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関連審決 訂正2000-39039
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  変更 /  独立特許要件 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 495号 審決取消請求事件
原告 三井化学株式会社
訴訟代理人弁理士 鈴木俊一郎
同 牧村浩次
同 鈴木亨
同 八本佳子
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 佐野整博
同 谷口浩行
同 森田ひとみ
同 宮川久成
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/10/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が訂正2000-39039号事件について平成12年11月7日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、名称を「オレフィン重合用触媒成分およびオレフィンの重合方法」とする登録第2768479号発明(昭和63年12月27日出願、平成10年4月10日登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。原告は、平成12年4月26日、本件特許出願の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載の訂正(以下「本件訂正」という。)をすることについて審判の請求をし、特許庁は、同請求を訂正2000-39039号事件として審理した上、平成12年11月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」とする審決をし、その謄本は、同月27日、原告に送達された。
2 本件明細書の特許請求の範囲【請求項1】〜【請求項3】の記載(【請求項4】〜【請求項6】は、本件訂正により削除された。) (1) 本件訂正前のもの 【請求項1】(A)シクロペンタジエニル基、インデニル基、テトラヒドロインデニル基およびフルオレニル基から選ばれる2個の相異なるシクロアルカジエニル基またはその置換体が炭化水素基またはシリレン基あるいは置換シリレン基を介して結合した多座配位性化合物を配位子とする周期律表WB族の遷移金属化合物 (B)有機アルミニウムオキシ化合物、
および (C)微粒子状担体 から形成されることを特徴とするオレフィン重合用触媒成分。
【請求項2】前記周期律表WB族の遷移金属化合物(A)が別紙一般式(T)(以下「一般式(T)」という。)で表される遷移金属化合物である請求項1に記載のオレフィン重合用触媒成分; 【請求項3】一般式(T)においてシクロアルカジエニル基またはその置換体が、シクロペンタジエニル基、メチルシクロペンタジエニル基、エチルシクロペンタジエニル基、ジメチルシクロペンタジエニル基、インデニル基、テトラヒドロインデニル基またはフルオレニル基である請求項2に記載のオレフィン重合用触媒成分。
(2) 本件訂正に係るもの(訂正部分に下線を付す。以下、【請求項1】〜【請求項3】の発明を「訂正発明1」〜「訂正発明3」といい、これらを総称して「訂正発明」という。) 【請求項1】(A)シクロペンタジエニル基、インデニル基、テトラヒドロインデニル基およびフルオレニル基から選ばれる2個の相異なるシクロアルカジエニル基またはその置換体が炭化水素基またはシリレン基あるいは置換シリレン基を介して結合した多座配位性化合物を配位子とする周期律表WB族の遷移金属化合物 (B)有機アルミニウムオキシ化合物、
および (C)SiO2、Al 2O 3およびMgOからなる群から選ばれる少なくとも1種の成分を主成分として含有する微粒子状無機担体 から形成されることを特徴とするオレフィン重合用触媒成分。
【請求項2】前記周期律表WB族の遷移金属化合物(A)が一般式(T)で表される遷移金属化合物である請求項1に記載のオレフィン重合用触媒成分; 【請求項3】一般式(T)においてシクロアルカジエニル基またはその置換体が、シクロペンタジエニル基、メチルシクロペンタジエニル基、エチルシクロペンタジエニル基、ジメチルシクロペンタジエニル基、インデニル基、テトラヒドロインデニル基またはフルオレニル基である請求項2に記載のオレフィン重合用触媒成分。
3 審決の理由 審決の理由は、別添審決謄本記載のとおり、訂正発明1〜3は、J.Am.Chem.Soc.,Vol.110(1988.8.31),p.6255-6256(甲第4号証、以下「刊行物1」という。)、特開昭63-66206号公報(甲第5号証、以下「刊行物2」という。)及び特開昭61-130314号公報(甲第6号証、以下「刊行物3」という。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項により、特許出願の際独立して特許を受けること(以下「独立特許要件」という。)ができないものであるから、本件審判の請求は、平成6年法律第116号による改正前の特許法126条3項に適合せず、適法な訂正とは認められないというものである。
原告主張の審決取消事由
審決中、(1)請求の要旨、(2)訂正拒絶の理由及び(3)引用刊行物は認め、(4)対比・判断及び(5)むすびは争う。
審決は、訂正発明の顕著な効果を看過し(取消事由1)、容易想到性の判断を誤った(取消事由2)結果、訂正発明が独立特許要件を欠くとの誤った判断をしたものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(顕著な効果の看過) (1) 訂正発明が当業者にとって予測し得ない格別顕著な効果を奏するものであることは、訂正審判請求書(甲第3号証)添付の参考資料1の意見書(以下「意見書」という。)及び参考資料2の実験報告書(以下「実験報告書」という。)により明らかである。すなわち、意見書には、刊行物1の表T中の第1重合例(イソプロピリデン(シクロペンタジエニル-フルオレニル)ジルコニウムジクロリドを触媒成分として含む非担持メタロセン触媒を用いて、温度25℃でプロピレンを重合した例)を追試した結果が示され、実験報告書には、上記追試と同じメタロセン化合物をシリカ粒子に担持させたメタロセン触媒(訂正発明による触媒)を用いて、同様にプロピレンの重合を行った結果(実験1)が示されている。
意見書の追試及び実験報告書の実験1の結果をまとめると、別紙【表1】のとおりであるところ、別紙【表1】の結果から、非担持メタロセン触媒を使用する刊行物1の表Tの第1重合例の追試では、得られた重合体の43重量%までが、粒径100μm以下の微粉状ポリマーであり、微粉が極めて多量に生成するのに対し、同一メタロセンを無機担体に担持させた触媒を用いた実験1では、得られた重合体中の100μm以下の微粉状ポリマー量は、0.2重量%と著しく低く、粉体性状に優れ、微粉を実質的に含まない重合体が得られることが分かる。
このように、微粒子状無機担体に触媒成分を担持した訂正発明の触媒と、
微粒子状無機担体を用いない刊行物1記載の触媒とでは、重合により得られるポリマーの粒子性状に顕著な差があり、微粒子状無機担体を用いた触媒を使用することによって、優れた粒子性状の重合体を得ることができる。
(2) さらに、従来の2個の同一の置換基を有する対称型メタロセン化合物は、
無機担体に担持すると活性が著しく低下するのに対して、訂正発明のように、2個の相異なる置換基を有する非対称型メタロセン化合物を無機担体に担持した場合には、以下のとおり、活性の低下が少ないという顕著な効果が奏される。
実験報告書には、刊行物2の実施例2及び比較例1におけるプロピレンの重合結果と、これらの例で用いられている対称型メタロセンに代えて、訂正発明による非対称型メタロセンを使用してプロピレンを重合した結果が示されている。
すなわち、刊行物2の実施例2には、対称型メタロセンであるエチレンビス(4,5,6,7-テトラヒドロ-1-インデニル)ジルコニウムジクロリドを触媒成分としてシリカ粒子に担持させた担持メタロセン触媒を用いて-10℃でプロピレンを重合させた例が記載され、その比較例1には、同じメタロセンを非担持で使用してプロピレンを同条件で重合させた例が記載されている。実験報告書には、刊行物2の実施例2及び比較例1で用いられている対称型メタロセンに代えて、訂正発明に係る非対称型メタロセンである(イソプロピリデン(シクロペンタジエニル-フルオレニル)ジルコニウムジクロリド)を使用したこと以外は同一の条件でプロピレンを重合させた結果(実験2及び比較実験1)が示されている。また、実験報告書(2)(甲第7号証)には、実験報告書記載の各実験における重合温度を、本件訂正に係る本件明細書(以下「訂正明細書」という。)記載の実施例における重合温度に相当する30℃に変更した以外は、同一の条件で実験を行った結果(実験3及び比較実験2〜4)が示されている。
これらの結果をまとめると、別紙【表2-1】のとおりであり、対比を容易にするため非担持触媒の活性を100として換算して示すと、別紙【表2-2】のとおりである。
(3) 別紙【表2-1】及び【表2-2】から明らかなように、対称型メタロセンを使用した場合には、これを無機担体に担持することにより重合活性が大きく低下する。これに対して、非対称型メタロセンを使用する訂正発明では、これを無機担体に担持して用いた場合にも、重合活性の低下は非常に少ない。このような訂正発明の効果は、本件特許出願当時の技術常識と反するものであって、訂正発明によって初めて見いだされた顕著な効果であり、当業者には到底予期し得ないものである。
(4) 審決は、上記のような訂正発明の格別顕著な効果を看過したものであり、
違法として取り消されるべきである。
2 取消事由2(容易想到性の判断の誤り) (1) 審決は、訂正発明は、刊行物1〜3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると判断したが、誤りである。
審決は、訂正発明1及び刊行物1記載の発明の相違点について、「訂正発明1では、さらにSiO2、Al 2O 3およびMgOからなる群から選ばれる少なくとも1種の成分を主成分として含有する微粒子状無機担体を用いるのに対し、刊行物1ではそういった微粒子状無機担体の使用についての記載がない点で相違するものと認められる。」(審決謄本4頁28行目〜32行目)、「メタロセン触媒において、
微粒子状無機担体を使用することは・・・よく知られたところである。」(同5頁1行目〜3行目)と認定した上、「刊行物1に記載される相異なるシクロアルカジエニル基を有するメタロセン触媒において、より粉体性状に優れたものとするために、微粒子状無機担体を使用する程度のことは当業者であれば容易になし得たところと認められ、またそのことに技術的に困難性があったとも認められない。」(同5頁19行目〜23行目)と判断し、訂正発明2及び3についても、同様の理由で、当業者が容易に想到し得るものであると判断した。
(2) 確かに、メタロセン触媒において微粒子状無機担体を使用することはよく知られたところであり、刊行物2においても、かさ比重及び粉体性状を向上させるために微粒子状無機担体が使用されている。また、刊行物2及び3において、相異なるシクロアルカジエニル基を有するメタロセンを特に排除する旨の記載もない。
しかしながら、刊行物2及び3において、相異なるシクロアルカジエニル基を有する非対称型メタロセンを排除する記載はないけれども、これを積極的に包含させるような記載もない。また、刊行物2では、刊行物3を従来技術として引用しているが、刊行物2記載の発明で用いられるメタロセン触媒成分として具体的に例示されている遷移金属化合物及び実施例で用いられている遷移金属化合物は、すべて対称型メタロセンであり、非対称型メタロセンを用いることについて具体的に開示されていない。さらに、刊行物3(甲第6号証)には、2個の置換基が異なっていてもよいメタロセンが触媒成分として用いられ得る旨の記載はあるが、具体的に2個の異なる置換基を有する非対称型メタロセンは全く例示されておらず、「特に有利なのは、エチレン-ビス-(4,5,6,7-テトラヒドロ-インデニル)-ジルコニウムジクロライドである。」(3頁左上欄6行目〜8行目)と、対称型メタロセンが特に好ましい旨記載されており、実施例で用いられているのもこの対称型メタロセンのみである。したがって、刊行物2において、従来技術として刊行物3が引用されているからといって、刊行物2には、相異なる置換基を有する遷移金属化合物を選択して用いることが具体的に開示されているということはできない。
(3) 刊行物2及び3においては、2個の異なる置換基を有する非対称型メタロセンを用いることは何ら具体的に開示されていないのであるから、このような刊行物2及び3に記載された発明を、これら刊行物に具体的に開示されたものとは全く異なるメタロセンが用いられている刊行物1に適用することに、合理的な動機付けはなく、しかも、訂正発明は、上記構成により格別顕著な効果を奏するから、審決は取消しを免れない。
被告の反論
1 取消事由1(顕著な効果の看過)について (1) メタロセン触媒において、無機担体の使用と重合活性との関係は、特開昭60-106808号公報(乙第2号証)5頁右上欄に見られるように、触媒成分の活性の低下を防ぐためその配合量を調整したり、特開昭61-276805号公報(乙第6号証)2頁右上欄に見られるように、活性の低下を防ぐため、有機アルミニウム成分側を無機酸化物に担持させるなど、従来から技術的解決が試みられているところであり、刊行物2においても、無機担体を使用した上での優れた重合活性が記載されている。
(2) したがって、刊行物1におけるメタロセン触媒を微粒子状無機担体に担持させた場合に、その活性の程度を確認することは、当業者が当然に行うことであり、それにより重合活性の低下が小さいという結果が得られたとしても、訂正発明は、そのための特別な創意工夫を施すものではない。その理由も明らかでないまま、重合活性の低下が低いという結果が得られたにすぎないものは、当業者にとって予期し得ない効果であるということはできない。
(3) また、作用効果が顕著であるかどうかを判断するためには、刊行物2と比較するだけでは足りない。刊行物1には、相異なる置換基を有する触媒を使用することによりシンジオタクチックなポリプロピレンが得られ、無機担体を使用せず触媒をプロピレンに不溶性の不均一系で使用することによって、「均一な粒径の均整のとれた自由流動性のかさ密度0.5g/mlを有する粒状ポリマー」が得られており、かさ密度について見れば、訂正明細書実施例1の0.45、実施例2の0.42、実施例3の0.43、実施例4の0.41と比較して優れていることは明らかである。重合活性については、原告の追試試験によっても、無機担体を使用する訂正発明より高いものが得られている。
2 取消事由2(容易想到性の判断の誤り)について (1) 原告は、刊行物2及び3において、相異なるシクロアルカジエニル基を有する非対称型メタロセンを排除する記載がないとしても、これを積極的に包含させるような記載もないと主張する。
(2) しかしながら、刊行物3(甲第6号証)においては、特許請求の範囲1)に「その際A1およびA2は互いに異なっていてもまたは同じであってもよく」とあるように、「相異なるシクロアルカジエニル基を有するメタロセン」は、刊行物3の特許請求の範囲に記載された事項であり、非対称型メタロセンを積極的に包含させるような記載はないとする原告の主張は失当である。刊行物2は、刊行物3を引用し、これを踏まえて発明されたものであって、同一のシクロアルカジエニル基との限定はされていないから、相異なるシクロアルカジエニル基を包含する。
技術的に見ても、メタロセンの無機担体への担持は、相異なるシクロアルカジエニル基であるか、又は同一のシクロアルカジエニル基であるかには全く無関係な技術的事項であって、担持させるメタロセンを相異なるシクロアルカジエニル基とすることに技術的な困難はない。
そして、メタロセン触媒の無機担体への担持は、訂正明細書においても9件の公報が例示されているように、よく知られた技術であるから、そのようなメタロセン触媒の無機担体への担持技術を、同じオレフィン用触媒である刊行物1記載のメタロセン触媒に適用することが、当業者にとって容易であるとした審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(顕著な効果の看過)について (1) 粒子性状について ア 原告は、訂正発明が優れた粒子性状の重合体を得ることができるという格別顕著な効果を奏するものである旨主張し、その根拠として、原告が、刊行物1(甲第4号証)の表T記載の第1重合例を追試した意見書(甲第3号証の参考資料1)、この重合例で触媒成分として用いられている非対称型メタロセン化合物、すなわち、イソプロピリデン(シクロペンタジエニル-フルオレニル)ジルコニウムジクロリドをシリカ粒子に担持させて同1条件で重合実験を行った実験報告書(同2)において、別紙【表1】のとおり、微粉状重合体の含有率が、非担持メタロセン触媒を使用する刊行物1の追試では43重量%、担持メタロセン触媒を使用する実験1では0.2重量%であったことを主張する。
しかしながら、触媒の性能は、温度その他の条件によって変動し、例えば、ある触媒成分を使用した場合、これを担持して使用し最善の結果を与える温度条件の下で、非担持の当該触媒が最善の結果を与えるとは限らないから、上記実験で得られた重合体の特性に原告指摘のような差が見られることから直ちに、当該触媒を担持して使用することにより非担持の場合と比較して粒子性状の顕著に改善された重合体が生成されると認めることはできない。
イ 刊行物1(甲第4号証)には、タイトルを「第4族メタロセンによるシンジオ特異性プロピレンの重合」(6255頁右欄12行目〜13行目、抄訳文1頁1行目)とする論文が掲載され、ここには、プロピレンの重合触媒として、非対称型のメタロセンであるイソプロピル(シクロペンタジエニル-1-フルオレニル)ハフニウム(IV)ジクロリドが記載されているところ(6255頁右欄35行目〜37行目、抄訳文1頁13行目〜14行目)、これは、訂正明細書実施例3で使用されているイソプロピリデン(シクロペンタジエニル-フルオレニル)ハフニウムジクロリドと同一である。また、刊行物1(甲第4号証)の表T(6256頁左欄)には、ジルコニウム(Zr)又はハフニウム(Hf)を含有する触媒について、温度条件を25〜70℃に変化させてプロピレンを重合した重合例が6例記載され、その重合には、触媒を25℃において液体プロピレンで沈殿させ重合温度に加熱しながら3分間予備重合させる工程が含まれ(6255頁右欄45行目〜47行目、抄訳文1頁21行目〜22行目)、重合の結果、「70℃の重合温度において均一な粒径で、対称性で(注、原文は「symmetrical」。抄訳文に「均整のとれた」とあるのは「対称性」の趣旨と解する。)、自由流動性のかさ密度0.5g/mLを有する粒状ポリマーを与えた。」(6255頁右欄47行目〜6256頁左欄2行目、抄訳文1頁22行目〜23行目)との記載がある。
これらの記載によれば、刊行物1(甲第4号証)には、訂正発明と同一の触媒を無機担体に担持させることなく使用してプロピレンの重合を行う発明が記載されており、重合の結果について、70℃の重合温度において、均一な粒径で、対称性で、自由流動性のかさ密度0.5g/mlを有する粒状ポリマーが得られたとして、重合温度を25〜70℃に変化させて行った重合のうち、重合温度70℃での重合結果が良好であった旨特に記載されていることから、刊行物1記載の発明では、温度70℃の重合条件において最善の結果が得られることが開示されていると認められる。ところで、刊行物1(甲第4号証)の表T(6256頁左欄)において、温度70℃での重合は、第4重合例及び第6重合例として示されているのに対し、原告が上記追試の対象として選んだ第1重合例の重合温度は、70℃ではなく25℃である。そうすると、原告が行った追試は、刊行物1記載の発明で最善の結果を与えると認識されている重合例とは異なる条件で実施されたものであって、このような条件で行われた実験において、訂正発明による重合物が相対的に優れた特性を示したとしても、これにより訂正発明の効果が格別顕著であると認めることはできない。
訂正明細書(甲第3号証)には、訂正発明の目的として「粉体性状(粒子性状)に優れた、分子量分布が狭い重合体を、優れた重合活性でもって得ることができるような、オレフィン重合用触媒を提供すること」(全文訂正明細書7頁8行目〜10行目)、その効果として「本発明に係るオレフィン重合用触媒を用いてオレフィンを重合させた際、粒子性状に優れた分子量分布が狭い重合体を優れた重合活性でもって得ることができる。」(同25頁3行目〜5行目)と記載されているから、訂正発明により得られる重合体の優れた特性とは、粉体性状に優れ、分子量分布が狭いという点におけるものということができる。そこで、これらの特性について、刊行物1記載の発明において最善とされている重合温度70℃の条件で得られる重合体と、訂正発明で得られる重合体とを比較検討する。
(分子量分布について) 訂正明細書(甲第3号証)及び刊行物1(甲第4号証)では、分子量分布の広狭を客観的に示す指標として重量平均分子量と数平均分子量の比(Mw/M n)が示されているところ、その値は、訂正発明により得られる重合体が2.23(実施例1)〜2.49(実施例4)であるのに対し、刊行物1記載の発明において重合温度70℃の条件で得られる重合体は、この値が2.4(表Tの第4重合例)又は2.6(同第6重合例)である。そうすると、これら重合体は、Mw/M nの範囲において重複するから、分子量分布が実質的に相違するということはできない。
(粉体性状について) 訂正明細書(甲第3号証)によれば、その実施例1には「嵩比重が0.45g/cm3である球状ポリマー51gが得られた。また、100μm以下の微粉ポリマーは、0.1重量%以下であった。」(全文訂正明細書26頁24行目〜26行目)と記載され、実施例2〜4においても、かさ比重が0.41〜0.43g/cm3であって、微粉ポリマー含有量が同一の重合体が得られた旨記載されている(同26頁27行目〜28頁9行目)。
これに対し、刊行物1(甲第4号証)には、重合温度70℃の条件で得られたプロピレン重合体について、均一な粒径で、対称性で、自由流動性のかさ密度0.5g/mlを有する粒状ポリマーが得られた旨記載されていることは前示のとおりであるから、この重合体の形状は、訂正発明の実施例で得られた重合体と同様に、球形であるか、又はそれに近いものと認められる。
そして、この70℃で得られた重合体は、その「かさ密度」すなわち「嵩比重」が、0.5g/mlであって、訂正発明の実施例1〜4で得られる重合体を上回っているから、その平均粒径は、上記刊行物1の重合体より大きいことが明らかである。また、前示のとおり、刊行物1の重合体は、訂正発明の実施例で得られた重合体と分子量分布の指標であるMw/M nにおいて実質的に相違するものではないところ、このことは、粒状ポリマーの場合には、その球状粒子の大きさの分布が実質的に異ならないこと意味するから、この刊行物1の重合体に含まれる100μm以下の微粉ポリマーの量は、訂正発明の実施例1〜4の重合体と同様、0.1重量%以下であるか、又はそれに近い値であると認められる。
エ 以上によれば、訂正発明で得られる重合体と、刊行物1記載の発明で得られる重合体とは、その粒子特性において格別異なるものではないというべきである。
(2) 重合活性について ア 原告は、対称型メタロセン(2個の同一の置換基を有するメタロセン化合物)を無機担体に担持すると活性が著しく低下するのに対して、訂正発明に係る非対称型メタロセン(2個の相異なる置換基を有するメタロセン化合物)は、無機担体に担持しても活性の低下が少ないという格別顕著な効果を奏するものであり、
このことは、原告による実験の結果を示す別紙【表2-1】及び【表2-2】から明らかである旨主張する。
確かに、別紙【表2-1】及び【表2-2】によれば、訂正発明に係る非対称メタロセン触媒は、上記の条件下で非担持の重合活性の低下が相対的に小さいものと認められる。しかしながら、以下のとおり、これをもって、訂正発明の効果が格別顕著であるということはできない。
イ 原告による上記実験は、刊行物2(甲第5号証)における、担持触媒を使用した実施例2及び非担持触媒を使用した比較例1に基づいて行われたものである。刊行物2(甲第5号証)の表1(第8頁)には、実施例2及び比較例1の結果が記載されているところ、これによれば、担持触媒を使用した実施例2と非担持触媒を使用した比較例1とでは、後者の方が重合活性が高いと認められるが、同時に、これらにより得られる重合体は、その特性に顕著な差があり、例えば、かさ比重については、実施例2で0.35g/cm2であるのに対し、比較例1では0.08g/cm2と大きく異なり、実施例2においては、かさ比重の大きい重合体が得られると認められる。
そうすると、刊行物2(甲第5号証)記載の発明においては、メタロセン触媒を担持して使用することにより重合活性が低下するとしても、他方で、得られる重合体の特性が大きく向上し、この特性の向上が担持による重合活性の低下という欠点を補って余りあるものと認められる。
ウ これに対し、原告による上記実験では、訂正発明に係るメタロセン触媒を用いて得られた重合体の特性について全く記載がなく、したがって、訂正発明で得られた重合体の特性が担持により向上したかどうか不明である。仮に、担持した場合に訂正明細書中の実施例と同じ特性の重合体が得られ、非担持の場合に刊行物1記載の重合体と同じ特性のものが得られると仮定しても、両者の特性が格別異なるものでないことは前示のとおりであるから、担持により得られる重合体の特性において格別の利点があるとは認められない。また、本件全証拠によっても、訂正発明がその他の点で格別顕著な効果が奏すると認めることはできない。
エ しかも、非対称型メタロセン触媒の担持による重合活性の低下は、相対的に小さいものではあるが、原告の上記実験によっても、なお25〜40%に達するものであり、この活性の低下は、上記のように、特性の向上等の利点が認められない訂正発明において、小さいということはできない。そうすると、訂正発明に係る非対称メタロセン触媒は、これを担持して使用した場合、非担持の場合より、重合活性が低下するという小さくない欠点があるから、担持による重合活性の低下が相対的に少ないことを格別顕著な効果ということはできない。
オ 原告は、担持して用いた場合に重合活性の低下が非常に少ないことが、
本件出願当時における技術常識に反するものであり、本件発明により初めて見いだされた顕著な効果であると主張するが、仮に、これらの事実が認められたとしても、訂正発明における重合活性の低下が顕著な効果と認められないことは前示のとおりであるから、上記認定が左右されるものではない。
(3) したがって、審決が訂正発明の奏する格別顕著な効果を看過したとする原告の主張は、採用することができない。
2 取消事由2(容易想到性の判断の誤り)について (1) 刊行物1(甲第4号証)には、訂正発明と同一のメタロセン化合物であるイソプロピリデン(シクロペンタジエニル-フルオレニル)ジルコニウムジクロリドを触媒として使用してプロピレンを重合すると、粒子性状の優れた球状ポリマーが得られる旨記載されており、その際、メタロセン化合物が無機担体に担持されることなく使用されていることは、前示のとおりである。なお、刊行物1(甲第4号証)には、メタロセン化合物を担持することなく使用した例が記載されているが、
メタロセン化合物を担体に担持して使用することを排除する記載はない。
(2) メタロセン化合物をプロピレン等のオレフィン類の重合触媒として使用すること、また、このようなメタロセン触媒において無機担体を使用することは、刊行物2及び3並びに訂正明細書中に引用されている多数の特許公報(乙第1〜6号証等)に記載されており、訂正明細書(甲第3号証)において特開昭60-35006号公報等9件の公報が例示されている(全文訂正明細書5頁19行目〜6頁22行目)から、当業者に周知の技術事項であったと認められる。また、刊行物2(甲第5号証)には、特定のメタロセン化合物を無機担体に担持して使用することにより、メタロセン化合物を非担持で使用した場合より、粉体性状等の特性の優れた重合体を得ることのできる発明が記載されている(3頁右下欄13行目〜4頁左上欄2行目)。
そうすると、本件特許出願時において、メタロセン化合物を無機担体に担持して触媒として使用することによりプロピレン等を重合し得ることが当業者に周知であり、しかも、メタロセンを担持して使用すると、非担持で用いるより優れた特性の重合体が得られる場合があることも、当業者に公知であったと認められるから、これらの知識を有する当業者にとって、刊行物1(甲第4号証)記載のメタロセン化合物を無機担体に担持して使用することは、容易に想到し得るものというべきである。
(3) 原告は、刊行物2及び3は対称型メタロセンを使用するものであって、非対称型メタロセンを使用することの開示がないから、刊行物2及び3記載の発明を非対称型メタロセンが用いられている刊行物1記載の発明に適用することの合理的な動機付けはなく、したがって、訂正発明は、刊行物1〜3記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審決の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら、刊行物1には、前示のとおり、非対称型メタロセンを使用することにより優れた特性の重合体が得られる旨記載されており、他方、本件出願時において、非対称型メタロセンを用いると特性の劣る重合体しか得られない等、
当業者が非対称型メタロセンの使用に否定的な認識を有していたとも認められないから、刊行物2及び3において非対称メタロセンを使用することについての具体的な開示がないとしても、当業者がこのことにより訂正発明に想到することが阻害されるということはできない。
3 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、
他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 石原直樹
裁判官 長沢幸男