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関連ワード 発明者 /  製造方法 /  発明の詳細な説明 /  当業者に自明な事項 /  参酌 /  実施 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 311号 審決取消請求事件
原告 株式会社平野紙器
訴訟代理人弁護士 神戸正雄
訴訟代理人弁理士 恩田博宣
同 恩田誠
同 服部素明
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 市野要助
同 山口由木
同 吉國信雄
同 大橋良三
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/12/11
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成10年補正審判第50150号事件について平成11年5月20日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成8年10月24日に,実願昭61-157280号を原出願とする変更出願として,発明の名称を「パン焼き皿及びその製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について,特許出願(特願平8-282499号)をし,平成10年4月6日付けで,これを「パン焼き皿の製造方法」に限定する手続補正をし,さらに,同年7月31日付けで明細書の全文を補正する2回目の手続補正書を提出したが(以下,2回目の手続補正を「本件補正」という。),本件補正について,同年9月18日に補正却下の決定を受け,同月29日に決定謄本の送達を受けた。そこで,原告は,平成10年10月29日に上記補正却下の決定に対する不服の審判を請求し,特許庁は,この請求を平成10年補正審判第50150号事件として審理した結果,平成11年5月20日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年9月2日に原告に送達された。
2 本件補正の内容(以下,各補正を「補正@」などという。) (1) 特許請求の範囲(下線部が本件補正に係る部分である。) @ 「ペット樹脂よりなる薄い保形フィルムを準備し,その保形フィルムを薄紙の一方の面に食品衛生上問題のない接着剤を用いて貼着し,その後,前記貼着によって一体化した薄紙及び保形フィルムをプレス機にてプレスし,そのプレス成形により,底部とほぼ全周にわたって多数のひだを備えた壁部とからなると共に前記保形フィルムが薄紙の内側に配置されるパン焼き皿を得ることを特徴とするパン焼き皿の製造方法。」との記載であったものを,「ペット樹脂よりなる薄い保形フィルム及び純白紙 よりなる 薄紙 を準備し,その保形フィルムを薄紙の一方の面に食品衛生上問題のない接着剤を用いて貼着し,その後,前記貼着によって一体化した薄紙及び保形フィルムをプレス機にてプレスし,そのプレス成形により,底部とほぼ全周にわたって多数のひだを備えた壁部とからなると共に前記保形フィルムが薄紙の内側に配置されるパン焼き皿を得ることを特徴とするパン焼き皿の製造方法。」との記載に補正する。
(2) 発明の詳細な説明 A 補正された明細書(以下「補正明細書」という。)【0006】欄で,「及び純白紙よりなる薄紙」,【0007】欄で「純白紙よりなる」の各記載を追加補正する。
B 【0008】欄で,「しかも,薄紙として純白紙を用いることは,純白紙自体が非常に紙厚の薄いものであって非常に軟弱で保形性能の上で問題があるため,本来はパン焼き皿としての使用には適していないと考えるのが普通であったが,本発明者はあえて純白紙をパン焼き皿に使用できるようにすることを考えた。」の記載を追加補正する。
C 【0010】欄で,「,特に薄紙については純白紙という極めて薄手」の記載を追加補正する。
D 【0011】欄で,「又,本発明では,薄紙として純白紙を採用している。純白紙自体は周知のように一方の面がつるつるとした滑らかな面であるのに対し,他方の面がざらざらとした比較的細かな凹凸のある面として形成されている。
従って,純白紙の滑らかな面に印刷を施す場合にはその印刷が容易に行われ,出来上がった印刷後の模様等もムラのない極めて鮮明なものとなる。」の記載を追加補正する。
E 【0012】欄で,「又,純白紙よりなる薄紙において細かな凹凸のある面側に接着剤を介して保形フィルムが配置されるようにすれば,接着剤が純白紙に対してなじみがよくなって接着効果が向上する。これにより,上述の保形性能が一段と向上する。」の記載を追加補正する。
F 【0013】欄で,「又,純白紙は両面がつるつるとした滑らかな面ではなく,一方の面はざらざらとした細かな凹凸があるので,上述のように複数枚まとめてプレス成形する場合には,前記細かな凹凸に基づいてパン焼き皿間に空気層ができる。これにより,プレス成形後の各パン焼き皿同士の剥離性も非常に高くなって,製作効率を一層向上させることが可能となる。なお,純白紙の細かな凹凸がある面側に保形フィルムを接着した場合にも,プレス成形時に純白紙の細かな凹凸が保形フィルムの表面に伝達されて保形フィルムの表面に細かな凹凸が形成されるので,剥離性の観点では純白紙のいずれの面に保形フィルムを接着しても問題はない。」の記載を追加補正する。
G 【0018】欄で,「ここで,薄紙1が純白紙によって構成されていることから,上記の印刷を滑らかな面に印刷を施せば,その印刷が容易に行われ,しかも出来上がった印刷後の模様等もムラのない極めて鮮明なものとなる」の記載を追加補正する。
H 【0019】欄で,「しかも,薄紙1として純白紙を用いることは,純白紙自体が非常に紙厚の薄いものであって非常に軟弱で保形性能の上で問題があるため,本来はパン焼き皿としての使用には適していないと考えるのが普通である。」の記載を追加補正する。
I 【0022】欄で,「又,薄紙1として一方の面にざらざらとした細かな凹凸のある純白紙を使用しているので,その細かな凹凸のある面側に接着剤を介して保形フィルム2が配置されるようにすれば,接着剤が純白紙に対してなじみがよくなって接着効果が向上する。これにより,上述の保形性能が一段と向上する。」の記載を追加補正する。
J 【0023】欄で,「又,純白紙は両面がつるつるとした滑らかな面ではなく,一方の面はざらざらとした細かな凹凸があるので,複数枚まとめてプレス成形する場合には,前記細かな凹凸に基づいてパン焼き皿間に空気層ができる。これにより,プレス成形後の各パン焼き皿同士の剥離性も非常に高くなって,製作効率を一層向上させることが可能となる。」の記載を追加補正する。
K 【0031】欄で,「e.薄紙として一方の面にざらざらとした細かな凹凸のある純白紙を使用しているので,その面に接着剤を介して保形フィルムを貼着するようにすれば,接着剤が純白紙に対してなじみがよくなって上記保形性能が一段と向上する。」,【0032】欄で,「f.薄紙として一方の面がつるつるとした滑らかな純白紙を使用しているので,その面に印刷を施す場合にはその印刷を容易に行なうことができ,出来上がった印刷後の模様等もムラのない極めて鮮明なものとなる。」,【0036】欄で,「j.薄紙として一方の面にざらざらとした細かな凹凸のある純白紙を使用しているので,上述のように複数枚まとめてプレス成形した場合にはパン焼き皿間に空気層ができ,プレス成形後の各パン焼き皿同士の剥離性も非常に高くなって製作効率を一層向上させることができる。」の各記載を追加補正する。
3 審決の理由 別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに,本件補正は,変更出願に係る願書に最初に添付した明細書及び図面(以下「当初明細書」という。)の要旨を変更するものであるから,平成5年法律第26号による改正前の特許法53条1項の規定に該当し,却下すべきものである,としたものである(審決が,「上記手続補正による補正は,特許請求の範囲に記載された技術的事項を当初明細書に記載した事項の範囲内でないものとするので,特許法53条1項の規定により却下すべきものである。」としているのは,上記の意味であると認める。平成5年法律第26号による改正前の特許法53条1項,同41条参照。)
原告主張の審決取消事由の要点
1 審決に対する認否 審決の理由中,「1.手続きの経緯・本願発明」(2頁2行〜9行),「2.原決定の理由」(2頁10行〜3頁14行),「3.出願人の主張」(3頁15行〜4頁15行)は認める。「4.当審の判断」のうち,(1)記載の事実(4頁16行〜8頁13行)は認め,(2)及び(3)記載の事実(8頁14行から10頁11行目)は争う。「5.むすび」(10頁12行〜16行)は争う。
審決は,「純白紙」の技術的意味を誤認し,その結果,本件補正を不適法なものとして却下したものであるから,違法として取り消されるべきである。
2 取消事由 審決は,「『純白紙』なる用語に付いて考察すると,当該純白紙は,比較的純白な紙である意味に解するのが相当であって,出願人の主張する,その一方の表面がつるつるとしたなめらかな面であり,他方の面がざらざらとした凹凸面であるという定義が,一義的にできるとする,ことは認めがたい。」(審決書8頁14行〜20行),「補正D,E,F,G,H,I,J,及びKに記載された事項が,当初明細書の発明の目的や効果の記載を参酌してみても,それらの記載から自明な事項であるとは認められない。」(審決書9頁5行〜9行)と認定判断したが,誤りである。
(1) 「純白紙」は,当初明細書に薄紙の素材として例示されている。当業者にとっては,これが,「一方の表面がつるつるとした滑らかな面であり,他方の面がざらざらとした凹凸面である」という性質を持つ「純白ロール紙」を指すことは,明らかである(甲第3ないし第5号証,第12ないし第16号証,第17ないし第19号証の各1,2,第20号証参照)。
特に,甲第4号証には,「(1)純白ロール紙」の見出しの下,「ヤンキー抄紙機で抄造され,大きなドライヤーによって,片面に光沢を付けた純白で上質地合の紙(片艶紙)で,原料として晒化学パルプ(KP等)を用いる。」(50頁11行〜12行)と説明されている。この片艶紙という説明から,純白ロール紙すなわち純白紙は,その一方の面と他方の面とで,艶の状態つまり平滑又は凹凸の状態が異なっていること,通俗的には「一方の面がつるつるで他方の面がざらざら」と表現されるようなものであることが当然に読み取れるのであり,このことは,出願時において自明な事項というべきである。
(2) 「純白紙」が,「一方の面がつるつるで他方の面がざらざら」という性質を有する以上,「純白紙の滑らかな面に印刷を施す場合にはその印刷が容易に行われ,出来上がった印刷後の模様等もムラのない極めて鮮明なものとなること」(以下「作用効果a」という。補正D,G及びK参照。),「純白紙の細かな凹凸のある面側に接着剤を介して保形フィルムが配置されるようにすれば,接着剤が純白紙に対してなじみがよくなって接着効果が向上し,これにより保形性能が一段と向上すること」(以下「作用効果b」という。補正E,I及びK参照。)及び「純白紙の一方の面はざらざらとした細かな凹凸があるので,純白紙を複数枚まとめてプレス成形する場合には,前記細かな凹凸に基づいてパン焼き皿間に空気層ができ,これによりプレス成形後の各パン焼き皿同士の剥離性も非常に高くなって,製作効率を一層向上させることが可能となること」(以下「作用効果c」という。補正F,J及びK参照。)という,純白紙を用いた場合の作用効果も,また自明の事項である。
被告の反論
1 審決の認定判断は,正当であり,これを取り消すべき理由はない。
2 取消事由について (1) 原告は,「純白紙」は,当業者にとって「一方の表面がつるつるとした滑らかな面であり,他方の面がざらざらとした凹凸面である」という性質を持つ「純白ロール紙」を指すことは明らかである旨,主張する。しかし,この主張は,誤りである。
ア 当初明細書に薄紙の素材として「純白紙」を用いることが例示されているのは事実である。しかし,そもそも「純白紙」という技術用語は存在しないから,本願発明における「純白紙」の意味も,これを文字通りの用語の意味から理解するしかない。「純白」は,「まじりけのない白色。まっしろ」を意味し,「紙」は「主に植物性の繊維を材料とし,アルカリ液を加えて煮沸し,更につき砕いて軟塊とし,樹脂または糊などを加えて漉いて製した薄片。」を意味する(乙第1号証)。
「純白紙」という用語から,その表面の性状まで,一義的に導くことはできない。
イ 甲第3ないし第5号証,第12ないし第19号証には,「純白紙」が「純白ロール紙」を意味することを示す記載も,純白紙が「一方の表面がつるつるとしたなめらかな面であり,他方の面がざらざらとした凹凸面である」という性質をもつ紙であると一義的に定義できることを示唆する記載もない。特に,甲第4号証には,晒包装紙の中に,純白ロ―ル紙,晒クラフト紙及びその他の晒包装紙があることが記載されており,純白ロ―ル紙が片面に光沢を付けた純白で上質地合の紙であること,主として日めくりカレンダーや,酒瓶包装紙,デパートなどの包装紙や各種の小袋などに使われることの記載があるものの,「純白ロール紙」が「純白紙」と通称されることについての記載は,全くない。
甲第20号証(陳述書)中には,「純白ロール紙」が「純白」ないし「純白紙」と通称されている旨の記載がある。しかし,仮に,このように通称されることがあるとしても,「純白紙」が一義的に「純白ロール紙」を意味することが,これにより立証された,とすることはできない。
(2) 原告は,作用効果aないしcを挙げ,これら作用効果もまた自明の事項である旨,主張する。
しかし,仮に「純白紙」が「片面に光沢があり,裏面がざらついた紙」であるとしても,本件補正の内容を,当初明細書の記載からみて自明なものであるとすることはできない。
本件補正により,特許請求の範囲記載の「パン焼き皿の製造方法」には,一方の面が滑らかで他方の面が比較的細かな凹凸のある面を有する純白紙の,凹凸のある面に保形フィルムを貼着し,滑らかな面を外側としてその面に印刷を施し,フィルム貼着面を内側としてプレス成形する方法が含まれることとなり,同範囲に記載された「純白紙」は,外側が印刷を施すのが可能な滑らかな面であり,内側の保形フィルム貼着面が凹凸のある面であり,プレス成形により紙の凹凸がフィルムの表面に伝達されるという特定の構成,性質を有するものとなり,これにより原告が主張する作用効果aないしcを奏するものと認められる。しかしながら,当初明細書には,「滑らかな面に印刷を施すこと」,「凹凸のある面に保形フィルムを貼着すること」は記載されておらず,また,紙の表面状態と印刷又はフィルムの貼着との関係についても何ら記載されておらず,当初明細書の発明の課題や効果の記載を参酌してみても,本件補正により発明の詳細な説明に示された構成及び作用効果aないしcを,当業者に自明な事項とすることはできない。
当裁判所の判断
1 甲第6号証によれば,当初明細書の記載内容の要旨は,次のとおりであることが認められる。
(1) 特許請求の範囲 「【請求項1】 薄紙(1)に合成樹脂よりなる薄い保形フィルム(2)を貼着し,該薄紙(1)及び保形フィルム(2)を,プレス成形により,底部(3)と少なくとも一部にひだを備えた壁部(4)とからなると共に保形フィルム(2)が薄紙(1)の内面となる皿状に形成してなるパン焼き皿。
【請求項2】 薄紙(1)の一方の面に合成樹脂よりなる薄い保形フィルム(2)を貼着した後,該薄紙(1)及び保形フィルム(2)をプレス機にてプレスし,そのプレス成形により,底部(3)と少なくとも一部にひだを備えた壁部(4)とからなると共に保形フィルム(2)が薄紙(1)の内面となる皿状に形成してなるパン焼き皿の製造方法。」 (2) 発明の詳細な説明 (従来の技術) 「一般に,パンの焼き方としては,小麦粉,イースト菌などを水でこねて生地を所望の形状に作り,それをパン焼き皿上に盛った後に,発酵室内にて発酵させ,さらにオーブンで焼きあげて膨らませている。しかし,発酵時において発酵室内は高温にして湿度が80%と高いため,パン焼き皿が水分を吸収する。従って,腰の弱い紙で形成されたパン焼き皿では,紙が柔らかくなり,その壁部が崩れてパンを所望の形状に焼き上げることができない。よって,パンの商品価値が著しく低下する。
又,家庭においては,パン焼き皿上に盛った生地を発酵させた後に,オーブンに移す際,皿の壁部が窪んで指が生地に触れることがある。すると,イースト菌が指につき,触れた部分だけがパンを焼きあげた後に膨れなくなってしまう。このようにして焼き上げられたパンは外観上見劣りするだけでなく,パンの膨れた部分と膨れなかった部分とで硬さの違いが生じて食感を損なってしまう。
以上のことから従来は,アルミ又は鉄の金枠や,厚紙を手作業で枠状に折曲形成したものを使用していた。」(甲第6号証【0002】〜【0004】) (発明が解決しようとする課題) 「しかし,アルミ又は鉄の金枠は,パンを焼きあげた後に,金枠を外したり,外す毎に掃除する必要があり煩雑であるとともに,金枠が高価であるという問題点があった。
又,厚紙にて形成した枠は,手作業によって所望の形状に形成しなければならず煩雑である。また,厚紙は比較的高価であり,この厚紙で形成した枠をパンの焼きあげ後は使い捨てにするため不経済であるという問題点があった。」(【0005】,【0006】) (課題を解決するための手段) 「本発明は,上記のような問題点を解決するため,薄紙に合成樹脂よりなる薄い保形フィルムを貼着し,該薄紙及び保形フィルムを,プレス成形により,底部と少なくとも一部にひだを備えた壁部とからなると共に保形フィルムが薄紙の内面となる皿状に形成してパン焼き皿を得ている。
又,上記パン焼き皿は,薄紙の一方の面に合成樹脂よりなる薄い保形フィルムを貼着した後,該薄紙及び保形フィルムをプレス機にてプレスし,そのプレス成形により,底部と少なくとも一部にひだを備えた壁部とからなると共に保形フィルムが薄紙の内面となる皿状に形成して製造される。」(【007】【0008】) (作用) 「保形フィルムによって薄紙内面が支持されるため,壁部にパンの生地等の水分を直接吸収することがなくなり,また,壁部の薄紙が外部からの湿気を吸収したとしても保形フィルムによりひだ部の形状が崩れることが防止されるので,形崩れが生じることがない。
しかも,このパン焼き皿は薄紙に保形フィルムを貼着した後にプレス成形することにより得られる。従って,薄紙と保形フイルムを別個に型形成した後に貼着する場合に比べ,その成形が容易かつ確実なものとなる。特に,薄紙及び保形フィルムを共に薄手のものにより構成しているため,薄紙及び保形フィルムを互いに貼着した後にプレス成形しても,薄紙や保形フィルムにひずみが生じたり,薄紙と保形フィルムとの間の貼着部分が剥がれたりすることがなく,パン焼き皿の外観が優れたものとなり,更には薄紙を保形フィルムに貼着したものを複数枚まとめてプレス成形しても均一のパン焼き皿を得ることが可能となって製作効率を向上させることも可能となる。」(【0009】,【0010】) (実施例) 「図1は本実施例に係るパン焼き皿を示すものであり,薄紙1と,その内面に貼着した保形フィルム2から構成されている。これら薄紙1と保形フィルム2とはそれぞれ純白紙及びペット(ポリエステル製のセロファン紙)にて形成され,接着剤にて互いに貼着される。この後,プレス機等でプレスされ,円形の底部3と,この外周縁から上方へ突出する断面波形状の壁部4とからなる皿状に形成されている。なお,薄紙1と保形フィルム2とは食品衛生上問題のない接着剤にて接着されている。」(【0011】) 「薄紙1の内面に保形フィルム2が貼着されているため,生地の水分を直接吸収することがない。又,醗酵室内の水分をパン焼き皿の外面から吸収したとしても,保形フィルム2によって薄紙1が支持されているため,薄紙1が形崩れすることがない。」(【0012】) 「本実施例によるパン焼き皿は,薄紙1に模様等の印刷を施すことが可能であり,かつ形状の選択の自由度が大きく,例えば動物等の形状や幾何学的な形状にすることも可能である。」(【0014】) 「又,本実施例に係るパン焼き皿は,薄紙1と保形フィルム2とで形成したため,パン焼き皿を所望の形状に形成することが容易である。」(【0015】) 「更に,パン焼き皿を安価な素材にて構成したことにより単体のコストが安くなる。」(【0016】) 「なお,この発明は上記した実施例に限定されるものではなく,薄紙1の素材として純白紙に代えて,和紙やワラ半紙を使用したり,・・・する等,発明の趣旨から逸脱しない限りにおいて任意の変更は無論可能である。」(【0017】) (発明の効果) 「以上詳述したように,本発明によれば,パンの生地等からの水分を直接吸収することがなくなるとともに,外部からの湿気を吸収したとしてもひだ部分が崩れることがなくなるので,パン焼き皿の形崩れを確実に防止することができる。しかも,このパン焼き皿は薄紙に保形フィルムを貼着した後にプレス成形することにより得られるため,薄紙と保形フイルムを別個に型形成した後に貼着した場合に比べ,その成形が容易かつ確実なものとなる。特に,本発明では,薄紙及び保形フィルムを共に薄手のものにより構成しているため,薄紙及び保形フィルムを互いに貼着した後にプレス成形しても,薄紙や保形フィルムにひずみが生じたり,薄紙と保形フィルムとの間の貼着部分が剥がれたりすることがなく,パン焼き皿の外観が優れたものとなり,更には薄紙を保形フィルムに貼着したものを複数枚まとめてプレス成形しても均一のパン焼き皿を得ることが可能となって製作効率を向上させることができる。」(【0018】) 2 本件補正は,当初明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明中の「薄紙」を「純白紙よりなる薄紙」に補正するとともに,発明の詳細な説明中に「純白紙」が,「一方の面がつるつるとした滑らかな面であるのに対し,他方の面がざらざらとした比較的細かな凹凸のある面として形成されていること」という性質を有する旨,並びに,このような性質を有する純白紙を用いたことにより,作用効果aないしc,すなわち,「純白紙の滑らかな面に印刷を施す場合にはその印刷が容易に行われ,出来上がった印刷後の模様等もムラのない極めて鮮明なものとなること」(作用効果a),「純白紙の細かな凹凸のある面側に接着剤を介して保形フィルムが配置されるようにすれば,接着剤が純白紙に対してなじみがよくなって接着効果が向上し,これにより保形性能が一段と向上すること」(作用効果b)及び「純白紙の一方の面はざらざらとした細かな凹凸があるので,純白紙を複数枚まとめてプレス成形する場合には,前記細かな凹凸に基づいてパン焼き皿間に空気層ができ,これによりプレス成形後の各パン焼き皿同士の剥離性も非常に高くなって,製作効率を一層向上させることが可能となること」(作用効果c)を奏する旨の記載を加えるものである。
本件補正のうち,薄紙として「純白紙」を用いることについては,前記認定のとおり,当初明細書の実施例に記載されているものの,甲第6号証によれば,純白紙の性質及びこれを用いたときには作用効果aないしcが生まれることについては,当初明細書中には全く記載がないことが明らかである。
原告は,当初明細書の実施例に記載された「純白紙」が,一方の面がつるつるとした滑らかな面であり,他方の面がざらざらとした凹凸面である,という性質を持つ「純白ロール紙」を指すことは,当業者において,自明であり,このような純白紙の性質に伴う作用効果aないしcも自明である旨主張する。
しかしながら,仮に,当初明細書の「純白紙」の語が,上記の性質を有する「純白ロール紙」を意味することが当業者に自明であると認められるとしても,純白紙を本願発明において用いれば,作用効果aないしcが得られる,ということが,当初明細書から自明である,と認めることはできないというべきである。
すなわち,前記認定事実によれば,当初明細書には,そこに記載された「薄紙」の性質について,「薄手」であること以外には記載がなく,効果についても,「薄紙」の性質に伴う効果としては,「薄手」であることに伴う効果しか記載されておらず,かつ,そこに記載された発明は,純白紙を用いた実施例に限られず,純白紙に代えて,和紙やワラ半紙を使用することも可能であると記載されている。そして,甲第6号証によれば,薄紙として純白紙を用いた場合と,和紙やワラ半紙など他の紙を用いた場合との相違に係ることは,当初明細書に全く記載されていないことが明らかである。このような当初明細書の記載内容によれば,当初明細書の実施例に記載された「純白紙」は,単に,「薄手」であるという性質を有する紙の一例として挙げられているにすぎないとしか理解できず,このような状況の下で,これが,本願発明において,「一方の表面がつるつるとした滑らかな面であり,他方の面がざらざらとした凹凸面である」という性質を有するものであることに伴う効果を有するものであることを,当初明細書の記載内容から自明のこととして導き出すことはできないものというべきである。
原告は,「純白紙」の上記性質からみて,作用効果aないしcも自明である旨主張する。しかしながら,当初明細書の記載から自明な事項であるというためには,当初明細書に記載がなくとも,同明細書に接した当業者であれば,誰もが,その事項がそこに記載されているのと同然であると理解するような事項であるといえるものでなければならず,その事項について説明を受ければ簡単に分かる,という程度のものでは,自明ということはできないというべきである。本件において,当初明細書の「純白紙」の記載から,作用効果aないしcを奏することが記載されているのも同然であるとみることができないことは,前記説示に係る当初明細書の記載内容から,明らかというべきである。
3 以上によれば,本件補正は,当初明細書に新たな技術的事項を加えるものであって,その要旨を変更するものというべきであるから,これを却下すべきであるとした審決に誤りはない。
以上によれば,原告主張の審決取消事由は,理由がなく,その他,審決の認
定判断にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。よって,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸