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関連審決 審判1997-12851
関連ワード 容易に実施 /  容易に発明 /  発明の詳細な説明 /  パリ条約 /  優先権 /  参酌 /  技術的意義 /  実施 /  構成要件 /  発明の範囲 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  国際出願 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 189号 審決取消請求事件
原告X
訴訟代理人弁理士 後藤洋介
同 池田憲保
同 山本格介
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 東森秀朋
同 小林信男
同 平井良憲
同 茂木静代
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/11/15
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成9年審判第12851号事件について平成11年12月17日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、昭和63年特許願第502336号の特許出願(発明の名称「ウェーブガイド、ウェーブガイドを備える部材及びスクリーンへの適用物」、パリ条約優先権主張オランダ国1987年2月18日を国際出願日とする出願PCT/NL88/00005)につき、拒絶査定不服審判を請求した。特許庁はこれを平成9年審判第12851号として審理した結果、平成11年12月17日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は平成12年2月2日に原告代理人に送達された。
2 特許請求の範囲の記載(請求項1のみを摘記し、2以下は記載を省略) 1.少なくとも一つの粒子pと相互作用するように構成されたドブロイ波のためのウェーブガイドwを備える装置において、
a)前記粒子pは運動量及びエネルギーを有するとともに、前記少なくとも一つの粒子pが同じ粒子の集合体ではなくしかも前記粒子pが電磁波で表され得るならば、前記粒子pは前記電磁波の波長λに等しいドブロイ波長λbを有し、
b)前記ウェーブガイドwは、横断面部Ajを決める壁を有し、これら横断面部Ajはこのウェーブガイドwのカットオフ波長と横断面部Ajの周辺部C(Aj)を決めるものであり、
c)これら周辺部C(Aj)の各々は特性Iか特性IIを有し、
前記特性Iは、C(Aj)のあらゆる点において、C(Aj)に対する左接線がC(Aj)に対する右接線に対応するものであり、
前記特性IIは、C(Aj)の少なくとも一つの点において、C(Aj)に対する左接線がC(Aj)に対する右接線に対応しないものであり、
d)前述の周辺部C(Aj)の各々は少なくとも一つの特性寸法を有し、
e)特性Iを有する一つの横断面部Ajの一つの特性寸法は、前記ウェーブガイドwによって伝送される一粒子が動き得るC(Aj)上の二点間の距離であり、これら二点は、
(i) この周辺部C(Aj)に対する前記二点における接線は互いに平行か非平行であること、
(ii)前記二点を接続する直線は前記接線に対して直角であることを満たすものであり、
f)特性IIを有する一つの横断面部Ajの一つの特性寸法は、この横断面部によって境界付けられ得る最大円の直径に等しいものであり、
g)同種の粒子の少なくとも一セットKが存在し、
h)少なくと一つの粒子が前記ウェーブガイドwによって伝送され、前記ウェーブガイドwにおいて、wの二つの横断面部A1及びA2間の領域Rにて、前記セットKの粒子のエネルギー密度ρu(R)が前記ウェーブガイドwによって伝送されるか、前記セットKの元素である前記粒子の平均エネルギー(R)が前記ウェーブガイドwによって伝送される場合において、前記二つの横断面部間に位置する横断面部Ajの最小の特性寸法の平均値d0の関数は、
∂ρu(R)/∂d 0≠0 或いは∂ (R)/∂d 0≠0であり、前記平均値d0は、前記領域Rにファクターy及びウェーブガイドwの前記最小の特性寸法の平均値d01が存在するドメイン[d 0,2d 0]において、
│[ρu(d 01{1-y×0.06})-ρ u(d 01)]/ρ u(d 01)|≧y×5×10-2或いは │[(R,d 01{1-y×0.06}) - (R,d 01)]/ (R,d 01)|≧y×5×10-2(但し、yは0<y≦1である)が維持されるような特性を有し、
i)前記粒子pは前記ウェーブガイドwと(i)伝送(ii)反射(iii)放出(iv)吸収(v)吸収のうちの少なくとも一つの相互作用をすることを特徴とするウェーブガイドを備える装置。
3 審決の理由の要旨 審決は、別紙審決書の理由写しのとおり、本願明細書の発明の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明実施をすることができる程度に記載されていないから、平成2年改正前の特許法36条3項の規定に違反しており、特許法49条1項3号の規定により拒絶されるべきものであると判断した。
原告主張の審決取消事由
審決は、本願明細書の記載が特許法36条3項に違反すると誤って判断したものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(「二点における接線は互いに平行か非平行かであること」についての判断の誤り) 審決は、「請求項1〜16の『二点における接線は互いに平行か非平行かであること』という記載は、二点における接線を特定したことにならないから、不明瞭な記載である。」(審決書12頁9〜12行)と判断したが、誤りである。
「二点における接線は互いに平行か非平行かであること」については、本願明細書に「2本の不一致平行線間の最小距離d2」(甲第3号証12頁10行)と記載があり、特性寸法の定義として十分である。平行であるか非平行であるかは、特定寸法の概念の定義において何等の役割を果たすものではなく、あいまいさを避けるために、「平行か非平行かである」と記載したにすぎない。
2 取消事由2(「最大円の直径」についての判断の誤り) 審決は、「請求項1,3の『最大円の直径』は、詳細な説明において説明されていない。」(審決書15頁4〜6行)と判断したが誤りである。
特性Uを有する周辺部においては、そのあらゆる点において接線が定められるものではなく、接線が定められない点を無視しないものとして導入した概念であり、
本件図1.7(正方形の場合)、図1.14(三角形の場合)、及び図4(三角形の場合)等に必要となるものであり、その意味するところは、これらの図から明らかであるとともに、「最大円の直径」なる概念は、ヨーロッパにおける当業者には周知である。
3 取消事由3(「セットK」についての判断の誤り) 審決は、「『セットK』は、・・・その定義が明確に示されていないから、本願明細書の詳細な説明において説明されていないことは明らかである。」(審決書16頁1〜5行)と判断したが誤りである。
ウェーブガイドと相互作用するあらゆる粒子が、本発明の範囲に属する装置に対応するわけではない。
本願明細書には「上述した定義における基本要素は、本発明におけるウェーブガイドが1つあるいはそれ以上の寸法を持つという事実を導く条件であり、これらの寸法によれば、ウェーブガイドに量子力学を用いて初めて正当な近似をもって説明され得る複数の現象を生ずる。例えば、これらの条件が無ければ、すべての導電性の導体あるいは半導体、液体、ガスプラズマ及びフォトンの導体の全ては、それらが粒子を伝達するのであれば、ウェーブガイドと考えられる。」(甲第3号証11頁11〜18行)との記載があり、この条件に合致する粒子に名前を与え、その集合を「一セットK」と表明したにすぎない。
4 取消事由4(条件式についての判断の誤り) (1) 審決は、「『関数は、
∂ρu(R)/∂d 0≠0(注.以下「条件式1」という。) 或いは∂ (R)/∂d0≠0(注.以下「条件式2」という。)であり、前記平均値d0は、前記領域Rにファクターy及びウェーブガイドwの前記最小の特性寸法の平均値d01が存在するドメイン[d 0,2d 0]において、
│[ρu(d 01{1-y×0.06})-ρ u(d 01)]/ρu(d 01)│≧y×5×10-2(注.以下「条件式3」という。)或いは │[(R,d 01{1-y×0.06} )- (R,d 01)]/ (R,d 01│≧y×5×10-2(注.以下「条件式4」という。)(但し、yは0<y≦1である)が維持されるような特性を有する』ということは、本願明細書の詳細な説明に記載も示唆もされていない」(審決書18頁19行〜19頁14行。なお、審決の明らかな誤記は請求項1の記載に照らして訂正。)と判断したが、誤りである。
(2) 本願明細書に、「ウェーブガイドがルクソンでない粒子を導く場合、これら粒子のエネルギーは離散であり、一方、ウェーブガイド内における物理現象、あるいはウェーブガイドによって引き起こされた物理現象が量子力学を用いることなく適切な近似式をもって記述することは不可能である。即ち、これら演算と観察との間の相対的相違が5%であるべきである。」(甲第3号証10頁16〜22行)、及び「上述した定義における基本要素は、本発明におけるウェーブガイドが1つあるいはそれ以上の寸法を持つという事実を導く条件であり、これらの寸法によれば、ウェーブガイドに量子力学を用いて初めて正当な近似をもって説明され得る複数の現象を生じる。」(甲第3号証11頁11〜15行)と記載があるとおり、ウェーブガイドの少なくともひとつの寸法が、量子力学により説明しなければならない効果をもたらすのであり、条件式1〜4は、量子力学を用いて説明しなければならない現象と、古典物理学を用いて説明することができる現象を区別するための条件である。
(3) 条件式2について 寸法aの1次元シンクに位置するゼロ点エネルギーが、U0=h2/(8ma2)となることは当業者に周知である。なお、本願明細書には「U0=2h2/(ma2)」(甲第3号証51頁末行〜52頁1行)とあるが、これは自明な誤記である。したがって、a=d0であるから、量子力学的現象においては、∂U 0/∂a≠0となり、従属パラメータとして平均エネルギーを選択すれば∂ /∂a≠0となる。
これに対し、古典物理学的現象では、mv2/2=wkt/2となるから、条件式2を導くことができないのである。
(4) 条件式1について また、量子力学的現象においては、エネルギー密度ρuは、空間中の物質及び光の分布の測値であり、回折現象、すなわち、ある容積の空間におけるどこかに粒子をみつける可能性は位置依存性を有するゆえに、d0の変化によりρ uも変化、すなわち、∂ρu/∂d 0≠0となる。他方、古典物理学的現象では、熱平衡状態の気体が存在する容積におけるように、ある容積においてρuが一定であり、条件式1を導くことができないのである。
(5) 条件式4について (r 1)≠0であり、r 1及びr 2が、おのおのが互いに異なる特性寸法をもつ2つの異なるウェーブガイドにおける位置である場合には、
U0(r 1)=α (r 1),α>β及びU 0(r 2)=β (r 1)であるようなファクターα及びβが存在する。したがって、
|(r 1)- (r 2)/ (r 1)|=α-βが成立し、当業者には、
|(r 1)- (r 2)/ (r 1)|≧δが、量子力学的現象を古典物理学的現象から区別する基準であることが自明である。そして、条件式4においては、δ=y×5×10-2(0<y≦1)と選択したものである。
また、当業者であれば、r1=d 01 (1-y×0.06)及びr 2=d 01 (0<y≦1)、並びに=U 0の場合には、
|(r 1)- (r 2)/ (r 1)|=|U 0(r 1)-U 0(r 2)/U 0(r 1)|=|(1/r12)-(1/r 22)/(1/r 12)|=1-r 12/r 22=1-(1-y×0.06)2=2y×0.06-y2×(0.06)2は自明であり、したがって条件式4を導くことができる。
(6) 条件式3について 同様に、ρuについても、量子力学的現象と古典物理学的現象を区別するためには、|(ρu(r 1)-ρ u(r 2))/ρ u(r 1)|に着目することが最適であるのは自明であり、条件式3も自明である。
5 取消事由5(「特性T」及び「特性U」についての判断の誤り) 審決は、「「特性T」及び「特性U」という記載は、本願出願当初の明細書及び図面に記載も示唆もされていない。」(審決書20頁13〜15行)と認定判断したが誤りである。
「特性T」については、請求項1の「C(Aj)のあらゆる点において、C(Aj)に対する左接線がC(Aj)に対する右接線に対応する。」との記載、「特性U」については同じく請求項1の「C(Aj)に対する左接線がC(Aj)に対する右接線と対応しないような、少なくともひとつの点がC(Aj)上に存在する。」との記載により明確に定義されている。
被告の反論の要点
1 取消事由1(接線についての判断の誤り)に対して 本願明細書に、「2本の不一致平行線間の最小距離d2」と記載があることは認めるが、その記載から「二点における接線は互いに平行か非平行かであること」が導き出せるものではない。
したがって、「二点における接線は互いに平行か非平行かであること」は、二点における接線を特定するものでははないから、当業者といえども本願発明を容易に実施し得るものではなく、審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(最大円の直径についての判断の誤り)に対して 本願明細書には「最大円の直径」の意味するところについては何の説明もなく、
添付の図面を参照しても明らかではない。
したがって、「請求項1,3の『最大円の直径』は、詳細な説明において説明されていない。」(審決書15頁4〜6行)との審決の判断に誤りはなく、原告主張は失当である。
3 取消事由3(セットKについての判断の誤り)に対して 本願明細書に原告の主張する記載のあることは認めるが、同記載には「条件に合致する粒子」についての記載も示唆もない。
したがって、「『セットK』は、・・・その定義が明確に示されていないから、
本願明細書の詳細な説明において説明されていないことは明らかである。」(審決書16頁1〜5行)との審決の判断に誤りはなく、原告の主張は失当である。 4 取消事由4(条件式についての判断の誤り)に対して (1) 本願明細書には、条件式1〜4が量子力学的現象と古典物理学的現象を区別する基準であることを示唆する記載はない。
(2) 請求項1には、ρu(R)は粒子のエネルギー密度であり、Rはウェーブガイドの二つの横断面部間の領域であり、d 0は前記横断面部の最小の特性寸法の平均値であり、
(R)は粒子の平均エネルギーであると記載されている。
ここで、ρu(R)や (R)はRの関数として示されているが、Rはウェーブガイドの横断面部間の領域であると定義されているのみであるから、領域の寸法、面積や体積、あるいはその平均値等が変化することにより変化する関数なのか、領域内の位置により変化する関数なのか、その両者により変化する関数なのかが不明である。
また、
(R)が粒子の平均エネルギーであるとは、複数の粒子の平均エネルギーなのか、1個の粒子の平均エネルギーなのかも不明である。
さらにρu(R)や (R)をd 0で偏微分しているということは、これらはRとともにd0の関数であると考えられるが、そうするとρ u(R)や (R)が一定でない限り、条件式1、2は成立するから、原告の主張は、量子力学的現象か古典物理学的現象かは、ρu(R)や (R)がRやd 0の変化に依存するか否かにより決せられるということになる。
しかしながら、本願明細書の「ウェーブガイドの特性寸法の少なくとも一つがウェーブガイドによって導かれる一粒子あるいは粒子の集合体のドブロイ波長λcの最大の絶対値と同じオーダである」(甲第3号証10頁11〜13行)、及び「上述した定義における基本要素は、本発明におけるウェーブガイドが1つあるいはそれ以上の寸法を持つという事実を導く条件であり、これらの寸法によれば、ウェーブガイドに量子力学を用いて初めて正当な近似をもって説明され得る複数の現象を生じる。」(甲第3号証11頁11〜15行)との記載は、ウェーブガイドの寸法が粒子のドブロイ波長程度であれば量子力学的現象といえることを開示するものの、
ρu(R)や (R)がRやd 0の変化に依存することが量子力学的現象であることを開示するものではない。
しかも、例えば流体力学により説明される管中の粒子の移動においても、管と粒子の摩擦等によりエネルギー密度は位置依存性をもつから、条件式1が量子力学的現象であることの基準とならないことは明らかである。
(3) また、請求項1には、「二つの横断面部間に位置する横断面部の最小の特性寸法の平均値d0」、「前記平均値d 0は、前記領域Rにファクターy及びウェーブガイドwの前記最小の特性寸法の平均値d01が存在するドメイン[d 0,2d 0]において・・・が維持されるような特性を有し」と記載されており、d0とd 01とで別の記号を使用しているがその定義はともに「最小の特性寸法の平均値」であるから、
d0とd 01の関係が不明である。さらに、ドメイン[d 0,2d 0]とは、特性寸法の平均値がd0であるウェーブガイドの外部を意味するのか、特性寸法の平均値がd 0から2d0まで変化するときの領域であり、あくまでウェーブガイドの内部を意味するのかも不明である。
この事情により、
(R,d 01)及びρ u(d 01)については、それらが何の関数であるのか不明である。
(4) 原告は、1次元シンクのU0を適用して条件式4が成立すると主張するが、特定のが条件式4を満たすことを証明するにすぎず、Uが一般的な場合についてまで証明するものではない。同様に、条件式3が自明であるとの原告主張も失当である。
5 取消事由5(特性T及びUについての判断の誤り)に対して 原告は、「特性T」及び「特性U」が請求項1において定義されていると主張するが、これら定義は出願当初明細書及び図面には記載されておらず、当業者に周知又は自明の事項ではない。
したがって、「『特性T』及び『特性U』という記載は、本願出願当初の明細書及び図面に記載も示唆もされていない。」(審決書20頁13〜15行)との審決の認定判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 甲第1号証によれば、審決は、「4.拒絶理由U(1)〜(5)と出願人の意見との対比・判断」の項(審決書12頁6行〜21頁3行)において、「ア.拒絶理由U(1)について」(審決書12頁8行〜15頁2行)、「イ.拒絶理由U(2)について」(審決書15頁3〜7行)、「ウ.拒絶理由U(3)について」(審決書15頁8行〜16頁5行)、「エ.拒絶理由U(4)について」(審決書16頁6行〜19頁18行)、及び「オ.拒絶理由U(5)について」(審決書19頁19行〜20頁17行)として、本願明細書の記載に不備があることを理由に、「カ.”拒絶理由U(1)〜(5)と出願人の意見との対比・判断”のむすび」(審決書20頁18行〜21頁3行)として、「本願明細書には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に記載されていない。」と判断し、「5.むすび」(審決書21頁4〜9行)において、「本願の明細書は、特許法第36条第3項の規定に違反しているから、特許法第49条第1項第3号の規定により拒絶されるべきものである。」と判断したことが認められる。
本願に適用される平成2年改正前の特許法36条3項は、「・・・発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない。」と定めており、「容易にその実施をすることができる程度に」とは、「その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない。」と規定されている趣旨に照らすと、当業者が特許請求の範囲に記載された発明の構成を容易に理解することができるとともに、その発明の構成を備えることの目的及び効果を理解することができる程度に記載することを要求しているものである。
2 取消事由2(最大円の直径についての判断の誤り)について (1)審決は、「請求項1,3の『最大円の直径』は、詳細な説明において説明されていない。」(審決書15頁4〜6行)と判断した。
請求項1,3には「横断面部Ajによって境界付けられ得る最大円の直径」と記載されており、同文の記載は発明の詳細な説明(平成9年9月3日付け手続補正書(甲第4号証))6頁18〜19行、8頁12〜13行、9頁11〜12行及び10頁14〜15行にもみられる。しかしながら、同手続補正書の「少なくとも一つの・・・ウェーブガイド」(甲第4号証5頁26行〜7頁17行)、「少なくとも一つの・・・ウェーブガイド」(甲第4号証7頁19行〜8頁18行)、「少なくとも一つの・・・ウェーブガイド」(甲第4号証8頁19行〜9頁21行)、及び「少なくとも一つの・・・ウェーブガイド」(甲第4号証9頁22行〜10頁22行)は、それぞれ請求項1、請求項3、請求項15及び請求項16と完全に同文の記載を、発明の詳細な説明欄において繰り返しただけのものであって、特許請求の範囲の記載を補完するものでないことは明らかであり、これらの記載以外に、「最大円の直径」に関する記載を見出すことはできない。
そうすると、「最大円の直径」については、請求項1,3の記載(及び審決では指摘していないが、請求項15,16の記載)のみによって、当業者がその構成の意味するところを容易に理解することのできる必要がある。
(2) そこで検討するに、上記記載によれば、最大円とは、「横断面部Ajによって境界付けられ得る」円のうち最大のものである。横断面部Ajによって境界付けられ得る円についての自然な解釈は、円の内部と外部が横断面部Ajによって定まるとの解釈であるが、この解釈によれば、横断面部Ajと円が完全に重なり、横断面部Ajが円形であることになるが、円形の横断面部は明らかに特性Iを有し、特性IIを有するものではないから、採用し得ない解釈である。
したがって、「横断面部Ajによって境界付けられ得る」を文言どおりに解することはできず、これに代わる可能な解釈としては、円と横断面部Ajの周辺部が共通点を有するとの解釈であり、これ以外に同記載を解釈することはできない。ところが、横断面部Ajの周辺部と共通点を有する円であれば、いくらでも大きな円が可能であるから、最大の円が存在するためには、更なる条件が課せられていることも明らかである。この条件が一意的であれば、上記記載に不明確な点はないということができるが、一意的でなければ不明確というべきである。
考え得る1つの条件は、円の内部の点はすべて横断面部Aj内部の点という条件である。この場合、通常用語に従えば、「最大円」とは最大内接円を意味することとなる。
可能な他の条件は、円の中心が横断面部Aj内部の適宜の点(例えば重心)であるとの条件である。
このように、いずれの条件を課しても、最大の円は存在することとなるから、請求項1、3、15及び16の記載のみによっては、「最大円」が何を意味するのか、当業者といえども理解することが困難であり、その結果、「最大円の直径」についても理解困難ということができる。
(3) そうすると、「最大円の直径」についての構成は、当業者が容易に理解することができるものとはいえないから、このことを理由とする、「本願明細書には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に記載されていない。」(審決書20頁20行〜21頁3行)との審決の判断には誤りがない。
(4) 原告は、「『最大円の直径』なる概念は、ヨーロッパにおける当業者には周知である。」とも主張するが、そのことを認めるに足りる証拠はない。
よって取消事由2には理由がない。
3 取消事由4(条件式についての判断の誤り)について (1) 審決は、「請求項1〜16に係る発明の、『関数は、
∂ρu(R)/∂d 0≠0(注.条件式1) 或いは∂ (R)/∂d 0≠0(注.条件式2)であり、前記平均値d0は、前記領域Rにファクターy及びウェーブガイドwの前記最小の特性寸法の平均値d01が存在するドメイン[d 0,2d 0]において、
│[ρu(d 01{1-y×0.06})-ρ u(d 01)]/ρ u(d 01)│≧y×5×10-2(注.条件式3)或いは│[(R,d 01{1-y×0.06})- (R,d 01)]/ (R,d 01)│≧y×5×10-2(注.条件式4)(但し、yは0<y≦1である)が維持されるような特性を有する』ということは、本願明細書の詳細な説明に記載も示唆もされていない」(審決書18頁18行〜19頁14行)と認定判断した。
また、甲第4号証によれば、請求項1に審決が摘示したのと実質的に同文の記載が認められ、請求項2の「請求項1に記載のウェーブガイドを備える装置。」、請求項5の「請求項1〜4のいずれかに記載の装置において・・・ウェーブガイドを備える装置。」、請求項6の「請求項1〜5のいずれかに記載の装置において・・・ウェーブガイドを備える装置。」、請求項7の「請求項1〜6のいずれかに記載の装置において・・・ウェーブガイドを備える装置。」、請求項8の「請求項1〜7のいずれかに記載の装置において・・・ウェーブガイドを備える装置。」、請求項9の「請求項1〜8のいずれかに記載の装置において・・・ウェーブガイドを備える装置。」、請求項10の「請求項1〜9のいずれかに記載の装置において・・・ウェーブガイドを備える装置。」、請求項11の「請求項1〜9のいずれかに記載の装置において・・・ウェーブガイドを備える装置。」、請求項12の「請求項11に記載の装置において・・・ウェーブガイドを備える装置。」、
請求項13の「請求項11又は12に記載の装置において・・・ウェーブガイドを備える装置。」、及び請求項14の「請求項1〜13のいずれかに記載の装置において・・・ウェーブガイドを備える装置。」との記載から、請求項2、5〜14も実質的に審決が摘示したのと実質的に同様の規定を設けているものと認めることができる(審決書中の「請求項1〜16に係る発明」との文言は、「請求項1、2及び5〜14に係る発明」の誤記と認める。)。
(2) そして、本願明細書の発明の詳細な説明には、「関数は、・・・特性を有し」(甲第4号証6頁27行〜7頁10行)との記載があり、この記載は上記審決摘示と実質同文(請求項1とは完全同文)であるから、審決の「本願明細書の詳細な説明に記載も示唆もされていない」との意味は、冒頭に述べたように、当業者がその発明の構成を容易に理解することができるとともに、その発明の構成を備えることの目的及び効果を理解することができる程度には記載も示唆もされていない、
との意味に解される。そして、条件式1〜4については、請求項1と発明の詳細な説明に同文の記載があるほかは、これを補完する記載を一切認めることができないから、本願明細書に記載の発明の目的・効果を参酌したうえで、条件式1〜4の記載自体によって、当業者が条件式1〜4についての構成及びその技術的意義を容易に理解できるものでなければならないというべきである。
(3) そこで検討するに、本願明細書には、「ウェーブガイドの特性寸法の少なくとも一つがウェーブガイドによって導かれる一粒子あるいは粒子の集合体のドブロイ波長λcの最大の絶対値と同じオーダである。」(甲第3号証10頁11〜13行)、及び「上述した定義における基本要素は、本発明におけるウェーブガイドが1つあるいはそれ以上の寸法を持つという事実を導く条件であり、これらの寸法によれば、ウェーブガイドに量子力学を用いて初めて正当な近似をもって説明され得る複数の現象を生ずる。」(甲第3号証11頁11〜15行)との記載があり、
これら記載によると、本願各請求項に係る発明(本願発明)におけるウェーブガイドの特性寸法には一定の制約があり、その制約のもとでのみ、量子力学を用いて初めて正当な近似をもって説明され得る、すなわち量子力学的現象であるドブロイ波を導くことができるものと認められる。
一方、請求項1は、構成要件a)〜i)を要件とするものであるが、このうち、
構成要件a)、b)、c)、g)及びi)が、特性寸法についての上記制約を規定するものでないことは、これら構成要件の記載自体から明らかである。構成要件d)は「前述の周辺部C(Aj)の各々は少なくとも一つの特性寸法を有し、」というものであるが、少なくとも一つの特性寸法を有することを規定するだけであり、特性寸法に制約を与えるものではない。構成要件e)は「特性Iを有する一つの横断面部Ajの一つの特性寸法は、・・・C(Aj)上の二点間の距離であり、
これら二点は・・・」というもので、特性Iを有する場合の特性寸法の定義を与えるものではあるが、特性寸法に制約を与えるものではない。構成要件f)は「特性IIを有する一つの横断面部Ajの特性寸法は、この横断面部Ajによって境界付けられ得る最大円の直径に等しいものであり、」というものであり、「最大円の直径」が不明確であることは前記2で述べたとおりであるが、そのことを措くとしても、特性IIを有する場合の特性寸法の定義を与えるものではあるが、特性寸法に制約を与えるものではない。そうすると、特性寸法に制約を与えるための構成要件は、構成要件h)しかあり得ないこととなる。
そして、条件式1〜4は構成要件h)に含まれるものであるから、特性寸法に与える具体的な制約が、条件式1〜4であり、この限度においては原告主張とも一致するものである。
(4) 当業者が条件式1〜4についての構成を容易に理解することができるためには、条件式1〜4の意味するところが明確であることを前提とすることはいうまでもない。ところで、請求項1の構成要件h)においては、条件式1〜4に先だって、「ウェーブガイドwにおいて、wの二つの横断面部A1及びA2間の領域R」、
「粒子のエネルギー密度ρu(R)」、及び「粒子の平均エネルギー (R)」との記載がある。
ここで、条件式1,2においてはρu(R)や (R)はRの関数として示されており、条件式3においてはρuは特性寸法の平均値d 0の関数として示されており、さらに条件式4においては(R)はR及びd 0の関数として示されている。このように、条件式1と3、及び条件式2と4では、同じ関数であるρuや に対して、異なる関数表示がなされており、ρuや が領域の寸法、面積や体積、あるいはその平均値等が変化することにより変化する関数なのか、領域内の位置により変化する関数なのか、その両者により変化する関数なのかが不明といわざるを得ない。また、
(R)が粒子の平均エネルギーであるとは、複数の粒子の平均エネルギーなのか、1個の粒子の平均エネルギーなのかも不明といわざるを得ない。
したがって、条件式1〜4については、それらが特性寸法に量子力学的現象であるとの制約を与える条件式であるかどうか以前の問題として、条件式1〜4の数学的意味すら、当業者が容易に理解することができるとはいい難いのであるから、当業者が条件式1〜4についての構成を容易に理解し得るための前提を欠くというよりない。
(5) 加えて、ρu(R)が領域内の位置により変化する関数であるとすれば、例えば流体力学により説明される管中の粒子の移動においても、管と粒子の摩擦等によりエネルギー密度は位置依存性をもつところ、この現象は量子力学でなければ説明できないというような現象ではないから、古典物理学的現象においても、∂ρu(R)/∂d 0≠0が成立し、条件式1が量子力学的現象固有の式といえないことは明らかである。
(6) そうすると、条件式1〜4のみでは、当業者が条件式1〜4についての構成を容易に理解することができるとは認められず、そうである以上、発明の詳細な説明には、条件式1〜4についての構成を当業者が容易に理解することができる程度に記載しなければならないところ、本願明細書の発明の詳細な説明にそのような記載がないことは前示のとおりである。
したがって、条件式1〜4についての記載・示唆が発明の詳細な説明に存在しないことを理由として、審決が「本願明細書には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に記載されていない。」(審決書20頁20行〜21頁3行)と判断したことには誤りがないといわざるを得ず、原告の取消事由4には理由がない。
(7) なお、原告の主張は、条件式1〜4が当業者に自明であると主張するのみであり、その主張が誤りであることは上記説示のとおりであるから、採用することができない。
3.結論 取消事由2及び4には理由がなく、本願の明細書は、審決が認定判断したとおり、平成2年改正前の特許法36条3項の規定に違反しているから、その余の取消事由について検討するまでもなく、原告の請求を棄却すべきである。
よって、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 古城春実
裁判官 橋本英史