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関連審決 審判1998-35264
関連ワード 発明者 /  物の発明 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術常識 /  数値限定 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  構成要件 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 379号 審決取消請求事件
原告 ユーホーケミカル株式会社
訴訟代理人弁護士 熊倉禎男
同 富岡英次
同 宮垣聡
訴訟代理人弁理士 小川信夫
同 箱田篤
被告 ユシロ化学工業株式会社
訴訟代理人弁護士 中島和雄
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/11/15
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成10年審判第35264号について平成12年8月23日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は、「水性艶出し剤組成物」に係る登録第2597238号特許(以下「本件特許」という。)の特許権者である。本件特許は、平成2年12月27日に出願され、平成9年1月9日に設定の登録がなされた。原告は、平成10年6月10日、被告を被請求人として本件特許の無効審判を請求し、同審判事件は、特許庁に平成10年審判第35264号として係属した。特許庁は、平成12年8月23日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その審決謄本は同年9月11日に原告に送達された。
2 本件特許の特許請求の範囲(適宜分説して符号A〜Dを付した。) 【請求項1】 A(a)ガラス転移点が60〜80℃のアクリル系樹脂からな るエマルション、(b)ポリウレタン系樹脂エマルション、(c)ワックス エマルション及び(d)可塑剤を含有し、
B 前記(a)アクリル系樹脂エマルションと(b)ポリウレタン系樹脂エマルションの固形分比率は70:30〜30:70であり、且つ、
C 前記(d)可塑剤は、ブトキシエチルフォスフェート類の1種又は2種以上から選ばれる化合物であり、
D その含有量は、(a)アクリル系樹脂エマルションと(b)ポリウレタン系樹脂エマルションとの固形分合計を100重量部としたとき、12〜24重量部であることを特徴とする水性艶出し剤組成物。
(以下、上記【請求項1】の発明を「本件発明」という。) 3 審決の理由の要点 審決の理由は、別紙審決書の理由写しのとおりである。要するに、本件発明は、
特開昭62-81466号公報(甲第3号証〔審判甲第1号証〕)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとも、前記甲第3号証及び「エマルジョン・ラテックス ハンドブック」(昭和57年2月7日株式会社大成社発行430〜435頁。甲第8号証〔審判甲第6号証〕)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとも認められず、また、これらの発明に甲第9ないし第17号証〔審判甲第7ないし第15号証〕の記載を勘案して本件発明が容易になし得たものであるとも認められないから、原告(請求人)の主張する理由及び証拠によっては本件発明の特許を無効とすることができない、というものである。
原告主張の審決取消事由
審決の理由中、「1.手続の経緯、本件発明」、「2.請求人の主張」、「3.被請求人の主張」、「4.証拠」及び「5.甲各号証、乙各号証等の記載事項」は認める。「6.対比及び当審の判断」のうち、本件発明と甲第3号証〔審判甲第1号証〕の実施例に記載されたものとが、両者の含有する成分、重合体エマルジョン及び可塑剤の種類、2種の重合体エマルジョンの固形分比率において一致し(一致点)、可塑剤の添加割合が、アクリル系樹脂エマルジョンとポリウレタン系樹脂エマルジョンの固形分合計を100重量部としたとき、前者では12〜24重量部であるのに対し後者では8重量部である点で相違する(相違点)とした認定(審決書7頁最終行〜8頁22行)は認めるが、上記相違点についての判断は争う。
審決は、本件発明と甲第3号証に記載された発明との相違点についての判断を誤り(取消事由(その1ないし3))、その結果、本件発明は、甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないと誤って判断したものであるから、取消を免れない。
1 相違点についての判断の誤り(その1) 審決は、本件発明は「光沢、耐ブラックヒールマーク性、耐摩耗性、作業性、低温造膜性及び剥離性を同時に満足させられる「水性艶出し剤」を提供するものであり、その課題を達成するために本件発明の構成を採用したものである。」としたうえ、本件発明が、可塑剤添加量を増加させたことによって「低温造膜性」という作用効果を実現したものであるとして本件発明の容易推考性を否定している。しかし、本件発明は、以下に述べるとおり、可塑剤の添加量につき数値限定をしたことによって従来技術に対して何ら顕著な作用効果を生じておらず、従来技術が既に解決済みの課題をその課題とするものであり、したがって、従来技術中の一定範囲の構成を意味なく特定したものにすぎず、進歩性ないし容易推考性を論じる余地がない程度に進歩性を欠如しているものである。
(1) 甲第6、第7号証の実験報告書について 甲第3号証に開示された床用つや出し剤(従来技術)でも「低温造膜性」その他の諸特性に問題はない。このことは、甲第6、第7号証〔審判甲第4、第5号証〕の実験報告書に示されている。
まず、本件発明でいうところの「低温造膜性」が、どの程度の温度における造膜性を問題にしているかは、本件明細書中で明確に定義されているわけではないが、
実施例によれば、5〜10℃程度の温度での造膜性を問題にしていると解される(本件特許公報〔甲第2号証〕4頁右欄12行)。
甲第3号証に開示された床用つや出し剤は、5℃でも造膜性に問題がないことが甲第7号証の実験報告書に示されており、その際に、低温造膜性以外の性能(光沢度、剥離性、耐ブラックヒールマーク性)も優れていることは甲第6号証の実験報告書に示されている。つまり、甲第3号証に開示された従来例の床用つや出し剤であっても、本件発明が標榜している作用効果は全て達成していたのであり、5℃程度の温度で造膜することは当業者から見れば格別の作用効果ではない。
審決は、上記実験報告書(甲第6、第7号証)が、本件特許明細書の実施例ではなく、甲第3号証の実施例に準拠して作製した試料を用いていることを理由に、これらの実験結果をもって本件特許明細書に記載された本件発明の効果を否定し得るものではないと判断している。しかし、これらの実験報告書は、甲第3号証に開示された床用つや出し剤において、既に本件発明が標榜する作用効果を達成していたことを示すためのものであるから、実験における試料の選択に問題があるわけではない。また、審決も認めているとおり、本件発明と甲第3号証に開示された床用つや出し剤とを比較すると、両者は可塑剤の重量部以外の構成は一致しているのであるから、甲第3号証の実施例に準拠して作製した試料で、可塑剤の重量部を変更して低温造膜性をはじめとする作用効果を確認する実験を行っても、本件発明における可塑剤の重量部の多寡により低温造膜性等の作用効果に差異がないことを確認していることに他ならないのであり、審決の甲第6、第7号証に対する評価は誤っている。本件発明に技術的意義がないことは甲第6、第7号証により十分に明らかにされている。
また、本件特許出願の11年前である昭和54年当時、既に-5℃での造膜性のある床用被覆材(床用つや出し剤)の需要があり、かかる低温造膜性を満たす床用被覆材が製造されていたのであるから(甲第9、第10、第14号証〔審判甲第7、第8、第12号証〕)、5℃における低温造膜性など、技術的な効果であるなどとは到底言い得ない陳腐な性質であったのである。
(2) 甲第20号証の実験報告書について 本件発明の可塑剤の量の数値限定に何ら意義がないことを更に明らかにしているのが甲第20号証の実験報告書である。同実験報告書は、本件特許明細書の実施例に準拠した実験によって、可塑剤の重量部が本件発明において限定された範囲内になくても、本件発明の作用効果を奏することを明らかにしたものである。すなわち、その試験結果は、可塑剤として添加したトリブトキシエチルフォスフェートの量の多寡にかかわらず、いずれの試料においても、良好な低温造膜性、光沢度、耐ヒールマーク性を示しているのである。
被告は、甲20号証における低温造膜実験が「6.8℃」で行われたこと、及び使用されたアクリル系共重合体エマルジョンにつき「ガラス転移点が60℃」に調整されたことを取り上げて、公正な実験ではないと非難するが、造膜試験の温度及び試料の選択は適切であって、非難は当たらない。
(3) 以上のとおり、本件特許は、実際には本件発明に何ら発明の実体がないにもかかわらず、可塑剤の添加量について無意味な数値限定を加えたことによって、
あたかも顕著な作用効果が生ずるかのごとく述べて取得されたものである。
2 相違点についての判断の誤り(その2) 既に述べたとおり、甲第3号証に記載された発明と対比したときの本件発明に特有の構成要件は、可塑剤としてブトキシエチルフォスフェート類を用い、その含有量を12〜24重量部としたことのみに尽きるところ、仮に、本件発明が、可塑剤の固形分に対する重量部が12部を超えると低温造膜性をはじめとする諸特性を満たすという作用効果を有するとしても、可塑剤の添加量は当業者が適宜定めることのできる設計事項にすぎないから、本件発明に進歩性は認められない。
(1) 低温造膜性という性質は、それ自体特別視すべき性質ではなく、この性質に着眼して床用被覆材(床用つや出し剤)の技術的意義を評価するのは誤りである。床用被覆材は、その使用される環境によって、その諸特性のうち強調すべき特性が異なってくるのであって、当業者は、耐久性が強く要求される環境で使用される床用被覆材であれば、他の特性を多少低下させてでも耐久性を高めるような材料成分及び各成分の比率を選択するというように、必要とされる特性に応じて適宜材料とその比率を選択するのである。低温造膜性もそれらの諸特性の1つであり、低温環境下で使用される床用被覆材については、そもそも造膜できなければ床用被覆材として使用できない以上、他の特性への影響を最小限度にとどめて造膜性を高める工夫をすることは、当業者であれば当然のことである。
本件特許出願当時、ポリマーに可塑剤を添加すると最低造膜温度が低下することは周知であった(甲第8、第11ないし第13号証)。また、アクリル樹脂及びウレタン樹脂のエマルジョンにトリブトキシエチルホスフェートを可塑剤として添加することは一般的に行われており、アクリル樹脂及びウレタン樹脂のエマルジョンにトリブトキシエチルホスフェートを可塑剤として添加することにより造膜温度が低下することも知られていた(甲第33ないし第38号証)。さらに、本件特許出願より前に、アクリル及びウレタンの合計を100重量部としたときに可塑剤としてブトキシエチルフォスフェートを12部以上添加した床用被覆材が被告自身により製造販売され周知となっていたのであって(甲第18、第19、第24ないし第32号証)、審決が認定したように8〜9重量部が可塑剤の標準的な添加量であったわけではない。
したがって、可塑剤の添加量を適宜増加させ、固形分100重量部に対し12重量部以上とし、最低造膜温度を低下させることは、本件特許出願時の技術常識に反する発想の転換をしたような類のことではなく、当業者であれば適宜選択し得る設計事項の範囲内で可塑剤の添加量を選択したにすぎない。
現に、前述のとおり、本件特許出願の11年前である昭和54年当時、造膜温度-5℃の規格を満たす床用被覆材(床用つや出し剤)について顧客から需要があり、原告を含む数社がこれを製造していたのであるから、本件発明が前提としている5℃での造膜性が技術的にみて陳腐なものであることは明らかである。被告は、
最低造膜温度-5℃の規格に合格するフロアーポリッシュ(床用つや出し剤)は、
融合剤を多量に添加した特殊な配合の製品と推測され、このような融合剤を多量に添加すると乾燥性が劣るのが当業者の常識であるから、これらはフロアーポリッシュ製品として一般的でないと主張するが、これらの製品は、一般用のものであり、
特殊な環境で使用するために特殊な配合を採用したものではない。
3 相違点についての判断の誤り(その3) 審決は、甲第3号証に甲第8号証を組み合わせても本件発明に容易に想到することはできないとしたが、誤りである。
すなわち、ポリマーは可塑剤の添加によって最低造膜温度が低下することは周知であるから(甲第8、第11ないし第13号証)、可塑剤の増量についての動機付けが与えられることは疑いの余地がない。そして、本件特許出願時にウレタン及びアクリルの重量部の合計100重量部に対して可塑剤を12重量部以上含む床用被覆材が既に販売され周知となっていたのであるから、甲第3号証と甲第8号証とを組み合わせ、必要とされる最低造膜温度に応じて少なくとも12重量部を上回る可塑剤を添加することは、当業者であれば容易に想到し得たというべきである。
被告の反論の要点
審決の認定、判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。
1 「相違点についての判断の誤り(その1)」に対して (1) 甲第6、第7号証について 原告は、審決が甲第6、第7号証の実験報告書の証拠価値を認めなかったことについて、審決はこれらの実験報告書の評価を誤ったものであると主張するが、審決に誤りはない。
本件特許出願当時、可塑剤の添加によってエマルジョンの最低造膜温度が低下することが一般に知られていたことは原告主張のとおりとしても、「これらの効果はポリマーの種類と軟化剤の種類によって大幅に異なる」(甲第8号証430頁3〜12行)のであり、他方、審決の認定のように「床用つや出し剤に可塑剤を加えすぎると強度低下、乾きが遅い等の欠点が生じることはこの分野の技術常識」(審決書9頁)であったから、特定の可塑剤を選択して特定組成のポリマー固形成分との関係における特定配合比によりポリッシュ性能を損なうことなく低温造膜性を向上させることは、容易に想到し得たことではない。
審決も指摘するように、甲第3号証の床用つや出し剤では低温造膜性を向上させるという課題は示されていない。したがって、本件発明の開示に接することなしには、甲3号証の床用つや出し剤においてブトキシエチルフォスフェートの添加量を8重量部から14重量部まで段階的に増加させてその低温造膜性やその他のポリッシュ性能を評価するという甲第6号証や甲第7号証のごとき実験を行う契機そのものが存在しなかったはずである。原告の甲第6、第7号証の実験は、本件発明の示唆によりはじめてなしえた後知恵に基づく実験にすぎない。しかも、両実験は、客観性が担保される程度に実験条件が明らかにされておらず、低温造膜性の評価方法及び評価結果にも疑問があるものであって、信用することができない。
原告は、昭和54年当時既に-5℃での低温造膜性を満たす床用被覆材が製造されていたから、5℃での造膜性などは陳腐な性質にすぎないと主張するが、フロアーポリッシュ工業会が刊行した技術資料(乙第1号証)の「塗布時の室温(床温)が5℃以下では造膜不良によるパウダリングを生ずることがあります。・・・」の記載に見られるように、本件特許出願後の時点においてすら、当業者は5℃の低温造膜性に課題を有していたのであり、本件発明の課題が陳腐であるなどということはできない。
(2) 甲第20号証について 原告は、本件発明の実施例に準拠した実験を行ったとして、その実験結果(甲第20号証)を提出している。しかし、甲第20号証の低温造膜実験は、単に6.8℃で行ったものにすぎないから、本件特許明細書に記載された実施例の実験結果を揺るがすものではない。また、アクリル系エマルションにつき低温造膜性の向上に有利となるガラス転移点60℃の場合しか実験を行っていないから、試料の選択が公正であるとはいえず、本件発明の実施例の追試とはいえない。 2 「相違点についての判断の誤り(その2)」に対して (1) 本件発明は、特許請求の範囲に示される如く、@ガラス転移点60〜80℃のアクリル樹脂系エマルション、Aポリウレタン系エマルション、Bワックスエマルション、C可塑剤としてのブトキシエチルフォスフェート類、D @とAの比率70:30〜30:70、E可塑剤の重量部が@とAの合計重量部100に対して12〜24重量部、という特に限定された上記6要素の組み合わせにより、「光沢、耐ヒールマーク性、耐摩耗性、作業性、低温造膜性及び剥離性等、艶出し剤に必要な諸特性を同時に満足させる」という特有の作用効果を奏することができたのであり、甲第3号証との対比でいえば、とりわけ可塑剤としてブトキシエチルフォスフェート類を特定的に使用し、かつアクリル系樹脂とポリウレタン系樹脂の固形分合計との重量部比を100対12〜24とすることによって、耐ヒールマーク性を犠牲にすることなく低温造膜性を向上させることに成功したものなのである。
これに対し、甲第3号証記載の発明においては、トリブトキシエチルホスフェートは、任意の補助成分たる可塑剤の一例として例示されているにとどまり(同号証14欄最下行)、本件発明の上記作用効果を得るために好適な特定化合物としては全く意識されておらず、その使用量も、つや出し剤全体を100部とした場合に1.5部とするだけで、低温造膜性向上のために好適な配合量としては何ら記載されていないのである。
(2) 本件特許出願当時知られた代表的な床用つや出し剤におけるポリマー固形分100重量部に対する可塑剤の配合量は、審決も認定したとおり、8〜9重量部程度であり(甲第13号証、乙第4号証)、しかも可塑剤を加えすぎると強度低下、乾きが遅い等の欠点が生じることが当分野の技術常識であった。したがって、
ポリマーに可塑剤を添加すると最低造膜温度が低下するという概括的知見が存在していたとはいい得ても、本件発明のごとき特定組成のポリマーに特定可塑剤の特定割合を添加することにより所望の最低造膜温度と諸般のポリッシュ性能とりわけ耐ブラックヒールマーク性を損なわないつや出し剤組成物を得ることは容易に想到し得るものではない。
原告は、本件特許出願当時、床用被覆材において、アクリルとウレタンからなる固形分の重量部100部に対して可塑剤を12重量部以上添加することは既に行われていたと主張し、被告2製品の組成分析結果報告書(甲第18、第19号証)及び被告製品に関する技術標準書(甲第24、第26、第29号証)を提出している。しかし、甲第18、第19号証の分析結果は現実の配合量と大きく解離しているものであって信頼性がないうえ、8〜9部が標準的な配合量であったという審決の認定を揺るがすものでもない。また、甲第24、第26、第29号証の技術標準書は、被告の社内文書であって、かかる文書に記載された配合が周知であったということはできない。そもそも、これら被告製品に関する上記主張は、実質的には本件発明が甲第3号証(及び周知技術)に当時の被告製品を組み合わせることによって容易に想到し得たとの主張に他ならないところ、被告製品に基づく進歩性の欠如は審判において何ら審理対象となっていなかった事項であるから、これを審決取消事由として新たな主張立証を行うことは許されない。
3 「相違点についての判断の誤り(その3)」に対して 「可塑剤の効果はポリマーの種類と軟化剤の種類によって大幅に異なるということも記載しているので、アクリル系とポリウレタン系の樹脂エマルジョン及びワックスエマルジョンを含有する艶出し剤のような特定の艶出し剤の低温造膜性が、ブトキシエチルフォスフェート(可塑剤)によって改善されることが示唆されているとすることはできない」(審決13頁9〜14行)との審決の認定は正当であり、
ポリマーは可塑剤の添加によって最低造膜温度が低下するとの一般的知見が周知であったとしても、該周知事項と甲第8号証の記載を併せ考えても甲第3号証において可塑剤の増加が容易になし得たとすることはできない。この点に関する審決の判断に誤りはない。
原告は、本件特許出願時にウレタン及びアクリルの重量部の合計100重量部に対して可塑剤を12部以上含む床用被覆材が周知であったとも主張するが、そのような床用被覆材が周知であったことはない。
当裁判所の判断
1 「相違点についての判断の誤り(その1)」について 原告は、本件発明は、従来技術でも既に解決済みの課題をその課題とするものであり、可塑剤の含有量を数値限定したことにより従来技術に比して何ら顕著な作用効果を奏していないから、進歩性を欠くと主張するので、まず、この点について検討する。
(1) 甲第2号証によれば、本件特許明細書には、次の各記載があることが認められる。
「【産業上の利用分野】 本発明は、主に床の艶出しに用いられる艶出し剤組成物に関する。」【0001】、「【従来技術】 従来より、水性艶出し剤としては、ワックス、アクリル系重合体を主成分とするエマルションが多用されている。
かかる水性艶出し剤には、@美しい光沢を発現すること、Aブラックヒールマークが付着し難いこと、B耐摩耗性が良いこと、C塗布作業が容易なこと、D容易に剥離できること等の諸特性が要求される。・・・そして、従来よりこのような諸特性をすべて満足させる艶出し剤の出現が切望され、種々の艶出し剤組成物が提案されてきた。」【0002】、「【発明が解決しようとする課題】しかし、上記従来の艶出し剤組成物では、光沢、耐ブラックヒールマーク性、耐摩耗性、作業性、低温造膜性及び剥離性等、艶出し剤に要求される諸特性のうちいくつかを満足させられないでいるのが実情である。・・・本発明は、上記観点に鑑みてなされたものであり、光沢、耐摩耗性、作業性、低温造膜性及び剥離性等、艶出し剤に必要な諸特性を同時に満足させられる水性艶出し剤組成物を提供することを目的とする。」【0003】、「【課題を解決するための手段】本発明者らは、水性艶出し剤成分と皮膜物性の関係について鋭意研究した結果、特定範囲のガラス転移点を有するアクリル系樹脂からなるエマルション(以下、「アクリル系樹脂エマルション」という。)、ポリウレタン系樹脂エマルション及びワックスエマルションを特定範囲の固形分比となるように併用し、かつ特定の可塑剤を所定量添加した組成物が、光沢性、耐ブラックヒールマーク性、耐摩耗性、作業性、低温造膜性及び剥離性を同時に満足させることを見出して本発明を完成するに至ったのである。」【0004】 これらの記載によれば、本件特許明細書は、発明の課題として、光沢性、耐ブラックヒールマーク性、耐摩耗性、作業性、低温造膜性及び剥離性を同時に満足させる水性艶出し剤を得ることを掲げ、特定の種類のエマルションを特定範囲の固形分比となるように併用し、かつ、これに特定の可塑剤の特定量を添加した構成を本件発明の特徴として述べていることが認められる。
なお、本件発明にいう「低温造膜性」がどの程度の温度での造膜性を問題にしているのかは明確でないが、本件特許明細書中には実施例の性能試験に関して「5〜10℃で24時間放置したときの皮膜の状態を観察し評価を行った」(段落【0009】本件特許公報4頁右欄12行)と記載され、これ以外に造膜温度に関する記載がないところから、5〜10℃程度の温度における造膜性と解される。
(2) 甲第3号証によれば、特開昭62-81466号公報(以下「甲第3号証」として引用する。)には、床用つや出し剤の発明が開示され、実施例として、
A.@アクリル系共重合体エマルション、Aポリウレタンエマルション及びBワックスエマルションを固形分として含み、B.@の固形分とAの固形分との重量比が65:35であり、C.可塑剤としてトリブトキシエチルフォスフェートを添加したもの(実施例1、2)が記載されていることが認められる。そして、審決の認定によれば、この実施例のものは、アクリル系共重合体のガラス転移点が約65〜70℃(同号証の記載に基づく計算値)、アクリル系樹脂エマルションとポリウレタン系樹脂エマルションとの固形分合計を100重量部としたときの可塑剤の含有量が8重量部(3頁右下欄及び6頁上欄の記載に基づく計算値)であって、可塑剤の含有量が本件発明の12〜24重量部に対して甲第3号証のものでは8重量部であるという点(本件発明の構成D)においてのみ本件発明と相違し、他の構成(A〜C)は本件発明と共通することが認められる(これら審決で認定された事項については、当事者双方とも認めており、争いがない。)。
そして、甲第3号証の第5表には、実施例についての試験結果が記載されており、その性能評価欄には、実施例のものが、@光沢度、A塗布作業性、B剥離性、
C耐ブラックヒールマーク性及びD耐摩耗性のすべてにおいて良好な性能を有することを示す記載がある。また、同号証の「発明の効果欄」には、「本発明の床用つや出し剤は、特に歩行量の多い床に用いたときに、光沢、塗布作業性、剥離性、耐ブラックヒールマーク性、耐摩耗性のすべての性能においてすぐれ、欠点がない」との記載がある。
(3) 本件発明に特有の効果と主張される「低温造膜性」に関しては、甲第3号証に記載はないが、甲第6号証〔審判甲第4号証〕及び同第7号証〔審判甲第5号証〕の各実験報告書を検討すると、以下のとおり、同号証に開示された床用つや出し剤は、上記@からDの諸特性に加えて、本件発明と遜色のない「低温造膜性」を有していることが認められる。
(甲第6号証) 甲第6号証は、甲第3号証の実施例に従って作製した2種の床用つや出し剤の可塑剤(トリブトキシエチルホスフェート)の含有量だけを8、
10、12、14重量部(以下、可塑剤の含有量は、アクリル系共重合体とポリウレタンとの固形分合計を100重量部としたときの可塑剤の重量部によって表示する。)と変化させたもの(試料8種)につき、光沢度、剥離性及び耐ヒールマーク性を評価した実験報告書と認められるところ、同号証に記載された実験結果によれば、含まれる可塑剤の量が8〜14重量部の範囲では、光沢度、剥離性及び耐ヒールマーク性の性能に変わりがない。
(甲第7号証) 甲第7号証は、甲第3号証の実施例に従って作製した2種の床用つや出し剤の可塑剤(トリブトキシエチルフォスフェート)の含有量だけを8、10、12、14重量部と変えたもの(試料8種)について、造膜性を確認する実験報告書と認められるところ、同号証に記載された実験結果によれば、各試料はいずれも5℃及び10℃で良好な造膜性を示し、可塑剤の量を8〜14重量部の範囲で変化させても造膜性能に変わりがないことが認められる。
(4) 原告は、当審において、甲第3号証の実施例の追試とは別に、本件発明の実施例で可塑剤の含有量を増減させたとき作用効果に差異があるか否かを確認した実験結果報告書を甲第20号証として提出している。同号証の実験は、本件特許明細書の実施例に準拠して作製した床用つや出し剤で可塑剤含有量だけを8、10、
12、16、24、30重量部と変え、可塑剤の多寡によって性能に違いがあるかどうかを評価したものであり、その実験結果によれば、可塑剤の量の多寡にかかわらず、各試料はいずれも良好な低温造膜性、光沢度、及び耐ヒールマーク性を有したことが認められる。
(5) 以上検討したところによると、甲第3号証に記載された床用つや出し剤は、光沢度、剥離性、耐ヒールマーク性等の点で甲第3号証に記載されたとおりに十分な性能を備え(甲第6号証)、かつ、5〜10℃で造膜する「低温造膜性」を有しており(甲第7号証、可塑剤含有量が8重量部の試料の造膜実験結果)、しかも、可塑剤の含有量が本件発明の数値範囲内にあるときとないときとで、低温造膜性を含めた床用つや出し剤の性能に差異がないことが認められる。そして、本件発明の構成A〜Cの配合とした床用つや出し剤において、可塑剤の含有量が本件発明の数値範囲内になくても、本件発明の作用効果とされる5〜10℃での「低温造膜性」が実現されることは、本件明細書に実施例として開示された床用つや出し剤について可塑剤量の多寡による性能の差異があるか否かを確認した甲20号証の実験結果によっても明らかである。
そうすると、本件特許明細書に課題として記載され、本件発明の進歩性を肯定するに当たって審決が前提とした技術課題は、実際には、従来技術でも解決済みの課題であったというべきであり、また、可塑剤の添加量によって作用効果に実質的な差異が生ずると認められないことは前記認定のとおりであるから、本件発明において可塑剤の含有量を特定の範囲に限定したことにも格別の技術的意味は認められない。したがって、これらの点を反対に認定して本件発明の進歩性を肯定した審決は、甲第6、第7号証の各実験報告書の評価を誤った結果、本件発明の進歩性の判断を誤ったものといわざるを得ない。
(6) 被告は、甲第6、第7号証の実験は、本件発明の示唆により初めてなし得た後知恵に基づく実験であるにすぎず、その実験結果は信用することができず、実験自体も本件特許の実施例ではなく甲第3号証の実施例に準拠して行われたものであって、このような実験によっては本件特許明細書に記載された本件発明の作用効果を否定し得ないと主張する。しかし、甲第6、第7号証は、従来技術である甲第3号証の床用つや出し剤において本件発明に特有の作用効果として記載された「低温造膜性」を含む諸特性が既に実現されていたか否かを確認するための実験であり、実験の目的が上記のようなものである以上、甲第3号証の実施例に依拠した作成した試料について低温造膜性等の試験をすることは、実験方法として適切なものというべきである。また、実験条件及び諸特性の評価方法についても不適切な点は認められない。この点に関する被告の主張は採用することができない。
また、被告は、甲第20号証の実験は、低温造膜性の作用効果を奏するための最も厳重な条件を選択して行われていないから、本件発明の進歩性を否定するための追試になっていないと主張する。しかし、試料のアクリル系樹脂のガラス転移点を60℃に調整したこと及び低温造膜試験における温度条件(6.8℃)は、本件特許明細書の開示の範囲内で任意の条件を選択しているものであって、いずれも適切なものと認められ、造膜性及びその他の性能の評価基準にも不合理な点はないと認められる。したがって、上記実験に関する被告の主張は採用することができない。
さらに、被告は、乙第1号証の「塗布時の室温(床温)が5℃以下では造膜不良によるパウダリングを生ずることがあります。」との記載を例に引いて、本件特許出願後の時点においてすら、当業者は5℃以下での低温造膜性に課題を有していたのであり、本件発明の課題が陳腐であるとはいえないと主張する。しかし、上記記載は、床用つや出し剤の種類によっては5℃での造膜性に問題があるものがあったことを窺わせるにすぎず、5℃での低温造膜性を有する床用つや出し剤が存在しなかったことを裏付けるものではないから、技術課題の陳腐性についての前記判断を左右するものではない。
(7) 以上のとおりであるから、原告の「相違点についての判断(その1)」の主張は理由がある。
3 「相違点についての判断の誤り(その2)」について 原告は、仮に本件発明が、可塑剤の含有量が12重量部を越えると低温造膜性を初めとする諸特性を全て満たすという作用効果を奏するとしても、可塑剤の添加量は当業者が適宜定め得る設計事項にすぎないから、本件発明に進歩性は認められないと主張するので、検討する。
(1) 甲第3号証の発明と対比した本件発明に特有の構成は、可塑剤として使用されるブトキシエチルフォスフェート類の含有量が、「アクリル系樹脂エマルションとポリウレタン系樹脂エマルションとの固形分合計を100重量部としたとき、
12〜24重量部であること」のみに存し、他の点では甲第3号証のものと共通であることに争いはない。
(2) そこで、甲第3号証のものにおける可塑剤の含有量を12〜24重量部の範囲とすることが当業者に想到容易であったか否かを検討すると、以下のとおりである。
ア 甲第8号証、第11号証、第12号証〔審判甲第6号証、第9号証、第10号証〕によれば、エマルジョン・ラテックスに関する一般的な技術文献に次の記載があることが認められる。
@「エマルジョン・ラテックス ハンドブック」(甲第8号証、株式会社大成社昭和50年発行):「軟化剤も可塑剤もラテックス・エマルジョンに用いる場合は特に定義するほどの意味をもってはいない。ここでは同義語として扱うことにする。ラテックスにおける軟化剤の役割は、加工性の面においては、室温以上に二次転移点を有するポリマーのそれを、室温以下に低下させて造膜性を改良したり・・・ぜい化温度を引き下げて耐寒性を改良するなどである。」(430頁) A「合成樹脂エマルジョンの物性と応用」(甲第11号証、株式会社高分子刊行会1978年発行):「エマルジョン粒子を構成するポリマーには、ガラス状から、軟化し始める境界の温度としてガラス転移温度(Tg)がある。・・・ポリマーのTgは溶剤や可塑剤が混入されると低下する。・・・MFT(判決注、最低造膜温度)は通常粒子をTgより10〜20℃前後以下のところになることが多い。」(66〜67頁) B「高分子ラテックスの化学」(甲第12号証、株式会社高分子刊行会昭和62年第11刷発行):303頁に8.21図として可塑剤の添加量と最低造膜温度との関係を示すグラフが記載されており、可塑剤の添加量を増やすと最低造膜温度が低下することが示されている。
これらの文献の記載に照らすと、ポリマーに可塑剤を添加することによって最低造膜温度が低下することは、当業者に周知の技術常識であったことが認められる。
イ アクリル樹脂及びウレタン樹脂のエマルジョンに添加する可塑剤に関しては、次の事実が認められる。
@ 甲第33号証によれば、特公昭47ー14019号公報には、アクリル重合体からなる床光沢性組成物に関して、「水性分散体は、必須成分として、可塑剤又は重合体融和剤を含有し、重合体分散体からの膜の生成温度を低くすることができる。」(11欄13〜15行)、「低レベルにおいて適当な、実質上永久可塑剤の例には、・・・トリブトキシエチルホスフェート及びトリブチルホスフェートである。特定の可塑剤及びその使用量は、膜形成温度の低下及び光沢透明性における、適合性及び効率に関する要求に従って選ばれる。」(12欄8行〜26行)との記載があり、これによれば、本件特許出願より前に、アクリル樹脂にトリブトキシエチルホスフェートを添加して膜形成温度を低下させることができることが知られていたと認められる。
A 甲第34号証によれば、特開昭62-185769号公報には、「ウレタン-アクリル樹脂水分散液又は乳濁液を含有して成る艶出し剤組成物」(特許請求の範囲)が記載され、「可塑剤は、・・・トリブトキシエチルホスフェート・・・等がある。」(2頁右下欄14〜16行)との記載があり、これによると、本件特許出願より前に、ウレタン樹脂及びアクリル樹脂からなるエマルジョンにトリブトキシエチルホスフェートを可塑剤として添加し得ることが知られていたと認められる。
B 甲第35号証によれば、特公昭64-11236号公報には、ウレタン系樹脂を成分とする剥離可能な水性ウレタン樹脂被覆剤組成物の発明について、
「最低被膜形成温度が常温以上の水性ポリウレタン樹脂を用いた場合には、常温での被膜形成を可能にするために、融合剤及び可塑剤等を使用することが望ましい。
融合剤、可塑剤としては、例えば・・・トリブトキシエチルホスフェートなどを挙げることができる。」(7欄23行〜34行)と記載されていることが認められ、
また、特開昭62-205168号公報(甲第36号証)及び特開昭62-230863号公報(甲第37号証)にもポリウレタン樹脂を含有するエマルジョンの可塑剤に関して、甲第35号証と実質上同旨の記載があり、これらによれば、本件特許出願より前に、ウレタン樹脂を含有するエマルジョンにトリブトキシエチルホスフェートを可塑剤として添加することにより最低造膜温度を低下させることが知られていたと認められる。
ウ 前記イによれば、アクリル系樹脂、ポリウレタン樹脂の一方又は双方からなるエマルジョンに、可塑剤としてブトキシエチルフォスフェート類を使用し得ることは、本件特許出願前から一般に知られていたことと認められ、このことと、
可塑剤の添加によりポリマーの最低造膜温度が低下することが当業者の常識に属する事項であり、ブトキシエチルフォスフェート類の添加による最低造膜温度の低下についても知られていたこと(前記ア及びイ)を併せ考えると、アクリル系樹脂及びポリウレタン系樹脂を含有するエマルジョンについて、所望の最低造膜温度を得るために、可塑剤であるブトキシエチルフォスフェート類の添加量を、床用つや出し剤に要求される他の諸性能との兼ね合いにおいて適宜調節し、必要に応じて可塑剤の量を増やすことは、常識に反する発想の転換という類のことではなく、当業者が当然に試みる程度のことであると認められる。
(3) 以上に認定したところを総合すると、従来例(甲第3号証)の床用つや出し剤について、可塑剤であるブトキシエチルフォスフェートの含有量を増やして、
12〜24重量部とすることは、当業者であれば適宜選択し得る設計事項の範囲内で可塑剤の添加量を添加したにすぎず、格別の困難なくなし得たことというべきである。そして、可塑剤の量を12〜24重量部としたことによる格別の作用効果を認めることができないことは、前記2で認定したとおりである。
(4) 被告は、ポリマーに可塑剤を添加する最低造膜温度が低下するという概括的知見が存在しても、可塑剤を加えすぎると強度低下、乾きが遅い等の欠点が生じるため可塑剤の添加量は8〜9重量部というのが当業者の常識であり、特定組成のポリマーに特定可塑剤の特定割合を添加することにより所望の最低造膜温度と諸般の特性、とりわけ耐ブラックヒールマーク性を損なわないつや出し剤組成物を得ることは容易に想到し得ることではないと主張する。しかし、可塑剤の添加量として8〜9重量部が標準的であることを認めるに足りる証拠はなく、かえって、被告製品を分析した株式会社東レリサーチセンターの平成2年8月29日付け及び同年9月12日付けの各分析結果報告書(甲第18、第19号証)及び「技術標準書」と題する被告の社内文書(甲第24、第26、第28号証)及びこれらの文書の記載に基づき製品中の可塑剤含有量を計算した報告書と認められる甲第29号証によれば、本件特許出願前に、被告自身がアクリル及びウレタンの合計を100重量部としたときに可塑剤としてブトキシエチルフォスフェートを12重量部以上添加した床用つや出し剤を販売していた事実が窺われる。また、可塑剤を加えすぎると強度低下、乾きが遅い等の欠点が生じることが知られていたとしても、このことが当業者において可塑剤の添加量を8〜9重量部から増やして12部以上とすることを試みることの妨げとなるとなる事情とまでは認められない。したがって、被告の主張は採用することができない。
なお、前記甲第18、第19、第24、第26及び第28号証は、原告が審判手続当時から、甲第3号証及び甲第8号証、第11号証、第12号証等に基づいてしている本件発明の進歩性欠如の主張を補完するために、本件特許出願当時の技術水準を明らかにする証拠として提出されているものであって、前記甲第18号証等自体に基づいて新たな進歩性欠如の主張をするものではないから、これらの証拠に基づく主張立証が許されないとの被告の主張は、当を得ないものである。
(5) 以上のとおりであるから、原告主張の相違点についての判断の誤り(その2)は、理由がある。
5 結論 原告が相違点についての判断の誤り(その1)及び(その2)として主張する点は、いずれも理由があるから、その余の点について判断するまでもなく、本件発明は当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないとした審決は、本件発明の進歩性の判断を誤ったものというべきである。
よって、原告の請求は理由があるから、審決を取り消すこととし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 古城春実
裁判官 橋本英史