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関連審決 審判1999-7337
関連ワード 製造方法 /  新規性 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  試行錯誤 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  明細書の記載要件 /  遡及 /  優先権 /  分割出願 /  着想 /  参酌 /  実施 /  構成要件 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  釈明 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 354号 審決取消請求事件
原告 アウシモントソチエタ ペル アツィオ ーニ
訴訟代理人弁理士 倉内基弘
同 風間弘志
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 山田泰之
同 花田吉秋
同 森田 ひとみ
同 宮川久成
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/10/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年審判第7337号事件について平成12年5月1日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文第1、2項と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、1985年(昭和60年)11月20日にイタリア国においてした特許出願に基づく優先権を主張して昭和61年11月14日にした特許出願(特願昭61-270001号、以下「原出願」という。)の一部を分割して、平成9年2月13日、名称を「新規な官能化ペルフルオロポリエーテルとその製造方法」とする発明につき新たな特許出願(特願平9-42855号)をしたが、平成11年2月2日に拒絶査定を受けたので、同年5月6日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成11年審判第7337号事件として審理した上、平成12年5月1日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同月24日原告に送達された。
2 本願発明の要旨 平成10年11月20日付け手続補正書によって補正された明細書(以下「本件明細書」という。)に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨は以下のとおりである。なお、本件明細書の特許請求の範囲の請求項2以下は実施態様項である。
【請求項1】下記類 【化1】 [ここでn、m、p、qおよびrは整数にして、nは2〜200範囲、m、
p、qおよびrは1〜100範囲で夫々変動し、そしてm+p+q+rの和は4〜400範囲であり、 RfはCF 3又はC 2F 5であり、AはF又はOR fであり、BおよびDは炭素原子1〜3個のペルフルオロアルキルであり、EはF又はOR’f(R’ f=炭素原子1〜3個のペルフルオロアルキル)である] のペルフルオロポリエーテルを分断するに当り、前記第(T)類、第(U)類又は第(V)類のペルフルオロポリエーテルを、V、Mn、Ni、Cu、Zr、MoおよびZnの遷移金属、Sn並びにSbの群から選ばれる元素の弗化物、オキシ弗化物、酸化物又はこれらの混合物或はこれらの先駆物質よりなる触媒の存在下150〜380℃範囲の温度に加熱することを含む方法。
3 審決の理由 審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、本件明細書には、当業者が本願発明を容易に実施できる程度に記載されているものとは認められないから、本件特許出願は特許法36条3項(注、「平成2年法律第30号による改正前の特許法36条3項」の趣旨と解される。以下「特許法旧36条3項」という。)の要件を満たさないとした。
原告主張の審決取消事由
1 審決の理由中、本件明細書の記載をそのまま摘記した部分の認定並びに本件明細書の記載は「本願発明においては、触媒の種類、特性、量が反応条件及び生成物化合物に影響を与える重要な要素であることを示している。このことは、当業者が所定の(目的とする)平均分子量を有する化合物を得るためには、触媒の種類、
使用量及び反応条件についての情報が不可避的に必要であることを意味するものと認められる」との認定(審決謄本4頁1行目〜6行目)は認める。
審決は、本件明細書の記載は特許法旧36条3項所定の記載要件を満たしていないとの誤った判断をしたものであるから、違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(明細書の記載要件の充足性に関する判断の誤り) (1) 審決は、「本願明細書には、触媒の種類について、特許請求の範囲の記載と同様な、『V、Mn、Ni、Cu、Zr、Mo、Znの各遷移金属、Sn及びSb群から選ばれる元素の弗化物、オキシ弗化物、酸化物又はこれらの混合物あるいはこれらの先駆物質』という広範かつ包括的な記載があるだけで(Niについては、『金属弗化物により代表される』旨の記載がある。)、目的にかなった特定の触媒を着想し、あるいは、製造ないし入手する手がかりとなる説明はなく、その使用量も、原料ペルフルオロポリエーテルに対し0.1〜10重量%(第(V)類のポリエーテルの場合は多い)、反応温度は150〜380℃、反応時間は1分〜数時間好ましくは3分〜5時間程度、という、ともに広範な変動範囲が示されるに止まり、当業者が実施に必要な条件設定の手がかりとすべき具体的な説明が一切なされていない」(審決謄本4頁8行目〜19行目)とした上、「本願明細書には、当業者が発明を容易に実施できる程度に記載されているものとは認められないから、
本願は、特許法第36条第3項(注、特許法旧36条3項)の規定を満たしていない」(同5頁30行目〜32行目)と判断するが、誤りである。
(2) 本願発明は、特許請求の範囲の請求項1の記載から明らかなように、高分子量のペルフルオロポリエーテルを分断して低分子量の化合物を得るものであって、所定の分子量を有する化合物を得ることを目的とするものではないから、所定の分子量のペルフルオロポリエーテルを得るための分断の程度は重要なことではなく、当業者が所望に応じて反応条件を決めることになる。そして、本件明細書(甲第2、第15号証)の発明の詳細な説明には、「この目的を達成するための限定条件は、a)温度を、触媒の種類および量を関数として150〜380℃範囲に保つこと、そして b)使用触媒の種類および濃度である」(段落【0008】)ことが記載され、さらに、触媒の使用量については「用いられる触媒の量は出発物質ペルフルオロポリエーテルの重量に関し0.1〜10重量%範囲で変動する」(段落【0005】)と、反応時間については「反応時間は例えば、1分〜数時間好ましくは3分〜5時間程度の広い範囲にわたって変動しうる」(段落【0006】)との記載があるから、反応をこのような条件下で実施すれば、常に高分子量のペルフルオロポリエーテルの分断が行われ、低分子量の化合物が得られる。そして、本願発明において用いることができる触媒は何ら特殊のものではなく、市販されているか又は当業者が容易に製造することができる任意の触媒を使用すれば足りるのであるから、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて容易に本願発明の実施をすることができるというべきである。
なお、審決は、「一般に触媒の関与する反応において、触媒の種類(構成元素・組成等)が、反応の成否と密接に関係するものであることは、当業者のよく知るところであり、本願明細書においても・・・触媒の種類、特性、量が反応条件及び生成物化合物に影響を与える重要な要素である旨の記載がなされている」(審決謄本4頁26行目〜30行目)ことを本件明細書の記載不備の論拠の一つとするが、これらの条件は所定の分子量の化合物を得ようとする際に関係してくるものであって、分断の程度を規定しない本願発明の実施の容易性を左右するものではない。
(3) さらに、@本件明細書の「実施例1」の記載(甲第15号証)、A平成10年11月20日付け意見書添付の実験報告書の記載(甲第16号証)、B原出願に係る明細書(甲第3号証)の記載によっても、下記のとおり、本願発明の実施の容易性は基礎付けられるというべきである。
ア 本件明細書の段落【0017】(甲第15号証)には、γ-AlF3を触媒として使用する「実施例1」が記載されている。ここで使用されている触媒の種類が本願発明の構成と異なるため、これが本来の意味の実施例でないことは確かであるが、それ以外の点では本願発明に包含される条件下で行われて、かつ、本願発明の効果を奏することが示されているから、本願発明の実施における有力な手掛かりとなる。
イ 原告は、本願発明の特許出願に係る審査過程で、平成10年7月2日付けの拒絶理由通知に対し、同年11月20日、手続補正書とともに意見書(甲第16号証)を特許庁に提出したが、この意見書添付の実験報告書に記載されている試験1、2は、本願発明の構成要件を満足する触媒であるV2O 5+MnO 2+NiF2及びSbF 5を用い、その他の本願発明の構成要件及び本件明細書の発明の詳細な説明に従った反応条件で実施したものであり、その結果、ペルフルオロポリエーテルが分断されるという本願発明の効果が奏されることが示されている。これは、当業者が本件明細書の記載を忠実にたどることにより、容易に本願発明の実施をすることができることを裏付けるものである。なお、上記試験1、2を原出願明細書の実施例として追加するとの内容の平成7年2月1日付け手続補正に対しては、同年3月22日に補正却下決定がされ、その不服審判請求事件においても同年12月21日に請求不成立審決がされたものであるが、明細書の記載に基づいて容易に実施可能であることを補足的に確認するものとして評価されるべきである。
ウ 原出願に係る明細書(甲第3号証)には、Ti、Cr、Fe、Co及びAlの元素の化合物から成る触媒を用いた実施例が示され、これらのすべてにおいてペルフルオロポリエーテルを分断するという効果が確認されているのであるから、これら以外の元素で本願発明に規定する元素についても、その化合物を触媒として用い、本件明細書の記載に基づいて実施するならば、同様の効果を予測することは可能というべきである。
(4) 被告は、本願発明における触媒の種類は膨大な数に上り、その逐一について反応条件等の組合せを試行し、精査することが必要となり、多大な試行錯誤を要する旨主張するが、本願発明の要旨に規定する「V、Mn、Ni、Cu、Zr、MoおよびZnの遷移金属、Sn並びにSbの群から選ばれる元素の弗化物、オキシ弗化物、酸化物又はこれらの混合物或はこれらの先駆物質よりなる触媒」は、当業者によく知られているものにすぎず、また、本件明細書の「ニッケルの場合、効果的触媒は、酸化度の最も高い金属弗化物により代表されることが確かめられた。また、良好な結果は、酸化度が最高値より低いNiのハロゲン化物を用いても達成される。但し、その場合、反応容器には基体弗素流れを導入し、該流れによって最も高い酸化状態にある対応弗化物を現場形成させるものとする。また、弗化物およびオキシ弗化物は、弗素の存在で対応するハロゲン化物から現場製造することができる」(段落【0009】)との記載に基づいて、当業者が本願発明の方法において使用する触媒を調製又は入手することは容易である。
被告の反論
1 審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(明細書の記載要件の充足性に関する判断の誤り)について (1) 明細書には、その技術文献としての性格上、当業者が容易に発明実施をすることができる程度にその発明の目的、構成とともに、その特有の効果を具体的に記載すべきところ(特許法旧36条3項)、触媒に係る発明においては、一般に、触媒効果を理論的あるいは経験則に基づいて確実に予測することは困難であるため、当該発明の触媒の効果に関する説明が具体的かつ明確に記載されていなければならない。すなわち、明細書に具体的なデータ又はそれと同視し得る程度の記載をしてその触媒効果を裏付ける必要があり、それがない本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、同項に違反するといわなければならない。
(2) 原告は、本願発明は本件明細書の記載に基づいて容易に実施することができる旨主張するが、本件明細書には、当業者が所定の平均分子量を有する化合物を得るためには、触媒の種類や使用量など反応条件についての情報が不可避的に必要であることを記載しながら、これらの情報の詳細が不明であるといわなければならない。すなわち、本願発明に係る遷移金属並びにSn及びSbが化合物において採り得る価数は、V(バナジウム)は2〜5価、Mn(マンガン)は1〜7価、Ni(ニッケル)は0〜4価、Cu(銅)は1〜3価、Z(ジルコニウム)は2〜4価、Mo(モリブデン)は2〜6価、Zn(亜鉛)は2価、Sn(錫)は2又は4価、Sb(アンチモン)は3又は5価であり(共立出版株式会社発行の「化学大辞典(縮刷版)1、4〜9」、縮刷版第1刷発行は昭和38年7月1日〜昭和39年3月15日、乙第1〜第7号証)、これら価数を採り得るそれぞれについて、弗化物、オキシ弗化物、酸化物、更に混合物や先駆物質を考慮すると、本願発明における触媒の候補となる化合物は、その種類だけでも膨大な数となることは明らかである。そうすると、本願発明における触媒は、このような膨大な数の化合物の種類から選択した逐一について、本願発明の方法に使用できるものであることを確認する必要があることになる。さらに、「一般に触媒活性を支配する因子は非常に多い。
活性を支配する因子は・・・結晶構造、表面積、細孔構造および格子欠陥などが関連し、これらは触媒の製造と密接な関係があり、同一原料を用いても製造操作の相違により触媒性能が大きく影響されるので、その製法にはとくに注意を払う必要がある」(昭和50年6月10日丸善株式会社発行の「化学便覧応用編(改訂2版)」720頁左欄38行目〜44行目、乙第8号証)とされているように、同じ化合物であってもその製造方法により触媒としての性質に差異が生じるので、上記確認の際には、各々の触媒を合成し、次いで、反応温度や触媒の使用量等の広い範囲にわたる反応条件の組合せを実際に試行し、反応が進むか否かを精査することが不可欠となる。
ところが、本件明細書には、本願発明において用いられる触媒の量について、出発物質ペルフルオロポリエーテルの重量に対し0.1〜10重量%、反応時間について1分〜数時間、温度について150〜380℃との記載はあるものの、
このような記載のみでは、所定の平均分子量を有する化合物を得るのに多大の試行錯誤を要し、その実施は極めて困難というべきである。
(3) 原告は、@本件明細書の「実施例1」の記載、A平成10年11月20日付け意見書添付の実験報告書の記載、B原出願に係る明細書の記載から、本願発明の実施の容易性が基礎付けられる旨主張するが、いずれも失当である。
すなわち、上記@の「実施例1」は本願発明の実施例ではないし、原告の主張するように、「実施例1」の触媒を本願発明の規定する触媒に代えてその他の条件を変更せずに反応を進めても、触媒の種類によってその活性が異なる以上、必ずしも「実施例1」のように反応が進行するといえないことは明らかである。また、上記Aについては、特許法旧36条3項に規定する記載要件の判断は、あくまでも出願当初の明細書の記載と出願時の技術常識に基づいてされるものであるから、意見書や実験報告書による釈明は、特許請求の範囲の一部についてのみ効果を確認する具体例の記載がある場合に、その余の部分の効果を確認するなどの意味を有することはあっても、本件のように出願当初の明細書に具体例の記載が全くない場合には、その記載の不備を補うことにはならない。さらに、分割出願は、特許法44条1項の定めるとおり、原出願とは全く別の新たな出願であって、同条2項の規定も、新規性進歩性を検討する上で原出願時に出願日の遡及を認めることをいうにすぎず、分割に係る出願の明細書の記載内容の不備に関して原出願に係る明細書の記載を参酌すべきことまで規定するものではないから、上記Bの主張も根拠を欠く。
当裁判所の判断
1 取消事由(明細書の記載要件の充足性に関する判断の誤り)について (1) 本件明細書の発明の詳細な説明において、本願発明の目的、構成及び効果がどのように記載されているかをまず検討する。
ア 本件明細書(甲第2、第15号証)の発明の詳細な説明には、下記の記載があることが認められる。
記 【0002】【従来の技術】一般に、上記ペルフルオロポリエーテルの製造に用いられる方法は、大部分が高すぎる分子量を有するペルフルオロポリエーテルに帰着することが知られている。かかる高分子量ペルフルオロポリエーテルは実用上制約がある。事実、電子装置分野における使用では、平均分子量の非常に低いペルフルオロポリエーテルが必要とされ、また高真空ポンプ用作動流体としては分子量が中程度のペルフルオロポリエーテルが必要とされることはよく知られている。
【0003】【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、前記ペルフルオロポリエーテルの平均分子量を、ペルフルオロポリエーテル鎖の分断により所望値になるまで減ずる方法を提供することである。更に特定するに、本発明は、
下記類 【化2】 [ここでn、m、p、qおよびrは整数にして、nは2〜200範囲、
m、p、qおよびrは1〜100範囲で夫々変動し、そしてm+p+q+rの和は4〜400範囲であり、 RfはCF 3又はC 2F 5であり、AはF又はOR fであり、BおよびDは炭素原子1〜3個のペルフルオロアルキルであり、EはF又はOR’f(R’ f=炭素原子1〜3個のペルフルオロアルキル)である]のペルフルオロポリエーテルを分断処理することに関する。
【0004】【課題を解決するための手段】この分断プロセスは、上記第(T)類、第(U)類又は第(V)類のペルフルオロポリエーテルを、V、Mn、
Ni、Cu、Zr、MoおよびZnの遷移金属、Sn並びにSbの群から選ばれる元素の弗化物、オキシ弗化物、酸化物又はこれらの混合物或はこれらの先駆物質よりなる触媒の存在下150〜380℃範囲の温度に加熱することを含む。
【0005】【発明の実施の形態】用いられる触媒の量は出発物質ペルフルオロポリエーテルの重量に関し0.1〜10重量%範囲で変動する。本発明の方法は・・・第(V)類のペルフルオロポリエーテルに対しても用いることができる。この場合、触媒の使用量は多くなり、処理時間も長くしまた温度も高くなる。
【0006】同様に、分断に付されるフルオロポリエーテルとして、既述の如くオキセタンの開環工程で直接取得される第(U)類の化合物を用いることができる。このような場合、単量体単位は-CH2CF 2CF 2 O-である。このポリエーテルについてはヨーロッパ特許公告第148,482号に記されている。反応時間は例えば、1分〜数時間好ましくは3分〜5時間程度の広い範囲にわたって変動しうる。それゆえ、作動条件および使用触媒の特性値を選ぶことにより、高分子量ペルフルオロポリエーテルから出発して主に所定の平均分子量を有する化合物を得ることができる。
【0007】・・・本方法が供する利益は、通常のペルフルオロポリエーテル製造方法によって得られる製品の分子量分布を、特に最も有用な部分で富化させることにより修正しうるという事実にある。それゆえ、製造プロセスには、最終製品の粘度および蒸気圧特性を左右する所定の分子量を有する化合物の取得に重要な高い融通性が付与される。
イ 本件明細書の発明の詳細な説明の上記記載によれば、【従来の技術】欄において、本願発明は、電子装置分野においては平均分子量の非常に低いペルフルオロポリエーテルが必要とされ、また、高真空ポンプ用作動流体としては中程度のものが必要とされている一方、従来のペルフルオロポリエーテル製造技術によった場合、一般に、その大部分が高すぎる分子量を有するものとなるために実用上の制約があったとの課題が示されていること、【発明が解決しようとする課題】欄において、このような課題を受けて、「本発明の目的は、前記ペルフルオロポリエーテルの平均分子量を、ペルフルオロポリエーテル鎖の分断により所望値になるまで減ずる方法を提供することである」と明記されていること、【課題を解決するための手段】欄において、この目的を達成する手段として、特許請求の範囲の必須要件項である請求項1に記載の構成、すなわち本願発明の要旨に規定するとおりの構成を採用したことが記載されていることが認められる。
これによれば、発明の詳細に記載された本願発明の目的は、「ペルフルオロポリエーテルの平均分子量を所望値になるまで減ずる方法を提供すること」であること、その構成は本願発明の要旨に規定するとおりの構成であること、その効果は、上記目的を達成することができること、すなわち、所望の平均分子量を有する化合物を得ることができるというものであることが認められる。なお、【発明の実施の形態】欄において、本願発明の方法によれば「所定の平均分子量」の化合物を得られることが繰り返し記載されていることもこれに沿うものということができる。
ウ 原告は、上記目的は特許請求の範囲に記載されていないことを理由に、
本願発明は高分子量のペルフルオロポリエーテルを分断して低分子量の化合物を得るものであって、所定の分子量のペルフルオロポリエーテルを得ることを目的とするものではない旨主張するが、本件特許出願について適用される特許法36条4項(平成2年法律第41号による改正前のもの)は、特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことができない事項のみを記載すべき旨を規定するのであるから、特許請求の範囲に上記の目的が記載されていないことは、何ら上記認定を妨げるものではない。
(2) 次に、本願発明が触媒に関する発明であることにかんがみ、本件明細書の記載要件の充足性を判断する前提として、触媒効果の予測可能性について検討する。
ア まず、本件明細書(甲第2号証)の「【0008】この目的を達成するための限定条件は、a)温度を、触媒の種類および量を関数として150〜380℃範囲に保つこと、そしてb)使用触媒の種類および濃度である」との記載並びに同段落【0005】及び【0006】の記載(上記(1)ア)に照らせば、本件明細書自体において、本願発明の目的を達成するために必要となる限定条件として、触媒の種類、出発物質ペルフルオロポリエーテルに対する触媒の重量割合及び反応温度を挙げていることが認められる。また、反応時間及び出発物質ペルフルオロポリエーテルの具体的内容についても、反応後の化合物の平均分子量に影響を与えることは、技術常識から明らかである。なお、反応時間に関しては、上記段落【0006】に、第(U)類のペルフルオロポリエーテルに関する説明としてであるが、上記の認定を基礎付ける記載が認められるところである。
イ 以上に加えて、昭和50年6月10日丸善株式会社発行の「化学便覧応用編(改訂2版)」(乙第8号証)には、「反応系に微量存在することにより、その系の化学平衡にはなんら影響を与えずに、反応速度を著しく変化させ、それ自体はまったく変化せずに反応過程で原料と錯合体を形成し、これが容易に生成物に変化し再びもとどおりに再生される物質を一般に触媒とよんでいる。・・・触媒が存在することにより新しい反応経路が生まれ、反応はこの経路に沿って触媒が存在しないときよりも、はるかに速く容易に進行する」(719頁左欄3行目〜17行目)、「一般に触媒活性を支配する因子は非常に多い。活性を支配する因子は物質的要因と構造的要因とに大別されるが、後者にはとくに結晶構造、表面積、細孔構造および格子欠陥などが関連し、これらは触媒の製造と密接な関係があり、同一原料を用いても製造操作の相違により触媒性能が大きく影響されるので、その製法にはとくに注意を払う必要がある」(720頁左欄38行目〜44行目)との記載があり、これによれば、同じ種類の触媒であっても、触媒の製造方法も反応速度を速くさせるという触媒性能に大きな影響を与えることが認められ、上記文献の性格及び発行時期を考えると、このことは、本件特許出願の優先権主張日前に技術常識であったものと認められる。
ウ そうすると、本願発明の目的を達成するための限定条件としては、出発物質ペルフルオロポリエーテルの具体的内容、触媒の種類、量(出発物質に対する重量割合)及び製造法、反応温度並びに反応時間を挙げることができ、これらの条件をすべて特定のものとする手段によって、初めて本願発明の効果を追試することが可能となるというべきである。なお、原告も、審決の「本願発明においては、触媒の種類、特性、量が反応条件及び生成化合物に影響を与える重要な要素であることを示している。このことは、当業者が所定の(目的とする)平均分子量を有する化合物を得るためには、触媒の種類、使用量及び反応条件についての情報が不可避的に必要であることを意味するものと認められる」(審決謄本4頁1行目〜6行目)との認定自体は争っていない。
エ 上記のとおり、触媒効果が、出発物質の具体的内容、触媒の種類、量(出発物質に対する重量割合)及び製造法、反応温度並びに反応時間に左右される一方、本願発明の構成が、出発物質の内容、触媒の種類及び反応温度について規定するにすぎないことは、その要旨から明らかである。そうすると、適切な実施例の記載又は必要な条件設定の手掛かりとなる具体的な手段の記載がない限り、本件特許出願の優先権主張日当時の技術常識を踏まえたとしても、本願発明の構成自体からその効果を予測することは困難といわざるを得ない。
(3) 以上の認定判断に基づいて、本件明細書の記載要件の充足性について判断する。
ア まず、本件明細書(甲第2、第15号証)の発明の詳細な説明の記載に徴しても、出発物質ペルフルオロポリエーテルの具体的内容、触媒の種類、量(出発物質に対する重量割合)及び製造法、反応温度並びに反応時間のすべての条件を具体的に特定してこれを実施した記載は皆無であり、当然ではあるが、その実施の結果、どの程度の平均分子量のものが得られたのかといった記載もない。すなわち、発明の詳細な説明には、本願発明の目的を達成するために必要な限定条件が特定された実施例が一例も示されていない。
イ さらに、本願発明は、その要旨に規定するとおり、出発物質のペルフルオロポリエーテルだけでも、第(T)類〜第(V)類の三つの類が選択的事項とされている上、それぞれの類内には分子量に注目しても数多くの種類のものが選択的事項として規定されていること、触媒の種類も九つの元素の中から適宜選ばれる元素の弗化物、オキシ弗化物及び酸化物、さらにはその混合物や先駆物質まで包含するものが選択的事項として規定されており、出発物質ペルフルオロポリエーテルの具体的内容と触媒の種類の組合せという最も基本的な条件だけでも膨大な数に上り、当業者がこれらの組合せの中から適切なものを選択し、追試するには重大な困難が伴うというべきである。なお、本件明細書の段落【0009】には、「ニッケルの場合、効果的触媒は、酸化度の最も高い金属弗化物により代表されることが確かめられた。また、良好な結果は、酸化度が最高値より低いNiのハロゲン化物を用いても達成される。但し、その場合、反応容器には基体弗素流れを導入し、該流れによって最も高い酸化状態にある対応弗化物を現場形成させるものとする。また、弗化物およびオキシ弗化物は、弗素の存在で対応するハロゲン化物から現場製造することができる」との記載があり、これによれば、ニッケルに係る効果的触媒に関しては「酸化度の最も高い金属弗化物」により代表されることが示されているとはいえるものの、上記のような膨大な組合せの中から適当なものを選択する手掛かりとなり得るようなものとは到底いえない。また、原告は、本願発明において用いることができる触媒は何ら特殊のものではなく、市販されているか又は当業者が容易に製造することができる任意の触媒を使用すれば足りる旨主張するが、必要な触媒が特殊かどうかということと、上記のとおり膨大な組合せによる追試の困難性があることとは別次元の問題であって、原告の上記主張は失当である。
ウ 加えて、出発物質に対する触媒の重量割合、触媒の製造法、反応速度及び反応時間についても本願発明の目的を達成するための限定条件となることは前示のとおりであるところ、加熱温度について、本願発明の要旨が150〜380℃との数値範囲を示しているものの、それ以外の条件に関しては、発明の詳細な説明中に、出発物質に対する触媒の重量割合について「0.1〜10重量%」、反応時間について「例えば、1分〜数時間好ましくは3分〜5時間程度」(ただし、第(U)類のペルフルオロポリエーテルが前提の記載)との極めて広範にわたる数値が示されているにすぎない。触媒の製造法に至っては、これに代わる入手手段も含めて何らの記載もない。
エ 以上のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の目的を達成するために必要な限定条件が特定された実施例が一例も示されていないばかりか、出発物質の具体的内容と触媒の種類の組合せだけでも膨大な数に上り、そのそれぞれについて適用すべき触媒の重量割合や反応時間といった上記諸条件についても極めて広範な数値が示されているにすぎないのであるから、ペルフルオロポリエーテルの平均分子量を所望値になるまで減ずるという本願発明の目的を達成し、その効果を追試するためには、当業者においても、多大な試行錯誤を要するといわざるを得ない。
これに上記(2)で説示したところを併せ考慮すると、本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が容易に本願発明の実施をすることができる程度にその目的を達成するための手段が記載されているとは認められないというべきである。
(4) 原告は、@本件明細書の「実施例1」の記載、A平成10年11月20日付け意見書添付の実験報告書の記載、B原出願の願書に最初に添付された明細書の記載は本願発明の実施の容易性を基礎付ける旨主張するので、順次検討する。
ア まず、上記「実施例1」については、本件明細書(甲第15号証)の発明の詳細な説明に、「【0017】本発明の特に有利な具体例において、解離プロセスは、十分に低い分子量を有する生成物を反応混合物から連続的に分離する如き作業条件で実施される。この効果は、化学的解離処理を分別処理例えば、解離物の蒸留、フラッシュ分離若しくは分子蒸留を組合せることにより達成される。そして、かかる分別処理は解離直後又は解離と同時に行なわれる。以下の実施例により本願発明を例証する。実施例1 油浴で加熱せる20mm1容量のハステロイオートクレーブに、米国特許第4,523,039号の例1に従って製造した構造CF3(OCF 2CF 2)5OC 2F 5のペルフルオロポリエーテル10gとイタリア国特許出願21,052A/84の例1に従って製造したγ-AlF30.1gを導入し、240℃の温度に10分間加熱した。次いで、得られた生成物を減圧下蒸発させ、ドライアイス/アセトンで-80℃に冷却せるトラップ内に集めた。生成物は9g量で、酸および中性分子の20:80比混合物よりなった。この混合物を分析した結果、それがA(OCF2CF 2)nOB(ここでAとBは同じか又は別異で-CF3、CF 2CF 3又は-CF 2COFであり、nは0〜3範囲である)の分子類よりなるとわかった」と記載されているものである。
しかし、上記「実施例1」で使用されている触媒はγ-AlF3であって、これが本願発明の規定する触媒でないことは明らかであり、このことは原告も自認するところである。そして、触媒の種類が異なる以上、その中で採用されている触媒の量、反応温度、反応時間等の条件は本願発明の実施に何らの示唆も与えない。
したがって、上記「実施例1」の記載は、本願発明の実施の容易性を何ら基礎付けるものとはいえない。
イ 次に、平成10年11月20日付け意見書添付の実験報告書(甲第16号証)に原告主張のような記載があるとしても、本件明細書の発明の詳細な説明中に本願発明の目的を達成するための手段が記載されているとは認められない本件においては、その記載不備を補うことにはならないというべきであるから、これが本願発明の実施の容易性を基礎付けるものとはいえない。
ウ また、原出願に係る明細書の記載(甲第3号証)についても、これを本件明細書の記載と同視することはできず、本件発明の実施の容易性を基礎付けるものとはいえない。
(5) 上記の認定判断によれば、当業者において容易に本願発明の実施をすることができる程度に本件明細書の発明の詳細な説明が記載されているとは認められないから、本件明細書には、この点において特許法旧36条3項に反する記載不備の違法があるものといわざるを得ず、これと同旨の審決の判断に誤りはない。
2 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理申立てのための付加期間の指定につき行政事件訴訟法7条
民事訴訟法61条96条2項を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 宮坂昌利