運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 審判1997-2240
関連ワード 加工方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  相違点の判断 /  課題の共通性 /  上位概念 /  技術常識 /  優先権 /  技術的意義 /  発明の要旨認定 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 13年 (行ケ) 30号 審決取消請求事件
原告 インターナショナル・ビジネス・マシーンズ・コーポレーション
訴訟代理人弁護士 齊藤文彦、弁理士 坂口博、市位嘉宏、渡部弘道、灘口明彦
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 相馬多美子、内藤二郎、小林信雄、茂木静代
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/11/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が平成9年審判第2240号事件について平成12年8月22日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 原告は、1992年11月10日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、平成5年9月3日「サスペンジョン装置及びデータ貯蔵システム」なる発明(本願発明)について特許出願(平成5年特許願第220216号)をしたが、平成8年11月20日拒絶査定があったので、平成9年2月7日審判を請求したところ(平成9年審判第2240号)、平成12年8月22日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年9月27日原告に送達された(出訴期間90日付加)。
2 本願発明の要旨(請求項1に記載された発明(本願発明1)の要旨) 支持部材と、ロード部材と、前記ロード部材を前記支持部材につなぐためのサスペンジョン部材とを具備し、前記サスペンジョン部材はその第1表面の屈曲すべき箇所に溝が形成されており、前記溝は、前記サスペンジョン部材を長手方向に通過して且つ前記第1表面内のみに延びており、前記溝の周囲のサスペンジョン部材の厚みより小さい底面厚みを有していることを特徴とするサスペンジョン装置。 3 審決の理由の要点 原査定の拒絶の理由において引用された特開平2-18770号公報(引用例)には、「磁気ディスクの半径方向に移動する磁気ヘッドを搭載した磁気ヘッドスライダ、その長手方向が上記磁気ディスクの周方向に配置され上記磁気ヘッドスライダを上記磁気ディスク側に加圧するロードビーム、上記磁気ヘッドスライダに固定される第1固定部と上記ロードビームに固定される第2固定部を有し、上記ロードビームに接触するピボットを支点として上記磁気ヘッドスライダを上記磁気ディスクの半径方向周りにローリング及びピッチング運動可能に支持するジンバルばねを備えたヘッド支持装置において、上記ジンバルばねにおける上記磁気ディスクの半径方向の幅を広くすると共に第1固定部と第2固定部の間のばね部にスリットを設けたことを特徴とするヘッド支持装置。」(「特許請求の範囲」の欄及び第1図)が、
記載されている。
そこで、本願発明1と引用例に記載された発明とを対比すると、後者の「磁気ヘッドスライダ」、「ロードビーム」、「ジンバルばね」、「第1固定部と第2固定部の間のばね部」及び「ヘッド支持装置」は、それぞれ前者の「支持部材」、「ロード部材」、「サスペンジョン部材」、「屈曲すべき箇所」及び「サスペンジョン装置」に相当するので、両者は「支持部材と、ロード部材と、前記ロード部材を前記支持部材につなぐためのサスペンジョン部材とを具備し、前記サスペンジョン部材はその所定表面の屈曲すべき箇所に可撓性調整手段が形成されており、前記可撓性調整手段は、前記サスペンジョン部材を長手方向に通過して且つ前記所定表面内に延びており、前記可撓性調整手段が所定底面厚みを有していることを特徴とするサスペンジョン装置。」である点で共通し、次の点で相違する。
すなわち、A:可撓性調整手段が、前者では、溝であるのに対して、後者では、
スリットである点。B:所定表面が、前者では、第1表面のみであるのに対して、
後者では、第1表面及びその反対表面である点。及びC:可撓性調整手段の所定底面厚みが、前者では、その周囲のサスペンジョン部材の厚みより小さい厚みであるのに対して、後者では、0である点。
よって、上記相違点A〜Cについて検討する。
Aについて:可撓性調整手段としてスリット(長孔)が知られている以上、当業者であれば単にその片側面孔が閉塞されて底面をなしているスリットすなわち溝がスリットと同様機能を奏し得ることは、容易に想到し得るところであるから、後者のスリットを溝に代えて前者の構成とすることに格別の困難性は認められない。
B、Cについて:溝とスリットの相違に基づく構成上の当然の相違にすぎないものである。溝とスリットの相違に対する判断は上述のとおりである。
以上のとおり、上記相違点はいずれも格別のものということができないから、本願発明1は、引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであると認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(一致点の認定の誤り) 審決は、「前記可撓性調整手段が所定底面厚みを有していること」を一致点と認定するが、誤りである。
(1) 本件は、「底が有る」(本願発明1の溝)と「底が無い」(引用例のスリット)との比較であって、「厚みが厚い」と「厚みが薄い」との比較ではないから、
「前記可撓性調整手段が所定底面厚みを有していること」は一致点ではない。審決の論法は、「溝」と「スリット」とを底面厚みを有する「凹み」という上位概念でいったん括った後その厚みを比較するもので、無理がある。
(2) 被告は、本願発明1の「溝」と引用例の「スリット」は、いずれも弾性部材の可撓性を調整するものであり、形状も凹みで共通し、本願発明1の凹みは周囲より厚みの小さい底面厚みを有する溝であり、引用例の凹みは0の底面厚みを有するスリットである点で相違すると主張するが、前記のとおり、引用例の「スリット」は底面厚みを有する凹みではないので底面厚みが0であるということはできない。
2 取消事由2(相違点の看過) 審決がした本件発明1と引用例記載の発明との間の相違点の認定は誤りである。
(1) 引用例記載の発明は、「ジンバルばねの位置決め方向の曲げ剛性を高める」(3頁左上欄4行〜10行)ために「磁気ディスクの半径方向の幅を広くする」(1頁左下欄16行〜19行)もので、材料を積極的に増やして剛性を高めるものである。
そして、「ピッチング及びローリング運動の柔軟性が損なわないようにこのばね部にスリット(8)を設け、ねじり剛性を小さくした。」(3頁右下欄2行〜4行)によれば、「半径方向の幅を広くする」ことにより材料が増えねじり剛性が大きくなるので、仕方なくスリットを設けることによって柔軟性を損なわないようにしたものである。
したがって、引用例記載の発明は、「半径方向の幅を広くする」と「スリット」が一体となった「ジンバルばねにおける磁気ディスクの半径方向の幅を広くすると共に設けられたスリット」という構成が採用されて初めて課題が解決されるものである。
これに対して、本願発明1は、「水平方向の屈曲を防止するに十分な剛性を維持する」(本願明細書【0006】)もので、材料を増やすことなく幅を維持するものである。本願発明1が「半径方向の幅を広くすると共に」を備えていないのはこの理由による。
(2) 以上、引用例記載の発明は、水平方向の幅を広くしない限りは水平方向の剛性を維持できないのに対して、本願発明1は水平方向の幅を広くしなくても剛性を維持できる。両者には、「剛性を高める」と「剛性を維持する」という課題の相違がある。
したがって、引用例記載の発明が「半径方向の幅を広くすると共に」をその構成の一部とするのに対して本願発明1にはこの構成がないという点も相違点(相違点D)であり、審決は、この相違点を看過しており、誤りである。
(3) 被告は、「スライダが取り付けられる弾性部材を、ピッチング及びローリングをするのを可能にし、水平方向の屈曲を防止する」点で本願発明1と引用例記載の発明とは課題が共通すると主張するが、スライダがピッチング及びローリング運動をすることは常識であるから、課題の共通性を議論する上で同運動は本質的ではない。
3 取消事由3(相違点の判断の誤り) (1) 相違点A、B及びCについて 審決がした相違点に関する判断は誤りである。
(1)-1 厚みの下限の観点 (1)-1-1 本願発明1の「溝」は、底面厚みの有る「溝又は凹所」であり(【0017】、図6、図7)、サスペンジョン部材の材料(薄い金属シート)を正確に加工できる厚みの限界(下限値)に配慮した構成であるから(【0005】、【0013】)、審決が説示するように「単にその片側面孔が閉塞されて底面をなしているスリットすなわち溝」のような一般的な「溝」ではない。
したがって、本願発明1は「スリット」を「単にその片側面孔が閉塞されて底面をなしているスリット」に代えるものではなく、「スリット」を「溝」に代えることに格別の困難性は認められないとした審決の認定は、「溝」の技術的意義を正しく解釈したのではなく誤りである。
(1)-1-2 被告は、乙第1号証(「マグローヒル 科学技術用語大辞典 第2版」昭和60年日刊工業新聞社発行)によれば、「スリット」は「溝穴」「溝」「細長い穴」であり、「スリット」と「溝」とは同一の技術用語の範疇にあるから、「スリット」を「溝」に代えることは容易であると主張する。
しかし、乙第1号証には「スリット slit [設計]溝穴、溝、細長い穴」と記載されており、「設計工学」の分野でのみ同一技術用語の範疇にあるのにすぎず、
「設計工学」とは異なる本願発明1の分野において同一技術用語の範疇にあるとはいえない。甲第7号証、甲第8号証、甲第9号証及び甲第10号証をみても、「スリット」と「溝」とが同一技術用語の範疇に含まれるとか、「スリット」に「溝」の意味が含まれる趣旨の記載はない。
乙第1号証を根拠に「スリット」を「溝」に代えることが容易であるということはできない。
(1)-2 剛性のバランスの観点 (1)-2-1 本願発明1の「溝」は深さ及び幅を有するから、それらにより垂直方向の剛性と水平方向の剛性とのバランスを図ることができる。溝の深さa*T及び溝の幅b*Wというパラメータa、b(0 これに対し、引用例の「スリット」は貫通孔であり剛性のバランスを図る機能はない。また、IYYも1よりも大きくしたものである。
審決は、本願発明1のパラメータ及び評価指標を無視し、「溝」の技術的意義を正しく解釈したものではなく、誤りである。
(1)-2-2 被告は、一般的に、厚みが厚いと可撓性が小さく、厚みが薄いと可撓性が増すことは技術常識であると主張するが、この主張は、水平方向の剛性とは分離して垂直方向の剛性についてのみのものにすぎず、両方向の剛性のバランスについてのものではないから、本件の対比において適用することはできない。
(1)-3 加工方法の観点 (1)-3-1 引用例記載の加工方法は、「また、第8図に示すように、磁気ヘッドスライダ(1)との第1固定部(5)がプレスにより押し出される。」(2頁右下欄14行〜16行)や、「第1固定部(5)がプレスにより押し出されるのを防ぎ、」(4頁左上欄3行〜4行)との記載によれば、「プレス加工」である。
本願発明1の加工方法は、「片側だけが溝部200のパターンで露光される。…片面の溝は材料の厚みの約半分の深さに食刻される。」(【0017】)との記載によれば、「エッチング加工」である。
(1)-3-2 「プレス加工」は「スリット」のような貫通孔で済ませる方法であるのに対し、「エッチング加工」はフォトリソグラフによるもので露光や深さ調節(時間調節など)など手間を要する方法である。「プレス加工」からわざわざ手間を要する「エッチング加工」を採用するという発想が生まれることはなく、「スリット」を「溝」に代える動機付けはない。
(2) 相違点Dについて 取消事由2で主張したように、引用例記載の発明が「半径方向の幅を広くすると共に」をその構成の一部とするのに対して本願発明1にはこの構成がないという相違点(相違点D)があるのに、審決はこの点の検討をしておらず、進歩性の判断に誤りがある。
審決取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)に対して 本願発明1の「溝」と引用例の「スリット」は、いずれも弾性部材の可撓性を調整するものであり、形状も凹みで共通する。本願発明1の凹みは、周囲より厚みの小さい底面厚みを有する溝であるのに対して、引用例の凹みは、0の底面厚みを有するスリットである点で相違する。審決に誤りはない。
2 取消事由2(相違点の看過)に対して (1) 本願発明1と引用例記載の発明は、「スライダの取り付けられる垂直方向に屈曲可能な弾性部材を、ピッチングおよびローリングするのを可能にし、水平方向の屈曲を防止する」点で課題が共通し、課題が異なるとはいえない。
(2) 発明の要旨認定は、特段の事情がない限り、特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであるところ、本願発明1において、サスペンジョン部材の幅につき特許請求の範囲には記載がないから、サスペンジョン部材の幅を本願発明1の構成として認定することはできない。
引用例の「半径方向の幅を広くすると共に」の記載を根拠に、本願発明1には「半径方向の幅を広くすると共に」の構成がないと認定すること(相違点Dを認定すること)は、本願発明1のサスペンジョン部材の幅について意味づけするもので、特許請求の範囲の記載に基づかずに本願発明1を認定して引用例記載の発明と対比することとなり、許されない。
半径方向の幅は、本願発明1の構成とは無関係の事項であるから、引用例記載の発明の「半径方向の幅を広くすると共に」は相違点であるとの原告の主張は理由がない。
3 取消事由3(相違点の判断の誤り)に対して (1) 相違点A、B及びCについて (1)-1 厚みの下限の観点 (1)-1-1 サスペンジョン部材の厚さや厚みの下限値は、特許請求の範囲に記載されていない。また、本願明細書及び図面には、溝以外の他の形状は記載されおらず、本願発明1が溝以外のものを含むとはいえない。
上のとおり、本願発明1は、原告が主張するような「溝」の寸法に係る構成を備えるものではない。審決は、特許請求の範囲に記載されたとおりに「溝」を認定したものである。
(1)-1-2 乙第1号証(「マグローヒル 科学技術用語大辞典 第2版」昭和60年日刊工業新聞社発行)には、「スリット」について、「溝穴」「溝」「細長い穴」が説明として記載されており、溝とスリットは用語として同一の技術用語の範疇にあることが示されており、引用例の「スリット」と本願発明1の「溝」とは可撓性調整手段として機能上近似している以上、スリットを溝に代えることは容易である。
(1)-2 剛性のバランスの観点 (1)-2-1 本願発明1の「溝」と引用例の「スリット」は、弾性部材を垂直方向及び水平方向に屈曲を容易にする可撓性調整手段として相違するところはない。
そして、一般的に、弾性部材の可撓性は厚みに関係し、厚みが厚いと可撓性が小さく、厚みが薄いと可撓性が増すことは技術常識であるから、弾性部材に設けた凹みにおいても、凹みの底の有無により可撓性の調整が可能であることは明らかである。引用例の「スリット」を底に厚みのある凹み、すなわち「溝」に代えることは容易である。
(1)-2-2 原告は、審決はパラメータ及び評価指標を無視していると主張するが、パラメータは特許請求の範囲に記載されていないから、原告の主張は特許請求の範囲の記載に基づかないもので、失当である。
(1)-3 加工方法の観点 特許請求の範囲には、「溝」と記載されているだけであり、「溝がエッチング加工により形成される」など加工方法に関する事項は記載されていない。原告の主張は特許請求の範囲の記載に基づかない主張である。
(2) 相違点Dについて 前記のとおり、原告の主張する相違点Dが相違点ではないから、相違点Dに関する原告の主張は前提において誤りである。
当裁判所の判断
1 取消事由1について (1) 甲第3、第4号証によれば、本願明細書及び図面(別紙本願発明図面参照)に以下の記載があることが認められる。
@「本発明の目的は、小型のヘッドおよびスライダに対して垂直方向に所望の可撓性を与え同時に水平方向の屈曲を防止するに十分な剛性を維持するサスペンジョン装置を提供する」(【0006】) A「本発明によれば、サスペンジョン部材は撓み部とロード・ビームの二つの部分で構成され、撓み部は…ロード・ビームに取り付けられる。…撓み部はジンバル部を支持する可撓部を有する。…スライダがジンバル部に取り付けられる。撓み部は中心で食刻された溝を有する2つの脚部材より成る。食刻された溝は撓み部が垂直方向に屈曲するのを可能にし、かつジンバル部が適切にピッチングおよびローリングするのを可能にする。同時に、撓み部は水平方向の屈曲に逆らう。」(【0007】、図3、図4) B「スライダ106とタブ144はディンプル150とロード支持部材152の間の接触点の回りで回動することによりジンバル運動する。これによりスライダ106はピッチング(横方向軸108の回りの回転)及びローリング(長手方向軸の回りの回転)をすることが出来る。この運動を達成するためには、脚部140は垂直方向に屈曲できることが必要である。」(【0016】、図3、図4) C「図6は撓み部104の上面図である。脚部140の各々は脚部140の中央部分に沿って長手方向に走っている溝又は凹所200を有する。」(【0017】、図6) D「脚部140はスライダ106がジンバル運動(ピッチングおよびローリング)出来るように垂直方向(軸XXの回りの回転)の屈曲を可能にするに十分な可撓性を持たなければならない。同時に、脚部140は水平方向(軸YYの回りの回転)の屈曲に抗するに十分なように剛性でなければならない。」(【0020】) E「良好な実施例では、溝幅b*Wは脚部140の幅Wの20-80%(理想的には50%)の範囲にあるべきであり、溝深さa*Tは脚部140の厚みTの40-85%(理想的60%)の範囲にあるべきである。」(【0021】) 上記記載によれば、本願発明1は、脚部140は「スライダ106がジンバル運動(ピッチングおよびローリング)出来るように垂直方向(軸XXの回りの回転)の屈曲を可能にするに十分な可撓性を持たなければならない」ものであり、脚部140に形成した溝200の幅及び深さによりその可撓性が調整されること、「溝深さa*Tは脚部140の厚みTの40-85%(理想的60%)の範囲にあるべきである。」の記載からみて溝200は「底面厚み」を有することが明らかである。
(2) 甲第2号証によれば、引用例に以下の記載があることが認められる。。
@「上記ジンバルばねにおける上記磁気ディスクの半径方向の幅を広くすると共に第1固定部と第2固定部の間のばね部にスリットを設けた」(特許請求の範囲の欄及び第1図。別紙引用例図面参照) A「磁気ヘッドスライダ(1)が例えば矢印Bの内周側に高速移動する場合はジンバルばね(2)にX方向に力が加わるため、ジンバルばね(2)が変形してしまう。第6図はジンバルばね(2)の変形の一例を示す」(2頁左下欄13行〜17行) B「このスリット(8)は、ジンバルばね(2)の幅を広くすることによるねじ剛性(注:ねじり剛性)の増加を低下させるためのものであり、ねじり力が従来と変わらない程度になるように設けられている。」(3頁左下欄10行〜14行) C「ジンバルばね(2)は、磁気ヘッドスライダ(1)のX、Y軸周りにピッチング及びローリング運動を妨げることなく、位置決め方向の曲げ剛性を高くするために、
第1図に示すようにピッチング及びローリング運動を支えるばね部X方向のばね幅を広げ、X方向の曲げ断面2次モーメントを大きくしている。さらに、ピッチング及びローリング運動の柔軟性が損なわないようにばね部にスリット(8)を設け、ねじり剛性を小さくした。」(3頁左下欄15行〜右下欄4行) 上記記載によれば、引用例は、ばね部にスリット(8)を設けることにより「スライダ(1)のピッチング及びローリング運動の柔軟性が損なわないようにねじり剛性を小さくした。」ものであり、スリット(8)の幅によりそのねじり剛性が調整されること、一般にスリットは貫通した形状であり「底面厚み」を有しないことが明らかである。
(3) 以上、本願発明1の脚部140及び引用例のばね部は、それぞれ、「垂直方向に所望の可撓性を与える」及び「ねじり剛性を小さくする」もので、可撓性を調整していることは明らかであるから、請求項1に「可撓性調整手段」との表現は見えなくとも、両者が「前記サスペンジョン部材はその所定表面の屈曲すべき箇所に可撓性調整手段が形成されており、」の点で一致する。
しかし、引用例の「スリット」は貫通した形状であり底面厚みを有する構造ではないから、審決が「前記可撓性調整手段が所定底面厚みを有していること」を一致点とした点に誤りがあるかのようである。
(4) しかし、審決は、一致点の認定において、引用例における底面のない「スリット」をひとまず「所定底面厚みを有する」と認定した上で、相違点の認定において、再び、底面のないことを意味する「可撓性調整手段の所定底面厚みが…0である」と認定しており、底面のないことを本願発明1との相違点として実質的に指摘し、この「可撓性調整手段の所定底面厚みが…0である」との相違点に関する検討もしているのであって、審決の認定判断の全体をみてみると、上記(3)の点をもって審決に誤りがあるということはできない。
2 取消事由2について (1) 本願発明1の特許請求の範囲に、サスペンジョン部材における磁気ディスクの半径方向の幅についての記載はない。審決は、半径方向の幅については特許請求の範囲に記載がないことからその事項について対比判断をしなかったまでであり、
そこに誤りがあるとすることはできない。
(2) 原告は、引用例記載の発明では、「ジンバルばねにおける磁気ディスクの半径方向の幅を広くする」ことと、「スリット」は一体の構成であるから「半径方向の幅を広くする」は相違点であると主張する。
本願発明1は、「スライダに対して垂直方向に所望の可撓性を与え同時に水平方向の屈曲を防止するに十分な剛性を維持する」(【0006】)ものである。
引用例記載の発明は、ジンバルばねの変形(2頁左下欄15、16行)を解消するために半径方向の幅を広くすることにより位置決め方向の曲げ剛性を高くするものであるから、広くした後はばねが変形しない十分な曲げ剛性を有する幅であることは明らかである。すなわち、引用例の第1図及び第2図に示されたスリットが設けられたばね部の幅は、ばねが変形しない十分な剛性を有する幅である。そして、引用例記載の発明は、この十分な曲げ剛性を有する幅において柔軟性を損なわないようにスリットを設けるものであるところ、スリットを設けることにより上記曲げ剛性が低下することは当然に予想されることであるから(引用例記載の発明は、幅を広くすることによりばね部の材料を増加させた結果曲げ剛性が高くなるとの考えに立つのである以上、ばね部の材料を減少させるスリットが曲げ剛性を低下させることは当然である。)、引用例記載の発明は、十分な曲げ剛性を維持しつつスリットを設けるものであるということができる。
本願発明1の請求項に記載のない「半径方向の幅」につき対比判断をする必要がないことは前記のとおりであるが、仮に、同幅の対比判断をするとしても、前記のとおり、本願発明1の脚部140の幅は「水平方向の屈曲を防止するに十分な剛性を維持する」幅であり、引用例(第1図及び第2図)のばね部の幅も、「ばねが変形しない十分な剛性を維持する」幅であると認められるから、両者の幅は「屈曲(変形)を防止する」という意義において異なるものではない。また、引用例記載の発明の「半径方向の幅を広くする」という十分な剛性を有する幅に至るまでの過程は、「屈曲(変形)を防止する」という意義を左右するものではない。
以上のとおりであり、「ジンバルばねにおける磁気ディスクの半径方向の幅を広くする」ことは実質上相違点ということはできず、これに反する原告の主張は理由がない。
3 取消事由3について (1) 相違点A、B及びCについて (1)-1 引用例記載の発明が、ジンバルばねの変形を解消するために半径方向の幅を広くすることにより位置決め方向の曲げ剛性を高くした上で、スリットを設けることにより高くした曲げ剛性を維持しつつねじり剛性を低下させて柔軟性を損なわないようにしたものであることは、前記のとおりである。すなわち、ばね部の幅方向の材料を増加して水平方向(位置決め方向)の剛性(曲げ剛性)を高くした上で、スリットにより幅方向の材料を除去して垂直方向の剛性(ねじり剛性)を低くしたものであり、結局のところ、幅方向の材料を除去することにより水平方向及び垂直方向の可撓性を調整することが開示されているということができる。
また、甲第2号証によれば、引用例には、「なお、このスリットは、第1図のように両側に1本づつのスリットでも良いし、第2図のように、ばね部をくりぬいたような形でもよい。また、他の形状でもよい。」(3頁右下欄8行〜12行)との記載のあることが認められ、スリットの形状として、矩形(第1図)に限らず第2図を含め任意の形状を採り得ることが開示されているものと認められる。
甲第7号証によれば、「広辞苑 第二版補訂版」(昭和53年岩波書店発行)の「溝」の説明として、「細長く凹んだところ」と記載されていることが認められ、
これによれば、溝は部材の細長い形状部分のみその厚み方向に材料を一部除去して厚みを薄くした構造を指称するということができる。また、「一般的に、弾性部材の可撓性は厚みに関係し、厚みが厚いと可撓性が小さく、厚みが薄いと可撓性が増すことは技術常識であること」については、当事者双方とも当然の前提とするところであり、この技術常識によれば、部材の厚みが薄いと可撓性が増すことから、部材の一部(細長い形状部分)のみ厚みが薄い構造である上記溝も当然にその可撓性が増すことは明らかである。そして、その厚みを調整すること(除去する材料の量を調整すること)により可撓性を調整することができることは明らかである。
そうすると、引用例記載の発明において、開示された「幅方向の材料を除去することにより可撓性を調整する」こと及び「また、他の形状でもよい」ことを動機として、その厚み方向に材料を全部除去して可撓性を調整するスリットに代え、その厚み方向に材料を一部除去して可撓性を調整するところの溝を採用することは、当業者が容易になし得ることと認められる。これと同旨の審決の認定に誤りはない。
(1)-2 原告は、弾性部材の可撓性と厚みとの関係(技術常識)は垂直方向についてだけ成り立つものの、水平及び垂直方向の剛性のバランスに関するものではなく、審決は、溝のパラメータ(幅と深さ)と剛性のバランスという溝の技術的意義を正しく解釈していないと主張する。
前記のとおり、引用例には、「なお、このスリットは、第1図のように両側に1本づつのスリットでも良いし、第2図のように、ばね部をくりぬいたような形でもよい。また、他の形状でもよい。」(3頁右下欄8行〜12行)との記載のあることが認められ、スリットの形状として、矩形(第1図)に限らず第2図を含め任意の形状を採り得ることが開示されている。加えて、「ばね部をくりぬいたような形」との記載及び第2図によれば、その形状は、ばね部にその大部分をくりぬいた形の矩形スリットを形成しこの矩形スリットの対角方向に材料を残置した形状であることが認められる。この対角方向の材料は、矩形状スリットによる水平方向及び垂直方向の剛性の低下を補償するものである。そうすると、引用例には、スリットにより可撓性を調整することに加え、スリットを形成した上でその内部に残置する材料によっても水平方向及び垂直方向の剛性のバランスを調整することが開示されている。すなわち、引用例には、スリットの幅とスリット内に残置する材料の量という2つのパラメータにより水平方向及び垂直方向の可撓性を調整していることが示唆されている。2つのパラメータにより調整することは溝構造特有のものであるとはいい難い。
一方、前記のとおり、溝は部材の細長い形状部分のみその厚み方向の一部のみ除去した構造であるところ、これを別の視点からみると、部材の細長い形状部分において厚み方向に材料を残置した構造であること、この溝内に残置する材料の厚みは、サスペンジョン部材のもともとの厚みから溝の深さを減算したものであるから、溝の深さは溝内に残置する材料の量に対応することが明らかであるということになる。
技術常識が両方向の剛性のバランスに関するものではないとしても、引用例に2つのパラメータにより調整することが示唆されている以上、幅及び深さというパラメータにより調整することは、スリットを溝に置き換えた際に引用例から予測することができる程度の事項であると認められる。
(1)-3 原告は、「溝」は「単に片側面孔が閉塞されて底面をなしているスリット」ではないと主張する。
スリットは前記のとおり貫通する構成であるから、底面をなしているスリットということ自体矛盾するものであり、そのように認定した審決の説示部分は相当ではない。しかし、溝をもって、底面をなしているスリットと認定しなくても、スリットを溝に置き換えることは当業者が容易になし得ることは前記のとおりであるから、審決の上記説示部分は審決の結論に影響するところではない。
(1)-4 原告は、本願発明1の溝はサスペンジョン部材の材料を正確に加工できる厚みの限界が考慮された構成であると主張する。
特許請求の範囲には溝の厚みや溝の厚みが加工の限界を考慮した厚みであるとの記載はない。原告の主張は特許請求の範囲の記載に基づかないものであって、理由がない。
(1)-5 原告は、引用例に開示されているプレス加工によるスリットを本願発明1のエッチング加工による溝に置き換えることは加工方法の観点からみて困難であると主張する。
しかしながら、甲第2号証によれば、引用例にはスリットがプレス加工により形成されるとの記載ないしスリットの加工方法を限定する記載はない。「第8図に示すように、磁気ヘッドスライダ(1)との第1固定部(5)がプレスにより押し出される」(2頁右下欄)及び「第1固定部(5)がプレスにより押し出されるのを防ぎ」(4頁左上欄)との記載はあるが、この「プレス」がスリットを形成するためのものであるとの明確な記載はなく、また、スリットの加工方法はプレスによるものに限られるとの記載もない。さらに、甲第4号証からも明らかなとおり、本願発明1の特許請求の範囲には、溝がエッチング加工により形成されるものに限定されることを示す記載もない。したがって、原告の主張は、その前提において根拠を欠き理由がない。
(2) 相違点Dについて 取消事由2について判断したように、原告が主張する相違点Dは、実質的な相違点ということはできない。審決はこの相違点に関する検討をしていないとする原告の主張は、前提において根拠を欠き理由がない。
結論
以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がないので、原告の請求は棄却されるべきである。
(平成13年11月8日口頭弁論終結)
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 塩月秀平
裁判官 古城春実