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関連ワード 自然法則 /  公知技術 /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  優先日 /  実施 /  権原 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  乗じた額 /  実施料 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 12年 (ワ) 8008号 特許権侵害差止請求事件
原告 住友重機械工業株式会社
訴訟代理人弁護士 本間崇
同 松本直樹
補佐人弁理士 伊東忠重
同 富所 輝観夫
被告 エス・イー・ダブリュー・オイロドライブ・ジャパン株式会社
訴訟代理人弁護士 中村稔
同 吉田和彦
補佐人弁理士 西島孝喜
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2001/11/15
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の請求
1(1)主位的請求 被告は,別紙製品目録1記載の製品を製造し,又は販売してはならない。
(2)予備的請求 被告は,別紙製品目録2記載の製品を製造し,又は販売してはならない。
2 被告は,その本店・営業所・倉庫その他施設に存する前項の製品を廃棄せよ。
3 被告は原告に対し,1億5000万円及びこれに対する平成12年9月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,原告が被告に対し,別紙製品目録1,2記載の製品(以下「被告製品1」「被告製品2」といい,両者を併せて「被告各製品」ということがある。)を製造・販売している被告の行為が原告の有する特許権を侵害するとして,製造・販売行為の差止めと損害賠償の支払を求めた事案である。
1 当事者間に争いがない事実 (1) 原告の有する特許権 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有する。
特許番号 第2644097号 発明の名称 トランスミッション系列 優先権主張国 ドイツ連邦共和国 優先日 平成2年(1990年)4月14日 出願日 平成3年3月12日 登録日 平成9年5月2日 本件特許権の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の特許公報参照)の特許請求の範囲の請求項1には,次の記載がある(以下,この発明を「本件発明」という。)。
「一対の歯車からなる可変ギヤステージを備えたトランスミッション系列であって,この系列内の前記可変ギヤステージは,各々の軸間距離がAiとされた実現が許容された枠番サイズBiのレンジを含むと共に,全ての枠番サイズBiに対して同一種類の変速比Iiのレンジを含み,それ故,前記軸間距離Aiと変速比Iiとが1つのマトリックスを形成し,且つ,該マトリックス上で複数の枠番サイズBiに対角線状にまたがる可変ギヤステージのシークエンスSiに同一の歯車が組入れられるように,前記軸間距離Ai及び変速比Iiのマトリックス上の増大率が相関付けられたことを特徴とするトランスミッション系列。」 (2) 本件発明の構成要件 本件発明を構成要件に分説すると,以下のとおりである(以下,分説されたそれぞれを「構成要件1」などという。)。
1 一対の歯車からなる可変ギヤステージを備えたトランスミッション系列であって, 2 この系列内の前記可変ギヤステージは,各々の軸間距離がAiとされた実現が許容された枠番サイズBiのレンジを含むと共に, 3 全ての枠番サイズBiに対して同一種類の変速比Iiのレンジを含み, 4 それ故,前記軸間距離Aiと変速比Iiとが1つのマトリックスを形成し,且つ, 5 該マトリックス上で複数の枠番サイズBiに対角線状にまたがる可変ギヤステージのシークエンスSiに同一の歯車が組入れられるように,前記軸間距離Ai及び変速比Iiのマトリックス上の増大率が相関付けられたことを特徴とする 6 トランスミッション系列。
(3) 被告の行為 被告は,被告各製品を業として製造,販売している。
2 争点 (1) 被告各製品の本件発明の構成要件充足性 (2) 損害の内容及び額 3 争点に関する当事者の主張 (1) 争点1(被告各製品の本件発明の構成要件充足性) ア 構成要件1,6,2の充足性について 【原告の主張】 被告は,被告各製品たる各減速機を,シリーズとして供給し,「系列」として製造販売している。すなわち,被告は,一連の減速機をカタログに掲載し,これをそれぞれ注文に応じて組み立てて製造販売しているが,このように個々の減速機を一連のものとしてカタログに掲載して製造販売する行為は,「系列」としての製造販売に当たる。
また,「可変ギヤステージ」とは,トランスミッション系列の中で,他のギヤ等を同じくし,あるギヤステージだけが入れ替わっているようなトランスミッションがある場合のそのギヤステージのことを指す。しかるに,被告各製品においては,同じ大きさで同じ出力トルクであって,変速比だけが違うものがあり,これらは基本的には,一段目のギヤペアだけを入れ替えて,他の部品は同一のものを使って製造されている。そうすると,被告各製品の一段目は,「可変ギヤステージ」に当たる。
したがって,被告の行為は,構成要件1,6を充足する。
そして,被告各製品は,原告説明図1(本判決末尾添付。他の原告説明図についても同様である。)にみるとおり,構成要件2も充足する。
【被告の主張】 被告が行っているのは,個々の減速機の製造販売にすぎず,被告は被告各製品を「系列」を構成するものとして製造販売しているわけではないし,カタログに掲載した「一連の製品」を製造販売することもしていない。すなわち,被告の個々の減速機は,全体としては「系列」を構成し,「系列」中に属するものであるが,製造販売しているのはあくまで個々の減速機にすぎない。
また,被告トランスミッション系列に属する個々の減速機には,「可変ギヤステージ」は存在しない。すなわち,特定のトランスミッション系列に属する個々の減速機のギヤステージには「可変」ということはありえない。被告の各減速機は,その第1ステージにおいて,ギヤ比及びギヤを変更することが基本的に想定されていないから,「可変ギヤステージ」が存在するとはいえない。
したがって,被告の行為は,構成要件1,6を充足しない。
そして,被告各製品が個々の減速機である限り,構成要件2も充足しない。
もっとも,被告各製品を「被告トランスミッション系列」全体としてみる場合は,構成要件2を充足する。
構成要件3,4,5の充足性について (ア)構成要件3の充足性について 【原告の主張】 (主位的主張) 被告製品1は,原告説明図1,4にみるとおり,どの枠番サイズをとっても,それぞれにおいて同じ変速比のものが用意されているから,「同一種類の変速比」の文言を充足する。
本件発明の意義は,ユーザーの選択の便宜にある。すなわち,本件明細書の【0007】【0008】には,それぞれ次のような記載がある。
「【0007】本発明は,主として小型,あるいは中型のトランスミッション(伝達動力:0.1〜100KW)に関係するが,この領域のトランスミッションは,様々な応用例に対する供給を満たすため,多くの場合,種々の変速比と負荷容量(トルク)に対応する単一のトランスミッションタイプが分り易く選択可能である必要がある。こうした小・中型のトランスミッションの代表的な応用分野は搬送技術の分野と工作機械の分野であり,特にギヤドモータの分野においてこうした要求が必要とされる。」 「【0008】この種のトランスミッション系列を製造する場合,問題となるのは必要となる構成要素(歯車)の数が多いことである。」 このような記載からすると,本件発明の意義は,種々の変速比と負荷容量(トルク)に対応する単一のトランスミッションタイプが分かり易く選択可能である必要があることを前提として,部品種類数を削減すること,すなわち,ユーザーの選択の便宜にあるというべきである。
そして,本件発明の意義がユーザーの選択の便宜にある以上,同一種類の変速比の意義は,隣同士のサイズにおける変速比を近くすることにこそある。すなわち,たとえ最大枠番と最小枠番における変速比が離れていても,隣同士の変速比が近ければ,「同一種類」との文言を充足するというべきである。
被告は,偏差のパーセンテージなどを指摘して,「同一種類」とはいえないと主張するが,上述したことから考えて,単なるパーセンテージを問題とすることは的はずれである。
また被告は,原告が原告説明図1,3における変速比の軸に対数軸を使用することにより現実の違いを少なく見せかけていると主張するが,誤りである。「同一種類の変速比」を提供するのは,上述したとおり,違うサイズの減速機を使う場合にもほぼ同じ変速比のものが使えるようにすることによって,ユーザーの便宜を高めようとする趣旨である。したがって,その偏差としては割合が問題であるので,対数軸によってこそ,実際的な意味を正しく表すことができる。
(予備的主張) 仮に上記主位的主張が認められなくても,少なくとも被告製品2は,構成要件3を充足する。被告製品2は,被告製品1のうちの一部分を取り出したものである。そして,被告製品2についての原告説明図11をみると,任意の軸間距離及び変速比をとった場合において,他の軸間距離における対応する変速比はほとんど完全に同一となっているから,少なくとも被告製品2については,「同一種類の変速比」との文言を充たす。確かに,原告説明図11の,対応する変速比を結んだ縦の線をみても,若干はズレがあって完全な垂直直線になっていないようにもみえる。
しかし,変速比はギヤの歯数の比であり,歯数は整数であるので変速比を完全に自由に設定することはできないことを考慮すると,変速比はほとんど完全に同一となっているということができる。
【被告の主張】 (原告の主位的主張について) 原告説明図1において,縦の線を結んだ各変速比について,最大変速比と最小変速比をとり,その比(最大変速比を最小変速比で除したもの)をみると,最も小さいところで4%,最も大きいところで24%,平均で約14%ものずれがある。しかも,縦の線を結んだ各変速比の範囲をみると,ある縦の線と別の縦の線とで互いに重なり合っているものもある。こうしたものを,「同一種類の変速比」ということはできない。しかも,原告説明図1,3は,変速比を対数でとって,現実の違いを少なく見せかけている。
また,被告トランスミッション系列においては,ある枠番サイズについて,他の枠番サイズに存在する変速比に対応する変速比を有する減速機が存在しないという場合があり,このように空きが多いものを,「全ての枠番サイズ」に対して同一種類の変速比のレンジを含んでいるということはできない。
原告は,本件発明の意義は本件明細書の【0007】【0008】の記載からするとユーザーの選択の便宜にあり,そうである以上,同一種類の変速比の意義は隣同士のサイズにおける変速比を近くすることにこそあるから,たとえ最大枠番と最小枠番における変速比が離れていても隣同士の変速比が近ければ,「同一種類」との文言を充足すると主張するが,誤りである。
そもそも本件明細書の【0007】【0008】には,「ユーザーの便宜」などとは記載されていない。この部分に記載された,構成要素(歯車)の数をいかに減らすかということは,メーカーの問題であり,ユーザーの便宜とは関係ない。
したがって,たとえ最大枠番と最小枠番の変速比が離れていたとしても,隣同士の枠番サイズにおける変速比が近ければ「同一種類」といえるとの原告主張は誤りであって,本件明細書においても,原告のこうした主張を裏付けるような記載はない。本件発明は,その文言どおり,「全ての枠番サイズBiに対して同一種類」でなければ成り立たない性質の発明というべきである。
(原告の予備的主張について) 原告の予備的主張のように,被告のトランスミッション系列の一部だけを恣意的に抜き出して本件発明と対比するのは,相当でない。なぜなら,本件発明は,トランスミッション系列の全体の設計手法にかかるものだからである。原告の予備的主張によれば,同じピニオンを共用している減速機であっても,軸間距離又は変速比の違いにより,対比の対象としないものがあることになるが,これは本件発明との対比の上からして相当でないし,また,被告各製品の一段目のギヤペアは,二段目,三段目のギヤペアと組み合わされてトータルの変速比が得られる以上,一段目の変速比はそのすべてが重要であって,その一部だけを恣意的に取り出すことはできない。
また,原告の予備的主張に係る被告製品2は,構成要件3を充足しない。
被告製品2について,各軸間距離における最大変速比と最小変速比をとり,その比(最大変速比を最小変速比で除したもの)をみると,10列では13.5%,11列では17.2%,12列では9.7%,13列では13.7%,14列では8.6%,15列では7.9%ものずれがある。これを「同一種類の変速比」ということはできない。原告は,変速比にずれが生じざるを得ないことの理由として,ギアの歯数が整数であるから変速比が自由に設定できないことを挙げるが,理由にならない。例えば,変速比3.70は,ギア歯数100に対してピニオン歯数27で得られるが,仮にギア歯数が101になっても変速比は3.74であり,わずか1%のぶれにしかならない。また,変速比3.81はギヤ歯数103に対してピニオン歯数27で得られるが,仮にギア歯数が102になっても変速比は3.78であり,これもわずか0.8%のぶれにしかならない。
(イ)構成要件4の充足性について 【原告の主張】 原告説明図1にみるとおり,ギヤの軸間距離と変速比をグラフに表してみると,規則正しく碁盤の目状になる。したがって,「マトリックスを形成」との文言を充たすから,構成要件4を充足する。
なお,原告説明図1と同じことを,グラフの形でなく表の形で示すと,原告説明図9のようになる。確かに,原告説明図9の表をみると,5行の空白行が存在する。しかし,それ以外の行においては,両端以外はすべての変速比が用意されており,しかも,用意された変速比は同一種類のものとなっている。したがって,「マトリックスを形成」というに妨げない。
【被告の主張】 構成要件4は,構成要件3を受けて「それ故,・・・・」と記述されているから,同要件3を前提としているというべきである。しかるに,被告各製品は同要件3を充たさないから,同要件4も充足しない。
また,原告は,線図の形式である原告説明図1をもって,被告系列が「マトリックス」との文言を充たすと説明している。しかし,本件明細書【0035】をみると,表の形式である図2(本件特許権の願書に添付した図面。他の図も同様である。)を用いて「マトリックス」が説明されている。したがって,被告系列が「マトリックス」との文言を充たすかどうかは,本件明細書の引用する図2にできるだけ近い態様である被告表1(本判決末尾添付。後掲被告表2も同様である。)に即して説明すべきである。被告表1によれば,合計138個の升目の中で,ギヤペアが存在しているのは87個であるにすぎず,全体の升目のうち約37%に相当する51個についてはギヤペアが存在していないから,「マトリックス」とはいえない。
また,原告説明図9は,本件明細書の引用する図2と同様に表の形式ではあるが,p,q,r,s,tの5つの空白行が存在するし,しかも,被告表1における空白の列を,すべて詰めて作成してしまっている。そもそも,「マトリックス」とは,縦軸に軸間距離を上の行から下の行にいくに従って大きくなるように,また,横軸に変速比を左の列から右の列にいくに従って小さくなるように,秩序付けて作成したもののことをいう。すなわち,被告表1にあるように,ある列に属する変速比はその左の列に記載された変速比よりも常に小さい値を示すように作成するのが当然であるのに,原告説明図9では,例えば5列の軸間距離130mmで得られる変速比6.62の方が,その左の列である4列の軸間距離72mmで得られる変速比6.41よりも大きいという逆転現象が生じている(逆転現象が生じていることは,製品目録2においても同様である。すなわち,同目録11列の最下欄の変速比は3.81で,10列最上欄の変速比3.70よりも大きいし,12列の最下欄の変速比は3.38で,11列の最上欄の変速比3.25よりも大きい。)。このような原告説明図9をもって,「マトリックスを形成」という文言を充足しているということはできない。
(ウ)構成要件5の充足性について 【原告の主張】 被告各製品の系列は,構成要件5を充足する。
すなわち,「対角線状にまたがる可変ギヤステージのシークエンスSiに同一の歯車が組入れられるように,」とは,対角線状にまたがる可変ギヤステージのシークエンスSiにおいて,同一のピニオンを使っていることを意味する。しかるに,原告説明図1,2をみると,軸間距離を縦軸,変速比を横軸としたグラフ上において,被告各製品のうち同一ピニオンを使っているものを結んだとき,点(-1,0)を通る直線となることが分かる。これは,「対角線状にまたがる可変ギヤステージのシークエンスSi」で同一のピニオンを使っているということである。
したがって,被告各製品の系列は,「対角線状・・・・」との文言を充たす。また,「軸間距離Ai及び変速比Iiのマトリックス上の増大率が相関付けられた」とは,同一のピニオンを使う一連のギヤペアにおいての,隣同士の各軸間距離の比及び各変速比の比が等しくなること,すなわち,Ai/A i-1 =(I i+1)/(I i-1+1)という関係式を充たすことを意味する。しかるに,被告各製品の系列は,原告説明図13の表が示すように,「A(軸間距離)の隣接比」欄と「I(変速比)+1の隣接比」欄が,それぞれの行においてよく一致し,上記の関係式を充たしている。さらに,上記関係式を充たすということを言い換えれば,被告各製品の軸間距離Ai及び変速比Iiについて,軸間距離を縦軸,変速比を横軸としたグラフに表すと,点(-1,0)を通る直線上に乗るということである。そして,上記のように,被告各製品において同一ピニオンを使っているものを結んだとき,点(-1,0)を通る直線となるから,被告各製品の系列はこの文言も充たす。
被告は,対角線とは多角形の向かい合った角の頂点を結ぶものであるから,原告説明図1における同一ピニオンを使っているものを結んだ線は対角線といえないと主張するが,誤りである。確かに,原告説明図1における斜めの線は,縦の線と途中で交差しているところがある。しかしそれは,四角形の取り方が不適切であるからにすぎない。途中で縦の線と交差している箇所についても,最小の升目を横に2つ繋げた四角形を考えるならば,縦の線と交差しているようにみえる斜めの線も,その四角形の対角線とみることができる。
また,被告は,「増大率が相関付けられた」とは,Ai/Ai-1=(Ii+1)/(Ii-1 +1)=C(一定)との式を充たす必要があると主張するが,誤りである。この式は,本件明細書における請求項9が規定するものであるにすぎない。本件発明である請求項1にいう「相関付け」とは,単に軸間距離Aと変速比Iとの間の相関付けと解すべきであり,「=C」の部分まで充たす必要はない。
また被告は,被告各製品の系列は,本件明細書において開示された設計手法を採用していないと主張し,本件明細書の【0048】〜【0057】に準じて,被告各製品について本件明細書の引用する図3(本件公報参照)におけるP1〜P6に相当する点の軸間距離及び変速比を計算している。しかし,被告各製品の系列は,本件発明の設計手法から帰結される系列のうち一部を使っていない。被告の行っている計算は,このような被告各製品の系列が一部使っていない部分,すなわち原告説明図9,12の空白行を無視しているために,原告説明図14にみるとおり,無意味なものとなってしまっている。なお,本件発明においては系列の一部を使わないことがあり得るものであり,このことは本件明細書の【0043】に記載されている。
なお,被告は,被告各製品の設計原理,設計方法は,モータのモジュラー・システムに由来するもの等の各種の制約の下で行われており,本件発明の技術思想は利用していないと主張する。確かに,被告各製品の設計において,被告が主張するような考慮が払われている可能性はある。しかし,被告が主張するような制約があっても,その上で本件発明の実施をすることは可能であり,そうであるからこそ,被告は,本件発明を利用しながらも,完全な同一変速比ではなく多少のぶれがある被告各製品を製造したといえるものであって,被告各製品が本件発明の実施に当たらないという理由にはならない。
【被告の主張】 本件発明の「対角線」とは四角形の向かい合った角の頂点を結ぶものであるところ,原告説明図1において同一ピニオンを使っているものを結んだ線はこれに当たらないから,「対角線」とはいえない。しかも,被告各製品の系列を,本件明細書の引用する図2の体裁にできるだけ近づけて記載した被告表1をみると,同じピニオンであることを示す同じ丸数字を結んだ線が,「対角線状」に並んでいないことが分かる。
また,「増大率が相関付けられた」とは,つねに軸間距離と変速比を相互に関係付けながら,共用できるピニオンを求めることであって,具体的には,軸間距離Aiと変速比Iiの増大率が,Ai/A i-1 =(I i+1)/(I i-1 +1)=C(一定)の等式に実質的に従うことを意味している。例えば,本件明細書の引用する図2の場合,軸間距離,変速比の増大率は,いずれもほぼ1.2となっており,図4,5も同様である(本件公報参照)。原告は,「増大率が相関付けられた」とは,Ai/A i-1 =(I i+1)/(I i-1 +1)が成立し,軸間距離Aの隣接比と変速比Iの隣接比とが等しいことを意味すると述べるが誤りである。なぜなら,このAi/A i-1 =(I i+1)/(I i-1 +1)の式は,本件明細書の【0046】にも記載されている公知の式であるA=R1(I+1)から当然導かれる数学的な帰結たる数式にすぎないからである。
原告は,原告説明図2を用いて被告各製品の系列が構成要件5を充足すると主張するが,誤りである。まず第1に,原告説明図2の点(-1,0)を通る各直線は,本件明細書の【0046】に記載されている公知の式をグラフ上に表せば,ピニオンを共用する限り必ず引くことができる直線である。しかも,本件明細書に,ピニオンを同一とするギヤステージを結んだ直線が点(-1,0)を通れば,それで「対角線状」との文言を充たすと説明している記述はない。また第2に,本件発明において「対角線状」とすることの大きな意義は,本件明細書の【0048】以下に記載されているように,最大トルクと最大変速比を定め,最大トルクから最大軸間距離を計算し,その後,その次に小さな軸間距離,又はその次に小さな変速比を自由に選択しさえすれば,系列における各可変ギヤステージに対し,理想的なギヤ半径と変速比が直接的に導かれるところにある。しかるに被告各製品の系列においては,上述したように,本件明細書の引用する図3におけるP1に対応する点として軸間距離130,変速比6.62をとり,その次に小さな軸間距離として116を選択して計算すると,P3まではともかく,P4以下の変速比は,まったくずれてしまうことが分かる。これは,原告説明図2における各直線が引けることで「対角線状」という文言を充たすとの原告主張が,誤りであることを示している。
また,原告は,原告説明図12の空白行は被告がマトリックスから省いたものであるとの主張をするところ,この空白行を挿入すれば,あたかも「対角線状」に同一のピニオンが配置されるかのようにみえる。しかし,原告が上記主張の根拠としている本件明細書【0043】の記載は,軸間距離Aiと変速比Iiのあらゆる可能な組み合わせの中から不必要な幾つかは省いてもよいという趣旨であり,特定の軸間距離を完全に省略してもよいとか,原告説明図12のごとく7段中3段というような半数に近いものを省いてよいという趣旨ではない。また,実在しない空白行を挿入して対角線状に同一のピニオンが配置されるかのようにみえるということは,単に,縦軸を軸間距離とし横軸を変速比とするグラフ上に,同一のピニオンを使用する被告各製品を並べると,必ず点(-1,0)を通る同じ傾きをもつ直線上に位置することを意味するにすぎない。
なお,被告各製品の設計原理,設計方法の詳細は,「7シリーズの開発 SEWモジュラー概念の説明」(乙3)のとおりであり,その要点は以下の(ア)〜(ウ)のとおりであるから,本件発明におけるような軸間距離の増加率と変速比の増加率を相関させるような技術思想は利用していない。
(ア) SEWモータのモジュラー・システムにおけるモータはフランジを持っており,ある減速機と組み合わせることができるのは,その減速機と一致するフランジのモータだけである。また,ピニオンは連結部品であるから,穴の直径がモータ出力側の直径と同じでなければ結合できない。また,旧シリーズの顧客に配慮して,そのサイズに合わせるため,ギア・ユニットに関しても制約を受ける。
(イ) これらの制約を考慮した上で,要求されるトルクに最も適切なモータの選択を行う。ここで,自動的にリミットピニオンが決定され,これと噛み合う最大の歯車が決定される。これによって,軸間距離が定まる。
(ウ) リミットピニオンは,点(-1,0)を通る直線上では,異なる軸間距離と変速比に共用できる。さらに,必要に応じてそれ以外の共用できるピニオンを設計する。
(2)争点2(損害の内容及び額) 【原告の主張】 被告製品1の売上額は,平成8年3月ころの販売開始から平成13年2月末までで,30億円である(甲18)。原告が被った損害額は,これに実施料相当の5%を乗じた額である1億5000万円である。
また,被告製品2の限度で本件特許権侵害が認められた場合には,被告製品1について本件特許権侵害が認められた場合と比べて,対象となる製品は38.4%に限定される(甲19)から,原告の被った損害額は,少なくとも5760万円である。
【被告の主張】 損害の内容及び額についての原告の主張は,争う。
当裁判所の判断
1 当裁判所は,被告各製品の系列(以下「被告系列」という。)は,本件発明の技術的範囲に属しないと判断する。その理由は,以下に述べるとおりである。
2 争点1ア(被告系列が,構成要件1,6,2を充足するかどうか)について この点については,当裁判所は,被告系列が構成要件1,6,2を充足すると判断する。
すなわち,被告各製品が全体として系列を構成するものであることは当事者間に争いがなく,これと甲13末尾添付の表(被告が被告各製品について「ギヤの芯間距離と減速比」をプロットした結果を示した表)を併せ考慮すると,被告各製品は系統だって並べられた一連のものとしてみることができるから,「トランスミッション系列」という文言を充たすということができる。そして,このように,被告各製品を系統だって並べられた系列としてみた場合に,被告各製品の第1ステージが「可変ギヤステージ」に相当することは,明らかである。
被告は,被告が行っているのは個々の減速機の製造販売にすぎず,被告各製品を「系列」を構成するものとして製造販売しているわけではないし,カタログに掲載した「一連の製品」を製造販売しているものでもないと主張するが,被告のかかる主張を前提としても,被告が製造販売する個々の被告各製品を系統だって並べられた一連のものとみることができることに変わりはないから,「トランスミッション系列」という文言を充たすとの判断の妨げにはならない。また被告は,特定のトランスミッション系列に属する個々の減速機のギヤステージには「可変」ということはありえないし,被告の各減速機は,その第1ステージにおいてギヤ比及びギヤを変更することが基本的に想定されていないと主張するが,甲13によれば,被告各製品においては,ある特定の軸間距離に対応して,同一の軸間距離でありながら変速比を異にする複数の製品があることが認められ,これらは,他のギヤ等を同じくし,あるギヤステージだけが入れ替わっていると推認することができるから,こうした被告各製品を系統だって並べられた系列としてみた場合,その第1ギヤステージが「可変ギヤステージ」に該当するということを妨げない。
以上のとおり,被告系列は,構成要件1,6を充足する。さらに,被告各製品は,上述したようにトランスミッション系列全体としてみるべきであるところ,そうした場合に,被告系列が構成要件2を充足することは当事者間に争いがない。
3 争点1イ(被告系列が,構成要件3,4,5を充足するかどうか)について この点については,当裁判所は,被告系列が構成要件3,4,5を充足するとはいえないと判断する。
(1)本件発明の構成要件3,4,5は,前記前提となる事実に記載したとおり,「全ての枠番サイズBiに対して同一種類の変速比Iiのレンジを含み,」(構成要件3),「それ故,前記軸間距離Aiと変速比Iiとが1つのマトリックスを形成し,且つ,」(同4),「該マトリックス上で複数の枠番サイズBiに対角線状にまたがる可変ギヤステージのシークエンスSiに同一の歯車が組入れられるように,前記軸間距離Ai及び変速比Iiのマトリックス上の増大率が相関付けられたことを特徴とする」(同5)というものである。
かかる構成要件3,4,5の文言を解釈し,その充足性を判断するための前提として,まず,本件明細書の発明の詳細な説明やそこで引用している図面(本件特許権の願書に添付した図面)の記載に公知技術等の事情を総合して,本件発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分が何かということについて検討する。
(2)本件明細書(甲3)の発明の詳細な説明の記載及びそこで引用している図面から,以下のことが認められる。
構成要件3,4について (ア)本件明細書【0025】には,従来のトランスミッション系列の設計について,「ギヤトランスミッションに対する変速可能なステージは,従来枠番サイズと変速比の完全なマトリックスで設計されてきたが,一般に系列の個々のモデルに対し異なった歯車が使用されてきた。」と記載され,【0026】には,「本発明によって,この異なった歯車の数を劇的に減らすことができる。」と記載されている。
(イ)本件明細書【0014】には,【課題を解決するための手段】として,「全ての枠番サイズBiに対して同一種類の変速比(公称変速比)Iiのレンジを含み,それ故,前記軸間距離Aiと変速比Iiとが1つのマトリックスを形成し,」と記載されている。
(ウ)本件明細書【0037】には,図2について,「4つの列は4種の異なった変速比Iiに対応している。この具体的な数値は最も上の行に示されている。」と記載され,図2には,例えば,最も上の行に変速比I4として10.0と記載され,その列の下の4つの欄には,異なる4つの枠番サイズにおいていずれも変速比が10.0となる歯車の組み合わせが示されている。図4,図5にも,同様のものが示されている。
(エ)以上から,構成要件3,4の文言「全ての枠番サイズBiに対して同一種類の変速比Iiのレンジを含み,」「それ故,前記軸間距離Aiと変速比Iiとが1つのマトリックスを形成し,且つ,」は,従来のトランスミッション系列と同じく,枠番サイズと変速比からなるマトリックスを形成することを前提としつつ,そのマトリックスにおいては,本件明細書にいう公称変速比(本件明細書【0004】参照)といえるような同一種類の変速比が,全ての枠番サイズに含まれていることを意味していることが分かる。
構成要件5について (ア)前記のようなマトリックスを形成するトランスミッション系列において,歯車の必要数を減らすための手段については,本件明細書【0044】〜【0047】において説明されている。すなわち,【0044】に「・・・・可変ギヤステージの2つの歯車の軸間距離Aは,そのピッチ円半径R1,R2の和に等しくならなければならない。すなわち,A=R1+R2。」,【0045】に「変速比は半径の関係I=R2/R1で決定される。この2つの式からピッチ円半径R1を有するある特定のピニオンは,下記(1)式を満たしてさえいれば,異なる軸間距離Aの可変ギヤステージに共通して使用できることが分る。」,【0046】に「A=R1(I+1)・・・・(1)」,【0047】に「この状態を,図3において7種の異なるピニオンのピッチ円半径R1(Si)に対して示した。一次関数は,それぞれ1本の直線20〜26に対応し,これらの直線はI座標と-1で交わり,直線の勾配はR1である。」と記載されている。
(イ)そして,本件発明に従ってトランスミッション系列の可変ギヤステージの数値決定を行う方法が,本件明細書【0050】〜【0057】において具体的に記載されている。すなわち,この部分には,図3に示されるマトリックスの対角線状にピニオンを共用する場合の,トランスミッション系列設計の実例として,最大軸間距離A4=100.5mm,最大変速比I4=10とし,さらに次の軸間距離A3=82.7mmとすれば,それ以外の軸間距離,変速比,ピニオン半径が直接的に導かれることが記載されている。
(ウ)そして,本件明細書【0060】に「本発明の目的達成のため,可変ギヤステージにおける軸間距離Ai及び変速比(公称変速比)Iiの増大率(graduation)を相関させるための規則は,理想的な条件の下では下記等式によって要約できる。」,【0061】に「Ai/A i-1 =(I i+1)/(I i-1 +1)=C=一定・・・・(2)」,【0062】に「従って,1つの系列内で実現が許容されている隣接する軸間距離Ai:A i-1 の関係,あるいは実現が許容されている変速比(Ii+1):(I i-1 +1)の関係は,定数Cを決定することによって一気に決定できる。」,【0063】に「これにより,他の全ての『理想的な』(若しくは『理論的な』)軸間距離と変速比の増大率が確定される。」と記載されている。
(エ)ただ,本件明細書【0058】【0059】には「実際に使用する現実的な諸元値は,以下の点を注意して経験的に決定される。」「当然ながら,歯数は整数ステップでしか変えることができない。」と記載され,【0064】には「実際の条件下では,等式(2)によって表わされた一般的な規則は,正確には守れない。」と記載されている。一方,同じ【0064】に「しかしながら,多くの場合,等式(2)の理想的な増大率から僅かにずれることによって,こういった要求を満すことができ,且つ,本発明の利点を少なくともある程度は活かすことが可能である。」と記載されている。
(オ)以上から,上記(ア)認定の(1)式で表されるピニオン共用の原理が,マトリックスを形成するトランスミッション系列において歯車の必要数を減らすための手段として,(イ)(ウ)(エ)の前提となっていることが分かる。しかるに,この(1)式のピニオン共用の原理自体は,数学上の法則から導かれる数式にすぎず,自然法則そのものというべきであるところ,そもそも自然法則それ自体は,特許法2条1項にいう「発明」に当たらないものであるし,さらに,本件においては,証拠(乙4の1〜3,乙5の1〜3,乙6の1〜3)によれば以下の(a)〜(c)の事実が認められるから,(1)式によるピニオン共用の原理自体は,本件発明の優先日(1990年4月14日)において,本件発明の属する技術の分野における通常の知識にもなっていたというべきである。
(a)ドイツにおいて,1960年に,シュプリンガー出版から「機械要素」という題名の書籍が出版されている。この書籍の表紙をみると,「機械製造の設計,算出及び形成」と副題が付されており,その下に「教科書兼練習書」「著者 ミュンヘン技術大学教授 ゲー・ニーマン博士」と記載されている。この書籍の77ページをみると,「2.主要寸法と負荷値BおよびBw」とあり,その下に,「諸寸法の関連から:軸間距離a=0.5(db1 +d b2 )=0.5d b1 (1+i)」(ただし,同ページ及び113ページによれば,db1 ,d b2 が直径を,iが変速比を表していることが分かる。)との記載がある。
(b)同じくドイツにおいて,1961年に,シュプリンガー出版から「歯車」という題名の書籍が出版されている。この書籍の表紙をみると,「アメリカの経験に基づく計算,設計および製造」と副題が付いており,その下に「著者 ダール・ダブリュー・ダドレイ(ジェネラル・エレクトリック・カンパニー)」と記載されている。この書籍の46ページをみると,「軸間距離は次のとおりである。a=(db1 +d b2 )/2=d b2 (1+i)/2」(ただし,同書の35,37ページによれば,aが軸間距離,db1 がピニオンの直径,d b2 がホイールの直径,iが変速比を表していることが分かる。)との記載がある。
(c)上記(a)に記載した書籍については,わが国において,1971年に,電気通信大学教授成瀬長太郎が翻訳した書籍が,株式会社養賢堂から出版されている。
(オ)以上から分かることは,上記ア認定のマトリックスにおいて,(1)式で表されるピニオン共用の原理によって該マトリックス上で対角線状に同一ピニオンを配置することができること,その設計に当たっては,軸間距離と変速比の最大の点と次の軸間距離又は変速比を定めることにより,他の軸間距離,変速比,ピニオン半径の数値が自動的に定まり,必然的に(2)式が成立すること,ただこれは理想状態であって,実際には,歯数が整数であることなどにより各数値は経験的に決定され,(2)式もずれることになるが,通常は僅かにずれる程度であること,である。
しかし,本件発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分が何かを検討すると,上記の事情に併せて,(1)式のピニオン共用の原理が本来「発明」に当たらないものであって,かつ,本件発明の優先日以前に当業者の通常の知識となっていたことを考慮すると,(1)式のピニオン共用の原理自体は,本件発明の特徴的部分にはなっていないというべきである。
したがって,構成要件5の文言「該マトリックス上で複数の枠番サイズBiに対角線状にまたがる可変ギヤステージのシークエンスSiに同一の歯車が組入れられるように,前記軸間距離Ai及び変速比Iiのマトリックス上の増大率が相関付けられたことを特徴とする」を解釈するに当たって,本件発明は,構成要件3,4の要件により規定されたマトリックスにおいて,上記のように,ピニオン共用の原理という数学上の法則ないし当業者の通常の知識から出発して,これによって,対角線状に同一歯車を組み入れ,必然的に,軸間距離と変速比の増大率が相関付けられていることを意味するというべきである。そうすると,「増大率の相関付け」との文言は,(1)式のピニオン共用の原理自体を意味すると解することはできず,(2)式が成立することを意味すると解するほかはない。すなわち,同文言は,上記のとおり,理想的な数値を用いるときは(2)式のとおりとなること,外部的な諸事情により理想値のとおりとしない場合も,原則は(2)式に基づいているものであり,例外的に僅かにずれるだけであること,を意味するというべきである。
(3)以上のような構成要件3,4,5の解釈からすると,本件発明は,構成要件3,4で,従来のトランスミッション系列と同じく,枠番サイズと変速比からなるマトリックスを前提として,公称変速比とでもいうべき同一種類の変速比がすべての枠番サイズに含まれていることをいい,構成要件5で,構成要件3,4の要件により規定されたマトリックスにおいて,ピニオン共用の原理という数学上の法則ないし当業者の通常の知識を用いて対角線状に同一歯車を組み入れ,これから必然的に(2)式を成立させるようにすることをいったものであり,これによって,トランスミッション系列内における異なった歯車の数を劇的に減らすという,本件発明特有の課題を解決するものということができる(なお,上記のとおり,理想的な数値を用いるときは(2)式のとおりとなるが,外部的な諸事情により理想値のとおりとしない場合も,原則は(2)式に基づいているものであり,例外的に僅かにずれるだけであるということが含意されている。)。そうすると,本件発明特有の課題解決の特徴的部分とは,枠番サイズと変速比とからなるマトリックスにおいて,同一種類の変速比がすべての枠番サイズに含まれていて,しかも対角線状に同一歯車が組み入れられ,必然的に(2)式を成立させるようにしたものである,と解するのが相当である。
しかるに,甲13及び弁論の全趣旨によれば,被告系列は,被告表1及び被告表2に示すものであると認められるところ,被告表1は,ギヤの,異なる軸間距離に対して,比較的近い数値を示す変速比を配列し,同一の歯車(ピニオン)を同一の○内の番号で示したものであり,かかる被告表1においては,同一の歯車(ピニオン)は対角線状に配置されないこと,被告表2は同一の歯車(ピニオン)をやはり○内の番号で示し,同一の歯車(ピニオン)が対角線状に配置されるように配列したものであるところ,かかる被告表2において,異なる軸間距離に対する変速比は,どの列においても同一の値を示さないこと,がそれぞれ認められる。
そうすると,被告系列は,枠番サイズと変速比とからなるマトリックスにおいて,同一種類の変速比がすべての枠番サイズに含まれていて,しかも対角線状に同一歯車が組み入れられ,必然的に(2)式を成立させるようにしたものである,という本件発明特有の課題解決のための特徴的部分を備えていないことが明らかである。
(4)原告は,原告説明図1,2,9を用いて,被告系列が構成要件3,4,5を充足すると主張するが,採用することができない。その理由は次のとおりである。
まず,原告説明図1は,縦軸に軸間距離,横軸に変速比をとって被告系列を配置したものであるが,同一ピニオンを結ぶ斜めの線が,数値がほぼ等しいと思われる変速比を結び合わせた縦の線と多くの部分で交差していることからすると,これをもって「対角線状」に同一ピニオンを組み入れたものということは到底できないから,構成要件5を充たすとはいえない。原告は,途中で縦の線と交差している箇所についても,最小の升目を横の2つ繋げた四角形を考えるならば,縦の線と交差しているようにみえる斜めの線も,その四角形の対角線であるとみることができると主張するとともに,原告説明図14により空白行を考慮すれば説明がつく旨の主張をするが,これについては後記に判示するとおり,本件発明において,被告系列のような空白行をとることは許容されていないと解するのが相当であるから,採用することができない。
また,原告説明図2は,被告各製品が縦軸に軸間距離,横軸に変速比をとったとき,点(-1,0)を通る直線上に表されることを示したものであるから,前記認定のピニオン共用の原理という数学上の法則ないし当業者の通常の知識を被告系列が用いていることを示すにすぎず,これをもって構成要件3,4,5を充足するということはできない。
そこで,原告説明図9について検討する。
原告説明図9は,軸間距離と変速比からなるマトリックスにおいて,対角線状に同一歯車を組み入れた要件を充たす形式のものとして,本件発明の構成要件5を充たすようにみえる。
しかし,原告説明図9にはp,q,r,s,tの5行の空白行が設けられており,また,マトリックスにおける変速比は左側の列にいくほど大きい値となるべきであるのに,軸間距離116及び130における列番号5〜14のピニオンは,他の軸間距離52〜93.5におけるその左側の列の変速比と等しい値またはそれより小さい値になっているという逆転現象が生じている。軸間距離116における列番号3のピニオンについても同様である。
しかるに,本件発明の構成要件4,5の「マトリックス」については,本件明細書の【0005】に「系列内のトランスミッションは結局軸間距離と変速比とによって規定される二次元のマトリックスを形成する。トランスミッションのこのような系列に対し,以下マトリックスという語を随時用いる。」と記載されており,マトリックスとは,そもそも,行列,すなわち多数の数字や文字が長方形または正方形型に並べられているものをいう(新村出編「広辞苑・第5版」)のであるから,原告説明図9のように,5行の空白行が設けられていたり,左側の列にいくほど大きい値になるように並べられていないで値が大きくなるものもあれば小さくなるものもある表は,構成要件4,5の「マトリックス」との文言に該当しないというべきである。
原告は,本件明細書の【0043】の記載を引くが,この記載は,マトリックスにおける「幾つか」の可変ギヤステージが必要でない場合に,それらを除くことが可能であることを示したにとどまり,原告説明図9のように,11行の軸間距離のうち5行の軸間距離の全部をそっくり空白にすることをも許容しているとみることは,到底できない。
また,原告は,構成要件3に関連して,本件明細書の【0007】【0008】の記載からすると,隣り合う枠番サイズでの変速比が近ければ,ユーザーの便宜からみて同一種類の変速比といえると主張する。そして原告は,構成要件5に関連して,請求項1では請求項9に規定されるような(2)式についての要件は規定されておらず,原告説明図13における説明のように,「I+1」(Iは変速比)と「A」(Aは軸間距離)との隣接比が等しければ,「増大率が相関付けられた」との文言に当たると主張する。
しかし,本件明細書の【0007】【0008】の記載から原告主張のような解釈をとることは,論理の飛躍があり,採用できない。加えて,本件発明の特徴的部分が,(1)式でなく(2)式にあることは前記認定のとおりである。請求項9と異なり,請求項1には(2)式が文言上記載されていないが,そのことをもって,「増大率が相関付けられた」との文言は(2)式が成り立つという意味である,という前記認定を左右する理由にはならない。しかるに,原告主張の「I+1」(Iは変速比)と「A」(Aは軸間距離)との隣接比が等しいということは,数式に表せば一見して明らかなように,単に(1)式を言い換えたにすぎないと認められる。そうすると,たとえ「I+1」(Iは変速比)と「A」(Aは軸間距離)との隣接比が等しいとしても,これは本件発明の特徴的部分に何ら当たらない単なるピニオン共用の原理という数学上の法則ないし当業者の通常の知識をいったものにすぎないというべきである。したがって,原告の主張を採用することはできない。
しかも,被告系列は,本件発明とは技術思想が異なる設計手法によって十分に設計可能であるというべきである。すなわち,被告系列の設計手法に関しては,「7シリーズの開発 SEWモジュラー概念の説明」(乙3)と題する文書が存在し,特に,乙3の60頁には,以下の趣旨の記載がある。
「軸間距離が決定した後は,個々の軸間距離内において実現可能な変速比を決めていくことは容易である。軸間距離を決めるため選定した複数のピニオンより,2段R形一減速機の最大可能変速比を結果的に決められる。異なる形式の減速機内部で使用される異なった軸間距離,その中で新しい歯車が組み合わされたピニオンを使用することで,他の変速比が決まる。リミットピニオンにより構成される変速比の幅は部分的に大きくなるため,それ以外のピニオンを設定し,それぞれの軸間距離において歯車と組み合せる。以上の方法で,再設定された変速比をグラフから読み取ることができる。」 これによると,被告は,トルクや旧製品等に伴う制約を考慮した上,軸間距離をまず定め,それに従って決まる幾つかのピニオン共用の直線を定めた後に,さらに適宜に補完的なピニオン共用の直線によって,トランスミッション系列の設計を行っていると解することも可能であり,そうすると,被告系列が本件発明の技術思想を利用していると直ちに認めることはできない。
(5)また,原告の予備的主張も,失当であるというほかない。なぜなら,本件発明は,トランスミッション系列全体の設計に関わるものであるから,本件発明と対比するための被告各製品の系列として,その一部分のみを取り出してその充足性を検討することはできないからである。しかも,原告説明図12で示される被告系列の一部についてみても,7つの軸間距離のうち3つの空白行があり,しかも軸間距離130における列番号11,12の変速比は,値が大きくなるべきその左側の列番号10,11において値が小さくなっている変速比のトランスミッションが存在するという逆転現象が生じているから,そもそも構成要件4,5の「マトリックス」の文言を充足するとはいえない。
4 以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,原告の本訴請求は,主位的請求,予備的請求を含め,いずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 和久田道雄
裁判官 田中孝一