運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 異議1997-73001
関連ワード 製造方法 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  参酌 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  補助参加 /  取消決定 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 11年 (行ケ) 344号 特許取消決定取消請求事件
原告 ノートンカンパニー
訴訟代理人弁護士 宇井正一
同 弁理士 古賀哲次
訴訟復代理人弁理士 岩出昌利
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 小林武
同 大野克人
同 宮川久成
被告補助参加人 株式会社ノリタケカンパニーリミテッド
被告補助参加人 株式会社エフエスケー
被告補助参加人 三井研削砥石株式会社
被告補助参加人 株式会社ミズホ
被告補助参加人 株式会社ティ・ケー・エックス
被告補助参加人 株式会社テイケン
被告補助参加人 株式会社ニートレックス本社 7名訴訟代理人弁理士 加藤朝道
同 内田潔人
同 石田康昌
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/12/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成9年異議第73001号事件について平成11年6月10日にした決定を取り消す。
訴訟費用は原告の負担とする。
2 被告 主文第1、2項と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、名称を「フリットで結合された研削砥石」とする特許第2567475号発明(優先権主張日1988年8月25日・米国、平成元年8月24日特許出願、平成8年10月3日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。
平成9年6月25日、上記特許につき特許異議の申立てがされ、平成9年異議第73001号事件として特許庁に係属したところ、原告は、平成10年4月24日に明細書の発明の詳細な説明の記載を訂正する旨の訂正請求をし、平成11年2月22日にその訂正請求書の補正をした(以下、同補正に係る訂正後の明細書を「本件明細書」という。)。
特許庁は、同特許異議の申立てにつき審理した上、平成11年6月10日、
「訂正を認める。特許第2567475号の請求項1ないし9に係る特許を取り消す。」と決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は同月30日原告に送達された。
2 本件発明の要旨 1.砥粒及びそれのためのビトリファイド結合剤を含んでなる砥削砥石であって、上記砥粒が10〜100重量%の多結晶性焼結アルミナ質研磨材及び0〜90重量%の別の種類の研磨材から本質的になり、上記ビトリファイド結合剤が少なくとも40重量%のフリットを含有しており、それにより水系冷却液を用いた研削作業時における研削比が、フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石と比べて少なくとも84%大きいことを特徴とする研削砥石。
2.前記別の種類の研磨材が、溶融アルミナ、共溶融アルミナ-ジルコニア、
炭化ケイ素、炭化ホウ素、ザクロ石、金剛砂、フリント、立方晶窒化ホウ素、ダイヤモンド及びそれらの混合物からなる群より選択されたものである、請求項1記載の研削砥石。
3.前記砥粒が32〜54容積%の量で存在し、前記結合剤が2〜20容積%の量で存在しており、且つ15〜55容積%の気孔が含まれている、請求項1記載の研削砥石。
4.前記ビトリファイド結合剤が、ムライト、カイアナイト、氷晶石、霞石閃長岩及びそれらの混合物からなる群より選択された充填剤を1〜40重量%含有している、請求項1記載の研削砥石。
5.前記別の種類の研磨材が溶融アルミナである、請求項2記載の研削砥石。
6.前記別の種類の研磨材が立方晶窒化ホウ素である、請求項2記載の研削砥石。
7.砥粒及びそれのためのビトリファイド結合剤を含んでなる研削砥石であって、上記砥粒が10〜100重量%の、種入りのゾルゲル焼結アルミナ質研磨材及び0〜90重量%の別の種類の研磨材から構成されており、上記ビトリファイド結合剤が少なくとも40重量%のフリットを含有しており、各焼結された種入りゾルゲルアミルナ質砥粒が一般的に等軸晶であり且つ大きさが約0.4μm以下であるαアルミナの複数の微結晶から本質的になる砥粒であり、それにより水系冷却液を用いた研削作業時における研削比が、フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石と比べて少なくとも84%大きいことを特徴とする研削砥石。
8.前記焼結されたアルミナ質研磨材が、シリカ、クロミア、マグネシア、ジルコニア、ハフニア及びそれらの混合物からなる群より選択された有効量の粒子成長抑制剤を含んでいる、請求項7記載の研削砥石。
9.砥粒及びそれらのためのビトリファイド結合剤を含んでなる研削砥石であって、上記砥粒が10〜100重量%の焼結されたアルミナ質研磨材及び0〜90重量%の別の種類の研磨材から構成されており、上記ビトリファイド結合剤が少なくとも40重量%のフリットを含有しており、上記焼結されたアルミナ質研磨材が実質的にカルシウムイオン及びアルカリ金属イオンのない研磨材であり且つ実質的に、αアルミナを含んでなる支配的な連続アルミナ相中に改質成分を含んでなる微結晶の第二次的な相を含んでなる均質微結晶性構造を有し、上記改質成分が、上記焼結されたアルミナ質研磨材の焼成固形分の容積百分率に基づき、
(i)少なくとも10%の、ジルコニア、ハフニア、又はジルコニアとハフニアとの組み合わせ、
(ii)少なくとも1%の、アルミナとコバルト、ニッケル、亜鉛もしくはマグネシウムより選択された金属の少なくとも1種の酸化物とから得られたスピネル、又は、
(iii)1〜45%の上記のジルコニア、ハフニア、もしくはジルコニアとハフニアとの組み合わせ及び少なくとも1%の上記スピネル、
より選択されており、
それにより水系冷却液を用いた研削作業時における研削比が、フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石と比べて少なくとも84%大きいことを特徴とする研削砥石。
(以下、請求項1〜9記載の各発明を、請求項の番号に対応して「本件発明1〜9」などという。) 3 本件決定の理由 本件決定は、別添決定書写し記載のとおり、上記補正及び訂正を認めた上、
特許異議の申立てについて、本件発明1は、特開昭61-56872号公報(本訴甲第4号証、以下「刊行物1」という。)記載の発明及び昭和51年1月株式会社技報堂発行の「ファインセラミック」643頁〜646頁、第3.12項(本訴甲第5号証、以下「刊行物2」という。)又は米国特許第1918312号明細書(本訴甲第8号証、以下「刊行物5」という。)記載の発明に基づき、本件発明2、5、6は、刊行物1記載の発明及び刊行物2又は同5記載の発明並びに周知の技術に基づき、本件発明3は、刊行物1記載の発明及び刊行物2又は同5記載の発明に基づき、本件発明4は、刊行物1記載の発明及び刊行物2又は同5記載の発明並びに特開昭57-178667号公報(本訴甲第7号証)記載の発明に基づき、
本件発明7、8は、刊行物1記載の発明及び刊行物2又は同5記載の発明並びに特開昭60-231462号公報(本訴甲第9号証)記載の発明に基づき、本件発明9は、刊行物1記載の発明及び刊行物2又は同5記載の発明並びに米国特許第4314827号明細書(本訴甲第10号証)記載の発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明はいずれも特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、その特許は同法113条1項2号に該当するものとして取り消すべきであるとした。
原告主張の本件決定取消事由
本件決定の理由中、上記補正及び訂正を認めた判断(決定書2頁16行目〜7頁9行目)、本件発明の要旨の認定(同11頁4行目〜14頁末行)、刊行物1、2の記載事項の認定(同15頁5行目〜16頁6行目)は認める。
本件決定は、本件発明1の進歩性に関し、本件発明1と刊行物1記載の発明とのフリットの含有に係る構成の相違及び研削比に係る構成の相違についての各判断を誤る(取消事由1、2)とともに、本件発明2〜9についても同じ判断の誤りがある(取消事由3)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(フリットの含有に係る構成の相違についての判断の誤り) (1) 本件決定は、本件発明1の「ビトリファイド結合剤が少なくとも40重量%のフリットを含有しており」との構成に関し、「刊行物1の砥石車のガラス質結合剤すなわちビトリファイド結合剤に代えて刊行物2または刊行物5の低温焼成可能なフリット含有ビトリファイド結合剤を用いることは、当業者ならば容易に推察できる程度のことである」(決定書19頁18行目〜20頁2行目)とするが、誤りである。
(2) 本件発明の意義について 砥石の業界では長い間溶融アルミナ砥粒が主流をなしており、それは現在でも変わらないが、本件発明は、これと質的に異なる新世代の砥粒である多結晶性焼結アルミナ質研磨材に関するものである。多結晶性焼結アルミナ質研磨材は、微細な結晶子からなる多結晶粒であり、砥粒が一群の結晶子で構成される界面でチッピングすると、一つの砥粒内で何回も鋭い切り刃が再生され、砥粒の研削性能が顕著に改良される。そして、このような多結晶性焼結アルミナ質研磨材については、
低温(1100℃以下)焼成という改良を経て、乾式研削では研削性能の向上を図ることができたが、湿式研削、特に水系冷却液を用いる湿式研削においては期待される効果を得ることができなかった。本件発明は、このような課題を解決するものであり、多結晶性焼結アルミナ砥粒を用いるビトリファイド砥石のビトリファイド結合剤としてフリットを用いることにより上記課題を解決したものである。したがって、本件発明の進歩性は、このような課題の解決との関連において評価されるべきである。
(3) 刊行物1記載の発明と刊行物2又は同5記載の各発明の組合せについて 刊行物1(甲第4号証)に、多結晶性焼結アルミナ研磨材を用いたビトリファイド砥石が、刊行物2(甲第5号証)に、少なくとも40重量%のフリットを含有するビトリファイド結合剤が、刊行物5(甲第8号証)に、アルミナ砥粒を用いた砥石の結合剤として硼珪酸ガラスをフリットとして使用することが、それぞれ記載されていることは確かであるが、刊行物1記載の砥石車のビトリファイド結合剤に代えて刊行物2又は同5記載のフリット含有ビトリファイド結合剤を用いる動機は見当たらず、このように用いることは容易に推察できるものではない。
すなわち、刊行物1には、多結晶性焼結アルミナ研磨材を用いたビトリファイド砥石において水系冷却液研削における研削比が顕著に低下するという本件発明の課題は示されていないし、本件発明のように、フリットを使用することによってこれを解決するという点についても記載されていない。
他方、刊行物2は、本件発明のように多結晶性焼結アルミナ研磨材ではなく、従来の炭化珪素及び溶融アルミナの砥粒にビトリファイド結合剤として用いるフリットを記載しているにすぎない。
また、刊行物5は、砥粒表面不純物のないアルミナ砥粒において、硼珪酸ガラスを結合剤として使用する場合の一つの実施態様としてフリットを開示しているにすぎず、硼珪酸ガラスやアルミナ砥粒を離れて、一般的な技術思想としてフリットの使用を開示するものではない。
この点について、本件決定は「溶融アルミナ砥粒を用いた砥石の結合剤として、フリットを使用すれば、溶融アルミナとガラス質結合剤との反応が抑制されて、冷却研削および自由研削時における研削性能が著しく向上することが、刊行物5に記載されている(第1頁左欄第25行〜50行参照)。そして、この当時に於ける冷却研削といえば、水系冷却液を用いた研削が慣用されているから、同刊行物の記載は、水系冷却液を用いた場合においても、フリットを用いた溶融アルミナ砥石の研削性能の著しい向上をもたらすことが示唆されているといえる」(決定書20頁13行目〜21頁3行目)と認定し、これを刊行物1、5記載の各発明の組合せの動機としている。ここでいう「冷却研削および自由研削時における研削性能」とは、刊行物5の記載中の「cool and free cutting properties」(1頁48行目〜49行目)との記載を受けたものと解されるが、当該記載は、刊行物5記載の砥石車が適当な自己ドレッシング性を有しており、先端が鈍化して自由な切削性を失って摩擦熱を発生するに至った砥粒は脱離し、その下層の新しい低温の砥粒が表出して継続的に切削作用が行われることを指すものであって、水系冷却液を用いた研削とは関係がない記載であるから、上記の組合せの動機付けとなるものではない。
2 取消事由2(研削比に係る構成の相違についての判断の誤り) (1) 本件決定は、本件発明1の「水系冷却液を用いた研削作業時における研削比がフリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石と比べて少なくとも84%大きく」するとの構成(以下「構成A」という。)について、「そのような研削比が得られるように結合剤の量を加減することは、普通に行われていることであるから、水系冷却液においても著しい効果があることが刊行物5において示唆されていれば、構成Aのようにすることは当業者にあっては格別困難なことであるとはいえない」(本件決定書21頁11行目〜17行目)とするが、誤りである。
(2) 本件決定の上記判断は、フリットの使用による水系冷却液を用いた研削作業時における研削比の向上が刊行物5に示唆されていることを論拠とするものであるが、これが失当であることは上記1(3)で述べたとおりである。そして、構成Aは、水系冷却液研削の場合に多結晶性アルミナ質研磨材にフリットを用いて、同等のフリットを含有しない砥石と比べて研削比が少なくとも84%(実施例では300%)も向上させたことを規定するものであるが、このような砥石は、従来の湿式研削の歴史において全く示唆されていない新規かつ特異なものである。
(3) 被告及び被告補助参加人らは、構成Aの根拠である本件明細書の実施例4において、砥石IとJとは結合剤の容積比等が異なるなどとして、そのようなパラメータを無視して研削性能を対比しても客観的な技術的意味はなく、結合剤の容積比や組成等を適宜変更して容易にし得る旨主張する。しかし、本件明細書の実施例の記載にあるように、本件発明の実施例と比較例とで結合剤の容積比を変えたのは、砥石の硬さを同じにした結果であり、その他の条件は誠実に制御している。すなわち、フリットを用いた砥石とフリットを用いない(以下「ノンフリット」ということがある。)砥石とでは、結合剤の量を同じにした場合、砥石の硬さが違いすぎて比較することができないところ、結合剤の量を増やすことにより一般に砥石の硬さが増大することから、結合剤の量を調整して砥石の硬さを同じにしたものにすぎない。砥石の業界では、砥石の研削性能を比較するためにこのように砥石の硬度を調整することはよく行われていることにすぎず、例えば、被告補助参加人株式会社ノリタケカンパニーリミテッドを特許権者とする特許第3017697号公報(甲第16号証)の実施例(段落【0051】)においても同様の取扱いがされている。
したがって、構成Aの「フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石」の選択基準、研削性能の比較では、砥石の硬さ(グレード)が唯一最大の要因であり、これを基準として上記「同等の研削砥石」の技術的意義を確定することができるから、被告及び被告補助参加人らの上記主張は失当である。
3 取消事由3(本件発明2〜9についての容易想到性の判断の誤り) 本件発明2〜6は、請求項1を直接又は間接に引用するものであり、本件発明7〜9は、請求項1を引用する形式ではないものの、請求項1の構成をすべて備えるものである。そして、本件発明1が特許性を備えることは上記のとおりであるから、これを更に特定する構成を付加した本件発明2〜9の特許性が否定される理由はない。したがって、本件発明2〜9について、本件出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする本件決定の判断(決定書21頁19行目〜26頁13行目)は誤りである。
被告及び被告補助参加人らの反論
本件決定の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(フリットの含有に係る構成の相違についての判断の誤り)について (1) 本件発明1の「ビトリファイド結合剤が少なくとも40重量%のフリットを含有しており」との構成については、以下のとおり、刊行物1記載の砥石車のビトリファイド結合剤に代えて刊行物2又は同5記載のフリット含有ビトリファイド結合剤を適用することは、当業者において容易に想到することができたものというべきである。
(2) すなわち、刊行物2(甲第5号証)に、40重量%以上のフリットを含有するビトリファイド結合剤が950℃の低温で焼成できることが、刊行物5(甲第8号証)には、実施例として100%フリット化した結合剤の使用が、それぞれ記載されており、特開昭48-21884号公報(甲第6号証)、特開昭57-178667号公報(甲第7号証)、「CERAMIC AGE1958年4月号」40頁〜44頁(乙第21号証)、平成元年4月10日技報堂出版株式会社発行の「セラミック工学ハンドブック」2242頁〜2255頁(乙第13号証)等にも同様の内容が記載されている。そうすると、ビトリファイド結合剤を用いた研削砥石を低温焼成する場合に、フリットを用いることは、本件優先権主張日当時、周知慣用のことであったというべきであり、これを刊行物1記載の砥石車のビトリファイド結合剤に適用することに何らの困難性もない。
(3) さらに、刊行物1(甲第4号証)には、多結晶質焼結アルミナ質研磨材をガラス質結合剤(すなわちビトリファイド結合剤)で結合した砥石車において、ガラス質結合剤との不利な反応は砥石車の焼成温度を1100℃以下に下げることにより避けることができるとの記載がある。ここでいうガラス質結合剤としてフリットを用いるとの明示的な記載はないものの、当該結合剤の組成として示されている記載(2頁右下欄1行目〜14行目)は、一般に陶磁器のうわぐすりとされるガラス又はフリットの組成を示すのにセラミック業界で慣用されているゼーゲル式(昭和61年1月25日丸善株式会社発行の「セラミックス辞典」233頁〔乙第14号証〕参照)に準じたものであるから、当業者は、この記載から結合剤として直ちにフリットを想起する。
(4) 原告は、刊行物5の「cool and free cutting properties」との記載は水系冷却液を用いた研削とは関係がない旨主張するが、「cool」が「冷たい」を意味することは明らかであり、かつ、水系冷却液の使用が周知慣用の技術であったことを踏まえれば、上記記載をもって冷却研削であると解するのが自然である。仮に、
これが水系冷却液の使用を直接には意味しないものであるとしても、フリットの使用による研削性能の著しい向上を示唆することに変わりはないから、刊行物1、5記載の各発明の組合せを何ら阻害しない。
(5) また、原告は、刊行物5は、アルミナ砥粒において、硼珪酸ガラスを結合剤として使用する場合の一つの実施態様としてフリットを開示しているにすぎず、
硼珪酸ガラスやアルミナ砥粒を離れて、一般的な技術思想としてフリットの使用を開示するものではない旨主張するが、失当である。
すなわち、刊行物5(甲第8号証)には、フリット化による利点として、
焼成時間に関し、ノンフリット結合剤の場合に最大14日要したものがフリットの場合には最大12時間に短縮されること、1100℃という低温焼結が可能となることが記載されている(3頁37行目〜57行目)ところ、アルミナ砥粒を用いた研削砥石に限らず、一般に、ビトリファイド結合剤との反応は、焼成温度が高いほど、また、焼成時間が長いほど激しくなり、砥石の研削性能の劣化を引き起こすことは周知の事項である。刊行物5に記載されたフリットの使用による上記のような利点は、刊行物1記載の砥石車についても妥当するものであり、そのビトリファイド結合剤として刊行物5記載のフリット含有ビトリファイド結合剤を用いる動機となり得るものである。
2 取消事由2(研削比に係る構成の相違についての判断の誤り)について (1) 本件発明1の構成A、すなわち「水系冷却液を用いた研削作業時における研削比がフリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石と比べて少なくとも84%大きく」するとの構成は、当業者が適宜し得る設計的事項にすぎない。
構成Aについては、本件明細書の実施例4におけるフリットを使用した砥石Iと対照砥石Jとの水系研削性能の対比から導出された趣旨と解されるところ、
これらの砥石においては、結合剤の砥石全体に占める容積比が、砥石Iが27容量%であるのに対し砥石Jが14.61容量%であるほか、気孔率でも大きく相違しており、また、結合剤の組成や焼成条件等が示されていない。しかし、結合剤の量を増加させて研削比を増加させることは従来から周知の慣用手段であり(「機械と工具1967年5月号」〔乙第11号証〕の40頁左欄1行目〜5行目、前掲「セラミック工学ハンドブック」〔乙第13号証〕の2242頁〜2243頁、2248頁、図2.33)、また、結合剤組成の差によって研削比が多大な影響を受けることも当業者にとって周知である(1989年発行の「GRINDING TECHNOLOGY Theory and Applications of Machining with Abrasives」204頁、216頁〜221頁〔乙第22号証〕)。したがって、このような研削性能に重要な影響を及ぼす結合剤の容積比、気孔率、組成等のパラメータを無視して研削性能を対比しても客観的な技術的意味はないというべきであり、これらを任意に変更することができるのであれば、結合剤の容積比、気孔率、組成等を適宜に設定することによって、
研削比を84%以上大きくすることは当業者の容易にし得ることである。
3 取消事由3(本件発明2〜9についての容易想到性の判断の誤り)について 原告は、本件発明1に係る取消事由1、2を前提として、本件発明2〜9についての本件決定の誤りを主張するが、取消事由1、2に理由がないことは上記のとおりである以上、取消事由3も失当である。
当裁判所の判断
1 取消事由1(フリットの含有に係る構成の相違についての判断の誤り)について (1) 刊行物1(甲第4号証)には、本件決定も認定するとおり(決定書15頁5行目〜17行目)、「研磨粒(すなわち砥粒)及びそれのためのガラス結合剤(ビトリファイド結合剤)を含んでなる研削砥石であって、上記砥粒が100重量%のサブミクロンすなわち1μmより小さいα-アルミナ核粒を含む乾燥アルミナゲル粒を焼結したもの(すなわち多結晶性焼結アルミナ質研磨材)から本質的になる研削砥石」が記載されており、このことは当事者間に争いがない。そこで、刊行物1の砥石車のガラス質結合剤に代えて、刊行物2記載のフリットを含有するビトリファイド結合剤を用いることにより、本件発明1の「ビトリファイド結合剤が少なくとも40重量%のフリットを含有しており」との構成を得ることが、当業者の容易に想到することのできたものか否かについて判断する。
(2) 刊行物2(甲第5号証)には、研削砥石の結合剤としてフリットを使用することに関して、以下の記載がある。
「3.12 研削砥石 3.12.1 概要 硬さの大きい鉱物を利用し、物を削り、またすり減らす作業に使用される物質を研摩材といい、このうち、特に研削作業に使用するものを研削材と称しているが、明確な区別はない。
研削材として使用されている物質を大別すると次のようである。
天然鉱物-ダイヤモンド、金剛砂(エメリー)、スピネル、ざくろ石、珪砂、その他 人造鉱物-溶融アルミナ、炭化珪素、炭化硼素、窒化物など これらの研削材に結合剤を加え、一定の形に結合成形したものを人造砥石といい、高硬度鉱物(例えば珪石)の微細粒子が結合した組織からなる岩石を加工したものを天然砥石と称している。人造砥石の結合剤には無磯物と有磯物があるが、窯業的操作でつくられるもの、すなわち焼成を行なって製品とするセラミック結合研削砥石(ceramic-bonded abrasive grinding wheel)は工学用セラミック製品として重要な工業の一部門になっている。
<特徴> 研削砥石は砥粒を結合剤がくわえ込み、微細な鋭角部分を絶えず自生しつつ高速に工作物の加工を行なう工具である。したがって砥石としては砥粒、結合剤、気孔率が3つの要素となる。結合が窯業原料(粘土、長石など)の熔融で得られるものをビトリファイド・ボンド(vitrified bond)といい、これでつくられた砥石をビトリファイド砥石(vitrified wheel)という。・・・ <製造方法> 結合剤原料には粘土;長石;フリット;水ガラス;Fe2O 3、CaC0 3、ZnO、硼砂、MgCO 3;各種燐酸塩を用いる。結合剤は通常の精セラミック調整方法に従って行ない、乾燥する。これを砥粒と混合する。成形は乾式加圧、振動加圧、および鋳込みが一般的である」(639頁1行目〜640頁13行目) 「3.12.4 デグサ社の研削砥石用フリット ドイツDegussa社では、砥石について結合剤の硬度、砥粒の粒度、砥粒の切削能力、素地の構造(すなわち砥粒配列密度およびセラミック結合剤の型と分布)が製品の特性を支配する重要な要素であることを主眼として研究を行い、特に結合剤としては砥粒との結合力よりも表面張力の方がはるかに重要であるという見解から表面張力の最も小さい、すなわち砥粒との濡れが最も良い調合を求めている。すなわち次のようである。・・・ b.フリット結合剤 炭化珪素およびアランダム砥石用 Si02 20〜22% PbO 55〜60 Na2O 4〜 7 B2O 3 10〜13 表面張力:175dynes/cm(900℃) 950℃焼成の砥石調合 砥粒 100部(重量) Vallender粘土 5〜8 フリット 10〜12 (微粉石英 5〜10)」(646頁1行目〜下から5行目) (3) 以上の記載に基づいて判断するに、まず、上記3.12.4の項の記載(具体的には、「b.フリット結合剤」の「結合剤950℃焼成の砥石調合」の例)が、「ビトリファイド結合剤が少なくとも40重量%のフリットを含有している砥石用結合剤」を開示するものであることは当事者間に争いがないところ、原告は、刊行物1には、多結晶性焼結アルミナ研磨材を用いたビトリファイド砥石において水系冷却液研削における研削比が顕著に低下するという本件発明の課題が示されていないこと、刊行物2は、本件発明のように多結晶性焼結アルミナ研磨材ではなく、従来の炭化珪素及び溶融アルミナの砥粒にビトリファイド結合剤として用いるフリットを記載しているにすぎないことから、両者を組み合わせる動機がない旨主張する。
しかし、上記3.12.1項が、研削砥石に関する一般的な概要説明として、すなわち、特定の砥粒との組合せにかかわらない結合剤に関する一般論としてフリットの使用について記載している上、上記3.12.4項の「結合剤950℃焼成の砥石調合」の例についても、当該記載中の「砥粒」が、原告の主張するように「従来の炭化珪素及び溶融アルミナの砥粒」に限定したものとは認められない。
加えて、刊行物1には、「本発明で使用する研摩材は、サブミクロンのα-アルミナ核粒を典型的に約0.6重量%含む乾燥させたアルミナゲル粒を1250〜1400℃に焼結したものである。・・・このような研摩材をガラス結合といし車に使用しようと試みたが、始めは完全に失敗した。それは研摩材と結合剤との間で反応がおきるためである。そこで、といし車の焼成温度を、通常の結合剤では1000℃以下に下げ、またアルミナおよびシリカを多く含む高粘度の結合剤では1220℃以下に下げれば、このような不利な反応を避けられることを発見した」(2頁左上欄16行目〜右上欄11行目)との記載があるところ、この焼成温度については、刊行物2記載の「結合剤950℃焼成の砥石調合」の例に沿うものである。そうすると、上記3.12.4項の「結合剤950℃焼成の砥石調合」の例に開示された「ビトリファイド結合剤が少なくとも40重量%のフリットを含有している砥石用結合剤」を、引用例1記載の多結晶性焼結アルミナ質研磨材とビトリファイド結合剤から本質的に成る研削砥石に適用することを妨げるべき理由はないというべきである。
(4) したがって、刊行物1の砥石車のガラス質結合剤に代えて、刊行物2記載のフリットを含有するビトリファイド結合剤を用いることにより、本件発明1の「ビトリファイド結合剤が少なくとも40重量%のフリットを含有しており」との構成を得ることは、当業者の容易に想到することのできたものというべきであり、
これと同趣旨の審決の判断に誤りはない。よって、原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(研削比に係る構成の相違についての判断の誤り)について (1) 本件発明1の構成A、すなわち「水系冷却液を用いた研削作業時における研削比が、フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石と比べて少なくとも84%大きいこと」に関して、被告及び被告補助参加人らは、構成Aは、客観的な技術的意味を有するものではなく、設計的事項にすぎない旨主張するのに対し、原告は、砥石の硬さ(グレード)を基準としてその技術的意義を確定することができる旨主張するので、取消事由2について判断する前提として、構成Aの「フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石」の技術的意義について、
以下検討する。
(2) まず、特許請求の範囲の「フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石」との文言自体から見た場合、単純にフリットのみを除外して、その余の組成を全く同一とした研削砥石が考えられないではないが、本件発明1において、ビトリファイド結合剤は、フリットがその少なくとも40重量%を占める組成物であるから、単純にフリットのみを除外した研削砥石は、フリットを含有する研削砥石と比較して、砥粒と結合剤の配合比率が大きく異なってしまうことが明らかであり、これを「フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石」ということは技術常識から不合理というべきである。そして、上記の記載自体は、他のいかなる観点から「同等」と規定するものか、何ら具体的に明らかにしないといわざるを得ないので、特許請求の範囲の記載のみからは、構成Aの技術的意義を確定することはできない。
(3) そこで、本件明細書(甲第3号証添付)の発明の詳細な説明の記載を参酌して検討するに、構成Aに関する直接の記載としては、〔課題を解決するための手段及び作用効果〕の欄の末尾に「本発明による研削砥石は、水系冷却液を用いた研削時における研削比が、フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石と比べて少なくとも84%大きい」(19頁13行目〜末行)との記載があるにすぎず、上記特許請求の範囲の記載の域を出るものではないから、やはり「フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石」の技術的意義を何ら明らかにするものとはいえない。
他方、構成Aについての直接的な説明とはいえないものの、本件明細書(甲第3号証添付)の発明の詳細な説明の〔実施例〕の欄(20頁〜39頁)には、砥石A〜Cを対比した「例1」、砥石D、Eを対比した「例2」、砥石F〜Hを対比した「例3」及び砥石I、Jを対比した「例4」が記載されているので、この記載から「フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石」の意義が明らかになるかどうか、以下検討する。
ア 「例1」について 「例1」は、研磨材が溶融アルミニウムでノンフリットのビトリファイド結合剤を用いた砥石A、研磨材が焼結アルミナ質でノンフリットのビトリファイド結合剤を用いた砥石B、研磨材は砥石Bと同じでフリット処理されたビトリファイド結合剤を用いた砥石Cについて、水系冷却液を使った研削試験を行い、各研削比を求めたものとされているところ、「三つの砥石は全て、48容積%の研磨材を含有していたけれども、砥石A及びBが7.2容積%のフリット処理していないビトリファイド結合剤を含有していたのに対し、砥石Cの結合剤の量は9.1容積%に増加し、その結果砥石Cはその分だけ気孔率が低下していた。本発明の砥石Cの結合剤の量が増加している理由は、砥石Cの硬さを砥石A及びBの硬さとおおよそ等しくするためであった。フリット処理した結合剤は、通常のフリット処理していない結合剤よりも穏やかに、すなわちより弱く作用する傾向があり、そのため等しい量の結合剤では研削の結果に不利な影響が生じたであろう」(21頁17行目〜22頁9行目)、「本発明の砥石Cは、0.5ミル(0.0127mm)の送りでは研削比が砥石Bのそれよりも約300%大きく、また1.0ミル(0.0254mm)の送りでは砥石Cの方が砥石Bよりも186%良好であった。本発明の砥石Cをフリット処理されていないビトリファイド結合剤で結合された標準的な溶融アルミナを含有している砥石Aと比べた場合には、0.5ミル(0.0127mm)及び1.0ミル(0.0254mm)の下方送りで砥石Cが砥石Aよりもそれぞれ945%及び290%大きな研削比を示し、いかに砥石Cのフリットが種入りゾルゲル焼結アルミナ質研磨材よりも完全に優れていたかということが容易に分る」(25頁5行目〜17行目)との記載がある。
上記記載によれば、砥石Cが本件発明の実施例を意図していることは明らかであるが、砥石A、Bのいずれがこれと対比されるべき「同等の研削砥石」であるのか明らかでない上、「砥石Cの硬さを砥石A及びBの硬さとおおよそ等しくするため」に結合剤の容積比を変更したとの趣旨の記載はあるものの、後記エのとおり、硬さを同一にするという説明のないまま結合剤の容積比を変えている例も他方にあることを考えると、上記記載だけからは、「砥石Cの硬さを砥石A及びBの硬さとおおよそ等しくする」との条件設定が、本件発明1の構成Aに基づく要求として採用されたものか、一つの「実施例」において比較の便宜のために偶々採用された条件であるのか明らかでない。加えて、「おおよそ等しくする」がどの程度の範囲をいうのか、砥石の硬さ以外の要素を考慮するのか、しないのかといった点についても何ら説明されていない。そして、他に「フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石」の技術的意義を明らかにするに足りる記載はない。
イ 「例2」について 「例2」は、いずれも結合剤としてフリットを使用し、研磨材の種類を変えた砥石D、Fについて、各研削比を比較するものであるから、これが構成Aについて何ら説明するものでないことは明らかである。
ウ 「例3」について 「例3」は、焼結アルミナ質研磨材とノンフリットの結合剤とから成る砥石F、同じ研磨材とフリット処理されたビトリファイド結合剤とから成る砥石G、同じ研磨材と「71重量%のフリット及び29重量%のケンタッキー・ボール・クレー」で構成された結合剤とから成る砥石Hとについて、水系冷却液を使った研削試験を行い、各研削比を求めたものとされているところ、「先に指摘したように、フリット処理した結合剤はフリット処理していない結合剤よりも研削の際本質的に穏やかに作用するので、砥石Fの焼成容積百分率含量は、結合剤組成物を再配合してから焼成することによって調整して低下させた。こうして、焼成容積百分率を基準として、砥石Fは48%が研磨材、9.1%が結合剤、42.9%が気孔であり、砥石G及びHは48%が研磨材、11.5%が結合剤、40.5%が気孔であった。これにより同じ硬さの砥石が製造された」(31頁4行目〜14行目)、「71%のフリットを含有していただけの砥石(注、砥石Hを指すものと解される。)は、この特定の研削操作においては、砥石Gすなわちフリットだけで結合された砥石よりも研削特性すなわち研削比が一層大きかった。両方の砥石ともフリット処理されていない標準的な結合剤で結合された砥石Fよりも優れていた」(34頁末行〜35頁5行目)との記載があり、その具体的な結果が第3表に示されている。
しかしながら、研削比を評価するに当たって、当該研削作業を同一若しくはほぼ同一の条件に設定する必要のあることは技術常識というべきところ、第3表に示された結果は、研削試験の際に砥石にかける力を共通にして対比することなく、砥石F、G、Hのそれぞれについて適宜3〜5通りに変えており、いかなる根拠に基づいて、これら砥石相互間の研削比を比較対照しているのか、また、砥石Fは、砥石G、Hとの関係で「同等の研削砥石」といえるのか否か、いえるとして、
それはどのような観点から「同等」なのかを何ら明らかにするものとはいえない。
なお、砥石の硬さを同じとする点に触れている記載についても、上記アで述べたところと同様、これをもって「フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石」の一義的な基準と解し得るような記載であるとはいえず、他に「フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石」の技術的意義を明らかにするに足りる記載はない。
エ 「例4」について 「例4」は、研磨材として焼結アルミナ質研磨材に立方晶窒化ホウ素を混ぜ合わせたものを使用し、結合剤としてフリットを使用した砥石Iと、同じ研磨材とノンフリットの結合剤を使用した砥石Jとについて、水系冷却液を使った研削試験を行い、各研削比を求めたものとされているところ、完成品における結合剤の容積比は、砥石Iが27%(又は25.2%)、砥石Jが14.61%、同気孔の容積比は、砥石Iが25%(又は30%)、砥石Jが37.39%であること、
「結果は第4表の通りであった。約20%の焼結アルミナ質研磨材を砥石から取除いてその代りに立方晶窒化ホウ素を用いた場合にも、フリット結合の結果は劇的である。約1001b/in(17.9kg/cm)の力において、フリット処理した結合剤の砥石Iの研削比は結合剤HA4を含有している砥石Jのそれよりも84%大きく、また1591b/in(28.4kg/cm)及び1761b/in(31.4kg/cm)においては、砥石Iの研削比は砥石Jのそれよりも95%大きかった」(39頁1行目〜末行)との記載がある。
上記記載中の砥石Iの研削比が砥石Jの研削比と比較して「84%」大きいとの数値が、構成Aの規定する数値と一致することからすると、砥石Jが砥石Iとの関係で「フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石」として想定されることが推察されるが、砥石I、Jが、結合剤及び気孔の容積比において大きく相違していることは上記記載のとおりである上、この相違がいかなる観点から設定されているのかについては何の説明もない。さらに、研削比の試験結果を示す第4表によれば、研削試験の際に砥石にかける力(単位kg/cm)が、砥石Iでは17.8及び28.4、砥石Jでは18.9及び31.4とされており、同一若しくはほぼ同一の条件下での研削試験となっていない。このように、研削試験における条件設定、結合剤や気孔の容積比の相違があるにもかかわらず、砥石Jが砥石Iと「同等の研削砥石」といえるのか否か、いえるとしてもいかなる観点から「同等」なのかを明らかにする記載はない。
(4) 以上のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明の〔実施例〕の欄の記載に照らしても、「フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石」の技術的意義を確定することは困難であるといわざるを得ず、少なくとも、原告の主張するように、砥石の硬さ(グレード)を一義的な基準とするものと理解することはできないというべきである。この点について、原告は、砥石の業界では、砥石の研削性能を比較するために砥石の硬度を調整することはよく行われていることにすぎない旨主張し、その例として特許第3017697号公報(甲第16号証)を挙げる。しかし、同公報の段落【0051】に「砥石A〜Cでビトリファイド結合剤の量に相違があるのは、砥石の研削時の作用硬さをほぼ同等にする為である」との記載があるのは、実施例限りの説明であることが明らかなものであって、「ほぼ同等」がどの程度の範囲をいうのか、砥石の硬さ以外の要素を考慮するのか、しないのかといった点を厳密に定義する必要がない記載と解されるものである。これに対し、本件発明1においては、「研削比が・・・少なくとも84%大きい」という明確な数値をもって発明の構成を規定しているのであるから、「フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石」の厳密な定義が求められることは当然であって、上記の公報の記載と同列に論ずることはできない。結局、当業者の間において、研削性能の比較に当たって、砥石の硬さを「ほぼ同等」にし、そのために必要な限度で結合剤の量を調整することが行われているとしても、本件発明1の構成A中「フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石」の技術的意義を一義的に導き得るものではない。
(5) 以上の認定判断によれば、本件発明1の構成A中「フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石」の技術的意義について明らかでない以上、本件明細書の〔実施例〕等の記載に基づいて理解可能な範囲で技術的意義を有するとした上で、これに基づいて進歩性の判断を行うこととする。
このような観点から見た場合、上記〔実施例〕の記載に基づいて、構成Aの「フリットを含有しておらずそのほかの点で同等の研削砥石」の意義を見るに、
結合剤にフリットを用いた砥石とその比較例とされているノンフリットの砥石の関係を、いわば最大公約数として抽出すると、研磨材(砥粒)については同一のものを用いつつ、その余の点に関しては、結合剤の種類及び容積比、気孔の容積比、研削試験を行う際の砥石にかける力等の条件は適宜設定し得るものと解するほかなく、したがって、構成Aについては、このような技術的意義を有するにすぎないものとして、本件発明1の容易想到性を判断すべきである。
(6) そこで、進んで、構成Aに係る容易想到性について見るに、平成元年4月10日技報堂出版株式会社発行の「セラミック工学ハンドブック」(乙第13号証)は、その文献としての性格及び発行時期から、本件優先権主張日(昭和63年8月25日)当時における技術常識が記載されていると解されるところ、「2.3.1 研削砥石の3要素 研削砥石は・・・砥粒G、結合剤B、気孔Pからなり、
砥粒は切れ刃、結合剤はその支持体、気孔は切屑の排出を助けるチップポケットの働きをするもので、これらをそれぞれ砥石の3要素と呼んでいる」(2242頁右欄本文1行目〜7行目)、「2.3.3 結合剤 結合剤は、砥粒を保持する役目をなし、その保持の程度は結合度として表現される。また、切れ刃の弾性的挙動、砥石全体としての衝撃吸収度などを支配し、いわゆる砥石の切れ味と減耗に大きな影響を与える」(2244頁左欄15行目〜末行)、「2.3.4 気孔 気孔は、研削時に発生する切屑が一時保管され、砥石が被加工物と離れる時に放出されるため、目詰まりを抑制し砥石の切れ味を向上する効果がある。また、研削時に発生する多量の研削熱を放散させる作用もあり、研削焼けの防止が問題となる場合は高気孔率の砥石が求められ・・・る」(2244頁右欄11行目〜末行)との記載が、
「機械と工具1967年5月号」(乙第11号証)には、「研削砥石の研削性能は、砥粒の硬度および靱性と、結合剤の砥粒保持力の性格とその強さに、多く依存する。この保持力の度合を結合度という。同じ結合剤による砥石では、結合剤の多いほど砥粒と砥粒を結ぶつなぎが太くなって結合度は強く、逆に結合剤の量が少ないほどつなぎは細く結合度は弱くなる」(39頁右欄末行〜40頁左欄5行目)、
「機械と工具1967年4月号」(乙第10号証)には、「5.2.1 結合剤の種類と研削性能 結合剤の質により如何に研削性能に差が生ずるか、砥粒、粒度、結合度、組織など、研削砥石の他の要素は同一で、結合剤のみ異なる場合の例をあげて性能差をみよう。結合剤の差と研削性能差(1):研削条件はさきに示した表8の場合と同一で、結合剤のみが、V2とVNと異なる時の研削性能差は次の通りである。・・・研削量、砥石磨耗量ならびに研削比を比較すると、VN結合剤はV2結合剤に比らべ砥石摩耗量は約6倍であり研削比は約1/6に低下している。SA単結晶砥粒は、WAに比し優れた性能をもつが、刃先である砥粒の効力を充分発揮させるため、結合剤の研究が如何に重大であるかが証されている。結合剤の差と研削性能差(2):(1)と同様の研削作業において、結合剤を、V10WとV2と変化させ・・・研削性能を比較した結果が表17である。V2は前述の通り極めて優れた結合剤であるが、同じ研削条件でV10Wは、ストローク当たり切り込み量の変化に対し、研削比の低下率が遙かに少なく、V2にもまして、よい研削性能を表している。すなわち、結合剤の質が研削砥石の品質に如何に重大な要素であるかが知られると思う」(33頁右欄24行目〜34頁右欄末行)との記載があり、これらによれば、研磨材(砥粒)の種類が同一であっても、結合剤の種類や容積比、気孔の容積比は、研削砥石の研削性能、すなわち研削比に直結する重要な要素とされていること、その影響は、結合剤の種類を変えることによって研削比が1/6にまで低下することもあるとされていることが認められる。そして、研削比が研削性能を示す重要な指標であることは上記の記載から明らかであるところ、これを向上させることは、研削砥石としての普遍的な技術的課題というべきであり、かつ、そのことは乾式研削であると水系冷却液を用いた湿式研削であるとで異なるところはないと解されるから、結局、結合剤の種類や容積比、気孔の容積比等を適宜選択することにより、砥粒の組成を同じくするノンフリットの研削砥石と比較して、研削比を少なくとも84%大きくすることは当業者の容易にし得たことというべきである。
したがって、これと同趣旨の本件決定の判断に誤りはなく、原告の取消事由2の主張も理由がない。
3 取消事由3(本件発明2〜9についての容易想到性の判断の誤り)について 原告の主張する取消事由3は、取消事由1、2の主張を前提とするものであるところ、これらがいずれも理由のないことは前示のとおりであるから、結局、原告の取消事由3の主張も理由のないことに帰する。 4 以上のとおり、原告主張の本件決定取消事由は理由がなく、他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理申立てのための付加期間の指定につき行政事件訴訟法7条
民事訴訟法61条66条96条2項を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 宮坂昌利