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関連審決 審判1998-2637
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事件 平成 11年 (行ケ) 284号 審決取消請求事件
原告 ミドルセックス・ジェネラル・インダストリーズ・インコーポレイテッド
訴訟代理人弁理士 曾我道照
同 曾我道治
同 鈴木憲七
同 梶並順
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 小池正利
同 播博
同 宮崎侑久
同 大野克人
同 大橋良三
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/11/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成10年審判第2637号事件について平成11年3月9日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「コンピュータ制御される製造/貯蔵のための輸送装置及びそのための駆動部材」とする発明(以下「本願発明」という。)について,1986年(昭和61年)10月3日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して,1987年(昭和62年)10月1日を国際出願日とする国際出願(国際出願番号 PCT/US 87/02526)に基づいて,昭和63年6月3日付けで特許法184条の4第1項の規定による翻訳文(特願昭63-500634号)を提出したが,平成9年11月4日に拒絶査定を受けたので,平成10年2月24日,これに対する不服の審判の請求をした。特許庁は,同請求を平成10年審判第2637号事件として審理した結果,平成11年3月9日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成11年5月10日に原告に送達された(なお,出訴期間として90日が付加された。)。
2 本願発明の特許請求の範囲請求項1 「工作物又は同様のものの加工,組立等のためにプログラムされた輸送のための輸送装置において, (a) 工作物の部品の移動のために輸送経路の経路網を形成すると共に,それぞれ直線状駆動部分を形成する多数の長手部分と,輸送経路上の部品の移動を選択的に停止させるための手段とを含んでいる輸送経路手段と, (b) 前記輸送経路の直線状駆動部分の上において工作物の部品を支持すると共にプログラムされた輸送に基づいて前記輸送経路に沿って移動し且つ間欠的に停止するように配置され,直線状駆動部分と共通の幅を有するパレットと, (c) 各長手部分に対応して設けられ且つ前記パレットを直線状駆動部分の長さ方向に沿って移動させるための駆動手段と を備え,前記駆動手段は互いにヒステリシス磁気継手を介して連結された原動力手段とパレット駆動部材とを含み,原動力手段はパレット駆動部材に連続的にほぼ一定の駆動力を加えると共にパレットが停止するときにはパレット駆動部材に対して滑ることを特徴とする輸送装置。」 3 審決の理由 別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開昭54-127082号公報(甲第8号証,以下「引用例A」という。),特開昭48-27469号公報(甲第9号証,以下「引用例B」という。)及び「クラッチ技術読本」(石崎正一編,昭和53年3月29日小倉クラッチ株式会社発行)(甲第10号証,以下「引用例C」という。)並びに,本願優先権主張日前既に周知となっていた技術に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項に該当し,特許を受けることができないとしたものである。
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,「T.手続の経緯・本願発明の認定」(2頁2行〜3頁15行),「U.引用例」(3頁16行〜6頁3行),「V.対比」(6頁4行〜9頁18行)は認める。「W.当審の判断」のうち,9頁20行から11頁19行までは争わず,11頁20行から12頁11行まで(相違点3についての判断及び本願発明の効果の評価)は争う。「X.むすび」(12頁12行〜20行)は争う。
審決は,相違点3についての判断を誤り(取消事由1),本願発明の顕著な効果を看過した(取消事由2)ものであり,これらの誤りがそれぞれ審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は,違法なものとして取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点3についての判断の誤り) 審決は,本願発明と引用例A記載の発明との相違点の一つ(相違点3),すなわち,「駆動手段が,本願発明1(判決注・本願発明)においては,互いにヒステリシス磁気継手を介して連結された原動力手段とパレット駆動部材とを含み,原動力手段はパレット駆動部材に連続的にほぼ一定の駆動力を加えると共にパレットが停止するときにはパレット駆動部材に対して滑る駆動手段であるのに対して,引用例Aのものにおいては,ローラ又はチェーンによりパレットを駆動するものである点。」(審決書9頁11行〜18行)につき,「引用例Aの輸送装置の駆動手段であるローラー又はチェーンに代えて,引用例Bの磁気継手を介し連結された原動力手段と部品駆動部材を含む駆動部材を用いるに当たり,引用例Cのヒステリシス磁気継手を,それと同じ電磁クラッチに分類される引用例Bの磁気継手におき代えることにより,相違点3における本願発明1(判決注・本願発明)の構成のようにすることは,当業者にあっては,格別困難なことであるとはいえない。」(同11頁末行〜12頁8行)と判断したが,この判断は誤りである。
引用例Aの輸送装置の駆動手段であるローラー又はチェーンに代えて,引用例Bの磁気継手を介し連結された原動力手段と部品駆動部材を用いるにあたり,引用例Cのヒステリシス磁気継手を,引用例Bの磁気継手に置き換えることにより,相違点3における本願発明の構成のようにすることは,容易ではない。
(1) 本願発明について 本願発明のヒステリシス磁気継手は,本願明細書(甲第2号証)の図4Bに示されるように,ヒステリシス磁気継手の入力側部材に相当する駆動リム24-1が強磁性材料からなり,同じく出力側部材に相当する分離部分24-2が,パイ楔形状の磁極片の磁気円盤24-4を含む構成となっているから,ヒステリシス磁気継手の入力側部材が強磁性材料,出力側部材が永久磁石という組み合わせになっており,原動力手段はこのヒステリシス磁気継手を介してパレット駆動部材に連続的にほぼ一定の駆動力を加えることができるものである。入力側部材が出力側部材に対して相対回転しようとするとき,出力側部材の永久磁石により入力側部材の強磁性材料に形成された磁極は,入力側部材の特定の場所に常に形成されるわけではなく,入力側部材と出力側部材との相対回転に追従して出力側部材の永久磁石に対する一定の位置に形成される。すなわち,磁極は入力側部材の特定の場所に固定形成されるわけではなく,出力側部材の永久磁石構造及び回転に応じて入力側部材に自由に形成されるのである。
(2) 引用例Bについて 引用例Bに記載された磁石からなる磁気継手は,磁石の作用により原動力手段側(入力側)とパレット駆動部材側(出力側)との間に周方向に引力又は斥力が発生し,この引力又は斥力により原動力手段に属する入力側部材からパレット駆動部材に属する出力側部材へトルクが伝達される。このような磁気継手の場合には,周方向の所定の位置に磁極が設けられていることから,入力側部材と出力側部材との周方向の相対位置関係によって,入力側部材の永久磁石と出力側部材の永久磁石との距離が異なり,引力又は斥力の強さが変化する。このため,引用例Bの磁気継手では,入力側部材が回転し続け,出力側部材が外力により停止して両者が滑ると,両者の磁極の周方向の相対位置関係が周期的に変化し,入力側部材と出力側部材との間で,引力と斥力が交互に発生し,チャタリングを起こし,出力側部材に伝達されるトルクは変動したものになり,また,出力側部材に加わった外力が解除されても,出力側部材はすぐには円滑に回転せず,入力側部材の回転に同期して円滑に回転するまでに時間を要することになる。
これに対し,本願発明のヒステリシス磁気継手では,原動力手段に属する強磁性材料の入力側部材が回転し続け,パレット駆動部材に属する磁石である出力側部材が外力により停止して両者が滑っても,磁石により強磁性材料が順次磁化されて一定強さの引力又は斥力が発生し,両者の磁極の周方向の相対位置関係が周期的に変化することはないため,パレットがチャタリングを起こすことはなく,出力側部材に伝達されるトルクは変動せず,「原動力手段はパレット駆動部材に連続的にほぼ一定の駆動力を加える」ことができる。また,出力側部材に加わった外力が解除されると,出力側部材は,その瞬間から入力側部材の回転に同期して円滑に回転し始める。
(3) 引用例Cについて 引用例C記載のヒステリシスクラッチは,駆動軸から従動軸への回転を伝達し又は遮断するという機能を有するクラッチであって,駆動軸から従動軸への回転の遮断は,励磁電流を切ること等により行われる。このため,引用例C記載のヒステリシスクラッチは,接続状態にあるときには励磁電流を一定にしておくことにより,ほぼ一定のトルクを伝達することができるものの,パレットが外力により停止するときにまで,パレット駆動部材との間で滑ることにより絶えず一定のトルク伝達を行う,というものではない。また,引用例C記載のヒステリシスクラッチは,励磁電流を切ること等により原動力手段とパレット駆動部材との間のトルク伝達を遮断したり接続したりすることを目的とするものであるから,トルクを伝達する原理としては本願発明のヒステリシス磁気継手と同じであると解されるものの,使用方法においては物品を停止させるときにも絶えず一定のトルク伝達を行うように使用する本願発明のヒステリシス磁気継手とは異なるものである。引用例Cには,ヒステリシスクラッチ・ブレーキについて記載されているとはいえ,専ら入力側である駆動軸から出力側である従動軸へ回転を伝達又は遮断するというクラッチ機能,速度調整機能,ブレーキ機能を有することについて記載されているにすぎず,出力側の従動軸を停止させること,その場合には入力側の駆動軸が滑ること,その際にも入力側の駆動軸から出力側の従動軸に一定の駆動力が加えられることについての記載はない。
引用例Cには,「励磁電流を一定にしておくと,スリップ回転数に関係なくほぼ一定のトルクが発生する.これは一般に定トルク特性ともいわれており,張力制御や速度速制に理想的な特性となっている.」(甲第10号証107頁下から4行〜2行)との記載がある。しかし,この記載は,この定トルク特性が張力制御や速度制御に理想的であることをいうにすぎず,例えば,布やフィルムの移送においてそれらの張力や移送速度の制御をそれらの移送中に連続的に行うのに適していることを示すものであって,移送物を停止させる場合を予測させるものではない。
また,引用例Cの中の「(ロ)トルクはスリップ回転数に関係なく,常に励磁電流に比例したトルクが得られる.(ハ)構造上からみて機械的な接触部分がないため,摩擦形のように摩耗する部分がなく,寿命は半永久的といえる.(ニ)機械的に連結しないために連結時のショックがなく,作動が非常にスムーズである.(ホ)摩擦形と異なって結合は純磁気的であるために,繰返し特性はきわめて精度が高い.」(甲第10号証108頁下から7行〜109頁1行)との記載は,同引用例記載のヒステリシスクラッチ・ブレーキのクラッチ機能及びブレーキ機能を述べたものにすぎず,出力側の停止によるスリップについて述べたものではない。
(4) 以上のとおり,引用例B及び引用例Cに記載された各発明の機能・作用は,本願発明の機能・作用と異なるものであるから,引用例Aの輸送装置の駆動手段であるローラー又はチェーンに代えて,引用例Bの磁気継手を介し連結された原動力手段と部品駆動手段を含む駆動部材及び引用例Cのヒステリシス磁気継手を適用しても,その結果得られたものは,本願発明の機能を有せず,その作用を奏することはできない。
2 取消事由2(本願発明の顕著な効果の看過) 本願発明は,その構成により,本願明細書(甲第2号証)記載の「輸送系統それ自体によるごみの発散及びごみの発生を,クリーンルーム作業に対して適する点まで,減少させること」(1頁19行〜20行),及び「輸送仕事において摩擦損失を最小とし,また,摩擦の発生による動力,効率及び調時制御の損失を最小にすること」(同2頁10行〜12行)という目的を達成するものであり,従来技術における,「レールの間の空間内の摩擦ベルトが,常時,パレットを駆動し,また,外部的に停止される時に,このようなパレットに関して滑り,その結果,不当なベルトの摩耗,その寿命の短縮,駆動精度の破壊,摩擦されたベルト粒子の分散,環境の汚染を生じさせるようになる」(同4頁6行〜10行)という欠陥を回避することができる。
このように,本願発明のヒステリシス磁気継手は,工作物等の加工,組立等のためにプログラムされた輸送のための輸送装置において,パレットに載せられた工作物を間欠的に停止・再駆動させる際の減速時,停止時及び加速時にも,パレット駆動部材に連続的にほぼ一定の駆動力を加えることができるものであるから,工作物とそれを支持するパレットに振動を与えることがなく,振動によるそれらの摩耗によって生じる粒子の発生を抑えることができるという顕著な効果を奏する。
本願発明は,原告によって商品名クリーンドライブとして開発され,その名声は世界的に広まり,半導体やコンピュータ製造工場等のクリーンな環境を必要とするところに広く普及している。このようにこの商品が広く普及したのは,本願発明が半導体やコンピュータの部品の加工,組立等のためにプログラムされた輸送のための輸送装置において,従来の装置にみられない格別の効果を奏するからである。
審決は,本願発明の上記の顕著な効果を看過している。
被告の反論の要点
審決の認定,判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(相違点3についての判断の誤り)について (1) 本願発明について 原告は,本願発明のヒステリシス磁気継手では,ヒステリシス磁気継手の入力側部材が強磁性材料,出力側部材が永久磁石という組み合わせになっており,原動力手段はこのヒステリシス磁気継手を介してパレット駆動部材に連続的にほぼ一定の駆動力を加えることができるものであると主張する。
しかし,本願発明の特許請求の範囲請求項1の記載においては,出力側部材に磁石が設けられ,入口側部材に磁極ができるものと限定されているわけではないから,原告の主張は本願発明の構成に基づかないものである。
(2) 引用例Bについて 原告は,引用例Bに記載されたものと同じ原理を用いた磁気クラッチ駆動装置と本願発明のヒステリシス磁気継手であるヒステリシスクラッチ駆動装置との特性を比較して主張する。しかし,審決が構成容易の対象としたものは,引用例Aないし引用例Cに記載されたものから構成した輸送装置であるから,この点に関する原告の主張は,主張自体としてみても意味のないものである。
(3) 引用例Cについて 原告は,引用例Cには,出力側の減速時,停止時及び加速時,すなわちスリップ時についての記載がなく,また,主な用途として繊維機械,伸線機,製紙機械の記載があるものの輸送装置についての記載がないと主張する。しかし,引用例Cの「(ロ)トルクはスリップ回転数に関係なく,常に励磁電流に比例したトルクが得られる.」(甲第10号証108頁23行〜24行)の記載から,「スリップ回転数」がスリップ時の駆動軸の回転数を意味することは,技術常識より明らかである。同じく「(ハ)構造上からみて機械的な接触部分がないため,摩擦形のように摩耗する部分がなく,寿命は半永久的といえる.(ニ)機械的に連結しないために連結時のショックがなく,作動が非常にスムーズである.(ホ)摩擦形と異なって結合は純磁気的であるために,繰返し特性はきわめて精度が高い.」(同108頁25行〜109頁1行)との記載によれば,ヒステリシス磁気継手がスリップ状態が生じる動力伝達に適した手段であることも,技術常識より明らかであるから,引用例Cにスリップ時の記載がないという原告の主張は失当である。
また,引用例Cの「繊維機械,伸線機,製紙機械などに使われている」(同105頁9〜10行)との記載は,ヒステリシス磁気継手の主な用途を例示したものであり,これ以外の機械には用いないことを意味するものではない。クラッチとは,駆動軸から従動軸への回転を伝達又は遮断するという機能を持つ一般的に広く用いられている機械要素であるから,用途が限定されるものではなく,このクラッチの一つの種類であるヒステリシス磁気継手も,その特徴に応じて適宜種々の機械に選定され得るものであって,用途が限定されるものではない。審決が,ヒステリシス磁気継手を輸送装置に用いることが困難ではないとしたのは,ヒステリシス磁気継手と同じ電磁クラッチに分類される磁気継手を輸送装置の駆動手段に用いる点が引用例Bに記載されており,また,ヒステリシス磁気継手を輸送装置に用いることを妨げる要因は一切ないためである。
2 取消事由2(本願発明の顕著な効果の看過)について 原告は,本願発明のヒステリシス磁気継手では,入力側部材に入力されるトルクが変動しても,入力側部材にできる磁極の位置は,出力側部材の磁石との相対位置関係により移動し,入力側部材に形成される磁極と出力側部材の磁石との周方向の相対位置が変化せず,引力または斥力の強さが一定であるので,入力側部材に入力されるトルクに追従するトルクを出力側部材に円滑に伝達することができると,出力側部材に磁石が設けられ,入力側部材に磁極ができるものであるとして,その効果を主張する。しかし,本願発明は請求項1に記載されたとおりのものであって,本願発明のヒステリシス磁気継手が,出力側部材に磁石が設けられ,入力側部材に磁極ができるものと限定されているものではなく,原告の主張は,本願発明の構成に基づかない主張である。
原告は,本願発明の顕著な作用効果の根拠として甲第13号証を提出する。
しかし,審決が構成容易の対象としているものは,引用例AないしCに記載されたものから構成された輸送装置であって,その駆動手段は,引用例Bに記載されたものと同じ原理の磁気継手を介して連結されたものではなく,引用例Cに記載されたものと同じ原理のヒステリシス磁気継手を介して連結されたものであるのに,甲第13号証は,引用例Bに記載されたものと同じ原理を用いた磁気クラッチ駆動装置と本願発明のヒステリシス磁気継手であるヒステリシスクラッチ駆動装置との特性を比較しているにすぎず,本件発明の作用効果の顕著性を考える上で,無意味なものである。
原告は,商品名「クリーンドライブ」が広く普及したものであると主張する。しかし,同商品が広く普及したことを認めるに足りる証拠はない。仮に,「クリーンドライブ」が,従来の装置にみられない格別な作用効果を奏するものとしても,それは「クリーンドライブ」という商品に対する評価にすぎず,本願発明の作用効果が顕著なものであるとの主張の根拠となるものではない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点3についての判断の誤り)について (1) 本願発明について 原告は,本願明細書(甲第2号証)の図4Bを用いて,本願発明のヒステリシス磁気継手が,ヒステリシス磁気継手の入力側部材が強磁性材料,出力側部材が永久磁石という組み合わせになっており,原動力手段はこのヒステリシス磁気継手を介してパレット駆動部材に連続的にほぼ一定の駆動力を加えることができるものであること,入力側部材が出力側部材に対して相対回転しようとするとき,出力側部材の永久磁石により入力側部材の強磁性材料に形成された磁極は,入力側部材の特定の場所に常に形成されるわけではなく,入力側部材と出力側部材との相対回転に追従して出力側部材の永久磁石に対する一定の位置に形成されるから,磁極は入力側部材の特定の場所に固定形成されるわけではなく,出力側部材の永久磁石構造及び回転に応じて入力側部材に自由に形成されると主張する。
しかしながら,本願明細書の特許請求の範囲には,「ヒステリシス磁気継手」と記載されているだけで,「ヒステリシス磁気継手」のより具体的な構成についての記載は存在しないことを前提とすると,原告の上記主張は,ヒステリシス磁気継手といわれている種類の継手の特徴と原理を,原告の立場で,実施例を用いて論ずる以上の意味を有するものではないことが明らかである。
(2) 引用例Bについて 原告は,引用例Bの磁気継手では,周方向の所定の位置に磁極が設けられていることから,入力側部材と出力側部材との周方向の相対位置関係によって,入力側部材の永久磁石と出力側部材の永久磁石との距離が異なることになるので,引力又は斥力の強さが変化することになり,出力側部材に外力が加わって入力側部材との間で滑ると,両者の磁極の周方向の相対位置関係が周期的に変化して引力と斥力が交互に発生し,チャタリングを起こしたり,出力側部材に加わった外力が解除されても,出力側部材はすぐには円滑に回転しないという問題が発生するのに対し,本願発明のヒステリシス磁気継手では,出力側部材が入力側部材との間で滑っても,磁石により強磁性材料が順次磁化されて一定強さの引力又は斥力を発生させるものであるから,両者の磁極の周方向の相対位置関係が周期的に変化することはなく,上記の問題がないと主張する。
しかし,審決は,引用例Bには「「駆動手段は互いに磁気継手を介して連結された原動力手段と物品駆動部材とを含み,原動力手段は物品駆動部材に駆動力を加えると共に物品が停止するときには物品駆動部材に対して滑る輸送装置」が記載されているといえる。」(審決書11頁7行〜12行)と認定したうえで(この認定については当事者間に争いがない。),「引用例Aの輸送装置の駆動手段であるローラー又はチェーンに代えて,引用例Bの磁気継手を介し連結された原動力手段と部品駆動部材を含む駆動部材を用いるにあたり,引用例Cのヒステリシス磁気継手を,それと同じ電磁クラッチに分類される引用例Bの磁気継手におき代えることにより,相違点3における本願発明1(判決注・本願発明)の構成のようにすることは,当業者にあっては,格別困難なことであるとはいえない。」(同11頁末行〜12頁8行)と判断したものである。審決は,引用例Bの磁気継手の構成をそのまま引用例Aのローラー又はチェーンに置き換えることの容易性を論じているのではなく,引用例Bの磁気継手を介し連結された原動力手段と駆動部材を引用例Aに適用するに当たり,引用例Bの磁気継手を引用例Cのヒステリシス磁気継手により置き換えることも含めて論じているのであるから,引用例Bの磁気継手の作用を本願発明の作用と比較する原告の上記主張は,審決の容易性の判断に対する主張としては意味がなく,失当である。
(3) 引用例Cについて 原告は,引用例C記載のヒステリシスクラッチでは,駆動軸から従動軸への回転の遮断は,励磁電流を切ること等により行われるから,上記クラッチは,接続状態にあるときには,励磁電流を一定にしておくことにより一定のトルクを伝達することができるが,パレットが外力により停止するときにもパレット駆動部材との間で滑ることにより絶えず一定のトルク伝達を行うものではないこと,励磁電流を切ること等により原動力手段とパレット駆動部材間のトルク伝達を遮断したり,接続したりすることを目的とするものであるから,トルクを伝達する原理としては,本願発明のヒステリシス磁気継手と同じであると解されるものの,使用方法においては,物品を停止させるときにも絶えず一定のトルク伝達を行うように使用する本願発明のヒステリシス磁気継手とは異なるものである,と主張する。
しかしながら,甲第10号証によれば,引用例Cには,「図5・3 スリップ回転数-トルク特性を示し,励磁電流が一定であればスリップ回転数に関係なくトルクも一定である.」として,スリップ回転数に対するトルクの関係が図示されていること(107頁の右側の図),「図5・3に示すように励磁電流を一定にしておくと,スリップ回転数に関係なくほぼ一定のトルクが発生する.これは一般に定トルク特性ともいわれており,張力制御や速度速制に理想的な特性となっている.」(107頁下から4行〜2行),「ヒステリシスクラッチ・ブレーキは連続スリップで使用できるものであるが,図5・4に示すのは表5・1のヒステリシスクラッチについて測定した許容範囲を示したものである.」(108頁1〜6行)との記載があることが認められ,これらの記載によれば,引用例C記載のヒステリシスクラッチは,入力側部材と出力側部材との間でスリップすることが可能であり,スリップ回転数に関わらず一定のトルクを発生することができるものであることが認められる。したがって,引用例C記載のヒステリシスクラッチは,物品を停止させるときにも絶えず一定のトルク伝達を行うように使用する本願発明のヒステリシス磁気継手と同一であるというべきである。
以上によれば,本願発明のヒステリシス磁気継手と引用例Cのヒステリシスクラッチとが,使用方法において異なるとの原告の主張は,採用することができない。
(4) 容易性の判断について 前記認定によれば,上記(3)の特性を有する引用例C記載のヒステリシスクラッチと引用例B記載の磁気クラッチとは,入力側部材と出力側部材とが非接触で,磁気力により両部材間の力の伝達を行うという磁気継手である点において共通するものと認められるから,引用例Aのローラー又はチェーンに代えて,引用例Bの磁気継手を介し連結された原動力手段と駆動部材を適用するに当たり,前記の引用例Cのヒステリシスクラッチの特性に着目して,引用例Bの磁気継手を引用例Cのヒステリシスクラッチにより置換することにより,相違点3における本願発明の構成のようにすることは,当業者であれば容易に想到できたことというべきである。
原告は,引用例Cにおける,励磁電流を一定にしておくと,スリップ回転数に関係なくほぼ一定のトルクが発生するとの記載は,定トルク特性が張力制御や速度制御に理想的であることをいうにすぎず,例えば,布やフィルムの移送においてそれらの張力や移送速度の制御をそれらの移送中に連続的に行うのに適していることを示すものであって,移送物を停止させる場合を予測させるものではないと主張する。
しかしながら,引用例Cには移送物を停止させる場合についての直接的な記載がないものの,引用例C記載のヒステリシス磁気継手は,前記のとおり,スリップすることを予定しているものであり,引用例B記載の磁気継手も,搬送物品が外力により停止する時にはスリップを予定しているものであること,引用例B記載の磁気継手と引用例C記載のヒステリシス磁気継手とは,入出力部材が非接触で磁気力により力の伝達を行う磁気継手において共通するものであることは,前記のとおりであるから,上記の点は,引用例Bの磁気継手を引用例Cのヒステリシス磁気継手により置換することを妨げる理由になるとは認められない。したがって,原告の上記主張には理由がない。
(5) 以上のとおりであるから,取消事由1は採用することができない。
2 取消事由2(本願発明の顕著な効果の看過)について 原告は,本願発明がその構成により,ごみの発散と発生をクリーンルーム作業に適するまでに減少させること,摩擦損失等を最少にすること等の本願明細書に記載の効果を奏すると主張する。
しかしながら,原告主張の効果は,入出力部材が非接触で磁気力により力の伝達を行う磁気継手が奏する特有の効果と認められ,引用例Cのヒステリシス磁気継手がこのような磁気継手である以上,原告主張の効果は引用例Cの記載から容易に予測できることである。
原告は,本願発明のヒステリシス磁気継手が,パレットに載せられた工作物を間欠的に停止・再駆動させる際の減速時,停止時及び加速時にも,パレット駆動部材に連続的にほぼ一定の駆動力を加えることができるものであるから,工作物とそれを支持するパレットに振動を与えることがなく,振動による摩耗で生じる粒子の発生を抑えることができるという顕著な効果を奏すると主張する。
しかしながら,引用例C記載のヒステリシス磁気継手が,前示のとおり入出力部材のスリップ回転数に関わらず一定のトルクを発生するものであることからすれば,原告が主張する上記効果は,引用例Bの磁気継手を引用例Cのヒステリシス磁気継手により置換して,これを引用例Aが示すようなパレットに載せられた工作物の搬送に用いることにより得られるものとして,当業者であれば容易に予測できるものであると認められる。
原告は,本願発明を商品化した「クリーンドライブ」が広く普及している旨主張する。しかし,仮に「クリーンドライブ」が広く普及しているとしても,そのことは,本願発明の作用効果が引用例AないしCを組み合せた場合の作用効果と比べて顕著なものであることを根拠付けるには足りず,上記認定判断を左右するものではない。
取消事由2も採用できない。
以上によれば,原告主張の審決取消事由は,いずれも理由がなく,その他,
審決の認定判断にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。よって,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸