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関連審決 審判1995-24043
関連ワード 発明者 /  容易に実施 /  周知技術 /  公知技術 /  試行錯誤 /  発明の詳細な説明 /  化学構造 /  優先権 /  参酌 /  不存在 /  実施 /  構成要件 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 9年 (行ケ) 240号 審決取消請求事件
原告ザ ロックフェラーユニヴァーシティ
訴訟代理人弁理士 山本秀策
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 田中倫子、森田ひとみ、茂木静代
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/10/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が平成7年審判第24043号事件について平成9年4月14日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 原告は、1981年9月8日及び1982年2月22日にアメリカ合衆国にした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和57年(1982年)9月8日、名称を「エンドトキシン誘発メディエーター(ショック検定)によるリポプロティンリパーゼの抑圧」とする発明につき特許出願(昭和57年特許願第502997号。原出願)をし、原出願に基づいて平成3年10月31日に特許法第44条第1項の規定(昭和62年改正前の第38条1項ただし書きの規定)による特許出願(平成3年特許願349339号。本件出願。その発明(本願発明)の名称は「哺乳動物における侵入刺激の生体外検出方法及び試験キット及び抗体」)をしたところ、平成7年8月1日拒絶査定があったので、平成7年11月6日、拒絶査定不服の審判の請求をし、平成7年審判第24043号として審理されたが、平成9年4月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、平成9年6月11日、原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として90日が附加された。
2 本願発明の要旨【請求項1】 哺乳動物における侵入刺激の生体外検出方法であって、下記特性、すなわち:(イ)生物学的活性にして(a)同化酵素であるリポプロティンリパーゼ、アセチル補酵素Aカルボキシラーゼ、及び脂肪酸シンセターゼの活性を抑制し、及び(ロ)哺乳動物大食細胞から下記手順、すなわち、
(a)哺乳動物から大食細胞の標本を集め、
(b)前記大食細胞の一部を、哺乳動物における侵入事態に関連する刺激物質と共に培養し、
(c)前記大食細胞を、前記メディエーター物質の生成を誘発させることにより得られること; を含む特性を有してメディエーター活性組成物に含有される抗原に対する第一抗体、及び/もしくは前記第一抗体に対し特異的に向けられた第二抗体が下記特性、
すなわち:(イ) 生物学的活性にして(a)同化酵素であるリポプロティンリパーゼ、アセチル補酵素Aカルボキシラーゼ、及び脂肪酸シンセターゼの活性を抑制し、かつ(b)赤血球分化を抑制すること;及び(ロ) 哺乳動物大食細胞から下記手順、すなわち(a)哺乳動物から大食細胞の標本を集め、
(b)前記大食細胞の一部を、哺乳動物における侵入事態に関連する刺激物質と共に培養し、そして(c)前記大食細胞を、前記メディエーター物質の生成を誘発させることにより得られること; を含む特性を示すメディエーター活性組成物の活性を測定するために使用されることを特徴とする哺乳動物における侵入刺激の生体外検出方法。
【請求項2】 抗原を含有するメディエーター活性組成物の定量のための試験キットであって、
前記抗原が下記特性、すなわち:(イ)生物学的活性にして(a)同化酵素であるリポプロティンリパーゼ、アセチル補酵素Aカルボキシラーゼ、及び脂肪酸シンセターゼの活性を抑制し、及び(ロ)哺乳動物大食細胞から下記手順、すなわち、
(a)哺乳動物から大食細胞の標本を集め、
(b)前記大食細胞の一部を、哺乳動物における侵入事態に関連する刺激物質と共に培養し、そして(c)前記大食細胞を、前記メディエーター物質の生成を誘発させることにより得られること; を含む特性を有する抗原である試験キットにおいて、前記キットが下記特性、すなわち:(イ) 生物学的活性にして(a)同化酵素であるリポプロティンリパーゼ、アセチル補酵素Aカルボキシラーゼ、及び脂肪酸シンセターゼの活性を抑制し、かつ(b)赤血球分化を抑制すること;及び(ロ) 哺乳動物大食細胞から下記手順、すなわち(a)哺乳動物から大食細胞の標本を集め、
(b)前記大食細胞の一部を、哺乳動物における侵入事態に関連する刺激物質と共に培養し、そして(c)前記大食細胞を、前記メディエーター物質の生成を誘発させることにより得られること; を含む特性を有する抗原に対する第一抗体及び/もしくは前記第一抗体に対し特異的に向けられた第二抗体を含む試験キット。
【請求項3】 哺乳動物におけるメディエーター物質の毒性レベルを減少させ、哺乳動物におけるショックを治療し、哺乳動物におけるショックの発生を防止し、及び/もしくは悪液質病を治療するための医薬組成物を製造するための抗体であって、前記抗体がメディエーター活性組成物中の、ある抗原に対する抗体であり、前記抗原が下記特性、すなわち:(イ)生物学的活性にして(a)同化酵素であるリポプロティンリパーゼ、アセチル補酵素Aカルボキシラーゼ、及び脂肪酸シンセターゼの活性を抑制し、及び(ロ)哺乳動物大食細胞から下記手順、すなわち、
(a)哺乳動物から大食細胞の標本を集め、
(b)前記大食細胞の一部を、哺乳動物における侵入事態に関連する刺激物質と共に培養し、
(c)前記大食細胞を、前記メディエーター物質の生成を誘発させることにより得られること; を含む特性を有する抗原であることを特徴とする医薬組成物製造のための抗体。
【請求項4】 メディエーター活性組成物中の、ある抗原に対する抗体に特異的に向けられた抗体であって、前記抗原が下記特性、すなわち:(イ)生物学的活性にして(a)同化酵素であるリポプロティンリパーゼ、アセチル補酵素Aカルボキシラーゼ、及び脂肪酸シンセターゼの活性を抑制し、及び(ロ)哺乳動物大食細胞から下記手順、すなわち、
(a)哺乳動物から大食細胞の標本を集め、
(b)前記大食細胞の一部を、哺乳動物における侵入事態に関連する刺激物質と共に培養し、
(c)前記大食細胞を、前記メディエーター物質の生成を誘発させることにより得られること; を含む特性を有する抗原に対する抗体に特異的に向けられた抗体。
3 審決の理由の要点 (1) 原査定の拒絶理由の概要は、本願明細書の発明の詳細な説明においては、メディエーター物質に対する抗体が調製され得ることを客観的に確認し得る記載はないから、本件出願は特許法第36条第3項の規定を満たしていないというものである。
一方、原告(請求人)は、審判請求書において、本件出願の優先権主張日時点において公知のハイブリドーマ技術を使用することにより、メディエーター物質に対する抗体を得ることは可能であった旨主張するとともに、平成7年12月6日付け手続補正書により本願明細書の発明の詳細な説明における段落番号【0008】の記載を以下のように補正した。
「本発明は、哺乳動物中におけるメディエーター物質活性を測定することにより哺乳動物中における種々侵入刺激の存在を検知する方法にも関わる。
すなわち、多数のメディエーター物質を既知刺激物質から調整し、これをそれぞれのメディエーター物質の存在を検知し得る抗体を増殖させるために使用することができる。これら抗体は公知のハイブリドーマ法によって調整できる。
このハイブリドーマは、“Nature,Vol.256(1975年8月7日号)”の495〜497頁に記載される如く、KohlerとMilsteinにより最初に調整されて以来、“THE JOURNAL IMMUNOLOGY,Vol.123(1979年10月4日号)”の1548〜1550頁に限らず、
そのほかに“MONOCLONAL ANTIBODIES(R.H.Kennett,T.J.McKearn及びK.B.Bechtol編集、1980年 Plenum Press出版)”の特に137〜152頁、や“Nature,Vol,277(1979年1月11日号)”の131〜133頁、や“Nature,Vol,285(1980年5月22日号)”の238〜240頁及び259〜261頁等にも、例えば融合マウス脾臓リンパ球と骨髄腫が記載され、この融合マウス脾臓リンパ球と骨髄腫か、あるいは兎、山羊その他の哺乳動物中につくることによって調製できることが1981年までに十分に確立されていた。
〜略〜 なお、このハイブリドーマは、例えばJames W.Godingの“Antibody Production by Hybridomas”についての論文、“THE JOURNAL IMMUNOLOGY Methods 39(1980年)”の285頁〜308頁、や“Lymphocyte Hybridomas(1979年)”中のPrefaceのXV頁に記載される如く、たとえ免疫化される抗原(Immunizing antigen)が純粋なかたちでなくとも免疫化のために使用される混合物中に含有されていれば、抗原に対する特異的な抗体を調製できる。」 (2) そこで、この補正を含め、以下、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討する。
本願明細書の発明の詳細な説明においては、メディエーター物質に対する抗体の調製手段について、上記段落番号【0008】の記載のほかに、段落番号【0017】において「メディエーター物質の抗体は例えば融合したマウスの脾白血球及び骨髄腫細胞を用いるハイブリドーマ法を含む公知の方法により、兎、山羊、羊その他の哺乳動物に抗体を生じさせるために使用できる。」との記載があるのみであって、該抗体の調整手段について当業者の追試を可能とするような実施例等の具体的な記載はなく、また、該抗体を現実に得たことを明らかにする記載もない。
また、本願明細書の発明の詳細な説明における、段落番号【0008】及び【0017】の記載によれば、本願発明のメディエーター物質に対する抗体は、マウスの脾臓リンパ球あるいは脾臓白血球と骨髄腫細胞との融合細胞によるハイブリドーマ法により得られる旨示されているが、本願明細書において、実施例の記載において、唯一存在することがその活性から推認できるメディエーター物質は、マウス由来の物質であるから、同種のマウスに対して免疫原性を有さず、このメディエーター物質を使用してマウスを免疫しても、通常の方法ではこのメディエーター物質に対する抗体を産生する脾臓リンパ球あるいは脾臓自血球は得られない。
してみれば、この本願明細書の発明の詳細な説明の記載では、メディエーター物質に対する抗体を得ることは困難である。
さらに、上記段落番号【0008】の記載において挙げられた文献においては、
ラット×ラット、ラット×マウス及びヒト×マウスのハイブリドーマ等に関する記載があり、これらハイブリドーマの使用の前提として、上記マウス由来のメディエーター物質を他種のヒト、ラットに免疫することも全く考えられないとすることはできないが、ヒトについては、安全性が不明であるメディエーター物質を直接ヒトに対し免疫することはできず、何らかの代替手段か必要になるが、この手段については上記文献中に全く記載がない。また、ラットについては、ラットとマウスとは近縁種であって、必ずしもマウス由来のメディエーター物質がラットに対して免疫原性を有することは明らかではなく、これに加えて、本願明細書の実施例の記載によれば、このマウス由来のメディエーター物質はその活性の検出により、得られる組成物中にその存在が推認できるものにすぎず、組成物中のメディエーター物質の量は極めて微量であって、ラットを免疫するのに十分な抗原量を確保できないおそれもある。これらの点からみれば、上記文献におけるラット×ラット、ラット×マウス及びヒト×マウスのハイブリドーマに関する記載があったとしても、該記載を参酌して、メディエーター物質に対する抗体が容易に得られるとは、当業者においても必ずしもいえないとするのが妥当である。
原告は、審判請求書において、本願発明のメディエーター物質はネズミTNFに相当し、該TNFは上記文献中、“THE JOURNAL IMMUNOLOGY,Vol.123(1979年10月4日号)”の1548〜1550頁に記載された細胞系統X63-Ag8,653を、ねずみ(マウス)TNFにより免疫したハムスター由来の脾臓細胞の融合パートナーとして使用することにより、ネズミ(マウス)TNFに対する抗体が生産されたことが本件出願後に報告されている(「THE JOURNAL IMMUNOLOGY」Vol,142(1989年6月11日号)、3884〜3893頁)旨主張しているが、これによれば、ネズミ(マウス)TNFは、段落番号【0008】の記載中に挙げられた文献に記載されたマウス、ラット、ヒトとは異なるハムスターを免疫し、ハムスターの脾臓細胞を用いたハイブリドーマを用いてネズミ(マウス)TNFに対する抗体を得ているのであるから、上記段落番号【0008】の記載中の文献に用いた手法とは異なる手法を用いて該抗体を初めて得たことを示しており、しかも、該抗体を得たとする報告は本件出願の優先権主張日から7年以上経過してなされているのであるから、これらの点からみると、この主張は、かえって、本件出願の優先権主張日時点において、公知のハイブリドーマ技術を使用してもメディエーター物質に対する抗体を得ることは容易ではなかったことをうかがわせるものである。
なお、上記段落番号【0008】及び【0017】の記載において、メディエーター物質に対する抗体を兎、山羊、羊等の動物中につくる、あるいは生じさせる記載があるが、これら動物を用いる場合において、具体的にどのような手段を用いるのか全く明らかにされておらず、この記載のみでは、これら動物を用いてメディエーター物質に対する抗体を得ることは当業者において容易にはできないと解するほかない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明においては、本願発明のメディエーター物質に対する抗体を当業者が容易に得られるように記載されてはいない。
(3) 以上のとおりであるから、本願明細書の発明の詳細な説明においては、当業者が容易に実施し得るように発明の構成が記載されておらず、特許法第36条第3項の要件を満たしていない。
原告主張の審決取消事由
本願明細書の記載、並びに本件出願の優先権主張日当時の抗体調製に関する周知技術及び公知技術に従えば、本願発明は当業者において容易に実施可能であったのに、審決はこの点の判断を誤ったものである。
1 特許請求の範囲の記載から明らかなように、本願発明のメディエーター物質は任意の哺乳動物に由来するものであって、マウス由来のメディエーター物質に限定されない。
この点に関する原告の主張は、要するに、当業者は、必要であれば、腹膜滲出細胞をマウス以外の哺乳動物(例えば、ウサギ、ブタ)から調製し、そして刺激物質で刺激することによって、他の種由来のメディエーター物質を、必要に応じて調製し得た、というものである。
当業者が、マウス以外の哺乳動物に由来するメディエーター物質の存在を推認し得たであろうことは、本願明細書の次の記載から明らかである。すなわち、段落【0004】には、「本発明の第一の局面によれば、哺乳動物における同化酵素の状態を検定するために使用するメディエーターの調製方法が開示される。この方法は、哺乳動物が例えばビールス、細菌、原生動物、腫瘍、エンドトキセミアその他の侵入刺激を受けている場合に特に有用である。そのもっとも単純な局面の場合、
この方法は哺乳動物から大食細胞標本を集め、この大食細胞の一部を、侵入事態と関連する刺激物質と共に保温することを含む。例えば刺激物質は・・・寄生原生動物であるトリパノゾーマ ブルセイその他の場合、エンドトキシンであってもよい。」と記載されている。また、段落【0001】には、「例えば細菌、ビールス、原生動物の感染及び腫瘍、内毒素等の種々の侵入刺激に対する応答として種々の哺乳動物宿主には、いくつかの共通した物理的及び生化学的障害が見られる。・・・最近、原形動物寄生虫であるトリパノゾーマブルセイに感染した兎におけるハイパートリグリセリデミアが・・・報告されている。報告されたハイパートリグリセリデミアは、末梢組織における酵素リポプロティンリパーゼ(LPL)の活性に著しい低下をともなう。」と記載されている。
このように、ウサギにおいて、メディエーター物質を誘発し得る刺激物質である「トリパノゾーマ ブルセイ」は、末梢組織におけるリポプロティンリパーゼの活性低下を引き起こすことが、本願明細書の記載から明らかである。
よって、当業者は、マウス由来のメディエーター物質以外に、少なくとも、ウサギ由来のメディエーター物質の存在を推認し得、そして本願明細書中に記載されるマウス由来の物質についての方法に従って、ウサギの大食細胞からメディエーター物質を過度な実験を要することなく調製し得た。
したがって、審決が、実施例の記載にのみ拘泥し、「本願明細書において、実施例の記載において、唯一存在することがその活性から推認できるメディエーター物質は、マウス由来の物質である」と認定したのは誤りである。当業者は、本願明細書の記載全体から、マウス以外の哺乳動物に由来するメディエーター物質を実施し得たものである。
2 本願明細書には、本件メディエーター物質が、哺乳動物から大食細胞の標本を集め、前記大食細胞の一部を、哺乳動物における侵入事態に関連する刺激物質と共に培養することにより得られる、ことを明記しており(段落【0004】)、当業者であれば、この記載並びにマウスに関する実施例TのパラグラフD(段落【0039】ないし【0040】の記載を参照して、例えば、哺乳動物であるウサギの腹膜滲出大食細胞から容易に調製し得る。また、本件メディエーター物質のような生物活性物質には、動物間に化学構造の類似性があり(乙第1号証)、物理的性質及び化学的性質も類似しているので、マウスメディエーター物質の場合と同様な調製方法で他の動物からも精製可能である。科学的根拠を示すことなく、具体的実施例の記載がないことのみをもって、マウス以外の哺乳動物由来のメディエーター物質が調製され得ないとすることはできない。
本願明細書の記載に基づいて、当業者が、マウス以外の哺乳動物に由来するメディエーター物質の存在を予測し、同明細書に記載の方法に従って取得可能であると予測できたことは、甲第43号証(A博士の鑑定書)及び甲第44号証(B博士の供述書)からも明らかである。
3 原告は、審判において、メディエーター物質に対する抗体の実施可能性について、「部分的に精製されたメディエーター物質に対するポリクローナル抗血清は・・・ウサギの体内で調整できる。メディエーター活性、特に、LPL活性をブロックする抗体であるポリクローナル抗血清の存在は、容易に調べることができる。・・・メディエーターに対する抗体は、メディエーター単独で測定されるLPL活性の抑制量を減少させることになり、メディエーターの存在下におけるLPL活性の抑制量を最少化するようなポリクローナル抗血清の希釈度が決定される。すなわち、本願に開示されたメディエーター活性についてのアッセイは、ポリクローナル抗体滴定濃度を測定するためのアッセイをも提供するものである。」と主張した。
しかるに、審決は上記原告の主張に対する判断を遺脱し、あるいは、ポリクローナル抗血清の調製に関する本件出願の優先権主張日当時の周知技術を誤認し、その結果、「兎、山羊、羊等の動物・・・を用いてメディエーター物質に対する抗体を得ることは当業者において容易にはできないと解するほかない。」との認定をするに至ったものであり、誤りである。
本願明細書を精査しても、本願発明において、メディエーター物質に対する抗体を、モノクローナル抗体のみに限定する記載はなく、またそのように解釈すべき根拠となる記載もない。本願明細書段落【0017】には、「メディエーター物質は例えば融合したマウスの脾白血球及び骨髄腫細胞を用いるハイブリドーマ法を含む種々の公知方法により、兎、山羊、羊その他の哺乳動物に抗体を生じさせるために使用できる。」と記載されている。該記載から、当業者は、本願発明におけるメディエーター物質に対する抗体にはポリクローナル抗体が含まれること、及びその作製法を容易に理解し得たのである。
4 本件出願の優先権主張日当時、例えば、ウサギ、ヤギ、又はヒツジにおいて、ポリクローナル抗体(抗血清)を作製することが、当該分野において周知の技術であったことは、以下の点から明らかである。
「生物化学実験法15 免疫学実験入門」(甲第5号証)は、本件出願の第1優先権主張日(1981年9月8日)のわずか2日後に初版が発行された免疫学の教科書であるが、その17頁1ないし2行に、「普通の免疫学的な検査で用いられる主な動物は、ウサギ、モルモット、ヒツジ、マウス、ラット、ニワトリなどである。」、同頁6行に、「ウサギは種々の抗血清をつくるのに最も一般的に用いられる」と記載されている。また、17ないし69頁にかけて、ウサギ、マウスなどにおける抗血清の作製に必要な技術である飼育法、免疫注射法、採血法、抗血清の取扱方、免疫原の作製、抗血清の検定法、抗体の精製法などが詳細に記載されている。
「免疫化学(医化学実験法講座4)」(甲第6号証)の第2章「抗血清のつくり方」(44ないし71頁)は、主として、ウサギにおける抗血清の作製方法を詳しく記載している。すなわち、47頁左欄1ないし3行には、「動物によって免疫注射法は多少異なるが、ここでは、もっともひろくもちいられているウサギに抗体をつくらせるときの方法についてくわしくのべることにする。」と記載され、69頁左欄1ないし8行には、「ウサギは、種々の抗血清をつくらせる動物としてちょうど扱いやすい手ごろの大きさであり、おとなしいうえに抗体もつくりやすい動物なのでもっとも多く利用されている。・・・ウサギの蛋白質成分に対する抗体をつくろうとするとき(は)、・・・モルモット、・・・ヤギ、ヒツジがもちいられる。」と記載されている。また、64ないし68頁には、ウサギにおける、マウス由来の物質であるマウス免疫グロブリンに対する抗体のつくり方が詳しく記載されている。
「免疫実験操作法V」(甲第7号証)の1375ないし1382頁の「マウスの血清成分に対する抗血清の作製」と題する章には、マウス由来の免疫グロブリンに対する抗血清(すなわち、ポリクローナル抗体)をウサギにおいて作製する方法が記載されている。
Korean Journal of Biochemistry、第11巻、1ないし9頁(1979年)に記載の 「The Nature of Endotoxin-induced Tumor Necrosis Factor」なる報文(甲第8号証)の「抗血清の調製」の項(3頁左欄5ないし10行)に、「マウス血清、マウスHp、及びマウスTNF(U-e)(注、このマウスTNF(U-e)は、ハプトグロビン(Hp)とヘモグロビン(Hb)との複合体であって、サイトカインのTNFとは別異の物質である)(甲第8号証2頁左欄下6ないし3行参照)に対する抗血清を、ウサギにおいて、肢掌への注射によって調製した。抗マウスHp血清は、ヒト、ウサギ及びラットHpとは交差反応しなかった。」とのみ記載されている。科学文献においても、第三者が追試可能なように実験方法を記載するのが常識であることから、このような簡単な記載は、本報文の発表当時(すなわち、1979年当時)、抗血清の作製法が、当業者に周知の技術であったことを示すものである。
以上の事実から、抗血清(すなわち、ポリクローナル抗体)を、ウサギなどにおいて作製する技術は、本件出願の優先権主張日当時、当業者に周知であったことは明らかである。
5 原告は、さらに、審判において、公知のハイブリドーマに従ってメディエーター物質に対するモノクローナル抗体が調製可能であったことについて、「モノクローナル抗体の技術は・・・1981年までに十分確立されていた。・・・融合パートナーとして良好なマウスの骨髄腫細胞系統が存在していた。・・・ラット-マウス間又はヒト-マウス間のような異種間ハイブリドーマは一般的なものであった。・・・また、ラット-ラット間又はラット-マウス間のハイブリドーマに好適なラット骨髄腫細胞系統210RCY3-AG.1.2.3は、1979年までに既に記載されていた」と主張した。
しかるに、審決は、モノクローナル抗体の調製に関して、本件出願の優先権主張日当時の公知技術の内容を誤認し、その結果、「本件出願の優先権主張日時点において、公知のハイブリドーマ技術を使用してもメディエーター物質に対する抗体を得ることは容易ではなかった」と認定したが、失当である。理由は以下のとおりである。
マウス由来のメディエーター物質に対するモノクローナル抗体は、該物質で免疫したラット由来の脾臓細胞から、ラット×ラット又はラット×マウスのハイブリドーマを作製することによって得ることが可能であった。
すなわち、European Journal of Immunology、第8巻、539ないし551頁(1978年)に記載の「Monoclonal xenogeneic antibodies to murine cell surface antigens: identification of novel leukocyte differentiation antigens」なる報文(甲第9号証)は、マウスの細胞表面抗原でラットを免疫して、このラットの脾臓細胞とマウス骨髄腫細胞とのハイブリドーマからモノクローナル抗体を生じさせたことを報告している。
Nature、第277巻、131ないし133頁(1979年)に記載の「Rat×rat hybrid myelomas and a monoclonal anti-Fd portion of mouse IgG」なる報文(甲第10号証)は、マウスの免疫グロブリンG(IgG)で免疫したラット由来の脾臓細胞をラット骨髄腫細胞とを融合させたハイブリドーマからモノクローナル抗体を得たことを報告している。
Journal of Experimental Medicine、第159巻、1560ないし1565頁(1984年)に記載の「MONOCLONAL ANTIBODY TO MURINE GAMMA INTERFERON INHIBITS LYMPHOKINE-INDUCED ANTIVIRAL AND MACROPHAGE TUMORICIDAL ACTIVITIES」なる報文(甲第11号証)は、部分精製したマウスγインターフェロンに対してラットモノクローナル抗体を作製したことを報告している。この報文は、1984年のものではあるが、その免疫方法及び融合方法は、1560頁の「ラットの免疫、細胞融合手順、
及びハイブリドーマのクローニング」の項に、「DA系統のラットに、各回、フロイントアジュバント中に乳化した、32,000抗ウイルス単位の部分精製したMuIFN-γを皮下注射した。注射のスケジュール、採血の時期、及び抗血清の特異性は以前に詳細に記載されている(5)。最後の注射から19週間後、1匹のラットに、32,000単位のMuIFN-γを静脈内注射した。4日後、このラットの脾臓細胞を、マウスP3U-1ミエローマ株の細胞と5:1の比で混合し、そしてポリエチレングリコールI450(J.T.Baker Chemical Co., Phillipsburg, NJ)の存在下で、標準的な手順(6)を使用して、ハイブリドーマを形成させた。」と記載され、本件出願の優先権主張日当時の技術と本質的に同じである。免疫原(抗原)をフロイントアジュバント中で乳化することは、甲第5号証27頁〜28頁の「I-5 アジュバント-Freundのアジュバント注射法」の項、及び甲第6号証47頁〜49頁の「B.動物の注射法」の節に記載されており、本件出願の優先権主張日当時の周知技術であった。
甲第5号証27頁の「I-5 アジュバント-Freundのアジュバント注射法」の項3ないし5行及び甲第6号証47頁左欄10ないし11行には、アジュバントとともに免疫すると微量の抗原に対する抗体を作製し得ることが記載されている。甲第11号証は、上記のように、ラットを、部分精製したマウスγインターフェロンで免疫して、モノクローナル抗体を得たことを報告している(1560頁「ラットの免疫、
細胞融合手順、及びハイブリドーマのクローニング」の項1行〜3行)。
したがって、審決がした「ラットについては、ラットとマウスとは近縁種であって、必ずしもマウス由来のメディエーター物質がラットに対して免疫原性を有することは明らかではな(い)」及び「組成物中のメディエーター物質の量は極めて微量であって、ラットを免疫するに十分な抗原量を確保できないおそれもある。」との認定は、科学的根拠を欠く。
上記のように、メディエーター物質は、マウス由来のものだけではなく、マウス以外の哺乳動物由来のものも過度な実験を要することなく得ることができたのである。したがって、このようなマウス以外の哺乳動物由来のメディエーター物質に対するモノクローナル抗体は、マウス×マウス、ラット×マウスのハイブリドーマを含む、本件出願の優先権主張日当時公知のハイブリドーマ技術に従って、当業者に実施可能であったのである。
6 本願発明のメディエーター物質は、本件出願時に既に公知であったTNF(腫瘍壊死因子。tumor necrosis factor)と同一であることが、後日(1985年)になって判明した。
当時、TNFは、その腫瘍壊死活性のみが注目され、抗ガン剤としての利用可能性(すなわち、TNFを積極的に投与してガンもしくは腫瘍を壊死させようとする試み)についてのみ盛んに研究されていた。当時のTNF研究者は、TNFが死に至る消耗した状態をもたらすことに気づかなかったから、TNF活性を阻害するという視点を持たなかった。それゆえ、TNF研究者には、抗TNFモノクローナル抗体を作製しようとする動機は、全く存在しなかったのである。他方、マウス由来のメディエータに対するモノクローナル抗体を他の哺乳類の種において作製するために必要な知識は、本件出願の優先権主張日当時、公知であった。
したがって、本件出願の優先権主張日当時を含む1985年以前に抗TNFモノクローナル抗体に関する文献が一切存在しないのは、当時、そのような抗体の作製が技術的に困難であったからではなく、ただ単に研究者がその必要性を認識していなかったからにすぎない。この事実は極めて重要である。本願発明のメディエーター物質に対する抗体モノクローナル抗体が、当業者に格別の困難を要することなく調製可能であったことは、甲第42号証(C博士の鑑定書)及び甲第44号証(前出)からも、明らかである。
7 以上のとおり、本願発明は、本願明細書の記載、並びに本件出願の優先権主張日当時の抗体調製に関する周知技術及び公知技術に従えば、当業者において容易に実施可能であった。
審決取消事由に対する被告の反論
1 原告の主張は、本願発明は、マウスに由来するメディエーター物質に対するモノクローナル抗体、マウス以外の哺乳動物に由来するメディエーター物質に対するモノクローナル抗体、及び周知の抗血清調製法に従って得られたメディエーター物質に対するポリクローナル抗体を含み、これらおのおの異なる抗体のうち一つでも当業者が容易に実施可能な場合には、仮に他に容易に実施することができなくとも、本願発明を当業者が実施可能とすべきであるというに等しい。特許請求の範囲において当業者が容易に実施できない部分を包含する場合においては、該特許請求の範囲に記載された発明は、当業者が容易に実施し得ないものとされるべきであることは、特許法第36条第3項の規定が、発明の公開の代償として独占権を与えることをその趣旨として設けられていることからみて当然であるから、原告の主張は、前提において失当である。
本願明細書においては、メディエーター物質に対する抗体を得ることについて、
追試を可能とする実施例等の記載は全くなく、単に多数の文献を挙げて、該抗体が得られる旨記載するにすぎない。審決においては、該文献中に示されるハイブリドーマを用いた場合において、唯一その生成が推認できるマウスのメディエーター物質を使用して、該物質に対するモノクローナル抗体が容易に得られるか否かを検討し、容易には得られないと判断したのであるが、マウスのメディエーター物質に対するモノクローナル抗体が得られないのであれば、このモノクローナル抗体を含む本願発明は、当業者において容易には実施できないとされるべきである。原告の主張のように、本願発明は、マウスのメディエーター物質に対するモノクローナル抗体に限定されず、広範な抗体を含み、この抗体のうち、容易にできるものがあれば、本願発明全体も当業者が容易にできるものとすべきであるとするならば、当業者は、その発明を実施するために、本願明細書に具体的に開示のない種々の周知あるいは公知技術その他を駆使して、この広範な抗体の概念に含まれる抗体について、目的とする抗体が得られるまで過度の努力を強いられる。
2 本願明細書においては、マウスに由来するメディエーター物質のみがその活性から存在することが推認されるにすぎず、マウス以外の哺乳動物に由来するメディエーター物質については、それを現実に得たこと、及び該物質を現実に得るための当業者が追試し得るような調製手段を全く具体的に明らかにしていない。マウス以外の哺乳動物に由来するメディエーター物質に対する抗体を得るためには、まずマウス以外の哺乳動物に由来するメディエーター物質を得ることがその前提になるのであるから、このような前提となる記載がない本願明細書の記載から、マウス以外の哺乳動物に由来するメディエーター物質に対する抗体が当業者において容易に得られるとすることはできない。
マウス由来のメディエーター物質に対するポリクローナル抗体についても、本願明細書においてはこれを得るための具体的手段について記載がないばかりか、マウス由来のメディエーター物質についてはその活性からその存在が推認できるものにすぎず、本願明細書段落【0047】ないし【0050】において、「メディエーター活性組成物」と記載されているように、得られたものは単離精製されているものではない。また、これ以上に精製するための手段も記載されていない。抗血清(ポリクローナル抗体)の調製においては、まず、免疫源の精製が重要かつ困難であることは、甲第6号証の冒頭頁左欄下から2行ないし同右欄8行における「抗血清づくりに最も苦労するのは免疫源の精製である。非常に微量の抗原物質に対しても抗体産生の応答反応が起こり得ることを考えれば、わずかに混在する不純物に対する抗体も産生されてしまうことが当然予想され、できるだけ不純物を除くことに各人各様の苦労を重ねるわけである。また、できてしまった不純物に対する抗体をどのようにして除去し、目的の抗原物質に対して特異的な抗血清とするかという点も同じように苦労するところである。」と記載されていることからも明らかである。
したがって、単離精製されておらず、その手段も記載されていないマウス由来の「メディエーター活性組成物」から、メディエーター物質に対する抗血清(ポリクローナル抗体)を得ることは、少なくとも試行錯誤を伴う困難な作業を強いるものであることは疑い得ない。本願明細書に記載されている「メディエーター活性組成物」で、他の動物を免疫しても、得られるものは、不純物に対する抗体を多量に含むものであり、このようなものは、メディエーター物質に対する抗体とは到底いえないものであり、試薬、治療剤等には使用することができないものである。
マウス以外の哺乳動物に由来するメディエーター物質に対する抗体及びマウス由来のメディエーター物質に対するポリクローナル抗体についても、本願明細書の記載から、当業者において容易に得られるものとすることはできない。
当裁判所の判断
1 本願明細書及び図面の記載 甲第4号証(本願明細書の全文補正書、及び添付図面)並びに甲第3及び12号証(いずれも手続補正書)によれば、本願明細書及び図面に、概要、以下の@ないしOの記載があり、Pの記載がないことが認められる。
@ 「細菌、ビールス、原生動物の感染及び腫瘍、内毒素等の種々の侵入刺激に対する応答として種々の哺乳動物宿主には、いくつかの共通した物理的及び生化学的障害が見られる」こと、及びこの侵入刺激に対する哺乳動物宿主の応答は、例えば「発熱、白血球症、食欲不振及び活力低下、及び筋肉、白血球、肝臓の新陳代謝における異常」であることが公知であったこと(段落【0001】)。
A 本件出願の優先権主張日前に、原生動物寄生虫であるトリパノゾーマ・ブルセイに感染したウサギの「末梢組織における酵素リポプロティンリパーゼ(LPL)の活性」の著しい低下が報告されていたこと(段落【0001】)、このようなLPLの活性の低下は、「人体がショック状態にある時に存在する」こと、これに関連して多数の文献が参照できること(段落【0002】)、及び、これらの文献において、「メディエーター(mediators)」の存在が疑われていたこと(段落【0003】)。
B 本願発明者らは、メディエーターが、「同化酵素の活性に抑圧的な効果を及ぼす」と考え(段落【0003】)、種々のテストを行った結果、「メディエーター物質」を発見したこと、メディエーター物質は、「刺激物質」による刺激に応動して哺乳動物細胞中に生じるものであること、「刺激物質」とは、侵入的な刺激、例えば、細菌、ビールス、ある種の腫瘍、原生動物、エンドトキセミア等であること(段落【0014】)。
C メディエーター物質は、侵入に対して斗うためにエネルギーが必要な場合にエネルギー保蔵組織(筋肉、肝臓等)に対して影響を及ぼすために生み出されるものであって、「エネルギー保蔵組織に対して同化作用状態から異化作用状態に変える作用をなし、それによりこれらエネルギーの供給が容易であるようにする」ものであること、このため「侵入が短期間である場合には、哺乳動物は急速に回復」するが、侵入が慢性的なものである場合、エネルギーの完全枯渇、悪液質病、あるいは死亡を引き起し得ること(段落【0014】ほか)。
D メディエーター物質は、同化酵素(リポプロティンリパーゼ(LPL)、アセチル補酵素A(CoA)カルボキシラーゼ、脂肪酸シンセターゼ等)の働きを抑制する作用、及び、赤血球細胞形成の抑制効果を有すること(段落【0006】)。
E (a)メディエーター物質は、哺乳動物から大食細胞の標本を集め、その一部を侵入事態に関連する刺激物質とともに培養して大食細胞によるメディエーター物質の生産を誘発することにより調製ができること(段落【0004】、【0005】、【0007】、【0015】、【0016】)。
(b)メディエーター物質が誘発された培地は、「メディエーター物質を回収するように適切に処理される。例えば、遠心分離し、メディエーター物質含有表層物を引き出すか、或いはメディエーターを硫酸アンモニウムの40-60%溶液と共に沈殿する。」こと(段落【0005】)。
(c)「侵入事態に関連する刺激物質」は、エンドトキセミア、トリパノゾーマ、トリパノゾーマ ブルセイ、エンドトキシンであってよいこと(段落【0004】)。
F 調製したメディエーター物質は、その抗体の調製に用いることができること、
抗体の調製には、例えば「ハイブリドーマ法」が使用できること、ハイブリドーマ法により抗体を調製する手法は本件出願前の1981年までに十分確立されていたこと(段落【0008】)。
G 本願発明の「主たる目的は、例えば、感染などの侵入刺激の存在が疑われる哺乳動物における・・・メディエーター物質の検知方法を提供することである」こと(段落【0012】)。
H 本願発明の「別の目的は、上記メディエーター物質の検知方法に使用するメディエーター活性組成物の定量のための試験キットを提供することである」こと(段落【0012】)。
I 本願発明の「更に別の目的は、哺乳動物におけるメディエーター物質の有害な影響を緩和するか避けるために有効な抗体を提供することである」こと、「メディエーター物質活性を制御して哺乳動物におけるショックの治療、哺乳動物におけるショックの発生防止、及び/もしくは悪液質病の治療用医薬組成物を製造するための抗体を提供するか、或いはメディエーター活性組成物中の、ある抗原に対する抗体に特に向けられた抗体を提供することである」こと(段落【0013】)。
J 「Ab1(注、メディエーター活性に対する抗体)はメディエーター活性抗体」と呼ばれること(段落【0021】)。
K 「メディエーター活性の高レベルのものは哺乳動物体に有毒であり、不可逆的なショックの原因となることがある」こと、「メディエーターに特有の抗体はこの代謝異常のある宿主を治療するのに有用であること」(段落【0024】)。
L 実施例Tとして、
(a)エンドトキシン感性マウスにエンドトキシンを注射し、腹膜滲出細胞(大食細胞)を採取してエンドトキシンの存在下あるいは不存在下に培養し、培養液をエンドトキシン耐性マウスに注射したところ、マウスの脂肪組織中のLPL(リポプロティンリパーゼ)活性は、対照マウスと比較して32%に低下したこと(段落【0045】、【0046】、図2等)。
(b)エンドトキシンの存在下に培養されたマウス腹膜滲出細胞の培養液を遠心分離し、表層物を10,000ダルトンカットオフの膜を用いて限外濾過し、濾過物を濃縮し、濃縮物をカラムクロマトグラフにより処理したところ、2つのフラクションがLPL活性であったこと、これらフラクションのメディエーター活性組成物の分子量は、それぞれ、約300,000及び70,000ダルトンであったこと(段落【0047】)。
(c)上記限外濾過の濾液をカラムクロマトグラフで処理したところ、分子量約400ないし1000ダルトンに相当するフラクションがLPL活性を示したこと(段落【0048】)。
(d)エンドトキシン処理腹膜滲出細胞の培養液を真空透析により分離した場合には、メディエーター組成物は、12000ダルトン以上の分子量を有していたこと(段落【0050】、【0051】)。
(e)得られたメディエーター組成物が、リポプロティンリパーゼ(LPL)の活性を抑制すること(段落【0053】〜【0055】、【0058】〜【0065】)。
M 実施例Uとして、
実施例Tと同様にマウスの大食細胞からの調製したメディエーター物質が、アセチル補酵素Aカルボキシラーゼ活性、及び脂肪酸シンセターゼ活性を抑制したこと(段落【0066】〜【0080】)。
N 実施例Vとして、
実施例T及びUと同様にマウスの大食細胞から調製したメディエーター物質が、
赤血球前駆細胞の成長及び分化を抑制する効果を示したこと(段落【0081】〜【0102】)。
O 本件図1ないし図14、及びこれら図面の説明には、実施例TないしVにおける各種活性、効果等の実験の結果等が示されていること。
P なお、本願明細書中に含まれる具体例は上記実施例TないしVがそのすべてであり、マウス以外の哺乳類の種に由来するメディエーター物質を調製した具体例は記載されていないこと。また、メディエーター物質に対する抗体を調製した実施例は全く記載されていないこと。
2 本願発明の要旨によれば、本願発明における哺乳類のメディエーター物質は、
「(イ)生物学的活性にして (a)同化酵素であるリポプロティンリパーゼ、アセチル補酵素Aカルボキシラーゼ、及び脂肪酸シンセターゼの活性を抑制し、及び (ロ)哺乳動物大食細胞から下記手順、すなわち、
(a)哺乳動物から大食細胞の標本を集め、
(b)前記大食細胞の一部を、哺乳動物における侵入事態に関連する刺激物質と共に培養し、
(c)前記大食細胞を、前記メディエーター物質の生成を誘発させることにより得られること; を含む特性を有」する物質 であり、本件第1ないし第4発明は、このような哺乳類に対するメディエーター物質に対する抗体を、発明の必須の構成要件として含むものである。
3 原告は、審決は、メディエーター物質に対する抗体の調製に関し、本願明細書の記載内容、並びに本件出願の優先権主張日当時の抗体調製に関する周知技術及び公知技術を誤認し、その結果、「本願明細書の発明の詳細な説明においては、本願発明のメディエーター物質に対する抗体を当業者が容易に得られるように記載されてはいない」と誤って認定したものである旨主張するので、以下検討する。
(1) メディエーター物質(免疫原)の調製に関して (1)-1 本願発明のメディエーター物質が、生理活性タンパク質のサイトカインの一種であること、サイトカイン類は生理活性タンパク質の中でも特に微小量しか産生されないもので、哺乳類の種によりそれぞれ異なること、メディエーター物質に対する抗体は、メディエーター物質を免疫原として使用し、免疫細胞によるメディエーター物質に対する抗体の産生を誘起する工程を経て調製されることについては、原告、被告とも当然の前提としているところである。
したがって、メディエーター物質に対する抗体を当業者が容易に調製することができるというためには、その前提として、哺乳類の種それぞれについて、メディエーター物質を免疫原として使用するに足りる量で当業者が容易に調製し得ることが必要なのは明らかである。
(1)-2 そこで、本願発明についてこの前提が成り立つか否かの点について検討する。
1) 甲第15号証によれば、本件出願の優先権主張日(1981年及び1982年の複合優先)より約8ないし9年後の1990年に発行されたThe Journal of Immunology 145巻11号には、ラット脾臓細胞とマウス骨髄細胞とのハイブリドーマから、マウスTNFに対する強力な中和活性を有するモノクローナル抗体を産生させたことを内容とする論文が掲載されているところ、その3762ないし3766頁(被告翻訳部分3ないし6行)には、「標準的免疫方法のための純粋で天然のサイトカインの充分な量を得ることは難しい。そのため、我々は、脾臓内免疫法-少量の抗原のみを要求する方法(19)-のための不死化マウスT細胞(C129)の上澄みから分離した少量のサイトカインを使用した。」との記載があることが認められる。
この記載によれば、本件出願の優先権主張日より約8ないし9年後の時点においても、サイトカインであるTNFの研究に従事している研究者が、標準的免疫方法で免疫原として使用すべきサイトカインの充分な量を得ることは難しいものとの認識を有し、この問題を克服するため、脾臓内細胞法を採用する等の創意工夫をしていたとの事実を認めることができる。なお、脾臓内細胞法が、本件出願の優先権主張日より後に開発された免疫方法であること、上記記載でいう標準的免疫方法とは、抗血清法及びハイブリドーマ法であることについては、原告も特に争うところではない。
2) 乙第1号証によれば、日本生化学会編「新生化学実験講座12 分子免疫学V」(1992年発行)に、抗血清(ポリクローナル抗体)及びハイブリドーマ法によるモノクローナル抗体の調製に共通する「免疫動物の選び方」として、「抗血清の必要量が少ないときにはマウスを数十匹用いるのがよい。・・・抗血清の必要量が多いときには、実験的研究であればウサギを5匹程度用いれば、かなり特徴の異なる抗血清を数種類得ることができるので、・・・研究に便利であろう。」(1頁下8ないし2行)、「免疫原が動物由来の生物活性物質である場合は、被免疫動物も同様の生物活性物質をもっており、化学構造には相同性をもつ部分が多く種特異的構造の部分は少ないこともありうるので、免疫動物の選択は難しい」(1頁下1行ないし2頁2行)、「まずウサギを試み、これがだめならモルモット、ラット、マウス、ニワトリなどと進み経験を積まないと予測が難しい」(2頁2ないし3行)と記載されていることが認められる。
乙第6号証によれば、岩崎辰夫他著「単クローン抗体-ハイブリドーマとELISA-」1983年発行に、ハイブリドーマ法によりモノクローナル抗体を作製するための免疫方法として「抗原量、アジュバント使用の必要性、免疫回数とその間隔などは、抗原の性質、動物の免疫応答能力、抗原の精製程度などによって違うので、それぞれのケースごとに免疫条件を設定する必要がある。」(34頁5ないし7行)との記載があることが認められる。
甲第5号証によれば、松橋直他著「免疫学実験入門」1981年発行に、免疫注射による抗血清(ポリクローナルな抗体)の調製に関し、「Freundの完全あるいは不完全アジュバントが市販されているので、その指示に従って抗原を・・・注射する。一般に抗原の量は少量でよく、ウサギ1匹当り数mg〜十数mg、マウス1匹当り数μg〜数十μgの抗原があれば、充分に抗体産生を刺激できる」(27頁15ないし18行)との記載されていることが認められる。なお、上記の量が、いずれも、免疫原(抗原)を単離精製した後の量であることは自明である。 3) 上記各記載によれば、ある免疫原(抗原)からそれに対する抗体を調製する際に必要な免疫原の量は、その種類、使用する実験動物の種類、使用した動物の免疫応答能力、等多くの要因によって変化するものであって「それぞれのケースごとに免疫条件を設定する必要がある。」ものであり、その量はアジュバントを使用した場合においても、単離精製後の量で、実験動物1匹当たりウサギの場合十数mg、
マウスの場合数十μgの量が必要とされる場合があることを認めることができる。
また、実験動物の選択は必ずしも容易ではなく、常に免疫原(抗原)の量が少なくて済むマウスの使用が可能であるとは限らないものであることは明らかである。
このため、生理活性サイトカイン類に関しては、本件出願の優先権主張の約8ないし9年後の時点においても、なお、標準的な免疫法に必要とされる量のサイトカインを調製することは、当業者であっても難しいと認識されていたものというべきである。
4) マウスのメディエーター物質について 本願明細書中には、前記認定のとおり、エンドトキシン感性マウスの腹膜滲出細胞(大食細胞)をエンドトキシンにより誘発することによりマウスのメディエーター物質を調製した例が実施例TないしVとして記載されている(1LないしN)。
しかし、これらの実施例では、マウスのメディエーター物質は、限外濾過、カラムクロマトグラフィー、真空透析等により分離され、分子量が推定され、リポプロティンリパーゼ、アセチルCoAカルボキシラーゼ、脂肪酸シンテターゼの活性を抑圧する効果を示すこと等が確認されているにとどまり、その産生量についての記載は全くない。原告は、本願明細書の実施例に記載された方法に従えば、マウス1匹から約0.1μg/mlのメディエーター物質(TNF)を含む培地が約20mlが得られることが確認されている旨主張するが、その根拠についての記載はなく、
これに関する主張、立証はない。
5) ウサギのメディエーター物質について 前記1Aの認定のとおり、本願明細書中には、原生動物寄生虫であるトリパノゾーマ ブルセイに感染したウサギの末梢組織の酵素リポプロティンリパーゼ(LPL)の活性が著しく低下することが記載されている。この記載と、本願明細書のその他の部分の記載、特に実施例TないしVの記載とを総合すれば、トリパノゾーマ ブルセイに感染したウサギの大食細胞が、メディエーター物質を産生する可能性が高いものと推認することができる。
しかしながら、その場合において、ウサギのメディエーター物質がどの程度の量で産生されるかについての主張、立証はない。
6) マウス及びウサギ以外の哺乳類の種のメディエーター物質について イ) 前示のとおり、本願明細書中には、マウス以外の哺乳類の種のメディエーター物質の調製に関し、 (@)哺乳動物の大食細胞を「侵入事態に関連する刺激物質」と共に培養することにより、メディエーター物質の産生を誘導することができること(1E(a))、(A)大食細胞とともに培養する「侵入事態に関連する刺激物質」とは、具体的には、細菌、ビールス、ある種の腫瘍、原生動物、エンドトキセミア、
トリパノゾーマ ブルセイ、エンドトキシン等であること(1B及びE)、(B)メディエーター物質は、遠心分離、共沈等により回収可能であること(1E)等が記載されている。しかしながら、上記記載は、哺乳類のメディエーター物質の一般的な調製方法の概略を示すにすぎない。次に示す理由のとおり、このような一般的、
概略的な記載に基づいて、当業者が、マウス及びウサギ以外の哺乳類の種のメディエーター物質を、容易に免疫原に要求される量で調製することができたものとは、
必ずしも認められないというべきである。
ロ) 本願明細書記載の一般法に従って所望の哺乳類の種のメディエーター物質を調製するには、まず、所望の哺乳類の種の大食細胞を取得し、これを「侵入事態に関連する刺激物質」の存在下に培養し、メディエーター物質の産生を誘発することとなる。ところが、哺乳動物には、同一の種であっても系統による形質の差が存在し、同一の哺乳類の種の大食細胞を同一の「侵入事態に関連する刺激物質」の存在下に培養しても、必ずしも、同一量のメディエーター物質が誘発されるものではない。そして、前示のとおり、「標準的免疫方法のための純粋で天然のサイトカインの充分な量を得ることは難しい」ことにかんがみれば、免疫原に要求される量のメディエーター物質を誘発するため、哺乳類の種それぞれについて、好適な系統に由来する大食細胞と好適な「侵入事態に関連する刺激物質」の組合せを選択し、これを好適な条件で培養し、それぞれの種のメディエーター物質を誘発することが求められることは明らかである。
現に、本願明細書中のマウスに関する実施例TないしVでは、大食細胞として、
エンドトキシン感性系統のC3H/HeNマウスが、「侵入事態に関連する刺激物質」としてエンドトキシンが、それぞれ選択使用されている。ところが、本願明細書中には、マウス及びウサギ以外の哺乳類の種については、そのような組合せについての具体的な記載も示唆も見当たらない。また、本件全証拠によっても、そのような組合せが、本件出願の優先権主張日前に周知であったものとも、そのような組合せの選択が容易であったものとも認めることはできない。哺乳類の種の数は膨大であり、「細菌」、「ビールス」、「腫瘍」、「原生動物」、等の「侵入事態に関連する刺激物質」の数も膨大であるから、両者の組合せの数もまた膨大であることは明らかである。
そうすると、当業者は、膨大な数の組合せを探索し、哺乳類の種それぞれについて、適切な組合せを見いだし、それらについて、メディエーター物質を誘発する適切な条件を探索しなければならないものであり、このような探索が負担の大きいものであり、当業者であっても必ずしも容易でないものということができる。
(1)-3 原告は、本願明細書の記載に基づいて、当業者が、マウス以外の哺乳動物に由来するメディエーター物質の存在を予測し、本願明細書に記載の方法に従って取得可能であると予測し得たことは、甲第43号証(A博士の鑑定書)及び甲第44号証(B博士の供述書)からも明らかである旨主張するが、これら鑑定書及び供述書には、メディエーター物質の産生量について触れるところがない。マウス以外の哺乳類に由来するメディエーター物質の存在を予測し、それらを取得できることを予測できるとしても、このことは、直ちに、免疫原としての使用に充分な量のメディエーター物質が容易に取得できることを意味するものではなく、これらの鑑定書及び供述書の記載をもってしても、原告の上記主張に理由があるものとすることはできない。
(1)-4 以上説示したところによれば、本願発明において、免疫原として使用できる量のメディエーター物質が容易に調製できるとの前提が、必ずしも成立しないことは明らかである。
(2) メディエーター物質に対する抗体の調製に関して (2)-1 ポリクローナル抗体の調製 イ.甲第6号証によれば、右田俊介編集「免疫化学(医化学実験法講座4)」に、抗血清(ポリクローナル抗体)の調製について「動物への免疫注射の方法は種々あるが・・・いちおう能率のよい方法として報告されているものにしたがうとして、抗血清づくりにもっとも苦労するのは免疫原の精製である。非常に微量の抗原物質に対しても抗体産生の応答反応がおこりうることを考えれば、わずかに混在する不純物に対する抗体も産生されてしまうことが当然予想され、できるだけ不純物をのぞくことに各人各様の苦労をかさねるわけである。また、できてしまった不純物に対する抗体を、どのように除去し、目的の抗原物質に対して特異的な抗血清とするかという点も、おなじように苦労するところである。」(44頁左下欄下4行ないし右上欄8行)と記載されていることが認められる。
甲第5号証によれば、松橋直他著「免疫学実験入門」に、「免疫原の作製・・・動物に注射する抗原は、精製されたもの、不純物を含まないものが理想的である。
種々の物理化学的性質の差を利用して、順々に分離精製してゆくわけであるが、ごく微量しか含まれていないもの、あるいは物理化学的性質が非常によく似ていて分離が困難なものも少なくない。・・・抗体はあくまで動物がつくってくれるものであるので、ただ抗原を注射すれば、それに対する抗体ができると単純に考えるのは危険である。極端な例であるが、著者らは、ある物質を精製してウサギに注射したところ、それに対する抗体よりも、不純物として混在していた微量の物質に対する抗体の方がよくできてしまったという経験をもっている。注射する前の検討では検出できなかった不純物に対しても、非常に敏感に反応して抗体をよくつくる動物もいるということを実感した。」(35頁2ないし14行)と記載されていることが認められる。
ロ.日本生化学会編「新生化学実験講座12 分子免疫学V」(乙第1号証)には、前記のとおり、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体の両者の調製に共通する「免疫動物の選び方」として、「抗血清の必要量が少ないときにはマウスを数十匹用いるのがよい。・・・抗血清の必要量が多いときには、実験的研究であればウサギを5匹程度用いれば、かなり特徴の異なる抗血清を数種類得ることができるので、・・・研究に便利であろう。」、「免疫原が動物由来の生物活性物質である場合は、被免疫動物も同様の生物活性物質をもっており、化学構造には相同性をもつ部分が多く種特異的構造の部分は少ないこともありうるので、免疫動物の選択は難しい」、「まずウサギを試み、これがだめならモルモット、ラット、マウス、ニワトリなどと進み経験を積まないと予測が難しい」ことが記載されている。そして、同号証によれば、同書には、上記記載に続き、「もし、文献があればそれを参考にする。しかし、ここで大切なことは、初めての研究では、抗体がどこからも入手できないので抗体検出系を組むことができず、本来は抗体ができているのに見逃してしまうことが多いことである。これを防ぐためには、検出系を組む最初の段階では、文献あるいは他の類似実験の成績にとらわれずに、反応系の各因子の使用量の範囲を幅広くとったり、ウエスタンブロット法などいろいろな抗体検出系を組むことである。」(2頁3ないし9行)と記載されていることが認められる。
乙第6号証によれば、岩崎辰夫他著「単クローン抗体-ハイブリドーマとELISA-」には、「タンパクを抗原とする場合、抗原の動物種と同じ動物種を用いるか、それとも異種動物種を用いるかの判断はむずかしい。なぜなら、抗原と同種の動物を免疫するより異種動物を免疫するほうが免疫応答が高いことが多い反面、異種動物の場合には抗原分子上に存在する種特異性抗原決定基に対する免疫応答が生じるという点を考慮する必要があるからである。」(33頁23ないし28行)と記載されていることが認められる。
ハ.上記各記載によれば、抗血清(ポリクローナル抗体)の調製には、通常の免疫原(抗原)の場合であっても、免疫原の精製、実験動物の選定、生成した抗体の検出、精製等に困難があること、特に、生理活性物質(タンパク質)に対する抗体の調製は、その難度が高いものと認められる。そして、生理活性タンパク質の中でも、サイトカインは特に微小量しか産生されず、「標準的免疫方法のための純粋で天然のサイトカインの充分な量を得ることは難しい。」ことにかんがみれば、これに対する抗血清(ポリクローナル抗体)の調製は、特に困難の程度が高いものと認めることができる。このことは、本件出願の優先権主張日前においてサイトカイン類に対する抗血清(ポリクローナル抗体)の調製に成功した例を認めるべき証拠はないことからも、推認することができる。
ニ.そうすると、極めて微量にしか産生されないサイトカイン類の一種である本願発明の哺乳動物のメディエーター物質についても、これを免疫原として使用してその抗体を調製することが、本件出願の優先権主張日の時点において、当業者に容易であったものと認めることはできない。
(2)-2 ハイブリドーマ法によるモノクローナル抗体の調製 イ.ハイブリドーマ法によるモノクローナル抗体の調製の第1段階は、抗血清法によるポリクローナル抗体の調製と同様、マウス、ウサギ等の実験動物に免疫原(抗原)を注射し、実験動物の免疫細胞による抗体の産生を誘発することにあるから、その際の実験動物の選定については、抗血清法によるポリクローナル抗体の調製と同様の困難があることは明らかである。
特に、「免疫原が動物由来の生物活性物質である場合は、被免疫動物も同様の生物活性物質をもっており、化学構造には相同性をもつ部分が多く種特異的構造の部分は少ないこともありうるので、免疫動物の選択は難しい」ものであり(乙第1号証)、とりわけ、産生量が極めて少ないサイトカインの場合には、困難の程度が高いものと認めることができる。
ロ.その際使用する免疫原の純度について検討すると、甲第21号証によれば、The Journal of Immunological Methods 第39巻285頁〜308頁(1980年)の「ANTIBODY PRODUCTION BY HYBRIDOMAS」との論文に、「1975年に、Kohler及びMilsteinが、正常な抗体分泌細胞の個々のクローンは、ミエローマ細胞との融合によって不死化させ得ることを証明した。得られた『ハイブリドーマ』アプローチは、血清学を精度の新時代に進めた。・・・たとえ、免疫する抗原が純粋でなくとも、実質的に無制限量の均質で非常に特異的な抗体が産生され得る」(同号証翻訳3ないし8行)と記載されており、これによれば、ハイブリドーマ法によるモノクローナル抗体の調製には、抗血清(ポリクローナル抗体)を調製する場合よりは純度が劣るものであってもよいことが認められる。そうであるとしてもなお、前示のとおりThe Journal of Immunology、145巻11号(甲第15号証)に「標準的免疫方法のための純粋で天然のサイトカインの充分な量を得ることは難しい。」と記載されているように、本件出願の優先権主張日より約8ないし9年後の時点においても、なお、サイトカインのモノクローナル抗体を標準的免疫方法であるハイブリドーマ法により調製するには、なお、必要な量の免疫原を必要な純度で取得するのは難しい、との状況にあった事実は否定し難いところである。
ハ.岩崎辰夫他著「単クローン抗体-ハイブリドーマとELISA-」(乙第6号証)に、ハイブリドーマ法によりモノクローナル抗体を作製するための免疫方法について、「抗原量、アジュバント使用の必要性、免疫回数とその間隔などは、抗原の性質、動物の免疫応答能力、抗原の精製程度などによって違うので、それぞれのケースごとに免疫条件を設定する必要がある。」と記載されていることは前示のとおりであり、これによれば、特定免疫原に対する抗体を特定動物に産生させるための具体的な免疫条件(免疫プロトコール)は、それぞれのケースごとに、当業者が設定することが必要であるものと認められる。
また、乙第6号証によれば、同書には、「抗体産生ハイブリドーマを作製するうえで最大の問題点は、その形成率が比較的低いこと・・・である。・・・最もよい条件でもハイブリドーマが増殖してくるのは脾細胞2〜4×104個に1個であり、
一般には一頭のマウスからはたかだか500個程度のハイブリドーマしか増殖してこないといわれている。したがって、目的とする特異抗体を産生する細胞が脾細胞中に105個以下しか存在しない場合には、目的とするハイブリドーマを得ることはかなりむずかしくなる。」(69頁下8行ないし71頁1行)との記載も存することが認められる。
そうすると、一般に、目的とする抗体を産生する(免疫)細胞が少ない場合には、目的とするハイブリドーマを得ることは必ずしも容易でないことが認められるところ、サイトカインは、その産生量が極めて微量であることにかんがみれば、サイトカインに対する抗体を産生する免疫細胞を充分な数確保し、目的とするハイブリドーマを取得することは必ずしも容易ではないものということができる。
ニ.上記の各記載を総合すれば、ハイブリドーマ法によるモノクローナル抗体の調製は、抗血清(ポリクローナル抗体)を調製する場合より純度の低い免疫原を使用することができるとの利点があるものの、それでもなお、生理活性物質、特にサイトカインの場合には、必要な純度及び量の免疫原の入手が難しく、免疫動物の選定が難しく、それぞれのケースごとに免疫条件(免疫プロトコール)を設定することが必要であり、目的とするハイブリドーマを取得することは必ずしも容易ではないものと評価することができる。そうだとすれば、サイトカインの一種である本願発明のメディエーター物質についても、それに対するモノクローナル抗体をハイブリドーマ法により製造することが、当業者に容易であったものということはできない。
ホ.原告は、本件出願の優先権主張日前に、ハイブリドーマ法によりモノクローナル抗体を調製する方法は確立されており、当業者は、過度な実験を要することなく、メディエーター物質に対する抗体を調製することができた旨主張し、その根拠として、European Journal of Immunology、第8巻、539頁ないし551頁の報文(マウスの細胞表面抗原でラットを免疫して、このラットの脾臓細胞とマウス骨髄腫細胞とのハイブリドーマからモノクローナル抗体を調製した事例。甲第9号証)、Nature、第277巻、131ないし133頁の報文(マウスの免疫グロブリンGで免疫したラット由来の脾臓細胞をラット骨髄腫細胞とを融合させたハイブリドーマからモノクローナル抗体を得た事例。甲第10号証)、Journal of Experimental Medicine、第159巻、1560ないし1565頁の報文(部分精製したマウスγインターフェロンに対してラットモノクローナル抗体を調製した事例。甲第11号証)、松橋直他著「免疫学実験入門」(甲第5号証)及び右田俊介編集「免疫化学(医化学実験法講座4)」(甲第6号証)を挙げている。
しかし、ハイブリドーマ法による抗体の調製方法が、一般的な手法として、確立しているとしても、極めて微量しか産生されない生理活性タンパク質であるサイトカインに対する抗体の調製が、当業者に容易であったものといえないことは、既に説示したとおりである。しかも、甲第9号証及び甲第10号証の報文は、サイトカイン、あるいはサイトカインと同様に微小量しか産生されない生理活性タンパク質に対する抗体を調製したものではないし、甲第11号証の報文は、サイトカインの一種であるインターフェロン(IFN)の抗体を調製したものであるが、本件出願の優先権主張日の後の1984年に発行されたものである。甲第5号証及び第6号証の記載も、一般的な免疫法等について開示するにすぎない。したがって、これらの記載も、原告の上記主張を理由あるものとすることはできない。
ヘ.原告は、本願発明のメディエーター物質に対する抗体モノクローナル抗体が、当業者に格別の困難を要することなく調製可能であったことは、C博士の鑑定書(甲第42号証)及びB博士の供述書(甲第44号証)からも明らかである旨主張する。この鑑定書及び供述書は、ハイブリドーマ法によるモノクローナル抗体の調製方法が周知ないし公知であったこと、ハイブリドーマ法によりモノクローナル抗体を調製した事例について報告した文献が、本件出願の優先権主張日前に12文献(C鑑定書)、あるいは26文献(B供述書。うち1件(米国特許5212156号明細書)は本件出願の優先権主張日の後に公知となった文献)あることを根拠に、本願発明の哺乳動物のメディエーター物質に対する抗体の調製が、当業者にとって格別の困難がないとするものである。
しかしながら、これら文献のうち、サイトカイン、あるいはサイトカインと同様に微少量しか産生されない生理活性タンパク質に対する抗体を産生するハイブリドーマについて報告するものは、わずか2文献(マウスβ神経成長因子(C鑑定書及びB供述書の文献7)及びラットインターロイキン-2(C鑑定書の文献12=B供述書の文献15)にすぎない。しかもこれら両文献では、いずれも「MATERIALS AND METHODS」の欄が設けられ、免疫原の誘発方法、その精製方法、免疫プロトコール等が、詳細に記載されていることが認められるところ、これらの文献に記載された手法に従えば、他のサイトカインの抗体が容易に調製され得ると認めるべき根拠を示す証拠はなく、上記記載は、かえって、「標準的免疫方法のための純粋で天然のサイトカインの充分な量を得ることは難しい」との当業者の認識を裏付けるものである。
したがって、C博士の鑑定書並びにB博士の供述書をもってしても、原告の上記主張を裏付けるものとすることはできない。
4 まとめ 以上によれば、本願明細書の記載に従って、哺乳動物のメディエーター物質を免疫原としての使用に要求される量を調製することは当業者に容易であったものとは必ずしもいえないばかりでなく、微小量しか産生されない哺乳動物のメディエーター物質に対する抗体を調製することが、当業者に容易であったものと認めることはできない。したがって、「本願明細書の発明の詳細な説明においては、本願発明のメディエーター物質に対する抗体を当業者が容易に得られるように記載されてはいない」とした審決の認定、判断に誤りはない。
結論
以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がないので、原告の請求は棄却されるべきである。
(平成13年10月2日口頭弁論終結)
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 塩月秀平
裁判官 橋本英史