関連審決 |
審判1986-11222
審判1991-24195 |
---|
関連ワード | 技術的思想 / 製造方法 / 公然知られ(29条1項1号) / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 引用発明の認定 / 先行技術 / 発明の詳細な説明 / 模倣 / 利害関係人 / 存続期間 / 参酌 / 技術的意義 / 置き換え / 容易に想到(容易想到性) / 特許発明 / 実施 / 加工 / 構成要件 / 設定登録 / 訂正審判 / 請求の範囲 / 減縮 / 変更 / 独立特許要件 / 訂正明細書 / 審決確定(審決が確定) / 確定審決の登録 / 一事不再理 / 同一事実(同一の事実) / 同一証拠(同一の証拠) / 利害関係人 / 公知事実 / 判決の拘束力 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|---|
元本PDF | 裁判所収録の別紙1PDFを見る |
事件 |
平成
12年
(行ケ)
374号
審決取消請求事件
|
---|---|
原告 ナカジマ鋼管株式会社 訴訟代理人弁護士 坂井尚美 同 坂井慶 被告 株式会社セイケイ 訴訟代理人弁理士 鈴江武彦 同 中村誠 同 峰隆司 |
|
裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2001/12/13 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
---|---|
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が昭和61年審判第11222号事件について平成12年8月21日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
|
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「大径角形鋼管の製造方法」とする特許第1293128号の特許(昭和50年12月20日出願,昭和60年12月16日設定登録。以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の存続期間中,その特許権者であった者である。 (2) 被告は,昭和61年5月26日,本件特許を無効とすることについて審判の請求をし,特許庁は,同請求を昭和61年審判第11222号事件として審理した結果,平成3年7月25日,「特許第1293128号発明の特許を無効とする。」との審決をした(以下「前審決」という。)。原告は,前審決の取消しを求めて当庁に訴えを提起した。当庁では,これが平成3年(行ケ)第225号審決取消請求事件として審理された。 (3) 原告は,上記訴訟係属中の平成3年12月17日,本件特許の願書に添付された明細書を訂正すること(以下「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書に願書に添付した図面を加えたものの全体を「本件明細書」という。)につき訂正審判の請求をし,特許庁は,これを平成3年審判第24195号事件として審理した結果,平成5年10月28日,「特許第1293128号発明明細書及び図面を本件審判請求書に添付された訂正明細書及び図面のとおり訂正することを認める。」との審決(以下「本件訂正審決」という。)をし,これが確定した。 (4) 当庁では,上記審決取消請求事件について審理がなされた結果,平成7年8月3日,原告の請求を棄却する旨の判決がなされた(以下「前判決」という。)。原告は,前判決を不服として最高裁判所に上告し,同裁判所は,これを平成7年(行ツ)第204号事件として審理した結果,平成11年3月9日,「原判決を破棄する。特許庁が昭和61年審判第11222号事件について平成3年7月25日付にした審決を取り消す。」との判決(以下「本件最高裁判決」という。)をし,これが確定した。 (5) 特許庁は,昭和61年審判第11222号事件を更に審理した上,平成12年8月21日,「特許第1293128号発明の特許を無効とする。」との審決をし(以下「本件審決」という。),同年9月6日,原告にその謄本を送達した。 2 特許請求の範囲(本件訂正による訂正後のもの) 「大径角形鋼管を製造する方法において,一枚厚肉鋼板を長さ方向に移送して両側の開先加工を行なった後,プレスにて角形鋼管の四隅に当る部分を一個所宛順次曲げ加工して開先間の隙間がそこから金型が抜出せる最小限の寸法になる角形鋼管近似の形状に成形し,ついで前記角形近似鋼管を複数段の成形ロールを通して角形鋼管形状に成形し,かつ移送して開先突合せ面を順次仮付け溶接し,つぎに開先部内外面を自動溶接によって溶接した後,歪取りロールを通過させることによって歪取りを行なうことを特徴とする大径角形鋼管の製造方法。」(別紙図面(1)参照) 3 本件審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件発明は,昭和49年3月15日付け日刊工業新聞(甲第4号証),セイケイ建材工業株式会社(以下「セイケイ建材」という。)製作の16ミリPR映画フィルム(本件審決における甲第5号証。同フィルムのナレーションの一部の抜粋及び工程順のスチール写真を掲載したのが甲第7号証である。),特開昭50-51459号公報(甲第8号証),特公昭50-35499号公報(甲第9号証),特開昭49-23366号公報(甲第10号証),社団法人日本鉄鋼協会「第23・25回西山記念技術講座 最近の鋼管技術の進歩」昭和48年11月27・28日(第23回),昭和49年3月5・6日(第25回)(甲第11号証),昭和49年7月20日社団法人日本鉄鋼協会発行「特別報告書No.18 わが国における最近の鋼管製造技術の進歩」(甲第12号証)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので,特許法29条2項に該当し特許を受けることができない,とするものである。 なお,上記各証拠の番号は,本件審決と本訴の双方に共通である(ただし,甲第5号証のみは,本訴では証拠とされていない。)。 |
|
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,T(手続の経緯),U(本件発明),V(請求人の主張及び証拠方法),W(被請求人の主張及び証拠方法),X(請求人が提出した証拠の記載事項又は内容)を認める。Y(当審の判断)のうち,本件発明と引用発明(本件審決における甲第5号証の映写によって知られる発明)との相違点を認定した部分を認め,それ以外の認定判断を争う(ただし,一部認めるところがある。)。 本件審決は,本件発明にいう「一枚厚肉鋼板」,「開先加工」の技術的意味の認定を誤り(取消事由1),引用発明に係る証拠評価を誤り(取消事由2),本件発明の進歩性についての判断をも誤り(取消事由3),しかも,審理手続に瑕疵があったのであり(取消事由4),これらは,いずれも,結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,違法として取り消されなければならない。 1 取消事由1(本件発明にいう「一枚厚肉鋼板」,「開先加工」の技術的意味の認定の誤り) (1) 「一枚厚肉鋼板」について 本件発明にいう「一枚厚肉鋼板」とは,12mm以上の厚さを有する1枚の厚肉鋼板のことである。 なぜならば,本件発明は,「角形近似鋼管を複数段の成型ロールを通して角形鋼管形状に成形する」ものであり,その際,角形近似鋼管の端面をメタルタッチにして,四隅の曲率半径を均一に整え,かつ,成形するに当たっては,面内荷重をかけても面内挫屈が発生しにくい12mm以上の厚肉鋼板を用いることが必要不可欠となるからである。ちなみに,9mm以下の鋼板を本件発明に使用する場合,面内荷重が大きくなると面内挫屈が発生しやすくなり,逆に,面内荷重が小さいと四隅の隅部が塑性変形せず弾性変形するのみとなってスプリングバックが発生し,どちらにしても,断面形状を整えることができない。 本件出願に係る願書に当初添付されていた明細書には,板厚12mm〜25mmのものが厚肉鋼板として例示され,また,第1表には板厚9mmのものも加工例として示されていたのが,本件訂正審決(前記第2,1(3))において,特許請求の範囲の「一枚板鋼板」が「一枚厚肉鋼板」に訂正されるとともに,上記第1表の板厚9mmの加工例が削除されたので,これにより,本件発明の「厚肉鋼板」の語によって表される範囲が,12mm以上の厚さを有するもののみに減縮されたことになるのである。 このことは,前判決を破棄した本件最高裁判決が,本件発明に係る「一枚板鋼板」を「一枚厚肉鋼板」に訂正したことを「特許請求の範囲の減縮」であると判示していることからも,明らかである。 (2) 「開先加工」について 本件発明にいう「開先加工」とは,X形状に開先するもののことである。 特許請求の範囲には,確かに「両側の開先加工を行な」うとしか記載されていないけれども,そこには,それとともに,「開先突合せ面」及び「開先部内外面」という記載がある。また,特許請求の範囲の記載の技術的意義を一義的に明確に確定することができないときには,発明の詳細な説明や図面を参酌することができるというのが判例であるから,本件においても,これらをみてみると,発明の詳細な説明中には「開先部15が図示のように」と記載されており,図面の第3図の15には,明らかにX形状の開先加工が明示されているのである(別紙図面(1)参照)。そうである以上,本件発明ではX形状の開先加工をすることが技術的に明らかになっているというべきである。 2 取消事由2(引用発明に係る証拠評価の誤り) 本件審決は,セイケイ建材において生産している大径角鋼管の製造過程を写した16ミリPR映画フィルムは,本件出願前に不特定多数人に対して公開映写されたものであると認定し,この認定を前提に,同PR映画フィルム(同フィルムの一部であるナレーション抜粋及び工程順のスチール写真が甲第7号証である。)に基づいて引用発明を認定した。 しかしながら,鋼管メーカーが,独自に開発した製造方法に関するPR映画を制作し,公にすること自体極めて不自然である。仮にPR映画を制作するとしても,甲第7号証に記載されているように,その内容を極めて詳細に紹介することは,同業者に模倣される危険があるのであるから,通常では考えられないところである。 上記のような詳細な内容を16ミリPR映画フィルムによって公開映写したという講演会は,その開催された事実自体が極めて疑わしいものであり,このような疑わしい証拠から引用発明を認定した本件審決には,証拠の評価を誤った違法があるものというべきである。 3 取消事由3(進歩性判断の誤り) 本件発明は,以下に述べる構成要件AないしDの相互的結合により,作用・結果の面から,厚肉大径角形鋼管の製品としての所定断面成形を仮付溶接時に達成するという新たな技術的思想を開示するものである。また,本件発明は,引用された刊行物から予測し得ない顕著な作用効果を奏するものであり,進歩性が認められるべきである。 本件発明を構成要件に分節すると,次のとおりとなる。 大径角形鋼管を製造する方法において, A 1枚厚肉鋼板を長さ方向に移送して両側の開先加工を行った後, B プレスにて角形鋼管の四隅に当る部分を一個所宛順次曲げ加工して開先間の隙間がそこから金型が抜出せる最小限の寸法になる角形近似鋼管の形状に成形し, C ついで前記角形近似鋼管を複数段の成形ロールを通して角形鋼管形状に成形し,かつ移送して開先突合せ面を順次仮付け溶接し,つぎに開先部内外面を自動溶接によって溶接した後, D 歪取りロールを通過させることによって歪取りを行なうこと を特徴とする大径角形鋼管の製造方法である。 (1) 構成要件Aについて 本件発明は,12mm以上の1枚厚肉鋼板を使用して,ローラテーブル上でまず両側をX形状に開先加工する点で,審決の引用する刊行物にみられない特徴を有しているものである。 審決は,「厚肉鋼板」につきその意味が明確でない,また,本件発明の「開先加工を行なった後」という構成からは,本件発明における開先が「X開先」であると一義的に解釈することはできない,としているけれども,これらの認定が誤っていることは,前示のとおりである。 本件発明では,後の工程で,鋼板端面をメタルタッチにして正確に突き合わせ,四方ロールにより面内荷重,すなわち構面に対して並行に加わる荷重を加え,所定断面に成形しながら仮付溶接を行うことが予定されており,その際,1枚厚肉鋼板の両側をX形状に開先加工しておくことで,鋼板の中心に力が働き,断面成形が円滑に行われることになるものである。 審決は,甲第11号証及び第12号証に記載された技術から,構成要件A(具体的には,本件発明と引用発明との相違点として指摘する「本件発明が,鋼板として「厚肉鋼板」を使用し,これを「長さ方向に移送して両側の開先加工を行な」うのに対し,引用発明では,鋼板が「厚肉鋼板」であることは明らかでなく,また,「開先加工」を行っていない点。」(相違点1)である。)の進歩性を否定した。 しかし,甲第11号証及び甲第12号証に記載された技術は,いずれも丸形鋼管の製造工程の説明であって,本件発明の先行技術となり得るものではない。 また,甲第4号証及び甲第7号証に記載された技術は,開先加工が施工されていないから,本件発明とは,その技術思想が根本的に異なっている。 (2) 構成要件Bについて 本件発明は,複数段の成形ロールを用いて角形鋼管形状に成形することを予定しており,そこでは,成形精度を高めるために,四隅のコーナーRを所定の寸法公差におさめ,かつ,均一にし,プレス成形度とロール成形度のバランスが十分に考慮されている。すなわち,四隅のコーナーRの角度を角形鋼管下面左右のコーナーRの曲げ角度は約115度,同上面左右のコーナーは約92度となるようにプレス曲げを行い,プレス成形時の加工度が全体として約90パーセントになるよう成形することを予定しており,これは,引用された刊行物にみられない本件発明の構成要件Bに係る特徴である。 また,一般に,鋼板端部には,残留応力が残っており,この残留応力とプレス曲げ成形時に発生する軸方向の残留応力との合成応力によって,厚さ9mm以下の薄肉鋼板では,端面に上下の波打ち現象が起こりやすい。そこで,本件発明においては,厚さ12mm以上の厚肉鋼板を用いることで波打ち現象を回避し,ロール成形時にメタルタッチで成形することを可能ならしめている。すなわち,厚さ12mm以上の厚肉鋼板を用いた場合にはじめて本件構成要件の相互的結合という作用効果を奏することが,原告の度重なる実験結果により判明したもので,本件発明は,この効果が得られる構成としたところに,その特色が存するのである。 (3) 構成要件Cについて 本件発明は,角形近似鋼管を複数段の成形ロールを通して角形鋼管形状に成形し,かつ移送して開先突合わせ面を順次仮付溶接することにより,この時点で,大径厚肉角形鋼管の製品としての所定断面成形を達成するもので,ここに従来技術には見られない技術的意義が存するものである。上記の方法で角形鋼管を製造するためには,加工対象としての鋼板は厚さ12mm以上の厚肉鋼板を用いることが必要不可欠である。 (4) 構成要件Dについて 本件発明は,すでに仮付溶接時に製品としての所定断面成形が行われ,続いて内面及び外面両方に自動溶接をすることにより断面歪みが発生しにくく,あらためて断面矯正工程を設ける必要がないので,成形精度の高い角形鋼管を製造することを可能にしているものである。これは,引用された刊行物にみられない本件発明の構成要件Dに係る特徴である。 (5) 全体的評価 本件発明における,プレスによる角形近似鋼管への成形の工程で重要なのは,用いる素材を12mm以上の厚肉鋼板に限定することによって,このプレスとその後の成形ロールによって角形鋼管近似形状に成形することが可能となり,さらに,ロール成形と同時に仮付溶接を行うことによって,一気に厚肉大径角形鋼管の製品としての所定断面成形を達成できることであり,ここに本件発明の顕著な作用効果が認められる。 また,本件発明においては,前記プレス工程の後,直ちに,成形ロールによって角形鋼管近似形状に成形し,同時に仮付溶接及び本溶接を行うことによって,一気に厚肉大径角形鋼管の製品としての所定断面成形を達成するという点にも,顕著な作用効果が認められる。本件発明においては,鋼板端面をメタルタッチにして四方からロールにより鋼管に四隅の外側曲率半径が均一になるまで面内荷重を加えて塑性変形させることに,重要な技術的意義が存するのである。 本件発明においては,X形状に開先加工することにより,内外面自動溶接を実施する。この自動溶接時にも,バランスよく熱応力が伝わる結果,平坦部における歪みを生じさせにくく,後の工程における断面矯正工程を必要としないという作用効果をもたらすものである。 4 取消事由4(審理手続の瑕疵) (1) 本件最高裁判決は,前判決に対する判断として,「本件について見ると,本件訂正審決による本件明細書の特許請求の範囲の前記訂正のうち「一枚板鋼板」を「一枚厚肉鋼板」に訂正する点は特許請求の範囲の減縮に当たるものであるから,本件無効審決はこれを取り消すべきものである。」と述べており,「一枚板鋼板」を「一枚厚肉鋼板」に訂正した点について,明確に「特許請求の範囲の減縮」であると認定している。これは,本件明細書の記載を踏まえた上で,本件発明の各構成要件の相互的結合という技術的思想を認容したものであることが明らかである。 ところが,本件審決は,「厚肉鋼板」の意味につき,「いかなる厚さの鋼板を技術的に意味するのかは明確でない。」と説示した上で,「明細書に例示されているものは板厚12o〜25oのものである。」などと認定している。本件審決は,本件最高裁判決の拘束力に反しており,手続においても瑕疵がある。 (2) 本件明細書(本件訂正による訂正後の明細書)に基づく発明が,訂正前の明細書に基づく発明と同様に無効とされるべきであるならば,本件訂正審決は,平成5年法律第26号による改正前の特許法(以下「旧法」という。)126条3項に違反していることになり,このような場合には,旧法下では,まず,被告の「請求」に基づく訂正無効の審判(旧法第129条)により本件訂正を無効にした上,訂正前になされた無効審決(前審決)を維持することが予定されているのである。 そして,これは,本件最高裁判決が指摘しているところである。ところが,今日に至るまで,被告より,本件訂正につき,同条に基づく無効審判の「請求」がなされたことはない。本件審決は,本件最高裁判決の趣旨に反しており,違法なものというほかない。 (3) 本件審決は,本件訂正について自ら下した判断(訂正認容の審決及び訂正異議の申立ては理由がない旨の決定)と異なる判断をしており,一事不再理の原則違反ないし自己矛盾の審決であって違法である。 |
|
被告の反論の要点
本件審決の認定判断は,いずれも正当であって,同審決を取り消すべき理由はない。 1 取消事由1(本件発明にいう「一枚厚肉鋼板」,「開先加工」の技術的意味の認定の誤り)について (1) 「一枚厚肉鋼板」について 本件訂正審決によって,特許請求の範囲の「一枚板鋼板」が「一枚厚肉鋼板」に訂正されるとともに,上記第1表の板厚9mmの加工例が削除されたとしても,そのことから,本件発明にいう「一枚厚肉鋼板」が12mm以上の厚肉鋼板に限定されるというものではなく,また,板厚9mmと12mmとの間に臨界的条件が存在するわけでもない。 原告は,本件明細書に存在しない「メタルタッチ」という語句を使用してそれを根拠とする主張をしており,失当である。原告は,明細書の記載を自分の希望する内容に置き換えて,それを前提に主張しているにすぎない。 原告は,本件発明の「厚肉鋼板」の意味が減縮されたものであることは,前判決を破棄した本件最高裁判決が,本件発明に係る「一枚板鋼板」を「一枚厚肉鋼板」に訂正したことを「特許請求の範囲の減縮」であると判示していることから明らかである旨主張するが,失当である。 本件最高裁判決は,訂正された特許請求の範囲に基づく無効審判の適否について判断しているのではなく,原審における審理中に訂正審判の審決(本件訂正判決)が確定したという事実に基づいて,その審決により訂正された発明に対する原審における無効の審理の当否を判断したにすぎない。 (2) 「開先加工」について 本件発明における開先加工の形状をX形状と解すべき根拠はない。審決の「本件発明における開先が「X開先」であると一義的に解釈することはできない。」(審決書12頁35行,36行)との認定に誤りはない。 2 取消事由2(引用発明に係る証拠評価の誤り)について 原告は,審決の証拠評価が誤っており,引用発明の認定が信用できないと主張している。しかし,原告は,何らの反証を示すわけでもなく,単に信用できないと述べているだけである。このような主張は,根拠のない単なる非難にすぎず,失当である。 3 取消事由3(進歩性判断の誤り)について 本件発明の構成要件AないしDからなる「大径角型鋼管の製造方法」について,「本件特許の出願前に甲第5号証(判決注・甲第7号証の元となっている16ミリPR映画フィルムのことである。)の公開映写によって国内において公然知られるに至った発明及び本件特許の出願前に国内において頒布された甲第4,8〜12号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」(審決書16頁17行〜20行)とした審決の認定判断には,何らの誤りもない。 (1) 構成要件Aについて 本件発明は,原告主張のように,12mm以上の1枚厚肉鋼板を使用することを構成要件としているものではなく,1枚厚肉鋼板の両側をX形状に開先加工することを構成要件としているものでもない。本件明細書に記載されていない事項が構成要件であることを前提とする原告の主張は,すべて失当である。 原告は,「鋼板端面をメタルタッチにして正確に突き合わせ」などといっているけれども,前述のとおり,本件明細書には「メタルタッチ」という語は記載されていない。「メタルタッチ」を根拠とする原告の主張は,本件明細書の記載に基づいていないものであり,失当である。 仮に,本件発明における開先がX開先であると認められるとしても,乙第1号証(最新溶接ハンドブック増補版)の第75頁には,サブマージドアーク溶接法が開示されており,この溶接法が厚肉鋼板に多用される旨の記載とともに,その溶接切断面を示す板厚80mmの軟鋼のX型開先突合せ溶接部の断面マクロ組織の写真には,接合面と内外面に形成されたX形状をなす開先面が明瞭に示されている。厚肉鋼板にX型開先を適用することは周知であり,本件発明の開先面としてX形状の開先を設けることが容易であることは明らかである。 (2) 構成要件Bについて 原告は,構成要件Bに関して,「複数段の成形ロールを用いて角形鋼管形状に成形することを予定して」いるなどと,あたかもこれが構成要件であるかのような主張をし,それを前提として,審決が引用した刊行物に記載された技術と対比しており,極めて不当である。また,曲げ角度等の説明に至っては,単なる製造仕様の類にすぎないものである。 原告は,厚さ12mm以上の厚肉鋼板を用いることによる効果を主張するけれども,本件出願当初の明細書に記載されていた板厚9mmと12mmとの間に臨界的条件が存在するとは認められない。 (3) 全体的評価 原告の主張は,「同時に」とか「一気に」とかという,本件発明の特許請求の範囲にも,発明の詳細な説明中の作用効果の記載にもない文言を使用した,明細書の記載に基づかない全く独善的なものである。 4 取消事由4(審理手続の瑕疵)について (1) 前述したとおり,本件最高裁判決は,訂正された特許請求の範囲に基づく無効審判の適否について判断しているのではなく,原審における審理中に訂正審判の審決(本件訂正審決)が確定したという事実に基づいて,その審決により訂正された発明に対する原審における無効の審理の当否を判断したにすぎない。 (2) 確かに,旧法下では,訂正審判による訂正の可否は,訂正の無効の審判(旧法129条)を請求することにより争うこととされていた。しかし,同時に,旧法下でも,無効審判請求の対象となるのは,登録時のままの特許であるか,登録後に訂正審決によって訂正された特許であるかを問わないことが明らかである。したがって,旧法129条は,訂正された特許について無効の審判を請求することまで禁じているものではない。すなわち,訂正を認める審決が確定したときは,その訂正後の明細書又は図面により特許権の設定登録がされたものとみなされるのであるから,利害関係人は,確定した訂正審決によって訂正された特許に対して,無効審判を請求することもできたのであり,必要に応じて,訂正の無効の審判を請求することを選択することもできたのである。そして,無効審判の請求を選択した場合,その請求における主張の中で,訂正された本件特許が,なお無効理由を有する旨を主張立証すれば足りるのである。訂正無効の審判の請求をしたとしても,本訴の対象となっている特許と同一内容の特許の無効を主張することとなり,結局,本件における審決と同一内容の判断を求めることに帰着するのである。 (3) 訂正審判ないし訂正異議却下決定と本件の無効審判とは,全く別個の事件である。したがって,双方における判断が一致しなければならない理由はなく,双方が相互に拘束されるものでもない。 訂正を認める審決が確定したことによって本件発明の要旨が審判請求時のものとは異なるものとなったため,審判官は,改めて審理をし審尋も行った結果,本件審決をなすに至ったのであり,一事不再理の原則違反ないし自己矛盾の審決であるとする原告の主張は,全く的はずれである。 |
|
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明にいう「一枚厚肉鋼板」,「開先加工」の技術的意味の認定の誤り)について (1) 本件明細書の特許請求の範囲の欄の記載が,「大径角形鋼管を製造する方法において,一枚厚肉鋼板を長さ方向に移送して両側の開先加工を行なった後,プレスにて角形鋼管の四隅に当る部分を一個所宛順次曲げ加工して開先間の隙間がそこから金型が抜出せる最小限の寸法になる角形鋼管近似の形状に成形し,ついで前記角形近似鋼管を複数段の成形ロールを通して角形鋼管形状に成形し,かつ移送して開先突合せ面を順次仮付け溶接し,つぎに開先部内外面を自動溶接によって溶接した後,歪取りロールを通過させることによって歪取りを行なうことを特徴とする大径角形鋼管の製造方法。」というものであることは,当事者間に争いがない。 (2) 「一枚厚肉鋼板」について 本件発明にいう「一枚厚肉鋼板」とは,通常の用語法に従えば,文字どおり,「1枚からなる厚い肉の鋼板」のことであることが明らかである。そして,特許請求の範囲をみる限り,そこに,この語句をそれ以上に限定して解釈させるような記載を見いだすことはできない。 原告は,本件発明にいう「一枚厚肉鋼板」とは,12mm以上の厚さを有する1枚の厚肉鋼板のことであると主張する。しかし,上述したとおり,本件発明の特許請求の範囲には,「一枚厚肉鋼板」を,「厚肉」が「12mm以上」であるものに限定して解すべきことを示唆する記載は全く存在しない。原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載によらない主張であるというほかない。 原告は,本件出願に係る願書に当初添付されていた明細書には,板厚12mm〜25mmのものが厚肉鋼板として例示され,また,第1表には板厚9mmのものも加工例として示されていたのに,本件訂正により,特許請求の範囲の「一枚板鋼板」が「一枚厚肉鋼板」に訂正されるとともに,上記第1表の板厚9mmの加工例が削除された,という事実を挙げ,本件発明の「厚肉鋼板」の意味は,この事実により減縮されたものとなった,と主張する。 しかしながら,特許請求の範囲の語句の意味を探求するために明細書の他の部分の記載を検討することが許容される場合があるとしても,訂正前の明細書の第1表には板厚9mmのものが加工例として示されていたのに,本件訂正による訂正後の明細書(本件明細書)においてはこれが削除されているからといって,そのことから直ちに,特許請求の範囲の「一枚厚肉鋼板」の技術的意味として,板厚9mmのものが排除されることになるものではなく,これを明らかにするためには,本件明細書の記載全体を対象とした検討が必要となるのである。 そして,甲第22号証によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,「本発明は,このような点に鑑み種々研究を重ねた結果,角形鋼管を後述の第1表に例示したような1枚厚肉鋼板より成形し,かつ,仮付け,溶接することによって溶接量およびそれに付随する作業を半減させ,これによって製造コストの大幅な低減を可能にしたものである。」(3頁左欄3行〜8行)との記載があり,第1表(4頁左欄)には,板厚12mm,16mm,19mm,22mm,25mmの角形鋼管が例示されていることが認められ,上記記載によれば,発明の詳細な説明においても,板厚12mmないし25mmは,本件発明に係る一枚厚肉鋼板の厚さの例示にすぎないものといっているのである。 甲第22号証によれば,その他,本件明細書の全体をみても,特許請求の範囲の「一枚厚肉鋼板」を前記認定と異なって限定して解釈させるような記載を見いだすことはできないことが明らかである。 この点について,原告は,前判決を破棄した本件最高裁判決が,本件発明に係る「一枚板鋼板」の「一枚厚肉鋼板」への訂正は,「特許請求の範囲の減縮」に当たると判示しているとの事実を挙げ,これが原告の上記主張を裏付けると主張する。 しかしながら,本件最高裁判決は,本件発明に係る「一枚板鋼板」を「一枚厚肉鋼板」に訂正したことが「特許請求の範囲の減縮」に当たる,とは述べているものの,その限度を超えて,それ以上に,訂正された特許請求の範囲における「一枚厚肉鋼板」の意味の解釈を行ったものでないことは,甲第25号証により明らかである。 原告の主張は,失当である。 (3) 「開先加工」について 本件発明にいう「開先加工」とは,通常の用語法に従えば,文字どおり,「1枚厚肉鋼板の両側の開いた先端を加工すること」であることが明らかである。 そして,特許請求の範囲をみる限り,そこにこの語句をそれ以上に限定的に解釈させるような記載を見いだすことはできない。 原告は,本件発明にいう「開先加工」とは,X形状に開先するものののことであると主張する。 しかしながら,本件発明の特許請求の範囲には,「開先加工」が「X形状」のものであることを示唆する記載は全く存在しない。原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載によらない主張であるというほかない。 原告は,特許請求の範囲の記載の技術的意義を一義的に明確に確定することができないときには,発明の詳細な説明や図面を参酌することができるというのが判例であり,本件においても,発明の詳細な説明中には「開先部15が図示のように」とされており,本件出願の願書に添付した図面の第3図の15には,明らかにX形状の開先加工が明示されているのであるから,本件特許発明ではX形状の開先加工をすることが技術的に明らかになっているといえる,と主張する。 しかしながら,審決取消訴訟において,特許請求の範囲の記載の技術的意義を一義的に明確に確定することができないときに,発明の詳細な説明や図面を参酌することが許されることは,原告主張のとおりであるものの,それは,あくまで,特許請求の範囲に記載されている文言自体の技術的意義が不明確な場合に,その意義を確定する限度においてのことであり,この限度を超えて上記参酌が行われることになれば,それは,特許請求の範囲に記載されていない事柄を,発明の詳細な説明から取り込んで発明の内容とすることになるのであり,このようなことが許されるものでないことは,論ずるまでもないことである。そして,本件発明にいう「開先加工」は,広い意味を持つ用語ではあるものの,この用語がそのような広い意味を有することは明確であるから,その意味を明らかにするのに,発明の詳細な説明や図面を参酌する必要はなく,したがって,これらを参酌することも許されないのである。 念のために,本件明細書の発明の詳細な説明をみてみても,「X形状」などという用語は,どこにも用いられていない。本件出願の願書に添付した図面の第3図(開先部の横断面図)には,X形状の開先が図示されているとはいえるものの,本件明細書の発明の詳細な説明における実施例の説明では,「以下,本発明を実施例の図面によって説明する。」,「開先部15が図示のように正確に突合された状態で順次溶接機5によって仮付けされる。」との記載があることが認められ(甲第22号証),同記載を併せ考えれば,第3図に図示されているのは「開先加工」の一形態にすぎないことが明らかであって,このような実施例の記載を特許請求の範囲に取り込むことが許されないことは,いうまでもないことである。 原告の上記主張は,失当である。 2 取消事由2(引用発明に係る証拠評価の誤り)について (1) 原告は,セイケイ建材において生産している大径角鋼管の製造過程を写した16ミリPR映画フィルムを,本件出願前に不特定多数人に対して公開映写されたものであるとする,審決の認定を非難し,甲第7号証にあるような詳細な内容を16ミリPR映画フィルムによって公開映写したという講演会は,その開催された事実自体が極めて疑わしいものであり,このような疑わしい証拠から引用発明を認定した本件審決には,証拠の評価を誤った違法がある旨主張する。 甲第6号証(PR映画制作契約書),第15号証(講演会の写真説明),第17号証(大阪科学技術センター作成の施設利用についての領収証),第18号証(大阪科学技術センター作成の上記以外の費用についての領収証),第21号証(A作成の「大径角形鋼管の構造設計 講演会テキスト」),第40号証(本件審判事件における第2回口頭審理調書に添付された証人A,同Bの各証人調書)によれば,セイケイ建材は,昭和50年5月10日,大峯晴と,PR映画制作に関する契約を締結して,大径角形鋼管についての16ミリPR映画フィルムを作成したこと,同社は,昭和50年8月18日,大阪科学技術センターにおいて,「大径角鋼管の構造設計」と題する講演会を開催し,その会場で約130名の聴衆を前に上記PR映画フィルムを上映したことが認められる。 そうすると,セイケイ建材において生産している大径角鋼管の製造過程を写した16ミリPR映画フィルムは,本件出願前に不特定多数人に対して公開映写されたものであると認定し,この認定を前提に,同フィルムのナレーションの一部の抜粋及び工程順のスチール写真である甲第7号証に基づいて引用発明を認定した本件審決に,誤りはない。 原告は,鋼管メーカーが,独自に開発した製造方法に関するPR映画を制作し,公にすること自体極めて不自然である,仮にPR映画を制作するとしても,甲第7号証に記載されているように,その内容を極めて詳細に紹介することは,同業者に模倣される危険があるのであるから,通常では考えられない,と主張するが,上記主張を裏付けるべき格別の立証はなされておらず,本件全証拠を検討しても,原告の主張を裏付けて,上記認定を妨げる資料を見いだすことができない。原告の主張は,採用できない。 (2) 甲第4号証によれば,昭和49年3月15日付け日刊工業新聞には,「コスト二,三割減に セイケイ建材大径角鋼管一貫生産法を完成」の見出しの下に,「セイケイ建材工業・・・は生産コストの二割から三割方の軽減,生産スピードの大幅アップが可能という画期的な大径角鋼管の一貫生産システムを完成,一四日から同社佐野工場・・・で試運転をはじめた。これは三井物産を通じて技術導入した・・成形方法を基礎に,セイケイ独自の技術を加えたP&FW工法によるもので,その仕組みは一枚の鋼板を油圧プレスで四カ所折り曲げ,それに連続して成形ロールで角型に完全フォーミングし,同一ライン上でサブマージド・アークの一面溶接を行って製品化するというもの。従来,採られてきた方法が等厚溝形鋼の突き合わせ二面溶接とか厚板四枚組みの四カ所溶接であるのに対し,セイケイの開発したP&WF工法は一面溶接で,しかも一貫して製造できるユニークなものとなっている。こんど完成した製造ラインの装置・・・の特徴は,@製品精度が高く,製品の均一化がはかれるA溶接スピードが在来法の二から三倍と速く,しかも溶接個所の裏にアテ金をせずにフラックスを溶け込ますことができ,コストの軽減,納期の敏速化がはかれるB同一機で八角形など多角形管の製造ができ,サイズもキメ細かく設定できる-などとなっている。生産サイズは,三百ミリ角,三百五十ミリ角,四百ミリ角,四百五十ミリ角,五百ミリ角,肉厚六ミリ,九ミリ,十二ミリ,十六ミリのもの・・・」との記事が掲載されていることが認められる。 甲第7号証には,上記16ミリPR映画フィルムについての製造方法の部分のナレーション抜粋及び工程順のスチール写真が示されていること,その内容として,@セイケイ建材工業は,従来の溝型鋼の2面溶接による問題点を解決し,片側1面溶接による大径角形鋼管の製造に成功したこと(2頁1行〜3頁末行,No.1〜3の各写真),A1500トンの油圧式プレスブレーキにより,角形鋼板の四隅に当たる鋼板部分を一か所ずつ順次曲げ加工して鋼板を角形鋼管近似の形状に成形すること(4頁1行〜8頁末行,No.4〜13の各写真),Bロールを通して角形鋼管形状に成形し,かつ移送して大径角形鋼管端部を片側1面の自動溶接をしていくこと(9頁1行〜11頁1行,No.14〜20の各写真),C自動溶接によって溶接した後,断面矯正ローラを通過させて若干のふくらみを矯正し,曲り矯正を行なって,最後に必要な長さに切断して大径角形鋼管を製造すること(12頁1行〜13頁1行,No.21〜25の各写真)が記載されていること(審決書6頁4行〜19行参照)は,当事者間に争いがない。 そうすると,セイケイ建材において生産している大径角鋼管の製造過程を写した16ミリPR映画フィルムに,「一枚の鋼板をプレスによって角形鋼管の4隅に当たる部分を1個所宛て順次曲げ加工して角形鋼管近似の形状に成形すること,角形鋼管近似の形状になったものを成形ロールによって正方形に成形した後,自動溶接によって片側一面溶接すること,溶接後に断面矯正ローラによって若干の膨らみを的確に矯正すること」(審決書10頁17行〜21行)が開示されており,これは「甲第5号証(判決注・上記16ミリPR映画フィルム)の公開映写によって本件特許の出願前に日本国内において公然知られるに至った発明」(審決書10頁23行,24行)である,とした本件審決の認定に誤りはない。 3 取消事由3(進歩性判断の誤り)について (1) 上記2の認定判断によれば,本件審決の認定したとおり,本件発明と引用発明とを対比すると,両者が,「大径角形鋼管を製造する方法において,1枚鋼板をプレスにて角形鋼管の四隅に当たる部分を一個所宛順次曲げ加工して角形鋼管近似の形状に成形し,ついで前記角形近似鋼管を成形ロールを通して角形鋼管形状に成形し,かつ移送して自動溶接によって溶接した後,口一ルを通過させることを特徴とする,大径角形鋼管の製造方法」(審決書10頁27行〜31行)の構成の点において一致することを,優に認めることができる。本件審決の行った相違点1ないし5の認定については,原告も,本件審決が行った引用発明の認定が正しいとの前提の下では,争っていないところである。 (2) 構成要件Aに係る進歩性について (ア) 原告は,本件発明は,12mm以上の1枚厚肉鋼板を使用して,ローラテーブル上でまず両側をX形状に開先加工する点で,審決の引用する刊行物にみられない特徴を有している,と主張する。しかし,本件発明が,原告主張の「12mm以上の1枚厚肉鋼板」,「両側をX形状に開先加工」することを構成要件としているものでないことは,前記1(2),(3)認定のとおりであるから,原告の上記主張は,前提において既に失当である。 (イ) 構成要件Aに進歩性があるかについて検討する。 構成要件A「一枚厚肉鋼板を長さ方向に移送して両側の開先加工を行った後,」のうちで引用発明と相違しているのは,本件審決が相違点1として指摘する「本件発明が,鋼板として「厚肉鋼板」を使用し,これを「長さ方向に移送して両側の開先加工を行な」うのに対し,引用発明では,鋼板が「厚肉鋼板」であることは明らかでなく,また,「開先加工」を行っていない点。」(審決書10頁34行〜36行)との部分である。 本件発明にいう「厚肉」とは,広い意味を持った用語であり,これに何らの数値による限定をもしていないことからすれば,少なくとも,特許の有効無効を審理する手続においては,当業者において一見して明らかに「厚肉」と把握することができないようなものを除いて,その他は,すべて「厚肉」に含まれるものというほかない。甲第7号証に記載されている鋼板は,その写真をみれば,極端に薄いため当業者において一見して明らかに「厚肉」と把握することができないようなものではないことが明らかであり,しかも,甲第4号証(昭和49年3月15日付け日刊工業新聞)には,「生産サイズは・・・肉厚六ミリ,九ミリ,十二ミリ,十六ミリのもの」との記載もあるのであるから,引用発明に,本件発明にいう「厚肉」の構成が示されていることは明らかである。 本件発明にいう「開先加工」が,通常の用語方法に従えば,文字どおり,「1枚厚肉鋼板の両側の開いた先端部分を加工すること」という意味のものであることは,前述したとおりである。 甲第11号証(社団法人日本鉄鋼協会「第23・25回西山記念技術講座 最近の鋼管技術の進歩」昭和48年11月27・28日(第23回),昭和49年3月5・6日(第25回))に,UOE製管法によって大径溶接鋼管を製造する方法であって,鋼板の端部にエッジトリミングとベベリングを施す工程,複数工程で曲げ加工して丸形鋼管形状に成形する工程,自動仮付溶接,タブ板取付け,内面溶接・外面溶接を行う工程及び溶接部の歪除去,寸法精度の向上,材料の機械的強度の恢復のための拡管工程を含む方法(図12,182頁1行〜187頁11行参照),並びに,エッジトリミング及びベベリングは鋼板を長さ方向に移送しながら行うこと(図12の「UOE方式による製造工程図の一例」参照)が記載されていること,甲第12号証(昭和49年7月20日社団法人日本鉄鋼協会発行「特別報告書No.18 わが国における最近の鋼管製造技術の進歩」)に,「(a)縁加工 縁切断加工の方法としてディスクタイプのサイドトリマーで板厚程度の幅をトリムし,バイトで開先を加工する方法と多数のバイトを用いて両側面を10mm程度切削し,同時に内外面の開先を加工するエッジプレーナー方式がある。・・・サイドトリマー方式の場合,トリマーの剪断可能厚さが20mm程度であり,かつ鋼板が移動するため切削のびびりが出やすく厚肉には不向きであり,管厚25.4mmまで製造する新しい工場では後者の方法を採用している。開先の形状は図4.7.5のようであり,内面の開先は溶込みのため以外に内面溶接ヘッドのガイドの役目をもち,ガイドローラーはこの開先によるV溝内を移行する。」(277頁左欄25行〜42行)との記載があることは,当事者間に争いがない。 当事者間に争いがない上記事実によれば,鋼管製造技術において,溶接に先立って溶接すべき端部を開先加工することは,本件出願当時,当業者に公知の技術であったものと認められ,上記公知の技術に基づいて,引用発明の鋼板について構成要件Aを採用することは,当業者が容易に想到し得たものというべきである。 この点について,原告は,甲第11号証及び第12号証に記載された技術は,いずれも丸形鋼管の製造工程の説明であって,本件発明の先行技術となり得るものではないと主張する。しかし,鋼管製造技術において,溶接に先立って溶接すべき端部を開先加工するに当たって,丸形鋼管の開先加工の技術を,角形鋼管のそれに適用することを妨げる特殊な事情は,本件全証拠によっても認めることができない。 原告の主張は,失当である。 (3) 構成要件Bに係る進歩性について (ア) 構成要件B「プレスにて角形鋼管の四隅に当る部分を一個所宛順次曲げ加工して開先間の隙間がそこから金型が抜出せる最小限の寸法になる角形近似鋼管の形状に成形し,」のうちで引用発明と相違しているのは,本件審決が相違点2として指摘する「本件発明が開先間の隙間がそこから金型が抜出せる最小限の寸法になる角形鋼管近似の形状に成形するのに対し,引用発明ではその点が明らかでない点。」(審決書10頁末行〜11頁2行)である。 甲第10号証(特開昭49-23366号公報)に,「本発明装置例は,以上の通りの構成であるが,以下にその作動を第4図に沿って説明する。・・・鋼板(22)はアウターポンチ(11)と下金型(13)のダイ(14)とによりその両端が折り曲げられて幅L2の凵型となり,一次加工が完了する(第4図B)。この一次加工が完了するとアウターポンチ(11)を上昇させ,その後,ノックアウト(18)が上昇してそのプレート(17)が凵型に成形された鋼板(22)をダイ(14)(14)よりも上位置にある如く持ち上げ(第4図C),その作動が終了すると・・・インナポンチ(8)がノックアウト(18)の受力に打勝って下降し,鋼板(22)を,上部がインナポンチ(8)の幅L2より若干広い間隔を開口したほぼ角型に成形する(第4図D)。以上のようにして鋼板(22)をほぼ角形に成形すると,主シリンダ(5)のラム(6)と共にインナポンチ(8)を上昇させ,(この場合,鋼板(22)の上部はインナポンチの幅L2より若干広い間隔があいているので容易に抜けて上昇することができる。)鋼板(22)内より逸脱せしめる。」(3頁右上欄9行〜同頁右下欄7行)との記載があることは,当事者間に争いがない。 上記公報の上記記載によれば,まず,アウターポンチと下金型のダイとで,鋼板の両端を折り曲げて幅L2の凵型にし,続いて,同鋼板を,インナポンチの幅L2より若干広い間隔を開口して,ほぼ角形に成形するという技術が開示されていることが認められ,上記技術を引用発明に適用すれば,当業者は容易に本件発明の構成要件Bに想到し得たものというべきである。 (イ) 原告は,本件発明は,複数段の成形ロールを用いて角形鋼管形状に成形することを予定しており,成形精度を高めるために,四隅のコーナーRを所定の寸法公差におさめ,かつ,均一にし,プレス成形度とロール成形度のバランスが十分に考慮されている,すなわち,四隅のコーナーRの角度を角形鋼管下面左右のコーナーRの曲げ角度は約115度,同上面左右のコーナーは約92度となるようにプレス曲げを行い,プレス成形時の加工度が全体として約90パーセントになるよう成形することを予定しており,これは,引用された刊行物にみられない本件発明の構成要件Bに係る特徴である,と主張する。 しかしながら,ここで問題とすべき事項は,審決が相違点2として指摘する「本件発明が開先間の隙間がそこから金型が抜出せる最小限の寸法になる角形鋼管近似の形状に成形するのに対し,引用発明ではその点が明らかでない点。」について当業者が容易に想到し得たかどうかである。原告の上記主張は,構成要件Bそのものとは関係のない,いわば設計事項とでもいうべき事柄を,進歩性の判断に持ち込もうとしているものであり,失当であることが明らかである。 その他,本件発明の「一枚厚肉鋼板」が「12mm以上」であることを前提とする主張も,失当であることは,前述したとおりである。 (4) 構成要件Cに係る進歩性について 構成要件C「ついで前記角形近似鋼管を複数段の成形ロールを通して角形鋼管形状に成形し,かつ移送して開先突合せ面を順次仮付け溶接し,つぎに開先部内外面を自動溶接によって溶接した後,」のうちで引用発明と相違しているのは,本件審決が相違点3及び4として指摘する「本件発明が複数段の成形ロールを通して角形鋼管形状に成形するのに対し,引用発明では成形ロールが複数段であるかどうか不明である点。」(審決書11頁3行〜5行),「本件発明が,角形鋼管形状のものを移送して開先突合せ面を順次仮付溶接し,次に開先部内外面を自動溶接によって溶接するのに対し,引用発明は,本溶接前の仮付溶接工程がなく,また,開先加工がなされていないため,「開先部内外面を自動溶接によって溶接」(審決書11頁6行〜10行)する構成は採用していない点。」である。 鋼板を所定形状にまで成形するために,成形ロールの段数を増やし,成形ロールを多段で使用することが,本件出願当時,周知の技術であったことは,本件審決の挙げる甲第8号証などによって,容易に認めることができる。 前記(1)のとおり,鋼管製造技術において,溶接に先立って溶接すべき端部を開先加工することは,本件出願当時,当業者に周知の技術であったものである。また,甲第10号証,第11号証によれば,本件審決認定のとおり,丸形鋼管及び角型鋼管の溶接において,仮付溶接してから本溶接すること及び仮付溶接を突合せ部で密着させて溶接することは,周知慣用の技術であって,業界において通常行われていたことであると認められる。 そうすると,引用発明において,構成要件Cを採用することは,上記周知の技術に基づいて当業者が容易に想到し得たものというべきである。 本件発明の「一枚厚肉鋼板」が「12mm以上」であることを前提とする原告の主張が失当であることは,前述したとおりである。 (5) 構成要件Dに係る進歩性について 構成要件D「歪取りロールを通過させることによって歪取りを行なうこと」のうちで引用発明と相違しているのは,本件審決が相違点5として指摘する「本件発明が,溶接後の大径角形鋼管を「歪取りロール」を通過させて歪取りを行っているのに対し,引用発明では,「断面矯正ローラ」を通過させて若干の膨らみを矯正している点。」(審決書11頁12行〜14行)である。 「歪取りロール」と「断面矯正ローラ」とが,名称は異なるものの,同じ機能ないし作用をするものであることは,用語自体から明らかである。 原告は,本件発明は,すでに仮付け溶接時に製品としての所定断面成形が行われ,続いて内面及び外面両方に自動溶接をすることにより断面歪みが発生しにくく,改めて断面矯正工程を設ける必要はない,本件発明は,仮付け溶接時に角形鋼管の製品としての所定断面成形を行い,後の断面矯正工程を不要にしていることから,成形精度の高い角形鋼管を製造することを可能にしていると主張する。 しかしながら,上記主張は,構成要件Dそのものとは関係のない設計事項とでもいうべき事柄を根拠とするものであり,失当である。 (6) その他にも,原告は,本件発明が,「12mm以上の1枚厚肉鋼板」,「両側をX形状に開先加工」することを構成としていることを前提とした主張をするが,失当であることは,前述したとおりである。 (7) 原告は,本件発明が顕著な作用効果を有することを主張する。 しかしながら,本件発明が,「12mm以上の1枚厚肉鋼板」,「両側をX形状に開先加工」することを構成としていることを前提とする主張が採用し得ないものであることは,前述したとおりである。 また,その他に本件発明の構成を採用したことによる作用効果が存在するとしても,本件発明の構成をとった場合の自明の効果というべきものであって,当業者が容易に予測し得ないような格別の効果でないことは明らかである。 原告の主張は,採用できない。 4 取消事由4(審理手続の瑕疵)について (1) 原告は,本件最高裁判決が,前判決に対する判断で,「これを本件について見ると,本件訂正審決による本件明細書の特許請求の範囲の前記訂正のうち「一枚板鋼板」を「一枚厚肉鋼板」に訂正する点は特許請求の範囲の減縮に当たるものであるから,本件無効審決はこれを取り消すべきものである。」と述べたことを根拠に,本件審決は本件最高裁判決の拘束力に反しているとして,本件審決を論難する。 甲第25号証,第31号証によれば,前判決は,ある特許を無効にする審決(無効審決)に係る審決取消訴訟の係属中に,当該特許について明細書の記載の訂正を認める旨の審決が確定しても,訂正後の明細書に基づく発明を無効審決において引用された技術と対比したとき,無効審決と同旨の理由により同一の結論に達するときは,結果的に生じる,無効審決における発明の要旨の認定の誤りはその結論に影響を及ぼさないから,無効審決を違法として取り消すことはできない,との解釈の下に,前審決に係る審決取消訴訟の係属中に,「1枚板鋼板」を「1枚厚肉鋼板」に訂正することを認める審決(本件訂正審決)が確定してはいるものの,訂正後の発明自体,前審決において引用された技術との対比において進歩性を欠いているから,上記発明は特許を受けるべきものではないとしたこと,これに対して,本件最高裁判決は,「明細書の特許請求の範囲が訂正審決により減縮された場合には,減縮後の特許請求の範囲に新たな要件が付加されているから,通常の場合,訂正前の明細書に基づく発明について対比された公知事実のみならず,その他の公知事実との対比を行わなければ,右発明が特許を受けることができるかどうかの判断をすることができない。そして,このような審理判断を,特許庁における審判の手続を経ることなく,審決取消訴訟の係属する裁判所において第一次的に行うことはできないと解すべきであるから,訂正後の明細書に基づく発明が特許を受けることができるかどうかは,当該特許権についてされた無効審決を取り消した上,改めてまず特許庁における審判の手続によってこれを審理判断すべきものである。」,「これを本件について見ると,本件訂正審決による本件明細書の特許請求の範囲の前記訂正のうち「一枚板鋼板」を「一枚厚肉鋼板」に訂正する点は特許請求の範囲の減縮に当たるものであるから,本件無効審決はこれを取り消すべきものである。」と判断したことが認められる。これによれば,本件最高裁判決が,本件特許に係る特許請求の範囲の記載内容について,「一枚板鋼板」の中には「一枚厚肉鋼板」とそれ以外のものがあるということを説示していることは,明らかである。しかし,甲第25号証によれば,本件最高裁判決が本件特許に係る特許請求の範囲の記載内容自体について論じ,判断したのは,そのことだけであり,「一枚厚肉鋼板」自体の意義を含め,それ以上のことには何ら言及していないことが,明らかである。原告主張は,失当である。 (2) 原告は,本件明細書(本件訂正による訂正後の明細書)に基づく発明が,訂正前の明細書に基づく発明と同様に無効とされるべきであるならば,本件訂正審決は,旧法126条3項に違反していることになり,このような場合には,旧法下では,まず,被告の「請求」に基づく訂正無効の審判(旧法第129条)により本件訂正を無効にした上,訂正前になされた無効審決(前審決)を維持することが予定されているのであり,これは,本件最高裁判決が指摘するところである,ところが,今日に至るまで,被告より,本件訂正につき,同条に基づく無効審判の「請求」がなされたことはない,本件審決は,本件最高裁判決の趣旨に反しており,違法なものというほかない,と主張する。 (ア) 旧法126条1項は,「特許権者は,次に掲げる事項を目的とする場合に限り,願書に添附した明細書又は図面の訂正をすることについて審判を請求することができる。」と,3項は,「第1項第1号の場合は,訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならない。」と規定し,同129条1項は,「願書に添附した明細書又は図面の訂正が第126第1項から第3項までの規定に違反しているときは,その訂正を無効にすることについて審判を請求することができる。」と規定し,同130条は,「願書に添附した明細書又は図面の訂正を無効にすべき旨の審決が確定したときは,その訂正は,初めからなかったものとみなす。」と規定している。また,平成5年法律第26号による改正法の附則2条7項は,「この法律の施行前に請求された旧特許法第126条第1項の審判による明細書又は図面の訂正についての旧特許法第129条第1項の審判については,新特許法第195条第1項及び第2項の規定により納付すべき手数料を除き,なお従前の例による。」と規定している。 旧法の上記規定の仕方によれば,旧法においては,訂正無効審判を無効審判と明確に区別し,それぞれ独立した手続としていることが明らかである。本件訂正審決は,旧法126条1項の審判であったのであり,これについては,旧法が廃止された後も,なお従前の例によるとされていたのであるから,本件訂正審決についてなされた独立特許要件を肯定する判断を争うに当たっては,無効審判によることなく,旧法129条1項の訂正無効の審判によってするというのが,法の予定していたところであると解するのが,最も素直な解釈というべきである。 しかし,訂正無効審判と無効審判とを上述したように厳格に区別しないという解釈も,あり得るものというべきである。すなわち,旧法下においても,訂正審決が確定すると,その訂正後の明細書又は図面により特許権の設定の登録がされたものとみなされるから(旧法128条),訂正後の明細書又は図面によって特定される発明について,あたかも,それが登録時にそのようなものであったかのようにみて,当該特許(以下「訂正後の特許」ということがある。)を無効にすることについて審判を請求することができる,と解することに,少なくとも一定限度では合理性を認めることができるからである。しかし,この場合でも,訂正審決の確定によって発明の要旨が変更されれば,従前の無効審判の請求の根拠となる無効理由は,それまで主張されてきたものとは,異なったものとならざるを得ず,しかも,無効理由が何であるかは,第三者の地位にも大きな影響を与える重要な事項である(旧法167条は「何人も、第123条第1項,第125条の2第1項又は第129条第1項の審判の確定審決の登録があったときは,同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない。」と規定している。)以上,請求人が外形的に明確な手続によって特定すべき事柄であるということができるから,訂正後の特許を無効にすることについて審判を請求しようとする者は,これについて,新たに,審判請求をしなければならないことになるものというべきである。 ところが,被告は,訂正無効審判の請求も,訂正後の特許について新たな無効審判の請求もしておらず,従前からの無効審判の請求を維持したままであるから,この状態のままで訂正後の特許について審理判断することには,手続上,瑕疵があるといわざるを得ない。 (イ) 一方,訂正無効審判において特許要件の適否の判断を争うにせよ,訂正後の特許について新たな無効審判で特許要件が欠如していることを争うにせよ,いずれにしても,訂正後の発明と訂正前の発明とで技術分野が変わるわけではなく,審理判断の基礎となる事実も,従前の無効審判におけるそれと多くの部分を共通にしているのが通常であるから,従前からの無効審判の手続を利用することができれば,審判の経済の面で好都合であり,望ましいものということができる。 また,訂正無効の審判によるにせよ,新たな無効審判によるにせよ,訂正後の特許についての審理判断を,従前からの無効審判の手続とは別の手続によって行う場合,特許庁は,旧法129条の訂正無効審判の請求の可能性がある限り,訂正無効審判において訂正が無効となって,再度,従前からの無効審判の審理を行わなければならないことがあり得るため,これにつき手続を中止することも考慮しなければならず,手続が煩雑になる。 これらのことを考えると,訂正後の特許についての審理判断を,従前からの無効審判と別個の手続で行うことには,好ましくない側面があることを,否定することはできないというべきである。 甲第26号証(審決書)によれば,本件において,審判官は,訂正審判が確定した後,審判請求人である被告に対して,「訂正後の本件特許発明について,なお,それが無効理由を有するとの主張をするのであれば,その主張を回答書において述べられたい。」との審尋を行ったこと,審判請求人である被告は,平成11年11月9日付けで,「審判事件回答書」を提出したこと,審判官から,この回答書の送付を受け,「回答書の内容について反論があれば,その主張を回答書において述べられたい。」との審尋を受けた審判被請求人である原告は,平成12年5月31日付けで,「審判事件回答書」を提出したこと,本件審決は,これらの審尋の結果を前提として,審決をしたことが認められる。 上記事実によれば,被告が,訂正無効審判の請求も,訂正後の特許について新たな無効審判の請求もしていないのに対し,審判官は,従前からの無効審判の手続を利用して,新たな無効審判の手続を進めたものということができる。このような審判手続の利用の仕方は,明文の規定を欠くものであり,上述した審判手続における経済のためにするとはいっても,そこに何らの問題もないとすることはできない。 仮に,特許法153条の定める職権審理の規定に基づき従前からの無効審判の手続を利用することができるとの解釈をとったとしても,本件全証拠を検討しても,その場合に必要な所定の手続(旧法153条2項)がとられた形跡はない。 しかしながら,甲第26号証及び弁論の全趣旨によれば,本件審決に係る手続において,審判被請求人である原告は,上記のとおり「審判事件回答書」を提出し,要旨として,「本件請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め,その理由は,審判請求人である被告の主張する理由及び提出された証拠方法によっては,訂正後の特許を無効とすることはできないとの趣旨のものであったことが明らかであり,原告もこれを認めているところである。そして,原告が,特許庁によるこのような処理に対して格別の異議を述べたことは,本件全証拠によっても認めることができない。 以上の諸事情を総合すると,本件審決に係る手続において,審判官が,従前からの無効審判の手続を利用して,新たな無効審判の手続を進めたことに,仮に何らかの瑕疵があったとしても,その瑕疵が,それを理由に本件審決を取り消さなければならないほどのものでないことは,明らかというべきである。 原告の上記主張は,採用できない。 (3) 原告は,本件審決は,本件訂正について自ら下した判断(訂正認容の審決及び訂正異議の申立ては理由がない旨の決定)と異なる判断をしており,一事不再理の原則違反ないし自己矛盾の審決であって違法であると主張する。 しかしながら,上述したとおり,本件審決は,従前からの無効審判の手続を利用して新たな無効審判の手続を進めたものであって,実質的には,訂正無効審判に代えて,本件訂正に係る判断を,再度,審理判断したというものであり,一事不再理の原則違反の審決となるものではなく,自己矛盾の審決となるものでもない。 原告の上記主張は,失当である。 5 結論 以上によれば,原告主張の審決取消事由は,いずれも理由がなく,その他,審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。よって,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
---|---|
裁判官 | 宍戸充 |
裁判官 | 阿部正幸 |