルギーとなって空間を移動し得るものであることは,何人も認めるところである。訂正明細書に「放射線の他の有用な形態は紫外線,核放射線,極超短波放射線,及び熱を包含するが」(甲第45号証の訂正明細書6頁19行,20行)と記載されていること,及び,訂正発明の実施例11として熱の例が挙げられていることからしても,放射線の定義があいまいであるということはできない。
A 請求人(原告)は,訂正発明に係る特許請求の範囲に記載された「その場で硬化させ」の定義があいまいである旨主張する。
しかし,「その場」とは,一般的には,「同じ場所」とも解することができるけれども,訂正明細書発明の詳細な説明の欄には,「「加熱成形(thermoforming)では結合剤物質を流動させて基体と良好な接触をさせる,すなわち基体を「ぬらし(wet)」,且つ次に熱及び圧力の除去された後も形成された形状を保持するように物質に熱及ぴ通常は圧力を施すことを意味する。自立形態にある間に,結合剤物質をその場で硬化させる」(甲第45号証の訂正明細書3頁23行〜27行)と記載されているから,訂正発明にいう「その場」とは,「結合剤物質形状が加熱成形により形成された形状のままで」を意味すると解される。「その場」という記載の意味があいまいであるとはいえない。
B 請求人(原告)は,訂正発明に係る特許請求の範囲に記載された「結合部組織」をどこに形成するのか不明である旨主張する。
しかし,訂正発明に係る特許請求の範囲には,「結合剤物質の層と結合剤物質の層の一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し,そして,前記結合剤物質を加熱成形処理に供し,互いに交差している狭い網目状の結合部組織を被覆シートに接触させて形成し」と記載され,また,訂正明細書発明の詳細な説明の欄には,「第1図及び第3図に示したように,本発明の代表的な露出レンズ再帰反射性シーティング10は基体シート11,透明な被覆シート又はフイルム12,及び基体シート及び被覆フイルムを互いにはり付け,且つそれらの間の空間を隔離して密閉されたセル又はポケット14を構成する狭い交差した結合部13から成っている。」(甲第45号証の訂正明細書5頁6行〜10行)と記載され,同記載に沿った図面が示されていることをみれば,「結合部組織」が基体シートと被覆シートとの間に加熱成形処理により形成されることは明白である。
C 請求人(原告)は,訂正明細書の詳細な説明の「放射線は熱を含む」との記載は,当業者が放射線という語句から一義的に明確に理解できない語句であって,あいまいな定義であり,かつ,審査・審判の出願経過の意見書の記載とも矛盾している旨主張する。
しかし,上記(ア)の理由により,放射線に熱を含むことが明白であり,記載不備とは成り得ない。
D 請求人(原告)は,訂正明細書の詳細な説明の実施例11は,訂正発明の「放射線によってこれをその場で硬化させ」という構成に対応しない旨主張する。
しかし,上記(ア)の理由により,実施例11が訂正発明の実施例であることは明白であり,記載不備とは成り得ない。
E 請求人(原告)は,実施例11には「その場で硬化させ」に相当する技術工程も説明もないから,当業者が容易に実施する程度に目的,構成及び効果が記載されていない旨主張する。
しかし,上記した(イ)の理由により,実施例11には当業者が実施できる程度に記載されており,記載不備とは成り得ない。
F 請求人(原告)は,訂正明細書及ぴ図面に記載された第7図及び第8図に係る事項は,訂正発明の構成に対応せず,なぜ訂正発明の実施例であるのか不明である旨主張する。
しかし,訂正明細書及び図面に記載されていた第7図及び第8図に係る事項は,訂正明細書においては削除されており,記載不備とは成り得ない。
G 請求人(原告)は,訂正発明を構成する「結合部」の結合強度の測定方法につき,当業者はおろか,特許権者自身すらも追試することができないから,明細書の記載に重要な暇疵が存在する旨主張する。
訂正発明の構成である「結合部組織」の結合強度は,訂正発明の効果に関係するものであり,実施例1において,この結合部組織の結合強度を,一枚刃のかみそり刃で基体シートと被覆フイルムとの分離を試みるという方法によって行ったことが記載されており,この方法でも結合強度の確認はできるものと認められる。記載不備があるとはいえない。
(4) まとめ 訂正発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではなく,引用発明と甲第15号証刊行物に記載された技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものでもない上,訂正明細書に記載不備を有するとも認められない。よって,本件訂正請求を認める。
訂正発明に係る本件特許を請求人(原告)の提出した証拠及び理由によって無効とすることはできない。その理由は,上記と同様である。
原告主張の審決取消事由の要点
上記審決の理由の要旨に対応する審決の理由のうち,請求人(原告)主張の無効理由の部分は,原告が新規性欠如の主張をしていたことを看過しているから,その点について争う。請求人が引用した刊行物の部分及び訂正発明と引用発明との一致点の部分は認める。その余は争う。
1 取消事由1(判断の遺脱) 原告は,本件の審判において,訂正発明は,引用発明と同一であり,新規性を欠いている旨主張した。しかし,審決は,原告の上記新規性欠如の主張に対する判断をしなかった。
審決が,別件無効審判請求事件(平成6年審判第20915号)に関してなされていた,引用発明との同一性を根拠とする新規性欠如の主張に対する判断をしていることは,事実である。しかし,別件の新規性欠如の主張は,原告が行った主張とは,その内容もこれを裏付ける証拠も異なっているから,別件の新規性欠如の主張について判断したからといって,原告の行った新規性欠如の主張について判断したことにはならない。審決は,重大な判断の遺脱をしており,この点だけで既に取り消されるべきものである。
2 取消事由2(訂正発明の新規性の欠如) 審決は,引用発明には,訂正発明にいう「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後,この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより,前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」との技術が開示されていないと認定し,その結果,訂正発明は引用発明と同一ではなく,特許法29条1項3号に該当しないとの結論に至った。しかし,引用発明には,上記技術が開示されているから,審決の上記認定は誤りであり,この誤った認定を前提とする判断も誤りである。(別紙図面(2)参照)。
(1) 訂正発明 (ア) 訂正明細書(甲第45号証)に「放射線の他の有用な形態は紫外線,核放射線,極超短波放射線,及び熱を包含する」(6頁19行,20行)などと記載されているところによれば,訂正発明の「放射線」は「熱」を包含するものであるから,訂正発明にいう「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質」とは,周知の「熱硬化性樹脂」を包含するものである。また,訂正発明にいう「(加熱成形後に)この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより,前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」との記載に係る処理は,いわゆるアフターキュア(後硬化)を意味するものであり,上記のとおり,「放射線」は「熱」を包含するから,アフターキュア(後硬化)も「熱硬化」を含んでいることになる。
(イ) 訂正明細書(甲第45号証)の発明の詳細な説明の欄において,「硬化」につき,「硬化した物質の比較的不溶解性及び不融解性を生じる架橋又は連鎖伸長反応のような構成成分の化学反応を表現するのに使用する」(2頁28行,29行)と定義し,訂正発明における「硬化」によって生じる不溶解性及び不融解性が「比較的」なものであるとしていることからすれば,訂正発明の「硬化」とは,絶対的なものではなく相対的なものというべきである。このように,訂正発明の「硬化」が相対的なものであるとすれば,結合剤物質に熱硬化性成分が含まれている場合には,その量(割合)の多少にかかわらず,後硬化(アフターキュア)によって訂正発明における意味での相対的に硬化するということができる。
(2) 引用発明 (ア) 引用刊行物(甲第6号証)には,「熱硬化性の成分が結合剤の層15内に使用されてもよい」(4頁右欄末行〜5頁左欄1行),「結合剤あるいはクッション層16の材料は結合剤の層15内のものと同じ材料から構成されてもよい」(5頁左欄14行〜16行)との記載がある。「熱硬化性の成分」とは「熱硬化性樹脂」と同義であるから,上記記載は,「熱硬化性の成分」すなわち熱硬化性樹脂が結合剤の層15と16との両方に使用されてもよいことを示している。そして,引用発明の結合剤の層15と16は,訂正発明の「結合部組織」に相当するから,引用刊行物には,「熱硬化性樹脂」が「結合部組織」に使用されてもよいという技術(引用発明)が開示されている。
また,複数の要素を強固に結合するために加熱後硬化させることが一般に周知であったことは,甲第23号証(昭和55年11月27日付拒絶理由通知書)に記載されているとおりであるから,引用発明には,訂正発明の「前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」という構成が開示されている。
以上のとおり,訂正発明にいう「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後,この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより,前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」との構成は,すべて引用刊行物に開示されている。
(イ) 被告は,引用刊行物は,上記密閉封緘が加熱成形後も熱可塑性であることを当然の前提としており,成形後の放射線(熱)による硬化を全く予定していない旨主張する。
しかしながら,引用刊行物の優先権主張日の約2年前(1959年2月4日)に被告(発明者は,引用発明の発明者と同一人物である。)によって出願された「レンズ状表面を有する反帰反射板」に係る発明に係る甲第47号証(特公昭37-13928号公報)には,「レンズ状表面を有する反帰反射板材」(1頁右欄12行〜13行),「熱硬化性のフィルム形成有機樹脂混合物から構成されるを可とする結合剤の層33」(3頁左欄7行〜8行),「(特定の分野に特に適当しているが)その他の分野の反帰反射体,例えば道路脇の広告板にも応用される」(4頁左欄下から2行〜末行)との記載があり,第3図にはレンズの結合剤の層33が示されているから,訂正発明の「レンズ露出型の逆行反射シート」と全く同じ構造のものについて,レンズ結合剤層が熱硬化性であり,道路脇の広告板にも使用し得ることが明確に記載されているのである。したがって,引用刊行物が,結合剤の層として熱硬化性樹脂を使用することを排除していないことは明らかである。もっとも,引用発明は,「加熱成形」(圧力形成熱封緘連結)という商業的に最も有利な工程を採用する基本特許であったから,当業者は,引用発明の特許の有効期間中は,熱可塑性樹脂はいうに及ばず,熱硬化性樹脂を使用することも許されなかったのであり,そのため,特許による制約という意味で,本件特許の優先権主張日(以下「本件優先権主張日」という。)当時,再帰反射シーティングの技術分野において,第三者が結合剤の層として熱硬化性樹脂を使用することを妨げる事情があったのは事実である。
(ウ) 被告は,引用刊行物の,「全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有し・・・なければならない」との記載について,原告指摘の引用部分の記載の主眼は,結合剤の層が全体として熱可塑性(あるいは熱粘着性)でなければならないという点にある旨主張する。
しかしながら,甲第7号証(1992年株式会社プラスチックス・エージ発行「プラスチック読本」(大阪市立工業研究所他共編)10頁の図1)によれば,熱硬化性樹脂は,加熱すると,いったんは粘度が下がって可塑化又は粘着化し,更に熱を加えていくと硬化が進行して粘度が上昇していくというものであるから,熱可塑性樹脂のみならず熱硬化性樹脂も,熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有しているということができる。
そして,引用刊行物には,熱成形加工(加熱エンボス加工)の物品について,「60℃の水中に15分・・・を25サイクルだけ受けた」(7頁右欄11行〜13行),「上記物品は,長期間の高い温度状態と,高い相対湿度ならびに変化する高温度の熱帯的状態と・・・を受けた」(15行〜17行)との記載があり,60℃,15分,25サイクルの処理操作は,60℃で6時間15分の加熱処理であり,また,「長期間の高い温度状態」,「高温度の熱帯的状態」も,それが加熱処理であることを示しており,この加熱処理が後硬化(アフターキュア)に当たることは自明である。したがって,引用刊行物は,加熱成形加工を行った後に,後硬化(アフターキュア)を実施したことを開示しているということができる。
引用刊行物に対応する米国における出願の明細書(甲第34号証の1)では,引用発明における「熱硬化性の成分」に対応する用語としては,「thermosetting constituents」が用いられているから,引用発明における「熱硬化性の成分」は,結合剤層全体を熱硬化性にする成分である,と理解すべきである。まだ硬化していないが今後硬化し得る成分も,「熱硬化性樹脂」ということができる。
そうである以上,引用刊行物における「全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有しなければならない」との記載は,熱硬化性樹脂そのものの加熱成形時の状態についての記載とみるべきである。
(エ) 被告は,引用刊行物の「最後の製品の結合剤の層15および16は,この最後の製品が太陽熱に露出される用途で使用されるべきである場合,約66°C(150°F)以下の温度で流動すべきではない。」との記載は,明らかに,引用発明の密閉封緘(訂正発明の「結合部組織」に相当する。)は,成形後においても熱可塑性であることを当然の前提として,同発明の実施品が太陽熱に露出される用途で使用される場合にその密閉封緘が熱可塑性であるがゆえに流動化して逆行反射ビーズ複合体の露出を阻害し,その逆行反射作用を損なうという問題が生じるおそれがあるために,熱可塑性の密閉封緘の軟化点が一定レベル以上であることを教示するものである旨主張する。
しかしながら,引用刊行物には,実施例として熱硬化性の成分を一切含まない1例が記載されているのみであり,しかも,「熱硬化性の成分が・・・使用されてもよい」という記載があるのであるから,引用発明には,@熱可塑性樹脂を使用する態様,A熱硬化性成分を使用する態様の二つの態様が開示されているとみることができ,そうすると,上記「66℃(150゜F)以下の温度で流動すべきでない」との記載は,単に,熱可塑性樹脂を使用する態様での,現実に使用する場合の溶融点の下限を示したにすぎないとみることができる。
仮に,引用発明における熱硬化性成分を使用する態様が,被告主張のとおり,極微量の熱硬化性成分しか含有されておらず,系としては熱可塑性の物性であり,引用刊行物の開示する物質が熱可塑性樹脂に限定されるのであれば,当然の理として,溶融点の上限を規定しなければならない。しかし,引用刊行物には,溶融点の上限が示されていないから,当業者は,引用発明の熱硬化性成分を使用する態様について,熱硬化性の物性までをも含む系であると理解せざるを得ない。
(オ) 乙第1号証(A教授,PhD,PEの意見)は,被告の主張に対する何らの裏付けにもなっていない。同号証は,まったく信用することができない。
3 取消事由3(訂正発明の進歩性の欠如) 仮に,引用刊行物に,「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後,この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより,前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」との技術が開示されておらず,したがって,訂正発明に新規性が認められるとしても,訂正発明は,引用発明と甲第15号証との組合せ,又は,これらと甲第17号証,甲第18号証との組合せから,当業者において容易に想到し得たものである。これを否定した審決の判断は,誤っている。
(1) 甲第15号証刊行物には,熱硬化性樹脂を用いて,熱圧貼着した後に,電子線によって後硬化(アフターキュア)する技術が開示されている。この技術は,引用発明と同一技術分野に属するものである。
そして,訂正発明の「硬化」が,絶対的なものではなく,相対的なものであること,複数の要素を強固に結合するために加熱後硬化させることが一般に周知であったことは,前述したとおりである。
そうすると,引用発明の「熱硬化性の成分」を添加した結合剤の層につき甲第15号証刊行物に記載された技術を適用することによって,当業者が容易に訂正発明に想到し得たことは,明らかである。
(2) 審決は,訂正発明と引用発明とを比較して,両者は,発明の課題が相違すると判断したが,この判断は誤っている。
審決は,訂正発明と引用発明との課題が相違するということを結論付ける根拠の一つとして,訂正明細書に,「米国特許第3,190,178号明細書(判決注・引用刊行物に対応する米国における出願の明細書)では,結合を形成させる結合剤物質に熱硬化性成分を含有させることができることを示唆しているけれども,この特許では物質の正しい選択及び加熱成形の後のその場での硬化によって,結合部と,結合部を加熱成形させるシートとの間の接着を改良することに気づいていない」(甲第45号証の訂正明細書4頁18行〜22行)という記載があることを挙げている。
訂正明細書実施例をみると,13の実施例のうちの12までが「アクリルを基剤とする成分」であり,残りの一つ(実施例5)のみが飽和ポリエステル樹脂とジアリルグリコールカーボネートを使用した例である。もちろん,訂正発明が実施例にのみ限定されるものではないとしても,これらの実施例を検討したところからすると,訂正発明にいう「放射線によって硬化しうる結合剤物質」とは,アクリルを基剤とした成分を主体とし,放射線によって,いわゆる「ラジカル重合」をする物質であると理解せざるを得ない。
熱硬化性樹脂の中には,上記「ラジカル反応」によるもののほか,縮合反応で重合する樹脂,イオン反応等の反応形態で重合する樹脂,放射線によって崩壊する樹脂,過酸化物やアゾ化合物どころか触媒を必要としない樹脂,熱によって長時間を要しないで硬化する樹脂等も存在する。訂正発明に係る特許請求の範囲の「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質」という記載及び放射線に熱が含まれる旨の発明の詳細な説明の中の記載によると,すべての硬化性の物質が訂正発明の権利範囲に含まれることになり,「物質の正しい選択」などしようがないのである。
接着物と被接着物の違いによって接着剤を選択することは常識である。例えば,紙を接着する場合,木を接着する場合,金属を接着する場合,特定のプラスチックを接着する場合等々,おのずから接着剤は異なる。接着剤物質の選択は,従来から行われてきたことである。仮に本件特許が有効であるとするならば,訂正発明は,訂正明細書に記載された実施例に限定されねばならないことになる。審決の上記判断は,前提において既に誤っているものである。
また,訂正明細書には,「このようなシーティングの必須条件は被覆フイルムと基体シートとの間の耐久力のある結合を得ることである。現存する工業的なシーティングでの結合は主として2種類の崩壊,(1)反射性シーティングを交通信号素材のような基体に適用するのに使用される熱及び圧力に起因する崩壊,及び(2)極度の温度変化,雨,雪,氷及び他の形態の降下物又は湿気を包含する戸外の風化及び日光に起因する崩壊,を受けやすかった。結合が破壊すれば湿気は微小球の露出面を覆うことができ,その結果微小球はその裏側の鏡面反射層上に光線を集中できなくなり,再帰反射が非常に低下される。結合部の耐久性を改良する方法が発見されれば,フイルムで被覆された露出レンズ再帰反射性シーティングの有用性は著るしく拡大されるに違いない。」(甲第45号証の訂正明細書2頁17行〜28行)との記載があり,訂正発明は,上記課題を解決したものとみることができる。
一方,引用刊行物には,「上記物品は,長期間の高い温度状態と,高い相対湿度ならびに変化する高温度の熱帯的状態と,衝撃テストと,極地的冷寒状態を受けたが,密閉絶縁ポケット内にほとんど水分を蓄積せずかつそのカバーフィルムにひび,亀裂あるいは変色を生ずることなく,これらの極端な状態に耐えた。」(7頁右欄15行〜20行),「3年間以上にわたるテストの結果,本発明のこの好ましい耐久性の透明カバーフィルムが有効寿命の異常に長い製品を提供することが判明している。」(3頁右欄2行〜4行),「確実にして永久的密閉結合が形成される。」(5頁左欄26行)との記載がある。
上記記載を比較すると,訂正発明と引用発明とでは,課題のみならず目的,効果においても差異がないものというべきである。
(3) 審決は,引用発明と甲第15号証刊行物との組合せによっても,引用発明の結合部組織を強固にし,耐久力のある結合を得るという動機付けに乏しいから,当業者にとって容易に想到し得たものではないと判断するが,この判断は誤りである。
上記のとおり,引用刊行物に,「3年間以上にわたるテストの結果,本発明のこの好ましい耐久性の透明カバーフィルムが有効寿命の異常に長い製品を提供することが判明している。」(3頁右欄2行〜4行),「確実にして永久的密閉結合が形成される。」(5頁左欄26行)などという記載があることからすれば,引用刊行物自体に,引用発明の結合部組織を強固にし,耐久力のある結合を得るという動機付けがあることが,明らかである。
(4) 甲第15号証には,「強化単板貼り製品の製造方法」に関する発明が記載されており,また,甲第17号証には「ラミネートの製法」に関する発明が,甲第18号証には「エンボス形成方法」に関する発明が記載されており,これらの発明は,いずれも,硬化手段として,訂正発明において加熱成形後に施される放射線に相当する「電子線」,「熱」,「紫外線」を用いて,後硬化を行っている。これら公知技術には,「結合強度の増大」という効果自体は,記載されていないものの,これらの製品の用途を考えると,積層フィルムが剥離しないこと,十分な結合強度と耐久性があることが大前提とされているのであって,当業者であれば,当然に,それを大前提に考えるのであり,「結合強度の増大」という効果は,ごく自然にかつ容易に思い付くことである。
したがって,訂正発明に係る硬化手段を狭義の放射線に限定して解釈したとしても,引用刊行物と甲第15号証,第17号証,第18号証にそれぞれ記載された技術を組み合わせることにより容易に訂正発明に想到し得たものである。
4 取消事由4(訂正明細書の記載不備) (1) 訂正発明にいう「放射線」とは,「高速度の粒子線及び電磁波の総称」であり,「放射線硬化」とは,「高エネルギーの放射線を照射することによって,塗料を硬化する方法」であるから(甲第19号証参照),「温度が異なる2つの物体が接触するとき,高い温度の物体から低い温度の物体に移動するエネルギー」(甲第20号証参照)である「熱」が「放射線」に含まれないことは,明らかであり,このことは,当業者が一義的に明確に理解することのできることである。
訂正明細書発明の詳細な説明の欄には,「放射線の他の有用な形態は紫外線,核放射線,極超短波放射線,及び熱を包含するが,熱は長時間を要するという欠点がある」(甲第45号証6頁19行〜21行)との記載があるけれども,上記のとおり,「熱」は,「放射線」に含まれないのであるから,発明の詳細な説明の「熱を包含する」との記載は,特許請求の範囲の記載と齟齬していることになる。
そうである以上,訂正発明に係る特許請求の範囲の「放射線」の記載は,「特許請求の範囲には,発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。」という旧特許法36条5項の規定に違反しているというべきである。
(2) 訂正発明にいう「その場で硬化させ」という文言は,その技術的意味が極めてあいまいである。訂正明細書発明の詳細な説明においても,「その場で硬化させ」について明確な定義をしておらず,「加熱成形操作後その場でその物質を硬化する」(3頁13行),「この特許では・・・加熱成形の後のその場での硬化によって,」(4頁20行〜21行),「打ち出し操作に続いて・・・照射した」(10頁16行〜18行)などとの記載があるものの,やはり,その技術的意味が極めてあいまいである。
審決は,訂正発明において「「その場」とは,「結合剤物質形状が加熱成形により形成された形状のままで」を意味すると解される」(審決書48頁4行〜7行)と認定しており,被告は,原告と被告との間の別件特許権侵害訴訟事件(和歌山地方裁判所平成7年(ワ)第464号)において,「その場で」とは,「製品が販売された後の使用時」まで含むと主張しており,原告は,「その場で」とは,「一連の連続工程で」ないしは「同じ場所で」を意味するものと考えている。
このように,技術的意味が極めてあいまいである以上, 訂正発明に係る特許請求の範囲の「その場で硬化させ」との記載は,旧特許法36条5項の規定に違反しているものというべきである。
(3) 訂正明細書発明の詳細な説明には,実施例11として,打ち出し(加熱エンボス加工)した後の硬化を,加熱によって行うとの実施例が記載されている。
しかし,前述したとおり,訂正発明の「放射線」には「熱」は含まれていないから,実施例11は,訂正発明に係る実施例といえない。また,実施例11には,訂正発明の「その場で硬化させ」に相当する工程についての説明がないから,当業者といえども,どのようにしてその場で硬化させるのかを理解することができない。
実施例11は,このように,引用発明とは区別される訂正発明の構成について当業者が容易に実施できる程度に発明の目的,構成及び効果を記載していないから,訂正明細書の記載は,旧特許法36条4項に違反している。
(4) 訂正発明の効果とされる結合強度は,「結合部組織」の結合強度の測定方法によっては測定できない。このことについては,被告自身が,前記別件侵害訴訟事件において,明細書の実施例の測定方法の記載は,特許請求の範囲構成要件とは異なるうえ,あくまで予備的な試験方法であり,カミソリ刃試験等で効果が見いだせない旨述べて(平成9年3月31日付け第六準備書面(原告),甲第29号証参照),記載不備を自認しているものである。
被告の反論の要点
審決の認定判断は,すべて正当であり,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(判断の遺脱)について 原告は,審決が,原告の新規性欠如の主張に対する判断をしなかった旨主張する。
本訴に係る審判事件(平成8年審判第8336号)は,別件審判事件(平成6年審判第20915号)と職権で併合されて審理,判断がなされたものであり,併合された手続における,原告の新規性欠如の主張は,別件審判事件における請求人の無効理由と重複していた。審決は,原告の新規性欠如の主張を,改めて無効理由として摘示しなかったが,それは,別件審判事件の請求人の無効理由と重複していたからであり,審決は,両者を併せて,別件審判事件の請求人の無効理由として摘示し,これについて判断したにすぎない。
原告は,別件審判事件の請求人の新規性欠如の主張は,原告のそれと比べて主張の内容及び証拠が異なっているから,別件の新規性欠如の理由について判断したからといって,原告の新規性欠如の主張について判断したことにはならない旨主張する。
しかしながら,別件審判事件の請求人は,引用刊行物を考慮に入れたうえで,訂正発明の「この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより,前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させること」との構成について,より包括的な,あるいは広範な主張を行っていたから,原告の新規性欠如の主張は,別件審判手続における請求人の新規性欠如の主張に包摂されている。
また,原告の新規性欠如の主張は,引用刊行物に,結合剤として熱硬化性樹脂を用いてもよいことが開示されていることを前提に,同刊行物に後硬化(アフターキュア)に関する記載があるとするものである。これに対して,審決は,原告が前提としているところを認めず,引用刊行物には,結合剤として熱硬化性樹脂を用いてもよいことが開示されていないと認定したため,引用刊行物に後硬化(アフターキュア)に関する記載があるかの判断をする必要がなくなり,それゆえに,これに言及していないのである。
2 取消事由2(訂正発明の新規性の欠如)について (1) 訂正発明 原告は,訂正発明の「硬化」とは,絶対的なものではなく,相対的なものである旨主張するが,失当である。
引用発明は,審決が認定しているとおり,空気に露出されたレンズ構造体の水分汚染等(透明カバーフィルムとビーズレンズ反射装置の表面との間における水と湿気との蓄積)についての従来の未解決問題を解決することを目的とするものである。これに対して,訂正発明は,引用発明を認識しつつ,この公知の発明の問題点を解決するためになされたものであり,具体的には,現存する工業的なシーティングでの結合には,主として,「反射性シーティングを交通信号素材のような基体に適用するのに使用される熱及び圧力に起因する崩壊」及び「極度の温度変化,雪,氷及び他の形態の降下物又は湿気を包含する戸外の風化及び日光に起因する崩壊」という2種類の崩壊があることに着目して,その崩壊を防止するため,基体シートと被覆フィルムとの間の耐久力のある結合を得ることを発明の目的とするものであり,訂正発明とは,発明の目的が相違するのである(審決書42頁5行〜43頁2行参照)。
原告の主張は,訂正発明が,引用発明とは目的(技術的課題)を異にする発明であるという点を無視し,「硬化」の意味を相対的なものとして捉えることにより,訂正発明にいう「硬化」と引用発明にいうそれとを同一視しようとする立論であり,根本において誤っているものである。
(2) 引用発明 (ア) 引用刊行物は,密閉封緘を形成する結合剤の層が全体として熱可塑性又は熱粘着性であることを開示するものであり,この層が熱硬化性であることを開示も示唆もしていない。すなわち,引用刊行物は,上記密閉封緘が加熱成形後も熱可塑性であることを当然の前提としており,成形後の放射線(熱)による硬化を全く予定していないから,「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成する」という技術思想を開示するものではない。
熱硬化性の成分が結合剤の層に使用されたからといって,それによって必然的に,結合剤の層が全体として熱硬化性になり,さらに加熱を続けた場合にその層が非可逆的な硬化状態になる,などと考えるべき根拠はどこにもない。
引用刊行物には,「熱硬化性の成分が結合剤の層15内に使用されてもよい」という抽象的な記載以外に,熱硬化性材料を使用することによる特有の効果は一切開示されていないし,実施例を見ても,熱硬化性の材料は全く使用されていない。
引用刊行物に接した当業者は,間違いなく,引用発明にいう密閉封緘(訂正発明の「結合部組織」に相当する。)は,全体として熱可塑性(又は熱粘着性)であると理解したはずであり,たとい,熱硬化性樹脂の性質を認識していたとしても,いったん加熱成形された密閉封緘に対してその後放射線(熱)を施すことに積極的な技術的意義が存するという発想が生じる余地はなかったのである。
引用刊行物には,「全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有して,密閉封緘中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならない。」と記載されており,結合剤の層は,全体として熱硬化性になってはならないこと,すなわち,結合剤の層として熱硬化性樹脂を用いてはならことが明確に記載されているのである。しかも,結合剤として熱硬化性樹脂を使用し,かつ,これを硬化させた場合(単に「使用した場合」ではない)には,熱硬化性樹脂自体の内部強度特性は増大するものの,これと隣接する物質,例えば,被覆シートとの結合強度はかえって低下するというのが本件優先権主張日までの一般的な理解であり,このことは,優先権主張日当時,再帰反射シーティングの技術分野において,結合剤の層として熱硬化性樹脂を使用することを妨げる事情であったということができる。
原告は,複数の要素を強固に結合するために加熱後硬化させることが一般に周知であったことは,甲第23号証(昭和55年11月27日付拒絶理由通知書)に記載されているとおりであるから,引用発明には,訂正発明の「前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」という構成が開示されている旨主張する。
しかしながら,原告の指摘する記載は,訂正発明に係る出願の過程で,担当審査官が「なお複数の要素を強固に結合するために強い接着力を示す物質を用いたり,加熱後硬化させたりすることは一般に周知であることに注意されたい。」との所見を述べたにすぎないものであり,上記所見を含めた審査官の認定が常に完全に適切であるとは限らないのである。
被告は,上記拒絶理由通知に対し,昭和56年4月13日付け意見書(乙第2号証)において,「上記の認定が妥当ではなく,明細書に開示の通り,物質の選択及び加熱成形の後のその場での硬化によって,結合部と,結合部を加熱成形させるシートとの間の接着を改良することにマッケンジー発明が気づいていなく,周知でもない」ことを説明した。その後の昭和57年1月26日付けの拒絶査定(乙第3号証)においては,上記見解には触れることなく,その余の点について,拒絶の理由が依然解消されていないとしているのである。
(イ) 引用刊行物には,原告指摘の「熱硬化性の成分が結合剤の層15内に使用されてもよい」の記載の後に「全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有し・・・ねばならない」と記載されている。このように前段部分と後段部分が逆接の関係で述べられていること,後段の「全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有し・・・ねばならない」と記載されていることから考えれば,原告指摘の上記記載は,引用発明においては,熱硬化性の成分の使用に重点があるのではなく,むしろ同成分の混入が許容されていることを意味するにすぎないものというべきである。上記記載に続く「約66゜C(150゜F)以下の温度で流動すべきではない」との記載,並びに,切断された後にシーティングの切断端縁が圧力及び熱によって封緘され得る旨の記載(甲第6号証7頁右欄21行〜26行)などをも併せ考慮すれば,原告指摘の記載の主眼は,結合剤の層が全体として熱可塑性(あるいは熱粘着性)でなければならないという点にあることが明らかである。
原告は,引用刊行物の熱成形加工(加熱エンボス加工)の物品についての記載を根拠に,同刊行物は,加熱成形加工を行った後に,後硬化(アフターキュア)を実施したことを開示している旨主張する。
しかしながら,原告が指摘する引用刊行物の記載は,結合剤として熱可塑性フィルム形成用重合体材料を使用し熱硬化性樹脂を含まない製品に熱-冷循環作動を25サイクル行ったということを開示しているにすぎず,後硬化(アフターキュア)のための加熱処理について何ら教示するものではないことは明らかである。原告の主張は,熱-冷循環作動を行った製品の材料についての誤認に基づく誤りといわざるを得ない。
また,原告は,引用刊行物に対応する米国における出願の明細書(甲第34号証の1)では,「熱硬化性の成分」に対応する用語は,「thermosetting constituents」とされおり,これは,結合剤層全体を熱硬化性にする成分であると理解すべきであるから,まだ硬化していないが今後硬化し得る成分も,「熱硬化性樹脂」ということができる旨主張する。
しかしながら,原告の主張は,明細書の記載から一部の用語のみを抽出してその意味を解釈し,このように解釈した各用語を,明細書の本来の文脈とは無関係に再構成しているにすぎない。このような立論が,訂正発明と引用発明との対比として正当なものでないことは明らかである。
(ウ) 引用刊行物の「最後の製品の結合剤の層15および16は,この最後の製品が太陽熱に露出される用途で使用されるべきである場合,約66°C(150°F)以下の温度で流動すべきではない。」との記載は,明らかに,引用発明の密閉封緘(訂正発明の「結合部組織」に相当する。)は,成形後においても熱可塑性であることを当然の前提として,同発明の実施品が太陽熱に露出される用途で使用される場合にその密閉封緘が熱可塑性であるがゆえに流動化して逆行反射ビーズ複合体の露出を阻害し,その逆行反射作用を損なうという問題が生じるおそれがあるために,熱可塑性の密閉封緘の軟化点が一定レベル以上であることを教示するものである。
密閉封緘が全体として熱硬化性であれば,このような注意的な教示をする必要はないはずであり,このことからしても,上記記載は,密閉封緘が全体として熱硬化性であることを開示ないし示唆するものでないことが明らかである。
上記記載は,要するに,いったん加熱成形された密閉封緘に再び熱が施されると流動化するおそれがあることを当然の前提とし,このような問題に対処するために軟化点を一定レベル以上に上げるべきことを教示しているのである。つまり,上記記載は,加熱成形された密閉封緘に放射線(熱)が施されることは同発明の実施品にとって好ましいものでないとの技術認識を示しているのである。
引用刊行物の「先ず,本発明により提供される切断自在な逆行-反射板は,いわゆるレンズ露出構造を有し,それに付随してこの種の構造により提供される異常に高い光輝度を有しかつその切断済の板が乾燥しあるいは水のフィルムで覆われあるいは水中に浸漬されていると否とに係りなく,各種の天候状態の下に耐久性の高光輝度逆行反射装置として役立つ能力を有している。」(甲第6号証1頁右欄26行〜32行),「この種の構造体の端縁が満足し得る程度に封緘されたとしても次にこの板物品が記号に使用されるため所望の各種の形状に切断されるとその端縁の封緘が破壊され,したがって切断された端縁を新たに封緘することが必要になる。」(2頁左欄21行〜26行),「この板の興味ある特色は,この板を同じ寸法形状の剛固な記号台に付着する場合に,米国特許第2620289号(1952年12月2日)の明細書に記載された真空-加熱技法を使用して,その切断端縁(文字あるいはその他の記号を形成するように切断された端縁)に沿って容易に封緘されることである。」(7頁右欄21行〜26行)との記載及び同刊行物のその他の記載からすれば,引用発明に係る再帰反射シートは,最終製品となった後であっても,容易に切断することができ,切断端縁を新たに封緘できるものでなければならないのである。ところが,同シートの結合剤の層が全体として熱硬化性であり,しかも,これが硬化して不溶性で不融性の状態になってしまったとすると,同シートの最終製品について,切断端縁を容易に封緘することは不可能となるのである。上記記載は,結合剤の層として熱硬化性樹脂を採用した場合の不都合を述べるものにほかならない。
(エ) 熱可塑性の樹脂に熱硬化性の樹脂を加えることに技術的意義があり得ること,すなわち,全体としては熱可塑性を維持しつつ,架橋によりポリマー材料の融点を上昇させることができることは,乙第1号証の添付資料3(H.Saunders著「ウレタン物質におけるポリマー構造と特性との関係」(Rubber Chemistry And Technology,1259頁〜1292頁,XXXIII巻,1960年)における「架橋度が大きく増加すると,非晶質ポリマーはより固くなり,かつ,より高い温度で溶融するようになり,」(1260頁,セクションB「架橋」における最初の文章)との記載から明らかであり,また,ウレタン物質および他のポリマーの融点が分子量の増加とともに上昇する傾向にあることは,「ガラス転移温度は,・・・架橋・・・の増加によって通常増加する」(1261頁におけるセクションF「鎖セグメントの回転の容易性」第2パラグラフ,第1文)との記載及び第13図から明らかである。
3 取消事由3(訂正発明の進歩性の欠如)について (1) 原告の,引用発明の「熱硬化性の成分」を添加した結合剤の層につき甲第15号証刊行物に記載された技術を適用することによって,当業者が容易に訂正発明に想到し得たとの主張は,争う。
審決は,甲第15号証刊行物に記載された発明と訂正発明とは,技術的課題を異にしているから,甲第15号証刊行物に,単板に基板を堅固に貼着した後,電子線で後硬化(アフターキュア)して仕上げる技術が記載されているとしても,これが訂正発明の課題の解決に示唆を与えるものでないことを主たる理由として進歩性欠如の主張を排斥しているのである。
また,仮に,引用刊行物に結合剤の層として熱硬化性樹脂を使用することが開示され,しかも,熱硬化性樹脂を硬化させることが一般的な技術であったとしても,前述したとおり,引用発明の結合剤の層の使用目的及びその層が使用された再帰反射シートの最終製品が切断自在であり,かつ,切断端縁が容易に封緘可能であるべきであるとの要請,並びに,熱硬化性樹脂を硬化させると内部強度特性は増大するが隣接する物質との結合強度は低下するとの知見の存在に照らせば,当業者は,当該樹脂を加熱成形の目的に沿って利用するにとどまったはずであり,本件発明のように,加熱成形後に放射線(熱)を施してこれを硬化させることを選択する余地はなかったか,あるいは,少なくとも,そのような選択は容易ではなかったというべきである。
(2) 進歩性判断の場面においては,たとい発明の構成自体は容易想到であったとしても,それにより奏される作用効果に意外性・顕著性があれば,それだけで,その発明の進歩性は肯定されることが多いものと思われる。訂正発明においては,「訂正明細書に開示された結合剤物質の加熱成形によって結合部組織を形成した後,この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にする」ことによって得られる,「シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」という結果が,極めて意外なものであることは,動かし難い事実である。したがって,この点だけをみても,訂正発明の進歩性は,肯定されるべきである。
訂正発明に係る特許請求の範囲に記載された「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質」という構成は,抽象的かつ機能的であり,この構成の意味内容を特許請求の範囲の記載だけから一義的に明確に理解することはできないから,訂正明細書発明の詳細な説明の記載を参酌することによって,その意味内容を理解することが必要である。そして訂正明細書発明の詳細な説明参酌すれば,上記結合剤物質の代表的な候補としてアクリルを基材とする成分等が挙げられ,当業者は,実施例1に記載されたかみそり刃試験によって,特定の物質が上記結合剤物質に該当するかどうかを容易に確認することができ,このようにして,上記結合剤物質の意味するところを認識することができる。このようにして上記結合剤物質が正しく選択され,加熱成形後にその場で硬化された場合には,結合部組織と被覆シートとの結合強度の増大という訂正発明の作用効果が奏されるのである。
以上のとおり,訂正発明の特許請求の範囲に記載された「結合剤物質」は,訂正明細書発明の詳細な説明参酌することによって当業者が合理的に意味内容を認識でき,このような意味内容の認識された結合剤物質を訂正発明のプロセスに適用することによって,訂正発明の作用効果が発揮されるものであるから,訂正発明の特許請求の範囲訂正明細書に記載された作用効果との間に齟齬はない。
原告は,訂正明細書の記載と引用刊行物の記載とを比較して,訂正発明と引用発明とでは,課題のみならず目的,効果においても差異がない旨主張する。しかしながら,このような立論は,両発明の出願時点における技術水準の相違や市場の要求の程度(カスタマーニーズ)の相違を無視して,単純に明細書の表現のみを比較するものであり,発明すなわち技術思想の同一性の議論としては何らの意味も有していないものである。仮に引用発明がその出願時において満足すべき効果をもたらすものと認識されたとしても,そのことと,訂正発明がその出願時に特有な効果を奏することとは論理的な関連性を有していない。引用刊行物において効果に関する原告指摘の記載がなされていることは,むしろ,引用発明においては,訂正発明の解決した課題が全く認識されていなかったことを示すものである。「技術進歩」という常識を前提にすれば,同じく「優れた効果」という記載があるとしても,その意味内容は,10年,20年の時の隔たり(なお,訂正発明に係る出願は,引用発明に係る出願の15年後になされたものである。)によって異なった意味となることは当然である。
(3) 原告は,引用刊行物の記載に鑑みれば,引用発明の結合部組織を強固にし,耐久力のある結合を得るという動機付けがある旨主張する。
しかしながら,審決が「動機付けに乏しい」と述べているのは,甲第15号証刊行物についてであるから,原告の主張は,その前提において誤っており,審決の判断に対する主張となっていない。しかも,前述のとおり,訂正発明と引用発明とは,技術的課題を異にしているから,引用刊行物の記載が,訂正発明の課題の解決に示唆を与えるものでもない。
(4) 甲第17号証及び甲第18号証にも,当業者が,訂正発明に想到するために,上記各刊行物を引用発明に組み合わせる動機を見いだすことはできないことは,上記(1)と同様である。
4 取消事由4(訂正明細書の記載不備)について 原告の記載不備に関する主張は,不備を主張する各記載について,「訂正発明の開示内容は,より限定されるべきである」との前提に立って,旧特許法36条4項あるいは5項の違反を主張しているにすぎない。
原告が禁反言的議論を持ち出していることからも分かるとおり,原告の主張は,当該語句の一般的意義や明細書の記載ないし文脈から離れてなされているものであり,いずれの主張も全く根拠のないものである。そもそも,原告の立論に従えば,訂正発明における特許請求の範囲は,発明の詳細な説明の解釈に従って限定的に理解することができるというのであるから,原告が旧特許法36条5項違反を主張することは論理的に矛盾しているというほかない。
結局,原告の主張は,本件特許に基づく侵害訴訟事件との関係で,訂正発明に係る特許請求の範囲の解釈論を,明細書の記載不備に名を借りて主張しているにすぎない。訂正明細書の記載に基づいて当業者が容易に訂正発明を実施しうること,特許請求の範囲訂正明細書発明の詳細な説明の欄にすべて記載されていることは明らかであり,同明細書に記載不備は存しない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(判断の遺脱)について 甲第1号証(審決書)及び甲第3号証(審判請求書)によれば,原告が,本件の審判において,訂正発明は引用発明と同一であるから,新規性を欠いている旨主張していること,ところが,審決書中には,原告主張の新規性欠如の無効理由の摘示も,理由の明示の記載もないことが,明らかである。
しかしながら,審決は,前記第2の3(3)のとおり,(3) 訂正の適否に対する判断の中で,訂正発明と引用発明とを対比して,「結合剤物質の層と結合剤物質の層の一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し,結合剤物質を加熱成形処理に供し,互に交差している狭い網目状の結合部組織を被覆シートに接触させて形成させることにより再帰反射要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させることからなる再帰反射シーティングの製造方法において」との点において一致するものの,「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後,この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより,前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」との構成において相違していると述べている。これは,内容としては,正に,原告の新規性欠如の主張に対する認定判断の結論にほかならない。そして,審決が,本件に係る審判事件(平成8年審判第8336号)と併合された別件審判事件(平成6年審判第20915号)の請求人(日本カーバイド工業株式会社)のなした新規性欠如の主張に対する認定判断という形で,訂正発明と引用発明とを対比して,その間の同一性の有無について認定判断しており,そこでの認定判断が,同時に,内容的には,原告のなした新規性欠如の主張に対するものともなっているといい得るものであることは,審決書の説示自体と前記甲第3号証とから明らかである。
原告の取消事由1についての主張は,理由がない。
2 取消事由2(訂正発明の新規性の欠如)について (1) 訂正発明と引用発明とを対比すると,「結合剤物質の層と結合剤物質の層の一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し,結合剤物質を加熱成形処理に供し,互に交差している狭い網目状の結合部組織を被覆シートに接触させて形成させることにより再帰反射要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させることからなる再帰反射シーティングの製造方法において」との点において一致していることは,当事者間に争いがない。
(2) 引用刊行物に結合剤物質として熱硬化性樹脂を使用する技術の開示があるか (ア) 訂正発明の「放射線」が「熱」を包含するものであること,「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質」に熱硬化剤が含まれることは,当事者間に争いがない(原告は,取消事由4(訂正明細書の記載不備)との関係では,「放射線」が「熱」を包含しないと主張するものの,取消事由2(訂正発明の新規性の欠如)の主張においては,包含すると主張している。)。
(イ) 甲第6号証によれば,引用刊行物の特許請求の範囲の項には,「1 互いに緊密に接近した相互関係にある複数のガラスビーズの連続せる単層と,これらのガラスビーズの下に横置して関連された反射装置と,上記ビーズ層の上方に横置してその大部分に取付けられていない透明カバーフィルムと,上記カバーフィルムに取付けられていないビーズを部分的に埋込んだ結合剤の層とからなる逆行反射板において,2センチメートルより大きい側方寸法を有しないで別個に包囲されかつ密閉封緘された複数のポケットに上記ビーズの連続層を分離する部分を備え,上記ポケット内に位置決めされた上記連続層のビーズが上記カバーフィルムに取付けられていないビーズであり,また上記ポケットとポケットとの間の上記連続層のビーズが上記ビーズの連続層を複数のポケットに分離する上紀部分により埋没されて光学的に無効にされ,上記部分が上記上方横置透明カバーフィルムと,上記結合剤の層から移動された材料との間の圧力形成熱封緘連結の互いに交さした格子模様からなることを特徴とする逆行反射板。」(8頁左欄7行〜右欄5行)との記載が,発明の詳細な説明の項には,「本発明は,表面が乾燥していると湿潤しているとを問わず,全天候状態の下における光の逆行(再帰)反射装置として有効な高光輝度逆行(再帰)反射ビーズ板に関するものである。さらにまた,本発明は上記逆行反射ビーズ板を製作するための新規な方法に関するものである。」(1頁右欄20行〜25行),「米国特許第2326634号の明細書記載の通りに,逆行反射全区域内の構造体のビーズは有機樹脂材料であるを適当とする結合剤の層15内に部分的に埋込まれている。熱硬化性の成分が結合剤の層15内に使用されてもよいが,全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有して,密閉封緘中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならない。」(4頁右欄下から4行〜5頁左欄3行)との記載が,それぞれあることが認められる。
上記各記載によれば,引用発明に係る逆行反射板においては,特許請求の範囲において,ビーズを部分的に埋込んだ結合剤の層の材質について何らの限定もしておらず,発明の詳細な説明において,ビーズを部分的に埋め込む結合剤の層につき,有機樹脂材料であることが適当であるとしているものの,それ以上に格別の限定をしておらず,しかも,「熱硬化性の成分が結合剤の層15内に使用されてもよい」としているのであり,これらの記載からすると,引用発明が,その結合剤の層として,熱硬化性樹脂を使用することを排除していないことは,明らかというべきである。
(ウ) この点について,被告は,引用刊行物には,「熱硬化性の成分が結合剤の層15内に使用されてもよい」の後に「全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有し・・・ねばならない」と記載されており,このように前段部分と後段部分が逆接の関係で述べられていること,後段の「全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有し・・・ねばならない」と記載されていることから考えれば,引用発明においては,熱硬化性の成分の使用に重点があるのではなく,むしろ同成分は単に混入を許容されているにすぎない旨主張する。
しかしながら,「熱硬化性の成分が結合剤の層15内に使用されてもよいが,全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有して,密閉封緘中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならない。」という記載を,全体として,結合剤の層が,その本来的な物性として「熱可塑性あるいは熱粘着性」を有するものに限られることを意味するとする理解は,日本語の理解として不自然なものというべきである。
まず,「相」という語は,一般に,同一のものが異なった形(あるいは「姿」,「有様」,「外見」)を示し得るとき,異なった形(あるいは「姿」,「有様」,「外見」)のそれぞれを示すために用いられるものであるから,「全体としてこの層は熱硬化性の相を有して,」という表現は,「全体としてこの層は熱硬化性の相を有」すること,あるいは,「全体としてこの層は本来的な物性として熱硬化性を有」することを排除するものではない。
次に,「全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有して,」は,それだけで存在するのではなく,これに続く「密閉封緘中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならない」,と一体として述べられているものであり,両者は,前者が後者の原因,あるいは,後者が前者の理由ないし目的となる関係になっている。すなわち,「全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有」するものとされているのは,「密閉封緘中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならない」ためであるとされている。すなわち,ここには,「全体としてこの層は熱可塑性あるいは熱粘着性の相を有」することの技術的意味は,「密閉封緘中に粘着性の流動状態に熱により変換されねばならない」ことであることが,開示されているのである。
なお,上記記載に対応する米国における出願の明細書の記載は,「While thermosetting constituents mav be employed in the binder layer 15,the layer as a whole must exhibit a thermoplastic or thermoadhesive phase so that it can be converted by heat into a viscous flowable or movable condition during hermetic sealing.」(甲第34号証の1の6欄21行〜25行)というものであり,これも上記理解によく合致するものである。
結局,上記記載は,結合剤の層は,密閉封緘中に,「熱可塑性あるいは熱粘着性の相」を有していなければならないといっているだけで,密閉封緘後に,熱硬化することを排除しているものではないと理解するのが合理的である。
そして,引用刊行物の全体を考察しても,後者のとおりに理解することを妨げる記載を見いだすことはできない。
また,被告は,引用刊行物には,切断された後にシーティングの切断端縁が圧力及び熱によって封緘され得る旨の記載があること(甲第6号証7頁右欄21行〜26行)などを考慮すれば,原告指摘の引用部分の記載の主眼は,結合剤の層が全体として熱可塑性(あるいは熱粘着性)でなければならないという点にあることが明らかである旨主張する。
しかしながら,(イ)に掲げた引用刊行物の記載に照らせば,被告の指摘する上記効果は,引用発明の眼目とするところとは関係のない効果にすぎず,結合剤の層として熱可塑性樹脂を選択した場合に奏する効果を記載しているものであって,引用発明そのものに係る効果を記載したものでないと理解することができる。
したがって,被告の指摘する上記効果の記載をもって,直ちに,結合剤の層が全体として熱可塑性(あるいは熱粘着性)でなければならないことを示しているとすることはできない。被告の主張は,採用できない。
被告は,引用刊行物において上記記載に続いて記載されている「最後の製品の結合剤の層15および16は,この最後の製品が太陽熱に露出される用途で使用されるべきである場合,約66°C(150°F)以下の温度で流動すべきではない。」(5頁左欄3行〜6行)との条件は,製品が熱可塑性であるから,すなわち,いつでも熱により粘性の流動状態に変換するからこそ示されなければならなかったものである旨主張する。
しかしながら,最終製品の結合剤の層に熱可塑性樹脂を使用した場合には,これが太陽熱に露出される用途で使用されるのであれば,太陽熱によって粘性の流動状態に変換するおそれがあるから,これを避けるために,「約66°C(150°F)以下の温度で流動すべきではない」としているにすぎない,と考えることが可能であって,この記載から,引用発明が,結合剤の層に熱硬化性樹脂を使用した場合を除外しているとみるのが相当でないことは,明らかである。
(エ) さらに,本件出願当時の技術水準を前提に,当業者が,引用発明に係る結合剤の層として熱硬化性樹脂を使用することを排除していると理解するかどうかについて検討する。
甲第8号証によれば,昭和50年6月15日共立出版株式会社発行「高分子化学改訂版」には,高分子物質の熱的性質による分類として,熱可塑性樹脂,熱硬化性樹脂,加熱により可塑性を示す以前に分解するものに区分し,熱硬化性樹脂については,「重合の途中のまだ熱可塑性の段階をprepolymerという。この段階のものをさらに加熱により成型の鋳型の中で化学反応をおこさせ(重合反応を継続させる),三次元網目構造をもった不溶,不融の成型物樹脂を作る。」(20頁)との記載をしていることが認められる。
また,甲第7号証によれば,1954年10月1日初版発行,1992年8月15日改訂第18版発行の大阪市立工業研究所他共編「プラスチック読本」には,「プラスチックは熱可塑性プラスチックと熱硬化性プラスチックに大別でき,それぞれ化学構造とそれに起因する物性が異なるが,この2種のプラスチックは成形加工のうえからも明確な違いがある。すなわち,プラスチックをその溶融温度に加熱すると,その粘度変化は模式的には図50のようになる。熱可塑性プラスチックは加熱によりその粘度が低下していき,加熱温度と見合った粘度が保持される。従って,溶融材料を賦形し,そのまま冷却・固化すれば成形品が得られる。一方,熱硬化性プラスチック成形材料は官能基を多く持つ熱可塑性であるため,加熱により溶融して粘度は低下していくが,同時に官能基同士が反応して三次元化が起こるために粘度は上昇していく。このように粘度が時間的な変化をするために,粘度が一番低くなった時点(流動性が一番高い時)に成形する必要があり,時間的な因子が入るため,成形は熱可塑性プラスチックより複雑になる。」(51頁右欄3行〜52頁左欄4行),「熱硬化性樹脂は,樹脂原料が比較的低分子量物質(液体又は固体)から成り,室温あるいは加熱によって流動性(可塑性とも言う)を示すが,硬化剤や触媒,又は熱の作用によって化学反応(硬化反応,架橋反応)を起こし,分子量の増大とともに網目状の三次元精造をとり,不溶不融性となる樹脂を言う。成形加工は,一般に,加熱された金型内で硬化反応(架橋反応)を起こさせて三次元網目構造とし,金型温度において変形しない耐熱性を付与した後,脱型して行う。
一度硬化したものは再加熱しても,分子は三次元化しているので自由な動きができず,軟化しない。溶剤を加えても分子各々が解きほぐされることがないので,膨潤することはあっても溶解することはない(不溶不融性)。従って,製品(硬化物)となった後は全く成形性を失っており,スクラップの再生はできない。網目構造が緻密になるほど(架橋密度が大きくなるほど)樹脂の耐熱性,耐溶剤性などが良くなる反面,脆くなる傾向がある。熱硬化性樹脂は三次元網目構造をしているので,硬くて脆いものが多く,そのため樹脂単独で使用することが少ない。一般には充てん材や強化材を併用する。」(10頁左欄16行〜右欄11行)との記載があり,図50には,上記記載に沿った熱可塑性プラスチックと熱硬化性プラスチックの横軸を時間,縦軸を粘度とするグラフが示されていることが認められる。
上記認定の各刊行物の記載によれば,熱可塑性樹脂は,加熱を続けると,その粘度が低下し,加熱温度と見合った粘度が保持され,加熱をやめて冷却すると固化するという性質を有するのに対し,熱硬化性樹脂は,加熱すると,当初は熱可塑性の性質を示し,粘度が低下するものの,同時に,同樹脂に多く含まれる官能基同士が反応(化学反応,重合反応)して三次元化が起こり,粘度が上昇していき,時間の経過とともに,三次元網目構造をもった不溶,不融の成型物樹脂となる性質を有すること,熱硬化性樹脂は,三次元網目構造をしているため,硬くて脆い傾向があることが認められる。
そうすると,熱硬化性樹脂の場合,粘度の低下している時間が限られるために,粘度が一番低くなった時点で成形する必要があり,また,製品が,熱可塑性樹脂に比べて,概して硬くて脆いものが多いという欠点はあるものの,この点を克服しさえすれば,熱可塑性樹脂であっても熱硬化性樹脂であっても,加熱成形して結合剤の層となすことを妨げるものではないこと,また,いずれも,「熱可塑性あるいは熱粘着性の相」を有しているものであることが認められる。
以上検討したところによれば,本件出願当時,引用刊行物に接した当業者は,引用発明に係る結合剤の層として熱硬化性樹脂を使用し得ると把握したものと理解するのが合理的である。
以上の認定は,次の事実によっても裏付けられる。
甲第47号証によれば,特公昭37-13928号公報(発明の名称「レンズ状表面を有する反帰反射板」)には,「本発明は特にテレビ放送技術に於て用いられる反帰反射板の改良に係る。」(1頁左欄7行,8行),「本発明は主セットの壁部上に装加されて前述の結果を達成するに特に有用な可撓性の,レンズ状表面を有する反帰反射板材を提供する」(1頁右欄11行〜13行),「第3図に示されたこの種のシートの1例は裏打シート30と,ベースフィルム31と,平坦な裏面にされた結合剤の層33内に保持された反帰反射性合成物32の層とからなる。」(2頁右欄26行〜29行),「熱硬化性のフィルム形成有機樹脂混合物から構成されるを可とする結合剤の層33」(3頁左欄7行,8行),「以上に於て,本発明をテレビ放送の特定の分野に使用するのに特に適当しているとして説明したがその他の分野の反帰反射体,例えば道路脇の広告板にも応用されることは勿論である。」(4頁左欄10行〜右欄1行)との記載があることが認められ,上記記載によれば,引用刊行物が刊行される以前に,反帰反射板の技術分野において,結合剤として熱硬化性の合成樹脂を使用する技術が公知となっていたことが明らかである。そうであるならば,本件優先権主張日当時において,引用発明に係る特許権の効力が及ぶという事情を除けば,当業者が,引用発明に係る結合剤の層として熱硬化性樹脂を使用することを排除すべき事情はなかったものというべきである。
被告は,結合剤として熱硬化性樹脂を使用し、かつ、これを硬化させた場合(単に「使用した場合」ではない)には、熱硬化性樹脂自体の内部強度特性は,増大するものの、これと隣接する物質、例えば,被覆シートとの結合強度はかえって低下するというのが本件優先権主張日までの一般的な理解であり、このことは、本件優先権主張日当時、再帰反射シーティングの技術分野において、結合剤の層として熱硬化性樹脂を使用することを妨げる事情であったということができる旨主張する。
しかしながら,本件優先権主張当時に,硬化がその対象あるいは方法(例えば,熱によるか,電子線によるか)のいかんにかかわらず,結合強度を低下させるという一般的理解が存在したことは,本件全証拠によっても認めることができない。仮に,被告主張のような一般的理解が存在していたとしても,例えば,被覆シートとの結合強度の低下は甘受しつつ,あるいは,これに対して何らかの対処を工夫しつつ,熱硬化性樹脂であることの利点を生かすことを選択するなどのことは,いくらでもあり得ることであり,上記一般的理解の存在をもって,結合剤の層として熱硬化性樹脂を使用することを妨げる事情とすることはできない。
被告の上記主張は,採用できない。
(3) 引用刊行物に結合剤物質として熱硬化性樹脂を「その場で硬化させ」る技術の開示があるか (ア) 訂正発明に係る特許請求の範囲に,「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質」を「加熱成形して前記の結合部組織を形成した後,この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にする」との記載があることは,前記のとおりである。
一般的な用語法に従えば,「その場」との語が,「ある物事のあった所,その場面,その席上,即座」(広辞苑参照)などといった意味を有するものであることは,当裁判所に顕著である。そうすると,「その場」の語の一般的用法に従う限り,訂正発明にいう「その場で硬化させて」とは,結合剤物質を加熱成形して結合部組織を形成した後,その場所で,即座に,これを硬化させることを意味するものと認められることになる。そして,訂正発明に係る特許請求の範囲には,このように認めることの妨げとなるべき記載は存在しないことが,明らかである。
(イ) しかし,発明の詳細な説明の項では,「その場で」の語を,これと異なる意味のものとして定義し,使用していることもあり得るので,この点についてみる。
甲第45号証によれば,訂正明細書発明の詳細な説明には,「要約していえば,本発明の再帰反射性シーティングは,最初加熱成形されて被覆フィルム及び基体シートの間で密閉接触するが,結合部用の物質を適当に選択することによって,又加熱成形操作後その場でその物質を硬化することによって,結合部とそれが加熱成形されるシートとの間に非常に強大な接着力が得られる網目状組織の結合部を取り入れたことを特徴とするものである。」(3頁11行〜15行),「「加熱成形(thermoforming)」では結合剤物質を流動させて基体と良好な接触をさせる,すなわち基体を「ぬらし(wet)」,且つ次に熱及び圧力の除去された後も形成された形状を保持するように物質に熱及び通常は圧力を施すことを意味する。自立形態にある間に,結合剤物質をその場で硬化させる」(3頁23行〜27行),「本発明の再帰反射性シーティングを完成するためには,次に打ち出したシーティングを,あらかじめ決定した水準の放射線に暴露する。この放射線暴露により,結合剤物質は硬化して比較的不融解性及び不溶解性状態になる。放射線の迅速作用形態,すなわち5分以下,好ましくは5秒以下ですむ放射線の適用は製品の処理時間を最小にするため,ならびに経済のためにも非常に好ましいが,結合強度は完成時の強度に達しない。」(6頁12行〜17行)などという記載があることが認められる。
訂正明細書発明の詳細な説明中の上記各記載,特に,「加熱成形操作後その場でその物質を硬化する」,「自立形態にある間に,結合剤物質をその場で硬化させる」,「放射線の迅速作用形態,すなわち5分以下,好ましくは5秒以下ですむ放射線の適用」との各記載による限り,むしろ,「その場で硬化させて」は,発明の詳細な説明においても,上記認定の意味で用いられているものと認めることができる。そして,甲第45号証によれば,発明の詳細な説明中の上記記載以外のものの中に,「その場で硬化させて」を上記認定と異なる意味のものとして定義し,使用しているものが存在しないことが明らかである。
(ウ) 甲第6号証によれば,引用刊行物には,結合剤の層の材料として,熱硬化性樹脂に関し,「熱硬化性の成分が結合剤の層15内に使用されてもよい」という記載しかないことが,明らかである。
原告は,結合剤の層に熱硬化性成分が含まれていれば,その多少にかかわらず加熱処理によって相対的に硬化するのであり,複数の要素を強固に結合するために加熱後硬化させたりすることは,周知慣用の技術であるから,引用発明に係る結合剤の層に熱硬化性成分が含まれている以上,「その場で硬化」させるという技術が開示されているということができる旨主張する。
しかしながら,前述したとおり,引用発明は結合剤の層が密閉封緘後に熱硬化することを排除しているものではないと理解することができるものの,引用刊行物には,それ以上に,密閉封緘後に熱硬化させるとか,熱硬化させるとしてどのような手法によって行うとかについての開示がないことは,上記引用刊行物の記載状況自体から明らかである。
前記(2)(ウ)認定のとおり,熱硬化性樹脂は,加熱すると,当初は熱可塑性の性質を示し,粘度が低下するものの,同時に,同樹脂に多く含まれる官能基同士が反応(化学反応,重合反応)して三次元化が起こり,粘度が上昇していき,時間の経過とともに,三次元網目構造をもった不溶,不融の成型物樹脂となる性質を有するものである。しかしながら,このような熱硬化性物質の性質の具体的な発現形態は,対象となる熱硬化性物質の種類や反応条件によって異なり得ることは当然であり,それに対応して,熱硬化性物質に関する処理工程には,種々の選択肢があり得ることは,当裁判所に顕著である。
引用発明について,結合剤の層が密閉封緘後に熱硬化することを排除しているものではないと理解することができ,引用刊行物に,「熱硬化性の成分が結合剤の層15内に使用されてもよい」との文言があるからといって,そのことから,直ちに,訂正発明に係る「放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて」という具体的な操作工程までも必然的なものとして導き出すことはできないことは,明らかというべきである。
(エ) そうすると,引用刊行物には,熱硬化性樹脂を使用する結合剤物質において,これを「その場で硬化させ」るという構成がないから,その余の点について検討するまでもなく,訂正発明と引用発明とは同一でないことが明らかである。
原告の取消事由2についての主張も,理由がない。
3 取消事由3(訂正発明の進歩性の欠如)について (1) 引用発明が,訂正発明の結合部組織を「その場で硬化させ」るとの構成を具備していないことは,前述したとおりである。また,訂正発明にいう「その場で硬化させて」との語が,結合剤物質を加熱成形して結合部組織を形成した後,前述の意味で,その場所で,即座に,これを硬化させることを意味するものであることは,前述したとおりである。
(2) 甲第15号証によれば,同号証刊行物(特開昭48-77007号公報)には,「単板に樹脂を含浸せしめてプレキュアし,基材に樹脂を塗布したのちに該基材に上記半硬化単板を熱圧貼着するとともにさらに電子線にてアフターキュアするようにしたことを特徴とする強化単板貼り製品の製造方法。」(1頁左欄5行〜9行),「電子線でアフターキュアするようにしたので,キュアが更に進行して極めて品質性能が良好となる他,熱圧のみで硬化させる方法に比べて電子線を併用しているので生産能率が極めて良くなったものである」(2頁左上欄16行〜末行)との記載があることが認められる。
甲第19号証によれば,昭和49年7月30日株式会社朝倉書店発行「高分子辞典」(以下「甲第19号証刊行物」という。)の「放射線架橋」の項には,「高エネルギーの放射線を高分子材料にある条件下で照射すると,分子鎖の間に橋かけができる。この現象を放射線架橋という。放射線架橋は分子鎖の構造と性質に著しく影響される。」との記載が,「放射線加工」の項には,「放射線照射(irradiation)によって,合成または天然の高分子材料を改質する一連の加工法を放射線加工という。放射線加工の対象となる主要なものは,橋かけ,発ぽう(泡),分解,グラフト共重合,塗料の硬化,複合材料の接着および硬化,木材-プラスチック複合体の合成などである。改質のおもな内容は次のようなものである。(1)耐熱性の向上,(2)耐薬品性を高める,(3)耐食性を大きくする,(4)接着性を改善する,(5)染色性を付与する,(6)機械的強度を高める,(7)耐摩耗性を向上させる,(8)感触性をよくする,(9)耐菌性を強める。」との記載がそれぞれあることが認められる。
甲第15号証刊行物及び甲第19号証刊行物の上記各記載,上記各刊行物の刊行物としての種類,性質及び刊行の時期を併せ考えれば,放射線照射によって合成樹脂を改質し得ること,期待される改質の中には「接着性の改善」も含まれることは,本件優先権主張日当時,既に周知の事項であったということができる。
他方,本件優先権主張日当時,再帰反射シートに係る従来技術における結合部組織の接着性の不十分さが知られていたことは,弁論の全趣旨で明らかである(このような不都合は,従来技術による製品を使用する過程で,むしろ,自動的に知られるに至る性質のものと考えられる。後記(3)の(ア)で認定する訂正明細書の記載参照)。
そうだとすれば,本件優先権主張日当時,当業者において,引用発明における,熱硬化性樹脂からなる結合部組織の性質を改善するために,熱を含む放射線を照射して,結合部組織を「その場で硬化させ」てみようと考えることは,格別,困難なことではなかったというべきである。
(3) そこで,次に,訂正発明に係る特許請求の範囲中の「前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」との文言について,構成と効果の面から検討する。
(ア) 甲第45号証によれば,訂正明細書発明の詳細な説明の欄には,次の記載があることが認められる。
「本発明は米国特許第3,190,178号明細書(判決注・引用刊行物に対応する米国における出願の明細書)において教示されたようなフィルムで被覆された露出レンズ再帰反射性シーティングについての改良に関するものである。」(2頁2行〜4行) 「このようなシーティングの必須条件は被覆フィルムと基体シートとの間の耐久力のある結合を得ることである。現存する工業的なシーティングでの結合は主として2種類の崩壊,(1)反射性シーティングを交通信号素材のような基体に適用するのに使用される熱及び圧力に起因する崩壊,及び(2)極度の温度変化,雨,雪,氷及び他の形態の降下物又は湿気を包含する戸外の風化及び日光に起因する崩壊,を受けやすかった。結合が破壊すれば湿気は微小球の露出面を覆うことができ,その結果微小球はその裏側の鏡面反射層上に光線を集中できなくなり,再帰反射が非常に低下される。結合部の耐久性を改良する方法が発見されれば,フィルムで被覆された露出レンズ再帰反射性シーティングの有用性は著るしく拡大されるに違いない。」(2頁17行〜28行) 「要約していえば,本発明の再帰反射性シーティングは,最初加熱成形されて被覆フィルム及び基体シートの間で密閉接触するが,結合部用の物質を適当に選択することによって,又加熱成形操作後その場でその物質を硬化することによって,結合部とそれが加熱成形されるシートとの間に非常に強大な接着力が得られる網目状組織の結合部を取り入れたことを特徴とするものである。」(3頁11行〜15行) 「このような硬化結合部を利用することによって非常に改良された結果が得られる。本発明のシーティングは,現行の工業製品よりもはるかに大きな熱及び圧力許容度を要する看板のような基体に積層させることができ,積層操作をより都合よく,旦つ迅速に行い,しかも浪費を最小にすることができる。その上実験試験場での戸外風化試験では,本発明のシーティングは劣化に対して現行のフィルム被覆露出レンズ製品よりも高い抵抗を示した。本発明は又低分子量の硬化性成分が存在するために,最初の加熱成形をより容易に行い得る。従って,製造中における作業許容度が大となり,且つ加熱成形に頼らずとも耐久力のある密閉状態が得られる。改良された成果が得られた理由は十分には解明されていない。硬化した,すなわち架橋した物質が改良された内部強度特性を示すことができることは知られている。しかし,本発明の結合は被覆フィルムに対する接着が改良されたことに注目すると,それ以上の改良であるといえる。セル状再帰反射性シーティング製品でこのように改良された接着を行うことができることは先行技術では予言も教示もされていない。米国特許第3,190,178号明細書では,結合を形成させる結合剤物質に熱硬化性成分を含有させることができることを示唆しているけれども,この特許では物質の正しい選択及び加熱成形の後のその場での硬化によって,結合部と,結合部を加熱成形させるシートとの間の接着を改良することができることに気づいていない。」(4頁4行〜22行) 「アクリルを基剤とする成分は特に有用な結合剤物質である(本明細書で使用する「アクリルを基剤とする成分」とはアクリル酸又はメタクリル酸,あるいはアクリル酸又はメタクリル酸から得られる成分を意味する)。代表的な有用なアクリル基剤単量体はポリエチレングリコールジアクリレート,1,6-ヘキサンジオールジアクリレート,ヒドロキシメチルジアセトンアクリルアミド及び2-シアノエチルアクリレートであり,そして代表的なアクリル基剤重合性物質はアクリレート又はメタクリレート重合体又は共重合体である。他の有用な代表的結合剤物質はジアリルグリコールカーボネート及び飽和又は不飽和ポリエステル又はポリウレタン樹脂である。」(7頁11行〜19行) 「特に有用な透明な被覆フィルムは戸外の風化条件下で透明性及び他の特性を非常に良く維持するポリメチルメタクリレートから成る。ポリカーボネートフィルムも又有用であり,旦つ特に戸外耐久性が重要でない場合には,ポリエチレンテレフタレート,セルロースアセテート及びセルロースアセテートブチレートのようなフィルムを使用することができる。」(7頁下から5行〜末行) 「結合剤物質の中には,すべてのタイプの物質に対して改良された結合を提供しないものがあるということは,本発明で見いだされた意外な事実である。例えば実施例で使用したアクリル系結合剤物質は,それらを保持しているポリエチレンテレフタレート担体シートに対して結合を形成しない。」(8頁4行〜7行) 甲第45号証によれば,訂正明細書には,訂正発明の実施例においては,アクリル酸エチル及びメタクリル酸メチルを主体とする12種類の放射線硬化性組成物(実施例1〜4,6〜13),並びに,飽和ポリエステル樹脂及びジアリルグリコールカーボネートを主体とする1の放射線硬化性組成物(実施例5)を用意して,電子線,紫外線を照射して硬化させる実験をし,その結果,結合部がしっかりと接着され,被覆フィルムと基体シートとの間の結合が強められるという結果を得ることができたこと,65℃で16時間加熱して熱硬化させた実施例11でも,結合強度が,上記処理をしなかった場合の4倍以上となったことが記載されていること,が認められる。
(イ) 訂正明細書の上記認定の各記載によれば,従来技術においては,再帰反射性シーティングにおいて,結合部とシートとの間に十分な耐久力のある結合がなかったので,製品について種々の問題点があったのに対し,訂正発明においては,「物質の正しい選択」によって,少なくとも,アクリル酸エチル及びメタクリル酸メチルを主体とする放射線硬化性組成物,並びに,飽和ポリエステル樹脂及びジアリルグリコールカーボネートを主体とする放射線硬化性組成物について,「加熱成形の後のその場での硬化」によって,結合部とシートとの間の接着を改良することができることを発見し,一方,アクリル系結合剤物質とポリエチレンテレフタレート担体シートとの組合せでは結合しないという結果となったことが認められる。
上記のとおり,訂正発明において得られたとされる結合部とシートとの間の意外な結合の強さという効果は,訂正明細書の記載によっても,ある種の熱硬化性樹脂を選択し,これに対する加熱成形の後のその場での硬化によって得られるものであって,その他の「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質」によっては得ることのできないものなのであるから,これをもって,「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合材物質」について一般的に奏せられる効果であるとすることはできない。
要するに,訂正明細書によれば,訂正発明は,結合剤物質の正しい選択及び加熱成形の後のその場での硬化によって(現実には,放射線の選択も関与するであろう。),顕著な効果を奏するものであって,このような「正しい選択」をしたことを前提とする方法には,その効果の顕著性を根拠に進歩性を認める余地があり得るとしても,訂正発明に係る特許請求の範囲の記載からすると,上記の「正しい選択」の結果を構成要件としていないのであるから,進歩性を認めることはできないという以外にないのである。
(ウ) 以上検討したところによれば,訂正発明の「前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる」という発明の効果を記載した構成部分は,その直前の「この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより,」という構成から導き出される,本件出願当時に周知の技術から容易に予想し得る範囲内の効果を,特許請求の範囲中に記載したものにすぎないと理解せざるを得ないものというべきである。
(エ) 被告は,訂正発明に係る特許請求の範囲に記載された「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質」という構成は,抽象的かつ機能的であり,この構成の意味内容を特許請求の範囲の記載だけから一義的に明確に理解することはできないから,訂正明細書発明の詳細な説明の記載を参酌することによって,その意味内容を理解することが必要である,そして訂正明細書発明の詳細な説明参酌すれば,上記結合剤物質の代表的な候補としてアクリルを基材とする成分等が挙げられ,当業者は,実施例1に記載されたかみそり刃試験によって,特定の物質が上記結合剤物質に該当するかどうかを容易に確認することができ,このようにして,上記結合剤物質の意味するところを認識することができる,このようにして上記結合剤物質が正しく選択され,加熱成形後にその場で硬化された場合には,結合部組織と被覆シートとの結合強度の増大という訂正発明の作用効果が奏されると主張する。
しかしながら,「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質」という構成自体の意味内容は,極めて明確に理解することができる。被告の上記議論は,発明の構成自体の意味内容が明確か否かの問題と,当該構成が有する技術的意味が明確か否かの問題を混同し,特許請求の範囲に記載された発明の構成自体の意味内容が明確なときであっても,発明の詳細な説明から当該構成の技術的意味を認定し,これに従って発明を特定せよ,というに等しいものであって,簡単には採用することのできないものである。
本件において,発明の詳細な説明において「正しい選択」の必要性を述べながらも,特許請求の範囲においては,これを反映する構成を採用していない以上,審決取消訴訟である本訴においては,特許請求の範囲の「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質」の語句を,記載どおりの意味に受け取って理解し,これに伴い,訂正発明自体の効果としては,「正しい選択」の行われていない場合の効果が挙げられているものと理解した上で,これを前提に判断するのが当然であるというべきである。本件全証拠によっても,あえて,発明の詳細な説明を考慮し、上記語句を被告の指摘するような限定的な意味に理解して,発明の要旨認定をしなければならない格別の事情を見いだすことはできない。
被告の上記主張は,採用できない。
また,その余の被告の主張も,前述したところに照らし,採用できない。
(4) 以上検討したところによれば,原告主張の取消事由3(訂正発明の進歩性の欠如)は,理由があることが明らかである。
4 結論 以上によれば,その余の点につき検討するまでもなく,審決の判断には瑕疵があり,その瑕疵が審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。そこで,原告の本訴請求を理由があるものとして認容し,審決を取り消すこととし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 宍戸充