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関連審決 無効2001-35444
関連ワード 発明者 /  創作性(創作) /  容易に実施 /  技術常識 /  発明を特定する事項 /  発明の詳細な説明 /  明細書の記載要件 /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  補助参加 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10094号 審決取消(特許)請求事件

原告 藤栄電気株式会社
原告補助参加人 株式会社吉田製作所
両名訴訟代理人弁理士 鈴江武彦
同 河野哲
同 福原淑弘
同 野河信久
同 弁護士 大野聖二
同訴訟復代理人弁護士 市橋智峰
同 弁理士 鈴木守
被告 株式会社モリタ製作所
訴訟代理人弁護士 那須健人
同 弁理士 水谷好男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/08/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2001-35444号事件について平成16年7月21日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,被告の有する後記特許につき,原告が特許無効審判を請求したところ,特許庁が審判請求不成立の審決をしたことから,原告が同審決の取消しを求めた事案である。
なお,本件の特許無効審判請求につき,特許庁は,いったんは平成14年4月30日付けで特許を無効とする審決をしたが,これを不服とする被告から審決取消訴訟が提起され,これを受けた東京高等裁判所が平成15年9月25日に審決取消しの判決を言い渡し,この判決が最高裁判所の平成16年2月10日付け上告不受理決定により確定したため,特許庁において審理が再開され,平成16年7月21日に上記審決がなされるに至ったものである。
当事者の主張
1 請求の原因 (1) 特許庁等における手続の経緯 ア 被告は,名称を「根尖位置検出装置」とする発明につき,平成2年7月3日に特許出願をし,平成11年1月14日に特許第2873722号として設定登録を受けた(以下「本件特許」という。)。
イ 原告は,平成13年10月11日,本件特許には後記(3)の無効理由1及び2が存在すると主張して,特許無効審判を請求した。特許庁は,これを無効2001-35444号事件(以下「本件審判請求事件」という。)として審理し,平成14年4月30日,無効理由1により本件特許を無効とする旨の審決(以下「第1次審決」という。)をした。
ウ 被告は,第1次審決の取消しを求める訴えを東京高等裁判所に提起した(同裁判所平成14年(行ケ)第293号事件)。同裁判所は,平成15年9月25日,第1次審決には無効理由1についての判断に誤りがあると判断して,第1次審決を取り消す旨の判決(以下「第1次判決」という。)を言い渡した。
原告が第1次判決に対し上告受理の申立てをしたが,平成16年2月10日,最高裁判所において不受理決定がされ(同裁判所平成15年(行ヒ)第352号事件),第1次判決は確定した。
エ 特許庁は,第1次判決の確定を受けて本件審判請求事件について更に審理を行い,平成16年7月21日,特許無効審判請求を不成立とする審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年8月2日原告に送達された。
(2) 発明の内容 本件の特許出願の願書に添付した明細書(甲1。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された発明(以下「本件発明」と総称する。)の要旨は,以下のとおりである。
「【請求項1】測定電極と口腔電極との間のインピーダンスの変化から根尖位置を検出する装置であって,測定電極と口腔電極の間に周波数の異なる測定信号を印加する信号出力手段と,各測定信号に対応して得られた根管内インピーダンス値の比を算出する相対比検出手段とを備え,測定電極の先端が根尖付近に達して等価インピーダンスが減少し,上記根管内インピーダンス値の比が変化することを検知して根尖位置を検出することを特徴とする根尖位置検出装置。」 「【請求項2】上記信号出力手段が,周波数の異なる測定信号を交互に出力するマルチプレクサを備えたものである請求項1記載の根尖位置検出装置。」 (3) 審決の内容 本件審決の内容は,別添審決謄本写しのとおりであり,原告の主張する下記無効理由1及び2をいずれも排斥して,本件特許を無効とすることはできないと判断したものである。
記 ア 無効理由1 本件明細書の発明の詳細な説明の項には,本件発明を特定する事項である「各測定信号に対応して得られた根管内インピーダンス値の比を算出する相対比検出手段」(以下「事項a」という。)についての具体的な説明がなく,当業者が容易に実施できる程度に発明の構成が記載されていないから,本件特許は,特許法(平成2年法律第30号による改正前のもの。以下,単に「法」という。)36条3項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとして,法123条1項3号の規定により無効とされるべきである。
イ 無効理由2 本件明細書の発明の詳細な説明の項には,本件発明を特定する事項である「測定電極の先端が根尖付近に達して等価インピーダンスが減少し,上記根管内インピーダンス値の比が変化することを検知して根尖位置を検出する」(以下「事項b」という。)について,当業者が容易に実施できる程度に発明の構成が説明されていないから,本件特許は,法36条3項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとして,法123条1項3号の規定により無効とされるべきである。
(判決注) 以下において繰り返し引用される平成2年法律第30号による改正前の特許法の関係条文は,次のとおりである。
36条 1項 <略> 2項 願書には,次に掲げる事項を記載した明細書及び必要な図面を添附しなければならない。
1 発明の名称 2 図面の簡単な説明 3 発明の詳細な説明 4 特許請求の範囲 3項 前項第3号の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。
4項以下 <略> 123条 1項 特許が次の各号の1に該当するときは,その特許を無効にすることについて審判を請求することができる。この場合において,2以上の請求項に係るものについては,請求項ごとに請求することができる。
1 <略> 2 <略> 3 その特許が第36条第3項又は第4項(第3号を除く。)及び第5項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたとき <以下略> (4) 審決の取消事由 本件審決は,無効理由2について,法36条3項違反の主張に対する判断を誤ったものであるから(取消事由1,2),違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(法36条3項違反の主張に対する判断の誤り-その1) (ア) 本件審決は,事項bに関して,「該電圧値の比の変化の様子を例えば指針式メータの指針の振れの大きさを見ることによって,電極の先端が根尖に到達したことを検知する(即ち,根尖位置を検出する)ことを意味するものというべきである」と認定し(審決11頁12〜14行),これを前提に,本件明細書の発明の詳細な説明の項には,事項bについて,当業者が容易にその実施をすることができる程度に本件発明の構成が説明されていないとすることはできないと判断した。しかし,この判断は,以下に述べるとおり,明らかに誤りである。
(イ) インピーダンス変化により根尖位置を検出する装置には,電流,電圧等のメータの指示値がある特定の値(所定値)を示したことを検知して根尖位置を検出する「所定値検知タイプ」と,メータの値いかんにかかわりなく,メータの値が所定の変化を示したこと(変化点)を検知して根尖位置を検出する「変化検知タイプ」とがあるが,事項bは,@国語的意味,A当業者の技術常識,B本件審判請求事件における被請求人(被告)の主張に照らし,一義的かつ明確に,変化検知タイプを意味するものである。
@ 事項bによれば根尖位置を検出する際の検出対象は「インピーダンス値の比が変化すること」であり,また,「変化」の語の国語的意味は「ある状態から他の状態に変わること」であるから,事項bは,比の変化の様子を検出して,比がある状態から他の状態に変わること(変化点)を検知することによって根尖位置を検出することを意味するのであって,比がある特定の値(所定値)になったことを検知して根尖位置を検出することを含まないと解すべきである。
A 本件特許の出願当時,根尖位置を検出する装置には所定値検知タイプと変化検知タイプとがあったが,両者は,根尖位置を検出する際の検出対象が所定値であるのか,変化であるのかによって明確に区別されていた。そして,検出の対象が「変化」であると記載されている場合,当業者の技術常識によれば,これが変化検知タイプを意味するものであることは明らかであった。
B 被請求人(被告)は,本件審判請求事件の答弁書(甲11)において,「本件特許は,根尖付近では根管内インピーダンス値の比が変化することを検知して根尖位置に達したことを検出するものであり,比が特定の値になったときに根尖位置とするものではない」と明確に主張しており(8頁16〜19行),本件特許が,所定値検知タイプではなく,変化検知タイプに関するものであることを認めていた。
(ウ) 本件審決は,事項bの意味を上記のように解釈すべき根拠として,本件明細書の実施例の記載及び第1次判決(甲12)の判示を引用している。しかし,本件審決が指摘する実施例の記載は事項bに関して言及したものではないし,そもそも実施例の記載から特許請求の範囲の解釈を行うこと自体が本末転倒である。また,第1次判決も事項bについて判示したものではないから,本件審決にはこの点でも誤りがある。
(エ) したがって,本件審決は,事項bの認定を誤ったものとして,取り消されるべきである。
イ 取消事由2(法36条3項違反の主張に対する判断の誤り-その2) (ア) 前述のとおり,事項bは変化検知タイプを意味するものであるところ,変化検知タイプにおいては,インピーダンス値の比がどのような変化をするのか,変化したことをどのように検知するのかについての説明がなければ,その発明を容易に実施することができない。ところが,本件明細書にはこの点に関する具体的な説明がないから,その記載が法36条3項所定の要件を満たしていないことは明らかである。
(イ) 仮に事項bが所定値検知タイプを意味するとしても,当業者が容易にその実施をすることができる程度の記載があるというためには,インピーダンス値の比がどのような所定値をとるのか,どのようにして所定値に達したことを検知するのか,この検知により根尖位置を正確に検出することができるのか,この検出のためにキャリブレーションが不要であるのかについての説明が必要であるのに,本件明細書にはその説明がされていない。
この点に関し,原告は,本件審判請求事件において,[1]事項bにより正確に根尖位置を検出することができること,[2]事項bにより煩わしいキャリブレーションが不要であることについての説明が本件明細書に記載されていないと主張した。この主張につき,本件審決は,次のとおり判断して,原告の上記主張を排斥した(審決11頁28行〜13頁10行)。
[1]本件明細書中の<従来の技術>,<発明が解決しようとする課題>,<作用(原理説明)>及び<発明の効果>に関する記載によれば,2種類の周波数におけるインピーダンス値の比をとることによって,従来のインピーダンス値の差分をとる方式のものに比べ,根管内の状態に影響されない測定が行えるため,その分だけ測定精度が高くなり,根尖位置の正確な測定が可能になるものと理解することができるから,本件明細書には正確に根尖位置を検出することができることの説明がされているというべきである。
[2]本件明細書4頁に掲げられた2種類の周波数におけるインピーダンス値の比を表す式C(以下,単に「式C」という。)及びk(薬液や血液の存在等の根管内環境によって決定される係数)とインピーダンス値の比との関係を示す表(以下「本件表」という。)並びにこれらに関する本件明細書の記載によれば,事項bにいう「根管内インピーダンス値の比」は式Cで求められるものであり,比をとるために割算処理を施すことによって1/kの影響が小さくなっているのであるから,本件明細書には,当業者に理解可能な程度に,キャリブレーションが不要であることの説明がされているというべきである。
しかしながら,以下のとおり,本件審決の上記判断はいずれも誤りである。
[1]本件発明にいう「根尖」とは,解剖学的意味の根尖を意味するものであるところ,本件発明の発明者らが本件の特許出願の後に発表した論文(甲13。以下「甲13論文」という。)によると,インピーダンス値の比は根尖位置において所定値を示すものでも一定の変化を示すものでもない。したがって,本件明細書の「指針の振れによって電極2の先端2aが根尖に到達したことが表示される」との記載(8欄28〜30行)は明らかに誤りであって,かかる記載に基づいて事項bを実施することができるとはいえない。根尖位置を正確に検出するためには,インピーダンス値の比がどのような特性を持ち,どのように作用して,どのように根尖位置を測定するのかを明らかにする必要があるが,本件明細書にはこれらに関する記載が存在しない。
しかも,本件明細書にそのような記載がないことについては,被告自身,本件審判請求事件や別件訴訟(大阪地裁平成13年(ワ)第1334号事件,大阪高裁平成16年(ネ)第3403号,同17年(ネ)第320号事件)において明確に認めているのである(甲11,19,20)。
したがって,事項bにより正確に根尖位置を検出することができることの説明が本件明細書に記載されていないことは明らかである。
[2]式Cは2種類の周波数の測定信号を印加した場合における電圧の比を表す式であり,これがインピーダンス値の比を表すというためには,周波数が異なっても電流が常に一定であることを要する。ところが,実際に流れる電流は周波数等によって異なるのであるから,式Cがインピーダンス値の比を表すということはできない。なお,被告は,本件明細書では「略定電流回路」を使用するので,電圧の比がインピーダンス値の比を表すこととなると主張するが,本件明細書には略定電流回路に関する記載はなく,これを略定電流回路とみることはできないから,この点に関する被告の主張は誤りである。
また,本件明細書には,式Cを導く前提として,「根管の等価回路に印加される電圧をVtとし,負荷電流をiとすると,i=Vt・(1/kR+ωC 0)」と記載されているが(4欄38〜43行),この式中の「1/kR+ ωC 0」はインピーダンスの逆数ではないから,この式は電流を表すものとはならない。
次に,本件表についてみても,これを作成するための計算に使用された数値が実際の歯のデータとはかけ離れたものであるという問題がある。
また,本件明細書において本件発明の原理を説明するために用いられた「等価回路」は,科学的,技術的根拠を欠くものであって,当業者において理解不能であるし,コンデンサの容量が根管内環境に依存しないというモデルを置いたことも全く根拠がない。
しかも,被告自身,本件審判請求事件において,本件表が本件発明とは無関係なものであることを認めていたから(甲14),本件表はキャリブレーションが不要であることの根拠となり得ない。
したがって,式C及び本件表は,いずれもキャリブレーションが不要となることを説明するものではない。
(ウ) 以上によれば,本件明細書が法36条3項所定の要件を満たしていないことは明らかであるから,本件審決は,この点に関する判断を誤ったものとして,取り消されるべきである。
2 請求原因に対する認否 請求原因(1)〜(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論 審決の判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1) 取消事由1について ア 本件明細書には,「指針の振れによって電極2の先端2aが根尖に到達したことが表示される」(8欄28〜30行),「この表に示されるように,kが変化してもその影響をほとんど受けないのであり,2種類の周波数におけるインピーダンス値の比をとることによって,根管内の状態の影響が自動的に消去され,インピーダンス値の差分をとる方式では必要であった根ごとのキャリブレーションが不要となり,しかも根管内の状態に関係なく正確な測定が可能となる」(同16〜22行),「表示部19には指針式メータや信号音または断続音発生器,断続発光器などの適宜のものが使用される」(7欄45〜47行)との記載があり,これらによれば,本件発明が,インピーダンス値の比が根尖位置を示す値に達することによって根尖位置を検出するものであること(原告のいう所定値検知タイプに当たること)は明らかである。
イ 原告は,本件特許の出願当時,インピーダンス変化により根尖位置を検出する装置には所定値検知タイプと変化検知タイプの2種類が存在していたことを前提に,事項bが変化検知タイプを意味するものであることは,国語的意味,当業者の技術常識及び本件審判請求事件における被告の主張に照らし明らかであると主張する。
しかし,事項bにいう「変化することを検知して根尖位置を検出する」という表現は,根尖位置測定の技術分野の当業者にとって定型的な慣用表現であり,メータの指示値が所定の値になることを検知することを意味すると理解されるものである(乙2,4〜6)。本件明細書の「演算結果が表示部19で表示されることになるが,2種類の周波数fと5fによる検出値は周波数の高い方が全般に大きく,根尖付近での増加率も大きくなっており,その比は電極2の先端2aが根尖に近づくにつれて大きくなるので,例えば指針の振れによって電極2の先端2aが根尖に到達したことが表示されるのである」との記載(7欄48〜50行,8欄27〜30行)も,本件発明の構成要件である相対比検出手段によって周波数f及び5fの各測定信号によるデータの比が逐次演算され,その演算結果が表示される指針の振れが変化して根尖位置を示す所定の値に近づいていくことによって,根尖位置を検出することを意味するものである。
また,原告が変化検知タイプの例として挙げるもの(甲5,8,9)は,インピーダンスを使って根尖位置を測定する装置ではない。そもそも,変化検知タイプとは原告が作為的に創作した造語であり,インピーダンス値の変化により根尖位置を検出する方法として,原告のいう変化検知タイプに当たるものは存在しない。インピーダンス変化により根尖位置を検出する根尖位置検出装置としては,原告のいう所定値検知タイプのみが実際に存在しているのであり,当業者が変化検知タイプに当たるような装置を想定する余地はない。
さらに,被告は,本件審判請求事件の答弁書(甲11)において,原告の引用する記載に続いて,比がある状態になったときに根尖位置に達したことを表示する場合に,これを具体的にどの値とするかは,装置の回路構成,回路条件,使用周波数などを勘案して当業者が適宜設定すれば足りる設計事項である旨の主張をしている。原告の主張は,これを看過したものであって,採用の余地はない。
ウ 原告は,本件審決が本件明細書の実施例の記載及び第1次判決の判示を引用したことを論難するが,この点に関する本件審決の判断にも不合理なところはない。
エ 取消事由1に関する原告の主張は,特許庁の審決及び別件訴訟の判決によって否定された独自の見解を繰り返し述べるにすぎないものであって,いずれも失当である。
(2) 取消事由2について ア 甲13論文には,インピーダンス値の比が根尖狭窄部の辺りで歯によらずにほぼ一定の値をとることが判明したとして,この原理を利用して根管長を測定することが記載されている。原告の主張はこの記載に反するものであって,理由がない。
イ 根管長測定装置は,原告が主張するように極めて厳密に根尖位置を測定しなければならないものではなく,臨床上要求される精度をもって測定することができれば足りるものである。根管内インピーダンス値には個体ごとに差があるのであって,個体差があること,許容誤差があることを認めつつ,その数値を表現するのが当業者の常識である。
本件発明は,事項bにあるとおり,「測定電極の先端が根尖付近に達して等価インピーダンスが減少し,上記根管内インピーダンス値の比が変化することを検知して根尖位置を検出する」ものであって,インピーダンス値の比が一定の値をとることによって根尖位置を検出することを構成要件とはしていない。また,解剖学的意味の根尖位置と根尖狭窄部とを厳密に区別するものでもない。本件明細書の記載は,当業者が発明の実施をする上では,明確かつ十分なものであるということができる。
ウ キャリブレーションが不要であることにつき,本件明細書には,本件発明は,従来のインピーダンス値の差を用いる方式ではなく,インピーダンス値の比を用いる方式を採用したことによって,キャリブレーション不要という発明の効果を実現したものであると記載されている。また,等価回路を用いた本件明細書の記載は,技術常識を備えた当業者であれば,十分に理解することが可能である。明細書に発明の効果を記載するに当たっては,その根拠やメカニズムを微細にわたり,学術的に正確に記載することが求められるものではなく,当業者が容易にその発明の実施をすることができる程度の記載があることをもって足りるのであり,本件明細書にはその程度の記載があるということができる。
これに対し,原告は,式Cや本件表がキャリブレーションを不要とすることの説明となっていないと主張する。しかし,本件明細書においては,略定電流回路を用いて本件発明の技術内容を説明したものであるが,本件明細書に記載された回路が略定電流回路であることは,当業者であれば,当然に理解することのできるものであるし,略定電流回路を用いることによって臨床上許容される誤差範囲に納まるような測定結果を得ることも可能である。また,本件表の作成に当たり用いられた数値は,本件発明の原理を説明するための一例として取り上げたものであるし,臨床的にみても不自然なものではない。したがって,式Cや本件表に関する原告の主張もすべて理由がない。
エ なお,被告が,原告の主張するように,本件明細書の記載に不備があることを認めたことはない。原告は,被告が別件訴訟で提出した書面や,本件審判請求事件の口頭審理調書の一部分の記載だけを取り出し,その言葉尻をとらえて独自の主張をするものにすぎない。
オ したがって,取消事由2についての原告の主張も理由がない。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,審決の適否に関し,原告主張の取消事由ごとに順次判断することとする。
2 取消事由1について (1) 原告は,事項b「測定電極の先端が根尖付近に達して等価インピーダンスが減少し,上記根管内インピーダンス値の比が変化することを検知して根尖位置を検出する」は,変化点を検知することにより根尖位置を検出することを意味するものであると主張するので,以下,検討する。
(2) 事項bによれば,本件発明に係る根尖位置検出装置は,「根管内インピーダンス値の比が変化することを検知」することによって根尖位置の検出を行うものである。また,事項bにいう「根管内インピーダンス値の比」とは,特許請求の範囲の「測定電極と口腔電極の間に周波数の異なる測定信号を印加する信号出力手段と,各測定信号に対応して得られた根管内インピーダンス値の比を算出する相対比検出手段とを備え」との記載からして,「相対比検出手段」によって算出される「周波数の異なる測定信号」「に対応して得られた根管内インピーダンス値の比」をいうものと認められる。
そこで,「周波数の異なる測定信号に対応して得られた根管内インピーダンス値」についてみると,本件明細書の発明の詳細な説明の項には,「根尖の位置を電気的に検出して根管長を測定する装置としては,根管内に挿入される測定電極と口の中の軟組織に接続される口腔電極・・・両電極間のインピーダンスを検出する方式のもの(例えば特公昭62-2817号公報(判決注:乙11)参照)等が知られている。・・・後者(判決注:乙11)は測定電極の先端が根尖に近づくとインピーダンス値が低下することをそれぞれ検出するものであり,測定電極と口腔電極間は抵抗とコンデンサを並列に接続された等価回路とみなされるため,測定の原理としては後者の方が実情に適合していると考えられる。特に後者では単純にインピーダンス値を検出するのではなく,2種類の異なる周波数信号を両電極間に印加して各信号ごとにインピーダンスを検出し,その結果を逐次比較して両者の差分の変化状態から電極先端が根尖に到達したことを検出するようにしている。」(2欄4行〜3欄6行),「後者の方式は・・・根管内の状態の影響を除くために測定の都度キャリブレーションが必要であり,特に臼歯のような複根管歯の場合,1根ごとにキャリブレーションが必要で操作が煩わしく,治療の効率化が妨げられるという問題点がある。」(3欄21〜26行),「この発明(判決注:本件発明)はこのような点に着目し,煩わしいキャリブレーションが不要であり,しかも正確に根尖位置を検出できる根尖位置検出装置を得ることを目的としてなされたものである。・・・上述の目的を達成するために,この発明では,測定電極と口腔電極の間に周波数の異なる測定信号を印加する信号出力手段と,各測定信号に対応して得られた根管内インピーダンス値の比を算出する相対比検出手段とを備えており,測定電極の先端が根尖付近に達して等価インピーダンスが減少し,上記根管内インピーダンス値の比が変化することを検知して根尖位置を検出するようにしている。」(4欄3〜15行)と記載されている。
また,本件明細書が従来技術として引用する上記特公昭62-2817号公報(乙11)には,「リーマ2を根管1内にゆつくり挿入して行く。このとき,パルス発生器15からは1KHzのインパルス信号と5KHzのインパルス信号が所定周期で多重され出力される。この出力信号およびリーマ2と片電極5間のインピーダンスとに応答した微弱電流が抵抗16に流れ,この微弱電流は増幅器17および18でそれぞれ増幅される。」(4欄1〜8行),「リーマ2が根管1内を移動する間はリーマ2と片電極5間のインピーダンスはほぼ一定であり入力信号の各周波数に応答したa点およびb点の出力は第3図中範囲Tで示すようにそれぞれほぼ直線状に出力される。この状態で,リーマ2の先端が根尖孔9付近に達すると,すなわちリーマ2が根管1内から外へ出る付近ではリーマ2と片電極5間のインピーダンスは減少する。このインピーダンスの変化に応答し,a点およびb点の出力は増加するが周波数特性により第3図中範囲Uに示すように出力aは緩やかに変化し,出力bは速やかに変化する。」(4欄15〜26行)と記載されている。
これらの記載からすると,従来より,根尖の位置を電気的に検出して根管長を測定する装置として,測定電極と口腔電極との間のインピーダンスを検出する方式のものが慣用されていたこと,この方式のものは,インピーダンスの変化に応答する出力(例えば電流値)を検出するものであること,測定電極の先端が根尖ないしは根尖孔付近に達すると,上記インピーダンスは減少し,この減少に応答して検出出力は増加するが,検出出力は,印加する周波数信号によって異なることが認められる。そうすると,前記「周波数の異なる測定信号に対応して得られた根管内インピーダンス値」とは,根管長測定装置における慣用の検出方式において,印加する周波数信号により異なった大きさで現れる電流値等の検出出力を指していると解される。
次に,この検出出力の特性についてみると,本件明細書には,「第4図はこのキャリブレーションを説明したものであり,横軸は電極先端の位置,縦軸はインピーダンスに対応した検出電圧で示してある。2種類の周波数f1,f 2(ただしf1また,前記特公昭62-2817号公報(乙11)にも,「リーマ2が根管1内を移動する間は・・・インピーダンスはほぼ一定であり・・・リーマ2の先端が根尖孔9付近に達すると・・・インピーダンスの変化に応答し,a点およびb点の出力は増加するが周波数特性により・・・出力aは緩やかに変化し,出力bは速やかに変化する。」と記載されており(4欄15〜26行),周波数の違いにより,検出出力の増加率が異なることが示されている。
このように上記検出出力には根尖付近で増加し,周波数の違いによって増加率が相違するという特性があるのであるから,本件発明において,周波数の異なる測定信号に対応して得られる根管内インピーダンス値の比が根尖付近において変化することは明らかである。しかし,本件明細書に「検出値は周波数の高い方が全般に大きく,根尖付近での増加率も大きくなっており,これらの値は根管内の状態に応じて上下に変動する。」と記載されているように(3欄30〜32行),検出値の大きさや増加率は,周波数や根管内の状況によって変化するものの,根管内のある位置において増加率が急変するような出力特性を示すと認めることはできない。本件発明の実施例についてみても,「2種類の周波数fと5fによる検出値は周波数の高い方が全般に大きく,根尖付近での増加率も大きくなっており,その比は電極2の先端2aが根尖に近づくにつれて大きくなる」(7欄49・50行,8欄27・28行)と記載されており,上記比の値の変化点を検出するものとはなっていない。
以上のとおり,根尖位置検出装置において従来より慣用されている周知の検出出力の検知方法を考慮すると,事項bは,根尖付近において変化する比の値が所定の値となったときに根尖位置を検出することを意味するものであって,根尖付近における比の値の変化点を検知することにより根尖位置を検出することを意味するものではないと解するのが相当である。
(3) これに対し,原告は,@国語的意味,A当業者の技術常識,B本件審判請求事件における被告の主張に照らすと,事項bが変化検知タイプを意味することは明らかであると主張するが,以下のとおり,原告の主張にはいずれも理由がない。
@ 「変化」の語の国語的意味には,ある数値があらかじめ定められた別の数値(所定値)へ変わることも含まれるということができるから,事項bにいう「比が変化することを検知」することが変化点を検知することに限定されるとする原告の主張は失当といわざるを得ない。
A 根尖位置検出装置における従来技術として変化検知タイプと所定値検知タイプとが存在していたとしても,上述したとおり,事項bが変化点を検出することを意味すると理解することはできないのであるから,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)の技術常識をいう原告の主張にも理由があるとすることができない。
B 原告は,本件審判請求事件における被告の答弁書(甲11)中の「本件特許は,根尖付近では根管内インピーダンス値の比が変化することを検知して根尖位置に達したことを検出するものであり,比が特定の値になった時に根尖位置とするものではない。」との記載(8頁16〜19行)を根拠に,事項bが変化検知タイプであって所定値検知タイプではないことを被告が認めていたと主張する。しかし,同答弁書には,上記記載に続けて,「比がどのような状態になった時に根尖位置とするか,あるいは根尖位置に達したことを表示するかは,装置の回路や構成要素などに応じて適宜設定すれば足りる設計事項であり,比の変化の態様や比によって電極が根尖に到達したことを表示することについての説明がないことは,当業者にとって何ら本件特許発明実施を不可能とする理由にはならない。」との記載がある(8頁19〜24行)。この記載からすると,被告が本件審判請求事件において「比が特定の値になった時に根尖位置とするものではない」と主張したのは,本件発明は比が所定値になったことを検知して根尖位置を検出する装置に係るものであることを前提に,根尖に到達したと判断すべき所定値は回路設計等により変化し得るものであって,特定の値をあらかじめ一律に定めることはできないこと,むしろ当業者であれば適宜回路設計等を行うことによって当該回路等に応じた所定値を定めることができるから,本件明細書に原告の主張するような記載要件違反はないことをいう趣旨であると解される。したがって,この点に関する原告の主張も採用することができない。
(4) さらに,原告は,本件審決が,本件明細書中の実施例の記載及び第1次判決の判示(甲12)に基づいて事項bの意味を解釈したことを非難する。しかし,明細書の記載が法(前記のとおり,平成2年法律第30号による改正前の特許法をいう。以下同じ。)36条3項の要件を満たしているかどうかを判断するに当たり,明細書中の実施例の記載を考慮することは,何ら不合理なものではない。また,本件審決は,根尖位置検出装置の技術分野における慣用方法の存在について示すために第1次判決の判示を引用したものと認められるから(審決10頁22行〜11頁2行),この点に関する原告の主張も失当というべきである。
(5) したがって,事項bについて,比が所定の値となったときに根尖位置を検出するものであるとした本件審決の判断に誤りはないから,原告の取消事由1は理由がない。
3 取消事由2について (1) 原告は,まず,事項bが変化点を検出することを意味するものであることを前提に,本件明細書にはインピーダンス値の比がどのように変化するのかについての具体的な説明が一切ないから,事項bを実施することができない旨を主張する。
しかし,上述のとおり,事項bは,所定値を検出するという意味に解すべきものである。原告の上記主張は,前提を欠くものであって,採用することができない。
(2) 原告は,次いで,仮に事項bが所定値を検出することを意味するものであるとしても,本件明細書には,インピーダンス値の比が具体的にどのような所定値をとり,これをどのように検出するのか,この検出により根尖位置を正確に検出することができるのか,そのためにキャリブレーションが不要であるのかについて,具体的に記載されていないから,当業者が容易に実施することができる程度の記載を欠くと主張するので,以下,検討する。
ア 原告は,甲13論文によれば,根尖位置に対応するインピーダンス値の商(比)は所定値を示すものではないとされているから,事項bによって根尖位置を正確に検知することはできない旨を主張する。そして,上記論文には「インピーダンスの商の値・・・は根尖孔の近くで大きく変化するが,根尖狭窄部のあたり(-0.5mm)で歯によらずに,ほぼ一定の値(約0.72)を取ることが分かった」との記載があり(1444頁右欄第2段落),この記載及び同論文の図2に示されたインピーダンスの商の変化からすると,インピーダンスの商は,根尖狭窄部の辺りでほぼ一定の値になるとはされているものの,その値にはバラツキがみられ,また,根尖位置(0mm)においては,根尖狭窄部よりも値のバラツキが大きくなっていると認められる。
しかし,インピーダンスの変化に応答する出力(例えば電流値)を検出する根尖位置検出装置においては,患者の年齢,歯種,根管の形状等により,根尖位置に対応する出力にバラツキが生じることは避けられないから(乙11,2欄25〜28行),特定の出力値が検出されることによって直ちに根尖位置を特定することができるものではない。そうすると,事項bは,検出値にある程度のバラツキが生ずることを前提としたものであると解すべきであって,検出値のバラツキが小さければ小さいほど歯牙によらない正確な根尖位置の検出が可能であるとはいえるとしても,バラツキがあるからといって,直ちに根尖位置を検出することができないことにはならないというべきである。
また,インピーダンス値の比が根尖位置において具体的にどのような所定値をとるのかは,本件特許の特許請求の範囲にいう「測定電極と口腔電極の間に周波数の異なる測定信号を印加する信号出力手段と,各測定信号に対応して得られた根管内インピーダンス値の比を算出する相対比検出手段」の構成によって異なってくるものであり,当業者であれば,上記信号出力手段,相対比検出手段につき適宜具体的な構成を採用し,実験を行うことなどによって,当該具体的構成に即した所定値を見出し,根尖位置の検出を行うことができると考えられる。
したがって,本件明細書に根尖位置におけるインピーダンス値の比が特定の値として記載されていないことが,明細書の記載要件違反に当たるということはできない。
これに対し,原告は,別件訴訟及び本件審判請求事件における被告の陳述(インピーダンス値の比がどのような特性を持ち,どのように作用して,どのように根尖位置を測定するのかについての説明が本件明細書に記載されていないことを被告が認めていること)をもって,本件明細書の記載に基づいて根尖位置を正確に検出することができないことを被告が自認している旨を主張する。しかし,上述のとおり,そのような説明がないことは明細書の記載要件違反に当たるものではないから,原告の上記主張を採用することはできない。
イ 原告は,本件発明は「根尖位置」(解剖学的意味における根尖の位置)を検出するものであるところ,根管下部とされる「根尖部」のような広い範囲からどのようにして「根尖位置」を検出するのかに関する記載が本件明細書にないことから,その記載は法36条3項の規定に違反する旨を主張する。
しかし,本件発明は「根管内インピーダンス値の比が変化することを検知して根尖位置を検出する」ものであり,本件明細書に「2種類の周波数fと5fによる検出値は周波数の高い方が全般に大きく,根尖付近での増加率も大きくなっており,その比は電極2の先端2aが根尖に近づくにつれて大きくなるので,例えば指針の振れによって電極2の先端2aが根尖に到達したことが表示される」(7欄49・50行,8欄27〜30行)と記載されているように,検出値の比の値が所定の値となったことで根尖に到達したか否かを確認するものである。また,根管長測定法においては,所定値に達したことによって根尖位置を判断しても,それが実際の根尖位置(解剖学的根尖の位置)とはある程度のずれがあるのが通常である(根尖位置については,根尖孔の開孔部が解剖学的根尖に一致するものは約半数あるいは7.6%である,根尖部の開孔部は,平均0.2〜0.5mm又は平均0.59mm,解剖学的根尖より歯冠側にずれている,解剖学的根尖より-1.5mm〜-0.5mmの範囲にあるものを正しく測定することができるとした方がより適切であるなどと報告されている。甲3,816頁右欄〜817頁左欄)。そして,インピーダンス値の比をとったとしても個人差が反映されることに変わりはないから,事項bにいう「根尖位置を検出する」とは,根尖位置(解剖学的根尖の位置)と推定される位置を検出するに当たり,実際に複数の歯牙について測定して根尖位置(解剖学的根尖の位置)に対応するインピーダンス値の比を所定値として定めて,これに基づいて根尖位置と推定される位置を検出することをいうものであって,これにより当業者において根尖位置を検出することが可能になるということができる。したがって,根尖位置の検出に関して本件明細書の記載に不備があるとは認められない。
ウ 原告は,本件明細書に記載された式C及び本件表は,いずれもキャリブレーションが不要であることの説明になっていないと主張するが,以下のとおり,いずれの主張も採用することができない。
(ア) 原告は,式Cは電圧の比を表す式であるところ,電流が周波数等によって異なるものとなるのであるから,式Cからインピーダンス値の比を求めることはできないと主張する。
しかし,本件明細書には,「第1図によってこの発明の作用と原理を説明する。図の(a)は測定回路の構成を,(b)はその等価回路を示している。
図において,1は歯牙,1a及び1bはその根管及び根尖,2は測定電極,2aはその先端,3は口腔電極,4は測定電圧発生回路,5は負荷電流検出抵抗である。
根管内,つまり測定電極2と口腔電極3の間は抵抗とコンデンサが並列に接続された等価回路とみなすことができ,測定電圧をV,検出抵抗5の抵抗値をR,等価コンデンサの容量をC,等価抵抗の値をkRとする。ただし,kは係数である。ここで特徴的なことは次の点である。」と記載されており(4欄17〜27行),この記載からすると,式Cは,比をとることによってキャリブレーションが不要となることを,第1図(b)に示された等価回路をモデルとして説明したものと解することができる。そして,この等価回路については,根管長測定器の技術分野ではインピーダンス変化を等価の電圧変化として検出することが常用されていたことから,式Cがかかる常用の検出方法(電圧電流計法,定電流法)を前提として導かれていることは,当業者にとって明らかであると認められる(乙6,10)。
また,インピーダンス値の比を電圧の比によって求めることができることについては,第1次判決(甲12)においても,「本件発明において,「インピーダンス値の比」を,インピーダンスに対応した「電圧値」又は「電流値」の比によって求めることは当業者が容易に理解できるので,「電圧値」又は「電流値」の比がインピーダンス値の比とは異なる概念であるとすることはできない。」と判示されているところである(14頁7項)。
そうすると,式Cは,定電流法を前提にして,インピーダンス値の比を電圧値の比として求めるものということができるから,原告の上記主張を採用することはできない。
(イ) 原告は,本件明細書には「根管の等価回路に印加される電圧をVtとし,負荷電流をiとすると,i=Vt・(1/kR+ωC 0)」と記載されているが(4欄38行以下),この式の右辺の括弧内はインピーダンスの逆数を正しく表したものではないから,この式は電流を表すものではない旨を主張する。 確かに,抵抗kRと容量Cとで構成されているインピーダンスは,正確には,kR/と表されるべきものであるから(甲3,822頁右欄下から4行目に記載されたZ(インピーダンス)=R/の式において,R=kR,2πf= ωとすると,Z=kR/になる。),本件明細書に記載された上記「i=Vt・(1/kR+ωC 0)」の式は電流を正しく表すものではなく,これを前提に導かれた式Cは正確なものではないということもできる。
しかし,上記インピーダンスkR/の逆数は,/kR= であるから,本件明細書記載の上記式の右辺括弧内の「1/kR+ωC 0」は,インピーダンスの逆数を,不正確ではあるとしても,近似的に求めるものであるということができる。そして,式Cは,1/k(根管内環境によって決定される係数)の変化の影響が比をとるための割算処理によって小さくなり,根ごとのキャリブレーションが不要になることを示すことを目的として,本件明細書に記載されたものであるから(本件明細書7欄15〜21行),このような目的との関係でみると,インピーダンスの逆数として近似式を用いることを不合理とすることはできないと考えられる。そうすると,式Cは,当業者にとって,等価抵抗の値をkRとした場合の上記等価回路においては,2種類の周波数で検出されるインピーダンス値の比をとることによりkの変化による影響を少なくすることができること(キャリブレーションが不要となること)を十分に説明するものであると解することができる。
(ウ) 原告は,本件表には,式Cに従った比の計算値が示されているが,算出のために用いられた数値は実際の歯のデータとは異なっているし,そのような値を使用することの根拠も示されていないから,キャリブレーションが不要であることの説明になっていない旨を主張する。
確かに,本件明細書には,「(a)歯頚部においてはCは非常に小さく,kは根尖部における時に比べて非常に大きいため,kRも大きい。(b)根尖部に近づくにつれてCの値は指数関数的に増加し,kRは減少する。(c)根尖部付近では,概略C=50nF,kR=6.5kΩ程度になる。以下この時のCをC0と記す。(d)係数kは薬液や血液の存在等の根管内環境によって決定されるもので,良電導液で満たされている場合は小となり,乾燥時には大となるので,これが誤差要因として作用する。なお,根管内の位置によってもkは変化する。」(4欄28〜38行)と記載されており,本件表における比の算出に用いられたC=100nF,R=10kΩ,k=1〜10という値は,根尖部付近において実際の歯牙が示すとされる値とは必ずしも一致するものではないと認められる。また,kが上記の値に比べて相当小さいものとなる場合には,式Cにより算出される比の値が大きく異なってくることもあると考えられる。
しかし,本件明細書には,「例えばC式において,C=100nF,R=10kΩ,f=1kHzとしてk=1〜10を代入すると,次の表(判決注:本件表)のようになる。この表に示されるように,kが変化してもその影響をほとんど受けないのであり,2種類の周波数におけるインピーダンス値の比をとることによって,根管内の状態の影響が自動的に消去され,インピーダンス値の差分をとる方式では必要であった根ごとのキャリブレーションが不要となり,しかも根管内の状態に関係なく正確な測定が可能となるのである。」と記載されており(7欄22行,8欄15〜22行),この記載からすると,本件表は,式C及びC,R等に代入される具体的数値を用いて,kが変化してもその影響をほとんど受けないことを説明するための例を示したにとどまると解するのが相当である。また,式C及び本件表は,異なる周波数としてωと5ωの角周波数を用いた場合の例であり,この場合にはkの値が小さいときに比の値に影響が生じ得るとしても,2種類の周波数の比を適宜選択することによって,kの変化による影響を実質的に受けないようにすることも可能であると解される。
したがって,式Cに実際の歯牙が根尖部付近において示すとされる数値を代入すると比の値が一定とならないからといって,事項bによる根尖位置の検出を実施することができないと断ずることはできず,むしろ当業者であれば,信号出力手段,相対比検出手段につき適宜設計をすることなどによって,これを実施することが可能になると考えられるから,この点に関する原告の主張にも理由がないというべきである。
(エ) 原告は,コンデンサの容量は根管内環境に依存しないというモデルを置くこと自体に根拠がなく,そもそも,本件明細書第1図(b)の等価回路が理解不能である旨を主張する。
しかし,上記第1図(b)に示された等価回路は,慣用されている電気的根管長測定装置において,根管のインピーダンスが変化する現象を理論的に説明するものとして公知のものであるから(甲3),当業者にとって等価回路が理解不能であるとはいうことはできない。なお,根管内の等価抵抗は薬液の存在等の根管内環境の影響を受けるのであるから,等価抵抗の値を根管内の環境に応じて変化する係数kと検出抵抗Rとの積で表したことについても,容易に理解することができると解される。さらに,コンデンサの容量についてみても,式Cにおいては分母及び分子のいずれにもC0が存在するから,仮に根尖部付近の等価コンデンサの容量が乾燥状態と湿潤状態とで相違するとしても,割算処理によってC0の影響が小さくなることは明らかである。そうすると,コンデンサの容量が根管内環境に依存するとしても,本件発明が実施不能であるということにはならないと考えられる。
(オ) 原告は,本件表は本件発明と直接関係するものではない旨の本件審判請求事件の口頭審理における被告の陳述を根拠に,本件明細書にはキャリブレーションが不要であることについての説明が記載されていない旨を主張する。
しかし,本件審判請求事件の口頭審理調書(甲14)の「本件特許公報第4頁中央の『「k」と「比」の関係を示す表』(判決注:本件表)は,本件発明と直接関係する表ではない。ただ,一般的な根尖位置測定装置においては,インピーダンス値を直接測定するのではなく,実際には電圧・電流を測定するものである。」との記載(2頁5項)によれば,被告は,本件表は,特許請求の範囲にいう「インピーダンス値の比」ではなく,電圧の比に基づいて計算されたものであることから,本件発明と直接関係するものではないと陳述したにとどまると認められる。したがって,被告の上記陳述をもって,本件明細書の記載に不備があるということもできない。
4 結語 以上のとおり,原告主張の取消事由1及び2はいずれも理由がない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 岡本岳
裁判官 長谷川浩二