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関連審決 審判1999-3938
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  公知技術 /  技術分野の関連性 /  課題の共通性 /  作用の共通性 /  内容中の示唆 /  技術的手段 /  先行技術 /  化学構造 /  クレーム /  均等 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  混同 /  審理範囲 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 238号 審決取消請求事件
原告 麒麟麦酒株式会社
訴訟代理人弁護士 竹田稔
訴訟代理人弁理士 石川泰男
同 山本晃司
同 樋口直篤
同 小西恵
同 小澤誠次
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 吉國信雄
同 森林克郎
同 大橋良三
同 大野克人
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/11/01
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年審判第3938号事件について平成12年5月29日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成6年8月11日,発明の名称を「炭素膜コーティングプラスチック容器」(後に「炭素膜コーティング飲料用ボトル」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(平成6年特許願第189223号)をしたが,平成11年2月10日拒絶査定を受けたので,同年3月11日,これに対する不服の審判を請求した。特許庁は,これを平成11年審判第3938号事件として審理した結果,平成12年5月29日「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年6月19日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲 【請求項1】(以下この発明を「本願発明1」という。) プラスチック材により形成された飲料用ボトルの内壁面に硬質炭素膜が形成されていることを特徴とする炭素膜コーティング飲料用ボトル。
【請求項2】 前記飲料用ボトルが,使用後回収されて再充填容器として使用されるリターナブル容器であることを特徴とする請求項1に記載の炭素膜コーティング飲料用ボトル。
【請求項3】 前記硬質炭素膜の密度が1.54g/cm3以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の炭素膜コーティング飲料用ボトル。
【請求項4】 前記プラスチック材としてポリエチレンテレフタレート樹脂が使用され,前記硬質炭素膜の密度が1.61〜2.84g/cm3の範囲であることを特徴とする請求項1または2に記載の炭素膜コーティング飲料用ボトル。
【請求項5】 前記プラスチック材としてポリアクリロニトリル・スチレンコポリマ樹脂が使用され,前記硬質炭素膜の密度が1.54〜2.94g/cm3の範囲であることを特徴とする請求項1または2に記載の炭素膜コーティング飲料用ボトル。
【請求項6】 前記プラスチック材として,ポリエチレンテレフタレート樹脂,ポリアクリロニトリル・スチレンコポリマ樹脂,ポリプロピレン樹脂またはポリエチレンナフタレート樹脂が使用されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の炭素膜コーティング飲料用ボトル。
【請求項7】 容積1リットルについての1日の酸素の透過量が12.7μl以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の炭素膜コーティング飲料用ボトル。
【請求項8】 内壁面に硬質炭素膜が形成されたプラスチック製の飲料用ボトルであって,前記硬質炭素膜が,前記容器の外壁面とほぼ相似形の空間を有する外部電極と,前記容器の内壁面とほぼ相似形の外形を有する接地された内部電極とを用意し,前記容器を,その外壁面と前記外部電極の内壁面との間隔がほぼ均一に保たれるようにして前記外部電極の空所に設置し,前記内部電極を,その外壁面と前記容器の内壁面との間隔がほぼ均一に保たれるようにして前記容器内に挿入し,前記外部電極内の空間を排気して内部電極と容器内壁面および外部電極とボトルの外壁面との間に10-2〜10-5torrの範囲の真空を形成し,前記容器内に原料ガスを導入して当該容器内のガス圧を0.2〜0.01torrに調整し,外部電極に出力50〜1000Wの高周波を印加する手順によって形成されていることを特徴とする炭素膜コーティング飲料用ボトル。
3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおり,本願発明1は,実願平3-93324号(実開平5-35660号)のCD-ROM(以下「引用文献1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。),及び,特開平2-70059号公報(以下「引用文献2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。),並びに,特開平4-331917号公報(以下「引用文献3」という。)に記載された周知技術に基づいて当業者が容易に発明し得たものであり,特許法29条2項の規定に該当し,特許を受けることができないものであるから,本願出願は,請求項2ないし8に係る発明については,論じるまでもなく,拒絶されるべきである,と認定判断した(ただし,原告は,審決においては,引用文献3に記載された技術が,周知技術としてではなく,公知技術として認定されている,と主張しており,この点は争いがある。)。
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,〈1〉本願発明,及び,〈2〉引用例の記載は認める。同〈3〉対比・判断については,審決書3頁33行ないし37行の「すなわち,本願発明1と引用発明1は「プラスチック材により形成された飲料用ボトルの内壁面に膜が形成されていることを特徴とする膜コーティング飲料用ボトル」である点で一致している。そして,飲料用ボトル内壁面にコーティングする膜が,本願発明1においては「硬質炭素膜」であるのに対し,引用発明1においては「酸化ケイ素膜」である点で相違している。」との部分,及び,同4頁1行ないし3行の「上記引用文献2には,プラスチックの器具(上記記載(f))の内表面に硬質炭素膜であるダイヤモンド状炭素膜を形成すること(上記記載(e))が記載されており」との部分を認め,その余の部分を争う。
審決は,本願発明1と,引用発明1との相違点を判断するに当たり,本願発明1及び引用発明2並びに引用文献3に記載された技術(以下「引用発明3」ともいう。)の内容を誤認した結果,引用発明1において引用発明2を適用し,引用発明1の酸化ケイ素膜に換えて引用発明2の硬質炭素膜を採用することによって本願発明1とすることに,格別の困難性は認められないと誤って判断したものであり(取消事由1),また,本願発明1の奏する顕著な作用効果を看過した結果,その効果は当業者が容易に予測しうる事項にすぎないと誤って判断したものであり(取消事由2),これらの誤りは,それぞれ,審決の結論に影響することが明らかであるから,審決は,違法なものとして,取り消されるべきである。
1 取消事由1(本願発明1及び引用発明1・2等についての理解の誤りによる容易想到性についての判断の誤り) 審決は,引用文献2及び3を引用して,「引用発明1において,上記公知技術を適用し,酸化ケイ素膜に換えて硬質炭素膜を採用することによって,本願発明1とすることは格別の困難性は認められない」(審決書4頁12行〜14行)と認定判断したが,誤りである。
(1) 本願発明1と引用発明1との技術的課題の相違 本願発明1は,本願明細書の【発明が解決しようとする課題】の欄に記載されているとおり,プラスチック材により形成された飲料用ボトルにおいて,プラスチックボトルの優れた性質を残しながら,@プラスチックのガスバリア性を改善し,A飲料等の低分子有機化合物の収着の問題を防止し,さらにはB制約があったプラスチック容器の使用範囲と使用形態を拡大して,使用後再充填してリタ-ナブル容器として使用することを可能にし,かつC安価で連続生産することができ,D取扱において損傷のない炭素膜コーティングプラスチック容器を提供することを技術的課題とするものである(甲第2号証段落【0016】参照)。
これに対し,引用発明1は,考案の名称を「小型プラスチック容器」とし,プラスチック容器のガスの透過性の欠点を補うための従来技術(容器の表面への蒸着,スパッタリングによる酸化ケイ素薄膜の形成等)では,製造法上の困難性や製造コストの問題,さらには溶融して再利用するリサイクルの困難性の問題があることを解決するために(引用文献1段落【0004】ないし【0008】),ガスバリア性を高め,リサイクル,すなわち,溶融による再利用を可能とし,かつ安価な小型プラスチック容器を提供することを技術的課題とするものであって(同【0009】),その課題の解決のために,プラズマCVD法により小型プラスチック容器表面に酸化ケイ素薄膜を形成するものである(同【0010】)。
本願発明1と引用発明1の技術的課題を対比すると,プラスチック容器におけるガスバリア性を高めることを技術的課題とする点においては共通するものの,引用発明1は,臭いの収着の問題を解決することを意図していない。すなわち,引用発明1は,本願明細書の【従来の技術】の欄に記載されている「プラスチックは・・・酸素や二酸化炭素のような低分子ガスを透過する性質を有し,さらに低分子有機化合物が内部に収着してしまうという性質を有している・・・。ここで,収着とは,プラスチックの組成中に低分子有機化合物が浸透し拡散してプラスチック中に吸収されている現象をいう。例えば,・・・プラスチックを透過して容器の内部に浸透する酸素によって,内容物である飲料が経時的に酸化を起こして劣化してしまったり,また炭酸飲料の炭酸ガスがプラスチックを透過し容器の外部に放出されてしまうため,炭酸飲料が気の抜けた飲料になってしまう。また,オレンジジュース等の・・・飲料に含まれる低分子有機化合物である香気成分・・・がプラスチックに収着されるため,飲料の香気成分の組成がバランスを崩して,飲料の品質が劣化してしまう・・・。また,プラスチック容器については・・・プラスチック組成中に含まれている可塑剤や残留モノマ,その他の添加剤が内容物中に溶出し,内容物の純度を損なったりする可能性が有る。」(段落【0003】ないし【0006】)との問題を解決することは意図していない。このように,引用発明1は,解決しようとする技術的課題において,本願発明1とは異なるものである。
また,本願発明1においては,プラスチック容器の再使用が重要な技術的課題とされている。そして,本願発明1における再使用は,使用後再充填してリタ-ナブル容器として使用することを可能にすることであるのに対し,引用発明1における再利用は,溶融して再利用することであり,本願発明1とは技術的意味を異にしている。
このように,本願発明1は,引用発明1とは異なる技術的課題を解決するために,「プラスチック材により形成された飲料用ボトルの内壁面に硬質炭素膜が形成されていることを特徴とする炭素膜コーティング飲料用ボトル」を発明の要旨とするものであって,その技術的課題は,引用発明1のように,プラスチック容器の表面にプラズマCVD法を用いて酸化ケイ素薄膜を形成することによっては,解決することができない。
このような状況の下では,当業者にとって,引用発明1に基づいて本願発明1との相違点に係る構成に想到する動機付けは存在しない。したがって,この引用発明1に基づいて上記構成に容易に想到し得たなどということもあり得ない。
被告は,先行技術とする引用発明1に基づいて本願発明1の容易性の判断をするための動機付けには,原告が主張するような技術的課題の完全な一致が求められているわけではない,と主張する。しかし,本願発明1の主要な技術的課題とは,結局,従来では実現できなかったところの,内容物である飲料の密封を要するプラスチック飲料用ボトルを「使用後再充填してリターナブル容器として使用する」という点に存するというべきである。すなわち,プラスチック飲料用ボトルを溶融,再成形等を経ずに洗浄してそのままリターナブル容器として再使用するために必須となる物性として求められる性質が,「ガスバリア性」であるとともに,「臭いの収着の防止」であり,さらには圧縮・伸張に対して繰り返し使用に耐える「柔軟性」等であるからである。他方,引用発明1においては,「溶融して再利用する」意味におけるリサイクルを目的とするものであるから,回収後いったん溶融される以上,上記のガスバリア性以外の特性,例えば「臭いの収着の防止」,「柔軟性」等の特性が技術的課題の解決のため必要となることはない。原告は,もとより,被告がいうような,想到容易性の判断における動機付けに本願発明と引用発明の技術的課題の完全な一致が求められる,との主張をするものではなく,上記のように本願発明1の主要な技術的課題である「プラスチック飲料ボトルのリターナブル容器としての使用」に相当する技術的課題は,引用発明1には開示も示唆もされていないことをもって,異なる技術的課題を解決する引用発明1との間に課題の共通性がないことを主張したものである。
(2) 引用発明1と引用発明2との構成と技術的課題の違いに基づく,引用発明1に引用発明2を適用することの困難性 引用発明1は,上記のとおり,プラスチック容器のガスの透過性の欠点を補うための従来技術における製造法上の困難性や製造コストの問題,さらには溶融して再利用するリサイクルの困難性の問題を解決するために,ガスバリア性を高め,リサイクルを可能とし,かつ安価な小型プラスチック容器を提供することを技術的課題とするものであって,その課題の解決のために,プラズマCVD法を用いて酸化ケイ素薄膜を形成するものである。
このように,引用発明1は,密閉されてガスバリア性が問題となる容器において,ガスバリア性を高めることを技術的課題とするものである。
これに対し,引用発明2は,開口部を開放状態で使用する器具において耐薬品性に優れた高強度の器具を提供することを技術的課題として(引用文献2・4欄4行〜10行参照),「開口部に平行な断面の面積が前記開口部の面積と同等の内部空間および/またはそれ以上の内部空間を有すると共にダイヤモンド状炭素及び/またはダイヤモンドの膜をその内表面に形成してなることを特徴とする器具」(同1欄,特許請求の範囲(1))というものであり,同特許請求の範囲(2)は,前記器具を「実験器具」に限定したもの,同特許請求の範囲(3)は,前記器具の内表面にダイヤモンド状炭素及び/又はダイヤモンドの膜を形成する方法に関するものである(同1・2欄,特許請求の範囲(2),同(3)参照)。
すなわち,引用発明2は,開口部を開放状態で使用する化学実験等の硬質の器具において,その内表面にダイヤモンド状炭素及び/又はダイヤモンドの膜を形成することを要旨とする発明であって,開口部を密閉状態で使用する容器において,圧縮及び伸張によるクラックの発生を抑止しつつ,高度のガスバリア性を解決するという,本願発明1の技術的課題とは全く関係のない,耐薬品性に優れた高強度の器具を提供するという別個の技術的課題を解決するとの発明である。
審決は,引用文献2には,「「コップ,皿およびボウルなどの生活用品」すなわち飲料用容器という同じ技術分野に属するものに適用可能である・・・ことも記載されている」(審決書4頁3行〜5行)と認定している。
しかし,引用発明2は,ガラスあるいはプラスチック器具の耐酸性,耐アルカリ性,耐溶剤性,及び耐熱性を改善するために,ダイヤモンド状炭素膜あるいはダイヤモンドの膜を容器の内表面に形成するというものである(甲第6号証2欄11行〜3欄4行,10欄14行〜11欄3行参照)。
引用発明2が,あくまでも耐酸性,耐アルカリ性,耐溶剤性及び耐熱性のような性質に対して改善を要求される「器具」を対象としていることからみれば,引用発明2が飲料ボトルのような容器をも対象としたものではないことが明白である。
結局のところ,引用文献2には,開口部を有するプラスチック器具の内表面に硬質炭素膜であるダイヤモンド状炭素膜を形成することが示されているだけであるから,本願発明1と技術的に親近性を有する技術的内容が開示されているとは到底いえない。
上述のとおり,引用発明1と引用発明2とは,その構成及び技術的課題を異にするものである。したがって,引用発明1に引用発明2を適用して本願発明1との相違点に係る構成を想到することは容易になし得たことである,とした審決の認定判断は誤りである。
(3) 引用発明3の技術的内容の誤認と周知性認定の誤り 審決は,引用発明1に記載された酸化ケイ素膜に換えて硬質炭素膜を採用することの容易性を立証するために引用文献3を挙げて,「硬質炭素膜がガスバリア性を有する点は上記引用文献3にも記載されている・・・ように周知であり,また,上記記載・・・には,プラスチック材の成膜物質としてSiOx(酸化ケイ素)であるSiO2と硬質炭素膜が並列に記載されており両者は成膜のための等価な均等の物質ととらえられているから,引用発明1において上記公知技術を適用し,酸化ケイ素膜に換えて硬質炭素膜を採用することによって本願発明1とすることに格別の困難性は認められない。」(審決書4頁8行〜14行)と認定判断している。
ア しかし,引用文献3は,名称を「液晶表示装置」とする発明に関する公開特許公報である。引用発明3は,引用文献3の記載から明らかなように,液晶表示装置に関するもので,本願発明1とはその技術分野が全く相違するものであり,それに伴って,膜が形成されている対象,それが奏している作用効果においても異なるものである(甲第7号証1欄1行〜5行,16行〜23行,32行〜35行,41行〜48行参照)。
引用発明3は,液晶装置における従来技術の問題点を解決するために,基板内部への水,酸素等の侵入を防ぎ,液晶表示装置の信頼性を向上させることを技術的課題として「2枚のプラスチック基板間に液晶を挟持してなる液晶表示装置において,基板の端面に耐透気化,耐透湿化処理を施したことを特徴とする液晶表示装置」(請求項1)との構成を採用したものであって,本願発明1とは,技術的課題もこれを解決するための技術的手段も全く異にしているものである。したがって,同発明は,炭素膜コーティング飲料用ボトルに関する本願発明1とは,技術的分野を異にしているだけでなく,これと比較的近接した又は類似した技術分野とも,技術思想的にこれに近接し,これと共通の要素を持つものともいうことができない。
言い換えれば,両者の間には,技術的に両者を組み合わせ,あるいは置換する技術的親近性は全く存在しない。
したがって,「引用発明1において上記公知技術を適用し,酸化ケイ素膜に換えて硬質炭素膜を採用することによって本願発明とすることに格別の困難性は認められない。」(審決書4頁12行〜14行)とした審決の認定判断は誤りである。
イ 被告は,周知技術の一例であるところの引用文献3の技術分野は,引用発明1の技術分野と関係がなく,硬質炭素膜の一般的性質としてガスバリア性を有することが周知であるならば,それがどんな技術文献の中に記載されていたかに関わりなく,当業者にとって,ガスバリア性が必要な箇所に硬質炭素膜を適用しようとする動機付けが存在する,旨主張するが誤りである。公知技術周知技術の相違は,公知技術は,たまたま文献に記載されていたため知られ得る可能性のある技術を含むのに対し,周知技術とは,「その技術分野において,一般に知られる技術であって,例えば,これに関し,相当多数の公知文献が存在し,又は業界に知れ渡り,もしくは,よく用いられていることを要する」(東京高判昭50.7.30「液体容器事件」・無体集7巻2号260頁)ものであり,その技術分野では常識となっている技術のことである。また,ある技術分野で,周知慣用となっている技術も,他の技術分野の当業者にとっては必ずしも容易に転用し得るものであるとは限らないのは,当然である。そうである以上,仮に,引用文献3に記載された上記技術が,液晶基板の処理分野においては,周知の程度に至った技術であるとしても,このことをもって,プラスチック飲料用ボトルの技術分野に属する本願発明1や引用発明1に係る当業者に,引用発明1に公知技術である引用発明2を適用して本願発明の構成に想到する動機付けがあったことを示す間接証拠とすることは到底許されることではない。したがって,被告が周知技術の一例であるとする引用文献3を斟酌することにより,引用文献3が属する技術分野とは異なる技術分野に属するところの本願発明1や引用発明1に係る当業者が,引用発明1に対して,引用発明2の硬質炭素膜に置換することの困難性を否定する根拠とできるとする被告の主張は誤りである。
ウ 審決は,引用文献3に「耐透気性」と記載されていることを理由に,「硬質炭素膜がガスバリア性を有する点は・・・周知であり」(審決書4頁8行〜9行)と認定したが,本願発明1との関連で,引用文献3の「耐透気性」から「硬質炭素膜がガスバリア性を有する点は周知であり」と認定するのは誤りである。引用発明3における「耐透気性」とは,あくまで外部から基板内部への酸素等の侵入を防止するものであれば足りるのに対し,本願発明1において求められるガスバリア性は,密封状態で充填された炭酸飲料等の外部への二酸化炭素透過を抑止するとともに,容器外部からの酸素等の透過を抑止するという高度のガスバリア性を必要とするものであるから,引用文献3における「耐透気性」をもって,本願発明1のプラスチック飲料用ボトルに求められる「ガスバリア性」と等価な性質が開示されているものとすることはできない。
本願発明1において問題とするガスバリア性とは,プラスチックの持つ低分子ガス透過性を改善することを目的とするものであり,例えば,本願明細書[試験1]の酸素及び二酸化炭素の透過度の結果を示す図7のとおり,未処理のPETボトルの酸素透過度43.7(μl/day/pkg。以下,透過度についての単位の記載を省略した場合は,この単位を意味する。),二酸化炭素透過度142.4に対し,本願発明1のボトルは,酸素透過度4.3ないし8.9,二酸化炭素透過度11.9ないし15.7である。
他方,引用発明3における「耐透気性」とは,引用文献3中に数値の記載はないものの,液晶表示装置の耐透気性一般に関する記載として,引用文献3の段落【0002】で引用されている特開平2-68519号公報(甲第8号証)によれば,例えば「30cc/24hr・m2・atm以下」(2頁左上欄14行〜15行)であり,これを本願発明1における上記単位に換算すると,1,500(μl/day/pkg。ただし1cc=103μlで,1pkgを表面が500cm2=0.05m2の容器とする。)であって,本願発明1により実現される上記ガスバリア性の数値はおろか,本願において比較例とされる未処理PETボトルで元来実現されているガスバリア性とも次元の異なるものであることは明らかである。
さらに,引用文献3においては,耐透気性,耐透湿性を有する無機質膜と並んで反応性樹脂組成物及び光硬化性樹脂組成物が列挙されており(甲第7号証1欄41行〜48行参照),これはプラスチックの性能を大きく超えるガスバリア性を得る本願発明1とはガスバリア性の程度が本質的に相違していることを示すものである。
このように,引用文献3は,本願発明1において技術的課題とするガスバリア性について開示しているのではなく,また,引用文献3の記載から,本願発明において技術的課題とするガスバリア性が示唆されるものではないから,引用文献3の記載から「硬質炭素膜がガスバリア性を有する点は周知である」とする審決の認定は誤りである。
エ 以上のとおり,引用文献3についての審決の認定判断は,本願発明1の属する技術分野と引用発明3の属する技術分野の相違を無視したものであるのみならず,本願発明の技術内容及び引用発明3の技術内容を正確に把握せずになされた認定判断でもあって,失当であることが明らかであり,引用発明3は引用発明1において硬質炭素膜を採用することの動機付けとなり得るものではない。したがって,引用文献3の記載事項を理由として,「引用発明1において上記公知技術を適用し,酸化ケイ素膜に換えて硬質炭素膜を採用することによって本願発明1とすることに格別の困難性は認められない。」(審決書4頁12行〜14行)とした審決の認定判断は誤りである。
(4) 被告は,硬質炭素膜がガスバリア性を有することは周知であるとして,周知例として,審決における引用文献3のほか,米国特許第4809876号明細書(以下「乙第5号証文献」という。)及び特開平6-165772号公報(以下「乙第6号証文献」という。)を挙げる。
しかしながら,乙第5号証文献及び乙第6号証文献のいずれも,審判手続における拒絶理由通知にも,また,審決にも,引用刊行物として示されていないから,審決取消訴訟において,これを証拠として提出して硬質炭素膜がガスバリア性を有することが周知であると主張することは許されない。
また,平成11年12月7日付けの本件の拒絶理由通知及び審決には,「硬質炭素膜がガスバリア性を有する点は上記引用文献3にも記載されている・・・ように周知であり」(審決書4頁8行〜9行)との趣旨の表現もあるものの,審決がこれに続いて「引用発明1において上記公知技術(原告注:引用文献3を指す。)を適用し」(同4頁12行)と記載していることから明らかなように,引用文献3はそもそも公知技術として引用されているのであって,周知技術の一例として引用されているのではない。
拒絶理由通知制度は,審判官(又は審査官)が出願を拒絶すべき理由を発見したとき,出願人に対し,その旨の通知をすることによって,意見書を,さらに,必要があれば手続補正書をも,提出する機会を与え,もって特許出願手続の適正妥当な運用を図ることを目的とする制度であり,出願人の立場からみれば,特許権付与の目的を達成するための防御権の行使であるから,拒絶理由通知書に記載されていない先行技術文献の記載をもって拒絶査定をすることは防御権行使の機会を奪うものであって許されない。
また,審決取消訴訟において,本願発明1が特許法29条2項の規定に該当することを立証するため,審判手続において取り調べなかった文献を提出して審決の認定判断の正当性を主張立証することが審決取消訴訟の審理範囲を逸脱するものであることは,最高裁大法廷判決昭和51年3月10日(民集30巻2号79頁)に照らし明らかである。
したがって,本件訴訟において,乙第5号証文献及び乙第6号証文献を考慮することは許されない。
2 取消事由2(本願発明1の奏する顕著な作用効果の看過による容易想到性についての判断の誤り) 審決は,「本願発明1の特有の効果であるとされる「リタ-ナブルな容器として使用することが出来る」という効果も,硬質炭素膜の高強度,耐磨耗性,化学的安定性等の周知の性質から,内壁面に硬質炭素膜をコーティングすることによって該効果を奏することは当業者が容易に予測しうる事項に過ぎない。なお,硬質炭素膜が,臭い成分の収着を抑制できるという特性を併せ持っていたとしても,硬質炭素膜の採用の容易性を左右するものではない。」(審決書4頁15行〜20行)と認定するが,誤りである。
(1) 本願発明1は,プラスチックの飲料用ボトルにおいて,その内壁面のコーティング膜として硬質炭素膜を採用したことを要旨とするものであり,ここにいうプラスチックの飲料用ボトルとは内部に充填された飲料(炭酸飲料等)を密封して保持し,あるいは運搬するという用途に供される容器のことである。
プラスチック材である密封ボトルに炭酸飲料等を充填する場合のコーティング膜に求められる特性は,@密封時におけるガスバリア性,すなわち,ボトル内部からの二酸化炭素等の透過及び外部からの酸素等の透過をともに抑止する性能であり,この密封時のガスバリア性と同時に,A臭い成分等の低分子有機化合物の収着を抑制すること,及び,B圧縮及び伸張に対する高い耐性(圧縮追随性及び伸張追随性)を有することである(容器の圧縮あるいは伸張により,内壁面のコーティング膜にクラックが生じた場合には,@のガスバリア性が著しく減殺されるものであることは,当業者にとって技術的に自明である。)。本願発明1におけるコーティング材である硬質炭素膜は,上記@ないしBの特性をともに満たすことができ,使用後再充填可能なリターナブルな容器として使用することができるという,顕著な作用効果を奏するものである。
他方,引用発明1において,プラスチック容器用のコーテイング材として開示されている物質は,酸化ケイ素である。コーティング材として酸化ケイ素SiOx薄膜を用いる場合には,クラック及び剥離を起こしやすいという特性を有することが,当業者において周知であり(甲第13号証参照),引用発明1のように,酸化ケイ素薄膜をコーティング材として成膜したのみでは,特に内部充填物による伸張によりクラックが発生するものであって,このクラック発生防止のためにさらに塗工剤などを用いれば,製造工程が複雑化し生産コストを増大化させるものであるから,本願発明1における「プラスチック材により形成された飲料用ボトルの内壁面」に硬質炭素膜をコーティング材とした場合に得られる顕著な作用効果は実用上得られない。
そして,引用文献2には,前述のとおり,開口部を有するプラスチック器具の内表面に硬質炭素膜であるダイヤモンド状炭素膜を形成することが示されているだけで,当業者において引用発明2から密閉性を有するプラスチック容器を予測することはできない。
さらに,引用文献3においては,無機組成物と並んで反応性樹脂組成物及び光硬化性樹脂組成物が列挙されており,前述したように,引用文献3における耐透気性と,プラスチックの性能を大きく超えるガスバリア性を得る本願発明1とは本質的に相違している。
そうすると,本願発明1の奏する作用効果は,引用発明1,引用発明2及び引用発明3のいずれによっても,当業者において予測することのできない顕著な作用効果である。
審決は,何らの根拠を示すことなく,「本願発明1の特有の効果であるとされる「リターナブルな容器として使用することが出来る」という効果も,硬質炭素膜の高強度,耐磨耗性,化学的安定性等の周知の性質からリタ-ナブル容器として使用することができるという効果が当業者が容易に予測しうる事項に過ぎない」(審決書4頁15行〜19行)と判断したものであって失当である。少なくとも本願発明1において硬質炭素膜によってプラスチックボトルの臭いの収着の問題を解決できることを見出だし,それによってボトルの再使用としてのリタ-ナブルな容器としての提供を可能としたことを考慮すれば,そのことを無視して,上記のような判断をすることはできない。
したがって,審決は,本願発明1の奏する顕著な作用効果を看過した結果,その効果は当業者が容易に予測しうる事項にすぎないと誤って判断したものである。
(2) 審決は,「硬質炭素膜が,臭い成分の収着を抑制できるという特性を併せ持っていたとしても,硬質炭素膜の採用の容易性を左右するものではない」(審決書4頁19行〜20行)と判断しているが,審決にはかかる判断の根拠が全く示されておらず,その理由が不備であることは明白である。本願発明1は,硬質炭素膜によってプラスチックボトルの臭いの収着の問題を解決できることを見出だし,それによってリタ-ナブルな容器としての提供を可能としたものであって,このことを見出して本願発明1の構成を採用したことに本願発明1の特徴がある。
(3) 被告は,特許庁の審査基準(乙第2ないし第4号証)を引用して,「硬質炭素膜が,臭い成分の収着を抑制できるという特性を併せ持っていたとしても,硬質炭素膜の採用の容易性を左右するものではない。」とする審決の判断が,上記の特許庁の審査基準に沿ってなされたことは明らかであるから,その判断に誤りはない旨主張する。
しかしながら,被告の主張は,上記審査基準の趣旨を逸脱しており,失当である。被告が引用した審査基準の箇所は,発明の進歩性判断における「有利な効果」についての考え方を示した項目の部分である。この項目においては,「例えば,引用発明との構成の類似性や,複数の引用発明の組み合わせにより,一見当業者が容易に想到できたとされる場合であっても,請求項に係わる発明が,有利な効果であって,引用発明が有する効果とは異質な効果,または同質の効果であるが際だって優れた効果を有し,これらが技術水準から当業者が予測できたものでないときは,この事実により進歩性の存在が推認される」(審査基準15頁26行〜30行)と記載され,発明の構成が一見当業者が容易に想到できたとされる場合であっても,「有利な効果」であってかつ「異質な効果,または同質の効果であるが際だって優れた効果」があれば進歩性の存在が推認されうることが示されている。一方,被告が引用する審査基準の記載箇所にあるように,「なお,請求項に係る発明が有利な効果を有していても,当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことが,起因ないし契機(動機付け)の観点から十分に論理づけられたときは,進歩性は否定される。」(同16頁12行〜14行)とするのは,単に「有利な効果」にとどまる程度の効果があったとしても,請求項に係る発明に想到することが,例えば引用発明の内容中の示唆,課題の共通性,機能・作用の共通性,技術分野の関連性等による動機付けの観点から十分に論理づけられる(予測可能である)といえるに至れば,進歩性が否定されることを示しているにすぎない。この点,上記のように,引用文献1ないし引用文献3に記載された発明により,本願発明1を想到する動機付けが,「十分」に得られるものとは到底言い難いものであり,さらに本願発明1の奏する作用効果は,単なる「有利な効果」を超える顕著な作用効果であるから,上記審査基準を根拠に審決が「硬質炭素膜が,臭い成分の収着を抑制できるという特性を併せ持っていたとしても,硬質炭素膜の採用の容易性を左右するものではない」とした審決の判断に誤りはないとする被告の主張は,明らかに失当である。
被告の反論の要点
1 取消事由1(本願発明1及び引用発明1・2等についての理解の誤りによる容易想到性についての判断の誤り)について (1) 本願発明1と引用発明1との技術的課題の相違について 原告は,本願発明1と引用発明1の技術的課題が相違するとして,このことを根拠に,引用発明1に基づいて本願発明1との相違点に係る構成に想到するに必要な動機付けは存在しない旨主張する。
しかしながら,両発明の課題は,少なくとも,「ガスバリア性を高める」点で共通する。
したがって,当業者が,引用発明1に基づいて本願発明1との相違点に係る構成に想到するに必要な動機付けは存在するのであって,引用発明1を本願発明1の容易想到性を肯定する根拠の一つにした審決の判断に誤りはない。引用発明1が本願発明1の容易想到性を判断するための先行技術となるために必要とされる動機付けの存在を肯定する要件として,原告が主張するような両発明の技術的課題の完全な一致が求められているわけではないから,原告の主張は失当である。
(2) 引用発明1と引用発明2との構成と技術的課題の違いに基づく,引用発明1に引用発明2を適用することの困難性について 原告は,引用発明2が,あくまでも耐酸性,耐アルカリ性,耐溶剤性及び耐熱性のような性質に対して改善を要求される「器具」を対象としていることからみれば,引用発明2が飲料用ボトルのような容器をも対象としたものでないことは明白である,として,引用発明1が飲料用容器を対象にしているのに対し引用発明2は開口部を有する器具を対象にしているから,両者に技術的親近性はないので,引用発明1に引用発明2を適用することが当業者にとって容易であるとした審決の判断は誤りであると主張する。
しかし,審決の認定するとおり,引用文献2には,「この発明の器具は,たとえば・・・コップ,皿およびボウルなどの生活用品・・・などに幅広く利用することができる。」(甲第6号証10欄14行〜11欄3行)と記載されている。「コップ,皿およびボウルなどの生活用品」は,もはや実験器具等の器具ではなく,生活用品としての「容器」であるから,引用文献2には,飲料用容器が開示されていることは明らかである。そして,審決でも引用している引用文献2の「開口部に平行な断面の面積が前記開口部の面積と同等の内部空間および/またはそれ以上の内部空間を有すると共にダイヤモンド状炭素および/またはダイヤモンドの膜をその内表面に形成してなることを特徴とする器具。」(同1欄5行〜9行)及び「前記器具の材質としては,ガラス,プラスチック等が挙げられる。」(同6欄9行〜10行)を併せて読めば,引用文献2には,「プラスチック材により形成された飲料用ボトルの内壁面に硬質炭素膜が形成されている飲料用容器」が開示されていることとなる。
したがって,引用発明2は,引用発明1と技術的親近性を有し,両者は,飲料用容器という共通の技術分野に属するから,当業者において,引用発明1に引用発明2の適用を試みることは通常のことである。引用発明1に引用発明2を適用することが当業者にとって容易であるとした審決の判断に誤りはない。
(3) 引用発明3の技術的内容の誤認と周知性認定の誤りについて 原告は,引用発明1と引用発明3の技術分野の違いから,引用発明1における酸化ケイ素膜を引用文献3に記載された硬質炭素膜に置換することは容易ではない旨主張する。
しかし,審決が引用文献3を挙げたのは,硬質炭素膜が一般に「耐透気性」すなわち一般的な「ガスバリア性」を有するものである点が周知であることを示すための例示としてのことである。したがって,引用文献3に記載された技術分野は関係がないし,「ガスバリア性」に係る技術事項(例えば,後述のような被適用部材の特性)を引用文献3に記載された事項に限定して解釈しなければならない必然性もない。硬質炭素膜の一般的性質として「ガスバリア性」を有するものである点が当業者に周知であるならば,それがどのような技術文献の中に記載されていたかに関わりなく,当該当業者にとって,「ガスバリア性」が必要な個所にこれを適用しようとする動機付けが存在することになる。
原告は,周知技術であっても,他の技術分野の当業者にとっては容易に転用し得るとは限らないから,引用発明3の属するのとは異なる技術分野に属する当業者が,引用発明1に対して硬質炭素膜を適用することが容易であるとした被告の主張が誤りである旨を主張する。しかし,本願発明1は,一面において,容器の技術分野に属する発明ではあるものの,他の一面においては,薄膜コーティング技術の技術分野に属する発明でもある。薄膜コーティング技術の分野の当業者においては,薄膜コーティング技術に関するという点で共通していれば,文献に記載されている適用分野が,「容器」であろうが,「液晶表示装置」であろうが,その技術を適用するに際しては何ら障害となるものではないのである。
原告は,ガスバリア性について,本願発明1の飲料用ボトルの酸素透過度及び二酸化炭素透過度の数値と,引用文献3において引用されている特開平2-68519号公報,特開昭61-41122号公報の酸素透過度及び二酸化炭素透過度の数値が本質的に相違する旨主張する。
しかし,原告の挙げる数値は,いずれも,各文献に開示されている数値の最大値であって,特開平2-68519号公報の実施例及び比較例に記載されている他の数値は,本願発明1におけるものと大きく異なるものではない。しかも,本願発明1のガスバリア性についての原告の主張は,あくまで本願明細書の実施例に基づく主張であって,本願明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて把握された発明に基づく主張ではない。すなわち,本願明細書の請求項1には「プラスチック材により形成された飲料用ボトルの内壁面に硬質炭素膜が形成されていることを特徴とする炭素膜コーティング飲料用ボトル」と記載されているだけであり,その問題とする「ガスバリア性」が実施例に記載された数値に拘束される必然性はない。したがって,原告の主張は,請求項に記載された発明と実施例とを混同するものであり,失当である。
原告は,引用文献3においては,無機質膜であるSiO2や硬質炭素膜ととともに樹脂組成物も並列して記載されているから,審決において,引用文献3はSiO2と硬質炭素膜とを成膜のための等価な均等の物質ととらえていると解していることを不合理である旨主張している。しかし,審決でSiO2と硬質炭素膜とが並列に記載されているとしたのは,あくまで成膜のための物質としてのことであるのに,引用文献3の記載において,樹脂組成物が並列に記載されているのは,成膜のための物質としてのことではないから,原告の主張は失当である。
(4) 硬質炭素膜がガスバリア性を有することが本願出願時において周知であったことは,乙第5号証文献及び乙第6号証文献の次のような記載から明らかである(特に,乙第5号証文献には,プラスチック容器のガスバリア性を向上させるために容器内壁面にDLC膜を形成することも記載されている。)。
@ 乙第5号証文献 ・「食品又は飲料用の容器であって,気体や蒸気の浸透性を低減したものである。容器は,好ましくは,DLC膜で被覆されたプラスチック樹脂で形成される。」(乙第5号証の第1頁右欄(要約の欄)15行〜18行) ・「上記の,および,本願請求項に記載の改良された容器は,透明性に優れ,酸素,二酸化炭素,蒸気や飲食物の香気に対してかなりの非透過性を有する。」(同4頁右欄(4欄)18行〜21行) ・「1.飲食物用の開口部を有する空の容器であって,該容器はガスや蒸気の浸透性を減少する膜を少なくとも部分的に被覆されたプラスチック樹脂又は蝋製の容器であり,前記膜はDLC膜又はダイヤモンド膜である容器」(同4頁右欄(4欄)65行〜5頁左欄(5欄)2行(請求項1)) ・「10.前記膜が,部分的に容器内壁面を被覆する請求項1の容器」(同5頁左欄(5欄)25行〜27行(請求項10)) ・「12.開口部側に首部を有するボトルからなる請求項1の容器」(同5頁右欄(6欄)1行〜2行(請求項12)) A 乙第6号証文献 ・「ダイヤモンド組成物からなるコーティング25が蒸着された,又はダイヤモンドでコーティングしたバリアラベル45によって被覆されたプラスチックの容器10a。ダイヤモンドのコーティングは,容器内への気体の浸透に対して有効なバリアを提供し,容器特にプラスチックの真空採血容器の寿命を延ばすのに有用である。」(乙第6号証1頁左下欄5行〜11行(【要約】における【構成】の欄)) 2 取消事由2(本願発明1の奏する顕著な作用効果の看過による容易想到性についての判断の誤り)について (1) 原告は,引用発明1のように酸化ケイ素薄膜をコーティングしたものではクラックが発生して本願発明1のリターナブル可能という作用効果を奏するものではない旨,及び,審決は,何らの根拠を示すことなく,「硬質炭素膜の高強度,耐磨耗性,化学的安定性等の周知の性質からリタ-ナブル容器として使用することができるという効果が当業者が容易に予測しうる事項に過ぎない」(審決書4頁16行〜19行)と判断したものであって失当である,少なくとも本願発明1において硬質炭素膜によってプラスチックボトルの臭いの収着の問題を解決できることを見出だし,それによってリタ-ナブルな容器としてのボトルの提供を可能としたことを考慮すれば,そのことを無視して,上記のような判断をすることはできない旨を主張する。しかし,審決は,硬質炭素膜が,高強度,耐摩耗性,化学的安定性という特質を有するから,これを引用発明1における容器のようなプラスチック容器に適用した場合に,表面の膜は,高強度で,耐摩耗性が大きく,化学的に安定したものとなることが予測され,したがって,クラックが生じたり内容物で腐食されたりする可能性が小さいものとなって何度も利用可能となり得ること,すなわち,リターナブル可能となることが予測されるものであると判断したものであり,その判断に誤りはない。したがって,審決の上記判断に何の根拠もないとする原告の主張は失当であり,審決は,本願発明が奏するとされる作用効果を看過したものではなく,審決に誤りはない。
(2) 原告は,審決における「硬質炭素膜が,臭い成分の収着を抑制できるという特性を併せ持っていたとしても,硬質炭素膜の採用の容易性を左右するものではない。」(審決書4頁19行〜20行)との判断は根拠が示されていないから理由が不備である旨主張する。
しかし,審決の上記記載は,「ガスバリア性」によって硬質炭素膜を引用発明1に適用する動機付けが認められた以上,「臭い成分の収着を抑制できるという特性」は上記の適用に好都合な効果を加えるものにすぎず,上記動機付けの阻害要因となるものではないから,その採用の容易性を左右するものではないという判断を示したものである。
この点について,特許庁の審査基準には次のように記載されている。(乙第2ないし第4号証)「なお,請求項に係る発明が有利な効果を有していても,当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことが,起因ないし契機(動機付け)の観点から十分に論理づけられたときは,進歩性は否定される。
例1:(略) 例2:光電変換半導体装置の半導体層のうち,光が入射される側の半導体領域の材料に珪素炭化物を採用することが,同領域の光の吸収を少なくする観点から容易であった以上,この半導体領域が第二の半導体領域のi型劣化性を防止するという効果を併せ有するとしても,珪素炭化物の容易性を左右するものではない。(参考:昭63(行ケ)282)」(16頁12行〜23行) したがって,上記の「硬質炭素膜が,臭い成分の収着を抑制できるという特性を併せ持っていたとしても,硬質炭素膜の採用の容易性を左右するものではない。」とする審決の上記判断は,過去の判例に基づいて定められた審査基準に沿ってなされたものであり,誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本願発明1及び引用発明1・2等の理解の誤りによる容易想到性についての判断の誤り)について (1) 審決が, ア 引用発明1が,各種飲食用のプラスチック容器に関するものであり,ガスバリア性を高めること課題としていること,及び,「引用発明1の「小型プラスチック容器」は本願発明1の「飲料用ボトル」に相当する。」(審決書3頁31行〜32行)ことを認定し, イ 「本願発明1と引用発明1は「プラスチック材により形成された飲料用ボトルの内壁面に膜が形成されていることを特徴とする膜コーティング飲料用ボトル」である点で一致している。そして,飲料用ボトル内壁面にコーティングする膜が,本願発明1においては「硬質炭素膜」であるのに対し,引用発明1においては「酸化ケイ素膜」である点で相違している。」(同3頁33行〜37行)と認定した上で, ウ 上記相違点について @「引用文献2には,プラスチックの器具・・・の内表面に硬質炭素膜であるダイヤモンド状炭素膜を形成すること・・・が記載されており,しかも,引用文献2に記載の発明は,「コップ,皿およびボウルなどの生活用品」すなわち飲料用容器という同じ技術分野に属するものにも適用可能である・・・ことも記載されているから,「飲料用プラスチック容器の内壁面に硬質炭素膜をコーティングすることは公知技術である。」(同4頁1行〜7行), A「硬質炭素膜がガスバリア性を有する点は上記引用文献3にも記載されている・・・ように周知であり」(同4頁8行〜9行), B引用文献3においては,「プラスチック材の成膜物質としてSiOx(酸化ケイ素)であるSiO2と硬質炭素膜が並列に記載されており両者は成膜のための等価な均等の物質ととらえられている」(同4頁9行〜12行)と認定し, エ 上記アないしウの認定に基づいて,「引用発明1において上記公知技術を適用し,酸化ケイ素膜に換えて硬質炭素膜を採用することによって本願発明1とすることに格別の困難性は認められない。」(同4頁12行〜14行)と判断していることは,当事者間に争いがない。
(2) 審決の上記認定判断について,検討する。
ア 上記(1)アについて 甲第5号証によれば,引用文献1には,次の記載があることが認められる。
@「【従来の技術】 従来からポリエチレンテレフタレート(PET),ポリカーボネート(PC)・・・等は成形性に優れ,軽量の成型物が得られるため,各種飲食品容器の成形用素材として汎用されている。」(段落【0002】) A「しかしながら,小型のPET容器は大型のPET容器に比べガスの透過性が比較的大きいために,・・・炭酸飲料用容器としては不適であり」(段落【0004】) B「本考案は,上記の欠点を解消し,ガスバリアー性を高め,しかも昨今の環境問題をクリアーできる,リサイクル可能なかつ安価な小型プラスチック容器を提供することを目的とするものである。」(段落【0009】) C「【課題を解決するための手段】 上記の目的は,比較的に低温,低真空度で,それほど高価な耐高真空性を必要としないプラズマCVDにより小型プラスチック容器の表面に酸化ケイ素の薄膜を形成することにより達成できる。」(段落【0010】) D「【考案の効果】以上説明したように本考案の小型プラスチック容器は,プラズマCVDによって酸化ケイ素薄膜が容器全体に均一に形成され,優れたガスバリアー性を示し,小型プラスチック容器の体積に対する表面積率が大きいことによる内容物に対する酸素水蒸気等の透過物質の影響を大巾に低下させることができる。また酸化ケイ素膜は透明性に優れ,かつ薄いためクラックが発生し難く,フレキシビリティーに優れているので,容器の外観,性能を何等に損なうこともない。」(段落【0021】) 引用文献1の上記認定の各記載によれば,引用文献1には,「炭酸飲料用容器」(上記A)として使用される「小型プラスチック容器」(B)のガスバリア性の改善(A,B)を課題とする発明が記載されていることが認められる。また,ガスバリア性が問題となる炭酸飲料用容器が「ボトル」に相当することは自明である。
そうすると,「引用発明1の「小型プラスチック容器」は本願発明1の「飲料用ボトル」に相当する」との審決の上記認定に誤りがないことは,明らかである。
イ 上記(1)イについて 両発明の一致点,相違点に関する審決の上記(1)イの認定については,原告も争わないところである。
ウ 上記(1)ウ@について 甲第6号証によれば,引用文献2には,次の記載があることが認められる。
@「2.特許請求の範囲 (1)開口部に平行な断面の面積が前記開口部の面積と同等の内部空間および/またはそれ以上の内部空間を有すると共にダイヤモンド状炭素および/またはダイヤモンドの膜をその内表面に形成してなることを特徴とする器具。」(1欄5行〜9行) A「本発明の器具の形状は・・・。前記器具の材質としては,ガラス,プラスチック等が挙げられる。」(6欄3行〜10行) B「プラスチックとしては,特に制限されることはなく,通常のものを用いることができ,たとえば,・・・熱可塑性ポリエステル樹脂,・・・が挙げられる。」(7欄5行〜14行),「前記熱可塑性ポリエステル樹脂としては,たとえば,ポリエチレンテレフタレート・・・等が挙げられる。」(9欄9行〜11行) C「この発明の器具は,たとえば,・・・秤量ビンや吸引ビン,採取ビンなどのビン類,・・・コップ,皿およびボウルなどの生活用品・・・などに幅広く利用することができる。」(10欄14行〜11欄3行) D「[発明の効果]以上のように,本発明によれば・・・素材としてプラスチックを使用した場合,軽量で割れない等の利点を生かすことができ,内表面にダイヤモンド状炭素および/またはダイヤモンドの膜を形成しているので耐酸性,耐アルカリ性および耐溶剤性の大きな器具を提供することができる。」(20欄10行〜18行) 引用文献2の上記認定の各記載によれば,引用文献2には,プラスチック製(上記A,B,D)の「コップ,皿およびボウルなどの生活用品」(同C)の内表面にダイヤモンド状炭素の膜を形成したもの(同@,D)が記載されているといい得ることが明らかであるから,引用文献2に,「プラスチックの器具・・・の内表面に硬質炭素膜であるダイヤモンド状炭素膜を形成することが記載され」(審決書4頁1行〜3行)ている旨の審決の認定に誤りはない。
また,少なくともプラスチック製のコップは,飲料用プラスチック容器の一種であると認めることができるから,引用文献2には,同文献記載の発明が「「コップ,皿およびボウルなどの生活用品」すなわち飲料用容器という同じ技術分野に属するものにも適用可能である・・・ことも記載されている」(審決書4頁3行〜5行)との審決の認定,及び,「飲料用プラスチック容器の内壁面に硬質炭素膜をコーティングすることは公知技術である。」との審決の認定には,いずれも誤りはない。
エ 上記(1)ウAについて (ア) 甲第7号証によれば,引用文献3には,次の記載があることが認められる。
@「【要約】 【目的】液晶表示装置の基板の耐透気性,耐透湿性が低いと表示部に気泡を生じたり液晶自体の抵抗率の低下等による特性の変化が生じ,表示むらが生じるので,その対応策が基板の表裏両面にほどこすことが考えられているがその端面に対する処理は考えられていなかった・・・本発明の目的はこの端面処理を行い,基板内部への水,酸素等の侵入を防ぎ,液晶表示装置の信頼性を向上させる点にある。」(1頁左欄2行〜11行) A「前記耐透気化,耐透湿化処理に使用する薬剤としては,プラスチック基板端面に適用して端面に耐透気化,耐透湿化特性を与えるものであれば特に制限はない。SiO2や硬質炭素膜,BN,AlN,Si 3N 4等の耐透気性,耐透湿性無機質膜を通常の成膜方法により端面に適用することができる。」(1欄41行〜46行) (イ) 乙第5号証によれば,乙第5号証文献(米国特許4809876号の明細書・1989年3月7日発行)には,次の記載があることが認められる(なお,乙第5号証の被告提出の訳文については,原告がその正確性について一部異議を述べているので,本判決においては,被告提出の訳文について,「container body」を「容器本体」とする等の修正を加えた。)。
@「減少されたガス及び蒸気透過性を有する食品及び飲料用容器本体。容器本体は好ましくはダイヤモンド様炭素で被覆されたプラスチック樹脂で形成される。」(1頁要約,訳文@項) A「本願に記載され,クレームされている,改良された容器本体は,透明性に優れ,酸素,二酸化炭素,蒸気や飲食物の香気に対してかなりの非透過性を有する。」(4欄18行〜21行,訳文A項) B「1.飲食物用の開口部を有する中空の容器本体であって,該本体はガスや蒸気の透過性を減少する膜を少なくとも部分的に被覆されたプラスチック樹脂・・・であり,前記膜はダイヤモンド様炭素膜又はダイヤモンド膜であるもの。」(4欄65行〜5欄2行,訳文B項) C「10.前記膜が,部分的に容器内壁面を被覆する請求項1の容器本体」(請求項10,訳文C項) D「12.開口部側に首部を有するボトルからなる請求項1の容器本体」(請求項12,訳文D項) (ウ) 乙第6号証によれば,乙第6号証文献(特開平6-165772号公報・平成6年6月14日発行)には,次の記載があることが認められる。
@「【構成】ダイヤモンド組成物からなるコーティング25が蒸着された・・・プラスチックの容器10a。ダイアモンドのコーティングは,容器内への気体の浸透に対して有効なバリアを提供し,容器特にプラスチックの真空採血容器の寿命を延ばすのに有用である。」(1頁左欄5行〜11行) A「本発明は,容器特にプラスチック製の真空採血管のための気体及び水分の浸透を防止するのに有効なバリアを提供するためのバリアコーティング・・・に関する。」(1欄48行〜2欄1行) B「ダイヤモンド組成物の透明度は高く,その耐久性は,衝撃,摩滅及び引っ掻きに十分耐える。」(3欄25行〜26行) C「米国特許第4,698,256号,第4,809,876号及び第5,055,318号に記載されているように,高周波放電,・・・又はプラズマ化学蒸着によって,ダイヤモンド組成物からなるコーティングを基板の上に形成してもよい。」(5欄17行〜23行) D「一般に,本発明のダイヤモンド組成物は,ダイヤモンドの構造と類似の稠密化学構造で結合しているが長距離結晶秩序・・・を有しない炭素原子からなる。」(5欄26行〜30行) (エ) 上記各刊行物の上記認定の各記載によれば,硬質炭素膜(ダイヤモンド様膜)がガスバリア性を有すること,硬質炭素膜のこの性質をプラスチックの面の改良のために使用することができることは,引用文献3を初めとする,技術分野を必ずしも同じくしない複数の文献に当然のこととして記載されていることが認められるから,本願発明の出願時において,プラスチックに関する当業者の間では,狭い範囲でとらえた技術分野の相違を超えて,周知であったものと認めることができる。
したがって,審決の上記(1)ウAの認定に誤りはない。
原告は,引用文献3は公知技術として引用されているのであって,周知技術の一例として引用されているのではない,と主張する。
しかし,甲第18号証によれば,特許庁の審判手続きにおける拒絶理由通知において,「硬質炭素膜がガスバリア性を有する点は引用刊行物3(判決注:引用文献3)に記載されている・・・ように周知である」(3頁10行〜11行)との指摘がなされたことが認められ,また,審決は,前記のとおり,「硬質炭素膜がガスバリア性を有する点は上記引用文献3にも記載されている・・・ように周知であり」と説示しているのであるから,審決が引用文献3に記載されているそれ以外の事項を公知技術として挙げているとみるべきか否かはともかく,硬質炭素膜がガスバリア性を有することを周知事項と位置付けていることは,明らかというべきである。また,周知事項は,当業者ならば当然知っているはずの事項なのであるから,それを認めるための根拠となるための資料を事前に出願人に告知する必要はなく,これを認めるための根拠は,周知事項であるか否か自体が訴訟の段階で争われるに至ったとき,当業者でない裁判所の判断の資料として必要となる限りにおいて求められるにすぎない,というべきである。そうである以上,乙第5号証文献及び乙第6号証文献のいずれも,審判手続における拒絶理由通知にも,また,審決にも,引用刊行物として示されていないから,審決取消訴訟においてこれを証拠として提出して硬質炭素膜がガスバリア性を有することが周知であると主張することは許されない,とする原告の主張は,採用できないという以外にない。
なお,「引用発明1において上記公知技術を適用し,酸化ケイ素膜に換えて硬質炭素膜を採用することによって本願発明1とすることに格別の困難性は認められない」(審決書4頁12行〜14行)とする審決の認定における「上記公知技術」とは,「上記引用文献2に記載の発明」(同4頁3行〜7行参照)のことであり,引用発明2のことを指しているものとみるのが,文脈上自然であり,これを引用発明3をも指しているとする原告の主張は採用し得ない。
もっとも,審決においては,「むすび」の項に,本願発明1は,「引用文献1乃至3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた」(同4頁22行〜23行)との上記記述と整合しない記載も存在する。しかし,拒絶理由通知における前記の指摘事項と,審決の「対比・判断」の欄における前記の認定を参照すれば,この記載は,引用刊行物3に,硬質炭素膜がガスバリア性に優れることが周知事項であることを示す一例としての位置付けを与えることを排斥するものではないということができる。
オ 上述のとおり,引用発明1は,ガスバリア性を高めることをその技術的課題とするものであるから,そこには,そこで用いられている酸化ケイ素薄膜に換えて,ガスバリア性に優れた他の物を用いる動機付けは,十分存在するということができる(原告が主張するように,コーティング材として酸化ケイ素SiOx薄膜を用いる場合には,クラック及び剥離を起こしやすいという特性を有することが,当業者において周知であったとすれば,このことはより強くいい得るところである。)。したがって,既に引用発明1があるところに,ガスバリア性に優れた他の物であって飲料用ボトルに用いる上で格別の障害のない物が知られるに至れば,引用発明1の酸化ケイ素薄膜に換えてそれを用いる構成に至ることに,格別の困難は存在しないことが,明らかである。そして,硬質炭素膜がガスバリア性を有することが周知であったこと,硬質炭素膜の飲料用容器への適用が可能であることが引用発明として公知であったことは,前述のとおりである。そうである以上,引用発明1にみられるガスバリア性を高めるという技術的課題の解決を動機として,そこで用いられている酸化ケイ素薄膜に換えて硬質炭素膜を用いる構成に想到することは,容易になし得たことであったという以外にないのである。そうである以上,審決が,引用発明1及び同2並びに上記周知事項をその根拠として本願発明1の容易想到性を認めることは,それを妨げるべき何か特別の事情がない限り,許されるものというべきであり,上記特別の事情に該当すべきものは本件全証拠によっても認められないから,審決の(1)ウBの認定の当否にふれるまでもなく,これを認めた審決に誤りはないということができる。
(3) 原告は,本願発明1と引用発明1とは技術的課題が相違し,引用発明1に基づいて本願発明1に想到する動機付けは存在しないと主張する。
しかしながら,原告の主張は,主張自体失当という以外にない。原告の主張は,本願発明1の構成に想到するための動機付けは,本願発明1の技術的課題の認識以外に存在し得ないことを当然の前提とするものであり,このような前提が認められないことは論ずるまでもないことであるからである(一般に,異なった動機で同一の行動をとることは珍しいことではない。発明もその例外ではなく,異なった技術的課題の解決が同一の構成により達成されることは,十分あり得ることである。)。問題とすべきは,本願発明1の技術的課題ではなく,引用発明1等,本願発明1以外のものの中に,本願発明1の構成に至る動機付けとなるに足りる技術的課題が見いだされるか否かである。上記技術的課題は,本願発明1におけるものと同一であっても,もちろん差し支えない。しかし,これと同じである必要はない。
したがって,本願発明1の構成の容易想到性の検討においては,本来,引用発明1の技術的課題を明らかにすることは必要であるものの,本願発明1の技術的課題について論ずることは,無意味であるということができるのである(両発明の課題に共通するところがあったとしても,それは,いわば結果論にすぎない。)。
そして,引用発明1に,本願発明1に至る動機付けとなるに足りる技術的課題(ガスバリア性の向上)が認められることは,既に述べたとおりである。原告の主張は採用できない。
(4) 原告は,引用発明2は,耐薬品性に優れた高強度の器具を提供するという,本願発明1の技術的課題とは全く関係のない,別個の技術的課題を解決するためになされたものであり,しかも,その対象は耐薬品性の改善を要求される「器具」であり,ガスバリア性が問題とならない開口型の器具のみを開示するものであり,開口部を密閉状態で使用し,高度のガスバリア性を解決するという飲料ボトルのような容器を対象とするものではないから,引用発明1に引用発明2を適用して,本願発明1との相違点に係る構成を想到することは当業者が容易になし得たことであるとした審決の認定判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,審決は,引用発明1と引用発明2のみに基づいて,本願発明の容易想到性を認定判断したものではない。審決は,引用発明1と引用発明2以外に前記の硬質炭素膜がガスバリア性を有するとの周知の技術事項をも根拠として,引用発明1に引用発明2を適用して,本願発明1に係る構成を想到することは当業者が容易になし得たことであると認定したものであり,この判断が誤りがないものとして首肯することができることは,前示のとおりである。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(5) 原告は,引用文献3は,液晶表示装置に関するものであって,本願発明1とは技術分野が全く相違し,膜が形成されている対象,それらが奏している作用効果においても異なり,両発明の間には,技術的に両者を組み合わせ,あるいは置換する技術的親近性は存在せず,したがって,「引用発明1において上記公知技術を適用し,酸化ケイ素膜に換えて硬質炭素膜を採用することによって本願発明とすることに格別の困難性は認められない。」(審決書4頁12行〜14行)とした審決の認定判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,審決は,硬質炭素膜がガスバリア性を有することが周知技術であることを,容易想到性の判断の根拠にしており,引用文献3に周知例としての役割を負わせていることは,前示のとおりである。したがって,原告の上記主張は失当である。
もっとも,審決は,引用文献3の記載を引用し,「プラスチック材の成膜物質としてSiOx(酸化ケイ素)であるSiO2と硬質炭素膜が並列に記載されており両者は成膜のための等価な均等の物質ととらえられているから」(審決書4頁9行〜12行)として,同文献を,単なる周知例としてのみでなく,公知例としても引用しているような説示もしているけれども,審決が挙げた同記載を除いたとしても,容易想到性についての審決の結論を変える必要性がないことは,既に述べたところから明らかである。
また,原告は,周知技術とは,その技術分野で常識となっている技術のことであるから,仮に引用文献3の液晶基板の処理分野においては,周知の程度に至った公知技術であるとしても,引用文献3の存在をもって,プラスチック飲料用ボトルの技術分野に属する本願発明1における当業者にとってそれを周知とすることはできない旨を主張する。しかし,引用文献3のみならず,乙第5号証文献及び乙第6語証文献のような文献が存在し,これらによれば,プラスチック飲料用ボトルの技術分野においても,硬質炭素膜がガスバリア性に優れることが周知であったと認められることは,前示のとおりである。原告の上記主張は,採用することができない。
(6) 原告は,「引用発明3における「耐透気性」とは,あくまで外部から基板内部への酸素等の侵入を防止するものであれば足りるのに対し,本願発明1において求められるガスバリア性は,密封状態で充填された炭酸飲料等の外部への二酸化炭素透過を抑止するとともに,容器外部からの酸素等の透過を抑止するという高度のガスバリア性を必要とするものであるから,引用文献3における「耐透気性」をもって,本願発明1の「ガスバリア性」と等価な性質が開示されているものとはいえない。」と主張し,また,本願明細書の[試験1]における酸素透過度,二酸化炭素透過度と引用発明3における耐透気性の概算数値とを比較して,次元の異なるものである旨主張する。
しかしながら,本願発明1は,その特許請求の範囲の請求項1に規定されるとおり,「プラスチック材により形成された飲料用ボトルの内壁面に硬質炭素膜が形成されていることを特徴とする炭素膜コーティング飲料用ボトル」であって,その内壁面に形成される硬質炭素膜について,膜厚,密度,形成方法,ガスバリア性等について何らの限定も存在していないのである。原告が主張する高度のガスバリア性あるいは次元の異なる数値は,あくまでも,本願明細書における実施例についての数値であるから,原告の上記主張は,本願発明1の特許請求の範囲の記載が,硬質炭素膜の膜厚,密度,形成の方法,ガスバリア性について何ら限定せずに広い範囲で請求されていることを前提としていない議論であって,失当である。
2 取消事由2(本願発明1の奏する顕著な作用効果の看過による容易想到性についての判断の誤り)について (1) 原告は,本願発明1は,@密封時のガスバリア性と,A臭い成分の収着を抑制すること,B圧縮及び伸張に対する高い耐性を同時に満たすことができ,「使用後再充填可能なリターナブルな容器として使用することができる」等の顕著な作用効果を奏するものであるにもかかわらず,審決は,何らの根拠を示すことなく,「本願発明1の特有の効果であるとされる「リターナブルな容器として使用することが出来る」という効果も,硬質炭素膜の高強度,耐磨耗性,化学的安定性等の周知の性質から,内壁面に硬質炭素膜をコーティングすることによって該効果を奏することは当業者が容易に予測しうる事項に過ぎない」(審決書4頁15行〜19行)と判断したものであって,本願発明1の顕著な作用効果を看過した旨主張する。
しかし,本願発明1の構成自体は想到の容易なものであったことは,既に述べたとおりであり,このように構成につき容易想到性が認められる発明に対して,それにもかかわらず,それが有する効果を根拠として特許を与えることが正当化されるためには,その発明が現実に有する効果が,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なることを要するものというべきである。
他方,本願発明1の構成は,その特許請求の範囲の請求項1に記載されているとおり,「プラスチック材により形成された飲料用ボトルの内壁面に硬質炭素膜が形成されていることを特徴とする炭素膜コーティング飲料用ボトル」というものであって,本願明細書の特許請求の範囲の請求項3ないし5の発明のように,特定の密度の硬質炭素膜をその構成とするものでも,請求項7の発明のように,特定の酸素透過量をその構成とするものでも,請求項8の発明のように特定の条件で形成されることをその構成とするものでもない。したがって,本願発明1自体の効果として主張することが許されるのは,上記のようなものを含む特定の構成によって得られる効果ではなく,本願発明1の上記の構成要件を満たす限り得ることができるという範囲にとどまるものとならざるを得ない。
そして,このことを前提にした場合,コップなどの生活用品すなわち飲料用容器の内表面に硬質炭素膜を形成するものである引用発明2については,耐酸性,耐アルカリ性及び耐溶剤性に優れていることが知られ,硬質炭素膜がガスバリア性に優れていることが周知技術であることは前記認定のとおりであるから,「プラスチック材により形成された飲料用ボトルの内壁面に硬質炭素膜が形成されていることを特徴とする炭素膜コーティング飲料用ボトル」との構成(本願発明1)において,原告主張の作用効果が生じたとしても,少なくとも,これを上記の意味で格段に優れたものとすることはできず,むしろ,当業者にとって十分に予測可能なものというべきである。原告の主張は採用できない。
(2) 原告は,審決における「硬質炭素膜が,臭い成分の収着を抑制できるという特性を併せ持っていたとしても,硬質炭素膜の採用の容易性を左右するものではない。」(審決書4頁19行〜20行)との判断は根拠が示されていないから理由が不備である旨主張する。
しかし,審決の上記記載は,「ガスバリア性」によって硬質炭素膜を引用発明1に適用する動機付けが認められた以上,「臭い成分の収着を抑制できるという特性」は上記の適用に好都合な効果を加えるものにすぎず,上記動機付けの阻害要因となるものではないから,その採用の容易性を左右するものではないとするものであり,このような審決の判断に誤りはない。
3 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき瑕疵が見当たらない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 宍戸充
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